説明

水素吸蔵物及びその製造と利用

【課題】 従来の圧力制御あるいは温度制御に代わる簡便な手段によって、水素吸蔵用材料としての炭素系材料への水素吸収(水素吸蔵物の製造)ならびに水素を蓄えた水素吸蔵用材料(水素吸蔵物)からの水素放出を効率よく行う方法を提供すること。
【解決手段】 本発明では、炭素系材料5の少なくとも表面部の一部に、ギガヘルツ帯又はメガヘルツ帯の振動数の振動を付与することによって、該炭素系材料5への水素の吸収及び該材料5からの水素の放出を行う。また、本発明では、上記振動を付与する前又は該付与と同時に、上記炭素系材料5の炭素原子3又は炭素間結合の一部に欠陥4を生じさせることによって、該材料5への水素吸収効率を向上させることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は水素吸蔵用炭素系材料に水素を効率よく吸蔵させて水素吸蔵物を製造する技術に関する。また、本発明は、該水素吸蔵物から水素を効率よく放出させる技術に関する。
【背景技術】
【0002】
水素吸蔵用材料として、TiCr、(Zr,Ti)(Ni,Mn,V,Fe)のようなAB型合金(ラーベス相合金)、LaNi、MnNiのようなAB型合金、Ti−V−Cr合金あるいはTi−V−Cr−Mn合金のようなBBC型合金、等の水素吸蔵合金が知られている(非特許文献1)。
また、近年、カーボンナノチューブ、グラファイト等の炭素系材料が、水素吸蔵用材料として注目されている(非特許文献2)。これら水素吸蔵用材料は、燃料電池(例えば固体高分子電解質型燃料電池)等に水素を供給するための水素供給源(水素貯蔵手段)としての利用が期待されている。例えば特許文献1には、カーボンナノチューブの水素吸蔵能力を向上させるべく、カーボンナノチューブの壁面に液体を付着させて加熱することによって該液体の蒸発と共に該カーボンナノチューブの壁面(液体付着面)に物理的な欠陥(孔)を生じさせる技術が記載されている。
【0003】
【特許文献1】特開2003−212527
【非特許文献1】若尾慎二郎著、「新シリーズ(6)水素吸蔵合金」、パワー社、1993年7月、p.7−36
【非特許文献2】丸山茂夫著、「カーボンナノチューブによる水素吸蔵」、応用物理、2002年3月、第71巻、第3号、p.323−326
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
水素吸蔵用材料を燃料電池(自動車動力源、家庭用発電機、携帯用機器電源)として使用するには、水素吸蔵材料の単位質量あたりの水素吸蔵量が高いこと、並びに水素の吸収/放出を容易に制御できることが要求される。
従来、水素吸蔵用材料に多量の水素を吸蔵させたり、あるいは当該材料から吸蔵水素を速やかに放出させるために、甚だしい温度制御及び/又は圧力制御を行う必要があった。例えば、水素吸蔵用材料に水素を高密度に吸収させておきたい場合には、極めて高い水素圧力及び/又は低温度条件(カーボンナノチューブ等の炭素系材料の場合、典型的には10MPa以上のガス圧及び/又は80K以下の温度)の雰囲気中に水素吸蔵用材料を配置する必要があった。
しかし、このような過酷な圧力制御あるいは温度制御を自動車のような隔離され、スペースの限定された場所で行うのは現実的ではなく、燃料電池を自動車その他の一般的なエネルギー源として普及させるうえでも、より簡便な手段で水素の吸収/放出を制御し得る技術の開発が要望されている。
【0005】
本発明は、水素吸蔵用炭素系材料への水素吸収あるいは該材料からの水素放出に関する従来の問題点を解決すべく創出されたものであり、従来の厳しい圧力制御あるいは温度制御に代わる簡便な手段によって、水素の吸収及び/又は放出を効率よく行う方法を提供することを目的とする。
また、本発明の他の目的は、ここで教示される水素吸蔵用材料への水素吸収方法を適用して水素吸蔵物(水素供給源)を製造する方法を提供することである。さらに他の目的は、そのような水素吸蔵物を利用して、実用的な水素供給システム、例えば燃料電池システムを構築することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者は平面分子構造(局所的な平面構造を含む。以下同じ。)を有する炭素(単体)及び炭素化合物における格子構造及び格子振動が、水素を吸蔵すると著しく変化すること、さらにその格子構造変化により水素放出・吸収に対する活性が可逆的に変化することを見出し、それら知見を基に鋭意工夫の結果、以下に説明する種々の発明を完成するに至った。
本発明によって提供される水素吸蔵物の製造方法の一つは、放出可能な水素を蓄え得る水素吸蔵用材料として炭素系材料を用意する工程と、該炭素系材料を水素もしくは水素を含む雰囲気(気体又は液体)中に配置する工程と、該雰囲気中に上記炭素系材料を配置した状態で該炭素系材料の少なくとも表面部の一部にギガヘルツ帯又はメガヘルツ帯の振動数の弾性波及び/又は電磁波を付与する工程とを包含する方法である。
また、本発明によって提供される水素吸蔵物の製造方法の他の一つは、放出可能な水素を蓄え得る炭素系材料を用意する工程と、該炭素系材料を水素もしくは水素を含む雰囲気(気体又は液体)中に配置する工程と、該雰囲気中に上記炭素系材料を配置した状態で該炭素系材料の少なくとも表面部の一部に光の領域の振動数の電磁波を付与する工程とを包含する方法である。
【0007】
本明細書において「水素吸蔵用材料」とは、放出可能な状態で水素を物理的吸着及び/又は化学的吸着し得る物質から成る材料をいう。また、そのような水素吸蔵用材料として用いられる「炭素系材料」には、放出可能な状態で水素を蓄え得る炭素単体及び炭素化合物が包含される。また、「水素吸蔵物」とは、そのような水素吸蔵材料(炭素系材料)と、該材料に蓄えられた放出可能な状態の水素とを主体に構成された水素貯蔵材料をいう。なお、本明細書において「水素」という場合は、特に言及される場合を除いて、水素分子、水素原子、水素イオン(プロトン)を包含する用語である。
また「ギガヘルツ帯の振動数」とは概ね1×10Hzから1×10Hzの範囲に含まれる振動数をいい、「メガヘルツ帯の振動数」とは概ね1×10Hzから1×1012Hzの範囲に含まれる振動数をいう。
また「光の領域の振動数の電磁波」とは波長が概ね1nmから1mmの範囲(即ち該波長域に対応する振動数の範囲)に含まれる電磁波をいう。
【0008】
本発明の水素吸蔵物製造方法では、炭素系材料を構成する炭素原子にギガヘルツ帯ないしメガヘルツ帯の振動数の振動(即ち弾性波及び/又は電磁波)を付与することを特徴とする。あるいは、光の領域の振動数の電磁波(即ち紫外光、可視光又は赤外光)を付与することを特徴とする。
かかる振動数の外力を炭素系材料に付与することによって、当該炭素系材料への水素吸収能を向上し得、結果、水素吸蔵物を効率よく生産することができる。
【0009】
また、本発明の他の側面として、上記製造方法と同様の弾性波及び/又は電磁波の付与工程を含むことを特徴とする水素吸蔵用材料(炭素系材料)への水素吸収方法が提供される。この水素吸収方法によると、従来の激しい温度制御又は圧力制御を行うことなく、水素吸収を効率よく行うことができる。
【0010】
また本発明は、炭素系材料から成る水素吸蔵物(典型的には上述した本発明の製造方法によって得られた水素吸蔵物)に蓄えられている水素を放出させる方法を提供する。
即ち、本発明によって提供される水素放出方法の一つは、放出可能な水素を蓄えた炭素系材料を主体とする水素吸蔵物を用意する工程と、上記水素吸蔵物の少なくとも表面の一部にギガヘルツ帯又はメガヘルツ帯の振動数の弾性波及び/又は電磁波を付与する工程とを包含する方法である。
また、本発明によって提供される水素放出方法の他の一つは、放出可能な水素を蓄えた炭素系材料を主体とする水素吸蔵物を用意する工程と、上記炭素系材料の少なくとも表面部の一部に光の領域の振動数の電磁波を付与する工程とを包含する方法である。
【0011】
本発明の水素放出方法では、水素を物理吸着及び/又は化学吸着した状態の炭素系材料の構成炭素原子にギガヘルツ帯ないしメガヘルツ帯の振動数の振動(即ち弾性波及び/又は電磁波)を付与することを特徴とする。あるいは、光の領域の振動数の電磁波(即ち紫外光、可視光又は赤外光)を付与することを特徴とする。
かかる振動数の外力を水素吸蔵物に付与することによって、当該水素吸蔵物から水素放出が活発化される。このため、本発明の水素放出方法によると、従来の激しい温度制御又は圧力制御を行うことなく、水素の放出を効率よく行うことができる。
【0012】
本発明の水素吸蔵物製造方法、水素吸収方法又は水素放出方法を行う場合、用いる炭素系材料としては、平面型分子構造(単に「平面構造」ともいう。)を有するものが好ましい。特に、炭素6員環及び/又は炭素5員環を含む構造のものが好ましい。例えば、ベンゼン、ナフタレン等の単環、多環芳香族分子、あるいはカーボンナノチューブ(カーボンナノカプセルを包含する)、カーボンファイバー、フラーレン(バッキーオニオンを包含する)及びグラファイト(グラフェンを包含する)から成る群から選択される少なくとも一種類を好適に用いることができる。
【0013】
ここで開示される水素吸蔵物製造方法、水素吸収方法として好ましい方法では、上記弾性波及び/又は電磁波を付与する前及び/又は該付与と同時に、上記炭素系材料の炭素又は炭素−炭素結合(炭素間結合)の一部に欠陥(即ち炭素間結合が切断された部位又は炭素原子の欠損部位)を生じさせる処理が行われる。かかる欠陥を発生させることによって、水素吸蔵効率を一段と向上させることができる。上記炭素系材料に適当なエネルギー(外力)を付与することが好ましい。特に好ましい態様の方法では、上記欠陥を生じさせる処理は電子ビーム及び/又はレーザーを上記炭素系材料の少なくとも一部に照射することを包含する。
特にこのような処理を上記弾性波又は電磁波の付与と同時に行うことが好ましい。
【0014】
また、本発明は、ここで開示される水素吸収方法及び/又は水素放出方法を実施し得る水素貯留器を提供する。
即ち、本発明によって提供される水素貯留器は、水素供給口を備えたケーシングと、放出可能な水素を蓄え得る炭素系材料であって上記ケーシング内に配置された炭素系材料とを含む水素貯留器である。そして、上記炭素系材料にギガヘルツ帯又はメガヘルツ帯の振動数の弾性波又は電磁波を付与し得る振動供給手段、及び/又は、上記炭素系材料に光の領域の振動数の電磁波を付与し得る光供給手段を備えることを特徴とする。
このような構成の水素貯留器では、上記振動数の弾性波又は電磁波を炭素系材料に付与することによって、当該炭素系材料に効率よく水素を吸収させることができる。あるいは、水素を蓄えた当該炭素系材料(即ち水素吸蔵物)から効率よく水素を放出させることができる。
従って、本発明の水素貯留器は、水素の吸収/放出のために従来行われていたような甚だしい温度制御又は圧力制御を行うことが困難あるいは不適当な場所(たとえば自動車等の車両、船舶、住居)における水素供給源として有用である。
好ましい態様の水素貯留器は、上記欠陥を生じさせる処理を実現するため、上記炭素系材料の炭素又は炭素間結合の一部に欠陥を生じさせ得る欠陥発生手段をさらに備える。典型的には、上記ケーシング内に配置された炭素系材料の少なくとも一部にエネルギー(外力)を付与し得る手段をさらに備える。好ましくは、電子ビーム及び/又はレーザーを上記ケーシング内に配置された炭素系材料の少なくとも一部に照射する照射手段を備える。このような欠陥発生手段を設けることによって、水素吸蔵効率を一段と向上させることができる。
【0015】
また、本発明は、ここで開示される水素吸収方法及び/又は水素放出方法を実施し得る発電システム(発電装置)を提供する。
本発明によって提供される一つの発電システムは、主要構成要素として燃料電池(典型的にはセルスタック)と、上述した本発明の水素貯留器とを備えるシステムであり、その水素貯留器は、当該燃料電池の燃料極に水素を供給可能な状態で接続されている。
かかる発電システムは、従来のような激しい温度制御又は圧力制御を行うことが困難な場所あるいは不適当な場所(たとえば燃料電池を駆動源とする自動車)における水素供給源として有用である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下、本発明の好適な実施形態を説明する。なお、本明細書において特に言及している事項以外の事柄であって本発明の実施に必要な事柄は、いずれも従来技術に基づく当業者の設計事項として把握され得る。本発明は、本明細書及び図面によって開示されている事項と当該分野における技術常識とに基づいて実施することができる。
【0017】
先ず、本発明の把握を容易にするため、ここで開示されるいくつかの水素吸収方法(水素吸蔵物製造方法)及び水素放出方法を実施した際に生じ得る水素吸蔵性炭素系材料(ここではグラファイト中のグラフェンシートについて説明するがこれに限定するものではない。)と水素との一作用形態について説明する。但し、本発明の水素吸収方法(水素吸蔵物製造方法)及び水素放出方法を、以下に説明する作用を奏するものに限定することを意図したものではない。
【0018】
図1はグラフェンシート2の格子構造を模式的に示したものである。この図は、理想的には炭素原子3から成る六員環が蜂の巣状に規則正しく連なった平面型分子構造によってグラフェンシート2が構成されていることを端的に表している。一方、図2はグラフェンシート2を構成する一部の炭素原子3aに水素原子1が吸着している状態を示し、このとき、水素1が吸着した炭素原子3aにおいて平面構造からずれる歪みが生じることを端的に表している。
本発明者は、図1に示すような平面型分子構造の炭素系材料に、水素(典型的には水素原子)が接近したとき、炭素原子3aが平面構造からずれる上記歪みを有する場合と有しない場合とで、前者のほうが水素吸着に対する活性化障壁が低く化学吸着が促進されることを見出した。
図3は、グラフェンシートを構成する炭素原子へ水素原子が接近又は離れる時の水素原子に係るポテンシャルエネルギー(eV)を当該水素原子のグラフェンシートからの距離に関連付けて示したグラフであり、当該炭素原子に上記歪みがある場合とない場合とで場合分けして示してある。なお、図示されたポテンシャルエネルギー(eV)の結果は、密度汎関数理論に基づいた一般的な第一原理計算によって算出したものである。
【0019】
また、本発明者は、水素1が吸着していない状態の炭素原子3a(図1)の格子振動の振動数(固有振動数:fC)と、水素1が吸着している状態の炭素原子3a(図2)の格子振動の振動数(固有振動数:fHC)とが異なることを見出した。本発明者は、かかる固有振動数の差異を利用して水素の吸収/放出を容易に制御することを可能にした方法(換言すれば、水素吸蔵用材料への水素吸収制御方法および水素吸蔵物からの水素放出制御方法)を創出した。
【0020】
即ち、上述した知見に基づいて先ず創出され、且つ、ここで開示される一つの水素吸収方法(水素吸蔵物製造方法)および水素放出方法(以下これらを総称して「第一方法」ともいう。)は、水素吸蔵用材料(炭素系材料)を構成する炭素原子(典型的には結晶格子を形成する炭素原子)の固有振動数に相当する振動数の振動(電磁波又は弾性波)を当該材料に付与することによって当該炭素系材料の表面とその表面の近傍に存在する水素(典型的には水素原子)との相互作用を活発化/抑制させ、結果、水素の吸収/放出効率を向上させる方法である。
【0021】
かかる第一方法を実施する場合に炭素系材料に付与する振動の振動数は、種々の物理的手法による測定、又は理論計算により算出することができる。例えば、ベンゼンを水素吸蔵用材料とする場合、水素吸収を効率化する固有振動は、骨格面外変角振動であり、その振動数は、ラマン散乱の解析、又は、密度汎関数理論に基づく一般的な分子軌道計算によって容易に算出することができる。例えばベンゼン(C)の水素吸収を効率化する上記振動の波数は、測定値、計算値ともに約410cm−1で、振動数換算約12.3テラヘルツである。この場合の水素吸蔵物即ちシクロヘキサン(C12)から、水素放出を効率化する振動として、約376cm−1(約11.3テラヘルツ)、約1179cm−1(約35.3テラヘルツ)の振動が挙げられる。
【0022】
炭素系材料が平面型分子構造を有する炭素又は炭素化合物を主体に構成されたものである場合は、密度汎関数理論に基づいた一般的な第一原理計算によって、fC及びfHCを容易に算出することができる。例えば、グラフェンシート、カーボンナノチューブのようなグラファイト構造の炭素系材料において、水素が吸着していない状態の炭素原子(図1参照)の固有振動数(特性振動数:fC)は、上記第一原理計算に基づくと、約112テラヘルツである。一方、水素が吸着している状態の炭素原子(図2参照)の固有振動数:fHCは、上記第一原理計算に基づくと、約97.5テラヘルツである。
従って、第一方法において、上述したようなグラフェンシート2への水素吸収を促進させるためには、図4に模式的に示すように、超音波発生装置(振動子)14のような振動供給手段によって振動数(fC)が約112テラヘルツである振動(典型的には当該振動数の弾性波又は電磁波)をグラフェンシート2に与える。このことによって、グラフェンシート2の格子を構成する炭素原子3が共鳴(共振)し、格子面より飛び出したような振幅の大きい振動が当該炭素原子3aに誘起され、結果、グラフェンシート2の近傍に供給された水素1(典型的には水素原子)がより効率よくグラフェンシート2の格子を構成する炭素原子3aに吸着し得る。特に断定するものではないが、密度汎関数理論に基づいた一般的な第一原理計算によると、上記テラヘルツ振動を付与した場合のグラフェンシート構成炭素原子の水素吸着に対する活性化障壁は、0.168eVとなる。この値は、上記テラヘルツ振動を付与しない場合のグラフェンシート構成炭素原子の水素吸着に対する活性化障壁0.320eV(上記第一原理計算の計算値)よりも低い。この活性化障壁の差(Ev:0.152eV)は、室温(27℃=300K)における水素吸着確率を約362倍引き上げるものといえる(計算式:exp(-Ev/kT)による。ここでTは絶対温度、kはボルツマン定数である。)。
【0023】
他方、水素吸蔵物たる水素が吸着したグラフェンシート2からの水素放出を促進させるためには、図5に模式的に示すように、超音波発生装置14のような振動供給手段によって振動数(fHC)が約97.5テラヘルツである振動(典型的には弾性波又は電磁波)をグラフェンシート2に与える。このことによって、グラフェンシート2の水素吸着炭素原子3が共鳴(共振)し、結果、吸着されていた水素1がより効率よく炭素原子3から離脱して外部に放出され得る。特に断定するものではないが、密度汎関数理論に基づいた一般的な第一原理計算によると、上記テラヘルツ振動を付与した場合の水素吸着炭素原子の水素放出(離脱)に対する活性化障壁は、0.153eVとなる。この値は、上記テラヘルツ振動を付与しない場合の水素吸着炭素原子の水素放出(離脱)に対する活性化障壁0.936eV(上記第一原理計算の計算値)よりも低い。この活性化障壁の差(Ev:0.783eV)は、室温(27℃=300K)における水素放出(離脱)確率を約15兆倍に引き上げるものといえる(計算式:exp(-Ev/kT)による。ここでTは絶対温度、kはボルツマン定数である。)。
【0024】
本発明者は上述したような第一方法を創出した後、実際の炭素系材料を構成する炭素又は炭素間結合には多数の欠陥が発生し得ることに着目した。そして、更に鋭意工夫することによって、より実用的な方法を創出した。
即ち、上述の第一方法の他に、ここで開示される水素吸収方法(水素吸蔵物製造方法)および水素放出方法は、水素の吸収/放出に関して、上記固有振動数に相当する振動数の振動(即ち典型的には上述したようなテラヘルツ帯の振動)を炭素系材料に付与した場合と同様の効果を、より実用的な手段で実現した方法である。かかる方法では、上記固有振動数に相当する振動数に代えて、ギガヘルツ帯又はメガヘルツ帯の振動数の弾性波又は電磁波を水素吸蔵用材料(炭素系材料)に付与する。或いはまた、光の領域の振動数の電磁波(即ち紫外光、可視光又は赤外光)を水素吸蔵用材料(炭素系材料)に付与する。
このことによって、当該炭素系材料の表面とその表面の近傍に存在する水素(典型的には水素原子)との相互作用を活発化/抑制させることができる。例えば、上述の第一方法と結果的に同様の作用効果を奏し得る振動数、換言すれば対象とする炭素系材料を構成する炭素原子(例えば結晶格子を構成する炭素原子、或いは欠陥の周囲に存在する炭素原子)の固有振動(特性振動)を誘起ないし助長し得る、いわゆる共鳴振動を生じさせ得る振動数の振動を付与することが好ましい。
【0025】
本発明の実施にあたって好ましい水素吸蔵用材料として、ギガヘルツ帯又はメガヘルツ帯に属する振動数の振動が付与されることによって容易に水素の吸収/放出効率を向上させ得るものが挙げられる。
現実に使用される炭素系材料の結晶構造は常に完全というものではなく、多数の欠陥部位(典型的には結晶構造を構成する炭素原子の欠損や炭素−炭素結合における欠陥)を有し得る。上述の第一方法とは異なり、ギガヘルツ帯又はメガヘルツ帯の振動数の弾性波及び/又は電磁波、或いは光の領域の振動数の電磁波を付与する場合には、かかる欠陥をより多く有する炭素系材料を使用することによって、より高効率に水素吸収/水素放出を実現することができる。
さらには後述するように、使用する炭素系材料に対して、予め炭素又は炭素間結合の一部に欠陥を生じさせる処理を施すことが好ましい。
【0026】
好ましい炭素系材料として、平面型分子構造(特に好ましくは炭素六員環及び/又は炭素五員環を含む構造)を有する炭素又は炭素化合物が好適である。この種の材料の具体例として、フラーレン(典型的にはC60、或いはC70、C78、C720等の高次フラーレン、或いは入れ籠形状で知られるバッキーオニオン)、カーボンファイバー、カーボンナノチューブ(典型的には単層チューブ又は多層チューブ、或いはナノカプセル、ナノホーン等の閉塞したもの)、グラファイト(例えばグラフェンシート等の二次元構造物)等から構成された材料が挙げられる。或いは、ベンゼン、ナフタレンのような単環及び多環芳香族化合物、或いはベンゼン環を基本骨格として構成されているポリマー(フェノール樹脂等)も水素吸蔵性炭素系材料として好適である。
なお、水素吸蔵用材料のサイズや形状は、用途に応じて適宜異なり得るものであり、特に限定されない。例えば自動車等の車両に積載して使用する場合には、適当なサイズの筒状、円盤状、粒状等に形成されたもの、あるいは所定形状の支持体の表面に層状に形成された水素吸蔵用材料が好ましい。
【0027】
本発明の水素吸収方法(水素吸蔵物製造方法)を実施する場合、水素吸蔵用材料(炭素系材料)を水素が移動できる雰囲気(流体)中に配置する。典型的には水素ガス雰囲気又は水素を高濃度に含む雰囲気(プラズマ状態の場合を含む)中に炭素系材料を配置するとよい。或いは水素イオンを高濃度に含む液体中に配置してもよい。
水素吸蔵材料(炭素系材料)に対する水素供給源として、水素分子を含むガスを利用する場合、供給するガスの少なくとも50mol%が水素であるものが好ましく、水素濃度が90〜100mol%であるものが特に好ましい。
また、本発明の水素吸収方法では、供給するガスの圧力を過剰に高くすることなく効率のよい水素吸収を実現し得る。たとえば、カーボンナノチューブやグラファイト製の材料を使用する場合、1〜5気圧(0.1〜0.5MPa)程度の圧力の水素含有ガスを供給するとよい。勿論、それよりも高圧のガスを供給しても構わない。
また、本発明の水素吸収方法(水素吸蔵物製造方法)及び水素放出方法を行う際の温度条件には特に限定はなく、幅広い温度において本発明にかかる方法を実施することができる。本発明の水素吸収方法及び水素放出方法は、常温域(例えば−10℃〜50℃)で好適に実施することができる。
【0028】
ここで開示される水素吸収方法(水素吸蔵物製造方法)及び水素放出方法において、メガヘルツ帯(典型的には1×10Hz以上1×10Hz未満の振動数)又はギガヘルツ帯(典型的には1×10Hz以上1×1012Hz未満の振動数)の振動(弾性波又は電磁波)を水素吸蔵用材料としての炭素系材料に付与する振動供給手段としては、特に限定されない。例えば、振動数が300MHz〜300GHzの範囲にあるマイクロ波(電磁波)或いは1MHz〜数100MHz(例えば〜300MHz)の弾性波(超音波)の付与が好適である。
水素吸蔵用材料として採用する炭素系材料の種類に応じて適当な振動数の弾性波又は電磁波を発生・照射する装置を適宜採用することができる。
例えばメガヘルツ帯又はギガヘルツ帯の弾性波(超音波)は、種々の振動子(トランスデューサ)を備えた超音波発生装置を使用することによって、所定の炭素系材料の表面に照射することができる。例えば、ギガヘルツ帯(典型的には1GHz以上)の弾性波を照射したい場合は、種々の圧電半導体素子を用いた超音波発生装置を用いることができる。
他方、メガヘルツ帯又はギガヘルツ帯の電磁波を所定の炭素系材料の表面に照射したい場合には、マグネトロン(典型的な周波数範囲:1〜200GHz)、クライストロン(典型的な周波数範囲:0.5〜10GHz)等の発振器を備えた種々のマイクロ波発生装置等を好適に使用することができる。
【0029】
好適な振動数は、使用する炭素系材料によって適宜異なり得るが、例えば炭素系材料としてカーボンナノチューブ、カーボンファイバー、フラーレン又はグラファイトを採用する場合では、1GHz〜200GHzの電磁波、或いは1MHz〜300MHzの弾性波を照射することが好ましい。
電磁波及び/又は弾性波を照射する時間および照射強度(照射密度)は、使用する炭素系材料の種類や状態、使用する振動供給手段(装置)の能力、原料水素の濃度、圧力、温度等の水素吸収または水素放出を行う際の雰囲気条件、或いは、目的とする水素吸蔵量/水素放出量によって異なるものであり、特に限定されない。
なお、ここで開示される方法では、相互に干渉して水素吸収効率又は水素放出効率を悪化させない限りにおいて、振動数の異なる複数の電磁波及び/又は弾性波を同時又は逐次的に用いてもよい。例えば炭素系材料の少なくとも一部にマイクロ波帯の電磁波及び弾性波(音波)を同時照射又は逐次照射することができる。
【0030】
また、ここで開示される水素吸収方法(水素吸蔵物製造方法)及び水素放出方法において、光の領域の振動数の電磁波を炭素系材料に付与する光供給手段としては、特に限定されない。紫外光又は可視光の領域の振動数の電磁波(即ち、波長が概ね1nm〜380nmの紫外光、波長が概ね380nm〜780nmの可視光)を炭素系材料に付与することが好ましい。波長が概ね1nm〜380nmの範囲にある紫外光の付与が好適であり、波長200nm以下の真空紫外光の付与が特に好適である。
水素吸蔵用材料として採用する炭素系材料の種類に応じて適当な振動数(波長)の電磁波(光)を発生・照射する装置(例えば重水素ランプ、水銀ランプ等のランプ)を適宜採用することができる。
特に所定波長のレーザー光を照射するレーザー光照射装置(レーザー)の使用が好適である。例えば、紫外光域のレーザーとして、Fレーザー(波長:157nm)、ArFレーザー(波長:193.3nm)、KrClレーザー(波長:220nm)、KrFレーザー(波長:248.4nm)、Xe−Clレーザー(波長:308nm)等のエキシマレーザー等が挙げられる。また、可視光域のレーザーとして、He−Cdレーザー(波長:441.6nm)、He−Neレーザー(波長:632.8nm)、ルビーレーザー(波長:694.3nm)等が挙げられる。また、赤外光域のレーザーとしてNd−YAGレーザー(波長:1.064μm)、COレーザー(波長:10.6μm)等が挙げられる。
【0031】
照射する光(電磁波)の好適な波長(振動数)は、使用する炭素系材料によって適宜異なり得るが、例えばグラフェンシートにおいてπ電子系を励起して炭素―炭素結合を弱めるには、波長200〜800nmの範囲のレーザー光を照射することが好ましい。
電磁波(光)を照射する時間および照射強度(照射密度)は、使用する炭素系材料の種類や状態、使用する光供給手段(レーザー等)の能力、原料水素の濃度、圧力、温度等の水素吸収または水素放出を行う際の雰囲気条件、或いは、目的とする水素吸蔵量/水素放出量によって異なるものであり、特に限定されない。
なお、ここで開示される方法では、相互に干渉して水素吸収効率又は水素放出効率を悪化させない限りにおいて、波長(振動数)の異なる複数の電磁波(典型的にはレーザー光)を同時又は逐次的に用いてもよい。或いは、炭素系材料の少なくとも一部に上記メガヘルツ帯又はギガヘルツ帯(例えばマイクロ波帯)の電磁波又は弾性波(超音波)を照射し、当該炭素系材料の他の一部に所定波長のレーザー光を照射してもよい。
【0032】
ここで開示される水素吸収方法(水素吸蔵物製造方法)では、好ましくは、上記振動数範囲の弾性波及び/又は電磁波を炭素系材料に付与する前に、或いは好ましくは同時に、当該炭素系材料の炭素又は炭素間結合の一部に欠陥を生じさせる処理(典型的には、炭素系材料の2次元的又は3次元的構造自体が崩壊しない程度に部分的に欠陥を生じさせる処理)を行うことによって、水素吸収効率を向上させることができる。
即ち、模式的に図6に示すように、適当な処理(外部から適当なエネルギーを加える処理)を施すことによって、炭素系材料(例えばグラフェンシート)5の結晶構造(典型的には平面型分子構造)を構成する炭素原子3(点線で示す炭素原子)を除去又は炭素原子3間の結合(炭素−炭素結合)を切断して随所に欠陥4を生じさせることができる。このような欠陥4を人為的に生じさせることによって、炭素系材料5の分子構造内の一部に炭素原子3の自由端結合手6が形成される。図7に示すように、この自由端結合手6は水素原子1(典型的には2個の水素原子)を吸着する水素吸着因子として作用するため、該炭素系材料5の水素吸着量および放出(離脱)量をさらに増大させることができる。この自由端結合手6と水素原子1との共有結合エネルギーは密度汎関数理論に基づいた一般的な第一原理計算より2.8eVが得られた。従って、2.8eV以上のエネルギーを有する、紫外光等の光を照射することにより、水素の放出を行うことができる。これは波長440nm以下のレーザー光を用いることによって実施できる。また、炭素系材料5にこのような欠陥4を多数生じさせることによって、上記第一方法に関連して説明した固有振動数よりも低い振動数(即ちギガヘルツ帯或いはメガヘルツ帯)の振動を付与することによって水素吸収又は水素放出を容易に行うことができる。
【0033】
このような欠陥を生じさせる処理(欠陥発生手段)としては、炭素系材料の結晶構造(典型的には炭素6員環又は炭素5員環を含む平面構造)を構成する炭素又は炭素間結合に欠陥を生じさせ得るものであればよく、特に制限はない。
種々のエネルギー(例えば放射線、紫外光等の電磁波)を炭素系材料に付与する処理が採用し得るが、好適例として、電子ビーム(電子線)、或いは、固体レーザー(YAGレーザー等)、気体レーザー(COレーザー等)、エキシマレーザー(KrFレーザー、XeClレーザー、ArFレーザー等)等の各種レーザーを炭素系材料の少なくとも一部に照射する処理が挙げられる。或いはまた、Ga等から成るイオンビームを炭素系材料の少なくとも一部に照射する処理が挙げられる。或いはまた、熱線即ち赤外線(例えば波長0.75〜1.5μmの近赤外線、波長3〜1000μmの遠赤外線)を炭素系材料の少なくとも一部に照射する処理が挙げられる。
これらの処理の実施にあたっては、目的とする炭素又は炭素間結合に欠陥を生じさせ得る既存の装置を適宜採用すればよい。例えば、種々の高エネルギー型又は低エネルギー型の電子ビーム照射装置(電子銃等)、レーザー光照射装置、イオンビーム(例えば集束イオンビーム:FIB)照射装置、赤外線照射装置、種々のプラズマ発生装置を用いたプラズマ処理等を欠陥発生手段として適当な条件に設定して用いることができる。なお、これらエネルギーを付与する時間および強度は、使用する炭素系材料の種類や状態、或いは、目的とする水素吸蔵量/水素放出量によって異なるものであり、特に限定されない。
【0034】
次に、本発明に係る水素貯留器の好適な一実施形態を図8を参照しつつ説明する。図8に示す水素貯留器10は、円筒状のケーシング13と、板状に成形されたグラファイト製の水素吸蔵用材料12とから構成されている。この水素貯留器10では、かかる水素吸蔵用材料12がケーシング13内に複数個(本図では6個)積層した状態で配置されている。また、ケーシング13内には、図示しない外部電源と電気的に接続された状態のメガヘルツ帯或いはギガヘルツ帯の超音波を発生させる超音波発生装置(振動子)14が配置されている。更に、レーザー光照射装置(ここでは波長248nmのKrFエキシマレーザー)16が配置されている。特に限定するものではないが、本実施形態においてはメガヘルツ帯或いはギガヘルツ帯に相当する振動数の振動を各水素吸蔵用材料12に付与し得るように、上記積層された水素吸蔵用材料12の各々に接触した状態で配置されている。
一方、レーザー光照射装置16は、図示しない光学系を備えており、これによって各水素吸蔵用材料12の表面に所定のビーム形状のレーザー光を照射することができる。
ケーシング13には、図示しない水素ガス供給源(例えば水素ガスタンク)から水素ガスをケーシング12内に導入するためのガス供給口15と、必要に応じてケーシング13内のガス(水素)を所定の水素利用機関(例えば燃料電池ユニット)に送出するためのガス排出口17とが設けられている。
【0035】
上記構成の水素貯留器10では、典型的には室温条件下(例えば20〜40℃)にて、水素ガス供給源からガス供給口15を解してケーシング13内に水素ガス(分子)を所定の流量(流速)で供給しつつ、超音波発生装置(振動子)14を作動させてメガヘルツ帯或いはギガヘルツ帯に含まれる振動数の振動(弾性波)を板状水素吸蔵用材料12に付与することができる。また、かかる振動の付与と同時に、及び/又は、該振動の付与に先立って、レーザー光照射装置16を作動させ、水素吸蔵用材料12の少なくとも一部にレーザー光を照射することができる。これにより、水素吸蔵用材料(グラフェンシート)12の少なくとも一部において炭素又は炭素間結合を切断して欠陥を生じさせることができる。
或いは、超音波発生装置(振動子)14に代えて、かかるレーザー光照射装置16を作動させ、所定波長のレーザー光を水素吸蔵用材料(グラフェンシート)12に照射することによって水素吸収/放出を直接的に制御してもよい。
かかる水素ガス供給、メガヘルツ帯又はギガヘルツ帯の振動数の振動波(音波)付与及び/又はレーザー光照射によって、板状水素吸蔵用材料12に効率よく多量の水素ガスを吸収させることができる。
【0036】
一方、多量の水素を吸収した板状水素吸蔵用材料12(即ち水素吸蔵物12)から水素を放出させ、所定の外部機関(例えば燃料電池ユニット)に水素ガスを供給したい場合には、ガス供給口15を介してケーシング13内に適当なキャリアーガス(例えば窒素)を所定の流量(流速)で供給しつつ、超音波発生装置14を作動させてメガヘルツ帯或いはギガヘルツ帯に含まれる振動数の振動(弾性波)を板状水素吸蔵用材料(水素吸蔵物)12に付与する。かかる振動付与によって、板状水素吸蔵用材料(水素吸蔵物)12から効率よく多量の水素を放出させることができる。なお、水素ガス放出に伴う、水素ガス圧の上昇分が、外部機関の必要とする入力ガス圧に達する場合は、キャリアガスは必ずしも必要ではない。さらに水素の搬送を上記気体状態で行うものに限定するものではなく、液体状態の流体を利用することも可能であるし、また、ケーシング13内を固体電解質で満たし、プロトン伝導を利用する方法も可能である。若しくは、水素吸蔵物を燃料電池の燃料極とし、水素貯留器と燃料電池を一体化することも可能である。このように、本実施形態に係る水素貯留器10を用いると、従来のような甚だしい温度制御やガス圧制御を行うことなく、容易且つコントローラブルに目的とする水素利用機関に水素を供給することができる。
【0037】
なお、水素貯留器10の形態並びにその中に配置される水素吸蔵用材料の形態は、図8に示すものに限定されず、用途に応じて種々の形態をとり得る。例えば自動車等に搭載する場合には、エンジンやモータ等の主要装置類の隙間に収容され得る形状のもの、例えば長筒状のケーシングに筒状の水素吸蔵用材料を何本も収容したような筒形状(筒全体が真っ直ぐであってもよく、ボンネット内において他の装置類の隙間を縫うように配置し得るような折れ曲がり形状のものであってもよい。)の水素貯留器であってもよい。また、上記超音波発生装置14に代えて又は超音波発生装置14に加えて、所定の波長の電磁波(例えばマイクロ波、紫外光、可視光、赤外光)を水素吸蔵用材料に付与し得る装置を備えてもよい。例えば、種々の振動数のマイクロ波照射装置、種々の波長のレーザー光照射装置を装備することができる。
【0038】
次に上述したような機能を有する水素貯留器を備えた水素供給システムの一具体例として、燃料電池を主要構成要素とする発電システムについて説明する。図9は、当該発電システムを模式的に示すブロック図である。
この図に示すように、本実施形態に係る発電システム30は、上述の水素貯留器10と、固体高分子電解質型燃料電池(セルスタック)20とを主体として構成されるシステムである。燃料電池20は、プロトン伝導体(固体高分子電解質)22を挟んで酸素極(空気極)23と燃料極(水素極)21とが配置されている。これら両極21,23は外部配線回路24に電力を供給し得るように当該回路24と電気的に接続している。
燃料極21には水素貯留器10が水素供給管を介して接続されており、当該水素貯留器10から燃料極21に水素を供給することができる。通常の燃料電池と同様、燃料極21及び酸素極23には、各極21,23に供給された水素分子や酸素分子を利用して種々の電気化学的反応を触媒する適当な触媒(白金等)がそれぞれ担持されている。
かかる構成の発電システム30によると、上述した水素貯留器10に装備された超音波発生装置14を作動させて水素吸蔵物(水素吸蔵用材料)に吸蔵されていた水素を必要に応じて燃料極21に供給することができる。このため、必要量の電流を効率的に外部回路24に供給することができる。
【0039】
なお、本発明によって提供される発電システム(燃料電池システム)は、当該システムで使用される水素貯留器(水素供給手段)が本発明によって提供されるものであればよく、その他の構成によって限定されるものではない。例えば、燃料電池としては固体高分子電解質型のものに限られず、他の形式(例えば、リン酸型、溶融炭酸塩型、酸素イオン導電体を用いる高温固体電解質型)の燃料電池を採用してもよい。
また、上記説明では、発明システムを構成する主要部分のみを説明したが、その他の付属設備の存在を否定するものではなく、通常の燃料電池システムを構築するうえで付設され得る種々の設備(例えば集電体やセパレータの他、燃料電池本体に水を供給するための給水装置、加熱装置、冷却装置等)を装備し得ることは勿論である。
【0040】
また、上述の説明では、水素を燃料電池20に供給するための水素貯留器10を装備した構成について説明したが、この形態に限定されない。例えば、図7に破線で示したように、燃料極21からの排出ライン(即ち燃料極21に供給した水素を含むガスを当該燃料極21から排出するライン)上にも本発明に係る水素貯留器10を装備し得る。この場合には、燃料極21に供給された水素であって燃料極21において利用されずに排出された水素を、かかる水素吸蔵器10中の水素吸蔵用材料に吸収させて回収することができる。このため、本形態の発電システムによると、燃料電池20に供給する水素の浪費を抑制するとともに、回収した水素の再利用(即ち燃料極21側から排出された水素を回収・吸蔵した水素貯留器10を水素供給用の水素貯留器10として利用する。)を図ることができる。
【0041】
以上、本発明の具体例を詳細に説明したが、これらは例示にすぎず、特許請求の範囲を限定するものではない。特許請求の範囲に記載の技術には、以上に例示した具体例を様々に変形、変更したものが含まれる。
例えば、本発明は、本明細書において教示された水素貯留器と、水素を燃料とする内燃機関又は外燃機関(例えば水素エンジン、スターリング・エンジン)とを備え、当該貯留器から水素を内燃機関又は外燃機関に供給することを特徴とする動力システムを提供することができる。
また、本明細書又は図面に説明した技術要素は、単独であるいは各種の組み合わせによって技術的有用性を発揮するものであり、出願時請求項記載の組み合わせに限定されるものではない。また、本明細書又は図面に例示した技術は複数目的を同時に達成するものであり、そのうちの一つの目的を達成すること自体で技術的有用性を持つものである。
【図面の簡単な説明】
【0042】
【図1】グラフェンシートの格子構造を説明する模式図である。
【図2】グラフェンシートの格子を構成する炭素原子の一部に水素原子が吸着した状態を説明する模式図である。
【図3】グラフェンシートを構成する炭素原子へ水素原子が接近又は離れるときの水素原子に係るポテンシャルエネルギー(eV)と、当該水素原子のグラフェンシートからの距離(Å)との関係を示すグラフである。
【図4】グラフェンシートに特定の振動数(fC)の振動を付与することによって、当該グラフェンシートに水素を効率よく吸着させることを模式的に示した説明図である。
【図5】水素吸蔵グラフェンシートに特定の振動数(fHC)の振動を付与することによって、当該グラフェンシートから水素を効率よく放出させることを模式的に示した説明図である。
【図6】グラフェンシート環構造の一部の炭素原子の欠損又は炭素間結合が切断された状態の格子構造を示す概念図である。
【図7】グラフェンシート環構造の一部の炭素原子の欠損又は炭素間結合が切断されて生じた自由端結合手に水素が吸着した状態の格子構造を示す概念図である。
【図8】本発明に係る水素貯留器の好適な一実施形態を模式的に示す斜視図である。
【図9】本発明に係る水素貯留器と燃料電池とを備えた発電システムの好適な一実施形態を示すブロック図である。
【符号の説明】
【0043】
1 水素原子
2、5 グラフェンシート(炭素系材料)
3 炭素原子
4 欠陥
10 水素貯留器
12 水素吸蔵用材料
14 超音波発生装置
16 レーザー光照射装置
20 燃料電池
21 燃料極
23 酸素極
30 発電システム

【特許請求の範囲】
【請求項1】
水素吸蔵物を製造する方法であって、以下の工程:
放出可能な水素を蓄え得る炭素系材料を用意する工程;
該炭素系材料を水素もしくは水素を含む雰囲気中に配置する工程;および
該雰囲気中に前記炭素系材料を配置した状態で、該炭素系材料の少なくとも表面部の一部に、ギガヘルツ帯又はメガヘルツ帯の振動数の弾性波及び/又は電磁波を付与する工程;
を包含する、製造方法。
【請求項2】
前記弾性波及び/又は電磁波を付与する前又は該付与と同時に、前記炭素系材料の炭素又は炭素間結合の一部に欠陥を生じさせる処理が行われる、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
水素吸蔵物を製造する方法であって、以下の工程:
放出可能な水素を蓄え得る炭素系材料を用意する工程;
該炭素系材料を水素もしくは水素を含む雰囲気中に配置する工程;および
該雰囲気中に前記炭素系材料を配置した状態で、該炭素系材料の少なくとも表面部の一部に、光の領域の振動数の電磁波を付与する工程;
を包含する、製造方法。
【請求項4】
前記電磁波を付与する前又は該付与と同時に、前記炭素系材料の炭素又は炭素間結合の一部に欠陥を生じさせる処理が行われる、請求項3に記載の製造方法。
【請求項5】
前記欠陥を生じさせる処理は、電子ビーム及び/又はレーザーを前記炭素系材料の少なくとも一部に照射することを包含する、請求項2又は4に記載の製造方法。
【請求項6】
前記炭素系材料は平面型分子構造を有する、請求項1〜5のいずれかに記載の製造方法。
【請求項7】
前記炭素系材料として、カーボンナノチューブ、カーボンファイバー、フラーレン及びグラファイトから成る群から選択される少なくとも一種類を用いる、請求項1〜5のいずれかに記載の製造方法。
【請求項8】
請求項1〜7のいずれかに記載の製造方法によって得られた水素吸蔵物。
【請求項9】
水素吸蔵物から水素を放出させる方法であって、以下の工程:
放出可能な水素を蓄えた炭素系材料を主体とする水素吸蔵物を用意する工程;および
前記炭素系材料の少なくとも表面部の一部に、ギガヘルツ帯又はメガヘルツ帯の振動数の弾性波及び/又は電磁波を付与する工程;
を包含する水素放出方法。
【請求項10】
水素吸蔵物から水素を放出させる方法であって、以下の工程:
放出可能な水素を蓄えた炭素系材料を主体とする水素吸蔵物を用意する工程;および
前記炭素系材料の少なくとも表面部の一部に、光の領域の振動数の電磁波を付与する工程;
を包含する水素放出方法。
【請求項11】
前記水素吸蔵物として、請求項1〜7のいずれかに記載の製造方法によって製造された水素吸蔵物を使用する、請求項9又は10に記載の水素放出方法。
【請求項12】
前記炭素系材料は平面型分子構造を有する、請求項9又は10に記載の水素放出方法。
【請求項13】
前記炭素系材料は、カーボンナノチューブ、カーボンファイバー、フラーレン及びグラファイトから成る群から選択される少なくとも一種類である、請求項9又は10に記載の水素放出方法。
【請求項14】
水素供給口を供えたケーシングと、
前記ケーシング内に配置された、放出可能な水素を蓄える炭素系材料と、
前記炭素系材料にギガヘルツ帯又はメガヘルツ帯の振動数の弾性波又は電磁波を付与し得る振動供給手段、及び/又は、前記炭素系材料に光の領域の振動数の電磁波を付与し得る光供給手段と、
を備える水素貯留器。
【請求項15】
前記炭素系材料の炭素又は炭素間結合の一部に欠陥を生じさせ得る欠陥発生手段をさらに備える、請求項14に記載の水素貯留器。
【請求項16】
前記炭素系材料は平面型分子構造を有する、請求項14又は15に記載の水素貯留器。
【請求項17】
前記炭素系材料として、カーボンナノチューブ、カーボンファイバー、フラーレン及びグラファイトから成る群から選択される少なくとも一種類が用いられている、請求項14又は15に記載の水素貯留器。
【請求項18】
燃料電池と、
請求項14〜17のいずれかに記載の水素貯留器であって、前記燃料電池の燃料極に水素を供給可能な状態で接続される水素貯留器と、
を備える発電システム。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2006−35174(P2006−35174A)
【公開日】平成18年2月9日(2006.2.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−222425(P2004−222425)
【出願日】平成16年7月29日(2004.7.29)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【出願人】(503053125)
【出願人】(503054029)
【出願人】(503054568)
【出願人】(503053114)
【Fターム(参考)】