説明

水素検出用表面プラズモン共鳴素子、表面プラズモン共鳴式光学水素検出器及び表面プラズモン共鳴を利用して光学的に水素を検出する方法

【課題】安全性の高い光学式の水素検出技術であって、光源光量の変動や迷光の影響を受けない水素検出技術を提供する。
【解決手段】水素吸蔵金属の薄膜に、その膜面内において90度回転対称でない形状を有する開口でなる周期的な開口のアレイを設けて表面プラズモン共鳴増強構造を構成した水素検出用表面プラズモン共鳴素子65の膜面に光源手段(波長可変レーザ61)からの光を照射し、透過光を光検出手段(光量計62)で検出する。水素検出用表面プラズモン共鳴素子65の水素吸蔵に伴う光透過周波数特性の変化に基づいて水素を検出する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水素検出器及び水素を検出する方法に関し、特に表面プラズモン共鳴素子を用いる光学的な水素検出器及び光学的に水素を検出する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、新しいエネルギー源としての水素の利用が注目を集めているが、安全上の配慮や水素に対する社会的な認知度の低さに起因して、水素を基盤とする産業の推進においては特に信頼性の高い水素検出技術の開発が最も重要な課題の一つとなっている。
【0003】
従来の水素検出手段としては、接触燃焼方式や半導体方式が多く用いられてきた。前者は加熱した白金やパラジウムの細線に水素を反応させて電気伝導率の変化を検出するものであり、後者は基板上の酸化錫などの酸化物半導体層に電極対を設けて水素との接触による半導体層のキャリア増を検出するものである。しかし、これらの方式においては、センサ部に電気的な接点が存在するために発火の危険が伴い、防爆の対策が必要になるという欠点がある。
【0004】
これに対し、センサ部が全て光学系で構成される水素検出の方式もいくつか研究されており、これらには上記のような欠点がなく、安全性が高いという利点がある。
【0005】
例えば、特許文献1には、光ファイバの括れ部に水素吸蔵膜を形成して、水素を吸蔵した際の水素吸蔵膜の体積膨張によって、光ファイバの括れ部で発生する曲げ損失を変化させる技術が記載されている。図8はこの特許文献1に記載されている水素センサのセンサ部の構成を示したものであり、図中、11は光ファイバを示し、12は光ファイバ11の一部を細くした括れ部、13は水素吸蔵膜、14は光ファイバ11に入射された測定光を反射する反射ミラーを示す。この例では反射光強度の変化を検出することによって水素を検知するものとなっている。
【0006】
また、特許文献2には、水素感応調光ミラーを用いて、その水素化に伴う光の反射率や透過率の変化を検出する技術が記載されている。図9は特許文献2に記載されている水素センサの構成を示したものであり、水素センサは被検出雰囲気27に接するように配置された水素感応調光ミラー21を備えたプローブ22と、プローブ光25をプローブ22に向けて発する光源23と、プローブ22で反射した検出光26を受光する光検出器24と、一端がプローブ22に近接配置され、他端がアイソレータ28を介して光源23と光検出器24に接続された光導波路29とを備えて構成されている。この例では検出光26の強度を光検出器24でモニタすることによって被検出雰囲気27中の水素の有無、濃度を検出することができるものとなっている。
【0007】
一方、非特許文献1には、水素吸蔵金属であるパラジウムの薄膜に周期的な開口を形成して構成した表面プラズモン共鳴素子を利用して、その水素吸蔵に伴う透過光量の減少を検出する技術が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2009−53045号公報
【特許文献2】特開2005−265590号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Maeda E.,et al.,「Analysis of hydrogen exposure effects on the transmittance of periodic sub-wavelength palladium hole arrays」, Proc.of SPIE, Vol.7218, 72181C, 2009
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
水素の検出においては、光学的な手段を用いることが安全性上、好ましい。上述した特許文献1,2に記載された技術や非特許文献1に記載された技術は方式はそれぞれ異なるが、いずれも水素に感応する何らかの素子の透過・反射光量の変化に基づいて水素を検出している点では共通している。即ち、従来の光学的な水素検出技術は、原理的には光量の変化に基づくものであった。
【0011】
しかしながら、このような透過・反射光量の変化に基づく検出方法には、光源光量の変動や迷光によって検出誤差が生じるという原理的な弱点があり、それらの影響を完全に解消することはできないといった問題がある。
【0012】
本発明は、以上のような事情に鑑みてなされたもので、センサ部が光学系のみでなる安全性の高い光学式の水素検出技術であって、原理的に透過・反射光量の変化とは異なるものの観測に基づき、光源光量の変動や迷光の影響を受けない頑健な水素検出技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
請求項1の発明によれば、水素吸蔵金属の薄膜に周期的な開口のアレイを設けて表面プラズモン共鳴増強構造を構成した水素検出用表面プラズモン共鳴素子は、前記開口が前記薄膜の膜面内において90度回転対称でない形状を有する。
【0014】
請求項2の発明では請求項1の発明において、水素吸蔵金属がパラジウムとされる。
【0015】
請求項3の発明では請求項1又は2の発明において、前記開口の前記形状が短辺と長辺とを有する矩形とされ、前記周期的な開口のアレイは前記矩形の開口がそれぞれその短辺と長辺とに平行な2つの互いに直交する方向に沿って周期的に配列されてなる。
【0016】
請求項4の発明によれば、表面プラズモン共鳴式光学水素検出器は、水素吸蔵金属の薄膜に、その膜面内において90度回転対称でない形状を有する開口でなる周期的な開口のアレイを設けて表面プラズモン共鳴増強構造を構成した水素検出用表面プラズモン共鳴素子と、その水素検出用表面プラズモン共鳴素子の膜面に光を照射する光源手段と、その光源手段が照射する光に対する、水素検出用表面プラズモン共鳴素子からの透過光を検出する光検出手段とを備え、水素検出用表面プラズモン共鳴素子の水素吸蔵に伴う光透過周波数特性の変化に基づいて水素を検出する。
【0017】
請求項5の発明では請求項4の発明において、光源手段が水素検出用表面プラズモン共鳴素子の膜面を照射する光は直線偏光とされ、その偏波面の方位は水素検出用表面プラズモン共鳴素子の前記膜面内において、前記開口の射影する寸法のその直交方向に射影する寸法に対する比が最小となるような直線方向に一致される。
【0018】
請求項6の発明では請求項4又は5の発明において、水素検出用表面プラズモン共鳴素子の水素吸蔵金属がパラジウムとされる。
【0019】
請求項7の発明では請求項4乃至6の何れかの発明において、水素検出用表面プラズモン共鳴素子の前記開口の前記形状が短辺と長辺とを有する矩形とされ、前記周期的な開口のアレイは前記矩形の開口がそれぞれその短辺と長辺とに平行な2つの互いに直交する方向に沿って周期的に配列されてなる。
【0020】
請求項8の発明では請求項4乃至7の何れかの発明において、光源手段が波長可変レーザとされ、光検出手段が光量計とされる。
【0021】
請求項9の発明では請求項4乃至7の何れかの発明において、光源手段が広波長帯域光源とされ、光検出手段が分光計とされる。
【0022】
請求項10の発明では請求項4乃至9の何れかの発明において、水素検出用表面プラズモン共鳴素子は外壁によって取り囲まれた水素ガスを検出しようとする閉空間の内部に設置され、光源手段及び光検出手段は前記閉空間の外部に設置され、前記外壁には水素検出用表面プラズモン共鳴素子を挟んで互いに対向する位置に入射光学窓と出射光学窓とが設けられ、光源手段からの光は入射光学窓を通って水素検出用表面プラズモン共鳴素子を照射し、水素検出用表面プラズモン共鳴素子からの透過光は出射光学窓を通って光検出手段に到達するように構成される。
【0023】
請求項11の発明では請求項4乃至9の何れかの発明において、水素検出用表面プラズモン共鳴素子とミラー手段とが外壁によって取り囲まれた水素ガスを検出しようとする閉空間の内部に設置され、光源手段及び光検出手段は前記閉空間の外部に設置され、前記外壁には入出射光学窓が設けられ、光源手段からの光は入出射光学窓を通って水素検出用表面プラズモン共鳴素子を照射し、水素検出用表面プラズモン共鳴素子からの透過光はミラー手段で反射されて入出射用光学窓を光源手段からの光とは逆向きに通って光検出手段に到達するように構成される。
【0024】
請求項12の発明によれば、表面プラズモン共鳴を利用して光学的に水素を検出する方法は、水素吸蔵金属の薄膜に、その膜面内において90度回転対称でない形状を有する開口でなる周期的な開口のアレイを設けて表面プラズモン共鳴増強構造を構成した水素検出用表面プラズモン共鳴素子の膜面に、光源手段からの光を照射し、その光の照射に対する水素検出用表面プラズモン共鳴素子からの透過光を光検出手段で検出し、水素検出用表面プラズモン共鳴素子の水素吸蔵に伴う光透過周波数特性の変化に基づいて水素を検出する。
【0025】
請求項13の発明では請求項12の発明において、水素検出用表面プラズモン共鳴素子の膜面を照射する光源手段からの光は直線偏光とされ、その偏波面の方位は水素検出用表面プラズモン共鳴素子の前記膜面内において、前記開口の射影する寸法のその直交方向に射影する寸法に対する比が最小となるような直線方向に一致される。
【0026】
請求項14の発明では請求項12又は13の発明において、水素検出用表面プラズモン共鳴素子の水素吸蔵金属がパラジウムとされる。
【0027】
請求項15の発明では請求項12乃至14の何れかの発明において、水素検出用表面プラズモン共鳴素子の前記開口の前記形状は短辺と長辺とを有する矩形とされ、前記周期的な開口のアレイは前記矩形の開口がそれぞれその短辺と長辺とに平行な2つの互いに直交する方向に沿って周期的に配列されてなる。
【0028】
請求項16の発明では請求項12乃至15の何れかの発明において、光源手段が波長可変レーザとされ、光検出手段が光量計とされる。
【0029】
請求項17の発明では請求項12乃至15の何れかの発明において、光源手段が広波長帯域光源とされ、光検出手段が分光計とされる。
[作用]
本発明が主要部において利用する作用は、表面プラズモン共鳴増強構造の一形態である金属薄膜の周期的な開口のアレイにおける異常透過効果(Extra Transmission Effect)、その異常透過効果に与える特定の開口の形状の影響及び水素吸蔵金属の水素化に伴う膨張と光学的特性の変化の三者である。
【0030】
第一に、異常透過効果は周期的なサブ波長開口のアレイを設けた金属薄膜の表面で入射光と表面プラズモン・ポーラリトンとの結合が起こることによって、光がサブ波長の開口を特性的な波長において透過する現象である。金属表面への入射光と表面プラズモンとの結合(共鳴)は、金属表面に周期的な凹凸や開口などを設けたいわゆる表面プラズモン共鳴増強構造において増強され、共鳴特性が急峻化するが、この構造が光波長よりも小さい開口を含む場合に、共鳴波長において光がその開口を異常な強度で透過するのである。この共鳴透過のピーク波長は、表面プラズモンの運動量と入射フォトンの運動量との一致点に対応している。
【0031】
第二に、開口が長方形や楕円などのいわゆるアスペクト比を有する形状であると、照射する光の偏光の向きに対して透過光の強度と周波数特性とに変化を生じ、更にその変化の仕方がアスペクト比に従って変化してゆくことが知られている。特に、開口のアスペクト比を形成する短軸側(開口のその直線方向に沿う寸法が短い側)に整合して直線偏光を照射すると、透過光スペクトラムのピーク波長がアスペクト比に対してほぼ線形に変化することが観測されている(K.L.van der Molen, et al.,「Role of shape and localized resonances in extraordinary transmission through periodic arrays of subwavelength holes: Experiment and theory」, Physical Review, B72, 045421, 2005)。これが、本発明が利用する上記異常透過効果に与える特定の開口の形状の影響である。
【0032】
第三に、パラジウムなどの水素吸蔵金属が水素に曝されて水素化すると、結晶格子の拡張(J.A. Eastman, et al.,「Narrowing of the palladium-hydrogen miscibility gap in nanocrystalline palladium」, Physical Review B, Volume 48, Number 1, 1993)と光学特性の変化(J.Isiodorsson, et al.,「Optical properties of MgH measured in situ by ellipsometry and spectrophotometry」, Physical Review B68, 115112, 2003)とが起こることが知られている。ここで、上記アスペクト比を有する開口のアレイがその水素吸蔵金属で構成されている場合、これが水素と反応すると、光学特性の変化と共に格子拡張によって開口のアスペクト比も変化するのである。本発明では、水素化に伴うこのアスペクト比の変化と光学特性の変化との二つの効果が、透過光の上記ピーク波長の同じ向きへのシフトをもたらすことを明らかにし、これらが足し合わされた効果を利用して感度の高い水素検出の実現に成功している。
【発明の効果】
【0033】
本発明によれば、センサ部が光学系のみでなる安全性の高い光学式の水素検出技術であって、対水素選択性が高く、しかも検出が光周波数特性の変化の観測に基づくために、光源光量の変動や迷光の影響を受けない頑健な水素検出手段を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0034】
【図1】(a)は本発明による水素検出用表面プラズモン共鳴素子の構成例を示す写真、(b)は(a)の枠内を拡大した写真。
【図2】図1に示した水素検出用表面プラズモン共鳴素子の作製方法を説明するための図。
【図3】本発明による表面プラズモン共鳴式光学水素検出器の第1の実施例の構成を説明するための図。
【図4】(a)は開口のアスペクト比を変えた透過率スペクトラムの実測曲線を示すグラフ、(b)はアスペクト比1.6の時の2%水素被曝による透過率スペクトラムの変化の観測結果を示すグラフ。
【図5】(a)はPd/Si(1,0)モードのピーク位置の矩形開口アスペクト比に対する変化の実測値とシミュレーション結果を示すグラフ、(b)は2%水素被曝による(1,0)ピークシフトの実測値とシミュレーション結果を示すグラフ、(c)は共鳴ピークシフトに対する、2%水素被曝が誘起するパラジウム層の比誘電率の変化(実部/虚部の絶対値20%減少)、膜面内及び層厚方向の膨張(3.5%)の各因子の寄与のシミュレーション結果を示すグラフ。
【図6】本発明による表面プラズモン共鳴式光学水素検出器の第2の実施例の構成を説明するための図。
【図7】本発明による表面プラズモン共鳴式光学水素検出器の第3の実施例の構成を説明するための図。
【図8】従来の水素検出器(水素センサ)の一構成例を示す図。
【図9】従来の水素検出器(水素センサ)の他の構成例を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0035】
本発明は、異常透過効果を示すサブ波長金属矩形開口アレイのメイン共鳴モードの波長シフトに基づいた新しい水素検出手段の構成を提供する。表面プラズモン共鳴は、従来から生物・化学物質の検出に広く利用が試みられているが、それら従来技術が金属−大気境界面の光学特性を生物・化学物質の金属表面への吸着によって変化させるものである(例えば、A.G.Brolo, et al.,「Surface Plasmon Sensor Based on the Enhanced Light Transmission through Arrays of Nanoholes in Gold Films」, Langmuir, 20, 12, 4812, 2004)のに対し、本発明においては金属の開口アレイ自体が水素に触れて反応し変化するのである。
【0036】
以下、水素吸蔵金属としてパラジウムを利用する場合について述べる。
【0037】
表面プラズモン共鳴において上記メイン共鳴モードの波長シフトを生成するのは、水素被曝に伴う水素化パラジウム相の形成であり、これがパラジウム開口アレイの誘電率の変化と、パラジウムの格子拡張による矩形開口のアスペクト比の増大とをもたらす。実施品の作製と並行して行ったシミュレーションの結果は、誘電率と開口形状との両方の変化が長波長側への波長シフトを生成することを示しており、実際、これらが観測された波長シフトの大きさの原因となっている。
【実施例1】
【0038】
図1は本発明による水素検出用表面プラズモン共鳴素子として作製したサブ波長パラジウム開口アレイの一例を示したものである。
【0039】
この例では、少しずつ開口寸法を変えた全部で6つのサブ波長パラジウム開口アレイを、シリコン基板上での直接描画式の電子ビームリソグラフィにより、図2(1)〜(4)に示す作製手順に従って作製した。
【0040】
所要の周期形状は、電子ビームの直接描画をシリコン基板31上にスピンコートした400nm厚のレジスト32(図2(1))に適用し、そのレジスト32を現像して得ることができた(図2(2))。100nm厚のパラジウム薄膜33をそのレジストパターンの上にスパッタリングで堆積し(図2(3))、最後に、リフトオフ法でレジスト32を除去し、周期的な開口34のアレイを作製した。
【0041】
開口の形状はすべて矩形であり、6つのサブ波長パラジウム開口アレイはいずれも直交2方向に1.1μmの等しい格子周期を有する正方状のアレイとした。
【0042】
6つのサブ波長パラジウム開口アレイの各矩形開口の寸法(長軸側,短軸側(単位:μm))は、(0.80,0.80),(0.80,0.70),(0.80,0.60),(0.80,0.50),(0.80,0.40)及び(0.80,0.30)であり、対応するアスペクト比は1.0,1.1,1.3,1.6,2.0及び2.6となっている。なお、開口の寸法は、電界放射型走査電子顕微鏡の撮像から見積もったものである。
【0043】
これらの作製したサブ波長パラジウム開口アレイの異常透過効果を、図3に示す装置を用いて観測した。図3中、41はマスフローコントローラを示し、42はバルブ、43はガスチェンバを示す。サブ波長パラジウム開口アレイ51はガスチェンバ43内のアパーチャ44上に設置される。
【0044】
図示しない赤外領域の広波長帯域光源から、サブ波長パラジウム開口アレイ51の膜面に対し、垂直に光(赤外線ビーム)を照射した。光は偏波方向が図4(a)中に示すように開口の矩形の長辺を横切る、即ち短軸に平行な直線偏光となっているが、これはアスペクト比を有する開口については短軸側に整合した直線偏光が共鳴ピークシフトの効果を最大化することが知られているからである(前掲のK.L.van der Molenらの論文)。
【0045】
透過光は図示しない分光計に受光される。この例ではフーリエ変換赤外分光計が使用されており、0次の透過スペクトルを、2.5〜10μmの波長帯域において2nmの分解能で取得した。以上が本実施例における表面プラズモン共鳴式光学水素検出器の構成である。
【0046】
図4(a)に、本実施例において観測された、アスペクト比を変化させたサブ波長パラジウム開口アレイの乾燥空気中での透過スペクトラムを示す。メイン共鳴ピークのシフト(アレイの(1,0)伝播モードに対応する波長4〜5μm間)は、アスペクト比の増大に従って長波長側へ進んでいる。図4(b)は、アスペクト比1.6のアレイの透過スペクトラムにおける水素被曝の効果を示すもので、水素被曝によってメイン共鳴ピークの200nmのシフトが長波長側に生じていることがわかる。
【0047】
以上の観測結果と対比するために、厳密結合波解析(Rigorous Coupled-Wave Analysis、以下「RCWA」という)法を使って、サブ波長パラジウム開口アレイを通る電磁波の伝播のシミュレーションを行った。
【0048】
RCWAシミュレーションにおいて、パラジウムとシリコンの比誘電率の周波数依存はドルーデの関数で表した。図5(a)は、様々な開口アレイのアスペクト比に対する(1,0)共鳴モードの位置の計算値と実測値を示している。シミュレーションによるピーク位置は実測値とよく一致しており、従って開口形状の影響は、このRCWAシミュレーションによって正しく再現されているといえる。
【0049】
次に、このRCWAシミュレーションを用いて、サブ波長パラジウム開口アレイの水素に対する反応の効果を次のような方法でシミュレートした。即ち、パラジウムによる水素吸蔵は水素化パラジウム相を形成するが、これがパラジウムの誘電率の実部と虚部の絶対値の縮小と元のパラジウム格子の体積膨張とを引き起こす。そこで、ここではパラジウム層の光学特性の変化を、パラジウムの誘電率絶対値の20%減少としてシミュレートした。また、開口アレイの寸法変化は、パラジウム格子の3.5%の拡張としてシミュレートした。この値は、パラジウム格子が2%水素近傍でα相からβ相に転移する際の全膨張分に相当している。
【0050】
図5(b)に、作製した一連のサブ波長パラジウム開口アレイについて、2%水素に被曝した時のメイン共鳴ピークのシフトの観測結果と、上記の方法によるシミュレーションの結果とを併せて示す。観測されたピークシフトとシミュレートされたピークシフトとが、調べた限りのアスペクト比においてよく一致しているのは、このシミュレーション方法がサブ波長パラジウム開口アレイの水素吸蔵の効果を正しく再現している証拠である。アスペクト比1.6以上でピークシフトが飽和してしまうことだけでなく、そのシフト量の絶対値までもが実験とよく一致していることに注意されたい。
【0051】
さらに、ピークシフトに寄与する別々の因子を各独立にシミュレートして、総合的なピークシフトへのそれらの寄与を明らかにしたものが、図5(c)である。比誘電率の絶対値の減少は共鳴波長の増大を誘起しており、これが総合的なシフトに大きく寄与している。パラジウムの膨張は、格子の拡張として開口寸法の減少及び鉛直方向の膨張即ち厚みの増大となって現れるが、この両者はピークシフトに関し、互いに反対の効果を有している。格子拡張は矩形開口のアスペクト比を増大させ、それによって長波長側へ向けたピークシフトをもたらすが、一方でパラジウム層厚の増大による鉛直方向の膨張がピーク位置に与える影響は、ここで検討している100nmという層厚においては十分小さいと考えられている。最適のアスペクト比として、最大の波長シフトを一定の矩形長さから得ることができた値は、1.6であった。
【0052】
このように、サブ波長パラジウム矩形開口アレイの共鳴ピークのシフトに基づく新しい水素検出の方法が、実験及び数値解析の両面から立証された。その大きなピークシフトの原因は、RCWAシミュレーションによって明らかにされ、パラジウムの誘電率の変化と開口形状の変化の効果が組み合わさったものであり、これらが重合して大きな波長シフトを生成していることがわかった。ピークシフトを大きくする最適アスペクト比の存在が発見され、そこにおいては2%水素に対し200nmものピークシフトが観測された。
【0053】
本発明が提案する光学系のみでなる水素検出器及び方法は、水素に対する完全な選択性を有するので、特にガスの選択性が問題となるような分野で有用である。
【実施例2】
【0054】
図6に本発明による表面プラズモン共鳴式光学水素検出器の他の実施例を示す。
【0055】
本実施例では光源手段及び光検出手段にそれぞれ波長可変レーザ61と光量計62とを用いているが、この方法によっても透過光のピーク波長シフトが観測できることは言うまでもない。
【0056】
本実施例の表面プラズモン共鳴式光学水素検出器は、具体的に水素貯蔵部71を内蔵し、その内部での水素の漏洩をモニタしようとする装置70の外壁72の両側に亘って取り付けられている。即ち、図6に示すように外壁72にはそれぞれ光入射ポート及び光出射ポートとして機能する2つの光学窓(入射光学窓63、出射光学窓64)が設けられていて、外壁72の内側である装置70の内部に水素検出用表面プラズモン共鳴素子65が設置される一方、電気系統に接続される波長可変レーザ61と光量計62とは共に漏洩水素の及ばない装置70の外部に設置されることで、安全性を確保している。
【実施例3】
【0057】
実施例3として、上述の実施例2の変形例を図7に示す。
【0058】
実施例2では水素検出用表面プラズモン共鳴素子の透過光を検出するために、外壁に水素検出用表面プラズモン共鳴素子を挟んで対向する2つの光学窓を設けるための突出部を形成したが、本実施例ではこのような外壁形状の変化を必要とせず、光入出射ポートとして機能する1つの光学窓で足りる工夫がされている。即ち、図7に示すように水素検出用表面プラズモン共鳴素子65と共に透過光を逆向きに折り返すためのミラー手段である直交ミラー66が外壁72の内側である装置70の内部に設置されていて、水素検出用表面プラズモン共鳴素子65からの透過光は光源(波長可変レーザ61)からの光と同じ光学窓(入出射光学窓67)を逆向きに通って外部へ導出される。
【0059】
以上述べた実施例では、いずれも水素検出用表面プラズモン共鳴素子の水素吸蔵金属としてパラジウムを用いたが、それ以外にパラジウム合金、ランタン−ニッケル合金、希土類金属−ニッケル合金、マグネシウム−ニッケル合金などを用いることも可能である。
【0060】
また、上述した実施例では、水素検出用表面プラズモン共鳴素子の開口の形状は矩形であったが、それ以外に例えば楕円、長円やその他どのような形状であっても、それが90度回転対称でなく、面内の何れかの直交方向に射影する2つの寸法に差異が存在するような形状なら利用することができる。
【0061】
さらに、その開口のアレイは、上述した実施例のように直交2方向に等しい周期をもって正方状の格子をなす配列に限定されず、一般に直交しない且つ/又は大きさの異なるベクトルの組み合せによって規定されるような周期性を有していてもよい。
【0062】
また、水素検出用表面プラズモン共鳴素子の膜面への光の照射は、必ずしも垂直入射でなくてもよい。照射する光は、開口のアスペクト比を形成する直交方向のうちの短軸側すなわち開口の寸法の短い側の方向に偏波面方位を合せた直線偏光が最適であるが、それ以外の方位の偏光であっても、あるいは円偏光や無偏光であっても、本発明の水素検出を実施することは可能である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
水素吸蔵金属の薄膜に周期的な開口のアレイを設けて表面プラズモン共鳴増強構造を構成した水素検出用表面プラズモン共鳴素子であって、
前記開口は前記薄膜の膜面内において90度回転対称でない形状を有することを特徴とする水素検出用表面プラズモン共鳴素子。
【請求項2】
請求項1記載の水素検出用表面プラズモン共鳴素子において、
前記水素吸蔵金属はパラジウムであることを特徴とする水素検出用表面プラズモン共鳴素子。
【請求項3】
請求項1又は2記載の水素検出用表面プラズモン共鳴素子において、
前記開口の前記形状は短辺と長辺とを有する矩形であり、
前記周期的な開口のアレイは前記矩形の開口がそれぞれその短辺と長辺とに平行な2つの互いに直交する方向に沿って周期的に配列されてなることを特徴とする水素検出用表面プラズモン共鳴素子。
【請求項4】
水素吸蔵金属の薄膜に、その膜面内において90度回転対称でない形状を有する開口でなる周期的な開口のアレイを設けて表面プラズモン共鳴増強構造を構成した水素検出用表面プラズモン共鳴素子と、
その水素検出用表面プラズモン共鳴素子の膜面に光を照射する光源手段と、
その光源手段が照射する光に対する、前記水素検出用表面プラズモン共鳴素子からの透過光を検出する光検出手段とを備え、
前記水素検出用表面プラズモン共鳴素子の水素吸蔵に伴う光透過周波数特性の変化に基づいて水素を検出することを特徴とする表面プラズモン共鳴式光学水素検出器。
【請求項5】
請求項4記載の表面プラズモン共鳴式光学水素検出器において、
前記光源手段が前記水素検出用表面プラズモン共鳴素子の膜面を照射する光は直線偏光であり、その偏波面の方位は前記水素検出用表面プラズモン共鳴素子の前記膜面内において、前記開口の射影する寸法のその直交方向に射影する寸法に対する比が最小となるような直線方向に一致されていることを特徴とする表面プラズモン共鳴式光学水素検出器。
【請求項6】
請求項4又は5記載の表面プラズモン共鳴式光学水素検出器において、
前記水素検出用表面プラズモン共鳴素子の前記水素吸蔵金属はパラジウムであることを特徴とする表面プラズモン共鳴式光学水素検出器。
【請求項7】
請求項4乃至6の何れかに記載の表面プラズモン共鳴式光学水素検出器において、
前記水素検出用表面プラズモン共鳴素子の前記開口の前記形状は短辺と長辺とを有する矩形であり、
前記周期的な開口のアレイは前記矩形の開口がそれぞれその短辺と長辺とに平行な2つの互いに直交する方向に沿って周期的に配列されてなることを特徴とする表面プラズモン共鳴式光学水素検出器。
【請求項8】
請求項4乃至7の何れかに記載の表面プラズモン共鳴式光学水素検出器において、
前記光源手段は波長可変レーザであり、
前記光検出手段は光量計であることを特徴とする表面プラズモン共鳴式光学水素検出器。
【請求項9】
請求項4乃至7の何れかに記載の表面プラズモン共鳴式光学水素検出器において、
前記光源手段は広波長帯域光源であり、
前記光検出手段は分光計であることを特徴とする表面プラズモン共鳴式光学水素検出器。
【請求項10】
請求項4乃至9の何れかに記載の表面プラズモン共鳴式光学水素検出器において、
前記水素検出用表面プラズモン共鳴素子は外壁によって取り囲まれた水素ガスを検出しようとする閉空間の内部に設置され、
前記光源手段及び前記光検出手段は前記閉空間の外部に設置され、
前記外壁には前記水素検出用表面プラズモン共鳴素子を挟んで互いに対向する位置に入射光学窓と出射光学窓とが設けられ、
前記光源手段からの光は前記入射光学窓を通って前記水素検出用表面プラズモン共鳴素子を照射し、前記水素検出用表面プラズモン共鳴素子からの透過光は前記出射光学窓を通って前記光検出手段に到達するように構成されていることを特徴とする表面プラズモン共鳴式光学水素検出器。
【請求項11】
請求項4乃至9の何れかに記載の表面プラズモン共鳴式光学水素検出器において、
前記水素検出用表面プラズモン共鳴素子とミラー手段とが外壁によって取り囲まれた水素ガスを検出しようとする閉空間の内部に設置され、
前記光源手段及び前記光検出手段は前記閉空間の外部に設置され、
前記外壁には入出射光学窓が設けられ、
前記光源手段からの光は前記入出射光学窓を通って前記水素検出用表面プラズモン共鳴素子を照射し、前記水素検出用表面プラズモン共鳴素子からの透過光は前記ミラー手段で反射されて前記入出射用光学窓を前記光源手段からの光とは逆向きに通って前記光検出手段に到達するように構成されていることを特徴とする表面プラズモン共鳴式光学水素検出器。
【請求項12】
水素吸蔵金属の薄膜に、その膜面内において90度回転対称でない形状を有する開口でなる周期的な開口のアレイを設けて表面プラズモン共鳴増強構造を構成した水素検出用表面プラズモン共鳴素子の膜面に、光源手段からの光を照射し、
その光の照射に対する前記水素検出用表面プラズモン共鳴素子からの透過光を光検出手段で検出し、
前記水素検出用表面プラズモン共鳴素子の水素吸蔵に伴う光透過周波数特性の変化に基づいて水素を検出することを特徴とする表面プラズモン共鳴を利用して光学的に水素を検出する方法。
【請求項13】
請求項12記載の表面プラズモン共鳴を利用して光学的に水素を検出する方法において、
前記水素検出用表面プラズモン共鳴素子の膜面を照射する前記光源手段からの光は直線偏光であり、その偏波面の方位は前記水素検出用表面プラズモン共鳴素子の前記膜面内において、前記開口の射影する寸法のその直交方向に射影する寸法に対する比が最小となるような直線方向に一致されていることを特徴とする表面プラズモン共鳴を利用して光学的に水素を検出する方法。
【請求項14】
請求項12又は13記載の表面プラズモン共鳴を利用して光学的に水素を検出する方法において、
前記水素検出用表面プラズモン共鳴素子の前記水素吸蔵金属はパラジウムであることを特徴とする表面プラズモン共鳴を利用して光学的に水素を検出する方法。
【請求項15】
請求項12乃至14の何れかに記載の表面プラズモン共鳴を利用して光学的に水素を検出する方法において、
前記水素検出用表面プラズモン共鳴素子の前記開口の前記形状は短辺と長辺とを有する矩形であり、
前記周期的な開口のアレイは前記矩形の開口がそれぞれその短辺と長辺とに平行な2つの互いに直交する方向に沿って周期的に配列されてなることを特徴とする表面プラズモン共鳴を利用して光学的に水素を検出する方法。
【請求項16】
請求項12乃至15の何れかに記載の表面プラズモン共鳴を利用して光学的に水素を検出する方法において、
前記光源手段は波長可変レーザであり、
前記光検出手段は光量計であることを特徴とする表面プラズモン共鳴を利用して光学的に水素を検出する方法。
【請求項17】
請求項12乃至15の何れかに記載の表面プラズモン共鳴を利用して光学的に水素を検出する方法において、
前記光源手段は広波長帯域光源であり、
前記光検出手段は分光計であることを特徴とする表面プラズモン共鳴を利用して光学的に水素を検出する方法。

【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図1】
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【公開番号】特開2011−53151(P2011−53151A)
【公開日】平成23年3月17日(2011.3.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−203946(P2009−203946)
【出願日】平成21年9月3日(2009.9.3)
【出願人】(000231073)日本航空電子工業株式会社 (1,081)
【出願人】(504137912)国立大学法人 東京大学 (1,942)
【Fターム(参考)】