説明

水蒸気配管の酸化抑制方法及び水蒸気供給装置

【課題】 Cr−Mo鋼により形成され、水蒸気の供給により内面に酸化スケールが生成される水蒸気配管の酸化を、簡単に、安価に、効果的に抑制することができる水蒸気配管の酸化抑制方法及び水蒸気供給装置を提供する。
【解決手段】 Cr−Mo鋼により形成され、水蒸気の供給により内面に酸化スケールが生成される水蒸気配管を、絶縁リングを介して配設する。水蒸気配管と接地電極との間に、負極が水蒸気配管に接続され、正極が接地電極に接続されるように直流電源装置を配設する。そして、水蒸気配管の内面側の電位Dを、[−10V≦D≦−0.5V]の範囲に、好適には[−5V<D≦−0.5V]の範囲に、さらに好適には[−5V<D≦−2V]の範囲に設定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水蒸気を供給する水蒸気配管の酸化を抑制する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
水蒸気を使用するプラントとして、火力発電プラントが知られている。火力発電プラントの一例の概略構成を図8に示す。
図8に示す火力発電プラントは、ボイラ、蒸気タービン、発電機、復水器等により構成されている。蒸気タービンは、高圧タービン、中圧タービン、低圧タービンを有し、発電機と連結されている。
図8に示す火力発電プラントは、以下のように動作する。
ボイラで発生した水蒸気は、過熱器で過熱された後、高圧タービンに供給される。高圧タービンから排出された蒸気は、再熱器で再過熱された後、中圧タービンに供給される。中圧タービンから排出された蒸気は、低圧タービンに供給される。発電機は、蒸気タービンにより駆動されて電力を発生し、発生した電力を電力系統等に供給する。低圧タービンから排出された蒸気は、復水器を介してボイラに戻される。
水蒸気を供給する水蒸気配管(例えば、過熱された水蒸気を供給する主蒸気管や再過熱された水蒸気を供給する再熱蒸気管)等は、高温耐熱材料(例えば、Cr−Mo鋼等)により形成されている。
一方、このような水蒸気配管は、高温、高圧の水蒸気が通過することによって、水蒸気通過側が酸化される。例えば、Cr−Mo鋼により形成された水蒸気配管の場合、図9に示すように、水蒸気配管を形成する母材の水蒸気通過側(内面側)に酸化スケール(水蒸気酸化スケール)が生成される。酸化スケールは、例えば、内面側に生成される外層スケールと外面側に生成される内層スケールの二層構造を有している。外層スケールには、鉄酸化物(主に、Fe)が含まれ、内層スケールには、Cr等の酸化物が含まれる。酸化スケールは、水蒸気が通過することによって成長する。
【0003】
このような火力発電プラントでは、蒸気タービンが起動されると、水蒸気配管の温度が低温から高温に変化し、また、蒸気タービンが停止されると、水蒸気配管の温度が高温から低温に変化する。そして、この水蒸気配管の温度変化によって、母材及び酸化スケールが膨張あるいは収縮する。ここで、母材と酸化スケールの熱膨張係数が異なるため、蒸気タービンの起動時や停止時等に、酸化スケールに、母材と酸化スケールの熱膨張係数の差による応力が発生する。
このため、蒸気タービンの起動及び停止が繰り返されると、酸化スケールが母材から剥離し、剥離した酸化スケールにより高圧タービンや中圧タービンが損傷する虞がある。
そこで、酸化スケールの生成を抑制するためのコーティングを水蒸気配管の内面に施すことによって水蒸気配管の内面の酸化を抑制する方法や、水蒸気配管内を化学洗浄することによって水蒸気配管の内面に生成されている酸化スケールを除去する方法が用いられている。
なお、炭素や炭化ケイ素等の炭素系材料により形成され、1100℃を超える高温環境下で使用される炭素系基体に耐酸化性を付与するために、炭素系基体表面に電子伝導性層を形成するとともに、電子伝導性層表面に酸化物層を形成する技術が提案されている。(特許文献1参照)
【特許文献1】特開2005−8497号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
水蒸気配管の内面にコーティングを施す方法を用いて水蒸気配管の内面の酸化を抑制する方法では、水蒸気配管の内面の酸化を抑制する効果には限界がある。
また、水蒸気配管内を化学洗浄する方法は、コストがかかり、さらに、水蒸気配管の内面に生成されている酸化スケールを十分に除去することができない。
また、特許文献1に記載の技術は、炭素系材料により形成された炭素系基体に耐酸化性を付与するための技術であり、また、炭素系基体表面に電子伝導性層を形成するとともに、電子伝導性層表面に酸化物層を形成するものである。このため、電子伝導性層及び酸化物層を形成する必要があり、作業負担が大きいとともに、コストがかかる。
本発明は、このような点に鑑みて創案されたものであり、Cr−Mo鋼により形成された水蒸気配管の内面に生じた酸化スケールの成長を、簡単に、安価に、効果的に抑制することができる水蒸気配管の酸化抑制方法及び水蒸気供給装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
以下の各発明の技術は、400℃〜600℃の水蒸気を供給する水蒸気配管であって、Cr−Mo鋼により形成され、400℃〜600℃の水蒸気を供給することにより内面に酸化スケールが生成される水蒸気配管を対象とし、このような水蒸気配管の内面に生成された酸化スケールの成長を抑制する技術として好適に用いられる。
本発明の第1発明は、請求項1に記載されたとおりの水蒸気配管の酸化抑制方法である。
本発明では、Cr−Mo鋼により形成され、400℃〜600℃の水蒸気を供給することにより内面に酸化スケールが生成される水蒸気配管の内面側の電位Dを、[−10V≦D≦−0.5V]の範囲に設定している。
「水蒸気配管の内面側」とは、水蒸気配管の内面に生成されている酸化スケールを除く母材の内面側を意味する。本発明では、水蒸気配管の内面側が負電位に設定されていればよく、水蒸気配管全体(例えば、水蒸気配管の内面側及び外面側)が負電位に設定されていてもよい。
水蒸気配管を形成するCr−Mo鋼としては、好適には、[1.25Cr−0.5Mo鋼](STPA23、STBA23)あるいは[2.25Cr−1Mo鋼](STPA24、STBA24)が用いられる。
Cr−Mo鋼により形成された水蒸気配管では、水蒸気に接触する内面で、水蒸気によって発生した酸化イオンが水蒸気配管の母材の外面側に拡散し、外層スケール及び内層スケールからなる酸化スケールが生成及び成長する。本発明では、水蒸気配管の内面側を負電位に設定することによって、酸化イオンが水蒸気配管の外面側に拡散するのを抑制している。これにより、水蒸気配管の内面に生成される酸化スケールの成長を抑制、すなわち、水蒸気配管の内面の酸化を抑制している。
さらに、本発明では、水蒸気配管の内面側の電位Dを、[−10V≦D≦−0.5V]の範囲に設定している。水蒸気配管の内面側の電位Dをこの範囲の負電位に設定することによって、酸化スケールの密着力及び酸化スケールの熱的衝撃に対する非剥離性を高めることができ、酸化スケールの剥離を効果的に防止することができる。
水蒸気配管の内面側を負電位に設定する方法としては、種々の方法を用いることができる。
【0006】
本発明の第2発明は、請求項2に記載されたとおりの水蒸気配管の酸化抑制方法である。
本発明では、水蒸気配管の内面側の電位Dを、[−5V<D≦−0.5V]の範囲に設定している。
水蒸気配管の内面側の電位Dを、[−10V≦D≦−0.5V]の範囲に設定することによって、酸化スケールの密着力及び酸化スケールの熱的衝撃に対する非剥離性を高めることができるが、さらに、[−5V<D≦−0.5V]の範囲に設定することによって、酸化スケールの厚さを減少させることができる。これにより、酸化スケールの成長をより効果的に抑制することができ、酸化スケールの剥離をより効果的に防止することができる。
【0007】
本発明の第3発明は、請求項3に記載されたとおりの水蒸気配管の酸化抑制方法である。
本発明では、水蒸気配管と接地電極との間に、負極が水蒸気配管に接続され、正極が接地電極に接続されるように直流電源を配設することによって、水蒸気配管の内面側を負電位に設定している。
直流電源装置としては、種々の直流電源装置を用いることができる。
直流電源装置の負極及び正極は、それぞれ水蒸気配管及び接地電極に直接に接続していてもよいし間接的に(例えば、抵抗器等を介して)接続してもよい。
【0008】
本発明の第4発明は、請求項4に記載されたとおりの水蒸気配管の酸化抑制方法である。
本発明では、水蒸気配管内に、水蒸気配管と絶縁状態で電極を配設し、水蒸気配管と電極との間に、負極が水蒸気配管に接続され、正極が電極に接続されるように直流電源装置を配設することによって、水蒸気配管の内面側を負電位に設定している。
本発明では、水蒸気配管内に、直流電源の正極に接続され、水蒸気配管と絶縁した状態で配設された電極による静電誘導作用によって、水蒸気配管の内面側を負電位に設定している。
水蒸気配管内に配設する電極の形状や位置は、負電位に設定する水蒸気配管の内面側の位置や領域等に応じて適宜決定される。
直流電源装置の負極及び正極は、それぞれ水蒸気配管及び電極に直接に接続してもよいし間接的に接続してもよい。
【0009】
本発明の第5発明は、請求項5に記載されたとおりの水蒸気供給装置である。
本発明は、水蒸気発生装置と、水蒸気発生装置で発生した400℃〜600℃の水蒸気を供給する、Cr−Mo鋼により形成された水蒸気配管であって、400℃〜600℃の水蒸気を供給することにより内面に酸化スケールが生成される水蒸気配管を備えている。さらに、水蒸気配管の内面側の電位Dを、[−10V≦D≦−0.5V]の範囲に設定する負電位設定装置を備えている。
水蒸気配管を形成するCr−Mo鋼としては、第1発明と同様のCr−Mo鋼が好適に用いられる。
本発明の負電位設定装置は、水蒸気配管の内面側を負電位に設定することができればよく、水蒸気配管全体を負電位に設定するものでもよい。
さらに、水蒸気配管の内面側の電位Dを、[−10V≦D≦−0.5V]の範囲に設定することにより、酸化スケールの密着力及び酸化スケールの熱的衝撃に対する非剥離性を高めることができ、酸化スケールの剥離を効果的に防止することができる。
水蒸気配管の内面側を負電位に設定する負電位設定装置としては、種々の負電位設定装置を用いることができる。
【0010】
本発明の第6発明は、請求項6に記載されたとおりの水蒸気供給装置である。
本発明では、負電位設定装置は、水蒸気配管の内面側の電位Dを、[−5V<D≦−0.5V]の範囲に設定する。
水蒸気配管の内面側の電位Dを、[−5V<D≦−0.5V]の範囲に設定することによって、酸化スケールの成長をより効果的に抑制することができ、酸化スケールの剥離をより効果的に防止することができる。
【0011】
本発明の第7発明は、請求項7に記載されたとおりの水蒸気供給装置である。
本発明では、負電位設定装置は、負極が水蒸気配管に接続され、正極が接地電極に接続されている直流電源装置を有している。
直流電源装置としては、種々の直流電源装置を用いることができる。
直流電源装置の負極及び正極は、それぞれ水蒸気配管及び接地電極に直接に接続してもよいし間接的に接続してもよい。
【0012】
本発明の第8発明は、請求項8に記載されたとおりの水蒸気供給装置である。
本発明では、負電位設定装置は、水蒸気配管内に、水蒸気配管と絶縁された状態で配設された電極と、負極が水蒸気配管に接続され、正極が電極に接続されている直流電源装置を有している。
本発明では、正電位に設定された電極による静電誘導作用によって、水蒸気配管の内面側を負電位に設定している。
水蒸気配管内に配設する電極の形状や位置は、負電位に設定する、水蒸気配管の内面側の位置や領域等に応じて適宜決定される。
直流電源装置の負極及び正極は、それぞれ水蒸気配管及び電極に直接に接続してもよいし間接的に接続してもよい。
【発明の効果】
【0013】
請求項1〜4に記載の水蒸気配管の酸化抑制方法及び請求項5〜8に記載の水蒸気供給装置を用いれば、Cr−Mo鋼により形成され、400℃〜600℃の水蒸気を供給することにより内面に酸化スケールが生成される水蒸気配管の酸化を、簡単に、安価に、効果的に抑制することができる。これにより、高圧タービンや中圧タービンの翼のエロージョン(損傷による肉厚減)を抑制することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下に、本発明の実施の形態を、図面を参照しながら説明する。
水蒸気を供給する水蒸気配管、例えば、火力発電プラントの過熱器で過熱された水蒸気を高圧タービンに供給する主蒸気管や再熱器で再過熱された水蒸気を中圧タービンに供給する再熱蒸気管は、Cr−Mo鋼により形成されることが多い。
過熱器や再熱器から供給される水蒸気は、通常、400℃〜600℃の温度で、17MPa以上の圧力を有している。
このような水蒸気配管を形成するCr−Mo鋼としては、典型的には、[1.25Cr−0.5Mo鋼](STPA23、STBA23)あるいは[2.25Cr−1Mo鋼](STPA24、STBA24)が用いられる。
Cr−Mo鋼により形成された水蒸気配管内を水蒸気が通過すると、水蒸気によって、水蒸気配管の内面に酸化イオン(酸素イオンO2−や水酸基イオンOH)が発生し、この酸化イオンによって、水蒸気配管の内面に酸化スケールが生成される。酸化スケールは、図9に示すように、鉄の酸化物を含む外層スケールと、クロムの酸化物を含む内層スケールの二層構造を有している。酸化イオンが水蒸気配管の内面側から水蒸気配管の外面側に拡散すると、酸化スケールが成長する。
そして、蒸気タービンの起動時、停止時あるいは蒸気タービンの負荷の増減時等における、水蒸気配管及び酸化スケールの熱膨張あるいは熱収縮によって酸化スケールに応力が発生し、内層スケールと母材との境界部近傍の、内層スケール側の箇所に生成されるボイド(空洞)の数が多くなり、また、ボイドが大きくなる。このため、酸化スケールが水蒸気配管から剥離する可能性がある。この場合、内層スケールと母材の境界部近傍の、内層スケール側の箇所に生成されるボイドの数が多いほど、また、ボイドが大きいほど酸化スケールが剥離する虞が高くなる。
そこで、本実施の形態では、水蒸気配管の母材の内面側を負電位に設定している。この場合、水蒸気配管の内面に発生した酸化イオンと、水蒸気配管の内面側の負電位に設定されている箇所の電子との間に電気的反発力が発生するため、酸化イオンの、水蒸気配管の外面側への拡散が抑制される。これにより、酸化スケールの成長、すなわち、水蒸気配管の酸化を抑制することができる。
【0015】
ここで、本発明者は、水蒸気配管の内面側を負電位に設定した状態で水蒸気を通過させることにより、水蒸気配管の内面に生成された酸化スケールの成長の抑制効果を確認するため、以下の実験を行った。
使用した試験装置の概略図を図1に示す。
図1に示す試験装置は、水タンク10、ポンプ11、水蒸気発生器20、反応管30、直流電源装置34等により構成されている。
水タンク10に蓄積されている水は、ポンプ11によって、配管40a及びバルブ50aを介して配管40cに供給される。また、空気が、配管40b及びバルブ50bを介して配管40cに供給される。配管40cは、バルブ50aを介して供給された水とバルブ50bを介して供給された空気を混合して水蒸気発生器20に供給する。
水蒸気発生器20にはヒーター21が設けられており、水蒸気発生器20で発生した水蒸気は、ヒーター21によって加熱される。ヒーター21によって加熱された水蒸気は、配管40d及び絶縁リング60aを介して反応管30に供給される。反応管30は、ステンレス鋼(SUS304)により形成されている。
反応管30にはヒーター31が設けられており、反応管30に供給された水蒸気は、ヒーター31によって加熱される。反応管30から排出された水蒸気は、バルブ50c、絶縁リング60b及び配管40cを介して水タンク10に戻される。
なお、絶縁リング60a及び絶縁リング60bは、反応管30を配管40d及び配管40cから絶縁するためのものである。
【0016】
図1に示した試験装置を用いて、以下の方法で試験を行った。
試験片(1)〜(6)として、酸化スケール(水蒸気酸化スケール)が生成された状態の水蒸気配管(例えば、過熱器管や再熱器管)に相当する実機使用試験片を用意した。そして、試験片(1)〜(6)をアルミナ容器32に収容した状態で、アルミナ容器32を反応管30内に配設した。
また、反応管30に絶縁用のアルミナ管33を挿通し、アルミナ管33に、一端側が各試験片(1)〜(6)に接続され、他端側が直流電源装置34の負極に接続された複数本のリード線を配設した。また、直流電源装置34の正極を反応管30に接続した。これにより、各試験片(1)〜(6)が、反応管30に対して負電位に設定される。なお、各試験片(1)〜(6)の電位Dが、それぞれ[0V]、[−0.5V]、[−2V]、[−5V]、[−10V]、[−20V]となるように調整されている。
そして、反応管30内の試験温度を550℃、試験圧力を1atmに設定した状態で、実機環境において酸化スケール(水蒸気スケール)の成長を確認することができる時間間隔である500時間の試験を行った。
【0017】
次に、以上のようにして試験を行った試験片(1)〜(6)について、各試験片(1)〜(6)に生成されている酸化スケールの密着力と酸化スケールの非剥離性を評価した。
各試験片(1)〜(6)に生成されている酸化スケールの密着力の評価は、図2に示す方法で行った。すなわち、試験片(表面積:5.86cm)に生成されている酸化スケールに引張部材を接着剤で接着(接着面積:0.785cm)し、試験片を固定部材に固定した状態で、引張部材により引張荷重を加えた。そして、酸化スケールが剥離した時の引張荷重(N)を測定した。
また、各試験片(1)〜(6)に生成されている酸化スケールの非剥離性の評価は、以下の方法で行った。すなわち、試験片を500℃の状態で1時間保持した後に水滴を滴下する操作(熱的衝撃を付与する操作)を、水滴の滴下により酸化スケールが剥離するまで行った回数を測定した(但し、10回を上限とした)。
【0018】
各試験片(1)〜(6)に対して、酸化スケールの密着力の評価を行った結果を、図3に示す。ここで、引張荷重が400Nを超える場合には、実機使用に耐え得ると推測される。図3から、試験片の電位Dを、[−10V≦D≦−0.5V]の範囲に設定した場合の引張荷重(酸化スケールの密着力)が、実機使用に耐え得る引張荷重400Nをいずれも上回っていることが理解できる。
このように、試験片の電位Dを[−10V≦D≦−0.5V]の範囲に設定することにより、蒸気タービンの起動時や停止時等に、熱膨張あるいは熱収縮による応力が酸化スケールに作用した場合に、酸化スケールが水蒸気配管から剥離するのを防止することができる。
なお、酸化スケールの引張荷重が大きいことは、水蒸気配管の酸化が抑制され、内層スケールの緻密化が促進されていることを意味する。
【0019】
各試験片(1)〜(6)に対して、酸化スケールの熱的衝撃に対する非剥離性の評価を行った結果を、図4に示す。ここで、熱的衝撃回数が2回を超える場合は、実機使用に耐え得ると推測される。図4から、試験片の電位Dを、[−10V≦D≦−0.5V]の範囲に設定することにより、実機使用に耐え得る熱的衝撃回数2回をいずれも上回っていることが理解できる。
このように、試験片の電位Dを[−10V≦D≦−0.5V]の範囲に設定することにより、水蒸気配管に熱的衝撃が加わった場合に、酸化スケールが水蒸気配管から剥離するのを防止することができる。
なお、酸化スケールを剥離するのに必要な熱的衝撃の付与回数が多いことは、水蒸気配管の酸化が抑制され、内層スケールの緻密化が促進されていることを意味する。
【0020】
以上の、酸化スケールの密着力の評価及び酸化スケールの非剥離性の評価結果から、試験片の電位Dを[−10V≦D≦−0.5V]の範囲に設定することにより、水蒸気配管の酸化を抑制して内層スケールの緻密化を促進することができ、水蒸気配管に生成されている酸化スケールが、応力及び熱的衝撃によって剥離することが防止可能となる。
【0021】
さらに、試験を行った試験片(1)〜(6)について、断面ミクロ組織観察を行った。
その結果、実機状態である電位D[0V]に設定されている状態で試験を行った試験片(1)と比較すると、電位Dが[−5V]及び[−10V]に設定された状態で試験を行った試験片(4)及び(5)では、内層スケールに生成されていたボイド(空洞)が修復されており、酸化スケールが厚くなっていることが分かった。
また、水蒸気配管の電位Dが[−20V]に設定されている状態で試験を行った試験片(6)では、内層スケールのボイドの数が増え、また、ボイドが大きくなっていることが分かった。さらに、試験片(6)では、酸化スケールが剥離していることが分かった。
一方、水蒸気配管の電位Dが[−0.5V]及び[−2V]に設定されている試験片(2)及び(3)では、内層スケールのボイド(空洞)が修復されているとともに、酸化スケールの厚さが減少していることが分かった。酸化スケールの厚さが減少することは、水蒸気配管の酸化抑制効果が特に大きいことを示している。
これにより、水蒸気配管の電位Dを、[−0.5V]以下で、[−5V]より大きい範囲、すなわち、[−5V<D≦−0.5V]の範囲に設定することにより、水蒸気配管の酸化を、より抑制することができる。
さらに、図3に示す酸化スケールの密着力の評価及結果及び図4に示す酸化スケールの非剥離性の評価結果を考慮すると、水蒸気配管の電位Dを[−5V<D≦−2V]の範囲に設定するのが好ましい。水蒸気配管の電位を[−5V<D≦−2V]の範囲に設定することにより、水蒸気配管の酸化を格段に抑制することができる。
【0022】
次に、水蒸気配管の電位Dを負電位に設定する方法の一例を図5に示す。
図5に示す方法では、導電性の水蒸気配管(通常、円筒形状に形成される)を、他の配管と、絶縁リング等の絶縁部材を介して絶縁状態で配設する。そして、水蒸気配管と接地電極(アース電極)との間に直流電源装置を接続する。この時、直流電源装置の負極を水蒸気配管に接続し、正極を接地電極に接続する。そして、直流電源装置の電圧を調整することによって、水蒸気配管の電位D(水蒸気配管の内面側の電位D)を前記した負電位に設定する。
この場合、図5に示すように、水蒸気配管の母材内の電子の量が多くなる。これにより、水蒸気配管の内面に発生する酸化イオンと、水蒸気配管の母材中の電子との間に電気的反発力が作用するため、酸化イオンが水蒸気配管の母材の外面側に拡散するのを抑制することができる。したがって、水蒸気配管の酸化を抑制することができる。
なお、直流電源装置の負極および正極は、水蒸気配管および接地電極に直接接続してもよいし間接的に接続してもよい。
また、直流電源装置の負極を水蒸気配管に接続する位置は、適宜選択することができる。
【0023】
水蒸気配管の電位Dを負電位に設定する方法の他の例を図6に示す。
図6に示す方法では、水蒸気配管内に、水蒸気配管と絶縁した状態で電極を配設する。例えば、円筒形状の電極を、絶縁材料で形成されたリング形状の支持部を介して水蒸気配管の内面に固定する。電極と支持部との結合方法あるいは電極と水蒸気配管との結合方法としては、溶接による結合方法や接着剤を用いた結合方法等を用いることができる。
そして、この電極と接地電極の間に直流電源装置を接続するとともに、水蒸気配管を接地電極に接続する。この時、直流電源装置の正極を電極に接続し、負極を接地電極に接続する。また、直流電源装置の正極と水蒸気配管を接続するリード線は、水蒸気配管と絶縁する。
この場合、図6に示すように、正電位に設定されている電極によって、水蒸気配管の母材の、電極と対向する側の電位(水蒸気配管の内面側の電位)Dが負電位となる。そして、直流電源装置の電圧を調整することによって、水蒸気配管の母材の、電極と対向する側の電位D(水蒸気配管の内面側の電位D)を前記した負電位に設定する。
これにより、水蒸気配管の内面に発生する酸化イオンと、水蒸気配管の母材の、電極と対向する側に集められた電子との間に電気的反発力が作用するため、酸化イオンが水蒸気配管の母材の外面側に拡散するのを抑制することができる。したがって、水蒸気配管の酸化を抑制することができる。
【0024】
なお、直流電源装置の負極および正極は、電極および接地電極に直接接続してもよいし間接的に接続してもよい。また、水蒸気配管は、接地電極に直接接続してもよいし間接的に接続してもよい。
電極を配置する位置や電極の形状は、適宜選択することができる。例えば、水蒸気配管の内面と対向する面が、水蒸気配管の軸方向に直角な断面で見て、円形形状を有する円筒形状の電極を用いたが、円弧形状を有する電極や直線形状を有する電極を用いることもできる。この場合、水蒸気配管の内面の周方向に沿った所望の位置に1つの電極を配置することもできるし、水蒸気配管の内面の周方向に沿った複数の位置に複数の電極を離散的に配置することもできる。また、水蒸気配管の軸方向に沿って1つの電極を配置したが、水蒸気配管の軸方向に沿った複数の位置に複数の電極を配置することもできる。いずれの場合も、電極の、水蒸気配管の内面と対向する側の面と、水蒸気配管の内面との間の距離が略等しくなるように、電極の形状や配置位置を選択するのが好ましい。電極の形状や配置位置を選択することによって、水蒸気配管の母材の、電子を集める箇所や領域を所望の箇所や領域に設定することができる。
また、直流電源装置の負極を、接地電極を介することなく水蒸気配管に接続してもよい。この場合にも、直流電源装置の負極および正極は、電極および水蒸気配管に直接接続してもよいし間接的に接続してもよい。
【0025】
図6では、水蒸気配管内に配設する電極として、水蒸気配管の内面と対向する箇所が、水蒸気配管の内面の周方向及び水蒸気配管の軸方向に沿って延びる面状に形成されている電極を用いたが、点状に形成されている電極を用いることもできる。
例えば、図7に示すように、複数の針形状の電極を、絶縁材料で形成されたリング形状の支持部を介して水蒸気配管の内面に固定する。電極と支持部との結合方法としては、支持部に形成した孔に電極を挿入する結合方法、溶接による結合方法や接着剤を用いた結合方法を用いることができる。電極と水蒸気配管との結合方法としては、溶接による結合方法や接着剤を用いた結合方法等を用いることができる。針状の電極は、針状の電極の軸方向が水蒸気配管の内面に略直角に(径方向に)なるように配置するのが好ましい。そして、この電極と水蒸気配管の間に直流電源装置を、前述した方法で接続する。
この場合には、水蒸気配管の母材の、針状の電極の先端部に対向する箇所の周りに、静電誘導作用によって電子が集まる。これにより、水蒸気配管の母材の、電極の先端部と対向する箇所の近傍の電位が負電位となる。そして、直流電源装置の電圧を調整することによって、水蒸気配管の母材の、電極と対向する側の電位D(水蒸気配管の内面側の電位D)を前記した負電位に設定する。
このような電極を用いることにより、水蒸気配管の内面側の所望の箇所を負電位に設定することができる。
なお、針形状の電極を用いたが、棒形状の電極を用いることもできる。また、水蒸気配管内に配設する針形状の電極の数は1つを含めて適宜選択することができる。また、複数の針形状の電極を配設する方法としては、水蒸気配管の内面の周方向に沿って配設する方法、水蒸気配管の軸方向に沿って配設する方法、水蒸気配管の内面の周方向及び水蒸気配管の軸方向に沿って配設する方法を用いることができる。
【0026】
以上のように、本実施の形態は、Cr−Mo鋼により形成される水蒸気配管の内面側(水蒸気が通過する側)を負電位に設定することによって水蒸気配管の内面側に電子を配置するように構成している。これにより、水蒸気配管の内面に発生した酸化イオンは、水蒸気配管の内面側の電子との間に発生する電気的反発力を受ける。したがって、酸化イオンが水蒸気配管の外面側に拡散することを抑制することができ、Cr−Mo鋼の内面に、水蒸気の供給によって酸化スケールが生成される水蒸気配管の酸化を安価かつ簡単に抑制することができる。これにより、高圧タービンや中圧タービンの翼のエロージョン(損傷による肉厚減)を抑制することができる。
また、本実施の形態では、水蒸気配管の内面側を負電位に設定するのみでよいため、安価に、簡単に水蒸気配管の酸化を抑制することができる。
また、水蒸気配管の内面側の電位Dを[−10V≦D≦−0.5V]の範囲に設定することによって水蒸気配管の内面の酸化を効果的に抑制することができる。
また、水蒸気配管の内面側の電位Dを[−5V<D≦−0.5V]、さらには、[−5V<D≦−2V]の範囲に設定することにより、水蒸気配管の内面の酸化をより効果的に抑制することができる。
なお、本発明の酸化抑制技術は、Cr−Mo鋼により形成され、400℃〜600℃の水蒸気を供給する水蒸気配管の酸化を抑制するために好適に用いることができる。
【0027】
本発明は、実施の形態で説明した構成に限定されず、種々の変更、追加、削除が可能である。
例えば、水蒸気配管内に電極を配置し、電極と水蒸気配管との間に、電極が正電位となるように直流電源装置を接続することによって、水蒸気配管の、電極と対向する側を負電位に設定する負電位設定方法や負電位設定装置としては、実施の形態で説明した負電位設定方法以外や負電位設定装置以外の種々の負電位設定方法や負電位設定装置を用いることができる。
また、火力発電プラントで用いられている水蒸気配管の酸化を抑制する場合について説明したが、本発明は、水蒸気を使用する種々の設備で用いられている水蒸気配管の酸化を抑制する場合に適用することができる。
また、水蒸気配管を形成するCr−Mo鋼としては、[1.25Cr−0.5Mo]鋼や[2.25Cr−1Mo]鋼に限定されず、種々のCr−Mo鋼を用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】水蒸気配管の試験片を、異なる電位に設定した状態で試験する試験装置の概略構成図である。
【図2】異なる電位に設定した状態で試験した各試験片に生成されている酸化スケールの密着力を測定する装置の概略構成図である。
【図3】異なる電位に設定した状態で試験した試験片に生成されている酸化スケールの密着力の評価結果を示すグラフである。
【図4】異なる電位に設定した状態で試験した試験片に生成されている酸化スケールの熱的衝撃に対する非剥離性の評価結果を示すグラフである。
【図5】水蒸気配管と接地電極との間に直流電源装置を接続することによって、水蒸気配管の内面側を負電位に設定する方法の一例を示す図である。
【図6】水蒸気配管内に電極を配置し、電極と水蒸気配管との間に直流電源装置を接続することによって、水蒸気配管の内面側を負電位に設定する方法の一例を示す図である。
【図7】水蒸気配管内に電極を配置し、電極と水蒸気配管との間に直流電源装置を接続することによって、水蒸気配管の内面側を負電位に設定する方法の他の例を示す図である。
【図8】火力発電プラントの一例の概略構成を示す図である。
【図9】水蒸気配管における酸化スケールの生成状況を示す図である。
【符号の説明】
【0029】
10 水タンク
20 水蒸気発生器
30 反応管
33 アルミナ管(絶縁管)
34 直流電源装置
60a、60b 絶縁リング
70 試験片

【特許請求の範囲】
【請求項1】
水蒸気発生器で発生した400℃〜600℃の水蒸気を供給する、Cr−Mo鋼により形成された水蒸気配管であり、前記水蒸気を供給することにより内面に酸化スケールが生成される水蒸気配管の酸化抑制方法であって、前記水蒸気配管の内面側の電位を、[−10V≦水蒸気配管の電位≦−0.5V]の範囲に設定することを特徴とする水蒸気配管の酸化抑制方法。
【請求項2】
請求項1に記載の水蒸気配管の酸化抑制方法であって、前記水蒸気配管の内面側の電位を、[−5V<水蒸気配管の電位≦−0,5V]の範囲内に設定することを特徴とする水蒸気配管の酸化抑制方法。
【請求項3】
請求項1または2に記載の水蒸気配管の酸化抑制方法であって、前記水蒸気配管と接地電極との間に、直流電源装置を、負極が前記水蒸気配管に接続され、正極が前記接地電極に接続されるように配設することによって、前記水蒸気配管を前記範囲の負電位に設定することを特徴とする水蒸気配管の酸化抑制方法。
【請求項4】
請求項1または2に記載の水蒸気配管の酸化抑制方法であって、前記水蒸気配管内に、前記水蒸気配管と絶縁状態で電極を配設し、前記水蒸気配管と前記電極との間に、直流電源装置を、負極が前記水蒸気配管に接続され、正極が前記電極に接続されるように配設することによって、前記水蒸気配管を前記範囲の負電位に設定することを特徴とする水蒸気配管の酸化抑制方法。
【請求項5】
水蒸気発生装置と、前記水蒸気発生装置で発生した400℃〜600℃の水蒸気を供給する、Cr−Mo鋼により形成された水蒸気配管であり、前記水蒸気を供給することにより内面に酸化スケールが生成される水蒸気配管と、前記水蒸気配管の内面側の電位を、[−10V≦水蒸気配管の電位≦−0.5V]の範囲に設定する負電位設定装置を備えることを特徴とする水蒸気供給装置。
【請求項6】
請求項5に記載の水蒸気供給装置であって、前記負電位設定装置は、前記水蒸気配管の内面側の電位を、[−5V<水蒸気配管の電位≦−0.5V]の範囲に設定することを特徴とする水蒸気供給装置。
【請求項7】
請求項5または6に記載の水蒸気供給装置であって、前記負電位設定装置は、直流電源装置を有し、前記直流電源装置は、負極が前記水蒸気配管に接続され、正極が接地電極に接続されていることを特徴とする水蒸気供給装置。
【請求項8】
請求項5または6に記載の水蒸気供給装置であって、前記負電位設定装置は、前記水蒸気配管内に、前記水蒸気配管と絶縁された状態で配設された電極と、直流電源装置を有し、前記直流電源装置は、負極が前記水蒸気配管に接続され、正極が前記電極に接続されていることを特徴とする水蒸気供給装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2007−56312(P2007−56312A)
【公開日】平成19年3月8日(2007.3.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−243003(P2005−243003)
【出願日】平成17年8月24日(2005.8.24)
【出願人】(000213297)中部電力株式会社 (811)
【Fターム(参考)】