説明

沸騰水型軽水炉用ジルコニウム合金製構成材料の腐食性加速試験方法

【課題】 原子炉で、特にBWRで用いられる燃料被覆管などのジルコニウム合金からなる構成部材又は要素の炉内腐食性を、放射線の照射を用いることなく比較的簡易且つ安全な手段により炉外で短期間に評価する手法を提供すること。
【解決手段】 騰水型軽水炉に用いられるジルコニウム合金製構成材料の腐食性試験方法において、前記ジルコニウム合金製構成材料の試験材を溶存酸素濃度が0.1ppb以上10ppb未満に調整された超臨界水に所定期間浸漬させてその腐食性を評価することを特徴とする沸騰水型軽水炉用ジルコニウム合金製構成材料の腐食性加速試験方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、軽水炉、特に沸騰水型軽水炉に用いられるジルコニウム(Zr)合金製構成材料の腐食性評価に有効な加速試験方法に関する。
【背景技術】
【0002】
原子力発電用の原子炉として軽水炉が汎用されるようになってきたが、この軽水炉には、加圧水型軽水炉(PWR)と沸騰水型軽水炉(BWR)があり、このうち日本で過半数を占めるものが後者の沸騰水型軽水炉(BWR)である。そして、周知のようにこの軽水炉の燃料被覆管などの構成要素としてジルコニウム合金が採用されている。
【0003】
近年、発電コストの低減、放射性廃棄物の発生量の抑制、ウラン資源の有効活用のため、これら軽水炉の高燃焼度化が進められている。
【0004】
従来、沸騰水型軽水炉(BWR)では、加圧水型軽水炉(PWR)の場合のように被覆管の腐食が急速に進行せず、燃焼度が増加(炉内滞在時間が増加)しても酸化膜厚の増加は僅かで、これまではジルカロイ−2被覆管の腐食について特に問題はないとされてきた。しかし、4サイクル、5サイクル照射した燃料被覆管の水素濃度を分析してみると、1〜3サイクルル照射した被覆管と比較して水素濃度が大きく増加していることが明らかになった。このため、BWRにおいては、高燃焼度側で燃料被覆管の水素吸収量が急激に増加し、被覆管の機械的特性が劣化する水素脆化が懸念されることから、耐食性に優れ、水素吸収量の少ない材料の開発が望まれている。
【0005】
一般に、燃料被覆管の材料開発では、オートクレーブを用いた300℃〜360℃の高温水腐食試験や、400℃〜530℃の高温水蒸気腐食試験により材料のスクリーニングを行っている。しかし、300〜400℃の試験温度では評価結果が得られるまでに数千時間から数万時間の長期間の腐食試験が必要である。
【0006】
BWRでは、ノジュラー腐食と呼ばれる局部腐食と一様腐食の2種類の炉内腐食挙動が報告されている。ノジュラー腐食と呼ばれる局部腐食挙動に対しては、475℃〜530℃の比較的高温の水蒸気腐食試験により耐食性が評価されている。一方、一様腐食挙動に対しては、400℃の高温水蒸気試験により耐食性が評価されている。また、一度400〜425℃に数時間保持した後、500〜525℃に昇温する2ステップ腐食試験も実施されている。
【0007】
局部腐食挙動に対しては、上記炉外腐食試験に基づく評価と炉内の腐食挙動はほぼ良い一致を示すことが言われているが、一様腐食挙動に関しては、炉内の腐食特性と上記炉外加速腐食試験での腐食挙動とは必ずしも一致しておらず、現在実施されている炉外加速腐食試験法によっては炉内腐食特性を十分評価できず、材料を開発する上での大きな障害となっている。
【0008】
一般に、ジルコニウム合金の一様腐食特性は、JIS(JIS H 4751)にも規定されているように400℃・10.3MPaの高温・高圧の水蒸気条件で評価している。JISでは、400℃の水蒸気中に72時間(3日間)もしくは336時間(14日間)保持し、試料外観、腐食増量を評価する試験条件を採用しているが、一般的には、数千時間以上の長時間腐食試験が実施され、評価されているのが実情で、耐食性を評価するためには非常に長時間を必要とし、材料開発を進める際の障害となっている。
【0009】
例えば、江藤らの報告(非特許文献1参照)では、そのFIG.4、FIG.3およびTABLE 1に示すように400℃の水蒸気腐食試験とBWRでの2サイクル照射後の腐食増量データが示されているが、400℃の試験結果はNbを0.2wt%添加した試料の腐食増量は無添加材と比較して同等以下の値を示している。つまり、400℃水蒸気腐食試験では0.2wt%程度のNb添加量では耐食性は同等以上であることが示されている。
【0010】
しかし、同じFIG.4に示されるように、炉内腐食データはNbの添加量の増加とともに腐食量は急激に増加する傾向を示しており、BWRにおける実際の操業環境下ではNbに耐食性改善効果は認められない。このNbの影響については、実炉における腐食状況を調査した福沢らの報告(非特許文献2)中でも、そのFigure 9及びTable 2によって明らかにされている
これらの相反する事実は、Feにおいても見い出されており、すなわち炉外加速腐食試験においてはFe添加量の増加とともにジルコニウム合金の腐食速度が増加する(耐食性が劣化する)傾向が報告されていたが、前出の江藤らの報告(非特許文献1:TABLE 2、FIG.6)によれば、実際のBWR環境ではジルコニウム合金の耐食性はFe濃度の増加とともに向上することが確認されている。
【0011】
上述のように、BWR環境での炉内腐食挙動は、JISで規定され、一般的に広く行われている400℃・水蒸気環境下の炉外加速腐食試験によって評価することが出来ないことが判明しつつあり、このため、BWR炉内腐食特性を模擬できる炉外加速腐食試験方法の開発が強く望まれている現状にある。
【0012】
かかる要請に対応する方法として、試験材を超臨界水に設置してこれに放射線を照射しながら腐食させる加速試験方法が提案されている(特許文献1参照)。
【0013】
しかしながら、この方法は、放射線を照射させる必要があるため、炉外の試験方法としては安全管理上の問題があり、試験装置としても大掛かりとなりコスト面でも不利を伴うため、実用に適した方法といえなかった。
[発明が解決しようとする課題]
【非特許文献1】ASTM STP 1294、pp.825−849(1996)
【非特許文献2】ANS International Topical Meeting、pp.240−249(1997)
【特許文献1】特開平11-352277号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
そこで、本発明者らは、上記した従来の問題点を解消すると共に、BWR環境で長期間使用された場合の材料の腐食状況を、炉外で、かつ、比較的短期間で容易に再現、評価出来る加速試験方法を開発すべく、鋭意、調査・研究を行った結果、超臨界水環境を利用し、かつ、試験に用いる水の溶存酸素濃度(Do)を適正な範囲に制御することによって、炉内腐食を精度良く模擬できる事実を知見し、本発明を完成させるに至ったのである。
【0015】
従って、本発明の目的(課題)は、原子炉で、特にBWRで用いられる燃料被覆管などのジルコニウム合金からなる構成部材又は要素の炉内腐食性を、放射線の照射を用いることなく比較的簡易且つ安全な手段により炉外で短期間に評価する手法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0016】
そして、上記課題を解決するためになされた本発明とは、沸騰水型軽水炉に用いられるジルコニウム合金製構成材料の腐食性試験方法において、前記ジルコニウム合金製構成材料の試験材を溶存酸素濃度が0.1ppb以上10ppb未満に調整された超臨界水に所定期間浸漬させてその腐食性を評価することを特徴とする沸騰水型軽水炉用ジルコニウム合金製構成材料の腐食性加速試験方法である。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、沸騰水型軽水炉に用いられるジルコニウム合金製構成材料の腐食性の評価を、比較的簡易で安全な方法により、沸騰水型軽水炉における実際の使用環境下と同様な精度において短期間に実施できるという優れた耐食性加速試験法を提供するものであり、また、これに伴って沸騰水型軽水炉における被覆管など主要な構成部材の開発、実用化に大いに貢献するものであって、その技術的、工業的価値大なる発明といえる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
以下、本発明の腐食評価法すなわちジルコニウム合金製構成材料の腐食性加速試験方法の内容について具体的に説明する。
【0019】
まず、本方法では試験装置として、前記JIS(JIS H 4751)に規定されジルコニウム合金の一様腐食性評価に用いられているものと同様のオートクレーブ(一種の高圧釜)を用いる。このオートクレーブのタイプについては、バッチ式とループ式があり、ループ式の場合は試験水の水質の調整、制御が簡単であり炉水環境に、より近づけることが可能な意味でバッチ式に比べて有利であるが、本方法の実施に当ってはその何れを採用しても良い。
【0020】
本方法においてはオートクレーブを用いて、試験水の温度を約374℃以上、試験圧力が約218気圧以上の条件として超臨界状態に保ち、試験水中の溶存酸素濃度(Do)を0.1ppb以上10ppb未満、好ましくは4.5ppb以上8.5ppb未満に調整した状態で腐食性の評価を行うものである。この濃度が10ppb以上になると、BWRの実際の環境を模擬、再現できなくなり、腐食性の試験、評価の精度が不十分となり、0.1ppbよりも低くすることは実用的ではない。この溶存酸素濃度(Do)の調整、制御は本発明において極めて重要である。
【0021】
この、溶存酸素濃度(Do)の調整の仕方は特に制限されるものではないが、例えばバッチ式オートクレーブを採用した場合では、予め釜蓋に吊り下げられた試験材を試験水を入れた釜にセットして蓋を閉じ(閉ループ)た後、釜をヒータで加熱し、温度を上昇させ、110〜150℃以上に昇温後、釜に設けられたバルブを開いて試験水を沸騰させ、釜内の空気を脱気すると同時に試験水中の溶存酸素を除去し、溶存酸素濃度(Do)を10ppb未満に低減させる。一方、ループ式オートクレーブの場合では、予め別の試験水タンクにてArバブリングなどを行って溶存酸素除去し、やはり溶存酸素濃度(Do)を10ppb未満に調整した水を、オートクレーブのループに接続して、釜に循環させるようにすれば良い。
【0022】
この10ppb未満に調整された超臨界状態の試験水による腐食試験は、通常2000〜3000時間の比較的短期間で十分にBWRの操業環境を模擬することが可能である。
【0023】
次に、本発明の優れた効果を明確にするために実施例を挙げる。
【0024】
(実施例1)
バッチ式オートクレーブにより、試験材(供試材)として高Fe-Zry-2、および0.18wt%のNbを含有する高Fe-Zry-2を対象として、溶存酸素濃度が8ppbの調整した試験水を用い、400℃・250atg.の超臨界水条件で腐食試験を実施した。この試験結果を表1及び図1に示す。なお、図1には試験時間が4200時間の場合について図示している。
【0025】
また、炉内データと比較するため、前述の非特許文献2のFigure 9に示された高Fe-Zry-2の1サイクル、2サイクル照射材のデータ、及び非特許文献1のFig.4に示されたNb添加Zry-2の腐食データを本図1に併せて示す。
【0026】
表1及び図1から明らかなように、本試験法によれば試験時間が3000時間及び4200時間の何れの場合も、その腐食増量がNb濃度の増加に比例して増加する傾向が認められ、これは炉内のデータと同じ傾向であり、すなわち本試験法が炉内腐食挙動と一致する結果を生み出していることが分かる。
【0027】
【表1】

【0028】
(実施例2)
ループ式オートクレーブにより、試験材としてFe濃度レベルを3種類変化させたZry-2を対象として、溶存酸素濃度が5ppbの調整した試験水を用い、400℃・250atg.の超臨界水条件で腐食試験を実施した。この試験結果を表2及び図2に示す。なお、図2には試験時間が4200時間の場合について図示している。また、炉内データとの比較を行うために、前述の非特許文献1のFIG.6およびTABLE 2に示された照射データ(Zry-2組成でFe濃度を変化させた照射材のデータ:2サイクル照射、及び4サイクル照射)を同図2に併せて示す。
【0029】
【表2】

【0030】
(従来例)
バッチ式オートクレーブにより、試験材として実施例2と同様なFe濃度レベルを3種類変化させたZry-2を対象として、400℃・105atg.の水蒸気腐食試験を実施した。この結果を表3に示し、また図2に一緒に示す。
【0031】
表2及び図2から明らかな如く、本試験方法(実施例2)によれば、試験時間3000時間及び4200時間の何れもその腐食増量が、Fe濃度の増加とともに低下する傾向を示しており、これは炉内の照射データの傾向と一致し、炉内の挙動と同じ結果が得られることが判明する。
【0032】
一方、従来例の水蒸気腐食試験の結果では、表3及び図2から何れの試験時間の場合もFe濃度の増加とともに腐食増量が増加する傾向であり、これは炉内のデータとは逆の傾向を表し、炉内の挙動を正しく反映していないことが分かる。
【0033】
【表3】

【図面の簡単な説明】
【0034】
【図1】本発明の実施例1にかかる試験法によるジルコニウム合金のNb濃度と腐食増量の関係を示すグラフ。同図には比較のため炉内データについても合せて示す。ここにおいて■の折れ線は本発明、○、□及び●の折れ線は炉内データをそれぞれ示している。
【図2】本発明の実施例2にかかる試験法によるジルコニウム合金のFe濃度と腐食増量の関係を示すグラフ。同図には比較のため、従来例の試験法によるデータ及び炉内データについても併せて示す。ここにおいて□の折れ線は本発明、○の折れ線は従来例、●及び■の折れ線は炉内データをそれぞれ示している。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
沸騰水型軽水炉に用いられるジルコニウム合金製構成材料の腐食性試験方法において、前記ジルコニウム合金製構成材料の試験材を溶存酸素濃度が0.1ppb以上10ppb未満に調整された超臨界水に所定期間浸漬させてその腐食性を評価することを特徴とする沸騰水型軽水炉用ジルコニウム合金製構成材料の腐食性加速試験方法。



【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2006−275620(P2006−275620A)
【公開日】平成18年10月12日(2006.10.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−92151(P2005−92151)
【出願日】平成17年3月28日(2005.3.28)
【出願人】(000003687)東京電力株式会社 (2,580)
【出願人】(500183456)株式会社ジルコプロダクツ (2)
【Fターム(参考)】