油圧クラッチ
【課題】発生する伝達トルクを、制御装置が設定する目標伝達トルクに精度良く合わせ込むことができる油圧クラッチを提供することを課題とする。
【解決手段】電子制御ユニット23は油圧クラッチ30の算出トルクTRrを求める実伝達トルク算出部23eを備え、車輪速センサ51が検出する左右の駆動輪の回転速度NL,NRと、潤滑油温度センサ39が検出する潤滑油の油温Toilと、油圧センサ50が検出する作動油の油圧Psと、に基づいて算出トルクTRrを求める。そして、電子制御ユニット23は、実伝達トルク算出部23eが求める算出トルクTRrと、目標伝達トルク設定部23aが設定する目標伝達トルクTRtの偏差が減少するように、油圧回路24をフィードバック制御する。
【解決手段】電子制御ユニット23は油圧クラッチ30の算出トルクTRrを求める実伝達トルク算出部23eを備え、車輪速センサ51が検出する左右の駆動輪の回転速度NL,NRと、潤滑油温度センサ39が検出する潤滑油の油温Toilと、油圧センサ50が検出する作動油の油圧Psと、に基づいて算出トルクTRrを求める。そして、電子制御ユニット23は、実伝達トルク算出部23eが求める算出トルクTRrと、目標伝達トルク設定部23aが設定する目標伝達トルクTRtの偏差が減少するように、油圧回路24をフィードバック制御する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、作動油の油圧で伝達トルクを調節できる油圧クラッチに関する。
【背景技術】
【0002】
エンジンが出力する駆動力を左右の駆動輪に任意の比率で配分して、旋回時の安定性を向上させる駆動力配分装置を備える車両が知られている。
このような駆動力配分装置は左右の駆動輪に対応する2つの油圧クラッチを含んで構成され、その油圧クラッチに発生するトルク(伝達トルク)を調節することで、左右の駆動輪に配分される駆動力の比率を調節している。
【0003】
駆動力配分装置を制御する制御装置は、左右の駆動輪に配分する駆動力の比率を設定すると、設定した比率に応じた伝達トルクを目標伝達トルクとして設定する。そして、油圧クラッチが、目標伝達トルクと同等の伝達トルクを発生するように制御している。
さらに、油圧クラッチに発生する実際の伝達トルクをフィードバックし、制御装置が設定する目標伝達トルクと実際の伝達トルクの偏差が減少するようにフィードバック制御することで、油圧クラッチの伝達トルクを目標伝達トルクに合わせ込むことができる。
【0004】
油圧クラッチは、例えば作動油の油圧で駆動するピストンで摩擦係合部材の摩擦面を係合して伝達トルクを発生させる構造であり、作動油の油圧の調節によって伝達トルクを調節できる。
そこで、例えば特許文献1には、制御装置が設定した目標伝達トルクを油圧クラッチで発生させるのに必要な作動油の油圧と、作動油の実際の油圧の偏差を算出し、その偏差が減少するように作動油の油圧を制御する技術が開示されている。
【0005】
また、例えば特許文献2には、クラッチに発生する伝達トルクをクラッチストロークに変換し、クラッチストロークを管理することで好適な伝達トルクをクラッチに発生させる技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特許第3266813号公報
【特許文献2】特開2005−214331号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、油圧クラッチの伝達トルクは、伝達トルクを発生させる摩擦係合部材の回転速度差や、摩擦面を潤滑する潤滑油の温度(油温)などによって変化することから、例えば特許文献1に開示されるように、作動油の油圧をフィードバックするだけの構成では、油圧クラッチの実際の伝達トルクを正確にフィードバックできない場合がある。
したがって、制御装置が設定する目標伝達トルクを得るのに必要な作動油の油圧と作動油の実際の油圧の偏差が減少するようにフィードバック制御しても、油圧クラッチの伝達トルクを、目標伝達トルクに精度良く合わせ込むことができない。
【0008】
また、例えば特許文献2に開示される技術を油圧クラッチに適用し、クラッチストロークで伝達トルクを管理する構成とした場合であっても、摩擦係合部材の回転速度差や、摩擦面を潤滑する潤滑油の油温などを考慮していないことから、クラッチストロークの管理のみでは伝達トルクを精度良く管理できない。したがって、油圧クラッチの伝達トルクを、制御装置が設定する目標伝達トルクに精度良く合わせ込むことができない。
【0009】
このように、油圧クラッチの伝達トルクを、制御装置が設定する目標伝達トルクに合わせ込めないと、駆動力を左右の駆動輪に配分する比率が、制御装置が設定した比率にならず、運転者が違和感を覚えるという問題がある。
また、クラッチストロークで伝達トルクを管理する構成では、クラッチストロークを検出するストロークセンサが必要になり、油圧クラッチの構造が複雑になるとともに、コストアップするという問題がある。
【0010】
そこで本発明は、発生する伝達トルクを、制御装置が設定する目標伝達トルクに精度良く合わせ込むことができる油圧クラッチを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
前記課題を解決するために本発明は、潤滑油で潤滑される摩擦面に沿って相対的に回転する第1摩擦係合部材と第2摩擦係合部材が前記摩擦面で係合可能に備わり、作動油の油圧で前記第1摩擦係合部材と前記第2摩擦係合部材を係合して前記摩擦面の摩擦係合力で伝達トルクを発生するとともに、前記作動油の油圧を調節することで前記伝達トルクを調節可能な油圧クラッチであって、前記作動油の油圧を調節する油圧回路と、前記作動油の油圧を検出する油圧検出装置と、前記潤滑油として前記摩擦面を潤滑する前記作動油の油温を検出する油温検出装置と、前記第1摩擦係合部材と前記第2摩擦係合部材の回転速度差を検出する速度検出装置と、前記伝達トルクの目標値である目標伝達トルクと実際の伝達トルクの算出値の偏差が減少するように前記油圧回路をフィードバック制御して前記作動油の油圧を調節し、前記伝達トルクを調節する制御装置と、を備える油圧クラッチとする。
そして、前記制御装置は、前記目標伝達トルクを設定する目標伝達トルク設定部と、前記実際の伝達トルクの算出値を求める実伝達トルク算出部を含んで構成され、前記実伝達トルク算出部は、前記油温検出装置が検出する前記潤滑油の油温と、前記油圧検出装置が検出する前記作動油の油圧と、前記速度検出装置が検出する前記回転速度差と、に基づいて前記摩擦面の摩擦係数を算出し、前記摩擦係数に基づいて前記実際の伝達トルクの算出値を求めることを特徴とする。
【0012】
本発明によれば、油圧クラッチの作動油の油圧を調節して伝達トルクを調節する油圧回路を制御する制御装置は、第1摩擦係合部材と第2摩擦係合部材の摩擦面を潤滑する潤滑油の油温と、作動油の油圧と、摩擦面に沿って相対的に回転する第1摩擦係合部材と第2摩擦係合部材の回転速度差とに基づいて摩擦面の摩擦係数を算出するとともに、算出した摩擦係数に基づいて油圧クラッチの実際の伝達トルクの算出値を求めることができる。そして、制御装置が求めた実際の伝達トルクの算出値をフィードバックするフィードバック制御で油圧回路を制御することで、伝達トルクを精度良く目標伝達トルクに合わせ込むことができる。
第1摩擦係合部材と第2摩擦係合部材の摩擦面を潤滑する潤滑油の油温と、作動油の油圧と、第1摩擦係合部材と第2摩擦係合部材の回転速度差とに基づいて算出される摩擦係数に基づいた油圧クラッチの実際の伝達トルクの算出値は、油圧クラッチに発生する実際の伝達トルクの値に近い値であり、油圧クラッチに発生する伝達トルクを精度良く目標伝達トルクに合わせ込むことができる。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、発生する伝達トルクを、制御装置が設定する目標伝達トルクに精度良く合わせ込むことができる油圧クラッチを提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】フロントエンジン・フロントドライブ車の動力伝達系を示すスケルトン図である。
【図2】油圧回路の構成を示す図である。
【図3】油圧回路の構成を示す図である。
【図4】油圧クラッチの一構成例を示す一部拡大断面図である。
【図5】(a)は、電子制御ユニットの従来例の一構成例を示す図、(b)は、本実施形態に係る電子制御ユニットの一構成例を示す図である。
【図6】(a)は、フェーシング材とクラッチプレートの摩擦係数の特性を示すストライベック曲線、(b)は、潤滑油の粘度と油温の関係を示す曲線である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明を実施するための形態について、適宜図を参照して詳細に説明する。
図1に示すように構成される、車両の動力伝達系に備わる駆動力配分装置1は、エンジンEが出力する駆動力を、左右の駆動輪WFL,WFRに任意の比率で配分して伝達する装置である。
【0016】
駆動力配分装置1には、トランスミッションMから延びる入力軸2aに設けた入力ギヤ2に噛み合う外歯ギヤ3から駆動力が伝達される差動装置Dが一体に設けられる。差動装置Dはダブルピニオン式の遊星歯車機構よりなり、外歯ギヤ3と一体に形成されたリングギヤ4と、このリングギヤ4の内部に同軸に配設されたサンギヤ5と、リングギヤ4に噛み合うアウタプラネタリギヤ6およびサンギヤ5に噛み合うインナプラネタリギヤ7を、それらが相互に噛み合う状態で支持するプラネタリキャリア8とから構成される。差動装置Dは、そのリングギヤ4が入力要素として機能するとともに、一方の出力要素として機能するサンギヤ5が左出力軸9Lおよび左車軸ALを介して左駆動輪WFLに接続され、また他方の出力要素として機能するプラネタリキャリア8が右出力軸9Rおよび右車軸ARを介して右駆動輪WFRに接続される。
【0017】
駆動力配分装置1は、特殊な遊星歯車機構を備えており、そのキャリア部材11が左出力軸9Lの外周に回転自在に支持されるとともに、円周方向に90°間隔で配置された4本のピニオン軸12(図1には2本のピニオン軸12を図示)の各々に、第1ピニオン13、第2ピニオン14および第3ピニオン15を一体に形成した3連ピニオン部材16が回転自在に支持される。左出力軸9Lの外周に回転自在に支持されて第1ピニオン13に噛み合う第1サンギヤ17は、差動装置Dのプラネタリキャリア8に連結される。また左出力軸9Lの外周に固定された第2サンギヤ18は第2ピニオン14に噛み合う。更に、左出力軸9Lの外周に回転自在に支持された第3サンギヤ19は第3ピニオン15に噛み合う。
【0018】
第3サンギヤ19は、左出力軸9Lの外周に嵌合するスリーブ21および左側の油圧クラッチ30(以下、左クラッチ30Lと称する場合がある)を介してハウジング20に結合可能であり、左クラッチ30Lの係合によってキャリア部材11の回転速度が増速される。また、キャリア部材11は、右側の油圧クラッチ30(以下、右クラッチ30Rと称する場合がある)を介してハウジング20に結合可能であり、右クラッチ30Rの係合によって、キャリア部材11の回転速度が減速される。
【0019】
駆動力配分装置1の右クラッチ30Rが係合されると、摩擦による係合力(摩擦係合力)によってキャリア部材11がハウジング20に結合され、右クラッチ30Rには、キャリア部材11の回転を抑制する方向のトルクが伝達トルクとして発生する。そして、キャリア部材11は回転を停止する。このとき、左駆動輪WFLと一体に回転する左出力軸9Lと、右駆動輪WFRと一体に回転する右出力軸9R(即ち、差動装置Dのプラネタリキャリア8)とは、第2サンギヤ18、第2ピニオン14、第1ピニオン13および第1サンギヤ17を介して連結されているため、左駆動輪WFLの回転速度NLは増速される。
【0020】
さらに、右クラッチ30Rの摩擦係合力を適宜調節することで伝達トルクを調節することができ、キャリア部材11の回転速度を減速できる。そして、その減速に応じて左駆動輪WFLの回転速度NLを右駆動輪WFRの回転速度NRに対して増速させることができ、右駆動輪WFRから左駆動輪WFLに任意の駆動力を伝達することができる。
【0021】
また、駆動力配分装置1の左クラッチ30Lを係合すると、摩擦係合力によってスリーブ21がハウジング20に結合され、左クラッチ30Lには、スリーブ21の回転を抑制する方向のトルクが伝達トルクとして発生する。そして、スリーブ21は回転を停止する。その結果、スリーブ21に第3サンギヤ19を介して接続された第3ピニオン15が公転および自転し、左出力軸9Lの回転速度に対してキャリア部材11の回転速度が増速され、右駆動輪WFRの回転速度NRは左駆動輪WFLの回転速度NLに対して増速される。
【0022】
この場合にも、左クラッチ30Lの摩擦係合力を適宜調節することで伝達トルクを調節することができ、キャリア部材11の回転速度を増速できる。そして、その増速に応じて右駆動輪WFRの回転速度NRを左駆動輪WFLの回転速度NLに対して増速し、左駆動輪WFLから右駆動輪WFRに任意の駆動力を伝達することができる。
【0023】
また、駆動力配分装置1には、エンジントルクTe、エンジン回転速度Ne、車速V、図示しない操向ハンドルの操舵角θ等に基づいて、左右の駆動輪WFL,WFRにエンジンEの駆動力を配分する比率を決定し、駆動力配分指示信号DDIsを出力する主制御部Uと、油圧クラッチ30(30L,30R)の伝達トルクを調節する電子制御ユニット(制御装置)23と、作動油を油圧クラッチ30の図示しない油圧系統に送油する油圧回路24と、左右の駆動輪WFL,WFRの回転速度NL,NRをそれぞれ検出して電子制御ユニット23に入力する車輪速センサ51(51L,51R)が備わる。
【0024】
電子制御ユニット23は、主制御部Uから入力される駆動力配分指示信号DDIsに基づいて、左右の油圧クラッチ30L,30Rに発生させる伝達トルクを算出し、算出した伝達トルクを油圧クラッチ30に発生させるための制御信号Lsを油圧回路24に入力する。また、伝達トルクを発生する左右の油圧クラッチ30L,30Rを択一的に選択するための制御信号CsL,CsRを油圧回路24に入力する。
【0025】
油圧回路24は、電子制御ユニット23から入力される制御信号Lsに基づいて油圧クラッチ30に送油する作動油の油圧を設定する。そして設定した油圧の作動油を、制御信号CsL,CsRで択一的に選択される左右の油圧クラッチ30L,30Rの図示しない油圧系統にそれぞれ送油して選択された油圧クラッチ30を係合し、左右の油圧クラッチ30L,30Rにそれぞれ発生する伝達トルクを調節する。
すなわち、電子制御ユニット23は、制御信号CsL,CsR及び制御信号Lsで油圧回路24を制御して、左右の油圧クラッチ30L,30Rに発生する伝達トルクを調節する。
【0026】
油圧回路24は、油圧クラッチ30を駆動する作動油が循環する回路で、図2に示すオイルポンプ100がオイル溜101から油路L1を介して汲み上げる作動油は、レギュレータバルブ102で一次調圧された後、図3に示す油温センサ104を備える油路L2を経由して、リニアソレノイドバルブ106に送油され、二次調圧される。また、リニアソレノイドバルブ106から延びる油路L3は、途中で油路L3aと油路L3bに分岐し、それぞれ、左シフトソレノイドバルブ108L、右シフトソレノイドバルブ108Rに接続され、リニアソレノイドバルブ106で二次調圧された作動油が、左シフトソレノイドバルブ108L、右シフトソレノイドバルブ108Rに送油される。
【0027】
左シフトソレノイドバルブ108Lは、油圧センサ50Lを備える油路L4を介して左クラッチ30Lに接続され、左シフトソレノイドバルブ108Lが油路L4を開くと、リニアソレノイドバルブ106で二次調圧された作動油が左クラッチ30Lに送油される。
また、右シフトソレノイドバルブ108Rは、油圧センサ50Rを備える油路L5を介して右クラッチ30Rに接続され、右シフトソレノイドバルブ108Rが油路L5を開くと、リニアソレノイドバルブ106で二次調圧された作動油が右クラッチ30Rに送油される。
この構成によると、リニアソレノイドバルブ106で二次調圧される油圧が、作動油の油圧になる。
【0028】
図3に示す左シフトソレノイドバルブ108Lは排油路L6を介して、オイル溜101(図2参照)と接続される。左シフトソレノイドバルブ108Lは、油路L4を閉じたとき排油路L6を開く構成であり、左シフトソレノイドバルブ108Lが油路L4を閉じたときに、左シフトソレノイドバルブ108Lや左クラッチ30Lに残留する作動油が排油路L6を経由してオイル溜101に戻る。
また、右シフトソレノイドバルブ108Rは排油路L7を介して、オイル溜101と接続される。右シフトソレノイドバルブ108Rは、油路L5を閉じたとき排油路L7を開く構成であり、右シフトソレノイドバルブ108Rが油路L5を閉じたときに、右シフトソレノイドバルブ108Rや右クラッチ30Rに残留する作動油が排油路L7を経由してオイル溜101に戻る。
【0029】
図3に示すリニアソレノイドバルブ106は、電子制御ユニット23と接続されて制御信号Lsが入力され、図2に示すレギュレータバルブ102で一次調圧された作動油を、制御信号Lsに基づいて二次調圧する。
【0030】
左シフトソレノイドバルブ108Lは電子制御ユニット23と接続されて制御信号CsLが入力され、制御信号CsLに対応して油路L4を開閉し、右シフトソレノイドバルブ108Rは電子制御ユニット23と接続されて制御信号CsRが入力され、制御信号CsRに対応して油路L5を開閉する。
【0031】
すなわち、電子制御ユニット23が制御信号Lsを出力すると、リニアソレノイドバルブ106は制御信号Lsに対応して作動油を二次調圧する。
そして、電子制御ユニット23は、左クラッチ30Lに作動油を送油するときは、制御信号CsLを左シフトソレノイドバルブ108Lに入力して油路L4を開いて油路L3aと油路L4を接続し、二次調圧された作動油を左クラッチ30Lに送油する。
一方、右クラッチ30Rに作動油を送油するとき、電子制御ユニット23は、制御信号CsRを右シフトソレノイドバルブ108Rに入力して油路L5を開いて油路L3bと油路L5を接続し、二次調圧された作動油を右クラッチ30Rに送油する。
このように、電子制御ユニット23は、作動油を送油する油圧クラッチ30を択一的に選択できる。
【0032】
油圧センサ50Lは、左シフトソレノイドバルブ108Lから左クラッチ30Lに送油される作動油の油圧を検出し、作動油の油圧PsLとして電子制御ユニット23に入力する。同様に、油圧センサ50Rは、右シフトソレノイドバルブ108Rから右クラッチ30Rに送油される作動油の油圧を検出し、作動油の油圧PsRとして電子制御ユニット23に入力する。
油圧センサ50(50L,50R)は、作動油の油圧を検出することから、請求項に記載の油圧検出装置になる。
【0033】
なお、図2に示すレギュレータバルブ102で一次調圧された作動油の一部は、油路L8(図3参照)を経由して、潤滑油として左右の油圧クラッチ30L,30R(図3参照)に送油される。
また、図2において、符号112はクーラリリーフバルブ、符号114は潤滑/クーラリリーフバルブ、符号116はドレンフィルタ、符号118はラジエータ内蔵冷水クーラを示す。
【0034】
次に、油圧クラッチ30の構造を説明する。図4に示すように、油圧クラッチ30は、両面にフェーシング材31aが貼り付けられた複数(図4には3枚)のクラッチディスク31と、クラッチディスク31のそれぞれを両面から挟むように備わる複数(図4には4枚)のクラッチプレート32と、クラッチプレート32を押動し、クラッチディスク31とクラッチプレート32を、フェーシング材31aを介して係合させる油圧ピストン33を含んで構成される。
なお、左クラッチ30L(図1参照)と右クラッチ30R(図1参照)は、略対称で同等の構成とする。
【0035】
クラッチディスク31は、回転中心CLの周りに回転する回転部34の円周方向に沿って起立するように取り付けられる薄いリング状の部材で、回転部34と一体に回転速度Ndで回転する。
回転部34は、ベアリング38を介してケース35に回転自在に支持され、回転部34とケース35の間の空間には、油圧回路24から送油される作動油が潤滑油として充填されている。
そして、前記空間内には、潤滑油として充填される作動油の油温Toilを検出して電子制御ユニット23に入力する潤滑油温度センサ(油温検出装置)39が備わっている。
なお、回転部34は、図1に示す左クラッチ30Lにおいてはスリーブ21であり、右クラッチ30Rにおいてはキャリア部材11になる。
以下、潤滑油として充填される作動油の油温を潤滑油の油温と称する。
【0036】
また、駆動力配分装置1(図1参照)に備わる油圧クラッチ30は、ハウジング20(図1参照)等の固定部に対して、回転部34の回転速度Ndを増減速させる構成であり、ケース35はハウジング20に固定される。
したがって、クラッチプレート32はケース35を介してハウジング20に支持される構成になる。
【0037】
クラッチプレート32はリング状を呈するプレートであり、回転部34の周囲に形成されるケース35に沿ってクラッチディスク31の側に起立するように備わる。クラッチプレート32は、複数のクラッチディスク31のそれぞれを両側から挟むようにクラッチディスク31と交互に配置され、クラッチディスク31を挟む方向に移動可能に支持される。
油圧ピストン33は、クラッチディスク31とクラッチプレート32を互いに係合させる方向に移動可能に備わり、油圧回路24から油圧室36に送油される作動油の油圧で移動してクラッチプレート32を押動し、クラッチディスク31とクラッチプレート32を互いに係合させる。
【0038】
油圧室36における作動油の油圧が高いと、油圧ピストン33は、クラッチディスク31とクラッチプレート32を強く係合させる。一方、油圧室36における作動油の油圧が低いと、クラッチディスク31とクラッチプレート32の係合を解除する方向に油圧ピストン33を付勢するリターンスプリング37によって油圧ピストン33が離間方向に移動し、クラッチディスク31とクラッチプレート32の係合が弱くなる。
【0039】
また、図4に示すように、クラッチディスク31には、フェーシング材31aが貼り付けられる。
フェーシング材31aは摩擦係数の大きな部材からなって薄いリング状を呈し、クラッチディスク31の両面に全周にわたって貼り付けられる。
なお、リング状を呈するフェーシング材31aの外周と内周の中心を結んだ円周の半径を平均有効半径Crと称する。
【0040】
クラッチディスク31を両面から挟み込むようにクラッチディスク31と係合するクラッチプレート32は、フェーシング材31aを介してクラッチディスク31と係合し、フェーシング材31aとクラッチプレート32の間に、摩擦による摩擦係合力が発生する。
このように、フェーシング材31aとクラッチプレート32は互いに係合する摩擦係合部材になり、フェーシング材31aを第1摩擦係合部材とすると、クラッチプレート32は第2摩擦係合部材になる。
また、フェーシング材31aとクラッチプレート32が対向する面を摩擦面31bと称し、フェーシング材31aとクラッチプレート32は摩擦面31bで係合して摩擦係合力を発生する。
【0041】
また、フェーシング材31aとクラッチプレート32は潤滑油に浸された状態にあり、フェーシング材31aとクラッチプレート32の間には潤滑油が浸入している。したがって、摩擦面31bは潤滑油で潤滑される。
【0042】
図4に示す油圧クラッチ30においては、フェーシング材31aが貼り付けられたクラッチディスク31が回転中心CLの周りに回転し、クラッチプレート32はケース35を介してハウジング20(図1参照)に支持されることから、クラッチディスク31(フェーシング材31a)とクラッチプレート32は、摩擦面31bに沿って相対的に回転することになる。
【0043】
摩擦面31bに摩擦係合力が発生すると、フェーシング材31aが貼り付けられて回転しているクラッチディスク31には、回転部34の回転を抑制する方向の伝達トルクが発生する。
摩擦面31bに発生する摩擦係合力が弱いとき、クラッチディスク31に発生する伝達トルクは小さく、クラッチディスク31は伝達トルクの影響を受けることなく回転部34と一体に回転する。
摩擦係合力が強くなるのにともなって、クラッチディスク31に発生する伝達トルクが大きくなり、クラッチディスク31の回転に対する(摩擦)抵抗が大きくなる。そして、クラッチディスク31と一体に回転する回転部34の回転速度Ndが減速する。さらに、摩擦係合力が所定値以上になるとクラッチディスク31の回転が停止し、クラッチディスク31と一体の回転部34の回転が停止する。
【0044】
このように、クラッチディスク31に発生する伝達トルクは摩擦面31bに発生する摩擦係合力の強さに応じて変化し、摩擦係合力は、クラッチディスク31とクラッチプレート32の係合の強さに応じて変化する。すなわち、クラッチディスク31とクラッチプレート32が強く係合すると摩擦係合力が強くなる。したがって、油圧ピストン33を駆動する作動油の油圧が高いほど摩擦係合力を強くすることができ、伝達トルクを大きくできる。
また、前記したように、作動油の油圧が低いとクラッチディスク31とクラッチプレート32の係合が弱くなることから摩擦係合力が弱くなり、伝達トルクが小さくなる。
このように油圧クラッチ30は、作動油の油圧を調節することで、伝達トルクを調節できる。
【0045】
例えば、図1に示す左クラッチ30Lにおいて、回転部34(図4参照)は第3サンギヤ19と一体に回転するスリーブ21であり、回転部34の回転速度Ndが減速すると、第3サンギヤ19の回転速度が減速する。そして、キャリア部材11の回転速度が増速し、その増速に応じて右駆動輪WFRの回転速度NRを左駆動輪WFLの回転速度NLに対して増速できる。すなわち、左駆動輪WFLから右駆動輪WFRに任意の駆動力を伝達できる。
【0046】
また、図1に示す右クラッチ30Rにおいて、回転部34(図4参照)はキャリア部材11であり、回転部34の回転速度Ndが減速すると、キャリア部材11の回転速度が減速する。そして、キャリア部材11の減速に応じて左駆動輪WFLの回転速度NLを右駆動輪WFRの回転速度NRに対して増速させることができ、右駆動輪WFRから左駆動輪WFLに任意の駆動力を伝達することができる。
【0047】
そこで、電子制御ユニット23は、左右の駆動輪WFL,WFRへ駆動力を配分する好適な比率を設定すると、設定した比率で左右の駆動輪WFL,WFRに駆動力が配分されるように、油圧クラッチ30に発生させる伝達トルクを設定する。このように電子制御ユニット23が設定する伝達トルクが目標伝達トルクになる。
【0048】
前記したように、電子制御ユニット23には、主制御部Uから駆動力配分指示信号DDIsが入力される。電子制御ユニット23は、駆動力配分指示信号DDIsに基づいて、左右の駆動輪WFL,WFRへ駆動力を配分する比率を設定し、設定した比率に基づいて左右の油圧クラッチ30L,30Rの目標伝達トルクをそれぞれ設定する。
【0049】
例えば、駆動力配分指示信号DDIsと左右の駆動輪WFL,WFRへ駆動力を配分する比率の関係を予め実験等で求め、マップデータ(第1のマップデータ)として図示しない記憶部に記憶しておく構成とする。さらに、左右の駆動輪WFL,WFRへ駆動力を配分する比率と左右の油圧クラッチ30L,30Rの目標伝達トルクの関係を予め実験等で求め、マップデータ(第2のマップデータ)として図示しない記憶部に記憶しておく。
【0050】
電子制御ユニット23は、入力される駆動力配分指示信号DDIsに基づいて第1のマップデータを参照して左右の駆動輪WFL,WFRへ駆動力を配分する比率を設定できるとともに、設定した比率に基づいて第2のマップデータを参照して、左右の油圧クラッチ30L,30Rの目標伝達トルクを設定できる。
【0051】
さらに、各油圧クラッチ30の伝達トルクを、それぞれの目標伝達トルクに精度良く合わせ込むため、油圧クラッチ30で発生している実際の伝達トルクを電子制御ユニット23にフィードバックし、目標伝達トルクと実際の伝達トルクの偏差が減少するようにフィードバック制御する構成が好適である。
【0052】
従来、電子制御ユニット23は、図5の(a)に示すように、駆動力配分指示信号DDIsに基づいて油圧クラッチ30の目標伝達トルクTRtを設定する目標伝達トルク設定部23aと、油圧クラッチ30に目標伝達トルクTRtを発生させるための目標油圧Ptを設定する目標油圧設定部23bと、油圧回路24から送油される作動油の油圧を検出する油圧センサ50から入力される油圧Psを、目標油圧Ptから減算する減算器23cと、目標油圧Ptと油圧Psの偏差に基づいて、油圧回路24を制御する制御信号Ls及び制御信号Csを設定する油圧コントローラ23dを含んで構成される。
【0053】
なお、目標伝達トルク設定部23aから油圧クラッチ30までは、左右の油圧クラッチ30L,30Rにそれぞれ対応する2系統からなり、図5の(a)では、左クラッチ30Lに対応する系統に「L」、右クラッチ30Rに対応する系統に「R」の添え字を付して図示している。
以下、特に記載のない限りは、左右の油圧クラッチ30L,30Rにそれぞれ対応する2系統は同等に機能するものとして、左右を区別することなく説明する。
【0054】
図5の(a)に示す油圧コントローラ23dは、目標油圧Ptと油圧Psの偏差が減少するように制御信号Lsを設定して油圧回路24に入力する。
油圧クラッチ30の伝達トルクは、図4に示すクラッチディスク31とクラッチプレート32の間に発生する摩擦係合力に応じて発生し、摩擦係合力は、油圧ピストン33を駆動する作動油の油圧に応じて発生することから、油圧センサ50が検出する作動油の油圧Psをフィードバックすることで、油圧クラッチ30の実際の伝達トルクをフィードバックするのと同じ効果を得ている。
【0055】
しかしながら、図4に示す油圧クラッチ30の伝達トルクは、クラッチディスク31のフェーシング材31aとクラッチプレート32の間に浸入する潤滑油の油温や、クラッチプレート32とフェーシング材31aの回転速度差によっても変動することから、油圧センサ50が検出する作動油の油圧Psをフィードバックしても、実際の伝達トルクを精度良くフィードバックすることができない。
したがって、油圧コントローラ23dが目標油圧Ptと油圧Psの偏差が減少するように制御信号Lsを設定し、目標油圧Ptと油圧Psの偏差が「0」になっても、油圧クラッチ30の伝達トルクを目標伝達トルクTRtに精度良く合わせ込めない。
【0056】
そこで、本実施形態に係る電子制御ユニット23は油圧クラッチ30に発生している実際の伝達トルクの算出値を求めることで、油圧クラッチ30に発生している実際の伝達トルクを電子制御ユニット23にフィードバックする構成とし、実際の伝達トルクと目標伝達トルクTRtの偏差が減少するようにフィードバック制御して、油圧クラッチ30の伝達トルクを目標伝達トルクTRtに精度良く合わせ込む構成とした。
【0057】
そのため、図5の(b)に示すように、本実施形態に係る電子制御ユニット23は、目標伝達トルク設定部23a、目標油圧設定部23b、油圧コントローラ23dに加えて、油圧クラッチ30に発生している実際の伝達トルクの算出値を求める実伝達トルク算出部23eが備わる構成とした。
また、減算器23cは、目標伝達トルク設定部23aと目標油圧設定部23bの間に備わり、実伝達トルク算出部23eが求める実際の伝達トルクの算出値(算出トルクTRr)を、目標伝達トルク設定部23aが設定する目標伝達トルクTRtから減算する構成とした。
【0058】
なお、実伝達トルク算出部23e、目標油圧設定部23bから油圧クラッチ30までは、左右の油圧クラッチ30L,30Rにそれぞれ対応する2系統からなり、図5の(b)には左クラッチ30Lに対応する系統に「L」、右クラッチ30Rに対応する系統に「R」の添え字を付して図示している。
以下、特に記載のない限りは、左右の油圧クラッチ30L,30Rにそれぞれ対応する2系統は同等に機能するものとして、左右を区別することなく説明する。
【0059】
前記したように、油圧クラッチ30に発生する実際の伝達トルクは、油圧回路24が油圧クラッチ30に送油する作動油の油圧Psに応じて発生し、図4に示すクラッチプレート32とフェーシング材31aの回転速度差、及び潤滑油の油温によって変動する。
そこで、本実施形態に係る電子制御ユニット23の実伝達トルク算出部23eは、作動油の油圧Ps、クラッチプレート32とフェーシング材31aの回転速度差、及び潤滑油の油温に基づいて算出トルクTRrを求める構成とする。
そして、実伝達トルク算出部23eには、車輪速センサ51、潤滑油温度センサ39、及び油圧センサ50が接続され、左右の駆動輪WFL,WFRの回転速度NL,NR、潤滑油の油温Toil、及び作動油の油圧Psを入力する構成が好適である。
【0060】
以下、適宜図1〜図6を参照して、実伝達トルク算出部23eが油圧クラッチ30に発生する実際の伝達トルクの算出値を求める方法を説明する。
油圧クラッチ30に発生する実際の伝達トルクの算出値である算出トルクTRrは、次式(1)で示される。
【数1】
なお、右辺2項の「2」は、図4に示すフェーシング材31aが、クラッチディスク31の両面(2面)に貼り付けられていることを示す値である。
【0061】
Cμは、図4に示すフェーシング材31aとクラッチプレート32の摩擦係数、すなわち摩擦面31bの摩擦係数である。前記したように、油圧クラッチ30の回転部34とケース35の間の領域には潤滑油が充填されていることから、クラッチディスク31とクラッチプレート32は潤滑油に浸された状態であり、フェーシング材31aとクラッチプレート32の間には潤滑油が浸入している。したがって、フェーシング材31aとクラッチプレート32の摩擦面31bは潤滑油で潤滑され、摩擦面31bの摩擦係数Cμは潤滑理論に基づいて設定される。
【0062】
このため摩擦係数Cμは、図6の(a)に示すようなストライベック曲線で示される特性を有し、実伝達トルク算出部23eは、潤滑油の粘度(動粘度)Bと、回転速度差Nsと、荷重Pと、に基づいて摩擦係数Cμを算出できる。
【0063】
回転速度差Nsは、図4に示すクラッチディスク31とクラッチプレート32の回転速度差である。
前記したように、油圧クラッチ30は、摩擦係合力を変化することでクラッチディスク31(回転部34)の回転速度Ndを変化させて、左駆動輪WFLと右駆動輪WFRの回転速度差を設定する。
すなわち、クラッチディスク31の回転速度Ndに対応して、左駆動輪WFLと右駆動輪WFRの回転速度差が設定される。
【0064】
そこで、例えば左駆動輪WFLと右駆動輪WFRの回転速度差とクラッチディスク31の回転速度Ndの関係を予め実験等で求め、マップデータ(第3のマップデータ)として図示しない記憶部に記憶しておく構成が好適である。
実伝達トルク算出部23eは、車輪速センサ51が検出する左右の駆動輪WFL,WFRの回転速度NL,NRに基づいて、左駆動輪WFLと右駆動輪WFRの回転速度差を算出するとともに、算出した回転速度差に基づいて第3のマップデータを参照し、クラッチディスク31の回転速度Ndを算出できる。
【0065】
一方、図4に示すように、クラッチプレート32はケース35に備わり、ケース35はハウジング20に固定されることから、クラッチプレート32の回転速度は「0」である。したがって、実伝達トルク算出部23eは、クラッチディスク31の回転速度Ndを算出することで回転速度差Nsを算出できる。
【0066】
なお、前記したように、左駆動輪WFLと右駆動輪WFRの回転速度NL,NRの差に基づいてクラッチディスク31(図4参照)とクラッチプレート32(図4参照)の回転速度差Nsを検出することから、本実施形態において、左駆動輪WFLと右駆動輪WFRの回転速度NL,NRを検出する車輪速センサ51(51L,51R)は、請求項に記載の速度検出装置に相当する。
【0067】
潤滑油の粘度(動粘度)Bは、図6の(b)に示すように、潤滑油の油温Tlに対応して変化する。したがって、実伝達トルク算出部23eは、潤滑油の油温Tlを検出することで粘度Bを算出できる。
潤滑油の油温Tlは、例えば図4に示す潤滑油温度センサ39が検出する油温Toilであってもよい。しかしながら、フェーシング材31aとクラッチプレート32の間に浸入している潤滑油の油温TCoilに基づいて算出する粘度Bを利用することで、実伝達トルク算出部23eは、より正確な摩擦係数Cμを算出できる。
【0068】
実伝達トルク算出部23eは、フェーシング材31aとクラッチプレート32の間に浸入している潤滑油の油温TCoilを直接検出できないが、微少時間ΔT前の油温TC0oilと現時点の油温TCoilの関係を示す次式(2)に基づいて、現時点の油温TCoilを算出できる。
【数2】
【0069】
また、摩擦面31bに発生するエネルギQは、次式(3)で示される。
【数3】
【0070】
実伝達トルク算出部23eは、例えばクラッチディスク31の回転速度Ndと平均有効半径Cr(図4参照)とから、クラッチディスク31の回転によるトルクTRQを算出できる。
また、前記したように、クラッチディスク31の回転速度Ndは、車輪速センサ51が検出する左右の駆動輪WFL,WFRの回転速度NL,NRに基づいて算出できる。
【0071】
例えば、油圧クラッチ30が動作する前は、フェーシング材31aとクラッチプレート32の間に浸入している潤滑油の油温TCoilと潤滑油温度センサ39が検出する潤滑油の油温Toilは等しいとみなせる。
したがって、実伝達トルク算出部23eは、油圧クラッチ30が動作してから微小時間ΔT間隔で油温TCoilを算出することで、任意のタイミングにおける油温TCoilを算出できる。
そして、実伝達トルク算出部23eは、式(2)に基づいて算出する油温TCoilに基づいて図6の(b)に示すグラフを参照して、潤滑油の粘度Bを算出できる。
図6の(b)に示す、潤滑油の粘度Bと油温Tlの関係を示す曲線は、実験等によって予め求めておくことができ、図示しない記憶部にデータとして記憶しておけばよい。
【0072】
また、図6の(a)に示すストライベック曲線の荷重Pは、クラッチディスク31とクラッチプレート32が係合するときの荷重Pであり、後記するピストン荷重Cpとすればよい。
【0073】
実伝達トルク算出部23eは、以上のように算出する潤滑油の粘度Bと、回転速度差Nsと、荷重Pとに基づいて、図6の(a)に示すストライベック曲線を参照して摩擦係数Cμを算出できる。
このようなストライベック曲線は、実験等によって予め求めておくことができ、図示しない記憶部にデータとして記憶しておけばよい。
【0074】
または、図6の(a)に示すストライベック曲線に基づいて、潤滑油の粘度Bと回転速度差Nsと荷重Pと摩擦係数Cμの関係を示す関数を設定しておいてもよい。
例えば、潤滑油の粘度Bと回転速度差Nsと荷重Pと摩擦係数Cμの関係は、次式(4)で表される。
【数4】
式(4)におけるα、β、γは、油圧クラッチ30に固有のパラメータであり、実験等で求めることができる。
そして、実伝達トルク算出部23eは、潤滑油の粘度Bと回転速度差Nsと荷重Pに基づいて、式(4)から摩擦係数Cμを算出できる。
【0075】
式(1)に戻って、クラッチディスクの枚数Cfは、油圧クラッチ30に備わるクラッチディスク31の枚数であり、図4に示すようにクラッチディスク31の枚数が3枚の場合、Cfは「3」になる。
【0076】
平均有効半径Crは、図4に示すように、リング状を呈するフェーシング材31aの外周と内周の中心を結んだ円周の半径とすることができ、油圧クラッチ30に固有の値である。したがって、平均有効半径Crは予め設定しておくことができる。
【0077】
ピストン荷重Cpは、図4に示す油圧室36に油圧回路24から送油される作動油の油圧が油圧ピストン33に作用する荷重で、油圧ピストン33に作用する作動油の油圧と油圧ピストン33の受圧面積の積で表すことができる。
作動油の油圧は、油圧センサ50が検出する油圧Psである。
また、油圧ピストン33の受圧面積は、油圧ピストン33がクラッチディスク31とクラッチプレート32を係合させる方向に作動油の油圧を受ける面の面積であり、油圧クラッチ30に固有の値である。したがって、油圧ピストン33の受圧面積は予め算出しておくことができる。
【0078】
そして、実伝達トルク算出部23eは、油圧センサ50が検出する油圧Psと油圧ピストン33の受圧面積を乗算してピストン荷重Cpを算出できる。
【0079】
以上のように、電子制御ユニット23の実伝達トルク算出部23eは、フェーシング材31aとクラッチプレート32の摩擦係数Cμ、クラッチディスクの枚数Cf、平均有効半径Cr、及びピストン荷重Cpを算出することができる。そして、式(1)を利用して、算出トルクTRrを求めることができる。
【0080】
このように、電子制御ユニット23の実伝達トルク算出部23eが求める算出トルクTRrは、図4に示すクラッチディスク31とクラッチプレート32の回転速度差Nsや、フェーシング材31aとクラッチプレート32の間に浸入する潤滑油の油温TCoilの変化に対応して求められる算出トルクTRrであり、油圧クラッチ30に実際に発生している伝達トルクの値に極めて近い値とみなせる。
【0081】
したがって、図5の(b)に示すように、実伝達トルク算出部23eが算出トルクTRrを求めることで、電子制御ユニット23に算出トルクTRrをフィードバックする構成とし、目標伝達トルク設定部23aが設定する目標伝達トルクTRtと算出トルクTRtの偏差が減少するようにフィードバック制御することで、算出トルクTRtを目標伝達トルクTRtに精度良く合わせ込むことができ、ひいては、油圧クラッチ30の伝達トルクを目標伝達トルクTRtに精度良く合わせ込むことができる。
【0082】
そして、油圧クラッチ30の伝達トルクを、電子制御ユニット23が設定する目標伝達トルクTRtに精度良く合わせ込むことで、電子制御ユニット23が設定した比率でエンジンEの駆動力を左右の駆動輪WFL,WFR(図1参照)に精度良く配分することができ、運転者が違和感を覚えることなく車両を運転できるという優れた効果を奏する。
【0083】
なお、図1には、フロントエンジン・フロントドライブ車をベースにした駆動力配分装置1が示されているが、これに限定されない。
例えばフロントエンジン・リアドライブ車や四輪駆動車をベースにした駆動力配分装置に備わる油圧クラッチであっても、本実施形態に係るフィードバック制御をすることで、伝達トルクを目標伝達トルクに精度良く合わせ込むことができる。
【0084】
また、車両の駆動力配分装置に備わる油圧クラッチに限定されず、例えば図示しない車両のオートマチックトランスミッションに備わる油圧クラッチや、車両以外の機器に備わる油圧クラッチであっても、本実施形態に係るフィードバック制御をすることで、伝達トルクを目標伝達トルクに精度良く合わせ込むことができる。
さらに、エンジンは原動機の一例であり、モータを原動機とする機器や、エンジンとモータを組み合わせた原動機を有する機器に備わる油圧クラッチであっても、本実施形態に係るフィードバック制御を適用できる。
【符号の説明】
【0085】
1 駆動力配分装置
23 電子制御ユニット(制御装置)
23a 目標伝達トルク設定部
23e 実伝達トルク算出部
24 油圧回路
30 油圧クラッチ
31a フェーシング材(第1摩擦係合部材)
31b 摩擦面
32 クラッチプレート(第2摩擦係合部材)
39 潤滑油温度センサ(油温検出装置)
50(50L,50R) 油圧センサ(油圧検出装置)
51(51L,51R) 車輪速センサ(速度検出装置)
TRr 算出トルク(実際の伝達トルクの算出値)
【技術分野】
【0001】
本発明は、作動油の油圧で伝達トルクを調節できる油圧クラッチに関する。
【背景技術】
【0002】
エンジンが出力する駆動力を左右の駆動輪に任意の比率で配分して、旋回時の安定性を向上させる駆動力配分装置を備える車両が知られている。
このような駆動力配分装置は左右の駆動輪に対応する2つの油圧クラッチを含んで構成され、その油圧クラッチに発生するトルク(伝達トルク)を調節することで、左右の駆動輪に配分される駆動力の比率を調節している。
【0003】
駆動力配分装置を制御する制御装置は、左右の駆動輪に配分する駆動力の比率を設定すると、設定した比率に応じた伝達トルクを目標伝達トルクとして設定する。そして、油圧クラッチが、目標伝達トルクと同等の伝達トルクを発生するように制御している。
さらに、油圧クラッチに発生する実際の伝達トルクをフィードバックし、制御装置が設定する目標伝達トルクと実際の伝達トルクの偏差が減少するようにフィードバック制御することで、油圧クラッチの伝達トルクを目標伝達トルクに合わせ込むことができる。
【0004】
油圧クラッチは、例えば作動油の油圧で駆動するピストンで摩擦係合部材の摩擦面を係合して伝達トルクを発生させる構造であり、作動油の油圧の調節によって伝達トルクを調節できる。
そこで、例えば特許文献1には、制御装置が設定した目標伝達トルクを油圧クラッチで発生させるのに必要な作動油の油圧と、作動油の実際の油圧の偏差を算出し、その偏差が減少するように作動油の油圧を制御する技術が開示されている。
【0005】
また、例えば特許文献2には、クラッチに発生する伝達トルクをクラッチストロークに変換し、クラッチストロークを管理することで好適な伝達トルクをクラッチに発生させる技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特許第3266813号公報
【特許文献2】特開2005−214331号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、油圧クラッチの伝達トルクは、伝達トルクを発生させる摩擦係合部材の回転速度差や、摩擦面を潤滑する潤滑油の温度(油温)などによって変化することから、例えば特許文献1に開示されるように、作動油の油圧をフィードバックするだけの構成では、油圧クラッチの実際の伝達トルクを正確にフィードバックできない場合がある。
したがって、制御装置が設定する目標伝達トルクを得るのに必要な作動油の油圧と作動油の実際の油圧の偏差が減少するようにフィードバック制御しても、油圧クラッチの伝達トルクを、目標伝達トルクに精度良く合わせ込むことができない。
【0008】
また、例えば特許文献2に開示される技術を油圧クラッチに適用し、クラッチストロークで伝達トルクを管理する構成とした場合であっても、摩擦係合部材の回転速度差や、摩擦面を潤滑する潤滑油の油温などを考慮していないことから、クラッチストロークの管理のみでは伝達トルクを精度良く管理できない。したがって、油圧クラッチの伝達トルクを、制御装置が設定する目標伝達トルクに精度良く合わせ込むことができない。
【0009】
このように、油圧クラッチの伝達トルクを、制御装置が設定する目標伝達トルクに合わせ込めないと、駆動力を左右の駆動輪に配分する比率が、制御装置が設定した比率にならず、運転者が違和感を覚えるという問題がある。
また、クラッチストロークで伝達トルクを管理する構成では、クラッチストロークを検出するストロークセンサが必要になり、油圧クラッチの構造が複雑になるとともに、コストアップするという問題がある。
【0010】
そこで本発明は、発生する伝達トルクを、制御装置が設定する目標伝達トルクに精度良く合わせ込むことができる油圧クラッチを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
前記課題を解決するために本発明は、潤滑油で潤滑される摩擦面に沿って相対的に回転する第1摩擦係合部材と第2摩擦係合部材が前記摩擦面で係合可能に備わり、作動油の油圧で前記第1摩擦係合部材と前記第2摩擦係合部材を係合して前記摩擦面の摩擦係合力で伝達トルクを発生するとともに、前記作動油の油圧を調節することで前記伝達トルクを調節可能な油圧クラッチであって、前記作動油の油圧を調節する油圧回路と、前記作動油の油圧を検出する油圧検出装置と、前記潤滑油として前記摩擦面を潤滑する前記作動油の油温を検出する油温検出装置と、前記第1摩擦係合部材と前記第2摩擦係合部材の回転速度差を検出する速度検出装置と、前記伝達トルクの目標値である目標伝達トルクと実際の伝達トルクの算出値の偏差が減少するように前記油圧回路をフィードバック制御して前記作動油の油圧を調節し、前記伝達トルクを調節する制御装置と、を備える油圧クラッチとする。
そして、前記制御装置は、前記目標伝達トルクを設定する目標伝達トルク設定部と、前記実際の伝達トルクの算出値を求める実伝達トルク算出部を含んで構成され、前記実伝達トルク算出部は、前記油温検出装置が検出する前記潤滑油の油温と、前記油圧検出装置が検出する前記作動油の油圧と、前記速度検出装置が検出する前記回転速度差と、に基づいて前記摩擦面の摩擦係数を算出し、前記摩擦係数に基づいて前記実際の伝達トルクの算出値を求めることを特徴とする。
【0012】
本発明によれば、油圧クラッチの作動油の油圧を調節して伝達トルクを調節する油圧回路を制御する制御装置は、第1摩擦係合部材と第2摩擦係合部材の摩擦面を潤滑する潤滑油の油温と、作動油の油圧と、摩擦面に沿って相対的に回転する第1摩擦係合部材と第2摩擦係合部材の回転速度差とに基づいて摩擦面の摩擦係数を算出するとともに、算出した摩擦係数に基づいて油圧クラッチの実際の伝達トルクの算出値を求めることができる。そして、制御装置が求めた実際の伝達トルクの算出値をフィードバックするフィードバック制御で油圧回路を制御することで、伝達トルクを精度良く目標伝達トルクに合わせ込むことができる。
第1摩擦係合部材と第2摩擦係合部材の摩擦面を潤滑する潤滑油の油温と、作動油の油圧と、第1摩擦係合部材と第2摩擦係合部材の回転速度差とに基づいて算出される摩擦係数に基づいた油圧クラッチの実際の伝達トルクの算出値は、油圧クラッチに発生する実際の伝達トルクの値に近い値であり、油圧クラッチに発生する伝達トルクを精度良く目標伝達トルクに合わせ込むことができる。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、発生する伝達トルクを、制御装置が設定する目標伝達トルクに精度良く合わせ込むことができる油圧クラッチを提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】フロントエンジン・フロントドライブ車の動力伝達系を示すスケルトン図である。
【図2】油圧回路の構成を示す図である。
【図3】油圧回路の構成を示す図である。
【図4】油圧クラッチの一構成例を示す一部拡大断面図である。
【図5】(a)は、電子制御ユニットの従来例の一構成例を示す図、(b)は、本実施形態に係る電子制御ユニットの一構成例を示す図である。
【図6】(a)は、フェーシング材とクラッチプレートの摩擦係数の特性を示すストライベック曲線、(b)は、潤滑油の粘度と油温の関係を示す曲線である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明を実施するための形態について、適宜図を参照して詳細に説明する。
図1に示すように構成される、車両の動力伝達系に備わる駆動力配分装置1は、エンジンEが出力する駆動力を、左右の駆動輪WFL,WFRに任意の比率で配分して伝達する装置である。
【0016】
駆動力配分装置1には、トランスミッションMから延びる入力軸2aに設けた入力ギヤ2に噛み合う外歯ギヤ3から駆動力が伝達される差動装置Dが一体に設けられる。差動装置Dはダブルピニオン式の遊星歯車機構よりなり、外歯ギヤ3と一体に形成されたリングギヤ4と、このリングギヤ4の内部に同軸に配設されたサンギヤ5と、リングギヤ4に噛み合うアウタプラネタリギヤ6およびサンギヤ5に噛み合うインナプラネタリギヤ7を、それらが相互に噛み合う状態で支持するプラネタリキャリア8とから構成される。差動装置Dは、そのリングギヤ4が入力要素として機能するとともに、一方の出力要素として機能するサンギヤ5が左出力軸9Lおよび左車軸ALを介して左駆動輪WFLに接続され、また他方の出力要素として機能するプラネタリキャリア8が右出力軸9Rおよび右車軸ARを介して右駆動輪WFRに接続される。
【0017】
駆動力配分装置1は、特殊な遊星歯車機構を備えており、そのキャリア部材11が左出力軸9Lの外周に回転自在に支持されるとともに、円周方向に90°間隔で配置された4本のピニオン軸12(図1には2本のピニオン軸12を図示)の各々に、第1ピニオン13、第2ピニオン14および第3ピニオン15を一体に形成した3連ピニオン部材16が回転自在に支持される。左出力軸9Lの外周に回転自在に支持されて第1ピニオン13に噛み合う第1サンギヤ17は、差動装置Dのプラネタリキャリア8に連結される。また左出力軸9Lの外周に固定された第2サンギヤ18は第2ピニオン14に噛み合う。更に、左出力軸9Lの外周に回転自在に支持された第3サンギヤ19は第3ピニオン15に噛み合う。
【0018】
第3サンギヤ19は、左出力軸9Lの外周に嵌合するスリーブ21および左側の油圧クラッチ30(以下、左クラッチ30Lと称する場合がある)を介してハウジング20に結合可能であり、左クラッチ30Lの係合によってキャリア部材11の回転速度が増速される。また、キャリア部材11は、右側の油圧クラッチ30(以下、右クラッチ30Rと称する場合がある)を介してハウジング20に結合可能であり、右クラッチ30Rの係合によって、キャリア部材11の回転速度が減速される。
【0019】
駆動力配分装置1の右クラッチ30Rが係合されると、摩擦による係合力(摩擦係合力)によってキャリア部材11がハウジング20に結合され、右クラッチ30Rには、キャリア部材11の回転を抑制する方向のトルクが伝達トルクとして発生する。そして、キャリア部材11は回転を停止する。このとき、左駆動輪WFLと一体に回転する左出力軸9Lと、右駆動輪WFRと一体に回転する右出力軸9R(即ち、差動装置Dのプラネタリキャリア8)とは、第2サンギヤ18、第2ピニオン14、第1ピニオン13および第1サンギヤ17を介して連結されているため、左駆動輪WFLの回転速度NLは増速される。
【0020】
さらに、右クラッチ30Rの摩擦係合力を適宜調節することで伝達トルクを調節することができ、キャリア部材11の回転速度を減速できる。そして、その減速に応じて左駆動輪WFLの回転速度NLを右駆動輪WFRの回転速度NRに対して増速させることができ、右駆動輪WFRから左駆動輪WFLに任意の駆動力を伝達することができる。
【0021】
また、駆動力配分装置1の左クラッチ30Lを係合すると、摩擦係合力によってスリーブ21がハウジング20に結合され、左クラッチ30Lには、スリーブ21の回転を抑制する方向のトルクが伝達トルクとして発生する。そして、スリーブ21は回転を停止する。その結果、スリーブ21に第3サンギヤ19を介して接続された第3ピニオン15が公転および自転し、左出力軸9Lの回転速度に対してキャリア部材11の回転速度が増速され、右駆動輪WFRの回転速度NRは左駆動輪WFLの回転速度NLに対して増速される。
【0022】
この場合にも、左クラッチ30Lの摩擦係合力を適宜調節することで伝達トルクを調節することができ、キャリア部材11の回転速度を増速できる。そして、その増速に応じて右駆動輪WFRの回転速度NRを左駆動輪WFLの回転速度NLに対して増速し、左駆動輪WFLから右駆動輪WFRに任意の駆動力を伝達することができる。
【0023】
また、駆動力配分装置1には、エンジントルクTe、エンジン回転速度Ne、車速V、図示しない操向ハンドルの操舵角θ等に基づいて、左右の駆動輪WFL,WFRにエンジンEの駆動力を配分する比率を決定し、駆動力配分指示信号DDIsを出力する主制御部Uと、油圧クラッチ30(30L,30R)の伝達トルクを調節する電子制御ユニット(制御装置)23と、作動油を油圧クラッチ30の図示しない油圧系統に送油する油圧回路24と、左右の駆動輪WFL,WFRの回転速度NL,NRをそれぞれ検出して電子制御ユニット23に入力する車輪速センサ51(51L,51R)が備わる。
【0024】
電子制御ユニット23は、主制御部Uから入力される駆動力配分指示信号DDIsに基づいて、左右の油圧クラッチ30L,30Rに発生させる伝達トルクを算出し、算出した伝達トルクを油圧クラッチ30に発生させるための制御信号Lsを油圧回路24に入力する。また、伝達トルクを発生する左右の油圧クラッチ30L,30Rを択一的に選択するための制御信号CsL,CsRを油圧回路24に入力する。
【0025】
油圧回路24は、電子制御ユニット23から入力される制御信号Lsに基づいて油圧クラッチ30に送油する作動油の油圧を設定する。そして設定した油圧の作動油を、制御信号CsL,CsRで択一的に選択される左右の油圧クラッチ30L,30Rの図示しない油圧系統にそれぞれ送油して選択された油圧クラッチ30を係合し、左右の油圧クラッチ30L,30Rにそれぞれ発生する伝達トルクを調節する。
すなわち、電子制御ユニット23は、制御信号CsL,CsR及び制御信号Lsで油圧回路24を制御して、左右の油圧クラッチ30L,30Rに発生する伝達トルクを調節する。
【0026】
油圧回路24は、油圧クラッチ30を駆動する作動油が循環する回路で、図2に示すオイルポンプ100がオイル溜101から油路L1を介して汲み上げる作動油は、レギュレータバルブ102で一次調圧された後、図3に示す油温センサ104を備える油路L2を経由して、リニアソレノイドバルブ106に送油され、二次調圧される。また、リニアソレノイドバルブ106から延びる油路L3は、途中で油路L3aと油路L3bに分岐し、それぞれ、左シフトソレノイドバルブ108L、右シフトソレノイドバルブ108Rに接続され、リニアソレノイドバルブ106で二次調圧された作動油が、左シフトソレノイドバルブ108L、右シフトソレノイドバルブ108Rに送油される。
【0027】
左シフトソレノイドバルブ108Lは、油圧センサ50Lを備える油路L4を介して左クラッチ30Lに接続され、左シフトソレノイドバルブ108Lが油路L4を開くと、リニアソレノイドバルブ106で二次調圧された作動油が左クラッチ30Lに送油される。
また、右シフトソレノイドバルブ108Rは、油圧センサ50Rを備える油路L5を介して右クラッチ30Rに接続され、右シフトソレノイドバルブ108Rが油路L5を開くと、リニアソレノイドバルブ106で二次調圧された作動油が右クラッチ30Rに送油される。
この構成によると、リニアソレノイドバルブ106で二次調圧される油圧が、作動油の油圧になる。
【0028】
図3に示す左シフトソレノイドバルブ108Lは排油路L6を介して、オイル溜101(図2参照)と接続される。左シフトソレノイドバルブ108Lは、油路L4を閉じたとき排油路L6を開く構成であり、左シフトソレノイドバルブ108Lが油路L4を閉じたときに、左シフトソレノイドバルブ108Lや左クラッチ30Lに残留する作動油が排油路L6を経由してオイル溜101に戻る。
また、右シフトソレノイドバルブ108Rは排油路L7を介して、オイル溜101と接続される。右シフトソレノイドバルブ108Rは、油路L5を閉じたとき排油路L7を開く構成であり、右シフトソレノイドバルブ108Rが油路L5を閉じたときに、右シフトソレノイドバルブ108Rや右クラッチ30Rに残留する作動油が排油路L7を経由してオイル溜101に戻る。
【0029】
図3に示すリニアソレノイドバルブ106は、電子制御ユニット23と接続されて制御信号Lsが入力され、図2に示すレギュレータバルブ102で一次調圧された作動油を、制御信号Lsに基づいて二次調圧する。
【0030】
左シフトソレノイドバルブ108Lは電子制御ユニット23と接続されて制御信号CsLが入力され、制御信号CsLに対応して油路L4を開閉し、右シフトソレノイドバルブ108Rは電子制御ユニット23と接続されて制御信号CsRが入力され、制御信号CsRに対応して油路L5を開閉する。
【0031】
すなわち、電子制御ユニット23が制御信号Lsを出力すると、リニアソレノイドバルブ106は制御信号Lsに対応して作動油を二次調圧する。
そして、電子制御ユニット23は、左クラッチ30Lに作動油を送油するときは、制御信号CsLを左シフトソレノイドバルブ108Lに入力して油路L4を開いて油路L3aと油路L4を接続し、二次調圧された作動油を左クラッチ30Lに送油する。
一方、右クラッチ30Rに作動油を送油するとき、電子制御ユニット23は、制御信号CsRを右シフトソレノイドバルブ108Rに入力して油路L5を開いて油路L3bと油路L5を接続し、二次調圧された作動油を右クラッチ30Rに送油する。
このように、電子制御ユニット23は、作動油を送油する油圧クラッチ30を択一的に選択できる。
【0032】
油圧センサ50Lは、左シフトソレノイドバルブ108Lから左クラッチ30Lに送油される作動油の油圧を検出し、作動油の油圧PsLとして電子制御ユニット23に入力する。同様に、油圧センサ50Rは、右シフトソレノイドバルブ108Rから右クラッチ30Rに送油される作動油の油圧を検出し、作動油の油圧PsRとして電子制御ユニット23に入力する。
油圧センサ50(50L,50R)は、作動油の油圧を検出することから、請求項に記載の油圧検出装置になる。
【0033】
なお、図2に示すレギュレータバルブ102で一次調圧された作動油の一部は、油路L8(図3参照)を経由して、潤滑油として左右の油圧クラッチ30L,30R(図3参照)に送油される。
また、図2において、符号112はクーラリリーフバルブ、符号114は潤滑/クーラリリーフバルブ、符号116はドレンフィルタ、符号118はラジエータ内蔵冷水クーラを示す。
【0034】
次に、油圧クラッチ30の構造を説明する。図4に示すように、油圧クラッチ30は、両面にフェーシング材31aが貼り付けられた複数(図4には3枚)のクラッチディスク31と、クラッチディスク31のそれぞれを両面から挟むように備わる複数(図4には4枚)のクラッチプレート32と、クラッチプレート32を押動し、クラッチディスク31とクラッチプレート32を、フェーシング材31aを介して係合させる油圧ピストン33を含んで構成される。
なお、左クラッチ30L(図1参照)と右クラッチ30R(図1参照)は、略対称で同等の構成とする。
【0035】
クラッチディスク31は、回転中心CLの周りに回転する回転部34の円周方向に沿って起立するように取り付けられる薄いリング状の部材で、回転部34と一体に回転速度Ndで回転する。
回転部34は、ベアリング38を介してケース35に回転自在に支持され、回転部34とケース35の間の空間には、油圧回路24から送油される作動油が潤滑油として充填されている。
そして、前記空間内には、潤滑油として充填される作動油の油温Toilを検出して電子制御ユニット23に入力する潤滑油温度センサ(油温検出装置)39が備わっている。
なお、回転部34は、図1に示す左クラッチ30Lにおいてはスリーブ21であり、右クラッチ30Rにおいてはキャリア部材11になる。
以下、潤滑油として充填される作動油の油温を潤滑油の油温と称する。
【0036】
また、駆動力配分装置1(図1参照)に備わる油圧クラッチ30は、ハウジング20(図1参照)等の固定部に対して、回転部34の回転速度Ndを増減速させる構成であり、ケース35はハウジング20に固定される。
したがって、クラッチプレート32はケース35を介してハウジング20に支持される構成になる。
【0037】
クラッチプレート32はリング状を呈するプレートであり、回転部34の周囲に形成されるケース35に沿ってクラッチディスク31の側に起立するように備わる。クラッチプレート32は、複数のクラッチディスク31のそれぞれを両側から挟むようにクラッチディスク31と交互に配置され、クラッチディスク31を挟む方向に移動可能に支持される。
油圧ピストン33は、クラッチディスク31とクラッチプレート32を互いに係合させる方向に移動可能に備わり、油圧回路24から油圧室36に送油される作動油の油圧で移動してクラッチプレート32を押動し、クラッチディスク31とクラッチプレート32を互いに係合させる。
【0038】
油圧室36における作動油の油圧が高いと、油圧ピストン33は、クラッチディスク31とクラッチプレート32を強く係合させる。一方、油圧室36における作動油の油圧が低いと、クラッチディスク31とクラッチプレート32の係合を解除する方向に油圧ピストン33を付勢するリターンスプリング37によって油圧ピストン33が離間方向に移動し、クラッチディスク31とクラッチプレート32の係合が弱くなる。
【0039】
また、図4に示すように、クラッチディスク31には、フェーシング材31aが貼り付けられる。
フェーシング材31aは摩擦係数の大きな部材からなって薄いリング状を呈し、クラッチディスク31の両面に全周にわたって貼り付けられる。
なお、リング状を呈するフェーシング材31aの外周と内周の中心を結んだ円周の半径を平均有効半径Crと称する。
【0040】
クラッチディスク31を両面から挟み込むようにクラッチディスク31と係合するクラッチプレート32は、フェーシング材31aを介してクラッチディスク31と係合し、フェーシング材31aとクラッチプレート32の間に、摩擦による摩擦係合力が発生する。
このように、フェーシング材31aとクラッチプレート32は互いに係合する摩擦係合部材になり、フェーシング材31aを第1摩擦係合部材とすると、クラッチプレート32は第2摩擦係合部材になる。
また、フェーシング材31aとクラッチプレート32が対向する面を摩擦面31bと称し、フェーシング材31aとクラッチプレート32は摩擦面31bで係合して摩擦係合力を発生する。
【0041】
また、フェーシング材31aとクラッチプレート32は潤滑油に浸された状態にあり、フェーシング材31aとクラッチプレート32の間には潤滑油が浸入している。したがって、摩擦面31bは潤滑油で潤滑される。
【0042】
図4に示す油圧クラッチ30においては、フェーシング材31aが貼り付けられたクラッチディスク31が回転中心CLの周りに回転し、クラッチプレート32はケース35を介してハウジング20(図1参照)に支持されることから、クラッチディスク31(フェーシング材31a)とクラッチプレート32は、摩擦面31bに沿って相対的に回転することになる。
【0043】
摩擦面31bに摩擦係合力が発生すると、フェーシング材31aが貼り付けられて回転しているクラッチディスク31には、回転部34の回転を抑制する方向の伝達トルクが発生する。
摩擦面31bに発生する摩擦係合力が弱いとき、クラッチディスク31に発生する伝達トルクは小さく、クラッチディスク31は伝達トルクの影響を受けることなく回転部34と一体に回転する。
摩擦係合力が強くなるのにともなって、クラッチディスク31に発生する伝達トルクが大きくなり、クラッチディスク31の回転に対する(摩擦)抵抗が大きくなる。そして、クラッチディスク31と一体に回転する回転部34の回転速度Ndが減速する。さらに、摩擦係合力が所定値以上になるとクラッチディスク31の回転が停止し、クラッチディスク31と一体の回転部34の回転が停止する。
【0044】
このように、クラッチディスク31に発生する伝達トルクは摩擦面31bに発生する摩擦係合力の強さに応じて変化し、摩擦係合力は、クラッチディスク31とクラッチプレート32の係合の強さに応じて変化する。すなわち、クラッチディスク31とクラッチプレート32が強く係合すると摩擦係合力が強くなる。したがって、油圧ピストン33を駆動する作動油の油圧が高いほど摩擦係合力を強くすることができ、伝達トルクを大きくできる。
また、前記したように、作動油の油圧が低いとクラッチディスク31とクラッチプレート32の係合が弱くなることから摩擦係合力が弱くなり、伝達トルクが小さくなる。
このように油圧クラッチ30は、作動油の油圧を調節することで、伝達トルクを調節できる。
【0045】
例えば、図1に示す左クラッチ30Lにおいて、回転部34(図4参照)は第3サンギヤ19と一体に回転するスリーブ21であり、回転部34の回転速度Ndが減速すると、第3サンギヤ19の回転速度が減速する。そして、キャリア部材11の回転速度が増速し、その増速に応じて右駆動輪WFRの回転速度NRを左駆動輪WFLの回転速度NLに対して増速できる。すなわち、左駆動輪WFLから右駆動輪WFRに任意の駆動力を伝達できる。
【0046】
また、図1に示す右クラッチ30Rにおいて、回転部34(図4参照)はキャリア部材11であり、回転部34の回転速度Ndが減速すると、キャリア部材11の回転速度が減速する。そして、キャリア部材11の減速に応じて左駆動輪WFLの回転速度NLを右駆動輪WFRの回転速度NRに対して増速させることができ、右駆動輪WFRから左駆動輪WFLに任意の駆動力を伝達することができる。
【0047】
そこで、電子制御ユニット23は、左右の駆動輪WFL,WFRへ駆動力を配分する好適な比率を設定すると、設定した比率で左右の駆動輪WFL,WFRに駆動力が配分されるように、油圧クラッチ30に発生させる伝達トルクを設定する。このように電子制御ユニット23が設定する伝達トルクが目標伝達トルクになる。
【0048】
前記したように、電子制御ユニット23には、主制御部Uから駆動力配分指示信号DDIsが入力される。電子制御ユニット23は、駆動力配分指示信号DDIsに基づいて、左右の駆動輪WFL,WFRへ駆動力を配分する比率を設定し、設定した比率に基づいて左右の油圧クラッチ30L,30Rの目標伝達トルクをそれぞれ設定する。
【0049】
例えば、駆動力配分指示信号DDIsと左右の駆動輪WFL,WFRへ駆動力を配分する比率の関係を予め実験等で求め、マップデータ(第1のマップデータ)として図示しない記憶部に記憶しておく構成とする。さらに、左右の駆動輪WFL,WFRへ駆動力を配分する比率と左右の油圧クラッチ30L,30Rの目標伝達トルクの関係を予め実験等で求め、マップデータ(第2のマップデータ)として図示しない記憶部に記憶しておく。
【0050】
電子制御ユニット23は、入力される駆動力配分指示信号DDIsに基づいて第1のマップデータを参照して左右の駆動輪WFL,WFRへ駆動力を配分する比率を設定できるとともに、設定した比率に基づいて第2のマップデータを参照して、左右の油圧クラッチ30L,30Rの目標伝達トルクを設定できる。
【0051】
さらに、各油圧クラッチ30の伝達トルクを、それぞれの目標伝達トルクに精度良く合わせ込むため、油圧クラッチ30で発生している実際の伝達トルクを電子制御ユニット23にフィードバックし、目標伝達トルクと実際の伝達トルクの偏差が減少するようにフィードバック制御する構成が好適である。
【0052】
従来、電子制御ユニット23は、図5の(a)に示すように、駆動力配分指示信号DDIsに基づいて油圧クラッチ30の目標伝達トルクTRtを設定する目標伝達トルク設定部23aと、油圧クラッチ30に目標伝達トルクTRtを発生させるための目標油圧Ptを設定する目標油圧設定部23bと、油圧回路24から送油される作動油の油圧を検出する油圧センサ50から入力される油圧Psを、目標油圧Ptから減算する減算器23cと、目標油圧Ptと油圧Psの偏差に基づいて、油圧回路24を制御する制御信号Ls及び制御信号Csを設定する油圧コントローラ23dを含んで構成される。
【0053】
なお、目標伝達トルク設定部23aから油圧クラッチ30までは、左右の油圧クラッチ30L,30Rにそれぞれ対応する2系統からなり、図5の(a)では、左クラッチ30Lに対応する系統に「L」、右クラッチ30Rに対応する系統に「R」の添え字を付して図示している。
以下、特に記載のない限りは、左右の油圧クラッチ30L,30Rにそれぞれ対応する2系統は同等に機能するものとして、左右を区別することなく説明する。
【0054】
図5の(a)に示す油圧コントローラ23dは、目標油圧Ptと油圧Psの偏差が減少するように制御信号Lsを設定して油圧回路24に入力する。
油圧クラッチ30の伝達トルクは、図4に示すクラッチディスク31とクラッチプレート32の間に発生する摩擦係合力に応じて発生し、摩擦係合力は、油圧ピストン33を駆動する作動油の油圧に応じて発生することから、油圧センサ50が検出する作動油の油圧Psをフィードバックすることで、油圧クラッチ30の実際の伝達トルクをフィードバックするのと同じ効果を得ている。
【0055】
しかしながら、図4に示す油圧クラッチ30の伝達トルクは、クラッチディスク31のフェーシング材31aとクラッチプレート32の間に浸入する潤滑油の油温や、クラッチプレート32とフェーシング材31aの回転速度差によっても変動することから、油圧センサ50が検出する作動油の油圧Psをフィードバックしても、実際の伝達トルクを精度良くフィードバックすることができない。
したがって、油圧コントローラ23dが目標油圧Ptと油圧Psの偏差が減少するように制御信号Lsを設定し、目標油圧Ptと油圧Psの偏差が「0」になっても、油圧クラッチ30の伝達トルクを目標伝達トルクTRtに精度良く合わせ込めない。
【0056】
そこで、本実施形態に係る電子制御ユニット23は油圧クラッチ30に発生している実際の伝達トルクの算出値を求めることで、油圧クラッチ30に発生している実際の伝達トルクを電子制御ユニット23にフィードバックする構成とし、実際の伝達トルクと目標伝達トルクTRtの偏差が減少するようにフィードバック制御して、油圧クラッチ30の伝達トルクを目標伝達トルクTRtに精度良く合わせ込む構成とした。
【0057】
そのため、図5の(b)に示すように、本実施形態に係る電子制御ユニット23は、目標伝達トルク設定部23a、目標油圧設定部23b、油圧コントローラ23dに加えて、油圧クラッチ30に発生している実際の伝達トルクの算出値を求める実伝達トルク算出部23eが備わる構成とした。
また、減算器23cは、目標伝達トルク設定部23aと目標油圧設定部23bの間に備わり、実伝達トルク算出部23eが求める実際の伝達トルクの算出値(算出トルクTRr)を、目標伝達トルク設定部23aが設定する目標伝達トルクTRtから減算する構成とした。
【0058】
なお、実伝達トルク算出部23e、目標油圧設定部23bから油圧クラッチ30までは、左右の油圧クラッチ30L,30Rにそれぞれ対応する2系統からなり、図5の(b)には左クラッチ30Lに対応する系統に「L」、右クラッチ30Rに対応する系統に「R」の添え字を付して図示している。
以下、特に記載のない限りは、左右の油圧クラッチ30L,30Rにそれぞれ対応する2系統は同等に機能するものとして、左右を区別することなく説明する。
【0059】
前記したように、油圧クラッチ30に発生する実際の伝達トルクは、油圧回路24が油圧クラッチ30に送油する作動油の油圧Psに応じて発生し、図4に示すクラッチプレート32とフェーシング材31aの回転速度差、及び潤滑油の油温によって変動する。
そこで、本実施形態に係る電子制御ユニット23の実伝達トルク算出部23eは、作動油の油圧Ps、クラッチプレート32とフェーシング材31aの回転速度差、及び潤滑油の油温に基づいて算出トルクTRrを求める構成とする。
そして、実伝達トルク算出部23eには、車輪速センサ51、潤滑油温度センサ39、及び油圧センサ50が接続され、左右の駆動輪WFL,WFRの回転速度NL,NR、潤滑油の油温Toil、及び作動油の油圧Psを入力する構成が好適である。
【0060】
以下、適宜図1〜図6を参照して、実伝達トルク算出部23eが油圧クラッチ30に発生する実際の伝達トルクの算出値を求める方法を説明する。
油圧クラッチ30に発生する実際の伝達トルクの算出値である算出トルクTRrは、次式(1)で示される。
【数1】
なお、右辺2項の「2」は、図4に示すフェーシング材31aが、クラッチディスク31の両面(2面)に貼り付けられていることを示す値である。
【0061】
Cμは、図4に示すフェーシング材31aとクラッチプレート32の摩擦係数、すなわち摩擦面31bの摩擦係数である。前記したように、油圧クラッチ30の回転部34とケース35の間の領域には潤滑油が充填されていることから、クラッチディスク31とクラッチプレート32は潤滑油に浸された状態であり、フェーシング材31aとクラッチプレート32の間には潤滑油が浸入している。したがって、フェーシング材31aとクラッチプレート32の摩擦面31bは潤滑油で潤滑され、摩擦面31bの摩擦係数Cμは潤滑理論に基づいて設定される。
【0062】
このため摩擦係数Cμは、図6の(a)に示すようなストライベック曲線で示される特性を有し、実伝達トルク算出部23eは、潤滑油の粘度(動粘度)Bと、回転速度差Nsと、荷重Pと、に基づいて摩擦係数Cμを算出できる。
【0063】
回転速度差Nsは、図4に示すクラッチディスク31とクラッチプレート32の回転速度差である。
前記したように、油圧クラッチ30は、摩擦係合力を変化することでクラッチディスク31(回転部34)の回転速度Ndを変化させて、左駆動輪WFLと右駆動輪WFRの回転速度差を設定する。
すなわち、クラッチディスク31の回転速度Ndに対応して、左駆動輪WFLと右駆動輪WFRの回転速度差が設定される。
【0064】
そこで、例えば左駆動輪WFLと右駆動輪WFRの回転速度差とクラッチディスク31の回転速度Ndの関係を予め実験等で求め、マップデータ(第3のマップデータ)として図示しない記憶部に記憶しておく構成が好適である。
実伝達トルク算出部23eは、車輪速センサ51が検出する左右の駆動輪WFL,WFRの回転速度NL,NRに基づいて、左駆動輪WFLと右駆動輪WFRの回転速度差を算出するとともに、算出した回転速度差に基づいて第3のマップデータを参照し、クラッチディスク31の回転速度Ndを算出できる。
【0065】
一方、図4に示すように、クラッチプレート32はケース35に備わり、ケース35はハウジング20に固定されることから、クラッチプレート32の回転速度は「0」である。したがって、実伝達トルク算出部23eは、クラッチディスク31の回転速度Ndを算出することで回転速度差Nsを算出できる。
【0066】
なお、前記したように、左駆動輪WFLと右駆動輪WFRの回転速度NL,NRの差に基づいてクラッチディスク31(図4参照)とクラッチプレート32(図4参照)の回転速度差Nsを検出することから、本実施形態において、左駆動輪WFLと右駆動輪WFRの回転速度NL,NRを検出する車輪速センサ51(51L,51R)は、請求項に記載の速度検出装置に相当する。
【0067】
潤滑油の粘度(動粘度)Bは、図6の(b)に示すように、潤滑油の油温Tlに対応して変化する。したがって、実伝達トルク算出部23eは、潤滑油の油温Tlを検出することで粘度Bを算出できる。
潤滑油の油温Tlは、例えば図4に示す潤滑油温度センサ39が検出する油温Toilであってもよい。しかしながら、フェーシング材31aとクラッチプレート32の間に浸入している潤滑油の油温TCoilに基づいて算出する粘度Bを利用することで、実伝達トルク算出部23eは、より正確な摩擦係数Cμを算出できる。
【0068】
実伝達トルク算出部23eは、フェーシング材31aとクラッチプレート32の間に浸入している潤滑油の油温TCoilを直接検出できないが、微少時間ΔT前の油温TC0oilと現時点の油温TCoilの関係を示す次式(2)に基づいて、現時点の油温TCoilを算出できる。
【数2】
【0069】
また、摩擦面31bに発生するエネルギQは、次式(3)で示される。
【数3】
【0070】
実伝達トルク算出部23eは、例えばクラッチディスク31の回転速度Ndと平均有効半径Cr(図4参照)とから、クラッチディスク31の回転によるトルクTRQを算出できる。
また、前記したように、クラッチディスク31の回転速度Ndは、車輪速センサ51が検出する左右の駆動輪WFL,WFRの回転速度NL,NRに基づいて算出できる。
【0071】
例えば、油圧クラッチ30が動作する前は、フェーシング材31aとクラッチプレート32の間に浸入している潤滑油の油温TCoilと潤滑油温度センサ39が検出する潤滑油の油温Toilは等しいとみなせる。
したがって、実伝達トルク算出部23eは、油圧クラッチ30が動作してから微小時間ΔT間隔で油温TCoilを算出することで、任意のタイミングにおける油温TCoilを算出できる。
そして、実伝達トルク算出部23eは、式(2)に基づいて算出する油温TCoilに基づいて図6の(b)に示すグラフを参照して、潤滑油の粘度Bを算出できる。
図6の(b)に示す、潤滑油の粘度Bと油温Tlの関係を示す曲線は、実験等によって予め求めておくことができ、図示しない記憶部にデータとして記憶しておけばよい。
【0072】
また、図6の(a)に示すストライベック曲線の荷重Pは、クラッチディスク31とクラッチプレート32が係合するときの荷重Pであり、後記するピストン荷重Cpとすればよい。
【0073】
実伝達トルク算出部23eは、以上のように算出する潤滑油の粘度Bと、回転速度差Nsと、荷重Pとに基づいて、図6の(a)に示すストライベック曲線を参照して摩擦係数Cμを算出できる。
このようなストライベック曲線は、実験等によって予め求めておくことができ、図示しない記憶部にデータとして記憶しておけばよい。
【0074】
または、図6の(a)に示すストライベック曲線に基づいて、潤滑油の粘度Bと回転速度差Nsと荷重Pと摩擦係数Cμの関係を示す関数を設定しておいてもよい。
例えば、潤滑油の粘度Bと回転速度差Nsと荷重Pと摩擦係数Cμの関係は、次式(4)で表される。
【数4】
式(4)におけるα、β、γは、油圧クラッチ30に固有のパラメータであり、実験等で求めることができる。
そして、実伝達トルク算出部23eは、潤滑油の粘度Bと回転速度差Nsと荷重Pに基づいて、式(4)から摩擦係数Cμを算出できる。
【0075】
式(1)に戻って、クラッチディスクの枚数Cfは、油圧クラッチ30に備わるクラッチディスク31の枚数であり、図4に示すようにクラッチディスク31の枚数が3枚の場合、Cfは「3」になる。
【0076】
平均有効半径Crは、図4に示すように、リング状を呈するフェーシング材31aの外周と内周の中心を結んだ円周の半径とすることができ、油圧クラッチ30に固有の値である。したがって、平均有効半径Crは予め設定しておくことができる。
【0077】
ピストン荷重Cpは、図4に示す油圧室36に油圧回路24から送油される作動油の油圧が油圧ピストン33に作用する荷重で、油圧ピストン33に作用する作動油の油圧と油圧ピストン33の受圧面積の積で表すことができる。
作動油の油圧は、油圧センサ50が検出する油圧Psである。
また、油圧ピストン33の受圧面積は、油圧ピストン33がクラッチディスク31とクラッチプレート32を係合させる方向に作動油の油圧を受ける面の面積であり、油圧クラッチ30に固有の値である。したがって、油圧ピストン33の受圧面積は予め算出しておくことができる。
【0078】
そして、実伝達トルク算出部23eは、油圧センサ50が検出する油圧Psと油圧ピストン33の受圧面積を乗算してピストン荷重Cpを算出できる。
【0079】
以上のように、電子制御ユニット23の実伝達トルク算出部23eは、フェーシング材31aとクラッチプレート32の摩擦係数Cμ、クラッチディスクの枚数Cf、平均有効半径Cr、及びピストン荷重Cpを算出することができる。そして、式(1)を利用して、算出トルクTRrを求めることができる。
【0080】
このように、電子制御ユニット23の実伝達トルク算出部23eが求める算出トルクTRrは、図4に示すクラッチディスク31とクラッチプレート32の回転速度差Nsや、フェーシング材31aとクラッチプレート32の間に浸入する潤滑油の油温TCoilの変化に対応して求められる算出トルクTRrであり、油圧クラッチ30に実際に発生している伝達トルクの値に極めて近い値とみなせる。
【0081】
したがって、図5の(b)に示すように、実伝達トルク算出部23eが算出トルクTRrを求めることで、電子制御ユニット23に算出トルクTRrをフィードバックする構成とし、目標伝達トルク設定部23aが設定する目標伝達トルクTRtと算出トルクTRtの偏差が減少するようにフィードバック制御することで、算出トルクTRtを目標伝達トルクTRtに精度良く合わせ込むことができ、ひいては、油圧クラッチ30の伝達トルクを目標伝達トルクTRtに精度良く合わせ込むことができる。
【0082】
そして、油圧クラッチ30の伝達トルクを、電子制御ユニット23が設定する目標伝達トルクTRtに精度良く合わせ込むことで、電子制御ユニット23が設定した比率でエンジンEの駆動力を左右の駆動輪WFL,WFR(図1参照)に精度良く配分することができ、運転者が違和感を覚えることなく車両を運転できるという優れた効果を奏する。
【0083】
なお、図1には、フロントエンジン・フロントドライブ車をベースにした駆動力配分装置1が示されているが、これに限定されない。
例えばフロントエンジン・リアドライブ車や四輪駆動車をベースにした駆動力配分装置に備わる油圧クラッチであっても、本実施形態に係るフィードバック制御をすることで、伝達トルクを目標伝達トルクに精度良く合わせ込むことができる。
【0084】
また、車両の駆動力配分装置に備わる油圧クラッチに限定されず、例えば図示しない車両のオートマチックトランスミッションに備わる油圧クラッチや、車両以外の機器に備わる油圧クラッチであっても、本実施形態に係るフィードバック制御をすることで、伝達トルクを目標伝達トルクに精度良く合わせ込むことができる。
さらに、エンジンは原動機の一例であり、モータを原動機とする機器や、エンジンとモータを組み合わせた原動機を有する機器に備わる油圧クラッチであっても、本実施形態に係るフィードバック制御を適用できる。
【符号の説明】
【0085】
1 駆動力配分装置
23 電子制御ユニット(制御装置)
23a 目標伝達トルク設定部
23e 実伝達トルク算出部
24 油圧回路
30 油圧クラッチ
31a フェーシング材(第1摩擦係合部材)
31b 摩擦面
32 クラッチプレート(第2摩擦係合部材)
39 潤滑油温度センサ(油温検出装置)
50(50L,50R) 油圧センサ(油圧検出装置)
51(51L,51R) 車輪速センサ(速度検出装置)
TRr 算出トルク(実際の伝達トルクの算出値)
【特許請求の範囲】
【請求項1】
潤滑油で潤滑される摩擦面に沿って相対的に回転する第1摩擦係合部材と第2摩擦係合部材が前記摩擦面で係合可能に備わり、
作動油の油圧で前記第1摩擦係合部材と前記第2摩擦係合部材を係合して前記摩擦面の摩擦係合力で伝達トルクを発生するとともに、前記作動油の油圧を調節することで前記伝達トルクを調節可能な油圧クラッチであって、
前記作動油の油圧を調節する油圧回路と、
前記作動油の油圧を検出する油圧検出装置と、
前記潤滑油として前記摩擦面を潤滑する前記作動油の油温を検出する油温検出装置と、
前記第1摩擦係合部材と前記第2摩擦係合部材の回転速度差を検出する速度検出装置と、
前記伝達トルクの目標値である目標伝達トルクと実際の伝達トルクの算出値の偏差が減少するように前記油圧回路をフィードバック制御して前記作動油の油圧を調節し、前記伝達トルクを調節する制御装置と、を備え、
前記制御装置は、前記目標伝達トルクを設定する目標伝達トルク設定部と、前記実際の伝達トルクの算出値を求める実伝達トルク算出部を含んで構成され、
前記実伝達トルク算出部は、
前記油温検出装置が検出する前記潤滑油の油温と、前記油圧検出装置が検出する前記作動油の油圧と、前記速度検出装置が検出する前記回転速度差と、に基づいて前記摩擦面の摩擦係数を算出し、前記摩擦係数に基づいて前記実際の伝達トルクの算出値を求めることを特徴とする油圧クラッチ。
【請求項1】
潤滑油で潤滑される摩擦面に沿って相対的に回転する第1摩擦係合部材と第2摩擦係合部材が前記摩擦面で係合可能に備わり、
作動油の油圧で前記第1摩擦係合部材と前記第2摩擦係合部材を係合して前記摩擦面の摩擦係合力で伝達トルクを発生するとともに、前記作動油の油圧を調節することで前記伝達トルクを調節可能な油圧クラッチであって、
前記作動油の油圧を調節する油圧回路と、
前記作動油の油圧を検出する油圧検出装置と、
前記潤滑油として前記摩擦面を潤滑する前記作動油の油温を検出する油温検出装置と、
前記第1摩擦係合部材と前記第2摩擦係合部材の回転速度差を検出する速度検出装置と、
前記伝達トルクの目標値である目標伝達トルクと実際の伝達トルクの算出値の偏差が減少するように前記油圧回路をフィードバック制御して前記作動油の油圧を調節し、前記伝達トルクを調節する制御装置と、を備え、
前記制御装置は、前記目標伝達トルクを設定する目標伝達トルク設定部と、前記実際の伝達トルクの算出値を求める実伝達トルク算出部を含んで構成され、
前記実伝達トルク算出部は、
前記油温検出装置が検出する前記潤滑油の油温と、前記油圧検出装置が検出する前記作動油の油圧と、前記速度検出装置が検出する前記回転速度差と、に基づいて前記摩擦面の摩擦係数を算出し、前記摩擦係数に基づいて前記実際の伝達トルクの算出値を求めることを特徴とする油圧クラッチ。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【公開番号】特開2010−169216(P2010−169216A)
【公開日】平成22年8月5日(2010.8.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−13303(P2009−13303)
【出願日】平成21年1月23日(2009.1.23)
【出願人】(000005326)本田技研工業株式会社 (23,863)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成22年8月5日(2010.8.5)
【国際特許分類】
【出願日】平成21年1月23日(2009.1.23)
【出願人】(000005326)本田技研工業株式会社 (23,863)
【Fターム(参考)】
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