説明

流体式変速機用クラッチピストン

【課題】 シリンダとの間のクリアランスが比較的大きい場合にも、重量の増加を抑制しつつ、クラッチの応答性が悪化するのを抑制することができるクラッチピストンを提供する。
【解決手段】 本発明のクラッチピストン2は、第一流体圧室R1内の流体圧力によってクラッチシリンダ3内を軸方向に移動しクラッチを作動させるピストン本体4と、ピストン本体4の外周面に嵌合された円筒部14、及び、当該円筒部14からクラッチシリンダ3内周面3b1側に向けて突設された鍔部15を有する環状部材5と、環状部材15に設けられたシール部材6とを備えている。シール部材6は、鍔部15の先端から突設されクラッチシリンダ3内周面3b1に摺接する環状の第一シールリップ17を備えている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば、自動車等の流体式変速機に用いられる流体式変速機用クラッチピストンに関する。
【背景技術】
【0002】
自動車に用いられる流体式変速機は、変速の切り替えや前進後進の切り替えを行うために、多板クラッチを備えたクラッチ機構を備えている。このクラッチ機構には、前記多板クラッチを作動させるためのクラッチピストンが組み込まれている。
図3は、従来のクラッチピストンを示す要部断面図である。
図において、クラッチピストン100は、前記クラッチ機構に設けられるクラッチシリンダ101内を軸方向に移動して多板クラッチ(図示せず)を押圧するピストン本体102と、ピストン本体102の外周面に嵌合固定された環状部材103と、環状部材103に形成されクラッチシリンダ101とピストン本体102とを密封するシール部材104とを備えている。
シール部材104は、合成ゴム等を用いて環状部材103の外面に加硫成形されており、クラッチシリンダ101の内周面に摺接する環状のシールリップ104aを備えている。
上記クラッチピストン100は、シール部材104を加硫成形した後の環状部材103をピストン本体102に嵌合することで構成されており、比較的大きいピストン本体102にシール部材104を直接加硫成形するよりも、より小さい環状部材103にシール部材104を加硫成形することで、加硫成形に用いる金型等を小型化し、当該シール部材104を形成する際のコストの低減化が図られている(例えば、特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2003−139249号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、上記流体式変速機は、自動車の種類によってそのサイズや構成等が多様であり、多様な流体式変速機に応じてクラッチ機構やこれに用いるクラッチピストンも多様な形状に設計される。
上記実情から、例えば、前記クラッチ機構の構成に応じて、シリンダ101の内周面とクラッチピストン100の外周面との間のクリアランスZを比較的大きく設定しなければならない場合がある。
このような場合、環状部材103の板厚を厚くすることが考えられるが、環状部材103の板厚を厚くすればクラッチピストン全体としての重量が増加し、軽量化の観点から好ましくない。また、シールリップ104aをより長く径方向に延ばすことも考えられるが、この場合、シールリップ104aの変形量が大きくなったり、当該シール部材104の摺接面積が増えて摺動抵抗が増大し、クラッチの応答性が悪化するおそれがあった。
【0005】
本発明はこのような事情に鑑みてなされたものであり、シリンダとの間のクリアランスが比較的大きい場合にも、重量の増加を抑制しつつ、クラッチの応答性が悪化するのを抑制することができる流体式変速機用クラッチピストンを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記目的を達成するための本発明に係る流体式変速機用クラッチピストンは、シリンダの開口側を閉鎖して流体圧室を構成するとともに、前記流体圧室内の流体圧力によって前記シリンダ内を軸方向に移動しクラッチを作動させるピストン本体と、前記ピストン本体の外周面に嵌合された円筒部、及び、当該円筒部から前記シリンダ内周面側に向けて突設された鍔部を有する環状部材と、前記環状部材に設けられ前記シリンダと前記ピストン本体との間を密封するシール部材と、を備え、前記シール部材は、前記突出部の先端に突設され前記シリンダ内周面に摺接する環状のシールリップを備えていることを特徴としている。
【0007】
上記のように構成された流体式変速機用クラッチピストンによれば、ピストン本体の外周面に嵌合された円筒部からシリンダ内周面側に向けて突設された鍔部の先端にシリンダ内周面に摺接するシールリップを設けたので、シリンダとの間のクリアランスが比較的大きい場合にも、環状部材の厚みを増加させることなく、シールリップの基端をシリンダの内周面に近接させて配置することができる。このため、シール部材のシールリップについて、摺動抵抗を増大させることなく密封性を維持できる適切な形状とすることが可能となり、この結果、クラッチピストンを全体として軽量なものとでき、かつクラッチの応答性が悪化するのを抑制することができる。
【0008】
上記流体式変速機用クラッチピストンにおいて、前記シールリップは、前記突出部の先端から、前記流体圧室側に延びて当該流体圧室を密封する第一のシールリップと、前記突出部の先端から、前記流体圧室と反対側に延びて当該流体圧室の外部において前記シリンダと前記ピストン本体との間を密封する第二のシールリップと、により構成されていることが好ましい。
この場合、ピストン本体に流体の圧力を作用させて当該ピストン本体を流体圧室側に移動させる構成とした場合において、前記圧力を作用させる流体が流体圧室側に流入するのを第二のシールリップによって阻止することができる。従って、本発明のクラッチピストンは、ピストン本体を流体圧室側に移動させる構成として一般的なリターンスプリングの付勢力で移動させるもののみならず、上記のように流体圧力により移動させる構成を採用したものについても、適用することができる。
【0009】
また、上記流体式変速機用クラッチピストンにおいて、前記シール部材は、前記ピストン本体と前記環状部材の間に介在して両者の間を密封する環状シール部を備えていることが好ましい。
この場合、ピストン本体と環状部材との間から流体が漏洩するのを防止することができる。また、環状シール部は、上記シールリップ等と共に、シール部材として一体に形成することができ、個別に形成する場合と比較して製造コストを低減することができる。
【発明の効果】
【0010】
本発明の流体式変速機用クラッチピストンによれば、シリンダとの間のクリアランスが比較的大きい場合にも、重量の増加を抑制しつつ、クラッチの応答性が悪化するのを抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】本発明の第一の実施形態に係る流体式変速機用クラッチピストンを示す要部断面図である。
【図2】本発明の第二の実施形態に係る流体式変速機用クラッチピストンを示す要部断面図である。
【図3】従来の流体式変速機用クラッチピストンの要部断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
次に、本発明の好ましい実施形態について添付図面を参照しながら説明する。図1は、本発明の第一の実施形態に係る流体式変速機用クラッチピストンが用いられている自動車用自動変速機のクラッチ機構の要部を示す断面図である。
図1中、クラッチ機構は、ハウジング1と、このハウジング1に収納された流体式変速機用クラッチピストン2(以下、単にクラッチピストン2ともいう)とを備えている。
【0013】
ハウジング1は、圧延鋼板等の金属板を用いて形成された部材であり、クラッチ機構の各構成部材を収納している。このハウジング1には、クラッチピストン2が収納されているクラッチシリンダ3が形成されている。
クラッチシリンダ3は、軸線Lを中心とする円環状の底壁3aと、底壁3aの外周縁から立設された円筒状の外側壁3bと、軸線Lを軸中心とする軸部(図示せず)とによって構成されており、軸方向一方側(図1の下側)に向いて開口する環状空間を形成している。
【0014】
クラッチピストン2は、クラッチシリンダ3内の環状空間に軸方向移動可能に収納されることでその開口を閉鎖し第一流体圧室R1を構成するピストン本体4と、ピストン本体4の外周面に嵌合された環状部材5と、環状部材5に設けられたシール部材6とを備えている。
ピストン本体4は、圧延鋼板等の金属板を用いて形成された、軸線Lを中心とする環状の部材であり、クラッチシリンダ3の底壁3aの内側面に対向している環状板部7と、環状板部7の外周縁からクラッチシリンダ3の外側壁3bに沿って軸方向一方側に延びる円筒部8と、円筒部8の先端から拡径するように形成されたテーパ部9とを備えている。
ピストン本体4の軸方向一方側には、図示しない動力の伝達を断続するための多板クラッチが配置されており、ピストン本体4は、その軸方向の移動によって前記多板クラッチの押圧、又は、押圧の解除を選択的に行い、当該多板クラッチを作動させる。
なお、ピストン本体4の内周側には、前記軸部の外周面に対して摺接して当該軸部とピストン本体4との間をシールするシール部材(図示せず)が設けられている。
【0015】
円筒部8の外周面には、環状板部7の外側端面に形成された面取部10から繋がる小径円筒面11と、小径円筒面11よりも大径の大径円筒面12と、これら小径円筒面11及び大径円筒面12を繋ぐ段差面13とが形成されている。
【0016】
環状部材5は、圧延鋼板等の金属板を用いて断面L字型に形成された環状の部材であり、ピストン本体4の小径円筒面11に嵌合固定された円筒部14と、円筒部14の軸方向第一流体圧室R1側の端面から径方向外側に延びる鍔部15とを有している。
鍔部15は、円筒部14を基端としてピストン本体4の外周面側から外側壁3bの内周面3b1側に向けて突設されており、その径方向外側先端がクラッチシリンダ3の内周面3bに対して所定の隙間をおいて近接するように形成されている。
【0017】
シール部材6は、合成ゴム等の弾性部材を用いて環状部材に加硫成形されており、鍔部15及び円筒部14の外周面側を覆うように形成されている基部16と、鍔部15の先端から突設されクラッチシリンダ3の内周面3bに摺接する環状の第一シールリップ17とを有している。
第一シールリップ17は、自由状態において鍔部15の先端から軸方向に対して第一流体圧室R1側に傾斜して設けられており、クラッチシリンダ3の外側壁3bの内周に導入した状態で、弾性変形して第一流体圧室R1側に延びている。この第一シールリップ17は、第一流体圧室R1内に導入される流体による圧力によって外側壁3bの内周面3b1に押圧され、前記流体がクラッチシリンダ3の内周面3b1と、ピストン本体4との間から漏洩しないように密封している。
【0018】
また、シール部材6は、円筒部14の端部14aと、ピストン本体4の段差面13との間に介在する環状シール部18を有している。この環状シール部18は、基部16から繋がるように一体に形成されており、端部14aと段差面13との間に介在することで、環状部材5とピストン本体4との間から第一流体圧室R1内の流体が漏洩しないように密封している。このように環状シール部18は、シール部材6に一体に形成されているので、当該環状シール部18を個別に形成する場合と比較して製造コストを低減することができる。
【0019】
以上のように、クラッチシリンダ3及びピストン本体4によって画定されている第一流体圧室R1は、シール部材6によって、室内の流体が漏洩しないように密封されている。
【0020】
また、クラッチピストン2は、図示しないリターンスプリングによって、軸方向他方側に付勢されており、第一流体圧室R1に導入される流体の圧力を制御することによって、クラッチシリンダ3内を軸方向に移動し、その移動に応じて前記多板クラッチを作動させる。
【0021】
上記のように構成されたクラッチピストン2によれば、ピストン本体4の外周面に嵌合された円筒部14からシリンダ内周面3b1側に向けて突設された鍔部15の先端にシリンダ内周面3b1に摺接する第一シールリップ17を設けたので、シリンダ内周面3b1との間のクリアランスZが比較的大きい場合にも、環状部材5の厚みを増加させることなく、第一シールリップ17の基端をシリンダ内周面3b1に近接させて配置することができる。このため、シール部材6の第一シールリップ17について、摺動抵抗を増大させることなく密封性を維持できる適切な形状とすることが可能となり、この結果、クラッチピストン2全体として軽量なものとでき、かつクラッチの応答性が悪化するのを抑制することができる。
【0022】
つまり、本実施形態では、クラッチシリンダ3の内周面3b1と、クラッチピストン2の外周面である大径円筒面12との間のクリアランスZに応じて、鍔部15の径方向外側への突出量を、適切な形状の第一シールリップ17とすることができる値に調整することができ、これによって、クラッチピストン2を全体として軽量なものとでき、かつクラッチの応答性が悪化するのを抑制することができる。
【0023】
図2は、本発明の第二の実施形態に係るクラッチピストンが用いられているクラッチ機構の要部を示す断面図である。
本実施形態と第一の実施形態との相違点は、シール部材6が第一シールリップ17に加えて第二シールリップ20を有している点である。
【0024】
第二シールリップ20は、自由状態において、軸方向に対して第一流体圧室R1の反対側に傾斜した状態で鍔部15の先端に突設されており、クラッチシリンダ3の内周面3b1に摺接した状態で図2において軸方向下方へ延びている。
【0025】
図2に示すクラッチ機構においては、第一流体圧室R1の外部において、クラッチシリンダ3の内周面3b1と、ピストン本体4との間を第二シールリップ20によって密封することができる。
【0026】
このため、ハウジング1と、環状部材5と、ピストン本体4の円筒部8と、テーパ部9とによって囲まれる空間を第二流体圧室R2とすることで、上述のリターンスプリングを廃し、第二流体圧室R2に導入される流体の圧力によってピストン本体4を軸方向他方側へ移動させるように構成した場合にも、外側面15aに圧力を作用させる流体が第一流体圧室R1側に流入するのを阻止することができる。
この結果、本実施形態のクラッチピストン2は、ピストン本体を流体圧室側に移動させる構成として一般的なリターンスプリングの付勢力で移動させるもののみならず、上記のように流体圧力により移動させる構成を採用したものについても、適用することができる。
【0027】
なお、本発明は、上記各実施形態に限定されるものではない。上記実施形態では、鍔部15は、円筒部14の軸方向第一流体圧室R1側の端面から径方向外側に延びるように環状部材5に設けたが、例えば、円筒部14の外周面において端面以外の部分から径方向外側に延びるように形成してもよい。
【符号の説明】
【0028】
1 ハウジング
2 クラッチピストン
3 クラッチシリンダ
3b1 内周面
4 ピストン本体
5 環状部材
6 シール部材
14 円筒部
15 突出部
17 第一シールリップ
18 環状シール部
20 第二シールリップ
R1 第一流体圧室

【特許請求の範囲】
【請求項1】
シリンダの開口側を閉鎖して流体圧室を構成するとともに、前記流体圧室内の流体圧力によって前記シリンダ内を軸方向に移動しクラッチを作動させるピストン本体と、
前記ピストン本体の外周面に嵌合された円筒部、及び、当該円筒部から前記シリンダ内周面側に向けて突設された鍔部を有する環状部材と、
前記環状部材に設けられ前記シリンダと前記ピストン本体との間を密封するシール部材と、を備え、
前記シール部材は、前記突出部の先端に突設され前記シリンダ内周面に摺接する環状のシールリップを備えていることを特徴とする流体式変速機用クラッチピストン。
【請求項2】
前記シールリップは、前記突出部の先端から、前記流体圧室側に延びて当該流体圧室を密封する第一のシールリップと、
前記突出部の先端から、前記流体圧室と反対側に延びて当該流体圧室の外部において前記シリンダと前記ピストン本体との間を密封する第二のシールリップと、により構成されている請求項1に記載の流体式変速機用クラッチピストン。
【請求項3】
前記シール部材は、前記ピストン本体と前記環状部材の間に介在して両者の間を密封する環状シール部を備えている請求項1又は2に記載の流体式変速機用クラッチピストン。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2011−144856(P2011−144856A)
【公開日】平成23年7月28日(2011.7.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−5060(P2010−5060)
【出願日】平成22年1月13日(2010.1.13)
【出願人】(000167196)光洋シーリングテクノ株式会社 (57)
【Fターム(参考)】