説明

海面における中周期波の計測方法および計測装置

【課題】GPS単独測位方式を用いた場合でも中周期波を精度良く計測し得る海面における中周期波の計測方法を提供する。
【解決手段】海面に係留された浮体Fに設けられたGPS受信機31にて観測される搬送波位相を用いた精密変動観測法(PVD法)により、浮体の変動量を検出して海面の中周期波を計測する際に、GPS受信機の距離計測部で求められた搬送波位相距離に含まれているGPS衛星の時計誤差、電離層遅延量および対流圏遅延量を精密に算出し、そしてこれらの誤差成分を上記求められた搬送波位相距離から除去した後、バンドパスフィルタをかけることにより、上記搬送波位相距離から30秒〜2分までの中周期変動成分を抽出する方法である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、GPS単独測位方式を用いた海面における中周期波の計測方法および計測装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
海面の波については、周期が短いものから長いものが種々重なり合っている。例えば、波には、周期が数秒〜30秒までの短周期の波浪、周期が30秒〜2分までの中周期のうねり、2分以上の長周期のものが含まれている。特に、中周期波であるうねりは、港に係留された船舶のロープの切断や荷役作業の障害に繋がるため、中周期波の検出が望まれている。しかし、海面を見ているだけでは、中周期波を感じることが難しく、港湾関係者を悩ませている。
【0003】
ところで、近年、GPS測位システムを用いて波を検出する試みが行われているが、GPS測位システムにより中周期波を観測するものとして、特許文献1に示された津波検知システムがある。
【0004】
この津波検知システムは、頂部にGPSアンテナを搭載したブイを沖合に浮かべ、海面変位に正確に追従するブイの位置をリアルタイムキネマティック方式(以下、RTK−GPSと称す)にて計測することで、陸上に津波が到達する前に警報を出すことを目指したシステムである。このシステムによれば、周期が数秒程度の波浪から、周期が数10分〜数時間の津波および周期が数時間〜数日の潮汐まで、あらゆる周期帯の波の計測が可能であり、時系列解析によって周期が数分の長周期波だけを抽出することができる。
【0005】
しかし、RTK−GPSによるため、観測点とは別に基準点を設け、GPS受信機、無線設備などを設置する必要があり、システムが高価になるとともに、基線長を20km以内としなければ必要な計測精度を確保できず、海岸から遠く離れた海域に設置できないという問題があった。
【0006】
このような問題に対して、GPS単独測位方式によって短周期の波浪のみを計測し得るPVD法が特許文献2に提案されている。
この特許文献2に記載されたPVD法を使えば、GPS受信機が設置された計測対象の変位を、基準点すなわち基準局を必要としない単独測位方式により数cm程度の誤差で検出することができる。
【0007】
このPVD法は、C/Aコードよりも波長がはるかに短い搬送波の位相を用いることで、相対測位法の一つで搬送波位相を用いて計測するRTK−GPSによる測位結果の変位とほぼ同等の精度でもって短周期の変動成分を計測できるもので、すなわち、単独測位にも拘わらず、非常に精度の高い計測結果が得られるものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特許第3803177号公報
【特許文献2】特許第3758917号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
このPVD法では、基準局を設置する必要がないため安価にシステムを構成できる。また、RTK−GPSのようにアンビギュイティを決定する必要がないため、RTK−GPSと比較して、はるかに計算量を減らせるというメリットがある。このように、風波のような短周期波(周期数秒〜20秒程度)の計測には大変有効なPVD法ではあるが、基本的に単独測位方式であるため、RTK−GPSのように2重差(衛星間1重差と受信機間1重差の差分)によるGPS衛星の時計誤差、電離層遅延量、対流圏遅延量等の誤差成分の除去を行うことができない。
【0010】
すなわち、30秒から数分を超えるような中周期の波を検出する場合には、電離層や対流圏の影響を受けることになり、計測精度が低下するという問題がある。
そこで、本発明は、GPS単独測位方式を用いた場合でも中周期波を精度良く計測し得る海面における中周期波の計測方法および計測装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題を解決するため、本発明の海面における中周期波の計測方法は、GPS衛星から送信される搬送波を海面に浮遊する浮体に設けられたGPS受信機にて受信するとともに、当該GPS受信機で単独測位方式により計測された搬送波位相距離に基づき所定海域での海面の中周期波を計測する方法であって、
GPS受信機の距離計測部で求められた搬送波位相距離に含まれているGPS衛星の時計誤差、電離層遅延量および対流圏遅延量を算出して上記搬送波位相距離から除去した後、フィルタを用いて上記搬送波位相距離から30秒〜2分までの中周期変動成分を抽出する工程を少なくとも3個のGPS衛星に対して行い、
次にGPS受信機のGPS衛星に対する仰角および方位角を係数とするGPS受信機の三次元座標軸方向での変位を未知数とする式が上記抽出された中周期変動成に等しいとする三元一次方程式を少なくとも3個のGPS衛星に対して作成するとともに、この三元一次連立方程式を解くことにより中周期変動成分の高さ方向の変位を求めて海面の中周期波を計測する際に、
上記電離層遅延量については、単独測位方式の測位用コードにより求められた擬似距離に係る電離層遅延量と、搬送波位相距離に係る電離層遅延量とを重み係数を用いて平滑化して求め、
且つ上記対流圏遅延量については、公開された精密暦である衛星情報および電子基準点からの補正用データに基づき、浮体設置位置での天頂方向の対流圏遅延量を求めるとともに、この対流圏遅延量をGPS衛星の位置データに基づきGPS衛星方向での対流圏遅延量に補正する方法である。
【0012】
また、本発明の海面における中周期波の計測装置は、GPS衛星から送信される搬送波を海面に浮遊する浮体に設けられたGPS受信機にて受信するとともに、当該GPS受信機で単独測位方式により計測された搬送波位相距離に基づき所定海域での海面の中周期波を計測する装置であって、
所定海域の海面に係留される浮体と、
この浮体に設けられたGPS受信機と、
このGPS受信機に設けられてGPS衛星までの測位用コードによる擬似距離および搬送波位相による搬送波位相距離を計測する距離計測部と、
この距離計測部で求められた擬似距離および搬送波位相距離に関する各電離層遅延量を重み係数を用いて平滑化して補正用の電離層遅延量を求める電離層遅延量演算部と、
公開されたGPS衛星の精密暦である衛星情報および少なくとも3箇所の電子基準点から補正用データを入力して浮体設置位置における天頂方向での対流圏遅延量を求める第1対流圏遅延量演算部と、
この第1対流圏遅延量演算部で求められた対流圏遅延量を入力するとともにGPS衛星の位置データに基づきGPS衛星方向での補正用の対流圏遅延量を求める第2対流圏遅延量演算部と、
上記距離計測部で求められた搬送波位相距離に対して、GPS衛星における時計誤差、上記補正用の電離層遅延量および上記補正用の対流圏遅延量を除去した搬送波位相距離を求める衛星・受信機間距離演算部と、
この衛星・受信機間距離演算部で求められた搬送波位相距離にフィルタをかけることにより周期が30秒〜2分の中周期変動成分を抽出する中周期変動成分抽出部と、
GPS受信機のGPS衛星に対する仰角および方位角を係数とするGPS受信機の三次元座標軸方向での変位を未知数とする式が上記抽出された中周期変動成に等しいとする三元一次方程式を少なくとも3個のGPS衛星に対して作成するとともに、この三元一次連立方程式を解くことにより中周期変動成分の高さ方向の変位を求める変位検出部とを具備したものである。
【発明の効果】
【0013】
上記計測方法および計測装置によると、単独測位方式により海面に浮遊する浮体の変位をPVD法により計測する際に、搬送波位相距離からGPS衛星の時計誤差、電離層遅延量、対流圏遅延量などの誤差成分を除去するようにしたので、例えばRTK−GPSを用いなくても、簡便なPVD法を用いるとともに、このPVD法による搬送波位相距離に対してフィルタを通すことにより、安価な構成で且つ精度良く、30秒〜2分程度の中周期波を計測することができる。当然ながら、RTK−GPSのように、基準局を設ける必要がないとともに、基準局と観測局との距離を20km以下にする必要がなく、したがって陸から離れた海域でも、精度良く中周期波を計測することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】本発明の実施例に係る海面の中周期波の計測装置の概略構成を示すブロック図である。
【図2】同計測装置の対流圏遅延量の算出方法を説明する模式図である。
【図3】同計測装置による計測原理を説明する座標系の斜視図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の実施の形態に係る海面の中周期波の計測方法および計測装置を具体的に示した実施例に基づき説明する。
本発明に係る海面の中周期波とは、30秒〜数分程度(例えば2分程度)の周期の波をいう。また、この中周期波の計測に際しては、GPS(全地球測位システム)が用いられ、GPS衛星から送信される電波、すなわちL1帯およびL2帯の電波すなわち搬送波による単独測位方式が用いられるとともに、この単独測位方式による場合でも、精度よく計測を行い得るPVD(Point precise Variance Detection)法が用いられる。これは単独GPS受信機にて観測される片道搬送波位相を用いた精密変動観測法であり後述する。
【0016】
この単独測位方式では、両搬送波に乗っている測位用コードにより計測される擬似距離ρL1およびρL2と、搬送波の波数すなわち搬送波位相をカウントすることにより計測される搬送波位相距離λL1φL1およびλL2φL2とが計測される。
【0017】
ところで、本発明の要旨は、上記PVD法を用いて中周期波の計測(検出)を行うことを目的とする。すなわち、PVD法により求められるGPS衛星とGPS受信機との間の計測距離に対して、中周期波の計測精度を上げるために、GPS衛星の位置の誤差、GPS衛星の時計誤差、電離層遅延量、対流圏遅延量などの各種誤差成分を除去するようにしたものである。
【0018】
このため、本発明の計測装置は、図1に示すように、大きく分けて、陸上の施設K側に設けられる補正データ取得手段1と、海面の変位を計測するための浮体F側に設けられる海面変位演算手段2とから構成されており、以下、図面に基づき説明する。
【0019】
この補正データ取得手段1には、GPS衛星の精密な軌道情報および時計情報(所謂、精密暦であり、以下、これらを衛星情報とも称す)を公開している衛星情報公開機関Eからこれらの衛星情報を取得する衛星情報取得部11と、全国に設けられた電子基準点Dで求められた補正用の基準点データを取得する基準点データ取得部12と、上記衛星情報取得部11および基準点データ取得部12から衛星情報および基準点データを入力して電子基準点Dにおける天頂方向(鉛直方向)での対流圏遅延量を求める第1対流圏遅延量演算部13と、上記衛星情報取得部11で得られたGPS衛星の軌道情報および時計情報並びに第1対流圏遅延量演算部13で求められた対流圏遅延量を入力してこれら補正用のデータを浮体F側に設けられた海面変位演算手段2に送信するデータ送信部14とが具備されている。
【0020】
上記第1対流圏遅延量演算部13は、各電子基準点Dにおける天頂方向の対流圏遅延量を求める基準点側対流圏遅延量算出部21と、この基準点側対流圏遅延量算出部21で求められた対流圏遅延量から浮体F(予め、設置位置が分かっている)における天頂方向での対流圏遅延量を求める浮体側対流圏遅延量算出部22とから構成されている。
【0021】
上記基準点側対流圏遅延量算出部21では、衛星情報取得部11で得られた衛星情報および基準点データ取得部12で得られた基準点データが入力されて各基準点における対流圏遅延量が算出される。
【0022】
電子基準点の座標は事前の測量によって既知であり、GPS衛星の軌道も衛星情報公開機関Eから衛星情報が得られるため既知である。したがって、GPS衛星から電子基準点までの正確な距離が既知ということになる。また、電離層遅延量は後述する2周波線形結合を用いた式(3)により推定可能である。
つまり、GPS受信機で計測(カウント)したGPS衛星から電子基準点の距離(搬送波位相距離)から電離層遅延量を除去した値、すなわち電離層フリー結合を観測量とし、対流圏遅延量、時計誤差、アンビギュイティを未知数とする三元一次連立方程式が立てられる(GPS衛星の数だけ方程式が立てられる)。
【0023】
この三元一次連立方程式は、周知の方法であるカルマンフィルタを用いれば、未知数である対流圏遅延量、時計誤差、アンビギュイティを逐次的に推定できる。ある期間のカルマンフィルタ計算の後、アンビギュイティが一定値に収束すれば、同時に対流圏遅延量も推定されており、このようにして各電子基準点における対流圏遅延量を求める事が出来る。
【0024】
一方、上記浮体側対流圏遅延量算出部22では、図2に示すように、浮体Fを囲むように選択された3つの電子基準点(4つまたはそれ以上の基準点であってもよい)D(D1〜D3)での対流圏遅延量T1〜T3から、浮体Fでの対流圏遅延量Tを例えば内挿法により算出する。浮体Fが電子基準点Dで囲む領域(図2では三角形で囲まれる領域)の外側に位置している場合には、外挿法により求められる。なお、電子基準点Dで囲まれる領域について、対流圏遅延量を示す二次元マップを作成し、この二次元マップから浮体Fの位置における対流圏遅延量を求めるようにしてもよい。この場合、対流圏遅延量の二次元マップ作成部が設けられる。
【0025】
次に、海面変位演算手段2について説明する。
この海面変位演算手段2は、浮体Fに設けられるとともに距離計測部32を有するGPS受信機31と、補正データ取得手段1から送信される補正用データを受信するデータ受信部33と、GPS受信機31の距離計測部32で得られた擬似距離、搬送波位相距離、データ受信部33で得られたコードバイアスなどを入力して電離層遅延量を求める電離層遅延量算出部34と、上記データ受信部33で受信されたGPS衛星の衛星情報および浮体側対流圏遅延量を入力して浮体Fにおける衛星方向での対流圏遅延量を求める第2対流圏遅延量算出部35と、上記距離計測部32で得られた擬似距離、搬送波位相距離、および上記電離層遅延量算出部34で求められた電離層遅延量、第2対流圏遅延量算出部35で求められた対流圏遅延量、並びにデータ受信部33で受信された補正用データであるGPS衛星の時計誤差を入力し各種誤差成分を除去した搬送波位相による衛星・受信機間距離を求める衛星・受信機間距離演算部36と、この衛星・受信機間距離演算部36で求められた衛星・受信機間距離にバンドパスフィルタをかけて(勿論、ローパスフィルタとハイパスフィルタとを別々にかけるようにしてもよい)中周期変動成分を抽出する中周期変動成分抽出部37と、この中周期変動成分抽出部37で抽出された中周期変動成分を入力するとともに、この中周期変動成分から中周期波を検出する変位検出部38とから構成されている。なお、中周期変動成分抽出部37と変位検出部38とでPVD法が実行される。
【0026】
上記電離層遅延量演算部34では、2種類の周波数の搬送波L1,L2による擬似距離から得られる電離層遅延量Iρと、同じく2つの搬送波L1,L2による搬送波位相距離から得られる電離層遅延量Iφとが求められ、さらにこの2つの電離層遅延量Iρ,Iφを用いて平滑化された精密な電離層遅延量Iが求められる。
【0027】
擬似距離に基づく電離層遅延量Iρは下記(1)式により、また搬送波位相距離に基づく電離層遅延量Iφは下記(2)式により求められる。
【0028】
【数1】

上記式中、ρL1,ρL2はL1,L2による擬似距離、φL1,φL2はL1,L2による搬送波位相(単位はサイクル)、DP1P2はコードハイアス差(P1−P2),DP1C1はコードハイアス差(P1−C1)、λL1,λL2はL1,L2の波長、fL1,fL2はL1,L2の波長、ΔNionはL1,L2の搬送波位相に含まれるアンビギュイティである。
【0029】
なお、GPS衛星からのL1搬送波とL2搬送波の送信タイミングのずれによって発生するバイアスDP1P2およびDP1C1はコードバイアス差と呼ばれ、これらについては、衛星情報公開機関Eから得ることができる。
【0030】
また、平滑化される電離層遅延量Iは下記(3)式により求められる。
この電離層遅延量Iは、観測ノイズの大きい擬似距離から求めた電離層遅延量Iρを、観測ノイズの小さい搬送波位相距離から求めた電離層遅延量Iφで平滑化されるもので、高精度で且つ逐次的に求められる。また、(3)式のMは平滑化定数で、Mを大きくすると、搬送波位相距離から求めた電離層遅延量の重みが増えるため、平滑化が強まる。なお、kは時刻(エポック)を示す。
【0031】
【数2】

次に、上記衛星・受信機間距離演算部36および中周期変動成分抽出部37で、単独測位方式に基づくPVD法を用いて衛星・受信機間距離を求める手順について説明する。
【0032】
ここでは、海面の変位(変動)に長周期変動成分と短周期変動成分とが含まれており、この短周期変動成分を抽出する場合について説明する。しかし、本発明では、30秒〜2分程度の中周期波、すなわち中周期変動成分を抽出することになるが、これについては後述する。
【0033】
なお、海面の変位を計測する所定海域には浮体が係留されており、この浮体には、上述したように、GPS受信機が設けられるとともに、当該GPS受信機には、測位用コードによる擬似距離と、搬送位相波をカウントしてGPS衛星までの搬送波位相距離を測定するための距離計測部が備えられているものとする。また、浮体に設けられているGPS受信機の設置位置を観測点と称して説明する。
【0034】
まず、GPS衛星(i)と観測点であるGPS受信機との距離をρ、長周期変動成分をρ1、短周期変動成分をρ2とすると、下記(4)式の関係が成立する。なお、以下の式中においては、長周期変動成分(ρ1)は「ハットρ」で、また短周期変動成分(ρ2)は「チルダρ」で表わしている。
【0035】
【数3】

したがって、GPS受信機の設置位置である観測点の変動量(x,y,z)を、長周期変動成分(x1,y1,z1;1はハットを示す)および短周期変動成分(x2,y2,z2;2はチルダを示す)で表わすと、下記(5)式のようになる。
【0036】
【数4】

そして、短周期変動成分(x2,y2,z2)は、観測点とGPS衛星との間の距離ρに比べて、十分に小さいので下記(6)式が成立する。
【0037】
【数5】

上記(6)式の(e,e,e)は観測点からGPS衛星へのベクトルの三次元座標成分つまり単位ベクトルであり、図3に示すように、観測点から見たGPS衛星(i)の仰角θおよび方位角ψを用いて表わすと下記(7)式のようになる。
【0038】
【数6】

したがって、仰角θおよび方位角ψが分かれば、(e,e,e)は既知となる。なお、これらの角度θ,ψについては、GPS衛星から送られる軌道情報(正確には、軌道情報から得られる位置データである)から知ることができる。
【0039】
そして、(4)式と(6)式、および(7)式から、下記(8)式が成立する。
【0040】
【数7】

したがって、3つのGPS衛星を利用することにより、上記(8)式で表わされる三元一次方程式が3個得られることになり、これら3個の三元一次連立方程式を解くことにより、短周期変動成分(x2,y2,z2)を求めることができる。この短周期変動成分の上記単位ベクトル方向の3つのx,y,z成分のうち、上下方向のz成分が海面の変位に相当する。すなわち、観測点とGPS衛星との間の短周期変動成分ρ2が分かれば、海面変位である波の高さが求められることになる。
【0041】
次に、上述した距離ρによる波の高さの求め方を搬送波位相φによる距離(λφ)に適用した場合について説明する。
すなわち、GPS受信機で受信したGPS衛星(i)からの搬送波位相φ(サイクル数)を長周期変動成分φ1(ハット)と短周期変動成分φ2(チルダ)とで表わすと、下記(9)式のようになる。
【0042】
【数8】

一方、L1搬送波の波長をλとすると、下記の(10)式のようになる。
【0043】
【数9】

この(10)式を上記(8)式に適用すると下記(11)式が得られる。
【0044】
【数10】

したがって、上述したように、3個以上のGPS衛星について、φ2がそれぞれ求まれば、短周期変動成分(x2,y2,z2)を得ることができる。
【0045】
そして、短周期変動成分φ2は、観測値である搬送波位相距離φに適切なフィルタ、例えばハイパスフィルタを通すことにより求めることができる。
すなわち、フィルタとして30秒〜2分程度の中周期変動成分を通過させ得るバンドパスフィルタを用いることにより、本発明の目的とする中周期波を検出することができる。
【0046】
ところで、本発明の要旨は、搬送波位相距離λφから各種誤差成分を除去するようにしたものであり、以下、その除去について説明する。
すなわち、GPSによる観測値である搬送波位相距離λφ(t)は下記(12)式にて表わされる。
【0047】
λφ(t)=ρ+c(dt−dT)−I+T+λN+ε ・・・(12)
但し、ρは衛星と受信機の真の距離、cは光速、dtは受信機時計誤差、dTは衛星時計誤差、Iは電離層遅延量、Tは対流圏遅延量、λNはアンビギュイティ(一定)、εはマルチパスを含む不確定誤差を示す。
【0048】
上記(12)式中には、衛星時計誤差、受信機時計誤差、電離層遅延量、対流圏遅延量などがあるが、これらを除去することにより計測精度が向上する。
すなわち、GPS衛星の精密な軌道情報および時計情報については衛星情報取得部11にて得られるとともに、電離層遅延量および対流圏遅延量については演算により求められる。また、GPS受信機の時計誤差dtは、各衛星のデータに共通に含まれる成分であるため、衛星間一重差によって消去される。
【0049】
なお、(12)式中には、マルチパスによる誤差εが含まれているが、観測点が海面上であるため、周囲に反射物体がないので、無視することができる。
すると、上記(12)式から精密に推定し得る誤差成分を除去すると、下記の(13)式が得られる。
【0050】
λφ=ρ+λN ・・・(13)
なお、アンビギュイティλNは定数であるため、上述したバンドパスフィルタを通すことにより除去することができる。
【0051】
このように、浮体からGPS衛星までの計測距離に含まれている各種誤差成分を精密に推定して除去するようにしたので、搬送波位相を用いた単独測位方式つまりPVD法でも、中周期波を精度良く計測することができる。
【0052】
すなわち、RTK−GPSのように、基準局を別途必要とすることがないので、設備コストの低減化を図ることができるとともに、送信データ量も少なくすることができる。
なお、上述した演算部、算出部などの各構成部における演算については、プログラムによりその機能が実現されるものである。勿論、必要に応じて、各構成部は同一のプログラムに組み込まれているが、ここでは、説明を分かり易くするために、機能に応じた構成部でもって説明を行っている。
【0053】
次に、上記計測装置による中周期波の計測方法を概略的に説明する。
すなわち、浮体Fが所定海域に係留されている状態でしかもGPS受信機31が作動しているものとし、且つ衛星情報機関EからGPS衛星の精密暦である衛星情報が衛星情報取得部11にて取得されているとともに、浮体F近傍の各電子基準点Dから補正用データが基準点データ取得部12にて取得されており、また、時々刻々(エポック毎に)GPS受信機31の距離計測部32にて擬似距離ρおよび搬送波位相距離λφが求められるものとする。
【0054】
この状態で、衛星情報および補正用データが第1対流圏遅延量演算部13に入力されて、浮体Fを囲む領域を形成する電子基準点D1〜D3での対流圏遅延量が求められるとともに、これらの対流圏遅延量T1〜T3から内挿法(または、外挿法)により、浮体Fにおける天頂方向での対流圏遅延量Tが求められる。
【0055】
そして、この対流圏遅延量Tおよび衛星情報がデータ送信部14から海面変位演算手段2のデータ受信部33に送信され、第2対流圏遅延量演算部35に入力され、ここで、GPS受信機31で得られたGPS衛星の軌道情報に基づき、そのGPS衛星方向での対流圏遅延量Tが求められる。
【0056】
一方、電離層遅延量演算部34には、擬似距離、搬送波位相距離、コードバイアスなどが入力されて、電離層遅延量Iが求められる。
そして、衛星受信機間距離演算部36では、搬送波位相距離λφ、電離層遅延量I、対流圏遅延量Tなどが入力されて、搬送波位相距離から各種誤差成分が除去されて精度の良い搬送波位相距離が求められる。
【0057】
そして、この搬送波位相距離は中周期変動成分抽出部37に入力され、ここで、バンドパスフィルタにより、中周期変動成分だけが抽出される。
次に、この抽出された中周期変動成分は変位検出部38に入力されて、z方向(鉛直方向)での成分、つまり中周期波が抽出される。
上記計測方法を纏めると、以下のようになる。
【0058】
この計測方法は、GPS衛星から送信される搬送波を海面に浮遊する浮体に設けられたGPS受信機にて受信するとともに、当該GPS受信機で単独測位方式により計測された搬送波位相距離に基づき所定海域での海面の中周期波を計測する方法であって、
GPS受信機の距離計測部で求められた搬送波位相距離に含まれているGPS衛星の時計誤差、電離層遅延量および対流圏遅延量を算出して上記搬送波位相距離から除去した後、フィルタを用いて上記搬送波位相距離から30秒〜2分までの中周期変動成分を抽出する工程を少なくとも3個のGPS衛星に対して行い、
次にGPS受信機のGPS衛星に対する仰角および方位角を係数とするGPS受信機の三次元座標軸方向での変位を未知数とする式が上記抽出された中周期変動成に等しいとする三元一次方程式を少なくとも3個のGPS衛星に対して作成するとともに、この三元一次連立方程式を解くことにより中周期変動成分の高さ方向の変位を求めて海面の中周期波を計測する際に、
上記電離層遅延量については、単独測位方式の測位用コードにより求められた擬似距離に係る電離層遅延量と、搬送波位相距離に係る電離層遅延量とを重み係数を用いて平滑化して求め、
且つ上記対流圏遅延量については、公開された精密暦である衛星情報および電子基準点からの補正用データに基づき、浮体設置位置での天頂方向の対流圏遅延量を求めるとともに、この対流圏遅延量をGPS衛星の位置データに基づきGPS衛星方向での対流圏遅延量に補正する方法である。
【0059】
上述した計測方法および計測装置によると、単独測位方式により海面に浮遊する浮体の変位をPVD法により計測する際に、搬送波位相距離からGPS衛星の時計誤差、電離層遅延量、対流圏遅延量などの各種誤差成分を除去するようにしたので、例えばRTK−GPSを用いなくても、簡便なPVD法を用いるとともに、このPVD法における搬送波位相距離に対してフィルタを通すことにより、安価な構成で且つ精度良く、30秒〜2分程度の中周期波を計測することができる。当然ながら、RTK−GPSのように、基準局を設ける必要がないとともに、基準局と観測局との距離を20km以下にする必要がなく、したがって陸から離れた海域でも、精度良く中周期波を計測することができる。
【符号の説明】
【0060】
D 電子基準点
E 衛星情報公開機関
F 浮体
K 基地
1 補正データ取得手段
2 海面変位演算手段
11 衛星情報取得部
12 基準点データ取得部
13 対流圏遅延量演算部
14 データ送信部
21 基準点側対流圏遅延量算出部
22 浮体側対流圏遅延量算出部
31 GPS受信機
32 距離計測部
33 データ受信部
34 電離層遅延量演算部
35 第2対流圏遅延量演算部
36 衛星・受信機間距離演算部
37 中周期変動成分抽出部
38 変位検出部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
GPS衛星から送信される搬送波を海面に浮遊する浮体に設けられたGPS受信機にて受信するとともに、当該GPS受信機で単独測位方式により計測された搬送波位相距離に基づき所定海域での海面の中周期波を計測する方法であって、
GPS受信機の距離計測部で求められた搬送波位相距離に含まれているGPS衛星の時計誤差、電離層遅延量および対流圏遅延量を算出して上記搬送波位相距離から除去した後、フィルタを用いて上記搬送波位相距離から30秒〜2分までの中周期変動成分を抽出する工程を少なくとも3個のGPS衛星に対して行い、
次にGPS受信機のGPS衛星に対する仰角および方位角を係数とするGPS受信機の三次元座標軸方向での変位を未知数とする式が上記抽出された中周期変動成に等しいとする三元一次方程式を少なくとも3個のGPS衛星に対して作成するとともに、この三元一次連立方程式を解くことにより中周期変動成分の高さ方向の変位を求めて海面の中周期波を計測する際に、
上記電離層遅延量については、単独測位方式の測位用コードにより求められた擬似距離に係る電離層遅延量と、搬送波位相距離に係る電離層遅延量とを重み係数を用いて平滑化して求め、
且つ上記対流圏遅延量については、公開された精密暦である衛星情報および電子基準点からの補正用データに基づき、浮体設置位置での天頂方向の対流圏遅延量を求めるとともに、この対流圏遅延量をGPS衛星の位置データに基づきGPS衛星方向での対流圏遅延量に補正することを特徴とする海面における中周期波の計測方法。
【請求項2】
GPS衛星から送信される搬送波を海面に浮遊する浮体に設けられたGPS受信機にて受信するとともに、当該GPS受信機で単独測位方式により計測された搬送波位相距離に基づき所定海域での海面の中周期波を計測する装置であって、
所定海域の海面に係留される浮体と、
この浮体に設けられたGPS受信機と、
このGPS受信機に設けられてGPS衛星までの測位用コードによる擬似距離および搬送波位相による搬送波位相距離を計測する距離計測部と、
この距離計測部で求められた擬似距離および搬送波位相距離に関する各電離層遅延量を重み係数を用いて平滑化して補正用の電離層遅延量を求める電離層遅延量演算部と、
公開されたGPS衛星の精密暦である衛星情報および少なくとも3箇所の電子基準点から補正用データを入力して浮体設置位置における天頂方向での対流圏遅延量を求める第1対流圏遅延量演算部と、
この第1対流圏遅延量演算部で求められた対流圏遅延量を入力するとともにGPS衛星の位置データに基づきGPS衛星方向での補正用の対流圏遅延量を求める第2対流圏遅延量演算部と、
上記距離計測部で求められた搬送波位相距離に対して、GPS衛星における時計誤差、上記補正用の電離層遅延量および上記補正用の対流圏遅延量を除去した搬送波位相距離を求める衛星・受信機間距離演算部と、
この衛星・受信機間距離演算部で求められた搬送波位相距離にフィルタをかけることにより周期が30秒〜2分の中周期変動成分を抽出する中周期変動成分抽出部と、
GPS受信機のGPS衛星に対する仰角および方位角を係数とするGPS受信機の三次元座標軸方向での変位を未知数とする式が上記抽出された中周期変動成に等しいとする三元一次方程式を少なくとも3個のGPS衛星に対して作成するとともに、この三元一次連立方程式を解くことにより中周期変動成分の高さ方向の変位を求める変位検出部とを具備したことを特徴とする海面における中周期波の計測装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2012−211795(P2012−211795A)
【公開日】平成24年11月1日(2012.11.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−76938(P2011−76938)
【出願日】平成23年3月31日(2011.3.31)
【出願人】(000005119)日立造船株式会社 (764)
【Fターム(参考)】