説明

消化管内容物移動速度向上剤

【課題】風味食感の良好な消化管内容物移動速度向上剤を得る。
【解決手段】油脂に植物性蛋白質素材を接触させた状態で加熱処理を行ない、更に分離除去することで、従来の油脂と同様の性状を示す、消化管内容物移動速度向上効果を示す油脂である、消化管内容物移動速度向上剤が得られる。油脂の加熱条件が、100〜200℃の温度範囲で、減圧下に0.5〜20時間加熱することが好ましく、植物性蛋白素材が分離大豆蛋白であることが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、動物の消化管内の移動速度を向上させる、消化管内容物移動速度向上剤に関する。
【背景技術】
【0002】
腸内容物の腸内通過時間が長いと、糞便がうっ滞をきたし、腸内の発癌物質が長時間粘膜に触れることにより、大腸癌の発生が促されるとの考え方があり(非特許文献1)、癌の防止の為に食物の体内移動速度を高めるべく、食物繊維を摂取することが推奨されている。このため例えば、ペクチンやポリデキストロース等の水溶性繊維や、セルロース,ヘミセルロースやリグニンなどの不溶性繊維を多く含む、植物の外皮等が用いられている。中でも、小麦ふすまを湿式磨砕処理によって微細化した薄片状磨砕物が、良好な食感と高い消化管内容物滞留時間の短縮効果を併せ持つことが、特許文献1に開示されている。
しかし不溶性食物繊維は、ざらつき等があり、その摂取には不快感を伴う場合がある。一方で水溶性食物繊維の場合も、水溶性故に風味が悪い場合や、増粘する場合があり、あるいは精製品が高価であったりと、問題も多い。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開平11-246422号公報
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】「食物繊維」313p,印南 敏、桐山修八編,第一出版,1982年
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の目的は、安価であり且つ風味食感が良好な、消化管内容物移動速度向上剤を得ることである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記課題に対して鋭意研究を重ねた結果、油脂に植物性蛋白質素材を接触させた状態で加熱処理を行ない、更に分離除去することにより得られるろ液(油層)を動物に投与することで、消化管内容物移動速度が向上されることを見出し、本発明を完成させた。すなわち本発明は、
(1)油脂に植物性蛋白素材を接触させた状態で加熱処理を行ない、更に分離除去して得られた油脂を用いることを特徴とする、消化管内容物移動速度向上剤。
(2)油脂の加熱条件が、100〜200℃の温度範囲で、0.5〜20時間加熱することである、(1)に記載の消化管内容物移動速度向上剤。
(3)油脂の加熱条件が、減圧下である、(1)に記載の消化管内容物移動速度向上剤。
(4)植物性蛋白素材を油脂に対し0.01〜10重量%用いる、(1)に記載の消化管内容物移動速度向上剤。
(5)植物性蛋白素材が分離大豆蛋白である、(1)に記載の消化管内容物移動速度向上剤。
である。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、油脂を主体とした消化管内容物移動速度向上剤を得る事ができる。従来の油脂と同様に風味食感が良好であり、また安価に調製することもできる。また通常の調理油として使用することができ、慢性的な便秘にも効果が期待される。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【図1】各群の胃,小腸,盲腸,結腸の重量変化。
【0009】
【図2】各群の胃,小腸,盲腸,結腸中のCr6++濃度の変化。
【0010】
【図3】試験油脂をラットに経口投与してから開腹するまでの間に排泄された糞便の重量変化及び水分含量の変化。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明を具体的に説明する。
【0012】
本発明の消化管内容物移動速度向上剤である油脂の特徴は、その製造方法が、油脂に植物性蛋白質素材を接触させた状態で加熱処理を行ない、更に分離除去することにある。
【0013】
(植物性蛋白質素材)
本発明に用いる植物性蛋白質素材とは、小麦,大豆,コーン,エンドウ,大麦,米,馬鈴薯,甘藷,ヒマワリ,ヤシ等の植物の種子,果実,塊茎,塊根等から、蛋白質に富む画分を分離したものである。蛋白質素材中には蛋白質含量が高いことが好ましいが、例えば画分の乾燥質量に対して蛋白質含量が50重量%以上が好ましく、70重量%以上が更に好ましい。蛋白質濃度含量が高いことで、少量の接触でも油脂に消化管内容物移動速度向上効果を与えることができるだけでなく、他の風味の付与を低減することもできる。本発明に用いることができる植物性蛋白質素材は、市販品としては、小麦グルテン,濃縮大豆たん白,分離大豆たん白,ツェイン等を挙げることができ、また上記に示した各種植物原料より抽出濃縮することも可能である。
【0014】
(油脂)
本発明に用いる油脂は特に限定されず、植物を原料とする油脂として、大豆油,菜種油,コーン油,ヒマワリ油,胡麻油,紅花油,オリーブ油,綿実油,米糠油,ヤシ油,パーム油,パーム核油,カカオバター,サル脂等が、動物を原料とする油脂として、乳脂,魚油,豚脂,牛脂,鯨油等が挙げられる。これらの油脂は、単独に用いても、異なる原料からなる複数種類の油脂を調合しても、また、溶剤分別等による分画やエステル交換,水素添加等の処理によって加工されたものであってもよい。
【0015】
(加熱処理)
これら油脂に、上記植物性蛋白質素材を添加し、接触させた状態で加熱処理を行なう。この場合における、油脂に対する、植物性蛋白質素材の使用量としては、油脂に対して植物性蛋白質素材が0.01〜10重量%の範囲が好ましく、0.1〜3重量%の範囲がより好ましい。10重量%よりも多く添加してもよいが、添加したことによるさらなる効果が得られ難い。
【0016】
この油脂と植物性蛋白質素材は接触した状態で加熱処理することで、本発明の機能を獲得することができるが、その際の加熱条件について説明する。加熱温度は、油脂原料にもよるが、100〜200℃で加熱することが好ましく、160〜180℃で加熱することがより好ましい。加熱する時間は、植物性蛋白質素材の種類や加熱温度にもよるが、0.5〜20時間とすることが好ましい。より具体的には、加熱温度が低温の場合には比較的長時間の加熱をし、加熱温度が高温の場合には、これよりも短時間で処理すればよい。また、加熱工程を低酸素下に行う事で油脂の酸化が抑えられ、風味等の劣化を抑えることができる。具体的には100mmHg以下の減圧下にすることが好ましく、70mmHg以下の減圧下にすることが更に好ましい。あるいは、不活性ガス等の酸素が低減された雰囲気下で処理することもできる。
【0017】
本発明の油脂は、植物性蛋白質素材を高濃度に配した油脂を別途調製し、得られた油脂を基材となる油脂に混合添加しても得ることができる。この場合における植物性蛋白質素材を高濃度に配した油脂の添加量としては、基材となる油脂に対して、1〜1/3重量倍程度の範囲とすることが好ましい。この場合に別途調製して使用する植物性蛋白質素材を高濃度に配した油脂の具体的な製造方法としては、使用する材料の種類にもよるが、油脂に対する植物性蛋白質素材の量を、1〜10重量%の範囲で、160〜180℃の温度範囲で10〜20時間加熱処理することが好ましい。この際の、植物性蛋白質素材を高濃度に配した油脂と、基材となる油脂とは、同一のものであってもよいし、異なるものであってもよい。
【0018】
(分離処理)
本発明では加熱処理後に、用いた植物性蛋白質素材を分離除去する工程が必要である。油脂に植物性蛋白質素材を添加し、これらを接触加熱処理しても分離操作を行なわないと、油脂として使用が制限される上に、消化管内容物移動速度向上効果が得られにくい場合がある。加熱後の植物性蛋白質素材を分離除去する方法としては、特に限定されず、目視で油中に浮遊していることが確認できる種々の植物性蛋白質素材を、目視で確認できない程度に除去することができれば、いずれの方法であってもよい。
【0019】
安価で簡便な方法としては、例えば、ろ過助剤として活性白土などを用いて、ろ紙でろ過する方法が挙げられるが、勿論、本発明の製造方法は、これらに限定されるものではない。製品としての油脂中に、植物性蛋白質素材が含有されているか否かの判定は、注意深い目視観察によって判定することもできるが、より簡便にかつ確実に行うためには、遠心分離後の沈澱量として表す方法などを採用すればよい。該油脂を10mL目盛付円錐形遠心沈澱管(テックジャム社製等)へ10mL入れ、1,300×g,10分間遠心した後、沈澱量を測定する。沈澱量が1%以下が好ましく、0.5%以下が更に好ましい。
【0020】
上記したような製造方法で得られる本発明の消化管内容物移動速度向上剤である油脂は、主体となる油脂の構造は従来のものと何ら異なることがないため、従来の油脂と同様の性状を示す。さらに、従来の油脂と同様の量を摂取した場合に比較して、本発明の消化管内容物移動速度向上剤である油脂を摂取した場合に、明らかな消化管内容物移動速度向上効果を示す。
【0021】
(使用形態)
本発明の消化管内容物移動速度向上剤の形態は、ベースとなる油脂の融点によって異なるが、液油の形態で、あるいは、エマルジョンもしくはサスペンジョンなどの形態で、人や動物に直接投与することもできるし、種々の食品に混入して与えることもできる。その目標とすべき摂取量として、1人1日当たり1g以上、好ましくは5g以上、更に好ましくは10g以上が例示できる。
【0022】
以下に本発明の実施例を示し本発明をより詳細に説明する。なお、例中の%及び部は、特に断りがない限り、いずれも重量基準を意味する。
【実施例】
【0023】
[製造例1](試験油脂の調製)
3Lの三つ口フラスコに、精製大豆油(不二製油製)1,500gと、粉体の分離大豆たん白(不二製油製)15.0g(対油1%相当)とを入れ、減圧下(10mmHg)で500rpmで攪拌しながら180℃で10時間加熱した。上記の加熱処理後、ろ紙でろ過して、試験油脂を調製した。
【0024】
[実施例1]
(飼料の調製)
上記で得た試験油脂を含有してなる飼料を調製し、これを動物試験の実験群の飼料とした。すなわち、先ず、市販の無脂肪の粉末AIN93Gを用意し、該粉末に、上記で得た試験油脂を濃度が7重量%となるように、ブレンダーを用いて十分に攪拌して、油が均一になるようにして基礎飼料を調製した。この基礎飼料に200重量%の水を添加混合してスラリーとし、さらにスラリーに対して0.25重量%の酸化クロム(III)を添加混合して飼料とした。また、コントロール群には精製大豆油を用い、同様に飼料を調製した。
【0025】
(試料採取)
80匹の10週齢のウィスター系雄性ラットに市販標準飼料を自由摂取させて1週間の予備飼育を終え、16時間の絶食後、体重を測定した。これらのラットを、各群の体重の平均値がほぼ等しく、かつ、標準偏差が最も小さくなるように、各5匹の16群に分け、実験群(試験油脂)と対照群(大豆油)それぞれ8群ずつとした。そして、上記で調製した2種の飼料をシリンジで各ラットに経口投与(飼料1g/ラット体重100g)し、投与後20分,60分,90分,120分,150分,210分,270分,360分後に各グループのラットを実験群と対照群それぞれについてネンブタール麻酔下で開腹し、内容物がもれないよう注意しつつ、胃,小腸,盲腸,結腸を取り出した。また、飼料の経口投与から開腹までの間にラットが排泄した糞を採取した。
【0026】
(評価方法)
ラットを開腹後、胃,小腸,盲腸,結腸を内容物がもれないように注意しながら取り出し、重量を測定した。糞についても重量を測定した。糞を乾燥させた後に再度重量測定し、もとの糞便重量との比較で糞中の水分含量を算出した。
飼料の移動速度を明らかにするため、飼料中の酸化クロム(Cr3++イオン)の動向より検証した。Cr3++イオン濃度は以下の方法によって求めた。すなわち、腸管及び糞便をそれぞれ医療用ハサミで細かく刻み、3mlのリン酸カリウム水溶液を加えた後、るつぼに入れガスバーナーで炙って炭化させた。その後に電気マッフル炉(アドバンテック製,FUW242PA)で800℃,30分間加熱し、試料を全て灰分に変えると同時に、餌に含まれていた酸化クロム由来のCr3++イオンをCr6++イオンに酸化した。灰分は水に浸して一晩放置した後にろ紙でろ過し、ろ液中のCr6++イオン濃度を370nmの吸光度測定より求めた。
【0027】
(評価結果1)
ラットの体重は全群でおよそ215gであり、群ごとの差異はないことを確認した。続いて、各群の胃,小腸,盲腸,結腸それぞれ臓器重量の変化を確認したところ、小腸の臓器重量変化に違いが見られた(図1)。投与後120分まででは対照群に比べて実験群では重量増加が大きく、特に60分後では有意差がみられた。これは、飲水量も考慮する必要があるが、実験群では消化物が速やかに腸管内を移動していることを示していると考えられる。このことより、実験群では小腸内の消化物移動速度が速く、今回調製した試験油脂の投与による消化管内容物移動速度向上効果が示唆された。
【0028】
(評価結果2)
臓器中のCr6++濃度の変化を図2に示す。胃において120分までは何れの群も含量が低下しているが、実験群の方が対照群よりも低い値を示している。逆に、小腸内の含量については、120分後までは共に上がり続け、実験群の方が対照群よりも高い。しかし120分後以降は実験群のCr6++含量が下がり始めるのに対し、対照群では210分まで値は上がり続ける。即ち、小腸内容物の滞留時間が対照群に比べて実験群が短いことを示している。従って、今回調製した試験油脂を投与することで、小腸での消化物の移動速度が速まり、消化管内容物移動速度向上効果が示された。
【0029】
(評価結果3)
試験油脂をラットに経口投与してから開腹するまでの間に排泄された糞便の重量変化及び水分含量の変化を図3に示す。実験群は試験中を通して糞便重量,水分含量共に対照群を上回っている。このことより、今回調製した試験油脂を投与することで、消化管内容物移動速度向上のみならず、糞便量を増やす効果も認められた。糞便量の増加により腸内の発癌物質が希釈され、結果として大腸癌抑制効果が更に高まる可能性も示唆される。なお採取した糞便の外観は、実験群と対照群ともに正常で、下痢便ではなかった。また図2の糞便の結果からもわかるとおり、ここで排泄された糞便は経口投与したスラリー由来ではなく、予備飼育中に摂取した市販標準飼料由来である。
【産業上の利用可能性】
【0030】
本発明により、従来の油脂と同様に使用でき、しかも従来の油脂と同様の量を摂取した場合に、人や動物の消化管内容物移動速度向上効果が有為に得られる、大腸癌抑制において極めて有用な油脂を得ることができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
油脂に植物性蛋白素材を接触させた状態で加熱処理を行ない、更に分離除去して得られた油脂を用いることを特徴とする、消化管内容物移動速度向上剤。
【請求項2】
油脂の加熱条件が、100〜200℃の温度範囲で、0.5〜20時間加熱することである、請求項1に記載の消化管内容物移動速度向上剤。
【請求項3】
油脂の加熱条件が、減圧下である、請求項1に記載の消化管内容物移動速度向上剤。
【請求項4】
植物性蛋白素材を油脂に対し0.01〜10重量%用いる、請求項1に記載の消化管内容物移動速度向上剤。
【請求項5】
植物性蛋白素材が分離大豆蛋白である、請求項1に記載の消化管内容物移動速度向上剤。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2011−178758(P2011−178758A)
【公開日】平成23年9月15日(2011.9.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−47213(P2010−47213)
【出願日】平成22年3月4日(2010.3.4)
【出願人】(000236768)不二製油株式会社 (386)
【出願人】(508158665)
【Fターム(参考)】