説明

涙液分泌検査用試薬、及び涙液分泌検査方法

タマネギの催涙成分及びその類縁化合物について、医療分野における新たな用途を提供する。以下の化学式で表される化合物を有効成分として含む涙液分泌検査用試薬とする。
【化10】


但し、式中のRは炭素数1〜5のアルキル鎖を表す。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、涙液分泌促進作用を有する組成物の利用に関する。より詳細には、本発明は涙液分泌検査用試薬及び涙液分泌検査方法、並びに涙液分泌促進剤に関する。本発明はドライアイの診断及び治療に好適に利用される。
【背景技術】
【0002】
タマネギの催涙性は良く知られているが、その詳細は明確でない。タマネギの細胞内には、硫黄を含んだアミノ酸であるプレンクソ(PRENCSO)が豊富に含まれるが、これにアイリナーゼが作用し、さらにLachrymatory factor synthase (LFS)(Nature 419, 685, 2002:非特許文献1)が作用することにより催涙成分(Thiopropanal S-Oxide)が発生し、タマネギの催涙性が発揮される(特許第330305号公報:特許文献1)。このタマネギの催涙成分Thiopropanal S-Oxideは揮発性であるため、タマネギの処理中に眼或いは鼻の粘膜を刺激して、涙腺からの反射性涙液分泌を生じせしめるものと推定される。また、この涙液分泌のメカニズムは、reflex loopとして知られる涙液分泌の反射経路、即ち眼表面の知覚神経−脳幹−副交感神経−涙腺からなる神経回路を介して行なわれるものと考えられる。涙液は、眼表面の最前線で精巧な屈折系を形成すると共に、眼表面の上皮細胞を保護しながら感染防御に働き、上皮細胞に栄養及び酸素を供給している。涙液の分泌減少はドライアイの原因となり、涙液が減少すると上皮細胞が乾燥して脱落し、上皮障害が生ずるとともに、さまざまな眼の愁訴の原因となる。このようなドライアイは、本発明者らが行なった大規模な疫学的調査に基づけば、最大2200万人の罹病者数が推定されている。
タマネギの催涙性は、食品分野では副作用であるが、涙液の生理やその応用研究の分野においては大きな可能性を持つ研究テーマと言える。
【0003】
【特許文献1】特許第3330305号公報
【非特許文献1】Nature 419, 685, 2002
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は以上の背景の下、タマネギの催涙成分及びその類縁化合物について、医療分野における新たな用途を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
以上の課題に鑑みて本発明者らはタマネギの催涙成分について涙液分泌検査への利用可能性、及び眼表面疾患に対する治療薬への利用可能性を検討した。まず、健常者を対象としてタマネギの催涙成分が涙液分泌に及ぼす作用を調べた。その結果、次の各知見が得られた。(1)涙液貯留量が短時間で増加し、しかも涙液貯留量の変化は一過性であった。この結果は、当該催涙成分が涙液分泌の刺激として有効であり、またその使用による副作用(悪影響)が無いことを示すとともに、当該催涙成分を涙液分泌検査に使用した場合には短時間の測定が可能となることを意味する。(2)催涙成分を暴露していない側の眼(非暴露眼)においても涙液分泌が促された。これは、当該催涙成分が高い涙液分泌能を有することを意味し、治療薬として用いた場合に高い治療効果が得られること、及び投与形態の自由度が高まることを意味する。
以上の知見を得た後、更にドライアイ患者を対象としてタマネギの催涙成分が涙液分泌とその動態に及ぼす影響について検討した。その結果、次の各知見が得られた。(3)ドライアイ患者においても催涙成分による刺激によって涙液分泌が促された。この結果は、当該催涙成分がドライアイの治療薬として利用できる可能性を示す。(4)健常者とドライアイ患者との間で、当該催涙成分による刺激を感じるまでの時間と刺激の程度に差が認められた。従って、当該催涙成分による刺激を指標としてドライアイの判定が行えると可能性を示す。(5)健常者とドライアイ患者との間で、当該催涙成分の刺激による涙液分泌の動態が異なっていた。しかも、ドライアイ患者の中でも軽中症群と重症群との間で涙液分泌の動態に差が認められた。これらの結果は、当該催涙成分の刺激による涙液分泌量を指標にドライアイの判定を行なえることを意味するとともに、ドライアイの重症度の判定をも行なえる可能性を示す。(6)健常者及びドライアイ患者のいずれにおいても、催涙成分による刺激後の短時間で涙液貯留量が刺激前の状態に回復した。このことから、ドライアイ患者に対しても当該催涙成分の作用は一過的であって、眼表面に悪影響を及ぼさないと考えられる。(7)催涙成分による刺激の程度は、健常者とドライアイ患者との間で異なるものの、検査終了時には両者ともに0であり、眼表面上皮への影響も観察されなかった。即ち、当該催涙成分の刺激による眼表面への実質的な悪影響は無かった。従って、当該催涙成分をドライアイの検査用試薬又は治療薬として用いた場合、副作用(悪影響)の問題がなく、連続的(長期的)な使用が可能となる。
【0006】
従来、涙液の分泌検査にはシルマーテストが広く利用されてきた。涙液の量的検査法は、刺激性涙液分泌量の測定と、涙液貯留量の測定とに分けられるが、前者の代表がシルマーテストである。シルマーテストでは瞼に細長いろ紙を5分間はさむことによって生ずる涙の量を測定する。一般に、ろ紙の濡れた長さ(距離)が10mm以上であれば正常、5mm以下であればドライアイと診断される。シルマーテストはその侵襲性のために、眼表面に障害を持つドライアイ患者にとっては非常に過酷な検査であった。それにも関わらず、これに代わる有効な検査法が無いがために100年以上も用いられてきた。
本発明者らが得た上記の知見によれば、タマネギの催涙成分は、涙液分泌検査における刺激物質(検査試薬)として好適に利用できるものであることが明らかとなった。当該催涙成分は揮発性であってそれによる刺激は非接触的に行なわれることから、当該催涙成分を利用した涙液分泌検査法は低侵襲性となる。このように本発明者らの検討によって、タマネギの催涙成分を用いて低侵襲性の涙液分泌検査を実現できることが判明した。
一方、タマネギの催涙成分は健常者に対してのみならず眼表面に障害を有するドライアイ患者に対しても涙液分泌作用を奏することが明らかとなった。このことは、ドライアイの治療用の薬剤としても当該催涙成分を利用できることを意味する。しかも、このような高い涙液分泌作用が認められたことから、ドライアイの治療のみならず、涙液の分泌を促すことが有効な治療効果につながると考えられる各種の眼表面疾患の治療にも当該催涙成分を利用できる。
【0007】
本発明は以上の検討の成果として完成されたものであって、次の構成からなる。
[1] 以下の化学式で表される化合物を有効成分として含む涙液分泌検査用試薬:
【化1】

但し、式中のRは炭素数1〜5のアルキル鎖を表す。
[2] 以下の化学式で表される化合物を有効成分として含む涙液分泌検査用試薬:
【化2】

[3] ドライアイ検査用である、[1]又は[2]に記載の涙液分泌検査用試薬。
[4] [1]〜[3]のいずれかに記載の涙液分泌検査用試薬と、
前記涙液検査用試薬を眼に暴露するために使用する暴露用容器であって、前記涙液分泌検査用試薬を入れた後に、その内側を眼に対向させた状態で眼に被せて使用する、暴露用容器と、
を含む涙液分泌検査用キット。
[5] [1]〜[3]のいずれかに記載の涙液分泌検査用試薬を対象の眼に暴露する暴露ステップ、を含む涙液分泌検査方法。
[6] [1]〜[3]のいずれかに記載の涙液分泌検査用試薬を対象の眼に暴露する暴露ステップと、
前記暴露ステップを実施した時から前記対象が刺激を感じるまでの時間、又は前記暴露ステップを実施した時から所定時間後に前記対象が感じる刺激の程度、を測定する刺激測定ステップと、
を含む涙液分泌検査方法。
[7] 初期状態の対象の涙液貯留量(初期涙液貯留量)を測定する初期涙液貯留量測定ステップと、
[1]〜[3]のいずれかに記載の涙液分泌検査用試薬を対象の眼に暴露する暴露ステップと、
前記暴露ステップの所定時間後、又はそれまでの間、前記対象の涙液貯留量(暴露後涙液貯留量)及び/又は涙液貯留量の増加の経時変化を測定する涙液貯留量測定ステップと、
必要により、前記初期涙液貯留量と前記暴露後涙液貯留量とを用いて、前記対象の涙液貯留量の変化量を算出する変化量算出ステップと、
を含む涙液分泌検査方法。
[8] [1]〜[3]のいずれかに記載の涙液分泌検査用試薬を対象の眼に暴露する暴露ステップと、
前記暴露ステップの所定時間後に、前記対象の涙液貯留量を測定する涙液貯留量測定ステップと、
を含む、涙液分泌検査方法。
[9] 涙液貯留量が、涙液メニスカスの曲率半径を基に測定される、[7]又は[8]に記載の涙液分泌検査方法。
[10] 前記対象の眼に対する、前記涙液分泌検査用試薬の暴露が非接触的に実施される、[5]〜[9]のいずれかに記載の涙液分泌検査方法。
[11] 以下の化学式で表される化合物を有効成分として含む涙液分泌促進剤:
【化3】

但し、式中のRは炭素数1〜5のアルキル鎖を表す。
[12] 以下の化学式で表される化合物を有効成分として含む涙液分泌促進剤:
【化4】

[13] ドライアイの予防ないし治療用である、[11]又は[12]に記載の涙液分泌促進剤。
[14] [11]〜[13]のいずれかに記載の涙液分泌促進剤と、
前記涙液検査用試薬を眼に暴露するために使用する暴露用容器であって、前記涙液分泌促進剤を入れた後に、その内側を眼に対向させた状態で眼に被せて使用する、暴露用容器と、
を含む涙液分泌促進剤キット。
【発明の効果】
【0008】
本発明の涙液分泌検査用試薬は、非接触的な刺激によって被検者の涙液分泌を促すことができる。従って、それを利用した涙液分泌検査は、被検者にとって負担の少ない低侵襲性となる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】図1は、タマネギの催涙成分であるThiopropanal S-Oxide及びその類縁化合物を示す表である。
【図2】図2は、催涙成分(Thiopropanal S-Oxide)の合成フローである。
【図3】図3は、催涙成分(Thiopropanal S-Oxide)の合成過程における中間体(1-propanesulfinyl chloride)の合成スキームである。
【図4】図4は、中間体(1-propanesulfinyl chloride)から催涙成分を合成するスキームを示す。
【図5】図5は、実施例で使用した暴露用容器1を示す。図5aは暴露用容器1(開状態)の斜視図を示す。図5bは暴露用容器1(閉状態)の構成の詳細を示す。
【図6】図6は、実施例で使用したビデオメニスコメータの基本構成を示す。
【図7】図7は、エーテルを眼表面に暴露した場合の影響について実験した結果を示すグラフ(左欄)、及び催涙成分を経鼻暴露した場合の影響について実験した結果を示すグラフ(右欄)である。
【図8】図8は、催涙成分を暴露してから刺激を感じるまでの時間(ST)についての測定結果をまとめたグラフである。
【図9】図9は、催涙成分の暴露によって生ずる刺激の程度を比較したグラフである。
【図10】図10は、催涙成分の暴露によって生ずる刺激の程度の変化を示すグラフである。
【図11】図11は、催涙成分暴露2分後の涙液貯留量の増加を比較したグラフである。
【図12】図12は、催涙成分の暴露時間と涙液貯留量の増加との関係についてまとめたグラフである。
【図13】図13は、催涙成分を暴露してから刺激を感じるまでの時間(ST)をドライアイ患者及び健常者で測定した結果をまとめたグラフである。
【図14】図14は、催涙成分の暴露によって生ずる刺激の程度をドライアイの患者と健常者との間で比較したグラフである。このグラフでは、最長暴露時について、健常者、軽中症群、及び重症群の刺激の程度が比較される。
【図15】図15は、催涙成分の暴露によって生ずる刺激の程度の推移をドライアイの患者と健常者との間で比較したグラフである。
【図16】図16は、催涙成分暴露2分後の涙液貯留量の増加をドライの患者と健常者との間で比較したグラフである。
【図17】図17は、涙液貯留量の増加の経時変化をドライアイの患者と健常者との間で比較したグラフである。
【図18】図18は、涙液メニスカス曲率半径(R)と涙液油層の伸展性(Grade)との関係を示すグラフである。
【図19】図19は、催涙成分暴露による、涙液メニスカス曲率半径(R)の変化を示すグラフである。
【図20】図20は、催涙成分暴露による、涙液油層の伸展性(Grade)の変化を示すグラフである。
【図21】図21は、催涙成分暴露による、涙液メニスカス曲率半径(R)の変化と涙液油層の伸展性(Grade)の変化の関係(代表例、催涙成分暴露前後)を示す。
【図22】図22は、催涙成分暴露による、涙液メニスカス曲率半径(R)の変化量(ΔR)と涙液油層の伸展性(Grade)の変化量(ΔGrade)との関係を示す。
【図23】図23は、ソフトコンタクトレンズ装用眼における、催涙成分暴露による涙液メニスカス曲率半径(R)の変化を示す。
【図24】図24は、催涙成分暴露による、ソフトコンタクトレンズ上の涙液スペキュラー像の変化を示す。
【図25】図25は、催涙成分暴露による、ソフトコンタクトレンズ上の涙液のNIBUTの変化を示す。
【図26】図26は、涙液メニスカス曲率半径(R)の代表例(催涙成分暴露前後)を示す。
【図27】図27は、ソフトコンタクトレンズ上の涙液スペキュラー像の代表例(同一例、催涙成分暴露前後)を示す。
【図28】図28は、ソフトコンタクトレンズ上の涙液のNIBUTの代表例(同一例、催涙成分暴露前後)を示す。
【図29】図29は、ソフトコンタクトレンズ上の涙液の厚みと安定性の評価方法を示す。
【符号の説明】
【0010】
1 暴露用容器、11 外容器本体、12 外容器の蓋、20 内容器
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明の一の局面は涙液分泌検査用試薬に関する。発明において「涙液分泌検査用試薬」とは、それを適用した対象(被検者)の涙液分泌を促す作用を有し、原則的には涙液の分泌量を指標とした検査に使用される試薬をいう。但し、その適用による刺激を感じるまでの時間又は刺激の程度を指標とした検査に使用される試薬をも含む概念として用語「涙液分泌検査用試薬」を用いる。涙液分泌検査用試薬は、典型的にはドライアイの検査(診断)を行なうことに使用される。ここに「ドライアイ」とは、「涙液(層)の質的または量的な異常により引き起こされた角結膜上皮障害」と定義される(島崎 潤:ドライアイの定義と診断基準.眼科37:765−770,1995)。ドライアイとは一般に、涙液減少型と蒸発亢進型に分けられ(Lemp M:Report of the National Eye Institute/Industry workshop on Clinical Trials in Dry Eyes. CLAO J 21:221-232, 1995)、前者には、シェーグレン症候群または、シェーグレン症候群以外の涙液減少型ドライアイ、後者には、マイボーム腺機能不全、種々の原因による瞬目不全または瞬目の減少[VDT(Visual display terminal)に関連したドライアイを含む]、コンタクトレズ装用、重症の眼表面疾患(スティーブンス・ジョンソン症候群、眼類天疱瘡など)が含まれるが、本明細書においては、結膜弛緩症やアレルギー性結膜疾患に関連したドライアイ様症状(乾燥感、充血、眼脂の増加、流涙など)や術後眼(角膜移植後、屈折矯正手術後、白内障術後など)のドライアイ様症状などをも含む広い概念として用語「ドライアイ」を用いる。
【0012】
本発明の涙液分泌検査用試薬は、以下の化学式で表される化合物を有効成分として含むことを特徴とする。
【化5】

但し、式中のRは炭素数1〜5のアルキル鎖を表す。
上記化学式は、タマネギの催涙成分であるThiopropanal S-Oxide(R=2)及びその類縁化合物を表す。Thiopropanal S-Oxideは次の化学式で表される。
【化6】

図1の表に示すように、タマネギの催涙成分であるThiopropanal S-Oxideはアルキル鎖の末端にThioalkanal S-Oxideと呼ばれる構造を有し、その類縁化合物がいくつか存在する。これらの類縁化合物の中で、Thioethanal S-Oxide(1)、Thiobutanal S-Oxide(3)、Thiohexanal S-Oxide(4)については、Thiopropanal S-Oxideと同様に催涙性があることが報告されている(J. Agr. Food Chem. 19, 269-272(1971))。
Thiopropanal S-Oxide及びその類縁化合物を表すこれらの化合物については、天然源からの抽出、精製操作などを経て調製することができる。また、これらの化合物を化学合成によって調製してもよい。Thiopropanal S-Oxide及びその類縁化合物の調製にあたっては、J. Agr. Food Chem. 19, 269-272(1971)、J. Am. Chem. Soc. Vol.118, No.32, 1996, 7492-7501、特許第3330305号公報を参考にすることができる。
【0013】
本発明の涙液分泌検査用試薬は、その調製方法或いは使用形態に応じて、エチルエーテル溶液などの形態で提供される。本発明の涙液分泌検査用試薬中の有効成分の量は、目的の作用が得られる量(即ち、その使用によって有効な検査を実施できる量。例えばドライアイの検査(診断)用とする場合には、ドライアイであることの判定、或いはドライアイの重症度の判定が行なえる量。)であって、有効成分の種類や1回当たりの使用量などを考慮して設定することができる。有効成分としてThiopropanal S-Oxideを使用する場合には、1回当たりの有効成分の投与量を例えば以下のように設定することができる(後述の実施例を参照)。まず、Thiopropanal S-Oxideを「J. Am. Chem. Soc. Vol.118, No.32, 1996, 7492-7501」に記載される方法に準じて合成し、エチルエーテル溶液とする。この溶液に含まれるThiopropanal S-Oxide量は、エチルエーテル溶液1μlを次の条件でHPLCに供して、Thiopropanal S-Oxideのピーク面積(以下、「面積値」という)を計測し、この面積値をエチルエーテル溶液1μl当たりの仮のThiopropanal S-Oxide量として用いる。
(HPLC条件)
使用機種 : 島津 10A 一式
紫外可視検出器 : 島津 SPD-10AV
クロマトパック : 島津 CR-5A
カラム : センシュー科学製 Pegasil ODS
溶媒 : 30% MeOH (pH 3.3, TFA)
流速 : 0.6 ml/min
カラム温度 : 35℃
検出波長 : 210 nm
以上のように計測した面積値が約1,700,000のエチルエーテル溶液3μl以上に含まれるThiopropanal S-Oxideの量に相当する量を1回当たり投与できるように、Thiopropanal S-Oxideを本発明の涙液分泌検査用試薬中に含有させることができる。
尚、Thiopropanal S-Oxide以外の有効成分についても、以上の方法に準じてその含有量を設定することができる。
【0014】
本発明の一態様では上記の涙液分泌検査用試薬が検査用キットの一部として提供される。当該キットには、涙液分泌検査用試薬の使用に用いる専用容器(暴露用容器)が含まれる。この容器は、涙液分泌検査用試薬を入れた後に、その内側を眼に対向させた状態で眼に被せて使用する容器である(具体例としては後述の実施例に記載する暴露用容器)。このような容器を用いることによって、検査対象の眼に涙液分泌検査用試薬中の有効成分を非接触的に暴露することができる。
【0015】
本発明の他の局面は上記涙液分泌検査用試薬の使用方法に関し、具体的には涙液分泌検査方法を提供する。本発明の涙液分泌検査方法は、上記の涙液分泌検査用試薬を対象(被検者)の眼に暴露する暴露ステップを少なくとも含む。対象の眼に対する、涙液分泌検査用試薬の暴露は非接触的に実施されることが好ましい。非接触的な暴露によれば眼への直接の刺激が無く、対象(被検者)への負担が少ない。非接触的な暴露は例えば上記の暴露用容器を用いて行なうことができる。具体的には、まず、片側が開口した暴露用容器の内側に所定量の涙液分泌検査用試薬を滴下する(ろ紙などに吸収させて、涙液分泌検査用試薬の垂れや流れを防止することが好ましい)。その後、暴露用容器の内側が眼に対向するように、その開口部側を眼に被せる。効果的な暴露を実施すべく、この状態において実質的に容器内が密封されるように暴露用容器の開口部形状を設計することが好ましい(更に開口部の形成材料として密封性に優れる材料(例えばシリコンゴム)を採用することが好ましい)。
【0016】
本発明の一態様では暴露ステップの後に「暴露ステップを実施した時から対象(被検者)が刺激を感じるまでの時間、又は暴露ステップを実施した時から所定時間後に対象(被検者)が感じる刺激の程度、を測定する刺激測定ステップ」を実施する。
この態様では刺激時間(ST)又は刺激の程度が検査指標となる。後述の実施例に示すように、ドライアイの患者では健常者に比較してSTが長くなる傾向があり、また刺激を感じ始めた時乃至最長暴露時において刺激の程度が低くなる傾向がある。従って、予め求めておいた正常範囲のST(健常者のST)よりも対象のSTが長い場合や、同様に予め求めておいた正常範囲の刺激の程度(健常者の刺激の程度)よりも対象の刺激の程度が低い場合にはドライアイであると判定することができる。ドライアイの重症度に対応させてSTの範囲や刺激の程度を予め区分しておけば、測定したSTなどがどの区分に入るかを調べることによってドライアイの重症度も判定可能となる。
ST及び刺激の程度は典型的には対象による申告を基に計測される。但し、刺激に起因する瞬きを開始するまでの時間や、刺激のために暴露を継続できなるまでの時間などをSTなどとして用いることもできる。
【0017】
本発明の他の態様では暴露ステップの前に「初期状態の対象の涙液貯留量(初期涙液貯留量)を測定する初期涙液貯留量測定ステップ」を実施し、暴露ステップの所定時間後に又は所定時間までの間、「対象の涙液貯留量(暴露後涙液貯留量)及び/又は涙液貯留量の増加の経時変化を測定する涙液貯留量測定ステップ」を実施する。その後、必要に応じて、初期涙液貯留量と暴露後涙液貯留量とを用いて、対象の涙液貯留量の変化量を算出する変化量算出ステップを実施する。
この態様では涙液貯留量の変化量が検査指標となる。後述の実施例に示すように、ドライアイの患者では健常者に比較して涙液貯留量の変化が小さい。しかも重症度が高くなれば、涙液貯留量の変化について健常者との差が一層顕著となる傾向がある。従って、測定又は算出された涙液貯留量の変化量が、予め求めておいた正常範囲の変化量(健常者の変化量)よりも小さい場合にドライアイと判定することができる。また、ドライアイの重症度に対応させて変化量の範囲を予め複数に区分けしておけば、測定又は算出された変化量がいずれの区分に入るかを調べることによってドライアイの重症度も判定可能となる。
尚、涙液貯留量測定ステップは例えば、暴露ステップの1分後、2分後、3分後、4分後、5分後、6分後、7分後、8分後、9分後、10分後、11分後、12分後、13分後、14分後、15分後に実施することができる。
【0018】
本発明の更に他の態様では暴露ステップの所定時間後に「対象の涙液貯留量を測定する涙液貯留量測定ステップ」を実施し、このステップによって測定した涙液貯留量を指標として検査結果を得る。後述の実施例に示すように、ドライアイの患者では暴露ステップ後における涙液貯留量が健常者に比べて少ない。しかも重症度が高くなれば、涙液貯留量について健常者との差が一層顕著となる傾向がある。従って、測定した涙液貯留量が、予め測定しておいた正常範囲の量(健常者の涙液貯留量)よりも小さい場合にドライアイと判定することができる。また、ドライアイの重症度に対応させて涙液貯留量の範囲を予め複数に区分けしておけば、測定した涙液貯留量がいずれの区分に入るかを調べることによってドライアイの重症度も判定可能となる。
【0019】
涙液貯留量測定ステップによって得られた測定値(涙液貯留量)をドライアイの重症度のモニタに利用することもできる。具体的には、得られた涙液貯留量と、同様の手順で前回求めた涙液貯留量と比較し、涙液貯留量の減少が認められた場合に症状が悪化していると判定し、涙液貯留量の上昇が認められた場合に症状が改善していると判定する。このように、涙液貯留量を指標としてドライアイの症状の悪化(或いは改善)をモニタすることができる。涙液貯留量自体を利用するのではなく、暴露ステップの結果として増加した涙液貯留量(即ち涙液貯留量の増加量)を利用して、同様にドライアイの重症度のモニタを実施することもできる。この場合には具体的には次の手順で検査を実施する。
まず、初期状態の対象の涙液貯留量(初期涙液貯留量)を測定する初期涙液貯留量測定ステップを行い、次に涙液分泌検査用試薬を対象の眼に暴露する暴露ステップを行い、続いて前記暴露ステップの所定時間後に、前記対象の涙液貯留量(暴露後涙液貯留量)を測定する涙液貯留量測定ステップを行う。以上のステップの後に、前記初期涙液貯留量と前記暴露後涙液貯留量とを用いて、前記対象の涙液貯留量の変化量を算出する変化量算出ステップを行い、次に、算出された変化量を、同様の手順で前回求めた変化量と比較し、変化量の減少が認められた場合に症状が悪化していると判定し、変化量の上昇が認められた場合に症状が改善していると判定する判定ステップを行なう。
【0020】
以上の各態様における涙液貯留量の測定方法は、特に限定されないが涙液メニスカスの曲率半径に基く方法(メニスコメトリー、ビデオメニスコメトリーなど)(Yokoi N, et al.:Reflective meniscometry: a non-invasive method to measure tear meniscus curvature. Br J Ophthalmol, 83, 92-97, 1999; Yokoi N, et al.: Reflective meniscometry: a new field of dry eye assessment. Cornea 19, S37-S43, 2000;Oguz H, et al.:The height and radius of the tear meniscus and methods for examining these parameters. Cornea 19, 497-500, 2000;Yokoi N, et al.:Tear meniscus changes during cotton thread and schirmer testing. Invest Ophthalomol Vis Sci 41, 3748-3753, 2000;横井則彦:メニスコメトリーとビデオメニスコメーター, あたらしい眼科17, 65-66, 2000;横井則彦, 中村 葉:Sjogren 症候群の新しい検査法, あたらしい眼科16, 1515-1523, 1999;横井則彦:メニスコメトリー, ドライアイ診療PPP, 80頁-83頁, 2002, ドライアイ研究会編, メジカルビュー社, 東京, 2002;特開平11−267102号公報等を参照)を採用することが好ましい。この測定方法によれば、正確かつ再現性の高い測定が可能となる。この方法の他、涙液メニスカスの観察(横井則彦:涙液メニスカスの観察, ドライアイ診療PPP, 25頁-28頁, 2002, ドライアイ研究会編, メジカルビュー社, 東京, 2002)や各種パラメータ(高さ、断面の面積、奥行き等)の測定に基づく方法(丸山邦夫ら:ドライアイ治療におけるデジタル画像を用いた涙小管の疎通性の評価, 日本眼科学会雑誌 107, 526-529, 2003;Mainstone JC, et al.:Tear meniscus measurement in the diagnosis of dry eye. Curr. Eye Res. 15, 653-661, 1996;Oguz H, et al.:The height and radius of the tear meniscus and methods for examining these parameters. Cornea 19, 497-500, 2000)、インターフェロメトリー法(横井則彦:涙液のインターフェロメトリー, あたらしい眼科14, 1337-1338, 1997;Yokoi N, et al.: Correlation of tear lipid layer interference patterns with the diagnosis and severity of dry eye. Am J Ophthalmol 122, 818-824, 1996;横井則彦, 中村 葉:Sjogren 症候群の新しい検査法, あたらしい眼科16, 1515-1523, 1999)やフルオロフォトメトリー法(横井則彦ら:新しいフルオロフォトメーター, あたらしい眼科11, 1043-1045, 1994;Yokoi N, Kinoshita S: Clinical evaluation of corneal epithelial barrier function with slit-lamp fluorophotometer. Cornea 14, 485-489, 1995;横井則彦:眼科検査法を検証する−前眼部フルオロフォトメトリー−, 臨床眼科52増刊11, 76-77, 1998)などを利用してもよい。
【0021】
尚、以上ではドライアイの検査(診断)を例にとって各態様を説明したが、本発明の涙液分泌検査方法が対象とする疾患はドライアイに限定されるものではなく、涙液分泌の状態ないし動態、及びその変化等が判定指標となる各種の眼表面疾患を本発明の対象とすることができる。
【0022】
本発明の涙液分泌検査用試薬を用いた涙液分泌検査の対象(被検者)は典型的には哺乳動物であって、ヒト、サル、チンパンジー、イヌ、ネコ、ウマ、ウシなどをその具体例として挙げることができる。中でも、好適な対象はヒトである。
【0023】
本発明の他の局面は、上記のThiopropanal S-Oxide及びその類縁化合物(以下の化学式で表される)の他の用途に関する。具体的には、以下の化学式で表される化合物を有効成分として含む涙液分泌促進剤に関する。尚、以下において特に説明しない事項については既述の説明を援用する。
【化7】

但し、式中のRは炭素数1〜5のアルキル鎖を表す。
【0024】
本発明の涙液分泌促進剤は、涙液の分泌を促すことがその予防ないし治療に効果的である各種の疾患に対する薬剤として使用され得る。本発明の涙液分泌促進剤の対象となる疾患の代表例としてはドライアイを挙げることができる。一方、角膜上皮障害を伴う疾患群などの眼表面疾患の予防ないし治療用の薬剤として本発明の涙液分泌促進剤を使用することもできる。更には、VDT(Visual display terminal)作業に伴う眼表面の乾燥の防止や、眼表面の手術後(例えば角膜移植後、屈折矯正手術後、白内障術後などの治療)の眼表面の保護、眼アレルギーにおける症状の緩和或いは不快感の低減などを目的とした薬剤として本発明の涙液分泌促進剤を使用することもできる。
【0025】
本発明の涙液分泌促進剤は、点眼剤、眼軟膏剤等、任意の形態に調製されるが、その有効成分が揮発性であることから、非接触型の使用が好適である。ここでの「非接触型の使用」とは、本発明の薬剤を治療対象の眼に直接滴下、塗布等するのではなく、治療対象の眼の近傍に本発明の薬剤を存在させることで、揮発した有効成分を治療対象の眼に暴露させることをいう。例えば、その内側を眼に対向させた状態で眼に被せることができる容器(暴露用容器)を用いることによって、このような「非接触型の使用」を実施できる。尚、本発明の涙液分泌促進剤を、このような暴露用容器と組み合わせた状態(即ち、キット)で提供してもよい。
【0026】
本発明の涙液分泌促進剤には、期待される治療効果(又は予防効果)を得るために必要な量(即ち治療上有効量)の有効成分(Thiopropanal S-Oxide及び/又はその類縁化合物)が含有される。涙液分泌促進剤中の有効成分量は、適用対象の疾患、投与形態、剤型などによって異なるが、所望の投与量を達成できるように適当な範囲とする。例えば、涙液分泌促進剤の有効成分量は、1回の投与当たり、涙液約25μl〜約30μlが分泌されるような量とすることが好ましい。1回の投与により上記涙液量が分泌されるように、本剤の濃度を調整することが好ましい。
上記機能を達成するために、例えば、前記の面積値約1,700,000のエチルエーテル溶液3μl以上に含まれるThiopropanal S-oxideの量に相当する量を1回当たり投与できるように、Thiopropanal S-oxideを本発明の涙液分泌促進剤中に含有させることができる。
前記本発明の涙液分泌促進剤1回の投与当たり分泌される涙液量は、頻回投与を前提として、ドライアイの患者等に水分補給とwash out効果等を適切になし得る涙液量である。従来の人工涙液では、これを上記涙液量頻回点眼すると、生体涙液の組成が破壊されて涙液の安定性が低下し、防腐剤による影響等も問題となった(生体に含まれる成分を全て含んだ理想的な人工涙液はいまだ開発されていない)。これに対して、本発明の涙液分泌促進剤によれば、患者自身の涙液によって水分補給等が達成される点で、画期的なドライアイ等の治療効果が得られ、非接触型においてその効果は極大となる。
【0027】
本発明の涙液分泌促進剤は、上記の有効成分の他に等張化剤、緩衝剤、界面活性剤、安定化剤、キレート剤、防腐剤等を適宜使用して調製できる。等張化剤としては塩化ナトリウム、グリセリン等を使用できる。緩衝剤としてはホウ酸緩衝液、リン酸緩衝液、酢酸緩衝液、クエン酸緩衝液、トリス緩衝液等を使用できる。界面活性剤としてはステアリン酸ポリオキシル40、ポリオキシエチレン硬化ヒマシ油等を使用できる。安定化剤としては糖類(グルコース、マンノース、ガラクトース、果糖、マンニトール、イノシトール、キシリトール、マルトース、乳糖、デキストラン、コンドロイチン硫酸、ヒアルロン酸等)、セルロース誘導体(メチルセルロース、エチルセルロース、ヒドロキシエチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース)、クエン酸ナトリウム、エデト酸ナトリウム等を使用できる。キレート剤としてはエデト酸ナトリウム、クエン酸等を使用できる。防腐剤としては塩化ベンザルコニウム、パラベン、クロルブタノール、チメロサール、過酸化水素等を使用できる。
【0028】
本発明の涙液分泌促進剤を点眼剤等の直接眼に適用する形態とする場合には、そのpHを約pH5〜約pH8の範囲に調整することが好ましい。
【0029】
期待される作用が十分に得られるとともに、副作用がないか又は治療上問題とならない程度となるように本発明の涙液分泌促進剤の投与量を設定することが好ましい。投与量の設定においては、適用対象の疾患、疾患の重篤度、患者の年令などを考慮することができる。尚、当業者であればこれらの事項を考慮して適当な投与量を設定することが可能である。投与スケジュールとしては例えば一日当たりの投与回数を1回〜3回、4〜6回、又は7〜10回などを採用できる。そして、本発明の涙液分泌促進剤を点眼剤として調製した場合にあっては1回当たりの使用量を例えば1〜6滴、好ましくは1〜4滴、更に好ましくは1〜3滴とすることができる。投与スケジュールの作成においては患者の病状や薬剤の効果持続時間などを考慮することができる。
本発明においては、前記の各催涙分泌検査方法によって得られた検査結果に基づいて、疾患の症状の程度や重篤度等に応じて、涙液分泌促進剤の濃度及び投与量などを決定することができる。患者ごとの催涙貯留量の測定値等から、涙液分泌促進剤の有効成分量等を決定すればよく、これによって、患者に最も適正な処方により、患者自身の涙液を用いて、ドライアイ等の治療効果を得ることができる。
【実施例1】
【0030】
1.催涙成分の調製
以下の実施例で使用する催涙成分(Thiopropanal S-oxide)を、J. Am. Chem. Soc. Vol. 118, No. 32, 1996, 7492-7501に記載される方法に準じて化学合成した。合成フローを図2に示す。この合成方法は、1-propanesulfinyl chlorideを合成するステップ(反応1)と、反応2で1-propanesulfinyl chlorideから催涙成分(Thiopropanal S-oxide)を合成するステップの2段階の反応からなる。具体的な実験手順及び実験結果を以下に説明する。
1-1.反応1について
1-propanesulfinyl chlorideの合成スキームを図3に示す。エバポレーション後、残渣が17.12g得られた。得られた1-propanesulfinyl chlorideは、1H-NMRでその構造を確認した。
1-2.反応2について
催涙成分(Thiopropanal S-oxide)の合成スキームを図4に示す。図に示したように催涙成分を合成した後、得られた催涙成分を含むエチルエーテル溶液は、催涙性を良好に維持していた。最終的に、得られたエチルエーテル画分を、0℃ 220hpaの条件でエチルエーテルを留去し、約5倍に濃縮して、以降の実験に用いる催涙成分含有エチルエーテル溶液(以下、「催涙成分溶液」という)とした。得られた催涙成分は、1H-NMRでその構造を確認した。
1-3.催涙成分溶液の催涙成分量の測定
催涙性分溶液1μlをHPLCに供し、この時得られた催涙成分のピーク面積(以下、「面積値」という)を計測し、この面積値を催涙成分溶液1μl当たりの催涙性分量を示す仮の値として用いた。催涙成分溶液の面積値の実測値は、1704876(n=3)であった。HPLC条件は次の通りである。
(HPLC条件)
使用機種 : 島津 10A 一式
紫外可視検出器 : 島津 SPD-10AV
クロマトパック : 島津 CR-5A
カラム : センシュー科学製 Pegasil ODS
溶媒 : 30% MeOH (pH 3.3, TFA)
流速 : 0.6 ml/min
カラム温度 : 35℃
検出波長 : 210 nm
【実施例2】
【0031】
実施例1で調製した催涙成分溶液を使用して、催涙成分(Thiopropanal S-oxide)の催涙作用について検討した。
1.対象(被検者)
ソフトコンタクトレンズ(SCL)を常用する男性健常者6人(平均21.7歳)を対象とした。
【0032】
2.検討項目
1)催涙成分(Thiopropanal S-oxide)の涙液分泌作用(涙液分泌作用の有無、作用の継続性(継続時間、一過性であることの確認)、非暴露眼への涙液分泌作用)
2)溶媒(エチルエーテル)の涙液分泌への影響
3)涙液分泌に与える経鼻暴露の影響
4)涙液分泌に与えるSCL装着の影響
5)涙液分泌に与える点眼麻酔の影響
【0033】
3.試験方法・評価方法
3-1.暴露方法
暴露用容器を図5に示す。尚、図5aは暴露用容器1(開状態)の斜視図である。また、図5bは、暴露用容器1(閉状態)の構成の詳細を示す。暴露用容器1は、外容器本体11と外容器蓋12とからなる外容器と、内容器20とから構成される。外容器は閉蓋時に高さが約5cm、断面の直径が約4.5cmの円筒状である。外容器蓋12の形状は任意であるが、外容器本体11に着脱可能で、不規則な形状の内容器20の上部開口を開蓋時に露出し、閉蓋時に覆う形態を有する。閉蓋時には外容器内は密閉状態となる。内容器20は市販の眼洗い器と同様の形状を備える。具体的には、内容器20は上部が開口した略カップ状であって、その底部に向かって内空間の横断面の大きさが漸減する。そして内容器20の上部は、眼の周囲の形状に適合するように、対角位置の2点(図5に示すように、当該2点の高さは僅かに異なる)を、底部方向に膨らみを有する曲線によって結んだ形状となっている。内容器20の上部は直径約4.2cmの平面視円形である。他方、内容器20の底部は直径が約3.2cmの平面視円形である。内容器20は、支持部21を介して外容器本体11に固定されている。外容器本体11、外容器蓋12、及び内容器20はいずれもアクリル樹脂製である。尚、外容器本体11の上部には、閉蓋時に内部の気密性を高めるためのシリコンゴムリングが嵌め込まれている。
以上の暴露用容器1では、内容器10の上部形状が、眼にあてる眼洗い器と同様の形状を保持しているため、外容器を手で支えるだけの操作で、被検者の眼に対して内容器20の上部をフレキシブルに密着させることが可能である。
尚、以上の暴露用容器1は、催涙分泌検査用キット乃至涙液分泌促進剤キットに含まれる暴露用容器の何れにも適用し得る。
以上の暴露用容器を用いて次の手順で暴露を実施する。
(1)まず、直径3mmの円形ろ紙に実施例1に示した方法で調製した催涙成分溶液をマイクロピペットで3μl滴下して吸収させた後、ろ紙を暴露用容器の内容器内に移し、続いて外容器の蓋を閉める。15秒後に外容器の蓋を開け、直ぐに蓋を閉める。30秒後に再び蓋を開け、前回と同様に直ぐに蓋を閉める(エーテル気化操作)。
(2)以上の操作の後、再び外容器の蓋を開け、暴露用容器の内容器の上部を眼の周囲に密着させることによって、眼表面への暴露を実施する(暴露操作)。
尚、溶媒(エチルエーテル)を暴露する場合(検討項目2))には、催涙成分溶液に代えて5倍濃縮のエチルエーテルを使用し、それ以外は上記と同様の手順に従う。また、経鼻暴露を行う場合(検討項目3))には、エーテル気化操作の後、暴露用容器の外容器の蓋を開け、続いて暴露用容器の内容器の上部を鼻孔に近づけて、催涙成分溶液を暴露させる。この時、暴露させない鼻孔は指で押さえる。
【0034】
3-2.涙液貯留量の増加の評価
涙液メニスカス曲率半径の増加(mm):ΔR(t分)=R(暴露t分後、t=2、5、10)-R(暴露前)をビデオメニスコメトリー法(Yokoi N, et al.:Reflective meniscometry: a non-invasive method to measure tear meniscus curvature. Br J Ophthalmol, 83, 92-97, 1999; Yokoi N, et al.: Reflective meniscometry: a new field of dry eye assessment. Cornea 19, S37-S43, 2000;Oguz H, et al.:The height and radius of the tear meniscus and methods for examining these parameters. Cornea 19, 497-500, 2000;Yokoi N, et al.:Tear meniscus changes during cotton thread and schirmer testing. Invest Ophthalomol Vis Sci 41, 3748-3753, 2000;横井則彦:メニスコメトリーとビデオメニスコメーター, あたらしい眼科17, 65-66, 2000;横井則彦, 中村 葉:Sjogren 症候群の新しい検査法, あたらしい眼科16, 1515-1523, 1999;横井則彦:メニスコメトリー, ドライアイ診療PPP, 80頁-83頁, 2002, ドライアイ研究会編, メジカルビュー社, 東京, 2002;特開平11−267102号公報等を参照)で測定することによって、涙液貯留量の増加を評価する。測定に使用するビデオメニスコメーターの基本構成を図6に示す。涙液メニスカスは凹面鏡にたとえられるので、その表面にターゲット(ビデオメニスコメーター投影すると、メニスカス前方に小さな反射像がつくられる。ビデオメニスコメータでは、投光系と受光系とが同軸に設置され、これらを水平面上で180°自由に回転させることができる。しかもターゲットを360°回転させることができるため、眼表面に形成されたあらゆる涙液メニスカスをその正面からアプローチしながらビデオに収録することができる。ディスプレイでターゲット像をモニタしながらデジタルビデオに収録することによって、リアルタイムの像を鮮明にプリントすることができる。ビデオメニスコメーターによる検査は次の手順で実施される。反射性涙液分泌を招かないように照射光を下眼瞼から上に上げていき、涙液メニスカスにターゲットを投影する。眼瞼縁は水平前方に対して凸であり、その頂部の位置が個々に異なるため、モニタ上のイメージが水平になるように投光系を水平面上で回転させて、水平のイメージが得られるように追及する。被検者には涙液分泌を促すような欠伸や注視を避けさせ、自然な状態をとるように促す。涙液メニスカスの凹面部は眼瞼縁よりやや上にある。実際の涙液メニスカスの曲率半径の測定(メニスコメトリー)では、プリントされた像の格子の線幅をマイクロルーラーを用いて測定し、凹面鏡の光学式に当てはめて計算する。或いは、ビデオ画像をキャプチャーし、画像解析ソフトを用いてパソコン上で曲率半径の計測を行う。
【0035】
3−3.刺激の程度の評価
VAS(Visual analog scale; 0cmを刺激なし、10cmを我慢できない強い刺激として、10cmまでのスケールの中に感じた刺激の程度の位置をcmで被検者に記入してもらう)と、4段階(0:刺激なし、1:軽い刺激、2:刺激はあるが我慢できる程度、3:我慢できない強い刺激)での評価を共に行った。
【0036】
各検討項目についての試験方法は次の通りとした。
3-4.裸眼への催涙成分の効果:検討項目1)
(1)催涙成分を暴露する眼(暴露眼)を封筒法で決定する。
(2)両眼のベースラインの涙液メニスカスを観察・記録する。
(3)上記の方法で催涙成分を眼表面へ暴露する。
(4)刺激を感じるまでの時間(ST)、及び最長暴露時間を測定する。また、暴露後1分毎に10分まで、暴露眼及び非暴露眼の涙液メニスカスのイメージの変化(涙液メニスカス曲率半径の増加)をビデオメニスコメトリー法で観察・記録する。刺激の程度(VAS)を、刺激を感じ始めた時、最大刺激時、検査終了時に評価する。
【0037】
3-5.溶媒の涙液分泌への影響:検討項目2)
(1)暴露眼を封筒法で決定する。
(2)両眼のベースラインの涙液メニスカスを観察・記録する。
(3)上記の方法で5倍濃縮エチルエーテルを眼表面へ暴露する。尚、暴露時間は10秒とする。
(4)暴露直後から涙液メニスカスのイメージの変化(涙液メニスカス曲率半径の増加)をビデオメニスコメトリー法で観察・記録する。同時に、刺激の程度についてVASで評価する。また、暴露後の角結膜の状態を細隙顕微鏡検査で調べる。
【0038】
3-6.涙液分泌に与える経鼻暴露の影響:検討項目3)
(1)催涙成分を暴露する鼻孔を封筒法で決定する。
(2)ゴーグルを着用させる。
(3)上記の方法で催涙成分を鼻孔に暴露する。
(4)刺激を感じるまでの時間(ST)、両眼のメニスカスのイメージの変化(涙液メニスカス曲率半径の増加)を観察・記録する。
【0039】
3-7.涙液分泌に与えるSCL装着の影響:検討項目4)
(1)暴露眼を封筒法で決定する。
(2)暴露眼にSCLを装用させ、15分間なじませる。
(3)ベースラインの涙液メニスカスを観察・記録する。
(4)上記の方法で催涙成分を眼表面に暴露する。
(5)刺激を感じるまでの時間(ST)、及び最長暴露時間を測定する。また、暴露後1分毎に10分まで、暴露眼及び非暴露眼の涙液メニスカスのイメージの変化(涙液メニスカス曲率半径の増加)をビデオメニスコメトリー法で観察・記録する。刺激の程度(VAS)を、刺激を感じ始めた時、最大刺激時、検査終了時に評価する。
【0040】
3-8.涙液分泌に与える点眼麻酔の影響:検討項目5)
(1)暴露眼を封筒法で決定する。
(2)暴露眼にベノキシールを2滴点眼する。増加した涙液を1分後にマイクロスポンジで吸収し、ベースラインの涙液メニスカスのイメージまで戻す。
(3)上記の方法で催涙成分を眼表面に暴露する。
(4)刺激を感じるまでの時間(ST)、及び最長暴露時間を測定する。尚、刺激を感じるまで暴露を継続するが、最長60秒までとする。また、暴露後1分毎に10分まで、暴露眼及び非暴露眼の涙液メニスカスのイメージの変化(涙液メニスカス曲率半径の増加)をビデオメニスコメトリー法で観察・記録する。刺激の程度(VAS)を、刺激を感じ始めた時、最大刺激時、検査終了時に評価する。尚、4%キシロカイン点眼でも同様に検査を実施する。
【0041】
4.結果
1)エーテルの影響についての実験結果を図7左欄のグラフに示す。このグラフから分かるように、催涙成分の溶媒として用いたエチルエーテルによって反射性涙液分泌は生じなかった。
2)経鼻暴露の影響についての実験結果を図7右欄のグラフに示す。このグラフから分かるように、催涙成分の経鼻暴露では反射性涙液分泌は生じなかった。
3)刺激を感じるまでの時間(ST)についての測定結果を図8に示す。図8のグラフでは、裸眼の場合、SCL装用下、及び点眼麻酔下のSTが比較される。STは、裸眼、SCL装用下、及び点眼麻酔下でそれぞれ9.8、14.5、及び13.3(いずれも平均秒)であり、SCL装用下、点眼麻酔下で延長した(p<0.05)。
4)刺激の程度は、4段階評価では、最長暴露時が、裸眼で3(平均)、SCL下で3、点眼麻酔下で1.5(p<0.05)であり、検査終了時にはいずれも0となった。また、VASによる評価でも、4段階評価と同様の結果が得られた(図9、図10)。尚、図9の左欄のグラフでは、刺激を感じ始めたときについて、裸眼の場合、SCL装用下、及び点眼麻酔下のVASが比較される。一方で右欄のグラフでは、最長暴露時について同様に比較した結果が示される。図10は、VASの変化を比較したグラフである。
5)涙液貯留量の増加ΔR(2分、5分、10分;すべて平均mm)はそれぞれ、裸眼で(0.25(但し、20秒以上暴露できた3眼では涙液が眼瞼縁からこぼれ落ち、この分はΔRに反映せず)、0.013、0.0047)、SCL装用下で(0.24、0.0092、-0.0017)、点眼麻酔下で(0.15、0.033、0.0098)であり、経時的に減少した。20秒以上暴露できた裸眼の3眼では、非暴露眼でもΔRが増加した(0.30mm)。尚、暴露2分後の涙液貯留量の増加を比較したグラフを図11に示す。
6)暴露時間と涙液貯留量の増加との関係についてまとめたグラフを図12に示す。概ね20秒以上暴露できた場合には、非暴露眼にも涙液分泌が生ずることが分かる。
以上の結果をまとめると、(1)催涙成分による刺激は一過性であること、(2)その刺激による涙液分泌促進作用は非暴露眼でも涙液分泌を促すほど高いこと、及び(3)催涙成分の暴露による眼表面への影響はないことが判明するとともに、(4)催涙成分による涙液分泌には角膜知覚が関与していると予想された。このように本実施例によって、高い涙液分泌作用を発揮すること等、涙液分泌検査用試薬として要求される諸条件を催涙成分(Thiopropanal S-oxide)が備えることが明らかとなった。即ち、催涙成分(Thiopropanal S-oxide)が涙液分泌検査用試薬として有効であることが判明した。また、高い涙液分泌作用を発揮することから、催涙成分(Thiopropanal S-oxide)は涙液分泌検査用試薬のみならず、ドライアイの予防乃至治療薬としても有効であるといえる。尚、刺激が一過性であること、及び眼表面への影響が実質的にないことは、使用に伴う被験者又は患者への負担が極めて少ないことを意味し、催涙成分(Thiopropanal S-oxide)を臨床応用する際の利点となる。
【実施例3】
【0042】
催涙成分(Thiopropanal S-oxide)が涙液減少型ドライアイの涙液分泌とその動態に及ぼす影響について検討した。
1.対象(被検者)
涙液減少型ドライアイ16例16眼[女性15例、男性1例、平均62.4歳、軽症〜中等症の点眼治療群(軽中症群)10眼、上・下涙点プラグを挿入した群(重症群)6眼]であり、対照は健常者6例6眼(平均21.7歳)とした。
【0043】
2.試験方法・評価方法
(1)各被検者について暴露眼を決定する。ドライアイの軽中症群では細隙灯顕微鏡検査のフルオレセイン染色にて角膜上皮障害の強い眼を暴露眼とする。他方の重症群では上・下涙点プラグが挿入されている眼を暴露眼とする。
(2)催涙成分を眼表面に暴露する。尚、刺激を感じるまで暴露を継続するが、最長60秒までとする。
(3)刺激を感じるまでの時間(ST)、及び最長暴露時間を測定する。また、暴露後1分毎に10分まで、涙液メニスカスのイメージの変化(涙液メニスカス曲率半径の増加)をビデオメニスコメトリー法で観察・記録し、健常者のものと比較する。更に、刺激の程度(VAS)を、刺激を感じ始めた時、最大刺激時、検査終了時に評価する。
(4)最後に、角膜上皮障害の悪化がないことを細隙灯顕微鏡検査で確認する。
尚、催涙成分の暴露、刺激を感じるまでの時間(ST)の測定、最長暴露時間の測定、涙液メニスカスのイメージの変化(反射性涙液分泌の増加)の観察・記録、及び刺激の程度(VAS)の評価は、実施例2に記載の方法と同様の方法で実施した。
【0044】
3.結果
1)刺激を感じるまでの時間(ST)についての測定結果を図13に示す。図13のグラフでは、健常者、軽中症群、及び重症群のSTが比較される。軽中症群と重症群のST(平均値±標準偏差;秒)はそれぞれ18.8±9.3、21.4±9.8であり、健常者(9.8±1.5)に比べて有意に長かった(いずれの比較もp<0.05)。
2)刺激の程度は、4段階評価では、最長暴露時において、健常者(3;平均値)に比べて低く(軽中症群:1.8、重症群:1.7、以上平均値)、全例で、検査終了時には0となり、眼表面上皮への影響も観察されなかった。また、VASによる評価でも、4段階評価と同様の結果が得られた(図14、図15)。尚、図14のグラフでは、最長暴露時について、健常者、軽中症群、及び重症群のVASが比較される。一方、図15のグラフは、VASの推移を示す。
3)涙液貯留量の増加ΔRは、ΔR(2分)で最大[軽中症群:0.034±0.03、重症群:0.00042±0.04(これらは共に健常者(0.25±0.14に比べて有意に低値(p<0.05))となり、ΔR(5分)でほぼ0となった[健常者では、ΔR(1分)までに最大となり、ΔR(10分)でほぼ0]。但し、健常者6眼中3眼は涙液が眼瞼縁からこぼれ落ち、この分はΔRに反映していない。尚、暴露2分後の涙液貯留量の増加を比較したグラフを図16に、涙液貯留量の増加の経時変化を比較したグラフを図17にそれぞれ示す。
以上の結果をまとめると、(1)催涙成分暴露による反射性涙液分泌量は涙液減少型ドライアイ患者で減少すること(重症例<軽中症例<健常者)、及び(2)涙液減少型ドライアイ患者では催涙成分による刺激感が健常者に比べて少なく、刺激を感じるまでの時間は長くなることが認められるとともに、(3)催涙成分を医療分野に応用できること(特にドライアイ等の検査、或いは特に涙液減少型ドライアイの軽症〜中等症や蒸発亢進型ドライアイの予防又は治療などへの適用)が確認された。尚、催涙成分(Thiopropanal S-oxide)の使用によって眼表面上皮が影響を受けなかったことは、使用に伴う被験者又は患者への負担が極めて少ないことを意味し、催涙成分を臨床応用する際の利点となる。
【実施例4】
【0045】
瞬目に伴う涙液油層の伸展と涙液貯留量との関連について検討した。尚、特に言及しない限り、催涙成分の暴露方法や涙液貯留量の測定方法等の各方法は、上記実施例の場合と同様とした。
【0046】
1.目的
角膜上の涙液油層は、瞬目と共に、水層の上で伸展、収縮するが、高度の涙液減少では、角膜上で油層が伸展しなくなり、油層像が観察されなくなる(Yokoi N, et al, AJO, 1996)。つまり、瞬目に伴う涙液油層の伸展に、涙液貯留量が大きく関与している可能性がある。そこで、眼表面の涙液貯留量と油層の伸展との関係(観察時のある時点での両者の関係:検討項目a)について検討した。また、反射性涙液分泌を引き起こして、涙液貯留量を増加させた際の、油層の伸展性への影響(検討項目b)について検討した。
【0047】
2.対象
2-1.検討項目aの対象
合計82例123眼(男性4例、女性78例、年齢58.4±12.4歳(27〜80歳))を対象とした。内訳は、健常眼が11例19眼であり、涙液分泌減少型ドライアイ(但しマイボーム腺機能不全は除く)が71例104眼である。
2-2.検討項目bの対象
合計35例35眼(男性1例、女性34例、年齢61.3±12.9歳(27〜80歳))を対象とした。尚、全ての対象が涙液分泌減少型ドライである。
【0048】
3.方法
涙液油層の伸展性の評価をDR-1(登録商標、興和)により行った。即ち、瞬目後の角膜上の油層の伸展を以下の基準で分類し、評価した:Grade(G)1(全面にスムーズに伸展);G2(1/2を越えてゆっくりと伸展);G3(1/2以下をゆっくりと伸展);G4(全く伸展しない)。
一方、眼表面の涙液貯留量を、涙液メニスカス曲率半径(R)の測定によって評価した。 また、G2、G3、G4を示す合計35例35眼に対し、催涙成分(Thiopropanal S-oxide)を暴露して、油層伸展への影響について観察した(暴露前後のRとGradeを比較)。
【0049】
4.結果
R(mm)は、0.273±0.104(平均値±標準偏差)(G1,n=30)、0.171±0.063(G2,n=47)、0.135±0.049(G3,n=33)、0.087±0.056(G4,n=13)と有意に小さい値をとった(rs=-0.633、p<0.0001、図18)、催涙成分を暴露した35眼はRが0.15±0.07から0.34±0.20(平均値±標準偏差、p<0.0001、paired t-test)に増加し(図19)、油層の伸展がGrade2.7±0.7から1.5±0.6(平均値±標準偏差、p<0.0001、Wilcoxonの符号順位検定)へと良好になる様子が観察された(図20)。催涙成分暴露前後のRとGradeの代表例を図21に示す。また、催涙成分暴露による、Rの変化とGradeの変化との関係を図22に示す。
【0050】
5.まとめ
RとGradeには有意な相関があり、眼表面の涙液貯留量が少ないほど、油層の伸展性が悪いことが示された。一方、催涙成分の暴露により、Rは有意に増加し、油層の伸展Gradeは有意に低グレート゛となり、両者の間に有意な相関が見られた。即ち、眼表面の涙液貯留量が増加すると、油層の伸展性が良くなることが示された。
涙液減少型ドライアイ患者では涙液貯留量が少なく、涙液油層の伸展は涙液貯留量の影響を大きく受けて悪くなっている。以上の実験結果から、ドライアイ患者にタマネギの催涙成分(Thiopropanal S-oxide)を暴露すると、涙液貯留量が増え、涙液油層の伸展が促進されることが明らかとなった。このことは、この催涙成分がドライアイ治療に有効であることを裏付けるものである。
【実施例5】
【0051】
ソフトコンタクトレンズ上の涙液動態と涙液貯留量の関連について検討した。尚、特に言及しない限り、催涙成分の暴露方法や涙液貯留量の測定方法等の各方法は、上記実施例の場合と同様とした。
【0052】
1.目的
ソフトコンタクトレンズ(SCL)表面上に分布する涙液は極めて薄く不安定である。そのため、長時間装用されたSCLの表面には、眼表面の水分量の増加が、すぐさま反映されない可能性がある。そこで、SCLを終日装用した眼に催涙成分(Thiopropanal S-oxide)を暴露して反射性涙液分泌を促し、暴露前・後における涙液の変化と、涙液貯留量の変化の関係について検討した。
【0053】
2.対象及び方法
対象はSCLの常用者8名8眼(男性、平均年齢:21.4±1.6歳)で、SCLを終日装用させたのち、合成したタマネギの催涙成分を許容の限界まで暴露して、暴露前・後で涙液貯留量(メニスコメトリー法による涙液メニスカス曲率半径測定:R)及びSCL上の涙液動態[インターフェロメトリー法による涙液スペキュラー像の観察(1〜5でGrade分類:高いGradeほど涙液が菲薄化していることを意味する)およびNon-invasive break up time(NIBUT)の測定]を行った。暴露眼は封筒法にて決定した。尚、SCL上の涙液スペキュラー像のGrade分類については図29の通りとした。
【0054】
3.結果
暴露前・後ではR(mm)は0.24±0.07(平均±標準偏差)から0.54±0.14に増加し(図23)、それに伴いSCL上の涙液スペキュラー像は3.4±1.3から1.4±0.5と有意に低ステージに変化し(p<0.05、Wilcoxonの符号順位検定、図24)、NIBUT(秒)も、2.5±3.4から9.1±2.1と有意に長くなった(p<0.05、Wilcoxonの符号順位検定、図25)。催涙成分暴露前後のRの代表例を図26に示す。また、催涙成分暴露前後のSCL上の涙液スペキュラー像の代表例(同一例)を図27に示す。また、催涙成分暴露前後のSCL上の涙液のNIBUTの代表例(同一例)を図28に示す。
【0055】
4.まとめ
SCL上の涙液動態は、涙液貯留量の影響を大きく受けて変化し、涙液貯留量が増加すると、レンズ上の涙液層も確保され、油層の良好な伸展を得て、レンズ上の涙液の安定性が亢進することが示された。
また、催涙成分(Thiopropanal S-oxide)の暴露によって、Rが有意に増加すること、SCL上の涙液のGradeも有意に低Gradeに変化すること、さらにSCL上のNIBUTが有意に増加することが明らかとなった。これらの結果から、(1)SCL装用者における涙液貯留量の増加、(2)SCL上の涙液の厚みの増加、及び(3)涙液の安定性の増加、に対して催涙成分が有効であることが判明した。即ち、SCLに関連したドライアイの治療に対する催涙成分の有効性が改めて確認された。
【産業上の利用可能性】
【0056】
本発明が提供する涙液分泌検査用試薬は、涙液分泌量がその判定指標となる各種の疾患(例えばドライアイ)の検査に利用され得る。一方、本発明が提供する涙液分泌促進剤は、涙液の分泌を促すことがその予防又は治療に効果的な各種の疾患用(例えばドライアイ用)の薬剤として利用され得る。
【0057】
この発明は、上記発明の実施の形態及び実施例の説明に何ら限定されるものではない。特許請求の範囲の記載を逸脱せず、当業者が容易に想到できる範囲で種々の変形態様もこの発明に含まれる。
本明細書の中で明示した論文、公開特許公報、及び特許公報などの内容は、その全ての内容を援用によって引用することとする。
【0058】
次の事項を開示する。
1.請求項1〜3のいずれかに記載の涙液分泌検査用試薬を対象の眼に暴露する暴露ステップと、
前記暴露ステップを実施したときから前記対象が刺激を感じるまでの時間(ST)、又は前記暴露ステップを実施した時から所定時間後に前記対象が感じる刺激の程度、を測定する刺激測定ステップと、
前記STが正常範囲のSTよりも長い場合、又は前記刺激の程度が正常範囲の刺激の程度よりも低い場合にドライアイであると判定する判定ステップと、
を含む、ドライアイの診断方法。
2.初期状態の対象の涙液貯留量(初期涙液貯留量)を測定する初期涙液貯留量測定ステップと、
請求項1〜3のいずれかに記載の涙液分泌検査用試薬を対象の眼に暴露する暴露ステップと、
前記暴露ステップの所定時間後、又はそれまでの間、前記対象の涙液貯留量(暴露後涙液貯留量)及び/又は涙液貯留量の増加の経時変化を測定する涙液貯留量測定ステップと、
必要により、前記初期涙液貯留量と前記暴露後涙液貯留量とを用いて、前記対象の涙液貯留量の変化量を算出する変化量算出ステップと、
測定又は算出された涙液貯留量の変化量が、正常範囲の変化量よりも小さい場合にドライアイと判定する判定ステップと、
を含む、ドライアイの診断方法。
3.ドライアイの重症度に対応して、涙液貯留量の経時変化乃至変化量の範囲が予め複数に区分けされており、前記判定ステップにおいて、測定された涙液貯留量の経時変化又は算出された変化量がいずれの区分に入るかを調べることによってドライアイの重症度が判定される、
ことを特徴とする2.に記載のドライアイの診断方法。
4.請求項1〜3のいずれかに記載の涙液分泌検査用試薬を対象の眼に暴露する暴露ステップと、
前記暴露ステップの所定時間後に、前記対象の涙液貯留量を測定する涙液貯留量測定ステップと、
得られた涙液貯留量が、正常範囲の涙液貯留量よりも少ない場合にドライアイと判定する判定ステップと、
を含む、ドライアイの診断方法。
5.涙液貯留量が、涙液メニスカスの曲率半径を基に測定される、2.〜4.のいずれかに記載のドライアイの診断方法。
6.前記対象の眼に対する、前記涙液分泌検査用試薬の暴露が非接触的に実施される、1.〜5.のいずれかに記載の涙液分泌検査方法。
7.請求項1〜3のいずれかに記載の涙液分泌検査用試薬を対象の眼に暴露する暴露ステップと、
前記暴露ステップの所定時間後に、前記対象の涙液貯留量を測定する涙液貯留量測定ステップと、
得られた涙液貯留量を、同様の手順で前回求めた涙液貯留量と比較し、涙液貯留量の減少が認められた場合に症状が悪化していると判定し、涙液貯留量の上昇が認められた場合に症状が改善していると判定する判定ステップと、
を含む、ドライアイの重症度のモニタ方法。
8.初期状態の対象の涙液貯留量(初期涙液貯留量)を測定する初期涙液貯留量測定ステップと、
請求項1〜3のいずれかに記載の涙液分泌検査用試薬を対象の眼に暴露する暴露ステップと、
前記暴露ステップの所定時間後に、前記対象の涙液貯留量(暴露後涙液貯留量)を測定する涙液貯留量測定ステップと、
前記初期涙液貯留量と前記暴露後涙液貯留量とを用いて、前記対象の涙液貯留量の変化量を算出する変化量算出ステップと、
算出された変化量を、同様の手順で前回求めた変化量と比較し、変化量の減少が認められた場合に症状が悪化していると判定し、変化量の上昇が認められた場合に症状が改善していると判定する判定ステップと、
を含む、ドライアイの重症度のモニタ方法。
9.涙液貯留量が、涙液メニスカスの曲率半径を基に測定される、7.又は8.に記載のドライアイの重症度のモニタ方法。
10.前記対象の眼に対する、前記涙液分泌検査用試薬の暴露が非接触的に実施される、7.〜9.のいずれかに記載のドライアイの重症度のモニタ方法。
【0059】
11.涙液分泌促進剤を製造するための、以下の化学式で表される化合物の使用:
【化8】

但し、式中のRは炭素数1〜5のアルキル鎖を表す。
12.涙液分泌促進剤を製造するための、以下の化学式で表される化合物の使用:
【化9】

13.前記涙液分泌促進剤が、ドライアイの予防ないし治療用である、11.又は12.に記載の使用。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の化学式で表される化合物を有効成分として含む涙液分泌検査用試薬:
【化1】

但し、式中のRは炭素数1〜5のアルキル鎖を表す。
【請求項2】
以下の化学式で表される化合物を有効成分として含む涙液分泌検査用試薬:
【化2】

【請求項3】
ドライアイ検査用である、請求項1に記載の涙液分泌検査用試薬。
【請求項4】
請求項1に記載の涙液分泌検査用試薬と、
前記涙液検査用試薬を眼に暴露するために使用する暴露用容器であって、前記涙液分泌検査用試薬を入れた後に、その内側を眼に対向させた状態で眼に被せて使用する、暴露用容器と、
を含む涙液分泌検査用キット。
【請求項5】
請求項1に記載の涙液分泌検査用試薬を対象の眼に暴露する暴露ステップ、を含む涙液分泌検査方法。
【請求項6】
請求項1に記載の涙液分泌検査用試薬を対象の眼に暴露する暴露ステップと、
前記暴露ステップを実施した時から前記対象が刺激を感じるまでの時間、又は前記暴露ステップを実施した時から所定時間後に前記対象が感じる刺激の程度、を測定する刺激測定ステップと、
を含む涙液分泌検査方法。
【請求項7】
初期状態の対象の涙液貯留量(初期涙液貯留量)を測定する初期涙液貯留量測定ステップと、
請求項1に記載の涙液分泌検査用試薬を対象の眼に暴露する暴露ステップと、
前記暴露ステップの所定時間後、又はそれまでの間、前記対象の涙液貯留量(暴露後涙液貯留量)及び/又は涙液貯留量の増加の経時変化を測定する涙液貯留量測定ステップと、
必要により、前記初期涙液貯留量と前記暴露後涙液貯留量とを用いて、前記対象の涙液貯留量の変化量を算出する変化量算出ステップと、
を含む涙液分泌検査方法。
【請求項8】
請求項1に記載の涙液分泌検査用試薬を対象の眼に暴露する暴露ステップと、
前記暴露ステップの所定時間後に、前記対象の涙液貯留量を測定する涙液貯留量測定ステップと、
を含む、涙液分泌検査方法。
【請求項9】
涙液貯留量が、涙液メニスカスの曲率半径を基に測定される、請求項7に記載の涙液分泌検査方法。
【請求項10】
前記対象の眼に対する、前記涙液分泌検査用試薬の暴露が非接触的に実施される、請求項5に記載の涙液分泌検査方法。
【請求項11】
以下の化学式で表される化合物を有効成分として含む涙液分泌促進剤:
【化3】

但し、式中のRは炭素数1〜5のアルキル鎖を表す。
【請求項12】
以下の化学式で表される化合物を有効成分として含む涙液分泌促進剤:
【化4】

【請求項13】
ドライアイの予防ないし治療用である、請求項11に記載の涙液分泌促進剤。
【請求項14】
請求項11に記載の涙液分泌促進剤と、
前記涙液検査用試薬を眼に暴露するために使用する暴露用容器であって、前記涙液分泌促進剤を入れた後に、その内側を眼に対向させた状態で眼に被せて使用する、暴露用容器と、
を含む涙液分泌促進剤キット。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【図20】
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【図22】
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【図23】
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【図24】
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【図25】
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【図21】
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【図26】
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【図27】
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【図28】
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【図29】
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【国際公開番号】WO2005/067907
【国際公開日】平成17年7月28日(2005.7.28)
【発行日】平成19年12月27日(2007.12.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−517025(P2005−517025)
【国際出願番号】PCT/JP2005/000202
【国際出願日】平成17年1月11日(2005.1.11)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 
【出願人】(000111487)ハウス食品株式会社 (262)
【出願人】(503076858)
【出願人】(598037400)
【出願人】(504020784)
【Fターム(参考)】