説明

液体噴射ヘッドの製造方法

【課題】圧電体に発生するクラックが少ない液体噴射ヘッドの製造方法を得ること。
【解決手段】加熱工程(S5)を行って冷却工程(S6)を行なう。加熱工程(S5)では、第1層81の原子の再配列、歪の除去、応力の緩和が行なわれる。冷却工程(S6)では、第1層81の熱膨張率が圧電体70より大きいので、第1層81の冷却による収縮量が圧電体70と比較して大きく、熱膨張差による熱応力が、圧電体70に加わる。この圧電体70に加わる熱応力は、圧電体70を圧縮する力として働く。したがって、第1層81と接する圧電体70の界面に圧縮する力が加わり、界面からのクラックの発生を抑えることができ、圧電体70の変形量を大きくしても耐クラック性に優れたインクジェット式記録ヘッド1の製造方法を得ることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、圧電素子を備えた液体噴射ヘッドの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
チタン酸ジルコン酸鉛(PZT)等に代表される結晶を含む圧電体は、自発分極、高誘電率、電気光学効果、圧電効果、焦電効果等を有しているため、圧電素子等の広範なデバイスに応用されている。圧電効果を利用する場合、圧電体に一対の電極を形成して圧電素子とし、電極間に電圧を印加することにより、電圧に応じて圧電体を変形させる。
また、液体としてのインクを吐出するノズル開口と連通する圧力発生室の一部を振動板で構成し、この振動板を圧電素子により変形させ、圧力発生室のインクを加圧してノズル開口からインクを吐出させるインクジェットプリンターなどの液体噴射ヘッドおよび液体噴射装置が知られている。
【0003】
例えば、チタン酸ジルコン酸鉛は柱状構造を有しており、応力に対して、粒界からクラックが発生して破壊され易い。圧電体に加わる応力は、圧電体自体の伸縮による応力と振動板の変形に伴う応力と電極による応力とを含んでいる。
電極による応力は、振動板上に形成された圧電体の上に形成される、いわゆる上電極による応力の影響が大きい。上電極の構造として中間膜を備えた2層構造のものが知られている(例えば、特許文献1参照)。中間膜としては、イリジウム、白金およびパラジウムが用いられている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2009−196329号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
近年の印刷の高精細化に対応するべくノズル開口間の距離を縮めて密度を上げると、圧力発生室の体積が減少するので、液体の噴射量を確保するために、圧電体の変形量を大きくして排除体積を大きくする必要がある。また、圧力発生室の体積の減少に伴って、圧電体の厚みも薄くする必要がある。
圧電体との密着性を向上させるために、圧電体上に、イリジウム、白金およびパラジウムを含む電極をスパッタリング法で、厚み数十nm以上形成すると、スパッタガスを電極が取り込み伸張する。その結果、残留応力として圧縮応力が生じ、圧電体に引っ張り応力が加わり易い。圧電体に引っ張りの力が加わると、柱状構造の粒界が広がり、圧電体にクラックが生じ易い。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、上述の課題を解決するためになされたものであり、以下の形態または適用例として実現することが可能である。
【0007】
[適用例1]
液体を噴射するノズル開口に連通した圧力発生室と、前記圧力発生室の一部を構成する振動板と、前記振動板上に形成された第1電極と、前記第1電極上に形成された圧電体と、前記圧電体上に形成された第2電極とを備えた液体噴射ヘッドの製造方法であって、前記振動板上に、前記第1電極を形成する第1電極形成工程と、前記第1電極上に、前記圧電体を形成する圧電体形成工程と、前記圧電体上に、前記圧電体と比較して熱膨張率の大きい、前記第2電極の導電性を有する第1層を形成する第1層形成工程と、前記第1層上に、前記第1層より酸化され易い犠牲層を形成する犠牲層形成工程と、前記振動板、前記第1電極、前記圧電体、前記第1層および前記犠牲層を加熱する加熱工程と、前記加熱工程後に、前記振動板、前記第1電極、前記圧電体、前記第1層および前記犠牲層を冷却する冷却工程と、前記冷却工程後に、前記第1層および前記犠牲層上に、前記第2電極の導電性を有する第2層を形成する第2層形成工程とを含むことを特徴とする液体噴射ヘッドの製造方法。
【0008】
この適用例によれば、第1層形成工程で、圧電体上に圧電体と比較して熱膨張率の大きい第2電極の第1層を形成する。その後、加熱工程を行って冷却工程を行なう。加熱工程では、第1層の原子の再配列、歪の除去、応力の緩和が行なわれる。冷却工程では、第1層の熱膨張率が圧電体より大きいので、第1層の冷却による収縮量が圧電体と比較して大きく、熱膨張差による熱応力が、圧電体に加わる。この圧電体に加わる熱応力は、圧電体を圧縮する力として働く。したがって、第1層と接する圧電体の界面に圧縮する力が加わり、界面からのクラックの発生が抑えられ、圧電体の変形量を大きくしても耐クラック性に優れた液体噴射ヘッドの製造方法が得られる。
【0009】
また、犠牲層形成工程で、第1層上に第1層より酸化されやすい犠牲層を形成するので、その後の加熱工程において、犠牲層が酸化されることによって、第1層の酸化が抑制され、第1層の材質が変化することによる熱膨張率の変化が抑えられる。したがって、熱膨張率に応じた圧電体を圧縮する必要な熱応力が得られ、界面からのクラックの発生が抑えられ、圧電体の変形量を大きくしても耐クラック性により優れた液体噴射ヘッドの製造方法が得られる。
【0010】
さらに、第1層および犠牲層上に導電性を有する第2層を形成するので、犠牲層が酸化されて導電性が低下しても、第2電極の抵抗の上昇が抑えられ、第1電極と第2電極との間に電圧を印加して、圧電体を変形させるときに、第2電極による電圧降下が抑えられる。したがって、印加電圧に応じた圧電体の変形が得られ、圧電体の変形量の低下の少ない液体噴射ヘッドの製造方法が得られる。
【0011】
[適用例2]
上記液体噴射ヘッドの製造方法において、前記第1層はイリジウム層で、前記犠牲層はチタン層であることを特徴とする液体噴射ヘッドの製造方法。
この適用例では、チタン層はイリジウム層より酸化され易いため、前述の効果が達成できる液体噴射ヘッドの製造方法が得られる。
【0012】
[適用例3]
上記液体噴射ヘッドの製造方法において、前記加熱工程における加熱温度は、350℃以上、750℃以下であることを特徴とする液体噴射ヘッドの製造方法。
この適用例では、加熱工程における加熱温度を350℃以上とすることで、第1層の原子の再配列、歪の除去、応力の緩和が行なわれる。一方、加熱工程における加熱温度を750℃以下とすることで、犠牲層の酸化とともに第2電極の第1層が酸化されるのを防げる。したがって、前述の効果が達成できる液体噴射ヘッドの製造方法が得られる。
【0013】
[適用例4]
上記液体噴射ヘッドの製造方法において、前記第2層形成工程で、0.5Pa以上のAr雰囲気下でイリジウムをスパッタリングして前記第2層を形成することを特徴とする液体噴射ヘッドの製造方法。
この適用例では、第2層を0.5Pa以上のAr雰囲気下でイリジウムをスパッタリングして形成することにより、振動板から犠牲層までの積層体に引っ張りの力が加わる。したがって、冷却工程で加わった熱応力によって、圧力発生室側に撓んだ振動板から犠牲層までの積層体が、圧力発生室の体積が増える方向に戻る。したがって、圧電体の変形による排除体積が確保された液体噴射ヘッドの製造方法が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】実施形態におけるインクジェット式記録装置の一例を示す概略斜視図。
【図2】インクジェット式記録ヘッドの概略構成を示す分解部分斜視図。
【図3】(a)はインクジェット式記録ヘッドの部分平面図、(b)は(a)におけるA−A概略断面図。
【図4】圧電素子付近の概略拡大断面図。
【図5】インクジェット式記録ヘッドの製造方法の一部を示すフローチャート図。
【図6】インクジェット式記録ヘッドの製造方法の一部を示す概略断面図。
【図7】インクジェット式記録ヘッドの製造方法の一部を示す概略断面図。
【図8】加熱工程における加熱温度と、平均破壊電界強度との関係を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、実施形態を図面に基づいて詳しく説明する。
図1は、液体噴射装置としてのインクジェット式記録装置1000の一例を示す概略斜視図である。インクジェット式記録装置1000は、液体噴射ヘッドとしてのインクジェット式記録ヘッド1を備えている。
図1において、インクジェット式記録装置1000は、記録ヘッドユニット1Aおよび1Bを備えている。記録ヘッドユニット1Aおよび1Bには、インク供給手段を構成するカートリッジ2Aおよび2Bが着脱可能に設けられ、この記録ヘッドユニット1Aおよび1Bを搭載したキャリッジ3は、装置本体4に取り付けられたキャリッジ軸5に軸方向移動自在に設けられている。
【0016】
記録ヘッドユニット1Aおよび1Bは、例えば、それぞれブラックインク組成物およびカラーインク組成物を吐出する。そして、駆動モーター6の駆動力が図示しない複数の歯車およびタイミングベルト7を介してキャリッジ3に伝達されることで、記録ヘッドユニット1Aおよび1Bを搭載したキャリッジ3はキャリッジ軸5に沿って移動する。一方、装置本体4にはキャリッジ軸5に沿ってプラテン8が設けられており、図示しない給紙ローラーなどにより給紙された紙等の記録媒体である記録シートSがプラテン8上を搬送されるようになっている。
【0017】
記録ヘッドユニット1Aおよび1Bは、インクジェット式記録ヘッド1を記録シートSに対向する位置に備えている。図では、インクジェット式記録ヘッド1は、記録ヘッドユニット1Aおよび1Bの記録シートS側に位置しており、直接図示されていない。
【0018】
図2に、実施形態にかかるインクジェット式記録ヘッド1を示す分解部分斜視図を示した。インクジェット式記録ヘッド1の形状は略直方体であり、図2は、インクジェット式記録ヘッド1の長手方向(図中の白抜き矢印方向)に直交する面で切断した分解部分斜視図である。
また、図3(a)には、インクジェット式記録ヘッド1の部分平面図を、(b)には、(a)におけるA−A概略断面図を示した。
【0019】
図2および図3において、インクジェット式記録ヘッド1は、流路形成基板10とノズルプレート20と保護基板30とコンプライアンス基板40と駆動回路200とを備えている。
流路形成基板10とノズルプレート20と保護基板30とは、流路形成基板10をノズルプレート20と保護基板30とで挟むように積み重ねられ、保護基板30上には、コンプライアンス基板40が形成されている。
【0020】
流路形成基板10は、面方位(110)のシリコン単結晶板からなる。流路形成基板10には、異方性エッチングによって、複数の圧力発生室12が列をなすように形成されている。圧力発生室12のインクジェット式記録ヘッド1の長手方向と直交する幅方向の断面形状は台形状で、圧力発生室12は、インクジェット式記録ヘッド1の幅方向に長く形成されている。この方向を圧力発生室12の長手方向とする。
【0021】
また、流路形成基板10の圧力発生室12の長手方向外側の領域には連通部13が形成され、さらに、連通部13と各圧力発生室12とが、各圧力発生室12に設けられた液体供給路としてのインク供給路14を介して連通されている。インク供給路14は、圧力発生室12よりも狭い幅で形成されており、連通部13から圧力発生室12に流入するインクの流路抵抗を一定に保持している。
【0022】
ノズルプレート20には、各圧力発生室12のインク供給路14とは反対側の端部近傍に、外部と連通するノズル開口21が穿設されている。
なお、ノズルプレート20は、ガラスセラミックス、シリコン単結晶基板または不錆鋼などからなる。
流路形成基板10とノズルプレート20とは、接着剤や熱溶着フィルム等によって固着されている。
【0023】
流路形成基板10のノズルプレート20が固着された面と対向する面には、振動板53の一部を構成する弾性膜50が形成されている。弾性膜50は、熱酸化により形成された酸化膜からなる。
流路形成基板10の弾性膜50上には、酸化ジルコニウム膜からなる絶縁体膜51が形成されている。絶縁体膜51は、例えば、以下のようにして形成する。
まず、ジルコニウム膜を形成する。ジルコニウム膜は、スパッタリング法等により形成できる。ジルコニウム膜を500〜1200℃の拡散炉で熱酸化することにより酸化ジルコニウムからなる絶縁体膜51を形成する。
実施形態では、弾性膜50と絶縁体膜51とで、振動板53が構成されている。
【0024】
振動板53上には、厚さが例えば、約0.01〜0.10μmの第1電極としての下電極60と、厚さが例えば、約0.5〜5μmの圧電体70と、厚さが例えば、約0.05〜0.08μmの第2電極としての上電極80とからなる圧電素子300が形成されている。図4に、圧電素子300付近の概略拡大断面図を示した。
図4において、上電極80は、第1層81、第2層82および犠牲層83を備えている。
【0025】
以下に、圧電素子300の製造方法を中心に、インクジェット式記録ヘッド1の製造方法を詳しく述べる。
図5に、インクジェット式記録ヘッド1の製造方法の一部を示すフローチャート図を示した。
図5において、インクジェット式記録ヘッド1の製造方法は、第1電極形成工程としてのステップ1(S1)と、圧電体形成工程としてのステップ2(S2)と、第1層形成工程としてのステップ3(S3)と、犠牲層形成工程としてのステップ4(S4)と、加熱工程としてのステップ5(S5)と、冷却工程としてのステップ6(S6)と、第2層形成工程としてのステップ7(S7)とを含む。
【0026】
図6および図7に、インクジェット式記録ヘッド1の製造方法の一部を示す概略断面図を示した。
図6(a)は第1電極形成工程(S1)を、図6(b)は圧電体形成工程(S2)を、図6(c)は第1層形成工程(S3)を、図6(d)は犠牲層形成工程(S4)を、図7(a)は加熱工程(S5)を、図7(b)は冷却工程(S6)を、図7(c)は第2層形成工程(S7)を表している。
ここで、実際には、圧力発生室12は、圧電素子300を形成後に流路形成基板10をエッチングして形成されるが、各工程における応力の加わる様子がわかるように、圧力発生室12が形成された状態で断面図を示し、それぞれの工程における変形状態を誇張して示した。
また、製造工程の説明のため、図6および図7では、図2、図3および図4に示した圧電体70、第1層81、犠牲層83および第2層82の形状を形成する前の膜の状態を、同じ符号を用いて示している。
【0027】
図6(a)において、第1電極形成工程(S1)では、振動板53上に、第1電極としての下電極60を形成する。
下電極60は、白金、イリジウム等の金属や、ニッケル酸ランタン(LNO)、ルテニウム酸ストロンチウム(SrRuO)等の金属酸化物からなる下電極膜を絶縁体膜51の表面に形成後、所定形状にパターニングすることにより得られる。下電極60の厚みは、電極材料の抵抗値によって異なる。
振動板53上に下電極60を形成した状態では、残留応力は少なく、下電極60および振動板53の変形は少ない。
【0028】
図6(b)において、圧電体形成工程(S2)では、下電極60上に、圧電体70の膜を形成する。
圧電体70としては、チタン酸ジルコン酸鉛を用いることができる。
圧電体70の膜の製造方法としては、金属有機物を触媒に溶解・分散したいわゆるゾルを塗布乾燥してゲル化し、さらに高温で焼成することで金属酸化物からなる圧電体70の膜を得る、いわゆるゾル−ゲル法を用いることができる。
なお、ゾル−ゲル法に限定されず、例えば、MOD(Metal−Organic Decomposition)法等を用いてもよい。さらに、これらの液相法による圧電体70の膜の製造方法に限定されず、スパッタリングなどの蒸着法を用いた圧電体70の膜の製造方法であってもよい。
【0029】
ゾル−ゲル法を詳しく説明すると、まず金属有機化合物を含むゾル(溶液)を塗布する。次いで、塗布により得られる圧電体前駆体膜を、所定温度に加熱して一定時間乾燥させ、ゾルの溶媒を蒸発させることで圧電体前駆体膜を乾燥させる。さらに、大気雰囲気下において一定の温度で一定時間、圧電体前駆体膜を脱脂する。
なお、ここで言う脱脂とは、ゾル膜の有機成分を、例えば、NO2、CO2、H2O等として離脱させることである。
【0030】
このような塗布・乾燥・脱脂の工程を、所定回数、例えば、2回繰り返すことで、圧電体前駆体膜を所定厚に形成し、この圧電体前駆体膜を拡散炉等で加熱処理することによって結晶化させて圧電体膜を形成する。すなわち、圧電体前駆体膜を焼成することで結晶が成長して圧電体膜が形成される。
焼成温度は、650〜850℃程度であることが好ましく、例えば、約700℃で30分間、圧電体前駆体膜を焼成して圧電体膜を形成する。このような条件で形成した圧電体膜の結晶は(100)面に優先配向する。
上述した塗布・乾燥・脱脂・焼成の工程を、複数回繰り返すことにより、多層の圧電体膜からなる所定厚さの圧電体70の膜を形成する。圧電体70の膜は、柱状構造を有し、粒界が形成される。
圧電体70の膜を形成した状態では、撓みはないか、圧力発生室12側に若干撓む。
【0031】
圧電体70の膜の材料としては、例えば、チタン酸ジルコン酸鉛等の強誘電性圧電材料に、ニオブ、ニッケル、マグネシウム、ビスマスまたはイットリウム等の金属を添加したリラクサ強誘電体等を用いてもよい。
【0032】
図6(c)において、第1層形成工程(S3)では、圧電体70の膜上に、第1層81の膜を形成する。例えば、イリジウムを含む第1層81の膜を、スパッタリング法、例えば、DCまたはRFスパッタリング法によって形成する。イリジウムのほか、白金、パラジウムを用いてもよい。
スパッタリング法で形成された金属膜は、一般に圧縮応力を有し、振動板53、下電極60、圧電体70の膜に引っ張りの力を加える。したがって、振動板53、下電極60、圧電体70の膜は、圧力発生室12の体積が増える方向に撓む。
【0033】
図6(d)において、犠牲層形成工程(S4)では、第1層81の膜上に、第1層81の膜より酸化され易い犠牲層83の膜を形成する。
犠牲層83の膜は、例えば、第1層81の膜がイリジウム膜の場合、チタン膜をスパッタリング法で形成することによって得られる。
【0034】
図7(a)において、加熱工程(S5)では、振動板53、下電極60、圧電体70の膜、第1層81の膜および犠牲層83の膜を加熱する。加熱温度は、350℃以上、750℃以下が好ましい。例えば、740℃で8分間加熱する。
加熱によって、第1層81の膜の原子の再配列、歪の除去、応力の緩和が行なわれ、振動板53、下電極60、圧電体70の膜、第1層81の膜および犠牲層83の膜の変形が少なくなり、第1層形成工程(S3)の前の状態までほぼ戻る。
また、犠牲層83の膜は加熱によって酸化され、島状構造を有するようになる。ここでは、犠牲層83の膜の構造が異なるが同じ符号を付して示している。
【0035】
図7(b)において、冷却工程(S6)では、振動板53、下電極60、圧電体70の膜、第1層81の膜および犠牲層83の膜を冷却する。例えば、冷却は室温まで3分間程度で行うことができる。
冷却によって、熱膨張率の大きい第1層81の膜は、振動板53、下電極60、圧電体70の膜および犠牲層83の膜と比較して大きく収縮する。
この熱応力によって、振動板53、下電極60、圧電体70の膜、第1層81の膜および犠牲層83の膜は、圧力発生室12の体積が減る方向に撓む。
【0036】
図7(c)において、第2層形成工程(S7)では、第2層82の膜を第1層81の膜および犠牲層83の膜上に形成する。
第2層82の膜は、例えば、0.5Pa以上のAr雰囲気下でイリジウムをスパッタリングして形成する。この条件で形成した第2層82の膜には、圧縮応力が生じる。第2層82の膜の膜厚は、振動板53、下電極60、圧電体70の膜、第1層81の膜、犠牲層83の膜および第2層82の膜が、第1層形成工程(S3)の前の状態までほぼ戻るまで力が加わる膜厚とする。例えば、40〜50nmとすることができる。
【0037】
以上述べた工程の後、圧電体70の膜、第1層81の膜、犠牲層83の膜および第2層82の膜を、各圧力発生室12に対向する領域にパターニングして、図4に示した下電極60、圧電体70および上電極80を備えた圧電素子300を形成する。
【0038】
図2、図3および図4において、一般的には、圧電素子300のいずれか一方の電極を共通電極とし、他方の電極および圧電体70を圧力発生室12毎にパターニングして構成する。実施形態では、下電極60を圧電素子300の共通電極とし、上電極80を圧電素子300の個別電極としている。
【0039】
図2および図3において、上電極80には、例えば、金(Au)等からなるリード電極90が設けられている。リード電極90は、一端部が上電極80に接続されている。一方、他端部は延設され、延設された先端部は、外部に露出している。リード電極90の他端部は、圧電素子300を駆動する駆動回路200と接続配線220を介して接続されている。
【0040】
流路形成基板10上には、保護基板30が接着剤35によって接着されている。
保護基板30は、圧電素子300に対向する領域に、圧電素子300の運動を阻害しない程度の空間を確保した状態の圧電素子保持部32を有する。
なお、実施形態では、各圧電素子保持部32は、各圧力発生室12の列に対応する領域に一体的に設けられているが、圧電素子300毎に独立して設けられていてもよい。
保護基板30の材料としては、例えば、ガラス、セラミックス材料、金属、樹脂等が挙げられるが、流路形成基板10の熱膨張率と略同一の材料で形成されていることがより好ましく、実施形態では、流路形成基板10と同一材料のシリコン単結晶基板を用いて形成する。
【0041】
また、保護基板30には、流路形成基板10の連通部13に対応する領域にリザーバー部31が設けられている。このリザーバー部31は、実施形態では、保護基板30を厚さ方向に貫通して圧力発生室12の列に沿って設けられており、流路形成基板10の連通部13と連通されて各圧力発生室12の共通のインク室となるマニホールド100を構成している。
【0042】
保護基板30上には、封止膜41および固定板42とからなるコンプライアンス基板40が接合されている。ここで、封止膜41は、剛性が低く可撓性を有する材料(例えば、厚さが6μmのポリフェニレンサルファイド(PPS)フィルム)からなり、この封止膜41によってリザーバー部31の一方面が封止されている。また、固定板42は、金属等の硬質の材料(例えば、厚さが30μmのステンレス鋼(SUS)等)で形成されている。この固定板42のマニホールド100に対向する領域は、厚さ方向に完全に除去された開口部43となっているため、マニホールド100の一方面は可撓性を有する封止膜41のみで封止されている。
【0043】
インクジェット式記録ヘッド1では、カートリッジ2Aおよび2Bからインクを取り込み、マニホールド100からノズル開口21に至るまで内部をインクで満たした後、駆動回路200からの駆動信号に従い、圧力発生室12に対応するそれぞれの下電極60と上電極80との間に電圧が印加される。電圧の印加によって、圧電体70が撓み変形し、各圧力発生室12内の圧力が高まりノズル開口21からインク滴が吐出する。
【0044】
駆動信号は、例えば、駆動電源信号等の駆動ICを駆動させるための駆動系信号のほか、シリアル信号(SI)等の各種制御系信号を含み、配線は、それぞれの信号が供給される複数の配線で構成される。
【0045】
図8は、加熱工程(S5)における加熱温度と、平均破壊電界強度との関係を示す図である。
横軸が加熱温度(℃)を表し、縦軸が平均破壊電界強度(kV/cm)を表している。また、圧電体70としては、チタン酸ジルコン酸鉛を用いた。
図8において、平均破壊電界強度は、加熱温度が350℃から上昇し始め、700℃程度まで上昇し続ける。印加電圧が65Vとして、圧電体70の厚みが1.4μmの場合、加わる電界強度は480(kV/cm)であるので、加熱工程(S5)を行なわなくてもクラックによる破壊は起こりにくい。一方、高密度化に伴い、圧電体70の厚みが0.7μmになると、加わる電界強度は930(kV/cm)となる。したがって、加熱工程(S5)で、700℃程度の加熱を行なって、1000(kV/cm)程度の平均破壊電界強度を得る必要がある。
【0046】
このような本実施形態によれば、以下の効果がある。
(1)第1層形成工程(S3)で、圧電体70上に圧電体70と比較して熱膨張率の大きい上電極80の第1層81を形成する。その後、加熱工程(S5)を行って冷却工程(S6)を行なう。加熱工程(S5)では、第1層81の原子の再配列、歪の除去、応力の緩和が行なわれる。冷却工程(S6)では、第1層81の熱膨張率が圧電体70より大きいので、第1層81の冷却による収縮量が圧電体70と比較して大きく、熱膨張差による熱応力が、圧電体70に加わる。この圧電体70に加わる熱応力は、圧電体70を圧縮する力として働く。したがって、第1層81と接する圧電体70の界面に圧縮する力が加わり、界面からのクラックの発生を抑えることができ、圧電体70の変形量を大きくしても耐クラック性に優れたインクジェット式記録ヘッド1の製造方法を得ることができる。
【0047】
(2)犠牲層形成工程(S4)で、第1層81上に第1層81より酸化されやすい犠牲層83を形成するので、その後の加熱工程(S5)において、犠牲層83が酸化されることによって、第1層81の酸化が抑制され、第1層81の材質が変化することによる熱膨張率の変化が抑えられる。したがって、熱膨張率に応じた圧電体70を圧縮する必要な熱応力が得られ、界面からのクラックの発生を抑えることができ、圧電体70の変形量を大きくしても耐クラック性により優れたインクジェット式記録ヘッド1の製造方法を得ることができる。
【0048】
(3)第1層81および犠牲層83上に導電性を有する第2層82を形成するので、犠牲層83が酸化されて導電性が低下しても、上電極80の抵抗の上昇を抑えることができ、下電極60と上電極80との間に電圧を印加して、圧電体70を変形させるときに、上電極80による電圧降下を抑えることができる。したがって、印加電圧に応じた圧電体70の変形を得ることができ、圧電体の70の変形量の低下の少ないインクジェット式記録ヘッド1の製造方法を得ることができる。
【0049】
(4)チタン層はイリジウム層より酸化され易いため、前述の効果が達成できるインクジェット式記録ヘッド1の製造方法を得ることができる。
【0050】
(5)加熱工程(S5)における加熱温度を350℃以上とすることで、第1層81の原子の再配列、歪の除去、応力の緩和が行なわれる。一方、加熱工程(S5)における加熱温度を750℃以下とすることで、犠牲層83の酸化とともに上電極80の第1層81が酸化されるのを防ぐことができる。したがって、前述の効果が達成できるインクジェット式記録ヘッド1の製造方法を得ることができる。
【0051】
(6)第2層82を0.5Pa以上のAr雰囲気下でイリジウムをスパッタリングして形成することにより、振動板53から犠牲層83までの積層体に引っ張りの力が加わる。したがって、冷却工程(S6)で加わった熱応力によって、圧力発生室12側に撓んだ振動板53から犠牲層83までの積層体が、圧力発生室12の体積が増える方向に戻る。したがって、圧電体70の変形による排除体積が確保されたインクジェット式記録ヘッド1の製造方法を得ることができる。
【0052】
実施形態以外にも、種々の変更を行うことが可能である。
例えば、第1電極、圧電体、第1層、犠牲層、第2層を形成する材料によって、排除体積を含めたインクジェット式記録ヘッドの駆動に適切な膜厚、形成条件を選択することができる。
また、第1層に用いる材料と犠牲層に用いる材料の組み合わせは、イリジウムとチタンに限らない。
【0053】
上述した実施形態では、液体噴射ヘッドの一例としてインクジェット式記録ヘッドを挙げて説明したが、本発明は広く液体噴射ヘッド全般を対象としたものであり、インク以外の液体を噴射する液体噴射ヘッドにも勿論適用できる。
その他の液体噴射ヘッドとしては、例えば、プリンター等の画像記録装置に用いられる各種の記録ヘッド、液晶ディスプレイ等のカラーフィルターの製造に用いられる色材噴射ヘッド、有機ELディスプレイ、FED(電界放出ディスプレイ)等の電極形成に用いられる電極材料噴射ヘッド、バイオchip製造に用いられる生体有機物噴射ヘッド等が挙げられる。
【符号の説明】
【0054】
1…インクジェット式記録ヘッド、1A,1B…記録ヘッドユニット、2A,2B…カートリッジ、3…キャリッジ、4…装置本体、5…キャリッジ軸、6…駆動モーター、7…タイミングベルト、8…プラテン、10…流路形成基板、12…圧力発生室、13…連通部、14…インク供給路、20…ノズルプレート、21…ノズル開口、30…保護基板、31…リザーバー部、32…圧電素子保持部、35…接着剤、40…コンプライアンス基板、41…封止膜、42…固定板、43…開口部、50…弾性膜、51…絶縁体膜、53…振動板、60…第1電極としての下電極、70…圧電体、80…第2電極としての上電極、81…第1層、82…第2層、83…犠牲層、90…リード電極、100…マニホールド、200…駆動回路、220…接続配線、300…圧電素子、1000…インクジェット式記録装置。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
液体を噴射するノズル開口に連通した圧力発生室と、前記圧力発生室の一部を構成する振動板と、前記振動板上に形成された第1電極と、前記第1電極上に形成された圧電体と、前記圧電体上に形成された第2電極とを備えた液体噴射ヘッドの製造方法であって、
前記振動板上に、前記第1電極を形成する第1電極形成工程と、
前記第1電極上に、前記圧電体を形成する圧電体形成工程と、
前記圧電体上に、前記圧電体と比較して熱膨張率の大きい、前記第2電極の導電性を有する第1層を形成する第1層形成工程と、
前記第1層上に、前記第1層より酸化され易い犠牲層を形成する犠牲層形成工程と、
前記振動板、前記第1電極、前記圧電体、前記第1層および前記犠牲層を加熱する加熱工程と、
前記加熱工程後に、前記振動板、前記第1電極、前記圧電体、前記第1層および前記犠牲層を冷却する冷却工程と、
前記冷却工程後に、前記第1層および前記犠牲層上に、前記第2電極の導電性を有する第2層を形成する第2層形成工程とを含む
ことを特徴とする液体噴射ヘッドの製造方法。
【請求項2】
請求項1に記載の液体噴射ヘッドの製造方法において、
前記第1層はイリジウム層で、前記犠牲層はチタン層である
ことを特徴とする液体噴射ヘッドの製造方法。
【請求項3】
請求項2に記載の液体噴射ヘッドの製造方法において、
前記加熱工程における加熱温度は、350℃以上、750℃以下である
ことを特徴とする液体噴射ヘッドの製造方法。
【請求項4】
請求項1〜請求項3のいずれか一項に記載の液体噴射ヘッドの製造方法において、
前記第2層形成工程で、0.5Pa以上のAr雰囲気下でイリジウムをスパッタリングして前記第2層を形成する
ことを特徴とする液体噴射ヘッドの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2012−218232(P2012−218232A)
【公開日】平成24年11月12日(2012.11.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−84245(P2011−84245)
【出願日】平成23年4月6日(2011.4.6)
【出願人】(000002369)セイコーエプソン株式会社 (51,324)
【Fターム(参考)】