説明

液冷システム、液冷システム部品、及び電子装置の冷却方法

【課題】液冷システム、液冷システム部品、及び電子装置の冷却方法において、冷却水中の腐食防止剤の濃度の低減を抑制し、液冷システム部品の腐食を長期的に防止すること。
【解決手段】冷却水Cによって電子装置7を冷却する液冷システムであって、冷却水Cと接する部分の部品の表面に、第1の腐食防止剤の吸着皮膜15が形成され、冷却水Cに、第1の腐食防止剤とは異なる第2の腐食防止剤が添加された液冷システムによる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、液冷システム、液冷システム部品、及び電子装置の冷却方法に関する。
【背景技術】
【0002】
サーバやパーソナルコンピュータ等の電子計算機では、搭載されるLSIの集積密度や実装密度が高密度化され、また、処理データの容量も次第に大きくなりつつある。これに伴い、LSIの発熱量も増大するようになり、効率的に電子計算機を冷却する方法が望まれている。
【0003】
冷却方法としては、冷却ファンにより風を送り込む強制空冷方式が長年用いられてきたが、この方式ではLSIを許容温度以下に冷却することが困難なため、冷却効率のよい液冷方式による冷却が提案されている。
【0004】
そのような液冷方式では、LSIの冷却効率を高めるため、LSIチップの上面に金属性の冷却板を設け、その冷却板内に冷却水を通水する。
【0005】
但し、長期にわたって冷却水を通水していると、冷却水が冷却板や配管等の部品に接触することで水質が変化し、これにより部品が侵食されて漏水が発生するおそれがある。
【0006】
そこで、このような侵食を防止するため、冷却水中にインヒビターと呼ばれる腐食防止剤を添加することが行われる。インヒビターを添加することにより、部品の表面に薄い皮膜が形成され、その皮膜によって冷却水と部品とが隔離され、部品の腐食を防止することができる。
【0007】
しかしながら、インヒビターの皮膜は、部品表面に恒久的に形成されるわけではなく、電子装置を使用しているうちにその一部が剥がれることがある。その場合、冷却水中のインヒビターによって当該箇所に新たな皮膜が形成されるが、冷却水中のインヒビター濃度は皮膜の形成に要した分だけ減少する。
【0008】
よって、インヒビターの減少分を見込み、電子装置の使用当初に冷却水を高濃度に添加する必要が生じるが、これでは不要となった冷却水を排水するときに、有害なインヒビターを無害化したり希釈したりするための廃液処理が必要となり、手間がかかる。
【特許文献1】特開平5−148672号公報
【特許文献2】特開平9−268386号公報
【特許文献3】特開平9−271156号公報
【特許文献4】特開昭63−50047号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
液冷システム、液冷システム部品、及び電子装置の冷却方法において、冷却水中の腐食防止剤の濃度が低減するのを抑制し、液冷システム部品の腐食を長期的に防止することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
以下の開示の一観点によれば、冷却水によって電子装置を冷却する液冷システムであって、前記冷却水と接する部分の部品の表面に、第1の腐食防止剤の吸着皮膜が形成され、前記冷却水に、前記第1の腐食防止剤とは異なる第2の腐食防止剤が添加された液冷システムが提供される。
【0011】
また、その開示の別の観点によれば、冷却水によって電子装置を冷却する液冷システムの部品であって、前記冷却水と接する部分の表面に、腐食防止剤の吸着皮膜が形成された液冷システム部品が提供される。
【0012】
更に、その開示の他の観点によれば、冷却水と接する部分の部品の表面に、第1の腐食防止剤の吸着皮膜を予め形成し、前記第1の腐食防止剤とは異なる第2の腐食防止剤が添加された冷却水を、前記部品に通水して電子装置を冷却する電子装置の冷却方法が提供される。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、第1の腐食防止剤の吸着皮膜が剥がれた部分が、冷却水中の第2の腐食防止剤の沈殿皮膜によって修復されるので、その沈殿皮膜によって部品表面を冷却水から隔離でき、部品表面が冷却水によって腐食するのを防止できる。
【0014】
しかも、冷却水に添加する第2の腐食防止剤の濃度は、吸着皮膜の修復に必要な濃度で済むので、第2の腐食防止剤の沈殿皮膜のみで部品表面を保護する場合と比較してその濃度を低減でき、冷却水の廃液処理を省略することができるようになる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
以下に、本発明の実施の形態について、添付図面を参照しながら詳細に説明する。
【0016】
(1)第1実施形態
液冷システムに使用されるインヒビターとしては、沈殿皮膜型のインヒビターと吸着皮膜型のインヒビターとがある。これらのインヒビターの機能について以下に説明する。
【0017】
図1は、沈殿皮膜型のインヒビターの機能を示す模式図であって、冷却水が通水される配管10の断面図に相当する。
【0018】
沈殿皮膜型のインヒビター13は、純水中に溶解させて使用されるものであって、配管10内を循環しているうちに沈殿し、配管10の内面に沈殿皮膜11を形成する。
【0019】
その沈殿皮膜11によって、配管10の内面と純水とが隔離され、該内面が純水によって腐食するのを防止できる。更に、沈殿皮膜11の一部が剥離しても、純水中のインヒビター13が剥離した箇所に堆積し、沈殿皮膜11が自動的に修復されるので、腐食防止効果を維持することができる。
【0020】
但し、その場合、沈殿皮膜11を修復するのに要した分だけ純水中でのインヒビター濃度が低下してしまうことになる。
【0021】
図2は、吸着皮膜型のインヒビターの機能を示す模式図であって、上記の配管10の断面図に相当するものである。
【0022】
吸着皮膜型のインヒビターは純水に不溶である。使用に際しては、純水を通水する前に配管10の内面に吸着皮膜型のインヒビターを予め塗布し、インヒビター中の分子が配管10に吸着してなる吸着皮膜15を形成しておく。
【0023】
吸着皮膜15によって、配管10の内面が純水から隔離され、該内面が純水によって腐食するのを防止できる。また、吸着皮膜15は、沈殿皮膜型のインヒビターの沈殿皮膜11(図1参照)と比較して、配管10等の下地との密着性に優れているという利点もある。
【0024】
但し、その吸着皮膜15の一部が一旦剥離すると、沈殿皮膜型のインヒビターの場合のように剥離した箇所が修復されることはなく、当該箇所では配管10の内面が水と接触して腐食が進行してしまうことになる。
【0025】
このように、沈殿皮膜型のインヒビターと吸着皮膜型のインヒビターとは一長一短であるが、これらを組み合わせることにより、互いの短所を補い合うことができる。
【0026】
図3(a)、(b)は、これらのインヒビターを組み合わせることにより得られる利点について説明するための模式図であって、配管10の断面図に相当する。
【0027】
図3(a)に示すように、この例では、吸着皮膜型のインヒビターの吸着皮膜15が予め配管10の内面に塗布されている。そして、その配管10には、沈殿皮膜型のインヒビター13が溶解した純水が通水される。
【0028】
このようにすると、配管10の一部Rにおいて吸着皮膜15が剥離したとしても、図3(b)に示すように、当該箇所に沈殿皮膜型のインヒビター13の沈殿皮膜11が形成され、皮膜の剥離部分が修復される。
【0029】
更に、吸着皮膜15は沈殿皮膜11よりも配管10との密着性が強く剥離の危険性が少ないので、図1のように沈殿皮膜11のみで配管10を覆う場合と比較して、皮膜の修復に要する沈殿皮膜型のインヒビターの量が少なくて済む。
【0030】
よって、図1のように沈殿皮膜型のインヒビターのみを使用する場合と比較して、純水に添加しておく沈殿皮膜型のインヒビターの濃度を少なくすることができるので、その純水をそのまま外部に廃液することもでき、インヒビターを無害化する等の廃液処理が不要となる。
【0031】
上記した沈殿皮膜型のインヒビターと吸着皮膜型のインヒビターの材料は特に限定されない。
【0032】
沈殿皮膜型のインヒビターとしては、銅や銅合金の腐食防止に効果的なベンゾトリアゾール(BTA)を使用し得る。
【0033】
一方、吸着皮膜型のインヒビターとしては、次の一般式(1)で表されるアルカンチオール化合物を使用し得る。
【0034】
R(CH2)nSH・・・(1)
但し、式(1)においてnは自然数を表す。
【0035】
このようなアルカンチオール化合物よりなる吸着皮膜15では、チオール基(−SH)が配管10等の金属材料に吸着し、末端基Rが冷却水との界面を構成する。
【0036】
チオール基(−SH)は、水系媒質中において金属(M)と強く反応して強い金属−硫黄(M−S)共有結合を形成し、吸着皮膜15と配管10との密着性が高められる。
【0037】
また、アルキル鎖((CH2)n)は、側鎖がないため綺麗に並び易く、それらが互いに会合して自己組織化された稠密な単分子層よりなる吸着皮膜15が形成される。その単分子層の膜厚は、典型的には1〜2nm程度である。このように薄い吸着皮膜15は、冷却水と配管10との間の熱交換を殆ど阻害せず、熱交換の効率を高めるのに有利である。
【0038】
末端基Rは特に限定されず、メチル基(−CH3)、アミノ基(−NH2)、カルボキシル基(−COOH)、カルボキシラト基(−COO−)、ヒドロキシル基(−OH)、アミド基(−CONH2)、及びホルミル基(−COH)のいずれかから選択され得る。
【0039】
このうち、末端基Rがメチル基の場合、冷却水との界面における吸着皮膜15が疎水性となる。そのため、冷却水が吸着皮膜15に浸入し難くなり、配管10等の部品を冷却水から効率的に遮断することができる。
【0040】
そのような冷却水の遮断効果は、アルキル鎖((CH2)n)が長くなり、吸着皮膜15の膜厚が増大するほど高められる。但し、アルキル鎖があまり長すぎると、アルキル鎖同士がうまく会合できず、自己組織化された単分子層が形成されないおそれがある。アルキル鎖同士の会合を妨げないという観点からすると、nは21以下、より好ましくは18以下がよい。
【0041】
一方、アルキル鎖が短いと、吸着皮膜15の膜厚が減少し、冷却水の遮断効果が低下するので、nを7以上、より好ましくは12以上とするのが好ましい。
【0042】
また、末端基Rをヒドロキシル基、アミノ基、及びカルボキシル基等の官能基に置換すれば、メチル基の場合と比較して、吸着皮膜15と冷却水との界面の親和性を変化させることができる。
【0043】
アルカンチオール化合物の吸着皮膜15を形成するには、アルカンチオール化合物を溶媒に溶解してアルカンチオール溶液を作製し、それを配管10等の表面に塗布すればよい。
【0044】
溶媒としては、非毒性で安く、取り扱いが容易なものが好ましい。そのような溶媒としては、例えば、アルコール、グリコール、アセトン、トルエン、酢酸エチル、ヘキサン、ペンタン、ヘクタン、オクタン、ヘキサン、フラン、テトラヒドロフラン(THF)、メチレンクロライド、エーテル、ぎ酸、ホルムアミド、N、N−ジメチルホルムアミド、アセトニトル、テレピン油、ベンゼン、ブチルアセテート、石油エステル、キシレン、四塩化炭素、及び水、或いはこれらの混合物がある。
【0045】
これらのうち、直鎖炭化水素を含む溶媒は、環状又は分岐型炭化水素を含むものと比較して、アルカンチオール化合物中のアルキル鎖((CH2)n)が自己組織化し易く、アルカンチオール化合物の稠密な単分子層を形成し易いという点で有利である。直鎖炭化水素を含む溶媒としては、例えば、アルコール、グリコール、ペンタン、ヘクタン、オクタン、及びヘキサンがある。
【0046】
なお、配管10等の部品表面にアルカンチオール溶液を塗布する前に、該溶液の溶媒を部品表面に予め塗布してもよい。このようにすると、部品表面がアルカンチオール溶液になじみ易くすることができる。
【0047】
更に、アルカンチオール溶液を塗布した後に、該溶液の溶媒中に配管10等の部品を浸漬し、吸着皮膜の形成に寄与しなかったアルカンチオールを部品表面から除去するようにしてもよい。
【0048】
アルカンチオール溶液の濃度については、アルカンチオールの単分子層よりなる吸着皮膜を形成するのに最低限必要な濃度、例えば1ppm以上、より好ましくは20ppm以上とするのがよい。一方、必要以上に濃度が高いと、吸着皮膜15の形成に寄与しないアルカンチオール化合物が無駄になり、コスト増を招いてしまう。コストを抑えるという観点からすると、アルカンチオール溶液の濃度は5000ppm以下、より好ましくは500ppm以下とするのがよい。
【0049】
アルカンチオール溶液の塗布の仕方は特に限定されない。浸漬、噴霧、ペインティング、ロールコーティング、及びフローコーティング(流し塗り)のいずれかにより、配管10等の部品表面にアルカンチオール溶液を塗布し得る。これらのうち、浸漬は、機械的にアルカンチオール溶液を撹乱しないので、部品表面上にアルカンチオール化合物の自己組織化された単分子層が容易に形成できるという点で有利である。
【0050】
浸漬による塗布の場合、1〜5分程度の短時間の浸漬時間で部品全面にアルカンチオール化合物の単分子層よりなる吸着皮膜15が1〜2nmの厚さに形成される。
【0051】
また、塗布後、室温雰囲気又は加熱雰囲気において吸着皮膜15中の溶媒成分を乾燥させるのが好ましい。加熱雰囲気の場合、温度が高すぎるとアルカンチオール化合物が分解してしまうので、吸着皮膜の温度を室温(20℃)〜180℃の温度に制御して乾燥を行うのが好ましい。
【0052】
更に、その乾燥を促すために、吸着皮膜15の表面を空気や窒素の気流に曝してもよい。
【0053】
アルカンチオール溶液の塗布の対象となる部品の材料は特に限定されない。そのような材料としては、例えば、鉄、鋼、アルミニウム、銅、亜鉛、錫、金、及び銀等がある。また、部品の形態も特に限定されず、金属基板、熱延鋼鈑、酸洗浄鋼鈑、及び冷延鋼鈑等の板状部材や、金属箔に対してアルカンチオール溶液を塗布し得る。
【0054】
更に、溶融又は電解めっきによる金属被覆鋼鈑に塗布を行ってもよい。その金属被覆は、例えば、鉛、鉛合金、ニッケル、ニッケル合金、亜鉛、錫、及び錫合金のいずれかの材料の1以上の層を含む。或いは、リン酸塩化成被覆や樹脂被覆が施された鋼鈑に塗布してもよい。
【0055】
ここで、配管10等の部品の表面に酸化物、グリース、オイル等の不純物が存在すると、該表面とアルカンチオール化合物の単分子層との密着性が低下する。そのため、アルカンチオール溶液を塗布する前に、エタノール等を用いて部品の表面を清浄化しておくのが好ましい。
【0056】
次に、アルカンチオール化合物の吸着皮膜を用いた実施例と比較例について説明する。
【0057】
これらの例では、アルカンチオール化合物として、ドデカンチオール(CH3(CH2)11SH)を使用する
・実施例1
本実施例では、以下の手順に従って、銅板上にドデカンチオールの吸着皮膜を作製した。
【0058】
(ステップ1) まず、大きさが50mm×30mm×3mm(=長さ×幅×厚さ)の銅板を用意する。そして、この銅板に対する前処理として、粗さが500番のサンドペーパと100番のサンドペーパをこの順に用いて銅板を研磨した。その後、水中において銅板に対する超音波洗浄を5分間行った。
【0059】
(ステップ2) 7mol/リットルのHNO3水溶液に銅板を30秒間浸漬させてエッチングを行い、銅板表面の酸化物等の不純物を除去した。
【0060】
(ステップ3) 銅板を水洗し、その表面のHNO3水溶液を洗い流した。水洗は二回行い、各回の水洗時間は1〜2秒とした。
【0061】
(ステップ4) 銅板をエタノール中に2回浸漬した。各回の浸漬時間は1〜2秒である。本ステップにより銅板表面から水が排除される。
【0062】
(ステップ5) ドデカンチオール溶液中に銅板を3分間浸漬した。そのドデカンチオール溶液は、エタノール中にドデカンチオールを100ppmの濃度で溶解させてなる。ステップ4において予め銅板をエタノール中に浸漬したので、銅板表面がドデカンチオール溶液になじみ易くすることができる。
【0063】
そして、本ステップにより、銅板表面にドデカンチオールの吸着皮膜が形成されることになる。
【0064】
(ステップ6) エタノール中に銅板を一晩浸漬し、吸着皮膜に寄与していないドデカンチオールをエタノール中に溶解させた。
【0065】
(ステップ7) 銅板表面に窒素ガスを噴き付けて乾燥を行った。
【0066】
この後に、銅板を容器に入れて、その容器と循環ポンプとの間において、ベンゾトリアゾール(BTA)が溶解した冷却水を循環させた。その冷却水中におけるベンゾトリアゾールの濃度は100ppmとした。
【0067】
・実施例2
本実施例では、実施例1と同様にステップ1〜ステップ7をこの順に行った。但し、ステップ5において、ドデカンチオール溶液の濃度を実施例1よりも高い500ppmとした。
【0068】
そして、実施例1と同様に銅板を容器内に入れ、ベンゾトリアゾールが100ppmの濃度で添加された冷却水を循環させた。
【0069】
・第1比較例
本比較例では、銅板表面にドデカンチオールの吸着皮膜を成膜させないために、実施例1のステップ5を省略し、ステップ1〜4、6、7を行った。
【0070】
そして、実施例1と同様に銅板を容器内に入れ、ベンゾトリアゾールが100ppmの濃度で添加された冷却水を循環させた。
【0071】
・第2比較例
本比較例では、実施例1と同じ手順に従って、銅板表面にドデカンチオールの吸着皮膜を形成した。
【0072】
その後、銅板を容器に入れて、その容器と循環ポンプとの間において冷却水を循環させた。但し、実施例1と異なり、その冷却水中におけるベンゾトリアゾールの濃度は0ppmとした。
【0073】
次の表1は、上記した実施例1、2及び比較例1、2における銅板の侵食度、冷却水中のBTA濃度、及び冷却水の導電率の試験結果を示す表である。
【0074】
【表1】

なお、試験中における冷却水の温度は60℃とし、試験期間は30日と60日にした。
【0075】
また、試験後の銅板については、表面の腐食生成物を除去した後、メタノール、アセトンで洗浄し、その重量を測定した。
【0076】
表1における侵食度は腐食度Wを用いて算出された。腐食度Wは、銅板の表面積1dm2に対する一日あたりの腐食減量のmg数であって、次式で定義されるようにその単位はmddとなる。
【0077】
W=(M1−M2)/(S×T)
この式における各パラメータの意味は次の通りである。
【0078】
W:腐食度(mdd)
M1:銅板の試験前の重量(mg)
M2:銅板の試験後の重量(mg)
S:銅板の表面積(dm2
T:試験日数
ここで、実施例1、2と比較例2における銅板の試験前の重量M1は、冷却水を循環させる前における、銅板表面にドデカンチオールの吸着皮膜が形成された状態での重量である。そして、比較例1における銅板の試験前の重量M1は、冷却水を循環させる前の銅板の重量である。
【0079】
上記の腐食度Wを用いて、侵食度Pは次のようにして算出される。
【0080】
P=W×365×10-4/d
式中の各パラメータの意味は次の通りである。
【0081】
P:侵食度(mm/y)
W:腐食度(mdd)
D:銅板の密度(g/cm3
このようにして定義される侵食度Pは、一年あたりの侵食深さをmmで表したものであり、その単位はmm/yとなる。
【0082】
なお、表1中のBTA濃度は、紫外分光光度計(日立製作所製U-1100)により測定した。また、冷却水の導電率は、卓上型導電率計(メトラートレイド製S30)により測定した。
【0083】
表1に示されるように、ドデカンチオールの吸着皮膜を形成した実施例1と、該吸着皮膜を形成しない比較例1とを比べると、実施例1の方が試験日数の経過によるベンゾトリアゾール(BTA)濃度の低下が小さい。これは、実施例1では、ドデカンチオールの吸着皮膜が剥離した部分にのみベンゾトリアゾールの沈殿皮膜が形成され、該沈殿皮膜が銅板の全面に形成される比較例1よりもベンゾトリアゾールの消費量が少ないためと考えられる。
【0084】
また、実施例1と比較例1では、実施例1の方が冷却水の導電率の上昇が抑えられている。冷却水の導電率は、侵食した銅が冷却水中に溶け出すことで上昇すると考えられる。よって、この結果から、実施例1のようにドデカンチオールの吸着皮膜を形成することで、銅板の腐食防止の効果が高められることが明らかとなった。このことは、実施例1の侵食度が比較例1よりも小さいことからも理解される。
【0085】
更に、実施例1と実施例2とを比較すると、ドデカンチオール溶液の濃度が高い実施例2の方が、試験期間の経過に伴う侵食度の増加が抑えられており、ドデカンチオール溶液の高濃度化が侵食防止に効果的であることが分かる。
【0086】
また、比較例2では、実施例1、2よりも、試験期間の経過に伴う侵食度と導電率の上昇が著しい。これは、比較例2では、銅板表面にドデカンチオールの吸着皮膜のみを形成し、冷却水中にベンゾトリアゾールを添加しないため、ドデカンチオールの吸着皮膜が剥離した部分がベンゾトリアゾールの沈殿皮膜で修復されず、該部分の銅板表面が冷却水に直接曝されたためと考えられる。
【0087】
以上の結果から、部品表面にアルカンチオール化合物等の吸着皮膜型のインヒビターの吸着皮膜を形成し、かつ、冷却水中にベンゾトリアゾール等の沈殿皮膜型のインヒビターを添加することで、冷却水と接する部品の腐食防止に効果的であることが明らかとなった。
【0088】
更に、冷却水中の沈殿皮膜型のインヒビター濃度が、使用期間の経過に伴って減少するのが抑えられることも明らかとなった。これにより、使用当初に冷却水に添加する沈殿皮膜型のインヒビター濃度を低減できるようになり、沈殿皮膜型のインヒビターを無害化したり希釈したりするための廃液処理を省くことも可能となる。
【0089】
(2)第2実施形態
本実施形態では、電子装置用の液冷システムについて説明する。
【0090】
図4は、本実施形態に係る液冷システムの構成図である。
【0091】
この液冷システム1では、循環ポンプ17の駆動力によって冷却水Cが循環配管2を循環しており、冷却部3によって電子計算機等の電子装置7が冷却される。循環配管2の材料は特に限定されないが、熱伝導率が高く、他の金属と比較して耐腐食性に優れた銅又は銅合金であるのが好ましい。
【0092】
冷却部3は、冷却液Cを電子装置7内で分流するためのマニフォールド4と、マニフォールド4から出た冷却液Cが通水される分岐配管5及び冷却板6とを備える。冷却板6は、電子装置7に搭載されたLSI等の半導体装置毎に設けられ、各半導体装置が個別に冷却板により冷却される。
【0093】
冷却板6の材料としては、循環配管2と同様に、熱伝導率が高く半導体装置との間で熱交換が効率的に行われる銅や銅合金を用いるのが好ましい。また、マニフォールド4と分岐配管5の材料についても、冷却水Cに対する耐腐食性に優れているとの理由により、銅又は銅合金であるのが好ましい。
【0094】
電子装置7の熱を奪ったことで温められた冷却水Cは、冷却部3の下流の循環配管2に設けられた熱交換器8に入る。熱交換器8では、ファンにより冷却液Cが空冷され、冷却液Cの熱が外部に放熱される。冷却液Cと接する部分の熱交換器8には、熱交換を容易に行うため、銅や銅合金の材料を使用するのが好ましい。
【0095】
熱交換器8を出た冷却液Cは、タンク9において一時的に貯蔵された後、再びポンプ17によって循環配管2を循環することになる。
【0096】
このような液冷システム1では、冷却液Cと接する部品に、熱伝導率に優れた銅や銅合金が使用される。但し、銅等の金属は、長期にわたって液冷システム1を使用しているうちに、冷却液Cとの接触によって表面が腐食してしまう。
【0097】
そこで、本実施形態では、第1実施形態で説明したように、冷却液Cと接する部品の表面に、予め吸着皮膜型のインヒビターの吸着皮膜を形成しておき、かつ、冷却水Cに沈殿皮膜型のインヒビターを添加する。
【0098】
吸着皮膜型のインヒビターの吸着皮膜が形成される部品としては、金属性の循環配管2、マニフォールド4、分岐配管5、及び冷却板6等がある。そして、その吸着皮膜は、第1実施形態で説明したように、ドデカンチオール等のアルカンチオール溶液にこれらの部品を浸漬することにより形成され得る。
【0099】
一方、冷却水Cに添加される沈殿型のインヒビターとしては、銅や銅合金の腐食防止に有用なベンゾトリアゾールがある。
【0100】
このように異種のインヒビター同士を併用することにより、部品表面に形成されている吸着皮膜型のインヒビターの吸着皮膜が欠損しても、欠損箇所が沈殿皮膜型のインヒビターの沈殿皮膜によって修復される。
【0101】
そのため、冷却水Cに添加すべき沈殿皮膜型のインヒビターの濃度は、欠損箇所の修復に必要な濃度で済み、吸着皮膜型のインヒビターの吸着皮膜を形成しない場合よりも低濃度となる。その結果、冷却水Cを廃液処理する際に、インヒビターを無害化したり希釈したりするための廃液処理を省くことが可能となる。
【0102】
また、第1実施形態の試験結果で明らかなように、吸着皮膜型と沈殿皮膜型のインヒビターの片方のみを利用する場合と比較して、使用期間の経過に伴う部品表面の侵食度を低減することができ、冷却板6等における漏水トラブルを長期間にわたって効果的に防止できる。
【0103】
以下に、本発明の諸態様を付記にまとめる。
【0104】
(付記1) 冷却水によって電子装置を冷却する液冷システムであって、
前記冷却水と接する部分の部品の表面に、第1の腐食防止剤の吸着皮膜が形成され、
前記冷却水に、前記第1の腐食防止剤とは異なる第2の腐食防止剤が添加されたことを特徴とする液冷システム。
【0105】
(付記2) 前記第1の腐食防止剤は、アルカンチオール化合物であることを特徴とする付記1に記載の液冷システム。
【0106】
(付記3) 前記吸着皮膜は、前記第1の腐食防止剤の単分子層よりなることを特徴とする付記1又は付記2に記載の液冷システム。
【0107】
(付記4) 前記第2の腐食防止剤は、ベンゾトリアゾールであることを特徴とする付記1〜3のいずれかに記載の液冷システム。
【0108】
(付記5) 冷却水によって電子装置を冷却する液冷システムの部品であって、
前記冷却水と接する部分の表面に、腐食防止剤の吸着皮膜が形成されたことを特徴とする液冷システム部品。
【0109】
(付記6) 冷却水と接する部分の部品の表面に、第1の腐食防止剤の吸着皮膜を予め形成し、
前記第1の腐食防止剤とは異なる第2の腐食防止剤が添加された冷却水を、前記部品に通水して電子装置を冷却する電子装置の冷却方法。
【0110】
(付記7) 前記吸着皮膜は、前記第1の腐食防止剤が溶解した溶液を前記部品に塗布することにより形成されることを特徴とする付記6に記載の電子装置の冷却方法。
【図面の簡単な説明】
【0111】
【図1】図1は、沈殿皮膜型のインヒビターの機能を示す模式図である。
【図2】図2は、吸着皮膜型のインヒビターの機能を示す模式図である。
【図3】図3(a)、(b)は、沈殿皮膜型のインヒビターと吸着皮膜型のインヒビターとを組み合わせることにより得られる利点について説明するための模式図である。
【図4】図4は、本発明の実施の形態に係る液冷システムの構成図である。
【符号の説明】
【0112】
1…液冷システム、2…循環配管、3…冷却部、4…マニフォールド、5…分岐配管、6…冷却板、7…電子装置、8…熱交換器、9…タンク、10…配管、11…沈殿皮膜、13…沈殿皮膜型のインヒビター、15…吸着皮膜型のインヒビターの吸着皮膜、17…循環ポンプ。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
冷却水によって電子装置を冷却する液冷システムであって、
前記冷却水と接する部分の部品の表面に、第1の腐食防止剤の吸着皮膜が形成され、
前記冷却水に、前記第1の腐食防止剤とは異なる第2の腐食防止剤が添加されたことを特徴とする液冷システム。
【請求項2】
前記第1の腐食防止剤は、アルカンチオール化合物であることを特徴とする請求項1に記載の液冷システム。
【請求項3】
前記吸着皮膜は、前記第1の腐食防止剤の単分子層よりなることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の液冷システム。
【請求項4】
冷却水によって電子装置を冷却する液冷システムの部品であって、
前記冷却水と接する部分の表面に、腐食防止剤の吸着皮膜が形成されたことを特徴とする液冷システム部品。
【請求項5】
冷却水と接する部分の部品の表面に、第1の腐食防止剤の吸着皮膜を予め形成し、
前記第1の腐食防止剤とは異なる第2の腐食防止剤が添加された冷却水を、前記部品に通水して電子装置を冷却する電子装置の冷却方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2010−16045(P2010−16045A)
【公開日】平成22年1月21日(2010.1.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−172405(P2008−172405)
【出願日】平成20年7月1日(2008.7.1)
【出願人】(000005223)富士通株式会社 (25,993)
【Fターム(参考)】