説明

液晶素子、光路偏向素子及び画像表示装置

【課題】配向性に優れ、低電界で光学軸の駆動が可能であり、また応答性及び/又は光学特性に優れた液晶素子を提供し、該液晶素子からなり高速に透過光路を平行シフトさせる光路偏向素子を提供することを目的とする。また、前記光路偏向素子を備えることにより、画素数の少ない画像表示素子を用いながら、高精細表示が可能な画像表示装置を提供する。
【解決手段】透明な一対の基板2と、その一対の基板2間に充填されたホメオトロピック配向をなすカイラルスメクチックC相を形成する液晶層5と、少なくとも液晶層5に対して基板主面2と平行な方向の電界(平行電界)を発生させる電極4とを有する液晶素子1において、液晶層5が、高温側から等方性液体相、ネマチック相、スメクチックA相、スメクチックC相である相系列を有するベース液晶材料に、少なくとも2種類ののカイラル化合物を含有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電気信号によって一軸性物質の光学軸の傾斜方向を変える液晶素子、及び、その液晶素子からなり電気信号によって光の光路を偏向する光路偏向素子、及び、前記光路偏向素子を備えた画像表示装置に関する。光路偏向素子は、プロジェクタ、ヘッドマウントディスプレイ、光スイッチ、撮像光学系などに用いられる。
【背景技術】
【0002】
従来技術の説明に先立って、本明細書で用いる用語を定義しておく。
「光路偏向素子」とは、外部からの電気信号により光の光路を偏向、即ち、入射光に対して出射光を平行にシフトさせるか、或る角度を持って回転させるか、あるいは、その両者を組合せて光路を切換えることが可能な光学素子を意味する。この説明において、平行シフトによる光路偏向に対してそのシフトの大きさを「シフト量」と呼び、回転による光路偏向に対してその回転量を「回転角」と呼ぶものとする。「光路偏向装置」とは、このような光路偏向素子を含み、光の光路を偏向させるデバイスを意味する。
【0003】
また、「ピクセルシフト素子(画素ずらし素子)」とは、少なくとも画像情報に従って光を制御可能な複数の画素を二次元的に配列した画像表示素子と、画像表示素子を照明する光源と、画像表示素子に表示した画像パターンを観察するための光学部材と、画像フィールドを時間的に分割した複数のサブフィールド毎に画像表示素子と光学部材の間の光路を偏向する光路偏向手段とを有し、該光路偏向手段によるサブフィールド毎の光路の偏向状態に応じて表示位置がずれている状態の画像パターンを表示させることで、画像表示素子の見掛け上の画素数を増倍して表示する画像表示装置における前記光路偏向手段を意味する。従って、基本的には、上記定義による光路偏向素子や光路偏向装置を光路偏向手段(ピクセルシフト素子(画素ずらし素子))として応用することが可能といえる。
【0004】
従来、液晶材料を用いた光路偏向素子(または光偏向素子)やピクセルシフト素子、これらを用いた画像表示装置等に関する技術が種々提案されている(例えば、特許文献1〜6参照)。しかし、従来の光路偏向素子やピクセルシフト素子においては、
・構成が複雑であることに伴う高コスト、装置の大型化、光量損失、ゴースト等の光学ノイズまたは解像度低下、
・特に可動部を有する構成の場合の位置精度や耐久性、振動や音の問題、
・ネマチック液晶などにおける応答速度の問題、
など種々の問題点がある。
【0005】
そこで、本出願人は先に、従来の光路偏向素子における問題点、即ち、構成が複雑であることに伴う高コスト、装置の大型化、光量損失、光学ノイズ等の問題を改善し、構成が簡単で小型であり、光量損失、光学ノイズ、解像度低下が少なく、低コスト化を図ることができる光路偏向素子や装置の提供を目的として、新規な構成の光路偏向素子を提案した(特許文献7参照)。
【0006】
この光路偏向素子1は、透明な一対の基板2,3と、この一対の基板2,3の少なくとも一方に設けた配向膜4と、一対の基板2,3間に充填されたホメオトロピック配向をなすカイラルスメクチックC相よりなる液晶5と、この液晶5に電界を作用させる少なくとも1組の電極6a,6bからなる電極対6とを備え、該電極対6を電源7に接続して液晶層5に電界を印加する構成としたものである。この光路偏向素子1は、カイラルスメクチックC相よりなる液晶5を利用しているので、従来の光路偏向素子に比して、構成が複雑であることに伴う高コスト、装置大型化、光量損失、光学ノイズの問題を改善でき、かつ、従来のスメクチックA液晶やネマチック液晶などにおける応答性の鈍さも改善でき、高速応答が可能となるようにしたものである。
【0007】
このような光路偏向素子で数μmから数十μm程度の実用的な光路シフト量を得るためには、液晶層の厚みを数十μmから数百μmと非常に厚く設定する必要がある(非特許文献1参照)。一般に液晶層が厚くなると、液晶層の中央部では基板表面からの配向規制力の影響が少なくなるため、液晶層全体の均一配向性を維持することが困難になる。例えば液晶層中央部での配向が乱れ、白濁などが生じる場合がある。したがって、上記のような光路偏向素子では、液晶層全体の均一な配向状態を形成・維持することが最重要課題である。
【0008】
そこで本出願人は先に、液晶層が、カイラルスメクチックC相より高温においてスメクチックA相を形成しない液晶材料で構成されている光路偏向素子(特許文献8参照)や、液晶層に高分子材料のモノマー等を含ませ、液晶層がスメクチックA相を形成する温度に保持して分子配向を整え、光重合を行って高分子材料から成る繊維状あるいは網目状の組織を形成した後、カイラルスメクチックC相を形成する温度まで冷却する方法(特許文献9参照)などを提案している。しかしながら、特許文献8では液晶材料の選択の幅が限定されることや、特許文献9では高分子組織の存在による応答速度や光学特性への影響など、ある程度の副作用が生じる場合がある。
【0009】
また、自発分極が大きく配向性の優れた強誘電液晶混合物および表示素子として、カイラル化合物の添加量やカイラル化合物の種類の数と相対濃度、混合物のネマチック(N)相のらせんピッチなどを調整する方法などが提案されている(特許文献10参照)。本文献では平面配向の表面安定型強誘電液晶を用いた表示素子を対象としている。
【0010】
一般に表面安定型強誘電液晶素子では、その配向均一性(単一平面配向:らせんがほどけたモノドメイン配向)、高速応答、及び良好なコントラストを得るために液晶厚みを約2μm程度に設定し、特に単一平面配向を実現するために、ネマチック(N)相中での螺旋ピッチを液晶層の厚さの約5倍以上、すなわち約10μm以上にする必要があることが明記されている。また、そのような条件を満たすためのドーピング剤の添加方法について例示されている。さらに通常よりも更に厚い層、例えばゲスト・ホストモードで作動される表示装置の場合には、螺旋ピッチが相対的に更に大きくならなければならないことが記載されており、本文献の混合物による螺旋ピッチを大きくする効果の有効性が示されている。また、表面安定型素子の使用温度範囲では、厚みに比べて螺旋ピッチが十分に大きいため、スメクチックC相での螺旋ピッチの大小が素子の動作に影響することは殆ど無い。
【0011】
一方、本発明の光路偏向素子として用いる液晶素子のように、カイラルスメクチックC相が垂直配向(らせんのほどけていない配向)しており、その液晶層の厚みが数十μm程度と非常に厚い液晶素子の場合、上記のような表面安定型用の液晶材料の設計思想は当てはまらない。
【0012】
すなわち、特許文献10のように単にネマチック(N)相の螺旋ピッチの調整による配向性向上や自発分極増大の効果だけでは不十分であり、実使用温度範囲でのスメクチックC相の螺旋ピッチの最適化による素子特性の向上が重要である。例えば、ネマチック(N)相の螺旋ピッチが十分長い液晶混合物を用いた場合、スメクチックC相での螺旋ピッチも長くなる傾向がある。このような材料で液晶層の厚みが数十μm程度と非常に厚い垂直配向液晶素子を構成すると、必ずしも配向均一性がとれず、また、動作時に液晶ドメインが発生しやすくなるため、ドメイン壁での光散乱による特性劣化を生じる。
【0013】
【特許文献1】特開平6−18940号公報
【特許文献2】特開平9−133904号公報
【特許文献3】特許第2939826号公報
【特許文献4】特開平5−313116号公報
【特許文献5】特開平6−324320号公報
【特許文献6】特開平10−133135号公報
【特許文献7】特開2002−328402号公報
【特許文献8】特開2003−280041号公報
【特許文献9】特開2004−184522号公報
【特許文献10】特許第3034024号公報
【非特許文献1】「結晶光学」応用物理学会、光学懇話会編、p198
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
本発明は、以上の従来技術における問題に鑑みてなされたものであり、配向性に優れ、低電界で光学軸の駆動が可能であり、また応答性及び/又は光学特性に優れた液晶素子を提供し、該液晶素子からなり高速に透過光路を平行シフトさせる光路偏向素子を提供することを目的とする。また、前記光路偏向素子を備えることにより、画素数の少ない画像表示素子を用いながら、高精細表示が可能な画像表示装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
前記課題を解決するために提供する請求項1の発明は、透明な一対の基板と、その一対の基板間に充填されたホメオトロピック配向をなすカイラルスメクチックC相を形成する液晶層と、少なくとも前記液晶層に対して前記基板主面と平行な方向の電界(平行電界)を発生させる電極とを有する液晶素子において、前記液晶層が、高温側から等方性液体相、ネマチック相、スメクチックA相、スメクチックC相である相系列を有するベース液晶材料に、少なくとも下記一般式(I)のカイラル化合物および下記一般式(II)のカイラル化合物を含有することを特徴とする液晶素子である。
【0016】
【化1】


(式中、Rは炭素数が3から12の直鎖状のアルキル基あるいはアルコキシ基を表し、Rは炭素数が3から12の分岐していても良いアルキル基を表す。なお、式中の*はカイラル中心を表す。また、h,jは0か1か2、i,kは0か1、lは0か1か2、ただしhとjが同時もしくは片方が0の時iは0、lが0の時kは0、またh + j + lは2もしくは3である。
また、式中A,Aは式(a)から選択される基を示し、Aは式(b)から選択される基を示す。
また、B,Bは-CO-O-、 -O-CO-、 -CHO-、OCH-である。)
【0017】
【化2】

【0018】
【化3】

【0019】
【化4】


(式中、Rは炭素数が3から12の分岐していても良いアルキル基あるいはアルコキシ基を表し、RおよびRは炭素数が3から5の直鎖状のアルキル基、もしくは末端同士が結合した六員環以上の環状構造のアルキル基を表す。A,A,A,B,B,h,i,j,k,lは前記式(I)と同じ定義であり、それぞれ独立に式(I)と同じであっても異なっても良い。)
【0020】
また、前記課題を解決するために提供する請求項2の発明は、請求項1に記載の液晶素子において、前記液晶層にさらに下記一般式(III)のカイラル化合物を添加したことを特徴とする液晶素子である。
【0021】
【化5】


(式中、A,A,A,B,B,h,i,j,k,lは前記式(I)と同じ定義であり、それぞれ独立に式(I)または式(II)と同じであっても異なっても良い。Rは炭素数が3から12の分岐していても良いアルキル基あるいはアルコキシ基または前記Y基であり、R7は炭素数が3から12の分岐していても良いアルキル基を表す。)
【0022】
また、前記課題を解決するために提供する請求項3の発明は、請求項2に記載の液晶素子において、前記一般式(I)のカイラル化合物が下記の式(IV)であり、かつ、前記一般式(II)のカイラル化合物が下記の式(V)であり、かつ、前記一般式(III)のカイラル化合物が下記の式(VI)であることを特徴とする液晶素子である。
【0023】
【化6】


(式中、nおよびmは3から12の整数である。nとmは同一数値でも良い。またMはメソゲニック芳香族単位(メソゲン基)であり、式(c)から選択される基を示す。)
【0024】
【化7】

【0025】
【化8】


(式中、nは3から12の整数である。またMは前記式(IV)と同じ定義であり、式(IV)と同じであっても異なってもよい。)
【0026】
【化9】


(式中、nおよびmは3から12の整数である。nとmは同一数値でも良い。なお、式(IV)から式(VI)でのnとmとは互いに独立した数値でも良い。またMは前記式(IV)と同じ定義であり、式(IV)または式(V)と同じであっても異なってもよい。)
【0027】
また、前記課題を解決するために提供する請求項4の発明は、請求項3に記載の液晶素子において、前記一般式(I)のカイラル化合物として下記の式(VII)の化合物をさらに添加したことを特徴とする液晶素子である。
【0028】
【化10】


(式中、nおよびmは3から12の整数である。nとmは同一数値でも良い。またMはメソゲニック芳香族単位(メソゲン)であり、式(d)から選択される基を示す。)
【0029】
【化11】

【0030】
また、前記課題を解決するために提供する請求項5の発明は、請求項2に記載の液晶素子において、前記一般式(I)のカイラル化合物が前記の式(IV)であり、かつ、前記一般式(II)のカイラル化合物が前記の式(V)であり、かつ、前記一般式(III)のカイラル化合物が下記の式(VIII)であることを特徴とする液晶素子である。
【0031】
【化12】


(式中、nおよびmは3から12の整数である。nとmは同一数値でも良い。なお、式(IV)から式(VIII)でのnとmとは互いに独立した数値でも良い。またMは前記式(IV)と同じ定義であり、式(IV)または式(V)と同じであっても異なってもよい。)
【0032】
また、前記課題を解決するために提供する請求項6の発明は、請求項5に記載の液晶素子において、前記一般式(I)のカイラル化合物として前記の式(VII)の化合物をさらに添加したことを特徴とする液晶素子である。
【0033】
また、前記課題を解決するために提供する請求項7の発明は、請求項1〜6のいずれか一つに記載の液晶素子において、前記液晶層中に含有されるカイラル化合物の比率が15重量%以上、40重量%以下であることを特徴とする液晶素子である。
【0034】
また、前記課題を解決するために提供する請求項8の発明は、請求項1〜7のいずれか一つに記載の液晶素子において、前記ベース液晶材料が少なくともフェニルピリミジン化合物を含有することを特徴とする液晶素子である。
【0035】
前記課題を解決するために提供する請求項9の発明は、電気信号に応じて光の光路を偏向する光路偏向素子であって、請求項1〜8のいずれか一つに記載の液晶素子から成り、該液晶素子への入射光を直線偏光とし、該直線偏光の偏光面を素子内の平行電界の印加方向に対して直交する方向に設定することで、入射光路に対する出射光路の位置を平行にシフトすることを特徴とする光路偏向素子である。
【0036】
前記課題を解決するために提供する請求項10の発明は、画像情報に従って光を制御可能な複数の画素が二次元的に配列した画像表示素子と、該画像表示素子を照明する光源及び照明装置と、前記画像表示素子に表示した画像パターンを観察するための光学装置と、画像フィールドを時間的に分割した複数のサブフィールドで形成する表示駆動手段と、各画素からの出射光の光路を偏向する光路偏向素子を有し、前記光路偏向素子によるサブフィールド毎の光路の偏向状態に応じて表示位置がずれた状態に対応する画像パターンを前記画像表示素子に表示することで、前記画像表示素子の見かけ上の画素数を増倍して表示する画像表示装置において、前記光路偏向素子として、請求項9に記載の光路偏向素子を備えたことを特徴とする画像表示装置である。
【発明の効果】
【0037】
本発明の効果として、請求項1の発明によれば、液晶層が厚い垂直配向の液晶素子でも配向欠陥が無い液晶層が得られ、光散乱が防止できる。また、光学軸チルト角の飽和電界強度が比較的小さな液晶層が得られ、低電界でも十分な光学軸のチルト角が得られる。
請求項2の発明によれば、液晶層が厚い垂直配向の液晶素子でも配向欠陥が無い液晶層が得られ、光散乱が防止できる。また、光学軸チルト角の飽和電界強度が比較的小さく、かつ、応答性に優れた液晶素子が得られる。
請求項3の発明によれば、液晶層が厚い垂直配向の液晶素子でも配向欠陥が無い液晶層が得られ、光散乱が防止できる。また、液晶層の自発分極を大きくすることが出来、応答性に非常に優れた液晶素子が得られる。
請求項4の発明によれば、液晶層が厚い垂直配向の液晶素子でも配向欠陥が無い液晶層が得られ、光散乱が防止できる。また、光学軸チルト角の飽和電界強度が非常に小さく、かつ、応答性に非常に優れた液晶素子が得られる。特に、メソゲン基として2,5−ジフェニルピリミジン基を用いた場合、飽和電界が小さくなる効果が顕著である。
請求項5の発明によれば、液晶層が厚い垂直配向の液晶素子でも配向欠陥が無い液晶層が得られ、光散乱が防止できる。また、光学軸チルト角の飽和電界強度が非常に小さく、かつ、電界駆動時のMTF特性が非常に優れた液晶素子が得られる。
請求項6の発明によれば、液晶層が厚い垂直配向の液晶素子でも配向欠陥が無い液晶層が得られ、光散乱が防止できる。また、応答時間が非常に短く、かつ、電界駆動時のMTF特性が非常に優れた液晶素子が得られる。特に、式(VII)のメソゲン基として2,5−ジフェニルピリミジン基を用いた場合、垂直配向性と応答性が向上する効果が顕著である。
請求項7の発明によれば、カイラル化合物比率を15重量%以上にすることで自発分極が大きくなり、応答時間が1.0ms以下と高速にできる。また、40重量%以下にすることで相分離による白濁発生などの光学特性の悪化を防止することが出来る。
請求項8の発明によれば、室温付近で安定なスメクチック相を形成し、低粘性で高速応答性の液晶層が得られる。
請求項9の発明によれば、液晶層の光学軸チルト角の傾斜方向反転動作に伴って透過する光路が平行にシフトする。前述の強誘電性液晶材料を用いるので、光学軸の反転動作が速く、高速な光路シフトを行うことができる。
請求項10の発明によれば、配向性が良好で高速応答性に優れた光路偏向素子を用いているので、サブフィールド画像に対応して、高速な光路の偏向が可能になり、見かけ上高精細な画像表示が可能となる。また、高速応答性によりサブフィールド画像の切換え時間が短くできるので、時間的な光利用効率が向上する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0038】
以下に、本発明の構成について説明する。
まず、本発明の液晶素子の形態について、図1に基づいて説明する。
図1は、液晶素子の断面を模式的に示した図である。同図において、符号1は液晶素子、2は基板、3は垂直配向膜、4は電極、5はスメクチックC相からなる液晶層である。
【0039】
本発明の液晶素子1は、一対の透明な基板2が対向配置させて設けられている。透明な基板2としては、ガラス、石英、プラスチックなどを用いることが出来るが複屈折性の無い透明材料が好ましい。基板2の厚みは数十μm〜数mmのモノが用いられる。
【0040】
基板2の内側面(お互いが対向する面)には垂直配向膜3が形成されている。垂直配向膜3は基板2表面に対して液晶分子を垂直配向(ホメオトロピック配向)させる材料ならば特に限定されないが、液晶ディスプレイ用の垂直配向剤やシランカップリング剤、SiOやSiOの蒸着膜などを用いることが出来る。なお、本発明で言う垂直配向(ホメオトロピック配向)とは、基板面対して液晶分子が垂直に配向した状態だけではなく、数十度程度までチルトした配向状態も含む。
【0041】
両基板2の間隔をスペーサを挟んで規定し、基板2間に電極4と液晶層5を形成する。スペーサとしては数μmから数mm程度の厚みを持つシート部材あるいは同程度の粒径の粒子、などが用いられ、素子の有効領域外に設けられることが好ましい。電極4としてはアルミ、銅、クロムなどの金属、ITOなどの透明電極などが用いられるが、液晶層5内に均一な水平電界を印加するためには、液晶層厚みと同程度の厚みを持つ金属シートを用いることが好ましく、素子の有効領域外に設けられる。図1ではより好ましい例として、スペーサ部材と金属シート部材が共通であり、金属シート部材の厚みにより液晶層厚みが規定される。
【0042】
液晶層5としては、高温側から等方性液体相、ネマチック相、スメクチックA相、スメクチックC相である相系列を有するベース液晶材料にカイラル化合物を添加し、実用温度領域でカイラルスメクチックC相を形成する液晶材料が用いられる。上記の電極4間に電圧を印加することで、液晶層の水平方向に電界が印加される。
【0043】
また、より大面積に均一な水平電界を印加するために、図5および図6のように基板面上に複数本のライン状の透明電極4Lを設け、各透明電極4Lに順次変化する電圧値を印加して水平方向に強制的に電位勾配を形成し、均一な水平電界を形成しても良い。さらに基板2のライン状の透明電極を設けた面と液晶層5との間に透明な誘電体層6を設けても良い。各透明電極4Lに順次変化する電圧値を印加する方法としては、各透明電極4Lを抵抗体8で直列に接続することが好ましい。図5および図6のような構成では液晶素子10の有効面積を数センチ角程度まで大きくすることが出来、画像表示装置のように比較的大面積が必要な用途に適用する場合に好ましい。
【0044】
ここで、カイラルスメクチックC相を形成する液晶層5に関して説明する。
「スメクチック液晶」は液晶分子の長軸方向を層状(スメクチック層)に配列してなる液晶層である。このような液晶に関し、上記層の法線方向(層法線方向)と液晶分子の長軸方向とが一致している液晶を「スメクチックA相」、法線方向と一致していない液晶を「スメクチックC相」と呼んでいる。スメクチックC相よりなる強誘電液晶は、一般的に外部電界が働かない状態において各スメクチック層毎に液晶ダイレクタ方向が螺旋的に回転しているいわゆる螺旋構造をとり、「カイラルスメクチックC相」と呼ばれる。また、カイラルスメクチックC相反強誘電液晶は各層毎に液晶ダイレクタが対向する方向を向く。これらのカイラルスメクチックC相よりなる液晶は、不斉炭素を分子構造に有するカイラル化合物を含み、これによって自発分極しているため、この自発分極Psと外部電界Eにより定まる方向に液晶分子が再配列することで光学特性が制御される。なお、本実施の形態等では、液晶層として強誘電液晶を例にとり液晶素子及び光路偏向素子の説明を行うが、反強誘電液晶の場合にも同様に使用することができる。
【0045】
本発明の液晶素子の動作原理について図2を参照して説明する。
図2は、図1に示した構成に関して電界方向と液晶分子の傾斜方向を模式的に示したものである。液晶分子5aの幅が広く描いてある側が紙面上側、幅が狭く描かれている側が紙面下側に傾いている様子を示している。また、液晶の自発分極(記号Psで記す)を矢印で示してある。電界Eの向きが反転すると、略垂直配向した液晶分子5aのチルト角の方向が反転する。ここでは、自発分極が正の場合について電界印加方向と液晶分子のチルト方向の関係を図示している。ここで、チルト角の方向が反転する際、図2(b),(d)の斜視図に示したような仮想的なコーン状の面内を回転運動すると考えられる。
【0046】
ここで、図3にカイラルスメクチックC相の液晶分子配列のモデルを示す。チルト角θを有する分子層が互いズレながら重なって螺旋構造を形成している。電界E=0では図3(a)のように左右対称な螺旋構造によって液晶ダイレクタ方向は空間的に平均化される。液晶層5の平均化された光学軸は層法線方向を向いており、この光学軸に平行な入射光に対しては光学的に等方的である。このような無電界下のカイラルスメクチックC相の液晶層に対して層法線方向から偏光顕微鏡によるコノスコープ像を観察すると、十字像が中央部に位置しており、一軸性光学軸を有していることが確認できる。次に、液晶層の水平方向に比較的小さな電界0<E<Esを印加すると、自発分極Psへの電界Eの作用で液晶分子に回転モーメントが生じるために、図3(b)のように螺旋構造が歪んで非対称となり、平均的な光学軸が一方向に傾く。この時、電界強度の増加と共に歪みが大きくなって平均的な光学軸の傾斜角も大きくなる。これは、コノスコープ像の十字像の位置が移動することから確認できる。さらに電界強度を増加させると、ある閾値電界Es以上で図3(c)のように螺旋構造が消失して一様な配向状態となる。この時の光学軸の傾斜角は液晶ダイレクタのチルト角θと等しくなる。さらに電界を増加させてもチルト角θは変化せず、光学軸の傾斜角も一定となる。
【0047】
図4は、液晶素子1内での液晶分子5aの配向状態を模式的に示したものであり、垂直配向膜3、スペーサ、電極4は省略してある。図4では便宜上紙面表裏方向に電圧印加されるように描き、電界Eは紙面表裏方向に作用する。電界方向は目的とする光の偏向方向に対応して図示しない電源により切換えられる。
【0048】
図4(a)のように紙面手前側への電界が印加された場合、液晶分子5aの自発分極が正ならば液晶ダイレクタが図右上に傾斜した分子数が増加し、液晶層5としての平均的な光学軸も図右上方向に傾斜して複屈折板として機能する。カイラルスメクチックC相のらせん構造が解ける閾値電界(以後、飽和電界Esと呼ぶ)以上では、すべての液晶ダイレクタがチルト角θを示し、この液晶素子5aは光学軸が上側に角度θで傾斜した複屈折板として機能する。例えば、この液晶素子5aの図中左側から異常光として入射した直線偏光L0は図中上側に平行シフトする。ここで、液晶分子5aの長軸方向の屈折率をne、短軸方向の屈折率をno、液晶層5の厚み(ギャップ)をdとする光路の平行シフト量Sは以下の式(1)で表される(例えば、「結晶光学」応用物理学会、光学懇話会編、p198参照)。
【0049】
S=[(1/no)2−(1/ne)2]sin(2θ)×d
÷[2((1/ne)2sin2θ+(1/no)2cos2θ)] ………式(1)
【0050】
同様に図4(b)のように電極4への印加電圧を反転して紙面奥側への電界Eが印加された場合、液晶分子5aの自発分極が正ならば液晶ダイレクタは図右下に傾斜し、この液晶素子1は光学軸が下側に角度θで傾斜した複屈折板として機能する。同様に液晶素子1の図中左側から異常光として入射した直線偏光L0は図中下側に平行シフトする。したがって、この液晶素子1内に印加する電界方向の反転によって、2S分の光路シフト量が得られる。例えば、式(1)でno=1.55、ne=1.70、d=30μm、θ=35°の場合、2S=5(μm)の光路シフト量が得られる。このように一般的なカイラルスメクチック液晶の場合、数μmから数十μm程度の光路シフト量を得るためには、液晶層の厚みを数十μmから数百μmと非常に厚く設定する必要がある。
【0051】
また、本発明で用いるホメオロトピック配向のカイラルスメクチックC相よりなる液晶層5は、ホモジニアス配向(液晶ダイレクタが基板面に平行に配向している状態)をとる場合に比べて、液晶ダイレクタの動作が配向膜3からの規制力を受けにくく、外部電界方向の調整で光軸方向の制御が行いやすく、必要電界が比較的低いという利点を有する。一方、液晶層5が厚くなると、液晶層5の中央部では基板表面の配向膜3からの配向規制力も小さくなるため、液晶層5全体の均一配向性を維持することが困難になる。例えば液晶層5中央部での配向が乱れや白濁などが生じ易くなる。そこで、本発明では、ベース液晶材料に添加する種々のカイラル化合物の組合せを検討した結果、液晶層5の厚みが十分大きくても垂直配向性に優れ、かつ、応答性や光学特性にも優れた液晶素子を得ることが出来た。
【0052】
以下に、本発明に係る液晶素子の実施の形態について説明する。
(第1の実施の形態)
まず、第1の実施の形態では、少なくとも下記一般式(I)のカイラル化合物および一般式(II)のカイラル化合物を含有することを特徴とする。
【0053】
【化13】

【0054】
式(I)中、Rは炭素数が3から12の直鎖状のアルキル基あるいはアルコキシ基を表し、Rは炭素数が3から12の直鎖状のアルキル基を表す。なお、式中の*はカイラル中心を表す。また、h、jは0か1か2、i、kは0か1、lは0か1か2、ただしhとjが同時もしくは片方が0の時iは0、lが0の時kは0、またh + j + lは2もしくは3である。特にRの炭素数は3から5が好ましい。
また、式中A,Aは式(a)から選択される基を示し、Aは式(b)から選択される基を示す。また、B,Bは-CO-O-、 -O-CO-、 -CHO-、OCH-である。
【0055】
【化14】

【0056】
【化15】

【0057】
【化16】

【0058】
式(II)中、A、A、A、B、B、h、i、j、k、lは前記式(I)と同じ定義であり、それぞれ独立に式(I)と同じであっても異なっても良く、Rは炭素数が3から12の直鎖状のアルキル基あるいはアルコキシ基を表し、RおよびRは炭素数が3から5の直鎖状のアルキル基、もしくは末端同士が結合した六員環以上の環状構造のアルキル基を表す。特に、A、A、Aのいずれかがピリミジン環であり、i、kが0であることが好ましい。
【0059】
また、ベース液晶として、骨格的に粘度が低く、高速応答を示すと考えられ、また、高温側から等方性液体相、ネマチック相、スメクチックA相、スメクチックC相、結晶相の相系列を有し、特に、室温付近で安定したスメクチックC相を示すフェニルピリミジン化合物等を用いるのが好ましい。
【0060】
前記式(I)のエポキシドエステル基は、カイラル中心はR配置で、シス体である。プラスの自発分極を誘起し、ネマチック(N)相において右巻きの螺旋方向を誘起する性質を有する。同様な構造のトランス体は自発分極の発現効果が比較的小さく、シス体の方が、効果が大きく、より好ましい。
【0061】
一方、式(II)のジオキソランエーテル基は、カイラル中心はS配置で、トランス体である。プラスの自発分極を誘起し、ネマチック(N)相において左巻きの螺旋方向を誘起する性質を有する。すなわち、式(II)の添加は式(I)の螺旋を巻こうとする効果を打ち消す効果があるが、自発分極の極性は同一であるため、式(I)と式(II)の添加量の比率を適宜調整することで、大きな自発分極を維持したまま、ネマチック(N)相での螺旋ピッチを短めから長めまで調整することができる。
【0062】
ネマチック(N)相での螺旋ピッチは、液晶素子作製時の配向性に影響すると考えられ、各素子の特性にあわせて最適なピッチを設定することで、確実に配向性に優れた液晶素子が得られる。また、式(I)と式(II)の組合せよってカイラルスメクチックC相での螺旋ピッチも調整することが出来る。カイラルスメクチックC相での螺旋ピッチが短いと、液晶素子を駆動状態から停止した状態での液晶層にドメイン構造が発生し難くなるが、光学軸チルト角の飽和電界強度が大きくなる傾向がある。一方、カイラルスメクチックC相での螺旋ピッチが長いと、光学軸チルト角の飽和電界強度が小さくなる傾向があるが、液晶素子を駆動状態から停止した状態での液晶層にドメイン構造が発生し易くなる。
【0063】
本発明の液晶素子では、配向の安定性を確保するために、カイラルスメクチックC相の螺旋ピッチが液晶層厚みよりも短いことが好ましい。各素子の特性にあわせて最適なピッチを設定することで、配向の安定性に優れ、光学軸チルト角の飽和電界強度が比較的小さな液晶層が得られ、低電界でも十分な光学軸のチルト角が得られる。
【0064】
(第2の実施の形態)
第2の実施の形態では、前記第1の実施形態の液晶素子において、液晶層にさらに下記一般式(III)のカイラル化合物を添加する。
【0065】
【化17】

【0066】
式(III)中、A、A、A、B、B、h、i、j、k、lは前記式(I)と同じ定義であり、それぞれ独立に式(I)または式(II)と同じであっても異なっても良く、Rは炭素数が3から12の直鎖状のアルキル基あるいはアルコキシ基または前記Y基であり、Rは炭素数が3から12の直鎖状のアルキル基を表す。特にRの炭素数は3から5が好ましい。
【0067】
式(III)のY基で示したエポキシドエーテル基は、カイラル中心はS配置で、トランス体である。プラスの自発分極を誘起し、ネマチック(N)相において左巻きの螺旋方向を誘起する性質を有する。したがって、上記式(I)との組合せにおいて、特にネマチック(N)相での螺旋ピッチ調整用として効果がある。この構造では、自発分極の発現効果は比較的小さいが、式(I)のようなシス体のエステル系と式(III)のようなトランス体のエーテル系の組合せによって、他の物性値の変化を少なくしたまま、ネマチック(N)相での螺旋ピッチの調整が可能となる。式(I)と式(II)のカイラル化合物に更に式(III)のカイラル化合物を添加することで、自発分極が大きく応答性に優れ、配向性に優れた液晶素子が得られる。
【0068】
(第3の実施の形態)
第3の実施の形態では、前記第2の実施の形態の液晶素子において、一般式(I)のカイラル化合物が下記式(IV)であり、かつ、一般式(II)のカイラル化合物が下記式(V)であり、かつ、一般式(III)のカイラル化合物が下記式(VI)である。
【0069】
【化18】

【0070】
【化19】

【0071】
【化20】

【0072】
式(IV)中、nおよびmは3から12の整数である。nとmは同一数値でも良い。また、式(V)中、nは3から12の整数である。さらに、式(VI)中、nおよびmは3から12の整数である。nとmは同一数値でも良い。なお、式(IV)から式(VI)でのnとmと互いに独立した数値でも良い。また式(IV),(V),(VI)中、Mはメソゲニック芳香族単位(メソゲン基)であり、下記式(c)から選択される基を示す。
【0073】
【化21】

【0074】
式(IV)のメソゲン基としてフェニルピリミジン基を用い、特にベース液晶材料のピリミジン環の向きと同一のものを用いると、比較的相溶性が良くなり、結晶化防止など液晶層の安定性向上に効果があると考えられる。また、式(V)ではカイラル部位の末端がシクロヘキサン構造であることが特徴である。分子構造との関連は明らかではないが、この式(V)の使用によって垂直配向性の向上と維持に効果がある。さらに式(VI)ではカイラル中心を2つ有するため大きな自発分極を誘発する効果がある。したがって、自発分極を更に大きくすることが出来、応答性に非常に優れた液晶素子が得られる。
【0075】
(第4の実施の形態)
第4の実施の形態では、前記第3の実施の形態の液晶素子において、一般式(I)の別なカイラル化合物として式(VII)の化合物をさらに添加する。
【0076】
【化22】

【0077】
式(VII)中、nおよびmは3から12の整数である。nとmは同一数値でも良い。またMはメソゲニック芳香族単位(メソゲン基)であり、下記式(d)から選択された基を示す。
【0078】
【化23】

【0079】
式(VII)はメソゲン基が三環構造であり、一般には添加により相転移温度を向上させる効果がある。本発明では、特に、式(VII)のメソゲン基として、2,5−ジフェニルピリミジン基を用いた場合、飽和電界が小さくなる効果が顕著である。この原因は明らかではないが、他のカイラル化合物との相互作用による特異的な効果であると考えられる。これにより、光学軸チルト角の飽和電界強度が非常に小さく、かつ、応答性に非常に優れた液晶素子が得られる。
【0080】
(第5の実施の形態)
第5の実施の形態では、前記第2の実施の形態の液晶素子において、一般式(I)のカイラル化合物が前記の式(IV)であり、かつ、一般式(II)のカイラル化合物が前記の式(V)であり、ここまでは前述の第3の形態と類似しているが、一般式(III)のカイラル化合物が下記式(VIII)であることが特徴である。
【0081】
【化24】

【0082】
式(VIII)中、nおよびmは3から12の整数である。nとmは同一数値でも良い。なお、式(IV)から式(VIII)でのnとmと互いに独立した数値でも良い。Mはメソゲン基であり、前述したメソゲン基と同じものを用いることが出来る。
【0083】
式(VIII)は、前述の式(VI)の構造と比べると、カイラル中心部が1つである点が異なる。そのため自発分極を誘発する効果は比較的小さいが、特に、式(VIII)のメソゲン基としてフェニルピリミジン基を用いた場合、他のカイラル化合物やベース液晶材料と類似した構造であるため、相溶性が良く、配向性が向上する効果がある。特に、液晶素子を駆動中の光学特性であるMTF特性(Modulation Transfer Function:変調伝達関数)が向上する効果がある。
【0084】
(第6の実施の形態)
第6の実施の形態では、前記第5の実施の形態の液晶素子において、一般式(I)の別なカイラル化合物として前記の式(VII)をさらに添加する。この式(VII)中、nおよびmは3から12の整数である。nとmは同一数値でも良い。Mはメソゲン基であり、前述したものを用いることが出来る。
【0085】
式(VII)はメソゲン基が三環構造であり、一般には添加により相転移温度を向上させる効果がある。本発明では、特に、式(VII)のメソゲン基として2,5−ジフェニルピリミジン基を用いた場合、垂直配向性と応答性が向上する効果が顕著である。配向性の向上の原因は明らかではないが、自発分極増加の効果により応答性が非常に向上したと考えられる。但し、前述の第4の実施形態での効果とは反対に飽和電界が大きくなる傾向が見られた。この原因は明らかではないが、他のカイラル化合物との相互作用が効いているため、同一の化合物を添加しても異なる効果が生じていると考えられる。垂直配向性が良好で、かつ応答時間が非常に短く、かつ、電界駆動時のMTF特性が非常に優れた液晶素子が得られる。
【0086】
(第7の実施の形態)
第7の実施の形態では、前記第1の実施の形態から第6の実施の形態の液晶素子において、液晶層中に含有されるカイラル化合物の比率が15重量%以上、40重量%以下である。
【0087】
前述のようなカイラル化合物比率が15重量%未満の場合、すなわちベース液晶が85重量%以上の場合、自発分極が小さくなり、応答時間が1.0msec以上に低下しまう。応答時間が1.0msecよりも長いのでは強誘電性液晶材料の特徴を活かしていない。そこでカイラル化合物比率を15重量%以上すなわちベース液晶が85重量%未満にすることで、自発分極が40nC/cm程度よりも大きくなり、液晶素子の応答時間が1.0ms以下と高速にできる。しかし、高速化のためにカイラル化合物を増やし過ぎると相分離や結晶化による白濁などの副作用が発生してしまう。そこで、カイラル40重量%以下にすることで白濁発生などの、液晶素子の光学特性の悪化を防止することが出来る。
【0088】
また、更に好ましくは液晶層中に含有されるカイラル化合物の比率が20重量%以上、40重量%以下である。カイラル化合物比率を20重量%以上にすることで、自発分極が更に大きくなり、液晶素子の応答時間が0.5ms以下と高速にできる。
【0089】
(第8の実施の形態)
第8の実施の形態では、前記第1の実施の形態から第7の実施の形態の液晶素子において、ベース液晶材料が少なくともフェニルピリミジン化合物を含有する。
【0090】
フェニルピリミジン化合物は、高温側から等方性液体相、ネマチック相、スメクチックA相、スメクチックC相、結晶相の相系列を有し、特に、室温付近でスメクチックC相を示す。これにより使用温度領域で安定した強誘電性液晶層を形成する液晶素子を提供することができる。
【0091】
ここで、好ましいフェニルピリミジン骨格を有する化合物の例としては下記式(e),(f)のようなものがあげられる。
【0092】
【化25】

【0093】
【化26】

【0094】
式(e)中、R、Rは炭素数3から15の直鎖あるいは分岐したアルキルまたはアルケニル基であり、少なくとも一つのHがFかClで置換されていてもよい。また、CH基が−O−,−CO−,−O−CO−,−CO−O,−O−CO−O−であってもよい。
【0095】
本発明に係る光路偏向素子は電気信号に応じて光の光路を偏向するものであって、前記第1の実施の形態〜第8の実施の形態のいずれかの液晶素子からなり、該液晶素子への入射光を直線偏光とし、該直線偏光の偏光面を素子内の平行電界の印加方向に対して直交する方向に設定することで、入射光路に対する出射光路の位置を平行にシフトすることを特徴とする光路偏向素子である。すなわち、液晶層5の光学軸チルト角の傾斜方向反転動作に伴って透過する光路が平行にシフトするものである。前述の図4のように強誘電性液晶材料を用いるので、光学軸の反転動作が速く、高速な光路シフトを行うことができる。
【0096】
つぎに、本発明に係る画像表示装置について説明する。
本発明の画像表示装置は、画像情報に従って光を制御可能な複数の画素が二次元的に配列した画像表示素子と、該画像表示素子を照明する光源及び照明装置と、前記画像表示素子に表示した画像パターンを観察するための光学装置と、画像フィールドを時間的に分割した複数のサブフィールドで形成する表示駆動手段と、各画素からの出射光の光路を偏向する前述した本発明の光路偏向素子を備え、前記光路偏向素子によるサブフィールド毎の光路の偏向状態に応じて表示位置がずれた状態に対応する画像パターンを前記画像表示素子に表示することで、前記画像表示素子の見かけ上の画素数を増倍して表示するものである。
【0097】
図7に、画像表示装置の構成例を示す。図7において、21はLEDランプを2次元アレイ状に配列した光源であり、この光源21からスクリーン26に向けて発せられる光の進行方向には拡散板22、コンデンサレンズ23、画像表示素子としての透過型液晶パネル24、画像パターンを観察するための光学部材としての投射レンズ25が順に配設されている。27は光源21に対する光源ドライブ部、28は透過型液晶パネル24に対するドライブ部である。
【0098】
ここに、透過型液晶パネル24と投射レンズ25との間の光路上にはピクセルシフト素子として機能する光路偏向素子20が介在されており、ドライブ部30に接続されている。このような光路偏向素子20として、前述したような液晶素子が用いられている。
【0099】
光源ドライブ部27で制御されて光源21から放出された照明光は、拡散板22により均一化された照明光となり、コンデンサレンズ23により液晶ドライブ部28で照明光源と同期して制御されて透過型液晶パネル24を照明する。この透過型液晶パネル24で空間光変調された照明光は、画像光として光路偏向素子20に入射し、この光路偏向素子20によって画像光が画素の配列方向に任意の距離だけシフトされる。光路偏向素子20を透過した光は投射レンズ25で拡大されスクリーン26上に投射される。
【0100】
ここで、画像フィールドを時間的に分割した複数のサブフィールド毎の光路のシフト位置に応じて表示位置がずれている状態の画像パターンを表示させることで、透過型液晶パネル24の見掛け上の画素数を増倍して表示する。このように光路偏向素子20によるシフト量は透過型液晶パネル24の画素の配列方向に対して2倍の画像増倍を行うことから、画素ピッチの1/2に設定される。シフト量に応じて透過型液晶パネル24を駆動する画像信号をシフト量分だけ補正することで、見掛け上高精細な画像を表示することができる。この際、配向性が良好で高速応答性に優れた光路偏向素子を用いているので、サブフィールド画像に対応して、高速な光路の偏向が可能になり、見かけ上高精細な画像表示が可能となる。また、高速応答性によりサブフィールド画像の切換え時間が短くできるので、時間的な光利用効率が向上する。
【実施例】
【0101】
以下、本発明を実際に実施した例を説明する。
なお、本実施例では、液晶材料として添加するカイラル化合物は下記表1の化合物から選択して使用した。
【0102】
【表1】

【0103】
(実施例1)
(1)液晶素子の作成
つぎの手順で液晶素子を作成した。
まず厚さ1.1mmのガラス基板の表面に幅10μmの透明電極ラインを平行に100μmピッチで400本形成した。透明電極ラインの長さは有効長さが10mmとした。この透明電極ライン群の有効面積は40ミリ角であり、この上に厚み150μmのガラスを紫外線硬化接着剤によって張り合わせた。接着剤の厚みは10μm程度とした。これにより図5の液晶素子断面図のように透明ガラスの内部に透明ライン電極4Lが埋め込まれている形となり、これを基板2とした。
【0104】
この基板表面に厚み0.06μmのポリイミド化合物の垂直(ホメオトロピック)配向膜3を形成した。ポリイミド配向膜は、ポリアミック酸溶液をスピンコートにより塗布し、約180℃に加熱処理よるイミド化処理によりポリイミド膜を得た。ついで50μmのスペーサーシートを有効面積外に挟んで、二枚の基板を対向させて、セルを作成した。この時、上下基板の有効面積内のそれぞれの透明電極ラインが上から見て互いに交互の位置になるように貼り合わせた。つぎにこのセルを約95℃に加熱した状態で、基板間の空間に後述する液晶材料を毛管法にて注入した。冷却後、接着剤で封止し、液晶厚み70μm、有効面積4cm角の液晶素子10を作成した。
【0105】
なお、図6のように基板2の各透明電極ライン4Lが直接接続されるようにCrSiO蒸着膜による抵抗体8を成膜している。抵抗体8の両端部にパルスジェネレータと高速アンプとからなる電源を接続することで、抵抗アレイに電流が流れて電圧が分配され、有効面積内部に電位分布が形成されるようになる。
【0106】
(2)液晶材料
本実施例では液晶材料として次の化合物を混合して用いた。
・下記表2に示した組成比で混合したベース液晶 :87wt%
・式(I)のカイラル化合物の例として、表1に示した化合物A: 4wt%
および 化合物B: 5wt%
・式(II)のカイラル化合物の例として、表1に示した化合物E: 4wt%
【0107】
【表2】

【0108】
なお、この液晶材料の相転移温度は、結晶/スメクチックC相:−17℃、スメクチックC相/スメクチックA相:75℃、スメクチックA相/ネマチック相:85℃、ネマチック相/等方相:90℃であった。また、SSFLC素子による自発分極を測定した結果は、+35nC/cmであった。
【0109】
(3)液晶素子の特性評価
液晶素子サンプル作成後、目標観察および偏光顕微鏡観察により、初期状態での垂直配向性を評価した。評価はランク評価とし、評価基準は下記の通りとした。
本実施例の液晶素子の配向性は、ランク2で実用範囲内であった。
【0110】
(配向性評価基準)
・ランク1:光が透過しないような配向欠陥が存在する。
・ランク2:透過率は良好であるが僅かに白濁している。電界駆動により白濁が解消し、実用可能。
・ランク3:透過率は良好で白濁無し。但し、数十から数百μmサイズのドメインが観察される。
・ランク4:透過率は良好で、ドメインも殆ど観察されず広範囲で均一な配向状態。
【0111】
次に、図8に示す装置を用いて液晶素子の各種特性を測定した。
光源41からの光を、照明角度を設定する光学系(NDフィルタ42、拡散板43、F4.1 50mmレンズ44)と偏光板45を通して、空間周波数100周期/mm(10μmピッチ)の正弦波状濃度分布を有するMTFチャート46に照明した。そして、カメラ47として顕微鏡付き高速度カメラあるいは高精細CCDカメラでMTFチャート46からの透過光が液晶素子10を通ってくる光を観察した。
【0112】
このとき、液晶素子10の駆動周波数を100Hzとした矩形波交流電圧を印加することによって液晶層5の光軸切換えによる光路シフト現象が生じ、MTFチャート46のパターン(MTFパターン)の位置が変位する様子が観察された。このパターンの変位を高速度カメラ47で撮影し、画像を解析することで、応答時間を測定した。なお、最大変位量に対して10%から90%まで変位する時間を応答時間と定義し、電界強度が150V/mmでの応答時間で比較した。
【0113】
また、高速度カメラに代えて高精細CCDカメラを用いた場合、CCDカメラのフレーム周波数と液晶素子10の駆動周波数の違いにより、CCDカメラの画像上ではMTFパターンが比較的ゆっくりと動いて見える。この場合、MTFパターンが片側方向にシフトして静止している状態の画像をコンピュータに取り込み、液晶素子のMTF値を求めた。またMTF値をリファレンス素子によるMTF値で規格化することによって、液晶層5の部分に起因するMTF比を求めた。
【0114】
さらに、MTFパターンの両側の静止位置の比較から光路シフト量を求めた。さらに電界強度を増加させた時、光路シフト量が一定値に飽和する時点の電界から光学軸の飽和電界強度を求めた。
【0115】
本実施例の液晶素子の評価結果を以下に示す。
・応答時間 :1.2msec (電界E=150V/mm時)
・飽和電界 :45V
・MTF比 :0.6(100Hz駆動時)
【0116】
本実施例の液晶は飽和電界が45Vと小さい点が優れている。しかし、配向性はランク2とやや劣り、応答時間も1.2msと比較的遅めであった。しかし、垂直配向強誘電性液晶素子として実用的な性能を備えている。
【0117】
(実施例2)
実施例1において、液晶材料として以下の組成のものを用い、それ以外は実施例1と同様な方法で液晶素子を作製した。
・表2に示した組成のベース液晶:82wt%
・式(I)のカイラル化合物の例として、表1に示した化合物A: 5wt%
および 化合物B: 5wt%
・式(II)のカイラル化合物の例として、表1に示した化合物E: 3wt%
・式(III)のカイラル化合物の例として、表1に示した化合物C: 5wt%
【0118】
なお、この液晶材料の相転移温度は、結晶/スメクチックC相:−17℃、スメクチックC相/スメクチックA相:77℃、スメクチックA相/ネマチック相:87℃、ネマチック相/等方相:93℃であった。また、SSFLC素子による自発分極を測定した結果は、+60nC/cmであった。
【0119】
また、本実施例の液晶素子の配向性はランク3で比較的良好であった。
また、液晶素子の特性評価結果は以下の通りであった。
・応答時間(VAFLC素子):0.6msec (電界E=150V/mm時)
・飽和電界(VAFLC素子):40V
・MTF比(VAFLC素子):0.85(100Hz駆動時)
この実施例2の液晶素子は、飽和電界が40Vと小さく、更に応答時間が0.6msに改善された。
【0120】
(比較例)
実施例1において、液晶材料として以下の組成のものを用い、それ以外は実施例1と同様な方法で液晶素子を作製した。
・表2に示した組成のベース液晶:82wt%
・式(I)のカイラル化合物の例として、表1に示した化合物A: 6wt%
および 化合物B: 6wt%
・式(II)のカイラル化合物は含まない。
・式(III)のカイラル化合物の例として、表1に示した化合物C: 6wt%
【0121】
なお、この液晶材料の相転移温度は、結晶/スメクチックC相:−17℃、スメクチックC相/スメクチックA相:80℃、スメクチックA相/ネマチック相:86℃、ネマチック相/等方相:93℃であった。また、SSFLC素子による自発分極を測定した結果は、+77nC/cmであった。
【0122】
また、本比較例の液晶素子の配向性は、有効部の一部に配向欠陥による白濁部が発生し、ランク1と判断した。これは式(II)の化合物を含まないために垂直配向性が劣化したためと考えられる。自発分極測定用のSSFLC素子では良好な配向性を示していたことから、この現象は比較的セル厚みが大きな垂直配向の素子に特有な現象であると考えられる。白濁発生のため、その他の評価は行わなかった。
【0123】
(実施例3)
実施例1において、液晶材料として以下の組成のものを用い、それ以外は実施例1と同様な方法で液晶素子を作製した。
・表2に示した組成のベース液晶:70wt%
・式(IV)のカイラル化合物の例として、表1に示した化合物H:13wt%
・式(V)のカイラル化合物の例として、表1に示した化合物E: 4wt%
・式(VI)のカイラル化合物の例として、表1に示した化合物C:13wt%
【0124】
なお、この液晶材料の相転移温度は、結晶/スメクチックC相:−17℃、スメクチックC相/スメクチックA相:67℃、スメクチックA相/ネマチック相:82℃、ネマチック相/等方相:89℃であった。また、SSFLC素子による自発分極を測定した結果は、+67nC/cmであった。
【0125】
また、本実施例の液晶素子の配向性はランク3で比較的良好であった。
また、液晶素子の特性評価結果は以下の通りであった。
・応答時間(VAFLC素子):0.4msec (電界E=150V/mm時)
・飽和電界(VAFLC素子):70V
・MTF比(VAFLC素子):0.80(100Hz駆動時)
この実施例3の液晶素子は、応答時間が0.4msと非常に高速になった。しかし、光学軸チルト角の飽和電界は70Vと比較的大きめであった。
【0126】
(実施例4)
実施例1において、液晶材料として以下の組成のものを用い、それ以外は実施例1と同様な方法で液晶素子を作製した。
・表2に示した組成のベース液晶:72wt%
・式(IV)のカイラル化合物の例として、表1に示した化合物H: 8wt%
・式(VII)のカイラル化合物の例として、表1に示した化合物B: 4wt%
・式(V)のカイラル化合物の例として、表1に示した化合物E: 4wt%
・式(VI)のカイラル化合物の例として、表1に示した化合物C: 8wt%
【0127】
なお、この液晶材料の相転移温度は、結晶/スメクチックC相:−17℃、スメクチックC相/スメクチックA相:77℃、スメクチックA相/ネマチック相:92℃、ネマチック相/等方相:95℃であった。また、SSFLC素子による自発分極を測定した結果は、+94nC/cmであった。
【0128】
また、本実施例の液晶素子の配向性はランク3で比較的良好であった。
また、液晶素子の特性評価結果は以下の通りであった。
・応答時間(VAFLC素子):0.4msec (電界E=150V/mm時)
・飽和電界(VAFLC素子):30V
・MTF比(VAFLC素子):0.85(100Hz駆動時)
この実施例4の液晶素子は、応答時間が0.4msと短く、かつ、光学軸チルト角の飽和電界が30Vと小さくなった。一方、MTFは0.85と十分ではあるが更なる向上が望まれる。
【0129】
(実施例5)
実施例1において、液晶材料として以下の組成のものを用い、それ以外は実施例1と同様な方法で液晶素子を作製した。
・下記表3に示した組成のベース液晶:70wt%
・式(IV)のカイラル化合物の例として、表1に示した化合物H:13wt%
・式(V)のカイラル化合物の例として、表1に示した化合物E: 4wt%
・式(VIII)のカイラル化合物の例として、表1に示した化合物I:13wt%
【0130】
【表3】

【0131】
なお、この液晶材料の相転移温度は、結晶/スメクチックC相:−10℃、スメクチックC相/スメクチックA相:68℃、スメクチックA相/ネマチック相:90℃、ネマチック相/等方相:96℃であった。また、SSFLC素子による自発分極を測定した結果は、+50nC/cmであった。
【0132】
また、本実施例の液晶素子の配向性はランク3で比較的良好であった。
また、液晶素子の特性評価結果は以下の通りであった。
・応答時間(VAFLC素子):0.5msec (電界E=150V/mm時)
・飽和電界(VAFLC素子):35V
・MTF比(VAFLC素子):0.90(100Hz駆動時)
この実施例5の液晶素子は、光学軸チルト角の飽和電界が35Vと小さく、かつ、電界駆動時のMTFが0.9と非常に良好になった。すなわち、化合物Iの使用によってMTF特性が向上した。応答時間は0.5msと僅かに遅くなったが、実用上は問題無い特性である。
【0133】
(実施例6)
実施例1において、液晶材料として以下の組成のものを用い、それ以外は実施例1と同様な方法で液晶素子を作製した。
・表2に示した組成のベース液晶:66wt%
・式(IV)のカイラル化合物の例として、表1に示した化合物H:13wt%
・式(VII)のカイラル化合物の例として、表1に示した化合物B: 4wt%
・式(V)のカイラル化合物の例として、表1に示した化合物E: 4wt%
・式(VIII)のカイラル化合物の例として、表1に示した化合物I:13wt%
【0134】
なお、この液晶材料の相転移温度は、結晶/スメクチックC相:−17℃、スメクチックC相/スメクチックA相:69℃、スメクチックA相/ネマチック相:88℃、ネマチック相/等方相:89℃であった。また、SSFLC素子による自発分極を測定した結果は、+86nC/cmであった。
【0135】
また、本実施例の液晶素子の配向性はランク4で非常に良好であった。
また、液晶素子の特性評価結果は以下の通りであった。
・応答時間(VAFLC素子):0.3msec (電界E=150V/mm時)
・飽和電界(VAFLC素子):70V
・MTF比(VAFLC素子):0.90(100Hz駆動時)
この実施例6の液晶素子は、初期配向ランクが4と良好で、応答時間が0.3msと速く、かつ、電界駆動時のMTFが0.9と非常に良好であった。すなわち、化合物Bの添加によって初期配向性が向上した。但し、光学軸チルト角の飽和電界は75Vと僅かに大きくなったが、実用上は問題無い特性である。
【0136】
表4に、実施例1〜6の評価結果を示す。
【0137】
【表4】

【0138】
(実施例7)
本実施例では、種々のカイラル化合物の組合せでの合計濃度と応答時間の相関を調査した。具体的には、実施例1において、表1に示すカイラル化合物のうち、化合物A,B,C,Eの組合せ(記号●)、化合物A,B,Eの組合せ(記号○)、化合物H,B,I,Eの組合せ(記号▲)、化合物H,B,C,Eの組合せ(記号△)、化合物H,C,Eの組合せ(記号×)、化合物H,I,Eの組合せ(記号□)ごとに合計濃度を変化させて、表2または表3に示した組成のベース液晶と混合した液晶材料を用いて、それ以外は実施例1と同様な方法で液晶素子を作製し、それぞれの液晶素子の電界E=150V/mm時の応答時間を測定した。
【0139】
図9に、表2または表3に示すベース液晶に対する、前記種々のカイラル化合物の組合せでの合計濃度と応答時間の相関を示す。
カイラル化合物の組合せが異なっても合計の添加量に対する応答時間の変化はほぼ類似した特性を示す。前述のようなカイラル化合物比率が15重量%未満の場合、すなわちベース液晶が85重量%以上の場合、自発分極が小さくなり、応答時間が1.0msec以上に低下しまう。応答時間が1.0msecよりも長いのでは強誘電性液晶材料の特徴を活かしていない。そこでカイラル化合物比率を15重量%以上すなわちベース液晶が85重量%未満にすることで、自発分極が40nC/cm程度よりも大きくなり、液晶素子の応答時間が1.0ms以下と高速にできる。更に好ましくは、カイラル化合物比率を20重量%以上にすることで、自発分極が更に大きくなり、液晶素子の応答時間が0.5ms以下と高速にできる。
【0140】
次に、前記カイラル化合物の組合せごとに合計濃度を変化させて作製した液晶素子について、MTF比を測定した。
図10にその結果を示す。カイラル化合物の組合せによってバラツキはあるものの、合計濃度の増加と共にMTF比が悪化する傾向がある。特に40重量%より多いと急激に低下するが、これはカイラル化合物の相分離および結晶化によるもの考えられる。
【0141】
以上のことから、本発明の液晶素子においては液晶層中に含有されるカイラル化合物の比率は15重量%以上、40重量%以下が好ましく、20重量%以上、40重量%以下であることがより好ましい。
【0142】
(実施例8)
実施例6の液晶素子を光路偏向素子として、図7に示す画像表示装置を作成した。画像表示素子(透過型液晶パネル24)として対角0.9インチXGA(1024×768ドット)のポリシリコンTFT液晶ライトバルブを用いた。このとき、画素ピッチは縦横ともに約18μmであり、画素の開口率は約50%である。また、画像表示素子(透過型液晶パネル24)の光源側にマイクロレンズアレイを設けて照明光の集光率を高める構成とした。本実施例では、光源としてRGB三色のLED光源を用い、上記の一枚の液晶パネル24に照射する光の色を高速に切換えてカラー表示を行う、いわゆるフィールドシーケンシャル方式を採用した。
【0143】
本実施例では、画像表示のフレーム周波数を60Hz、ピクセルシフトによる4倍の画素増倍のためのサブフィールド周波数を4倍の240Hzとした。また一つのサブフレーム内をさらに3色分に分割するため、各色に対応した画像を720Hzで切換えた。液晶パネルの各色の画像の表示タイミングに合わせて、対応した色のLED光源をON/OFFすることで、観察者にはフルカラー画像が見えるようになる。
【0144】
本実施例では、実施例6の液晶素子を光路偏向素子20として二組用い、入射側を第一の光路偏向素子、出射側を第二の光路偏向素子とし、互いのライン電極の方向が直交し、画像表示素子(透過型液晶パネル24)の画素の配列方向に一致するように配置した。
【0145】
また本実施例では液晶ライトバルブからの出射光が既に直線偏光であり、その偏光方向が第一の光路偏向素子の光路偏向方向と一致するように配置されているが、光路偏向素子への入射光の偏光度を確実にするために、光路偏向素子20の入射面側に偏光方向制御手段として直線偏光板を設けた。これにより、第一の光偏向素子で偏向されずに直進してしまうノイズ光の発生が防止できる。
【0146】
さらに、第一および第二の光路偏向素子の間に偏光面回転素子を設けた。偏光面回転素子は、つぎのように作成した。すなわち、薄いガラス基板(3cm×4cm、厚さ0.15mm)上にポリイミド系の配向材料をスピンコートし、約0.1μmの配向膜を形成した。ガラス基板のアニール処理後、ラビング処理を行う。二枚のガラス基板の間の周辺部に8μm厚のスペーサを挟み、ラビング方向が直交するように上下基板を張り合わせて空セルを作製する。このセルの中に、誘電率異方性が正のネマチック液晶にカイラル材を適量混合した材料を常圧下で注入し、液晶分子の配向が90度捻じれたTN液晶セルを作成し、これを偏光面回転素子とした。このセルには電極を設けていないため、単なる偏光回転素子として機能する。
【0147】
偏光面回転素子の配置に当っては、第一の光路偏向素子から出射した光の偏光面と偏光回転素子の入射面のラビング方向が一致するように、二つの光路偏向手段の間に挟んで配置した。この偏光面回転素子により第一の光路偏向素子からの出射光の偏光面が90度回転し、第二の光路偏向素子の偏向方向に一致するようになる。このようにして作製した第一の光路偏向素子、偏光面回転素子、第二の光路偏向素子からなるピクセルシフト素子を画像表示素子(透過型液晶パネル24)の直後に設置した。
【0148】
本実施例では、ピクセルシフト素子を駆動する矩形波電圧の電圧を±6kV、周波数を60Hzとし、二枚の縦と横の位相を90度ずらして、4方向に画素シフトするように駆動タイミングを設定した。この条件での光偏向素子のシフト量は9μmであった。
【0149】
本実施例では画像表示素子に表示するサブフィールド画像を240Hzで書き換えることで、縦横二方向に見かけ上の画素数が4倍に増倍した高精細画像が表示できた。光路偏向素子の切換え時間は約0.3msecであり、充分な光利用効率が得られた。また、フリッカーなどは観測されなかった。
【図面の簡単な説明】
【0150】
【図1】本発明に係る液晶素子の構成を示す断面図である。
【図2】図1の液晶素子において電界方向と液晶分子の傾斜方向を示す模式図である。
【図3】カイラルスメクチックC相の液晶分子配列のモデル図である。
【図4】液晶分子の配向状態と光路偏向の原理を示すも模式図である。
【図5】本発明に係る液晶素子の別の構成を示す断面図である。
【図6】図5の液晶素子の透明ライン電極の配列及び接続状態を示す図である。
【図7】本発明に係る画像表示装置の構成を示す概略図である。
【図8】液晶素子の特性評価を行う装置の構成を示す概略図である。
【図9】液晶層のカイラル化合物添加量と応答時間の相関図である。
【図10】液晶層のカイラル化合物添加量とMTF比の相関図である。
【符号の説明】
【0151】
1,10 液晶素子
2 基板
3 垂直配向膜
4 電極
4L 透明ライン電極
5 液晶層
5a 液晶分子
6 誘電体層
7 スペーサ
8 抵抗体
20 光路偏向素子
21 光源
22 拡散板
23 コンデンサレンズ
24 透過型液晶パネル
25 投射レンズ
26 スクリーン
27 光源ドライブ部
28 ドライブ部
30 光路偏向素子ドライブ部
41 ランプ
42 NDフィルタ
43 拡散板
44 F1.4 50mmレンズ
45 偏光板
46 MTFチャート
47 顕微鏡カメラ(CCDカメラ)
C 仮想コーン
E 電界
L0 入射直線偏光
Ps 自発分極


【特許請求の範囲】
【請求項1】
透明な一対の基板と、その一対の基板間に充填されたホメオトロピック配向をなすカイラルスメクチックC相を形成する液晶層と、少なくとも前記液晶層に対して前記基板主面と平行な方向の電界(平行電界)を発生させる電極とを有する液晶素子において、
前記液晶層が、高温側から等方性液体相、ネマチック相、スメクチックA相、スメクチックC相である相系列を有するベース液晶材料に、少なくとも下記一般式(I)のカイラル化合物および下記一般式(II)のカイラル化合物を含有することを特徴とする液晶素子。
【化1】


(式中、Rは炭素数が3から12の直鎖状のアルキル基あるいはアルコキシ基を表し、Rは炭素数が3から12の分岐していても良いアルキル基を表す。なお、式中の*はカイラル中心を表す。また、h,jは0か1か2、i,kは0か1、lは0か1か2、ただしhとjが同時もしくは片方が0の時iは0、lが0の時kは0、またh + j + lは2もしくは3である。
また、式中A,Aは式(a)から選択される基を示し、Aは式(b)から選択される基を示す。
また、B,Bは-CO-O-、 -O-CO-、 -CHO-、OCH-である。)
【化2】


【化3】


【化4】


(式中、Rは炭素数が3から12の分岐していても良いアルキル基あるいはアルコキシ基を表し、RおよびRは炭素数が3から5の直鎖状のアルキル基、もしくは末端同士が結合した六員環以上の環状構造のアルキル基を表す。A,A,A,B,B,h,i,j,k,lは前記式(I)と同じ定義であり、それぞれ独立に式(I)と同じであっても異なっても良い。)
【請求項2】
請求項1に記載の液晶素子において、前記液晶層にさらに下記一般式(III)のカイラル化合物を添加したことを特徴とする液晶素子。
【化5】


(式中、A,A,A,B,B,h,i,j,k,lは前記式(I)と同じ定義であり、それぞれ独立に式(I)または式(II)と同じであっても異なっても良い。Rは炭素数が3から12の分岐していても良いアルキル基あるいはアルコキシ基または前記Y基であり、R7は炭素数が3から12の分岐していても良いアルキル基を表す。)
【請求項3】
請求項2に記載の液晶素子において、前記一般式(I)のカイラル化合物が下記の式(IV)であり、かつ、前記一般式(II)のカイラル化合物が下記の式(V)であり、かつ、前記一般式(III)のカイラル化合物が下記の式(VI)であることを特徴とする液晶素子。
【化6】


(式中、nおよびmは3から12の整数である。nとmは同一数値でも良い。またMはメソゲニック芳香族単位(メソゲン基)であり、式(c)から選択される基を示す。)
【化7】


【化8】


(式中、nは3から12の整数である。またMは前記式(IV)と同じ定義であり、式(IV)と同じであっても異なってもよい。)
【化9】


(式中、nおよびmは3から12の整数である。nとmは同一数値でも良い。なお、式(IV)から式(VI)でのnとmとは互いに独立した数値でも良い。またMは前記式(IV)と同じ定義であり、式(IV)または式(V)と同じであっても異なってもよい。)
【請求項4】
請求項3に記載の液晶素子において、前記一般式(I)のカイラル化合物として下記の式(VII)の化合物をさらに添加したことを特徴とする液晶素子。
【化10】


(式中、nおよびmは3から12の整数である。nとmは同一数値でも良い。またMはメソゲニック芳香族単位(メソゲン)であり、式(d)から選択される基を示す。)
【化11】

【請求項5】
請求項2に記載の液晶素子において、前記一般式(I)のカイラル化合物が前記の式(IV)であり、かつ、前記一般式(II)のカイラル化合物が前記の式(V)であり、かつ、前記一般式(III)のカイラル化合物が下記の式(VIII)であることを特徴とする液晶素子。
【化12】


(式中、nおよびmは3から12の整数である。nとmは同一数値でも良い。なお、式(IV)から式(VIII)でのnとmとは互いに独立した数値でも良い。またMは前記式(IV)と同じ定義であり、式(IV)または式(V)と同じであっても異なってもよい。)
【請求項6】
請求項5に記載の液晶素子において、前記一般式(I)のカイラル化合物として前記の式(VII)の化合物をさらに添加したことを特徴とする液晶素子。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれか一つに記載の液晶素子において、前記液晶層中に含有されるカイラル化合物の比率が15重量%以上、40重量%以下であることを特徴とする液晶素子。
【請求項8】
請求項1〜7のいずれか一つに記載の液晶素子において、前記ベース液晶材料が少なくともフェニルピリミジン化合物を含有することを特徴とする液晶素子。
【請求項9】
電気信号に応じて光の光路を偏向する光路偏向素子であって、
請求項1〜8のいずれか一つに記載の液晶素子から成り、該液晶素子への入射光を直線偏光とし、該直線偏光の偏光面を素子内の平行電界の印加方向に対して直交する方向に設定することで、入射光路に対する出射光路の位置を平行にシフトすることを特徴とする光路偏向素子。
【請求項10】
画像情報に従って光を制御可能な複数の画素が二次元的に配列した画像表示素子と、該画像表示素子を照明する光源及び照明装置と、前記画像表示素子に表示した画像パターンを観察するための光学装置と、画像フィールドを時間的に分割した複数のサブフィールドで形成する表示駆動手段と、各画素からの出射光の光路を偏向する光路偏向素子を有し、前記光路偏向素子によるサブフィールド毎の光路の偏向状態に応じて表示位置がずれた状態に対応する画像パターンを前記画像表示素子に表示することで、前記画像表示素子の見かけ上の画素数を増倍して表示する画像表示装置において、
前記光路偏向素子として、請求項9に記載の光路偏向素子を備えたことを特徴とする画像表示装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2007−231167(P2007−231167A)
【公開日】平成19年9月13日(2007.9.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−54851(P2006−54851)
【出願日】平成18年3月1日(2006.3.1)
【出願人】(000006747)株式会社リコー (37,907)
【Fターム(参考)】