説明

液滴輸送装置

【課題】 液滴の輸送エネルギーを低減、輸送速度の向上、液滴へのダメージ低減を可能とした液滴輸送装置を提供する。
【解決手段】
撥水処理が施された基板1の表面に油膜5を形成し、基板1の上を容易に移動可能となった水滴6について、当該水滴6の近傍のヒータ2に通電して基板1を部分的に加熱して、加熱された箇所の油膜5を温度の低い周囲に移動させることにより、油膜の流れ7により水滴6を温度の低い方向へ移動させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、液滴輸送装置に関し、例えば、化学分析や生体検査などにおいて微量の試薬で反応を確認するための微量液の輸送装置として用いることができる。
【背景技術】
【0002】
従来の試験管レベルでの化学分析や合成は、試料や試薬をミリ・リットルのオーダーで必要とし、試料の採取が困難な場合や試薬が高価な場合などには、その実施が困難な場合があった。また、生体検査では、試料の採取は被検査者に負担を強いることにもなり、微量な試料量と試薬量で分析できることが望まれる。
【0003】
このような観点から、近年、ラボ・オン・チップあるいはマイクロ・トータル・アナリシス・システムと呼ばれる、小さなチップ内で微量な化学反応を制御し、化学分析や化学合成を効率的に行うシステムが提唱されている。
【0004】
このシステムを実現するためには、微量な液量を自由に輸送する技術が不可欠である。この輸送技術として、例えば、半導体プロセスを利用して、微少な管路を形成し、微量な液体を輸送したり、反応させたりすることが試みられている。
【0005】
これに対して、管路を形成することなく、独立した液滴を輸送する方法は、個別の液滴に異なる種類の試薬や試料を溶解・混入したり、濃度を系統的に変えて、所望の組み合わせで液滴を合体させたりすることにより、反応を実施し、その結果の計測を自動化するのに適した微量液の輸送方法である。
【0006】
液滴は、それ自体が一つの独立した容器であると共に、他の液滴と容易に合体・混合させることができる反応容器ともなる。また、反応結果を測定するための試料セルでもあり、例えば分光測定を行う箇所に液滴を順次輸送することで、測定を自動化することができる。
【0007】
【非特許文献1】Orlin D.Velev,Brian G.Prevo,Katan H.Bhatt,“On-chip manipulation of free droplets”,Nature,vol.426,2003,p.515-516
【非特許文献2】Sung Kwon Cho,Hyejin Moon and Chang-Jin Kim,“Creating,Transporting,Cutting,and Merging Liquid Droplets by Electorowetting-Based Actuation for Digital Microfluidic Circuits”,J.Microelectromech.Syst.,vol.12,2003,p.70-80
【非特許文献3】Pei Yu Chiou,Hyejin Moon,Hiroshi Toshiyoshi,Chang-Jin Kim,Ming C.Wu,“Light actuation of liquid by optoelectrowetting”,Sensors and Actuators A,vol.104,2003,p.222-228
【非特許文献4】Anton A.Darhuber,Joseph P.Valentino,Sandra M.Troian and Sigurd Wagner,“Thermocapillary Action of Droplets on Chemically Patterned Surfaces by Programmable Microheater Arrays ”,J.Microelectromech.syst.,vol.12,2003,p.873-879
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
今までに提案された液滴輸送としては、油の中に浮遊させた水滴を輸送する形式と、水滴のみを輸送する形式とがある。水滴のみを輸送する形式は、空気中の水滴として考えることができる。さらに、液滴の駆動力として電界を利用する形式と、表面張力を電界や温度で変化させて駆動力とする形式とに分類できる。
【0009】
なお、流路を満たした油をポンプにより輸送し、その流れにのせて水滴を輸送する方法もあるが、水滴の合体などの操作を行うためには、別途、水滴に直接力を加える方法を用意する必要があるので、ここでは除外する。
【0010】
電界を加えて水滴を輸送する方法は、電界の強い箇所に誘電率の高い物質が存在している方が系のエネルギーが低く安定となるという原理を利用しており、当該系の安定化に基づいて発生する力を駆動力として水滴を輸送する(上記、非特許文献1を参照。)。油中の水滴の場合、水と油の誘電率の差が原因で電界から力を受ける。水と油の比重は比較的近いため、水滴は油の中に球形の液滴となって存在し、電界の作用により油の中を移動させることができる。
【0011】
水滴が油の中に浮遊せず、基板に直接接触する場合には、基板表面に撥水処理を施して、水滴が基板表面を転がりやすい状態にする必要がある。また、水より比重の大きい無極性の油や液体を基板表面に張り、水滴を浮遊させるようにしてもよい。
【0012】
このように水滴を移動させやすい状態にして、水滴と周囲の誘電率の違いから電界の強い箇所へ水滴を移動させる。これは分極性の微粒子を電界で駆動する誘電泳動と同じ原理であり、電界強度の空間的な勾配が必要となる。
【0013】
また、直流電界でも交流電界でも同じ方向に駆動力が発生する。一般に誘電率は交流電界の周波数に依存して変化するので、正確には、ある特定の周波数の交流電界のときに最も大きな駆動力が得られることがある。
【0014】
なお、電気泳動は帯電した微粒子に生じる泳動現象であり、均一な電場でも発生する。電気泳動の対象となるコロイド粒子は、全体的には中性に見えるが、粒子自体が帯電していると共に周囲に逆極性のイオンをまとっているため、電界の存在により、周囲のイオンと逆向きの力を受けて電気泳動を生じる。電気泳動は直流電場でのみ効果が得られ、かつ電界の向きに依存する。
【0015】
上述する、電界により液滴を駆動する方法の問題点としては、必要とする印加電圧が数百ボルトと高いことが挙げられる。また、駆動を容易にするため、この高電圧を数百KHzの高周波として印加する場合もあり、大がかりな電源装置が必要となることも問題点として挙げられる。
【0016】
一方、表面張力を電界で変化させて駆動力を得る方法は、電界の印加により液体と固体との接触面に電荷を蓄積させることで、実効的な界面エネルギーを低下させるという原理を利用している(上記、非特許文献2,3を参照。)。したがって、水滴は基板に対して部分的に濡れている(水滴の基板に対する接触角が0度より高く180度より低い。)必要がある。また、水滴に伝導性があること、水滴と基板との接触面が平行平板キャパシタを構成することが要求される。
【0017】
水滴の一部に電界が印加されると、電界の印加された部分の液−固界面の表面張力が低下し、水滴の接触角が低下する。そのため水滴は電界を印加した側へ移動する。この方法は電界で直接駆動する方法に比べ低い電圧で駆動が可能であるが、それでも数十ボルトの電圧が必要である。
【0018】
低電圧で駆動する方法として、液滴に温度勾配を与えることが提案されている(上記、非特許文献4を参照。)。ヒータなどの加熱手段で温度勾配を与える方法では、ヒータヘの印加電圧はヒータ抵抗の設計で数ボルトにまで下げることができる。この方法は、液滴の気−液界面の表面張力が加熱により低下することを利用しているため、液滴そのものを加熱する必要がある。
【0019】
また、加熱により表面張力が低下した側の液体の接触角が0度となり、完全に基板に濡れる状態になって初めて、駆動力が発生する機構であるため、その駆動力は弱く、ヒータでの消費電力が大きい割には液滴の移動速度は極めて遅いという問題点がある。非特許文献4によれば、240mWのヒータ出力における液滴の移動速度は0.27mm/sと遅い。更に、この方法では、液滴を加熱しているため、液滴に溶解させた薬剤や検査試料が熱的なダメージを受けやすい場合には適用できないといった問題がある。
【0020】
本発明は上記状況に鑑みてなされたものであり、液滴輸送時のエネルギーを低減(低電圧、低消費電力)し、輸送速度を高めると共に、液滴及び液滴中の薬剤等にダメージを与えないで輸送することができる液滴輸送装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0021】
上記課題を解決する本発明に係る液滴輸送装置は、
基板の表面において水性の液滴を輸送する液滴輸送装置において、
前記基板の表面は撥水処理されると共に、当該表面に油性の膜が形成され、
前記基板の表面に局所的な温度勾配を発生させる加熱手段が設けられていることを特徴とする液滴輸送装置である。
【0022】
上記課題を解決する本発明に係る液滴輸送装置は、
基板の表面において油性の液滴を輸送する液滴輸送装置において、
前記基板の表面は撥油処理されると共に、当該表面に水性の膜が形成され、
前記基板の表面に局所的な温度勾配を発生させる加熱手段が設けられていることを特徴とする液滴輸送装置である。
【0023】
上記発明は、輸送対象である液滴をはじくような表面処理を基板表面に施すと共に、当該基板表面に液滴と逆の性質(例えば油と水)を有する液膜を形成して、当該基板表面に置いた液滴を、液滴周囲の液膜−空気界面の表面張力の温度変化により発生する力(熱毛管現象)を用いて輸送することを特徴とする。
【0024】
また、上記液滴輸送装置において、
前記基板に対向して設けられる他の基板を有し、当該他の基板の表面は前記基板の表面と同種の処理が施されると共に、同種の膜が形成されており、
前記液滴は、前記基板と前記他の基板とに挟まれた空間を移動することを特徴とする液滴輸送装置である。
【0025】
また、上記液滴輸送装置において、
前記膜の前記基板表面に対する接触角はほぼ0度であり、
前記液滴は、前記膜中における前記基板表面との接触角が90度より大きいことを特徴とする液滴輸送装置である。
【0026】
基板の表面の性質と、液膜の性質と、液滴の性質について、基板表面は液膜により濡れやすく、また基板表面及び液膜は、液滴をはじきやすい性質とすることで、液滴の移動を容易にする。
【0027】
また、上記液滴輸送装置において、
前記基板の表面または前記他の基板の表面の少なくとも一方には、前記液滴の輸送方向に沿ってガイド溝が形成されていることを特徴とする液滴輸送装置である。
【0028】
また、上記液滴輸送装置において、
前記ガイド溝は、前記液滴の半径にほぼ等しい幅を有する溝であることを特徴とする液滴輸送装置である。
【0029】
また、上記液滴輸送装置において、
前記ガイド溝は、前記液滴の輸送方向に沿って間欠的に形成されていることを特徴とする液滴輸送装置である。
【0030】
また、上記液滴輸送装置において、
前記基板の表面または前記他の基板の表面の少なくとも一方には、前記膜の厚さを調整する溝が形成されていることを特徴とする液滴輸送装置である。
【発明の効果】
【0031】
本発明の液滴輸送装置を用いれば、低電圧、低消費電力で高速に水滴(又は油滴)を基板表面上で輸送することができる。また、輸送時の加熱の影響については、周囲の油膜(又は水膜)を加熱して駆動する方式なので、水滴(又は油滴)に熱が加わるとしても油膜(又は水膜)を介して間接的に行われ、また、水滴(又は油滴)は加熱された温度の高い場所を避けるように移動するので熱の影響を受ける程度は低い。そのため、水滴(又は油滴)とそれに溶融・混入させた試料や薬液に対する加熱によるダメージを少なくすることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0032】
<第1の実施形態>
図1及び図2は、第1の実施形態に係る液滴輸送装置における液滴の移動原理を説明する説明図であり、図1は基本原理、図2は連続的に移動させる原理を示している。以下、これらの図に基づいて、液滴を移動させる原理について説明する。
【0033】
図1に示すように、下部基板1の内部には基板表面において局所的な温度勾配を発生させるためのヒータ2が設けられ、電源4及びスイッチ3により作動するようになっている。また、下部基板1の表面は撥水処理が施されると共に、油膜5が形成されている。
【0034】
この状態において、基板1の表面に水滴6を置くと、油膜の表面張力により、水滴6は基板1の表面に押し付けられる下向きの力Fを受ける。さらに、水滴6の基板1に対する油中での接触角θは90度より大きいので、水滴6は基板1の上を容易に移動することができる。
【0035】
ヒータ2に通電して基板1を部分的に加熱すると、加熱された箇所の油膜5は、熱毛管現象のため温度の低い周囲に移動(加熱による油膜の移動方向7)する。加熱した箇所が水滴6の近傍である場合には、油膜の流れ7により水滴6も温度の低い方向へ移動する。
【0036】
また、図2は連続的に水滴を輸送する原理を示す図である。同図に示すように、下部基板1の内部には、複数のヒータ2a〜2dが直線的に並べて配置されており、スイッチ3aによりヒータ2aに通電して上方の油膜5を加熱することにより、油膜5に流れ7aが生じる結果、水滴6aには方向8に移動する力が働く(同図(a))。この結果、水滴6aは、水滴6bの位置に移動する(同図(b))。
【0037】
次に、スイッチ3bによりヒータ2bに通電して上方の油膜5を加熱することにより、油膜5に流れ7bが生じる結果、水滴6bには方向8に移動する力が働く(同図(b))。この結果、水滴6bは、水滴6cの位置に移動する(同図(c))。更に、スイッチ3cによりヒータ2cに通電して上方の油膜5を加熱することにより、油膜5に流れ7cが生じる結果、水滴6cには方向8に移動する力が働く(同図(c))。
【0038】
上述するように、ヒータ2a〜2dを水滴6の動きと連動させて作動し、温度勾配を順次、水滴6の近傍に与え続けることにより、水滴6を所望の方向と距離で移動させることができる。
【0039】
図3は、第1の実施形態に係る液滴輸送装置の概略平面図である。同図に示すように、液滴輸送装置10は、下部基板11と、基板11の表面に計画的に形成されたガイド溝19,19a,19bと、これらのガイド溝に沿って、基板11の内部に計画的に配置されたヒータ12,12a〜12gと、基板11の表面において、ガイド溝の近傍に形成された油膜量調整溝20とを有する。
【0040】
輸送対象となる水滴16,16a,16bは、ガイド溝を移動して輸送されるようになっており、その大きさは直径0.5mmから2mm程度である。液量にしてマイクロ・リットルのオーダーである。各ヒータ12,12a〜12gは、これらの水滴の直径と同程度の間隔で配列形成されており、当該各ヒータとその配線は絶縁層で覆われ、その絶縁層にガイド溝が形成されている。
【0041】
下部基板11の表面は撥水処理されており、油を塗ると表面は油に良く濡れ、全面が薄く油膜で覆われる。油膜量調整溝20は、油膜の厚さを調整するための複数の細い溝(水滴の径に比べ充分小さな寸法幅の溝)である。
【0042】
輸送対象となる水滴をガイド溝の上に置き、水滴近傍のヒータに通電して加熱すると、図1,2を用いて説明したように、加熱箇所から遠ざかるように水滴は移動する。例えば、水滴16aをガイド溝19aの上に置き、水滴16aの近傍のヒータ12aに通電して加熱すると、水滴16aはガイド溝19aに沿ってヒータ12bの方へ移動する。水滴16aの移動と連動して、ヒータ12b〜12dを順次作動させることにより、水滴16aをガイド溝19aに沿って連続的に移動(図3において、左から右へ)させることができる。
【0043】
また、ガイド溝の交差点に水滴が移動してきたときに、移動してきたガイド溝とは異なるガイド溝状に配置されたヒータに通電すると、水滴は別のガイド溝に乗り換えて輸送される。例えば、ガイド溝19aを移動して、ガイド溝19aとガイド溝19bの交差点に水滴16bが移動してきたときに、ヒータ12eに通電すると、水滴16bはガイド溝19bに乗り換えてヒータ12gの方へ移動する。
【0044】
図1で説明するように水滴は油膜により基板表面に押し付けられており、基板にガイド溝が形成されていると、水滴は基板表面より低いガイド構の内部に存在する方が安定なため、水滴をガイド溝に落し込んだ形態で、ガイド溝に沿って移動させることができる。
【0045】
また、温度勾配により水滴を駆動する力は、加熱している箇所を中心にして周囲に遠ざけるように働くため、水滴は加熱位置と移動させたい目的位置との直線上に位置する必要があり、この直線状からずれていると、移動方向が目的とする方向から簡単にずれてしまう。そのため、ガイド溝を基板に形成し、このガイド溝に沿って移動させれば、確実に目的の方向へ移動させることができる。
【0046】
ガイド溝の幅が水滴の直径よりも広い場合には、水滴の位置をガイド溝の中央に復元させるカが働かないことは明らかである。また、ガイド溝の幅が極端に狭い場合には、ほとんど復元力が働かない。
【0047】
この復元力は、ガイド溝の左右のエッジを水滴の円周で切り取った長さの差(ガイド溝の上に水滴が載っている状態において、水滴を横切るガイド溝の2つのエッジ部分の長さの差)に比例する。したがって、ガイド溝の幅が水滴の半径に近いとき最も大きな復元力が働き、ガイド溝の中央に水滴を保持することができる。この結果、温度勾配を与える手段と組み合わせて、水滴を目的の軌道に載せて搬送することができる。
【0048】
ガイド溝の深さは搬送する水滴の大きさにより最適化する必要があるが、例えば、直径1mmの水滴では50μmから20μm程度である。深すぎると、例えば、ガイド溝同士の交差点を温度勾配による駆動力で横切らせることが困難になる。これは、直交するガイド溝の交差点に位置する水滴を、交差点の中央に保持しようとする復元力が比較的大きくなるため、交差点を乗り越えて水滴を移動させることが困難になるためである。一方、浅すぎると、復元力が不足してガイド溝から水滴が外れやすくなってしまう。以上より、水滴が大きくなるほど、ガイド溝の深さをより深く、水滴が小さくなるほど、ガイド溝の深さをより浅くしなければならない。
【0049】
水滴がガイド溝の交差点に位置するとき、水滴を取り囲む4つのヒータを同時に同じ出力で駆動すると、表面張力による駆動力は互いに打ち消しあって水滴はその位置に留まった状態になる。ヒータによる加熱を継続すると水滴を加熱することができる。例えば、水滴16bがガイド溝19aとガイド溝19bの交差点に位置するとき、水滴16bを取り囲む4つのヒータ12d,12e,12f,12gを同時に同じ出力で駆動すると、水滴16bはその位置に留まった状態になる。この4つのヒータによる加熱を継続すると水滴16bを加熱することができる。
【0050】
本実施形態に係る液滴輸送装置10では、液滴輸送時には、直接に水滴を加熱するのではなく、その周囲の油膜を介して加熱するため、水滴に含まれる試料への熱的なダメージを抑制することができる。一方、上述する方法により、水滴の位置を固定して加熱することもできる。
【0051】
さらに、水滴の表面は空間に露出しているので、水滴中の水分を蒸発させることができる。ヒータによる水滴の加熱や、水滴周囲の気圧を下げて蒸発を促進するなどの方法を組み合わせることにより、水滴中に含まれる試料や薬剤を濃縮することが可能である。この機能は、水滴を完全に油の中に浸す形式の輸送方法においては、実現不可能な機能である。なお、従来の液滴輸送技術と同様に、液滴同士の合体は、一方の液滴を他方の液滴の存在する位置へ輸送することにより達成される。
【0052】
基板表面の油膜の厚さは面積当たりに供給した油の量で決まるが、水滴の移動に影響のない狭い幅の溝を基板表面に多数形成(油膜量調整溝20)することにより、ある程度、供給油量に関係なく、油膜の厚さをその溝幅で規定した寸法に調整することができる。
【0053】
油膜量調整溝20のすべてを埋め尽くさない程度の油量であれば、油膜の圧力は常に外気圧より低く保たれ、余分な油は油膜量調整溝20に吸収される。この結果、基板表面を薄く油膜で覆われた状態に保つことができる。これにより、水滴の回りにまとわりつく油量を最小に保つことができると同時に、駆動に必要な油膜を基板表面に維持することができる。
【0054】
<第2の実施形態>
図4は、第2の実施形態に係る液滴輸送装置における部分的な概略側断面図である。同図に示すように、フォトリソグラフにより、ガラス基板41に薄膜ヒータ42a,42bと、配線42-1,42-2を形成した。ヒータを格子状に配置させると配線の引き回しが複雑になるので、各ヒータ共通のGND線とヒータおよび個別の配線は異なる層として形成した。配線42-1,42-2は金、薄膜ヒータ42a,42bはクロムで形成し、それぞれ5000オングストローム程度の厚さとした。二層間の絶縁層として5000オングストロームのシリカ層を堆積した。
【0055】
さらに、複数の薄膜ヒータ素子の上において、全体を1μm程度のシリカ層で埋め込み、その後、エッチングにより深さ20μmのガイド溝49a,49b,49cを形成した。ガイド溝49a,49b,49cは、第1の実施形態において説明した連続的なガイド溝ではなく、薄膜ヒータ42a,42bと配線42-1,42-2のない、各ヒータ間の空間に形成した。
【0056】
この所定の間隔を有し、飛び飛びに形成したガイド溝49a,49b,49cにより、水滴46をヒータ配列の一区画ずつ移動させることが可能な構成とした。すなわち、ガイド溝49bに位置している水滴46に対して、薄膜ヒータ42aに通電して加熱することにより、水滴46に方向48bへ移動する力が加わり、隣接して形成されたガイド溝49cに移動させることができる。逆に、薄膜ヒータ42bに通電して加熱することにより、水滴46に方向48aへ移動する力が加わり、隣接して形成されたガイド溝49aに移動させることができる。
【0057】
薄膜ヒータ42a,42bは、蛇行形状に形成され、抵抗値が約1KΩとなっている。水滴46を一区画、移動させるために必要なヒータ印加電圧は3.8Vで、移動時間は1秒であった。消費電力は15mWとなる。移動速度は、1mm/秒と速く、消費電力も従来の方法に比べて、一桁低い。
【0058】
基板表面の撥水処理は、溶剤で希釈したシリコンオイルを表面に塗布した後、300度で焼き付けて処理した。撥水処理としては、この他にも、市販の撥水剤を塗布したり、溶剤に溶かしたテフロン(登録商標)をスピンコートしたり、テフロンをスパッタで蒸着したりするなどの方法が挙げられる。撥水処理した表面は無極性の油に対しては濡れやすく、シリコンオイルを滴下すると、全面に広がり薄い油膜45が形成される。
【0059】
表面に塗布する油としては、水と互いに混ざることのない無極性の液体であればよく、シリコンオイル(ジメチルポリシロキサン)や、フロリナート(パーフルオロヘキサン、フッ素系溶剤)、食用油(菜種油など融点の低いもの)などを使用することができる。特にシリコンオイルは蒸気圧が低いので蒸発する量が少なく適している。なお、図4には示していないが、油膜45が厚くならないように、余分な油量を吸収する溝が基板表面に形成されており、これらはガイド溝と一緒にエッチングにより形成されている。
【0060】
<第3の実施形態>
図5は、第3の実施形態に係る液滴輸送装置における部分的な概略側断面図である。第1、第2の実施形態では、輸送対象である水滴が、基板の上において水滴の上方を空間に露出させて位置しているが、水滴の蒸発を抑制するためには、密閉した空間で水滴を輸送することが好ましい場合がある。
【0061】
図5に示すように、本実施形態では、下部基板51に平行に対向して上部基板60が設置されており、下部基板51と上部基板60とに挟まれた空間に水滴56が存在している。下部基板51には、上述する実施形態と同じくヒータ52a,52bが配列して形成されている。一方、上部基板60には、ガイド溝59a,59b,59cが形成されており、上下の基板の表面は撥水処理が施され、油膜55が薄く塗布されている。
【0062】
水滴56は、上下基板51,60の対向する表面に接触しており、その結果、水滴56は上述する実施形態のように半球状でなく、円筒形状となっている。また、水滴56は、油膜55の表面張力により、上下基板51,60にそれぞれ引き付けられており、上部基板60に形成したガイド溝59a,59b,59cは有効にその機能を果たすことができる。
【0063】
第3の実施形態では、上部基板60に形成するガイド溝59a,59b,59cとして、切削加工により、直線溝を格子状に形成した。この上部基板60を、下部基板51のヒータ配列に対応するように重ねて、周囲にスペーサを挟んで固定した。水滴56が存在する空間は、上下基板51,60で挟まれた空間であるため、水滴56における水分の蒸発を抑制することができる。さらに、周囲を閉じることにより、密閉した空間とすることは容易である。第3の本実施形態においても、上述する実施形態とほぼ同じ電力、および移動速度により、水滴をガイド溝に沿って輸送することができた。
【0064】
<その他の実施形態>
上述する各実施形態では、局所的な温度勾配を発生させる手段として、基板に形成した金属薄膜ヒータを挙げて説明したが、この他にも、発熱体として、基板にカーボンや金属を埋め込んだり、またはこれらを微粒子として分散させたりして、レーザー、交流電界又は交流磁界により外部から局所的に加熱して温度勾配を与えるようにしてもよい。さらに、ヒータの配線を簡便にするため、個々のヒータに隣接してダイオードやトランジスタなどの半導体素子を組み込んで、ヒータのON/OFFを制御してもよい。
【0065】
また、水滴を輸送する目的は、水滴に所望の薬品や試料を混入させて、これらを輸送することである。水溶性の薬剤や試料は、水滴に直接溶解させることにより、輸送することができる。一方、水溶性でない薬剤等の場合には、例えば多孔質シリカに薬剤等を吸着させて、これを水滴に混入させることにより、輸送が可能である。
【0066】
例えば、香料の一つであるリモネンを多孔質シリカに吸着させて、これを水滴に混入させた場合には、シリカ表面は親水性であるため水滴内部に閉じ込められ、水滴を液滴輸送装置により輸送しても油膜側に抜け出すことはなかった。また、シリカの吸着させたリモネンについては、輸送中はリモネンの放出は観測されなかったが、水滴の位置を固定して、水滴を加熱するとリモネンの放出が観測された。
【0067】
図6は、液滴の加熱によるリモネン放出の時間変化を示すグラフである。実験は、直径2mmの水滴に、リモネンを吸着させた多孔質シリカ球(平均粒径170μm)を混入させて行った。この水滴の位置を保持した状態で加熱するため、周囲の四方のヒータに同時に通電して加熱した(例えば、図3の水滴16bを参照。)。加熱のパワーは全部で400mWであり、加熱時間は5秒とした。また、リモネンの検出は、紫外線による香り分子のイオン化を原理にした測定器を用いた。
【0068】
図6に示すように、1回目の加熱により、数秒の遅延でリモネンが放出されたことが分かる。更に、続けて行った2回目の加熱ではほとんど検出されず、1回目の加熱でほとんどのリモネンが放出されたことが分かる。
【0069】
液滴の輸送に必要なヒータの出力は、上述したように15mWであり、リモネン放出に必要な加熱(400mW)に比べて1桁少ない。また、加熱位置から水滴は遠ざかるように移動するため、水滴自体は加熱されず、輸送中にはリモネンは放出されることはなかった。このように、多孔質シリカという親水性の一種のカプセルを利用することにより、香料などの水溶性でない薬剤を輸送したり、化学反応へ関与させたりすることも可能である。
【0070】
なお、上述する各実施形態では、基板表面に撥水処理を施すと共に油膜を形成し、輸送対象として水性の液滴とした例を説明したが、これとは逆に、基板表面に撥油処理を施すと共に水性の膜を形成し、輸送対象として油性の液滴としてもよい。この場合の原理は、上述する各実施形態と同じ原理であるため、説明は省略する。なお、油の表面張力は水に比べて数分の1と低いので、水滴のように球形に近い形となりにくい性質があるが、これも液滴径との兼ね合いで、直径が約100μm以下の液滴とすることで球形に保つことが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0071】
【図1】第1の実施形態に係る液滴輸送装置における液滴の移動原理を説明する説明図である。
【図2】第1の実施形態に係る液滴輸送装置における液滴の移動原理を説明する説明図である。
【図3】第1の実施形態に係る液滴輸送装置の概略平面図である。
【図4】第2の実施形態に係る液滴輸送装置における部分的な概略側断面図である。
【図5】第3の実施形態に係る液滴輸送装置における部分的な概略側断面図である。
【図6】液滴の加熱によるリモネン放出の時間変化を示すグラフである。
【符号の説明】
【0072】
1 下部基板
2 ヒータ
2a〜2d ヒータ
3 スイッチ
3a〜3d スイッチ
4 電源
5 油膜
6 水滴
6a〜6c 水滴
7 加熱による油膜の移動方向
8 水滴の移動方向

θ 水滴の基板に対する油中での接触角
F 水滴に働く油膜の表面張力

10 液滴輸送装置
11 下部基板
12 ヒータ
12a〜12g ヒータ
16 水滴
16a,16b 水滴
19 ガイド溝
19a,19b ガイド溝
20 油膜量調整溝

41 下部基板
42a,42b ヒータ
42-1 配線
42-2 層間配線
45 油膜
46 水滴
48a,48b 水滴の移動方向
49a〜49c ガイド溝

51 下部基板
52a,52b ヒータ
52-1 配線
52-2 層間配線
55 油膜
56 水滴
58a,58b 水滴の移動方向
59a〜59c ガイド溝
60 上部基板

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板の表面において水性の液滴を輸送する液滴輸送装置において、
前記基板の表面は撥水処理されると共に、当該表面に油性の膜が形成され、
前記基板の表面に局所的な温度勾配を発生させる加熱手段が設けられていることを特徴とする液滴輸送装置。
【請求項2】
基板の表面において油性の液滴を輸送する液滴輸送装置において、
前記基板の表面は撥油処理されると共に、当該表面に水性の膜が形成され、
前記基板の表面に局所的な温度勾配を発生させる加熱手段が設けられていることを特徴とする液滴輸送装置。
【請求項3】
請求項1又は2に記載する液滴輸送装置において、
前記基板に対向して設けられる他の基板を有し、当該他の基板の表面は前記基板の表面と同種の処理が施されると共に、同種の膜が形成されており、
前記液滴は、前記基板と前記他の基板とに挟まれた空間を移動することを特徴とする液滴輸送装置。
【請求項4】
請求項1ないし3のいずれかに記載する液滴輸送装置において、
前記膜の前記基板表面に対する接触角はほぼ0度であり、
前記液滴は、前記膜中における前記基板表面との接触角が90度より大きいことを特徴とする液滴輸送装置。
【請求項5】
請求項1ないし4のいずれかに記載する液滴輸送装置において、
前記基板の表面または前記他の基板の表面の少なくとも一方には、前記液滴の輸送方向に沿ってガイド溝が形成されていることを特徴とする液滴輸送装置。
【請求項6】
請求項5に記載する液滴輸送装置において、
前記ガイド溝は、前記液滴の半径にほぼ等しい幅を有する溝であることを特徴とする液滴輸送装置。
【請求項7】
請求項5又は6に記載する液滴輸送装置において、
前記ガイド溝は、前記液滴の輸送方向に沿って間欠的に形成されていることを特徴とする液滴輸送装置。
【請求項8】
請求項1ないし7のいずれかに記載する液滴輸送装置において、
前記基板の表面または前記他の基板の表面の少なくとも一方には、前記膜の厚さを調整する溝が形成されていることを特徴とする液滴輸送装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2006−21067(P2006−21067A)
【公開日】平成18年1月26日(2006.1.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−198763(P2004−198763)
【出願日】平成16年7月6日(2004.7.6)
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.テフロン
【出願人】(000004226)日本電信電話株式会社 (13,992)
【出願人】(000102739)エヌ・ティ・ティ・アドバンステクノロジ株式会社 (265)
【Fターム(参考)】