説明

湿し水循環処理装置および湿し水循環処理方法

【課題】特殊な湿し水組成物を使用することなく、長期間に渡ってローラ剥げを防止することが可能な湿し水循環処理装置および湿し水循環処理方法の提供。
【解決手段】湿し水を循環させる循環路の途中に、湿し水の流れ方向と交差する方向に静電界を発生させる自己電位差発生装置6を備える。自己電位差発生装置6は、湿し水の流路を形成する電気絶縁パイプ61と、電気絶縁パイプ61の外周面に電気化学的電位の異なる2種の導電材からなる集合電極62とから構成され、外部電源を用いることなく電位差を生じさせ、湿し水を電気絶縁パイプ61の流路内に流通させることによって、湿し水を介して集合電極62の導電結合を生じさせる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、オフセット印刷に用いられる湿し水を処理する湿し水循環処理装置および湿し水循環処理方法に関する。
【背景技術】
【0002】
オフセット印刷では、高品質な印刷を行うために湿し水の管理は極めて重要である。印刷中、湿し水には、紙粉、インキ、油、パウダー等の不純物が入り込む。このように不純物が含まれた湿し水を浄化するため、印刷ユニットの水舟には湿し水循環装置が接続される。湿し水循環装置は、予定した各成分濃度の清浄な湿し水を印刷ユニットの水舟に一定の流量かつ一定の温度で安定に供給するため、水舟を通過した湿し水を回収して濾過し、再び新鮮な湿し水に再生して水舟に供給するものである。
【0003】
また、最近のオフセット輪転式印刷機においては、連続式の湿し水循環装置が多く使われるようになっており、水上がりを安定させるために、有機溶剤であるイソプロピルアルコール(IPA)を使用している。IPAを湿し水に添加することにより、湿し水の表面張力を低下させ、少ない湿し水の量で非画線部を均一に湿らせることができる。すなわち、IPAによって、版面の水濡れ性を良くし、印刷品質の維持を図っている。また、IPAは労働安全衛生の面から問題があるため、使用量を必要最小限とするか、IPAを使わない湿し水なども実行されている。いずれにしても、湿し水の管理は一層重要となっている。
【0004】
本出願人は、このような湿し水の管理を容易にするため、湿し水に圧力をかけることなく、湿し水中のBOD(生物化学的酸素要求量)、COD(化学的酸素要求量)、ノルヘキ値およびSS(浮遊物質量)等の成分を除去することによって、湿し水を廃棄することなくリサイクルすることを可能とした湿し水循環処理装置および湿し水循環処理方法を提供している(特許文献1〜3参照。)。
【0005】
ところで、近年、オフセット印刷業界において、ローラ剥げによるトラブルが大きな問題となっている。オフセット印刷では、印刷版の非画線部に湿し水を供給することにより、インキが非画線部に付着することを阻止する。また、印刷版上のインキは通常湿し水を含んだエマルジョン状態となっているが、そのエマルジョンが適当な状態(含水率等)で安定している場合のみ良い印刷品質が得られる。ローラ剥げは、このインキの水吸収「乳化」能力不足のため、水がローラ上で余り、ローラ上のインキが剥げる現象である。このローラ剥げを改善する技術としては、例えば、特許文献4に記載の平版印刷用湿し水組成物が知られている。
【0006】
【特許文献1】特開2000−351193号公報
【特許文献2】特開2003−211624号公報
【特許文献3】特開2003−211625号公報
【特許文献4】特開平6−32082号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献4に記載のような特殊な湿し水組成物を使用する場合、この湿し水組成物が劣化してしまうとローラ剥げを防止することができなくなってしまう。特に、本出願人が特許文献1〜3において開示している湿し水循環処理装置では、湿し水を廃棄することなく長期間使用することを目的としているので、このような特殊な湿し水組成物を使用することは望ましくない。
【0008】
そこで、本発明においては、特殊な湿し水組成物を使用することなく、長期間に渡ってローラ剥げを防止することが可能な湿し水循環処理装置および湿し水循環処理方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、通常使用する湿し水について鋭意研究を重ねた結果、湿し水として使用する水に問題があることを見いだし、この知見に基づいて本発明をなすに至った。すなわち、湿し水として使用する水を水質分析した結果、特に火山地域、旧産炭地(石炭)地域や石灰石採掘(セメント)地域などの地下水または水道水には、カルシウムやシリカ等が通常より30〜40%多く含まれており、これらの地域の水を使用した場合にローラ剥げ現象が多く見られることから、湿し水に含まれるカルシウムやシリカ等が結晶となってローラ上へ付着することによってローラ剥げ現象が発生すると考えた。
【0010】
そこで、本発明の湿し水循環処理装置は、オフセット印刷に用いられる湿し水を循環させ浄化処理する湿し水循環処理装置であって、湿し水を循環させる循環路の途中に、湿し水の流れ方向と交差する方向に静電界を発生させる静電界形成手段を備えた構成としたものである。本発明によれば、湿し水にその流れ方向と交差する方向に静電界が印加されることで、湿し水中に含まれるカルシウムやシリカ等がイオン化され、再結晶化が防止される。
【0011】
静電界形成手段としては、例えば、湿し水の流路を形成する電気絶縁材からなる管状部材と、管状部材の外周面に電気化学的電位の異なる2種の導電材からなる正極および負極とから構成され、外部電源を用いることなく電位差を生じさせ、湿し水を管状部材の流路内に流通させることによって、湿し水を介して正極および負極の導電結合を生じさせる自己電位差発生装置を用いることができる。
【0012】
この自己電位差発生装置によれば、電気絶縁材からなる管状部材の外側にマイナス静電気が発生し、一次静電場が形成される。正極はこの静電場より自由電子を吸収し、マイナスに荷電される。一方、負極はマイナス静電場で自由電子を放出してプラスに荷電される。いずれの電極も瞬時に飽和され、正極から自由電子が湿し水中に放電される。そして、自由電子を失った負極には湿し水中の自由電子が飛び込み、いずれの電極も元の中性に戻る。この充放電の繰り返しが湿し水中に静電子の薄膜を形成し、働きのない水分子集団を、イオン形成能力を持つ本来の水分子に戻すので、湿し水および湿し水の溶解成分がイオン化される。
【発明の効果】
【0013】
湿し水を循環させる循環路の途中に、湿し水の流れ方向と交差する方向に静電界を発生させる静電界形成手段を備えたことにより、湿し水中に含まれるカルシウムやシリカ等がイオン化され、再結晶化が防止される。これにより、湿し水中に多くのカルシウムやシリカ等が含まれている場合であっても、ローラ上へのカルシウムやシリカ等の付着が防止されるので、長期間に渡ってローラ剥げを防止することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
図1は本発明の実施の形態における湿し水循環処理装置の概略構成図、図2は図1の自己電位差発生装置の構成を示す断面図である。
図1において、本発明の実施の形態における湿し水循環処理装置1は、オフセット輪転印刷機の水舟S内の湿し水を循環させ浄化処理するものであり、この水舟S内の湿し水を循環させる循環路を構成する配管2a,2b,3a,3bと、湿し水を冷却する冷却装置4と、湿し水を浄化処理する浄化処理装置5とを備える。
【0015】
また、循環路の途中(図示例では配管2b,3b)には、図2に白抜き矢印で示す湿し水の流れ方向と交差する方向に静電界60を発生させる自己電位差発生装置6を備える。自己電位差発生装置6は、湿し水の流路を形成する電気絶縁材(例えば、PC(ポリカーボネート)やエポキシFRP(繊維強化プラスチック)等の強化プラスチック)からなる管状部材としての電気絶縁パイプ61と、この電気絶縁パイプ61の外周面に電気化学的電位の異なる2種の導電材からなる集合電極62と、導電材としての真鍮からなるケーシング63とから構成される。
【0016】
電気絶縁パイプ61は、その流路内を流通する湿し水との摩擦によって静電気を発生させるものである。集合電極62は、電気化学的電位の異なる2種の導電材として、例えば炭素(正極)とアルミニウム(負極)とをそれぞれリング状にして組み合わせて複合電極としたものである。ケーシング63は、電気絶縁パイプ61の外周面と集合電極62からなる電極室を完全に密封状態にするためのものである。
【0017】
このような自己電位差発生装置6では、外部電源を用いることなく電位差を生じさせ、湿し水を電気絶縁パイプ61の流路内に流通させることによって、湿し水を介して正極の炭素と負極のアルミニウムとの導電結合が生じる。すなわち、電気絶縁パイプ61の外側にマイナス静電気(e-)が発生し、一次静電場が形成される。正極の炭素はこの静電場より自由電子(e-)を吸収し、マイナスに荷電される。一方、負極のアルミニウムはマイナス静電場で自由電子(e-)を放出してプラスに荷電される。いずれの電極も瞬時に飽和され、炭素電極から自由電子(e-)が湿し水中に放電される。そして、自由電子(e-)を失った負極には湿し水中の自由電子(e-)が飛び込み、いずれの電極も元の中性に戻る。この充放電の繰り返しが湿し水中に静電子の薄膜を形成し、働きのない水分子集団を、イオン形成能力を持つ本来の水分子に戻すので、湿し水および湿し水の溶解成分がイオン化される。
【0018】
この自己電位差発生装置6としては、例えば、特許第3097813号公報に記載の液体の処理装置を用いることができる。この特許第3097813号公報に記載の液体の処理装置は、流動性を有する液体に適用可能なものであるが、本発明のようにオフセット印刷に用いられる湿し水を循環させ浄化処理する湿し水循環処理装置に適用した例はないし、適用することを示唆した文献もない。なお、図示例では、配管2b,3bの両方に自己電位差発生装置6を備えているが、いずれか一方のみに備える構成とすることもできる。
【0019】
冷却装置4は、水舟Sの湿し水の水温を13〜15℃に保つため、湿し水を冷却する装置である。この冷却装置4内では水温を10〜12℃に設定している。冷却装置4内の湿し水は、配管2bの途中に設けたポンプ装置7により水舟Sまで送出され、配管2aを通って水舟Sから冷却装置4まで戻される。また、冷却装置4内の湿し水は、配管3aを通じて浄化処理装置5まで送出され、配管3bを通じて冷却装置4まで戻される。
【0020】
浄化処理装置5は、例えば、本出願人が特許文献1〜3において開示している湿し水循環処理装置を用いることができる。すなわち、特許文献1に記載のように、ゼータ電位の吸着作用を利用した電位吸着フィルタ装置と、活性炭の吸着作用を利用した活性炭フィルタ装置とを備えた浄化処理装置、特許文献2に記載のように、ゼータ電位の吸着作用を利用した電位吸着フィルタ装置を備え、さらに電位吸着フィルタ装置の後段に湿し水へ紫外線を照射する紫外線照射装置を備えた浄化処理装置、あるいは、特許文献3に記載のように、ゼータ電位の吸着作用を利用した電位吸着フィルタ装置を備え、湿し水としてアルコールを5質量%以上含むものを使用する浄化処理装置等を用いることができる。
【0021】
なお、電位吸着フィルタ装置と活性炭フィルタ装置とを備えた浄化処理装置を使用する場合には、循環路の上流側に電位吸着フィルタ装置を配置し、下流側に活性炭フィルタ装置を配置した構成であることが望ましい。この浄化処理装置によれば、電位吸着フィルタを通過させる湿し水に圧力をかけることなく微粒子成分を低減させることが可能であり、さらに、活性炭フィルタを通過させることによって、湿し水を脱色および脱臭することが可能である。
【0022】
すなわち、所定の流量を維持したままBOD、COD、ノルヘキ値およびSS等の成分を低減し、さらに脱色および脱臭した湿し水は、長期間に渡って使用することができ、廃棄することなくリサイクルすることが可能である。特に、循環路の上流側に電位吸着フィルタ装置が、下流側に活性炭フィルタ装置がそれぞれ配置された構成とすることで、湿し水に含まれるインキ、紙粉や油などの微粒子を電位吸着フィルタ装置により除去した後に活性炭フィルタ装置を通過させることにより、活性炭フィルタ装置内の活性炭フィルタの寿命を飛躍的に延ばすことができる。
【0023】
また、ゼータ電位の吸着作用を利用した電位吸着フィルタ装置を備え、さらに電位吸着フィルタ装置の後段に湿し水へ紫外線を照射する紫外線照射装置を備えた浄化処理装置を使用する場合には、電位吸着フィルタ装置によって湿し水に含まれる微粒子成分、すなわち、湿し水を懸濁させる直径0.4〜10μm程度の微粒子成分を吸着して除去することで湿し水の透明度を向上させることができるため、後段の紫外線照射装置によって照射する紫外線が湿し水へ充分に行き渡るようになり、紫外線による殺菌効果を高めることができる。これにより、湿し水は、長期間にわたって使用しても濁ることがないため、廃棄することなくリサイクルすることができる。
【0024】
また、ゼータ電位の吸着作用を利用した電位吸着フィルタ装置を備え、湿し水としてアルコールを5質量%以上含むものを使用する浄化処理装置を使用する場合には、電位吸着フィルタ装置によって微粒子を完全に取り除くとともに、5質量%以上の濃度のアルコールによって湿し水中に含まれるバクテリアや微生物などの繁殖を防止することができるため、湿し水が腐敗したりすることなく、悪臭の発生を防止することができる。なお、湿し水に加えるアルコールを、IPAまたはエタノールとすれば、湿し水の表面張力が低下し、少ない湿し水の量で非画線部を均一に湿らせることができるため、湿し水の水上がりが安定する。
【0025】
また、本実施形態における湿し水循環処理装置は、水道水に定量のH液を添加して湿し水中に加える定量装置8を備える。
【0026】
上記構成の湿し水循環処理装置1では、オフセット輪転印刷機の水ローラR1,R2,R3に供給される水舟S内の湿し水を循環させ、浄化処理する浄化処理装置5までの配管2a,2b,3a,3bの途中に自己電位差発生装置6を備えたことで、湿し水中に含まれるカルシウムやシリカ等の溶解分がイオン化される。これらの溶解分の含有量は本装置では減らすことができないものの、前述のイオン化により分子が再結合しにくくなり、再結晶化が防止される。
【0027】
したがって、本実施形態における湿し水循環処理装置1では、湿し水中に多くのカルシウムやシリカ等が含まれている場合であっても、その含有量自体は減らせないものの、イオン化されてローラ上へのカルシウムやシリカ等の付着が防止されるので、長期間に渡ってローラ剥げを防止することが可能となる。すなわち、特殊な湿し水組成物を使用することなく、また湿し水に使用する地下水や水道水の水質に関わらず、長期間に渡ってローラ剥げを防止することが可能となり、どのような水質の地域であってもオフセット輪転印刷機を運転することが可能となる。
【産業上の利用可能性】
【0028】
本発明の湿し水循環処理装置および湿し水循環処理方法は、オフセット印刷に用いられる湿し水を浄化処理する装置および方法として有用であり、特に、特殊な湿し水組成物を使用することなく、長期間に渡ってローラ剥げを防止することが可能な湿し水循環処理装置および湿し水循環処理方法として好適である。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【図1】本発明の実施の形態における湿し水循環処理装置の概略構成図である。
【図2】図1の自己電位差発生装置の構成を示す断面図である。
【符号の説明】
【0030】
1 湿し水循環処理装置
2a,2b,3a,3b 配管
4 冷却装置
5 浄化処理装置
6 自己電位差発生装置
61 電気絶縁パイプ
62 集合電極
63 ケーシング
7 ポンプ装置
8 定量装置
S 水舟

【特許請求の範囲】
【請求項1】
オフセット印刷に用いられる湿し水を循環させ浄化処理する湿し水循環処理装置であって、前記湿し水を循環させる循環路の途中に、前記湿し水の流れ方向と交差する方向に静電界を発生させる静電界形成手段を備えた湿し水循環処理装置。
【請求項2】
前記静電界形成手段は、前記湿し水の流路を形成する電気絶縁材からなる管状部材と、同管状部材の外周面に電気化学的電位の異なる2種の導電材からなる正極および負極とから構成され、外部電源を用いることなく電位差を生じさせ、前記湿し水を前記管状部材の流路内に流通させることによって、前記湿し水を介して前記正極および負極の導電結合を生じさせる自己電位差発生装置である請求項1記載の湿し水循環処理装置。
【請求項3】
さらに前記循環路の途中に、ゼータ電位の吸着作用を利用した電位吸着フィルタ装置と、活性炭の吸着作用を利用した活性炭フィルタ装置とを備え、前記静電界形成手段が、前記電位吸着フィルタ装置および活性炭フィルタ装置よりも下流側に配置されたものである請求項1または2に記載の湿し水循環処理装置。
【請求項4】
さらに前記循環路の途中に、前記湿し水を冷却する冷却装置を備えた請求項1から3のいずれかに記載の湿し水循環処理装置。
【請求項5】
オフセット印刷に用いられる湿し水を循環させ浄化処理する湿し水循環処理方法であって、前記湿し水に対し、前記湿し水の流れ方向と交差する方向に静電界を印加することを特徴とする湿し水循環処理方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2006−289782(P2006−289782A)
【公開日】平成18年10月26日(2006.10.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−113624(P2005−113624)
【出願日】平成17年4月11日(2005.4.11)
【出願人】(598092775)エスティエンジニアリング株式会社 (2)
【Fターム(参考)】