説明

溶射部材の腐食評価方法及び腐食評価装置

【課題】腐食層の厚さを決定して溶射部材の健全性を評価する溶射部材の腐食評価方法及び腐食評価装置を提供する。
【解決手段】溶射皮膜1と基材2を備えた溶射部材Aに対して超音波を発振する超音波探触子3と、超音波探触子3からの信号を処理する信号解析部6と、信号解析部6からのデータを処理する厚さ同定部7を備え、溶射皮膜1と基材2の間に生じる腐食層の厚さを同定する溶射部材の腐食評価装置であって、
超音波探触子3は、溶射皮膜側から超音波を発振するように配置され、
信号解析部6は、基材底面の反射信号を連続ウェーブレット変換してピーク周波数を抽出する前段処理部6aを備えて構成され、
厚さ同定部7は、ピーク周波数での信号に基づいて腐食層の厚さを同定する後段処理部7aを備えて構成される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、基材と溶射皮膜を備えた溶射部材に対して健全性を評価する溶射部材の腐食評価方法及び腐食評価装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
一般に、火力発電用ボイラの火炉壁管には、金属やセラミックス等の溶射材で被覆される数百μmから数mmの溶射皮膜、好ましくは100〜3000μmの溶射皮膜が形成されており、溶射皮膜は、火炉壁管の耐高温腐食性や耐摩耗性を向上させている。
【0003】
一方で、火炉壁面の基材と溶射皮膜の間には、硫化ガス等により腐食層を生じ、溶射皮膜を剥離させるという問題があるため、目視や超音波探傷により腐食層の有無を判断し、溶射部材の健全性を評価することが行われている。
【0004】
尚、溶射部材の腐食評価方法及びその腐食評価装置の一般的技術水準を示すものとしては、例えば、特許文献1がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2000−74888号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、腐食層の有無のみでは溶射部材の健全性を適切に評価できないため、非破壊で腐食層の厚さを同定することが求められている。また超音波探傷を行う場合であっても、溶射皮膜は不均一なポーラスの層であるため、超音波を透過させた際に高周波数が減衰し、反射エコー(エコー高さ)により腐食層の厚さを同定することができないという問題があった。更に溶射皮膜の表面は粗く、適切な反射エコー(エコー高さ)を得ることができないため、同様に腐食層の厚さを同定することができないという問題があった。なお腐食層自体でも高い周波数が減衰すると想定されている。
【0007】
本発明は、斯かる実情に鑑み、腐食層の厚さを決定して溶射部材の健全性を評価する溶射部材の腐食評価方法及び腐食評価装置を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の溶射部材の腐食評価方法は、溶射皮膜と基材の間に生じる腐食層の厚さを同定するように、超音波探触子により溶射皮膜側から超音波を発振して腐食層の厚さ同定工程を行う溶射部材の腐食評価方法であって、
腐食層の厚さ同定工程は、基材底面の反射信号を連続ウェーブレット変換してピーク周波数を抽出し、該ピーク周波数に基づいて腐食層の厚さを同定する工程であるものである。
【0009】
本発明の溶射部材の腐食評価方法において、補助厚さ同定工程を備え、
補助厚さ同定工程は、基材底面からの反射信号をフーリエ変換してスペクトル波形を求め、該スペクトル波形が形成される周波数帯域の基準面積と、腐食層の増加によってスペクトル波形が変化する周波数帯域の比較面積とを求め、基準面積と比較面積の面積比に基づいて腐食層の厚さを同定する工程であることが好ましい。
【0010】
本発明の溶射部材の腐食評価方法において、連続ウェーブレット変換は、基材底面からの反射信号をフーリエ変換したスペクトル波形と、マザーウェーブレットをフーリエ変換した波形とを積算し、該積算データを逆フーリエ変換して行うことが好ましい。
【0011】
本発明の溶射部材の腐食評価方法において、補助厚さ同定工程でフーリエ変換により求めたスペクトル波形を、連続ウェーブレット変換に用いることが好ましい。
【0012】
本発明の溶射部材の腐食評価装置は、溶射皮膜と基材を備えた溶射部材に対して超音波を発振する超音波探触子と、該超音波探触子からの信号を処理する信号解析部と、該信号解析部からのデータを処理する厚さ同定部とを備え、溶射皮膜と基材の間に生じる腐食層の厚さを同定する溶射部材の腐食評価装置であって、
前記超音波探触子は、溶射皮膜側から超音波を発振するように配置され、
前記信号解析部は、基材底面の反射信号を連続ウェーブレット変換してピーク周波数を抽出する前段処理部を備えて構成され、
前記厚さ同定部は、ピーク周波数での信号に基づいて腐食層の厚さを同定する後段処理部を備えて構成されたものである。
【0013】
本発明の溶射部材の腐食評価装置において、前記信号解析部は、基材底面からの反射信号をフーリエ変換してスペクトル波形を求め、該スペクトル波形が形成される周波数帯域の基準面積と、腐食層の増加によってスペクトル波形が変動する周波数帯域の比較面積とを求める補助前段処理部を備え、
前記厚さ同定部は、基準面積と比較面積の面積比に基づいて腐食層の厚さを同定する補助後段処理部を備えて構成されたことが好ましい。
【発明の効果】
【0014】
本発明の溶射部材の腐食評価方法及び腐食評価装置によれば、連続ウェーブレット変換によりピーク周波数を抽出して腐食層の厚さを同定するので、腐食層の厚さを適切に決定し、溶射皮膜の健全性を評価することができるという優れた効果を奏し得る。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】本発明の溶射部材の腐食評価装置を示す概念図である。
【図2】本発明の溶射部材の腐食評価方法を示すフローである。
【図3】熱処理試験体を測定し、補助厚さ同定工程で処理する場合であって、(a)は基材底面からの反射信号を含む全体信号のグラフであり、(b)は反射信号をフーリエ変換した際のスペクトル波形を示すグラフである。
【図4】図3と同じ熱処理試験体を測定し、厚さ同定工程で処理する場合であって、(a1)は基材底面からの反射信号を示すグラフであり、(b1)は反射信号を連続ウェーブレット変換したグラフである。
【図5】腐食試験体を測定し、補助厚さ同定工程で処理する場合であって、(A)は基材底面からの反射信号を含む全体信号のグラフであり、(B)は反射信号をフーリエ変換した際のスペクトル波形を示すグラフである。
【図6】図5と同じ腐食試験体を測定し、厚さ同定工程で処理する場合であって、(A1)は基材底面からの反射信号を示すグラフであり、(B1)は反射信号を連続ウェーブレット変換したグラフである。
【図7】各熱処理試験体及び腐食試験体の面積比の結果を示すグラフである。
【図8】各熱処理試験体及び腐食試験体のピーク周波数の結果を示すグラフである。
【図9】面積比と腐食層の厚さの相関を示すグラフである。
【図10】ピーク周波数と腐食層の厚さの相関を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の実施の形態例を図1〜図10を参照して説明する。
【0017】
実施の形態例の溶射部材の腐食評価方法及び腐食評価装置は、溶射皮膜1と基材2を備えた溶射部材Aに対して配置される超音波探触子3と、超音波探触子3に接続される探傷器(パルサーレシーバ)4と、探傷器4に接続される信号採取部5と、信号採取部5に接続されて信号を処理する信号解析部6と、信号解析部6に接続されてデータを処理する厚さ同定部7と、厚さ同定部7に接続されてデータ等の信号を保存する信号保存部8とを備えている。ここで信号解析部6及び厚さ同定部7は、補助厚さ同定工程及び腐食層の厚さ同定工程を処理するように構成されている。また探傷器4、信号採取部5、信号解析部6、厚さ同定部7、信号保存部8は、PC等の処理手段により一体的に構成されても良いし、夫々別個に構成されても良い。更に溶射部材Aの腐食評価装置は、検査結果等を表示する表示部(図示せず)を備えても良い。また溶射皮膜1は、Cr−Ni系の金属材料で構成されているが、他の金属やセラミックでも良い。更に基材2は、鋼材で構成されているが、他の金属やセラミックでも良い。
【0018】
超音波探触子3は、内部に、送信部(図示せず)と受信部(図示せず)とを配し、超音波を発振して基材底面から反射信号(エコー信号)を受けるように構成されている。ここで適用し得る超音波の周波数は数百kHzから数十MHzまでが好ましく、特に500kHzから25MHzまでが好ましい。
【0019】
探傷器4は、超音波探触子3からの反射信号を波形として受信するように構成されており、信号採取部5は、探傷器4からの波形をデジタル信号に変換するようになっている。
【0020】
信号解析部6は、信号採取部5からの信号に対して高速フーリエ変換、2つの所定範囲におけるスペクトル波形の面積の計算、2つのスペクトル波形の面積比の計算をし得るように、図2に示すフローの処理(ステップS1〜S4)を行う補助前段処理部6aを備えていると共に、信号採取部5からの信号に対して連続ウェーブレット変換、ピーク周波数の抽出を為しえるように、図2に示すフローの処理(ステップS6〜S10)を行う前段処理部6bを備えている。
【0021】
厚さ同定部7は、基材2と溶射皮膜1の間に生じる腐食層の厚さとスペクトル波形の面積比との相関を示す補助相関データを予め準備し、補助前段処理部6aからのスペクトル波形の面積比を処理する補助後段処理部7aを備えている。また厚さ同定部7は、基材2と溶射皮膜1の間に生じる腐食層の厚さとピーク周波数での信号との相関を示す相関データを予め準備し、前段処理部6bからピーク周波数を処理する後段処理部7bを備えている。ここで補助相関データ及び相関データは、準備段階で入力しても良いし、必要に応じて入力しても良い。
【0022】
信号保存部8は、厚さ同定部7で用いたデータを全て保管するようになっている。ここで保管するデータは、所望のデータのみを保管するようにしても良いし、夫々の処理のデータ値を保管するようにしても良い。
【0023】
以下、本発明の溶射部材の腐食評価方法及び腐食評価装置の形態例の作用を説明する。
【0024】
腐食層の厚さを評価する際には、最初に、溶射皮膜1の表面に超音波探触子3を配し、超音波探触子3から超音波を発振し、基材底面の反射信号(反射エコー)を受信する(ステップS1)。
【0025】
次に超音波探触子3からの反射信号を探傷器4により波形として受信し、信号採取部5を介してデジタル信号に変換して信号解析部6に送信する。
【0026】
続いて信号解析部6では、補助前段処理部6aにより補助厚さ同定工程の前段を為すように、基材底面からの反射信号を高速フーリエ変換してスペクトル波形を求め(ステップS2)、スペクトル波形が形成される周波数帯域の基準面積と、腐食層の増加によってスペクトル波形が変動する周波数帯域の比較面積とを計算し(ステップS3)、基準面積と比較面積の面積比(スペクトル波形の面積比)を計算する(ステップS4)。ここで基準面積の周波数帯域及び比較面積の周波数帯域は、スペクトル波形から設定しても良いし、他の条件に基づいて設定しても良い。
【0027】
そして、厚さ同定部7では、補助後段処理部7aにより補助厚さ同定工程の後段を為すように、補助相関データからスペクトル波形の面積比を腐食層の厚さに換算し、腐食層の厚さを同定する(ステップS5)。ここで補助厚さ同定工程は、必須の処理にしても良いし、必要に応じて行っても良い。
【0028】
一方、信号解析部6では、同時に前段処理部6bにより腐食層の厚さ同定工程の前段を為すように、連続ウェーブレット変換を行い(ステップS6〜S9の枠の部分)、ピーク周波数を抽出する(ステップS10)。ここで連続ウェーブレット変換は、ウェーブレット関数により、広い周波数領域において時間領域の情報を失うことなく、ピーク周波数を求めるものである。
【0029】
更に連続ウェーブレット変換を具体的に示すと、信号解析部6では、初めDaubechiesやGaussianの4階微分波形等のマザーウェーブレットを準備し(ステップS6)、マザーウェーブレットを高速フーリエ変換して波形を取得し(ステップS7)、補助前段処理部6a等で高速フーリエ変換されたスペクトル波形と、マザーウェーブレットからのウェーブレットを掛け合わせて積算データを取得し(ステップS8)、積算データを逆高速フーリエ変換して連続ウェーブレット変換の結果を算出している(ステップS9)。ここで連続ウェーブレット変換では、スケーリング係数(周波数)の変化やウェーブレット係数の計算によりウェーブレット係数の等高線を作成しても良い。またマザーウェーブレットを高速フーリエ変換して波形を取得する処理(ステップS7)と、反射信号を高速フーリエ変換してスペクトル波形を取得する処理(ステップS2)は、どちらを先に処理しても良いし、同時に処理しても良い。更にマザーウェーブレットは他のものを用いても良い。
【0030】
そしてピーク周波数を抽出した(ステップS10)後、厚さ同定部7では、後段処理部7bにより厚さ同定工程の後段を為すように、相関データからピーク周波数での信号を腐食層の厚さに換算し、腐食層の厚さを同定する(ステップS11)。
【0031】
その後、補助厚さ同定工程で面積比により求めた腐食層の厚さと、厚さ同定工程で連続ウェーブレット変換及びピーク周波数の抽出により求めた腐食層の厚さとを取得し、腐食層の厚さを決定し、溶射部材Aの健全性、更に具体的には溶射部材1と基材2の境界面の健全性を評価する(ステップS12)。
【0032】
ここで溶射部材Aの健全性の評価は、腐食層の厚さ同定工程で計算した腐食層の厚さにより単純に評価しても良いし、補助厚さ同定工程で計算した腐食層の厚さを補助的に利用し、評価しても良い。
【実施例】
【0033】
[試験1]
以下、溶射皮膜と基材を備えた溶射部材を試験体とし、当該試験体の腐食層の厚さを同定する試験を示す。試験体は、比較用の熱処理試験体と、腐食層を有する腐食試験体とを用いており、熱処理試験体は、600μmの溶射皮膜と6mmの基材を備えた溶射部材を550℃、200時間熱処理して作成されたものである。また腐食試験体は、600μmの溶射皮膜と6mmの基材とを備えた溶射部材を、HS濃度4000ppmの条件下で、550℃、200時間熱処理して作成されたものである。なお腐食試験体は、マスキングした後、表面中央部にスリットを入れ、腐食層を生じるようにしている。また熱処理試験体は、熱処理により組織を緻密にして安定な状態にしたものであり、内部には、大気中での熱処理により多少の酸化層を生じている。
【0034】
初めに熱処理試験体及び腐食試験体を補助厚さ同定工程で面積比を求めるまでの処理を示す。最初に、熱処理試験体に10MHzの超音波探触子から超音波を発振し、基材底面の反射信号を含む全体信号を取得し、図3(a)のグラフを得た。次に熱処理試験体の反射信号を高速フーリエ変換してスペクトル波形を求め、図3(b)のグラフを得た。ここで図3(a)のXは厚さ同定工程で利用する範囲であり、図3(b)のYはスペクトル波形が形成される周波数帯域0.5−15MHzであり、図3(b)のZはスペクトル波形(周波数のパラメータ)が大きく変化する周波数帯域5−12.5MHzである。続いて熱処理試験体のスペクトル波形から周波数帯域0.5−15MHzの基準面積(図3(b)のYの領域における面積)を計算し、更に熱処理試験体のスペクトル波形から周波数帯域5−12.5MHzの比較面積(図3(b)のZの領域における面積)を計算し、熱処理試験体の面積比(比較面積/基準面積)を求めた。
【0035】
更に熱処理試験体を厚さ同定工程でピーク周波数を求めるまでの処理を示す。最初に、熱処理試験体に10MHzの超音波探触子から超音波を発振し、基材底面の反射信号を含む全体信号を取得し、図3(a)のグラフを得た。そしてその図3(a)の基材底面の反射信号の範囲(Xの範囲)を拡大した図4(a1)のグラフを得た。次に熱処理試験体の反射信号を連続ウェーブレット変換した場合には、図4(b1)のグラフになり、当該グラフから約7.5MHzの前後にピーク周波数を生じることが明らかとなった。
【0036】
一方、腐食試験体を補助厚さ同定工程で面積比を求めるまでの処理を示す。最初に、腐食試験体に10MHzの超音波探触子から超音波を発振し、基材底面の反射信号を含む全体信号を取得し、図5(A)のグラフを得た。なお、この時点では腐食層による反射信号は送信パルスに隠れており、腐食層のピークを認識することはできない。次に腐食試験体の反射信号を高速フーリエ変換してスペクトル波形を求め、図5(B)のグラフを得た。このことから図3(b)と比較して腐食層の発生に伴って5−12.5MHzの周波数帯域で周波数のパラメータが大きく変化していることが明らかである。ここで図5(A)のXは厚さ同定工程で利用する範囲であり、図5(B)のYはスペクトル波形を形成する周波数帯域0.5−15MHzであり、図5(B)のZはスペクトル波形(周波数のパラメータ)が大きく変化する周波数帯域5−12.5MHzである。続いて熱処理試験体のスペクトル波形から周波数帯域0.5−15MHzの基準面積(図5(B)のYの領域における面積)を計算し、更に熱処理試験体のスペクトル波形から周波数帯域5−12.5MHzの比較面積(図5(B)のZの領域における面積)を計算し、熱処理試験体の面積比(比較面積/基準面積)を求めた。
【0037】
更に腐食試験体を厚さ同定工程でピーク周波数を求めるまでの処理を示す。最初に、腐食試験体に10MHzの超音波探触子から超音波を発振し、基材底面の反射信号を含む全体信号を取得し、図5(A)のグラフを得た。そしてその図5(A)の基材底面の反射信号の範囲(Xの範囲)を拡大した図6(A1)のグラフを得た。次に熱処理試験体の反射信号を連続ウェーブレット変換した場合には、図6(B1)のグラフになり、当該グラフから約1.5MHzの前後にピーク周波数を生じることが明らかとなった。
【0038】
[試験2]
以下、試験1で求めた熱処理試験体及び腐食試験体の面積比と共に、他の条件下で処理した熱処理試験体及び腐食試験体から求めた面積比をプロットし、図7のグラフを得た。ここで他の条件下の熱処理試験体は、600μmの溶射皮膜と6mmの基材を備えた溶射部材を550℃で100時間熱処理して作成されたものであり、他の1つは、600μmの溶射皮膜と6mmの基材を備えた溶射部材を450℃で2000時間熱処理して形成されたものである。また腐食試験体の1つは、600μmの溶射皮膜と6mmの基材を備えた溶射部材を、HS濃度4000ppmの条件下で、550℃、100時間熱処理して作成されたものであり、他の1つは、600μmの溶射皮膜と6mmの基材を備えた溶射部材を、HS濃度700ppmの条件下で、450℃、2000時間熱処理して作成されたものである。なおエコー高さは、温度、時間の増加に伴って増大する傾向があることから、図7の横軸では、当該温度の違いを一つのグラフで整理するためにラーソンミラー(C=5)で整理し、450℃換算での熱時効時間を表している。
【0039】
この結果、腐食層の発生等の条件を合わせるように並べると、複数の熱処理試験体の面積比は同程度の値になる一方で、腐食試験体の面積比は、熱処理試験体の面積比に比べて低下し、腐食層の厚さに対応していると想定できた。
【0040】
[試験3]
以下、試験1で求めた熱処理試験体及び腐食試験体のピーク周波数と共に、他の条件下で処理した熱処理試験体及び腐食試験体から求めたピーク周波数をプロットし、図8のグラフを得た。ここで試験2と同様に、他の条件下の熱処理試験体は600μmの溶射皮膜と6mmの基材を備えた溶射部材を550℃で100時間熱処理して作成されてものであり、他の1つは、600μmの溶射皮膜と6mmの基材を備えた溶射部材を450℃で2000時間熱処理して形成されたものである。また腐食試験体の1つは、600μmの溶射皮膜と6mmの基材を備えた溶射部材を、HS濃度4000ppmの条件下で、550℃、100時間熱処理して作成されたものであり、他の1つは、600μmの溶射皮膜と6mmの基材を備えた溶射部材を、HS濃度700ppmの条件下で、450℃、2000時間熱処理して作成されたものである。なお図8の横軸では、図7と同様に、当該温度の違いを一つのグラフで整理するためにラーソンミラー(C=5)で整理し、450℃換算での熱時効時間を表している。
【0041】
この結果、腐食層の発生等の条件を合わせるように並べると、複数の熱処理試験体のピーク周波数は同程度の値になる一方で、腐食試験体のピーク周波数は、熱処理試験体のピーク周波数に比べて低下し、腐食層の厚さに対応していると想定できた。
【0042】
[試験4]
以下、試験1−3で求めた腐食試験体の面積比と、実際の腐食層の厚さの相関を試験した。ここで腐食層の厚さは、電子顕微鏡等の検査手段により実際に測定したものであり、試験1で示すHS濃度4000ppmの条件下で作成された腐食試験体の腐食層は平均10.7μmであった。また試験2で示すHS濃度4000ppmの条件下で作成された腐食試験体の腐食層は平均13.7μmであり、更に試験2で示すHS濃度700ppmの条件下で作成された腐食試験体の腐食層は平均6.6μmであった。
【0043】
この結果、腐食層の厚さと面積比の低下量をプロットすると、図9に示す如く一定の直線性のある相関(補助相関データ)が示された。腐食層の厚さを同定する際には、このような相関のグラフから求めても良いし、グラフの直線の傾きから求めても良い。
【0044】
[試験5]
以下、試験1−3で求めた腐食試験体のピーク周波数と、実際の腐食層の厚さの相関を試験した。ここで腐食層の厚さは、電子顕微鏡等の検査手段により実際に測定したものである。試験4と同様に、試験1で示すHS濃度4000ppmの条件下で作成された腐食試験体の腐食層は平均10.7μmであった。また試験3で示すHS濃度4000ppmの条件下で作成された腐食試験体の腐食層は平均13.7μmであり、更に試験3で示すHS濃度700ppmの条件下で作成された腐食試験体の腐食層は平均6.6μmであった。
【0045】
この結果、腐食層の厚さとピーク周波数の低下量をプロットすると、図10に示す如く一定の直線性のある相関(相関データ)が示された。腐食層の厚さを同定する際には、このような相関のグラフから求めても良いし、グラフの直線の傾きから求めても良い。
【0046】
而して、このように実施の形態例によれば、基準面積と比較面積の面積比に基づいて腐食層の厚さを同定するので、腐食層の厚さを一層適切に決定し、溶射部材Aの健全性を評価することができる。
【0047】
実施の形態例において、基準面積と比較面積の面積比に基づいて腐食層の厚さを同定し、当該腐食層の厚さを補助的に利用し得るので、腐食層の厚さを一層適切に決定し、溶射部材Aの健全性を評価することができる。
【0048】
実施の形態例において、連続ウェーブレット変換は、基材底面からの反射信号をフーリエ変換したスペクトル波形と、マザーウェーブレットをフーリエ変換した波形とを積算し、該積算データを逆フーリエ変換して行うので、連続ウェーブレット変換を好適に為し、結果的に腐食層の厚さを一層適切に決定し、溶射部材Aの健全性を評価することができる。
【0049】
実施の形態例において、補助厚さ同定工程で、フーリエ変換により求めたスペクトル波形を、連続ウェーブレット変換に用いると、補助厚さ同定工程及び腐食層の厚さ同定工程を、同じ条件のデータを基準にして処理し得るので、腐食層の厚さを一層適切に決定し、溶射部材Aの健全性を評価することができる。
【0050】
尚、本発明の溶射部材の腐食評価方法及び腐食評価装置は、上述の図示例にのみ限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内において種々変更を加え得ることは勿論である。
【符号の説明】
【0051】
1 溶射皮膜
2 基材
3 超音波探触子
6a 補助前段処理部
6b 前段処理部
7 同定部
7a 補助後段処理部
7b 後段処理部
A 溶射部材

【特許請求の範囲】
【請求項1】
溶射皮膜と基材の間に生じる腐食層の厚さを同定するように、超音波探触子により溶射皮膜側から超音波を発振して腐食層の厚さ同定工程を行う溶射部材の腐食評価方法であって、
腐食層の厚さ同定工程は、基材底面の反射信号を連続ウェーブレット変換してピーク周波数を抽出し、該ピーク周波数に基づいて腐食層の厚さを同定する工程であることを特徴とする溶射部材の腐食評価方法。
【請求項2】
補助厚さ同定工程を備え、
補助厚さ同定工程は、基材底面からの反射信号をフーリエ変換してスペクトル波形を求め、該スペクトル波形が形成される周波数帯域の基準面積と、腐食層の増加によってスペクトル波形が変化する周波数帯域の比較面積とを求め、基準面積と比較面積の面積比に基づいて腐食層の厚さを同定する工程であることを特徴とする請求項1に記載の溶射部材の腐食評価方法。
【請求項3】
連続ウェーブレット変換は、基材底面からの反射信号をフーリエ変換したスペクトル波形と、マザーウェーブレットをフーリエ変換した波形とを積算し、該積算データを逆フーリエ変換して行うことを特徴とする請求項1に記載の溶射部材の腐食評価方法。
【請求項4】
補助厚さ同定工程でフーリエ変換により求めたスペクトル波形を、連続ウェーブレット変換に用いることを特徴とする請求項2又は3に記載の溶射部材の腐食評価方法。
【請求項5】
溶射皮膜と基材を備えた溶射部材に対して超音波を発振する超音波探触子と、該超音波探触子からの信号を処理する信号解析部と、該信号解析部からのデータを処理する厚さ同定部とを備え、溶射皮膜と基材の間に生じる腐食層の厚さを同定する溶射部材の腐食評価装置であって、
前記超音波探触子は、溶射皮膜側から超音波を発振するように配置され、
前記信号解析部は、基材底面の反射信号を連続ウェーブレット変換してピーク周波数を抽出する前段処理部を備えて構成され、
前記厚さ同定部は、ピーク周波数での信号に基づいて腐食層の厚さを同定する後段処理部を備えて構成されたことを特徴とする溶射部材の腐食評価装置。
【請求項6】
前記信号解析部は、基材底面からの反射信号をフーリエ変換してスペクトル波形を求め、該スペクトル波形が形成される周波数帯域の基準面積と、腐食層の増加によってスペクトル波形が変動する周波数帯域の比較面積とを求める補助前段処理部を備え、
前記厚さ同定部は、基準面積と比較面積の面積比に基づいて腐食層の厚さを同定する補助後段処理部を備えて構成されたことを特徴とする請求項5に記載の溶射部材の腐食評価装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2012−52820(P2012−52820A)
【公開日】平成24年3月15日(2012.3.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−193211(P2010−193211)
【出願日】平成22年8月31日(2010.8.31)
【出願人】(000198318)株式会社IHI検査計測 (132)
【出願人】(000213297)中部電力株式会社 (811)
【Fターム(参考)】