説明

溶接金属の靭性に優れた1パス大入熱溶接継手およびその製造方法

【課題】実質的に1パスで溶接される大入熱溶接法を用いて厚鋼板の溶接継手を作製するに際し、良好な溶接金属特性を有するとともに、溶接構造物としての安全性の高い、溶接金属の靭性に優れた1パス大入熱溶接継手およびその製造方法を提供する。
【解決手段】規定範囲の成分を含有する厚鋼板と溶接部とからなり、さらに、次式{Ceq.=C%+Si%/24+Mn%/6+Ni%/40+Cr%/5+Mo%/4+W%/8+V%/14}で表される炭素当量(Ceq.)が0.40%〜0.70%の範囲であり、かつ、次式{Nbeq.=Nb%+0.5Ta%+0.4V%+0.25Zr%+0.05%Cr+0.25%Mo%+0.12W%}で表されるNb当量(Nbeq.)が0.020〜0.30%の範囲であり、さらに、溶接金属組織における粒界フェライトの割合が面積率で5%以下であり、降伏強度が500MPa以上である構成とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エレクトロスラグ溶接、エレクトロガスアーク溶接、サブマージアーク溶接等の、実質的に1パスで溶接される大入熱溶接法を用いて厚鋼板の溶接継手を作製するに際して、良好な溶接金属特性を有するとともに溶接構造物としての安全性の高い、溶接金属の靭性に優れた1パス大入熱溶接継手およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、エレクトロスラグ溶接等の1パス大入熱溶接は、小〜中入熱の多層盛溶接法に比べ、簡便で高能率な溶接が可能であることから、建築、橋梁などの溶接構造物の溶接に多用されている。例えば、エレクトロスラグ溶接法では、その溶接入熱が500kJ/cm程度以上と、溶接入熱が数十kJ/cm以下の多層盛溶接に比べて極めて大きい。しかしながら、1パス大入熱溶接では、溶接入熱が大きいことから、溶接によって形成される溶接金属の冷却速度が小さく、変態組織が粗大になるという問題がある。また、1パス溶接であるが故に、後続の溶接ビードによる組織微細化や焼戻し効果が期待できないため、溶接金属の靭性を確保することが容易でなく、その結果として、溶接構造物を形成する溶接継手としての安全性確保が困難であるという問題がある。また、エレクトロガスアーク溶接や厚手材における1パスサブマージアーク溶接も、上記のエレクトロスラグ溶接とほぼ同様の状況であり、同様の問題がある。
【0003】
上述のように、大入熱溶接における溶接金属の靭性確保は一般的に困難であることから、現状では、強度レベルが、降伏強度で400MPa程度、引張強度で700MPa程度以下までの鋼板に対応した溶接ワイヤ並びに溶接材料しか確立されていない。ここで、例えば、特許文献1には、引張強度500〜600MPa級鋼用で、エレクトロスラグ溶接で用いられ、良好な溶接金属の靭性が得られる溶接ワイヤが開示されているものの、溶接金属の引張強度は700MPaに届かないものである。
【0004】
一方、1パス大入熱溶接における溶接金属では、降伏比が低くなることが不可避であるため、例えば、降伏強度を500MPa級とする場合には、溶接金属中に合金元素を多量に含有させる必要がある。このため、溶接金属の靭性の確保が一層困難となり、現状、降伏強度が500MPa以上、あるいは、降伏強度が500MPa以上で、かつ、引張強度が780MPa以上であり、併せて靭性が良好な溶接金属を得ることは実現されていない。また、上述の特許文献1においては、降伏強度についての開示はなく、実施例においても示されていないが、引張強度が700MPa未満であることから、溶接金属の降伏強度も500MPaには遠く及ばないものと推定される。
【特許文献1】特開2002−79396号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
近年、鋼構造物は大型化が進み、構造物の軽量化や、板厚低減による溶接能率向上等の要求から厚鋼板の高強度化が進んできており、降伏強度が500MPa以上、あるいは、降伏強度が500MPa以上で、かつ、引張強度が780MPa以上で、かつ大入熱溶接しても溶接部の靭性が確保可能な厚鋼板が実用化されつつある。しかしながら、このような要求に対応する溶接材料並びに溶接技術は、現状では、ほとんど提案されていない。
【0006】
本発明は上記問題に鑑みてなされたものであり、実質的に1パス溶接となる大入熱溶接、例えば、エレクトロスラグ溶接、エレクトロガスアーク溶接、1パスサブマージアーク溶接において、より具体的には、溶接入熱が100〜1000kJ/cm、溶接金属の凝固後の冷却速度が、800℃から500℃までの冷却時間(以下、Δt8/5と表記することがある)で150s〜700sの1パス大入熱溶接において、溶接金属の降伏強度が500MPa以上、あるいは、降伏強度が500MPa以上で、かつ、引張強度が780MPa以上の強度を有し、−20℃における2mmVノッチシャルピー衝撃試験の吸収エネルギー(以下、vE−20と表記することがある)が27J以上であり、溶接金属の靭性に優れた1パス大入熱溶接継手およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、溶接入熱が100〜1000kJ/cm、溶接金属の凝固後の冷却速度が800℃から500℃までの冷却時間(Δt8/5)で150s〜700sの、高い降伏強度と靭性とを同時に達成することが困難な条件における、溶接金属組成、組織と強度、靭性との関係、並びに、強度、靭性の向上手段について詳細な研究を行った。この結果、降伏強度が500MPa以上、あるいは、降伏強度が500MPa以上で、かつ、引張強度が780MPa以上の強度レベルの溶接金属において、併せて高い靱性を達成するためには、先ず、溶接金属のCを厳密に制限することが大前提であり、その上で、変態強化、析出強化を駆使するために、溶接金属の焼入性(炭素当量:Ceq.)、析出強化元素量(Nb当量:Nbeq.)を適正化し、さらに、金属組織も規定することが必須であることを新たに知見した。
【0008】
すなわち、高い強度と靭性とを確保するためには、溶接金属のミクロ組織として、粒界フェライトを観察断面における面積率で5%以下に極力抑制し、その上で、溶接金属中のC含有量を0.03〜0.08%に制限することが必須であることを見出した。強度が高く、かつ、大入熱溶接であるが故にミクロ組織が全般的に粗大となる溶接金属では、特に、靭性に対するC量の影響が極めて大きく、溶接金属中のC量を0.08%以下に限定することが必要であり、また、併せて、粗大な組織を形成する粒界フェライトの生成を抑制することも必要となる。また、粒界フェライトの生成を抑制するためには、後述するように、Ti、Bを溶接金属中に適正量で含有させた上で、次式{Ceq.=C%+Si%/24+Mn%/6+Ni%/40+Cr%/5+Mo%/4+W%/8+V%/14}で表される炭素当量(Ceq.)により、焼入性を適正範囲内とする必要がある。粒界フェライトの抑制は、強度を高める上でも必須要件となるが、全面微細なアシキュラーフェライトやベイナイト組織とした場合でも、凝固組織ままとなる1パス大入熱溶接の溶接金属ではマトリクス中の可動転位が多いため、降伏強度が引張強度の割に極めて低くならざるを得ないことから、別途付加的な方策が必要となる。
【0009】
靭性の劣化代を抑制して、溶接金属の強度、特に降伏強度を500MPa以上に高めるには、析出強化を利用することが好ましい。析出強化元素としては、定性的には、炭窒化物を形成するNb、V、Ta、Zr、Cr、Mo、W等が同様の効果を示すが、各々、効果の程度が異なることから、単位含有量あたりの析出強化代を実験的に当量化したのが、次式{Nbeq.=Nb%+0.5Ta%+0.4V%+0.25Zr%+0.05%Cr+0.25%Mo%+0.12W%}で表されるNb当量である。上記析出元素のうちの1種または2種以上を含有させ、各々の含有量を適正範囲内に限定した上で、上記Nb当量を0.020〜0.30%の範囲とすることにより、靭性を大きく劣化させることなく、かつ、本発明の目的とする大入熱溶接条件下で微細析出させて、有効に析出強化を図ることができる。
本発明は、基本的には、以上の新たな知見に基づき、さらに詳細な実験によってなされたものであり、その要旨とするところは下記の通りである。
【0010】
[1] 質量%で、C:0.005〜0.16%、Si:0.005〜1.0%、Mn:0.1〜3.0%、P:0.02%以下、S:0.01%以下、O:0.01%以下、Al:0.001〜0.1%、N:0.001〜0.01%をそれぞれ含み、残部がFeおよび不可避不純物からなる、降伏強度が500MPa以上の厚鋼板と、実質的に1パスで溶接される大入熱溶接による溶接部とからなる構造用の溶接継手であって、前記溶接部に形成される溶接金属が、質量%で、C:0.03〜0.08%、Si:0.05〜1.0%、Mn:0.5〜3.0%、P:0.02%以下、S:0.01%以下、Al:0.001〜0.1%、Ti:0.001〜0.03%、B:0.0005〜0.010%、N:0.002〜0.008%、O:0.003〜0.030%をそれぞれ含み、かつ、Nb:0.003〜0.10%、V:0.005〜0.50%、Mo:0.02〜2.0%、W:0.02〜2.0%、Ta:0.01〜0.30%、Zr:0.01〜0.30%のうちの1種または2種以上を含有し、下記(1)式で表される炭素当量(Ceq.)が0.40%〜0.70%の範囲であり、かつ、下記(2)式で表されるNb当量(Nbeq.)が0.020〜0.30%の範囲であり、残部がFeおよび不可避不純物からなり、さらに、溶接金属組織における粒界フェライトの割合が面積率で5%以下であり、降伏強度が500MPa以上であることを特徴とする、溶接金属の靭性に優れた1パス大入熱溶接継手。
Ceq.=C%+Si%/24+Mn%/6+Ni%/40+Cr%/5+Mo%/4+W%/8+V%/14 ・・・・・・・・・・・・・ (1)
Nbeq.=Nb%+0.5Ta%+0.4V%+0.25Zr%+0.05%Cr+0.25%Mo%+0.12W% ・・・・・・ (2)
ただし、上記(1)、(2)式中において各元素の含有量を表す単位(%)は、それぞれ溶接金属中における質量%を示す。
【0011】
[2] 前記厚鋼板および前記溶接金属の引張強度が780MPa以上であることを特徴とする、上記[1]に記載の溶接金属の靭性に優れた1パス大入熱溶接継手。
[3] 前記溶接金属が、さらに、質量%で、Cu:0.005〜1.5%、Ni:0.01〜6%、Cr:0.01〜1.5%のうちの1種または2種以上を含有することを特徴とする、上記[1]または[2]に記載の溶接金属の靭性に優れた1パス大入熱溶接継手。
[4] 前記溶接金属が、さらに、質量%で、Ca:0.0002〜0.01%、Mg:0.0002〜0.01%、REM:0.0002〜0.01%のうちの1種または2種以上を含有することを特徴とする、上記[1]〜[3]のいずれか1項に記載の溶接金属の靭性に優れた1パス大入熱溶接継手。
[5] 前記厚鋼板が、さらに、質量%で、Cu:0.005〜1.5%、Ni:0.01〜6%、Cr:0.01〜1.5%、Mo:0.01〜1.5%、W:0.01〜1.5%、Nb:0.002〜0.10%、V:0.002〜0.50%、Ta:0.002〜0.50%、Zr:0.002〜0.50%、Ti:0.002〜0.050%、B:0.0003〜0.015%のうちの1種または2種以上を含有することを特徴とする、上記[1]〜[4]のいずれか1項に記載の溶接金属の靭性に優れた1パス大入熱溶接継手。
[6] 前記厚鋼板が、さらに、質量%で、Ca:0.0002〜0.01%、Mg:0.0002〜0.01%、REM:0.0002〜0.01%のうちの1種または2種以上を含有することを特徴とする、上記[1]〜[5]のいずれか1項に記載の溶接金属の靭性に優れた1パス大入熱溶接継手。
【0012】
[7] 上記[1]〜[6]のいずれか1項に記載の溶接金属の靭性に優れた1パス大入熱溶接継手を製造する方法であって、前記厚鋼板を溶接する際、質量%で、C:0.005〜0.10%、Si:0.05〜1.0%、Mn:0.5〜3.5%、P:0.02%以下、S:0.01%以下、Al:0.001〜0.1%、Ti:0.001〜0.25%、B:0.0005〜0.020%、N:0.001〜0.010%をそれぞれ含み、かつ、Nb:0.002〜0.10%、V:0.005〜1.0%、Mo:0.02〜3.0%、W:0.02〜3.0%、Ta:0.01〜0.50%、Zr:0.01〜0.50%のうちの1種または2種以上を含有し、残部Feならびに不可避不純物からなる溶接材料を用いて、溶接入熱が150〜1000kJ/cmの1パス大入熱溶接により溶接することを特徴とする、溶接金属の靭性に優れた1パス大入熱溶接継手の製造方法。
[8] 前記溶接材料が、質量%で、C:0.005〜0.02%未満を含有することを特徴とする、上記[7]に記載の溶接金属の靭性に優れた1パス大入熱溶接継手の製造方法。
[9] 前記溶接材料が、質量%で、Nb:0.002〜0.009%を含有することを特徴とする、上記[7]または[8]に記載の溶接金属の靭性に優れた1パス大入熱溶接継手の製造方法。
[10] 前記溶接材料が、さらに、質量%で、Cu:0.005〜1.5%、Ni:0.01〜10%、Cr:0.01〜1.5%のうちの1種または2種以上を含有することを特徴とする、上記[7]〜[9]のいずれか1項に記載の溶接金属の靭性に優れた1パス大入熱溶接継手の製造方法。
[11] 前記溶接材料が、さらに、質量%で、Ca:0.0002〜0.01%、Mg:0.0002〜0.01%、REM:0.0002〜0.01%のうちの1種または2種以上を含有することを特徴とする、上記[7]〜[10]のいずれか1項に記載の溶接金属の靭性に優れた1パス大入熱溶接継手の製造方法。
【0013】
なお、本発明において説明する、実質的に1パスで溶接される大入熱溶接とは、エレクトロスラグ溶接、エレクトロガスアーク溶接、サブマージアーク溶接等が挙げられ、具体的には、溶接入熱が100〜1000kJ/cmと大きく、また、溶接金属の凝固後の冷却速度が、800℃から500℃までの冷却時間で150s〜700sである溶接方法のことを言う。
【発明の効果】
【0014】
本発明の溶接金属の靭性に優れた1パス大入熱溶接継手およびその製造方法によれば、上記構成により、実質的に1パス溶接となる大入熱溶接、例えば、エレクトロスラグ溶接、エレクトロガスアーク溶接、1パスサブマージアーク溶接等において、より具体的には、溶接入熱が100〜1000kJ/cm程度、溶接金属の凝固後の冷却速度が、800℃から500℃までの冷却時間(Δt8/5)で150s〜700s程度の1パス大入熱溶接において、溶接金属の降伏強度が500MPa以上、あるいは、溶接金属の降伏強度が500MPa以上で、かつ、引張強度が780MPa以上であり、さらに、−20℃における2mmVノッチシャルピー衝撃試験の吸収エネルギー(vE−20)が27J以上と、優れた強度特性と併せて良好な靱性を備える溶接金属が得られる。これにより、溶接金属の靭性に優れた、1パス大入熱による溶接継手を得ることができ、産業上の効果は極めて大きい。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
以下、本発明の溶接金属の靭性に優れた1パス大入熱溶接継手(以下、単に溶接継手と略称することがある)およびその製造方法の実施の形態について、図面を適宜参照しながら説明する。なお、この実施形態は、発明の趣旨をより良く理解させるために詳細に説明するものであるから、特に指定の無い限り、本発明を限定するものではない。
【0016】
本発明に係る溶接継手は、規定範囲の成分を含有する厚鋼板と、実質的に1パスで溶接される大入熱溶接による溶接部とからなる構造用の溶接継手であり、前記溶接部に形成される溶接金属が規定範囲の化学成分組成とされ、下記(1)式で表される炭素当量(Ceq.)が0.40%〜0.70%の範囲であり、かつ、下記(2)式で表されるNb当量(Nbeq.)が0.020〜0.30%の範囲であり、残部がFeおよび不可避不純物からなり、さらに、溶接金属組織における粒界フェライトの割合が面積率で5%以下であり、降伏強度が500MPa以上である構成とされている。
Ceq.=C%+Si%/24+Mn%/6+Ni%/40+Cr%/5+Mo%/4+W%/8+V%/14 ・・・・・・・・・・・・・ (1)
Nbeq.=Nb%+0.5Ta%+0.4V%+0.25Zr%+0.05%Cr+0.25%Mo%+0.12W% ・・・・・・ (2)
ただし、上記(1)、(2)式中において各元素の含有量を表す単位(%)は、それぞれ溶接金属中における質量%を示す。
【0017】
溶接金属において、目標とする強度と良好な靭性を達成するためには、基本的には、溶接金属の化学組成および組織を規定すれば良い。しかしながら、大入熱溶接では、鋼板が溶接の熱によって溶融して溶接材料から形成された溶融金属と混じり合う比率、いわゆる母材希釈率が大きいため、実際に溶接金属の成分を制御するためには、溶接材料の化学成分に加え、鋼板の化学成分も規定する必要がある。なお、エレクトロスラグ溶接やサブマージアーク溶接においては鋼製裏当金を用いる場合があり、この場合には、該鋼製裏当金からの希釈もあるが、その寄与率は、溶接材料や鋼板に比べて小さいため、溶接金属組成や特性への影響は基本的には無視できる。
【0018】
本発明は、溶接入熱が非常に大きく、後続の溶接パスによる再熱を受けないために、溶接金属組織がアシキュラーフェライトでも上部ベイナイトであっても、組織によらず、組織粗大化が著しく、降伏強度が500MPa以上、あるいは、降伏強度が500MPa以上で、かつ、引張強度が780MPa以上の高強度であるために、通常では溶接金属の靭性の確保が極めて困難な溶接継手に対して、最も有効である。具体的には、実質的に1パス大入熱溶接となる、エレクトロスラグ溶接、エレクトロガスアーク溶接、サブマージアーク溶接等において、溶接入熱が100〜1000kJ/cm、溶接金属の凝固後の冷却速度が、800℃から500℃までの冷却時間(Δt8/5)で150s〜700sの場合である。ただし、前記溶接入熱、Δt8/5の範囲は本発明の効果が最も顕著な条件範囲であり、溶接入熱が100〜1000kJ/cm、および/または、溶接金属の凝固後の冷却速度が、800℃から500℃までの冷却時間(Δt8/5)で150s〜700sの範囲からはずれていても、実質的に1パス大入熱溶接による溶接金属で、降伏強度が500MPa以上であれば、本発明の効果は担保される。
【0019】
以上により、本発明は、降伏強度が500MPa以上、あるいは、降伏強度が500MPa以上で、かつ、引張強度が780MPa以上の母材強度並びに溶接金属強度を有し、溶接継手全体としても該強度を担保できる場合に、最も大きな効果を発揮するものである。また、それ故、本発明の範囲は、厚鋼板ならびに溶接金属の降伏強度が500MPa以上、あるいは、降伏強度が500MPa以上で、かつ、引張強度が780MPa以上で、溶接継手全体としても同等以上の強度を発揮する溶接継手とする。
【0020】
[溶接金属の要件]
先ず、本発明に係る溶接継手における溶接金属の要件について説明する。
本発明における溶接金属は、質量%で、C:0.03〜0.08%、Si:0.05〜1.0%、Mn:0.5〜3.0%、P:0.02%以下、S:0.01%以下、Al:0.001〜0.1%、Ti:0.001〜0.03%、B:0.0005〜0.010%、N:0.002〜0.008%、O:0.003〜0.030%をそれぞれ含み、かつ、Nb:0.003〜0.10%、V:0.005〜0.50%、Mo:0.02〜2.0%、W:0.02〜2.0%、Ta:0.01〜0.30%、Zr:0.01〜0.30%のうちの1種または2種以上を含有し、必要に応じて、Cu:0.005〜1.5%、Ni:0.01〜6%、Cr:0.01〜1.5%のうちの1種または2種以上を含有し、さらに、必要に応じて、Ca:0.0002〜0.01%、Mg:0.0002〜0.01%、REM:0.0002〜0.01%のうちの1種または2種以上を含有し、下記(1)式で表される炭素当量(Ceq.)が0.40%〜0.70%の範囲であり、かつ、下記(2)式で表されるNb当量(Nbeq.)が0.020〜0.30%の範囲であり、残部がFeおよび不可避不純物からなり、さらに、溶接金属組織における粒界フェライトの割合が面積率で5%以下であり、降伏強度が500MPa以上であり、さらに好ましくは、引張強度が780MPa以上であることを要件とする。
Ceq.=C%+Si%/24+Mn%/6+Ni%/40+Cr%/5+Mo%/4+W%/8+V%/14 ・・・・・・・・・・・・・ (1)
Nbeq.=Nb%+0.5Ta%+0.4V%+0.25Zr%+0.05%Cr+0.25%Mo%+0.12W% ・・・・・・ (2)
ただし、上記(1)、(2)式中において各元素の含有量を表す単位(%)は、それぞれ溶接金属中における質量%を示す。
【0021】
<溶接金属の化学成分組成>
本発明の溶接継手においては、以下に説明する理由により、溶接金属中の化学成分組成を適正範囲に規定している。なお、以下の説明において、化学成分組成における各成分の含有量を示す「%」は、特に指定の無い限り「質量%」を示す。
【0022】
「C:0.03〜0.08%」
先ず、溶接金属中のCは、1パス大入熱溶接金属の靱性確保のために、最も重要な成分の一つであり、0.08%を超えると、他の成分やミクロ組織を適正化しても、必要なシャルピー吸収エネルギーを安定的に確保することが難しくなる。ただし、溶接金属中のC含有量が0.03%未満では、降伏強度を500MPa以上で確保することや、引張強度を780MPa以上とすることが難しくなるため、本発明においては、溶接金属中のC含有量を0.03〜0.08%に限定する。
【0023】
「Si:0.05〜1.0%」
溶接金属中のSiは、脱酸元素として作用し、溶接金属中のO量の低減に有効である。溶接金属中のSi含有量が0.05%未満であると、脱酸作用の不足により、O量が増加し、また、粗大な酸化物が形成されやすく靱性劣化の原因になるとともに、溶接欠陥も助長するため、0.05%以上含有させる必要がある。一方、溶接金属中のSiが1.0%を超えて過剰に含有されると、組織中の島状マルテンサイトが増加して靱性が劣化するため、溶接金属中のSiは0.05〜1.0%に限定する。
【0024】
「Mn:0.5〜3.0%」
溶接金属中のMnは、脱酸元素として作用し、溶接金属中のO量の低減に有効である。また、Mnを適正量で含有すれば、溶接金属組織を微細化して強度ならびに靱性向上にも寄与する。しかしながら、3.0%を超えて過剰にMnを含有させると、靱性を劣化させるようになる。一方、Mnの含有量が0.5%未満では、アシキュラーフェライトの生成が十分でなく、組織が粗大化して靭性が劣化する。そのため、本発明においては、溶接金属中のMnの含有量を0.5〜3.0%に限定する。
【0025】
「P:0.02%以下」
溶接金属中のPは、不純物元素であり、靱性を確保するためには可能な限り少ない方が好ましいが、0.02%以下であれば、その靱性劣化程度は大きくないため、本発明においてはP含有量の上限を0.02%とする。
【0026】
「S:0.01%以下」
溶接金属中のSも不純物元素であり、0.01%を超えて溶接金属中に含有されると、延性や靱性を劣化させるため、本発明においては、溶接金属中のS含有量は0.01%を上限とする。
【0027】
「Al:0.001〜0.1%」
溶接金属中のAlは、脱酸元素として有効である。ただし、Alの含有量が0.1%を超えると、溶接金属中の酸化物が粗大となり、かつ、Ti酸化物の生成を抑制して組織を粗大にする悪影響もあることから、溶接金属の靱性を大きく劣化させる。なお、溶接金属中のAlを0.001%未満とすることは工業的に困難であるため、本発明においては、溶接金属中のAl含有量は0.001〜0.1%に限定する。
【0028】
「Ti:0.001〜0.03%」
溶接金属中のTiは、酸化物、窒化物を形成して、アシキュラーフェライトの生成核として働き、組織微細化に寄与するため、重要な元素である。ただし、0.03%を超えてTiを含有させると、Tiの酸化物や窒化物が粗大化するのと、炭化物が析出することによって靱性を著しく損ねるため、上限を0.03%とする。また、溶接金属中のTiを0.001%未満とすることは工業的に困難であるため、本発明においては、溶接金属中のTi含有量は、0.001〜0.03%に限定する。
【0029】
「B:0.0005〜0.010%」
溶接金属中のBは、粗大な粒界フェライト抑制に効果があり、降伏強度と靭性とを同時に向上できるため、本発明において必須である。このような効果を確実に発揮するためには、Bを溶接金属中に0.0005%以上含有させる必要がある。ただし、0.010%を超えて過剰にBを含有させると、粗大なBの析出物を形成して、逆に靭性を劣化させるようになるため、本発明においては、溶接金属中のB含有量は、0.0005〜0.010%に限定する。
【0030】
「N:0.002〜0.008%」
溶接金属中のNは、TiNを形成し、アシキュラーフェライトの生成核となって組織微細化を通した靭性向上に寄与し得る。ただし、溶接金属中のNが0.008%を超えると、固溶Nによる靭性劣化が顕在化する。また、BがBNとして析出して、組織制御に有効な固溶B量が減少し、粗大な粒界フェライトを生成しやすくなることも靭性劣化要因となるため、本発明においては、溶接金属中のN含有量の上限を0.008%とする。なお、溶接金属中のNを0.002%未満とすることは工業的に困難であるため、本発明においてはNの下限を0.002%とする。
【0031】
「O:0.003〜0.030%」
溶接金属中のOは、0.030%を超えて過剰に含有させると、延性やシャルピー試験の吸収エネルギーが低下するため、好ましくない。ただし、O量が0.030%以下であれば、アシキュラーフェライトの生成核となるTiの酸化物の個数密度増加に寄与することから靭性向上に有効であり、また、延性やシャルピー試験の吸収エネルギー低下が許容範囲であるため、本発明においては、溶接金属中のO含有量の上限を0.030%とする。ただし、大入熱溶接においては、溶接金属中のO量を0.003%未満とすることは工業的に困難であるため、本発明においては、溶接金属中のO含有量を0.003〜0.030%に限定する。
【0032】
以上が、本発明の溶接継手の溶接金属における化学成分組成の必須元素とその限定理由であるが、本発明においては、さらに、溶接金属の諸特性の向上等を目的として、選択的に化学成分組成を限定することがより好ましい。
【0033】
ここで、析出強化による降伏強度、引張強度の向上に対して、定性的には、以下に説明するNb、V、Mo、W、Ta、Zrの各元素は、ほぼ同等の効果を有し、上記(2)式のNb当量が0.020〜0.30%となる範囲であれば、選択的に用いることが可能である。ただし、上記(2)式を満足している場合でも、効果を確実に発揮させ、また、悪影響を避けるためには、各々の元素の含有量も限定する必要があり、本発明では、以下に説明する範囲に規定する。
【0034】
「Nb:0.003〜0.10%」
溶接金属中にNbを含有させる場合は、0.003〜0.10%に限定する。これは、Nbの含有量が0.003%未満では、溶接の熱履歴では析出が容易でなく、効果が明確に発揮できないことと、0.10%超では、析出物が粗大化して、強度の上昇代以上に靭性を劣化させ、かつ、溶接割れ感受性が増すためである。
【0035】
「V:0.005〜0.50%」
溶接金属中にVを含有させる場合は、0.005〜0.50%に限定する。これは、Vの含有量が0.005%未満では、溶接の熱履歴では析出が容易でなく、効果が明確に発揮できないことと、0.50%超では、析出物が粗大化して、強度の上昇代以上に靭性を劣化させる虞が大きいためである。
【0036】
「Mo:0.02〜2.0%」
溶接金属中にMoを含有させる場合は、0.02〜2.0%に限定する。これは、Moの含有量が0.02%未満では、溶接の熱履歴では析出が容易でなく、効果が明確に発揮できないことと、2.0%超では、焼入性が過大となって強度が過度に上昇し、靭性を大きく劣化させたり、低温割れを助長するためである。
【0037】
「W:0.02〜2.0%」
溶接金属中にWを含有させる場合は、0.02〜2.0%に限定する。これは、Wの含有量が0.02%未満では、溶接の熱履歴では析出が容易でなく、効果が明確に発揮できないことと、2.0%超では、焼入性が過大となって強度が過度に上昇し、靭性を大きく劣化させたり、低温割れを助長するためである。
【0038】
「Ta:0.01〜0.30%」
溶接金属中にTaを含有させる場合は、0.01〜0.30%に限定する。これは、Taの含有量が0.01%未満では、溶接の熱履歴では析出が容易でなく、効果が明確に発揮できないことと、0.30%超では、析出物が粗大化して、強度の上昇代以上に靭性を劣化させる虞が大きいためである。
【0039】
「Zr:0.01〜0.30%」
溶接金属中にZrを含有させる場合は、0.01〜0.30%に限定する。これは、Zrの含有量が0.01%未満では、溶接の熱履歴では析出が容易でなく、効果が明確に発揮できないことと、0.30%超では、析出物が粗大化して、強度の上昇代以上に靭性を劣化させる虞が大きいためである。
【0040】
また、本発明おいては、強度、靭性の調整のために、必要に応じて、さらに、溶接金属中にCu、Ni、Crのうちの1種または2種以上を含有させることができる。その場合には、下記に説明するように、各元素の含有量を各々限定する必要がある。
【0041】
「Cu:0.005〜1.5%」
溶接金属中にCuを含有させる場合、Cuは主として固溶強化により、靭性の大きな劣化を招かずに強度を高めることが可能であるが、溶接金属中のCu含有量が0.005%未満であると、上記効果を明確に発揮できないため、好ましくない。一方、1.5%を超えてCuを含有させると、靭性の劣化が顕著となり、高温割れも生じやすくなるため、本発明においては、溶接金属中にCuを含有させる場合の含有量を0.005〜1.5%に限定する。
【0042】
「Ni:0.01〜6%」
溶接金属中にNiを含有させる場合、Niは固溶靭化効果{溶質元素(ここではNi)の固溶により靭性を高める効果のことを言い、以下同様}による高靭性化と焼入性向上効果による高強度化を同時に達成できる可能性があるため、非常に有益な元素である。ただし、溶接金属中のNi含有量が0.01%未満であると、上記効果が明確に現れないため、溶接金属中に含有させる場合は0.01%以上とする。一方、Niを、6%を超えて含有させると、焼入性が過大となって強度が過度に高まるために溶接金属の低温割れが生じやすくなり、また、高温割れ感受性も高まるため、好ましくない。従って、本発明においては、溶接金属中にNiを含有させる場合の上限を6%とする。
【0043】
「Cr:0.01〜1.5%」
溶接金属中にCrを含有させる場合は、0.01〜1.5%に限定する必要がある。すなわち、Crは主として焼入性を高め、変態強化により溶接金属の強度を向上させる効果を有するが、0.01%未満では明確な効果が見られず、一方、1.5%超では低温割れ感受性が高まり、また、靭性の劣化が顕著となるため、好ましくない。
【0044】
「Ca、Mg、REM:0.0002〜0.01%(各元素)」
本発明においては、溶接金属中のO量の低減や介在物の組成、形態制御による延性の改善や組織微細化を図るため、必要に応じて、Ca、Mg、REMのうちの1種または2種以上を溶接金属に含有させることが可能である。ただし、その含有量は各々限定する必要があり、溶接金属中にこれら元素を含有させる場合、その効果を発揮するための下限の含有量は、いずれも0.0002%である。一方、これらの元素を過剰に含有させると、硫化物や酸化物の粗大化を生じ、延性や靭性の劣化を招き、また、溶接ビード形状の劣化や溶接性の劣化の可能性も生じるため、いずれも上限を0.01%とする。
【0045】
以上が、本発明の溶接継手における溶接金属の化学組成の、個々の元素に関する要件であるが、本発明においては、上記(1)式で表される炭素当量(Ceq.)、並びに、上記(2)式で表されるNb当量(Nbeq.)で、溶接金属の化学成分組成をさらに限定する必要があり、本発明では、以下に説明する範囲に規定する。
【0046】
「炭素当量(Ceq.):0.40%〜0.70%」
先ず、上記(1)式で表される炭素当量は、0.40%以上とする必要がある。炭素当量が0.40%未満であると、焼入性が十分でなく、後述のNb当量が本発明の規定範囲を満足していても、降伏強度で500MPa以上、あるいは、降伏強度が500MPa以上で、かつ、引張強度が780MPa以上の高強度を安定的に確保することが困難となる。また、炭素当量が0.40%未満だと、粗大な粒界フェライトの生成を抑制できず、靭性も併せて劣化してしまう可能性がある。一方、本発明においては、炭素当量の上限は0.70%とする。炭素当量が0.70%超であると、溶接金属の強度が過度に高くなり、また、粗大なベイナイト組織や脆化組織が形成され、靭性が著しく阻害される可能性が高くなるため、好ましくない。
【0047】
「Nb当量(Nbeq.):0.020〜0.30%」
次に、上記(2)式で表されるNb当量は、強度、特に降伏強度確保のために、上述の炭素当量が本発明の要件を満たしている前提で、0.020%以上とする必要がある。Nb当量が0.020%未満であると、1パス大入熱溶接における溶接金属の降伏強度を、安定的に500MPa以上とすることが難しい。また、引張強度は、Ni、Cr等の合金元素の増加によって焼入性を高め、下部ベイナイトやマルテンサイト主体組織とすることでも達成可能ではあるが、凝固まま組織での下部ベイナイトやマルテンサイト主体組織は可動転位が多く存在する。そのため、降伏強度は必ずしも引張強度に比例して上昇しないことから、合金元素の増加だけで降伏強度を500MPa以上とすることは難しい。合金元素の増加だけで降伏強度を500MPa以上としようとすると、引張強度が過度に高くなるため、靭性の著しい劣化や低温割れ、高温割れ感受性の上昇を招く。また、Nb当量が高いほど降伏強度は高くなるが、0.30%を超えても効果が飽和するのと、靭性の劣化が大きくなるため、本発明においては、溶接金属のNb当量は0.020〜0.30%に限定する。
【0048】
<金属組織>
本発明の溶接継手においては、溶接金属の化学成分組成を上述の要件で規定することに加え、溶接金属の金属組織についても、以下に説明するように限定する。
【0049】
「溶接金属組織における粒界フェライトの割合:面積率で5%以下」
本発明では、化学成分組成の範囲が上記範囲であっても、各成分の組み合わせによっては粗大な粒界フェライトが生じる可能性があり、その場合は降伏強度と靭性とがともに劣化するため、溶接金属のミクロ組織において、粒界フェライトの割合を制限する。すなわち、溶接金属組織における粒界フェライトの割合が面積率で5%超であると、溶接金属の引張試験に際し、軟質相であるフェライトが早期に降伏するため、降伏強度が低くなってしまう。また、上述した粗大な粒界フェライトが脆性破壊の起点となるため、靭性の劣化も大きくなる。溶接金属組織における粒界フェライトの割合が面積率で5%以下であれば、必然的に粒界フェライトの結晶粒径が微細となり、また、周囲の硬質相の拘束によって粒界フェライト相での降伏が抑制されるため、降伏強度が高く保たれる。また、フェライトの粒径が微細であるため、靭性への悪影響も許容できる範囲となる。従って、本発明においては、溶接金属組織における粒界フェライトの割合を、面積率で5%以下に限定する。
なお、本発明において説明する粒界フェライトの割合とは、ミクロ組織観察断面での面積率を意味する。
【0050】
1パス大入熱溶接における溶接金属の降伏強度や靭性に対する主要な組織因子は、粒界フェライトの割合であり、また、化学成分組成を上記範囲に限定しているため、粒界フェライトの割合を限定すれば、残余の組織の種類、構成は問われない。しかしながら、粒界フェライト以外の組織中に粒内変態により生成したアシキュラーフェライトと、粒内ベイナイトの合計の割合を50%以上とすると、安定して良好な靭性が得られるため、より好ましい。
【0051】
[厚鋼板の要件]
次に、本発明に係る溶接継手における厚鋼板の要件について説明する。
本発明で用いられるような厚鋼板を溶接する際、大入熱溶接では母材希釈が大きいことから、溶接金属の化学成分組成を限定するために、また、溶接継手全体としての特性を確保するために、母材となる厚鋼板の化学成分組成も併せて限定する必要がある。なお、建築構造物等で使用される四面ボックス柱のスキンプレートと補剛材や、ダイヤフラムとを溶接するエレクトロスラグ溶接等の場合、本発明において継手を構成する厚鋼板とは、スキンプレート並びにダイヤフラムの両方を指す。このように、2種類の鋼板を使用する場合でも、各々の希釈率が同程度であるため、両方とも本発明の厚鋼板に関する要件を満足する必要がある。
【0052】
<厚鋼板の化学成分組成>
本発明では、上記理由により、溶接継手を構成する厚鋼板の各々が、以下に説明する化学成分組成を満足する必要がある。すなわち、本発明の溶接継手を構成する厚鋼板は、質量%で、C:0.005〜0.16%、Si:0.005〜1.0%、Mn:0.1〜3.0%、P:0.02%以下、S:0.01%以下、O:0.01%以下、Al:0.001〜0.1%、N:0.001〜0.01%をそれぞれ含み、必要に応じて、Cu:0.005〜1.5%、Ni:0.01〜6%、Cr:0.01〜1.5%、Mo:0.01〜1.5%、W:0.01〜1.5%、Nb:0.002〜0.10%、V:0.002〜0.50%、Ta:0.002〜0.50%、Zr:0.002〜0.50%、Ti:0.002〜0.050%、B:0.0003〜0.015%のうちの1種または2種以上を含有し、さらに、必要に応じて、Ca:0.0002〜0.01%、Mg:0.0002〜0.01%、REM:0.0002〜0.01%のうちの1種または2種以上を含有し、残部がFeならびに不可避不純物からなることを要件とする。
以下、厚鋼板をなす各成分の限定理由について詳述する。
【0053】
「C:0.005〜0.16%」
厚鋼板中のCは、降伏強度が500MPa以上、あるいは、降伏強度が500MPa以上で、かつ、引張強度が780MPa以上の強度を確保する上で、0.005%以上含有させる必要がある。一方、厚鋼板中にCを0.16%超で含有させると、鋼板の靱性や溶接熱影響部靱性、さらには耐溶接割れ性の劣化が大きくなって構造用鋼としての安全性が損なわれる虞がある。また、希釈によって溶接金属のC含有量が過大となり、溶接材料や裏当金組成によっては溶接金属中のC含有量が本発明の規定範囲を満足できなくなり、溶接金属の靱性を劣化させる懸念があるため、本発明においては厚鋼板のC含有量の上限を0.16%とする。
【0054】
「Si:0.005〜1.0%」
厚鋼板中のSiは、脱酸元素として、また、鋼板の強度確保に有効な元素である。ただし、1.0%を超えるSiの過剰な含有は、粗大な酸化物を形成して鋼板の延性や靭性の劣化を招く。また、溶接金属中のSi含有量も過大となって靱性を損ねる虞がある。なお、厚鋼板中のSi含有量を0.005%未満とすることは、製造コストの増大を招くため、好ましくない。このため、本発明においては、厚鋼板におけるSi含有量の範囲は0.005〜1.0%の範囲とする。
【0055】
「Mn:0.1〜3.0%」
厚鋼板中のMnは、鋼板の焼入性を高め、強度、靭性の確保に必要な元素であり、最低限0.1%以上含有させる必要がある。しかしながら、3.0%を超えるMnの過剰な含有は、硬質相を生成するため、鋼板の靭性を著しく劣化させ、且つ、溶接熱影響部の靭性、割れ性なども劣化させる。さらに、溶接金属の靱性にも悪影響を及ぼすようになるため、本発明においては、厚鋼板におけるMn含有量の上限を3.0%とする。
【0056】
「P:0.02%以下」
厚鋼板中のPは不純物元素であり、厚鋼板の特性、溶接金属の特性に対して、極力低減することが好ましいが、本発明においては、靭性確保の点から許容できる量として上限を0.02%とした。
【0057】
「S:0.01%以下」
厚鋼板中のSも、Pと同様、不純物元素であり、鋼板及び溶接金属の延性、靭性を劣化させるため、極力低減することが必要である。なお、延性、靭性の劣化が大きくなく、実用的に許容できる上限として、Sの含有量を0.01%以下とする。
【0058】
「O:0.01%以下」
厚鋼板中のOも、P、Sと同様、不純物元素であり、厚鋼板の延性、靱性を劣化させるため、極力低減することが好ましい。なお、延性、靭性の劣化が大きくなく、実用的に許容できる上限として、Oの含有量を0.01%以下とする。
【0059】
「Al:0.001〜0.1%」
厚鋼板中のAlは、厚鋼板の脱酸、加熱オーステナイト粒径の微細化等に有効な元素である。ただし、厚鋼板中のAl量が0.1%を超えて過剰に含有されると、粗大な酸化物を形成して厚鋼板の延性、靭性を極端に劣化させ、また、母材希釈によって溶接金属中のAl量が過大となり、靱性に有害な上部ベイナイトが形成されて溶接金属の靱性が劣化する虞がある。なお、厚鋼板中のAl含有量を0.001%未満とすることは工業的に困難であるため、本発明においては、厚鋼板中におけるAl含有量を0.001〜0.1%の範囲に限定する。
【0060】
「N:0.001〜0.01%」
厚鋼板中のNは、AlやTiと結びついてオーステナイト粒微細化に有効に働き、厚鋼板の靱性向上に寄与する。ただし、厚鋼板中のN含有量が0.01%を超えて多くなると、粗大な窒化物を形成して靱性を劣化させたり、また、固溶N量も増加して靱性を劣化させる原因となるため、好ましくない。また、母材希釈により、溶接金属中のN含有量が過大となり、このNが固溶状態でフェライトマトリックスの靭性を大きく劣化させる。さらに、溶接金属中のBを窒化物として固定してしまい、Bのオーステナイト粒界での初析フェライト変態の抑止効果を低下させ、靭性を劣化させる。このため、本発明においては、厚鋼板中のN量の上限を0.01%とする。なお、厚鋼板中のN含有量を0.001%未満とすることは、工業的に困難であるため、本発明においては、N含有量の下限を0.01%とする。
【0061】
以上が、本発明における厚鋼板の化学成分組成に関する必須要件であるが、本発明においては、厚鋼板の強度や靱性の調整のために、必要に応じて、Cu:0.005〜1.5%、Ni:0.01〜6%、Cr:0.01〜1.5%、Mo:0.01〜1.5%、W:0.01〜1.5%、Nb:0.002〜0.10%、V:0.002〜0.50%、Ta:0.002〜0.50%、Zr:0.002〜0.50%、Ti:0.002〜0.050%、B:0.0003〜0.015%のうちの1種または2種以上を含有させることができる。
【0062】
「Cu:0.005〜1.5%」
厚鋼板中のCuは、主として焼入性向上効果と固溶強化により、厚鋼板の強度向上に有効な元素であるが、厚鋼板中に含有させる場合、その効果を発揮するためには、0.005%以上含有させる必要がある。一方、鋼板中にCuを1.5%超含有させると、熱間加工性に問題を生じるため、厚鋼板中のCu含有量は0.005〜1.5%に限定する。
【0063】
「Ni:0.01〜6%」
厚鋼板中のNiは、本質的に鋼のマトリクスの靭性を高めることが可能な元素であり、適正に用いれば、ミクロ組織に大きく依存せずに、強度と靭性を同時に向上できるため、機械的性質向上には非常に有効な元素である。なお、Niを厚鋼板に含有させる場合、効果を発揮するためには0.01%以上含有させる必要がある。また、厚鋼板中のNi含有量が多くなるに伴い、強度−靭性バランスは向上するものの、6%を超えて含有させても効果が飽和するため、経済性も考慮して、本発明ではNi含有量の上限を6%とする。
【0064】
「Cr:0.01〜1.5%」
厚鋼板中のCrは、焼入性向上及び析出強化の作用により、厚鋼板の強度向上に有効な元素であるため、強度向上等を目的として、必要に応じて厚鋼板に含有させることができる。なお、明瞭な効果を発揮するためには、厚鋼板中に0.01%以上のCrを含有させることが必要である。一方、Crが1.5%を超えて過剰に含有されると、強度が過度に高くなって鋼板の靭性を劣化させるため、本発明においては、厚鋼板にCrを含有させる場合の含有量を0.01〜1.5%とする。
【0065】
「Mo:0.01〜1.5%」
厚鋼板中のMoも、Crと同様、焼入性向上及び析出強化の作用により、厚鋼板の強度向上に有効な元素であるため、強度向上等を目的として、必要に応じて厚鋼板に含有させることができる。なお、明瞭な効果を発揮するためには、厚鋼板中に0.01%以上のMoを含有させることが必要である。一方、Moが1.5%を超えて過剰に含有されると、強度が過度に高くなって鋼板の靭性を劣化させるため、本発明においては、厚鋼板にMoを含有させる場合の含有量を0.01〜1.5%とする。
【0066】
「W:0.01〜1.5%」
厚鋼板中のWも、Cr、Moと同様の効果を発揮するため、上記同様の理由により、厚鋼板にWを含有させる場合は、その含有量を0.01〜1.5%に限定する。
【0067】
「Nb:0.002〜0.10%」
厚鋼板中のNbは、析出強化及び変態強化の作用により、微量で厚鋼板の高強度化に有効な元素である。また、加熱オーステナイト粒径微細化によって厚鋼板の靭性向上にも有効であるが、これらの効果を期待して厚鋼板にNbを含有させる場合、明瞭な効果を発揮するためには、0.002%以上含有させる必要がある。ただし、0.10%を超えて過剰にNbを含有させると、厚鋼板の靭性を劣化させ、また、希釈によって溶接金属中にも過剰なNbが含有され、溶接金属の靭性を劣化させる懸念も生じる。このため、本発明においては、厚鋼板のNb含有量は0.002〜0.10%の範囲に限定する。
【0068】
「V:0.002〜0.50%」
厚鋼板中のVは、主として析出強化の作用により、厚鋼板の高強度化に有効な元素であるが、このような効果を期待して厚鋼板にVを含有させる場合、明瞭な効果を発揮するためには、0.002%以上含有させる必要がある。ただし、0.50%を超えて過剰に含有させると、厚鋼板の靭性を劣化させ、また、希釈によって溶接金属中にも過剰なVが含有され、溶接金属の靭性を劣化させる懸念も生じる。このため、本発明においては、厚鋼板のV含有量は0.002〜0.50%の範囲に限定する。
【0069】
「Ta:0.002〜0.50%」
厚鋼板中のTaは、定性的には、Nb、Vと同様、析出強化及び変態強化の作用により、厚鋼板の高強度化に有効な元素である。厚鋼板にTaを含有させる場合、明瞭な効果を発揮するためには、0.002%以上含有させる必要がある。ただし、0.50%を超えて過剰にTaを含有させると、厚鋼板の靭性を劣化させ、また、希釈によって溶接金属中にも過剰なTaが含有され、溶接金属の靭性を劣化させる懸念も生じる。このため、本発明においては、厚鋼板のTa含有量は0.002〜0.50%の範囲に限定する。
【0070】
「Zr:0.002〜0.50%」
厚鋼板中のZrも、主として析出強化の作用により、厚鋼板の高強度化に有効な元素であるが、このような効果を期待して厚鋼板にZrを含有させる場合、明瞭に効果を発揮するためには、0.002%以上含有させる必要がある。ただし、0.50%を超えて過剰にZrを含有させると、厚鋼板の靭性を劣化させ、また、希釈によって溶接金属中にも過剰なZrが含有され、溶接金属の靭性を劣化させる懸念も生じる。このため、本発明においては、厚鋼板中にZrを含有させる場合、その含有量を0.002〜0.50%の範囲に限定する。
【0071】
「Ti:0.002〜0.050%」
厚鋼板中のTiは、析出強化によって強度を高める効果と併せ、TiNによるオーステナイト結晶粒径微細化効果により、組織微細化を通して靱性を改善する効果を有する有用な元素である。これらの効果を確実に発揮するためには、厚鋼板中のTi含有量を0.002%以上とする必要がある。一方、厚鋼板中のTi含有量が0.050%超になると、粗大なTiNが形成されて厚鋼板の靭性を劣化させ、また、希釈によって溶接金属中にも過剰なTiが含有され、溶接金属の靭性を劣化させる懸念も生じる。このため、本発明においては、厚鋼板のTi含有量を0.002〜0.050%に限定する。
【0072】
「B:0.0003〜0.015%」
厚鋼板中のBは、極微量で焼入性を高める元素であり、厚鋼板の高強度化に有効な元素である。また、厚鋼板にBが適正量含有されていると、希釈によって溶接金属中にもBが含有され、溶接金属の粒界フェライト抑制に効果がある。なお、必要に応じて厚鋼板にBを含有させる場合、これらの効果を明確に発揮させるためには、Bは鋼板中に0.0003%以上含有させる必要がある。一方、0.015%を超えてBを鋼板中に含有させると、鋼片製造時や鋼板製造時の加熱段階で粗大な析出物を形成する場合が多いため、逆に焼入性向上効果が不十分となり、また、鋼片の割れや析出物に起因した靭性劣化を生じる可能性も高くなる。このため、本発明において厚鋼板にBを含有させる場合の含有量は、0.0003〜0.015%に限定する。
【0073】
「Ca、Mg、REM:0.0002〜0.01%(各元素)」
本発明においては、厚鋼板の延性、靭性を改善する必要がある場合には、必要に応じて、さらに、Ca、Mg、REMのうちの1種または2種以上を厚鋼板に含有させることができる。
ここで、Ca、Mg、REMは、いずれも硫化物の構造を変化させ、また鋼板中での硫化物、酸化物のサイズを微細化して鋼板の延性及び靭性向上に有効である。厚鋼板にこれら元素を含有させる場合、その効果を発揮するための下限の含有量は、いずれも0.0002%である。一方、Ca、Mg、REMのうちのいずれかを過剰に含有させると、硫化物や酸化物の粗大化を生じ、延性、靭性の劣化を招き、また、溶接欠陥が生じやすくなったり、溶接性が劣化する懸念が生じるため、上限をいずれも0.01%とする。
【0074】
<厚鋼板の機械的特性>
本発明の溶接継手においては、継手全体として、降伏強度が500MPa以上、あるいは、降伏強度が500MPa以上で、かつ、引張強度が780MPa以上であることを満足するために、母材となる厚鋼板についても、降伏強度が500MPa以上、あるいは、降伏強度が500MPa以上で、かつ、引張強度が780MPa以上であることを満足する必要がある。
厚鋼板の降伏強度が500MPa未満であると、溶接継手全体に荷重が負荷された場合、母材部が先に変形し、継手の降伏強度が500MPaに満たなくなる虞がある。また、同様の理由により、厚鋼板の引張強度が780MPa未満であると、継手の引張強度が780MPa以上必要であっても、これに満たない虞があるため、好ましくない。
【0075】
[溶接継手の製造方法]
本発明の溶接継手の製造方法においては、上述したような本発明に係る溶接継手で規定される溶接金属と厚鋼板に関する要件を満たしたうえで、溶接継手を作製する際に用いる溶接材料の要件を以下のように規定する必要がある。ここで、大入熱溶接では母材希釈が大きいため、溶接金属の成分を限定するために、溶接材料の化学組成を限定することが好ましい。すなわち、本発明の溶接継手の製造方法は、厚鋼板を溶接する際、質量%で、C:0.005〜0.10%、Si:0.05〜1.0%、Mn:0.5〜3.5%、P:0.02%以下、S:0.01%以下、Al:0.001〜0.1%、Ti:0.001〜0.25%、B:0.0005〜0.020%、N:0.001〜0.010%をそれぞれ含み、かつ、Nb:0.002〜0.10%、V:0.005〜1.0%、Mo:0.02〜3.0%、W:0.02〜3.0%、Ta:0.01〜0.50%、Zr:0.01〜0.50%のうちの1種または2種以上を含有し、残部Feならびに不可避不純物からなる溶接材料を用いて、溶接入熱が150〜1000kJ/cmの1パス大入熱溶接により溶接する方法である。
ただし、溶接材料は、溶接後は溶接金属を構成するのみであるため、溶接材料の限定は本発明において、必ずしも必須の要件ではない。このため、本発明では、溶接金属の化学組成並びに組織が上記規定を満足する限り、溶接材料の成分組成については、特に制限を受けるものではない。
【0076】
なお、本発明における溶接材料とは、エレクトロスラグ溶接、エレクトロガスアーク溶接においては溶接ワイヤのことを指し、ワイヤとは別にフラックスから元素を添加するケースもあるサブマージアーク溶接においては、ワイヤとフラックスの両者を指す。また、本発明で述べる、溶接材料における各元素の含有量とは、エレクトロスラグ溶接、エレクトロガスアーク溶接においては、溶接ワイヤ全体に対する各元素の含有量のことを指し、サブマージアーク溶接においては、ワイヤとフラックスの合計量に対する合計含有量のことを指す。なお、溶接ワイヤは、ソリッドワイヤ、フラックス入りワイヤのどちらでも構わない。ただし、サブマージアーク溶接におけるフラックスあるいはフラックス入りワイヤ中のフラックスについては、フラックス中の酸化物、フッ化物を形成している元素は、その含有量から除くこととする。
【0077】
<溶接材料の化学成分組成>
本発明の溶接継手の製造方法においては、以下に説明する理由により、溶接に用いる溶接材料中の化学成分組成を適正範囲に規定している。
【0078】
「C:0.005〜0.10%」
先ず、溶接材料のC含有量を限定する場合、そのC含有量は0.005〜0.10%とする。溶接材料中のC含有量が0.005%未満であると、溶接金属中のC量も低くなって、溶接継手の強度を確保できない虞があるためであり、また、溶接材料中のC含有量が0.10%超であると、厚鋼板の化学成分組成によっては、溶接金属中のC含有量を本発明の上限以内とすることが難しい場合があるためである。なお、溶接材料中のC含有量の上限は、より好ましくは0.02%未満とする。溶接材料中のC含有量を0.02%未満とすることにより、溶接金属中のC含有量を本発明の上限以下とするための厚鋼板のC含有量の裕度が広がる。
【0079】
「Si:0.05〜1.0%」
溶接材料中のSi含有量を限定する場合、Si含有量が0.05%未満であると、溶接金属の脱酸が不十分となる場合があるため、Si含有量の下限は0.05%とすることが好ましい。一方、Si含有量が1.0%を超えると、厚鋼板の組成によっては、溶接金属中のSi含有量が過大となって溶接金属の靭性を劣化させる可能性が大きくなるため、Si含有量の上限は1.0%とすることが好ましい。
【0080】
「Mn:0.5〜3.5%」
溶接材料中のMn含有量を限定する場合、Mn含有量が0.5%未満であると、溶接金属の脱酸が不十分となる場合があり、また、溶接金属の強度確保が難しくなる場合があるため、Mn含有量の下限は0.5%とすることが好ましい。一方、Mn含有量が3.5%を超えると、厚鋼板の組成によっては、溶接金属中のMn含有量が過大となって溶接金属の靭性を劣化させる可能性が大きくなり、また、ソリッドワイヤでワイヤを製造する場合に伸線性に問題が生じる可能性が大きくなるため、Mn含有量の上限は3.5%とすることが好ましい。
【0081】
「P:0.02%以下」
溶接材料中のPは、不純物元素であるため、極力低減することが好ましいが、0.02%以下であれば、溶接金属特性への悪影響やワイヤ伸線性への悪影響は許容できる程度であるため、溶接材料のP量を限定する場合は0.02%以下とする。
【0082】
「S:0.01%以下」
溶接材料中のSも不純物元素であるため、極力低減することが好ましいが、0.01%以下であれば、溶接金属特性への悪影響やワイヤ伸線性への悪影響は許容できる程度であるため、溶接材料のS量を限定する場合は0.01%以下とする。
【0083】
「Al:0.001〜0.1%」
溶接材料中のAl含有量を限定する場合、Alは脱酸元素として、溶接ワイヤがソリッドワイヤである場合の溶接ワイヤ中ならびに溶接金属中のO量を低減するのに有効であるが、溶接材料中の含有量が0.001%未満では明確な効果を発揮できない。一方、溶接材料中のAl含有量が0.1%を超えると、溶接金属中に粗大な酸化物が形成されて靭性を劣化させる虞がある。従って、溶接材料中にAlを含有させる場合は、0.001〜0.1%の範囲とする。
【0084】
「Ti:0.001〜0.25%」
溶接材料中のTi含有量を限定する場合、Tiは脱酸元素として、溶接ワイヤや溶接金属中のO量を低減するために有効であり、また、溶接金属中に含まれると、微細なTiNを形成して組織微細化に寄与する有用な元素であるが、溶接材料中の含有量が0.001%未満では明確な効果を発揮できない。一方、溶接材料中のTi含有量が0.25%を超えると、溶接金属中に粗大な酸化物が形成されて靭性を劣化させる虞がある。従って、溶接材料中のTi含有量を限定する場合は、0.001〜0.25%の範囲とする。
【0085】
「B:0.0005〜0.020%」
溶接材料中のB含有量を限定する場合、Bは固溶状態であれば、微量で焼入性を高めて、強度、靭性向上に寄与し得るため、溶接金属中に0.0005〜0.020%含有させるためには、厚鋼板の組成によっては、溶接材料中にBを含有させる必要が生じる場合がある。その場合、溶接材料中のB含有量が0.0005%未満であると、効果が十分発揮できない虞があり、一方、溶接材料中のB含有量が0.020%超であると、溶接金属中のB含有量が過大となって、靭性や耐割れ性に悪影響を及ぼす虞がある。また、溶接材料がソリッドワイヤである場合は、ワイヤ製造性を阻害する虞もあるため、本発明において、溶接材料中のB含有量を限定する場合は、0.0005〜0.020%の範囲とする。
【0086】
「N:0.001〜0.010%」
溶接材料中のN含有量を限定する場合、NはTiの存在下においてTiNを形成するので、溶接金属組織微細化に有用であるが、溶接材料中のN含有量が0.001%未満ではその効果が明確でない。一方、溶接材料中のN含有量が0.010%超であると、溶接金属中のN含有量が過大となって靭性を劣化させる虞が生じる。従って、溶接材料中のN含有量を限定する場合は、0.001〜0.010%の範囲とする。
【0087】
「Nb:0.002〜0.10%」
溶接材料中のNb含有量を限定する場合、Nbは溶接金属中に含有されることで、変態強化及び析出強化の作用により、溶接金属の強度向上に有用であり、溶接材料中にNbを含有させることは、溶接金属中のNb含有量を確保する上で有利である。溶接材料中のNb含有量が0.002%未満であると、溶接金属中のNb量調整に実質的な効果が得られ難い。一方、0.10%超になると、溶接金属中のNb含有量が過大となって靭性を劣化させる虞が生じ、また、溶接材料がソリッドワイヤの場合、ワイヤの製造性を劣化させるため、好ましくない。従って、本発明において、溶接材料中のNb含有量を限定する場合は、0.002〜0.10%の範囲とする。なお、溶接金属の靭性を重視する場合には、溶接材料中のNb含有量の上限は0.009%とすることがより好ましい。
【0088】
「V:0.005〜1.0%」
溶接材料中のV含有量を限定する場合、Vは溶接金属中に含有されると、主として析出強化の作用により、溶接金属の強度向上に有用であり、溶接材料中にVを含有させることは、溶接金属中のV含有量を確保する上で有利である。ただし、溶接材料中のV含有量が0.005%未満であると、溶接材料にVを含有させたことによる溶接金属の強度向上効果が明確でなく、一方、1.0%超になると、溶接金属中のV含有量が過大となって靭性を劣化させる虞が生じる。従って、本発明において、溶接材料中のV含有量を限定する場合は、0.005〜1.0%の範囲とする。
【0089】
「Mo:0.02〜3.0%」
溶接材料中のMo含有量を限定する場合、Moは変態強化及び析出強化の作用により、溶接金属の強度向上に有用であり、溶接材料中にMoを含有させることは、溶接金属中のMo含有量を確保する上で有利である。溶接材料中のMo含有量が0.02%未満であると、溶接金属中のMo量調整に実質的な効果がない。一方、3.0%超になると、溶接金属中のMo含有量が過大となって靭性や耐低温割れ性を劣化させる虞が生じ、また、溶接材料がソリッドワイヤの場合、ワイヤの製造性を劣化させるため、好ましくない。従って、本発明において、溶接材料中のMo含有量を限定する場合は、0.02〜3.0%の範囲とする。
【0090】
「W:0.02〜3.0%」
WはMoとほぼ同様の効果を有するため、Moと同様の理由により、本発明において、溶接材料中のMo含有量を限定する場合は、0.02〜3.0%の範囲とする。
【0091】
「Ta:0.01〜0.50%」
溶接材料中のTa含有量を限定する場合、Taは溶接金属中に含有されると、主として析出強化の作用により、溶接金属の強度向上に有用であり、溶接材料中にTaを含有させることは、溶接金属中のTa含有量を確保する上で有利である。ただし、溶接材料中のTa含有量が0.01%未満であると、溶接材料にTaを含有させることによる溶接金属の強度向上効果が明確でなく、一方、0.50%超になると、溶接金属中のTa含有量が過大となって靭性を劣化させる虞が生じる。従って、本発明において、溶接材料中のTa含有量を限定する場合は、0.01〜0.50%の範囲とする。
【0092】
「Zr:0.01〜0.50%」
ZrはTaとほぼ同様の効果を有するため、Taと同様の理由により、本発明において、溶接材料中のZr含有量を限定する場合は、0.01〜0.50%の範囲とする。
【0093】
「Cu:0.005〜1.5%」
溶接材料中のCu含有量を限定する場合、Cuは主として固溶強化の作用により、靭性の大きな劣化を招かずに強度を高めることが可能な元素であり、溶接材料を介して溶接金属中に適正量含有させることは有用である。ただし、溶接材料中のCu含有量が0.005%未満であると、溶接金属における強度向上が明確に認められないため、溶接材料中に含有させるのであれば、0.005%以上必要である。一方、溶接材料に1.5%を超えてCuを含有させると、厚鋼板の組成によっては、溶接金属中のCu含有量が過大となり、靭性の劣化が顕著となって高温割れも生じやすくなり、また、溶接材料がソリッドワイヤの場合、ワイヤの製造性を劣化させるため、好ましくない。従って、本発明においては、溶接材料中のCu含有量を限定する場合、0.005〜1.5%に限定する。
【0094】
「Ni:0.01〜10%」
溶接材料中のNi含有量を限定する場合、Niは固溶靭化効果による高靭性化と焼入性向上効果による高強度化を同時に達成できる可能性があるため、非常に有益な元素である。しかしながら、溶接材料中のNi含有量が0.01%未満であると、溶接金属におけるNiの効果が実質的に発揮されないため、溶接材料中に含有させるのであれば、0.01%以上必要である。一方、溶接材料のNi含有量が10%を超えると、溶接金属中のNi含有量が過大となって強度が過度に高まるので、溶接金属の低温割れが生じやすくなり、また、高温割れ感受性も高まるため、好ましくない。従って、本発明においては、溶接材料中のNi含有量を限定する場合、0.01〜10%に限定する。
【0095】
「Cr:0.01〜1.5%」
溶接材料中のCr含有量を限定する場合、Crは変態強化及び析出強化の作用により、溶接金属の強度向上に有用であり、溶接材料中にCrを含有させることは、溶接金属中のCr含有量を確保する上で有利である。溶接材料中のCr含有量が0.01%未満であると、溶接金属中のCr量調整に実質的な効果がない。一方、1.5%超になると、溶接金属中のCr含有量が過大となって靭性や耐低温割れ性を劣化させる虞が生じ、また、溶接材料がソリッドワイヤの場合、ワイヤの製造性を劣化させるため、好ましくない。従って、本発明において、溶接材料中のCr含有量を限定する場合は、0.01〜1.5%の範囲とする。
【0096】
「Ca、Mg、REM:0.0002〜0.01%(各元素)」
以上説明したような各元素に加え、必要に応じて、溶接材料中にCa、Mg、REMのうちの1種または2種以上を含有させる場合、下記に示す理由により、その含有量を限定する。すなわち、Ca、Mg、REMは、いずれも、溶接金属中のO量の低減や介在物の組成、形態制御によって延性の改善や組織微細化に有効な元素であるため、溶接材料中にこれらの元素を必要に応じて含有させることは有用である。ただし、いずれの元素も、溶接材料中の含有量が0.0002%未満であると、溶接金属において効果が実質的に発揮されないため、溶接材料中に含有させるのであれば、0.0002%以上必要である。一方、いずれの元素も溶接材料の含有量が0.01%を超えると、溶接金属中に粗大な介在物を形成して、延性や靭性に有害となる可能性が大きくなるため、好ましくない。従って、本発明においては、溶接材料中のCa、Mg、REMの含有量を限定する場合、いずれも0.0002〜0.01%の範囲に限定する。
【0097】
<鋼製裏当金>
本発明の溶接継手の製造方法においては、鋼製裏当金を用いる溶接を行う場合には、希釈によって溶接金属の成分に影響を及ぼすが、希釈率は1パス大入熱溶接でも最大で10〜15%程度である。このため、厚鋼板や溶接材料に比べて寄与は小さく、溶接金属組成、厚鋼板の組成を限定すれば、溶接継手の強度及び靭性を確保する上では、ほとんど問題とはならない。ただし、強度及び靭性への影響度の大きいC、NやP、Sなどの不純物元素が極端に多い鋼材を裏当金として用いることは好ましくない。例えば、鋼製裏当金としては、C≦0.2%、N≦0.015%、P≦0.05%、S≦0.015%の関係を満足する鋼材を用いることが好ましい。
【0098】
以上説明したように、本発明に係る溶接金属の靭性に優れた1パス大入熱溶接継手およびその製造方法によれば、上記構成により、実質的に1パス溶接となる大入熱溶接、例えば、エレクトロスラグ溶接、エレクトロガスアーク溶接、1パスサブマージアーク溶接等において、より具体的には、溶接入熱が100〜1000kJ/cm程度、溶接金属の凝固後の冷却速度が、800℃から500℃までの冷却時間(Δt8/5)で150s〜700s程度の1パス大入熱溶接において、溶接金属の降伏強度が500MPa以上、あるいは、溶接金属の降伏強度が500MPa以上で、かつ、引張強度が780MPa以上であり、さらに、−20℃における2mmVノッチシャルピー衝撃試験の吸収エネルギー(vE−20)が27J以上と、優れた強度特性と併せて良好な靱性を備える溶接金属が得られる。これにより、溶接金属の靭性に優れた、1パス大入熱による溶接継手を得ることができ、産業上の効果は極めて大きい。
【実施例】
【0099】
以下、本発明に係る溶接金属の靭性に優れた1パス大入熱溶接継手およびその製造方法の実施例を挙げ、本発明をより具体的に説明するが、本発明は、もとより下記実施例に限定されるものではなく、前、後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に含まれるものである。
【0100】
[厚鋼板の製造及び溶接継手の作製、並びに評価方法]
本実施例においては、非消耗ノズル式のエレクトロスラグ溶接により溶接継手を作製した。
具体的には、種々の化学組成の溶接ワイヤ、鋼板、裏当金を用い、図1に示すような、ダイヤフラム相当の鋼板2と、スキンプレート相当の鋼板1とを組み合わせたT字継手によって溶接継手を作製し、開先中央の溶接金属の引張特性、靱性を調べた。靭性は2mmVノッチシャルピー衝撃試験の−20℃における吸収エネルギーで評価した。
【0101】
下記表1に、スキンプレート相当の鋼板1、ダイヤフラム相当の鋼板2に使用した厚鋼板の化学成分組成を示す。これらの鋼板1、2は、種々の製造方法(R:熱間圧延まま、N:焼きならし、TMCP:水冷タイプの加工熱処理、QT:再加熱焼入・焼戻し)により、板厚40〜60mmの鋼板としたものである。
また、下記表1には、化学組成に加えて、厚鋼板の機械的性質も併せて示す。ここで、厚鋼板の引張特性は丸棒引張試験片によって調べ、また、靭性は標準サイズの2mmVノッチシャルピー衝撃試験片を用いて調べた。これら試験片は、全て、圧延方向に直角な方向が試験片長手方向になるように、鋼板の板厚の1/4位置から採取した。また、引張試験は室温で実施し、2mmVノッチシャルピー衝撃試験は−20℃で実施した。
【0102】
【表1】

【0103】
表1において、鋼板番号PA1〜PA12は本発明を満足する厚鋼板であり、鋼板番号PB1〜PB10は化学成分組成が本発明を満足していないため、厚鋼板の機械的性質が劣るか、場合によっては、後述するように、溶接金属の特性も劣化するため、溶接継手全体の特性が劣る例である。
【0104】
下記表2に、本実施例で使用した溶接ワイヤの化学組成を示す。なお、下記表2中に示す溶接ワイヤは、全て直径1.6mmのソリッドワイヤである。
【0105】
【表2】

【0106】
表2において、ワイヤ番号W2、W3、W6、W7、W8、及びW12は、C含有量が0.02%未満の例であり、また、ワイヤ番号W8、W11は、Nb含有量が0.009%以下の例である。なお、ワイヤ番号W15は、Nb、V、Mo、W、Ta、Zrのいずれも含有されていない例であり、ワイヤ番号W16は、Bが含有されていないワイヤの例である。また、ワイヤ番号W17とW18は、各々、ワイヤ中のSi含有量が少ない例と多い例であり、ワイヤ番号W19とW20は、各々、ワイヤ中のMn含有量が少ない例と多い例である。また、ワイヤ番号W21は、ワイヤ中のAl含有量が多い例、ワイヤ番号W22は、ワイヤ中のTi含有量が多い例、ワイヤ番号W23は、ワイヤ中のB含有量が多い例、ワイヤ番号W24は、ワイヤ中のN含有量が多い例である。また、ワイヤ番号W25は、ワイヤ中のC含有量が多い例である。
【0107】
下記表3に、溶接継手の作製に用いた裏当金の化学成分組成を示す。なお、表3中に示す裏当金の板厚は30mmあるいは28mmである。
【0108】
【表3】

【0109】
次いで、表1〜表3の各々に示す厚鋼板、溶接ワイヤ、裏当金を様々に組み合わせて、図1に示すような開先形状のエレクトロスラグ溶接継手を作製した。
下記表4に、厚鋼板、溶接ワイヤ、裏当金の組み合わせ、溶接条件と、機械的性質及びミクロ組織の各々の調査結果を示すとともに、下記表5に、溶接金属の化学成分特性の調査結果を示す。なお、開先幅はいずれの継手でも25mm一定とした。従って、溶接入熱はダイヤフラム(鋼板2)厚毎に同一とし、ダイヤフラム厚が40mmでは590kJ/cm、60mmでは930kJ/cmとした。なお、溶接金属の温度履歴は、ダイヤフラム厚や溶接入熱だけでなく、スキンプレート(鋼板1)厚の影響も受ける。下記表4においては、熱伝導計算により推定した800℃から500℃冷却時間(Δt8/5)を示すが、本実施例においては、Δt8/5の最小は355s、最大は560sとなっている。
【0110】
なお、フラックスには、一例を除いて、市販の高塩基度系のものを用いたが、溶接金属中のO量を高めた比較例(継手JB24)のみ、塩基度を低減した試作フラックスを用いた。
また、溶接後の継手の溶接金属から丸棒引張試験片と標準サイズの2mmVノッチシャルピー衝撃試験片を採取して、溶接金属の機械的性質を調べ、結果を下記表4に示した。丸棒引張試験片は、溶接金属中央から、溶接ビード長手方向が試験片長手方向となるように採取し、2mmVノッチシャルピー衝撃試験片は、図2に示す要領で、溶接金属中央の特性を評価できるように採取した。ここで、引張試験は室温で実施し、2mmVノッチシャルピー衝撃試験は−20℃で実施した。
また、ミクロ組織は、粒界フェライトが最も生成しやすく、全体的に組織が粗大化して靭性が最も劣化しやすい溶接金属の中央部について、光学顕微鏡組織写真から、点算法により、粒界フェライトと粒内変態組織(アシキュラーフェライトと粒内変態ベイナイトとの合計)の面積分率を求めた。
【0111】
【表4】

【0112】
【表5】

【0113】
[評価結果]
表4及び表5に示すように、本発明の規定を満足する溶接継手JA1〜JA16においては、厚鋼板ならびに溶接金属の降伏強度が500MPa以上、あるいは、降伏強度が500MPa以上、かつ、引張強度が780Ma以上であり、同時に、靭性が−20℃における2mmVノッチシャルピー衝撃試験の吸収エネルギーで100J超と極めて良好であり、溶接継手全体として良好な強度、靭性を達成できることが明らかである。
【0114】
一方、表4及び表5に示す継手JB1〜JB25は、本発明で規定する要件のいずれかを満足していないため、厚鋼板および/または溶接金属の機械的性質が本発明(JA1〜JA16)に比べて劣っている。このため、溶接継手全体として、降伏強度が500MPa以上、かつ、引張強度が780Ma以上で、かつ、−20℃において良好な靭性を得ることができないことが明らかである。
【0115】
すなわち、比較例の溶接継手JB1は、厚鋼板のC含有量が過大であるため、厚鋼板の靭性が劣る上、厚鋼板からの希釈により、溶接金属のC含有量も過大となり、溶接金属の靭性も劣っている。
また、溶接継手JB2は、厚鋼板のC含有量が過小であるため、厚鋼板の降伏強度が500MPaを大きく下回るうえ、厚鋼板からの希釈により、溶接金属のC含有量も過小となっている。このため、溶接金属の降伏強度も500MPaを下回り、また、焼入性不足のために溶接金属中の粒界フェライト分率が過大であるため、靭性も劣っている。
【0116】
また、溶接継手JB3は、厚鋼板のSi含有量が過大であるため、厚鋼板の靭性が劣る。従って、溶接継手全体としての特性は不十分であり、好ましくない。
溶接継手JB4は、厚鋼板のMn含有量が過大であるため、厚鋼板の靭性が劣る。従って、溶接継手全体としての特性は不十分であり、好ましくない。
溶接継手JB5は、厚鋼板のP含有量が過大であるため、厚鋼板の靭性が劣る。従って、溶接継手全体としての特性は不十分であり、好ましくない。
溶接継手JB6は、厚鋼板のS含有量が過大であるため、厚鋼板の靭性が劣る。従って、溶接継手全体としての特性は不十分であり、好ましくない。
溶接継手JB7は、厚鋼板のMn含有量が過小であるため,厚鋼板の降伏強度が500MPaを下まわり、また、靭性も劣る。従って、溶接継手全体としての特性は不十分であり、好ましくない。
【0117】
また、溶接継手JB8は、溶接金属の降伏強度確保に必要なNb、V、Mo、W、Ta、Zrのいずれも溶接金属に含有されていないため、溶接金属の降伏強度が500MPaに達していない。
溶接継手JB9は、溶接金属中にBが含有されないため、粒界フェライトの抑制が十分でなく、そのため、溶接金属の靭性が劣っている。
溶接継手JB10は、溶接金属の炭素当量(Ceq.)及びNb当量(Nb.eq.)がともに過小であるため、十分な降伏強度が得られず、また、焼入性不足のために粒界フェライトが抑制されないため、靭性も劣っている。
溶接継手JB11は、溶接金属の炭素当量(Ceq.)が過大であるため、焼入性過剰となって、靭性が大きく劣化している。
溶接継手JB12は、溶接金属のNb当量(Nb.eq.)が過大であるため、析出による靭性劣化が著しく、好ましくない。
【0118】
また、溶接継手JB13は、厚鋼板のO含有量が過大であるため、厚鋼板の靭性が劣っている。従って、溶接継手全体としての特性は不十分であり、好ましくない。
溶接継手JB14は、厚鋼板のAl含有量が過大であるため、厚鋼板の靭性が劣っている。従って、溶接継手全体としての特性は不十分であり、好ましくない。
溶接継手JB15は、厚鋼板のN含有量が過大であるため、厚鋼板の靭性が劣っている。従って、溶接継手全体としての特性は不十分であり、好ましくない。
【0119】
また、溶接継手JB16は、溶接金属のSi含有量が過小であるため、粗大な酸化物が形成されて溶接金属の靭性が大きく劣化している。
溶接継手JB17は、厚鋼板のSi含有量と溶接金属のSi含有量とがともに過大であるため、厚鋼板、溶接金属の靭性がともに劣ており、溶接継手全体としての特性は不十分であり、好ましくない。
溶接継手JB18は、溶接金属のMn含有量が過小であるが故に溶接金属の靭性が劣っている。また、溶接金属の降伏強度も500MPaに達していない。
溶接継手JB19は、逆に溶接金属のMn含有量が過大であるため、やはり溶接金属の靭性が大きく劣化している。
溶接継手JB20は、厚鋼板のAl含有量と溶接金属のAl含有量とがともに過大であるため、厚鋼板、溶接金属の靭性がともに劣っており、溶接継手全体としての特性は不十分であり、好ましくない。
【0120】
溶接継手JB21は、溶接金属のTi含有量が過大であるため、溶接金属の靭性が大きく劣化している。
溶接継手JB22は、溶接金属のB含有量が過大であるため、溶接金属の靭性が大きく劣化している。
溶接継手JB23は、溶接金属のN含有量が過大であるため、溶接金属の靭性が大きく劣化している。
溶接継手JB24は、フラックスを変えて溶接金属中のO含有量を高めた比較例であるが、溶接金属のO含有量が本発明の上限を超えて過大であるため、溶接金属の靭性が大きく劣化しており、溶接継手全体としての特性は不十分であり、好ましくない。
溶接継手JB25は、溶接ワイヤのC含有量が多いために溶接金属のC含有量も過大となった例である。このため、溶接金属の靭性が大きく劣化しており、溶接継手全体としての特性は不十分であり、好ましくない。
【0121】
以上説明した実施例の結果より、本発明の溶接継手およびその製造方法によれば、実質的に1パス溶接となる大入熱溶接において、厚鋼板ならびに溶接金属の降伏強度が500MPa以上、あるいは、降伏強度が500MPa以上かつ引張強度が780MPa以上の強度を有し、−20℃における2mmVノッチシャルピー衝撃試験の吸収エネルギー(vE−20)が27J以上の良好な溶接金属靭性を有する溶接継手を得ることが可能であることが明らかである。
【図面の簡単な説明】
【0122】
【図1】本発明に係る溶接金属の靭性に優れた1パス大入熱溶接継手およびその製造方法の実施例について模式的に説明する図であり、本実施例で作製した溶接継手の開先形状を示す断面図である。
【図2】本発明に係る溶接金属の靭性に優れた1パス大入熱溶接継手およびその製造方法の実施例について模式的に説明する図であり、2mmVノッチシャルピー衝撃試験片の採取要領を示す概略図である。
【符号の説明】
【0123】
1…鋼板(スキンプレート)、2…鋼板(ダイヤフラム)、3…裏当金、4…開先幅、5…2mmVノッチシャルピー衝撃試験片、6…ノッチ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C :0.005〜0.16%、
Si:0.005〜1.0%、
Mn:0.1〜3.0%、
P :0.02%以下、
S :0.01%以下、
O :0.01%以下、
Al:0.001〜0.1%、
N :0.001〜0.01%
をそれぞれ含み、残部がFeおよび不可避不純物からなる、降伏強度が500MPa以上の厚鋼板と、実質的に1パスで溶接される大入熱溶接による溶接部とからなる構造用の溶接継手であって、
前記溶接部に形成される溶接金属が、質量%で、
C :0.03〜0.08%、
Si:0.05〜1.0%、
Mn:0.5〜3.0%、
P :0.02%以下、
S :0.01%以下、
Al:0.001〜0.1%、
Ti:0.001〜0.03%、
B :0.0005〜0.010%、
N :0.002〜0.008%、
O :0.003〜0.030%
をそれぞれ含み、かつ、
Nb:0.003〜0.10%、
V :0.005〜0.50%、
Mo:0.02〜2.0%、
W :0.02〜2.0%、
Ta:0.01〜0.30%、
Zr:0.01〜0.30%
のうちの1種または2種以上を含有し、
下記(1)式で表される炭素当量(Ceq.)が0.40%〜0.70%の範囲であり、かつ、下記(2)式で表されるNb当量(Nbeq.)が0.020〜0.30%の範囲であり、残部がFeおよび不可避不純物からなり、さらに、溶接金属組織における粒界フェライトの割合が面積率で5%以下であり、降伏強度が500MPa以上であることを特徴とする、溶接金属の靭性に優れた1パス大入熱溶接継手。
Ceq.=C%+Si%/24+Mn%/6+Ni%/40+Cr%/5+Mo%/4+W%/8+V%/14 ・・・・・・・・・・・・・ (1)
Nbeq.=Nb%+0.5Ta%+0.4V%+0.25Zr%+0.05%Cr+0.25%Mo%+0.12W% ・・・・・・ (2)
ただし、上記(1)、(2)式中において各元素の含有量を表す単位(%)は、それぞれ溶接金属中における質量%を示す。
【請求項2】
前記厚鋼板および前記溶接金属の引張強度が780MPa以上であることを特徴とする、請求項1に記載の溶接金属の靭性に優れた1パス大入熱溶接継手。
【請求項3】
前記溶接金属が、さらに、質量%で、
Cu:0.005〜1.5%、
Ni:0.01〜6%、
Cr:0.01〜1.5%
のうちの1種または2種以上を含有することを特徴とする、請求項1または2に記載の溶接金属の靭性に優れた1パス大入熱溶接継手。
【請求項4】
前記溶接金属が、さらに、質量%で、
Ca:0.0002〜0.01%、
Mg:0.0002〜0.01%、
REM:0.0002〜0.01%
のうちの1種または2種以上を含有することを特徴とする、請求項1〜3のいずれか1項に記載の溶接金属の靭性に優れた1パス大入熱溶接継手。
【請求項5】
前記厚鋼板が、さらに、質量%で、
Cu:0.005〜1.5%、
Ni:0.01〜6%、
Cr:0.01〜1.5%、
Mo:0.01〜1.5%、
W :0.01〜1.5%、
Nb:0.002〜0.10%、
V :0.002〜0.50%、
Ta:0.002〜0.50%、
Zr:0.002〜0.50%、
Ti:0.002〜0.050%、
B :0.0003〜0.015%
のうちの1種または2種以上を含有することを特徴とする、請求項1〜4のいずれか1項に記載の溶接金属の靭性に優れた1パス大入熱溶接継手。
【請求項6】
前記厚鋼板が、さらに、質量%で、
Ca:0.0002〜0.01%、
Mg:0.0002〜0.01%、
REM:0.0002〜0.01%
のうちの1種または2種以上を含有することを特徴とする、請求項1〜5のいずれか1項に記載の溶接金属の靭性に優れた1パス大入熱溶接継手。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれか1項に記載の溶接金属の靭性に優れた1パス大入熱溶接継手を製造する方法であって、
前記厚鋼板を溶接する際、質量%で、
C :0.005〜0.10%、
Si:0.05〜1.0%、
Mn:0.5〜3.5%、
P :0.02%以下、
S :0.01%以下、
Al:0.001〜0.1%、
Ti:0.001〜0.25%、
B :0.0005〜0.020%、
N :0.001〜0.010%
をそれぞれ含み、かつ、
Nb:0.002〜0.10%、
V :0.005〜1.0%、
Mo:0.02〜3.0%、
W :0.02〜3.0%、
Ta:0.01〜0.50%、
Zr:0.01〜0.50%
のうちの1種または2種以上を含有し、残部Feならびに不可避不純物からなる溶接材料を用いて、溶接入熱が150〜1000kJ/cmの1パス大入熱溶接により溶接することを特徴とする、溶接金属の靭性に優れた1パス大入熱溶接継手の製造方法。
【請求項8】
前記溶接材料が、質量%で、
C :0.005〜0.02%未満
を含有することを特徴とする、請求項7に記載の溶接金属の靭性に優れた1パス大入熱溶接継手の製造方法。
【請求項9】
前記溶接材料が、質量%で、
Nb:0.002〜0.009%
を含有することを特徴とする、請求項7または8に記載の溶接金属の靭性に優れた1パス大入熱溶接継手の製造方法。
【請求項10】
前記溶接材料が、さらに、質量%で、
Cu:0.005〜1.5%、
Ni:0.01〜10%、
Cr:0.01〜1.5%
のうちの1種または2種以上を含有することを特徴とする、請求項7〜9のいずれか1項に記載の溶接金属の靭性に優れた1パス大入熱溶接継手の製造方法。
【請求項11】
前記溶接材料が、さらに、質量%で、
Ca:0.0002〜0.01%、
Mg:0.0002〜0.01%、
REM:0.0002〜0.01%
のうちの1種または2種以上を含有することを特徴とする、請求項7〜10のいずれか1項に記載の溶接金属の靭性に優れた1パス大入熱溶接継手の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2010−94686(P2010−94686A)
【公開日】平成22年4月30日(2010.4.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−265165(P2008−265165)
【出願日】平成20年10月14日(2008.10.14)
【出願人】(000006655)新日本製鐵株式会社 (6,474)
【Fターム(参考)】