説明

滅菌された尿素水溶液およびその製造方法

【課題】 車載用や据え置き型装置用のSCR脱硝に使用する尿素水溶液として適した、保管中および使用中におけるカビ、細菌等の微生物の増殖や変質を抑制し、有害なアンモニアガスの発生と臭気を防止することのできる尿素水溶液およびその製造方法を提供する。
【解決手段】尿素濃度が30〜50質量%の尿素水溶液に対し、二酸化炭素を溶解させてpH値を7.5以下に調整した後、該水溶液に過酸化水素を添加することを特徴とする滅菌された尿素水溶液の製造方法である。得られた尿素水溶液は、40℃以下で1年間の密封保管下で、pHが8.0以下に維持される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、滅菌された尿素水溶液の製造方法に関するものである。詳しく述べると本発明は、例えば、尿素を還元剤とする選択的触媒脱硝(SCR、Selective Catalytic Reduction)に使用する尿素水溶液の保管中および使用中におけるカビ、細菌等の微生物の増殖や変質を抑制し、有害なアンモニアの発生と臭気を防止する技術に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ディーゼルエンジンの排気ガスなどに含まれる窒素酸化物(NOx)を無害化して除去する方法として、下式(1)に示すようにアンモニアを還元剤とするSCR脱硝が実用化されている。
【0003】
【化1】

【0004】
小型のディーゼル発電機やディーゼル車の排煙脱硝においては、次式に示すように、アンモニアは尿素水を排気管中に噴霧して、熱分解および加水分解によって発生させる方式が主に使用されている(例えば、特許文献1、特許文献2等)。
【0005】
【化2】

【0006】
このようなSCR脱硝に使用される尿素水溶液は、SCR触媒に対する触媒毒としての各種のカチオン成分の影響を避けるために、純度に関する規格が検討され、現在ディーゼル車の車載SCR用尿素水溶液(32.5質量%)には、DIN 70 070が規格として存在する。
【0007】
尿素水溶液の純度は、原料尿素と原料水の純度に依存し、高純度の尿素水を製造することは、コスト面を度外視すれば、技術的には容易である。
【0008】
一方、尿素水の化学的特性として溶液の状態で、常温においても、尿素の加水分解が徐々に進行して、前記化学式(2)によってpHが徐々に上昇する。図1はこのようなpH変化の状態を示す一例であり、尿素水溶液のpHは経時的に変化し、pH9以上に達する。
【0009】
この反応はウロキナーゼ等の酵素による自然界での尿素分解作用と結果的には同一であり、実際の使用において、環境中から尿素水に混入したウロキナーゼ等による尿素の分解もpHの上昇に強く関係している。
【0010】
SCR用尿素水を工業的に製造し、輸送、保管さらには車載状態で使用する際に、尿素水溶液からアンモニアを発生することは、腐食や臭気などの点から不都合である。
【0011】
これまで、SCR脱硝は主としてディーゼル発電装置といった据え置き型装置の排煙脱硝に用いられて来た技術であり、ディーゼル車の車載SCRは環境規制の動向に従って、最近検討がなされてきたものである。このため、据え置き型装置用としては、あまり問題とならなかった事項が、車載用の環境下では、尿素水溶液に対する温度条件の過酷さや、環境からの汚染という問題も加わって、解決されなければならない課題として浮き上がってきたものである。
【0012】
このような背景から、尿素水溶液の化学的安定性並びに滅菌性といった諸問題に関しては先行する技術は現況提唱されていない。
【0013】
【特許文献1】特開昭53−112273号公報
【特許文献2】特開昭63−190623号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
前記したように、SCR脱硝をディーゼル車の排煙脱硝に応用する上では、SCR脱硝用還元剤としての特性を損なわない範囲で、さらにはディーゼル車への車載という実用上での制約の中で、ウロキナーゼ等の酵素や尿素分解作用を有する微生物の混入に起因する、尿素水溶液からの過剰のアンモニアの生成を防止するという課題がある。また、種々のカビの胞子が、外部環境から尿素水溶液中に混入し、増殖することで、尿素水溶液中に多くの異物が発生することを防止する必要もある。ウロキナーゼ等の酵素や尿素分解作用を有する微生物を不活性にするためには、一般に使用される塩素系等の殺菌剤や消毒剤が有効であるが、SCR脱硝においては、脱硝触媒への影響から塩素等の成分は使用ができない。また、加熱処理によって滅菌することも、SCR脱硝用還元剤に対しては適用し得ないものである。さらに、一般の環境下ではウロキナーゼ等は容易に尿素および尿素水溶液に浸入して汚染を起こす。特に、一般に容易に入手できる尿素(粒状)は、肥料用とに解放系でバルクで扱われ、リン酸、カリウムといった他の肥料成分などとの混入の可能性も極めて高いので、尿素水溶液の原料尿素(粒状)は、微生物の繁殖には好ましい栄養条件にあり、尿素原料の状態ですでにこれらによって発生したアンモニアが付着している。
【0015】
従って本発明は、安定化され滅菌された尿素水溶液の製造方法を提供することを課題とする。本発明はさらに、車載用のSCR脱硝に使用する尿素水溶液として適した、保管中および使用中におけるカビ、細菌等の微生物の増殖や変質を抑制し、有害なアンモニアガスの発生と臭気を防止することのできる尿素水溶液およびその製造方法を提供することを課題とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0016】
上記課題を解決する本発明は、尿素濃度が30〜50質量%の尿素水溶液に対し、二酸化炭素を溶解させてpH値を7.5以下に調整した後、該水溶液に過酸化水素を添加することを特徴とする滅菌された尿素水溶液の製造方法である。
【0017】
上記課題を解決する本発明は、また、予め二酸化炭素を溶解した水を用いて、尿素を溶解し、尿素濃度が30〜50質量%でかつpH値を7.5以下に調整した尿素水溶液に対し、過酸化水素を添加することを特徴とする滅菌された尿素水溶液の製造方法である。
【0018】
上記課題を解決する本発明は、また、上記に記載の製造方法により製造されたことを特徴とする滅菌された尿素水溶液である。
【0019】
本発明はまた、選択的触媒脱硝に使用されるものである上記尿素水溶液を示すものである。
【0020】
本発明はさらに、40℃以下で1年間の密封保管下で、pHが8.0以下に維持されていることを特徴とする上記尿素水溶液を示すものである。
【発明の効果】
【0021】
本発明の製造方法により製造した尿素水溶液は、過酸化水素が有効に作用するpH領域に長期間安定して維持されるため、従来の方法で製造された尿素水溶液とは異なり、保管中にウロキナーゼ等の作用によるアンモニア発生とそれに伴うpH上昇が回避されるため、臭気の発生が抑制される。具体的には、製造直後でpH7.5以下、1年間の長期保存でpH8.0以下の範囲に抑制可能である。この結果として、pHが高いことによるアルミニウム等の金属類に対する腐食も防止できる。このことは、特に温度環境が厳しいディーゼル車に対する車載用SCRにおける尿素水溶液の扱いにおいて有利であり、タンクや配管等の腐食を惹起しないので、長期間にわたって安定な運転が可能となる。また、黒麹カビなどに代表される微生物が増殖し、固形異物が増加することもなく、上記DIN規格の不溶成分の規格値(<5mg/kg)を上回ることもなく、脱硝装置における尿素水フィルターの閉塞を来たすこともなく、メンテナンス面においても良好なものとなるものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
以下、本発明を実施形態に基づきより具体的に説明する。
【0023】
尿素水溶液がSCR脱硝の還元剤として要求される特性から、最終的に分解残渣の残らない成分を殺菌剤として使用して、ウロキナーゼやカビ胞子等を殺菌する方法を選択せざるを得ない。表1にDIN 70 070規格の尿素水(32.5%)の特性を示す。
【0024】
【表1】

【0025】
カチオン成分は、0.2ないし0.5mg/kg未満に制限されており、異物(不溶成分)は5mg/kg未満に制限されている。従って、殺菌剤として塩素系化合物やナトリウム塩を成分とするものは、最終的に尿素水溶液中に塩素が残留するので使用が不可能であり、事実上で過酸化水素やオゾンなどの酸素系の殺菌剤に限定されてしまう。ここで、オゾンは殺菌力が強力ではあるが、オゾンガスの発生装置が必要であることと、尿素水溶液への溶解装置が別途必要であるため採用が困難である。従って、過酸化水素(水溶液)が最も使用方法が間便で好ましい殺菌剤であると考えられる。
【0026】
しかしながら、過酸化水素を尿素水溶液の殺菌に使用するためには、過酸化水素が有効に作用する化学的条件を満たす必要がある。過酸化水素は遊離アンモニアが存在するpHの高い状態では直ちに分解(無効分解)するので、持続した殺菌効果は得がたい。
【0027】
このため、本発明者らは、鋭意検討の結果、尿素の加水分解の化学平衡の原理を用い、上記した化学式(2)の反応平衡を左辺にとどめ、右辺へ進行させない手段として、炭酸ガス、すなわち二酸化炭素を溶液中に吹き込む方法を併用して、pHの中性付近での過酸化水素水の作用を継続する化学的環境を調整して、尿素水溶液の滅菌処理を行ったものである。
【0028】
すなわち、本発明に係る尿素水溶液の製造方法は、尿素濃度が30〜50質量%の尿素水溶液に対し、二酸化炭素を溶解させてpH値を7.5以下に調整した後、該水溶液に殺菌剤である過酸化水素を添加することを特徴とするものであり、尿素水溶液の保管中と使用中におけるウロキナーゼ等の作用による尿素の分解を抑制したものである。また、この方法では尿素水に含まれるカビ胞子、微生物等も死滅するので、有効な滅菌方法である。
【0029】
本発明に係る尿素水溶液の製造方法において、尿素濃度を30〜50質量%とするのは、このように高濃度とすることによって、例えば、SCR脱硝に使用した際に、気化分解時における水の潜熱を極力少なくし、アンモニア転化率を良好なものとするためである。なお、濃度が極端に高くなると尿素の加水分解が十分に進行せずアンモニア転化率が低下する虞れがあるため、尿素濃度を上記範囲にすることが望ましい。
【0030】
また、製造時において二酸化炭素を溶解させて尿素水溶液のpHを7.5以下とするのは、上述したように過酸化水素による滅菌作用を継続するためであるが、さらに、遊離アンモニウム等による臭気の問題を抑制し、かつ貯蔵容器、配管等における金属腐食を抑制する上からも望まれるものである。より好ましくは、pHは5.5〜7.5とすることが望ましい。
【0031】
尿素水溶液に二酸化炭素を溶解させる方法としては、尿素水溶液に二酸化炭素ガスを吹き込む方法であっても、あるいは尿素水溶液にドライアイスを添加する方法であっても良いが、一般的には、二酸化炭素ガスを吹き込む方法、例えば、溶液20リットルに対して50〜200ml/min程度の量で、二酸化炭素が飽和溶解するまで吹き込む方法が望ましい。
【0032】
本発明において、尿素原料としては、工業的な観点から、肥料用途などの種々の尿素原料用いることが望ましい。
【0033】
また水としては、一般的に電気伝導度が50〜100μS/cmである、工業用水あるいは水道水をそのまま使用することができるが、この場合、得られる尿素水溶液中には、Ca、Fe、NaおよびKなどのイオン性不純物がある程度、例えば、1〜10mg/kg程度存在することとなる。従って、逆浸透膜処理等によって、電気伝導度を2〜8μS/cm程度とした水を用いることがより望ましい。
【0034】
また、本発明に係る尿素水溶液は、上記したように尿素水溶液に対し、二酸化炭素を溶解する方法に代えて、予め二酸化炭素を溶解させた水を用いて、尿素を溶解することで製造することもできる。すなわち、本発明に係る第2の製造方法は、予め二酸化炭素を溶解した水を用いて、尿素を溶解し、尿素濃度が30〜50質量%でかつpH値を7.5以下に調整した尿素水溶液に対し、過酸化水素を添加することを特徴とするものである。この第2の製造方法においても、二酸化炭素の添加方法、使用する尿素原料および水としては上記と同様のものである。
【0035】
次に、このように、二酸化炭素を添加されpHが7.5以下とされた尿素水溶液に、過酸化水素を添加する方法としては、特に限定されるわけではないが、適当な濃度、例えば、30%濃度の過酸化水素を、100%濃度過酸化水素換算で、50〜5000mg/kg程度、より好ましくは500〜2000mg/kgとなるように、尿素水溶液に添加することが望まれる。添加された過酸化水素は経時的に分解されるが、上記したような所定量を、製造時に添加することで、長期間安定化した滅菌性が保たれることとなる。
【0036】
このようにして製造される本発明に係る尿素水溶液は、長期間にわたり安定化され、過酸化水素水が有効に作用するpH領域に維持されるため、保管中にウロキナーゼ等の作用によるアンモニア発生とそれに伴うpH上昇が回避される。このため、滅菌化された状態を長期間維持できるものとなり、具体的には、例えば、40℃以下の保管条件下において、少なくとも1年間は、pHが8.0以下に維持されているものとなる。
【実施例】
【0037】
以下、本発明を実施例に基づき、より具体的に説明する。
【0038】
実施例1
肥料用尿素を逆浸透処理水で溶解し、40質量%の尿素水溶液を製造した後、これに二酸化炭素ガスを吹き込み、二酸化炭素ガスを飽和後、過酸化水素を添加した結果を比較例とともに表2に示す。二酸化炭素は、尿素水溶液20リットルに対し、100ml/minの割合で吹き込み、pHはほぼ一定となるまで約25分間処理した。この段階でのpHは表2に示すように6.49であった。さらにこの二酸化炭素を吹き込んだ溶液に対して、30%高純度過酸化水素水を67g(100%過酸化水素換算で1000mg/kg相当)添加した。この段階ではpHの変化ならびに外観の変化は見られなかった(試料4)。さらに12ヶ月間室温(10℃±20℃)にて保管した後は、pHが7.64となり(試料5)、同じく12時間保管後の比較例のpH9.45に比較して低い値に維持されていた。臭気(官能試験)と容器上部空間のアンモニア濃度(ガス検知管測定)もpHの変化を裏付ける結果となった。
【0039】
【表2】

【0040】
なお、濃度を32.5質量%とする以外は上記と同様にして調製した尿素水溶液の試料群についても同様の試験を行ったが、40質量%の尿素水溶液とほぼ同様の結果が得られた。
【0041】
実施例2
環境中のカビを尿素水溶液中に取り込んで実験した結果、再現性に乏しく、本発明の過酸化水素水の効果を数値で比較することが難しかったので、実験的に故意に黒麹カビを尿素水溶液に添加して比較実験を行った。得られた結果を比較例とともに表3に示す。過酸化水素を添加しないで黒麹カビ100mg/kgを添加した尿素水溶液の場合(試料1,2)は、12ヶ月後に濁りと沈殿がみられ、2000mg/kg程度の不溶解物が含まれ、これは後にろ過しても完全には除去することができなかった。一方、過酸化水素を添加した試料3(黒麹カビ100mg/kg)と試料4(黒麹カビ1000mg/kg)では、12ヶ月間にカビの増殖はなく、濾過した後の不溶解物は3〜4mg/kgと、上記DIN規格の範囲内であった。
【0042】
【表3】

【0043】
なお、濃度を32.5質量%とする以外は上記と同様にして調製した尿素水溶液の試料群についても同様の試験を行ったが、40質量%の尿素水溶液とほぼ同様の結果が得られた。
【産業上の利用可能性】
【0044】
本発明によれば、二酸化炭素を溶解させ、さらに過酸化水素を添加させることにより、安定化し、かつ滅菌された尿素水溶液を容易にかつ安価にて製造することができる。これによりディーゼル車の車載用やディーゼル発電機等の据え置き型装置用のSCR脱硝用等として、有用な製品を提供することが可能となるものである。
【図面の簡単な説明】
【0045】
【図1】尿素水溶液の尿素溶解後の加熱処理(2時間)によるpH変化の一例を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
尿素濃度が30〜50質量%の尿素水溶液に対し、二酸化炭素を溶解させてpH値を7.5以下に調整した後、該水溶液に過酸化水素を添加することを特徴とする滅菌された尿素水溶液の製造方法。
【請求項2】
予め二酸化炭素を溶解した水を用いて、尿素を溶解し、尿素濃度が30〜50質量%でかつpH値を7.5以下に調整した尿素水溶液に対し、過酸化水素を添加することを特徴とする滅菌された尿素水溶液の製造方法。
【請求項3】
請求項1または2に記載の製造方法により製造されたことを特徴とする滅菌された尿素水溶液。
【請求項4】
選択的触媒脱硝に使用されるものである請求項3に記載の尿素水溶液。
【請求項5】
40℃以下で1年間の密封保管下で、pHが8.0以下に維持されていることを特徴とする請求項3または4に記載の尿素水溶液。

【図1】
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【公開番号】特開2006−110526(P2006−110526A)
【公開日】平成18年4月27日(2006.4.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−303423(P2004−303423)
【出願日】平成16年10月18日(2004.10.18)
【出願人】(502402858)ピュアース株式会社 (5)
【Fターム(参考)】