説明

潤滑剤組成物およびこれを用いた潤滑システム

【課題】極少量の油剤を潤滑しゅう動部に塗布して薄膜状態において高い極圧性と安定した摩擦特性など、優れた潤滑性を示す常温で半固体状の潤滑剤組成物、およびこの潤滑剤組成物を伝動要素機構に用いた潤滑システムの提供。
【解決手段】液状基油を10〜99.9質量%、アミド化合物を0.1〜90質量%、及び固体潤滑剤を1.0〜20質量%又は有機モリブデン化合物をMo量として0.0005〜5質量%含み、常温で半固体状である潤滑剤組成物、及びかかる潤滑剤組成物を、軸受、ギヤ、運動ネジ、直動テーブル、カム、ベルト、チェーン、及びワイヤーロープなどを含む伝動要素機構に用いた潤滑システム。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、常温で半固体状の潤滑剤組成物に関し、特には、高い極圧性と安定した摩擦特性を有する潤滑剤組成物に関する。本発明はさらに該潤滑剤組成物を伝動要素機構に用いた潤滑システムに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、環境対応、省エネルギーが重要なキーテクノロジーとなっている。特に環境課題としては、二酸化炭素排出量の削減、省電力、省エネルギー、資源の有効活用など多々挙げることができる。対象とされる分野も各種の生産産業活動、輸送システムなど様々である。
【0003】
各種産業機械、例えば圧延機、塑性加工機械、工作機械、射出成型機、プレス機、鍛圧機なども精度の高い加工、高信頼性はもとより、省エネルギー化が強く求められている。また圧縮機、真空ポンプにおいても省エネルギー運転が求められる。また自動車、建設機械、農業機械、列車、航空機、船舶などに代表される輸送システムにおいても快適で安定な走行、航行とともに省燃費、省エネルギー化が求められる。さらには家庭電化製品、OA機器、精密機械などの機械システムもさらなる省エネルギー対応を考慮した製品が開発されている。
【0004】
このような機械システムには、軸受、ギヤ、運動ねじ、直動テーブル、カム、ベルト、チェーン、ワイヤーロープなどの伝動要素機構が用途に応じて少なからず組み込まれている。またこれらを適宜組み合わせたシステムも活用されている。軸受については各種の転がり軸受、すべり軸受などがある。ギヤ(歯車)も平歯車やはすば歯車などの平行軸歯車、フェースギヤなどの交差軸歯車、ねじ歯車やハイポイドギヤなどの食違い歯車、ウォームギヤ、遊星歯車、差動歯車など様々なタイプが挙げられる。運動ねじとしてはすべりねじや転がりねじが代表的な例として挙げられる。具体的な伝動要素機構を挙げると、製鉄所をはじめとした金属加工分野で使用される圧延機や塑性加工機などには軸受、テーブルローラー、チェーン駆動、ギヤーカップリングなどがあり、また工作機械、射出成型機、プレス機、鍛圧機、研削機などには軸受、運動ネジ、ギヤ、ベルト、チェーンなどの精密駆動機構部位がある。自動車のパワートレイン系においては、等速ジョイント、ユニバーサルジョイント、軸受、エンジン部周辺では、アクチュエータ、スターター、ギヤ、オルタネータ、軸受、またステアリング周辺では電動パワーステアリング、オーバーランニングなどのラック&ピニオン、チルトテレスコ、サスペンションのボールジョイント機構、制動装置やシャーシーの潤滑、電装部品・電装機構としては、ドアのハンドル部、ドアチェック、ドアヒンジ、ドアロックアクチュエータ、ドアラチャットの各箇所、キーシリンダ、電動ミラー、シートベルト、シート、ウィンドレギュレータ、各種スイッチなどに適宜各種の伝動要素機構が用いられている。また自動二輪車、自転車などではチェーン駆動部位、軸受がある。油圧ショベル、ホイールローダ、ブルドーザー、クレーンなどの建設機械にはガイドブッシュ、ギヤ、軸受があり、農業機械、草刈り機、チェーンソーなどには軸受、ギヤ、チェーン駆動部がある。また鉄道システムには変速ギヤ、レールの軌道切り替え機構があり、航空機や船舶にも各種の軸受やギヤが設けられている。さらには、CD、DVD、磁気テープ、デジタルテーブなどを記録媒体とする各種映像音響情報機器、およびこれらの携帯機器、プリンター、ファクシミリ、複写機などのOA機器、またエアコン、冷蔵庫、掃除機、電子レンジ、洗濯機、健康マッサージ機などの家庭電化製品における軸受、ギヤ、直動ネジ、チェーン駆動、コンピュータ内のハードディスク駆動部、フィルムカメラ、デジタルカメラなどのシャッター機構部、レンズ駆動部、時計のギヤ機構も伝動要素機構の一例として挙げられる。
【0005】
これら伝動要素機構には、用途に応じた各種潤滑油、潤滑剤、グリース、固体潤滑剤、およびこれらを組み合わせた潤滑方法が適用されている。特にグリースは、油漏れしにくく、それぞれの用途に応じた要求性能を有する製品が開発され、実用に供されている。また、鉱油系及び/又は合成系の液状潤滑基油、ビスアミド及び/又はモノアミド、さらには摩擦調整剤を含有する熱可逆性ゲル状の潤滑性を有する組成物が開示されている(特許文献1)。
しかし近年、上記機械システムの高機能化、小型化、長寿命化が強く求められており、潤滑剤にはより一層の高性能化、特には、極少量の油量でも不具合なく潤滑することが求められている。
【特許文献1】WO2006/051671
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は上記課題を解決するもので、本発明の目的は極少量の油剤を潤滑しゅう動部に塗布し、薄膜状態においても高い極圧性と安定した摩擦特性など、優れた潤滑性を示す常温で半固体状の潤滑剤組成物、およびこの潤滑剤組成物を伝動要素機構に用いた潤滑システムを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、前記の課題を解決すべく、潤滑油基油、潤滑性を保持する化学物質、添加剤等、及びそれらの組み合わせについて鋭意研究を進めた結果、本発明に想到した。
【0008】
すなわち、本発明は、次のとおりの潤滑剤組成物及び潤滑システムである。
(1) 液状基油を10〜99.9質量%、アミド化合物を0.1〜90質量%、及び固体潤滑剤を1.0〜20質量%又は有機モリブデン化合物をモリブデン(Mo)量として0.0005〜5質量%含み、常温で半固体状であることを特徴とする潤滑剤組成物。
【0009】
(2) 液状基油が、ポリ−α−オレフィンオリゴマー及び脂肪酸エステルから選択される少なくとも1種である上記(1)に記載の潤滑剤組成物。
【0010】
(3) アミド化合物が、下記の一般式(1)〜(3)で表される少なくとも1種の化合物である上記(1)又は(2)に記載の潤滑剤組成物、
【化1】

【化2】

【化3】

(式(1)〜(3)において、R1、R2、R3、R4、R5及びR6は、それぞれ独立して、炭素数5〜25の飽和又は不飽和の鎖状炭化水素基であり、R2は水素であってもよい、A1及びA2は、炭素数1〜10のアルキレン基、フェニレン基、又は炭素数7〜10のアルキルフェニレン基から選択される炭素数1〜10の2価の炭化水素基である。)
【0011】
(4) 固体潤滑剤が、二硫化モリブデン、グラファイト、窒化ホウ素及びフッ素樹脂から選択される1種以上である上記(1)〜(3)のいずれかに記載の潤滑剤組成物。
(5) 有機モリブデン化合物が、モリブデンジチオカーバメート及びモリブデンジチオフォスフェートの少なくとも1種である上記(1)〜(3)のいずれかに記載の潤滑剤組成物。
【0012】
(6) 上記(1)〜(5)のいずれかに記載の潤滑剤組成物を伝動要素機構に用いたことを特徴とする潤滑システム。
(7) 伝動要素機構が、軸受、ギヤ、運動ネジ、直動テーブル、カム、ベルト、チェーン、及びワイヤーロープの少なくとも1種を含む上記(6)に記載の潤滑システム。
【発明の効果】
【0013】
本発明の潤滑剤組成物によれば、潤滑しゅう動部に少量塗布することにより、しゅう動時において安定した薄膜を形成し、高い極圧性と低い摩擦特性などの優れた潤滑性を長期間示すという格別の効果を奏するものである。また、常温で半固体状の潤滑剤組成物であるから、汎用のグリースの代替はもとより、軸受、ギヤ、運動ネジ、直動テーブル、カム、ベルト、チェーン、ワイヤーロープなどの伝動要素機構、特に自動車のパワーステアリングの潤滑剤として有効に用いることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
本発明は、液状基油を10〜99.9質量%、アミド化合物を0.1〜90質量%、及び固体潤滑剤を1.0〜20質量%又は有機モリブデン化合物をMo量として0.0005〜5質量%含み、常温で半固体状である潤滑剤組成物であり、潤滑を要する伝動要素機構に塗布しておくと、潤滑を要する状態になったとき、液状となって所望の潤滑性能を発揮する。特に、焼付トラブルが心配される低速、高荷重のサービス、極圧潤滑を要するサービスに有用であり、薄膜下で高い潤滑性を示すとともに、油保特性にも優れているため油切れが生じにくいことから焼付が起こりにくくなる。また、本発明の潤滑剤組成物は、伝動要素機構の摺動部が運動を始めると当該摺動部の温度が上昇し、半固体状から液体状態になり狭い摺動部に進入して潤滑剤組成物として働くが、摺動部から離れて摩擦熱が伝播しない部分は半固体の状態を保持するため、いわゆるオイル漏れを心配する必要がなく、周囲を常時清潔に保つことができる。
なお、ここで「常温」とは室内の普通の温度を意味し、具体的には、50℃以下、より一般的には−10〜30℃程度の温度環境をいう。
【0015】
[液状基油]
本発明に用いる液状基油は、鉱油(鉱物油ともいう)、合成油あるいはこれらの混合油を用いることができる。液状基油の物性は、特に限定するものではないが、40℃における動粘度が5〜5000mm2/sのものが好ましく、10〜1000mm2/sのものがより好ましく、さらに好ましくは20〜700mm2/sである。さらに、粘度指数は90以上、好ましくは95〜250であり、流動点は−10℃以下、好ましくは−15〜−70℃であり、引火点は150℃以上であることが好ましい。
【0016】
鉱油としては、原油を常圧蒸留して、さらには減圧蒸留して得られた潤滑油留分を、溶剤脱れき、溶剤抽出、水素化分解、溶剤脱蝋、水素化脱蝋、水素化精製、硫酸洗浄、白土処理等の潤滑油精製手段を適宜組み合わせて処理して得られた精製潤滑油留分を好適に用いることができる。各種の原料と各種の精製手段の組み合わせから得られた性状の異なる精製潤滑油留分を単独で用いてもよいし、2種以上を組み合わせて用いることもできる。
【0017】
また、合成油としては、ポリ-α-オレフィン(PAO)、エチレン-α-オレフィンオリゴマーなどのポリ−α−オレフィンオリゴマー、アルキルナフテン、アルキルナフタレン、グリコール、脂肪酸エステル、シリコーン油、フッ素化油などを挙げることができる。なかでも、ポリ-α-オレフィン、脂肪酸エステルが、粘度特性、酸化安定性、材料適合性、コストの面で優れており、好ましく用いることができる。これらの合成油は、上記の物性を満足するのであれば、単独で用いることもできるし、2種以上を組み合わせて用いることもできる。さらに、上記の鉱油と合成油を任意な混合割合で混合して使用することができる。このとき、鉱油と合成油はそれぞれ複数用いてもかまわない。
【0018】
ポリ−α−オレフィンは、化学的に不活性であり、粘度特性に優れ、幅広い粘度を有するものが市販されておりコスト面でも好ましい。ポリ−α−オレフィンは、1−デセンや1−ドデセン、あるいは1−テトラデセンなどのオレフィンオリゴマーを重合し、重合度2〜10の範囲で、これら重合物を粘度調整のために適宜配合したものを好ましく使用することができる。
【0019】
脂肪酸エステルも様々な分子構造の化合物が市販されており、それぞれ特有の粘度特性(高粘度指数、低流動点)を有し、同一粘度である炭化水素系基油と比べると引火点が高い特徴がある基油である。脂肪酸エステルは、アルコールと脂肪酸を脱水縮合反応して得ることができるが、本発明においては、化学的な安定性の面で、ジエステル、ポリオールエステル、またはコンプレックスエステルを好適な液状基油成分として挙げることができる。
【0020】
ジエステルとしては、炭素数4〜14の二塩基酸と、炭素数5〜18のアルコールとのエステルが好ましく用いられる。ここで、二塩基酸としては、具体的には、アジピン酸、アゼライン酸、セバシン酸、ウンデカン二酸、ドデカン二酸等が挙げられ、アジピン酸、アゼライン酸、セバシン酸が好ましい。アルコールとしては、炭素数が6〜12の1価アルコール、特には8〜10の炭化水素基に分岐を有する1価アルコールが好ましい。具体的には、2−エチルヘキサノール、3,5,5−トリメチルヘキサノール、デシルアルコール、ラウリルアルコール、オレイルアルコール等が挙げられる。
【0021】
また、ポリオールエステルとしては、ネオペンチルグリコール、トリメチロールエタン、トリメチロールプロパン、トリメチロールブタン、ジ−(トリメチロールプロパン)、トリ−(トリメチロールプロパン)、ペンタエリスリトール、ジ−(ペンタエリスリトール)、トリ−(ペンタエリスリトール)等のヒンダードアルコールと炭素数1〜24の脂肪酸とのエステルが好ましい。脂肪酸において、その炭素数は特に制限されるものではないが、炭素数1〜24の脂肪酸の中でも、潤滑性の点から炭素数3以上のものが好ましく、炭素数4以上のものがより好ましく、炭素数5以上のものが更に好ましく、炭素数7以上のものが特に好ましい。具体的には、ペンタン酸、ヘキサン酸、ヘプタン酸、オクタン酸、ノナン酸、デカン酸、ウンデカン酸、ドデカン酸、トリデカン酸、テトラデカン酸、ペンタデカン酸、ヘキサデカン酸、ヘプタデカン酸、オクタデカン酸、ノナデカン酸、イコサン酸、オレイン酸等が挙げられ、これらの脂肪酸は直鎖状脂肪酸、分枝状脂肪酸のいずれであってもよく、更にはα炭素原子が4級炭素原子である脂肪酸(ネオ酸)であってもよい。これらの中でも、吉草酸(n−ペンタン酸)、カプロン酸(n−ヘキサン酸)、エナント酸(n−ヘプタン酸)、カプリル酸(n−オクタン酸)、ペラルゴン酸(n−ノナン酸)、カプリン酸(n−デカン酸)、オレイン酸(cis−9−オクタデセン酸)、イソペンタン酸(3−メチルブタン酸)、2−メチルヘキサン酸、2−エチルペンタン酸、2−エチルヘキサン酸及び3,5,5−トリメチルヘキサン酸が好ましく用いられる。
【0022】
また、二塩基酸と多価アルコールと一価カルボン酸または一価アルコールから合成されるコンプレックスエステルも好ましく用いられる。鉱物油は、より汎用な基油で、コスト面、粘度特性、酸化安定性などのバランスが取れている。これら基油のうち、ポリ−α−オレフィンは、性能面、コスト面で最も優れた基油として使用することができる。
【0023】
[アミド化合物]
本発明に用いるアミド化合物は、アミド基(−NH−CO−)を1つ以上有する脂肪酸アミド化合物であり、次の式(1)で表されるアミド基が1個のモノアミド、及び式(2)及び(3)で表されるアミド基を2個有するビスアミドを好ましく用いることができる。
【化4】

式中、R1及びR2は、それぞれ独立して、炭素数5〜25の飽和又は不飽和の鎖状炭化水素基であり、さらに、R2は水素であってもよい。
【化5】

【化6】

式(2)及び(3)において、R3、R4、R5及びR6は、それぞれ独立して、炭素数5〜25の飽和又は不飽和の鎖状炭化水素基であり、A1及びA2は、炭素数1〜10のアルキレン基、フェニレン基又は炭素数7〜10のアルキルフェニレン基から選択される炭素数1〜10の2価の炭化水素基である。なお、アルキルフェニレン基の場合、フェニレン基とアルキル基及び/又はアルキレン基の2個以上とが結合したかたちの2価の炭化水素基であってもよい。
【0024】
モノアミド化合物は、上記式(1)で表されるが、R1及びR2を構成する水素の一部は水酸基で置換されていてもよい。このようなモノアミド化合物として、具体的には、ラウリン酸アミド、パルミチン酸アミド、ステアリン酸アミド、ベヘン酸アミド、ヒドロキシステアリン酸アミド等の飽和脂肪酸アミド、オレイン酸アミド、エルカ酸アミドなどの不飽和脂肪酸アミド、及びステアリルステアリン酸アミド、オレイルオレイン酸アミド、オレイルステアリン酸アミド、ステアリルオレイン酸アミド等の飽和又は不飽和の長鎖脂肪酸と長鎖アミンによる置換アミド類などが挙げられる。
これらのモノアミド化合物の中でも、式(1)のR1及びR2がそれぞれ独立して炭素数12〜20の飽和鎖状炭化水素基のアミド化合物及び/又はR1とR2の少なくともいずれか一方が炭素数12〜20の不飽和鎖状炭化水素基のアミド化合物であることが好ましく、両アミド化合物の混合物がより好ましい。さらに不飽和鎖状炭化水素基が炭素数18の不飽和結合を有するオレイル基であるモノアミド化合物が好ましい。具体的にはオレイン酸アミド、オレイルオレイン酸アミドが好ましく、摺動部に薄膜を形成し、保持し、焼付トラブルの解消に効果的な薄膜保持性を確保する。
【0025】
ビスアミド化合物としては、ジアミンの酸アミド又はジ酸の酸アミドのかたちをした上記式(2)又は(3)でそれぞれ表される化合物である。なお、式(2)及び(3)でR3、R4、R5及びR6、さらにA1及びA2で表される炭化水素基において、一部の水素が水酸基(−OH)で置換されていてもよい。
式(2)で表されるアミド化合物として、具体的には、エチレンビスステアリン酸アミド、エチレンビスイソステアリン酸アミド、エチレンビスオレイン酸アミド、メチレンビスラウリン酸アミド、ヘキサメチレンビスオレイン酸アミド、ヘキサメチレンビスヒドロキシステアリン酸アミド、m−キシリレンビスステアリン酸アミド等が挙げられる。式(3)で表されるアミド化合物として、具体的には、N,N’−ジステアリルセバシン酸アミド等が挙げられる。
【0026】
これらビスアミド化合物の中でも、モノアミド化合物の場合と同様に、式(2)のR3とR4及び式(3)のR5とR6がそれぞれ独立して炭素数12〜20の飽和鎖状炭化水素基のアミド化合物及び/又はR3とR4及びR5とR6の少なくともいずれか一方が炭素数12〜20の不飽和鎖状炭化水素基のアミド化合物であることが好ましく、両アミド化合物の混合物がより好ましい。さらに不飽和鎖状炭化水素基が炭素数18の不飽和結合を有するオレイル基であるビスアミド化合物が薄膜保持性を確保する上で好ましい。このような化合物として、エチレンビスオレイン酸アミド、ヘキサメチレンビスオレイン酸アミドなどが挙げられる。
【0027】
アミド化合物は、液状基油と均一に混合すると、常温でゲル状の潤滑性を有する組成物を形成する。この組成物と後述の固体潤滑剤又は有機モリブデン化合物を均一に配合して本発明の常温で半固体状(ゲル状)の潤滑剤組成物を調製する。したがって、アミド化合物は、液状基油を半固体状化(ゲル化)する半固体状化化合物として働くとともに、潤滑剤組成物本来の潤滑特性を発揮する状況においては、摩擦熱で融解して液体の潤滑剤組成物として働くことになる。常温で半固体、高温で液体の状態で使用されることを考えると、好ましく用いられるアミド化合物としては、融点は50〜200℃が好ましく、より好ましくは80〜180℃であり、さらに分子量は100〜1000が好ましく、より好ましくは150〜800である。
【0028】
また機械システムの設計上の制約から極少量の油剤しか用いることができない摺動部で厳しい潤滑環境下においても焼付きなどを起こさないためには、摺動表面に油剤が強固に吸着・付着し、油膜を保持しなければならない。そのためには付着性を有する油剤が必要であるが、本発明では、半固体状化化合物であるアミド化合物の炭化水素基が不飽和鎖状であると付着性が増すことを見出した。付着性が増すと摺動表面へ薄膜状に塗布することができ、厳しい潤滑環境においても油膜切れを起こしにくくなり、潤滑性能が向上する。不飽和鎖状炭化水素基としては、炭素数12〜20の不飽和結合を有するアルケニル基、特には炭素数18の不飽和結合を有するオレイル基であるビスアミド化合物が好ましい。
【0029】
アミド化合物は、仕上がりの常温で半固体状である潤滑剤組成物に0.1〜90質量%含まれるように配合する。アミド化合物の配合量が、0.1質量%未満では、常温でゲル状の組成物を形成することができず、一方、90質量%を超えて配合しても硬くなりすぎてハンドリングしにくくなり、好ましくない。より好ましい配合量は1〜80質量%である。
【0030】
[固体潤滑剤及び有機モリブデン化合物]
本発明の潤滑剤組成物では、高い潤滑性を実現するために、固体潤滑剤を1.0〜20質量%又は有機モリブデン化合物をMo量として0.0005〜5質量%配合する。両者を配合することが特に好ましい。
本発明の潤滑剤組成物で用いることのできる固体潤滑剤としては、層状構造化合物である二硫化モリブデン、グラファイトや窒化ホウ素、さらにポリイミド、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)などのフッ素樹脂が挙げられる。
固体潤滑剤は、本発明の潤滑剤組成物に1〜20質量%、好ましくは2〜10質量%含有されるよう配合する。含有量が1質量%未満では、固体潤滑剤と配合する意味がなく、また20質量%を超えて配合しても増量分に見合う潤滑性の効果が得られず、また安定的に基油中に分散できない。
【0031】
これら固体潤滑剤は、微粒子状で基油に均一に分散できれば特に粒子径などの制約はなく使用することができるが、沈降することなく安定に分散させるためにも0.01〜100μm、さらには0.1〜10μmの粒子径がより好ましい。またこれら固体潤滑剤をあらかじめ希釈油、希釈溶剤に均一分散させたものも適宜使用することができる。これら固体潤滑剤のうち、層状構造化合物、特に二硫化モリブデンは、摺動部に形成される潤滑被膜が厳しい潤滑域で効果的に低摩擦特性に寄与するのでより好ましい。
【0032】
本発明の潤滑剤組成物に効果的に用いることのできる有機モリブデン化合物としては、モリブデンジチオカーバメート(MoDTC)、モリブデンジチオフォスフェート(MoDTP)などを挙げることができる。これらの化合物は単独で用いることができるが、2種以上を組み合わせて用いることもできる。特に無機モリブデン化合物と有機モリブデン化合物とを組み合わせて用いるとより大きな潤滑性の向上効果が得られる。したがって、二硫化モリブデンと、MoDTC及び/又はMoDTPを組み合わせて用いることが好ましい。この場合、無機モリブデン化合物と有機モリブデン化合物との混合割合はモリブデン原子を基準にして0.5:1〜150:1が好ましく、より好ましく1:1〜20:1である。
【0033】
無機モリブデン化合物および有機モリブデン化合物は、モリブデン原子を基準にして、仕上がりの常温で半固体状である潤滑剤組成物に好ましくは0.02〜20質量%、特に好ましくは0.1〜10質量%含まれるように配合する。配合割合が0.02質量%未満では潤滑性の向上効果が得られず、また一方で、20質量%を超えて配合しても配合に見合う潤滑性の向上効果が得らないばかりでなく、基油に安定に溶解しないなど添加量が多すぎることによって悪影響を受けることがある。
【0034】
[潤滑剤組成物の調製]
本発明の常温で半固体状である潤滑剤組成物は、特に限定するものではないが、液状基油、アミド化合物、固体潤滑剤及び有機モリブデン化合物を上記の配合割合で均一に混合することによって調製することができる。例えば、液状基油、アミド化合物、固体潤滑剤及び有機モリブデン化合物をそれぞれ所定量計り取り、液状基油とアミド化合物(半固体状化化合物)を融点以上に加熱して液体状態で固体潤滑剤及び有機モリブデン化合物を加えて均一になるよう攪拌した後、冷却して半固体状にすることにより得ることができる。二硫化モリブデンは粉末固体であるから液体のオイルに均一に混合しにくく、特に二硫化モリブデンはオイルに不溶性で不活性な無機化合物であるから液体の中に均一に分散させることが難しい。そこで、液状基油や有機モリブデン化合物を融点以上に加熱したアミド化合物と均一に混合した後、冷却して得られた半固体状の組成物に二硫化モリブデンを練り込んで各成分が均一に混合された常温で半固体状である潤滑剤組成物を調製してもよい。
【0035】
本発明の組成物には、さらに周知の極圧剤、腐食防止剤、摩耗防止剤、防錆剤、酸化防止剤、及び消泡剤などの添加剤を適宜配合することができる。極圧剤、摩耗防止剤としてジアルキルジチオリン酸亜鉛、硫黄系化合物、リン系化合物など、腐食防止剤としてのチアジアゾール誘導体、ベンゾトリアゾールおよびこの誘導体、防錆剤として脂肪酸部分エステル、金属スルフォネート、リン系化合物など、酸化防止剤としてフェノール系、アミン系化合物など、及び消泡剤としてシリコーン系化合物、PMAポリマー、流動点降下剤、粘度指数向上剤としてPMAポリマーなどが挙げられる。また、前記各種の添加剤は、数種が予め混合されたいわゆる添加剤パッケージの形で用いることもできる。
【0036】
本発明の常温で半固体状である潤滑剤組成物は、潤滑作用を要する機械機構(摺動部)に適用すると、摺動時には摩擦熱によって液体に状態を変え摺動部に浸透して、金属や樹脂などの摺動部を構成する固体の表面に薄膜を形成して摺動部を潤滑する。摺動が停止すれば、温度が低下し、液体状態であった潤滑剤組成物は再び半固体状(ゲル状)に戻る。また、本発明の潤滑剤組成物は、特に高焼付荷重、低摩擦係数といった優れた摩擦特性を有し、さらにこの優れた摩擦特性を長期にわたって持続することから、用途としては低速、高荷重の極圧サービスに好適であり、また、潤滑剤の補給がしにくい摺動部や一旦組み立てたら開放することのない構造のデバイスの摺動部にも好適に用いることができる。さらに、本発明の潤滑剤組成物は、使用、不使用にともなう昇温、冷却ストレスを繰り返して受けてもゲル(半固体状)構造が再構築されるから、油漏れによる汚染を回避できる。
【0037】
したがって従来のグリース代替として十分使用できることに加えて、例えば、軸受、ギヤ、運動ねじ、直動テーブル、カム、ベルト、チェーン、ワイヤーロープなどの伝動要素機構に、それも高負荷の伝動要素機構に好適に使用することができる。特に好ましい用途としては、ウォームギヤや遊星歯車などで構成される変速ギヤなどが挙げられ、各種輸送機械システム、さらには自動車のパワーステアリングなどもその用途として挙げられる。
【実施例】
【0038】
以下に、実施例を用いて本発明をより詳しく説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0039】
[液状基油]
実施例及び比較例用の潤滑剤組成物を調製するために次の3種類の液状基油を用いた。
基油A:市販されているポリ−α−オレフィン(PAO;Mobil社製SHF−400:粘度グレードVG400)
基油B:VG100の鉱物油(ジャパンエナジー社製500ニュートラル油)
基油C:脂肪酸エステル(ユニケマ社製Priolube 2087、コンプレックスエステル)
この3種類の液状基油の物性を表1に示す。なお、これらの液状潤滑基油には、酸化防止剤、摩耗防止剤などの添加剤があらかじめ所定量配合されており、潤滑油としての基本性能(酸化防止、摩耗防止など)を有している。
【0040】
【表1】

【0041】
[アミド化合物]
液状基油に配合し、半固体状化するために以下のアミド化合物を用いた。
アミドA:エチレンビスオレイン酸アミド(日本化成製、スリパックスO)、融点119℃
アミドB:N−ステアリルステアリン酸アミド(日本化成製、ニッカアマイドS)、融点95℃
【0042】
[固体潤滑剤]
固体潤滑剤としては次の2種類の化合物を用いた。
MoS2:二硫化モリブデン、粒子径1μm、Mo量60質量%、
PTFE:ポリテトラフルオロエチレン微粒子KD−300AS(喜多村製)、粒子径0.3μm、鉱油物希釈、PTFE濃度40%
[有機モリブデン化合物]
MoDTC:アデカサクラルーブ515(ADEKA製)、Mo量10質量%、動粘度(40℃)700mm2/s
【0043】
[潤滑剤組成物の調製]
上記液状基油として基油A(PAO)及び基油B(鉱油)を、アミド化合物としてアミドA(エチレンビスオレイン酸アミド)及びアミドB(N−ステアリルステアリン酸アミドを、そしてモリブデン化合物としてMoS2(二硫化モリブデン)及びMoDTC(モリブデンジチオカーバメート)を用いて以下の手順で実施例1〜10及び比較例1、2の供試油(潤滑剤組成物)を調製した。
ステンレス製のビーカーに、液状基油、アミド化合物及びモリブデン化合物を表2の上部に示す仕上がり供試油に対する割合(質量%)で、それぞれ約100mlの供試油が得られるように所定量計り取り、卓上電磁ヒーターを用い、アミド化合物の融点以上(融点+20℃)に加温しながら撹拌した。均一に溶解したことを外観の観察で判断した後、均一溶解液を耐熱ガラス容器(内径60mm×高さ90mm)に約100mlを移し、放冷し、実施例1〜10及び比較例1、2の常温で半固体状の潤滑剤組成物を調製した。
【0044】
半固体状潤滑剤組成物として従来から用いられている市販のリチウム(Li)グリースを比較対象(比較例2)として評価した。このLiグリースはMo系添加剤(Moとして、7%)を含有し、グリースのちょう度分類は、ちょう度番号2号(混和ちょう度範囲265〜295)に相当する。
【0045】
[評価方法]
実施例及び比較例の各潤滑剤組成物及びLiグリースの評価試験(焼付荷重及び摩擦係数の測定)を以下に記した方法に従って実施した。その結果を表2の下部に示す。
(1)FALEX焼付試験
ASTM D3233に記載されているFALEX試験機を用い、ブロック/ピンの組み合わせでの焼付荷重を測定した。V字ブロックおよびピンの材質は、AISI鋼である。回転数300rpm、連続荷重、室温で測定を開始した。一般的な評価は、ブロック/ピンが全て供試油に浸せきした状態で測定されるが、本評価では、2個のV字ブロックのV字部分(三角柱)のみに供試油を塗布し、少量の供試油における焼付荷重を記録した。なお試験中の供試油の補給は実施しなかった。
【0046】
(2)HFRR試験
JPI−5S−50−98(石油学会規格、軽油−潤滑性試験方法)に規定されているHFRR試験機(PCS Instruments社製HFRR D−826)を用いて摩擦係数を測定した。ボールは、直径4mmであり、材質はSUJ−2である。ディスクは、直径9mm、厚さ5mmであり、材質はSUJ−2である。供試油はディスク表面に塗布量として0.0003g/cm2となるように極めて薄く塗布した。試験は、荷重300gf、振幅数50Hz、振幅1.0mm、温度25℃で10分間往復摩擦を行った。
【0047】
【表2】

【0048】
実施例1〜10は、FALEXでの焼付荷重が、1500〜2100LBF(ポンド)あり、高い極圧性能を示している。一方、比較例1、2は焼付荷重が実施例よりは低い値であった。また、HFRR試験では、実施例1〜10の摩擦係数が0.12〜0.14と安定な値を示しているが、比較例では、摩擦時間10分を待たずに焼付が生じた。以上の結果から、実施例では、極少量の油剤であっても、高い極圧性を示し、かつ薄膜状に塗布されても強固な摩擦被膜を形成することが分かった。
【産業上の利用可能性】
【0049】
以上から明らかなように、本発明による常温で半固体状の潤滑剤組成物は、汎用グリースに比べ、極少量の使用量で、薄膜状態を形成し、高い極圧性と安定した摩擦特性を示す。特に安定した摩擦特性(低摩擦係数)は、省エネルギーに寄与する。したがって、伝動要素機構、例えば、軸受、ギヤ、運動ねじ、カム、ベルト、チェーン、ワイヤーロープなどの機構からなる機械システムに適用し利用することにより省エネルギーが実現でき、かつ極圧性が高いことから機械システムのロングライフ化に貢献できることが期待できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
液状基油を10〜99.9質量%、アミド化合物を0.1〜90質量%、及び固体潤滑剤を1.0〜20質量%又は有機モリブデン化合物をモリブデン(Mo)量として0.0005〜5質量%含み、常温で半固体状であることを特徴とする潤滑剤組成物。
【請求項2】
液状基油が、ポリ−α−オレフィンオリゴマー及び脂肪酸エステルから選択される少なくとも1種である請求項1に記載の潤滑剤組成物。
【請求項3】
アミド化合物が、下記の一般式(1)〜(3)で表される少なくとも1種の化合物である請求項1又は2に記載の潤滑剤組成物、
【化1】

【化2】

【化3】

(式(1)〜(3)において、R1、R2、R3、R4、R5及びR6は、それぞれ独立して、炭素数5〜25の飽和又は不飽和の鎖状炭化水素基であり、R2は水素であってもよい、A1及びA2は、炭素数1〜10のアルキレン基、フェニレン基、又は炭素数7〜10のアルキルフェニレン基から選択される炭素数1〜10の2価の炭化水素基である。)
【請求項4】
固体潤滑剤が、二硫化モリブデン、グラファイト、窒化ホウ素及びフッ素樹脂から選択される1種以上である請求項1〜3のいずれかに記載の潤滑剤組成物。
【請求項5】
有機モリブデン化合物が、モリブデンジチオカーバメート及びモリブデンジチオフォスフェートの少なくとも1種である請求項1〜3のいずれかに記載の潤滑剤組成物。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれかに記載の潤滑剤組成物を伝動要素機構に用いたことを特徴とする潤滑システム。
【請求項7】
伝動要素機構が、軸受、ギヤ、運動ねじ、直動テーブル、カム、ベルト、チェーン、及びワイヤーロープの少なくとも1種を含む請求項6に記載の潤滑システム。

【公開番号】特開2008−231293(P2008−231293A)
【公開日】平成20年10月2日(2008.10.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−74278(P2007−74278)
【出願日】平成19年3月22日(2007.3.22)
【出願人】(304003860)株式会社ジャパンエナジー (344)
【Fターム(参考)】