説明

炭素系材料の分析方法

【課題】炭素系材料中のsp炭素−炭素結合量とsp炭素−炭素結合量との概算的な割合を精度よく求めることができる炭素系材料の分析方法を提供する。
【解決手段】X線吸収分光法により炭素系材料のk殻吸収端スペクトルを測定し、得られたk殻吸収端スペクトルから、sp結合量に相応する量Aと、sp結合量全体に相応する量Bと、sp炭素−炭素結合以外のsp結合量に相応する量B1とを求め、前記量Aをsp炭素−炭素結合量とみなし、前記量Bから前記量B1を引いた量B2をsp炭素−炭素結合量に相応する量とみなして、sp炭素−炭素結合量とsp炭素−炭素結合量との概算的な割合を求める。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、X線吸収分光法を用いて炭素系材料の炭素原子の結合状態を評価する炭素系材料の分析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
炭素原子のみからなる炭素系材料は、炭素原子のみで構成されているにもかかわらず、さまざまな種類の材料がある。例えば、ダイヤモンド、グラファイト、アモルファスカーボン(a−c)、ダイヤモンドライクカーボン(DLC)、テトラヘドラルアモルファスカーボン(ta−c)、フラーレン、カーボンナノチューブ、カーボンナノコイル、炭素繊維などがある。
【0003】
炭素系材料が、このように種々の構造を有するのは、結晶と非晶質との違いに加え、炭素原子が、sp炭素−炭素結合と、sp炭素−炭素結合の結合状態を持つことによる。なお、正確にはsp炭素−炭素結合も存在するが、かかる結合は不安定であり、通常の物質中には含まれないので、実用上は、sp炭素−炭素結合とsp炭素−炭素結合とを考えればよい。
【0004】
例えば、ダイヤモンドは、sp炭素−炭素結合からなる結晶であり、炭素原子がsp炭素−炭素結合により3次元的な四面体構造をなしており、非常に強固である。また、グラファイトは、sp炭素−炭素結合からなる結晶であり、炭素原子がsp炭素−炭素結合により平面な構造をなし、C面でへき開性を示す。また、フラーレンやカーボンナノチューブは、sp炭素−炭素結合からなる巨大分子とみなすことができる。また、アモルファスカーボンは、非晶質の炭素系材料であり、炭素原子がsp炭素−炭素結合とsp炭素−炭素結合とで構成され、sp炭素−炭素結合を多く含むほど四面体構造のネットワークが形成され易く、硬くなるとされる。sp炭素−炭素結合の存在割合などによって、ダイヤモンドライクカーボン、テトラヘドラルアモルファスカーボンなどと呼称される。
【0005】
このように、炭素系材料、特にアモルファスカーボン、ダイヤモンドライクカーボン、テトラヘドラルアモルファスカーボンなどのようなsp炭素−炭素結合とsp炭素−炭素結合とで構成される非晶質の炭素系材料においては、硬度などの種々の特性はsp炭素−炭素結合とsp炭素−炭素結合との割合に依存しているので、炭素原子の結合状態を評価することが重要な課題となっている。
【0006】
炭素系材料中の炭素原子の結合状態を評価するにあたり、従来より、核磁気共鳴法(Nuclear Magnetic Resonance:NMR)、電子線エネルギー損失分光法(Electron Energy Loss Spectroscopy:EELS)、ラマン分光法などが用いられている。
【0007】
また、下記特許文献1には、X線光電子分光法(XPS)を利用して、カーボン薄膜中の炭素原子の結合状態を評価する方法が開示されている。
【0008】
また、下記非特許文献1には、X線吸収分光法(XAFS)を利用して、カーボン薄膜を評価する方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2004−138508号公報
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】吉武剛 吸収端近傍X線吸収微細構造による超ナノ微結晶ダイヤモンド/アモルファスカーボン薄膜の評価 九州シンクロトロン光研究センター平成19年度研究成果報告会実施報告書 p41
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
しかしながら、核磁気共鳴法における分析では、100mg以上の試料が必要であるため、測定試料が薄膜である場合には、測定が困難であった。このため、ナノメートルオーダーの極薄膜については実際上、不可能であった。
【0012】
また、電子線エネルギー損失分光法では、ナノメートルオーダーの極薄膜を分析することに適しているが、エネルギー分解能が低いため分析精度に問題があった。
【0013】
また、ラマン分光法では、sp炭素−炭素結合を検出できないので、sp炭素−炭素結合をほとんど含有しない炭素系材料は、評価ができず、適用範囲が限られる問題があった。また、測定試料の厚みがナノメートルオーダーになると信号が検出できず、ナノメートルオーダーの極薄膜については実際上、不可能であった。
【0014】
また、上記特許文献1に開示された方法では、sp炭素−炭素結合と、sp炭素−水素結合とを区別できないので、測定試料としては、sp炭素−水素結合を含まない炭素系材料に限定され、実用的ではなかった。
【0015】
一方、X線吸収分光法により測定されるカーボン膜のk殻吸収端スペクトルでは、sp炭素−炭素結合に含まれるπに起因するピークと、sp炭素−炭素結合に含まれるσに起因するピークがそれぞれ分離して現れる。このため、X線吸収分光法により炭素系材料の結合状態を評価することができる。また、X線吸収分光法は、感度も良いため1nm以下の極薄膜の評価も可能である。しかしながら、X線吸収分光法のスペクトル解析は、一般化した解析手法が確立しておらず、スペクトル解析は困難であった。このため、X線吸収分光法による分析では、現在では定性的な評価に留まり、sp炭素−炭素結合とsp炭素−炭素結合との割合を定量的に評価する手法はこれまで知られていなかった。
【0016】
したがって、本発明の目的は、炭素系材料中のsp炭素−炭素結合量とsp炭素−炭素結合量との概算的な割合を精度よく求めることができる炭素系材料の分析方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明者は、上記目的を達成するにあたり、種々検討した結果、X線吸収分光法では、炭素系材料中の炭素原子の結合状態を定量的に評価することが困難である理由として、1)sp炭素−水素結合もσピークの起因となるため、σピークをsp炭素−炭素結合とみなすことができないこと、2)アモルファスカーボンにH元素やN元素を添加することでグラファイトの結晶性が乱れていくと、πのピーク強度が減少して、σのピーク強度が増大していく傾向にあり、その結果、見た目のsp炭素−炭素結合の割合が増加したように見えること、に起因するためであると考えた。そこで、炭素系材料中のsp炭素−炭素結合量とsp炭素−炭素結合量との概算的な割合を評価するにあたり、これらの二つ要因を除く必要があると考え、本発明に至った。
【0018】
すなわち、本発明の炭素系材料の分析方法は、ダイヤモンド、グラファイト、アモルファスカーボン、ダイヤモンドライクカーボン、テトラヘドラルアモルファスカーボン、フラーレン、カーボンナノチューブ、カーボンナノコイル、炭素繊維から選ばれる炭素系材料の分析方法において、X線吸収分光法により前記炭素系材料のk殻吸収端スペクトルを測定し、得られたk殻吸収端スペクトルから、sp結合量に相応する量Aと、sp結合量全体に相応する量Bと、sp炭素−炭素結合以外のsp結合量に相応する量B1とを求め、前記量Aをsp炭素−炭素結合量とみなし、前記量Bから前記量B1を引いた量B2をsp炭素−炭素結合量に相応する量とみなして、sp炭素−炭素結合量とsp炭素−炭素結合量との概算的な割合を求めることを特徴とする。
【0019】
本発明の炭素系材料の分析方法は、前記得られたk殻吸収端スペクトルから、所定の光子量におけるピーク強度を基準にして規格化されたk殻吸収端スペクトルを求め、この規格化されたk殻吸収端スペクトルによって、前記各量を算出することが好ましい。
【0020】
本発明の炭素系材料の分析方法は、前記sp結合量に相応する量Aを、285eVを基準とする所定範囲のピーク強度又は積分強度によって求めることが好ましい。
【0021】
本発明の炭素系材料の分析方法は、前記sp結合量全体に相応する量Bを、300eVを基準とする所定範囲のピーク強度又は積分強度によって求めることが好ましい。
【0022】
本発明の炭素系材料の分析方法は、sp炭素−炭素結合以外のsp結合量に相応する量B1を、炭素−水素結合に起因するsp結合量B1aと、結晶性の乱れた炭素に起因するsp結合量B1bとから算出することが好ましい。
【0023】
本発明の炭素系材料の分析方法は、前記炭素−水素結合に起因するsp結合量B1aを、289eVを基準とする所定範囲のピーク強度又は積分強度から算出し、結晶性の乱れた炭素に起因するsp結合量B1bを、285eVを基準とする所定範囲のピーク幅を乱れ係数とし、この乱れ係数に前記sp結合量全体に相応する量Bを掛けて算出することが好ましい。
【0024】
本発明の炭素系材料の分析方法は、sp炭素−炭素結合量とsp炭素−炭素結合量との概算的な割合を、下記数式1に基づいて算出することが好ましい。
{量B−(sp結合量B1a+量B×乱れ係数)}÷量A ・・・(1)
【発明の効果】
【0025】
本発明によれば、X線吸収分光法により前記炭素系材料のk殻吸収端スペクトルを測定し、得られたk殻吸収端スペクトルから、sp結合量に相応する量Aと、sp結合量全体に相応する量Bと、sp炭素−炭素結合以外のsp結合量に相応する量B1とを求め、量Aをsp炭素−炭素結合量とみなし、量Bから量B1を引いた量B2をsp炭素−炭素結合量に相応する量とみなしてsp炭素−炭素結合量とsp炭素−炭素結合量との概算的な割合を求めるようにしたことで、その結合状態のほとんどがsp炭素−炭素結合であったり、sp炭素−水素結合を含む炭素系材料であっても、sp炭素−炭素結合量とsp炭素−炭素結合量との概算的な割合を精度よく求めることができる。また、X線吸収分光法は、感度が良好であるので、炭素系材料が薄膜であっても、精度のよい分析が行える。
したがって、従来では測定が困難であった、ナノメートルオーダーの薄膜であって、その結合状態のほとんどがsp炭素−炭素結合であったり、sp炭素−水素結合を含む炭素系材料であっても、sp炭素−炭素結合量とsp炭素−炭素結合量との概算的な割合を精度よく求めることができる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】各試料のk殻吸収端スペクトルを、所定の光子量におけるピーク強度を基準にして規格化し、並べて示したスペクトルである。
【図2】各試料のsp炭素−炭素結合に対するsp炭素−炭素結合の割合(sp炭素−炭素結合比)を示す図表である。
【発明を実施するための形態】
【0027】
本発明において、分析の対象となる炭素系材料としては、ダイヤモンド、グラファイト、アモルファスカーボン、ダイヤモンドライクカーボン、テトラヘドラルアモルファスカーボン、フラーレン、カーボンナノチューブ、カーボンナノコイル、炭素繊維が挙げられる。上記炭素系材料のうち、アモルファスカーボン、ダイヤモンドライクカーボン、テトラヘドラルアモルファスカーボンは、sp炭素−炭素結合とsp炭素−炭素結合とで構成された炭素系材料であって、その特性(硬度、潤滑性、耐摩耗性、化学的安定性、表面平滑性など)は、sp炭素−炭素結合とsp炭素−炭素結合との割合に依存している。このため、これらの特性を評価する上で、膜を構成するsp炭素−炭素結合とsp炭素−炭素結合との情報は重要である。なかでも、ダイヤモンドライクカーボンは、光学機器、電子デバイス、自動車部品、工具、金型など、幅広い分野で利用されている。したがって、本発明の分析の対象となる炭素系材料としては、アモルファスカーボン、ダイヤモンドライクカーボン、テトラヘドラルアモルファスカーボンが好ましく、ダイヤモンドライクカーボンが特に好ましい。
【0028】
本発明は、これらの炭素系材料を、X線吸収分光法により前記炭素系材料のk殻吸収端スペクトルを測定し、得られたk殻吸収端スペクトルに基づいて、sp炭素−炭素結合量とsp炭素−炭素結合量との概算的な割合を求める。
ここで、X線吸収分光法とは、分析試料にX線を照射し、物質によって吸収されるX線の吸収スペクトルを得ることによって、分析試料の原子構造や結合状態などを観察する分析方法である。
【0029】
上述したように、X線吸収分光法により測定される炭素系材料のk殻吸収端スペクトルでは、sp炭素−炭素結合に含まれるπに起因するピークと、sp炭素−炭素結合に含まれるσに起因するピークがそれぞれ分離して現れる。しかしながら、sp炭素−水素結合も、σピークの起因となって表れるため、σピークをsp炭素−炭素結合とみなすことができない。更には、アモルファスカーボンにH元素やN元素を添加することでグラファイトの結晶性が乱れていくと、πのピーク強度が減少して、σのピーク強度が増大していく傾向にあり、その結果、見た目のsp炭素−炭素結合の割合が増加したように見える。
【0030】
そこで、本発明では、X線吸収分光法により得られたk殻吸収端スペクトルから、sp結合量に相応する量Aと、sp結合量全体に相応する量Bと、sp炭素−炭素結合以外のsp結合量に相応する量B1とを求める。そして、求めた量Aをsp炭素−炭素結合量とみなし、量Bから量B1を引いた量B2をsp炭素−炭素結合量に相応する量とみなして、sp炭素−炭素結合量とsp炭素−炭素結合量との概算的な割合を求める。
【0031】
上記sp結合量に相応する量A、sp結合量全体に相応する量B、sp炭素−炭素結合以外のsp結合量に相応する量B1は、得られたk殻吸収端スペクトルを、所定の光子量におけるピーク強度を基準にして規格化し、この規格化されたk殻吸収端スペクトルから、それぞれ算出することが好ましい。規格化方法は、特に限定はないが、例えば、275eVのピークを0、350eVのピークを1となるように規格化する方法、または、280eVのピークを0、285eVのピークを1となるように規格化する方法が例として挙げられる。
【0032】
具体的には、sp結合量に相応する量Aは、規格化されたk殻吸収端スペクトルの285eVを基準とする所定範囲のピーク強度又は積分強度によって求め、好ましくは285±1eVのピーク強度又は積分強度によって求めることができる。上記積分強度は、例えば、バックグランド成分を乗せて、285±1eVにピークを有する波形を分離して算出する方法等により算出できる。
【0033】
また、sp結合量全体に相応する量Bは、規格化されたk殻吸収端スペクトルの300eVを基準とする所定範囲のピーク強度又は積分強度によって求め、好ましくは300±5eVのピーク強度又は積分強度によって求めることができる。上記積分強度は、例えば、バックグランド成分を乗せて、300±5eVにピークを有する波形を分離して算出する方法等により算出できる。
【0034】
また、sp炭素−炭素結合以外のsp結合量に相応する量B1は、炭素−水素結合に起因するsp結合量B1aと、結晶性の乱れた炭素に起因するsp結合量B1bとから算出することができる。
【0035】
上記炭素−水素結合に起因するsp結合量B1aは、規格化されたk殻吸収端スペクトルの289eVを基準とする所定範囲のピーク強度又は積分強度から求めることができる。好ましくは289±1eVのピーク強度又は積分強度によって求める。上記積分強度は、例えば、バックグランド成分を乗せて、289±1eVにピークを有する波形を分離して算出する方法等により算出できる。
【0036】
上記結晶性の乱れた炭素に起因するsp結合量B1bは、規格化されたk殻吸収端スペクトルの285eVを基準とする所定範囲のピーク幅を乱れ係数とし、この乱れ係数に上記量Bを掛けて算出することができる。好ましくは、285±1eVのピーク幅(特に好ましくは285eVのピーク幅)を乱れ係数とし、この乱れ係数に前記sp結合量全体に相応する量Bを掛けて算出する。ここで、285eV付近の低エネルギー側のピーク裾の増大(ピーク幅の増大)は、第一原理計算による計算で、グラファイトの欠陥の指標になることが報告されている。したがって、285±1eVのピーク幅を乱れ係数とし、この乱れ係数にsp結合量全体に相応する量Bを掛けて算出することで、結晶性の乱れた炭素に起因するsp結合量B1bを算出できる。
【0037】
上記乱れ係数としては、284eVのピーク強度が、乱れ係数を表す「285eVのピーク幅」の指標となるので、284eVのピーク強度を用いることができる。また、「285eVのピーク幅」は、285eVのピークをガウス分布形状のピークでフィッティングして、その幅(FWHM)を用いてもよい。
【0038】
そして、上述したようにして求めたsp結合量に相応する量A、sp結合量全体に相応する量B、炭素−水素結合に起因するsp結合量B1a、結晶性の乱れた炭素に起因するsp結合量B1bから、下式(1’)に基づき、sp炭素−炭素結合量とsp炭素−炭素結合量との概算的な割合(以下、「sp炭素−炭素結合比」と記す)を算出できる。
【0039】
sp炭素−炭素結合比
={量B−(sp結合量B1a+sp結合量B1b)}÷量A
={量B−(sp結合量B1a+量B×乱れ係数)}÷量A ・・・(1’)
【0040】
このようにして求めた、sp炭素−炭素結合比は、sp炭素−水素結合を含む炭素系材料であっても精度がよい。例えば、ダイヤモンドライクカーボンは、主に、CVD法、スパッタ法、FCVA法等によって形成され、このうち、CVD法によって成膜されたダイヤモンドライクカーボンには、sp炭素−水素結合が存在することがあるが、成膜方法によらず、いずれの方法によって成膜されたダイヤモンドライクカーボンであっても、分析が可能である。
【0041】
また、X線吸収分光法による分析では、全電子収量法では、検出深さ100nm程度までの分析が可能であり、また、部分電子収量法では、検出深さ1〜2nm程度までの分析が可能であるので、検出方法を変えて分析を行うことで、炭素系材料の膜厚方向全体にわたる分析が可能である。
【0042】
したがって、従来では分析が困難であったナノメートルオーダーの膜厚の炭素系材料の分析が可能であり、膜厚が5nm以下の炭素系材料の分析に効果的であり、膜厚が3nm以下の炭素系材料の分析に特に効果的である。
【実施例】
【0043】
(測定試料の調製)
[調製例1]
プラズマCVD装置を用い、Si基板上に膜厚1.0nmのダイヤモンドライクカーボン膜(以下、DLC膜という)を形成した。ここで、放電ガスにはアルゴン、原料ガスにはアセチレンを用い、アルゴン流量40sccm、アセチレン流量40sccm、ガス圧0.5Paとした。基板バイアスは−500Vとした。放電電流は、成膜時間0.5秒で膜厚が1.0nmになるように設定した。
【0044】
[調整例2]
プラズマCVD装置を用い、Si基板上に膜厚1.0nmのDLC膜を形成した。ここで、放電ガスにはアルゴン、原料ガスにはアセチレンを用い、アルゴン流量40sccm、アセチレン流量40sccm、ガス圧0.5Paとした。基板バイアスは−500Vとした。放電電流は、成膜時間1.5秒で膜厚が3.0nmになるように設定した。
【0045】
[調整例3]
DCマグネトロンスパッタ装置を用いて、Si基板上に膜厚3.0nmのDLC膜を形成した。ターゲットにはカーボン(5N)を用いた。スパッタリングガスとしてアルゴンガスを用い、アルゴンガス流量5sccm、圧カ0.7Paとした。放電出力は300Wとした。水晶振動子膜厚計を用いて膜厚が3.0nmとなる成膜時間で成膜した。
【0046】
[調整例4]
Filtered Cathodic Vacuum Arc(FCVA)方式を用いて、Si基板上に膜厚3.0nmのDLC膜を形成した。ターゲットはカーボン(5N)を用いた。Arc放電は、電流120A、電圧25Vとした。Filter磁石は13mT(電流10A)とした。基板バイアスは、0V、−300Vとした。
【0047】
(DLC膜の評価方法)
X線吸収分光法によるDLC膜のk殻吸収端スペクトルの測定は、放射光施設(九州シンクロトロン光研究センター)において行った。不等刻線間隔平面回折格子を用いた斜入射型分光器によりX線の入射エネルギーを270eVから350eVの間で変化させ、試料表面にX線を照射した。X線の吸収スペクトルの測定は試料電流測定法による全電子収量法で行った。各試料のk殻吸収端スペクトルを図1に示す。
図1に示す各試料のk殻吸収端スペクトルにおいて、280eVの強度を「0」、285eVの強度を「1」として、スペクトルを規格化した。
次に、284eVのピーク強度、285eVのピーク強度、288.7eVのピーク強度、300.0eVのピーク強度をそれぞれ求めた。そして、284eVのピーク強度を乱れ係数として用い、285eVの強度をSP結合量に相応する量Aとして用い、288.7eVのピーク強度を炭素−水素結合に起因するsp結合量B1aとして用い、300.0eVのピーク強度をsp結合量全体に相応する量Bとして用い、上記式(1’)に基づき、sp炭素−炭素結合比を算出した。結果を図2に示す。
【0048】
一般的に硬度、密度の観点から、sp炭素−炭素結合比は、「スパッタ法で成膜されたDLC膜」<「CVD法で成膜されたDLC膜」<「FCVA法で成膜されたDLC膜」であることが知られている。
本発明で得られた結果は、それと対応しており、本発明が正しい評価を行える手法であることが確認できた。また、CVD法で成膜されたDLC膜において、膜厚が1nmと3nmとを比較すると、膜厚が1nmでは、膜厚が3nmの場合に比べて、sp炭素−炭素結合比が低下していることがわかる。この理由は以下のように説明される。一般的になんらかの基板上にカーボン膜が成膜される過程において、最初に基板に成膜される数原子層のカーボン膜は、膜構造が乱れており硬度が不足していることが知られている。これは「初期成長層」と呼ばれている。1nmのカーボン膜では、膜全体に占める初期成長層の割合が多いため、膜全体のsp炭素−炭素結合比が低くなるためである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ダイヤモンド、グラファイト、アモルファスカーボン、ダイヤモンドライクカーボン、テトラヘドラルアモルファスカーボン、フラーレン、カーボンナノチューブ、カーボンナノコイル、炭素繊維から選ばれる炭素系材料の分析方法において、
X線吸収分光法により前記炭素系材料のk殻吸収端スペクトルを測定し、得られたk殻吸収端スペクトルから、sp結合量に相応する量Aと、sp結合量全体に相応する量Bと、sp炭素−炭素結合以外のsp結合量に相応する量B1とを求め、前記量Aをsp炭素−炭素結合量とみなし、前記量Bから前記量B1を引いた量B2をsp炭素−炭素結合量に相応する量とみなして、sp炭素−炭素結合量とsp炭素−炭素結合量との概算的な割合を求めることを特徴とする炭素系材料の分析方法。
【請求項2】
前記得られたk殻吸収端スペクトルから、所定の光子量におけるピーク強度を基準にして規格化されたk殻吸収端スペクトルを求め、この規格化されたk殻吸収端スペクトルによって、前記各量を算出する請求項1記載の炭素系材料の分析方法。
【請求項3】
前記sp結合量に相応する量Aは、285eVを基準とする所定範囲のピーク強度又は積分強度によって求める請求項2記載の炭素系材料の分析方法。
【請求項4】
前記sp結合量全体に相応する量Bは、300eVを基準とする所定範囲のピーク強度又は積分強度によって求める請求項2又は3記載の炭素系材料の分析方法。
【請求項5】
sp炭素−炭素結合以外のsp結合量に相応する量B1は、炭素−水素結合に起因するsp結合量B1aと、結晶性の乱れた炭素に起因するsp結合量B1bとから算出する請求項2から4のいずれか1つに記載の炭素系材料の分析方法。
【請求項6】
前記炭素−水素結合に起因するsp結合量B1aは、289eVを基準とする所定範囲のピーク強度又は積分強度から算出し、結晶性の乱れた炭素に起因するsp結合量B1bは、285eVを基準とする所定範囲のピーク幅を乱れ係数とし、この乱れ係数に前記sp結合量全体に相応する量Bを掛けて算出する請求項5記載の炭素系材料の分析方法。
【請求項7】
sp炭素−炭素結合量とsp炭素−炭素結合量との概算的な割合を、下記数式1に基づいて算出する請求項6に記載の炭素系材料の分析方法。
{量B−(sp結合量B1a+量B×乱れ係数)}÷量A ・・・(1)

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2011−38821(P2011−38821A)
【公開日】平成23年2月24日(2011.2.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−184310(P2009−184310)
【出願日】平成21年8月7日(2009.8.7)
【出願人】(000005234)富士電機ホールディングス株式会社 (3,146)
【Fターム(参考)】