説明

炭素繊維束の製造方法

【課題】安定した弾性率品質を有する炭素繊維束の製造方法を提供すること。
【解決手段】製造された炭素繊維束の超音波弾性率を測定し、該超音波弾性率を工程管理パラメータとして製造条件にフィードバックして、該炭素繊維束の弾性率品質を所定範囲内に維持させつつ該炭素繊維束を製造することを特徴とする炭素繊維束の製造方法とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、炭素繊維束の超音波弾性率を測定し、その値に応じて製造条件を変更することによって安定した炭素繊維束の性能を維持することが出来る炭素繊維束の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
炭素繊維は、航空宇宙素材、スポーツ、レジャー用素材、圧縮ガス容器などの工業用素材として極めて有用であり幅広い範囲で需要が伸びていくことが期待されているが、炭素繊維の高度利用が進むにつれて炭素繊維に対する性能、安定した品質の要求も厳しくなってきている。
【0003】
炭素繊維は主に複合材料として用いられるが、複合材料を設計する上で弾性率は重要な性能の一つである。炭素繊維の弾性率とは、一般的には、複数の炭素繊維が束になった状態として提供されている炭素繊維束を樹脂と含浸、硬化させたストランド引張弾性率のことである。このストランド引張弾性率の測定は試験片の作製、引張試験だけでなく、繊維断面積のデータが必要であり、測定に多くの時間を必要とする。このため、製造条件が適正かどうかを判断するのに時間がかかったり、品質異常が起きたときに対応をとるまでの時間が長くかかっていた。また、ストランド引張弾性率の測定は樹脂の含浸状態や硬化条件によって影響を受けやすく、測定の精度が充分でない問題があった。
【0004】
一方、簡便に測定可能な炭素繊維束の弾性率として、例えば特許文献1に開示されている装置により測定した炭素繊維の超音波伝播速度をから算出する超音波弾性率がある。超音波弾性率は、非特許文献1に掲載されているように、下記式3によって算出できる。
【0005】
式3:TMU=C2×ρ
TMU:超音波弾性率(GPa)
C:炭素繊維束の超音波伝播速度(m/s)
ρ:炭素繊維束の密度(g/cm3
この超音波弾性率はトウのまま測定することが出来るためストランド引張試験のような樹脂の含浸、硬化などの試験片を作製する必要がなく、また繊維断面積のデータを必要としない。特に特許文献1に開示されている装置によれば非常に短時間に精度の高い超音波弾性率が得られ、ストランド引張弾性率と非常に良い相関がある。またこの超音波弾性率は、低張力下での弾性率を測定しているため、複合材料の実際の使用に近い負荷領域での弾性率を反映していることから、炭素繊維の品質管理の指標には適当なものである。
【特許文献1】特開2001−56321号公報
【非特許文献1】日本複合材料学会誌,16,5(1990),204
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の目的は、安定した弾性率品質を有する炭素繊維束の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の主旨は、炭素繊維束の超音波伝播速度から算出される超音波弾性率を測定し、その値に応じて製造工程の条件を変更する炭素繊維束の製造法である。すなわち、製造された炭素繊維束の超音波弾性率を測定し、該超音波弾性率を工程管理パラメータとして製造条件にフィードバックして、該炭素繊維束の弾性率品質を所定範囲内に維持させつつ該炭素繊維束を製造することを特徴とする炭素繊維束の製造方法である。
【0008】
フィードバックする製造条件としては、炭素繊維束の弾性率に大きく影響する、耐炎化工程若しくは炭素化工程を行う熱処理炉内での繊維束の張力若しくは熱処理炉の炉内温度またはその両方であることが好ましい。さらに、上記熱処理炉としては、不活性雰囲気下900℃以上の温度領域で稼働するものであることが好ましい。
【0009】
具体的には、測定した炭素繊維束の超音波弾性率の値に基づき、前記製造条件を下記1)又は2)に従い変更することが好ましい。
1)測定した炭素繊維束の超音波弾性率が目標とする炭素繊維束の超音波弾性率より高い場合、前記熱処理炉内での繊維束の張力を下げる、若しくは前記熱処理炉の炉内温度を下げる、またはその両方をおこなう。
2)測定した炭素繊維束の超音波弾性率が目標とする炭素繊維束の超音波弾性率より低い場合、前記熱処理炉内での繊維束の張力を上げる、若しくは前記熱処理炉の炉内温度を上げる、またはその両方をおこなう。
【0010】
特に、前記製造条件を、下記a)〜c)のいずれかに従い変更することでより安定した品質を有する炭素繊維束の製造方法である。
a)前記熱処理炉内での繊維束の張力を、下記式1で算出される数値Aを加えた値に変更する。
b)前記熱処理炉の炉内温度を、下記式2で算出される数値Bを加えた値に変更する。
c)下記式1で算出される数値A、下記式2で算出される数値Bとしたとき、前記熱処理炉内での繊維束の張力を、A×Xで算出される値を加えた値に変更し、かつ、前記熱処理炉の炉内温度を、B×Yで算出される値を加えた値に変更する。ここで、X及びYは0より大きく1より小さい数であり、X+Y=1である。
【0011】
式1:張力(kg)A=(TMS−TMU)×M1×D×F/M2
式2:温度(℃)B=(TMS−TMU)×M1/M3
TMU:測定した炭素繊維束の超音波弾性率(GPa)
TMS:目標の炭素繊維束の超音波弾性率(GPa)
1:ストランド引張弾性率と超音波弾性率間の補正係数
2:ストランド引張弾性率と熱処理炉内での繊維束の張力の換算係数
3:ストランド引張弾性率と熱処理炉の炉内温度の換算係数
D:PC(前駆体繊維)の繊度(dtex)
F:フィラメント数(K)
また、超音波伝播速度測定装置を炭素化工程後の走行中の炭素繊維束を測定可能なように設置して、炭素繊維束の超音波弾性率をインラインで測定することによって、条件の変更をより迅速に行うことが出来る。
【発明の効果】
【0012】
本発明により、炭素繊維の重要な特性の一つである弾性率の指標となる超音波弾性率を迅速且つ正確に測定し、製造条件にフィードバックすることで、安定した弾性率品質を有する炭素繊維束を製造することできる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下、本発明の炭素繊維束の製造方法について詳細に説明する。
【0014】
図1に炭素繊維束の製造装置の一例を示すように、炭素繊維束は、ポリアクリロニトリルなどを紡糸してアクリル系炭素繊維前駆体繊維束1とする紡糸工程、200〜300℃の空気、酸化窒素等の酸化性雰囲気中でアクリル系炭素繊維前駆体繊維束1を耐炎化熱処理炉2内で加熱して酸化繊維束(耐炎化繊維束)に転換する耐炎化工程、更に、炭素化熱処理炉3内で、窒素、アルゴン、ヘリウム等の不活性雰囲気中で300〜3000℃に加熱して炭素化する炭素化工程を経て炭素繊維束7とし、必要に応じて行う表面処理部4での表面処理及び乾燥炉5での乾燥後、最終的に得られた炭素繊維束7を巻き取り機6にて巻き取ることで製造される。炭素化工程として、300〜800℃での前炭素化工程を行った後、900℃以上で炭素化工程を行う方法でも良い。この900℃以上で行う炭素化工程は3000℃以下が好ましい。本発明において、炭素繊維束を製造する装置及び条件においては特に制限はなく、さらに、炭素繊維束を製造する方法としては、上記以外の他の工程を有するものであっても良い。そして、本発明は、さらに、製造された炭素繊維束の超音波弾性率を測定し、その値を工程管理パラメータとして製造条件にフィードバックして、炭素繊維束の弾性率品質を所定範囲内に維持させることが可能なものである。
【0015】
超音波弾性率は、例えば、特許文献1に記載された装置よって測定できる。すなわち、炭素繊維束の内部に超音波を発生させる超音波発生手段と、その超音波発生手段から同一方向に離れた異なる2以上の箇所に配され、炭素繊維束内を伝搬する超音波を検知する2以上の超音波検知手段と、その2以上の超音波検知手段による各検知時間の測定手段と、各検知時間差を演算して超音波伝搬速度を求める演算部と、上記の各手段の駆動制御部と、を備えてなる超音波伝搬速度測定装置を使用することができる。非常に短時間に精度の高い超音波弾性率が得られ、更には後述するようにインラインで測定することも可能であることから、本発明では、この装置を好適に用いることができる。
【0016】
超音波弾性率の測定は、製造された炭素繊維束を一旦巻き取ってから測定しても良いが、製造工程中、特に炭素化工程を終えた走行中の炭素繊維束を測定可能な場所に超音波伝播速度測定装置を設置し、走行中の炭素繊維束の超音波弾性率をインラインで測定することも出来る。例えば、図1の装置における炭素化熱処理炉3を通過した後の炭素繊維束7の超音波弾性率を測定可能な箇所であれば任意の箇所に設置できる。特に、炭素化熱処理炉3と表面処理部4との間に超音波弾性率測定装置8を設置することが好ましい。インラインで測定する場合は、炭素繊維束の走行速度に合わせて超音波伝播速度測定装置を移動させながら測定できるような専用のレールを設ける。このとき、超音波伝播速度測定装置は超音波発生手段及び超音波検知手段が炭素繊維束を把持するとともに炭素繊維束の走行速度と同一速度で移動しつつ超音波伝搬速度を測定する。超音波伝播速度測定装置は測定終了とともに元の位置へ移動し、次の測定を開始する。これを10回繰り返し、その平均値を求めることでより正確に超音波伝搬速度を測定でき、正確な超音波弾性率を算出できる。
【0017】
フィードバックする条件としては、炭素繊維束の弾性率に大きく影響する、耐炎化工程若しくは炭素化工程を行う熱処理炉内での繊維束の張力若しくは熱処理炉の炉内温度またはその両方であることが好ましい。さらに、不活性雰囲気下900℃以上(好ましくは3000℃以下)の温度領域で稼働する熱処理炉を有する設備で炭素繊維束を製造する場合、その熱処理炉内での繊維束の張力若しくは熱処理炉の炉内温度またはその両方であることが好ましい。具体的には、測定した炭素繊維束の超音波弾性率の値に基づき、前記製造条件を下記1)又は2)に従い変更することが好ましい。
1)測定した炭素繊維束の超音波弾性率が目標とする炭素繊維束の超音波弾性率より高い場合、前記熱処理炉内での繊維束の張力を下げる、若しくは前記熱処理炉の炉内温度を下げる、またはその両方をおこなう。
2)測定した炭素繊維束の超音波弾性率が目標とする炭素繊維束の超音波弾性率より低い場合、前記熱処理炉内での繊維束の張力を上げる、若しくは前記熱処理炉の炉内温度を上げる、またはその両方をおこなう。
【0018】
より具体的には、製造条件を、下記a)〜c)のいずれかに従い変更することで、より安定した品質となる炭素繊維束の製造方法となる。以下この方法で行う製造方法について説明する。
a)前記熱処理炉内での繊維束の張力を、下記式1で算出される数値Aを加えた値に変更する。
b)前記熱処理炉の炉内温度を、下記式2で算出される数値Bを加えた値に変更する。
c)下記式1で算出される数値A、下記式2で算出される数値Bとしたとき、前記熱処理炉内での繊維束の張力を、A×Xで算出される値を加えた値に変更し、かつ、前記熱処理炉の炉内温度を、B×Yで算出される値を加えた値に変更する。ここで、X及びYは0より大きく1より小さい数であり、X+Y=1である。
【0019】
式1:張力(kg)A=(TMS−TMU)×M1×D×F/M2
式2:温度(℃)B=(TMS−TMU)×M1/M3
TMU:測定した炭素繊維束の超音波弾性率(GPa)
TMS:目標の炭素繊維束の超音波弾性率(GPa)
1:ストランド引張弾性率と超音波弾性率間の補正係数
2:ストランド引張弾性率と熱処理炉内での繊維束の張力の換算係数
3:ストランド引張弾性率と熱処理炉の炉内温度の換算係数
D:PC(前駆体繊維)の繊度(dtex)
F:フィラメント数(K)
ストランド引張弾性率はJIS R−7601記載の方法で測定し、ストランドの破断荷重の30〜50%の範囲の傾きから算出したものとする。ストランド引張弾性率測定用試験片の作製は、脂環式エポキシ樹脂「ベークライトERL4221」(商品名、ダウ・ケミカル日本社製)100部と、三フッ化ホウ素モノメチルアミン10部を混合した組成の樹脂を、測定する炭素繊維束に含浸後、110℃で35分の条件で硬化したものとする。
【0020】
ここで、ストランド引張弾性率と超音波弾性率は1次関数で表される関係にあり、本発明を実施するにあたりこの関係を予め確認し、上記補正係数M1を求めておく必要がある。補正係数M1はストランド引張弾性率をY軸、超音波弾性率をX軸としたときの1次関数の傾きである。ストランド弾性率はストランドの引張り荷重−変位曲線のどの範囲の傾きから求めるかによって値が変わり、ここで算出される補正係数M1はおよそ1.10から1.25までの値をとる。
【0021】
また、上記換算係数M2及びM3はそれぞれ、ストランド引張弾性率と熱処理炉内での繊維束の張力、及び、ストランド引張弾性率と熱処理炉の炉内温度、の換算係数であり、これらもストランド引張弾性率と熱処理炉内での繊維束の張力または熱処理炉の炉内温度とが、1次関数で表される関係にあることから導き出される。すなわち、ストランド引張弾性率をY軸とし、X軸を熱処理炉内の繊維束の張力とした場合の1次関数の傾きがM2、ストランド引張弾性率をY軸とし、X軸を熱処理炉の炉内温度とした場合の傾きがM3である。これらの係数はプレカーサーの種類や熱処理炉などの焼成設備に依存し、M2はおよそ0.007から0.013までの値をとり、M3はおよそ0.08から0.12までの値をとる。これら換算係数M2及びM3も、本発明を実施するにあたり求めておく必要がある。
【0022】
そして、予め定めておいた目標の炭素繊維束の超音波弾性率TMS(GPa)、及び、測定した炭素繊維束の超音波弾性率TMU(GPa)の値から、上記a)〜c)のいずれかに従い製造条件を変更する。すなわち、熱処理炉内での繊維束の張力若しくは熱処理炉の炉内温度又はその両方を所定量だけ変更する。そのようにすることで、得られる炭素繊維束の弾性率が安定するようになる。
【0023】
上記(a)のように熱処理炉内での繊維束の張力を変更する場合、熱処理炉出側のゴデットロールの回転速度を変更し目標の張力とすることができる。熱処理炉内での繊維束の張力は高すぎるとゴデットロールで繊維束が滑ったり、毛羽が発生するなどして品質が悪化する危険性がある。逆に熱処理炉内での繊維束の張力が低すぎると熱処理炉内の底面に擦れる恐れがある。このため予め熱処理炉内での繊維束の張力の上限下限を設定し、この範囲を外れる場合には、熱処理炉の炉内温度を変更する方法(b)又は両方を変更する方法(c)を採る。両方を変更する方法(c)を採る場合のそれぞれの変更量は、単独で変更した場合に変更すべき量(上記式(1)及び(2)で算出されるA及びB)にそれぞれX及びY(X及びYは0より大きく1より小さい値であり、X+Y=1である)を乗じた量とすることで、目標とするストランド引張弾性率を達成できる。
【0024】
熱処理炉の炉内温度の条件を変更する場合は、熱処理炉の最高温度を変更することで行うことが好ましい。その際、熱処理炉の温度勾配が緩やかになるよう、初段、中段の温度を適宜変更することが好ましい。
【0025】
変更する条件は、上記のように効果が得られやすい不活性雰囲気下900℃以上の熱処理炉内の炉内温度や繊維束の張力が好ましいが、特にこれらに限定されるものではなく、他の工程での条件を変更することもできる。例えば不活性雰囲気下300から800℃の前炭素化工程或いは耐炎化工程の張力を変更することによって弾性率を目標値とすることも出来る。
【0026】
条件を変更する方法としては、作業者が手作業で行っても良く、コンピュータのプログラミングにより自動で変更できるシステムを用いても良い。
【実施例】
【0027】
以下に、実施例により本発明をより具体的に説明する。
【0028】
なお、炭素繊維束を製造する最後の工程である炭素化工程において、1200〜1400℃に制御可能な熱処理炉を用いた。また、その熱処理炉について、補正係数M1は1.18、換算係数M2は0.010、換算係数M3は0.10と予め導き出されている。超音波弾性率測定時の炭素繊維束の張力は0.5kgとした。
【0029】
(実施例1)
ストランド引張弾性率235.2±9.8GPaの炭素繊維束を製造するため、1.2dtex、フィラメント数12K(12000本)のアクリロニトリル系前駆体繊維束を耐炎化時間60分、伸張率−5%で密度1.35g/cm3となるように空気中220℃〜260℃で加熱処理を施し、耐炎化繊維束とした。この耐炎化繊維束を700℃の窒素雰囲気中+3%伸張で前炭素化し、続いて1250℃(熱処理炉の炉内温度)の窒素雰囲気中−3.7%伸張で炭素化し炭素繊維束を得た。一旦巻き取った製造後の炭素繊維束の超音波弾性率は目標値が204.8GPaであったのに対し210.7GPa、熱処理炉内の繊維束の張力は3.3kgであった。尚、超音波弾性率の目標値はストランド弾性率との1次関数の関係から求めた値である。超音波弾性率が目標値より高かったため、式1で計算される張力A=−1.0kgを加え(1.0kg下げ)、熱処理炉内の繊維束の張力を2.3kgとした。その結果、製造後の炭素繊維束の超音波弾性率は205.8GPaとなり目標値に近い値となった。初めの超音波弾性率測定から10分間という短い時間で条件変更を完了した。また、条件変更前のストランド引張弾性率は243.0GPaと目標の235.2±9.8GPaの範囲内であるもののやや高めであったのに対し、条件変更後のストランド引張弾性率は235.2GPaと目標値通りとなった。この超音波弾性率をもとにした条件の調整によって、その後のストランド弾性率は目標弾性率通りで安定していた。
【0030】
(実施例2)
熱処理炉の炉内温度1330℃、−4.1%伸張で炭素化し、超音波弾性率は炭素化工程後の走行中の炭素繊維束に対してインラインで測定した以外は、実施例1と同様にして炭素繊維束を得た。製造後の炭素繊維束の超音波弾性率は目標が204.8GPaであったのに対し209.7GPa、熱処理炉内の繊維束の張力は1.7kgであり、超音波弾性率が目標値より高かった。式1で計算される張力A=−0.8kgを加え(0.8kg下げ)、熱処理炉内の繊維束の張力を0.9kgとすると熱処理炉内の底面に繊維束が擦る恐れがあったため、熱処理炉内温度を式2で計算される温度B=−58℃を加え(58℃下げ)、熱処理炉の炉内温度を1272℃とした。その結果、超音波弾性率は204.8GPaとなり目標値に近い値となった。初めの超音波弾性率測定から1時間30分間という短い時間で条件変更を完了した。条件変更前のストランド引張弾性率は241.1GPaとやや高めであったのに対し、条件変更後のストランド引張弾性率は234.2GPaとほぼ目標値通りとなった。この超音波弾性率をもとにした条件の調整によって、その後のストランド弾性率は目標弾性率通りで安定していた。
【0031】
(比較例1)
炭素繊維束の超音波弾性率を測定しないこと以外は、実施例1と同様に炭素繊維束を得た。この炭素繊維束を用いてストランド引張弾性率を測定する試験片を作製し、この炭素繊維束のストランド引張弾性率を測定すると243.0GPaでとやや高めであったため、1250℃の熱処理炉を通過する繊維束の張力を3.3kgから2.2kgとした。条件変更後のストランド引張弾性率は235.2GPaと目標値通りとなったが、条件変更前に炭素繊維束を採取してから条件変更が完了するのにおよそ12時間かかった。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】本発明で使用可能な炭素繊維束の製造装置の構成を示す図である。
【符号の説明】
【0033】
1 アクリル系炭素繊維前駆体繊維束
2 耐炎化熱処理炉
3 炭素化熱処理炉
4 表面処理部
5 乾燥炉
6 巻き取り機
7 炭素繊維束
8 超音波弾性率測定装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
製造された炭素繊維束の超音波弾性率を測定し、該超音波弾性率を工程管理パラメータとして製造条件にフィードバックして、該炭素繊維束の弾性率品質を所定範囲内に維持させつつ該炭素繊維束を製造することを特徴とする炭素繊維束の製造方法。
【請求項2】
前記フィードバックする製造条件が、耐炎化工程若しくは炭素化工程を行う熱処理炉の炉内温度若しくは該熱処理炉内での繊維束の張力またはその両方である請求項1記載の炭素繊維束の製造方法。
【請求項3】
前記熱処理炉が不活性雰囲気下900℃以上の温度領域で稼働させるものである請求項2記載の炭素繊維束の製造方法。
【請求項4】
測定した炭素繊維束の超音波弾性率に基づき、前記製造条件を下記1)又は2)に従い変更することを特徴とする請求項3記載の炭素繊維束の製造方法。
1)測定した炭素繊維束の超音波弾性率が目標とする炭素繊維束の超音波弾性率より高い場合、前記熱処理炉内での繊維束の張力を下げる、若しくは前記熱処理炉の炉内温度を下げる、またはその両方をおこなう。
2)測定した炭素繊維束の超音波弾性率が目標とする炭素繊維束の超音波弾性率より低い場合、前記熱処理炉内での繊維束の張力を上げる、若しくは前記熱処理炉の炉内温度を上げる、またはその両方をおこなう。
【請求項5】
前記製造条件を、下記a)〜c)のいずれかに従い変更することを特徴とする請求項4記載の炭素繊維束の製造方法。
a)前記熱処理炉内での繊維束の張力を、下記式1で算出される数値Aを加えた値に変更する。
b)前記熱処理炉の炉内温度を、下記式2で算出される数値Bを加えた値に変更する。
c)下記式1で算出される数値A、下記式2で算出される数値Bとしたとき、前記熱処理炉内での繊維束の張力をA×Xで算出される値を加えた値に変更し、かつ、前記熱処理炉の炉内温度をB×Yで算出される値を加えた値に変更する。ここで、X及びYは0より大きく1より小さい数であり、X+Y=1である。
式1:張力(kg)A=(TMS−TMU)×M1×D×F/M2
式2:温度(℃)B=(TMS−TMU)×M1/M3
TMU:測定した炭素繊維束の超音波弾性率(GPa)
TMS:目標の炭素繊維束の超音波弾性率(GPa)
1:ストランド引張弾性率と超音波弾性率間の補正係数
2:ストランド引張弾性率と熱処理炉内での繊維束の張力の換算係数
3:ストランド引張弾性率と熱処理炉の炉内温度の換算係数
D:PC(前駆体繊維)の繊度(dtex)
F:フィラメント数(K)
【請求項6】
前記炭素繊維束の超音波弾性率をインラインで測定することを特徴とする請求項1〜5のいずれかに記載の炭素繊維束の製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2006−89866(P2006−89866A)
【公開日】平成18年4月6日(2006.4.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−275192(P2004−275192)
【出願日】平成16年9月22日(2004.9.22)
【出願人】(000006035)三菱レイヨン株式会社 (2,875)
【Fターム(参考)】