説明

炭素繊維製造用プリカーサ及びその製造方法

【課題】引張強度が高い炭素繊維を得ることができる耐炎化繊維製造用プリカーサの製造方法を提供する。
【解決手段】アクリロニトリル系ポリマーの塩化亜鉛水溶液を紡糸原液として用いて湿式又は乾湿式紡糸し、次いで2〜4倍に延伸して得られるアクリロニトリル系粗プリカーサを、温度100〜150℃、テンション3〜7MPaで、3〜5倍にスチーム延伸することを特徴とする、水銀圧入法で測定される0.2〜1.6μmの積算細孔容積が0.03cm3/g以下である炭素繊維製造用プリカーサ2の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、引張強度が高い炭素繊維を製造するためのプリカーサ及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、炭素繊維製造用のプリカーサを原料として用い、これに耐炎化処理を施して耐炎化繊維を得ること、更にこの耐炎化繊維に炭素化処理を施して高性能炭素繊維を得ることは広く知られている。また、この方法は工業的にも実施されている。
【0003】
一般に、炭素繊維製造用のプリカーサは、アクリロニトリル系ポリマーを紡糸してアクリロニトリル系の原料繊維を得、このアクリロニトリル系原料繊維を水洗、オイル付与、乾燥後、スチーム延伸、必要に応じて熱固定や二次オイル付与等をしてプリカーサが製造される。このプリカーサは200〜300℃の酸化性雰囲気下で延伸又は収縮を行いながら耐炎化処理された後、300℃以上、通常1000℃以上の不活性ガス雰囲気中で炭素化されて炭素繊維が製造される。
【0004】
炭素繊維の種々の物性を高めるために、上記炭素繊維製造工程における原料繊維、プリカーサ、耐炎化繊維、炭素繊維等について、種々の提案がなされている(例えば、特許文献1〜6参照)。
【0005】
特許文献1では、電解酸化処理後の炭素繊維における表面構造を、クリプトンガス分子サイズレベルの微細構造について検討して層間剪断強度と共に引張強度が高い炭素繊維を提供することを提案している。
【0006】
特許文献2では、紡糸における凝固工程中の延伸倍率、煮沸水洗工程中の延伸倍率、炭素化工程中の昇温、延伸条件、電解酸化処理工程中の条件等を調節して得られる炭素繊維における表面構造を、1〜100nmレベルの微細構造について検討してストランド弾性率及び衝撃後圧縮強度(CAI)を所定の数値範囲にした炭素繊維を提供することを提案している。
【0007】
特許文献3では、炭素化工程中の昇温、延伸条件等を調節して得られる炭素繊維における表面構造を、2〜300nmレベルの微細構造について検討して樹脂含浸ストランド強度、樹脂含浸ストランド弾性率が高い炭素繊維を提供することを提案している。
【0008】
特許文献4では、スチーム延伸工程中の延伸倍率、延伸張力を調節して得られるプリカーサ及びこれを耐炎化、炭素化処理して得られる炭素繊維における表面構造を所定の形状にすることにより複合材料に適した炭素繊維を提供することを提案している。
【0009】
特許文献5では、プリカーサ中の結晶を充分に成長させた炭素繊維製造用プリカーサが提案されている。このプリカーサから得られる炭素繊維は、ねじり弾性率、ねじり強度が特有のものであることが開示されている。
【0010】
特許文献6では、スチーム延伸処理前の加熱ローラーの温度、スチーム延伸処理中のスチーム圧力変動率を調節することにより得られる炭素繊維製造用プリカーサが提案されている。このプリカーサは、長手方向の繊度ムラが少なく、以後の炭素繊維製造工程における開繊性のムラが少なくなり、高い生産性が可能な炭素繊維製造用プリカーサであることが開示されている。
【0011】
特許文献1〜6の何れにおいても、得られる炭素繊維は、それぞれ所定の物性は有するが、引張強度の向上については不充分である。
【特許文献1】特開2004−277192号公報 (特許請求の範囲)
【特許文献2】特開2005−133274号公報 (特許請求の範囲)
【特許文献3】特開2007−177368号公報 (特許請求の範囲)
【特許文献4】特開2006−283228号公報 (特許請求の範囲)
【特許文献5】特開2007−23476号公報 (特許請求の範囲)
【特許文献6】特開2006−348462号公報 (特許請求の範囲)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明者は、上記問題を解決するため検討を重ねた結果、以下のように考えるに到った。炭素繊維強度向上のためには、凝固・水洗・1次オイル付与・乾燥工程における延伸倍率、その後のスチーム延伸工程における延伸倍率を上げて繊維の結晶配向度(繊維配向度)を上げることが重要である。しかし、延伸倍率を上げすぎる場合、特にスチーム延伸倍率を上げすぎる場合は、プリカーサの表面に深い皺が発生する。
【0013】
深い皺が発生すると、スチーム延伸後に付与する2次オイルが、プリカーサの皺の谷状部分からプリカーサ内部に浸透する。このプリカーサ内部に浸透した2次オイルが、耐炎化処理により得られる耐炎化繊維中の異物になり、耐炎化繊維の欠陥となるため、これを原料として得られる炭素繊維は、その強度の低下を招く。したがって、炭素繊維強度の低下を招かない範囲で、スチーム延伸倍率やスチーム延伸のテンションを低くし、表面皺を発生させない必要がある。
【0014】
皺の発生によって、後の工程で工程を安定させるためのプロセスオイルを付与する際、2次オイルと同様にプロセスオイルが、プリカーサの皺の谷状部分からプリカーサ内部に浸透する。このプリカーサ内部に浸透したプロセスオイルが、耐炎化処理により得られる耐炎化繊維中の異物になり、耐炎化繊維の欠陥となるため、これを原料として得られる炭素繊維は、その強度の低下を招く。しかし、皺を小さくすることを考え、スチーム延伸倍率を下げると繊維配向度が低下し、炭素繊維強度は低下する。したがって、トータル延伸倍率は、11倍以上が望ましい。
【0015】
また、アクリロニトリル系ポリマーの塩化亜鉛水溶液を紡糸原液として用いて湿式又は乾湿式紡糸し、次いで所定の延伸倍率で延伸して得られるアクリロニトリル系粗プリカーサを所定の延伸条件でスチーム延伸して得られる炭素繊維製造用プリカーサは、プリカーサ表面皺の谷状部分が小さくなる。即ち、水銀圧入法で測定される細孔容積が所定の範囲になって、2次オイルやプロセスオイルをプリカーサ内部に取り込みにくい構造になる。また、このプリカーサは2次オイルやプロセスオイルをプリカーサ内部に取り込みにくいため、従来より少量の2次オイルやプロセスオイルの塗布量でも充分プロセスオイルの機能を発現できる。
【0016】
このように、水銀ポロシメータで測定される細孔容積が所定の範囲になった炭素繊維製造用プリカーサは、後の工程を安定化するために2次オイルやプロセスオイルを塗布しても、得られる耐炎化繊維は、その欠陥が少ない。この耐炎化繊維を炭素化処理して得られる炭素繊維は、高強度であることを見出し、本発明を完成するに到った。
【0017】
また、上記のようにプリカーサの細孔容積は、水銀圧入法から求められる細孔容積としたが、窒素ガス吸着法から求められる細孔容積でも良い。
【0018】
よって、本発明の目的とするところは、上記問題を解決した耐炎化繊維、炭素繊維製造用プリカーサの製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0019】
上記目的を達成する本発明は、以下に記載するものである。
【0020】
〔1〕 アクリロニトリル系ポリマーの塩化亜鉛水溶液を紡糸原液として用いて湿式又は乾湿式紡糸し、次いで2〜4倍に延伸して得られるアクリロニトリル系粗プリカーサを、温度100〜150℃、テンション3〜7MPaで、3〜5倍にスチーム延伸することにより製造される、水銀圧入法で測定される0.2〜1.6μmの積算細孔容積が0.03cm3/g以下である炭素繊維製造用プリカーサ。
【0021】
〔2〕 窒素ガス吸着法によって測定される細孔容積が、0.003cm3/g以下である〔1〕に記載のプリカーサ。
【0022】
〔3〕 アクリロニトリル系ポリマーの塩化亜鉛水溶液を紡糸原液として用いて湿式又は乾湿式紡糸し、次いで2〜4倍に延伸して得られるアクリロニトリル系粗プリカーサを、温度100〜150℃、テンション3〜7MPaで、3〜5倍にスチーム延伸することを特徴とする、水銀圧入法で測定される0.2〜1.6μmの積算細孔容積が0.03cm3/g以下である炭素繊維製造用プリカーサの製造方法。
【0023】
〔4〕 窒素ガス吸着法によって測定される細孔容積が、0.003cm3/g以下である〔3〕に記載のプリカーサの製造方法。
【発明の効果】
【0024】
本発明の炭素繊維製造用プリカーサの製造方法によれば、中間原料のスチーム延伸プリカーサは、アクリロニトリル系ポリマーの塩化亜鉛水溶液を紡糸原液として用いて湿式又は乾湿式紡糸し、次いで所定の延伸条件で延伸して得られるアクリロニトリル系粗プリカーサを所定の延伸倍率でスチーム延伸することにより容易に得ることができる。この炭素繊維製造用プリカーサは、水銀圧入法で測定される細孔容積が所定の範囲にある。この炭素繊維製造用プリカーサを耐炎化処理、引き続き炭素化処理して得られる炭素繊維は引張強度が高い。
【発明を実施するための最良の形態】
【0025】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0026】
本発明の炭素繊維製造用プリカーサは、アクリロニトリル系ポリマーの塩化亜鉛水溶液を紡糸原液として用いて湿式又は乾湿式紡糸し、次いで2〜4倍に延伸して得られるアクリロニトリル系粗プリカーサを、温度100〜150℃、テンション3〜7MPaで、3〜5倍にスチーム延伸することにより製造される、水銀圧入法で測定される0.2〜1.6μmの積算細孔容積が0.03cm3/g以下であることを特徴とする。
【0027】
更に具体的には、本発明の炭素繊維製造用プリカーサ、並びに、このプリカーサを用いて得られる耐炎化繊維及び炭素繊維は、例えば、以下の方法により製造することができる。
【0028】
<紡糸原液>
本例の炭素繊維製造用プリカーサに用いる紡糸原液は、アクリロニトリル系ポリマーの塩化亜鉛水溶液からなるプリカーサ製造用の紡糸原液であれば従来公知のものが何ら制限なく使用できる。具体的には、アクリロニトリル系ポリマーは、アクリロニトリルを90質量%以上、好ましくは95質量%以上含有する単量体を重合したものが挙げられる。共重合する単量体としては、アクリル酸メチル、イタコン酸、メタクリル酸などが例示される。
【0029】
<紡糸>
1つの紡糸口金に100〜30000、好ましくは3000〜24000の孔を有する紡糸口金から紡糸原液を紡出する。この紡糸に際しては、低温に冷却した凝固液(紡糸する際の溶媒−水混合液)を入れた凝固浴中に直接紡出する湿式紡糸、又は、空気中にまず吐出させた後、3〜5mm程度の空間を有して凝固浴に投入し凝固させる乾湿式紡糸法を用いる。これら湿式紡糸又は乾湿式紡糸のうち、凝固浴水面の波立ちに対して炭素繊維の表面に形成される皺の深さの影響を受けない湿式紡糸方法がより好ましい。なお、紡糸孔は通常真円である。
【0030】
凝固した後の原料繊維は、水洗・乾燥することが好ましい。水洗中、乾燥中、及び/又は、乾燥後、2〜4倍、好ましくは2.5〜4倍に延伸してアクリロニトリル系粗プリカーサが得られる。
【0031】
上記原料繊維には、水洗後、及び/又は、乾燥後、耐熱性向上や紡糸安定性を目的として、シリコーン系のオイル、例えば親水基を持つ浸透性油剤とアミノ変性シリコーン系油剤を組み合わせたオイルを付与しても良い。
【0032】
オイルとしてはシリコーン系油剤を用い、このシリコーン系油剤と親水基を持つ浸透性油剤とを組み合わせて用いることが好ましい。
【0033】
浸透性油剤は官能基として、スルフィン酸、スルホン酸、燐酸、カルボン酸やそのアルカリ金属塩、アンモニウム塩、その誘導体を有するものが好ましい。これらの浸透性油剤のうちでも、浸透しやすいジアルキルスルホサクシネート若しくはその誘導体を用いるのが特に好ましい。
【0034】
シリコーン系油剤は、未変性あるいは変性されたものの何れでもよいが、変性シリコーンがより好ましい。変性シリコーンの中でもエポキシ変性シリコーン、エチレンオキサイド変性シリコーン、ポリシロキサン、アミノ変性シリコーンが好ましく、特に好ましくはアミノ変性シリコーンである。
【0035】
<スチーム延伸>
上記アクリロニトリル系粗プリカーサは、3〜5倍、好ましくは3.5〜4.5倍にスチーム延伸することにより、後述する水銀圧入法で測定される0.2〜1.6μmの積算細孔容積が0.03cm3/g以下である炭素繊維製造用プリカーサが得られる。
【0036】
スチーム延伸条件において、温度は100〜150℃、飽和スチーム圧力は0.06〜0.3MPa(ゲージ圧)とすることが好ましい。温度が100℃以下であると繊維を十分に延伸できないばかりか、テンションが高くなって糸切れや延伸ムラを生ずる。逆に温度が150℃以上になると、繊維が柔らかくなって所定のテンションがとれず、繊維配向度が落ちて高強度炭素繊維が得られない。水洗・乾燥・スチーム延伸処理を通してのトータル延伸倍率は8〜20倍が好ましく、10〜15倍がより好ましい。
【0037】
図1は、本発明の製造方法で得られるスチーム延伸プリカーサの一例を示す概略断面図である。図1に示されるように、本例のスチーム延伸プリカーサ2は、繊維軸方向に沿って繊維直径が増加と減少を繰返してなる皺を有する。図1において、4は波状形状の山であり、6は波状形状の谷である。
【0038】
この谷6の部分には圧入した水銀が侵入し、細孔容積として測定される。同様に、窒素ガス吸着の細孔容積として測定される。プリカーサ2における山4や谷6の寸法は、どの単繊維においても一様ということはなく、通常、分布を持っている。この寸法分布を持ったプリカーサ2の谷6の部分は、水銀圧入法や窒素ガス吸着法等の測定方法により、細孔容積として定量的に見積もることができる。
【0039】
この細孔容積は炭素繊維の強度に影響する。その測定方法の中でも、特に水銀圧入法によって測定される0.2〜1.6μmの寸法範囲の細孔が、炭素繊維の強度に影響している。この寸法範囲の積算細孔容積は0.03cm3/g以下である。この細孔容積が0.03cm3/gを超えると、2次オイルやプロセスオイルがプリカーサ内部に侵入しやすくなり、プリカーサを耐炎化処理して得られる耐炎化繊維の欠陥が増加する。更には、この耐炎化繊維を炭素化処理して得られる炭素繊維の強度が低下するので好ましくない。
【0040】
また、得られるプリカーサの窒素ガス吸着法で測定される細孔容積は、0.003cm3/g以下であることが好ましい。窒素ガス吸着で測定される細孔容積が0.003cm3/gを超えると得られる炭素繊維の強度が低下し、好ましくない。
【0041】
このスチーム延伸後の炭素繊維製造用プリカーサには、必要に応じて公知の方法により熱固定や2次オイルやプロセスオイルを付与することが出来る。
【0042】
<耐炎化処理>
炭素繊維製造用プリカーサは、引き続き加熱空気中200〜280℃で10〜30分間耐炎化処理される。この耐炎化処理により、プリカーサはアクリロニトリル系繊維の場合、アクリロニトリル系繊維の環化反応を生じさせ、酸素結合量を増加させて不融化、難燃化させてアクリロニトリル系耐炎化繊維(OPF)を得る。
【0043】
この耐炎化処理は、一般的に、延伸倍率0.85〜1.30の範囲で延伸されるが、高強度・高弾性率の炭素繊維を得るためには、0.95以上がより好ましい。この耐炎化処理により、繊維密度1.3〜1.5g/cm3の耐炎化繊維が得られる。耐炎化時の張力は上記延伸倍率の範囲を超えない限り特に限定されない。
【0044】
また、耐炎化処理の工程を安定化させるため、耐炎化処理に先立ち、炭素繊維製造用プリカーサに公知のプロセスオイルを付与することも有効である。
【0045】
<第一炭素化処理>
上記耐炎化繊維は、従来の公知の方法を採用して炭素化することができる。例えば、窒素雰囲気下300〜800℃で焼成炉(第一炭素化炉)で徐々に温度勾配をかけ、耐炎化繊維の張力を制御して緊張下で1段目の炭素化(第一炭素化)をする。
【0046】
<第二炭素化処理>
より炭素化を進め且つグラファイト化(炭素の高結晶化)を進める為に、窒素等の不活性ガス雰囲気下で昇温し、焼成炉(第二炭素化炉)で徐々に温度勾配をかけ、第一炭素化繊維の張力を制御して弛緩条件で焼成する。
【0047】
焼成温度については、第二炭素化炉で温度勾配をかけていき、最高温度領域で、好ましくは800℃から2500℃、より好ましくは1200℃から2100℃がよい。
【0048】
炉内の高温部での滞留時間が長くなると、グラファイト化が進み過ぎ、脆性化した炭素繊維が得られることになるので好ましくない。
【0049】
<表面酸化処理>
上記第二炭素化処理繊維は、引き続き表面酸化処理を施す。表面酸化処理には気相、液相処理も用いることができるが、工程管理の簡便さと生産性を高める点から、液相処理が好ましい。液相処理のうちでも、液の安全性・安定性の面から、電解液を用いる電解処理が好ましい。電解酸化処理に用いられる電解液としては、硫酸、硝酸、塩酸等の無機酸や、水酸化ナトリウム、水酸化カリウムなどの無機水酸化物、硫酸アンモニウム、炭酸ナトリウム、炭酸水素ナトリウム等の無機塩類などが挙げられる。
【0050】
<サイジング処理>
上記表面酸化処理後の繊維は、必要に応じ、引き続いてサイジング処理を施す。サイジング方法は、従来の公知の方法で行うことができ、サイジング剤は、用途に即して適宜組成を変更して使用し、均一付着させた後に、乾燥することが好ましい。
【0051】
以上の製造方法により得られる炭素繊維は、5390MPa以上の高強度、2.2%以上の高伸度である。
【実施例】
【0052】
以下、本発明を実施例及び比較例により更に具体的に説明する。また、各実施例及び比較例におけるスチーム延伸プリカーサ、耐炎化繊維製造用プリカーサ、耐炎化繊維及び炭素繊維の物性についての評価方法は以下の方法により実施した。
【0053】
<密度>
アルキメデス法により測定した。試料繊維はアセトン中にて脱気処理し測定した。
【0054】
<水銀圧入法による細孔容積の測定方法>
凝固糸あるいは延伸糸を室温下エタノールで溶剤と水との置換を十分に行った後、液体窒素中に浸漬して凍結させ、その後凍結糸を−5℃〜−10℃のドライアイス・メタノールバスにて冷却しながら減圧下にて25mmHg以下になるまで乾燥処理を施した。積算細孔容積は、Quantachrome社製水銀ポロシメータを使用して測定した。水銀圧入法は、比較的濡れ性の悪い水銀に所定の圧力を加えていき、各圧力ごとに繊維内部へ侵入した水銀量を測定することにより算出した。
【0055】
<ガス吸着法による細孔容積の測定方法>
凝固糸あるいは延伸糸を室温下エタノールで溶剤と水との置換を十分に行った後、液体窒素中に浸漬して凍結させ、その後凍結糸を−5℃〜−10℃のドライアイス・メタノールバスにて冷却しながら減圧下にて0.02mmHg以下になるまで乾燥処理を施した。積算細孔容積は、Quantachrome社製ガス吸着装置を使用して測定した。ガス吸着法は、窒素分圧を徐々に上げてゆき、そのとき細孔に吸着した窒素の吸着量を測定することにより算出した。
【0056】
<広角X線回折による結晶配向度の測定方法>
X線源としてNiフイルターで単色化されたCuのKα線を使用し、2θ=17°付近に観察される面指数(400)のピークを円周方向にスキャンして得られたピークの半値幅H(°)より次式
配向度(%)={(180−H)/180}×100
から求めた。
【0057】
<炭素繊維の強度>
JIS R 7608に規定された方法により、炭素繊維(CF)の引張強度を測定した。
【0058】
実施例1
アクリロニトリル95質量%/アクリル酸メチル4質量%/イタコン酸1質量%よりなる共重合体紡糸原液を、1つの紡糸口金に24000の孔を有する紡糸口金(24000フィラメント用の紡糸口金)を通して、塩化亜鉛水溶液中に吐出して凝固させ、凝固糸を得た。
【0059】
この凝固糸を、2.8倍に延伸しつつ水洗した。この水洗後の原料繊維について、シリコーン系のオイルを用い、原料繊維質量に対し0.06質量%塗布した後、これを乾燥して直径20.5μmのアクリロニトリル系粗プリカーサを得た。この粗プリカーサをスチーム延伸機に送り、表1に示すスチーム温度、スチーム延伸倍率、テンションでスチーム延伸処理し、プリカーサを得た。得られたプリカーサの水銀細孔容積及び窒素細孔容積、繊維配向度を表1に示す。
【0060】
このプリカーサに、プロセスオイルを0.03質量%塗布し、温度250℃に設定した熱風循環式耐炎化炉を用いて20分間耐炎化処理を行い、密度1.35g/cm3の耐炎化繊維を得た。
【0061】
この耐炎化繊維を窒素雰囲気中、300〜600℃の温度域を通過させて第一炭素化処理を施した。
【0062】
この第一炭素化処理繊維を窒素雰囲気中、600〜1500℃の温度域を通過させて第二炭素化処理を施した。
【0063】
次いで、この第二炭素化処理繊維を、硫酸アンモニウム水溶液を電解液として用い、炭素繊維1g当り30クーロンの電気量で表面処理を施した。
【0064】
引き続き公知の方法で、サイジング剤を施し、乾燥して、表1に示す強度の炭素繊維を得た。
【0065】
実施例2〜3、比較例1〜3
実施例1で得られた凝固糸について、表1に示す水洗工程延伸倍率、スチーム延伸工程温度、延伸倍率、テンションで処理した以外は、実施例1と同様に、水洗処理、乾燥処理、オイル付与、スチーム延伸処理し、スチーム延伸プリカーサを得た。得られたプリカーサの水銀細孔容積及び窒素ガス細孔容積を表1に示す。
【0066】
それぞれのプリカーサについて、実施例1と同様に、プロセスオイル付与処理、耐炎化処理、第一炭素化処理、第二炭素化処理、表面酸化処理、サイジング処理を行い、耐炎化繊維、第一炭素化繊維、第二炭素化繊維、表面酸化処理後の炭素繊維、及びサイジング処理後の炭素繊維を得た。得られたサイジング処理後の炭素繊維の引張強度を表1に示す。
【0067】
【表1】

【図面の簡単な説明】
【0068】
【図1】本発明の製造方法で得られるスチーム延伸プリカーサの一例を示す概略断面図である。
【符号の説明】
【0069】
2 スチーム延伸プリカーサ
4 断面寸法が大きい山状部分
6 断面寸法が小さい谷状部分

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アクリロニトリル系ポリマーの塩化亜鉛水溶液を紡糸原液として用いて湿式又は乾湿式紡糸し、次いで2〜4倍に延伸して得られるアクリロニトリル系粗プリカーサを、温度100〜150℃、テンション3〜7MPaで、3〜5倍にスチーム延伸することにより製造される、水銀圧入法で測定される0.2〜1.6μmの積算細孔容積が0.03cm3/g以下である炭素繊維製造用プリカーサ。
【請求項2】
窒素ガス吸着法によって測定される細孔容積が、0.003cm3/g以下である請求項1に記載のプリカーサ。
【請求項3】
アクリロニトリル系ポリマーの塩化亜鉛水溶液を紡糸原液として用いて湿式又は乾湿式紡糸し、次いで2〜4倍に延伸して得られるアクリロニトリル系粗プリカーサを、温度100〜150℃、テンション3〜7MPaで、3〜5倍にスチーム延伸することを特徴とする、水銀圧入法で測定される0.2〜1.6μmの積算細孔容積が0.03cm3/g以下である炭素繊維製造用プリカーサの製造方法。
【請求項4】
窒素ガス吸着法によって測定される細孔容積が、0.003cm3/g以下である請求項3に記載のプリカーサの製造方法。

【図1】
image rotate


【公開番号】特開2009−243024(P2009−243024A)
【公開日】平成21年10月22日(2009.10.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−94328(P2008−94328)
【出願日】平成20年3月31日(2008.3.31)
【出願人】(000003090)東邦テナックス株式会社 (246)
【Fターム(参考)】