説明

無方向性電磁鋼板およびその製造方法

【課題】応力無負荷時のL方向の磁気特性が良好で、且つC方向に圧縮応力が負荷されてもC方向の磁気特性が劣化しにくい無方向性電磁鋼板およびその製造方法を提供する。
【解決手段】質量%で、C:0.005%以下、Si:1.5%以上4.0%以下、sol.Al:3.0%以下、Mn:3.0%以下、P:0.2%以下、S:0.005%以下およびN:0.005%以下を含有し、残部がFeおよび不純物からなる化学組成を有し、平均結晶粒径が40μm以上170μm以下である鋼組織を有し、W10/800C0/W10/800L0≧1.10およびW10/800Cσ/W10/800C0≦0.85×σ0.2を満足する磁気特性を有し、室温における比抵抗が40×10−8Ωm以上75×10−8Ωm以下、板厚が0.10mm以上0.35mm以下である無方向性電磁鋼板。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、無方向性電磁鋼板およびその製造方法に関する。より詳しくは、本発明は、エアコンや冷蔵庫などのコンプレッサーモータ、電気自動車やハイブリッド自動車などの駆動モータおよび発電機など、主に高効率分割鉄心型モータの固定子(ステータ)鉄心に使用することが好適な無方向性電磁鋼板およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
地球温暖化ガスを削減する必要性から、自動車、家電製品等の分野では消費エネルギーの少ない製品が開発されている。例えば、自動車分野においては、ガソリンエンジンとモータとを組み合わせたハイブリッド駆動自動車、モータ駆動の電気自動車等の低燃費自動車がある。また、家電製品分野においては、年間電気消費量の少ない高効率エアコン、冷蔵庫等がある。これらに共通する技術はモータであり、モータの高効率化が重要な技術となっている。
【0003】
従来のモータでは一体打抜き型の鉄心が固定子に採用されるケースが多かった。一体打抜きの場合、磁束は電磁鋼板の板面内であらゆる方向に流れるため、全周方向の磁気特性が良好で異方性の小さな無方向性電磁鋼板が求められてきた。
一方、近年では、固定子には巻き線設計の面で有利な分割鉄心が採用されるケースが増加している。例えば特許文献1〜特許文献3には、分割鉄心用の無方向性電磁鋼板が開示されている。
また、実際の鉄心には圧縮応力が負荷されることから、特許文献4には圧縮応力による鉄損の劣化が小さいとされる無方向性電磁鋼板が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2008−127600号公報
【特許文献2】特開2008−127608号公報
【特許文献3】特開2008−127612号公報
【特許文献4】特開2008−189976号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
分割鉄心では、ティース部と電磁鋼板の圧延方向とが平行になるように板取りされるケースが多い。したがって、磁束は電磁鋼板の圧延方向(以下、「L方向」ともいう。)と圧延直角方向(以下、「C方向」ともいう。)とに多く流れる。また、分割鉄心を組む手段としては焼き嵌めが一般的であるが、焼き嵌めによって、鉄心のヨーク部、つまり電磁鋼板のC方向に圧縮応力が負荷されて磁気特性が劣化する。一方、ティース部、つまり電磁鋼板のL方向には圧縮応力は負荷されない。したがって、分割鉄心用の電磁鋼板には、応力無負荷時のL方向の磁気特性が良好で、且つC方向に圧縮応力が負荷されてもC方向の磁気特性が劣化しにくいことが要求される。
【0006】
特許文献1〜特許文献3には、分割鉄心用の無方向性電磁鋼板が開示されているが、磁化力5000A/mで磁化した際の磁束密度B50の異方性について検討がなされているのみであり、高速回転モータにおいて磁束密度よりも重要となる鉄損の異方性や、圧縮応力による磁気特性の劣化については検討されていない。
また、特許文献4に開示された無方向性電磁鋼板は、{111}方位の集積度の高い集合組織にすることで、圧縮応力による鉄損劣化を抑制するものであるが、{111}方位は磁気特性には不利な方位であり、この方位の集積度を高めることは磁気特性の劣化を招くため好ましくない。その上、着目している鉄損は周波数50Hz、磁束密度1.5Tの条件下での鉄損であり、近年の高速回転域で使用される分割鉄心型モータの鉄心材料としては、然程重要視されていない鉄損に着目して検討がなされている。
【0007】
このように、分割鉄心用の電磁鋼板には、応力無負荷時のL方向の磁気特性が良好で、且つC方向に圧縮応力が負荷されてもC方向の磁気特性が劣化しにくいことが要求されるのであるが、従来技術においては斯かる観点から詳細な検討がなされていないのが実情である。
本発明は、上記実情に鑑みてなされたものであり、その課題はエアコンや冷蔵庫などのコンプレッサーモータ、電気自動車やハイブリッド自動車などの駆動モータおよび発電機など、主に高効率分割鉄心型モータの固定子(ステータ)鉄心に使用することが好適であり、応力無負荷時のL方向の磁気特性が良好で、且つC方向に圧縮応力が負荷されてもC方向の磁気特性が劣化しにくい無方向性電磁鋼板およびその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは上記課題を解決すべく、L方向の鉄損、およびC方向に圧縮応力を負荷した状態でのC方向の鉄損について詳細に調査した。その結果、応力無負荷時のL方向の鉄損を低下させ、且つ圧縮応力によるC方向の鉄損の劣化を抑制するには、鉄損の異方性を大きくすることが有効であることを見出した。そして、斯かる磁気特性を得るには、仕上焼鈍条件を適正化することが重要であることを見出した。このような新知見に基づく本発明の要旨は以下の通りである。
【0009】
すなわち、本発明は、質量%で、C:0.005%以下、Si:1.5%以上4.0%以下、sol.Al:3.0%以下、Mn:3.0%以下、P:0.2%以下、S:0.005%以下およびN:0.005%以下を含有し、残部がFeおよび不純物からなる化学組成を有し、平均結晶粒径が40μm以上170μm以下である鋼組織を有し、下記式(1)および(2)を満足する磁気特性を有し、室温における比抵抗が40×10−8Ωm以上75×10−8Ωm以下、板厚が0.10mm以上0.35mm以下であることを特徴とする無方向性電磁鋼板を提供する。
10/800C0/W10/800L0≧1.10 (1)
10/800Cσ/W10/800C0≦0.85×σ0.2 (2)
(ここで、
10/800L0:励磁磁束密度1.0T、励磁周波数800Hzにおける応力無負荷時の圧延方向の鉄損
10/800C0:励磁磁束密度1.0T、励磁周波数800Hzにおける応力無負荷時の圧延直角方向の鉄損
10/800Cσ:励磁磁束密度1.0T、励磁周波数800Hzにおけるσ(MPa)の圧縮応力負荷時の圧延直角方向の鉄損(但し、25≦σ≦100)
である。)
【0010】
上記発明においては、上記化学組成が、上記Feの一部に代えて、質量%で、Sn:0.1%以下およびSb:0.1%以下からなる群から選択される1種または2種以上を含有していてもよい。無方向性電磁鋼板の集合組織を改善して磁気特性を向上させることができるからである。
【0011】
また上記発明においては、上記化学組成が、上記Feの一部に代えて、質量%で、Ca:0.01%以下を含有していてもよい。結晶粒成長性を向上させて磁気特性を向上させることができるからである。
【0012】
本発明は、上述の化学組成および比抵抗を有する熱延鋼板に冷間圧延を施して板厚が0.10mm以上0.35mm以下である冷延鋼板とする冷間圧延工程と、上記冷延鋼板に、850℃以上1080℃以下の温度域に5MPa超9MPa以下の張力を負荷して1秒間以上180秒間以下保持する仕上焼鈍を施す仕上焼鈍工程とを有することを特徴とする無方向性電磁鋼板の製造方法を提供する。
【0013】
また本発明は、上述の化学組成および比抵抗を有する熱延鋼板に冷間圧延を施して板厚が0.10mm以上0.35mm以下である冷延鋼板とする冷間圧延工程と、上記冷延鋼板に、1080℃超1170℃以下の温度域に1.5MPa超9MPa以下の張力を負荷して1秒間以上180秒間以下保持する仕上焼鈍を施す仕上焼鈍工程とを有することを特徴とする無方向性電磁鋼板の製造方法を提供する。
【発明の効果】
【0014】
本発明に係る無方向性電磁鋼板により、分割鉄心型モータのモータ効率の向上が期待できる。また、本発明に係る無方向性電磁鋼板の製造方法は特殊な設備を要しないため、製造コスト面でも優れている。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】実施例における仕上焼鈍温度と仕上焼鈍時の張力との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の無方向性電磁鋼板およびその製造方法について詳細に説明する。
【0017】
A.無方向性電磁鋼板
本発明の無方向性電磁鋼板は、質量%で、C:0.005%以下、Si:1.5%以上4.0%以下、sol.Al:3.0%以下、Mn:3.0%以下、P:0.2%以下、S:0.005%以下およびN:0.005%以下を含有し、残部がFeおよび不純物からなる化学組成を有し、平均結晶粒径が40μm以上170μm以下である鋼組織を有し、上記式(1)および(2)を満足する磁気特性を有し、室温における比抵抗が40×10−8Ωm以上75×10−8Ωm以下、板厚が0.10mm以上0.35mm以下であることを特徴とするものである。
【0018】
以下、本発明の無方向性電磁鋼板における各構成について詳細に説明する。
【0019】
1.化学組成
まず、鋼板の化学組成の限定理由について説明する。なお、各元素の含有量を示す「%」は、特に断りのない限り「質量%」を意味する。
【0020】
Cは、不純物として含有され、磁気特性を劣化させる元素である。このため、C含有量は0.005%以下とする。好ましくは、0.003%以下である。
【0021】
Siは、鋼板の比抵抗を高めて鉄損を低減させるのに有効な元素である。したがって、Si含有量は1.5%以上とする。一方、Siを過剰に含有させると磁束密度が著しく低下する。このため、Si含有量は4.0%以下とする。好ましくは3.5%以下である。
【0022】
Alは、鋼板の比抵抗を高めて鉄損を低減させるのに有効な元素であるが、過剰に含有させると磁束密度が著しく低下する。このため、sol.Al含有量は3.0%以下とする。好ましくは0.1%以上2.5%以下である。
【0023】
Mnは、鋼板の比抵抗を高めて鉄損を低減させるのに有効な元素であるが、MnはSiやAlに比べて合金コストが高いため、Mn含有量が多くなると経済的に不利となる。このため、Mn含有量は3.0%以下とする。さらに好ましくは0.1%以上2.5%以下である。
【0024】
Pは、一般に不純物として含有される元素であるが、無方向性電磁鋼板の集合組織を改善して磁気特性を向上させる作用を有するので、積極的に含有させてもよい。しかしながら、Pは固溶強化元素でもあるため、P含有量が過剰になると、鋼板が硬質化して冷間圧延が困難になる。このため、P含有量を0.2%以下とする。さらに好ましくは0.15%以下である。上記作用による効果をより確実に得るにはP含有量を0.05%以上とすることが好ましい。
【0025】
Sは、不純物として含有され、鋼中のMnと結合して微細なMnSを形成し、焼鈍時の結晶粒の成長を阻害し、無方向性電磁鋼板の磁気特性を劣化させる。このため、S含有量は0.005%以下とする。さらに好ましくは0.003%以下である。
【0026】
Nは、不純物として含有され、Alと結合して微細なAlNを形成し、焼鈍時の結晶粒の成長を阻害し、磁気特性を劣化させる。このため、N含有量を0.005%以下とする。さらに好ましくは0.003%以下である。
【0027】
SnおよびSbは、無方向性電磁鋼板の集合組織を改善して磁気特性を向上させる作用を有する。したがって、SnおよびSbの1種または2種を含有させてもよい。しかしながら、過剰に含有させると却って磁気特性が劣化する。したがって、SnおよびSbの含有量をいずれも0.1%以下とする。SnおよびSbの含有量のいずれかを0.05%以下とすることがさらに好ましい。上記作用による効果をより確実に得るには、SnおよびSbのいずれかを0.01%以上含有させることが好ましい。
【0028】
Caは、介在物制御に有効な元素であり、適度に含有させると結晶粒成長性が向上する。したがって、Caを含有させてもよい。しかしながら、過剰に含有させても上記作用による効果は飽和してしまいコスト的に不利になる。したがって、Ca含有量は0.01%以下とする。さらに好ましくは0.005%以下である。上記作用による効果をより確実に得るには、Ca含有量は0.0003%以上とすることが好ましい。
【0029】
2.平均結晶粒径
結晶粒径を小さくし過ぎると、鉄損が劣化し所望の磁気特性の電磁鋼板を得ることができない。したがって、平均結晶粒径は40μm以上とする。一方、結晶粒径を大きくし過ぎると、圧縮応力によって鉄損が劣化し易くなる。したがって、平均結晶粒径は170μm以下とする。
なお、平均結晶粒径は、縦断面組織写真において、板厚方向および圧延方向について切断法により測定した結晶粒径の平均値を用いればよい。この縦断面組織写真としては光学顕微鏡写真を用いることができ、例えば50倍の倍率で撮影した写真を用いればよい。
【0030】
3.磁気特性
分割鉄心用の無方向性電磁鋼板は、応力無負荷時のL方向の磁気特性と圧縮応力負荷時のC方向の磁気特性が重視される。応力無負荷時のL方向の磁気特性を向上させると応力無負荷時のC方向の磁気特性は劣化する。つまり、応力無負荷時のL方向の磁気特性を向上させるためには、異方性を大きくすればよい。また、このように異方性を大きくすることにより、C方向の磁気特性が圧縮応力によって劣化しにくくなる。したがって、応力無負荷時のL方向の鉄損とC方向の鉄損とが下記式(1)を満足するようにすることで、応力無負荷時のL方向の磁気特性を向上させることができる。
10/800C0/W10/800L0≧1.10 (1)
ここで、
10/800L0:励磁磁束密度1.0T、励磁周波数800Hzにおける応力無負荷時の圧延方向の鉄損
10/800C0:励磁磁束密度1.0T、励磁周波数800Hzにおける応力無負荷時の圧延直角方向の鉄損
である。
【0031】
次に、C方向の磁気特性に関しては、圧縮応力によって劣化しにくいほどよい。また、負荷される圧縮応力はモータの設計によって異なる。したがって、C方向における応力負荷時の鉄損と応力無負荷時の鉄損とが下記式(2)を満足するようにすることで、C方向の磁気特性が圧縮応力によって劣化しにくくなる。
10/800Cσ/W10/800C0≦0.85×σ0.2 (2)
ここで、
10/800C0:励磁磁束密度1.0T、励磁周波数800Hzにおける応力無負荷時の圧延直角方向の鉄損
10/800Cσ:励磁磁束密度1.0T、励磁周波数800Hzにおけるσ(MPa)の圧縮応力負荷時の圧延直角方向の鉄損(但し、25≦σ≦100)
である。
なお、25MPa以上100MPa以下の圧縮応力範囲についての磁気特性を規定するのは、分割鉄心を構成した際に実際に負荷される圧縮応力を想定してのことである。
【0032】
4.比抵抗
エアコンや冷蔵庫などのコンプレッサーモータ、電気自動車やハイブリッド自動車などの駆動モータおよび発電機は高速回転域で使用されるため、鉄心材料である無方向性電磁鋼板は高周波域での鉄損が低いものが望ましい。Si、Al、Mnなどの合金量を増加させて比抵抗を高めるほど高周波鉄損は低減されるが、合金量を増加させ過ぎると、合金コストや磁束密度が劣化することが問題となる。したがって、室温における比抵抗は40×10−8Ωm以上75×10−8Ωm以下とする。さらに好ましくは45×10−8Ωm以上70×10−8Ωm以下である。
なお、室温における比抵抗は公知の四端子法により測定すればよい。測定に用いる試料は、表面の絶縁コーティングを除去した無方向性電磁鋼板を用いればよく、また熱延鋼板やスラブから比抵抗測定用の試料を採取してもよい。
【0033】
5.板厚
上述のように、エアコンや冷蔵庫などのコンプレッサーモータ、電気自動車やハイブリッド自動車などの駆動モータおよび発電機は高速回転域で使用されるため、鉄心材料である無方向性電磁鋼板は高周波域での鉄損が低いものが望ましい。高周波条件下での鉄損低減には板厚が薄い方が好ましい。さらに、板厚が厚いと、後述するように仕上焼鈍時の張力を規定したとしても、鉄損の異方性を大きくすることが困難になる。したがって、板厚は0.35mm以下とする。好ましくは0.30mm以下である。一方、過度の薄肉化は鋼板やモータの生産性を著しく低下させる。したがって、板厚は0.10mm以上とする。好ましくは0.15mm以上である。
【0034】
B.無方向性電磁鋼板の製造方法
本発明の無方向性電磁鋼板の製造方法は、上述の化学組成および比抵抗を有する熱延鋼板に冷間圧延を施して板厚が0.10mm以上0.35mm以下である冷延鋼板とする冷間圧延工程と、上記冷延鋼板に、所定の条件で仕上焼鈍を施す仕上焼鈍工程とを有することを特徴とする。
【0035】
以下、本発明の無方向性電磁鋼板の製造方法における各工程について詳細に説明する。
【0036】
1.仕上焼鈍工程
応力無負荷時のL方向の磁気特性と圧縮応力負荷時のC方向の磁気特性とをともに向上させるには、仕上焼鈍条件の制御が重要となる。鉄損の異方性は磁区構造の影響を大きく受け、磁区構造は鋼板の内部応力の影響を受け、内部応力は仕上焼鈍条件の影響を大きく受けるからである。
【0037】
仕上焼鈍温度が低いと結晶粒が粗大化されないことと、異方性が小さくなることから、L方向の鉄損を低減できない。一方、仕上焼鈍温度が高いと、圧縮応力によって鉄損が劣化し易くなる。また、仕上焼鈍時の張力が低いと異方性が小さくなり、L方向の鉄損を低減できない。一方、張力が高すぎると鋼板の平坦度が劣化する。さらに、仕上焼鈍温度によって所望の磁気特性が得られる張力も変化する。
【0038】
したがって、仕上焼鈍温度が850℃以上1080℃以下の場合は仕上焼鈍時の張力を5MPa超9MPa以下とし、仕上焼鈍温度が1080℃超1170℃以下の場合は仕上焼鈍時の張力を1.5MPa超9MPa以下とする。いずれの場合も、鋼板の平坦度の観点から、張力は8MPa以下とすることが好ましい。
【0039】
また、仕上焼鈍時の保持時間については、短すぎると粒成長しないために磁気特性が劣化する。したがって、保持時間は1秒間以上とする。一方、長すぎると鋼板の生産性が劣化してコストが増加する。したがって、保持時間は180秒間以下とする。
仕上焼鈍の他の条件は特に限定されるものではない。
【0040】
このように、仕上焼鈍工程は2つの態様に分けられる。第1態様は、上述の化学組成および比抵抗を有する熱延鋼板に冷間圧延を施してなる、板厚が0.10mm以上0.35mm以下である冷延鋼板に、850℃以上1080℃以下の温度域に5MPa超9MPa以下の張力を負荷して1秒間以上180秒間以下保持する仕上焼鈍を施す工程である。第2態様は、上述の化学組成および比抵抗を有する熱延鋼板に冷間圧延を施してなる、板厚が0.10mm以上0.35mm以下である冷延鋼板に、1080℃超1170℃以下の温度域に1.5MPa超9MPa以下の張力を負荷して1秒間以上180秒間以下保持する仕上焼鈍を施す工程である。
【0041】
2.冷間圧延工程
上記仕上焼鈍工程に供する冷延鋼板は、上述の化学組成および比抵抗を有する熱延鋼板に冷間圧延を施すことにより得ることができる。
【0042】
冷延鋼板の板厚は、0.10mm以上0.35mm以下、好ましくは0.15mm以上0.30mm以下である。上述したように、駆動モータおよび発電機は高速回転域で使用されるため、鉄心材料である無方向性電磁鋼板は高周波域での鉄損が低いものが望ましく、高周波条件下での鉄損低減には板厚が薄い方が好ましいからである。さらに、板厚が上記範囲より厚いと、上記仕上焼鈍時の張力を規定したとしても、鉄損の異方性を大きくすることが困難になるからである。一方で、板厚が上記範囲より薄いと、鋼板やモータの生産性を著しく低下させるおそれがあるからである。
【0043】
冷間圧延工程では、熱延鋼板に中間焼鈍をはさんだ二回以上の冷間圧延を施してもよい。中間焼鈍は、必ずしも必須ではないが、中間焼鈍を行うことにより鋼板の延性が向上し冷間圧延での破断が少なくなるという利点を有する。
中間焼鈍の各種条件は特に限定されるものではない。
【0044】
冷間圧延の他の条件は特に限定されるものではなく、化学組成、目的とする鋼板の板厚などにより適宜選択される。
【0045】
熱延鋼板は、通常、熱間圧延の際に鋼板表面に生成したスケールを酸洗により除去してから冷間圧延に供される。熱延鋼板に熱延板焼鈍を施す場合には、熱延板焼鈍前あるいは熱延板焼鈍後のいずれかにおいて酸洗すればよい。
【0046】
3.熱間圧延工程
上記冷間圧延工程に供する熱延鋼板は、上記化学組成および比抵抗を有する鋼塊または鋼片(以下、「スラブ」ともいう。)に熱間圧延を施すことにより得ることができる。
【0047】
熱間圧延においては、上記化学組成を有する鋼を、連続鋳造法あるいは鋼塊を分塊圧延する方法など一般的な方法によりスラブとし、加熱炉に装入して熱間圧延を施す。この際、スラブ温度が高い場合には加熱炉に装入しないで熱間圧延を行ってもよい。
熱間圧延の各種条件は特に限定されるものではない。
【0048】
4.熱延板焼鈍工程
上記冷間圧延工程に供する熱延鋼板には、熱延板焼鈍を施してもよい。熱延板焼鈍を施すことにより、一層良好な磁気特性が得られる。
熱延板焼鈍は箱焼鈍および連続焼鈍のいずれによって行ってもよい。
熱延板焼鈍の各種条件は特に限定されるものではない。
【0049】
5.その他の工程
上記仕上焼鈍工程後に、一般的な方法に従って、有機成分のみ、無機成分のみ、あるいは有機無機複合物からなる絶縁被膜を鋼板表面に塗布するコーティングを施してもよい。環境負荷軽減の観点から、クロムを含有しない絶縁被膜を塗布するものであっても構わない。また、コーティングは、加熱・加圧することにより接着能を発揮する絶縁コーティングを施すものであってもよい。接着能を発揮するコーティング材料としては、アクリル樹脂、フェノール樹脂、エポキシ樹脂またはメラミン樹脂などを用いることができる。
【0050】
本発明は、上記実施形態に限定されるものではない。上記実施形態は例示であり、本発明の特許請求の範囲に記載された技術的思想と実質的に同一な構成を有し、同様な作用効果を奏するものは、いかなるものであっても本発明の技術的範囲に包含される。
【実施例】
【0051】
以下、実施例および比較例を例示して、本発明を具体的に説明する。
下記表1に示す化学組成および比抵抗を有するスラブを熱間圧延によって2.0mmの熱延鋼板とした。得られた熱延鋼板に酸洗を施して酸洗鋼板とした。得られた酸洗鋼板に800℃の温度で10時間保持する熱延板焼鈍を施して1回の冷間圧延にて板厚0.30mmの冷延鋼板とした。これらの冷延鋼板に、0.7MPa以上6MPa以下の張力を負荷しながら、800℃以上1200℃以下の温度で1秒間以上150秒間以下保持する仕上焼鈍を施して、平均結晶粒径21μm〜184μmの無方向性電磁鋼板とした。
【0052】
このようにして得られた無方向性電磁鋼板について、励磁磁束密度1.0T、周波数800Hzの条件下での応力無負荷時のL方向の鉄損W10/800L0とC方向の鉄損W10/800C0を測定し、異方性の大きさRC/L(=W10/800C0/W10/800L0)を算出した。さらに、40MPa以上80MPa以下を満たす圧縮応力σ(MPa)を負荷しながら、C方向の鉄損W10/800Cσを測定し、圧縮応力による劣化率Rσ(=W10/800Cσ/W10/800C0)を算出した。そして、下記式(4)からX値を算出して、上記式(2)を満たすかどうかを確認した。上記式(2)を満たす場合、X≦1となる。
X=Rσ/(0.85×σ0.2) (4)
【0053】
結果を仕上焼鈍条件と併せて下記表2に示す。また、図1に仕上焼鈍温度と仕上焼鈍時の張力との関係を示す。
【0054】
【表1】

【0055】
【表2】

【0056】
表2に示すように、本発明の規定を満足する無方向性電磁鋼板は、異方性が大きく、圧縮応力による鉄損の劣化が抑制されていた。これに対し、鋼板No.1は仕上焼鈍温度が低いために、結晶粒径および異方性が小さく、応力無負荷時のL方向の鉄損を低減できなかった。鋼板No.3は仕上焼鈍温度に対して張力が低いために異方性が小さく、圧縮応力によって鉄損が劣化し易かった。鋼板No.8は張力が低いために異方性が小さく、圧縮応力によって鉄損が劣化し易かった。鋼板No.11,12は仕上焼鈍温度が高く、結晶粒径が大きいために、圧縮応力によって鉄損が劣化し易かった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.005%以下、Si:1.5%以上4.0%以下、sol.Al:3.0%以下、Mn:3.0%以下、P:0.2%以下、S:0.005%以下およびN:0.005%以下を含有し、残部がFeおよび不純物からなる化学組成を有し、
平均結晶粒径が40μm以上170μm以下である鋼組織を有し、
下記式(1)および(2)を満足する磁気特性を有し、
室温における比抵抗が40×10−8Ωm以上75×10−8Ωm以下、板厚が0.10mm以上0.35mm以下であることを特徴とする無方向性電磁鋼板。
10/800C0/W10/800L0≧1.10 (1)
10/800Cσ/W10/800C0≦0.85×σ0.2 (2)
(ここで、
10/800L0:励磁磁束密度1.0T、励磁周波数800Hzにおける応力無負荷時の圧延方向の鉄損
10/800C0:励磁磁束密度1.0T、励磁周波数800Hzにおける応力無負荷時の圧延直角方向の鉄損
10/800Cσ:励磁磁束密度1.0T、励磁周波数800Hzにおけるσ(MPa)の圧縮応力負荷時の圧延直角方向の鉄損(但し、25≦σ≦100)
である。)
【請求項2】
前記化学組成が、前記Feの一部に代えて、質量%で、Sn:0.1%以下およびSb:0.1%以下からなる群から選択される1種または2種以上を含有することを特徴とする請求項1に記載の無方向性電磁鋼板。
【請求項3】
前記化学組成が、前記Feの一部に代えて、質量%で、Ca:0.01%以下を含有することを特徴とする請求項1または請求項2に記載の無方向性電磁鋼板。
【請求項4】
請求項1から請求項3までのいずれかに記載の化学組成および請求項1に記載の比抵抗を有する熱延鋼板に冷間圧延を施して板厚が0.10mm以上0.35mm以下である冷延鋼板とする冷間圧延工程と、前記冷延鋼板に、850℃以上1080℃以下の温度域に5MPa超9MPa以下の張力を負荷して1秒間以上180秒間以下保持する仕上焼鈍を施す仕上焼鈍工程とを有することを特徴とする無方向性電磁鋼板の製造方法。
【請求項5】
請求項1から請求項3までのいずれかに記載の化学組成および請求項1に記載の比抵抗を有する熱延鋼板に冷間圧延を施して板厚が0.10mm以上0.35mm以下である冷延鋼板とする冷間圧延工程と、前記冷延鋼板に1080℃超1170℃以下の温度域に1.5MPa超9MPa以下の張力を負荷して1秒間以上180秒間以下保持する仕上焼鈍を施す仕上焼鈍工程とを有することを特徴とする無方向性電磁鋼板の製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2012−36455(P2012−36455A)
【公開日】平成24年2月23日(2012.2.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−178256(P2010−178256)
【出願日】平成22年8月9日(2010.8.9)
【出願人】(000002118)住友金属工業株式会社 (2,544)
【Fターム(参考)】