説明

無機酸化物系材料中鉛含有量測定方法、無機酸化物系材料分別方法、及び無機酸化物系材料製造方法

【課題】無機酸化物系材料中に微量に存在する鉛含有量の簡易かつ迅速な鉛含有量の定量方法を提供する。
【解決手段】無機酸化物系材料中の鉛含有量を、無機酸化物系材料からのPb−Lβ線のX線強度を蛍光X線分析法により測定し、あらかじめ求めた鉛含有量が既知である標準試料からのPb−Lβ線のX線強度と鉛含有量との関係を用いて定量することを特徴とする無機酸化物系材料中鉛含有量測定方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、溶融スラグなどの無機酸化物系材料中の鉛含有量を、蛍光X線分析法を用いて簡易かつ迅速に測定する方法に関する。さらに、蛍光X線分析法を用いて無機酸化物系材料を分別する方法、及び無機酸化物系材料を製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
金属精錬プロセス、例えば製鉄プロセスにおいて、鉛は、廃バッテリや廃回路基板を含む原料としてのスクラップから、あるいは石炭などの燃料や、石灰石や添加合金などの副原料中に含有される微量の不純物として、プロセス内に不可避的に混入する。
【0003】
製鉄プロセスの場合、一般に、鉛は鉄鋼の靱性や延性などの機械的特性を悪化させるので、特定の鋼種で快削性などの特性を得るために鉛が添加される例外を除き、精錬時に生じるスラグ及びダストなどの副生物として生成する無機酸化物系材料中に分配・濃化させることにより、鉄鋼中に残存しないようにする。
【0004】
例えば製鉄プロセスの場合、電気炉や転炉で鋼を溶製する製鋼工程で、鉛はスラグ、ダストの両方に分配される。スラグには、鉛含有量として0〜数100μg/g程度が不可避的に含まれる。
【0005】
鉛には、人体に対する有害性があることが知られている(非特許文献1〜3)。鉛を吸入又は飲み込んだ場合には、不快感・吐き気・頭痛・貧血を起こすことがある。また、鉛は、消化管・血液・中枢神経・腎臓に影響を与え、仙痛・ショック・貧血・腎障害・脳症を起こすことがある。さらに、人に対して発ガン性を示す可能性がある。
【0006】
鉛の人体への曝露に対する許容濃度は、ACGIH(TLV)では0.05mg/m以下(非特許文献4)、日本産業衛生学会勧告では最大許容濃度として0.1mg/m以下(非特許文献5)とされている。
【0007】
無機酸化物系材料が水に触れた場合、その一部が水中に溶出する。高濃度に鉛を含有した無機酸化物系材料を、例えば道路用路盤材や土木工事用、セメント原料として屋外に設置したり、管理されていない処分場に埋立て処分したりすると、無機酸化物系材料から鉛が多量に溶出する可能性があり、結果として地下水が汚染されて飲料水に混入し、人体に悪影響を及ぼすおそれがある。
【0008】
すなわち、無機酸化物系材料の環境負荷を考慮すると、製造や加工時に発生する可能性のある鉛粉塵から作業者の安全を確保できるような鉛含有量の無機酸化物系材料を選定する必要がある。また、無機酸化物系材料の利用時において、例えば、道路用路盤材などとして使用する際には、鉛の周辺水への溶出が起こらないような品種の無機酸化物系材料が求められる。
【0009】
高濃度に鉛を含有する無機酸化物系材料は、鉛を含有する粉塵や汚染水が漏出しないように、管理型処分場で処分する必要がある。環境汚染を確実に防止するためには、無機酸化物系材料から何らかの方法で鉛を分離回収することが好ましい。しかし、鉛の分離回収には時間と労力、分離回収コストがかかるので、工業的に現実的でない。
【0010】
鉄鋼などの金属精錬工程において、スクラップや原燃料からスラグやダスト中への鉛の混入そのものを防止することは極めて困難である。そこで、スラグやダストから鉛の溶出を抑制する方法、又は、スラグやダストを改質して鉛を溶出しなくする方法が、種々提案されている。
【0011】
例えば、溶融鉛塩を含んだスラグを、水又は酸水溶液で洗浄し、スラグから溶融鉛塩をあらかじめ溶出させてスラグそのものを無害化する方法(特許文献1、2)や、アルカリ土類金属とアルカリ金属の含有モル量の合計がスラグ単位重量あたり所定の量以下となるように溶融スラグの組成を調整することにより、溶融スラグの化学的安定性を高めて有害重金属が該スラグから溶出しにくくする技術(特許文献3)などが提案されている。
【0012】
また、スクラップ原料になる半導体材料に、鉛そのものを用いないような技術開発も進められている。例えばはんだの場合、従来の錫・鉛共晶はんだから、鉛フリーはんだへの切替えが進められている。スクラップに含まれる廃回路基板が鉛フリーはんだを使用したものであれば、結果として鉛を含まないスラグを回収することができるので、回収されたスラグをセメント原料等として有効に活用することができる(特許文献4)。
【0013】
しかし、市中には未だに多量の鉛を含む回路基板が残存している。廃回路基板を含んで不均質な組成となっているスクラップ原料の品質管理は容易ではないので、鉛の混入は不可避である。また、副原料に鉛が不純物として含まれる場合にも、副原料の精錬に現実的でないコストがかかるなどの工業的な問題がある。よって、スラグがプロセスから排出される場合には、排出の都度、鉛の含有量分析を行い、健康に影響のない鉛含有量であることを確認する必要がある。
【0014】
鉛の溶出量は、無機酸化物系材料中の鉛含有量にある程度の相関があり、鉛含有量が低いものほど鉛が溶出しにくい傾向にある。したがって、利用時には低鉛含有量の無機酸化物系材料が好適に用いられる。
【0015】
高鉛含有量の無機酸化物系材料は、外部への環境負荷を防止するため、管理が必要となる。すなわち、無機酸化物系材料を効果的に利用するためには、それぞれの用途に適した性質を有する無機酸化物系材料製品を選別することで、無機酸化物系材料の差別化を図っていくことが重要である。
【0016】
無機酸化物系材料中の鉛含有量の定量が実施できれば、無機酸化物系材料の用途を厳密に規定した、安全、安心なリサイクルが可能となる。無機酸化物系材料中の鉛を化学的に定量する場合には、一般に化学分析法が適用される。すなわち、鉛含有量定量の前処理として、フッ化水素酸やアルカリ融解法などを用いた試料分解法により無機酸化物系材料を溶液化した後、吸光光度法や、誘導結合プラズマ発光分光分析法、原子吸光光度法などの方法で分析する方法である。
【0017】
しかしながら、化学分析法は、一度の分析に数時間から数日かかるので迅速さに欠け、また、多検体を処理することが困難な上、薬品を扱うことによる薬災の可能性や、高温の炉を用いることによる火傷等の可能性も伴う。したがって、迅速さ、簡便さが要求される工場でのオンサイトの日常管理分析に適しているとは言い難い。
【0018】
無機酸化物系材料の鉛の含有量、溶出量を調査し、人及び環境への安全性を確認するための国内公定法がある。重金属含有量試験(土壌汚染対策法に基づく告示)として環境省告示第19号試験方法(非特許文献6)が定められている。
【0019】
この方法は、土壌汚染対策法に規定された含有量基準の試験方法として定められたものであり、試験方法は以下のとおりである。
【0020】
利用有姿の状態で採取した試料を粗砕し、次いで、溶媒に対する試料の質量体積比が3%となるように1mol/L塩酸などの溶媒を加えて、毎分約200回で2時間平行振とうして検液を調整する。この検液中の化学物質の濃度を測定し、試料中の含有量を求める。
【0021】
環境庁告示第13号試験(非特許文献7)は、沈降堆積型海洋投入や陸上の埋め立てによって処分される廃棄物から、有害物質を含む海水が10倍量排水として排出されると仮定し決定された。試験方法は、以下のとおりである。
【0022】
試料が紛状の場合は有姿のまま、成形体試料の場合は粒径を0.5〜5mmに調整する。溶媒は、塩酸でpH5.8〜6.3に調整した常温の蒸留水を用いる。液固比が10となるように試料と溶媒を混合し、毎分約200回で6時間平行振とうする。振とう後、孔径1μmのガラス繊維濾紙を用いて濾過し、その濾液を検液とし、鉛を含む有害成分の溶出量を測定する。
【0023】
環境庁告示第46号試験(非特許文献8)は、土壌中の汚染物質が溶出して汚染された地下水を人間が摂取することによるリスクを防止するため定められた土壌環境基準である。試験方法は、以下のとおりである。
【0024】
篩で粒径2mm以下に調整した試料を用い、環境庁告示第13号試験と同じ溶媒を用いて、同じ液固比で混合し、同じ条件で6時間平行振とうする。振とう後10〜30分静置した後、毎分約3000回転で20分間遠心分離した後の上澄み液を孔径0.45μmのメンブランフィルターで濾過し、その濾液を検液とし、鉛を含む有害成分の溶出量を測定する。
【0025】
タンクリーチング試験(非特許文献9)は、塊状にサンプリングした試料を環境庁告示第13号試験と同じ溶媒、液固比、同じ条件で溶媒中に静置し、プロペラ式撹拌機で6時間ほど溶媒を撹拌し、溶媒中に溶出した有害成分の溶出量を測定する方法である。
【0026】
いずれの方法も、溶出操作など、数時間の前処理操作が必要であり、また、検液中に溶出した成分の分析は煩雑な化学分析法による。したがって、化学分析の技量を有する人手を複数必要とするので、無機酸化物系材料を多量に処理する必要のある工場でのオンサイトの日常管理分析には不適な方法である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0027】
【特許文献1】特開平9−243047号公報
【特許文献2】特開2008−68156号公報
【特許文献3】特開平11−76993号公報
【特許文献4】特開2002−310952号公報
【非特許文献】
【0028】
【非特許文献1】産業中毒便覧(増補版), 後藤稠, 池田正之, 原一郎, 医歯薬出版, 1981
【非特許文献2】化学物質毒性データ総覧, 日本メディカルセンター, 1976
【非特許文献3】化学物質の危険有害便覧, 中央労働災害防止協会編, 1991
【非特許文献4】ACGIH化学物質と物理因子のTLV 化学物質のBEI, 沼野雄志訳, 作業環境測定協会, 1994
【非特許文献5】日本産業衛生学会許容濃度の勧告, 産業衛生学雑誌, 44, 4, 2002
【非特許文献6】平成15年3月6日環境省告示第19号 土壌含有量調査に係る測定方法を定める件
【非特許文献7】昭和48年2月17日環境庁告示13号 産業廃棄物に含まれる金属等の検定方法
【非特許文献8】平成3年8月23日環境庁告示第46号 土壌の汚染に係る環境基準について
【非特許文献9】JIS K 0058-1 2005 スラグ類の化学物質試験方法第1部:溶出量試験方法
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0029】
本発明では、蛍光X線を用いて鉛含有量を測定し、正確な測定結果を得られる、従来の化学分析法より迅速かつ簡易な測定方法の確立を課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0030】
本発明者らは、前記の課題を解決するために鋭意検討し、蛍光X線分析装置により、短時間かつ高精度で無機酸化物系材料中の微量の鉛含有量を定量する発明に至った。
【0031】
すなわち、本発明者らは、蛍光X線分析法で測定した無機酸化物系材料からのPb−Lβ線のX線強度は、無機酸化物系材料中の鉛含有量と相関があり、蛍光X線分析を用いることで、従来の化学分析法より短時間で精度良く、鉛含有量を定量できることを見出した。
【0032】
本発明は、上記の知見に基づきなされたものであって、その要旨は以下のとおりである。
【0033】
(1)無機酸化物系材料からのPb−Lβ線のX線強度を蛍光X線分析法により測定し、あらかじめ作成した鉛含有量が既知である試料からのPb−Lβ線のX線強度と鉛含有量との関係を示す検量線を用いて、無機酸化物系材料中の鉛含有量を定量することを特徴とする無機酸化物系材料中鉛含有量測定方法。
【0034】
(2)前記無機酸化物系材料を、微粉砕し、粉体ブリケット化することを特徴とする前記(1)の無機酸化物系材料中鉛含有量測定方法。
【0035】
(3)前記無機酸化物系材料が、鉄鋼スラグであることを特徴とする前記(1)又は(2)の無機酸化物系材料中鉛含有量測定方法。
【0036】
(4)前記無機酸化物系材料が前記検量線の作成に用いた鉛含有量が既知である試料とマトリクス組成が異なる無機酸化物系材料であって、前記蛍光X線分析法において、バックグラウンド補正と共存元素補正を組み合わせることにより、鉛を定量することを特徴とする前記(1)〜(3)の無機酸化物系材料中鉛含有量測定方法。
【0037】
(5)前記(1)〜(4)の無機酸化物系材料中鉛含有量測定方法により定量した鉛含有量に応じて、無機酸化物系材料を分別することを特徴とする無機酸化物系材料分別方法。
【0038】
(6)前記(1)〜(4)のいずれかの無機酸化物系材料中鉛含有量測定方法により定量した鉛含有量が150μg/g以下となるように分別された無機酸化物系材料を用いて、道路舗装用路盤材料、土木材料、建築材料、セメント原料、肥料、及び耐火物類のいずれか1種以上を製造することを特徴とする無機酸化物系材料製造方法。
【発明の効果】
【0039】
本発明では、蛍光X線分析装置を用いて鉛含有量を測定するので、無機酸化物系材料を湿式化学分析処理することなく測定が可能であり、測定を迅速に行うことができる。したがって、本発明を工場での生産ラインに適用することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0040】
【図1】本発明の無機酸化物系材料中鉛含有量測定方法、及び無機酸化物系材料分別方法の処理の流れの一例を示す図である。
【図2】鉛の添加方法別の、無機酸化物系材料中の鉛含有量とPb−LβX線強度との関係を示す検量線を示す図である。
【図3】カルシウム、鉄、ケイ素の含有量が、見かけの鉛含有量に与える影響を示す図である。
【図4】化学分析法により定量した鉛含有量と、Pb−Lβ線強度との関係を示す図である。
【図5】化学分析法により定量した鉛含有量と、本発明法の蛍光X線分析装置により定量した鉛含有量との関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0041】
本実施形態は、蛍光X線分析法を用いることによって、無機酸化物系材料中の鉛含有量を簡易かつ迅速に測定する方法に関する。以下、本発明について詳細に説明する。
【0042】
蛍光X線分析法は、試料にX線管球から発する1次X線を照射し、元素から発生する元素ごとに固有な特性X線のエネルギーと強度を測定することにより、元素の種類や含有量を測定する方法である。この方法を用いれば、簡便に元素の分析が可能であり、試料を非破壊で分析できるので試料の準備が容易であり、しかも迅速に分析することができる。
【0043】
本発明に用いる蛍光X線装置は、特に限定されない。一般に、無機酸化物系材料中の鉛は低含有量であるので、分析感度の高い波長分散型の蛍光X線装置が好ましい。
【0044】
図1に、本実施形態における処理の流れの一例を表した図を示す。まず、無機酸化物系材料試料を採取する。例えば鉄鋼スラグの様に溶融状態の場合は、スラグサンプラーなどの採取器具を用いて採取する。固体の試料の場合、材料置き場から代表性良く採取する。固体試料の場合は、風乾や105℃に保つことにより、恒量になるまで保持し乾燥させる。
【0045】
次に、試料を微粉砕し粉体ブリケット化する。本発明における分析方法である蛍光X線分析法は、試料表面の一定面積に、管球から発生した連続X線を照射し、発生した特性X線を検出し元素種とその含有量を決定する方法であるので、X線照射面の凹凸や元素の偏析などの表面性状が重要である。
【0046】
そこで、試料の偏析をなくし、また試料の表面の物理的性状を同様にするため、試料を粉体ブリケット化するのが好ましい。試料を粉体ブリケット化することで、不均一さを小さくし、測定のばらつきの少ない高精度の定量ができる。
【0047】
粉体ブリケット法では、まず無機酸化物系材料試料をジョークラッシャー、ハンマー、振動ミル、ボールミル、ジェットミルなどの粉砕機で微粉砕する。無機酸化物系材料試料が純鉄を含む可能性がある場合、粉砕時に微粉砕しにくくなるので、あらかじめ磁石などを用いて除鉄しておくのが好ましい。
【0048】
微粉砕した無機酸化系物材料試料をリング状、又はキャップ状の試料器に装入した後、粉体プレス機などを用いて一定圧力で加圧成形することにより、蛍光X線分析に供する供試体を作製する。試料が微粉砕される過程で偏析なく混合し、また、どの試料表面も粉体状の試料が圧密された状態となるので、物理的性状も同様となる。
【0049】
また、粉砕してプレスするのみの簡便な操作なので、自動化も容易である。粉砕の粒度は75μm以下で細かいほど好ましい。また、プレス圧力は、試料器の大きさ(X線の照射面積)にもよるが、10ton/cm〜30ton/cm程度が適当である。
【0050】
粉体ブリケット法以外の方法で、蛍光X線分析に供することができ、試料代表性の良い方法としては、例えば、微粉砕した無機酸化物系材料試料を白金るつぼなどを用いてアルカリ溶融剤とともに融解しガラス化するガラスビード法がある。しかし、ガラスビード法は、試料の調製が煩雑で時間と手間がかかり、高温溶融時に一部の鉛が無機酸化物系材料試料から揮発逸散する可能性があり、また、鉛の一部がるつぼとして用いる白金と合金化されて無機酸化物系材料試料から失われる可能性があるので、好ましくない。
【0051】
次に、粉体ブリケット化した無機酸化物系材料試料に1次X線を照射し、蛍光X線として得られるPb−Lβ線の強度を測定する。そして、測定結果を、あらかじめ検量線試料を測定することにより求められたPb−Lβ線の強度と鉛含有量との関係を表す検量線式に代入し、鉛含有量を求める。
【0052】
検量線は、鉛含有量が既知である無機酸化物系材料試料を用いて、蛍光X線分析装置でPb−Lβ線強度を測定することにより、横軸に鉛の含有量、縦軸にPb−Lβ線の強度をプロットし、最小二乗法などにより各プロット間を近似曲線で補完することで求められる。
【0053】
Pb−Lβ線強度は、無機酸化物系材料試料中に存在する主要成分の影響を受けるので、後述の共存元素補正により蛍光X線の信号強度を補正するか、検量線試料に用いる無機酸化物系材料試料中の主要成分の含有量を、実際に測定に供する無機酸化物系材料試料中の主要成分の含有量と同等にしておく必要がある。
【0054】
検量線試料として好ましいのは、測定試料と同一の品種・系統から調製した無機酸化物系材料であるが、特に限定されるものではない。鉄鋼スラグ、ごみ溶融スラグ、耐火物などといった鉛を含有する可能性があり、品質管理を行う必要があるものであって、検量線作成用に用いられる試料と実際に管理する試料とが同様の主成分組成であるものを選択すればよい。
【0055】
検量線作成のための鉛含有量が既知である無機酸化物系材料試料としては、無機酸化物系材料の製造プロセスで得られた試料中の鉛含有量を化学分析法によってあらかじめ求めた試料を用いればよい。また、無機酸化物系材料の製造プロセスで得られた試料中の鉛含有量を化学分析法によってあらかじめ求めておいた上で、そこに金属鉛又は鉛化合物を所定量添加し、段階的に鉛含有量の異なる試料を調製して得られたものを用いてもよい。
【0056】
金属鉛又は鉛化合物の添加方法としては、粉体状の金属鉛又は鉛化合物を正確に秤量して添加するか、金属鉛又は鉛化合物を酸溶液などの水溶液に溶解し、この鉛を含む溶液を無機酸化物系材料に所定量散布し、これを電気炉などを用いて乾燥させたものを添加する。
【0057】
このように、鉛含有量が既知の無機酸化物系材料のPb−Lβ線強度を鉛含有量に対してプロットし最小二乗法により線形近似して得られた検量線を図2に示す。図2の3種類の直線は、それぞれ、無機酸化物系材料の製造プロセスで得られた試料中の鉛含有量を化学分析法によってあらかじめ求めておいた試料による検量線(化学分析法)、鉛を含まない無機酸化物系材料に鉛化合物の一種である酸化鉛を添加して作成した試料による検量線(酸化鉛添加法)、無機酸化物系材料に鉛溶液を添加し、乾燥させた試料による検量線(鉛溶液添加−乾燥法)を示す。
【0058】
いずれの方法で調製した検量線試料でも、0〜200μg/gの鉛含有量で良好な直線性を有し、かつ、同一濃度であればほぼ等しいPb−Lβ線強度となる検量線を得ることができることが分かる。
【0059】
蛍光X線分析法では、試料のマトリクス組成の影響を受けて特性X線が変化するので、マトリクス組成が異なる無機酸化物系材料を分析する場合、バックグラウンド補正と共存元素補正を組み合わせてマトリクス組成の違いによる影響を排除する必要がある。
【0060】
Pb−Lβ線強度は、無機酸化物系材料試料中に存在する主要成分、特にカルシウム、ケイ素、鉄の影響を大きく受ける。図3に、試料中の主要成分のうち、カルシウム、ケイ素、鉄の濃度を変化させた場合の、見かけの鉛含有量に与える影響を示す。図3は、酸化物試薬を混合して調整した模擬試料による検討結果である。
【0061】
見かけの鉛含有量は、カルシウム含有量が28質量%、ケイ素含有量が9質量%、鉄含有量が18質量%、鉛含有量が50μg/gとなるよう調製した無機酸化物系材料試料について、鉛含有量が変わらないようにカルシウム、ケイ素、鉄を順次添加してPb−Lβ線の強度を測定し、Pb−Lβ線の強度にあたえる影響として算出した。
【0062】
図3の結果から、Pb−Lβ線強度に対して、カルシウムとケイ素は含有量の増加に応じて正の、鉄は含有量の増加に応じて負の影響を与えることが分かる。この影響を避けるには、検量線に用いる無機酸化物系材料と、実際に含有量を測定したい無機酸化物系材料に関し、測定上の蛍光X線のバックグラウンドを差し引く、いわゆるバックグラウンド補正を行った上で、共存元素濃度に応じた補正、いわゆる共存元素補正を行う必要がある。
【0063】
共存元素補正には、準ニュートン法を用いた方法や、Lachance−Trailモデルを用いた方法がある。準ニュートン法を用いた方法では、Pb−Lβ線の強度を補正すべき元素であるカルシウム、ケイ素、鉄の濃度から適切な係数を算出し、補正することが可能である。
【0064】
具体的には、
(Feの信号強度×a+Siの信号強度×b+Caの信号強度×c)
×Pb−Lβ線の信号強度 ≒ 既知の鉛含有量 …(1)
となるよう、多変量解析を行って係数a、b、cを決定し、これら係数を用いて鉛の信号強度を補正する方法である。
【0065】
この補正を行えば、無機酸化物系材料試料中の共存元素の影響による分析値のばらつきは大きく低減できる。例えば図3で用いた試料であれば、カルシウム、ケイ素、鉄の濃度によらず、すべて鉛含有量50±1μg/gの精度で分析可能である。
【0066】
以上に基づき、測定したい無機酸化物系材料試料中の鉛含有量は、試料を微粉砕した後に粉体ブリケット法による供試体を作成し、次いで、これを蛍光X線分析に供し、得られたPb−Lβ線の強度を、検量線によって求めたPb−Lβ線の強度と鉛含有量の相関に対しプロットすることにより得られる。
【0067】
本発明の方法によれば、無機酸化物系材料中に0〜200μg/g含まれる鉛を短時間でかつ簡便に測定することが可能となる。また、蛍光X線を用いることで、従来の化学分析法で必要だった煩雑な前処理を必要とせず、短時間で簡便に測定することができる。
【0068】
上記無機酸化物系材料として好ましいものは、鉄鋼製造工程で得られる鉄鋼スラグや無機酸化物系材料工場の製品である。上記の測定方法によって求められた鉛含有量に基づいて、無機酸化物系材料を分別することができる。
【0069】
無機酸化物系材料の性質は鉛含有量に依存するので、鉛含有量に基づいて無機酸化物系材料を分別することで、無機酸化物系材料の用途や環境影響をより特徴づけることができる。また、このように分別した無機酸化物系材料を使用することで、環境影響のない材料を出荷できるなど、品質をより向上させることができる。
【0070】
本発明の鉛含有量測定方法は従来の化学分析法と異なり、迅速に測定を行うことができるので、工場などでの流れ作業に適している。本実施形態では、工場の生産ラインにおいて鉛含有量を測定する。
【0071】
鉛含有量測定用の無機酸化物系材料試料は、ロットごとに分けられた無機酸化物系材料から、そのロットを代表する一部を抜き出す。その測定結果に応じて、試料を抜き出したグループの無機酸化物系材料の鉛含有量を決定する。
【0072】
生産ラインでは、鉛含有量の測定結果に基づいて自動的に無機酸化物系材料を分別できるようなシステムでもよいし、鉛含有量の測定結果を人が判断し、無機酸化物系材料を分別するようなシステムでもよい。従来の化学分析法よりも迅速に測定を行うことで、工場での生産に適用できる。
【0073】
測定の結果、ある閾値、例えば土壌汚染対策法に基づく含有量基準である150μg/gの含有量に基づき、鉛含有量が150μg/g以上となった無機酸化物系材料と、鉛含有量が150μg/g未満となった無機酸化物系材料を分別する。
【0074】
無機酸化物系材料の用途は鉛含有量に依存するため、鉛含有量に応じて無機酸化物系材料を分別することで、より環境安全性の高い性質を持った無機酸化物系材料を得ることができる。
【0075】
鉛含有量が150μg/g以上となった無機酸化物系材料は厳格に管理し、鉛の分離処理を行うか、無害化処理を行うなどして再利用するか、又は、最終処分場などで適切に処理する。鉛含有量が150μg/g未満となった無機酸化物系材料は、用途に合わせた環境基準に基づいた溶出試験を行い、溶出量にあわせて道路舗装用路盤材料、土木材料、建築材料、セメント原料、肥料、耐火物類のいずれか1つ以上に用いる。
【0076】
道路舗装用路盤材料、港湾土木材料、建築材料、セメント原料、耐火物類などは、長期間の利用時に周辺環境への鉛の溶出が起こらないことが必要であり、これらの材料には鉛含有量の低い無機酸化物系材料の使用が重要である。また、土壌汚染対策法に基づく含有量基準の鉛含有量は150μg/gであるが、これに限らず無機酸化物系材料の用途ごとに閾値を設け、管理することもできる。無機酸化物系材料の環境負荷に関し決め細かな管理を行うことにより、安全で安心な材料の出荷が可能となる。
【実施例】
【0077】
以下本発明の実施例を説明する。
【0078】
まず、Pb−Lβ線のX線強度と鉛含有量との関係を示す検量線を作成するために、鉛含有量が異なる5種類の無機酸化物系材料の標準試料を用意し、化学分析によってあらかじめ無機酸化物系材料中の鉛含有量を求めた。化学分析による鉛含有量の求め方は比較例として後述する。
【0079】
これらの標準試料について、鉛の蛍光X線強度を波長分散型蛍光X線分析装置(株式会社リガク製サイマルティックス14型)を使って測定した。約1gの無機酸化物系材料試料を、粉体試料プレス装置により粉体ブリケット成型したものを蛍光X線分析用の試料とした。
【0080】
次に、成型した標準試料に1次X線を照射し、発生する蛍光X線であるPb−Lβ線X線強度を測定した。従来の化学分析法で求めた鉛含有量(X軸)とPb−Lβ線強度(Y軸)の関係を、図4に実線で示す。両者の相関係数は0.999と極めて高く、良好な検量線が得られた。また、定量下限は10μg/g、検出下限は3μg/gであり、10μg/gまでの無機酸化物系材料の選別は十分可能である。
【0081】
なお、図4には、粉末プレス機を用いて粉体ブリケット化した無機酸化物系材料試料と、ガラスビード化した無機酸化物系材料試料とを、蛍光X線分析装置を使いPb−Lβ線の強度を測定した結果をプロットし、最小二乗法による線形近似をそれぞれ実線と破線とで示した。
【0082】
粉末プレス機を用いて粉体ブリケット化した試料(本発明例)はPb−Lβ線の強度がほぼ直線状に並んでいるのに対し、粉体ブリケット化していない試料はPb−Lβ線の強度がばらついていることが分かる。ガラスビード化した供試体のPb−Lβ線の強度と鉛含有量との関係を線形近似した相関係数Rは0.989であり、粉体ブリケット法による供試体での検量線の相関係数Rが0.999であることを考えれば、無機酸化物系材料試料を粉体ブリケット化すると測定誤差を少なくできることが分かる。
【0083】
次いで、無機酸化物系材料製造ラインから得られた無機酸化物系材料試料28検体について、検量線標準試料と同様の方法でPb−Lβ線X線強度を測定し、得られたX線強度値を上記検量線に代入して無機酸化物系材料中の鉛含有量を求めた。同じ28検体について、後述する比較例に示す方法でも鉛含有量を求めた。共存元素補正は、カルシウム、ケイ素、鉄に関し、準ニュートン法に基づく補正を行った。本発明により定量した鉛含有量と、比較例の方法で求めた鉛含有量の相関を、図5に示す。
【0084】
本発明の方法で求めた無機酸化物系材料中の鉛含有量と、従来法で求めた鉛含有量はほぼ一致しており、本発明により正確な無機酸化物系材料中の鉛含有量の定量値が得られることが分かる。
【0085】
なお、共存元素補正に関しては、Lachance−Trailモデルを用いた検討も行ったが、結果は同様であった。本発明の方法は、無機酸化物系材料試料を微粉砕した後に粉体プレス機により粉体ブリケットとし、蛍光X線を測定した後は、検量線に代入して計算するのみであり、簡便な分析手法である。
【0086】
測定した28検体のうち、土壌汚染対策法に基づく含有量基準である150μg/g以上の鉛含有量が判明した無機酸化物系材料1点に関しては、分別して管理し適切な処理を行うこととした。また、本実施例においては、1検体の無機酸化物系材料試料を分析するのに要した時間は20分であった。
【0087】
次に鉛含有量が約50μg/gの無機酸化物系材料試料を調製し、蛍光X線分析用粉体ブリケット供試体を9点作成した。9点の粉体ブリケット供試体のPb−Lβ線のX線強度を測定し、得られたX線強度と検量線から求めた無機酸化物系材料中の鉛含有量の平均値は49.9μg/gで、相対標準偏差は0.76%となった。このことから、本発明の方法の繰り返し再現性は良好であることが分かる。
【0088】
この方法を鉄鋼スラグ製品の製造に適用した。鉄鋼スラグのうち、製鋼スラグは、主に製鉄工程における転炉(酸化精錬)時に発生する。発生量は1チャージ(15〜20分ピッチ)ごとに数十ton程度である。
【0089】
路盤材製品などとして出荷する際には、これらを配合・混合させた上で粉砕整粒し、数千〜数万トンの製品ロットとする。本発明に基づき、粗鋼チャージごとにスラグを採取し、蛍光X線分析を行って鉛含有量を管理した。
【0090】
ある製鉄所では、数1000チャージに1件の割合で、スクラップを混入源として土壌環境基準値を超過する含有量の鉛が検出されたので、そのチャージのみ別管理とするために別のヤード(図1の管理ヤード)に分別し、路盤材製品など土壌環境基準が適用される製品には配合しなかった。一年間の管理を実施した結果、製品ロットの検査時の鉛含有量は、基準を超過することが一度もなく、そのまま出荷することができた。
【0091】
[比較例]
本発明の検量線作成のために行った無機酸化物系材料中の鉛含有量を定量する方法を比較例として示す。無機酸化物系材料試料1.0gを正確に秤量し、あらかじめ6規定に調整しておいた塩酸20mLを加え、白金皿の上で弱火でゆっくりと加熱する。
【0092】
次いで、フッ化水素酸10mLを加える。再び加熱し、加熱分解を継続する。さらに、過塩素酸10mLを添加し、白煙が生じ試料溶液が乾固したら加熱をやめ、放冷する。なお、白煙が生じる前に分解液が乾固した場合、飛散する可能性があるので大変危険である。
【0093】
乾固状態の試料に6規定の塩酸10mLを追加し、残留物を溶解した後、蒸留水を添加して全量を50mLに定容する。溶液中の鉛含有量は、フレームレス原子吸光法で定量する。すなわち、黒鉛炉に試料溶液を滴下し、硝酸パラジウム等のマトリックスモディファイアとともに一定の昇温速度で昇温させ、試料中の鉛を灰化、原子化させる。
【0094】
原子化して気体状となった鉛に、光源としてホロカソードランプを用い、波長283.3nm又は217.0nmの光を透過させると、基底状態にある鉛原子が光を吸収する。すなわち、原子蒸気中の原子の数に応じて吸光が起こる。
【0095】
この吸光の度合を測定し、試料中の鉛含有量を求めた。検量線試料5検体、実試料28検体の無機酸化物系材料試料を上記従来分析法に従って鉛含有量を求めたところ、すべての分析を完了するのに6日間かかった。
【0096】
この分析方法は手間と時間がかかるので、製鉄工程において15〜20分ピッチで数十ton程度産出する製鋼スラグの管理には使用できなかった。そのため、製鋼スラグを管理することなく混合・配合、粉砕整粒して路盤材などの鉄鋼スラグ製品とした。その結果、基準を超過するロットがあり、ロット全体を再処理せざるを得なかった。
【産業上の利用可能性】
【0097】
本発明の鉛含有量測定方法は短時間で行うことができるので、本発明の鉛含有量測定法を無機酸化物系材料製造工場の流れ作業に適用し、無機酸化物系材料を鉛含有量別に選別することができる。このように選別された無機酸化物系材料を各用途に用いることでより品質の優れた製品を作ることができる。
【0098】
また、新たに開発された製造プロセスにより調製した無機酸化物系材料に本発明を適用すれば、鉛含有量に基づく環境影響を考慮した無機酸化物系材料の効率的な選定が実施可能となるので、新技術の開発現場でも実用的な手法となる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
無機酸化物系材料からのPb−Lβ線のX線強度を蛍光X線分析法により測定し、あらかじめ作成した鉛含有量が既知である試料からのPb−Lβ線のX線強度と鉛含有量との関係を示す検量線を用いて、無機酸化物系材料中の鉛含有量を定量することを特徴とする無機酸化物系材料中鉛含有量測定方法。
【請求項2】
前記無機酸化物系材料を、微粉砕し、粉体ブリケット化することを特徴とする請求項1に記載の無機酸化物系材料中鉛含有量測定方法。
【請求項3】
前記無機酸化物系材料が、鉄鋼スラグであることを特徴とする請求項1又は2に記載の無機酸化物系材料中鉛含有量測定方法。
【請求項4】
前記無機酸化物系材料が前記検量線の作成に用いた鉛含有量が既知である試料とマトリクス組成が異なる無機酸化物系材料であって、前記蛍光X線分析法において、バックグラウンド補正と共存元素補正を組み合わせることにより、鉛を定量することを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の無機酸化物系材料中鉛含有量測定方法。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか1項に記載の無機酸化物系材料中鉛含有量測定方法により定量した鉛含有量に応じて、無機酸化物系材料を分別することを特徴とする無機酸化物系材料分別方法。
【請求項6】
請求項1〜4のいずれか1項に記載の無機酸化物系材料中鉛含有量測定方法により定量した鉛含有量が150μg/g以下となるように分別された無機酸化物系材料を用いて、道路舗装用路盤材料、土木材料、建築材料、セメント原料、肥料、及び耐火物類のいずれか1種以上を製造することを特徴とする無機酸化物系材料製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2012−255689(P2012−255689A)
【公開日】平成24年12月27日(2012.12.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−128168(P2011−128168)
【出願日】平成23年6月8日(2011.6.8)
【出願人】(000006655)新日鐵住金株式会社 (6,474)
【Fターム(参考)】