説明

熱物性測定装置、および熱物性測定方法

【課題】微小なサイズの非流動性材料、特に固体材料の熱物性を測定することができる熱物性測定装置、および熱物性測定方法を提供する
【解決手段】非流動性の被測定試料を加熱して、前記被測定試料の温度変化から前記被測定試料の熱物性を測定する熱物性測定装置であって、基板と、前記基板上または前記基板内に設けられた微細な断熱部と、前記断熱部内に微細加工技術を用いて前記被測定試料と接触可能な状態に設けられた微細な加熱素子および微細な感温素子とを有していることを特徴とする熱物性測定装置。前記熱物性測定装置を用いて、被測定試料の熱物性を測定することを特徴とする熱物性測定方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、材料(以下、被測定試料とも言い、また単に試料とも言う)に熱を加えて、材料の温度変化から熱伝導率、比熱、熱拡散率、熱起電力等の熱物性を測定する熱物性測定装置、および熱物性測定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
材料の熱伝導率、比熱、熱拡散率、熱起電力のような熱物性の測定を行うことは、その材料物性の基礎研究のためのみならず、各種デバイスへ応用する際にも、非常に重要である。このため、各種熱物性の測定方法に関しては、その用途に応じた様々な技術が広く知られている。例えば、比熱を測定する原理として、標準試料を用いる示差走査熱量計法が、また、熱拡散率を測定する原理として、レーザーフラッシュ法、光交流法等が、さらに、熱伝導率を測定する原理として、上記の方法により求めた比熱および熱拡散率の値と、試料の密度の値とより算出する方法や、定常熱流法、プローブ法等が一般的に知られている。
【0003】
従来、試料の熱伝導率、比熱、熱拡散率、熱起電力のような熱物性を測定するためには、試料中のある一定点での温度や試料両面での温度差を測定するためのプローブを試料に取り付ける必要があったため、測定可能な試料として数ミリメートルオーダー以上の大きさ、および厚みが必要であり、1ミリメートルオーダー以下といった微小な大きさの固体試料、または微小な領域については、上記の熱物性を測定することが不可能であるか、または非常に精度の悪い値しか得られないという課題があった。
【0004】
また、測定試料について、熱物性値の位置依存性を測定することは非常に困難であった。さらに、微小な固体試料、または微小領域について、熱伝導率と熱起電力とを同一の試料について測定することは不可能であった。
【0005】
従来より、微小な、または非常に薄い薄膜の固体試料であるにもかかわらず、上記の熱物性の測定を可能とするために、いくつかの技術が提案されている。例えば、高速レーザーフラッシュ法として、パルスレーザーを用いて数10〜数100nmの非常に薄い薄膜の熱伝導率を測定する技術が開示されている(特許文献1)。
しかし、この方法は、試料の膜面方向の大きさが非常に微小な場合には用いることができない。
【0006】
また、微小領域での熱伝導率測定を可能とする技術として、マイクロマシニング技術による熱伝導率センサに関する技術が開示されている(特許文献2、3)。
しかし、この技術は、ガスの定量分析を目的としたものであり、微小なサイズの固体試料の熱物性測定には適していない。
【0007】
また、マイクロマシニング技術等を用いて熱物性を測定するデバイスを作製した場合であっても、液体や気体といった流体は、デバイス中に容易に流入させられるため、その熱物性を容易に測定できる一方で、非常に微小な固体試料については、試料を所望の位置に固定させて、その熱物性を測定することは大変困難であった。さらに、その物性を測定する際の測定方法や、測定装置の作製方法については、何らの技術も開示されていない。
【特許文献1】特開2006−071424号公報
【特許文献2】特表2005−505758号公報
【特許文献3】特開2007−24897号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、上記の問題点に対してなされたもので、微小なサイズの非流動性材料、特に固体材料の熱物性を測定することができる熱物性測定装置、および熱物性測定方法を提供することをその課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、以上の課題を解決するためになされたものであり、微小なサイズの非流動性材料の熱物性測定を可能にするものである。
以下、各請求項の発明について説明する。
【0010】
請求項1に記載の発明は、
非流動性の被測定試料を加熱して、前記被測定試料の温度変化から前記被測定試料の熱物性を測定する熱物性測定装置であって、
基板と、前記基板上または前記基板内に設けられた微細な断熱部と、前記断熱部内に微細加工技術を用いて前記被測定試料と接触可能な状態に設けられた微細な加熱素子および微細な感温素子とを有していることを特徴とする熱物性測定装置である。
【0011】
本請求項の発明は、基板と、基板上または基板内に設けられた微細な断熱部と、前記断熱部内に微細加工技術を用いて前記被測定試料と接触可能な状態に設けられた微細な加熱素子(例えば、ヒータ)および微細な感温素子(例えば、温度計の素子)とを有しているため、非流動性の被測定試料が、ミリメートルオーダー以下といった非常に微小な大きさであっても、熱伝導率、比熱、熱拡散率、熱起電力のような熱物性を容易に測定することが可能になる。
【0012】
ここで、「非流動性の被測定試料」とは、測定の間、試料が変形しないことを意味しており、結晶構造を有する無機、有機の固体の他に、ガラスやアモルファス等固相を示すものや、高粘性体等も含まれる。
【0013】
請求項2に記載の発明は、
前記感温素子が、温度によって電気抵抗が変化する抵抗変化膜からなることを特徴とする請求項1に記載の熱物性測定装置である。
【0014】
本請求項の発明は、感温素子が、温度によって電気抵抗が変化する抵抗変化膜からなるため、広い温度範囲で精度の良い測定が可能となる。
【0015】
請求項3に記載の発明は、
前記感温素子の抵抗変化膜が、Cr−N、Cr−O、Zr−N、Zr−O、Ta−N、Ta−Oのいずれかを含むことを特徴とする請求項2に記載の熱物性測定装置である。
【0016】
本請求項の発明は、感温素子の抵抗変化膜が、Cr−N、Cr−O、Zr−N、Zr−O、Ta−N、Ta−Oのいずれかを含むため、高い抵抗率温度係数を容易に得ることができる。
なお、例えば、Zr−O−Nのように、Zr−Oが含まれ、さらにNも一部に含まれるような場合も、本請求項の発明に含まれる。
【0017】
請求項4に記載の発明は、
前記基板がシリコン基板であり、前記断熱部に少なくとも二酸化珪素からなるメンブレンが形成されていることを特徴とする請求項1〜請求項3のいずれかに記載の熱物性測定装置である。
【0018】
基板としてシリコン基板(以下、Si基板とも言う)を用いる場合、基板材料が安価で、エッチング加工技術が確立しているため、測定装置の作製に適している。この場合、断熱部に二酸化珪素(以下、SiOとも言う)を含む薄膜(以下、メンブレンとも言う)を形成する場合、Si基板を酸化処理するだけで断熱部が形成でき、また、断熱部の剛性が高くなり、被測定試料を安定して保持できる。
【0019】
請求項5に記載の発明は、
前記基板がシリコン基板であり、前記シリコン基板の一部に空洞を設けて断熱部が形成されていることを特徴とする請求項1〜請求項4のいずれかに記載の熱物性測定装置である。
【0020】
本請求項の発明は、基板をSi基板とし、Si基板の一部に空洞を設けて断熱部が形成されているため、断熱部の断熱性がより高く得られ、より高精度の測定が可能となる。
【0021】
請求項6に記載の発明は、
前記微細加工技術が、マイクロマシニング技術、または電子ビームリソグラフィであることを特徴とする請求項1〜請求項5のいずれかに記載の熱物性測定装置である。
【0022】
加熱素子および感温素子を形成する微細加工技術としては、マイクロマシニング技術、電子ビームリソグラフィが、特にサブミリメートル以下といった微細な加工を行う場合に、位置分解能のよい加工が容易に可能であり、その作製プロセスが確立しているという観点より、特に好ましい。
【0023】
請求項7に記載の発明は、
前記基板内に、前記断熱部が2つ以上設けられていることを特徴とする請求項1〜請求項6のいずれかに記載の熱物性測定装置である。
【0024】
基板内に断熱部が2つ以上設けられているため、被測定試料の熱物性値の位置依存性を測定することが可能となる。
【0025】
請求項8に記載の発明は、
前記被測定試料の両端に対応する部分に、前記被測定試料と接触可能な状態に設けられた一対の電極を有することを特徴とする請求項1〜請求項7のいずれかに記載の熱物性測定装置である。
【0026】
本請求項の発明は、被測定試料の両端の対応する部分に、被測定試料と接触可能な状態に設けられた一対の電極を設けたため、熱的特性と電気的特性、即ち、熱伝導率と熱起電力とを、同一の被測定試料について測定することが可能となる。
【0027】
なお、前記一対の電極は、インクジェット法により作製することが好ましい。これにより、被測定試料への熱的、化学的なダメージを最小限にして微小な大きさの電極を作製することが可能となる。
【0028】
請求項9に記載の発明は、
前記被測定試料が、有機材料であることを特徴とする請求項1〜請求項8のいずれかに記載の熱物性測定装置である。
【0029】
ここで、被測定試料が有機材料である場合、本発明の効果を顕著に得ることができる。前記有機材料は、特に、BEDT−TIF(ビスエチレンジチオロテトラチアフルバレン)等の有機単結晶材料、またはタンパク質やペプチド等の生体材料であると、本発明の効果を、特に顕著に得ることができる。有機単結晶材料や生体材料は、非常に興味深い特性を持ち得る一方で、大きいサイズの試料が得られにくいが、本発明によれば熱物性の測定が容易に可能となる。
【0030】
請求項10に記載の発明は、
請求項1〜請求項9のいずれかに記載の熱物性測定装置を用いて、前記被測定試料の熱物性を測定することを特徴とする熱物性測定方法である。
【0031】
本請求項の発明は、上述した熱物性測定装置を用いるため、ミリメートルオーダー以下といった非常に微小な大きさの試料であっても、熱伝導率、比熱、熱拡散率、熱起電力のような熱物性を容易に測定することが可能になる。
【0032】
請求項11に記載の発明は、
前記被測定試料の熱伝導率と熱起電力とを、測定することを特徴とする請求項10に記載の熱物性測定方法である。
【0033】
被測定試料の熱伝導率と熱起電力とを、同一の被測定試料について測定することができるようにしたため、熱電材料の性能定数をより簡単に測定することが可能となる。
【0034】
請求項12に記載の発明は、
前記感温素子が2つ以上設けられた熱物性測定装置を用いて、加熱素子に最も距離的に近い感温素子と、前記感温素子に最も近い他の感温素子との温度差が、0.1K以上10K以下に維持されるように前記加熱素子の加熱熱量を調整して、熱伝導率を測定することを特徴とする請求項10または請求項11に記載の熱物性測定方法である。
【0035】
本請求項の発明は、感温素子を少なくとも2つ以上設け、加熱素子に最も距離的に近い感温素子と、この感温素子に最も近い別の感温素子との温度差が、0.1K以上10K以下となるように加熱熱量を調整することにより、熱伝導率がより正確に得られる。
【0036】
請求項13に記載の発明は、
前記被測定試料を、接着剤により、前記加熱素子および前記感温素子に固定して測定することを特徴とする請求項10〜請求項12のいずれかに記載の熱物性測定方法である。
【0037】
本請求項の発明は、被測定試料を、接着剤により、加熱素子および感温素子に固定するため、簡単な方法で、被測定試料の種類にかかわらず、あらゆる試料について確実な測定を行うことが可能となる。
【発明の効果】
【0038】
本発明に係る熱物性測定装置および熱物性測定方法を用いることにより、微小なサイズの非流動性材料、特に固体材料の熱物性を容易に測定することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0039】
以下、本発明をその最良の実施の形態に基づいて説明する。なお、本発明は、以下の実施形態に限定されるものではない。本発明と同一および均等の範囲内において、以下の実施の形態に対して種々の変更を加えることが可能である。
なお、図1〜図4は、おのおの本発明に係る熱物性測定装置の一例を示したものであり、それぞれ、上段は、本発明に係る熱物性測定装置を上面より見た概念図であり、下段は、側面から見た断面の概念図である。
【0040】
本発明における熱物性測定装置は、基板と、前記基板上または前記基板内に設けられた微細な断熱部と、前記断熱部内に微細加工技術を用いて前記被測定試料と接触可能な状態に設けられた微細な加熱素子および微細な感温素子とを有している。本発明は、熱物性測定に必要な加熱素子や感温素子を、マイクロマシン技術や電子ビームフォトリソグラフィのような微細加工技術を用いて基板と一体化して作製し、このような構造体を用いて、ミクロンオーダーといった非常に微小な領域の熱物性測定を可能にするという点にある。例えば、マイクロマシン技術を用いて、薄膜抵抗体からなる加熱素子と、薄膜抵抗体からなる2つの感温素子とを、1〜1000μm程度の距離に作製することができるので、1〜1000μmの長さの微小な試料を測定対象とすることが可能になる。
なお、本発明における微細加工技術とは、1mm以下の加工が可能な技術を言う。
【0041】
基板は、基板上または基板の内部に、後述する断熱部を設けることができるものであれば特に制限されず、シリコン、ゲルマニュウム等の半導体、銅、アルミニウム等の金属、または石英ガラス、サファイア等の酸化物、Si−N等の窒化物、Si−C等の炭化物、その他の無機材料、またはポリカーボネートやアクリル樹脂(PMMA)等の各種プラスチックや、ゴム、繊維等の有機材料等の材料を用いることができる。
【0042】
断熱部は、加熱素子で発生する熱量のほとんど全てが被測定試料へ付与されることを可能にするために設けるものであり、必要な測定精度に応じて、その断熱性能を設定する。例えば、基板上または基板の内部に、熱容量を無視できる程度に小さい領域を設ける、または適切な一部分を空洞にする等により作製される。例えば、基板としてSi基板を用いた場合、後に述べる方法で作製したSiO膜等からなるメンブレンや、マイクロマシニング技術によってシリコンを除去した空洞等を用いることができる。
【0043】
感温素子は、被測定試料のある一定点での温度を測定するためのものであり、測定に必要な精度が得られるものであれば、各種測定原理の感温素子を用いることができる。例えば、温度による電気抵抗の変化を読み取る抵抗変化方式の感温素子や、熱電対、熱電堆(サーモパイル)、ダイオードの順方向の閾値電圧の変化を読み取るダイオード感温素子等を用いることができる。
【0044】
前記感温素子として、特に、電気抵抗変化方式の感温素子を用いることが望ましい。電気抵抗変化方式の場合、感温素子のサイズをより小さくすることができ、かつ高精度の温度計測が可能である。また、用いる抵抗変化膜の電気抵抗率温度係数を調節することによって、感温素子の感度を調節できるという利点もある。好ましくは、TCRを0.05%以上10%以下とする。TCRが0.05%より小さいと、温度による電気抵抗率の変化が小さく感度が小さくなるため好ましくなく、10%を超える場合、測定可能な温度範囲が狭まってしまうため、好ましくない。
【0045】
抵抗体膜の抵抗値を読み出すためには、適宜電極を設ける必要があり、好ましくは、電極と抵抗変化膜との接触抵抗の影響を排除するために、四端子法での測定を行うための電極を抵抗変化膜の四点に設ける。
【0046】
抵抗体膜の材料としては、測定対象温度において、TCRが適切な値であれば特に限定されない。より好ましくは、Cr−N、Cr−O、Zr−N、Zr−O、Ta−N、Ta−Oのいずれかを含む材料とする。この場合、TCRの値が容易に適切な範囲で得られるばかりでなく、その組成を調整することによって、磁場中での抵抗率変化を小さくし得るため、特に磁場中での熱物性測定時に都合がよい。
【0047】
加熱素子は、被測定試料に熱量を与えるためのものであり、ジュール熱、レーザー光の照射等、その発熱量が精度良く設定できるものであれば、どのような原理を用いてもよい。簡単に実施するためには、抵抗体に電流を流してジュール熱を発生させる方法を採用することが好ましい。この場合、抵抗体としては各種金属、半導体、誘電体を用いることができる。
【0048】
抵抗体の電気抵抗値は、測定用途に応じて加熱熱量が適正な範囲に得られる値に設定すればよく、より好ましくは測定対象温度での電気抵抗値が1Ωから10MΩまでの範囲内の値となるように、その大きさ、厚さ、形状等を調節する。前記の感温素子として、抵抗変化膜を採用する場合、加熱素子材料にも同じ材料を採用することにより、同じ処理工程で作製することが可能になる。
【0049】
被測定試料が基板上の断熱部以外の部分と接する部分には、ヒートシンクを設けることが好ましい。これは、被測定試料について、基板や周囲温度と、より正確に同一の温度で保たれるようにするためのものである。具体的には、金属薄膜等の基板との熱抵抗が非常に小さい材料で作製する。
【0050】
本発明における被測定試料は、非流動性の試料とする。特に、有機単結晶や生体材料といった有機材料は、極微小な試料しか得られない場合が多いため、本発明の効果を顕著に得ることができる。
【0051】
具体的な材料としては、例えば、ビスエチレンジチオロテトラチアフルバレン(BEDT−TIF)、ジメチルジシアノキノンジイミン銀((DMe−DCNQI)Ag)等の有機単結晶材料や、またはタンパク質やペプチド等の生体材料が挙げられる。
また、本発明の被測定試料となる非流動性の材料には、結晶構造を持った固体に加えて、ガラス、アモルファス等固相を示すものや高粘性体等も含まれる。
【0052】
ここで、本発明における熱物性測定装置の構造の一例を、図1に示す。この例では、基板1をSi基板とし、断熱部2はシリコンを熱酸化させたSiOのメンブレンとしている。加熱素子3、および2個の感温素子4はいずれもCr−N薄膜とし、薄膜抵抗体の抵抗を読み出すための読み出し電極5として、厚さ20nmのCr薄膜の上に厚さ200nmのAu薄膜を連続的に成膜した薄膜を用いた。
【0053】
実際には、この読み出し電極5を四端子法により抵抗値の測定ができるような構成で作製することが好ましいが、ここでは図示は省略し、二端子のみ図1に示した。被測定試料6が、基板1上の断熱部2以外の部分と接する部分には、Au薄膜からなるヒートシンク7を設け、基板や周囲温度とより正確に同一の温度で保たれるようにしている。この構造体に、被測定試料6として直径40μmの銅線をプレスして平坦にした試料をワニスにより接着し、熱伝導率を測定可能な構成とした。また、基板1はある一定の温度に正確に保つことを可能とするために、熱浴8に熱的に接触している。
【0054】
他にも本発明の範囲内であれば種々の構造を有する装置を使用することができる。例えば、図2には図1における断熱部2を、空洞にした例を示す。この場合、加熱素子3で発生した熱量がより多く被測定試料6へ付与され、測定の誤差要因である熱量のロスが非常に小さくなるため、より高精度での測定が可能となる。
【0055】
また本発明の別の例として、図3に断熱部2を2つ以上設けた例を示す。この場合、同一の被測定試料6内の熱物性値の位置分布を知ることができる。図3では、断熱部2内に設けた加熱素子3、感温素子4を省略している。
【0056】
また、図4には、さらに本発明の別の例として、断熱部2内に感温素子4を4つ設けた例を示す。図4では簡単のため、感温素子5の読み出しのための電極5の図示を省略した。この例を用いれば、被測定試料6の横方向、および縦方向の熱伝導率の違いを知ることができるため、例えば熱特性に異方性のある試料について、方向による熱物性の違いについて測定をすることができる。
【0057】
次に、本発明における熱物性測定装置の作製方法について述べる。
本発明における断熱部は、例えばドライエッチングやウェットエッチング、フォトリソグラフィ、電子ビームリソグラフィ、放電加工、レーザー加工等の微細加工技術を用いて、基板または基板内部の一部分を取り除くことによって作製することができる。ここでは、微細加工技術とは、1ミリメートルオーダー以下の加工が可能な技術であるとする。
また、基板内に予め空洞を設けておき、これを断熱部としてもよい。
【0058】
具体的には、例えば基板としてSi基板を用いる場合、水酸化テトラメチルアンモニウム水溶液によるシリコンのウェットエッチングや、SF、CHF等のフッ素系ガスによるドライエッチングによって、シリコンが除去された空洞を作製することができ、これを断熱部とすることができる。
【0059】
本発明における加熱素子や感温素子は、前記の微細加工技術やリフトオフ法等、各種の微細形状を作製するための方法を用いることができる。
【0060】
被測定試料と基板とを固定させる方法としては、例えば基板に断熱部と加熱素子、感温素子を作製した後、ワニスやフォトレジスト等の接着剤を用いて接着させる方法を用いることができる。この場合、接着剤を電気的な絶縁性を保つことのできる最小限の厚さで使用することにより、被測定試料と加熱素子、または感温素子との間の熱抵抗を最小限にすることができ、より正確な熱測定が可能になるため好ましい。
【0061】
特に、微細加工技術により作製したスタンプを用いて、少なくともスタンプの凸部に接着剤を塗布し、被測定試料、または断熱部のうちの接着剤を塗布したい箇所へ接着剤を付着させる方法をとる場合、前記の熱抵抗を非常に小さく抑えることができる。スタンプとしては、例えば、フォトリソグラフィ等の方法で微細加工を施したポリジメチルシロキサン(PDMS)等のシリコンゴム等を用いることができる。
【0062】
被測定試料と基板とを固定させる別の方法として、基板上に直接、被測定試料を作製する方法をとることもできる。例えば、加熱素子や感温素子を作製した後、これらと被測定試料との電気的絶縁性を保つための絶縁膜を極薄く作製し、その上に被測定試料となる材料を直接、形成する。
【0063】
次に、本発明における熱物性測定装置の測定方法について述べる。一例として、図1に示す装置を用いて熱伝導率を測定する例について述べる。
まず、熱伝導率の定義を以下に説明する。ある試料内を一定の定常熱流が流れており、試料中に温度勾配があるとき、この試料に流れ込む熱量と温度勾配の間には比例関係がある。即ち、Q/A=K・ΔT/Lの関係がある。ここで、Qは試料に流入する熱量、Aは試料の断面積、Kは求める熱伝導率、ΔTは温度勾配、Lは温度勾配を定義した2点間の距離である。
【0064】
本発明では断熱部を有し、加熱素子で発生した熱量のほとんど全てが被測定試料内を通ると近似できるため、加熱素子によって発生する熱量を測定し、被測定試料の2箇所に接する感温素子を用いて温度勾配を測定することによって、熱伝導率を決定することができる。
【0065】
測定の手順は、例えば次のように行う。
はじめに、2つの感温素子4について、それぞれの電気抵抗値と温度の関係を例えば以下の方法で得ておく。校正済みの2つの感温素子4と加熱素子3とを予め熱浴8に装着し、2つの感温素子4の温度を熱浴8の温度と同一にしておく。ここで、感温素子4には電流を流さずに、2つの感温素子4の電気抵抗値を例えば交流ブリッジ装置(図示せず)によって測定する。熱浴8の温度より、2つの感温素子4の温度を得ることができるため、この測定により、ある1点の温度での感温素子4の電気抵抗値を得ることができる。次に、熱浴8に装着した加熱素子3によって熱浴8の温度を変化させながら、2つの感温素子4の電気抵抗値をそれぞれ同様にして測定する。これにより、各感温素子4について電気抵抗値と温度の関係が予め得られるので、感温素子4をその後の熱測定での温度測定に用いることができる。
【0066】
次に、実際に被測定試料6の熱伝導率の測定を行う。まず断熱部2内にある加熱素子3には電流を流さない状態で、2つの感温素子4の電気抵抗値を、例えば交流ブリッジ装置によって測定し、その値から求めた被測定試料6内の2箇所の温度が同じであることを確認する。その後に、定電流源を用いて定まった電流を加熱素子3に流し、同時に加熱素子3に発生する電圧を電圧計で測定することにより、電流と電圧の積を計算して加熱素子3に発生する熱量を求める。次に、この加熱素子3に電流を流したままの状態で、2つの感温素子4の温度を測定することにより、被測定試料6内に生じる温度勾配を求めることができる。
【0067】
即ち、2つの感温素子4の抵抗値を例えば交流ブリッジ装置によって測定し、前記の方法で得られた抵抗値と温度との関係を用いて、それぞれの電気抵抗値を温度に変換し、その温度差を求める。最後に、前記熱伝導率の定義式、即ち、K=Q/ΔT・L/Aの関係式から熱伝導率Kを求める。ここで、Qは上で求めた加熱素子3で発生する熱量、ΔTは2つの感温素子4間の温度差、Lは2つの感温素子4間の距離、Aは被測定試料6の断面積である。
【0068】
このとき、ΔTが0.1K以上10K以下となるように加熱熱量を調整することが好ましい。ΔTが0.1Kよりも小さい場合、2つの感温素子4間の温度差が非常に小さくなり、温度のふらつき等のノイズの影響を受けやすくなるため、測定精度が低下してしまうおそれがある。また、ΔTが10Kよりも大きい場合、被測定試料6中に急峻な温度勾配ができており、加熱素子3の加熱熱量が比較的大きくなるため、余分な熱輻射等の影響により加熱素子3で発生した熱量のほぼ全てが被測定試料6中を流れるという近似が成り立ちにくい条件となるおそれがある。
【0069】
次に、熱浴8に装着した加熱素子3を用いて、熱浴8および被測定試料6の温度を変えることにより、各温度における被測定試料6の熱伝導率を測定することが可能となる。なお、熱伝導率測定時の被測定試料の温度は、2つの感温素子4の温度の平均値として求める。
【0070】
さらに、被測定試料6と電気的に接触する読み出し電極5を、被測定試料6中の高温側と低温側の2箇所に設けることにより、以下の方法で熱起電力を同時測定することが可能となる。即ち、加熱素子3によって被測定試料6内に熱流を発生させた状態で、2箇所の電極間に現れる電圧、即ち熱起電力を電圧計によって測定する。感温素子4によって測定した温度差との比を求めると、被測定試料6の熱電能(1K当たりの熱起電力)が得られる。
【0071】
本発明によって、近似的に熱絶縁された微小領域において、熱を発生させて温度および温度勾配を測定することが可能になったため、上記で述べた熱伝導率、熱起電力の測定以外にも、微小試料の比熱、磁気比熱、磁気熱伝導、ネルンスト係数、等の様々な熱物性測定に本発明の適用が可能である。
【0072】
(実施例)
以下に、本発明の実施例について述べる。図1に、本実施例の熱物性測定装置の構造の一例を示す。この例では、基板1としてSi基板の両面に熱酸化により膜厚1μmのSiO薄膜を作製した基板1を用い、断熱部2は基板1の上面のSiO薄膜のみを残したメンブレンとしている。メンブレンの作製方法は、フォトリソグラフィとドライエッチングにより裏面のSiOの所定箇所を除去した後、基板1を水酸化テトラメチルアンモニウム水溶液(TMAH)に浸してシリコンのウェットエッチングを行うことにより、シリコンを除去した。メンブレンの大きさは300μm角の正方形となるように作製した。
【0073】
このメンブレン上に、Zr−O−N薄膜からなる加熱素子3、および2つの感温素子4と、加熱素子3への電力付加と感温素子4の抵抗値の読み出しとを可能にするためのAu/Cr電極5を、いずれもリフトオフ法により作製した。ここで、Zr−O−N薄膜の厚さは200nmで共通とし、Au/Cr電極5は、厚さ20nmのCr薄膜の上に厚さ200nmのAu薄膜を連続的に成膜した薄膜を用いた。
【0074】
2つの感温素子4の形状、大きさは同一のものを使用し、加熱素子3、および感温素子4の大きさは、それぞれ10μm×20μm、20μm×40μmとした。薄膜端と加熱素子3との距離、および加熱素子3と第1の感温素子4、および第1の感温素子4と第2の感温素子4との距離は、それぞれ順に100μm、50μm、100μmとした。なお、ここで、第1の感温素子4は、加熱素子3に近く位置する感温素子であり、第2の感温素子4は、加熱素子3に遠く位置する感温素子である。この構造体に、被測定試料6として直径0.003インチのクロメルワイヤーをプレスして平坦にした試料を絶縁ワニスにより接着した。この熱物性測定装置を用いて、実際に熱伝導率の測定を行った。一例としてヒートシンクを100Kに保って測定した際の測定条件、および測定結果を下記表1に示す。
【0075】
【表1】


ここで、Qは加熱素子で発生する熱量、ΔTは2つの感温素子間の温度差、Kは求めた熱伝導率である。
【0076】
表1と同様の測定を、加熱素子で発生する熱量を3.0E−5[W]から2.8E−4[W]まで変化させて繰り返し行い、加熱素子で発生する熱量とΔTの関係式を原点を通る直線の式によって近似することにより求めた熱伝導率の値は、11.9[W/m・K]となり、ほぼ文献値と一致した値が得られた。
【0077】
このように、本発明によって、近似的に熱絶縁された微小領域において、熱を発生させて温度および温度勾配を測定することが可能になったため、1ミリメートルオーダー以下といった非常に微小な領域で各種の熱物性の測定を行うことができることが明らかとなった。本発明は上記実施例に限定されるものではなく、他にも、図2から図4に示した熱物性測定装置や、熱伝導率、熱起電力の測定以外にも、微小試料の比熱、磁気比熱、磁気熱伝導、ネルンスト係数等の様々な熱物性測定に適用することが可能である。
【0078】
以上で述べたように、基板と、基板上または基板内に設けられた断熱部と、この断熱部内に微細加工技術を用いて作製した加熱素子、および感温素子とを少なくとも有し、加熱素子と感温素子の両方に接して、非流動性材料からなる被測定試料を保持する熱物性測定装置を用いることにより、非常に微小な試料、または微小領域であっても、その熱物性の測定をすることが可能となる。また、2つ以上の断熱部をアレイ化して配置することにより、試料の熱物性値の位置依存性を測定することが可能となる。また、被測定試料の両端に電極を設けることにより、同一の微小な被測定試料についての熱伝導率と熱起電力との測定が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0079】
【図1】熱物性測定装置の一例を示す概念図である。
【図2】熱物性測定装置の他の例を示す概念図である。
【図3】熱物性測定装置の他の例を示す概念図である。
【図4】熱物性測定装置の他の例を示す概念図である。
【符号の説明】
【0080】
1 基板
2 断熱部
3 加熱素子
4 感温素子
5 読み出し電極
6 被測定試料
7 ヒートシンク
8 熱浴

【特許請求の範囲】
【請求項1】
非流動性の被測定試料を加熱して、前記被測定試料の温度変化から前記被測定試料の熱物性を測定する熱物性測定装置であって、
基板と、前記基板上または前記基板内に設けられた微細な断熱部と、前記断熱部内に微細加工技術を用いて前記被測定試料と接触可能な状態に設けられた微細な加熱素子および微細な感温素子とを有していることを特徴とする熱物性測定装置。
【請求項2】
前記感温素子が、温度によって電気抵抗が変化する抵抗変化膜からなることを特徴とする請求項1に記載の熱物性測定装置。
【請求項3】
前記感温素子の抵抗変化膜が、Cr−N、Cr−O、Zr−N、Zr−O、Ta−N、Ta−Oのいずれかを含むことを特徴とする請求項2に記載の熱物性測定装置。
【請求項4】
前記基板がシリコン基板であり、前記断熱部に少なくとも二酸化珪素からなるメンブレンが形成されていることを特徴とする請求項1〜請求項3のいずれかに記載の熱物性測定装置。
【請求項5】
前記基板がシリコン基板であり、前記シリコン基板の一部に空洞を設けて断熱部が形成されていることを特徴とする請求項1〜請求項4のいずれかに記載の熱物性測定装置。
【請求項6】
前記微細加工技術が、マイクロマシニング技術、または電子ビームリソグラフィであることを特徴とする請求項1〜請求項5のいずれかに記載の熱物性測定装置。
【請求項7】
前記基板内に、前記断熱部が2つ以上設けられていることを特徴とする請求項1〜請求項6のいずれかに記載の熱物性測定装置。
【請求項8】
前記被測定試料の両端に対応する部分に、前記被測定試料と接触可能な状態に設けられた一対の電極を有することを特徴とする請求項1〜請求項7のいずれかに記載の熱物性測定装置。
【請求項9】
前記被測定試料が、有機材料であることを特徴とする請求項1〜請求項8のいずれかに記載の熱物性測定装置。
【請求項10】
請求項1〜請求項9のいずれかに記載の熱物性測定装置を用いて、前記被測定試料の熱物性を測定することを特徴とする熱物性測定方法。
【請求項11】
前記被測定試料の熱伝導率と熱起電力とを、測定することを特徴とする請求項10に記載の熱物性測定方法。
【請求項12】
前記感温素子が2つ以上設けられた熱物性測定装置を用いて、加熱素子に最も距離的に近い感温素子と、前記感温素子に最も近い他の感温素子との温度差が、0.1K以上10K以下に維持されるように前記加熱素子の加熱熱量を調整して、熱伝導率を測定することを特徴とする請求項10または請求項11に記載の熱物性測定方法。
【請求項13】
前記被測定試料を、接着剤により、前記加熱素子および前記感温素子に固定して測定することを特徴とする請求項10〜請求項12のいずれかに記載の熱物性測定方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2008−224496(P2008−224496A)
【公開日】平成20年9月25日(2008.9.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−64873(P2007−64873)
【出願日】平成19年3月14日(2007.3.14)
【出願人】(504176911)国立大学法人大阪大学 (1,536)
【Fターム(参考)】