説明

熱物性測定装置、熱物性測定方法

【課題】加熱光と検出光との位置関係の変動、環境要因変化に依存して生じる前記加熱光の高周波成分に基づく測定結果の変動を極力防止し、これにより前記熱物性測定の再現性、信頼性を高く保ち、また、試料の熱伝導率と体積熱容量とを個別に測定可能な熱物性測定装置を提供すること。
【解決手段】試料7における加熱光Eの照射位置、検出光Dの照射位置を測定し、その測定結果に基づいてダイクロイックミラー19の向きを変位させ、両者の照射位置が予め定められた目標相対位置関係となるように加熱光Eの照射位置を調節する。また、断続光に変換された加熱光Eを加熱光測定器24により検出し、その検出結果に基づいて歪波成分を除去するようにドライバ8に入力する強度変調信号の調節を行う。また、ビーム調整器18aにより試料7における加熱光Eの照射径を調節して複数回測定した測定値に基づき、試料7の熱伝導率と体積熱容量とを個別に測定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、試料に対して加熱光を照射し、該加熱光により加熱された前記試料の温度変化を測定することにより前記試料の熱物性を測定する熱物性測定装置及び熱物性測定方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
試料の熱物性を測定する方法として、従来からレーザーフラッシュ法がしばしば用いられている。同方法では、所定の加熱光(レーザ光)を前記試料に照射したときの前記試料の温度変化を測定することにより、熱物性を測定する。また、前記試料の温度変化は前記試料表面における反射率の変化等として観測することが可能である。そこで、前記加熱光以外に前記試料に所定の検出光を照射し、前記試料により反射された前記検出光の強度を測定することにより前記反射率を、ひいては前記熱物性を測定することが可能であり、薄膜熱物性測定法(レーザー熱物性顕微鏡)として、金属、セラミック、半導体、ガラス等の種々の試料の測定に利用されている。
上記のような原理による熱物性の測定装置として、例えば特許文献1等に記載の装置が知られている。図1は特許文献1に記載の微小領域熱物性測定装置の概略構成図である。以下、図1を参照しつつ、特許文献1等の従来例に記載の微小領域熱物性測定装置について説明する。
【0003】
図1に示される、従来例における微小領域熱物性測定装置Bは、加熱用レーザ光源1、交流変調器2、ハーフミラー3、4及び14、レンズ5、試料載置台6、ドライバ8、検出用レーザ光源9、光学フィルタ10、検出光測定器11、ロックインアンプ12、関数発生器13、光測定器15、モニタ16等を有して概略構成される。
前記加熱用レーザ光源1から加熱光Eが照射される。前記加熱光Eは交流変調器2を通過する際に周期的に強度変調される。また、前記加熱光Eはハーフミラー3に反射され、前記ハーフミラー4を通過する。更に、前記加熱光Eはレンズ5により集光されつつ前記試料載置台6に載置される試料7の測定部に照射される。前記試料7の測定部は前記加熱光Eの照射により加熱される。
尚、前記加熱光Eは、前記試料7の測定部への照射時において広がりをもっている。また、前記加熱光Eの広がりは一様ではなくムラが生じているものであり、従って前記試料7の測定部には、図2に示されるように前記加熱光Eの照射強度分布が生じる。
尚、関数発生器13はドライバ8に対して加熱光の強度変調信号を出力する。前記ドライバ8は、それに基づいて前記交流変調器2に信号を出力し、加熱光の強度を変調する。
尚、前記加熱光Eの一部は前記試料7により反射され、更に前記ハーフミラー4及び14により反射され、光測定器15に入射する。前記光測定器15は、測定する光の波長帯を設定する波長設定機能を有している。該機能により、前記加熱光Eの波長に相当する波長帯が設定されている際に、前記光測定器15は前記加熱光Eを測定する。尚、前記光測定器15は複数配列されたのCCD等からなるものであり、測定位置に対する前記加熱光Eの強度変化、即ち前記加熱光Eの強度分布を測定することが可能である。また、ここで測定された強度分布は、前記試料7の測定部に照射された前記加熱光Eの照射強度分布と等価である。
【0004】
一方、前記検出用レーザ光源9からは検出光Dが照射される。前記検出光Dは前記ハーフミラー3、4を透過して前記試料7に照射され、前記試料7の表面温度に応じた反射率で反射される。前記試料7により反射された前記検出光Dは前記ハーフミラー4により反射され、光学フィルタ10を通過して検出光測定器11により検出される。また、前記検出光Dは前記検出光測定器11により検出され、その強度に応じた信号レベルの電気信号に変換され、前記ロックインアンプ12に入力される。
前記ロックインアンプ12は、前記関数発生器13による強度変調信号を参照信号として用い、前記加熱光Eに対する前記検出光Dの位相(熱反射信号)を観測する。これにより、前記ロックインアンプ12は前記試料7の熱物性を測定する。
このような従来の薄膜熱物性測定法によれば、試料の熱物性値として熱浸透率が得られる。
尚、前記試料7により反射された前記検出光Dの一部は前記ハーフミラー4により反射された後に前記ハーフミラー14により反射され、前記光測定器15に入射する。前記光測定器15の有する上述の波長設定機能により、前記検出光Dの波長に相当する波長帯が設定されている際には、前記検出光Dを検出して前記試料7の測定部における像の位置を測定することが可能である。尚、前記検出光Dは、前記加熱光Eとは異なり前記レンズ5により十分集光され、図2に示されるように前記試料7の測定部において小さなスポットの像を得る。
【特許文献1】特開2000―121585号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、前述のように、光測定器15により測定される加熱光Eには強度分布が生じている。この強度分布は試料7の測定部に照射されるときの照射強度分布と等価であり、前記試料7に生じる発熱は、前記照射強度分布及び熱拡散に基づいて位置毎にバラツキが生じる。即ち、図3に示されるように、前記加熱光Eの照射位置と検出光Dの照射位置とのズレに応じて、前記検出光測定器11により測定される熱反射信号の強度が異なる。
従って、前記試料7の熱物性を評価する際(薄膜熱物性測定法による測定の際)には、例えば検出光Dの照射軸と前記加熱光Eの照射軸を合わせるなどして、前記試料7におけるそれらの照射位置の相対位置関係を一定に保つ(つまり、前記照射強度分布における特定の位置からの検出光の反射を測定する)ことにより、加熱光Eの照射強度分布に起因する測定値のバラツキを抑えることが、前記熱物性測定の高い再現性、信頼性を得る上で重要である。
そこで、上述の従来例では、図2に示されるように、前記光測定器15による前記加熱光Eの照射強度分布の測定結果及び前記検出光Dの像を前記モニタ16(図1参照)の表示部に表示させ、実験者が該表示部による表示を参照しつつ、光軸方向の調節を行うこと等により、前記照射位置の相対位置関係が調節されていた。
しかし、従来例のような手動での調節では、前記相対位置関係の精度を高く保つことができず、前記熱物性測定の再現性、信頼性を低下させるという問題点がある。
一方、熱拡散の影響を小さくするため、従来の薄膜熱物性測定法による測定では、図2に示すように、試料7における加熱光Eの照射径(照射スポットの大きさ)を検出光Dの照射径よりも十分大きく設定していた。
【0006】
また、前記試料7に照射される前の前記加熱光Eは、交流変調器2(図1参照)により断続光に変換、即ち強度変調されるが、一般的な強度変調においては予め設定された設定周波数以外の高周波成分等が混入してしまう。上述のように、ロックインアンプ12では、断続的な前記加熱光Eに対する前記検出光Dの応答性が測定される(つまり、上述の強度変調信号を参照信号として用いる)ため、前記設定周波数以外の高周波成分は熱物性測定の外乱となる。
また、前記高周波成分の強度は装置周辺温度などの環境要因に依存するものであるため、該環境要因の変化に対して測定結果が変動してしまい、やはり前記熱物性測定の再現性、信頼性を低下させるという問題点がある。
また、試料の熱特性を評価する際、熱物性値として、試料の熱伝導率と体積熱容量(単位体積当たりの熱容量)とを区別して得たい(特に、熱伝導率を得たい)場合が多いが、前述したように、従来の薄膜熱物性測定法によれば、試料の熱浸透率を測定できるものの、熱伝導率と体積熱容量とを区別して測定できないという問題点があった。なお、熱伝導率kと体積熱容量Cvとの積の平方根が熱浸透率bであるという次の(1)式の関係がある。
b = (k・Cv)1/2 …(1)
従って、本発明は上記事情に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、加熱光Eと検出光Dとの相対位置関係の変動、環境要因変化に依存して生じる前記加熱光Eの高周波成分に基づく測定結果の変動を極力防止し、これにより前記熱物性測定の再現性、信頼性を高く保つことが可能であり、また、試料の熱伝導率や体積熱容量を測定可能な熱物性測定装置及び熱物性測定方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的を達成するために本発明は、所定の加熱光を試料の測定部に照射する加熱光の光源、該測定部に検出光を照射する検出用の光源、前記測定部から反射した前記検出光を測定する検出器等を備えており、前記試料の測定部における前記加熱光の照射位置と前記検出光の照射位置とを検出し、それらの検出結果に基づいて、両者の照射位置を予め定められた目標の位置関係となるように調節することを特徴とする熱物性測定装置として構成される。これにより、前記加熱光の照射位置と前記検出光の照射位置とが同じ相対位置関係になるように高精度で調節され、常時前記照射強度分布における特定の位置で反射された検出光を測定することが可能である。
また、前述のように前記加熱光は広がりを持って前記試料の測定部に入射するものであり、前記試料の測定部には前記加熱光の照射強度分布が生じる。従って、その照射強度分布を測定し、その結果に基づいて前記加熱光の照射位置を決定することが望ましい。例えば、前記照射強度分布における最強照射強度の位置を前記加熱光の照射位置とすればよい。また、前記照射強度分布において所定の照射強度以上の強度が得られる領域を判別し、該領域の幾何中心を前記照射位置としても良い。更に、各位置の照射強度をその位置に対する距離で重み付けした量の総和(照射強度のモーメント量)が最小になるような箇所を前記照射位置としても良い。
尚、図3のグラフは前記加熱光の前記照射強度分布がガウス分布状であることを示唆している。そこで、ガウス分布状の前記照射強度分布における最強照射強度位置と前記検出光との照射位置を略一致させるように相対位置の調節を行う場合、前記加熱光若しくは前記検出光の位置ズレに対する照射強度の変動が少なく、好適である。
【0008】
ところで、本発明は前記試料の測定部に照射される前に、所定の設定周波数に基づいて断続光に変換(強度変調)された前記加熱光の強度を検出し、その検出結果に基づいて、前記強度変調における前記設定周波数以外の周波数成分を除去する熱物性測定装置として捉えたものであっても良い。これにより、装置周辺温度などの環境要因に依存して生じる前記設定周波数以外の周波数成分が除去され、これにより前記環境要因に対する測定結果の変動を防止することが可能である。
更に、上記構成に加えて前記加熱光の径を調節することが可能な構成(前記試料の測定部における前記加熱光の照射径を調節する加熱光照射径調節手段)を有する例も考えられる。前記試料の測定部において最終的に生じる発熱は、前記加熱光の照射強度分布に加えて、前記試料による熱拡散に依存する。該熱拡散は前記試料に照射されるときの前記加熱光の径に比べて熱拡散長が大きいときに顕著となるものである。従って、前記加熱光の径を広げる調節を行うことにより、前記試料の発熱量の熱拡散による変動を防止することが可能となり、これにより前記熱物性測定の再現性、信頼性を一層高く保つことが可能である。
逆に、前記熱拡散の様子を評価したい場合などには、前記加熱光の径を小さくすることにより、意図的に前記熱拡散を顕著にする等の用い方も考えられる。
例えば、試料における前記検出光の照射径を固定した状態で、加熱光の照射径(照射領域)を小さくするほど、試料の熱拡散の影響により、試料から反射した検出光(反射検出光)の強度変化の位相遅れ(加熱光の強度変調の位相に対する遅れ)は小さくなる。その際、試料の熱伝導率が大きいほど、熱拡散の影響がより大きくなり、反射検出光の位相遅れがより小さくなる。
【0009】
そこで、次の(1)〜(3)に示す各工程を有する熱物性測定方法、即ち、加熱光の径を調節可能として意図的に熱拡散の状態を変化させる測定方法により、試料の熱伝導率と体積熱容量とを区別して測定することができる。
(1)光源から出力された所定の加熱光を試料の測定部に照射する際のその試料の測定部における前記加熱光の照射径を調節する加熱光照射径調節工程。
(2)前記加熱光照射径変更工程により各々異なる照射径に調節された前記加熱光が前記試料の測定部に照射された複数の加熱光照射状態各々において、光源から出力された所定の検出光を前記試料の測定部に照射し、これが反射した前記検出光の強度を所定の光強度測定手段を通じて測定する検出光強度測定工程。
(3)前記検出光強度測定工程の測定結果に基づいて前記試料の熱伝導率及び体積熱容量の一方若しくは両方を所定のプロセッサにより導出する熱物性導出工程。
例えば、前記熱物性導出工程において、前記検出光強度測定工程の測定結果と、前記検出光強度測定工程における前記複数の加熱光照射状態各々について前記試料の熱伝導のシミュレーション計算を実施した結果とが整合するときのそのシミュレーション計算に用いた前記試料の熱伝導率及び体積熱容量の一方若しくは両方を導出すればよい。
【0010】
ここで、前記熱物性導出工程の第1の具体例としては、次の(3−1)及び(3−2)に示す各工程を有するものが考えられる。
(3−1)前記試料の熱伝導率及び体積熱容量の条件を設定して前記シミュレーション計算を所定のプロセッサにより実行するシミュレーション計算工程。
(3−2)前記検出光強度測定工程の測定結果と、前記シミュレーション計算工程により得られたシミュレーション結果との整合を判別する処理を所定のプロセッサにより実行する第1の測定結果整合判別工程。
また、前記熱物性導出工程の第2の具体例としては、次の(3−3)に示す工程を有するものが考えられる。
(3−3)前記検出光強度測定工程の測定結果と、前記試料の熱伝導率及び体積熱容量の組合せが異なる複数の条件下での前記シミュレーション計算の結果と各条件における前記試料の熱伝導率及び体積熱容量の一方若しくは両方とが対応付けられて所定の記憶手段に記憶されたシミュレーション結果情報と、の整合を判別する処理を所定のプロセッサにより実行する第2の測定結果整合判別工程。
この第2の測定結果整合判別工程によれば、有限要素法などにより前記シミュレーション計算を行うプロセッサ(計算機)と、薄膜熱物性測定法による熱物性測定装置に組み込む、或いは同測定装置に接続するプロセッサ(計算機)とを分けることができる。
また、以上に示した熱物性測定方法に用いる熱物性測定装置は、次の(1)〜(4)に示す構成要素を備えたものであれば好適である。
(1)所定の加熱光を試料の測定部に照射する加熱光照射手段。
(2)前記試料の測定部における前記加熱光の照射径を調節する加熱光照射径調節手段。
(3)前記試料の測定部に所定の検出光を照射する検出光照射手段。
(4)前記加熱光が照射された前記試料の測定部から反射した前記検出光の強度を測定する検出光強度測定手段。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、加熱光の照射位置と検出光の照射位置とを調節することにより、前記加熱光の照射強度分布に基づく測定結果の変動を防止することが可能である。また、前記加熱光を断続光に変換する際の設定周波数以外の周波数成分を除去することにより、装置周辺温度などの環境要因に依存する測定結果の変動を防止することが可能である。従って、前記試料の熱物性測定の再現性、信頼性を高く保つことが可能である。
また、加熱光の径を調節可能として意図的に熱拡散の状態を変化させる熱物性測定方法により、試料の熱伝導率と体積熱容量とを区別して測定することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下添付図面を参照しながら、本発明の実施の形態について説明し、本発明の理解に供する。尚、以下の実施の形態は、本発明を具体化した一例であって、本発明の技術的範囲を限定する性格のものではない。
ここに、図1は従来例における微小領域熱物性測定装置の概略構成図、図2は加熱光の照射強度分布及び検出光のスポットの像を表す図、図3は加熱光の照射位置と検出光の照射位置との相対距離に対する前記検出光の反射強度変化を表すグラフ、図4は本発明の実施形態に係る熱物性測定装置Aの概略構成図、図5は2種類の試料について加熱光の照射径と試料に反射した検出光の位相遅れとの関係をシミュレーションした結果を表すグラフ、図6はある試料について加熱光の照射径と試料に反射した検出光の位相遅れとの関係を表すシミュレーション値及び測定値のグラフ、図7は熱物性測定装置Aにより試料の熱伝導率及び体積熱容量を測定する手順を表すフローチャート、図8は熱伝導率及び体積熱容量の導出処理の詳細手順を表すフローチャートである。
【0013】
以下、図4を参照しつつ、本発明の実施形態に係る熱物性測定装置について説明する。図4に示されるように、本発明の実施形態に係る熱物性測定装置Aは、加熱用レーザ光源1、レンズ5、試料載置台6、ドライバ8、検出用レーザ光源9、光学フィルタ10、検出光測定器11、ロックインアンプ12、ハーフミラー14及び25、光測定器15、音響光学変調器17、ビーム調整器18a、18b、制御装置21、アクチュエータ22、ダイクロイックミラー19、ビームスプリッタ20、フィルタ23、加熱光測定器24等を有して概略構成される。ここで、制御装置21は、演算手段であるCPU(プロセッサ)と、そのCPUによって実行される各種プログラムや測定データ等が記憶される記憶部と、光測定器15やドライバ8等との間で信号を入出力するインターフェースとを備えた計算機である。以下に示す制御装置21の処理は、そのCPUが所定のプログラムを実行することによって実現される。
前記加熱用レーザ光源1(加熱光照射手段の一例)から、例えば波長532nmのYAGレーザ等の加熱光Eが出射される。前記加熱用レーザ光源1より出射された前記加熱光Eは、前記音響光学変調器17を通過する際に、周波数fで強度変調される。詳しくは、前記制御装置21により生成された、強度変調情報を表す強度変調信号が前記ドライバ8に入力されており、該ドライバ8で前記音響光学変調器17を制御することにより、前記加熱光Eは周波数fで強度変調される。
【0014】
前記音響光学変調器17を通過した前記加熱光Eは、一部が前記ハーフミラー25により反射され、前記加熱光測定器24に入射する。該加熱光測定器24の機能については後述する。
前記加熱光Eの残り部分は前記ビーム調整器18aを通過する際にビームの広がり角が調節され、それに応じた広がり角で前記ダイクロイックミラー19に入射し、反射される。尚、前記ビーム調整器18aは前記制御装置21の制御に基づいて前記加熱光Eの前記試料上での径を調節するものであり、前記ビーム調整器18a及び前記制御装置21が加熱光照射径調節手段の一例である。前記ダイクロイックミラー19により反射された前記加熱光Eは、前記ハーフミラー14を通過し、前記レンズ5により集光されつつ前記試料載置台6上に載置されている試料7の測定部(測定対象の箇所)に照射される。前記加熱光Eの一部は前記試料7の測定部に吸収され、発熱を生じさせる。一方、前記加熱光Eの残り部分は前記試料7の測定部により反射され、更に前記レンズ5を通過して前記ハーフミラー14に反射され、前記光測定器15に入射する。
一方、前記検出用レーザ光源9(検出光照射手段の一例)からは、例えば波長635nmの半導体レーザ等の検出光Dが出射される。前記検出光Dは、前記ビーム調整器18bを通過する際にビームの広がり角が調節され、前記ビームスプリッタ20に入射し、反射される。前記ビームスプリッタ20により反射された前記検出光Dは前記ダイクロイックミラー19、前記ハーフミラー14を通過し、前記レンズ5により集光されつつ前記試料7に照射される。前記検出光Dは、前記加熱光Eの照射により変化する前記試料7の温度に応じた反射率(反射強度)で反射される。前記検出光Dの大部分は入射時と同じ光路を遡り、前記ダイクロイックミラー19及び前記ビームスプリッタ20を通過し、更に光学フィルタ10を通過して、前記検出光Dを測定する前記検出光測定器11に入射する。以下、便宜上、検出光測定器11に入射する検出光D(試料7に反射した検出光Dを、反射検出光D’と称する。
前記検出光測定器11は、反射検出光D’をその強度に応じた信号レベルの電気信号に変換(これにより、強度を測定する)し、前記フィルタ23を介して前記ロックインアンプ12に入力する。前記制御装置21から前記ドライバ8に入力された前記強度変調信号は前記ロックインアンプ12にも入力されており、前記ロックインアンプ12は前記強度変調信号を参照信号として用いることで、前記加熱光Eに対する(加熱光Eの照射による)反射検出光D’の強度変化(熱反射信号)を測定し、その強度変化の位相遅れ(強度変調される加熱光Eの位相に対する遅れ)に基づいて前記試料7の熱物性を評価する。尚、前記検出光測定器11及び前記ロックインアンプ12が検出光強度測定手段の一例である。
一方、前記検出光Dの残り部分は前記ハーフミラー14により反射され、前記光測定器15に入射する。
以上は、従来例と同様である。
【0015】
本発明の実施形態に係る熱物性評価装置Aの特徴は以下の2つの機能にある。即ち、前記加熱光Eの照射位置(照射強度分布)及び前記検出光Dの照射位置を検出し、それらの照射位置を予め前記制御装置21に設定されている目標位置関係となるように制御する第1の機能、及び前記音響光学変調器17により断続光に変換された前記加熱光Eを検出し、その結果に基づいて前記設定周波数に相当する成分以外の成分を前記加熱光Eから除去する第2の機能である。
まず、前記第1の機能について以下に詳述する。
前述のように、前記試料7に反射された前記加熱光E、前記検出光Dの一部は前記ハーフミラー14に反射され、前記光測定器15に入射する。
前記光測定器15は、測定する光の波長帯を設定する波長設定機能を有する。該機能により、前記加熱光Eの波長に相当する波長帯、前記検出光Dの波長に相当する波長帯を順次切り替えつつ両方の光を測定する。
【0016】
前記光測定器15は複数配列されたCCDを有しており、測定位置に対する前記加熱光Eの強度変化を測定することが可能である、前記光測定器15による前記加熱光Eの測定結果は前記制御装置21に入力される。前述のように、前記加熱光Eは前記試料7の測定部上で照射強度分布を有するものであり、前記制御装置21は前記光測定器15による測定結果に基づいて前記照射強度分布を測定する。また、前記制御装置21は、測定された前記照射強度分布に基づいて、該照射強度分布における最高照射強度位置を照射位置として測定する。前記光測定器15及び前記制御装置21が加熱光照射位置測定手段の一例である。
また、前記光測定器15は前記検出光Dを測定する。また、その測定結果を前記制御装置21に入力する。前記検出光Dは前記試料7の測定部において十分に集光され、小さなスポット径が得られている。前記制御装置21は、前記検出光Dのスポットの中心位置(例えば、所定閾値以上の強度が得られている領域の幾何中心)を前記光測定器15から入力された測定結果に基づいて判別し、それを前記検出光Dの照射位置として測定する。前記光測定器15及び前記制御装置21が検出光照射位置測定手段の一例である。
【0017】
このように、前記制御装置21は、前記加熱光Eの最高照射強度位置(加熱光照射位置測定手段による測定結果)と前記検出光Dの照射位置(検出光照射位置測定手段による測定結果)とを測定する。また、前記制御装置21(相対位置関係調節手段の一例)は、それらの測定結果に基づいて、以下のように前記試料7の測定部における前記検出光Dの照射位置と、前記試料7の測定部における前記加熱光Eの照射位置との相対位置関係を調節する。
前記制御装置21(相対位置関係調節手段の一例)には、両者の照射位置の目標となる位置関係の情報が予め入力され記憶されている。該位置関係の情報は、上述のように検出された最高照射強度位置と、前記検出光Dの照射位置とを略一致させる規則を定めたものであり、前記制御装置21は該規則に基づいて、前記加熱光Eの最高照射強度位置(照射位置)を調節する。
具体的な前記加熱光Eの照射位置の調節方法は、以下のようなものである。前記試料7の測定部に向けて前記加熱光Eを反射させる前記ダイクロイックミラー19は、前記アクチュエータ22の駆動軸に連結されている。該アクチュエータ22の駆動に伴って反射面(前記加熱光Eが入射する側の面)の向きが変更(調節)され、これにより前記検出光Eの照射方向を変化させることが可能である。
前記制御装置21は、前記加熱光Eの現在の照射位置(最高照射強度位置)と、前記検出光Dの現在の照射位置とから、前記加熱光Eの照射位置(最高照射強度位置)と前記検出光Dの照射位置とが一致するような前記加熱光Eの照射位置の変位量を計算する。また、前記制御装置21は、該変位量を前記アクチュエータ22の駆動量に換算する。更に、前記制御装置21は、該駆動量に基づいて前記アクチュエータ22の駆動制御を行い、これにより前記加熱光Eの照射位置(最高照射強度位置)と前記検出光Dの照射位置とを一致させる。
以上のように、前記制御装置21が前記アクチュエータ22の駆動制御を行うことにより、前記加熱光Eの最高照射強度位置と検出光Dの照射位置とが略一致するように調節されるので、前記加熱光Eと前記検出光Dとの位置ズレ等により生じる測定結果の変動を防止することが可能である。
【0018】
以下、前記第2の機能について詳述する。
前述のように、前記加熱光Eは、前記音響光学変調器17により断続光に変換される。また、断続光に変換された前記加熱光Eの一部は、前記試料7における測定部に入射する前に前記ハーフミラー25により反射され、前記加熱光測定器24(加熱光強度測定手段の一例)に入射し、その強度が検出される。即ち、前記加熱光測定器24は、前記加熱光Eをその強度に応じた信号レベルの電気信号に変換し、その信号を前記制御装置21に入力する。
また、前記制御装置21は、前記電信号(加熱光強度測定手段による検出結果)から前記加熱光Eの強度を読み取り、その強度を時系列で記憶して、予め定められた一定期間の時間変化(以下、強度変調情報)を観測する。更に、前記制御装置21は前記強度変調情報に対して周波数分解を施し、前記強度変調情報を前記設定周波数(前記加熱光Eを断続光に変換する周波数)成分とそれ以外の歪波成分(設定周波数をfとすると、2f、3f等の高周波成分)とに分解する。
さらに、前記制御装置21は、そのように取得された前記歪波成分の大きさに基づいて、前記歪波成分を低減(除去)するように前記強度変調信号(前記音響光学変調器17を駆動するドライバ8に入力される(制御装置21がドライバ8に出力する)信号)の波形を調節する。尚、前記歪波成分の大きさと前記強度変調信号の波形調節の度合いとの対応関係として、予め実験などに基づいて定められた適切な対応関係が前記制御装置21の有する記憶部に記憶されているものとする。前記制御装置21及び前記ドライバ8が加熱高周波数調節手段の一例である。
以上のように、前記加熱光Eを断続光に変換する際の、前記設定周波数以外の高周波数成分を除去することにより、装置周辺温度などの環境要因に依存する測定結果の変動を防止することが可能である。
【実施例】
【0019】
上述の実施形態においては、加熱光Eの照射強度分布において最高照射強度位置が前記加熱光Eの照射位置であると定められたが、本発明はこれに限られるものではない。例えば、前記照射強度分布において予め定められた照射強度以上の強度が得られる領域を判別し、該領域の幾何中心を前記照射位置としても良い。更に、各位置に対する照射強度をその位置に対する距離で重み付けした量の総和(照射強度のモーメント量)が最小になるような箇所を前記照射位置としても良い。
尚、上述の実施例のように前記加熱光Eの照射位置を変化させる代わりに、前記検出光Dの照射位置を変化させてもよい。しかし、前記検出光Dが試料7の測定部において反射された反射光を測定する必要があるため、前記検出光Dの前記照射位置の変化に応じて検出光測定器11等を変位させる必要があることに注意を要する。
【0020】
次に、図5に示すグラフを参照しつつ、試料7における加熱光Eの照射径と試料の熱物性との関係をシミュレーションした結果について説明する。
図5は、2種類の試料α及び試料βについて、加熱光Eの照射径Re(横軸)と、試料α、βに対する加熱光Eの照射による反射検出光D’の位相の変化量を表す位相遅れθ(縦軸)との関係をシミュレーションした結果を表すグラフである。ここで、反射検出光D’の位相遅れθは、試料の熱伝導を数値解析(シミュレーション)して得た計算値である。なお、横軸は対数軸となっている。また、反射検出光D’の位相遅れθは、強度変調される加熱光Eの位相に対する反射検出光D’の変動の位相遅れである。
ここで、試料α及び試料βは、それぞれ熱浸透率は同じであるが、熱伝導率と体積熱容量とが異なる物質である。
具体的には、試料βは、試料αに対して熱伝導率が1/4倍であり、体積熱容量が4倍である。
これら2種類の試料α、試料β各々について、以下の設定条件の下で試料における検出光Dの照射部の熱伝導を数値解析(シミュレーション)し、検出光Dの位相遅れθの計算値を求めた。
(条件1)試料における検出光Dの照射部に、厚さ0.1μmのモリブデン膜が塗布されている。
(条件2)加熱光Eの強度変調周期(断続周期)は1[MHz]。
(条件3)試料における加熱光Eの照射強度が最大の位置と検出光Dの照射位置(照射中心)とが一致。
(条件4)試料における検出光Dの照射径は1[μm]。
(条件5)試料における加熱光Eの照射径Reを異なる5種類に設定。
なお、モリブデン膜は、熱浸透率の比較対象材となる膜として塗布されるものであり、熱物性測定装置Aによる実際の測定の際にも、検出光Dを効率的に反射させるために試料7に塗布されるものである。また、検出光Dの照射径は、加熱光Eの照射径Reに対して無視できる程度に十分に小さい径としている。
【0021】
以下、図5に示すグラフから読み取れる事項について説明する。
まず、試料α、βにおける検出光Dの照射径に対して加熱光Eの照射径Reが十分に大きい状態(図5におけるRe=100μmの状態)では、試料α及び試料βそれぞれにおける位相遅れθはほぼ等しい、ということが読み取れる。即ち、従来の薄膜熱物性測定法による熱物性測定方法、即ち、加熱光Eの照射径Reを検出光Dの照射径に対して十分に大きな径に固定して測定する方法では、試料αと試料βの熱物性の違いを区別できない。
また、試料α、βにおける検出光Dの照射径を固定した状態で、加熱光Eの照射径Reを変化させると、照射径Reを小さくするほど位相遅れθは小さくなる、ということが読み取れる。これは、照射径Reが小さいほど、検出光Dの照射部における熱拡散の影響により、加熱光Eの照射による検出光Dの照射部の温度変化が小さくなるためである。
さらに、熱伝導率の大きい試料αの方が、照射径Reの変化に対する位相遅れθの変化量が大きい、ということが読み取れる。これは、試料の熱伝導率が大きいほど、検出光Dの照射部における熱拡散の影響が大きくなり、加熱光Eの照射による検出光Dの照射部の温度変化がより小さくなるためである。
そして、以上に示した事項から、前記熱物性測定装置Aにより、加熱光Eの照射径Reを変更し、意図的に熱拡散の状態を各々異なる複数の状態にして反射検出光D’の測定を行えば、試料の熱伝導率と体積熱容量とを区別して測定することができることがわかる。
【0022】
図6は、熱伝導率及び体積熱容量が既知のある試料γ(シリコン)における加熱光Eの照射径Re(横軸)と反射検出光D’の位相遅れθ(縦軸)との関係を表すシミュレーション値及び測定値のグラフである。
図6のグラフにおいて正方形の印でプロットした点は、試料γを熱物性測定装置Aにより測定した測定値(加熱光Eの強度変調の位相に対する反射検出光D’の強度変化の位相の遅れθ)を表し、黒丸印でプロットした点は、試料γの測定部における熱伝導を有限要素法によりシミュレーション計算して得た計算値(反射検出光D’の位相遅れθのシミュレーション値)を表す。
ここで、熱物性測定装置Aによる試料γの測定は、加熱光Eの照射径Reを異なる2種類に設定して行った。
また、シミュレーション計算に必要な熱伝導率及び体積熱容量は、試料γについての既知の値(真の値)を設定した。また、シミュレーション計算に必要なその他の前提条件値、即ち、前述した(条件1)〜(条件4)に相当する条件や、加熱光Eの照射径Re、加熱光Eの強度等は、熱物性測定装置Aによる測定条件(装置を構成する各機器の仕様や制御装置21による各機器の調整結果等)から予め知ることができる値を設定した。
【0023】
図6からわかるように、試料γの熱伝導率及び体積熱容量と、その他の予め知ることができる測定条件とを設定して熱伝導のシミュレーション計算を行うと、その計算値(シミュレーション値)と測定値とが合致する。
このことから、試行錯誤的に決定した熱伝導率及び体積熱容量と、熱物性測定装置Aによる測定条件(予め知ることができる測定条件)とを設定して熱伝導のシミュレーション計算を行い、その計算値と測定値とが合致(整合)すれば、そのシミュレーション計算において設定した熱伝導率及び体積熱容量が、測定対象となった試料の熱伝導率及び体積熱容量であるといえる。即ち、未知数が熱伝導率及び体積熱容量の2つであるので、加熱光Eの照射径Reを、位相遅れθが比較的大きく変化するような異なる複数の値(2種類以上の値)に設定して測定及びシミュレーション計算を行えば、その未知数(試料の熱伝導率及び体積熱容量)を個別に導出することができる。
ここで、理論上は、加熱光Eの照射径Reを、位相遅れθが比較的大きく変化するような異なる2種類に設定すれば、試料の熱伝導率及び体積熱容量を導出できる。
一方、各種の誤差を考慮し、加熱光Eの照射径Reを、位相遅れθが比較的大きく変化するような異なる3種類以上の値に設定して測定及びシミュレーション計算を行うことも考えられる。この場合、例えば、それら3つ以上の測定値及び計算値の相互間の平均的な偏差(誤差)が最小となる、或いは所定の許容誤差範囲内となる等の条件に合致した場合に、測定値と計算値とが合致したものと判定すればよい。
【0024】
次に、図7に示すフローチャートを参照しつつ、熱物性測定装置Aにより試料の熱物性値として熱伝導率及び体積熱容量を測定する手順について説明する。なお、S1、S2、…は、処理手順(ステップ)の識別符号である。
[ステップS1、S2]
まず、例えば制御装置21が検出用レーザ光源9を動作させることにより、検出光Dが試料7に照射され、そのときの検出光Dの反射光の強度分布が、光測定器15により測定される(S1)。このとき、制御装置21により、ビーム調整器18bが所定の初期状態に設定される。さらに、制御装置21により、検出光Dの反射光の波長帯が測定されるよう、光測定器15の波長設定機能が制御される。これにより、検出光Dの反射光の強度分布(光強度及び座標)が、制御装置21に取り込まれ、その記憶部に記憶される。
次に、例えば制御装置21が加熱用レーザ光源1及び音響光学変調器17を動作させることにより、強度変調された加熱光Eが試料7に照射され、そのときの加熱光Eの強度の時系列データが、加熱光測定器24により測定されるとともに、加熱光Eの反射光の強度分布が、光測定器15により測定される(S2)。このとき、制御装置21により、ビーム調整器18aが所定の初期状態に設定される。さらに、制御装置21により、加熱光Eの波長帯が測定されるよう、光測定器15の波長設定機能が制御される。これにより、加熱光Eの強度の時系列データと、加熱光Eの反射光の強度分布(光強度及び座標)とが、制御装置21に取り込まれ、その記憶部に記憶される。
【0025】
[ステップS3、S4]
次に、制御装置21により、ステップS2で得られた加熱光Eの時系列データに基づく周波数分解により、前述したように、以後の測定において制御装置21からドライバ8に出力される前記強度変調信号の波形調節が行われる(S3)。
さらに、制御装置21により、ステップS1で得られた検出光Dの反射光の強度分布データに基づいて、試料7における検出光Dの照射径(スポット径)が求められるとともに、その照射径が、予め定められた照射径となるように、ビーム調整器18bが調整される(S4)。併せて、制御装置21により、ステップS1で得られた検出光Dの反射光の強度分布データと、ステップS2で得られた加熱光Eの反射光の強度分布データとに基づいて、加熱光E及び検出光Dの試料7における照射位置が特定され、前述したように、それらの照射位置が、予め定められた位置関係(例えば、加熱光Eの最高照射強度位置と検出光Dの照射位置とがほぼ一致する位置関係)となるように、アクチュエータ22が制御される(S4)。
以上のステップS1〜S4に示す処理により、熱物性測定装置Aの校正が終了し、次のステップS5〜S10の処理により、試料7の測定が行われる。
【0026】
[ステップS5〜S10]
試料7の測定段階においては、n回(n≧2)の測定が行われ、その測定ごとに、試料7における加熱光Eの照射径Reが異なる径となるように設定される。以下、予め定められたi回目(i=1〜n)の測定における加熱光Eの照射径Reを、第i回目照射径Re(i)という。
試料7の測定段階においては、まず、制御装置21により、所定のカウンタ変数iが初期値(=1)に設定される(S5)。
続けて、制御装置21により、ステップS2で得られた加熱光Eの反射光の強度分布データから求められる試料7における加熱光Eの照射径に基づいて、その照射径が第i回目照射径Re(i)となるように、ビーム調整器18bが調整される(S6、加熱光照射径調節工程の一例)。
次に、例えば制御装置21が検出用レーザ光源9、加熱用レーザ光源1及び音響光学変調器17を動作させることにより、検出光Dと、強度変調された加熱光Eとが試料7に照射され、検出光測定器11により、第i回目の反射検出光D’の測定、即ち、第i回目照射径Re(i)に調整された加熱光Eの照射による反射検出光D’の強度変化の測定が行われる(S7)。これにより、第i回目の反射検出光D’の測定データが、制御装置21に取り込まれ、その記憶部に記憶される。
以後、1回の測定ごとに、制御装置21により、カウンタ変数iが既定回数nとなる(i=n)という終了条件が成立したか否かが判別され(S8)、その終了条件が成立するまで、カウンタ変数iがカウントアップされる(S9)ごとに、ステップS6及びS7の処理が実行される。
【0027】
このように、ステップS6の処理によって各々異なる照射径Re(i)に調節された加熱光Eが試料7の測定部に照射された複数の状態(加熱光照射状態)各々において、検出光レーザ光源9から出力された検出光Dが、試料7の測定部に照射され、これが反射した反射検出光D’の強度が、検出光測定器11(光強度測定手段の一例)を通じて測定される(S7、検出光強度測定工程の一例)。
これにより、第1回目から第n回目までの反射検出光D’の測定データ(加熱光Eの照射強度の時系列データ及び反射検出光D’の強度変化の時系列データ)が、制御装置21の記憶部に記憶される。
最後に、制御装置21により、ステップS5〜S9の処理により得られたn回分の反射検出光D’の測定データに基づいて、試料7の熱伝導率及び体積熱容量が導出され(S10、熱物性導出工程の一例)、測定が終了する。
【0028】
続いて、図8に示すフローチャートを参照しつつ、ステップS10における熱伝導率及び体積熱容量の導出処理の詳細手順(S21〜S26)について説明する。
[ステップS21、S22]
まず、制御装置21により、ステップS5〜S9の処理により得られたn回分の反射検出光D’及び加熱光Eの測定データから図5に示した反射検出光D’の位相遅れθが算出される(S21)。このステップS21で得られる第i回目の測定データに基づく位相遅れを、以下、位相遅れ測定値θx(i)と称する。なお、ステップS7での測定時に、反射検出光D’及び加熱光Eの測定データから位相遅れ測定値θx(i)を算出して記憶しておいてもよい。
さらに、制御装置21により、シミュレーション計算の入力として用いられる試料7の熱伝導率と体積熱容量とが、所定の初期値に設定される(S22)。
この初期値は、例えば以下のようにして決定する。
まず、加熱光Eの照射径Reが最大のときの測定値(位相遅れ測定値θx(1)の大きさ)に応じて、試料の浸透率の初期値b0を決定する。この決定は、例えば、予め定められた換算テーブルや換算式に従って行う。通常、照射径Reが最大のときの測定値が大きい(反射検出光D’の変化が大きい)ほど、試料の熱浸透率は小さい。
次に、加熱光Eの照射径Reが最小のときと最大のときとの測定値の差(θx(1)−θx(n))に応じて、試料の熱拡散率α0を決定する。この決定も、例えば、予め定められた換算テーブルや換算式に従って行う。
さらに、次の(2.1)式、及び(2.2)式に基づいて体積熱容量の初期値Cv0及び熱伝導率の初期値k0を決定する。
Cv0 = b0/α01/2 …(2.1)
k0 = α0・Cv0 …(2.2)
【0029】
[ステップS23、S24]
次に、制御装置21により、第1回目〜第n回目までの加熱光Eの照射状態(ステップS7において照射径Re(i)の加熱光Eが照射された状態)各々について、その時点で設定されている試料7の熱伝導率及び体積熱容量を前提条件とし、試料7の測定部における熱伝導を有限要素法等によってシミュレーション計算が行われる(S23、シミュレーション計算工程)。これにより、第1回目〜第n回目までの加熱光Eの照射状態各々について、加熱光Eの照射による反射検出光D’の位相遅れの計算値(以下、位相遅れ計算値θs(i)と称する)が、シミュレーション結果として算出され、制御装置21の記憶部に記憶される。
続けて、制御装置21により、ステップS23のシミュレーション計算により得られた位相遅れ計算値θs(i)各々と、ステップS7の測定により得られた位相遅れ測定値θx(i)各々とが、所定の誤差範囲内で合致するか否かが判別される(S24)。このステップS24は、ステップS7の測定処理による測定結果と、ステップS23のシミュレーション計算によるシミュレーション結果との整合を判別する処理を、制御装置21により実行する第1の測定結果整合判別工程の一例である。
【0030】
[ステップS25]
ステップS24の判別処理において、位相遅れ計算値θs(i)各々と相遅れ測定値θx(i)各々とが所定の誤差範囲内で合致しない(整合しない)場合、制御装置21により、次のシミュレーション計算の入力として用いられる試料7の熱伝導率と体積熱容量とが、その時点で設定されている値から別の値に変更(再設定)され(S25)、その後、前述した処理がステップS23へ戻される。これにより、新たに設定された試料7の熱伝導率と体積熱容量とを前提条件として、シミュレーション計算(S23)が再実行される。
ここで、新たに設定する試料7の熱伝導率及び体積熱容量は、例えば、以下のようにして決定する。
まず、加熱光Eの照射径Reが最大のときの測定値と計算値(シミュレーション計算結果)との差Δθa(=θs(1)−θx(1))に応じて、その時点で設定されている試料の浸透率の値bjに加算する加算値Δbを決定し、bj+Δbを新たな浸透率bj+1とする。Δbの決定は、例えば、予め定められた換算テーブルや換算式に従って行う。通常、Δθaが大きいほど、Δbは小さい。
次に、加熱光Eの照射径Reが最小のときと最大のときとの計算値の差と、同測定値の差との間の差Δθb{=(θs(1)−θs(n))−(θx(1)−θx(n))}に応じて、その時点で設定されている試料の熱拡散率の値αjに加算する加算値Δαを決定し、αj+Δαを新たな熱伝導率αj+1とする。Δαの決定は、例えば、予め定められた換算テーブルや換算式に従って行う。
さらに、前述の(2.1)式、(2.2)式を変形した次の(3.1)式、(3.2)式に基づいて新たな体積熱容量の値Cvj+1及び熱伝導率の値kj+1を決定する。
Cvj+1 = bj+1/αj+11/2 …(3.1)
j+1 = αj+1・Cj+1 …(3.2)
このように、位相遅れ計算値θs(i)各々と相遅れ測定値θx(i)各々とが所定の誤差範囲内で合致するまで、以上に示したステップS23〜S25の処理が繰り返される。
そして、位相遅れ計算値θs(i)各々と相遅れ測定値θx(i)各々とが所定の誤差範囲内で合致(整合)すると、制御装置21により、その位相遅れ計算値θs(i)を算出するシミュレーション計算に用いた試料の熱伝導率及び体積熱容量の設定値が、測定した試料7の熱物性値(熱伝導率及び体積熱容量の測定結果)として決定(導出)され、記憶部に記憶される。以上により、ステップS10における熱伝導率及び体積熱容量の導出処理が終了する。
なお、必要に応じて、熱伝導率又は体積熱容量の一方のみを記憶部に記憶させる(導出する)ことも考えられるが、その場合でも、内部的には、処理過程において熱伝導率及び体積熱容量の両方が特定される。
【0031】
以上に示した実施例は、熱物性測定装置Aを構成する制御装置21により、試料の熱伝導率と体積熱容量とを導出(S9)する際に、熱伝導のシミュレーション計算が実行される例について示したが、以下に示す他の実施例(ステップS21〜S26の処理に代わる実施例)も考えられる。
まず、所定の計算機により、ステップS7における加熱光Eの複数の照射状態(第1回〜第n回)各々について、試料の熱伝導率及び体積熱容量の組合せが異なる多数の条件下で、試料の熱伝導のシミュレーション計算を予め実行し、その計算結果(例えば、位相遅れθs(i))と各条件(シミュレーション条件)における試料の熱伝導率及び体積熱容量とを予め制御装置21の記憶部に記憶させておく。以下、この記憶情報を、シミュレーション結果情報と称する。
そして、ステップS9において、制御装置21(プロセッサの一例)により、前記シミュレーション結果情報を参照し、測定値に最も近い(差が小さい)計算値及びその計算値に対応する熱伝導率及び体積熱容量の組合せを特定する。これは、試料の測定結果と前記シミュレーション結果情報との整合を判別する処理の一例である(第2の測定結果整合判別工程の一例)。
ここで、前記シミュレーション結果情報に含まれる試料の熱伝導率及び体積熱容量の分解能(各値の差)が、要求される測定精度を満たす程度の分解能であれば、測定値に最も近い計算値に対応する熱伝導率及び体積熱容量を、測定した試料の熱伝導率及び体積熱容量として導出すればよい。
一方、前記シミュレーション結果情報に含まれる試料の熱伝導率及び体積熱容量の分解能が、要求される測定精度に満たない分解能でる場合は、測定値に最も近い計算値と、2番目に近い計算値とに基づく所定の補間計算や外挿計算を行うことにより、測定した試料の熱伝導率及び体積熱容量を算出(導出)すればよい。
このような処理によって試料の熱伝導率及び体積熱容量を導出すれば、有限要素法などによりシミュレーション計算を行う高度なプロセッサ(計算機)を、熱物性測定装置Aに組み込むことや同装置に接続することを要しない。その結果、比較的処理能力の低いプロセッサ(制御装置21)により、試料の熱伝導率及び体積熱容量を導出する処理を実現できる。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】従来例における微小領域熱物性測定装置の概略構成図。
【図2】加熱光の照射強度分布及び検出光のスポットの像を表す図。
【図3】加熱光の照射位置と検出光の照射位置との相対距離に対する前記検出光の反射強度変化を表すグラフ。
【図4】本発明の実施形態に係る熱物性測定装置Aの概略構成図。
【図5】2種類の試料について加熱光の照射径と試料に反射した検出光の位相遅れとの関係をシミュレーションした結果を表すグラフ。
【図6】ある試料について加熱光の照射径と試料に反射した検出光の位相遅れとの関係を表すシミュレーション値及び測定値のグラフ。
【図7】熱物性測定装置Aにより試料の熱伝導率及び体積熱容量を測定する手順を表すフローチャート。
【図8】熱伝導率及び体積熱容量の導出処理の詳細手順を表すフローチャート。
【符号の説明】
【0033】
1…加熱用レーザ光源
2…交流変調器
3、4、14、25…ハーフミラー
5…レンズ
6…試料載置台
7…試料
8…ドライバ
9…検出用レーザ光源
10…光学フィルタ
11…検出光測定器
12…ロックインアンプ
13…関数発生器
15…光測定器
16…モニタ
17…音響光学変調器
18a、18b…ビーム調整器
19…ダイクロイックミラー
20…ビームスプリッタ
21…制御装置
22…アクチュエータ
23…フィルタ
24…加熱光測定器
S1、S2、〜…処理手順(ステップ)の識別符号

【特許請求の範囲】
【請求項1】
所定の強度分布を有する加熱光を試料の測定部に照射する加熱光照射手段と、前記試料の測定部に所定の検出光を照射する検出光照射手段と、前記試料の測定部から反射した前記検出光の強度を測定する検出光強度測定手段と、を備えた熱物性測定装置であって、
前記試料の測定部における前記加熱光の照射位置を測定する加熱光照射位置測定手段と、
前記試料の測定部における前記検出光の照射位置を測定する検出光照射位置測定手段と、
前記加熱光照射位置測定手段及び前記検出光照射位置測定手段の両測定結果に基づいて、前記試料の測定部における前記検出光の照射位置と、前記試料の測定部における前記加熱光の照射位置との相対位置関係を予め定められた目標の位置関係となるように調節する相対位置関係調節手段と、
を具備してなることを特徴とする熱物性測定装置。
【請求項2】
前記加熱光照射位置測定手段が、前記試料の測定部における前記加熱光の照射強度分布に基づいて前記加熱光の照射位置を測定するものである請求項1に記載の熱物性測定装置。
【請求項3】
前記加熱光照射位置測定手段が、前記試料の測定部における前記加熱光の照射強度分布における最高照射強度位置を照射位置として測定するものである請求項2に記載の熱物性測定装置。
【請求項4】
前記相対位置関係調節手段が、前記加熱光の前記試料における最高照射強度位置と前記検出光の前記試料における照射位置とを略一致させるように前記相対位置関係を調節するものである請求項3に記載の熱物性測定装置。
【請求項5】
所定の設定周波数に従って強度変調した加熱光を試料の測定部に照射する加熱光照射手段と、前記試料の測定部に所定の検出光を照射する検出光照射手段と、前記試料から反射した前記検出光の強度を測定する検出光測定手段と、を備えた熱物性測定装置であって、
前記試料の測定部に照射される前の前記加熱光の強度を検出する加熱光強度検出手段と、
前記加熱光強度検出手段による検出結果に基づいて、前記設定周波数以外の強度変調における周波数成分を除去する強度調節を行う加熱光周波数調節手段と、
を具備してなることを特徴とする熱物性測定装置。
【請求項6】
前記加熱光照射手段により照射された前記加熱光の,前記試料上の照射径を調節する加熱光照射径調節手段を具備してなることを特徴とする請求項1〜5のいずれかに記載の熱物性測定装置。
【請求項7】
光源から出力された所定の加熱光を試料の測定部に照射する際の該試料の測定部における前記加熱光の照射径を調節する加熱光照射径調節工程と、
前記加熱光照射径変更工程により各々異なる照射径に調節された前記加熱光が前記試料の測定部に照射された複数の加熱光照射状態各々において、光源から出力された所定の検出光を前記試料の測定部に照射し、これが反射した前記検出光の強度を所定の光強度測定手段を通じて測定する検出光強度測定工程と、
前記検出光強度測定工程の測定結果に基づいて前記試料の熱伝導率及び体積熱容量の一方若しくは両方を所定のプロセッサにより導出する熱物性導出工程と、
を有してなることを特徴とする熱物性測定方法。
【請求項8】
前記熱物性導出工程において、
前記検出光強度測定工程の測定結果と、前記検出光強度測定工程における前記複数の加熱光照射状態各々について前記試料の熱伝導をシミュレーション計算した結果とが整合するときの該シミュレーション計算に用いた前記試料の熱伝導率及び体積熱容量の一方若しくは両方を導出してなる請求項7に記載の熱物性測定方法。
【請求項9】
前記熱物性導出工程が、
前記試料の熱伝導率及び体積熱容量の条件を設定して前記シミュレーション計算を所定のプロセッサにより実行するシミュレーション計算工程と、
前記検出光強度測定工程の測定結果と、前記シミュレーション計算工程により得られたシミュレーション結果との整合を判別する処理を所定のプロセッサにより実行する第1の測定結果整合判別工程と、
を有してなる請求項8に記載の熱物性測定方法。
【請求項10】
前記熱物性導出工程が、
前記検出光強度測定工程の測定結果と、前記試料の熱伝導率及び体積熱容量の組合せが異なる複数の条件下での前記シミュレーション計算の結果と各条件における前記試料の熱伝導率及び体積熱容量の一方若しくは両方とが対応付けられて所定の記憶手段に記憶されたシミュレーション結果情報と、の整合を判別する処理を所定のプロセッサにより実行する第2の測定結果整合判別工程を有してなる請求項8に記載の熱物性測定方法。
【請求項11】
所定の加熱光を試料の測定部に照射する加熱光照射手段と、
前記試料の測定部における前記加熱光の照射径を調節する加熱光照射径調節手段と、
前記試料の測定部に所定の検出光を照射する検出光照射手段と、
前記加熱光が照射された前記試料の測定部から反射した前記検出光の強度を測定する検出光強度測定手段と、
を具備してなることを特徴とする熱物性測定装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2006−343325(P2006−343325A)
【公開日】平成18年12月21日(2006.12.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−132476(P2006−132476)
【出願日】平成18年5月11日(2006.5.11)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)
【出願人】(000130259)株式会社コベルコ科研 (174)
【Fターム(参考)】