説明

燃料電池の運転方法

【課題】燃料電池のカソードの電極電位の急激な上昇を抑えることができ、カソードの劣化を抑制でき、燃料電池の長寿命化に有利な燃料電池の運転方法を提供することを課題とする。
【解決手段】起動運転において、燃料電池1のカソード10に導入される酸素の濃度を、定常運転時においてカソード10に導入される酸素の濃度よりも少なくしてカソード10の電極電位の上昇を抑える濃度低減操作を実施する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は燃料電池の起動運転の後で定常運転を実施する運転方法に関する。
【背景技術】
【0002】
燃料電池は、電気化学的な発電反応により電気エネルギを取り出すものである。燃料電池は、酸素を含むカソード流体が供給されるカソードと、水素を含むアノード流体が供給されるアノードと、カソードおよびアノードで挟持された電解質膜とを備える。燃料電池のアノードおよびカソードにおける発電反応は次の(1)(2)のようである。
(1)アノード…H→2H+2e(酸化反応)
(2)カソード…1/2O+2H+2e→HO(還元反応)
【0003】
このように発電反応では、アノードにおいて水素の電気化学的な酸化反応で発生した電子(e)がカソードに移行し、カソードにおいて還元反応が発生する。このような発電反応が発電時に進行する。
【0004】
上記した燃料電池を起動させる起動方法として、燃料電池と、燃料電池で発電された電力を消費する電力消費手段(放電抵抗)と、燃料電池の外部に設けられた外部負荷とを用い、燃料電池を外部負荷に接続するまでの段階で、燃料電池のアノードに改質ガスを導入しつつカソードに空気を導入し、改質ガスおよび空気のうちの一方の流量を徐々に増加させ、発電した電力を電力消費手段(放電抵抗)で放電させて消費させる技術が知られている(特許文献1)。
【0005】
起動運転が終了すると、燃料電池と外部負荷とを電気的に接続し、外部負荷を作動させる。特許文献1に係る技術によれば、起動運転時において、燃料電池で発電した電力を電力消費手段(放電抵抗)で放電させて消費させることにしている。
【0006】
また、燃料電池の起動方法として、主抵抗負荷の他に補助抵抗負荷(電気抵抗値は固定)を設け、燃料電池を起動運転させるとき、スイッチをオンして燃料電池と補助抵抗負荷とを電気的に接続し、起動運転におけるセル電圧を補助抵抗負荷によって低下させる技術が知られている(特許文献2)。
【特許文献1】特開平5−251101号公報
【特許文献2】特表2005−515603号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記した特許文献1,2に係る技術によれば、燃料電池の電気的エネルギで作動させる外部負荷と燃料電池とを電気的に接続する前の段階である起動運転において、燃料電池と電力消費手段や補助抵抗負荷とを電気的に接続しており、燃料電池で発電した電気エネルギを電力消費手段や補助抵抗負荷により放電させて消費させることにしている。
【0008】
このような特許文献1,2に係る技術によれば、定常運転ばかりか、起動運転においても、燃料電池は上記した発電反応(1)(2)を進行させており、アノードの電子がカソードに移動している。かかる技術によれば、発電を開始した後、燃料電池が開放回路状態に長時間おかれることを回避している。
【0009】
上記した技術によれば、起動運転においても開放回路状態を回避できても、カソードに空気(酸素)を導入することによるカソード電極電位の上昇速度が制御されておらず、非常に速くなっており、それによってカソード電極が劣化してしまう。また、このとき発電反応が進行しており、燃料電池の発熱が大きくなる。従って燃料電池の使用期間が長期にわたると、燃料電池を構成する材料の発熱に起因する劣化が進行するおそれがある。更に、前述したように、起動運転においても燃料電池のアノードおよびカソードにおいて発電反応が進行しているため、アノードにおいて水素の酸化が進行しており、アノードで水素欠乏が発生するおそれがある。この場合、水素の代わりに、アノード構成材料が電気化学的に酸化反応するおそれがあり、アノード構成材料(例えばカーボンブラック等のカーボン系導電物質)が酸化により劣化するおそれがある。
【0010】
本発明は上記した実情に鑑みてなされたものであり、燃料電池のカソードの電極電位の急激な上昇を抑えることができ、カソードの劣化を抑制でき、更には、アノードの劣化も抑制するのに有利であり、燃料電池の長寿命化に有利な燃料電池の運転方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
(1)様相1に係る燃料電池の運転方法は、酸素を含むカソード流体が供給されるカソードと、水素を含むアノード流体が供給されるアノードと、前記カソードおよび前記アノードで挟持された電解質膜とを備える燃料電池を用い、前記燃料電池を起動させる起動運転を実施した後、前記燃料電池を定常運転させる燃料電池の運転方法であって、前記起動運転において、前記燃料電池の前記カソードと前記アノードとを開放回路状態に設定した状態で、前記燃料電池の前記カソード側の酸素濃度を、前記定常運転における前記カソード側の酸素濃度よりも低くして前記カソードの電極電位の上昇を抑える濃度低減操作を実施することを特徴とする。
【0012】
(2)様相2に係る燃料電池の運転方法は、酸素を含むカソード流体が供給されるカソードと、水素を含むアノード流体が供給されるアノードと、カソードおよび前記アノードで挟持された電解質膜とを備える燃料電池を用い、燃料電池を起動させる起動運転を実施した後、燃料電池を定常運転させる燃料電池の運転方法であって、起動運転において、燃料電池の前記カソードに導入される酸素の単位時間あたりのモル数を、定常運転においてカソードに導入される酸素の単位時間あたりのモル数よりも少なくしてカソードの電極電位の上昇を抑える濃度低減操作を実施することを特徴とする。
【0013】
ここで、燃料電池の外部の外部負荷とスタックのアノードおよびカソードとを接続しない開放回路状態(OCV:open circuit voltage)においては、カソードの平衡電極電位は、基本的には、カソード活物質である酸素の濃度(活量)に依存しており、電気化学におけるネルンストの式に基づく。
【0014】
様相1,2によれば、起動運転において燃料電池を開放回路状態とすると共に濃度低減操作し、燃料電池のカソードに導入される酸素の濃度(カソードに導入される単位時間あたりのモル数)を、定常運転においてカソードに導入される酸素の濃度(カソードに導入される単位時間あたりのモル数)よりも少なくする。これにより起動運転においてカソードの電極電位が低めに維持される。従って、起動運転においてカソードの電極電位の急激な上昇が抑えられる。
【0015】
ここで、酸素はカソードにおける発電反応で使用されるカソード活物質である。水素はアノードにおける発電反応で使用されるアノード活物質である。
【0016】
本明細書において、定常運転とは、異常がない状態で、外部負荷を燃料電池の電気エネルギで作動させるのに必要とされる運転を意味する。定常運転は、定格運転を上限とし、外部負荷の作動量に応じて消費される電気エネルギの多少の変動を許容する。ここで、定格は、指定された条件のもとで、製造者が保証する使用上の出力の限界をいう。従って、本明細書における定常運転は、定格運転に置き換えることができる。
【0017】
起動運転は、定常運転を移行する前に実施される始動運転であり、燃料電池のカソードとアノードとが電気的に接続されていない開放回路状態で実施される。この場合、カソードとアノードとが電気的に接続されていないため、燃料電池のアノードおよびカソードでは電子(e)の移動が抑えられており、基本的には、上記した発電反応(1)(2)の進行が抑えられている。このため、起動運転における燃料電池の発熱が抑えられる。ひいては、燃料電池を構成する材料の発熱に起因する劣化が抑えられる。
【0018】
このように本様相によれば、起動運転において燃料電池のカソードとアノードとが開放回路状態であり、アノードとカソードとは電気的に接続されていない。このため、燃料電池のアノードおよびカソードにおける発電反応の進行が抑えられており、起動運転においてアノードにおける水素の不必要な消費が抑えられる。これに伴い発熱に起因する劣化が抑えられる。
【0019】
更に起動運転においてアノードにおける水素の不必要な消費が抑えられており、アノードにおいて水素欠乏が発生するおそれが抑えられる。ここで、アノードにおいて水素欠乏が発生すると、水素の代わりに、アノード構成材料が電気化学的に酸化反応するおそれがある。この場合、アノード構成材料(例えばカーボン系導電物質、触媒)が酸化劣化するおそれがあり、好ましくない。このような本様相によれば、起動運転において発電反応を発生させないため、アノードは水素を導入しても良いし、あるいは、不活性な窒素を導入しても良い。
【0020】
(3)様相3に係る燃料電池の運転方法によれば、上記様相において、水素を含むアノード流体が燃料電池のアノードに導入された状態で、あるいは、水素を含むアノード流体が燃料電池のアノードに導入されつつ、濃度低減操作を実施することを特徴とする。この場合、水素を含むアノード流体が燃料電池のアノードに存在する状態で、起動運転が実施される。このため起動運転直後の定常運転においても、燃料電池のアノードにおける水素(アノード活物質)の欠乏が良好に抑えられ、水素の酸化が良好に行われる。故に、燃料電池のアノードを構成しているアノード構成材料の酸化反応が抑制される。アノード構成材料としては、例えば、触媒担体等のカーボン系導電物質(例えば、カーボンブラック等の微小カーボン体)、アノード触媒があげられる。
【0021】
(4)様相4に係る燃料電池の運転方法によれば、酸素を含むカソード流体が供給されるカソードと、水素を含むアノード流体が供給されるアノードと、カソードおよびアノードで挟持された電解質膜とを備える燃料電池を用い、
燃料電池を起動させる起動運転を実施した後、燃料電池を定常運転させる燃料電池の運転方法であって、起動運転において、電気抵抗値を可変にできる可変放電抵抗を燃料電池のカソードとアノードとの間に繋いた状態で、燃料電池のカソードに導入される酸素の濃度を、定常運転においてカソードに導入される酸素の濃度よりも少なくして前記カソードの電極電位の上昇を抑える濃度低減操作と、可変放電抵抗の電気抵抗値を次第に増加させる抵抗増加操作とを実施することを特徴とする。ここで、導入される酸素の単位時間あたりのモル数を少なくすれば、酸素の濃度を低減させることができる。
【0022】
本様相によれば、起動運転において、酸素(カソード活物質)の濃度低減操作し、燃料電池のカソードに導入される酸素の単位時間あたりのモル数を、定常運転においてカソードに導入される酸素の単位時間あたりのモル数よりも少なくする。即ち、起動運転において濃度低減操作し、燃料電池のカソードに導入される酸素の濃度を、定常運転においてカソードに導入される酸素の濃度よりも少なくする。これにより起動運転においてカソードの電極電位が低めに維持され、カソードの電極電位の急激な上昇が抑えられる。
【0023】
可変放電抵抗は電気抵抗値を可変にできる。アノードとカソードとの間に配置されている可変放電抵抗の電気抵抗値が低いとき、可変放電抵抗に流れる電流が高く、セル電圧(セル電圧=カソード電極電位−アノード電極電位)が低い。可変放電抵抗の電気抵抗値が高いとき、可変放電抵抗に流れる電流が低く、セル電圧が高い。起動運転で実施される抵抗増加操作においては、時間が経過するにつれて可変放電抵抗の電気抵抗値を増加させる。すると起動運転の初期ではセル電圧が低いが、時間が経過するにつれてセル電圧が次第に高くなる。換言すると、起動運転の初期ではカソードの電極電位が低いが、時間が経過するにつれてカソードの電極電位が次第に高くなる。
【0024】
本様相によれば、起動運転の初期では、可変放電抵抗の電気抵抗値が低いため、可変放電抵抗に流れる電流が高く、カソードの電極電位(実質的にセル電圧)が低い。その後、可変放電抵抗の電気抵抗値が高くなるため、可変放電抵抗に流れる電流が低くなり、カソードの電極電位(セル電圧)が増加する。このように起動運転においてカソードの電極電位の急激な増加が抑制されているため、カソードの劣化が抑えられている。
【発明の効果】
【0025】
本発明によれば、起動運転において、酸素に関する濃度低減操作し、燃料電池のカソードに導入される酸素濃度を、定常運転時においてカソードに導入される酸素濃度よりも少なくする。これにより起動運転においてカソードの電極電位の急激な上昇を抑える。この結果、本発明によれば、カソードの劣化が抑制される。殊にカソード構成材料(カーボン系導電物質、触媒等)の劣化が抑制される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0026】
(実施形態1)
図1は実施形態1に係る燃料電池システムの概念図を示す。スタック1は複数の燃料電池のセルを積層して形成されている。燃料電池の各セルは膜電極接合体をもつ。膜電極接合体は、発電時において、酸素(カソード活物質)を含む空気がカソードガス(カソード流体)として供給されるカソード10と、水素(アノート活物質)を含む水素ガス(アノード流体)がアノードガスとして供給されるアノード11と、カソード10およびアノード11で挟持された電解質膜13とを備える。
【0027】
スタック1のカソード10の入口10iにはカソードガス通路2が繋がれている。カソードガス通路2には、カソード10に導入されるカソードガスを加湿する加湿器3と、カソードガス通路2を開閉するカソードガスバルブ20と、カソードガスをカソード10に搬送する搬送源22(例えばファン、ブロア、コンプレッサ等痕)が設けられている。
【0028】
加湿器3は、加湿部31と吸湿部32と、吸湿部32と加湿部31とを仕切る水分保持部材33とを備えている。加湿器3はこの構造に限定されるものでない。場合によっては、加湿器3を廃止しても良い。
【0029】
図1に示すように、スタック1のカソード10の出口10pには、カソードオフガス通路4が繋がれている。カソードオフガス通路4には、スタック1のカソード10から吐出された発電反応後の暖かいカソードオフガス(空気オフガス)を凝縮させ、カソードオフガスから水分を除去する加湿器3の吸湿部32と、カソードオフガス通路4を開閉するカソードオフガスバルブ40とが設けられている。
【0030】
図1に示すように、アノード11の入口11iには、アノードガス供給源である改質器51に繋がるアノードガス通路5が繋がれている。なお、アノードガス供給源としては、改質器51に代えて水素ボンベとしても良い。アノードガス通路5には、これを開閉するアノードガスバルブ50が設けられている。アノード11の出口11pには、スタック1のアノード11から吐出されたアノードオフガスを改質器51の燃焼部51cに流すアノードオフガス通路6が繋がれている。
【0031】
アノードオフガス通路6には、これを開閉するアノードオフガスバルブ60が設けられている。ここで、カソードガスバルブ20、アノードガスバルブ50、カソードオフガスバルブ40、アノードオフガスバルブ60は、開弁度が0%および100%を切り替えるバルブでも良いし、あるいは、開弁度が0%〜100%の間で可変のバルブでも良く、要する開閉機能があればよい。
【0032】
図1に示すように、スタック1のアノード11とカソード10とは導線15で電気的に接続されている。導線15には、メインスイッチング素子16と外部負荷17とが設けられている。外部負荷17はスタック1の電気エネルギで作動される負荷を意味する。メインスイッチング素子16はスタック1の電気エネルギを外部負荷17への給電および断電を行う。制御装置9は、各バルブ20.40,50,60、搬送源22、メインスイッチング素子16を制御する。
【0033】
燃料電池のスタック1を運転するには、スタック1を起動させる起動運転を実施する。起動運転させた後、燃料電池のスタック1を定常運転させる。スタック1のアノード11およびカソード10における発電反応は次のようである。
(1)アノード11…H→2H+2e(酸化反応)
(2)カソード10…1/2O+2H+2e→HO(還元反応)
【0034】
このように発電反応では、アノードにおいて水素の電気化学的な酸化反応で発生した電子(e)がカソードに移行し、カソードにおいて還元反応が進行する。
【0035】
本実施形態によれば、起動運転は、スタック1のカソード10とアノード11とを外部負荷17や放電抵抗などに電気的に接続されない開放回路状態、つまり、無負荷状態で実施される。このため起動運転は、カソード10とアノード11との間におけるメインスイッチング素子16をオフとした状態で実施される。
【0036】
上記した起動運転において、アノードガスバルブ50を開放させ、スタック1のアノード11に水素ガスをアノードガスとして連続的に導入させる。更に、搬送源22を連続的に駆動させると共に、カソードガスバルブ20を開放させ、スタック1のカソード10に空気をカソードガスとして連続的に導入する。
【0037】
起動運転においてカソード10に導入される酸素の単位時間あたりのモル数をMsO[モル/sec]として示す。これに対して、定常運転時においてカソード10に導入される酸素の単位時間あたりのモル数をMrO[モル/sec]として示す。MsOはmole starting oxygenの略記である。MrOはmole rating oxygen略記である。startingは起動運転の略記である。ratingは定常運転(定格運転)の略記である。VrHはvolume rating hydrogenの略記である。VrOはvolume rating oxygenの略記である。
【0038】
上記した起動運転において濃度低減操作が実施されているため、起動運転における酸素のモル数MsO[モル/sec]は、定常運転におけるモル数MrO[モル/sec]よりも少なくされている。即ち、カソード10において、起動運転における酸素濃度は、定常運転における酸素濃度よりも少なくされている。この場合、MsO/MrO=0.0001〜0.5の範囲、殊に0.01〜0.2の範囲が例示される。これにより起動運転においてスタック1のカソード10に酸素が少量ずつ徐々に導入される。このためネルンストの式によれば、カソード10の電極電位が抑えられ、カソード10の電極電位の急激な上昇が抑えられている。
【0039】
ここで、定常運転において、スタック1のカソード10に導入される単位時間あたりのカソードガスである空気の導入流量をVrOとして示す。スタック1の種類によっては相違するが、例えば、VrO=0.140リットル/secにできる。定常運転において、スタック1のアノード11に導入される単位時間あたりのアノードガスである水素ガスの導入流量をVrHとして示す。スタック1の種類によっては相違するが、例えばVrH=0.029リットル/secにできる。 本実施形態によれば、起動運転においてスタック1のアノード11に導入される単位時間あたりのアノードガスの導入流量VsHを、定常運転(定格運転)におけるアノードガスの導入流量VrHとほぼ同一に設定する(VsH≒VrH)。ここで、起動運転において、燃料電池のスタック1のカソード10に導入される単位時間あたりの空気の導入流量をVsO[リットル/sec]とする。
【0040】
なおアノードガスおよびカソードガスを導入する順序としては、アノードガスを導入してからカソードガスを導入することが好ましい。しかし両ガスを同時に導入しても良い。またカソードガスを導入してからアノードガスを導入しても良い。ここで、VsHはvolume starting hydrogenの略記である。VsOはvolume starting oxygenの略記である。
【0041】
本実施形態によれば、前述したように、起動運転において、酸素のモル数MsOを低減させる濃度低減操作を実施する。即ち、起動運転における空気の導入流量VsOを、定常運転における空気の導入流量VrOよりも少なくする。この場合には、搬送源22の単位時間あたりの回転数を、定常運転の場合よりも制御装置9により低速化させることにより、カソード10に導入する空気量を低減させることができる。
【0042】
この結果、起動運転における酸素のモル数MsO[モル/sec]は、定常運転におけるモル数MrO[モル/sec]よりも少なくされている。即ち、カソード10において、起動運転における酸素濃度は、定常運転における酸素濃度よりも少なくされている。これにより起動運転においてカソード10の電極電位の急激な上昇を抑える。この結果、起動運転におけるカソード10の劣化が抑制される。殊に、カソード10を構成する構成材料(例えばカーボン系の導電物質、触媒)の劣化が抑制される。
【0043】
カソード10の電極電位の上昇速度としては、30ミリボルト/sec以下とすることができ、好ましくは20ミリボルト/sec以下が良い。更に、起動性は低下するものの、カソード10の劣化の抑制を考慮すると、10ミリボルト/sec以下が好ましく、5ミリボルト/sec以下が好ましい。2ミリボルト/sec以下、1ミリボルト/sec以下とすることもできる。このようなカソード10の電極電位の上昇速度となるように、カソード10に導入する空気(カソードガスの流量を制御することが好ましい。
【0044】
図2(A)は、起動運転(時刻t1〜時刻t2間)において時間と空気の導入流量との関係を模式的に示す。図2(A)において、特性線A1は比較形態に係り、起動直後から定常運転時の空気流量を供給する制御線を示す。特性線B1は、実施形態1における空気流量を制御する制御線を示す。時刻t2から定常運転(定格運転)に移行する。図2(B)は、起動運転において時間とカソード10の電極電位との関係を模式的に示す。図2(B)において、特性線Roは、比較形態に係り、起動直後から定常運転時の空気流量を供給した場合(濃度低減操作が実施されず)における時間とカソードの電極電位との関係を示す。特性線Woは、実施形態1における時間とカソードの電極電位との関係を示す。図2(A)に示すように実施形態1においては、起動運転時に濃度低減操作が実施されているため、特性線Woに示すように、カソード10の電極電位は緩やかに上昇し、特性線Roとは異なり、電極電位の急激な上昇は抑えられている。
【0045】
上記した本実施形態によれば、起動運転は、スタック1のカソード10とアノード11とを外部負荷17や放電抵抗などに導線を介して電気的に接続されていない開放回路状態、つまり、無負荷状態で実施される。このため、起動運転は、カソード10とアノード11との間におけるメインスイッチング素子16をオフとした状態で実施される。従って、スタック1のカソード10およびアノード11の間には電流は流れておらず、カソード10およびアノード11における発電反応の進行は抑えられている。故に、スタック1の発電反応に基づく発熱が抑えられ、発熱に起因する劣化が抑制される。更に、スタック1において発電反応の進行が抑えられているため、アノード11における燃料の不必要な消費が抑制され、それに伴う発熱に起因する劣化が抑制される。
【0046】
起動運転において、アノード11に供給される水素ガスは、発電反応となる電気化学的反応を起こさせるための酸素よりも、化学量論的に多いことが好ましい。その理由としては、起動運転から定常運転に移行したとき、水素の電気化学的な酸化を充分に確保し、アノード11の電気化学的な酸化劣化を抑制するためである。殊に、アノード11を構成する構成材料(例えばカーボン系の導電物質、触媒)の酸化劣化を抑制するためである。
【0047】
なお本実施形態によれば、起動運転においてアノード11に導入される単位時間あたりのアノードガスの導入流量VsHを、定常運転におけるアノードガスの導入流量VrHとほぼ同一に設定する(VsH≒VrH)が、これに限らない。即ち、起動運転においてアノードガスの導入流量VsHを、定常運転におけるアノードガスの導入流量VrHの30〜100%の範囲内で調整しても良い。また本実施形態によれば、起動運転における酸素のモル数MsO[モル/sec]は一定としているが、これに限らず、時間経過につれて段階的にまたは連続的に増加させることにしても良い。
【0048】
(実施形態2)
本実施形態は実施形態1と基本的には同様の構成、作用効果を有するため、図1を準用する。まず、燃料電池のスタック1を運転するにあたり、スタック1を起動させる起動運転を実施する。その後、燃料電池のスタック1を定常運転させる。上記した起動運転において、燃料電池のスタック1のアノード11に水素ガスをアノードガスとして連続的に導入させる。この場合、起動運転においてアノード11に導入される単位時間あたりのアノードガスの導入流量VsHを、定常運転(定格運転)におけるアノードガスの導入流量VrHとほぼ同一に設定する(VsH≒VrH)。
【0049】
同様に起動運転においてカソード10に空気をカソードガスとして連続的に導入させる。ここで、起動運転において導入される酸素の単位時間あたりのモル数をMsO[モル/sec]とする。定常運転においてカソード10に導入される酸素の単位時間あたりのモル数をMrO[モル/sec]とする。
【0050】
本実施形態においても濃度低減操作が実施されており、起動運転におけるモル数MsOは、定常運転におけるモル数MrOよりも少なくされている(MsO<MrO)。即ち、カソード10において、起動運転における酸素濃度は、定常運転における酸素濃度よりも少なくされている。従って、起動運転においてカソード10の電極電位の急激な上昇が抑えられている。
【0051】
具体的には、起動運転において燃料電池のスタック1のカソード10に導入されるカソードガスの酸素濃度をCsOとする。これに対して、定常運転時においてカソード10に導入されるカソードガスの酸素濃度CrOとする。CsOはconcentration starting oxygenの略記である。CrOはconcentration rating oxygenの略記である。
【0052】
本実施形態によれば、起動運転においてカソードガスの酸素濃度を低減させる酸素濃度低減操作(濃度低減操作)が実施される。即ち、起動運転における酸素濃度CsOは酸素濃度CrOよりも少なくされ(CsO<CrO)、カソード10の電極電位の急激な上昇が抑えられている。この結果、カソード10の劣化が抑制される。起動運転において、アノード11に供給される水素ガスの導入量としては、前述したように、発電反応となる電気化学的反応を起こさせるための酸素よりも、化学量論的に多いことが好ましい。なお、MsO/MrO=0.0001〜0.5の範囲、殊に0.01〜0.2の範囲が好ましい。CsO/CrOも同様の範囲が望ましい。なお本実施形態によれば、起動運転においてスタック1のアノード11に導入される単位時間あたりのアノードガスの導入流量VsHを、定常運転におけるアノードガスの導入流量VrHとほぼ同一に設定するが、これに限らない。導入流量VsHを導入流量VrHの30〜100%の範囲内で調整しても良い。
【0053】
(実施形態3)
本実施形態は実施形態1と基本的には同様の構成、作用効果を有するため、図1を準用する。まず、燃料電池のスタック1を運転するにあたり、スタック1を起動させる起動運転を実施する。その後、燃料電池のスタック1を定常運転させる。ここで、カソードガスバルブ20の開度は段階的または連続的に調整可能とされている。上記した起動運転において、アノードガスバルブ50を連続的に開放させ、燃料電池のスタック1のアノード11に水素ガスを連続的に導入させるとともに、カソードガスバルブ20の開度を段階的に増加させ、カソード10に導入する空気の導入流量を次第に増加させる。
【0054】
起動運転において、アノード11に導入される単位時間あたりのアノードガスの導入流量VsHを、定常運転におけるアノードガスの導入流量VrHとほぼ同一に設定する(VsH≒VrH)。
【0055】
ここで、起動運転において、カソード10に導入される酸素の単位時間あたりのモル数をMsO[モル/sec]とする。これに対して、定常運転時においてカソード10に導入される酸素の単位時間あたりのモル数をMrO[モル/sec]とする。本実施形態によれば、起動運転においてカソード10に空気を段階的に増加させて、MsO[モル/sec]、MsO[モル/sec]、MsO[モル/sec]と次第に増加させる(MsO<MsO<MsO)。起動運転におけるモル数MsO〜MsOは、定常運転におけるモル数MrOよりも少なくされている(MsO〜MsO<MrO)。即ち、カソード10において、起動運転における酸素濃度は、定常運転における酸素濃度よりも少なくされている。このため起動運転においてカソード10の電極電位の上昇が抑えられる。
【0056】
本実施形態によれば、起動運転においてアノード11に導入される単位時間あたりのアノードガスの導入流量VsHを、定常運転におけるアノードガスの導入流量VrHとほぼ同一に設定するが、これに限らない。即ち、導入流量VsHを導入流量VrHの30〜100%の範囲内で調整しても良い。ここで、前述したように、アノード11に供給される水素ガスの導入量としては、発電反応となる電気化学的反応を起こさせるための酸素よりも、化学量論的に多いことが好ましい。
【0057】
(実施形態4)
本実施形態は実施形態1と基本的には同様の構成、作用効果を有するため、図1を準用する。起動運転において、アノードガスバルブ50を開放させ、燃料電池のスタック1のアノード11に水素ガスをアノードガスとして連続的に導入させる。また起動運転において、カソードガスバルブ20の開閉を繰り返し、空気をカソードガスとして所定時間間隔で断続的に開放させる。ここで、カソードガスバルブ20の開放時間をt5とし、カソードガスバルブ20の閉鎖時間をt6とする。起動運転において開放時間t5および閉鎖時間t6が交互に繰り返される。この場合には、起動運転と定常運転とで搬送駆動源22の単位時間あたりの回転数を同一としても、カソードガスバルブ20の間欠開放により、起動運転における濃度低減操作を実施することができる。
【0058】
このような起動運転においてカソード10に導入される酸素の単位時間あたりのモル数をMsO[モル/sec]とする。定常運転時においてカソード10に導入される酸素の単位時間あたりのモル数をMrO[モル/sec]とする。
【0059】
本実施形態においても、起動運転においてカソードガスバルブ20を断続的に開放させるため、空気をカソード10に断続的に導入させている。このため濃度低減操作が実施されている。よって、起動運転における酸素のモル数MsOは、定常運転におけるモル数MrOよりも少なくされている(MsO<MrO)。即ち、カソード10において、起動運転における酸素濃度は、定常運転における酸素濃度よりも少なくされている。故に、起動運転においてカソード10の電極電位の急激な上昇が抑えられる。
【0060】
本実施形態によれば、起動運転においてアノード11に導入される単位時間あたりのアノードガスの導入流量VsHを、定常運転におけるアノードガスの導入流量VrHとほぼ同一に設定するが、これに限らない。導入流量VsHを導入流量VrHの30〜100%の範囲内で調整しても良い。ここで、前述したように、アノード11に供給される水素ガスの導入量としては、発電反応となる電気化学的反応を起こさせるための酸素よりも、化学量論的に多いことが好ましい。
【0061】
(実施形態5)
図3は実施形態5を示す。本実施形態は実施形態1と基本的には同様の構成、作用効果を有する。本実施形態によれば、図3に示すように、起動運転において、スタック1のカソード10とアノード11とが導線15cを介して繋がれている。導線15cにはスイッチング素子18および可変放電抵抗19が配置されている。可変放電抵抗19は外部負荷17に対して並列とされている。制御装置9は、各バルブ20.40,50,60、搬送源22、メインスイッチング素子16、スイッチング素子18を制御する。
【0062】
起動運転において、燃料電池のスタック1のアノード11に水素ガスを連続的に導入させるとともに、カソード10に空気を連続的に導入させる。このような起動運転において濃度低減操作が実施されている。ここで、カソード10に導入される酸素の単位時間あたりのモル数をMsO[モル/sec]とする。定常運転時においてカソード10に導入される酸素の単位時間あたりのモル数をMrO[モル/sec]とする。他の実施形態と同様に、起動運転におけるモル数MsOは、定常運転時におけるモル数をMrOよりも少なくされている(MsO<MrO)。即ち、カソード10において、起動運転における酸素濃度は、定常運転における酸素濃度よりも少なくされている。故に、起動運転においてカソード10の電極電位の急激な上昇が抑えられる。なお、MsO/MrO=0.0001〜0.5の範囲、殊に0.01〜0.2の範囲が好ましい。
【0063】
更に本実施形態によれば、起動運転において、スイッチング素子16がオフとされて外部負荷17がカソード10とアノード11との間に電気的に接続されていない状態で、スイッチング素子18がオンされている。そして制御装置9により、起動運転において時間が経過するにつれて可変放電抵抗19の電気抵抗値を次第に増加させる抵抗増加操作が実施される。ここで、可変放電抵抗19の電気抵抗値が低いとき、導線15cおよび可変放電抵抗19に流れる電流が高く、セル電圧が低い。これに対して可変放電抵抗19の電気抵抗値が高いとき、導線15cおよび可変放電抵抗19に流れる電流が低く、セル電圧が高い。
【0064】
本実施形態によれば、起動運転において上記した濃度低減操作の他に、抵抗増加操作が制御装置9により実施される。即ち、制御装置9は、時間が経過するにつれて、可変放電抵抗19の電気抵抗値を増加させる。すると起動運転の初期ではセル電圧が低いが、時間が経過するにつれてセル電圧が次第に高くなる。換言すると、起動運転の初期ではカソード10の電極電位が低いが、時間が経過するにつれてカソード10の電極電位が次第に高くなる。これにより起動運転において燃料電池のカソード10の電極電位の急激な上昇速度が更に抑制される。よって、カソード10の電極電位の急激な上昇が更に抑えられる。この結果、カソード10の劣化が更に抑制される。
【0065】
本実施形態によれば、起動運転において、アノード11に導入される単位時間あたりのアノードガスの導入流量VsHを、定常運転におけるアノードガスの導入流量VrHとほぼ同一に設定するが、これに限らない。導入流量VsHを導入流量VrHの30〜100%の範囲内で調整しても良い。なお前述したように、起動運転においてアノード11に供給される水素ガスの導入量としては、発電反応となる電気化学的反応を起こさせるための酸素よりも、化学量論的に多いことが好ましい。
【0066】
(実施形態6)
本実施形態は実施形態1と基本的には同様の構成、作用効果を有するため、図1を準用する。起動運転において、燃料電池のスタック1のアノード11には水素は導入されておらず、窒素が導入されている。この状態において、カソードガスバルブ20の開度を段階的にまたは連続的に増加させ、カソード10に導入する空気の導入流量を増加させる。起動運転において、カソード10に導入される酸素の単位時間あたりのモル数をMsO[モル/sec]とする。これに対して、定常運転時においてカソード10に導入される酸素の単位時間あたりのモル数をMrO[モル/sec]とする。
【0067】
本実施形態によれば、カソード10へ導入する空気量を段階的に増加させて、MsO[モル/sec]、MsO[モル/sec]、MsO[モル/sec]と増加させる(MsO<MsO<MsO)。起動運転におけるモル数MsO〜MsOは、定常運転におけるモル数MrOよりも少なくされている(MsO〜MsO<モル数MrO)。即ち、カソード10において、起動運転における酸素濃度は、定常運転における酸素濃度よりも少なくされている。このため起動運転においてカソード10の電極電位の急激な上昇が抑えられる。
【0068】
本実施形態によれば、起動運転においてアノード11に導入される単位時間あたりのアノードガスの導入流量VsHを、定常運転におけるアノードガスの導入流量VrHとほぼ同一に設定するが、これに限らない。即ち、起動運転において、導入流量VsHを導入流量VrHの30〜100%の範囲内で調整しても良い。ここで、前述したように、アノード11に供給される水素ガスの導入量としては、発電反応となる電気化学的反応を起こさせるための酸素よりも、化学量論的に多いことが好ましい。
【実施例1】
【0069】
以下、本発明の実施例1を説明する。実施例1は実施形態1に基づくものであり、図1を準用する。スタック1の積層セル数は6個である。本実施例によれば、定常運転においてスタック1のアノード11に導入される単位時間あたりの水素ガス(アノード11)の導入流量をVrHとして示す。ここでVrH=1.766リットル/min(29ミリリットル/sec)に設定した。また定常運転においてスタック1のカソード10に導入される単位時間あたりの空気(カソードガス)の導入流量をVrOとして示す。ここでVrO=8.4リットル/min(140ミリリットル/sec)とした。
【0070】
本実施例によれば、起動運転においてアノード11に導入される単位時間あたりの水素ガスの導入流量VsHを、定常運転における導入流量VrHと同一に設定した。また、スタック1のカソード10に導入される単位時間あたりの空気の導入流量VsOを、定常運転における空気の導入流量VrOの12%に設定し、1リットル/min(≒16.7ミリリットル/sec)とした。
【0071】
そして起動運転において、アノード11に導入される単位時間あたりの水素ガス(導入流量:VsH≒VrH)を導入しつつ、カソード10に空気(導入流量:VrO×12%≒1リットル/min≒16.7ミリリットル/sec)をマスフローを介して導入した。
【0072】
この場合、カソード10の電極電位が0.9ボルトに達するのに、115.7秒要した。この場合、カソード10の電極電位の上昇速度は、0.9ボルト/115.7秒≒7.78ミリボルト/secであった。本実施例では、カソード10の電極電位の上昇速度がゆっくりであるため、スタック1の使用期間が長期にわたったとしても、カソード10およびアノード11の触媒層を構成するカーボン系導電物質(カーボンブラックなど)の酸化劣化が抑制される。従って、カソード10の電極電位の上昇速度としては、10ミリボルト/sec以下が好ましいといえる。図4における特性線W1は、実施例1におけるカソード10の電極電位の上昇速度を示す。
【0073】
比較例についても同様に試験した。比較例として実施例1で用いたスタック1を用い、起動運転において、スタック1のアノード11に導入される単位時間あたりの水素ガスの導入流量VsHを、実施例1と同様に、定常運転における水素ガスの導入流量VrHと同一に設定した(VsH≒VrH)。また、カソード10には予め窒素ガスを封入した。そして起動運転において、スタック1のアノード11に水素ガスを導入すると共に、カソード10に空気を導入した(定常運転において導入する空気の導入流量VrOと同じ導入流量,8.4リットル/min≒140ミリリットル/sec)。アノード11に導入される単位時間あたりの水素ガス(導入流量:VsH≒VrH)を導入した。比較例では、カソード10の電極電位が0.9ボルトに達するのに、17.6秒要した。この場合、カソード10の電極電位の上昇速度は、0.9ボルト/17.6秒≒51ミリボルト/secであり、上昇速度は激しかった。図4における特性線R1は、比較例におけるカソード10の電極電位の上昇速度を示す。
【0074】
このように比較例では、カソード10の電極電位の上昇速度が激しいため、スタック1の使用期間が長期にわたると、カソード10の触媒層を構成するカーボン系導電物質の酸化による劣化が進行する。カーボン系導電物質としては、触媒を担持しているカーボン系担体(カーボンブラック)があげられる。なお本実施例および比較例によれば、試験条件としては、セル温度が70℃、アノード11の露点54℃、カソードガスの露点58℃とした。
【0075】
(カソ−ドの電極電位の上昇速度とカソードの劣化との関係)
カソ−ドの電極電位の上昇速度とカソードの劣化との関係について、本発明者は試験した。カソ−ド10の電極電位の上昇速度が低速であると、カソード10から吐出されるカソードオフガスに含まれる二酸化炭素の濃度が少ないことが、本発明者より試験例により知見されている。
【0076】
この試験例によれば、単セルを用い、アノードに5リットル/minの水素ガスをアノードガスとして導入しつつ、カソードに8リットル/minの窒素ガスを導入した。セル温度を70℃、アノード側露点を54℃、カソード側露点を58℃とした。単セルに電気的に接続されているポテンショスタットにより、セル電圧を0から0.9ボルトに達するまで強制的に、カソ−ドの電極電位を制御した。そして、0.9ボルトに達した後、20分放置した。その後、カソードから吐出されるカソードオフガスに含まれる二酸化炭素の濃度をCO測定装置(堀場製作所VIA−510:非分散形赤外線吸収汎用ガス分析計)により測定した。表1は、カソードオフガスに含まれる二酸化炭素の濃度についての測定結果を示す。電極電位の上昇速度が20ミリボルト/secのとき、二酸化炭素量は0.062ミリリットルであった。電極電位の上昇速度が50ミリボルト/secのとき、二酸化炭素量は0.095ミリリットルであった。電極電位の上昇速度が100ミリボルト/secのとき、二酸化炭素量は0.167ミリリットルであった。このように電極電位の上昇速度が増加していると、二酸化炭素の濃度は増加する。その理由としては、カソードに含まれているカーボン系触媒担体(カーボンブラック)の酸化が進行して二酸化炭素になったものと推察される。
【0077】
【表1】

【実施例2】
【0078】
以下、本発明の実施例2を説明する。実施例2は実施形態1に基づくものであり、図1を準用する。スタック1は実施例1と同様のものを用いた。本実施例によれば、起動運転においてアノード11に導入される単位時間あたりの水素ガスの導入流量VsHを、定常運転における導入流量VrHと同一に設定した(VsH≒VrH)。また、カソード10に導入される単位時間あたりの空気の導入流量VsOを、定常運転における空気の導入流量VrOの6%に設定し、0.5リットル/min(≒8.3ミリリットル/sec)とした。
【0079】
そして起動運転において、アノード11に導入される単位時間あたりの水素ガスを導入しつつ、カソード10に空気を導入した。カソード10の電極電位が0.9ボルトに達するのに、172.9秒要した。この場合、カソード10の電極電位の上昇速度は、0.9ボルト/172.9秒≒5.2ミリボルト/secであった。図4における特性線W2は実施例2におけるカソード10の電極電位の上昇速度を示す。このように本実施例では、カソード10の電極電位の上昇速度がかなりゆっくりであるため、カソード10の触媒層を構成するカーボン系導電物質の酸化が抑制される。従って、カソード10の電極電位の上昇速度としては7ミリボルト/sec以下がより好ましい。
【実施例3】
【0080】
以下、本発明の実施例3を説明する。実施例3は実施形態1に基づくものであり、図1を準用する。スタック1は実施例1と同様のものを用いた。本実施例によれば、起動運転において、アノード11に導入される単位時間あたりの水素ガスの導入流量VsHを、定常運転における水素ガスの導入流量VrHと同一に設定した(VsH≒VrH)。またカソード10に導入される単位時間あたりの空気の導入流量VsOを、定常運転における空気の導入流量VrOの2.9%に設定し、0.24リットル/min(≒4ミリリットル/sec)とした。
【0081】
そして起動運転において、スタック1のアノード11に導入される単位時間あたりの水素ガスを導入しつつ、スタック1のカソード10に空気を導入した。カソード10の電極電位が0.9ボルトに達するのに、416.8秒要した。この場合、カソード10の電極電位の上昇速度は、0.9ボルト/416.8秒≒2.1ミリボルト/secであった。図4における特性線W3は実施例3におけるカソード10の電極電位の上昇速度を示す。このように本実施例では、カソード10の電極電位の上昇速度がかなりゆっくりであるため、カソード10の触媒層を構成するカーボン系導電物質の酸化が抑制される。従って、カソード10の電極電位の上昇速度としては3ミリボルト/sec以下がより好ましい。
【実施例4】
【0082】
以下、本発明の実施例4を説明する。実施例4は実施形態1に基づくものであり、図1を準用する。スタック1は実施例1と同様のものを用いた。本実施例によれば、起動運転において、スタック1のアノード11に導入される単位時間あたりの水素ガスの導入流量VsHを、定常運転における水素ガスの導入流量VrHに設定した(VsH≒VrH)。また、カソード10に導入される単位時間あたりの空気の導入流量VsOを、空気の導入流量VrOの1.4%に設定し、0.12リットル/min(≒2ミリリットル/sec)とした。そして起動運転において、アノード11に導入される単位時間あたりの水素ガス導入しつつ、カソード10に空気を導入した。カソード10の電極電位が0.9ボルトに達するのに、761.9秒要した。この場合、カソード10の電極電位の上昇速度は、0.9ボルト/761.9秒≒1.2ミリボルト/secであった。図4における特性線W4は、実施例4におけるカソード10の電極電位の上昇速度を示す。このように本実施例では、カソード10の電極電位の上昇速度がゆっくりであるため、カソード10の触媒層を構成するカーボン系導電物質の酸化が抑制される。従って、カソード10の電極電位の上昇速度としては2ミリボルト/sec以下がより好ましい。
【実施例5】
【0083】
上記したスタックを構成する膜電極接合体の製造について一例をあげる。製造条件については、あくまでも一例であり、これに記載されている条件に限定されるものではなく、必要に応じて適宜変更できるものである。
【0084】
まず、図5(A)に示すように、カソードガス拡散層100およびアノードガス拡散層110は、導電繊維としてのカーボン繊維の集積体である。カソードガス拡散層100,アノードガス拡散層110を形成するにあたり、次のようにした。即ち、水100g、アセチレンブラック(粒子状の導電物質)300g、気相成長カーボン繊維であるカーボン繊維(VGCF,導電繊維)50gを混合し、混合液を形成した。この混合液を攪拌機により10分間攪拌した。更に、撥水剤としてフッ素樹脂(PTFE)を含むディパージョン原液(三井フロロデュポン株式会社製,PTFE含有量:60質量%)125gを混合液に混合させた。この混合液を更に10分間攪拌し、撥水剤含有カーボンペーストを形成した。カーボンペーパ(GDL,トレカTGP−H060,厚み:200マイクロメートル、東レ株式会社製)の厚み方向の一方の片面に、上記した撥水剤含有カーボンペーストをドクターブレード法により塗工し、塗布させた。塗工量は4.5ミリg/cmとした。その後、そのカーボンペーパを室温にて10分間放置し、カーボンペーパの厚み方向に、撥水剤含有カーボンペーストを浸透させた。次に、乾燥炉で乾燥処理(80℃×30分間)を行い、カーボンペーパに含まれている余分な水分を蒸発させた。その後、焼結温度350℃において60分間カーボンペーパを保持し、カーボンペーパに含浸されたPTFE(撥水剤)を焼結した。これによりカソードガス拡散層100,アノードガス拡散層110(図5(A)参照)を作製した。
【0085】
次に、白金を55質量%の濃度で保持した白金担持カーボン(田中貴金属株式会社,TEC10E60E)を用いた。白金担持カーボンは、触媒である白金を担持したカーボン微小体(導電性微小体;粒子状導電物質)である。そして白金担持カーボン12gと、5質量%の濃度をもつイオン交換樹脂溶液(旭化成工業株式会社,SS−1080)127gと、水23gと、成形助剤としてのアルコール(イソプロピルアルコール)23gとを充分に混合し、カソード用の触媒ペーストを形成した。上記したイオン交換樹脂溶液は、イオン伝導性(プロトン伝導性)をもつ炭化フッ素系の電解質ポリマーを主要成分としており、液状媒体としての水とエタノールとの混合溶液に当該電解質ポリマーを溶解または分散させたものである。炭化フッ素系の電解質ポリマーは、パーフルオロスルホン酸を主成分としている。上記したカソード用の触媒ペーストをドクタブレード法によりカソード用ガス拡散層100の表面に塗布し、カソード触媒層102a(図5(A)参照)を形成した。
【0086】
アノード用の触媒として、白金担持カーボンの代わりに、白金ルテニウム合金を担持している白金ルテニウム合金カーボン(田中貴金属株式会社,TEC61E54)を用いた。これは、白金とルテニウムとを担持したカーボン微小体(導電性微小体)である。白金ルテニウムカーボンでは、白金の担持濃度は20〜40質量%とされ、ルテニウムの担持濃度は15〜30質量%とされている。そして、上記した白金ルテニウム合金担持カーボンを用い、前述と同様な方法によってアノード用の触媒ペーストを形成した。上記したアノード用の触媒ペーストをドクタブレード法によりアノードガス拡散層110の表面に塗布し、アノード用の触媒層112a(図5(A)参照)を積層した。
【0087】
上記した工程を終了した後、上記したカソード用の触媒ペーストをテフロンシート200にドクタブレード法により塗布し、カソード用の触媒層102cを積層した(図5(B)参照)。上記したアノード用触媒ペーストをテフロンシート210にドクタブレード法により塗布し、アノード用の第2触媒層112cを積層した(図5(B)参照)。
【0088】
図5(C)に示すように、イオン伝導性をもつ高分子型の電解質膜13(デュポン社製,商品名ナフィオン111,厚み25マイクロメートル)を用いた。電解質13の一方の表面にアノード用の触媒層112cを配置した。且つ、電解質膜13の他方の表面にカソード用の触媒層102cを配置し、積層体13Xを形成した(図5(C))。次に、ホットプレス型を用いて、上記した積層体13Xをこれの厚み方向に加熱加圧して予備的に加圧成形(ホットプレス)して接合させた。この場合、温度100〜130℃、圧力5〜10MPa、時間0.5〜2分間というホットプレス条件とした。その後、テフロンシート200,210を剥離した(図5(D))。
【0089】
図5(E)に示すように、カソード用の触媒層102cにカソードガス拡散層100を配置した。アノード触媒層112cにアノードガス拡散層110を配置した。そして、所定のホットプレス条件(温度100〜160℃、圧力6〜10MPa、時間1〜5分間)で、ホットプレス型を用いて加圧成形(ホットプレス)した。これにより膜電極接合体1Xが形成された。このとき触媒層102a,102cは積層されてカソード用の触媒層102となる。触媒層112a,112cは積層されてアノード用の触媒層112となる。上記した製造方法によれば、電解質膜13の表面にカソード触媒層102cおよびアノード触媒層112cが積層されているが、電解質膜13側のカソード触媒層102cおよびアノード触媒層112cを廃止しても良い。
【0090】
(そのほか)
加湿器3は、加湿部31と吸湿部32とを一体に備えているが、これに限らず、水が補給される加湿部31および吸湿部32は互いに分離されていても良い。場合によっては加湿器3を廃止しても良い。スタック1に積層されるセルの数としては特に限定されず、例えば2〜1000個が例示される。外部負荷17は直流電力で駆動するタイプであるが、スタック1で発電された直流電力をインバータにより交流に変換して交流で作動するタイプでも良い。その他、本発明は上記した実施形態および実施例のみに限定されるものではなく、要旨を逸脱しない範囲内で適宜変更して実施できる。複数の実施形態の特徴を併有することにしても良い。
【産業上の利用可能性】
【0091】
本発明は例えば定置用、車両用、電気機器用、電子機器用、携帯用の燃料電池システムに利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0092】
【図1】実施形態1に係り、燃料電池システムを示す図である。
【図2】実施形態1に係り、(A)は起動運転において時間と空気の導入流量との関係を示すグラフであり、(B)は起動運転において時間とカソードの電極電位との関係を示すグラフである。
【図3】実施形態に係り、燃料電池システムを示す図である。
【図4】各実施例に係るカソードの上昇形態を測定した測定結果を示すグラフである。
【図5】膜電極接合体の製造過程を示す図である。
【符号の説明】
【0093】
1はスタック、10はカソード、11はアノード、13は電解質膜、2はカソードガス通路、20はカソードガスバルブ、22は搬送源、4はカソードオフガス通路、40はカソードオフガスバルブ、51は改質器、5はアノードガス通路、50はアノードガスバルブ、6はアノードオフガス通路、60はアノードオフガスバルブ、15は導線、16はメインスイッチング素子、17は外部負荷、18はスイッチング素子、19は可変放電抵抗を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
酸素を含むカソード流体が供給されるカソードと、水素を含むアノード流体が供給されるアノードと、前記カソードおよび前記アノードで挟持された電解質膜とを備える燃料電池を用い、前記燃料電池を起動させる起動運転を実施した後、前記燃料電池を定常運転させる燃料電池の運転方法であって、
前記起動運転において、前記燃料電池の前記カソードと前記アノードとを開放回路状態に設定した状態で、前記燃料電池の前記カソード側の酸素濃度を、前記定常運転における前記カソード側の酸素濃度よりも低くして前記カソードの電極電位の上昇を抑える濃度低減操作を実施することを特徴とする燃料電池の運転方法。
【請求項2】
酸素を含むカソード流体が供給されるカソードと、水素を含むアノード流体が供給されるアノードと、前記カソードおよび前記アノードで挟持された電解質膜とを備える燃料電池を用い、前記燃料電池を起動させる起動運転を実施した後、前記燃料電池を定常運転させる燃料電池の運転方法であって、前記起動運転において、前記燃料電池の前記カソードに導入される酸素の単位時間あたりのモル数を、前記定常運転において前記カソードに導入される酸素の単位時間あたりのモル数よりも少なくして前記カソードの電極電位の上昇を抑える濃度低減操作を実施することを特徴とする燃料電池の運転方法。
【請求項3】
請求項1または2において、前記起動運転において、前記濃度低減操作を実施した後、起動開始から時間が経過するにつれて、前記カソードに導入される酸素の濃度を増加させる濃度増加操作を実施することを特徴とする燃料電池の運転方法。
【請求項4】
請求項1〜3のうちの一項において、水素を含むアノード流体が前記燃料電池の前記アノードに導入された状態で、あるいは、水素を含む前記アノード流体が前記燃料電池のアノードに導入されつつ、前記濃度低減操作を実施することを特徴とする燃料電池の運転方法。
【請求項5】
酸素を含むカソード流体が供給されるカソードと、水素を含むアノード流体が供給されるアノードと、前記カソードおよび前記アノードで挟持された電解質膜とを備える燃料電池を用い、前記燃料電池を起動させる起動運転を実施した後、前記燃料電池を定常運転させる燃料電池の運転方法であって、
前記起動運転において、電気抵抗値を可変にできる可変放電抵抗を前記燃料電池の前記カソードと前記アノードとの間に電気的に接続した状態で、
前記燃料電池の前記カソードに導入される酸素の濃度を、前記定常運転において前記カソードに導入される酸素の濃度よりも少なくして前記カソードの電極電位の上昇を抑える濃度低減操作と、
前記可変放電抵抗の電気抵抗値を次第に増加させる抵抗増加操作とを実施することを特徴とする燃料電池の運転方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2009−59669(P2009−59669A)
【公開日】平成21年3月19日(2009.3.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−228262(P2007−228262)
【出願日】平成19年9月3日(2007.9.3)
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.テフロン
【出願人】(000000011)アイシン精機株式会社 (5,421)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】