説明

燃料電池セパレータ用ステンレス鋼

【課題】接触抵抗特性および実用性に優れた燃料電池セパレータ用ステンレス鋼を提供する。
【解決手段】C:0.03%以下、Si:1.0%以下、Mn:1.0%以下、S:0.01%以下、P:0.05%以下、Al:0.20%以下、N:0.03%以下、Cr:16〜40%を含み、Ni:20%以下、Cu:0.6%以下、Mo:2.5%以下の一種以上を含有し、残部がFe および不可避的不純物からなるステンレス鋼である。そして、ステンレス鋼の表面を光電子分光法により測定した場合に、Fを検出する。かつ、Cr及びFeのピークを金属ピークと金属ピーク以外のピークに分離した結果から算出される金属形態以外のCrとFeの原子濃度の合計と、金属形態のCrとFeの原子濃度の合計の比率は3.0以上である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、耐食性に優れるとともに、接触電気抵抗(以下、接触抵抗と称することもある)特性および接触抵抗維持能力に優れた燃料電池セパレータ用ステンレス鋼に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、地球環境保全の観点から、発電効率に優れ、二酸化炭素を排出しない燃料電池の開発が進められている。この燃料電池は、水素と酸素を反応させて電気を発生させるもので、その基本構造は、サンドイッチのような構造を有しており、電解質膜(イオン交換膜)、2つの電極(燃料極と空気極)、水素および酸素(空気)の拡散層、および2つのセパレータから構成されている。そして、用いる電解質の種類により、リン酸形、溶融炭酸塩形、固体酸化物形、アルカリ形および固体高分子形などが開発されている。
【0003】
上記燃料電池の中で、固体高分子形燃料電池は、溶融炭酸塩形およびリン酸形燃料電池等に比べて、(1)運転温度が80℃程度と格段に低い、(2)電池本体の軽量化・小形化が可能である、(3)立上げが早く、燃料効率、出力密度が高いなどの特徴を有している。このため、固体高分子形燃料電池は、電気自動車の搭載用電源や家庭用、携帯用の小型分散型電源(定置型の小型発電機)として利用すべく、今日もっとも注目されている燃料電池の一つである。
【0004】
固体高分子形燃料電池は、高分子膜を介して水素と酸素から電気を取り出す原理によるものであり、その構造は、図1 に示すように高分子膜とその膜の表裏面に白金系触媒を担持したカーボンブラック等の電極材料を一体化した膜−電極接合体(MEA: Membrane-Electrode Assembly、厚み数10〜数100μm)1をカーボンクロス等のガス拡散層2、3およびセパレータ4、5により挟み込み、これを単一の構成要素 (単セル) とし、セパレータ4と5の間に起電力を生じさせるものである。このとき、ガス拡散層はMEAと一体化される場合も多い。この単セルを数十から数百個直列につないで燃料電池スタックを構成し、使用されている。
【0005】
セパレータには、単セル間を隔てる隔壁としての役割に加えて、(1) 発生した電子を運ぶ導電体、(2) 酸素(空気)や水素の流路(それぞれ図1中の空気流路6、水素流路7)および(3)生成した水や排出ガスの排出路(それぞれ図1中の空気流路6、水素流路7)としての機能が求められる。
【0006】
このように、固体高分子型燃料電池を実用に供するためには、耐久性や電気伝導性に優れたセパレータを使用する必要があり、現在までに実用化されている固体高分子形燃料電池は、セパレータとして、グラファイトなどのカーボン素材を用いたものが提供されている。また、チタン合金など様々な素材が検討されている。しかしながら、このカーボン製セパレータは、衝撃により破損しやすく、コンパクト化が困難で、かつ流路を形成するための加工コストが高いという欠点がある。特にコストの問題は、燃料電池普及の最大の障害となっている。そこで、カーボン素材にかわり金属素材、特にステンレス鋼を適用しようとする試みがある。
【0007】
特許文献1には、不働態皮膜を形成しやすい金属をセパレータとして用いる技術が開示されている。しかし、不働態皮膜の形成は、接触抵抗の上昇を招くことになり、発電効率の低下につながる。このため、これらの金属素材は、カーボン素材と比べて接触抵抗が大きく、しかも耐食性が劣る等の改善すべき問題点が指摘されている。
【0008】
上記問題を解決するために、特許文献2には、SUS304等の金属セパレータの表面に金めっきを施すことにより、接触抵抗を低減し、高出力を確保する技術が開示されている。しかし、薄い金めっきではピンホールの発生防止が困難であり、逆に厚い金めっきではコストがかかる。
【0009】
特許文献3には、フェライト系ステンレス鋼基材にカーボン粉末を分散させて、電気伝導性を改善したセパレータを得る方法が開示されている。しかしながら、カーボン粉末を用いた場合も、セパレータの表面処理には相応のコストがかかることから、コストの問題がある。また、表面処理を施したセパレータは、組立て時にキズ等が生じた場合に、耐食性が著しく低下するという問題点も指摘されている。
【0010】
このような状況下において、本発明者らはステンレス素材そのものをそのまま使用し、表面の形状を制御することにより接触抵抗と耐食性を両立する技術として特許文献4を出願した。特許文献4は、表面粗さ曲線の局部山頂の平均間隔が0.3μm以下であることを特徴とするステンレス鋼板であって、これにより接触抵抗を20mΩ・cm2以下にすることができる。この技術により、ステンレス素材で燃料電池セパレータ素材を提供できるようになったが、燃料電池設計においてはさらなる接触抵抗特性の改善が望ましく、接触抵抗10mΩ・cm2以下が安定して発現することが必要である。
さらに、燃料電池では、高電位に晒される正極(空気極)において、表面の劣化により接触抵抗が増加しやすく、そのため、セパレータにおいても接触抵抗10mΩ・cm2以下が使用環境下で長く維持できることが必要である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開平8-180883号公報
【特許文献2】特開平10-228914 号公報
【特許文献3】特開2000-277133 号公報
【特許文献4】特開2005-302713号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は、かかる事情に鑑みてなされたものであって、接触抵抗特性および接触抵抗維持能力に優れた燃料電池セパレータ用ステンレス鋼を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、燃料電池セパレータ用ステンレス鋼における接触抵抗特性を向上させ、かつ、その接触抵抗を長時間にわたり維持可能とするために鋭意検討した。検討の結果、鋼表面がFを含み、光電子分光法(以下、XPSと称することもある)により測定した場合のCrとFeのピーク強度について、金属以外のピークと金属のピークの比をある一定以上とすることにより接触抵抗特性および接触抵抗維持能力が向上することを見出した。
【0014】
本発明は上記知見に基づくものであり、特徴は以下の通りである。
[1]質量%で、C:0.03%以下、Si:1.0%以下、Mn:1.0%以下、S:0.01%以下、P:0.05%以下、Al:0.20%以下、N:0.03%以下、Cr:16〜40%を含み、Ni:20%以下、Cu:0.6%以下、Mo:2.5%以下の一種以上を含有し、残部がFe および不可避的不純物からなるステンレス鋼であって、該ステンレス鋼の表面を光電子分光法により測定した場合に、Fを検出し、かつ、下記を満足することを特徴とする燃料電池セパレータ用ステンレス鋼。
金属形態以外(Cr+Fe)/金属形態(Cr+Fe)≧3.0
ただし、前記金属形態以外(Cr+Fe)とは、CrおよびFeのピークを金属ピークと金属ピーク以外のピークに分離した結果から算出される金属以外の形態のCrとFeの原子濃度の合計であり、前記金属形態(Cr+Fe)とは、CrおよびFeのピークを金属ピークと金属ピーク以外のピークに分離した結果から算出される金属形態のCrとFeの原子濃度の合計である。
[2]前記ステンレス鋼が、さらに、質量%で、Nb、Ti、Zrの一種以上を合計で1.0%以下を含有することを特徴とする前記[1]に記載の燃料電池セパレータ用ステンレス鋼。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、接触抵抗特性に優れ、その接触抵抗を長時間にわたり維持可能な実用性に優れた燃料電池セパレータ用ステンレス鋼が得られる。
従来の高価なカーボンや金めっきに代わり、本発明のステンレス鋼をセパレータとして用いることで、安価な燃料電池を提供でき、燃料電池の普及を促進させることが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】燃料電池の基本構造を示す模式図である。
【図2】本発明の試料表面をXPSにより測定した場合のワイドスキャンによるスペクトルを示す図である。
【図3】本発明の試料表面をXPSにより測定した場合のFe2pスペクトルを示す図である。
【図4】本発明の試料表面をXPSにより測定した場合のCr2pスペクトルを示す図である。
【図5】金属形態以外(Cr+Fe)/金属形態(Cr+Fe)と、耐久性試験前後の接触抵抗値増加分との関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明を具体的に説明する。
【0018】
まず、本発明で対象とするステンレス鋼について説明する。
【0019】
本発明において、素材として使用するステンレス鋼については、燃料電池の動作環境下で必要とされる耐食性を有する限り鋼種等に特段の制約は無い。ただし、基本的な耐食性を確保するために、Crは16質量%以上含有する必要がある。Cr含有量が16質量%未満では、セパレータとして長時間の使用に耐えられない。好ましくは18質量%以上である。一方、Cr含有量が40質量%を超えると、σ相の析出によって靱性が低下する場合があるため、Cr含有量は、40質量%以下とする。
【0020】
以下に、成分組成を示す。なお、成分に関する「%」表示は特に断らない限り質量%を意味するものとする。
【0021】
C:0.03%以下
Cは、ステンレス鋼中のCrと反応し、粒界にCr炭化物として析出するため、耐食性の低下をもたらす。したがって、Cの含有量は少ないほど好ましく、Cが0.03%以下であれば、耐食性を著しく低下させることはない。好ましくは 0.015%以下である。
【0022】
Si: 1.0%以下
Siは、脱酸のために有効な元素であり、ステンレス鋼の溶製段階で添加される。しかし過剰に含有させるとステンレス鋼が硬質化し、延性が低下するので、1.0%以下とする。さらに好ましくは、0.01%以上0.6%以下である。
【0023】
Mn: 1.0%以下
Mnは、不可避的に混入したSと結合し、ステンレス鋼に固溶したSを低減する効果を有し、Sの粒界偏析を抑制し、熱間圧延時の割れを防止するのに有効な元素である。しかし、1.0%を超えて添加しても添加する効果の増加はほとんどない。かえって、過剰に添加することによってコストの上昇を招く。よって、Mnは1.0%以下とする。
【0024】
S:0.01%以下
SはMnと結合しMnSを形成することで耐食性を低下させる元素であり低い方が好ましい。0.01%以下であれば耐食性を著しく低下させることはない。よって、Sは0.01%以下とする。
【0025】
P:0.05%以下
Pは延性の低下をもたらすため、低いほうが望ましいが、0.05%以下であれば延性を著しく低下させることはない。よって、Pは0.05%以下とする。
【0026】
Al:0.20%以下、
Alは、脱酸元素として用いられる元素である。一方で、過剰に含有すると延性の低下をもたらす。よって、Alは0.20%以下とする。
【0027】
N: 0.03%以下
Nは、ステンレス鋼の隙間腐食等の局部腐食を抑制するのに有効な元素である。しかし、 0.03%を超えて添加すると、ステンレス鋼の溶製段階でNを添加するために長時間を要するので生産性の低下を招くとともに、鋼の成形性が低下する。したがってNは、0.03%以下とする。
【0028】
Ni:20%以下、Cu:0.6%以下、Mo:2.5%以下の一種以上
Ni:20%以下
Niは、オーステナイト相を安定化させる元素であり、オーステナイト系ステンレスを製造する場合に添加する。その際、Ni含有量が20%を超えると、Niを過剰に消費することによってコストの上昇を招く。したがってNiは、20%以下とする。
Cu:0.6%以下
Cuは、ステンレス鋼の耐食性を改善するのに有効な元素である。しかし、0.6%を超えて添加すると、熱間加工性が劣化し、生産性の低下を招くばかりでなく、Cuを過剰に添加することによってコストの上昇を招く。したがってCuは、0.6%以下とする。
Mo:2.5%以下
Moは、ステンレス鋼の隙間腐食等の局部腐食を抑制するのに有効な元素である。しかし、2.5%を超えて添加すると、ステンレス鋼が著しく脆化して生産性が低下するとともに、Moを過剰に消費することによってコストの上昇を招く。したがってMoは、2.5%以下とする。
【0029】
Nb、Ti、Zrの一種以上を合計で1.0%以下
本発明では、上記した元素の他に、耐粒界腐食性向上のためにNb、Ti、Zrの一種以上を添加することができる。しかし、合計で1.0%を超えた場合、延性の低下を招く。また、元素添加によるコスト上昇をきたす。したがって、添加する場合は、Ti、Nb、Zrを合計で 1.0%以下が好ましい。
【0030】
残部はFeおよび不可避的不純物である。
【0031】
次に、本発明に係るセパレータ用ステンレス鋼が具備すべき特性について説明する。
本発明のステンレス鋼は、表面を光電子分光法により測定した場合に、Fを検出し、かつ、下記を満足することを特徴とする。
金属形態以外(Cr+Fe)/金属形態(Cr+Fe)≧3.0
ただし、前記金属形態以外(Cr+Fe)とは、CrおよびFeのピークを金属ピークと金属ピーク以外のピークに分離した結果から算出される金属形態以外のCrとFeの原子濃度の合計であり、前記金属形態(Cr+Fe)とは、CrおよびFeのピークを金属ピークと金属ピーク以外のピークに分離した結果から算出される金属形態のCrとFeの原子濃度の合計である。
【0032】
図2に本発明のステンレス鋼の表面をXPSにより測定した場合のXPS測定におけるワイドスキャンスペクトルを示す。図2より、相対感度係数による定量において0.1at%以上の値が得られており、Fが明瞭に検出できる。
【0033】
図3にXPSによるFeの2pのスペクトルを、図4に Crの2pのスペクトルを示す。図3、図4のいずれにおいても、金属以外のピークと金属のピークに分離していることがわかる。FeとCrの両者ともに金属のピークは最も結合エネルギーの低い部分に検出されており、金属以外(例えば化合物状態)のピークとは区別することが可能である。そこで、金属以外のピークと金属のピークを分離し、その比をとることができる。具体的には、Cr及びFeを相対感度係数で定量し(原子濃度)、さらにそれぞれのピークをピーク分離によって分離した結果を用いて皮膜から得られるCrとFeの原子濃度の合計すなわち金属以外の形態のCrとFeの原子濃度の合計、と金属部分から得られるCrとFeの原子濃度の合計すなわち金属形態のCrとFeの原子濃度の合計の比を算出した。また、耐久性試験を行い、試験前後の接触抵抗値を測定してその増加分を算出した。耐久性試験はpH3の硫酸溶液中、800mVvs SHE、温度80℃の条件で試料を24時間保持した。
【0034】
図5は、表面を光電子分光法により測定した際にFを検出したステンレス鋼の表面をXPSにより測定した場合の、金属以外の形態のCrおよびFeの原子濃度合計と金属形態のCrおよびFeの原子濃度合計の比、すなわち、金属形態以外(Cr+Fe)/金属形態(Cr+Fe)と、耐久性試験前後の接触抵抗値増加分との関係を示す図である。図5より、表面にFを検出し、金属形態以外(Cr+Fe)/金属形態(Cr+Fe)がある一定以上の場合に、接触抵抗値増加分が少ないことがわかる。図5からわかるように、金属形態以外(Cr+Fe)/金属形態(Cr+Fe)は接触抵抗増加分とよい関係にあり、前記耐久試験における耐久性の目安として接触抵抗増加分を10mΩ・cm2(20kgf/cm2)以下とするためには、金属形態以外(Cr+Fe)/金属形態(Cr+Fe)を4.0以上、30mΩ・cm2(20kgf/cm2)以下とするためには、3.0以上とすればよいことがわかる。
【0035】
以上より、本発明では、ステンレス鋼の表面を光電子分光法により表面を測定した場合に、Fを検出し、かつ、下記を満足することとする。金属形態以外(Cr+Fe)/金属形態(Cr+Fe)を3.0以上とすることにより、接触抵抗増加分を30mΩ・cm2(20kgf/cm2)以下とすることに加え、耐久試験前の接触抵抗も10mΩ・cm2以下とすることができる。
金属形態以外(Cr+Fe)/金属形態(Cr+Fe)≧3.0
なお、好ましくは、(Cr+Fe)/金属形態(Cr+Fe)≧4.0である。
なお、金属以外の形態のピークと金属形態のピークの分離は、Sherly法によりスペクトルのバックグラウンドを除去し、ガウシアン型のピークを用いた最小二乗法によるピークフィッティング法により行うことができる。
【0036】
表面にFが存在し、金属形態以外(Cr+Fe)/金属形態(Cr+Fe)を3.0以上とすることで、接触抵抗値と耐久性試験前後の接触抵抗増加分が小さい理由は明確になっていないが、FはFeやCrと安定な化合物を形成しやすいこと、金属形態以外(Cr+Fe)/金属形態(Cr+Fe)は表面酸化皮膜の厚さに対応していることから、比較的厚さの厚い酸化層が形成されること、が関係していると推定される。
【0037】
表面にFを付与する方法として、フッ酸浸漬処理等を用いることができる。また、金属形態以外(Cr+Fe)/金属形態(Cr+Fe)は、焼鈍後の酸浸漬処理等の処理条件を制御することで、本発明範囲内とすることができる。例えば、酸性溶液中で電解処理したのち酸性溶液に浸漬する処理においては、処理時間や処理液の温度を変化させることで本発明の範囲内にすることができる。一例として、処理時間は長くすることで、金属形態以外(Cr+Fe)/金属形態(Cr+Fe)を大きくすることができる。
【0038】
本発明の燃料電池セパレータ用ステンレス鋼の製造方法については、特に制限はなく、従来公知の方法に従えばよいが、好適な製造条件を述べると次のとおりである。
【0039】
好適成分組成に調整した鋼片を、1100℃以上の温度に加熱後、熱間圧延し、ついで800〜1100℃の温度で焼鈍を施したのち、冷間圧延と焼鈍を繰り返してステンレス鋼とする。得られるステンレス鋼板の板厚は0.02〜0.8mm程度とするのが好適である。次いで、仕上焼鈍後、前処理(電解処理、もしくは酸浸漬)を行い、その後、酸処理に施されることが好ましい。電解条件の一例として、3%H2SO4の硫酸浴中で2A/dm2で 55℃、30sec行う方法をとることができる。また、酸浸漬の一例として、HCl:H2O=1:3(体積比)の混合液で 55℃、30sec浸漬する方法を採用することができる。
酸処理の一例としては、5%フッ酸と1%硝酸の混合溶液に、55℃で、40秒〜120秒浸漬する方法を採用することができる。
【実施例1】
【0040】
表1に示す化学組成の鋼を真空溶解炉で溶製し、得られた鋼塊を1200℃に加熱したのち、熱間圧延により板厚5mmの熱延板とした。得られた熱延板を900℃で焼鈍したのち、酸洗により脱スケールを行い、次いで、冷間圧延と焼鈍酸洗を繰り返し、板厚0.2mmのステンレス鋼板を製造した。
引き続き、焼鈍を施し、表2に示す条件で前処理(電解処理もしくは酸浸漬)、酸洗溶液に浸漬する酸処理を行った。なお、電解処理は表2に示す浴にて、溶液温度は55℃、電流密度は2A/dm2、処理時間は30秒の条件で行い、前処理としての酸浸漬は表2に示す溶液にて溶液温度は55℃、処理時間は30秒の条件で行った。また、酸処理は表2に示す溶液および浴温度、時間で行った。
以上により得られたステンレス鋼に対して、接触抵抗を測定するとともに、XPSによる測定を行い最表面に存在する元素を評価した。さらに耐久性試験を行い、耐久性試験前と同様に接触抵抗を測定することで、接触抵抗増加分を求めた。なお、耐久性試験は、pH 3の硫酸溶液中に800mVvs SHE、80℃の条件で試料を24時間保持した。
【0041】
接触抵抗は、東レ(株)性のカーボンペーパーCP120を用い、前記カーボンペーパーCP120と鋼を接触させて、20kGf/cm2の荷重を付加したときの抵抗値を測定した。
【0042】
XPSの測定は、KRATOS製AXIS−HSを使用した。AIKαモノクロX線源を用いて測定し、
装置付属の相対感度係数により主成分の定量(Atomic%)を行った。その結果から、Fを定量するとともに、CrとFeの2pについて、金属ピークとそれ以外のピークに分離し、その比をとることによって皮膜厚さに関わる情報を得た。具体的には、Cr及びFeを相対感度係数で定量し(原子濃度)、さらにそれぞれのピークを金属とそれ以外のピークに分離し、その結果を用いて皮膜から得られるCrとFeの原子濃度の合計すなわち金属以外の形態のCrとFeの原子濃度の合計と金属部分から得られるCrとFeの原子濃度の合計すなわち金属形態のCrとFeの原子濃度の合計の比を算出した。
なお、耐久試験前の段階で接触抵抗が10mΩ・cm2以下とならなかったものについては、金属形態以外(Cr+Fe)/金属形態(Cr+Fe)および耐久試験後の接触抵抗の測定は行わなかった。
以上により得られた結果を表3に示す。
【0043】
【表1】

【0044】
【表2】

【0045】
【表3】

【0046】
表3より、Fを検出し、かつ、金属形態以外(Cr+Fe)/金属形態(Cr+Fe)≧3.0である本発明例では、接触抵抗が10mΩ・cm2以下、かつ接触抵抗増加分が30mΩ・cm2以下になっているのがわかる。さらに、Fを検出し、かつ、金属形態以外(Cr+Fe)/金属形態(Cr+Fe)≧4.0である本発明例では、接触抵抗増加分が10mΩ・cm2以下となり、より一層接触抵抗維持特性が優れているのがわかる。
【実施例2】
【0047】
実施例1で用いた板厚0.2mmのステンレス鋼板のうち、表1の鋼番号2および3を用いた。前処理として、3%の硫酸溶液中で電解処理を実施した。溶液温度は55℃で電流密度は2A/dm2、処理時間は30秒とした。酸処理は、鋼2では5%フッ酸と1%硝酸の混合溶液、鋼3では5%フッ酸溶液で行った。酸溶液の温度はともに、55℃であり、浸漬時間を40秒〜120秒間とした。比較のため、酸浸漬しない試料も作製した。得られた試料の表面について、XPS測定を行い、Fの有無および金属形態以外(Cr+Fe)/金属形態(Cr+Fe)の比率を求め、接触抵抗の測定を行った。さらに耐久性試験を行い、耐久性試験前と同様に接触抵抗を測定することで、接触抵抗増加分を求めた。これらの測定およびデータ解析法は実施例1と同じである。なお、耐久性試験は、pH 3の硫酸溶液中に0.1ppmのFイオンを添加し、800mVvs SHE、80℃の条件で試料を20時間保持した。
【0048】
得られた結果を表4に示す。
【0049】
【表4】

【0050】
実施例で採用した条件では、酸浸漬時間を60秒以上とすることで、Fを存在させ、かつ金属形態以外(Cr+Fe)/金属形態(Cr+Fe)を3.0以上にすることができている。これらの実施例では、耐久試験前の接触抵抗が10mΩ・cm2以下と低く、耐久試験後の接触抵抗増加分が30mΩ・cm2以下となっている。特に、Fが検出され、金属形態以外(Cr+Fe)/金属形態(Cr+Fe)が3.5以上の試験No3、4、8は、耐久試験後の接触抵抗増加分が10mΩ・cm2以下、なかでも4.0以上の試験No3、4は、接触抵抗増加分が5mΩ・cm2以下と低接触抵抗の維持能力が高いことがわかる。試験No1は、金属形態以外(Cr+Fe)/金属形態(Cr+Fe)が3.0ではあるが、Fを含まず、試験前の接触抵抗が高い(そのため耐久試験は行っていない)。また、試験No2と6は、Fを含むが、金属形態以外(Cr+Fe)/金属形態(Cr+Fe)が3.0より小さく、試験前の接触抵抗および耐久試験後の接触抵抗増加分が、ともに大きく性能が劣っていることがわかる。
【符号の説明】
【0051】
1 膜−電極接合体
2 ガス拡散層
3 ガス拡散層
4 セパレータ
5 セパレータ
6 空気流路
7 水素流路

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.03%以下、Si:1.0%以下、Mn:1.0%以下、S:0.01%以下、P:0.05%以下、Al:0.20%以下、N:0.03%以下、Cr:16〜40%を含み、Ni:20%以下、Cu:0.6%以下、Mo:2.5%以下の一種以上を含有し、残部がFe および不可避的不純物からなるステンレス鋼であって、
該ステンレス鋼の表面を光電子分光法により測定した場合に、
Fを検出し、かつ、下記を満足することを特徴とする燃料電池セパレータ用ステンレス鋼。
金属形態以外(Cr+Fe)/金属形態(Cr+Fe)≧3.0
ただし、前記金属形態以外(Cr+Fe)とは、CrおよびFeのピークを金属ピークと金属ピーク以外のピークに分離した結果から算出される金属以外の形態のCrとFeの原子濃度の合計であり、前記金属形態(Cr+Fe)とは、CrおよびFeのピークを金属ピークと金属ピーク以外のピークに分離した結果から算出される金属形態のCrとFeの原子濃度の合計である。
【請求項2】
前記ステンレス鋼が、さらに、質量%で、Nb、Ti、Zrの一種以上を合計で1.0%以下を含有することを特徴とする請求項1に記載の燃料電池セパレータ用ステンレス鋼。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2013−28849(P2013−28849A)
【公開日】平成25年2月7日(2013.2.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−166580(P2011−166580)
【出願日】平成23年7月29日(2011.7.29)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】