説明

燐の分離方法

【課題】製鋼スラグや燐濃縮CaO系フラックス成分などに由来する複合酸化物からの燐の分離回収方法を提供する。
【解決手段】質量%で、CaO分を10%以上、トータルFeを5%以上、P分を10%以上含む複合酸化物を、有機酸溶液もしくは有機酸塩溶液と接触させ、複合酸化物中の燐を溶液中に抽出し、かつ、溶解した鉄やマンガンを有機酸または有機酸塩との錯体として、沈殿分離することを特徴とする燐の分離方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、特定の複合酸化物から燐を分離する方法及び製鋼スラグから燐を分離する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
燐は化学製品や肥料の原料として利用されている希少有価資源であるが、その原料としての燐鉱石は全量を海外からの輸入に依存している。燐鉱石の枯渇問題や、中国、アメリカなどの燐鉱石の囲い込みのために、燐資源が高騰している。現在、貴重な燐資源として注目されている副生成物に、下水汚泥焼却灰、鉄鋼精錬工程において発生する製鋼スラグが挙げられる。
【0003】
燐鉱石から燐酸肥料の原料である燐酸を製造する方法としては、燐鉱石を硫酸または硫燐酸の混酸で分解する湿式法が一般的である。鉱石の塩酸分解液から燐酸を溶剤で抽出する方法も一部で実施されているが、この方法による燐酸は純度および価格が高いので薬品用として用いられる。
【0004】
下水汚泥焼却灰から燐を燐酸として分離する方法としては、強酸性溶液又は強アルカリ性溶液を加えて溶解させる方法が考えられる。例えば以下のような報告があげられる。
【0005】
特許文献1および2には、下水汚泥焼却灰に、強酸性溶液又は強アルカリ性溶液を加えて燐を溶解、固液分離により不溶性成分を除去して燐抽出液を回収した後に、該抽出液に、燐と反応して不溶性の化合物をつくる化学薬品を添加して、燐化合物を析出させた後、固液分離して分離液を回収する技術が開示されている。
特許文献3〜8には、下水汚泥焼却灰に酸を加えて燐を抽出し、固液分離により不溶性成分を除去して、燐抽出液を分離する技術が開示されている。
特許文献9〜11には、下水汚泥焼却灰にアルカリ性液を加えて燐を抽出し、固液分離により不溶性成分を除去して、燐抽出液を分離する技術が開示されている。
【0006】
高炉で溶製される溶銑には、鉄鉱石の成分に起因した燐(P)が含まれる。燐は、鋼材製品にとって有害な成分であるので、従来から鉄鋼製品の材料特性向上のために、製鋼工程において脱燐処理が行われる。一般に脱燐処理においては、溶銑または溶鋼中の燐が酸素源(酸素ガスや酸化鉄)によって酸化されることにより、脱燐がなされる。溶銑または溶鋼中の燐が酸素源によって酸化する際には鉄も酸化され、スラグ中には鉄も酸化鉄の形態で含まれる。製鋼製錬プロセスにおいて発生した燐を含有する製鋼スラグ中の燐含有量は1〜2%程度であり、肥料として使用するも燐酸として分離するも燐濃度が不足している。そのため、製鋼スラグは、従来、路盤材などの土木用材料として使用され、スラグ中の燐は分離されることはなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2010−036107号公報
【特許文献2】特開2009−207982号公報
【特許文献3】特開2001−130903号公報
【特許文献4】特開平11−278814号公報
【特許文献5】特開平11−092122号公報
【特許文献6】特開平10−101332号公報
【特許文献7】特開平09−077506号公報
【特許文献8】特開平07−251141号公報
【特許文献9】特開2008−230940号公報
【特許文献10】特開2007−261878号公報
【特許文献11】特開2006−007194号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
この燐含有製鋼スラグ中の燐を炭素、珪素、アルミニウム、炭化水素などで、高温環境下で還元すれば、燐含有製鋼スラグ中のPは、容易に還元される。同時に製鋼スラグ中のFexOが還元されて、溶融状態の金属鉄になり、燐含有溶融鉄が生成する。この燐含有溶融鉄を、CaO系フラックスを用いて、脱燐処理をすると、燐が濃縮されたCaOが生成する。この燐が濃縮されたCaO系フラックス等の複合酸化物から燐を分離できないか検討した。
【0009】
しかしながら、上記の下水汚泥焼却灰で燐分離回収技術として用いられるアルカリ処理薬剤である4%程度の水酸化ナトリウム溶液、水酸化カリウム溶液や水酸化カルシウム溶液では、燐を含有する特定の複合酸化物(例えば、スラグ成分などに由来する特定の複合酸化物)に含まれる燐を溶解させることができない。これは、複合酸化物の燐構成化合物は下水汚泥焼却灰の燐構成化合物と異なるためと考えられる。
【0010】
一方、酸処理方法では、燐を含有する特定の複合酸化物(例えば、スラグ成分などに由来する特定の複合酸化物)には、燐とともに鉄やマンガンが共存しているため、分離した燐酸溶液に鉄やマンガンが高濃度に混入し、鉄やマンガンによって燐が難溶化しやすいため、燐と鉄やマンガンとの分離が必要となる。燐を含有する特定の複合酸化物および燐鉱石の組成の一例を表1に示す。燐を含有する特定の複合酸化物には、燐鉱石に比べて、転炉スラグなどに由来するトータルFeやMnOが多く含まれていることがわかる。これらの鉄やマンガンは燐を難溶化させるため、燐酸液への混入は極力抑制する必要がある。
【0011】
【表1】

【0012】
鉄やマンガンが共存している燐酸液から鉄やマンガンを除去する技術としては、(a)硫化物としての沈殿・除去技術、(b)イオン交換樹脂、または液体イオン交換法(例えば、特開平06−016403)、(c)溶媒抽出法、(d)膜技術などが考えられるが、(a)の技術は、硫化水素を使用するため装置・作業場の制約があること、薬剤(酸・アルカリ)コストが高くなることなどの課題解決が必要である。一方、(b)、(c)、(d)の技術も装置ならびに維持コストが高いことが問題となる。
【0013】
従って、本発明の目的は、燐を含有する特定の複合酸化物例えば、スラグ成分などに由来する特定の複合酸化物から燐を効率的に且つ経済的に分離することができる方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0014】
発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意検討した結果、スラグ成分などに由来する燐と鉄とカルシウムが高濃度に共存する複合酸化物を、特定の有機酸もしくは有機酸塩を複合酸化物と接触させることにより、燐を抽出するとともに、一旦有機酸もしくは有機酸塩に溶解した鉄やマンガンを有機酸や有機酸塩との錯体として、析出させ沈殿分離できることを知得した。
【0015】
本発明は、上記知見にさらに検討を加えたもので、その要旨は以下の通りである。
【0016】
第一の発明は、質量%で、CaO分を10%以上、トータルFeを5%以上、P分を10%以上含む複合酸化物を、有機酸溶液もしくは有機酸塩溶液と接触させ、複合酸化物中の燐を溶液中に抽出し、かつ、溶解した鉄やマンガンを有機酸または有機酸塩との錯体として、沈殿分離することを特徴とする燐の分離方法である。
【0017】
第二の発明は、燐を含有する製鋼スラグを、炭素、珪素、アルミニウム、炭化水素のうちから選ばれる1種以上を含有する還元剤を用いて高温還元処理することにより、製鋼スラグ中の鉄酸化物及び燐酸化物を還元して燐含有溶融鉄を生成させる工程(A)と、該工程(A)で生成した燐含有溶融鉄を、CaO系フラックスを用いて脱燐処理する工程(B)と、該工程(B)で生成した、CaO分が10質量%以上、トータルFeが5質量%以上、P分が10質量%以上含まれる脱燐スラグを、有機酸溶液または有機酸塩溶液と接触させ、脱燐スラグ中の燐を水溶液中に抽出し、かつ、溶解した鉄やマンガンを有機酸または有機酸塩との錯体として、沈殿分離する工程(C)を有することを特徴とする燐の分離方法である。
【発明の効果】
【0018】
本発明による第一の燐の分離方法によれば、燐と鉄とカルシウムが高濃度に共存する複合酸化物(例えば、スラグ成分などに由来する特定の複合酸化物)を特定の有機酸溶液もしくは有機酸塩溶液と接触させることにより、燐を鉄やマンガンを含まない資源化可能な形態に分離することができる。これにより、分離した燐酸を燐酸肥料用原料などとして有効に利用することができる。
【0019】
また、本発明による第二の燐の分離方法によれば、燐を含有する製鋼スラグ及びその成
分を含む生成物に一連の処理を加えることにより、燐を資源化可能な形態に分離できる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】2体積%シュウ酸浸出後の残渣のX線回折図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
まず、本発明による燐の分離方法のうち、燐を含有する製鋼スラグを原料とした燐分離方法(さきに「発明の効果」で述べた本発明による第二の燐の分離方法)について述べる。
【0022】
本発明で処理対象となる燐を含有するスラグとしては、溶銑予備処理で発生するスラグ(溶銑予備処理スラグ)、転炉脱炭精錬で発生する転炉スラグなどが挙げられる。溶銑予備処理スラグとしては、脱燐スラグが主たる対象となるが、これに限定されるものではない。本発明では、これら製鋼スラグの1種以上を処理対象とすることができる。
【0023】
まず、燐含有製鋼スラグを炭素、珪素、アルミニウム、炭化水素などを用いて高温還元処理すれば、燐含有製鋼スラグ中のPは容易に還元されることがわかった。それとともに、燐含有製鋼スラグには、鉄がFeOやFeの形態の酸化物(以下、総称してFexOと呼ぶ)として含有されており、これらの鉄酸化物は酸素との親和力が燐と同等であるので、燐を含有する製鋼スラグを炭素、珪素、アルミニウム、炭化水素などの1種以上を用いて高温還元処理すると、製鋼スラグ中のFexOが還元されて金属鉄となることがわかった。燐は比較的低濃度であるため、濃度が高い鉄分を利用し、燐を鉄に溶け込ませた状態で同時にスラグから分離すれば、効率よく燐とスラグを分離することが可能となる。この燐及び鉄とスラグとの分離が効率的になされるようにするには、還元により生成した鉄が溶融状態になるように、高温下で還元することが望ましい。
【0024】
そこで、本発明の工程(A)(第1の工程)では、燐を含有する製鋼スラグを炭素、珪素、アルミニウム、炭化水素の中から選ばれる1種以上を含有する還元剤を用いて高温還元処理することにより、製鋼スラグ中の鉄酸化物及び燐酸化物を還元して燐含有溶融鉄(a)を生成させる。すなわち、この工程(A)では、製鋼スラグが、還元された燐を含有する溶融鉄(燐含有溶融鉄)と、その分の燐と鉄が取り除かれたスラグとに分離される。この高温還元処理は、製鋼スラグや還元剤を加熱しながら行う必要があるので、例えば、アーク炉、キュポラなどを用いて行われる。
【0025】
ここで、生成される燐含有溶融鉄(a)の流動性が高いほど、燐含有溶融鉄とスラグの分離が促進されることから、この工程(A)では、(i)生成される燐含有溶融鉄(a)の融点を下げる、或いは、(ii)高温で処理を行う、という条件で処理することが望ましいが、いずれにしても1300℃以上で還元処理することが好ましい。
【0026】
上記(i)の場合には、燐含有溶融鉄(a)に炭素を溶解させて溶銑とすることが好ましい。具体的には、炭素濃度が3質量%以上になると液相線温度が1300℃以下となることから、溶融鉄(溶銑)の炭素濃度が3質量%以上となるようにすることが好ましい。生成される溶融鉄に炭素を溶解させるには、還元剤として炭素を用いることが好ましい。このように溶融鉄(溶銑)の炭素濃度を高め、融点を下げることにより、通常、1300℃を少し超える程度の処理温度で溶融鉄の流動性が十分に確保され、燐含有溶融鉄とスラグの分離が促進される。
【0027】
また、(ii)の場合には、1300℃以上、より望ましくは1400℃以上で還元処理を行う。ただし、炭素分が少なく融点が高くなった場合には、還元処理を行う設備の負荷が大きくなることから、1550℃程度を処理温度の上限とすることが好ましい。
【0028】
この工程(A)で使用される還元剤、すなわち、炭素、珪素、アルミニウム、炭化水素の中から選ばれる1種以上を含有する還元剤としては、例えば、コークス、フェロシリコン、フェロアルミ、木炭、無煙炭、褐炭、タールピッチ、カーボンブラック、アルミ屑、廃プラスチック(炭化水素源)、メタン、プロパンなどの1種以上を用いることができる。
【0029】
前記工程(A)で生成した燐含有溶融鉄(a)の燐濃度は、通常の高炉溶銑に較べて相当に高い。通常、燐含有製鋼スラグ中の燐及び鉄の質量比(P/Fe)は0.005〜0.075程度であるので、燐含有溶融鉄(a)の燐濃度は0.5〜7.5質量%程度となる。これに対して、高炉から出銑される高炉溶銑の燐濃度は0.1質量%程度である。したがって、工程(A)で生成した燐含有溶融鉄(a)の燐濃度を0.1質量%程度の高炉溶銑のレベルまで脱燐しないと、燐含有溶融鉄(a)の用途は限られたものとなり、場合によっては鉄源として利用できないこともあり得る。
【0030】
そこで、本発明の工程(B)(第2の工程)では、前記工程(A)で生成した燐含有溶融鉄(a)をCaO系フラックスを用いて脱燐処理し、燐含有溶融鉄(a)中の燐が濃縮した脱燐スラグ(b)を生成させる。ここで、CaO系フラックスとしては、通常、生石灰などが用いられるが、ホタル石などのフッ素源を含有しないものが好ましい。この燐含有溶融鉄(a)の脱燐処理は、溶銑脱燐処理設備などを利用し、通常、CaO系フラックスとともに酸素源(酸素ガスなど)を添加することにより行われる。
【0031】
この工程(B)で生成する脱燐スラグ(b)は、燐と鉄とカルシウムが高濃度に共存し、通常、CaO分が10質量%以上、トータルFeが5質量%以上(一般には10質量%以上)、P分が10質量%以上含まれる複合酸化物である。また、後述するように、この複合酸化物は、Feが固溶したリン酸カルシウムを主要鉱物とする。
【0032】
この脱燐スラグ(b)の組成の一例を、燐鉱石の鉱物の組成例とともに表1に示す。この脱燐スラグ(b)は、燐鉱石とほぼ同等の高い燐濃度を有する一方、トータルFeとMnOが高いことが燐鉱石と大きく異なる点であることが判る。
【0033】
工程(B)で生成した脱燐スラグ(b)は、Pを10質量%以上、通常は20質量%以上含有しており、燐鉱石の組成である3CaO・Pと同等レベルであるため、燐資源として十分に活用可能である。しかし、上述したように、この脱燐スラグ(b)にはトー
タルFeが5質量%以上(一般には10質量%以上)、マンガンが1質量%以上含まれており、燐資源としての用途によっては、この原料鉱物の形態のままでは利用し難い場合があることが判った。
【0034】
そこで、上記脱燐スラグ(b)を湿式処理して燐と鉄を分離する方法について検討を行った。2体積%硫酸および2体積%水酸化ナトリウムを添加した水溶液中に脱燐スラグ(b)を投入し、常温で2時間撹拌処理した場合について、脱P率kと脱Fe率kFeを調べた結果の一例を、後述する表2に示す。2体積%硫酸による処理では、燐が溶解する条件では鉄とマンガンも溶解する傾向が見られた。一方、2体積%水酸化ナトリウムによる処理では、燐も鉄もほとんど溶解しなかった。
【0035】
上記脱燐スラグ(b)の鉱物相を調査した。そのXRDチャートの一例を、同様に後述する図1に示すが、この鉱物はリン酸カルシウムに鉄が部分的に固溶していることが判った。例えば、下水汚泥などの低濃度の強アルカリ抽出では、燐元素が分離したい対象と異なる鉱物相に存在するのに対して、脱燐スラグ(b)は分離対象の鉄と燐が同じ鉱物相に共存しているため、酸や低濃度のアルカリのような条件では燐の分離が進行しないものと推定された。そこで、酸の種類を有機酸に変化させて調査し、また反応状態を詳細に観察したところ、シュウ酸であれば一旦溶解した鉄やマンガンをシュウ酸鉄やシュウ酸マンガンと不溶化することを見出した。
【0036】
このため本発明の工程(C)(第3の工程)は、工程(B)で生成した脱燐スラグ(b)を、(1)有機酸溶液または有機酸塩溶液と接触させ、(2)脱燐スラグ(b)中の燐、鉄、マンガンを前記溶液中に浸出させ、(3)鉄、マンガンの有機酸錯体または有機酸塩錯体を析出させ、(4)固液分離で鉄錯体、マンガン錯体を除去し、燐のみを分離する。
【0037】
脱燐スラグ(b)を有機酸溶液と接触させる状態としては、処理槽、タンク、カラムといった容器中に脱燐スラグ(b)を充填もしくはスラリー状にした状態や、脱燐スラグ(b)を積み重ねてヒープとした状態があげられる。
【0038】
また、脱燐スラグ(b)は、粒子径を小さくして、処理液との接触表面積を大きくすることが好ましい。粒子径は特に限定されないが、0.1mm〜10cmが好ましく、0.1mm〜5cmがより好ましく、0.1mm〜3cmがさらに好ましい。この範囲内であると、処理液が粒子と粒子との空隙を容易に流れることができ、接触表面積も確保することができる。
【0039】
粒子径が10cmを超えると、比表面積が小さくなって、接触表面積が低下するため、
浸出速度・浸出効率が低下する。また、粒子径が0.1mm未満となると、処理液が流れにくくなるため、浸出速度・浸出効率が低下する。
【0040】
粒子径を小さくする方法としては、ジョークラッシャ、転動ミル等を用いて破砕する方法を用いることができる。試料等の粒子径が上記範囲内である場合は、さらに破砕しなくてもよい。
【0041】
有機酸としては、シュウ酸、クエン酸や酒石酸が、有機酸塩としては、シュウ酸塩、クエン酸塩や酒石酸塩、又は有機酸溶液をpH調整により得られる溶液が使用されるが、これらの酸と同等のものであれば、それに限定されるものではない。好ましくはシュウ酸である。
【0042】
有機酸または有機酸塩の濃度は特に限定されないが、1体積%から5体積%が好ましい。1体積%より低い濃度では燐の浸出速度・浸出効率が低下し、5体積%より高い濃度では有機酸の濃度の効果が小さくなってくるので薬剤コストの上昇に見合った浸出速度・浸出効率が得られないからである。
【0043】
処理温度は特に限定しないが、常温から75℃が好ましい。温度が上げると、燐の浸出速度・浸出効率は高くなるが、同時に処理コストも高くなるからである。
【0044】
固液分離の方法としては、沈降分離、膜分離、その他公知の方法を用いて行うことができる。
【0045】
以上述べた本発明法によれば、燐を含有する製鋼スラグ(溶銑の脱燐処理により発生する脱燐スラグ、通常溶銑或いは脱燐が十分でない脱燐溶銑を転炉脱炭精錬した際に発生する転炉スラグなど)は、まず、工程(A)において、鉄酸化物及び燐酸化物が燐含有溶融鉄(a)として還元・回収され、次いで、前記燐含有溶融鉄(a)は工程(B)において脱燐処理され、この工程(B)で生成した脱燐スラグ(b)には、燐資源として分離するに十分な程度に燐が濃縮され、この燐は工程(C)において、溶解した燐が、不溶化しやすい鉄やマンガンと共存しなくなるため、燐資源としての有効利用が容易となり、リン酸原料、燐肥料原料、その他の燐鉱石を主原料とするプロセスの原料代替として用いることができる。
【0046】
次に、本発明による燐の分離方法のうち、燐と鉄とカルシウムが高濃度で共存する複合酸化物から燐を分離する方法(さきに「発明の効果」で述べた本発明による第一の燐の分離方法)について説明する。
【0047】
この方法は、上記工程(C)に相当する鉄と燐の湿式分離方法であるが、CaO分が10質量%以上、トータルFeが5質量%以上(一般には10質量%以上)、P分が10質量%以上含まれる複合酸化物を、有機酸溶液もしくは有機酸塩溶液と接触させ、複合酸化物中の燐を水溶液中に抽出するものである。この複合酸化物の代表例としては、上記工程(B)で生成した脱燐スラグ(b)が挙げられるが、これに限定されない。
【0048】
さきに述べたように、燐鉱石から燐を湿式で分離する一般的な方法として、硫酸で処理する方法が知られているが、燐と鉄が共存する複合酸化物を硫酸で処理した場合、燐と鉄がFePOを生成して共沈してしまうため、燐を鉄から分離した状態で分離することができない。ここで、複合酸化物がFeを5質量%含む場合、P換算で約6質量%の燐がFePOを生成することになり、例えば、上記工程(B)で生成した脱燐スラグ(b)の場合では、燐の1/4〜1/6と鉄がFePOを生成して共沈してしまう。
【0049】
一般に、複合酸化物はFeを10質量%以上含む場合が多く、例えば、上記工程(B)で生成した脱燐スラグ(b)がFeを10質量%以上含むとすると、燐の少なくとも1/2〜1/3、操業条件によって鉄が多く含まれてしまった場合にはそのほぼ全量が、鉄とFePOを生成して共沈してしまう。このため、本分離方法では、分離すべき燐とともに、鉄を比較的高濃度(トータルFe:5質量%以上、特に10質量%以上)に含む複合酸化物を処理の対象とする。
【0050】
上記のように鉄と燐とカルシウムが高濃度に共存する複合酸化物、なかでもFeが固溶したリン酸カルシウムを主要鉱物とする複合酸化物は、上述したように酸による処理では燐と鉄を分離することができず、また、低濃度のアルカリ金属水酸化物水溶液による処理では燐と鉄の溶解度が殆どないが、有機酸溶液または有機酸塩溶液で処理すると、燐と同時に溶解した鉄やマンガンが、鉄、マンガンの有機酸錯体または有機酸塩錯体として不溶化することにより両者を分離することが可能となる。これによって、燐は高濃度のリン酸溶液となり、不溶化しやすい鉄やマンガンと共存しなくなるため、燐資源としての有効利用が容易となり、リン酸原料、燐肥料原料、その他の燐鉱石を主原料とするプロセスの原料代替として用いることが可能となる。
【実施例1】
【0051】
250トンの製鋼スラグ(転炉スラグ、もしくは転炉スラグと溶銑脱燐スラグを1:1の質量比で混合したスラグ)、50トンの高炉溶銑、及び還元剤としてコークスをアーク炉に装入し、アークを発生させて製鋼スラグならびにコークスを加熱して、製鋼スラグの還元処理を実施した。なお、高炉溶銑は、溶湯を予め炉内に存在させて製鋼スラグを加熱することにより、製鋼スラグの還元を促進させるとともに、混合スラグの還元により生成する燐含有溶融鉄を迅速に取り込み、燐含有溶融鉄と製鋼スラグとの分離を促進させる目的で、装入したものである。30分間の還元処理により、予め装入した高炉溶銑とあわせて約100トンの高燐溶銑(燐含有溶融鉄(a))が得られた。
【0052】
得られた高燐溶銑をアーク炉から溶銑鍋に出湯し、その後、炉内に残留する約200トンの製鋼スラグをスラグポットに排出した。得られた高燐溶銑の化学成分は、本発明例1では、炭素:4.3質量%、珪素:0.01質量%、マンガン:2.2質量%、燐:3.0質量%、硫黄:0.05質量%であった。
【0053】
この高燐溶銑に対して、脱燐処理設備を用いて脱燐処理を施した。この脱燐処理により、高燐溶銑の燐濃度は0.1質量%まで減少することを確認した。
【0054】
上記脱燐処理で発生した脱燐スラグの化学成分は、P:32質量%、CaO:36質量%、トータルFe:16質量%、MnO:4質量%であった。
【0055】
前記脱燐スラグを有機酸で処理することを目的として、1〜5体積%シュウ酸溶液とともに処理槽にいれて接触させた。脱燐スラグとシュウ酸溶液の割合は1:10とした。比較例として2体積%硫酸、2体積%水酸化ナトリウムを用いた。常温で2時間攪拌し、静置後、分離槽で固液分離を施した。処理液中の燐、鉄、マンガンを分析した。残渣はX線回折で溶解残渣成分ならびに新規生成成分を同定した。
【0056】
脱燐スラグからの燐、鉄、マンガンのシュウ酸処理で浸出した割合を表2に示す。処理液中に燐は抽出されるが、鉄とマンガンの浸出率が低いことが確認された。これは、シュウ酸で溶解した鉄やマンガンがシュウ酸との錯体となって析出し、残渣に残留しているからである。残渣のX線回折図を図1に示す。図1の上段側がシュウ酸による浸出前の脱燐スラグのX線回析結果を、下段側は2体積%シュウ酸による浸出後の残渣のX線回析結果を示している。残渣には、鉄、マンガンがシュウ酸の錯体として検出されていることがわかる。
【0057】
一方、比較例である硫酸処理では燐と同時に鉄、マンガンが溶液中に抽出され、燐の分離はできなかった。また低濃度の水酸化ナトリウム処理では燐も抽出されなかった。
本発明例の処理後の燐含有溶液はリン酸原料、燐肥料原料、その他の燐鉱石を主原料とするプロセスの原料代替として利用できる。
【0058】
【表2】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、CaO分を10%以上、トータルFeを5%以上、P分を10%以上含む複合酸化物を、有機酸溶液もしくは有機酸塩溶液と接触させ、複合酸化物中の燐を溶液中に抽出し、かつ、溶解した鉄やマンガンを有機酸または有機酸塩との錯体として、沈殿分離することを特徴とする燐の分離方法。
【請求項2】
燐を含有する製鋼スラグを、炭素、珪素、アルミニウム、炭化水素のうちから選ばれる1種以上を含有する還元剤を用いて高温還元処理することにより、製鋼スラグ中の鉄酸化物及び燐酸化物を還元して燐含有溶融鉄を生成させる工程(A)と、該工程(A)で生成した燐含有溶融鉄を、CaO系フラックスを用いて脱燐処理する工程(B)と、該工程(B)で生成した、CaO分が10質量%以上、トータルFeが5質量%以上、P分が10質量%以上含まれる脱燐スラグを、有機酸溶液または有機酸塩溶液と接触させ、脱燐スラグ中の燐を水溶液中に抽出し、かつ、溶解した鉄やマンガンを有機酸または有機酸塩との錯体として、沈殿分離する工程(C)を有することを特徴とする燐の分離方法。

【図1】
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【公開番号】特開2012−72018(P2012−72018A)
【公開日】平成24年4月12日(2012.4.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−218310(P2010−218310)
【出願日】平成22年9月29日(2010.9.29)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】