説明

生体適合性を有するナノ繊維及びその製造方法並びに創傷被覆材

【課題】吸水性と保水性に優れ、生体適合性を有する創傷被覆材に有用なナノ繊維を提供する。
【解決手段】このナノ繊維は、高分子化合物と、ヒアルロン酸と、高分子化合物の架橋剤とを含有する親水性溶媒の溶液を調製する調整工程と、エレクトロスピニング法によって、調整工程で得られた溶液から繊維を得る繊維化工程と、繊維化工程の後、高分子化合物を架橋する架橋工程によって製造される。得られたナノ繊維は、架橋構造を有する高分子化合物とヒアルロン酸との複合体である。高分子化合物がポリビニルアルコールであり、架橋剤がグルタルアルデヒドであれば、繊維化工程で得られた繊維を塩化水素ガスで処理することによって、ポリビニルアルコールを架橋させることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、創傷被覆材として有用なナノ繊維、より詳しくは吸水性と保水性に優れ、生体適合性を有するナノ繊維及びその製造方法並びに創傷被覆材に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、創傷患者の治療に用いられる培養皮膚等の創傷被覆材に関する研究が行われている(例えば、非特許文献1及び2参照。)。現在、医療現場において利用されている創傷被覆材の大部分は、ハイドロゲルシートである。しかし、創傷被覆材に必要な適度な吸水力と保水力を保つためには、ハイドロゲルシートを厚くしなければならない。厚い創傷被覆材は、患部に負担がかかる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】R.E.Horch、外3名、”Cultured human keratinocytes on type I collagen membranes to reconstitute the epidermis”、Tissue Eng.、2000年、第6巻、p.53−67
【非特許文献2】R.M.France、外3名、”Attachment of human keratinocytes to plasma co−polymers of acrylic acid/octa−1,7−diene and allyl amine/octa−1,7−diene”、J.Mater.Chem.、1998年、第8巻、p.37−42
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、このように状況に鑑みてなされたもので、吸水性と保水性に優れ、生体適合性を有する創傷被覆材に有用なナノ繊維を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
[1]本発明のナノ繊維は、親水性溶媒又は水に分散又は溶解する高分子化合物と、ヒアルロン酸とを有することを特徴とする。
【0006】
[2]本発明のナノ繊維においては、親水性溶媒又は水に分散又は溶解する高分子化合物は、架橋構造を有することが好ましい。
【0007】
[3]本発明のナノ繊維においては、親水性溶媒又は水に分散又は溶解する高分子化合物は、ポリビニルアルコール、ゼラチン、アルギン酸、ポリビニルピロリドン、キチン、グリコサミノグリカン、ポリエチレングリコール、デンプン、及びヒドロキシプロピルメチルセルロースからなる群から選択される少なくとも1つであることが好ましい。
【0008】
[4]本発明のナノ繊維においては、親水性溶媒又は水に分散又は溶解する高分子化合物は、ポリビニルアルコールであることが好ましい。
【0009】
[5]本発明のナノ繊維の製造方法は、高分子化合物とヒアルロン酸とを含有する親水性溶媒又は水の分散液又は溶液を調製する調整工程と、エレクトロスピニング法によって、調整工程で得られた分散液又は溶液から繊維を得る繊維化工程とを有する。
【0010】
[6]本発明のナノ繊維の製造方法においては、前記高分子化合物の架橋剤を更に含有することが好ましい。
【0011】
[7]本発明のナノ繊維の製造方法においては、繊維化工程の後に、高分子化合物を架橋する架橋工程を更に有することが好ましい。
【0012】
[8]本発明のナノ繊維の製造方法においては、架橋工程は、繊維化工程で得られた繊維を塩化水素ガスに接触させる工程を含むことが好ましい。
【0013】
[9]本発明のナノ繊維の製造方法においては、親水性溶媒又は水に分散又は溶解する高分子化合物は、ポリビニルアルコール、ゼラチン、アルギン酸、ポリビニルピロリドン、キチン、グリコサミノグリカン、ポリエチレングリコール、デンプン、及びヒドロキシプロピルメチルセルロースからなる群から選択される少なくとも1つであることが好ましい。
【0014】
[10]本発明のナノ繊維の製造方法においては、親水性溶媒又は水に分散又は溶解する高分子化合物は、ポリビニルアルコールであることが好ましい。
【0015】
[11]本発明の創傷被覆材は、本発明のナノ繊維を含むものである。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、吸水性と保水性に優れ、生体適合性を有するナノ繊維が提供される。また、そのようなナノ繊維を含む創傷被覆材が提供される。
【0017】
また、本発明によれば、細胞との親和性の高いヒアルロン酸(HA)を原料に用いているため、上記した従来の創傷被覆材(コラーゲンやポリN−ビニルアセトアミドのハイドロゲルシート)と比較して、膨潤度及び細胞への接着性に優れた創傷被覆材が提供される。また、既存の創傷被覆材を製造する場合よりも容易に創傷被覆材を製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】本実施形態に係るナノ繊維のFT−IRスペクトルである。
【図2】本実施形態に係るナノ繊維のTGA曲線である。
【図3】本実施形態に係るナノ繊維(未架橋)のSEM写真である。
【図4】本実施形態に係るナノ繊維(架橋後)の他のSEM写真である。
【図5】本実施形態に係るナノ繊維の他のSEM写真である。
【図6】本実施形態に係るナノ繊維の膨張比を示すグラフである。
【図7】本実施形態に係るナノ繊維の細胞接着率を示すグラフである。
【図8】本実施形態に係るナノ繊維の他のSEM写真である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明のナノ繊維及びナノ繊維の製造方法について、実施形態に基づいて説明する。
【0020】
本実施形態のナノ繊維は、親水性溶媒又は水に分散又は溶解する高分子化合物と、ヒアルロン酸とを有し、高分子化合物が架橋構造を有する。本実施形態のナノ繊維は、吸水性と保水性に優れ、生体適合性を有する。高分子化合物を架橋させることによって、吸水性と保水性に優れ、生体適合性を有するナノ繊維が得られるため、高分子化合物が架橋構造を形成する前のナノ繊維も、創傷被覆材の原料(前駆体)として有用である。
【0021】
ここで、ナノ繊維とは、大部分が直径1μm未満である繊維をいう。また、分散とは、微粒子状になって一様に散在していることをいう。親水性溶媒又は水は、疎水性溶媒と比べて生体適合性を有しており、親水性溶媒又は水に分散又は溶解する高分子化合物をナノ繊維の成分とすることで、ナノ繊維自体も生体適合性を有する。
【0022】
また、親水性溶媒又は水に分散又は溶解する高分子化合物とヒアルロン酸とを、親水性溶媒又は水に分散又は溶解し、その分散液又は溶液をエレクトロスピニングすれば、本実施形態のナノ繊維を得ることができる。なお、ナノ繊維は、目的に反しない限り他の成分が含まれていても良い。
【0023】
本実施形態のナノ繊維では、親水性溶媒又は水に分散又は溶解する高分子化合物が、ポリビニルアルコール、ゼラチン、アルギン酸、ポリビニルピロリドン、キチン、グリコサミノグリカン、ポリエチレングリコール、デンプン、及びヒドロキシプロピルメチルセルロースからなる群から選択される少なくとも1つであることが好ましい。これらの高分子化合物は、生体適合性に優れているからである。
【0024】
これらの中でも、ポリビニルアルコールが特に好ましい。得られるナノ繊維が、吸水性と保水性に優れるからである。本実施形態の成分を有するナノ繊維が得られれば、エレクトロスピニング法以外の方法によってナノ繊維を製造しても良い。しかし、エレクトロスピニング法によって製造されたナノ繊維は、多層構造を有し、比表面積と空隙率が高いため、より吸水性と保水性に優れる。このため、エレクトロスピニング法によって製造されることが好ましい。
【0025】
本実施形態のナノ繊維の製造方法は、高分子化合物とヒアルロン酸とを含有する親水性溶媒又は水の分散液又は溶液を調製する調整工程と、エレクトロスピニング法によって、調整工程で得られた分散液又は溶液から繊維を得る繊維化工程とを有する。親水性溶媒又は水の分散液又は溶液が、高分子化合物の架橋剤を更に含有することが好ましい。架橋剤としては、例えばグルタルアルデヒドが挙げられる。分散液又は溶液が架橋剤を含有することによって、架橋構造を有する高分子化合物を構成要素に含むナノ繊維が容易に得られる。
【0026】
本実施形態のナノ繊維の製造方法は、繊維化工程の後に、高分子化合物を架橋する架橋工程を更に有する。繊維化工程の後に架橋工程を有することによって、分散液又は溶液の粘度が低い状態で繊維化工程を行うことができる。本実施形態のナノ繊維の製造方法では、架橋工程は、繊維化工程で得られた繊維を塩化水素ガスに接触させる工程を含む。繊維化工程で得られた繊維を塩化水素ガスに接触させるという簡易な工程によって、架橋構造を有する高分子化合物を構成要素に含むナノ繊維が得られる。
【実施例】
【0027】
本実施例では、ポリビニルアルコール(polyvinyl alcohol;PVA)とヒアルロン酸(hyaluronic acid;HA)を有するナノ繊維をエレクトロスピニング法によって製造し、得られたナノ繊維を解析した。また、比較例としてPVAのナノ繊維をエレクトロスピニング法によって製造し、得られたナノ繊維を解析した。
【0028】
〔原料〕
PVAは、加水分解度(degree of hydrolysis;DH)88%、重合度(degree of polymerization;DP)1,700のものを株式会社クラレから入手した。HAは、Shandong Freda Biopharm Co.,Ltd(中国)から入手した。PVAの架橋剤であるグルタルアルデヒド(glutaraldehyde;GA)は、50wt%水溶液のものをシグマアルドリッチ社(米国)から入手した。蒸留水とエタノール(純度99.5%)は、株式会社ワコーケミカルから入手した。全ての原料は、更なる精製を行わずそのまま使用した。
【0029】
〔エレクトロスピニング〕
まず、GAとPVAのモル比が3.4:1、6.9:1、及び10.3:1となるように、PVAとGAを40℃の蒸留水に一晩かけて溶かし、12.0wt%のPVA溶液を作製した。また、GAとPVAのモル比が8.2:1、16.5:1、及び24.8:1となるように、PVAとHAとGAを蒸留水とエタノールの40℃の混合溶媒(体積比で蒸留水/エタノールが9/1)に一晩かけて溶かして、13.0wt%のPVAとHAの混合溶液(以下、「PVA/HA溶液」という)を作製した。13.0wt%の内訳はPVA12.0wt%、HA1.0wt%であった。
【0030】
次に、内径0.6mmのキャピラリーチップを取り付けた5mlのプラスチック注射器に、PVA溶液とPVA/HA溶液を注入した。そして、エレクトロスピニング装置の正極(アノード)に接続された銅線が溶液内に挿入され、負極(カソード)が金属製コレクターに取り付けられた。次に、正負極間電圧を14kVに、キャピラリーチップとコレクターとの距離を15cmにそれぞれ固定した。
【0031】
そして、PVA溶液とPVA/HA溶液に直流電圧を印加し、エレクトロスピニングして繊維を製造した(以下、エレクトロスピニング法によって得られた繊維を「エレクトロスピン繊維」と、架橋剤を含有していないPVA溶液からのエレクトロスピン繊維を「PVAエレクトロスピン繊維」という)。これらの溶液は、室温下で回転する金属製コレクターにエレクトロスピンされた。次に、エレクトロスピン繊維中のPVAを架橋させるため、エレクトロスピン繊維に塩化水素ガスを接触させた。
【0032】
この接触工程は、デシケータ内に塩化水素を入れ、これを30℃に加熱することによって得た塩化水素ガス中にエレクトロスピン繊維を入れることによって行った。接触時間は、10s、30s、60sとした。接触工程において、塩化水素ガスの接触中に試料がわずかに収縮するのが分かった。こうして、架橋されたPVAのナノ繊維(以下、単に「PVAナノ繊維」という)と、PVAが架橋されたPVAとHAの複合ナノ繊維(以下、単に「PVA/HAナノ繊維」という)を得た。
【0033】
〔解析〕
(1)FT−IR
PVAナノ繊維とPVA/HAナノ繊維のFT−IR解析は、IRPrestige−21(島津製作所社製)を使用した。
【0034】
図1は、PVAエレクトロスピン繊維、PVAナノ繊維(GAとPVAのモル比が10.3:1.0)、及びPVA/HAナノ繊維(GAとPVAのモル比が24.8:1.0)のFT−IRスペクトルである。全てのスペクトルに、ヒドロキシル基(波数(wavenumber)3300cm−1)、アルキル基(波数2906〜2908cm−1)、及びアセチル基(波数1730cm−1)に起因する吸収があり、PVAの存在を示している。
【0035】
PVAナノ繊維とPVA/HAナノ繊維では、波数2906〜2908cm−1におけるヒドロキシル基の透過率(transmittance(任意単位(a.u.)))が、PVAエレクトロスピン繊維と比べてして減少していた。これは、PVA中の−OH基とGA中の−CHOとの間で架橋反応が進行したことを示している。つまり、エレクトロスピンによって繊維化し、これを架橋させることによって、PVAナノ繊維とPVA/HAナノ繊維が作製できた。
【0036】
PVAの架橋反応においてC=Oの含有量が一定だとすれば、C=Oに起因する波数1788〜1639cm−1における透過率は変化しない。この前提で算出したPVAナノ繊維(GAとPVAのモル比が10.3:1.0)中のヒドロキシル基の減少量は約5.4%であった。ヒドロキシル基の減少分は、アルデヒド基のC−Hがアセタール結合になったと判断される。さらに、PVA/HAナノ繊維では、N−H屈曲に起因する波数1788cm−1付近の吸収が明示された。これは、架橋中における塩化水素ガスのような酸の雰囲気下でも、HAが影響されないことを示している。
【0037】
(2)TG/DTA
PVA/HAナノ繊維中のHAの量を測定するため、熱重量分析(thermogravimetric analysis;TGA)を行った。熱重量分析は、20ml/minの窒素気流下、室温から600℃までの昇温条件で、TG/DTA6200(セイコーインスツルメンツ社製)を用いた。
【0038】
図2は、PVAエレクトロスピン繊維、PVAナノ繊維(GAとPVAのモル比が10.3:1.0)、及びPVA/HAナノ繊維(GAとPVAのモル比が24.8:1.0)のTGA曲線である。PVAエレクトロスピン繊維では、3段階の重量減少(weight loss)が起こった。すなわち、温度(temperature)150℃以下の最初の重量減少は、物理吸着及び化学吸着された水分子の除去によるものである。2段階目の重量減少は、PVA骨格の減少によるものである。600℃付近の3段階目の重量減少は、PVAの酢酸{さくさん}ビニル基の分解を示す。
【0039】
PVAエレクトロスピン繊維の最大の重量減少は、300℃付近で起こった。PVAナノ繊維は架橋構造を有するため、PVAエレクトロスピン繊維と比べて熱安定性に優れる。さらに、PVA/HAナノ繊維は、ヒアルロン酸の分解に伴う4%の重量減少が215℃付近で観測された。このことは、PVA/HAナノ繊維中にHAが十分取り込まれていることを示している。
【0040】
600℃付近での様々な炭素系物質の分解に伴うPVAナノ繊維の重量減少は約5.1%であった。一方、GAのアルキル基の分解に伴うPVAエレクトロスピン繊維とPVA/HAナノ繊維の600℃付近の重量減少は、それぞれ12.2%と17.0%であり、PVAナノ繊維と比べてかなり大きかった。
【0041】
(3)電子顕微鏡観察
ナノ繊維の形態を、走査電子顕微鏡(scanning electron microscopy;SEM)法によって解析した。走査電子顕微鏡装置は日立製作所社のS−3000Nを用い(以下同じ)、Pd−Ptをスパッタした各ナノ繊維を用いて測定した。また、ナノ繊維の直径とその分布を、image J(ImageJ v1.41(Wayne Rasband National institutes of Health(米国)))ソフトを用いて計測した。
【0042】
図3は、(a)はPVAエレクトロスピン繊維、(b)はPVAとGAの溶液(GAとPVAのモル比が10.3:1.0)からのエレクトロスピン繊維で架橋前のもの(以下、「PVA/GAエレクトロスピン繊維」という)、(c)はPVAとHAの溶液からのエレクトロスピン繊維(以下、「PVA/HAエレクトロスピン繊維」という)、及び(d)はPVAとHAとGAの溶液(GAとPVAのモル比が24.8:1.0)からのエレクトロスピン繊維で架橋前のもの(以下、「PVA/HA/GAエレクトロスピン繊維」という)のSEM写真である。
【0043】
SEM法による分析によれば、エレクトロスピン繊維の平均直径は、(a)が約430±50nm、(b)が約400±60nm、(c)が約200±50nm、及び(d)が約180±50nmで、ほぼ均一であった。エレクトロスピン繊維の原料にGAが含まれるか否かは、得られたエレクトロスピン繊維の直径に影響しなかった。一方、HAが含まれるエレクトロスピン繊維(PVA/HAエレクトロスピン繊維とPVA/HA/GAエレクトロスピン繊維)は、ヒアルロン酸によって導電率が向上するため、PVAエレクトロスピン繊維と比べて直径が小さく算出された。
【0044】
図4は、乾燥したPVAナノ繊維と、蒸留水に3日間浸した後のPVAナノ繊維のSEM写真であり、(a)はGAとPVAのモル比を10.3:1.0に固定して、架橋時間を変化させたもので、(b)は架橋時間を30sに固定して、GAとPVAのモル比を変化させたものである。
【0045】
図5は、乾燥したPVA/HAナノ繊維と、蒸留水に3日間浸した後のPVA/HAナノ繊維のSEM写真であり、(a)はGAとPVAのモル比を24.8:1.0に固定して、架橋時間を変化させたもので、(b)は架橋時間を30sに固定して、GAとPVAのモル比を変化させたものである。
【0046】
図4及び図5に示すように、蒸留水に浸したPVAナノ繊維及びPVA/HAナノ繊維の形態は、架橋時間とGA濃度、すなわち、架橋密度によって大きく異なる。PVAナノ繊維の最適な架橋時間は30秒で、最適なGA濃度はGAとPVAのモル比が「10.3:1.0」のときであった。このとき、PVAナノ繊維は鮮明な繊維の形態を示した。
【0047】
PVA/HAナノ繊維の最適な架橋時間は30秒で、最適なGA濃度はGAとPVAのモル比が16.5:1.0のときであった。このとき、PVA/HAナノ繊維は鮮明な繊維の形態を示した。短い架橋時間及び少ないGA濃度で得られたPVA/HAナノ繊維は、不完全な架橋のため、蒸留水に浸した後でナノ繊維の形態が維持できず、溶けたフィルム状の形態となった。
【0048】
(4)膨潤挙動
乾いたナノ繊維の大きさと重量を測定した後、乾いたナノ繊維の不織布を室温で5日間蒸留水に浸して、平衡膨張状態にした。平衡膨張状態となったナノ繊維の不織布の大きさと重量を測定する前に、ナノ繊維の不織布の表面にある過剰な水を、濾紙で注意深く吸い取って除去した。膨張比は下記によって算出した。ここで、Wsは膨張時のナノ繊維の重量を、Wdは乾燥時のナノ繊維の重量をそれぞれ示す。

膨張比〔g/g〕=(Ws−Wd)/Wd
【0049】
図6は、室温での浸漬時間(soaking time)に対応するPVAナノ繊維(GAとPVAのモル比が10.3:1.0)とPVA/HAナノ繊維(GAとPVAのモル比が24.8:1.0)の膨張比(swelling ratio)を示すグラフである。図6に示すように、浸漬1日で、PVAナノ繊維の膨張比は約6.2に、PVA/HAナノ繊維の膨張比は約7.2に達した。これは、ナノ細孔構造に起因する毛細管力によって、速く膨張すると考えられる。
【0050】
その後は、浸漬時間の経過と共に膨張比が徐々に増加した。そして、水分子が試料中に拡散し、極性基や親水基を水和させ、体積膨張を引き起こして平衡膨張状態の膨張比となった。強い親水性のHAの影響により、PVA/HAナノ繊維の膨張比は、PVAナノ繊維の膨張比より常時高い値を示した。また、PVAナノ繊維とPVA/HAナノ繊維は、膨張した後に透明となった。膨張した試料は、乾いた試料よりも明らかに大きかった。PVA/HAナノ繊維の平衡膨張状態の膨張比は約17であり、PVA/HAナノ繊維が吸水性と保水性に優れていることが分かった。これは、PVA/HAナノ繊維が創傷被覆材として有用であることを示している。
【0051】
〔細胞培養〕
まず、PVAナノ繊維(GAとPVAのモル比が10.3:1.0)とPVA/HAナノ繊維(GAとPVAのモル比が24.8:1.0)を99.5%エタノールに40分間、蒸留水に20分間浸し、残留塩化水素を除去した。次に、紫外線の下へ一晩置き殺菌を行った。次に、各ナノ繊維をリン酸緩衝生理食塩水(phosphate buffered saline;PBS)で3回洗浄して残留エタノールを除去した。そして、理研細胞バンクから入手した骨芽細胞様細胞MC3T3−E1を7世代に渡り継代培養し、細胞濃度が3×10細胞/ウェルとなるように、PVAナノ繊維及びPVA/HAナノ繊維上に細胞を播種した。
【0052】
具体的には、PVAナノ繊維及びPVA/HAナノ繊維の骨格にMC3T3−E1を接種し、1時間、3時間、6時間、及び24時間細胞培養したものを、温度4℃の条件下で、2.5%グルタルアルデヒド溶液中にそれぞれ一晩浸した。次に、エタノール勾配法を用いてPVA/HAナノ繊維上の細胞を固定した。最後に、細胞培養したPVAナノ繊維及びPVA/HAナノ繊維を一晩凍結乾燥させて、走査電子顕微鏡によってPVAナノ繊維及びPVA/HAナノ繊維の足場に接着した細胞の形態を分析した。
【0053】
培養は、培養器内をCO5%雰囲気下、温度37℃とし、αMEM(商品名GIBCO)の培地を用いて行った。培地は、10%の加熱不活性化したウシ胎仔血清(fetal bovine serum;FBS)と、100U/mLのストレプトマイシンと、0.1%のβ−グリセロリン酸エステルとを含む。
【0054】
また、全ての細胞調査において、組織培養皿(tissue culture dishe;TCD)上での細胞培養を対照として評価した。なお、組織培養皿は、サーモフィッシャーサイエンティフィック社(デンマーク)のポリスチレン皿(ブランド名Nunc)を用いた。なお、細胞の播種と培養は、PVAナノ繊維およびPVA/HAナノ繊維の場合と同一条件で行った。
【0055】
図7は、PVAナノ繊維(GAとPVAのモル比が10.3:1.0)及びPVA/HAナノ繊維(GAとPVAのモル比が24.8:1.0)へのMC3T3−E1の細胞接着率(cells adhesion ratio)を示すグラフである。細胞接着率は、1時間、3時間、6時間、24時間後にそれぞれ培地中に浮いている浮遊細胞数を数え、以下の式により算出した。

細胞接着率(%)={1−浮遊細胞数/(3.0×10)}×100
【0056】
培養時間1時間における細胞接着率は、PVAナノ繊維と比べPVA/HAナノ繊維の方が大きかった。これは、PVA/HAナノ繊維が界面の生体適合性に優れており、創傷被覆材として有用であることを示している。さらに、PVA/HAナノ繊維では、6時間の細胞培養後に細胞接着率が100%に達した。
【0057】
図8は、TCD、PVAナノ繊維(GAとPVAのモル比が10.3:1.0)、及びPVA/HAナノ繊維(GAとPVAのモル比が24.8:1.0)でMC3T3−E1を培養したときの培養時間毎のSEM写真である。PVA/HAナノ繊維では、PVAナノ繊維と異なり、MC3T3−E1がよく接着していることが分かった。この傾向は、細胞接着率の傾向と合致している。PVA/HAナノ繊維にMC3T3−E1がよく接着するのは、HAが生体適合性に優れた材料であるためであると考えられる。
【0058】
また、PVA/HAナノ繊維では、活発な細胞移動が起こっており、ナノ繊維表面に多くの微絨毛が観測された。これは、HAと細胞との間における特異性相互作用によるものと考えられる。特に24時間の細胞培養後では、細胞間作用により、PVA/HAナノ繊維上でMC3T3−E1が活発に移動していることが確認できた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
親水性溶媒又は水に分散又は溶解する高分子化合物と、ヒアルロン酸とを有することを特徴とするナノ繊維。
【請求項2】
前記親水性溶媒又は水に分散又は溶解する高分子化合物は、架橋構造を有することを特徴とする請求項1に記載のナノ繊維。
【請求項3】
前記親水性溶媒又は水に分散又は溶解する高分子化合物は、ポリビニルアルコール、ゼラチン、アルギン酸、ポリビニルピロリドン、キチン、グリコサミノグリカン、ポリエチレングリコール、デンプン、及びヒドロキシプロピルメチルセルロースからなる群から選択される少なくとも1つであることを特徴とする請求項1又は2に記載のナノ繊維。
【請求項4】
前記親水性溶媒又は水に分散又は溶解する高分子化合物は、ポリビニルアルコールであることを特徴とする請求項1又は2に記載のナノ繊維ナノ繊維。
【請求項5】
高分子化合物とヒアルロン酸とを含有する親水性溶媒又は水の分散液又は溶液を調製する調整工程と、
エレクトロスピニング法によって、前記調整工程で得られた分散液又は溶液から繊維を得る繊維化工程とを有することを特徴とするナノ繊維の製造方法。
【請求項6】
前記親水性溶媒又は水の分散液又は溶液は、前記高分子化合物の架橋剤を更に含有することを特徴とする請求項5に記載のナノ繊維の製造方法。
【請求項7】
前記繊維化工程の後に、前記高分子化合物を架橋する架橋工程を更に有することを特徴とする請求項6に記載のナノ繊維の製造方法。
【請求項8】
前記架橋工程は、前記繊維化工程で得られた繊維を塩化水素ガスに接触させる工程を含むことを特徴とする請求項7に記載のナノ繊維の製造方法。
【請求項9】
前記親水性溶媒又は水に分散又は溶解する高分子化合物は、ポリビニルアルコール、ゼラチン、アルギン酸、ポリビニルピロリドン、キチン、グリコサミノグリカン、ポリエチレングリコール、デンプン、及びヒドロキシプロピルメチルセルロースからなる群から選択される少なくとも1つであることを特徴とする請求項5〜8のいずれかに記載のナノ繊維の製造方法。
【請求項10】
前記親水性溶媒又は水に分散又は溶解する高分子化合物は、ポリビニルアルコールであることを特徴とする請求項5〜8のいずれかに記載のナノ繊維の製造方法。
【請求項11】
請求項1〜4のいずれかに記載のナノ繊維を含む創傷被覆材。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2013−49927(P2013−49927A)
【公開日】平成25年3月14日(2013.3.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−187461(P2011−187461)
【出願日】平成23年8月30日(2011.8.30)
【出願人】(504180239)国立大学法人信州大学 (759)
【出願人】(508231821)トップテック・カンパニー・リミテッド (40)
【氏名又は名称原語表記】TOPTEC Co., Ltd.
【Fターム(参考)】