説明

生細胞固定化法及び生細胞活性化機能測定センサー

【課題】 生細胞を固相表面に固定するための生細胞固定化法に係り、特にプラズモン共鳴を利用した生細胞の活性化機能を評価するのに好適で、固着性に優れた生細胞固定化する方法を提供する。
【解決手段】 本発明に係る生細胞固定化法は、チオール基及びアミノ基をもつ有機化合物、または、ジスルフィド基及びアミノ基をもつ有機化合物からなる生細胞固定化材を介して生細胞を固相表面に固定化する。生細胞の固定は、生理環境下において行うのがよく、固相表面は、チオール基又はジスルフィド基と親和性のある金属表面であるのがよい。有機化合物は、アミノアルカンチオール、その二分子が結合したジスルフィド型化合物であるのがよい。このような生細胞固定化法を利用して生細胞の活性化機能を評価するのに好適な光ファイバーの先端部に生細胞を固定化させた生細胞活性化機能測定センサーを構成することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生細胞を金属等の表面に固定化するための生細胞固定化法に係り、特にプラズモン共鳴を利用した生細胞の活性化機能を評価するのに好適な生細胞固定化法に関する。また、その生細胞固定化法を利用した生細胞活性化機能測定センサーに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、薬学や医療分野において、個々の蛋白質の機能解析では予測し得ない高度な生命現象を調べる目的で、細胞自体の活動を包括的に解析するための方法が望まれている。細胞の機能を生きたまま同時進行的に観察する方法としては、細胞に光を当てて得られる透過光または反射光を顕微鏡的に観察する方法が一般的である。しかしながらこの方法では観察できる情報に限界があるため、特定の蛋白質や染色体の局在や動きを観察するために、予め標的分子を蛍光物質などで標識しておくことが必要であった。これに対して、特許文献1に、表面プラズモン共鳴の原理を用いると、金属特に金の箔・板又は微粒子の表面に付着させた細胞への細胞外からの刺激に反応して起こる変化を、細胞に標識などの操作を加えることなく検出することができることが開示されている。
【0003】
このようなプラズモン共鳴法を利用した方法で生細胞の応答を検出するためには、細胞の少なくとも一部が金板表面上の数百ナノメートル以内に位置していることが必要であり、細胞がセンサーに使われる金板表面に接着していることが望ましい。しかし付着性の細胞であれば通常の金板表面にも自ら付着して固定されるが、浮遊性の細胞の場合には何らかの固定化の方法が必要である。浮遊性の細胞を固相に固定化する方法としては、遠心力を利用して細胞を固相に押しつけながら乾燥する方法、有機溶媒により細胞膜脂質を溶解して蛋白成分を変成、吸着させる方法などがあるが、これらの技術では、いずれも細胞の生理的な膜構造を破壊するため、細胞固定化後は起きた細胞の反応を観察することができない。一方、細胞表面上に露出している特定の蛋白質、糖鎖などよりなる分子(抗原)を、抗体などの特異的結合物質を介して金板表面に固定化すると、細胞を生きたまま固定化することはできるが、細胞表面分子は固相に固定化するとしばしばそれだけで細胞内に信号を伝達してしまうため、目的とする刺激に対する細胞応答の解析ができなくなるおそれがある。また、細胞によっては適当な細胞表面分子が見つからないものもあり、細胞を確実に固定化できない場合がある。
【0004】
この生細胞の固定化の問題に対し、例えば、特許文献2に、生細胞を固定する測定チップにリンパ球を固定化するに当たって、細胞と測定チップの間に適当なスペーサを用いて細胞を固定する方法が示されている。この場合のスペーサとしては、例えば、ポリ-L-リジンがある。測定チップにポリ-L-リジンを塗布しておき、そこに、細胞を乗せることにより固定する方法が開示されている。
【0005】
【特許文献1】特開2002-85089号公報
【特許文献2】特開2004-305095号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、このポリ-L-リジンはバイオコートとして広く知られているように、一定の固定化能を有することが知られているが、ポリアミノ酸から成る高分子を用いているため細胞自体に意図しない刺激を与える場合がある。また、その細胞固定化の機序は明らかにされておらず、金属表面上の高分子構造も不明であるため、高密度かつ均一な固定化を行うには問題がある。このため、生細胞を固定化するにおいて、ポリ-L-リジンと同等以上の生細胞接着性を有するとともに、生細胞が発現する機能に与える影響の少ない、安定かつ再現性に優れた生細胞の固定化法が求められている。
【0007】
本発明は、上記のような問題点に鑑み、生細胞を金属等の表面に固定するための生細胞固定化法に係り、特にプラズモン共鳴を利用した生細胞の活性化機能を評価するのに好適で、安定かつ再現性に優れた生細胞固定化法を提供することを目的とする。また、その生細胞固定化法を利用した生細胞活性化機能測定センサーを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明に係る生細胞固定化法は、チオール基及びアミノ基をもつ有機化合物、または、ジスルフィド基及びアミノ基をもつ有機化合物からなる生細胞固定化材を介して生細胞を固相表面に固定化する。
【0009】
上記発明において、生細胞の固定は、生理環境下において行うのがよい。固相表面は、チオール基又はジスルフィド基と親和性のある金属表面であるのがよく、特に、金膜又は金ナノ粒子であるのが好ましい。
【0010】
有機化合物は、アミノアルカンチオール、その二分子が結合したジスルフィド型化合物であるのがよい。
【0011】
また、上記生細胞固定化材は、付着性の生細胞にもリンパ球などの非付着性の生細胞にも適用することができ、培養器固相から脱離させた付着性の生細胞にも適用できる。
【0012】
このような生細胞固定化法を利用することにより、生細胞の活性化機能の評価を行うのに好適な以下のような生細胞活性化機能測定センサーを構成することができる。すなわち、その生細胞活性化機能測定センサーは、端面に金ナノ粒子を付着させた光ファイバーと、該金ナノ粒子表面に固定されたアミノアルカンチオール又はその二分子が結合したジスルフィド型化合物からなる生細胞固定化材と、該生細胞固定化材に固定された生細胞と、を有してなる。
【0013】
また、生細胞活性化機能測定センサーは、先端部分に光ファイバーコアを露出させた光ファイバーの該光ファイバーコア露出部の端面に光反射材が設けられるとともに外周部分が金膜で覆われた光ファイバーと、該金膜表面に固定されたアミノアルカンチオール又はその二分子が結合したジスルフィド型化合物からなる生細胞固定化材と、該生細胞固定化材に固定された生細胞と、を有してなるものとすることができる。
【発明の効果】
【0014】
本発明に係る生細胞固定化法は、特に金、銀、銅等の金属板や金属ナノ粒子等の表面に生細胞を付着させ、その細胞の機能を評価するのに好適で、安定かつ再現性に優れている。また、本発明に係る生細胞活性化機能測定センサーは、少ない生細胞試料で生細胞の機能を効果的に調べることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
以下、本発明に係る生細胞固定化法について説明する。本発明に係る生細胞固定化法は、チオール基及びアミノ基をもつ有機化合物、または、ジスルフィド基及びアミノ基をもつ有機化合物からなる生細胞固定化材を介して生細胞を固相表面に固定化する。すなわち、本発明は、生細胞を固相表面に固定化するのに、チオール基及びアミノ基を有する有機化合物、または、ジスルフィド基及びアミノ基を有する有機化合物からなる生細胞固定化材を用いる。
【0016】
生細胞を固定化する固相表面の材質は、チオール基及びジスルフィド基と親和性があるものであれば特に問わない。しかしながら、以下に説明するように、本発明においては、金、銀、銅等の金属、特に金がよい。また、プラズモン共鳴を利用するために、それらの形態は、箔・板又はナノ粒子状のものであるのがよい。なお、箔・板とは、ガラスやプラスチックスにそれらの金属を蒸着又はスパッタリングした膜状のものであってもよい。
【0017】
上述のように本発明は、チオール基、または、ジスルフィド基を有する有機化合物からなる生細胞固定化材を用いる。これにより、チオール基又はジスルフィド基に基づき、例えば、金又は銀表面にはAu-S又はAg-S結合による有機化合物との強固な結合を生ずるとともに、有機化合物を構成する分子同士間に作用するファン・デル・ワールス力に基づき有機化合物の分子が均一に配列されたいわゆる自己組織化単分子膜を金又は銀表面上に容易に形成することができる。
【0018】
また、本発明に用いる生細胞固定化材はアミノ基を有する有機化合物からなる。これにより、生細胞表面はその表面に普遍的に存在する糖タンパク質糖鎖のシアル酸あるいはリン脂質により負に荷電しているから、アミノ基の有する正の荷電との電気的引力により生細胞は当該有機物に容易に固着される。この固着は電気的な引力に基づくから、生細胞を変性させることもなく傷害を起こすこともない。従って、本発明に係る生細胞固定化法を用いることにより、適当な生理環境下においた生細胞について、生きた状態でかつ生体内の状態に近い状態でプラズモン共鳴を利用した細胞機能評価を行うことができる。
【0019】
このような有機化合物は、固相表面と結合しやすいチオール基またはジスルフィド基をもち、また生細胞と結合しやすいアミノ基を有する有機化合物からなるものであればよい。有機化合物は、アミノアルカンチオール、その二分子が結合したジスルフィド型化合物又はこれらの塩化物、臭化物等の塩から調製することができる。具体的には、有機化合物は、アミノアルカンチオールに属するシステアミン(2-アミノエタン-1-チオール)、6-アミノ-1-ヘキサンチオール、8-アミノ-1-オクタンチオールの塩化物から、また、アミノアルカンチオールの二分子が結合したジスルフィド型化合物に属するシスタミン(2、2'-ジスルファンジイルビス(エチルアミン))の塩化物から調製することができる。
【0020】
以上本発明に係る生細胞固定化法について説明した。本生細胞固定化法は、以下に説明する生細胞活性化機能測定センサーに利用することができ、これにより、多くの生細胞から発現される平均的な機能状態ではなく、生細胞から発現される機能状態が直接的に測定できるようになる。また、少ない生細胞試料であってもその機能状態を調べることができる。
【0021】
本生細胞活性化機能測定センサー100は、図1に示すように、端面に金ナノ粒子13を付着させた光ファイバー10と、金ナノ粒子13の表面に固定されたアミノアルカンチオール又はその二分子が結合したジスルフィド型化合物からなる生細胞固定化材20と、生細胞固定化材20に固定された生細胞30と、を有してなる。
【0022】
光ファイバー10は、光ファイバーコア11とその外周を覆うクラッド12を有しており、公知の光ファイバーを用いることができる。金ナノ粒子13は公知のものを用いることができる。金ナノ粒子13の形状は球形のものが好適で、サイズは100〜10nmのものがよいが、矩形、ロッド状、多角形などの粒子も必要に応じて利用することができる。
【0023】
生細胞固定化材20は、アミノアルカンチオール、その二分子が結合したジスルフィド型化合物又はこれらの塩から調製することができる。この生細胞固定化材20により、生細胞の活性化機能を測定するのに好適な状態で金ナノ粒子に生細胞を固定化させることができる。
【0024】
生細胞30は、特定の刺激剤(物)によって細胞の応答が引き起こされるものであれば、組織から分離した細胞、初代培養細胞、細胞株、遺伝子組み替え体発現細胞等々でよく、特に限定されない。例えば、ヒト好塩基球、Ramos細胞(B細胞株)、Rat Basophilic Leukemia細胞(RBL-2H3)を用いることができる。
【0025】
本発明に係る生細胞活性化機能測定センサーは、図2に示す構造のものであってもよい。この生細胞活性化機能測定センサー101は、先端部分に光ファイバーコア11を露出させた光ファイバー10の光ファイバーコア露出部の端面に光反射材15が設けられるとともに外周部分が金膜14で覆われた光ファイバー10と、金膜14の表面に固定されたアミノアルカンチオール又はその二分子が結合したジスルフィド型化合物からなる生細胞固定化材20と、生細胞固定化材20に固定された生細胞30と、を有してなる。
【0026】
この生細胞活性化機能測定センサー101において、光ファイバーコア露出部の端面に光反射材15が設けられるとともに外周部分が金膜14で覆われた光ファイバー10は公知のものを用いることができる。
【実施例1】
【0027】
本発明に係る細胞固定化法を用いて生細胞を、金を蒸着したガラス基板からなる測定チップに固定化し、表面プラズモン共鳴を利用した測定装置(SPR装置)により生細胞の活性化機能を測定する試験を行った。図3に示すように、生細胞30は、生細胞固定化材20を介して測定チップ17の金を蒸着した金膜14上面に固定化されている。生細胞30の活性化機能は、プリズム18に図3の矢印で示すレーザ光を照射し、その反射光を解析することによって行われる。測定チップ17、プリズム18及びSPR装置は、株式会社モリテックス社製SPR−CELLIAに付属するものを用いた。生細胞30はヒト末梢血好塩基球を用いた。
【0028】
生細胞固定化材20は、金膜14面上にシステアミン膜を形成することによって構成した。すなわち、まず、測定チップ17をアセトン中で10分間超音波洗浄を行った上、Sigma ALDRICH Co.製システアミンを最終濃度1mMになるように純水またはエタノールで溶解した。つぎに、測定チップ17をシステアミン溶液に浸し、30分間振とうした後、純水により3回洗浄した。これにより、システアミン単分子長の厚さで表面に陽性荷電をもつシステアミン膜が測定チップ17の金膜14面上に形成された。
【0029】
そして、以下のように、上記生細胞固定化材20を介してヒト末梢血好塩基球の測定チップ17への固定化を行った。まず、ヒト末梢血好塩基球の調製を行った。すなわち、ヒト肘静脈血14mlをEDTA/2Naと混和した後、14ml平衡塩類溶液(Balanced salt solution)(D-glucose 0.01%、 CaCl2 5μM、 MgCl2 98uM、 KCl 540μM、 Tris 14.5mM、 NaCl 126mM、 PH7.6) 14ml を加えて混合した。この混合液を14mlずつ10ml Ficoll(Amersham Bioscience社製)に重層し400g、20℃、40minで比重遠沈を行い、好塩基球を含む画分を得た。
【0030】
つぎに、この得られた画分からMiltenyi Biotec社製のBasophil Isolation kitを用いて、好塩基球の割合の高い細胞浮遊液を調製した。すなわち、得られた画分にFcR blocking Reagent 50μl を加えてFcレセプターのブロッキングを行った上、これに100μl Hapten-Antibody Cocktailを加え、10℃で10分静置した。つぎに、650μlランニングバッファー(2mM EDTA含有PBS)、100μl MACS Anti-Hapten Micro Beadsを加え10℃で15分静置した後、Miltenyi Biotec 社製のAuto-MACSによりネガティブセレクションにかけて好塩基球の割合の高い細胞浮遊液を得た。これにより得られた細胞浮遊液に、細胞懸濁用緩衝液 (NaCl 0.14M、 KCl 2.7μM、 NaH2PO4 0.46mM、 HEPES 10mM、 ブドウ糖(glucose) 5.6mM、 ヒト血清アルブミン(HSA) 0.03%、 PH7.4)を加え、好塩基球の割合が1×106/mlの濃度になるように調整した。
【0031】
そして、このように調製された好塩基球の細胞懸濁液100μlを、上記のように、システアミン膜を形成した測定チップ17の金膜14上にスポット状に乗せ15分静置し、その後測定チップ17を細胞懸濁用緩衝液 100μlで洗浄して金膜14に固化されなかった余剰の細胞を除き、ヒト末梢血好塩基球が固定化された測定チップ17を作製した。
【0032】
このように作製された測定チップ17をSPR装置の測定部に装着し、流速10μlで細胞懸濁用緩衝液による灌流を行った後、細胞懸濁用緩衝液の流路を切り換え、測定チップ部にBETHYL社製抗ヒト-IgE抗体(300ng/ml)を約6分間灌流した。その後、再度細胞懸濁用緩衝液に切り替えて灌流を継続させた状態でSPR装置による測定を行った。
【0033】
図4及び5に、上記SPR装置により測定した結果を示す。図4は血液提供者Aの結果であり、図5は血液提供者Bの結果である。図4及び5において、横軸は測定開始後の経過時間を示し、縦軸は、共鳴角を示す。実線は抗ヒト-IgE抗体を灌流して細胞を刺激した場合のシグナルの変化曲線(Anti-IgE)を示す。破線は抗ヒト-IgE抗体を灌流させず細胞懸濁用緩衝液のみを灌流した対照試料の場合のシグナルの変化曲線(Buffer)を示す。太い横線は、抗ヒト-IgE抗体を灌流させた時間を示す。
【0034】
図4及び5によると、抗ヒト-IgE抗体を灌流した場合は、ともに、数分以内に細胞の活性化を示すシグナル(Anti-IgE曲線の急上昇以降部分)が観測された。しかし、抗ヒト-IgE抗体を灌流しなかった対照試料の場合は、ほとんどシグナルの変化は認められなかった。
【実施例2】
【0035】
実施例1と同様に、測定チップ17の金膜14面上にシステアミン膜を形成し、これにRamos細胞(B細胞株)を固定化し、PMA(フォルボール-12ミリステート-13 アセテート(phorbol 12 myristate 13-acetate))による刺激を行った場合のB細胞株の応答を上記のSPR装置を用いて測定した。B細胞株の測定チップ17の金膜14上への固定化は以下のように行った。すなわち、実施例1と同様な方法で作製したシステアミン膜上に上記細胞懸濁液またはHEPES 緩衝液(HEPES 20mM、 NaCl 120mM、 CaCl2 2mM、 MgCl2 1mM、 ブドウ糖 5mM)で1×106/mlの濃度に調整したRamos細胞(B細胞株)100μlをスポット状に乗せ15分静置したのち、細胞懸濁用緩衝液 100μlで洗浄し、固定されなかった余剰の細胞を除いて、B細胞株を測定チップ17の金膜14上に固定化した。
【0036】
このようにB細胞株を固定化した測定チップ17をSPR装置測定部に装着し、まず、流速10μlで細胞懸濁用緩衝液による灌流を行った。つぎに、Calbiochem社製のPMAを約6分間灌流してB細胞株の刺激を行った後、再度細胞懸濁用緩衝液による灌流を行うことにより、SPR装置による測定を行った。なお、対照試料として、システアミン処理をしていない試料についても同様に試験をした。
【0037】
図6に、SPR装置により測定した結果を示す。図6において、横軸は測定開始後の経過時間を示し、縦軸は、共鳴角を示す。太い横線は、PMAを灌流させた時間を示す。図6によると、測定チップ17上にPMAを灌流してB細胞株を刺激するとシグナルは大きく変化することが分かる。一方、対照試料の方は測定不可能であった。B細胞株の固定処理後に測定チップ17を上記SPR装置に設置して細胞懸濁用緩衝液を灌流した後回収し、光学顕微鏡下(倍率100倍)で観察したところ、図7に示すように、システアミン処理をした金板表面上には固定化されたB細胞株(粒状に観察されるもの)が数多く確認された。しかし、システアミンを用いなかった対照試料では、図8に示すように、ほとんどB細胞株を認めることはできなかった。
【実施例3】
【0038】
図9は、実施例1と同様に、測定チップ17の金膜14上にシスタミン膜を形成し、ヒト末梢血好塩基球を固定化したものに、抗ヒト-IgE抗体(300ng/ml)を約6分間灌流して刺激を行った場合の試験結果を示す。この試験は、以下のシスタミン膜の形成を除いて実施例1の場合の条件と同等の条件で試験を行った。金膜14上へのシスタミン膜の形成は以下のように行った。まず、測定チップ17をアセトン中で10分間超音波洗浄を行った上、Sigma ALDRICH Co.製シスタミンを最終濃度1mMになるように純水またはエタノールで溶解した。つぎに、測定チップ17をシスタミン溶液に浸し、30分間振とうした後、純水により3回洗浄した。これにより、シスタミンのジスルフィド基部で金膜14上に結合し表面に陽性荷電をもつシスタミン膜が測定チップ17の金板面上に形成された。
【0039】
つぎに、実施例1と同様にして調製された血液提供者Cの好塩基球懸濁液100μlを、既にシスタミン膜を形成した測定チップ17の金板上にスポット状に乗せ15分静置した。その後、細胞懸濁用緩衝液 100μlで洗浄し、金板に固定化されなかった余剰の細胞を除いた後、その測定チップ17を上記SPR装置の測定部に装着した。SPR装置による測定は、まず、流速10μlで細胞懸濁用緩衝液による灌流を行った後、細胞懸濁用緩衝液の流路を切り換え、測定チップ部にBETHYL社製抗ヒト-IgE抗体(300ng/ml)を約6分間灌流したうえで、再度細胞懸濁用緩衝液に切り替えて灌流を継続することにより行った。
【0040】
図9において、横軸は測定開始後の経過時間を示し、縦軸は、共鳴角を示す。太い横線は、抗ヒト-IgE抗体を灌流させた時間を示す。実線は抗ヒト-IgE抗体の灌流を行った場合のシグナルの変化曲線(Anti-IgE)を示し、破線は、抗ヒト-IgE抗体の灌流を行わなかった対照試料の場合のシグナルの変化曲線(Buffer)を示す。
図9によると、抗ヒト-IgE抗体を灌流した場合は数分以内に細胞の活性化を示すシグナルが観測されるが、抗ヒト-IgE抗体を灌流しなかった対照試料の場合は、ほとんどシグナルの変化が認められないことが分かる。これにより、抗ヒト-IgE抗体に特異的な好塩基球の刺激応答状態を調べることができることが分かる。
【実施例4】
【0041】
生細胞30がヒト好塩基球から構成される生細胞活性化機能測定センサー100を用いてヒト好塩基球の活性化機能評価試験を行った。生細胞活性化機能測定センサー100において、光ファイバー10は、住友電気工業株式会社製のコアφ50/クラッドφ125μmのSCコネクタ付光ファイバーを用い、その平均粗さが0.05〜0.1μmの端面に以下のように金ナノ粒子13を付着させた。すなわち、光ファイバー10の先端部をアセトンに浸漬し5分間静置させた後、光ファイバー10の先端部を硫酸と過酸化水素(3:1)溶液に浸漬し、15分間静置した。つぎに、光ファイバー10の先端部を蒸留水、エタノールで洗浄した後、10%3-aminopropyltriethoxysilane (APTES)/エタノール溶液に浸し、エタノールで2回、蒸留水で1回洗浄した後、BBI社製60nmの金ナノ粒子液(500μl)に浸し、一晩静置することにより、先端部に金ナノ粒子13を付着させた光ファイバー10を作製した。
【0042】
つぎに、以下のように8-アミノ-1-オクタンチオールからなる生細胞固定化材20を金ナノ粒子13の表面に固定し、さらに、その生細胞固定化材20にヒト好塩基球からなる生細胞30を固定化させた。すなわち、上記のように金ナノ粒子を固定化させた光ファイバーの先端部を1mMの8-アミノオクタン-1-チオールのエタノール溶液(1mL)に浸漬し、その後、ヒト好塩基球を2×106cell/mlの濃度で懸濁させた細胞懸濁用緩衝液から約30μlの細胞懸濁液をプラスチック板上に乗せ、プラスチック板ごと反転して懸濁液を懸垂し、この液滴の下端にファイバー先端を差し込んで室温で20分間静置した。ヒト好塩基球が生細胞固定化材20に固定化されていることはデジタルカメラを装備した倒立顕微鏡下で確認した。
【0043】
このようにヒト好塩基球が固定された生細胞活性化機能測定センサー100を用いて、ヒト好塩基球がダニ抗原で抗原刺激された場合と、ダニ抗原のない対照液を用いた(対照試験)の場合のヒト好塩基球の応答状態を調べた。ヒト好塩基球の抗原刺激は、生細胞活性化機能測定センサー100をシャーレ(φ10cm)の中の細胞懸濁用緩衝液20mlに浸し、Bayer Corporation製ダニ抗原エキス(40 AU/ml)500μlを添加して行った。ヒト好塩基球の応答状態の測定は、光源(Ocean Optics,Inc.製LED-518)、カプラー(Newport Corporation製Newport-125μm)、ファイバー分光器(Ocean Optics,Inc.製HR2000)からなる測定装置において、カプラーを経由して得られる波長530nmの散乱光強度をファイバー分光器で測定し、これを解析ソフト(Ocean Optics,Inc.製OOIBase32)でモニターすることにより行った。
【0044】
図10及び11に試験結果を示す。図10はヒト好塩基球をダニ抗原で抗原刺激を行った場合、図11は対照試験の場合の試験結果である。図10及び11において、横軸は測定後の経過時間を示し、縦軸は波長530nmの散乱光の強度を示す。図中の矢印は、ダニ抗原エキス(図10)および対照液(図11)の添加開始時を示す。図10によると、ヒト好塩基球を抗原刺激した場合は、強度は測定経過後直線的に増加していることが分かる。これに対し、対照試験の場合は、図11に示すように、強度は何ら変化していないことが分かる。
【実施例5】
【0045】
生細胞30がRBL-2H3細胞から構成される活性化機能測定センサー101を用いて、RBL-2H3細胞の活性化機能評価試験を行った。生細胞活性化機能測定センサー101は以下のように作製した。光ファイバー10は、ソーラボジャパン株式会社製コネクタ付光ファイバー(光ファイバーコア径200μm、樹脂クラッド230μm)を用い、その先端部に露出させた長さ1cmの光ファイバーコアの端面に、アルミニウムをスパッタリングし厚さ300nm以上の光反射材15を形成し、外周部に金をスパッタリングし厚さ50±5nmの金膜14を形成した。
【0046】
なお、アルミニウムのスパッタリングは、チャンバー内をターボ分子ポンプで8×10-5Paまで真空引き後、Arガス流量が標準状態で0.05l/min(50sccm)、schlz真空度が3Paの条件で1時間行った。金のスパッタリングは、チャンバー内をターボ分子ポンプで8×10-5Paまで真空引き後、Arガス流量が標準状態で0.05l/min、schlz真空度が3Paの条件で2分40秒間行った。
【0047】
このように作製した光ファイバーの先端部を、1mMの8-アミノオクタン-1-チオールのエタノール溶液(1mL)中に浸漬して8-アミノオクタン-1-チオールを金膜14の表面に固定させて生細胞固定化材20を形成した。つぎに、光ファイバーの先端部を蒸留水で1回洗浄した後、予め作製したRBL-2H3細胞の細胞懸濁液約380μlをプラスチックチューブ蓋部に入れて反転し、液面を懸垂した液部下部に光ファイバー先端部を差し込んで室温で20分間静置してRBL-2H3細胞を8-アミノオクタン-1-チオールに固定させ、生細胞30を生細胞固定化材20に固定した生細胞活性化機能測定センサー101を作製した。RBL-2H3細胞が生細胞固定化材20に固定化されていることはデジタルカメラを装備した倒立顕微鏡下で確認した。
【0048】
なお、RBL-2H3細胞の細胞懸濁液は以下のように作製した。まず、実験前日に、RBL-2H3細胞をRPMI1640組織培養液(Invitrogen Corporation製)に4×105cells/mlの濃度で懸濁させ、さらにその細胞懸濁液に50ng/mlなる様にAnti-DNP IgE(Sigma ALDRICH Co.製)を感作させ、HydroCell(CelSeed社製)に3ml入れ、一晩培養を行った。つぎに、この細胞懸濁液にRBL-2H3細胞を2×106cell/mlの濃度でSiraganianバッファー(25mM PIPES (pH7.2)、159mM NaCl、5mM KCl、0.4mM MgCl2、1mM CaCl2、1mg/ml glucose、and 0.1%BSA)に懸濁させてRBL-2H3細胞の細胞懸濁液を作製した。
【0049】
このように作製した生細胞活性化機能測定センサー101をシャーレ(φ10cm)の中のバッファー4.5mlに浸してSigma ALDRICH Co.製dinitrophenol conjugated Human Serum Alubumin(DNP-HSA)(500 ng/ml)500μlを添加し(最終濃度50ng/ml)、RBL-2H3細胞の抗原刺激を行った場合と、DNP-HSAを添加しなかった対照試験の場合のRBL-2H3細胞の応答状態を調べた。また、生細胞30が固定させていないセンサー(生細胞30が固定されていない点を除けば生細胞活性化機能測定センサー101と同じ構成のセンサー)を用いてRBL-2H3細胞の応答状態を調べる比較試験も行った。
【0050】
測定装置は、光源(Ocean Optics,Inc.社製LS-1)、カプラー(Opt-Link社製、φ200/230μm)、ファイバー分光器(Ocean Optics,Inc.社製HR2000)からなり、カプラーのファイバー先端にはSCコネクタを介して生細胞活性化機能測定センサー101を構成した光ファイバーを結合させたものを用いた。細胞応答の解析は、生細胞活性化機能測定センサー101から反射してカプラーを経由して得られる戻り光の吸収スペクトルの変化を分光器で測定し、光強度の最大吸収を示す光波長の変化を経時的にモニターすることにより行った。モニターにはOcean Optics,Inc.社製解析ソフトOOIBase32を用いた。
【0051】
図12〜14に試験結果を示す。図12は、RBL-2H3細胞をDNP-HSAで抗原刺激を行った場合、図13は抗原刺激の代わりに対照液を用いた対照試験の場合、図14はRBL-2H3細胞を固定していないセンサーを用いてDNP-HSAで抗原刺激をした比較試験の場合を示す。図12〜14において、横軸は試験の経過時間、縦軸は測定される光強度の最大吸収を示す波長を表す。図中の矢印は、DNP-HSA(図12、図14)および対照液(図13)の添加開始時を示す。
【0052】
図12によると、DNP-HSAの添加開始後、最大吸収を示す波長は次第に長波長側にシフトし、DNP-HSAの添加開始後600sec(経過時間800sec)以降では最大吸収を示す波長のシフトは顕著になることが分かる。一方、図13によると、抗原刺激を行わない対照試験の場合は、何ら有意な変化が見られないことが分かる。同様に図14によると、細胞を固定していない比較試験の場合でも、DNP-HSAの添加開始後も何ら有意な変化が見られないことが分かる。
【図面の簡単な説明】
【0053】
【図1】本発明に係る生細胞活性化機能測定センサーの構成を示す模式図である。
【図2】本発明に係る他の実施例の生細胞活性化機能測定センサーの模式図である。
【図3】実施例3〜5の試験に用いた生細胞の活性化機能を測定するセンサー部分の模式図である。
【図4】金板にシステアミン膜を形成してヒト末梢血好塩基球を固定化し、ヒト末梢血好塩基球の細胞機能を測定した試験結果を示すグラフである。
【図5】図4において、異なる人のヒト末梢血好塩基球を用いて試験した場合の試験結果を示すグラフである。
【図6】金板にシステアミン膜を形成してB細胞株を固定化し、PMAによる刺激を行った場合のB細胞株の細胞機能を測定した試験結果を示すグラフである。
【図7】金板にシステアミン膜を形成してB細胞株を固定化し、SPR装置上で灌流後回収したチップ上に残存するB細胞株の顕微鏡写真である。
【図8】図7においてシステアミンを使用せず同様の処理で作製したチップ上にB細胞株を固定化し、SPR装置上で灌流後回収したチップ上に残存するB細胞株の顕微鏡写真である。
【図9】金板にシスタミン膜を形成してヒト末梢血好塩基球を固定化し、ヒト末梢血好塩基球の細胞機能を測定した試験結果を示すグラフである。
【図10】図1に示す生細胞活性化機能測定センサーを用いてヒト好塩基球の活性化機能評価試験を行った場合で、ヒト好塩基球をダニ抗原で刺激したときの変化状態を示すグラフである。
【図11】図10の対照試験の場合のヒト好塩基球の変化状態を示すグラフである。
【図12】図2に示す生細胞活性化機能測定センサーを用いてRBL-2H3細胞の活性化機能評価試験を行った場合で、RBL-2H3細胞をDNP-HSAで刺激したときの変化状態を示すグラフである。
【図13】図12の抗原刺激の代わりに対照液を用いた対照試験の場合のRBL-2H3細胞の変化状態を示すグラフである。
【図14】図12のRBL-2H3細胞を固定していないセンサーを用いてDNP-HSAで抗原刺激をした比較試験の場合のRBL-2H3細胞の変化状態を示すグラフである。
【符号の説明】
【0054】
10 光ファイバー
11 光ファイバーコア
12 クラッド
13 金ナノ粒子
14 金膜
15 光反射材
17 測定チップ
18 プリズム
20 生細胞固定化材
100、101 生細胞活性化機能測定センサー

【特許請求の範囲】
【請求項1】
チオール基及びアミノ基をもつ有機化合物、または、ジスルフィド基及びアミノ基をもつ有機化合物からなる生細胞固定化材を介して生細胞を固相表面に固定化する生細胞固定化法。
【請求項2】
生細胞を生理環境下において固定化する請求項1に記載の生細胞固定化法。
【請求項3】
固相表面は、チオール基又はジスルフィド基と親和性のある金属表面であることを特徴とする請求項1又は2に記載の生細胞固定化法。
【請求項4】
固相表面は、金膜又は金ナノ粒子であることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の生細胞固定化法。
【請求項5】
有機化合物は、アミノアルカンチオール、その二分子が結合したジスルフィド型化合物であることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の生細胞固定化法。
【請求項6】
生細胞は、付着性細胞又は非付着性細胞であることを特徴とする請求項1〜5のいずれかに記載の生細胞固定化法。
【請求項7】
生細胞は、付着性細胞を培養器固相から脱離させた生細胞であることを特徴とする請求項1〜6のいずれかに記載の生細胞固定化法。
【請求項8】
端面に金ナノ粒子を付着させた光ファイバーと、該金ナノ粒子表面に固定されたアミノアルカンチオール又はその二分子が結合したジスルフィド型化合物からなる生細胞固定化材と、該生細胞固定化材に固定された生細胞と、を有してなる生細胞活性化機能測定センサー。
【請求項9】
先端部分に光ファイバーコアを露出させた光ファイバーの該光ファイバーコア露出部の端面に光反射材が設けられるとともに外周部分が金膜で覆われた光ファイバーと、該金膜表面に固定されたアミノアルカンチオール又はその二分子が結合したジスルフィド型化合物からなる生細胞固定化材と、該生細胞固定化材に固定された生細胞と、を有してなる生細胞活性化機能測定センサー。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【公開番号】特開2007−14327(P2007−14327A)
【公開日】平成19年1月25日(2007.1.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−155125(P2006−155125)
【出願日】平成18年6月2日(2006.6.2)
【出願人】(504136568)国立大学法人広島大学 (924)
【出願人】(000250100)湧永製薬株式会社 (51)
【Fターム(参考)】