説明

疎水性基結合ヌクレオシド、疎水性基結合ヌクレオシド溶液、及び疎水性基結合オリゴヌクレオチド合成方法

【課題】液相合成法による疎水性環境下でのオリゴヌクレオチドの合成に利用できる化合物であって、従来行われていた液相合成法における分離・回収操作を行うことに起因するオリゴヌクレオチドの合成反応全体の収率の低下の問題を解決可能な疎水性基結合ヌクレオシド、これを溶解した疎水性基結合ヌクレオシド溶液、及びこれを用いた疎水性基結合オリゴヌクレオチド合成方法を提供すること。
【解決手段】下記一般式(1)で示される疎水性基結合ヌクレオシド。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、疎水性基結合ヌクレオシド、及び疎水性基結合ヌクレオシド溶液、並びに簡易的に構築可能な疎水性環境下での液相合成法による疎水性基結合オリゴヌクレオチド合成方法に関する。
【背景技術】
【0002】
現在、オリゴヌクレオチドの合成は、一般には、ホスホロアミダイト法を用いた固相合成法により行われている(非特許文献1、2)。ここで、ホスホロアミダイト法を用いたオリゴヌクレオチドの合成は、オリゴヌクレオチドやヌクレオシドを溶解可能な親水性溶媒中で行われている。しかしながら、親水性溶媒中に存在する水により、ホスホロアミダイト法において用いられるヌクレオシドホスホロアミダイト化合物の、酸・アゾール複合体化合物による活性化が阻害される。このため、水存在下においても、速やかに反応を完結させ、且つ目的とするオリゴヌクレオチドの収率を高めるためには、大過剰のヌクレオシドホスホロアミダイト化合物と、テトラゾール系化合物と、を使用しなければならないという問題点がある(非特許文献2)。
【0003】
また、上記固相合成法は、容積が約1〜10ml程度の小さな反応容器を備えた専用の自動合成機を用いて行われる。反応容器内においては、固相担体の自由度がきわめて制限され、しかも合成反応の起こる場所が固相担体と反応溶液との界面に限定されてしまう。したがって、合成反応の効率を向上させ、目的とするオリゴヌクレオチドをより高い収率で合成するためには、固相担体に微細孔を形成する等、固相担体と反応溶液との界面の面積を増加させる必要がある。しかしながら、固相担体と反応溶液との界面の面積を増加させた場合であっても、オリゴヌクレオチド合成反応は、固相担体による立体障害の影響により円滑に進行しない可能性があり、しかも固相担体の強度も、微細孔の形成により低下してしまうという不都合がある。
【0004】
固相合成法においては、固相担体として広く一般的にCPG(Controled Pore Glass)が使用されている。しかしながら、CPGは、それ自身が親水性基を有しているため、いわゆる親水性環境下での化学反応に用いられるものであり、水の存在しない疎水性環境下でのオリゴヌクレオチドの合成には好適に用いることができないという欠点がある。
【0005】
また、固相担体としてポリスチレンを用いた固相合成法も開発されている。しかしながら、この固相合成法においては、反応容器内(カラム)においてポリスチレンが膨潤し、その結果、通液抵抗の増大による余分な試薬類、副反応物等の洗浄不良、あるいは反応容器の変形を誘発することがある等の問題点を有する。
【0006】
一方、オリゴヌクレオチド合成法の開発初期より、いわゆる液相合成法を用いたオリゴヌクレオチドの合成も試みられている。一般的な液相合成法は複数の反応工程からなるため、反応工程毎に生成物の分離及び回収操作が必要となる。したがって、液相合成法を用いたオリゴヌクレオチドの合成は、各反応工程における操作が煩雑であり、各反応工程における分離・回収操作での中間生成物の回収効率が許容範囲内ものであったとしても、オリゴヌクレオチド合成反応全体としてみた収率は、著しく低下してしまうという問題点を有する。このため、液相合成法は、例えば合成オリゴヌクレオチドの主な使用例である多種のPCR用プライマーを迅速に合成する手法としては適していない。また、液相合成法によるオリゴヌクレオチドの合成は、自動化あるいは機械化が困難であり、せいぜい3量体や4量体のオリゴヌクレオチドを数ミリグラム程度、手動で合成するに留まり、それ以上の重合度を有するオリゴヌクレオチドを大量且つ迅速に合成することはできないものである。
【0007】
液相合成法の一例として、ポリエチレングリコール(以下「PEG」という。)を結合させたPEG結合ヌクレオシドを使用したホスホロアミダイト法による合成方法がある(例えば、特許文献1)。PEG結合ヌクレオシドを使用したホスホロアミダイト法においては、PEG結合ヌクレオシドを構成するPEG分子自身が単分子ではないため、薄層クロマトグラフィーやMSスペクトルを用いて測定しても、カップリング反応の進行状況を確認することは困難である。このため、上記液相合成法においては、合成されたオリゴヌクレオチドの5’末端を保護するトリチル基を切断し、その発色を都度測定することが固相合成法と同様に行われている(非特許文献3)。上記PEG結合ヌクレオシドは、親水性化合物であり、液相合成法による親水性環境下でのオリゴヌクレオチドの合成にのみ利用できる化合物である。したがって、PEG結合ヌクレオシドを使用した合成方法は、極性溶媒を用いた親水性環境下で合成が行われ、合成段階において反応容器中の水分を含んでしまうという問題点を有する(非特許文献1)。なお、本件特許出願人は、本件発明に関連する文献公知発明が記載された刊行物として、以下の技術文献を開示する
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】S. L. Beaucage, D. E. Bergstorm, G. D. Glick, R. A. Jones; Current Protocols in Nucleic Acid Chemistry; John Wiley & Sons(2000)
【非特許文献2】関根光雄、齋藤烈編、「ゲノムケミストリー−人工核酸を活用する科学的アプローチ」、講談社サイエンティフィック(2003)
【非特許文献3】G. M. Bonora, G. Biancotto, M. Maffini, C. L. Scremin; Nucleic Acids Research; 1993, Vol.21, No.5, pp.1213−1217
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
以上のような状況に鑑み、本発明の課題は、液相合成法による疎水性環境下において、オリゴヌクレオチドの合成に利用できる疎水性基結合ヌクレオシドを提供することにある。また、本発明の課題は、簡易且つ容易にしかも高収率にて、疎水性基結合オリゴヌクレオチドを合成することが可能な合成方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者等は、上記課題を解決すべく鋭意研究した結果、保護基により保護されたヌクレオシドの有するリボース又はデオキシリボース残基の3位の水酸基に、所定の疎水性基(有機系単分子ナノキャリア)を導入することにより上記課題を解決できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0011】
本発明は、以下の技術的事項から構成される。即ち、本発明は以下のものを提供する。
【0012】
[1] 下記一般式(1)で示される疎水性基結合ヌクレオシド。
【化1】

[上記一般式(1)において、Rは炭素原子数1以上12以下の炭化水素鎖であり、Rは炭素原子数1以上22以下の2価の炭化水素鎖であり、R及びRは、それぞれ独立に、炭素原子数1以上22以下の炭化水素基、又はR及びRが互いに結合して形成される炭素原子数1以上22以下の2価の炭化水素鎖(ヘテロ原子を含んでいてもよい)であり、Rは炭素原子数0以上22以下の2価の炭化水素鎖であり、Rはそれぞれ独立に炭素原子数6以上30以下の炭化水素鎖であり、nは2以上6以下の整数であり、Xは水素原子、水酸基、又は保護基により保護された水酸基であり、Yは酸性条件下で脱保護可能な保護基であり、Zは、極性基が保護基により保護されていてもよい、アデニル基、グアニル基、シトシル基、チミニル基、若しくはウラシル基、又はこれらの誘導体である。]
【0013】
[1]に記載の疎水性基結合ヌクレオシドにおいては、5単糖残基の3位の炭素原子に結合する酸素原子を介して、疎水性基である有機系単分子ナノキャリアが結合することにより、両親媒性となっている。このため、疎水性基結合ヌクレオシドは、非極性溶媒に容易に溶解可能であり、水の存在しない疎水性環境下におけるオリゴヌクレオチド合成反応にも容易に適用することができる。
【0014】
更に、上記疎水性基は、ベンゼン環上に炭素原子数6以上30以下の炭化水素鎖が、酸素原子を介して2以上6以下結合した基を有する。上記疎水性基にこのような芳香族基が結合していることにより、溶液組成及び/又は溶液温度の変化に伴い、上記疎水性基結合ヌクレオシド及びこれを用いて合成される疎水性基結合オリゴヌクレオチドを晶析させることができ、液相合成法によるオリゴヌクレオチド合成反応においても、中間生成物や最終生成物を高収率で分離・回収することができる。
【0015】
更に、上記疎水性基は、2つのカルボニル基を有する炭化水素鎖部分、2つの3級アミノ基を有する炭化水素鎖部分、及びカルボニル基を有する芳香族基部分からなるものである。上記疎水性基がこのような構成を有することにより、ヌクレオシドと、2つのカルボキシル基を有する炭化水素化合物と、2つの2級アミノ基を有する炭化水素化合物と、カルボキシル基を有する芳香族化合物と、を適切な手法により結合させることにより、上記疎水性基を有する疎水性基結合ヌクレオシドを容易に合成することができる。
【0016】
[2] 上記一般式(1)において、nが3であり、Rが炭素原子数6から30のアルキル基であって、Rに対して3位、4位、及び5位に炭素原子数6から30のアルコキシ基が結合する[1]に記載の疎水性基結合ヌクレオシド。
【0017】
[3] Rが炭素原子数1以上22以下のアルキレン鎖であり、R及びRが互いに結合して炭素原子数1以上22以下のアルキレン鎖を形成する[1]又は[2]に記載の疎水性基結合ヌクレオシド。
【0018】
[4] R及びRがエチレン鎖であり、R及びRが互いに結合してエチレン鎖を形成し、Rが単結合である[1]から[3]のいずれかに記載の疎水性基結合ヌクレオシド。
【0019】
[5] Yで示される酸性条件下で脱保護可能な保護基がジメトキシトリチル基である[1]から[4]のいずれかに記載の疎水性基結合ヌクレオシド。
【0020】
[2]から[5]に記載の疎水性基結合ヌクレオシドは、[1]に記載の疎水性基結合ヌクレオシドをより好ましい態様に限定したものである。したがって、[2]から[5]に記載の疎水性基結合ヌクレオシドによれば、[1]に記載の疎水性基結合ヌクレオシドと同等の効果を得ることができる。
【0021】
[6] [1]から[5]のいずれかに記載の疎水性基結合ヌクレオシドを非極性溶媒に溶解させた疎水性基結合ヌクレオシド溶液。
【0022】
[6]に記載の疎水性基結合ヌクレオシド溶液は、[1]から[5]に記載の疎水性基結合ヌクレオシドを非極性溶媒中に溶解させたものである。上記疎水性基結合ヌクレオシドは、上記所定の疎水性基(有機系単分子ナノキャリア)を有するので、非極性溶媒中においても均一に溶解することができる。即ち、上記疎水性基結合ヌクレオシド溶液は、従来公知のヌクレオシド誘導体を非極性溶媒に溶解させたヌクレオシド溶液と比べても、より均一に溶解された溶液となるとともに、疎水性環境下におけるオリゴヌクレオチド合成方法にも好適に用いることができる。
【0023】
[7] 前記非極性溶媒が、ジクロロメタン、ジクロロエタン、クロロホルム、テトラヒドロフラン、ベンゼン、トルエン、ヘキサン、シクロヘキサン、及び酢酸エチルからなる群から選ばれる少なくとも一種である[6]に記載の疎水性基結合ヌクレオシド溶液。
【0024】
[6]に記載の疎水性基結合ヌクレオシド溶液において、非極性溶媒を[7]に記載の非極性溶媒に限定することにより、疎水性基結合ヌクレオシド溶液中における疎水性基結合ヌクレオシドの溶解度が向上し、且つ、より疎水性が強い疎水性環境を構築することができる。
【0025】
[8] 非極性溶媒中において、[1]から[5]のいずれかに記載の疎水性基結合ヌクレオシド又は前記疎水性基結合ヌクレオシドが有する5単糖残基の5位の炭素原子に結合する基にヌクレオシドホスホロアミダイト化合物が結合した化合物と、酸・アゾール複合体化合物により活性化されたヌクレオシドホスホロアミダイト化合物と、を液相合成法により結合させる反応を複数回行う段階を含み、前記疎水性基結合ヌクレオシド又はこれに結合したヌクレオシド残基の有する5単糖残基の5位の炭素原子と、その5’末端側に隣接するヌクレオシド残基の有する5単糖残基の3位の炭素原子とが、リン酸基を介して連続的に結合した構造を有する疎水性基結合オリゴヌクレオチドを合成する工程と、疎水性基結合オリゴヌクレオチドに結合した保護基を脱保護する工程と、溶液温度及び/又は溶液組成を変化させることにより、疎水性基結合オリゴヌクレオチドを分離する工程と、を有する疎水性基結合オリゴヌクレオチド合成方法。
【0026】
[8]に記載の発明によれば、本発明の疎水性基結合ヌクレオシドを用いて、液相合成法により疎水性基結合オリゴヌクレオチドを合成する反応を行う。上記疎水性基結合ヌクレオシドは、非極性溶媒に容易に溶解可能であるため、疎水性基結合オリゴヌクレオチド合成反応を水が存在しない条件下で容易に行うことができる。このため、疎水性基結合オリゴヌクレオチドの合成の際に用いられるヌクレオシドホスホロアミダイト化合物の、酸・アゾール複合体化合物による活性化が阻害されない。したがって、オリゴヌクレオチド合成量を向上させるために、大過剰のヌクレオシドホスホロアミダイト化合物と、酸・アゾール複合体化合物と、を用いる必要がなく、疎水性基結合オリゴヌクレオチドの合成反応を、高収率にて行うことができる。
【0027】
更に、[8]に記載の発明において用いられる、本発明の疎水性基結合ヌクレオシドは、溶液温度及び/溶液組成の変化により晶析するため、液相合成法によるオリゴヌクレオチド合成反応においても、溶液温度及び/又は溶液組成を変化させることにより、中間生成物や最終生成物を高収率にて分離・回収することができる。
【0028】
[9] 10量体以上の疎水性基結合オリゴヌクレオチドを97%以上のカップリング収率で合成する[8]に記載のオリゴヌクレオチド合成方法。
【0029】
[10] オリゴヌクレオチド合成プラントにおいて行われる[8]又は[9]に記載の疎水性基結合オリゴヌクレオチド合成方法。
【0030】
[9]に記載の発明においては、本発明の疎水性基結合オリゴヌクレオチド合成方法の結果得られるオリゴヌクレオチドの重合状態及び、疎水性基結合オリゴヌクレオチド合成方法の収率を規定したものである。本発明の疎水性基結合オリゴヌクレオチド合成方法は、上述したような効果を有するため、多量体のオリゴヌクレオチドを高収率にて合成・回収することが難しい液相合成法においても、97%以上の高い収率で、疎水性基結合オリゴヌクレオチドを合成することができる。
【0031】
また、本発明の疎水性基結合ヌクレオシドを用いて合成される疎水性基結合オリゴヌクレオチドは、カルボニル基を有する芳香族基を有しているので、溶液温度及び/又は溶液組成を変化させることにより晶析する。このため、液相合成法によるオリゴヌクレオチド合成反応においても、溶液温度及び/又は溶液組成を変化させることにより、中間生成物や最終生成物を、簡易且つ容易にしかも高収率にて分離・回収することができる。したがって、本発明の疎水性基結合オリゴヌクレオチド合成方法を、合成プラント等において大容量の溶液中で行う場合であっても、簡易且つ容易にしかも高収率にて、疎水性基結合オリゴヌクレオチドを合成することができる。
【発明の効果】
【0032】
本発明の疎水性基結合ヌクレオシドにおいては、5単糖残基の3位の炭素原子に結合する酸素原子を介して、疎水性を有する基が結合している。このため、上記疎水性基結合ヌクレオシドは、非極性溶媒に容易に溶解可能であり、水の存在しない疎水性環境下におけるオリゴヌクレオチド合成反応にも容易に適用することができる。
【0033】
更に、上記疎水性基は、ベンゼン環上に炭素原子数6以上30以下の炭化水素鎖が、酸素原子を介して2以上6以下結合している。上記疎水性基にこのような芳香族基が結合していることにより、溶液組成及び/又は溶液温度の変化に伴い、上記疎水性基結合ヌクレオシド及びこれを用いて合成される疎水性基結合オリゴヌクレオチドを、晶析させることができ、液相合成法によるオリゴヌクレオチド合成反応においても、中間生成物や最終生成物を高収率にて分離・回収することができる。
【発明を実施するための形態】
【0034】
以下、本発明の実施形態について詳細に説明する。
【0035】
<疎水性基結合ヌクレオシド>
本発明の疎水性基結合ヌクレオシドは、下記一般式(1)で示される化合物である。
【化2】

[上記一般式(1)において、Rは炭素原子数1以上12以下の炭化水素鎖であり、Rは炭素原子数1以上22以下の2価の炭化水素鎖であり、R及びRは、それぞれ独立に、炭素原子数1以上22以下の炭化水素基、又はR及びRが互いに結合して形成される炭素原子数1以上22以下の2価の炭化水素鎖(ヘテロ原子を含んでいてもよい)であり、Rは炭素原子数0以上22以下の2価の炭化水素鎖であり、Rはそれぞれ独立に炭素原子数6以上30以下の炭化水素鎖であり、nは2以上6以下の整数であり、Xは水素原子、水酸基、又は保護基により保護された水酸基であり、Yは酸性条件下で脱保護可能な保護基であり、Zは、極性基が保護基により保護されていてもよい、アデニル基、グアニル基、シトシル基、チミニル基、若しくはウラシル基、又はこれらの誘導体である。]
【0036】
[RからRで表される炭化水素基又は炭化水素鎖]
ここで、本発明の疎水性基結合ヌクレオシドにおいて、R、R、及びRで表される炭化水素鎖、並びにR及びRが互いに結合して形成される炭化水素鎖は、それぞれ独立に、飽和炭化水素鎖であっても、不飽和炭化水素鎖であってもよく、直鎖炭化水素鎖であっても、分岐鎖炭化水素鎖であってもよい。しかしながら、各炭化水素鎖は、それぞれ独立に、飽和炭化水素鎖であることが好ましく、直鎖飽和炭化水素鎖であることが更に好ましい
【0037】
同様に、本発明の疎水性基結合ヌクレオシドにおいて、R、R、及びRで表される炭化水素基は、それぞれ独立に、飽和炭化水素基であっても、不飽和炭化水素基であってもよく、直鎖炭化水素基であっても、分岐鎖炭化水素基であってもよい。しかしながら、各炭化水素基は、それぞれ独立に、飽和炭化水素基であることが好ましく、直鎖飽和炭化水素基であることが更に好ましい。
【0038】
で表される炭化水素鎖の炭素原子数は、1以上22以下であり、1以上6以下であることが好ましい。Rとしては、具体的には、メチレン鎖、エチレン鎖、プロピレン鎖、イソプロピレン鎖、ブチレン鎖、ペンチレン鎖、ヘキシレン鎖等を挙げることができる。これらの中でも、メチレン鎖、エチレン鎖、及びヘキシレン鎖が好ましく、エチレン鎖であることが更に好ましい。
【0039】
特に、Rで表される炭化水素鎖として、エチレン鎖を採用する場合、Rで表される炭化水素鎖の両端に二価のカルボキシル基が結合した化合物は、コハク酸となる。コハク酸は安価で、且つ大量に入手することができるので、Rで表される炭化水素鎖として、エチレン鎖を採用することにより、低コストで本発明の疎水性基結合ヌクレオシドを合成することができる。
【0040】
本発明の疎水性基結合ヌクレオシドにおいて、Rは炭素原子数1以上22以下の2価の炭化水素鎖であり、炭素原子数2以上22以下の2価のアルキレン鎖であることが好ましい。このような2価の炭化水素鎖としては、具体的には、メチレン鎖、エチレン鎖、プロピレン鎖、イソプロピレン鎖、ブチレン鎖、ペンチレン鎖、ヘキシレン鎖等を挙げることができる。これらの中でも、後述するR及びRが、互いに結合して2価の炭化水素鎖を形成する場合に、R、R及びRが互いに結合して形成される炭化水素鎖、並びに窒素原子を含む環が構造的に安定して存在するために、Rがエチレン鎖であることが好ましい。
【0041】
また、本発明の疎水性基結合ヌクレオシドにおいて、R及びRは、それぞれ独立に、炭素原子数1以上22以下の炭化水素基、又はR及びRが互いに結合して形成される炭素原子数1以上22以下の2価の炭化水素鎖である。この炭化水素鎖は、ヘテロ原子(N、O、S、P、Si)を含んでいてもよい。R及びRが、上記条件を充足することにより、R及びRが結合する窒素原子により形成されるアミノ基が3級アミノ基となるため、本発明の疎水性基結合ヌクレオシドの疎水性を向上させることができる。
【0042】
及びRが、それぞれ独立に炭化水素基となる場合、当該炭化水素基の炭素原子数は、1以上22以下であることが好ましい。R及びRとしては、具体的には、メチル基、エチル基、プロピル基、イソプロピル基、ブチル基、ペンチル基、ヘキシル基等を挙げることができる。また、R及びRが互いに結合して、2価の炭化水素鎖を形成する場合には、当該炭化水素鎖の炭素原子数は、2以上22以下であることが好ましい。
【0043】
ここで、特にR及びRは、互いに結合して炭素原子数1以上22以下の2価の炭化水素鎖を形成することが好ましい。このような場合、上述したR、及び2つの窒素原子とともに形成される環状構造を有する2価の基を形成することとなる。このような2価の基としては、ホモピペラジニル基、ピペラジニル基、cis−2,6−ジメチルピペラジニル基、trans−2,5−ジメチルピペラジニル基、2−メチルピペラジニル基等を挙げることができる。これらの中でも、cis−2,6−ジメチルピペラジニル基、ピペラジニル基、及びtrans−2,5−ジメチルピペラジニル基が好ましく、ピペラジニル基が特に好ましい。
【0044】
本発明の疎水性基結合ヌクレオシドにおいて、Rは炭素原子数0以上22以下の2価の炭化水素鎖である。このような2価の炭化水素鎖としては、具体的には、炭素原子数0の単結合のほか、メチレン鎖、エチレン鎖、プロピレン鎖、イソプロピレン鎖、ブチレン鎖、ペンチレン鎖、ヘキシレン鎖等を挙げることができる。これらの中でも、合成の容易性の観点から、単結合、メチレン鎖、エチレン鎖、及びヘキセン鎖が好ましく、単結合が更に好ましい。
【0045】
上述のとおり、上記一般式(1)で表される化合物において、Rはそれぞれ独立に炭素原子数6以上30以下の炭化水素鎖であり、nは2以上6以下の整数である。ここで、nは3以上6以下であることが好ましく、3であることが更に好ましい。また、Rは炭素原子数18以上30以下のアルキル基であることが好ましく、炭素原子数18のアルキル基(オクタデシルオキシ基)であることが更に好ましい。炭素原子数6から30の炭化水素基であるRの置換位置は、Rに対して3位、4位、及び5位であることが好ましい。
【0046】
nの値を上記範囲内で調整することにより、本発明の疎水性基結合ヌクレオシドの、非極性溶媒に対する溶解能を調整することができる。また、Rが炭素原子数6から30のアルキル基であることにより、本発明の疎水性基結合ヌクレオシドの合成が容易となるばかりでなく、溶解度・分離能の向上という効果を得ることができる。
【0047】
ここで、RからRで表される炭化水素基又は炭化水素鎖の組み合わせとしては、下記一般式(2)のように、R及びRとしてエチレン鎖、R及びRとして、これらが互いに結合して形成されたエチレン鎖、Rとして単結合である組み合わせが好ましい。また、上述のとおり、Rは炭素原子数18から30のアルキル基(以下、R6’と示す)であることが更に好ましい。
【化3】

[上記一般式(2)において、R6’はそれぞれ独立に炭素原子数18以上30以下のアルキル基である。]
【0048】
特に、上記一般式(2)で示される化合物の中でも、R6’が炭素原子数18のアルキル基(オクタデシルオキシ基)であることが好ましい。
【0049】
[X、Y、又はZで表される基]
本発明の疎水性基結合ヌクレオシドにおいて、Xは水素原子、水酸基、又は保護基により保護された水酸基である。ここで、Xが水素原子の場合、本発明の疎水性基結合ヌクレオシドに含まれる5単糖残基は、デオキシリボース残基となる。このため、Xが水素原子の場合、本発明の疎水性基結合ヌクレオシドは、疎水性基結合デオキシリボヌクレオシドとなり、疎水性基結合オリゴデオキシリボヌクレオチドの合成に用いることができる。同様に、Xが水酸基又は保護基により保護された水酸基の場合、本発明の疎水性基結合ヌクレオシドに含まれる5単糖残基は、2位の水酸基が保護されていてもよいリボース残基となる。このため、Xが水酸基又は保護基により保護された水酸基の場合、本発明の疎水性基結合ヌクレオシドは、リボース残基の2位の水酸基が保護されていてもよい疎水性基結合リボヌクレオシドとなり、リボース残基の2位の水酸基が保護されていてもよい疎水性基結合オリゴリボヌクレオチドの合成に用いることができる。
【0050】
リボース残基の2位の水酸基を保護していてもよい保護基としては、水酸基の保護基として用いることができる任意の保護基を挙げることができる。具体的には、メチル基、ベンジル基、p−メトキシベンジル基、tert−ブチル基、メトキシメチル基、2−テトラヒドロピラニル基、エトキシエチル基、アセチル基、ヒバロイル基、ベンゾイル基、トリメチルシリル基、トリエチルシリル基、tert−ブチルジメチルシリル基、[(トリイソプロピルシリル)オキシ]メチル(Tom)基、1−(4−クロロフェニル)−4−エトキシピペリジン−4−イル(Cpep)基等を挙げることができる。これらの中でも、トリメチルシリル基、トリエチルシリル基、[(トリイソプロピルシリル)オキシ]メチル(Tom)基、及びtert−ブチルジメチルシリル基であることが好ましく、経済性及び入手の容易さの観点から、tert−ブチルジメチルシリル基であることが特に好ましい。
【0051】
本発明の疎水性基結合ヌクレオシドにおいて、Yは酸性条件下で脱保護可能な保護基である。Yが酸性条件下で脱保護可能な保護基であることにより、疎水性基結合ヌクレオシドに、酸・アゾール複合体化合物により活性化されたヌクレオシドホスホロアミダイト化合物を結合させるにあたって、疎水性基結合ヌクレオシドを酸性条件下におくことにより、容易にYを脱保護することができる。
【0052】
Yとして用いることができる保護基としては、酸性条件下で脱保護可能であり、水酸基の保護基として用いられるものであれば、特に限定はされないが、メチル基、tert−ブチル基、メトキシメチル基、2−テトラヒドロピラニル基、エトキシエチル基、トリメチルシリル基、トリエチルシリル基、tert−ブチルジメチルシリル基、トリイソプロピルシリル基、1,1−ビス(4−メトシキフェニル)−1−フェニルメチル基等のジメトキシトリチル基、1−(4−メトキシフェニル)−1,1−ジフェニルメチル基等のモノメトキシトリチル基等を挙げることができる。これらの中でも、脱保護のしやすさ、入手の容易さの観点から、ジメトキシトリチル基であることが好ましい。
【0053】
Zは、極性基が保護基により保護されていてもよい、アデニル基、グアニル基、シトシル基、チミニル基、若しくはウラシル基、又はこれらの誘導体である。即ち、Zとしては、従来DNA及びRNAの塩基として知られている任意の塩基、並びにこれらの誘導体であって、塩基の極性基が任意に保護されたものを使用することができる。誘導体としては、8−ブロモアデニル基、8−ブロモグアニル基、5−ブロモシトシル基、5−ヨードシトシル基、5−ブロモウラシル基、5−ヨードウラシル基、5−フルオロウラシル基、5−メチルシトシル基、8−オキソグアニル基、ヒポキサンチニル基等を挙げることができる。
【0054】
Z中、塩基の極性基に結合する保護基としては、特に限定されないが、一般には、1級アミノ基、及びカルボニル基の保護基として使用できる基を挙げることができる。1級アミノ基の保護基としては、ピバロイル基、トリフルオロアセチル基、フェノキシアセチル基、4−イソプロピルフェノキシアセチル基、アセチル基、ベンゾイル基、イソブチリル基、ジメチルホルムアミジニル基等を挙げることができる。これらの中でも、フェノキシアセチル基、4−イソプロピルフェノキシアセチル基、アセチル基、ベンゾイル基、イソブチリル基、及びジメチルホルムアミジニル基が好ましい。また、カルボニル基を保護する場合は、メタノール、エチレングリコール、及び1,3−プロパンジオール等をカルボニル基に反応させて、アセタールを形成させることができる。ここで、カルボニル基の保護基については、特に導入しなくてもよい場合がある。
【0055】
<疎水性基結合ヌクレオシド溶液>
本発明の疎水性基結合ヌクレオシド溶液は、本発明の疎水性基結合ヌクレオシドを非極性溶媒に溶解させたものである。ここで、非極性溶媒としては、ジクロロメタン、ジクロロエタン、クロロホルム、テトラヒドロフラン、ベンゼン、トルエン、ヘキサン、シクロヘキサン、及び酢酸エチルからなる群から選ばれる少なくとも一種であることが好ましく、ジクロロメタンであることが更に好ましい。非極性溶媒を上記溶媒とすることにより、疎水性基結合ヌクレオシド溶液中における疎水性基結合ヌクレオシドの溶解度が向上し、且つより疎水性が強い疎水性環境を構築することができる。
【0056】
本発明の疎水性基結合ヌクレオシドは、所定の疎水性基を有するので、非極性溶媒中においても均一に溶解することができる。即ち、本発明の疎水性基結合ヌクレオシド溶液は、従来公知のヌクレオシド誘導体を非極性溶媒に溶解させたヌクレオシド溶液と比べても、より均一に溶解された溶液となるとともに、疎水性環境下におけるオリゴヌクレオシド合成方法にも好適に用いることができる。
【0057】
<疎水性基結合オリゴヌクレオチド合成方法>
本発明の疎水性基結合オリゴヌクレオチド合成方法においては、非極性溶媒中において、本発明の疎水性基結合ヌクレオシド又は前記疎水性基結合ヌクレオシドが有する5単糖残基の5位の炭素原子に結合する基にヌクレオシドホスホロアミダイト化合物が結合した化合物と、酸・アゾール複合体化合物により活性化されたヌクレオシドホスホロアミダイト化合物と、を液相合成法により結合させる反応を複数回行う段階(以下、「段階A」ともいう)を含み、前記疎水性基結合ヌクレオシド又はこれに結合したヌクレオシド残基の有する5単糖残基の5位の炭素原子と、その5’末端側に隣接するヌクレオシド残基の有する5単糖残基の3位の炭素原子とが、リン酸基を介して連続的に結合した構造を有する疎水性基結合オリゴヌクレオチドを合成する工程(以下、「工程A」ともいう)と、疎水性基結合オリゴヌクレオチドに結合した保護基を脱保護する工程(以下、「工程B」ともいう)と、溶液温度及び/又は溶液組成を変化させることにより、疎水性基結合オリゴヌクレオチドを分離する工程(以下、「工程C」ともいう)と、を有するものである。
【0058】
以下、斯かる疎水性基結合オリゴヌクレオチド合成方法の具体例について説明する。
【0059】
[工程A]
(段階A)
段階Aにおいては、まず、本発明の疎水性基結合ヌクレオシドにおける保護基であるYを、酸性溶液を用いて脱保護させ、その後、還元剤を添加することで脱保護反応を停止させる。ここで、酸性溶液に用いられる酸としては、トリクロロ酢酸、ジクロロ酢酸、モノクロロ酢酸、トリフルオロ酢酸等を挙げることができる。これらの中でもジクロロ酢酸が好ましい。また、遊離保護基の捕捉剤としては、メタノール、トリエチルシラン、トリイソプロピルシラン、アニソール、チオアニソール、エタンジチオール等を挙げることができるが、メタノール及びトリエチルシランであることが好ましい。保護基であるYを脱保護した場合、下記一般式(1−1)で示される化合物が得られるが、この化合物については、後述する「分離段階」により晶析させて分離・回収することができる。
【化4】

[上記一般式(1−1)において、ZはZで表される基の一例である。]
【0060】
次いで、上記一般式(1−1)で示される化合物を、上述の非極性溶媒に溶解させ、この溶液に酸・アゾール複合体化合物により活性化されたヌクレオシドホスホロアミダイト化合物を添加する。一般式(1−1)で示される化合物に、酸・アゾール複合体化合物で活性化されたヌクレシドホスホロアミダイト化合物を添加することにより、一般式(1−1)で示される化合物と、ホスホロアミダイト化合物のカップリング反応が生起し、下記一般式(1−2)で示される化合物が得られる。ここで、酸・アゾール複合体化合物としては、5−ベンジルメルカプト−1H−テトラゾール、5−エチルチオ−1Hテトラゾール、4,5−ジシアノイミダゾール、1Hテトラゾール、ベンズイミダゾリウムトリフラート、N−フェニルベンズイミダゾリウムトリフラート等を挙げることができる。
【化5】

[上記一般式(1−2)において、ZはZで表される基の一例であり、Z及びZは、同一であっても異なっていてもよい。]
【0061】
また、ヌクレオシドホスホロアミダイト化合物としては、目的とする疎水性基結合オリゴヌクレオチドの特性に応じて、適宜選択することができ、必要に応じて5単糖残基の2位の水酸基及び5位の水酸基が保護されたリボヌクレオシドホスホロアミダイト化合物及びデオキシリボヌクレシドホスホロアミダイト化合物のいずれをも用いることができ、塩基として、必要に応じて極性基に保護基が結合した、アデニル基、グアニル基、シトシル基、チミニル基、ウラシル基、8−ブロモアデニル基、8−ブロモグアニル基、5−ブロモシトシル基、5−ヨードシトシル基、5−ブロモウラシル基、5−ヨードウラシル基、5−フルオロウラシル基、5−メチルシトシル基、8−オキソグアニル基、ヒポキサンチニル基等を有するものを用いることができる。
【0062】
ヌクレオシドホスホロアミダイト化合物において、5単糖残基の2位の水酸基及び5位の水酸基、並びに塩基の極性基の保護基としては、疎水性基結合ヌクレオシド化合物において対応する基の保護基と同様のものを用いることができる。
【0063】
なお、上記一般式(1−1)で示される化合物と同様、上記一般式(1−2)で示される化合物についても、後述する「分離段階」により晶析させて分離・回収することができる。
【0064】
次いで、上記一般式(1−2)で示される化合物を、上述の非極性溶媒に溶解させ、酸化剤を加えて、酸化反応を生起させることにより、下記一般式(1−3)で示される化合物を得る。酸化剤としてはヨウ素/水/ピリジン混合物、tert−ブチルペルオキシド/トルエン溶液、2−ブタノンペルオキシド/塩化メチレン溶液等を挙げることができる。具体的な反応手法としては、上記一般式(1−2)で示される化合物をジクロロメタン等に溶解させた溶液に、ヨウ素/水/テトラヒドロフラン/ピリジンの混合溶液を添加する手法を挙げることができる。
【化6】

【0065】
なお、上記一般式(1−1)で示される化合物と同様、上記一般式(1−3)で示される化合物についても、後述する「分離段階」により晶析させて分離・回収することができる。
【0066】
上記一般式(1−1)から(1−3)で示される化合物の生成反応を繰り返すことにより、疎水性基結合ヌクレオシド又はこれに結合したヌクレオシド残基の有する5単糖残基の5位の炭素原子と、その5’末端側に隣接するヌクレオシド残基の有する5単糖残基の3位の炭素原子とが、リン酸基を介して連続的に結合した構造を有する疎水性基結合オリゴヌクレオチドを合成することができる。
【0067】
(分離段階)
工程Aは、任意の化学反応の後に、分離段階を有していてもよい。分離段階としては、溶液温度及び/又は溶液組成を変化させる手法を用いる段階を挙げることができる。特に、本発明の疎水性基結合オリゴヌクレオチド合成方法においては、上記一般式(1)で示される疎水性基結合ヌクレオシドを用いるので、溶液温度及び/又は溶液温度を変化させる手法を用いる段階により、疎水性基結合オリゴヌクレオチド合成反応の中間生成物を容易に分離・回収することができる。
【0068】
(溶液温度を変化させる手法)
溶液温度を変化させる手法としては、特に制限されるものではないが、例えば、反応溶液を冷却する手段を挙げることができる。例えば、疎水性基結合オリゴヌクレオチド合成方法の中間生成物を溶解している溶媒としてジクロロメタン/メタノール混合溶液、あるいはジクロロメタン/アセトニトリル混合溶液を用いた場合には、0℃以下に冷却することにより、当該中間生成物を晶析させることが可能となる。
【0069】
(溶液組成を変化させる手法)
溶液組成を変化させる手法としては、特に制限されるものではないが、例えば、非極性溶媒中に疎水性基結合オリゴヌクレオチド合成方法の中間生成物を溶解した溶液に、上記非極性溶媒への親和性の高い溶媒を、更に添加する手法を挙げることができる。この場合、反応溶液が相分離することなく一相のみで維持される。
【0070】
上記非極性溶媒に親和性の高い溶媒としては、非極性溶媒として用いられた溶媒と同一の溶媒でも、異なった溶媒であってもよいが、例えば、非極性溶媒として、ジクロロメタン、テトラヒドロフラン等を用いた場合には、アセトニトリル、ジメチルホルムアミド、メタノール等を用いることができる。
【0071】
また、溶液組成を変化させる別の好ましい手法としては、例えば、非極性溶媒中に疎水性基結合オリゴヌクレオチド合成方法の中間生成物を溶解した溶液を濃縮する公知の手法を挙げることができる。
【0072】
これら分離段階としては、具体的には、ジクロロメタン中に疎水性基結合オリゴヌクレオチド合成方法の中間生成物を溶解した溶液に、アセトニトリルを添加し、溶媒を揮発させて濃縮し、冷却させて、晶析したジクロロメタン中に疎水性基結合オリゴヌクレオチド合成方法の中間生成物を吸引濾過等の手法を用いて分離する段階を例示することができる。
【0073】
また、ジクロロメタン中に疎水性基結合オリゴヌクレオチド合成方法の中間生成物を溶解した溶液に、メタノールを添加し、溶媒を揮発させて濃縮し、遠心分離することで疎水性基結合オリゴヌクレオチドを分離する段階を例示できる。
【0074】
[工程B]
工程Bにおいては、疎水性基結合オリゴヌクレオチドに結合した保護基を脱保護する。保護基の脱保護については、疎水性基結合オリゴヌクレオチドに結合した保護基の種類・性質に応じて、当業者に周知の手法を適宜用いることができる。
【0075】
例えば、5単糖残基の2位の水酸基の保護基として、tert−ブチルジメチルシリル基を用いる場合、N−メチルピロリドン/トリエチルアミン・3HF/トリエチルアミン混合溶液にて60℃で90分間処理する条件で反応を行うことによって脱保護することができる。また、塩基の有する極性基の保護基として、フェノキシアセチル基、4−イソプロピルフェノキシアセチル基、アセチル基、ベンゾイル基、及びイソブチリル基を用いる場合、アンモニア:エタノール=3:1溶液にて、80℃で90分間処理する条件で反応を行うことによって脱保護することができる。なお、5単糖残基の5位の水酸基の保護基の脱保護反応については、工程Aに記載の手法と同様の手法を用いればよい。
【0076】
[工程C]
工程Cにおいては、溶液温度及び/又は溶液組成を変化させることにより、疎水性基結合オリゴヌクレオチドを分離する。ここで、工程Cにおいて、溶液温度及び/又は溶液組成を変化させる手法としては、上記工程Aにおける分離段階と同様の条件で行うことができる。
【0077】
[重合状態、反応収率等]
本発明の疎水性基結合オリゴヌクレオチド合成方法に用いられる、疎水性基結合ヌクレオシドは、所定の疎水性基を有するため、非極性溶媒中、水の存在しない疎水性環境下でオリゴヌクレオチドの合成反応を行うことができる。このため、疎水性基結合オリゴヌクレオチドの合成の際に用いられるヌクレオシドホスホロアミダイト化合物の、酸・アゾール複合体化合物による活性化が阻害されない。したがって、疎水性基結合オリゴヌクレオチドの合成反応の収率を向上させることができる。
【0078】
これにより、特に10量体以上のオリゴヌクレオチドのように、従来、液相合成法での合成が困難であったオリゴヌクレオチドであっても、97%以上の収率で合成することができる。
【0079】
また、本発明の疎水性基結合オリゴヌクレオチド合成方法に用いられる、疎水性基結合ヌクレオシドは、溶液温度及び/又は溶液組成を変化させることにより晶析する性質を有する。このため、液相合成法によるオリゴヌクレオチド合成反応においても、溶液温度及び/又は溶液組成を変化させることにより、中間生成物や最終生成物を、簡易且つ容易にしかも高収率にて分離・回収することができる。したがって、本発明の疎水性基結合オリゴヌクレオチド合成方法を、合成プラント等において大容量の溶液中で行う場合であっても、簡易且つ容易にしかも高収率にて、疎水性基結合オリゴヌクレオチドを合成することができる。
【実施例】
【0080】
以下、本発明の実施例について、詳細に説明する。なお、本発明は以下に示す実施例に何ら限定されるものではない。
【0081】
<合成例1;疎水性基結合ヌクレオシドの合成>
3,4,5−トリス(オクタデシロキシ)フェニル酢酸927.6mg(1mmol)に、4−ブトキシカルボニルピペラジン558.8mg(3mmol)、1−ヒドロキシベンゾトリアゾール(HOBt)405.4mg(3mmol)、2−(1H−1−ベンゾトリアゾリル)−1,1,3,3−テトラメチルウロニウムヘキサフルオロリン酸(HBTU)1.1378g(1mmol)、N,N−ジイソプロピルエチルアミン(DIEA)を523μl(3mmol)を加え、3,4,5−トリス(オクタデシロキシ)フェニル酢酸−4−ブトキシカルボニルピペラジンを合成した。これに4N塩酸を作用させて、3,4,5−トリス(オクタデシロキシ)フェニル酢酸ピペラジン塩酸塩を合成した。
【0082】
チミニル基の5位の水酸基がジメトキシトリチル基により保護された5’−O−(1,1−ビス(4−メトシキフェニル)−1−フェニルメチル)チミジン5.08gを適当量のジクロロメタンに溶解し、無水コハク酸1.52g、トリエチルアミン10mlを加えて撹拌した。薄層クロマトグラフィーにて反応の完結を確認した後、0.2Mトリエチルアミンリン酸塩水溶液とともに分液漏斗に移して有機層を回収し、エバポレーターで濃縮・乾燥させて、チミニル基の5位の水酸基がジメトキシトリチル基により保護された3’−O−スクシニル−5’−O−(1,1−ビス(4−メトシキフェニル)−1−フェニルメチル)チミジンを得た。
【0083】
3,4,5−トリス(オクタデシロキシ)フェニル酢酸ピペラジン塩酸塩500mgを、ジクロロメタン50mlに溶解し、チミニル基の5位水酸基がジメトキシトリチル基により保護された3’−スクシニル−5’−O−(1,1−ビス(4−メトシキフェニル)−1−フェニルメチル)チミジンを644mg、2−(1H−1−ベンゾトリアゾリル)1,1,3,3−テトラメチルウロニウムヘキサフルオロリン酸(HBTU)1137mg、ジイソプロピルエチルアミン510μlを加えて撹拌し、薄層クロマトグラフィーにて反応の完結を確認した後、エバポレーターで濃縮し、吸引濾過によって下記化学式(3)で示される化合物を得た(化合物名:5’−О−(4,4’−ジメトキシトリチル)チミジン−3’−О−スクシニルピペラジン−4−(1−カルボニル−3,4,5−トリス(オクタデシロキシ))。
【化7】

[上記化学式(3)において、Zはチミニル基であり、Y’は1,1−ビス(4−メトシキフェニル)−1−フェニルメチル基である。]
【0084】
<実施例1>
(反応1)
ナスフラスコ容器中に、上記化学式(3)で示される化合物324.4mg(100μmol)をジクロロメタン10mlに溶解させた溶液と、3%トリクロロ酢酸/ジクロロメタン溶液10mlとを投入して均一に撹拌した。これを室温で5分間放置した後、メタノールを添加し、反応溶液の一部を分取して薄層クロマトグラフィーにて反応の完結を確認した。反応溶液をナスフラスコ容器からエバポレーターに移して濃縮し、キリヤマ漏斗を用いた吸引濾過によって、下記化学式(3−1)で示される化合物を得た。
【化8】

【0085】
(反応2)
ナスフラスコ容器中に、上記化学式(3−1)で示される化合物295.6mgをジクロロメタン10mlに溶解させた溶液と、チミニル基の5位水酸基がジメトキシトリチル基により保護されたチミジンデオキシリボヌクレオシドホスホロアミダイト333.5mg(2.0当量)と、0.25M 5−ベンジルメルカプト−1H−テトラゾール溶液2mlとを投入して60分間撹拌し、反応溶液の一部を分取して薄層クロマトグラフィーにて反応の完結を確認した。反応溶液をナスフラスコ容器からエバポレーターに移して濃縮し、吸引濾過によって、下記化学式(3−2)で示される化合物を得た。
【化9】

[上記化学式(3−2)において、Zはチミニル基である。]
【0086】
(反応3)
ナスフラスコ容器中に、上記化学式(3−2)で示される化合物302.1mgをジクロロメタン10mlに溶解させた溶液と、0.02Mヨウ素/水/ピリジン溶液10mlと投入して室温で10分間撹拌した。反応溶液をナスフラスコ容器からエバポレーターで濃縮し、キリヤマ漏斗を用いた吸引濾過によって、下記化学式(3−3)で示される化合物を得た。
【化10】

【0087】
(脱保護反応1)
反応3で得られる化合物について、反応1から反応3を繰り返して目的とする疎水性基結合オリゴヌクレオチドの10量体r(UACUUCGA)d(TT)に保護基が結合した化合物を得た。ここで、フタ付チューブ容器中に、最終的に得られた上記疎水性基結合オリゴヌクレオチドの10量体と、アンモニア水:エタノール=3:1の溶液1mlとを加え、85℃で90分間加熱した後、反応溶液をフタ付チューブ容器から遠心エバポレーターに移して乾燥させて、下記化学式(3−4)で示される化合物を得た。なお、塩基の極性基に結合した保護基であるフェノキシアセチル基、4−イソプロピルフェノキシアセチル基、アセチル基、リン酸基に結合しているシアノエチル基、及び疎水性基である有機系単分子ナノキャリアは、この操作にて脱保護又は脱離される。
【化11】

[上記化学式(3−4)において、Z及びZはチミニル基であり、Zは3’側の構成単位からアデニル基、グアニル基、シトシニル基、ウラニル基、ウラニル基、シトシニル基、アデニル基であり、Z10はウラニル基であり、Rはt−ブチルジメチルシリル基である。]
【0088】
(脱保護反応2)
フタ付チューブ容器中に、上記化学式(3−4)で示される化合物5mgをN−メチルピロリドン:トリエチルアミン:3−ヒドロキシフラボン=130:90:100の溶液320μlに溶解させた溶液を投入し、60℃で90分間加熱した後、室温に戻して下記化学式(3−5)で示される化合物の溶液を得た。なお、5単糖残基の2位の水酸基の保護基であるt−ブチルジメチルシリル基は、この操作によって脱保護される。
【化12】

【0089】
下記化学式(3−5)で示される化合物の溶液を、市販の逆相カートリッジカラムに通して吸着させ、0.1Mトリエチルアミン酢酸溶液1mlで洗浄し、カラムに2%トリフルオロ酢酸水溶液を添加して、カラムに充填された樹脂の表面で5分間反応させることにより、5’末端のヌクレオチド残基中の5単糖残基の5位の水酸基に結合した保護基であるジメトキシトリチル基を脱保護し、20%アセトニトリル水溶液で溶出して下記化学式(3−6)で示される化合物の溶液を得た。
【化13】

【0090】
(同定)
化学式(3−6)で示される化合物について、HPLC及びMALDI−TOF/MS質量分析装置を用いて、目的とするオリゴヌクレオチドの10量体が得られていることを確認した。疎水性基結合オリゴヌクレオチドの10量体の合成反応全体の反応収率は97.5%であった。
HPLC(shodex ODP(4.6φ×150mm),AcCN,flow rate=1.0mL/min):t=17.241min(80.13%)
MALDI−TOF/MS:3077.89[M−H]
【0091】
<実施例2>
実施例1と同様の方法で反応1から反応3を20回ずつ繰り返して、目的とする疎水性基結合オリゴヌクレオチドの21量体(配列r(UCGAAGUACUCAGCGUAAG)−d(TT))に保護基が結合した化合物を得た。この化合物に、脱保護反応1及び脱保護反応2を行って全ての保護基を脱保護し、HPLC及びMALDI−TOF/MS質量分析装置を用いて、目的とするオリゴヌクレオチドの21量体が得られていることを確認した。21量体の疎水性基結合オリゴヌクレオチドの21量体の合成反応全体の反応収率は97.3%であった。
HPLC(shodex ODP(4.6φ×150mm),AcCN,flow rate=1.0mL/min):t=19.311min(57.29%)
MALDI−TOF/MS:6689.11[M−H]
【0092】
以上に見られるように、本発明の疎水性基結合ヌクレオシドを用いた疎水性基結合オリゴヌクレオチド合成方法は、各反応における反応操作や分離操作が単純であり、且つ各工程の収率が高く、10量体以上の疎水性基結合オリゴヌクレオチドの合成を行う場合であっても、高い収率で目的とする生成物を得ることができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式(1)で示される疎水性基結合ヌクレオシド。
【化1】

[上記一般式(1)において、Rは炭素原子数1以上12以下の炭化水素鎖であり、Rは炭素原子数1以上22以下の2価の炭化水素鎖であり、R及びRは、それぞれ独立に、炭素原子数1以上22以下の炭化水素基、又はR及びRが互いに結合して形成される炭素原子数1以上22以下の2価の炭化水素鎖(ヘテロ原子を含んでいてもよい)であり、Rは炭素原子数0以上22以下の2価の炭化水素鎖であり、Rはそれぞれ独立に炭素原子数6以上30以下の炭化水素鎖であり、nは2以上6以下の整数であり、Xは水素原子、水酸基、又は保護基により保護された水酸基であり、Yは酸性条件下で脱保護可能な保護基であり、Zは、極性基が保護基により保護されていてもよい、アデニル基、グアニル基、シトシル基、チミニル基、若しくはウラシル基、又はこれらの誘導体である。]
【請求項2】
上記一般式(1)において、nが3であり、Rが炭素原子数6から30のアルキル基であって、Rに対して3位、4位、及び5位に炭素原子数6から30のアルコキシ基が結合する請求項1に記載の疎水性基結合ヌクレオシド。
【請求項3】
が炭素原子数1以上22以下のアルキレン鎖であり、R及びRが互いに結合して炭素原子数1以上22以下のアルキレン鎖を形成する請求項1又は2に記載の疎水性基結合ヌクレオシド。
【請求項4】
及びRがエチレン鎖であり、R及びRが互いに結合してエチレン鎖を形成し、Rが単結合である請求項1から3のいずれかに記載の疎水性基結合ヌクレオシド。
【請求項5】
Yで示される酸性条件下で脱保護可能な保護基がジメトキシトリチル基である請求項1から4のいずれかに記載の疎水性基結合ヌクレオシド。
【請求項6】
請求項1から5のいずれかに記載の疎水性基結合ヌクレオシドを非極性溶媒に溶解させた疎水性基結合ヌクレオシド溶液。
【請求項7】
前記非極性溶媒が、ジクロロメタン、ジクロロエタン、クロロホルム、テトラヒドロフラン、ベンゼン、トルエン、ヘキサン、シクロヘキサン、及び酢酸エチルからなる群から選ばれる少なくとも一種である請求項6に記載の疎水性基結合ヌクレオシド溶液。
【請求項8】
非極性溶媒中において、請求項1から5のいずれかに記載の疎水性基結合ヌクレオシド又は前記疎水性基結合ヌクレオシドが有する5単糖残基の5位の炭素原子に結合する基にヌクレオシドホスホロアミダイト化合物が結合した化合物と、酸・アゾール複合体化合物により活性化されたヌクレオシドホスホロアミダイト化合物と、を液相合成法により結合させる反応を複数回行う段階を含み、前記疎水性基結合ヌクレオシド又はこれに結合したヌクレオシド残基の有する5単糖残基の5位の炭素原子と、その5’末端側に隣接するヌクレオシド残基の有する5単糖残基の3位の炭素原子とが、リン酸基を介して連続的に結合した構造を有する疎水性基結合オリゴヌクレオチドを合成する工程と、
疎水性基結合オリゴヌクレオチドに結合した保護基を脱保護する工程と、
溶液温度及び/又は溶液組成を変化させることにより、疎水性基結合オリゴヌクレオチドを分離する工程と、を有する疎水性基結合オリゴヌクレオチド合成方法。
【請求項9】
10量体以上の疎水性基結合オリゴヌクレオチドを97%以上の収率で合成する請求項8に記載のオリゴヌクレオチド合成方法。
【請求項10】
オリゴヌクレオチド合成プラントにおいて行われる請求項8又は9に記載の疎水性基結合オリゴヌクレオチド合成方法。

【公開番号】特開2010−275254(P2010−275254A)
【公開日】平成22年12月9日(2010.12.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−131095(P2009−131095)
【出願日】平成21年5月29日(2009.5.29)
【出願人】(504132881)国立大学法人東京農工大学 (595)
【出願人】(501394000)北海道システム・サイエンス株式会社 (4)
【Fターム(参考)】