説明

疲労特性と黒皮上への化成処理性に優れた高強度熱延鋼板およびその製造方法

【課題】疲労特性と黒皮上への化成処理性に優れた高強度の熱延鋼板を提供する。
【解決手段】熱延後の鋼板表面から厚さ方向に10〜30μmの範囲において、グロー放電発光分光分析にて検出されるCrの濃度の平均値が母材のCr濃度の1.2倍以上であり、かつ同範囲のフェライト相の平均結晶粒径が板厚の1/4位置におけるフェライト相の平均結晶粒径の1.2倍以上であることを特徴とする熱延鋼板であって、所定の化学成分を有する鋼片を1250℃以下に加熱し、780〜860℃で終了する仕上げ圧延を行うに際し、連続圧延の最終圧延パスの圧延率を15%以下とし、その後、10℃/s以上の平均冷却速度で600〜720℃まで冷却し、4〜14秒間の空冷を行い、更に20℃/s以上の平均冷却速度で350〜550℃まで冷却して巻き取ることによって製造する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車などの輸送機器の部品に用いて好適な高強度熱延鋼板、および、その製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
地球の温暖化を抑制するためには、人類全体で二酸化炭素の排出量を削減する必要がある。このうち、自動車などの輸送機器(運輸部門)からの排出量は約20%の比重を占めるものであるから、有効な対策を講じることが強く求められている。
輸送機器からの排出量を抑制する手段は多岐に亘るが、車体の質量を低減することは基本的な方策の一つとして広く取り組まれているものである。
この目的のために、従前より強度の高い材料を用いて部品を製造し、使用する材料の厚さを低減する手法で軽量化を図ることが行われている。
【0003】
この一方で、輸送機器の安全性や快適性は後退することが許されない指標であり、新たに付加される機能部品などのために製造コストは増加する傾向にある。そのため、従来からの基本的な部品などの製造コストを削減して、全体として製造コストを出来るだけ抑制する活動も同時に取り組まれている。
輸送機器に用いられる鋼板に関して言えば、工程の簡略化によって製造コストの低減を図る検討も進められている。
具体例を上げれば、これまで酸洗した熱延鋼板を用いて部品に成形した後、化成処理し、次いで塗装して成品としていたところを、熱延鋼板の酸洗を省略し、成形後、熱延スケール(黒皮と呼ばれる)上に化成処理を行い、塗装して成品化すると言う工程省略を上げることが出来る。この例の場合には、酸洗の省略のみならず、酸洗した場合に必要となる防錆油の塗付と化成処理前におけるその除去(脱脂)が不要となり、製造コストの削減に一定の寄与が見込まれる。
【0004】
成品性能としては、化成処理以降は同一工程であるから、化成処理性が酸洗鋼板と同等である黒皮鋼板であればよく、こうした鋼板が求められるに至った。
また、こうした熱延鋼板が用いられるのは、足回り部品と通称されるような、アーム類、フレーム類であるが、これらの部品では、必須特性の一つとして疲労特性が求められることが多い。
すなわち、従来よりも高強度(足回り部品用途では、これまで主流であった590MPa級から780MPa級以上の鋼板への置換が志向されている)であり、黒皮上への化成処理性に優れ、かつ疲労特性の良好な熱延鋼板が求められている。
【0005】
今までのところ、疲労特性に優れた鋼板およびその製造方法は数多く提案されているものの、その多くは、フェライト(F)相とマルテンサイト(M)相を複合させた所謂デュアルフェイズ(DP)鋼に関するものである。
本発明者らもその鋼板の優位性は認識しているところであるが、DP鋼では、製造の最終段階で室温近傍まで急速冷却して巻き取る(室温巻き取りと称されることが多い)ことでM相を生成させることが一般的に行われることから、巻き取られた鋼板(コイル)は水濡れした状態にあり、黒皮状態での加工とそれに続く化成処理を想定した場合には、一旦水濡れ状態を解消するような、例えばコイルを巻き戻しながら乾燥させる工程が必要となると言う問題があり、工程省略を志向している現状では到底採用できない鋼である。
【0006】
これに対して、室温巻き取りを行わずに製造した鋼板であって疲労特性に優れるものとしては、特許文献1〜3などが提案されている。
特許文献1の鋼は、F相とパーライト(P)組織から成るミクロ組織を有しながらも高い疲労特性を示すものであるが、得られる引張強さが780MPaに届かず、黒皮上への化成処理性については、特に検討されていない。
【0007】
特許文献2は、ポリゴナルフェライト相、ベイナイト(B)組織、およびM相の3相から成る鋼であり、B組織とM相の各々の体積率、およびB組織とM相の体積比が所定の範囲にある場合に優れた疲労特性が得られるとする提案であるが、どのように製造するかについての記載がなく、工業的に実施するのが容易ではない。また、黒皮上への化成処理性についても検討はなされていない。
特許文献3には、引張強さが780MPa以上で、疲労特性のみならず伸びフランジ性にも優れた鋼板とその製造方法が開示されているが、Moを必須元素としていることから、鋼板自体が高価になることが予想されるという問題点がある。また、熱間圧延して巻き取ったコイルを、速度を制御して冷却する特殊な製造方法が求められ、工業的な実施が容易でないことも問題点として上げることが出来る。さらに、黒皮上への化成処理についての検討も行われていない。
【0008】
一方、黒皮上への化成処理を考えると、地鉄と黒皮の密着性が重要と考えられる。これに関しては、特許文献4に、スケール密着性に優れた熱延鋼板に関する技術が開示されている。具体的には、スケール層中に含まれる特定の酸化物の体積率と残留圧縮応力を制御することで密着性が高まるとするものであるが、鋼板(地鉄)のミクロ組織や、機械的性質に関する記載が一切為されていないので、例え黒皮上の化成処理性が優れていたとしても、足回り部品用の鋼板として適切か否か不明である。
【0009】
また特許文献5には、スケール密着性に優れた鋼材の製造方法が開示されている。しかし、該方法は、圧延後に、鋼材を冷却する工程と、それを復熱させる工程を1サイクルとして2回以上繰り返すとするものであって、通常の連続熱延設備では実施できないという課題がある。
特許文献6には、スケール密着性とはやや趣を異にするが、熱延鋼板に対してめっきや化成処理を施す際の「不メッキ」、処理液の「ハジキ」や「ムラ」などの不良を生じさせないための技術が示されている。しかしながら、当該技術は、熱延板を酸洗して黒皮を除去した後の表面処理性に関するものであって、黒皮上に化成処理を施す技術には言及していない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開平5−179397号公報
【特許文献2】特開平7−150291号公報
【特許文献3】特開2000−290396号公報
【特許文献4】特開2004−346416号公報
【特許文献5】特開2009−203532号公報
【特許文献6】特開平10−158784号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
このように、室温巻き取りを行わずに製造した熱延鋼板であって、疲労特性に優れ、同時に黒皮上への化成処理性に優れる高強度鋼板を得るための技術は提案されていない。
本発明はこのような実情に鑑みて為されたものであり、疲労特性と黒皮上への化成処理性に優れた高強度熱延鋼板、およびその製造方法の提供を可能とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、室温巻き取りを行わない製造条件の中で、疲労特性に優れ、かつ、加工を受けた黒皮面上への化成処理性に優れた鋼板を得るべく鋭意研究を重ねた。そして、化学成分と製造条件を適切に制御することでそうした鋼板の得られることを見出して本発明に至った。
そのような本発明の要旨は以下の通りである。
【0013】
(1)質量%にて、
C:0.05〜0.15%
Si:0.1%以下
Mn:1.4〜2.5%
Al:1.2%以下
Ti:0.02〜0.06%
Cr:0.2〜0.8%
を含有し、
P:0.05%以下
S:0.005%以下
N:0.01%以下
に制限し、
残部がFeおよび不可避的不純物からなり、引張強さが780MPa以上であり、
その金属組織が面積率60%以上のフェライト相とベイナイト組織、または、面積率60%以上のフェライト相、ベイナイト組織および10%以下のマルテンサイト相からなり、
熱延後の鋼板表面から厚さ方向の位置で10〜30μmの範囲において、グロー放電発光分光分析にて検出されるCrの濃度の平均値が母材のCr濃度の1.2倍以上であり、かつ同範囲のフェライト相の平均結晶粒径が板厚の1/4位置における同相の平均結晶粒径の1.2倍以上であることを特徴とする、疲労特性と黒皮上への化成処理性に優れた高強度熱延鋼板
(2)上記(1)に記載の化学成分を有する鋼片を1250℃以下に加熱し、780〜860℃で終了する仕上げ圧延を行うに際し、連続圧延の最終圧延パスの圧延率を15%以下とし、その後、10℃/s以上の平均冷却速度で600〜720℃まで冷却し、4〜14秒間の空冷を行い、更に20℃/s以上の平均冷却速度で350〜550℃まで冷却して巻き取ることを特徴とする、上記(1)に記載の疲労特性と黒皮上への化成処理性に優れた高強度熱延鋼板の製造方法。
【発明の効果】
【0014】
本発明により疲労特性と黒皮上への化成処理性に優れた高強度熱延鋼板の提供が可能となるので、特に自動車の足回り部品などにおいて、材料の高強度化による軽量化と酸洗工程省略による製造コストの削減が同時に可能となり、産業上の貢献が極めて顕著である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明者らは、室温巻き取りを行わないことを前提に、まず、疲労特性に優れる鋼板の探索を行った。その結果、前記のDP鋼板にはやや及ばないものの、F相とB組織を複合させた鋼板でも一定水準の優れた疲労特性を有することを見出した。中でも、熱延後の冷却時に空冷する工程を取り入れてF相を一定の比率以上確保すると、疲労特性が特に優れることを見出した。
一方、F相を一定の比率以上とし、第2相をM相とせずにB組織とすると、得られる引張強さは高々750MPa程度であり、市場で必要とされている780MPa以上を得るには、更なる工夫が求められた。
【0016】
そこで、Tiを添加して、Ti炭化物の析出強化を活用することとした。また、これに加えて、Crを添加して、変態組織強化を利用することも検討した。
こうして化学成分の最適化を進めることと併せて熱延工程で生成する黒皮の性状制御の研究も行った。
その結果、黒皮と地鉄の密着性、および黒皮自体の平坦度はSi量の影響を強く受け、Si量を出来るだけ抑制することが望ましいこと、その上で、F相を確保するには、Alを適切に含有させる方法も有効であることを見出した。
【0017】
黒皮上への化成処理性については、実際の使用状況、すなわち、プレスなどの成形加工後に処理されることを想定して、熱延後巻き取られた鋼板をテンションレベラーに通して平坦にするのと同時に表層に曲げ、曲げ戻し変形を与えた後に処理を行い、その良し悪しを判定した。
その結果、化成処理性に影響する因子として、化学成分としては、Crの寄与が大きいこと、断面のミクロ組織形態としては、黒皮直下(表層近傍)の結晶粒径が寄与することを見出した。
これらを更に詳細に調査したところ、化成処理性に対して、黒皮直下へCrが濃化していることが有効であり、また表層近傍の結晶粒径の制御には、連続(多段)圧延の最終パスの圧延率が大きく寄与することを明らかに出来た。
【0018】
本発明はこのような過程を経て完成されたものであり、その詳細は実施例の中で述べることとし、まず、本発明の限定理由について説明する。
初めに化学成分について述べる。なお、成分元素の含有量や濃度の単位は質量%であり、特に説明のない限り、単に%で表す。
【0019】
[C:0.05〜0.15%]
Cは鋼板の強度を確保し、またB組織を得るためには必須の元素である。C量が0.05%未満では780MPa以上の引張強さが得られない。一方、Cが0.15%を超えて含有されていると、溶接性が劣化する。そこでCの含有量は0.05〜0.15%とする。
[Si:0.1%以下]
Siは熱延スケール(黒皮)の性状に強く影響する。黒皮と地鉄との密着性、および黒皮の平坦度を良好とするには、Si量を0.1%以下とする必要がある。一方、必要以上に低減することは製鋼工程の負荷となり生産性を低下させて、製造コストの上昇を招く。こうした観点から、0.001%以上とすることが好ましい。
【0020】
[Mn:1.4〜2.5%]
Mnは、鋼板の強度確保には必須の元素である。固溶強化の他、焼き入れ性を高めるので変態組織強化にも有効である。このために1.4%以上のMnを含有させることが必要である。一方、2.5%を超えるMnを含有させると、溶接性を劣化させる他、板厚方向の偏析により、延性が劣位になったり、切断時に剪断面の性状を悪化させたりする恐れがあるため、上限を2.5%とする。
[Al:1.2%以下]
Alはフェライト変態を促進する働きをするのでF相の確保に有効である。ただしAlが1.2%超では、鋼片割れなど、製造上の不具合が顕在化し、また粗大なアルミナ系介在物が生成して機械的性質の劣化をもたらすので好ましくない。一方、脱酸を目的とした添加の結果、含有される量を下限とすればよく、その値は好ましくは0.01%以上である。
【0021】
[Ti:0.02〜0.06%]
Tiは炭化物の析出によってF相を強化出来る。その効果は0.02%以上で明確となる。一方、0.06%を超えて含有されていると、粗大な窒化物を形成して加工性の低下をもたらす。そこで0.02〜0.06%に制御する。
[Cr:0.2〜0.8%]
Crは変態組織強化に有効であるのみならず、黒皮中、および黒皮直下への濃化を介して化成処理性に強く影響する。その効果は0.2%以上で発現する。一方0.8%を超えて含有されていると、F相の生成を妨げる働きを示すようになる。そこで、0.2〜0.8%とする。
【0022】
[P:0.05%以下]
Pは、固溶強化(粒界強化)元素としての働きはあるものの、不純物であって、偏析による加工性の劣化が危惧される。そこでP量を0.05%以下にすることが必要である。一方、必要以上に低減することは製鋼工程の負荷となり生産性を低下させて、製造コストの上昇を招く。こうした観点から、0.001%以上とすることが好ましい。
[S:0.005%以下]
Sは、MnSなどの介在物を形成して機械的性質を劣化させるので、出来るだけ低減することが望ましいが、0.005%以下のSの含有は許容出来る。一方、必要以上に低減することは製鋼工程の負荷となり生産性を低下させて、製造コストの上昇を招く。こうした観点から、0.0001%以上とすることが好ましい。
[N:0.01%以下]
Nは、不純物であり、AlNなどの介在物を形成して加工性に影響を与える可能性がある。そこでN量は0.01%を上限とする。一方、必要以上に低減することは製鋼工程の負荷となり生産性を低下させて、製造コストの上昇を招く。こうした観点から、0.001%以上とすることが好ましい。
なお、上記以外の残部はFeであるが、原料などに起因する不可避的不純物は許容される。
【0023】
次に、黒皮直下のCr濃度の限定理由を説明する。
[熱延後の鋼板表面から厚さ方向の位置で10〜30μmの範囲において、グロー放電発光分光分析にて検出されるCrの濃度の平均値: 母材のCr濃度の1.2倍以上]
鋼板表面部の厚さ方向の位置で10〜30μmの範囲におけるCrの濃度の平均値が、母材濃度の1.2倍未満では必要な化成処理性が得られない。上限は特に規定しないものの、過剰な濃化は内部にCrの欠乏した領域(部分)を形成する可能性を有するため、鋼板の含有量の10倍を上限として製造条件を管理することが望ましい。
なお、本発明者らの調査によれば、実施例の中で述べる方法にて製造された熱延鋼板の黒皮は最大で10μm程度であり、また、Cr濃度は、表面から30μm以上内部では、ほぼ母材の濃度と同一と見做せる値を示した。黒皮直下のCrの濃度を限定する厚さ方向の位置を表面から10〜30μmとしたのはそのためである。
ここで、母材のCr濃度とは、板厚の1/4位置に対して行った発光分光分析法による化学成分定量分析結果の値を指す。
【0024】
当該範囲におけるCrの平均濃度とは、グロー放電発光分光分析にて検出されるCrの濃度を、表面からの深さ(x)に対してプロットし、隣接する2点間を直線で結んで台形と見做す近似によって面積を求め、xが10〜30μmの範囲についてそれらを合計し(積分し)xの長さ(20μm)で除した値である。
なお、測定の都合で、x=20μm、および30μmの測定点が得られない場合は、それらに最も近い測定点を採用することとした。
【0025】
熱延後の鋼板表面から厚さ方向に10〜30μm入った範囲において、グロー放電発光分光分析にて検出されるCrの濃度の平均値が母材のCr濃度の1.2倍以上の場合に化成処理性が優れる理由は必ずしも明らかではないが、次のように推測される。
すなわち、この領域に濃化したCrの多くは炭化物として存在し、その結果この領域の粒界強度を低下させており、熱延されたコイルをテンションレベラーにて平坦に矯正する際に黒皮に発生する微細な割れの先端につながるように微細な粒界の割れをもたらす。この微細な割れが化成皮膜のアンカーとして働き皮膜の密着性を高めるものと考えられる。
グロー放電発光分光分析は市販の装置で、標準的な条件で行えばよい。ただし極表層の分析であるから、取り込み周期(サンプリング時間)を短くするのが好ましく、0.05秒/回より短周期とするのが望ましい。
【0026】
次に、金属(ミクロ)組織について説明する。
[面積率60%以上のフェライト相およびベイナイト組織、または、面積率60%以上のフェライト相、ベイナイト組織および10%以下のマルテンサイト相]
本発明の熱延鋼板は、基本的にはF相およびB組織、または、F相、B組織およびM相からなるものとする。
そして、F相の面積率は60%以上、望ましくは80%以上とし、第二相はB組織とするが、10%以下のM相は許容される。こうすることで、優れた機械的性質、特に疲労特性が得られる。
ミクロ組織の構成(面積率)は、圧延方向と平行な断面を研磨し、ナイタール液で腐食した後、板厚の1/4位置の組織を観察して決定する。
【0027】
[鋼板表面部の厚さ方向の位置で10〜30μmの範囲におけるフェライト相の平均粒径: 板厚の1/4位置におけるフェライト相の平均粒径の1.2倍以上]
化成処理性を良好とするには、黒皮直下、すなわち表面から厚さ方向に10〜30μm入った範囲におけるF相の平均結晶粒径(D)については、板厚の1/4位置のそれ(D1/4)に対して1.2倍以上であることが必要である。
Crの濃化についての説明の中で述べたように、熱延されたコイルをテンションレベラーにて平坦に矯正する当たり、地鉄の極表層には微小な割れが発生するが、当該範囲を内層に比べて僅かに軟質化することで、発生する微小な割れを、最小限に食い止め、その結果疲労特性の劣化を抑制する効果があるのではないかと推定される。
の上限は、機械的性質の極端な低下を避ける観点から、D1/4の2倍以下とすることが望ましい。
【0028】
最後に、製造条件について説明する。
鋼片は、常法の溶製及び鋳造によって製造される。生産性の観点から、連続鋳造が好ましい。
[鋼片加熱温度(SRT):1250℃以下]
SRTは、仕上げ圧延を780〜860℃で終了出来るように用いる設備の仕様に応じて選択すればよいが、1250℃を超えて加熱を行うと、粒界の酸化による表面品位の低下が圧延終了後の鋼板の表面品位に影響を及ぼすので好ましくない。
[仕上げ圧延温度(FT):780〜860℃]
FTは、圧延後の鋼板の結晶粒径やミクロ組織の構成に影響を及ぼす。同温度が780℃未満では圧延中にF相が生成し、加工を受けたF相が残存することになり加工性が低下する。一方、860℃超では、結晶粒径が粗大化する他、F相の生成が不十分と成りやすい。そこで780〜860℃に制御する必要がある。
【0029】
[連続圧延の最終圧延パスの圧延率:15%以下]
仕上げ圧延は、6段または7段の連続(多段)圧延で行うことが好ましい。その最終パスを軽圧下とすることで、黒皮直下の結晶粒径を鋼板内部に比べて大きくすることが出来、結果として黒皮上への化成処理性を良好にする。その効果は、実施例の中で述べるように、同圧延率が15%以下で明瞭となる。
仕上げ圧延のその他の条件(例えば、ロール材質、粗度、潤滑、パススケジュールなど)は、一般的に行われているものでよい。
【0030】
[最初の冷却の平均冷却速度(CR1):10℃/s以上]
CR1が10℃/s未満ではP組織が生成し機械的性質の低下を招く。一方、上限は設備能力により決定すればよいが、余りに冷却速度が速いと鋼板内での不均一性が高まるため、50℃/sを目安とすることが望ましい。
[最初の冷却の終了温度(MT):600〜720℃]
[空冷時間(tAC):4〜14秒間]
MTが600℃未満、あるいは720℃超、またはtACが4秒未満の場合にはF相の生成量が十分得られず機械的性質が劣位となる。一方、tACが14秒を超えるとP組織の生成が、やはり機械的性質を劣化させる。従って、MTは600〜720℃、tACは4〜14秒とする。
【0031】
[空冷後の冷却の平均冷却速度(CR2):20℃/s以上]
[空冷後の冷却の終了温度(巻き取り温度)(CT):350〜550℃]
空冷過程を経た鋼板は、20℃/s以上の冷却速度CR2で350〜550℃まで冷却されて巻き取られる。
CR2が20℃/s未満、かつ/またはCTが550℃超ではP組織の生成が抑制できない。一方、CTが350℃未満では、CTの熱延コイル内変動が大きく、生産性が著しく低下することが懸念される。そこで、CR2、およびCTは上記のように限定する。
CR2の上限は設備能力により決定すればよいが、余りに速い冷却速度ではCTの鋼板内変動が大きくなるので、100℃/sを目安とするのが好ましい。
【実施例】
【0032】
本発明は、以上説明したように構成されるものであるが、以下、実施例を用いて、本発明の実施可能性及び効果についてさらに説明する。
[実施例1]
表1に記載の化学成分(残部はFeおよび不可避不純物)を有する鋼片を作製し、表2に記載の条件で6パスの仕上げ圧延にて板厚4mmの熱延鋼板とした。なお、最終圧延パスの圧延率をRF6と表記する。
得られた鋼板の圧延方向と平行な断面を研磨、ナイタール腐食し、板厚の1/4位置のミクロ組織分率を調べた。また、鋼板の両面を各々0.5mmずつ研削して厚さ3mmの鋼板とし、該鋼板から引張軸が圧延方向と直行するJIS5号引張試験片と、JIS Z 2275 に定める平面曲げ疲労試験用1号試験片を、b=15mm、R=30mmとして、長手方向を圧延方向と直行する向きに採取した。
それらの試験片を用いて、引張強さ(σB)と伸び(εB)、および疲労限度(σW)を調べた。なお、疲労限度は、完全両振り、繰り返し速度20Hzで行った疲労試験にて作成したS−N線図の1×10回時間強度とした。
その結果を表3に示す。
【0033】
【表1】

【0034】
【表2】

【0035】
【表3】

【0036】
化学成分、および熱延条件の両方が本発明の範囲内であるNo.1、3、6、7、8、10、および11は、σBが780MPa以上を示し、σWもσBに対して0.6以上と優れていることが分かる。
これに対して、化学成分が本発明の範囲を外れるNo.2、および4は、σBが780MPaに達しない。熱延条件が本発明の範囲を外れるNo.5、および9は、780MPa以上のσBを示すものの、σWがσB比で0.5未満と低位である。
【0037】
[実施例2]
表4に記載の化学成分(残部はFe、および不可避不純物)を有する鋼片を作製し、表5に記載の条件で6パスの仕上げ圧延を行い、板厚6mmの熱延鋼板とした。得られた鋼板(コイル)をテンションレベラーに通して平坦にし、評価用の試験素材とした。テンションレベラーは4段のワークロールを有する標準的な設備で、付与張力は出側12N/mm2、入側4N/mm2とした。
【0038】
まず、圧延方向と平行な断面を研磨、ナイタール腐食し、板厚の1/4位置のミクロ組織分率を調べた。また、表面から(a)10〜30μmと、(b)板厚の1/4位置のF相の平均結晶粒径を調べた。測定範囲は、(a)については板厚方向;10〜30μm、それに直行する方向(圧延方向);100μm、(b)については板厚方向;1/4位置を中心とする20μm、それに直行する方向(圧延方向);100μmであり、各々の線分で切断されるF相の結晶粒数で線分の長さを除した値の、直行する2値の組の平均値を以って平均結晶粒径(D0、およびD1/4)とした。なおこれは、JIS G 0552に準拠した方法である。
【0039】
表面から板厚方向にグロー放電発光分光分析を行った。JOBIN YVON社製JY5000RFを用い、出力40W、Ar流圧775Pa、サンプリング間隔は0.045秒で行った。まず、酸素の分析から判断される黒皮の厚さは光学顕微鏡観察から判断される概ね10μmとほぼ一致することを確認した。また、Crについては、黒皮中では母材濃度より低く、10〜30μmの領域で母材より高く、30μmより内部ではほぼ母材濃度を示した。
表面から10〜30μmの領域のCr測定値を積分して平均値(CCr)を求めた。計算には市販のグラフソフトを用いた。なお、母材のCr濃度をCr1/4と表記する。
【0040】
次に化成処理試験を行った。化成処理は、市販の化成処理剤を用い、55℃、2分焼付けで成膜した。狙い付着量は2g/m2とした。なお、処理液の調整や処理の方法は、メーカーの推奨条件に準拠して行った。
化成処理性の評価は、リン酸塩皮膜量(W)を以って行い、またその密着性は、粘着テープを添付、剥離してテープに付着した化成皮膜(黒皮ごと剥離する場合も区別しない)の面積を100×100mmについて調べることで行った。
Wは質量増加から単位m2当たりに計算した。また剥離面積は、剥離したテープに2mm四方のメッシュを被せ、付着物が存在したメッシュの数を合計し、それに4mm2(1メッシュの面積)を乗じて計算した。
化成処理した鋼板から、引張試験片と、疲労試験片を採取して、σB、εB、およびσWを調べた。試験片の形状、および圧延方向に対する採取方向は実施例1と同様である。何れの試験片も表面は化成処理ままとして加工は行わなかった。
表6および7に、評価の結果をまとめて示す。
【0041】
【表4】

【0042】
【表5】

【0043】
【表6】

【0044】
【表7】

【0045】
化学成分、および、製造条件が本発明の範囲内である、No.21、22、24、25、27、29、30、および33は、化成皮膜の付着量が狙い値に近く、剥離面積も5%程度と軽微であり、疲労限度も引張強さ比で0.4以上と優れた特性を示した。
これに対して、化学成分(Si量)が本発明の範囲を外れるNo.28および32では、化成皮膜の付着量が低く、剥離面積も50%前後と、密着性の悪さが際立っている。また疲労限度も引張強さに対して0.3にも達せず、劣位であることが分かる。恐らくSiがCrの黒皮直下への濃化を妨げたことと、黒皮と地鉄の密着性を劣化させていることが影響したものと考えられる。
製造条件(最終6パス目の圧延率)が本発明の範囲を外れるNo.23、26、および31では、化成皮膜の付着量が1.5g/mに届かず、また剥離面積も試験面積の10%前後と劣位である。更に疲労限度も引張強さ比で0.3と劣位である。D/D1/4が1.2未満にとどまったことが強く影響していることが推定される。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%にて、
C:0.05〜0.15%
Si:0.1%以下
Mn:1.4〜2.5%
Al:1.2%以下
Ti:0.02〜0.06%
Cr:0.2〜0.8%
を含有し、
P:0.05%以下
S:0.005%以下
N:0.01%以下
に制限し、
残部がFeおよび不可避的不純物からなり、引張強さが780MPa以上であり、
その金属組織が、面積率60%以上のフェライト相およびベイナイト組織、または、面積率60%以上のフェライト相、ベイナイト組織および10%以下のマルテンサイト相からなり、
熱延後の鋼板表面から厚さ方向の位置で10〜30μmの範囲において、グロー放電発光分光分析にて検出されるCrの濃度の平均値が母材のCr濃度の1.2倍以上であり、かつ同範囲のフェライト相の平均粒径が板厚の1/4位置におけるフェライト相の平均粒径の1.2倍以上であることを特徴とする、疲労特性と黒皮上への化成処理性に優れた高強度熱延鋼板。
【請求項2】
請求項1に記載の化学成分を有する鋼片を1250℃以下に加熱し、780〜860℃で終了する仕上げ圧延を行うに際し、連続圧延の最終圧延パスの圧延率を15%以下とし、その後、10℃/s以上の平均冷却速度で600〜720℃まで冷却し、4〜14秒間の空冷を行い、更に20℃/s以上の平均冷却速度で350〜550℃まで冷却して巻き取ることを特徴とする請求項1に記載の疲労特性と黒皮上への化成処理性に優れた高強度熱延鋼板の製造方法。

【公開番号】特開2011−219812(P2011−219812A)
【公開日】平成23年11月4日(2011.11.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−89612(P2010−89612)
【出願日】平成22年4月8日(2010.4.8)
【出願人】(000006655)新日本製鐵株式会社 (6,474)
【Fターム(参考)】