説明

発酵性調味料、その製造方法、及びこれによる醤油加工品

【課題】アルコール等の添加物を加えることなく、酸敗させることなく、減塩でありながら適度な辛味を有し、天然の有効成分を含有する海洋深層水由来の発酵性調味料を提供する。
【解決手段】発酵性調味料は、諸味が、仕込み初期期間(仕込み開始数時間後から仕込み開始10日後までの期間)において、所定期間アルカリ性に維持されるアルカリ維持過程を経ることを特徴とする。また、前記発酵性調味料の製造方法において、諸味が、アルカリプロテアーゼ及び乳酸菌を含有してなり、仕込み後に、アルカリプロテアーゼ活性期間と重畳して乳酸菌発酵が開始される重畳発酵過程を経ることが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、諸味を発酵させて得る、醤油、酢、味噌等の発酵性調味料、その製造方法、及びこれによる液体、固体の醤油加工品に関する。但し本願にいう発酵性調味料には、発酵性調味液、味噌、納豆、チーズ等の発酵性食品、焼酎、泡盛、日本酒等の発酵性飲料をも含む。
【背景技術】
【0002】
必須微量元素や各種ミネラルがバランスよく、しかも豊富に含まれている海洋深層水を醤油の仕込み水や寿司の調理水として使用することは、従来から行われている。海洋深層水とは例えば一般的には、海面下200m程度又はそれよりも深い深海から取水した海水といわれる。
【0003】
また、従来から、海水(海洋深層水)の濃縮方法あるいは海水の淡水化方法として、海水中の水分を加熱蒸発させる蒸発法、膜分離法(特開平9−248429号)、電気透析法(特開2002−205070号)、逆浸透法(特開2000−354864号)などが知られている。
【0004】
低塩醤油の製造方法として、従来、アルコールを添加することによって防腐しつつ低塩で仕込む方法がある(例えば、特許文献1参照)。これは、醤油麹を、熟成後のもろ味液汁の食塩濃度が9〜12%、窒素濃度が2.0〜2.5%となるような量で、かつアルコールを1〜5%含有する仕込み水に仕込み、以下常法により発酵、熟成させるという製造方法である。
【0005】
かかる製造方法の試行においては、アルコール濃度3%の食塩水1.05klに仕込み、発酵、熟成させ、アルコールを添加せずにもろ味を搾汁したとき、アルコールを添加していないため、乳酸が多くやや酸敗気味であったとの結果が出ている。
【0006】
また、従来、紅麹菌培養物またはその処理物を加熱加工食品に添加して、細菌及びカビ等による変質腐敗を防止する方法が知られているが(例えば、特許文献2参照)、これを減塩醤油に適用するのは困難であり、例えば産膜酵母やラクトバチルス属に属する対塩性乳酸桿菌により汚染されると、醤油中にこれらの微生物由来の混濁や沈殿が生じ、あるいは醤油の表面に産膜を形成して醤油が変敗し、また対塩性乳酸桿菌のうち、特に醤油中に含まれるアミノ酸を脱炭酸する菌株に汚染されると、酸敗、容器膨張などを引き起こすとされ、減塩醤油において対塩性乳酸桿菌が混入してもそれらの微生物の生育を完全に防止し、醤油の変敗を防止できる醤油の出現が強く望まれるとの指摘がある(例えば、特許文献3参照)。
【0007】
例えば醤油諸味液汁の食塩濃度が15〜20体積%になるように仕込むのがよく、15%以下では酸敗の危険性が高いといわれている(例えば、特許文献4参照)。
【特許文献1】特開平5−219915号公報
【特許文献2】特開昭64−5459号公報
【特許文献3】特開平7−237871号公報
【特許文献4】特開2003−245053号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上記のように、通常の製法では、低塩発酵とすることで異常発酵が進んでしまうため、添加物のない調味液を得ることができなかった。
【0009】
そこで、この発明は、アルコール等の添加物を加えることなく、酸敗させることなく、減塩でありながら適度な辛味を有し、天然の有効成分を含有する海洋深層水由来の発酵性調味料を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決すべく、本発明は、以下の(1)〜(12)の手段を講じている。
(1)本発明の発酵性調味料は、諸味が、仕込み初期期間(仕込み開始数時間後から仕込み開始10日後までの期間)において、所定期間アルカリ性に維持されるアルカリ維持過程を経ることを特徴とする。
【0011】
仕込み初期期間は具体的には、冬場であれば仕込み開始後5日経過時から仕込み開始後10日経過までの期間であり、夏場であれば仕込み開始後12時間時から仕込み開始後10日経過の期間である。
【0012】
仕込み初期期間にアルカリ維持過程を経ることで、アルコール、乳酸菌、酵母等を添加することなく、腐敗せずに自然発酵による低塩或いは減塩醤油を製造することができる。夏仕込みでも腐敗しないため、当然冬仕込みであっても腐敗せず、1年中いずれの時期に仕込むことが可能となる。
【0013】
(2)また、前記発酵性調味料の製造方法において、諸味が、アルカリプロテアーゼ及び乳酸菌を含有してなり、仕込み後に、アルカリプロテアーゼ活性期間と重畳して乳酸菌発酵が開始される重畳発酵過程を経ることが好ましい。
【0014】
すなわち、通常は、乳酸発酵に次いですぐに酵母によるアルコール発酵が開始され、乳酸発酵とアルコール発酵とが併行して進むと考えられる。これに対して、本願の製造方法によれば、仕込み初期に強い乳酸発酵が進むため、アルコール発酵の開始が抑止されるものとなる。仕込み開始から早期に、アルカリプロテアーゼによる強い分解と強い乳酸発酵とが連続的に行われることで、アルコール発酵が遅れて開始され、仕込み開始から半年程度の早期に深いコクのある調味料を得ることが出来る。
【0015】
この乳酸発酵の開始時期は、例えば7月初旬辺りの夏場前に仕込みを開始する等、温度とpHを調整することで可能となる。
【0016】
なお、夏場の仕込みによって酸敗することなく低塩発酵が可能となることから、同条件で冬場に仕込むと更に好ましい効果を得ることができる。
【0017】
(3)また、前記いずれかの発酵性調味料の製造方法において、諸味を予めアルカリ性に調整しておくアルカリ予調整工程を経るものであることが好ましい。
【0018】
アルカリ調整工程は、酢酸ナトリウムを麹の中に混入することによってアルカリ調整するものでもよいが、好ましくは、アルカリ調整添加物を添加せずに天然アルカリ材料の水や麹種を使用することによる。例えば、アルカリ性の海洋深層水を仕込み水に使用したり、或いは自然生成によるアルカリ性の麹を使用したりすることによる。
【0019】
(4)また、前記いずれかの発酵性調味料の製造方法において、アルカリ予調整工程が、海水からなる仕込み水に、少なくともpH7.2以上の麹を加えて諸味を得るものであることが好ましい。
【0020】
なおここで諸味は、さらにデンプン(多糖類)、炭水化物(糖類或いは糖質)を加えたものでもよい。特に、小麦グルテンを原料たんぱく質として麹とともに加えてなる諸味であれば、発酵によって天然のγ−アミノ酪酸を豊富に含む調味料を得ることが出来る。
【0021】
ここでアルカリ性の麹を利用する場合、出麹のpHが高いと諸味のpHも高く推移してアルカリプロテアーゼが強く働くこととなる。
【0022】
(5)また、前記いずれかの発酵性調味料の製造方法において、仕込み水が、海水(好ましくは海洋深層水)を少なくとも塩分(NaCl)濃度3.5体積%以上まで、好ましくは6体積%以上、さらに好ましくは8体積%以上(〜12〔w/v体積〕%)まで濃縮させた、アルカリ性の濃縮海水であることが好ましい。
【0023】
アルカリ性の濃縮海水を使用することで、海水由来の乳酸菌や海水由来の酵母菌その他各種菌が発酵中に働き、減塩であっても酸敗しにくい発酵性調味料となる。使用する濃縮海水のpHは好ましくは7.5〜8.2である。
【0024】
なお、仕込み開始時の塩分濃度は、発酵後には若干下がる。このため例えば、塩分(NaCl)濃度3.5(重量)%程度の仕込み水を用いて、温度30度または20度以上で発酵させると、2.7〜3体積%程度の諸味液汁塩分濃度の調味料となる。また、塩分濃度8%程度の仕込み水を用いて、温度30度または20度以上で発酵させると、6%程度の諸味液汁塩分濃度の調味料となる。
【0025】
また、NaCl濃度3.5%のとき、塩類(NaCl以外の塩を含む全ての塩類すなわちミネラル)濃度は4.4%程度となる。なお、使用する濃縮前の海水原水は、例えばNaCl濃度2.7%(塩類濃度3.4%)程度である。
【0026】
また、時間をかけて低温或いは常温環境下で濃縮すれば、原水に近いpHとミネラルの濃縮水を得ることが出来る。
【0027】
(6)また、本発明の発酵性調味料は、前記いずれかの発酵性調味料の製造方法によって得られたものであり、発酵後のpHが4.5以下であることが好ましい。更にいえば、pHは4.5以下の所定値で安定したものであることが好ましい。例えばアルカリ性仕込みで諸味液汁の塩分濃度が3体積%程度であれば、発酵開始45日程度でpHが3.5まで下がってその後安定する。
【0028】
(7)また、前記本発明の発酵性調味料は、発酵によって天然のγ−アミノ酪酸を150mg(好ましくは200mg以上、例えば480ないし680mg程度)/100g以上自然含有するものとすることが出来る。
【0029】
(8)或いは、本発明の発酵性調味料は、一回仕込みによる上記(6)記載の発酵性調味料に水を加えて得られた、塩分濃度8.8体積%以下、総窒素量1.65%以上1.70%以下、かつ乳酸量1.76%以上2.00以下の発酵性調味料である。
【0030】
なかでも総窒素量は1.65%以上2.0%以下であり、乳酸量は1.76%以上2.5以下であることが好ましい。
【0031】
上記の発酵性調味料は、減塩醤油として十分な風味を有しており、再仕込み醤油ではなく、一回仕込みの発酵性調味料においてアルコールやカリウムを添加せずに十分な辛味を有する。
【0032】
(9)また、前記本発明の発酵性調味料は、仕込み開始後45日で40番以上の色度を有することが好ましい。例えば塩分濃度10体積%以下、pH4.0以下、かつ40番以上の色度であることが好ましい。
【0033】
仕込み初期期間のうちにpHが4.0以下(pH3.0〜4.0)にまで下降し、また電位が低下することで、色が付きにくく、淡色の発酵性調味料となる。
【0034】
特に、アルカリ性仕込みであって所定期間アルカリ性に維持されるアルカリ維持過程を経ることで、乳酸発酵の盛んな諸味となり、脱塩装置や脱色装置を用いることなく色の薄い発酵性調味料を得ることができる。
【0035】
このような色の薄い調味液を利用して、例えばこれを調味たれや飲料水に混入することで、素材の色を生かした調味が可能となる。
【0036】
(10)また、前記本発明の発酵性調味料は、乳酸量を3.5重量%以上自然含有することが好ましい。例えば塩分濃度4体積%以下、pH4.0以下(3.5〜3.98)、かつ乳酸量3.5〜6g/100ml自然含有することが好ましい。
【0037】
前記製造方法によることで、例えば乳酸量を3.5%〜4.2%(pH4.0、塩分濃度8.7%)、5.0%〜6.0%(pH3.5、塩分濃度3.0%)自然含有した発酵性調味料を得ることができる。
【0038】
このように多量の乳酸を含有することで、飲用者の血糖値を下げる効能や、食肉などの食品へ利用することで変色を防止し、悪臭を消すなどの効果がある。
【0039】
(11)また、本発明の液体醤油加工品は、前記いずれかの発酵性調味料の製造方法或いは発酵性調味料によって得られた、塩分濃度8体積%以下のものである。ここで液体醤油加工品とは、醤油を混入して得られる液体加工品を言い、例えばポン酢醤油、めんつゆ、各種タレを意味する。
【0040】
前記いずれかの発酵性調味料の製造方法によって得られた発酵性調味料は、塩分濃度8.0%以下まで薄めて液体醤油加工品とすることで、極めて大きな減塩効果を得ることができる。
【0041】
例えば本発明の塩分濃度8.7体積%の発酵性調味料を用いてポン酢醤油を作成すると、一般的なポン酢醤油(塩分濃度8.1%程度)と比較したとき、66.0%もの減塩効果がある。これはγ−アミノ酪酸や乳酸をはじめとする有機酸を多く含むことで、薄めた場合でも相当の辛さを保つことによる。
【0042】
(12)また、本発明の固体醤油加工品たる醤油粕は、前記いずれかの発酵性調味料の製造方法によって得られた醤油粕を乾燥させたものである。ここで固体醤油加工品とは、諸味液汁に含まれる醤油粕を抽出し、これを乾燥させたものである。これは動物の餌(例えば牛などの家畜或いはペット等の飼料)に混ぜて使用したり、香辛料として混ぜて使用することができる。
【発明の効果】
【0043】
上記手段を採用することで、アルコール等の添加物を加えることなく、酸敗させることなく、減塩でありながら適度な辛味を有し、天然の有効成分を含有する海水由来の発酵性調味料を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0044】
この発明の実施形態の海水由来の発酵性調味料について、実施例として示すサンプル8ないし16の各データ及び図面と共に説明する。
本発明にいう発酵性調味料は、通常の醤油醸造法により製造された濃口醤油、淡口醤油、淡口醤油、溜醤油、再生(甘露)醤油、生醤油などの醸造醤油、蛋白質原料を加水分解した後に濾過生成して得られるアミノ酸液(化学醤油)、半化学半醸造醤油、その他醤油様調味料や味噌等の発酵性食品を含む。
【0045】
本発明の発酵性調味料は、大豆或いは小麦によるたんぱく質原料を、海水由来水および所定の酵素で加水分解し、酵母と乳酸菌による発酵を行って得られる。
【0046】
本発明によれば、10%以下の低塩水仕込みであって、アルコール量が少ないものであっても腐敗することはない。これは、多量(例えば通常の水道水仕込みに比べて倍以上の)の乳酸によって殺菌効果が活発であり、pHが低いもの(例えば4以下)となることによる。さらに、前記多量の乳酸は自然発酵により含まれるものであり、必ずしも添加物を必要としない。
【0047】
また、天然成分としてγ−アミノ酪酸を含有するものとなりうる。塩分に加えて天然のγ−アミノ酪酸による辛味を得ることで、更に減塩の調味料を得ることが出来る。例えば、塩分を60〜70%減らしても十分な辛味成分の調味料を得ることが出来る。これにより、辛味を得るために必ずしも唐辛子抽出物、カプサイシン等の香辛料を加える必要がない。
【0048】
そして、本発明の発酵性調味料は、諸味を発酵させたときに、初期発酵期間においてアルカリ性となるアルカリ性変移期間を経るように調製したことを特徴とする。この調整は、仕込み前のアルカリ調製工程において、アルカリ性の天然仕込み水、或いは/及びアルカリ性の天然麹を使用することによって達成される。
【0049】
具体的には例えば、海洋深層水を仕込み水として調製したアルカリ性の諸味を発酵させて、本発明の発酵性調味料を得ることができる。このとき麹は、種麹を加えて得られた、少なくともpH6.8以上の麹であればよい。pH6.8以上pH7.2未満の天然麹とアルカリ性の仕込み水とによってアルカリ性の諸味を調製した場合には、この諸味からγ−アミノ酪酸を少量含んだ減塩醤油を得ることができる。また、pH7.2以上の天然麹とアルカリ性の仕込み水とによってアルカリ性の諸味を調製した場合には、この諸味からγ−アミノ酪酸を多量含んだ辛味のある発酵性調味料を得ることができる。
【0050】
(初期発酵期間)
ここで、初期発酵期間とは、仕込み後に開始される初期的な発酵の活性期間であり、例えば、仕込み開始後10日目程度までの、発酵活性の初期ピークを越える期間を示す。
【0051】
本発明の発酵性調味料は、発酵過程において、初期ピークによるアルカリ性変移期間(一次アルカリ性移行期間という)が終了する前に乳酸菌発酵が開始されるという重畳発酵過程を経て得られる。重畳発酵過程では、乳酸菌活性期間が前記初期ピークによる前記アルカリ性変移期間(一次アルカリ性移行期間)と重畳的に表れる。これは、諸味がアルカリ性の状態にあるときに乳酸菌発酵を開始させるという意味を有する。
【0052】
アルカリ性移行期間内に、タンパク分解酵素であるアルカリプロテアーゼが活性化することによってタンパク分解が進む。このとき、アミラーゼ活性はpHにかかわりなく進行するため、併せてアミラーゼによる分解も進む。このようにして、アルカリ性移行期間内に有効成分の大部分が生成される。具体的には、仕込み開始後10日までに、最終の発酵性調味料の有効成分のうち少なくとも75%以上が生成される。特に減塩効果の高い後述のサンプル8、9、10では95%程度、γ−アミノ酪酸を多量に含む後述のサンプル14、15及び16では85%程度が生成される。
【0053】
塩分濃度の相違によって初期発酵期間のピークは下記表1のように異なる。
【0054】
【表1】

【0055】
(プロテアーゼ活性の推移)
仕込み開始後のプロテアーゼ活性度は、図1のように推移する。図1は夏仕込みのプロテアーゼ活性のピークを100としたときの活性の相対度数を示したものである。
【0056】
(乳酸菌数、pH、窒素生成量の推移による効果)
上記プロテアーゼ活性に伴い、以下に説明する乳酸菌の活性、これによるpHの下降及び窒素量の増加が起こる(図2、図3)。これによって雑菌の増殖が防がれ、調味液の腐敗の進行が停まる。このためアルカリ性移行期間後も有効成分の割合が安定するものとなり、減塩であっても腐敗や過度熟成が起こらずに仕込み期間が進行する。
【0057】
アルカリ性移行期間が終わる前の乳酸菌活性によって乳酸量が過度になるとpHが下降する(図2、3)。pHが下降すると他の雑菌の活動も抑えられる。なお乳酸菌自体も、pH4.0以下になると活動が弱くなる。またこれに伴い、窒素が大量にできる(図4)。
【0058】
(乳酸菌の菌数の推移)
具体的には、仕込み開始後の乳酸菌の菌数は、図2、図3及び図6のように推移する。
【0059】
(pHの下降の推移)
また、仕込み開始後のpHは、図2、図3及び図6のように推移する。各図において、pHはピークの後、下降割合を暫少させながら下がり、従来よりも低い4.5以下のpH(pH3.9ないし3.4程度)にて一時的に安定する。またpH4.0以下になる時期は、仕込み開始から45日以内である。具体的には、仕込み開始からpHが4.0以下になるまでの期間は、塩分濃度10%のものは30日、塩分濃度6.0%のものは17日、塩分濃度3%のものは4日である。これらは、通常のpHの下降の仕方よりも短期間の急激な下降である。
【0060】
(窒素生成量の推移)
そして、仕込み開始後の窒素生成量は、図4のように推移する。温度の低い時期(11月16日)に仕込んだ冬仕込みよりも、温度の高い時期(6月29日)に仕込んだ夏仕込みのほうが、仕込み開始から短期間の仕込み初期期間内に急激に窒素量が増加する。なかでも、海洋深層水を仕込み水にしたサンプル9,15(後述の比較試験のサンプル名)は、水道水を仕込み水にしたサンプル7よりも窒素量が多く、より短期間に窒素量が増加する。一方、冬仕込みのサンプル16は、仕込み開始から2月まで急増するもののその傾きは夏仕込みよりも緩やかであり、窒素生成の速度が比較的小さい。また冬仕込みの窒素量は仕込み開始から2ヶ月間急増した後も緩やかに増加し続ける。
【0061】
以下、本発明の発酵性調味料を製造するための仕込み水及び麹の構成に付き詳述する。
(仕込み水)
本発明で使用する仕込み水は、海水を濃縮した濃縮海水であること、特に海洋深層水を濃縮した海洋深層水濃縮水を含有することが好ましい。濃縮の方法は、過熱による蒸発濃縮、逆浸透膜透過による濃縮、密閉容器内で減圧してキャリブレーションを起こすことによる減圧濃縮を始め種々の方法が採用されるが、特に減圧濃縮が最も好ましい。また、塩分濃度調節等を目的として天日塩を添加しないことが好ましい。
【0062】
(天日塩の不添加)
天日塩には、高度好塩菌が多量に含まれている。特に輸入天日塩の場合、高度好塩菌が2×10ないし3×105g混入し、芽胞子細菌として2.8×103
gの多量の菌が混入しているといわれる。
【0063】
この高度好塩菌は、海水中では、数%の塩分があれば7℃位の低温でも10日後には増殖し、冷温仕込み(冬仕込み)で10℃〜15℃でも生育・増殖する。特に海洋深層水中では増殖が盛んである。
【0064】
すなわち、仕込み水に海水を使用した場合に天日塩を添加して、塩水貯蔵(保管)すると、天日塩の中に含まれる高度好塩菌は、海水中で増殖する。このため、海洋深層水に天日塩を加えた仕込み水を使用すると、高度好塩菌は死滅せず、発酵性調味料の窒素成分の低下、香味の劣化をもたらすこととなる。
【0065】
(深層水の問題点)
本願発明者による試験の結果、海洋深層水に天日塩を加えた仕込み水(諸味液汁の塩分16.5%〜17.5%)を使用した場合に、乳酸発酵時に諸味表面に多くの泡が出ていることが確認された。この泡は、海洋深層水中のナトリウム以外のミネラルが作用し、テトラジェノコッカス以外の乳酸菌等が生育して発生したものと考えられる。
【0066】
なお、水道水を仕込み水としてこれに天日塩を添加しても、前記高度好塩菌は、諸味の発酵過程でプロテアーゼ等の酵素によってほとんど死滅する。例えば、水道水に天日塩を加えて塩分16%の仕込み水とした場合、これを使用した発酵性調味料は、菌がほとんど増殖しない。
【0067】
これに対して本願においては、海水に天日塩を添加するのではなく、濃縮海水として塩分濃度を調節するものとしている。これにより、海水自体が腐敗しにくく、海水に元来含まれる菌数が不要に増殖することはない。また、天日塩の添加による他の菌の加重やそれによる反応を未然に防ぐものとなり、例えば殺菌工程を経なくても菌が余分に増殖しない。特に菌数の少ない海洋深層水を濃縮すれば、雑菌数が少なく、腐敗し難い仕込み水となる。
【0068】
下記比較試験の結果、海洋深層水或いは水道水に天日塩を加えた仕込み水の場合、塩分濃度の低い減塩性の発酵性調味料は、発酵過程で腐敗してしまったのに対し、海洋深層水を90℃で高温濃縮した仕込み水、或いは40〜65℃で減圧濃縮した仕込み水の場合は、腐敗することなく特殊な発酵性調味料が生成された。
(仕込み水の保存試験)
水道水と加熱殺菌した海洋深層水にそれぞれ天日塩を添加し、一定温度保持による菌数増加の保存試験を行った。状態、pH,金数、状態の比較結果を表2に示す。
【0069】
【表2】

【0070】
表2のように、海洋深層水は7℃でも菌数が増え、水道水は菌数が増えていないことが判った。
【0071】
例えば海水に天日塩を加えた場合、天日塩の添加によってpHが下がるため、高度好塩菌が増殖した場合、アルカリプロテアーゼが働きにくいために腐敗してしまう。これに対して、温度が高い条件下、pHの高い条件下では、高度好塩菌が海洋深層水によって増殖する。また、高度好塩菌は塩分濃度が高くなると、より盛んに増殖する。更に、pHが高いとアルカリプロテアーゼが菌を死滅させるため、諸味の嫌気性によって菌の増殖を抑えることとなる。本願発明で使用する仕込み水はこの高いpH下で発酵過程を行うことが好ましい。
【0072】
諸味液汁塩分16ないし17%の場合には、天日塩の高度好塩菌はさほど影響を及ぼさないとしても、減塩性たる塩分10%ないし8%では、大きな影響を受ける。
【0073】
(麹菌)
本発明で使用する麹菌は、出麹のpHが高く、中性であり、アルカリプロテアーゼ活性が強いものである。具体的には黄麹菌群たるアルペルギルス・ソーヤを使用する。
【0074】
なお、麹と仕込み水の加重割合や各pHを調節することで、γ−アミノ酪酸の量を調節することができる。
【0075】
(麹の製造方法)
本発明の発酵性調味料に使用する麹は、例えば以下の製法によって得られたものである。
【0076】
すなわち先ず、脱脂大豆400kgに原料の重量155%、620lを散水して、NK缶にて1.7kg/cm、9分間蒸煮する。これを減圧冷却した後、生小麦323kgを加熱処理し、さらに割砕して得られた割砕小麦を混合する。このとき、割砕小麦に種麹菌を接種する。サンプル14〜15の製麹室取り込み後の水分は48.2%であり、70時間後、水分34.5%、出麹pH7.52の麹が得られた。
【0077】
また、出麹のpHと、これによって得られた発酵性調味料たる醤油の乳酸量との関係を図7に示す。出麹のpHが高いほど、生成される乳酸量の量は多くなる。特にpH7超のアルカリ性の出麹は、しょうゆの乳酸量が3.04を超えることとなる。
【0078】
(たんぱく質原料処理)
本発明で使用する麹のたんぱく質原料は、次述する所定のたんぱく質原料処理を行ったものである。このたんぱく質原料処理は、内部散水機能と、蒸気供給機能と、内部空気を排気する排気弁と、ジェットコンデンサーと連結された急冷機能とを有する回転ドラム内で行われる。このような回転ドラムとして、例えば、NK式蒸煮缶を使用する。脱脂大豆を蒸煮によって変性させ、麹菌の繁殖を容易にすると共に、原料表面の有害微生物を殺菌し、生大豆の酵素、阻害物質を消去させて麹菌や諸味中の有用微生物の作用を受けやすいものとしている。
【0079】
従来は、15〜20分間蒸気を送りながら、排気弁より缶内の空気を排出してから蒸気圧を上げるものであった。これに対し、本発明では長時間蒸気を送ることで、脱脂大豆に加水と加温とを行い、次に排気バルブを閉めて9分間の短時間で高圧蒸煮を行うものである。
【0080】
具体的には、先ず、原料の脱脂大豆を樽状の缶内に投入し、この缶を回転させながら缶内部へ散水を行う。回転速度は1.5回転/分程度である。このとき、散水量を、脱脂大豆に対する重量比140ないし160%、好ましくは145ないし155%とする。これは、通常の散水量100ないし130%よりも多い。
【0081】
次に、回転中の缶内に所定時間、所定圧の蒸気を送り込んで予熱蒸煮を行う。このとき、0.01kg/cm2以下の低蒸気圧、例えば0.01kg/cm2の比較的低い蒸気圧で、90分間以上、例えば90分間という比較的長い時間蒸気を送ることで、水分を十分に脱脂大豆に染み込ませる。或いは、更に低い蒸気圧0.005kg/cm2で更に長時間たる180分間予熱するものとしてもよい。この予熱終了後の脱脂大豆は、内部に水分が多く、表面に水分が少ない状態となる。なお、通常の予熱時間は、缶内空気を排出し終えるまでの15ないし20分間程度であるから、通常の4倍以上の長時間、かつ10分の一以下の低蒸気圧の状態で予熱を行うこととなる。このとき、余熱時間が長いので、缶内空気が自然に排出される。
【0082】
そして次に、排気弁を閉じ、蒸気圧を短時間たる15分間で1.7kg/cm2まで上昇させ、次に、排気弁を閉じてこの缶内空気を保持した密閉状態のまま、蒸気圧1.7kg/cmを安定して9分間保つ。従来は、15分ないし20分蒸気を送ったのち、排気弁を開けて缶内の空気を排出したのちに蒸気圧を上げるものであるが、本発明では短時間上昇させた缶内蒸気圧のまま長時間たる9分間密閉状態にして連続的に高圧蒸煮を行う。
【0083】
次に、蒸煮の後、排気弁を開き、缶内を常圧に下げる。このとき8分程度で常圧となる。
【0084】
次に、排気弁を閉じ、ジェットコンデンサーを作動させ、35ないし37℃程度まで急冷し、その後排気弁を開けて缶内を再び常圧に戻す。
脱脂大豆の冷却後、原料処理を経た炒り割砕小麦と種麹菌とを、脱脂大豆と同量程度、同時に加えて密閉状態とし、この密閉状態のまま缶を回転させ、缶内混合する。このとき、炒り割砕小麦及び種麹菌は雑菌に汚染されていないものを使用する。密閉状態の缶内で混合するため、混合中の雑菌汚染を抑止することが出来る。なお、これと異なる混合方法として、開放容器の上方から送風によって冷却しながら割砕小麦と混合する方法が考えられるが、このような開放状態での混合では、外部の雑菌が多量に付着してしまう。
【0085】
脱脂大豆と炒り割砕小麦の混合割合は、重量比50:50ないし55:45程度である。上記により、水分の多い麹を得ることが出来る。このような麹はpHが高くアルカリに傾き、かつ分解力が強くアルカリプロテアーゼ活性の強いものとなる(プロテアーゼ活性の比較表を図1に示す)。発酵液のpHも比較的高いものとなる。
【0086】
例えば麹のアルカリプロテアーゼ活性は、20万以上、さらにいえば262100ないし283000μ/gである。
【0087】
(炒り割砕小麦の原料処理)
本発明で使用する炒り割砕小麦は、砂浴式回転同筒型麦炒機を用いて炒熬した小麦を割砕したものである。小麦を炒熬することで大豆表面の水分を少なくし、表面に付着可能な粉末を含んだ割砕小麦を作る。これにより、原料を殺菌すると共に、多量に含まれる小麦でんぷんをα化して、麹菌のアミラーゼの作用を受けやすいものとする。また、蒸煮大豆の表面水分を調節して、麹の雑菌汚染を抑制し、製麹操作を容易なものとする。
【0088】
本発明では、例えば水分13.6%程度の硬質外麦を使用し、これを炒り温度150%、弱炒熬(淡茶)。炒り麦水分10%程度、α化度65%程度の条件で炒熬する。これは通常よりも弱い炒熬の火の入れ方である。
【0089】
次に、炒熬後の150℃の炒り小麦を貯蔵して、2ないし3日間、冷暗所で自然放冷する。この自然放冷の間に炒り小麦は膨化し、水分は3%以下となる。このように弱炒熬の炒り小麦を膨化させ、自然放冷によって水分を3%以下まで蒸発させるのは、炒熬小麦の割砕において、細かい粒子を多くして、炒り小麦の水分を少なくするためである。
【0090】
次に、炒熬した小麦を割砕して、50メッシュを通過する細粉が重量比45%以上含まれる状態とする。炒熬した小麦をより細かい細粉とし、これを過水状態の脱脂大豆と混合することで、脱脂大豆の表面に多くの細粉小麦を付着させて、脱脂大豆の表面水分をより吸収させるものである。
【0091】
(比較試験)
サンプル1〜15について、使用する仕込み水を変え、またサンプル16について他のサンプルと仕込み時期を変えて、発酵性調味液の比較試験を行った。
【0092】
このうちサンプル8〜16(11〜13を除く)が、添加物を加えず、かつ腐敗することなく得られた本発明の発酵性調味料である。具体的には、サンプル8〜10が、塩分濃度12%以下であり、水で薄めることでアルコールや他の塩類を加えることなく十分な風味を有する減塩醤油となる。またサンプル14〜16は水で薄めることなく生成された塩分濃度10.0%以下、さらにいえば8.8体積%以下の発酵性調味料であり、天然のγ−アミノ酪酸を少なくとも150mg/100g以上、さらにいえば600mg/100g以上自然含有する。特にサンプル16は900mg/100gもの大量のγ−アミノ酪酸を自然含有する。
【0093】
またサンプル1〜15が夏仕込による発酵性調味料であり、サンプル16が冬仕込みによる本発明の発酵性調味料である。
【0094】
(各サンプルで使用する仕込み水)
各サンプルで使用する仕込み水の作成方法、イオン組成、塩分濃度及びpHを表4に示す。
【0095】
ここで使用する天日塩は、オーストリア産の天日塩を粉砕したものである。
【0096】
【表3】

【0097】
表3に示すように、サンプル5、8ないし10、14及び15に大量のミネラルが含まれる。サンプル11は、Caは多いもののpHが低い。サンプル12はミネラルが不足し、pHが高い。サンプル13はミネラル量もpHも低い。サンプル14はミネラルが多く、pHが高い。サンプル15はサンプル14よりもミネラル、pH共にわずかに少ないが、相当量ミネラル含有及び低くないpH値である。
【0098】
(仕込み水の量)
サンプル1ないし7には、塩水75リットルに対して麹41.65kgを添加する。麹41.65kgには、大豆蛋白及び小麦蛋白を併せて242gのタンパク質が含まれる。
【0099】
サンプル8ないし13には、塩水75リットルに対して麹33.3kgを添加する。麹33.3kgには、大豆蛋白及び小麦蛋白を併せて195gのタンパク質が含まれる。
【0100】
麹へ加水する仕込み水の量に関し、サンプル1〜7は10.55水で仕込み、サンプル8〜13は13.2水で仕込んだ。また、サンプル14は12.5水で仕込み、サンプル15は14.2水、サンプル16は12.5水で仕込んだ。
【0101】
なお、仕込み水の割合は、仕込み水量の、大豆と麦からなる原料の総容積に対する割合の10000倍の数値nをもって「n水」として表す。例えば、大豆400kg、麦323kgによって麹を得たとき、原料の総重量は723kgであり、原料の容積は1096klすなわち1,096,000lである。これに例えば1370lの仕込み水を加えるとき、1370の1,096,000に対する割合0.00125を一万倍した値「12.5」の数値を用いて、12.5水と表す。
【0102】
(麹の製造方法)
本比較試験の発酵性調味料に使用した麹は、表4に示す原料比率から成る。
【0103】
【表4】

【0104】
サンプル1〜13に使用した麹は、以下の製法によって得られたものである。すなわち先ず、脱脂大豆280kgに原料の重量145%、406lを散水して、NK缶にて1.7kg/cm、9分間蒸煮する。これを減圧冷却した後、生小麦280kgを加熱処理し、さらに割砕して得られた割砕小麦を混合する。このとき、割砕小麦に種麹菌を接種する。サンプル1〜13の製麹室取り込み後の水分は48.2%であり、70時間後、水分31%、pH7.10の麹が得られた。
【0105】
本発明の別の実施例の発酵性調味料のうちサンプル14、15に使用した麹は、以下の製法によって得られたものである。すなわち先ず、脱脂大豆400kgに原料の重量155%、620lを散水して、NK缶にて1.7kg/cm、9分間蒸煮する。これを減圧冷却した後、生小麦323kgを加熱処理し、さらに割砕して得られた割砕小麦を混合する。このとき、割砕小麦に種麹菌を接種する。サンプル14〜15の製麹室取り込み後の水分は48.2%であり、70時間後、水分34.5%、pH7.52の麹が得られた。
【0106】
(発酵性調味料の分析)
上記サンプルを用いて発酵性調味料を製造した結果、サンプル11ないし13を使用した調味料が腐敗し、残りのサンプルは腐敗しなかった。
【0107】
仕込み開始から45日後における。各サンプルの発酵性調味料の総窒素量、塩分濃度、液性、色度、固形分、アルコール、還元糖、ボーメ、ホルモール窒素、酸度、並びに原料利用率の各分析結果を表5に示す。
【0108】
【表5】

【0109】
表5からわかるように、サンプル8〜16は食塩濃度が低くても十分な窒素量であり、ボーメやホルモール窒素、酸度の割合が大きい。これらの原料利用率はいずれも80%を超える。
【0110】
また同サンプル群のγ−アミノ酪酸量の分析結果を表6に示す。
【0111】
【表6】

【0112】
表6からわかるように、サンプル14〜16に天然のγ−アミノ酪酸が大量に含有されていた。
【0113】
(有機酸分析)
有機酸分析結果を表7に示す。
【0114】
【表7】

【0115】
諸味液汁中の脱炭酸乳酸菌によって、アスパラギン酸はアラニンに変換され、グルタミン酸はγ−アミノ酪酸に変換される。アスパラギン酸は酢酸と同じ程度の強い酸味を有し、乳酸も酸味を有する。アラニンは甘さを有し、γ−アミノ酪酸は辛さを有する。
【0116】
海洋深層水を使用したサンプル14〜16は、水道水を使用したサンプル7と比べて、アスパラギン酸が極めて少なく、アラニンが比較的多い。同様にサンプル14〜16は、サンプル7と比べてグルタミン酸が極めて少なく、ピログルタミンが比較的多い。また乳酸が多く、γ−アミノ酪酸はきわめて多い。
【0117】
冬仕込みも夏仕込みも、海洋深層水を使用したサンプル14〜18は脱炭酸乳酸菌の余力が十分にあると考えられる。
【0118】
諸味液汁の仕込み開始と同時に蛋白質の多い小麦グルテンを加えるなどによって、グルタミン酸の量を増やすと、よりγ−アミノ酪酸が増える。
【0119】
夏仕込みも冬仕込みも、pH3.9以下で活動を停止する。pHの減少後は、減少前と比べて菌数が激減する。
【0120】
(冬仕込みと夏仕込みの比較)
夏仕込みのサンプル14〜17において、醤油乳酸菌と脱炭酸菌は、仕込み開始から短期間内に急激に増殖し、その後急激に減少する。
【0121】
また表7からわかるように、冬仕込みと比べて、グルタミン酸の量は少なく、γ−アミノ酪酸の量も少ない。
【0122】
冬仕込みのサンプル18はアスパラギン酸を含まない一方、アラニンを、夏仕込みのいずれのサンプルよりも多く含む。これはほぼすベてのアスパラギン酸がアラニンに変換されていることを示す。
【0123】
また、夏仕込みのサンプル14〜17と比較してピログルタミン酸が少なく、またγ−アミノ酪酸はサンプル14〜17よりもはるかに多い。これは、冬仕込みはグルタミン酸を作るグルタミナーゼの活性が極めて強く、グルタミン酸からγ−アミノ酪酸への変換が夏仕込みよりも盛んに行われていることによる。
【0124】
また、脱炭酸乳酸菌の総量は、夏仕込みが平均589mg、冬仕込が平均940mgである。冬仕込みの脱炭酸乳酸菌は、夏仕込よりも長期間活動することでγ−アミノ酪酸をより多量に生成すると考えられる。
【0125】
夏仕込みにおいては、乳酸量は仕込み経過日数に伴って、図6のような挙動によって増加する。サンプル7よりも塩分濃度の低いサンプル9、15のほうが乳酸量は仕込み開始から短期間、すなわち視う込み初期期間と重畳する期間内中に、急激に増加する。またサンプル15のほうが、サンプル9よりも乳酸量を多量に含む。
【0126】
(pHの下降の相違)
各サンプルのうち、夏仕込みのサンプル7、9、15のpHの推移を図2に示す。また、冬仕込みのサンプル16、並びに、サンプル7と同条件で冬仕込を行ったサンプル7´のpHの推移を図3に示す。
【0127】
サンプル9、15の発酵性調味液はいずれも、サンプル7と比べて、pHが7以上の高値であり、そこからサンプル7よりも低値まで短期間に下降するため、1回の減塩仕込みでありながら腐敗することなく、辛味成分の豊富な調味料となる。これは、発酵中の乳酸菌がグルタミン酸をγ−アミノ酪酸へ分解することによる。
【0128】
サンプル8以降(特にサンプル9、15、16等)の本発明の発酵性調味料は、アルカリ性の仕込み水やアルカリ性の麹によって、低い塩分濃度であっても酸敗することなく、天然の有機酸をバランス良く含有した発酵性調味料を得ることができる。
【0129】
夏仕込では重畳発酵により急激にpHが下がる。冬仕込では乳酸発酵の時期が遅く、重畳発酵が起こることなく緩やかにpHが下降する。但し、冬仕込よりも夏仕込みよりものほうがpHが低い。
【0130】
なお、夏仕込みの諸味の温度変化は、下記表8のようになった。
【0131】
【表8】

【0132】
(乳酸量と減塩効果)
サンプル8、9、10に水を加えて薄めることで塩分濃度8.55%に調整したものを、市販の減塩醤油と成分分析比較した。その結果を表9に示す。
【0133】
【表9】

【0134】
なお市販品は、通常の醤油(塩分16%)を電気透析して脱塩したものである。
【0135】
減塩醤油についての問題点として、「風味が物足りない」「たくさん使ってしまうため塩分の過剰摂取となる」ことが一般に言われる。
【0136】
サンプル8、9、10は、電気透析等を行わず、減塩仕込みの一回仕込みでできた発酵性調味料であり、本来の自然発酵醤油の風味を十分に有する。電気透析を行った場合のように塩味、香味が欠けたり、添加アルコール臭がしたりすることがない。
【0137】
また、豊富なγ−アミノ酪酸量、豊富な乳酸量、及び適度な塩分濃度の相乗効果によって、十分な辛さを有する。食塩摂取量が塩分濃度16%の普通の醤油と比べて50%以上減る。
【0138】
また、乳酸が2.1%〜2.3%あるので血糖値の上昇を抑制し、γ−アミノ酪酸を多量に含むため、血圧を降下させ、また、カルシウム、マグネシウムが海水のバランスに近い状態で多量に存在する。
【0139】
また、各サンプルのγアミノ酪酸含有量、乳酸量、酢酸量、及び減塩効果についてまとめたものを表10に示す。
【0140】
【表10】

【0141】
諸味中での乳酸量は、仕込み当初における耐塩性乳酸菌の菌数と、仕込み後の日数経過に伴うpH下降速度によって決定される。例えば海洋深層水を使用したサンプル8〜16の乳酸量は、水道水を使用したサンプル7よりもpH下降速度が速く、より多量の乳酸量が生成される。その中でも塩分濃度の低いサンプル14〜16のほうがサンプル8〜10よりもpH下降速度が速く、さらに多量の乳酸量が生成される。なお、通常の塩分濃度15%程度のサンプル5は、pH下降速度がもっとも遅く、乳酸量が最も少ない。
【0142】
減塩効果は、一般的な醤油として塩分濃度16%、γ−アミノ酪酸0.9%以下、乳酸1.0%、酢酸0.46%のものと比較し、同程度の辛さとなるまで薄めて得た値である。
【0143】
本発明の発酵性調味料は低pHであるとともに、天然の乳酸を相当量以上、少なくとも2.2%以上自然含有する。例えば、仕込み開始45日後の乳酸量は、塩分濃度8.7%のものでpH3.98、乳酸量4.02%であり、塩分濃度6.0%のものでpH3.66、乳酸量4.5%であり、塩分濃度2.7%のものでpH3.5、乳酸量5〜6%である。
【0144】
前記天然の乳酸に加え、天然のγ−アミノ酪酸、及び天然の他の有機酸を相当量含有することにより、摂取した者の血糖値を降下させたり、浸漬させた食品の変色を防止したり悪臭を消したりするものとなる。
【0145】
塩分濃度3.0%で最も乳酸菌が活性する。
【0146】
海水由来の乳酸菌や、土壌などに存在する自然界の乳酸菌が働いた可能性がある。このうち自然界の乳酸菌とは例えば、麹室の中、或いは仕込み蔵の中に存在する、天然由来の低塩活性菌である。
【0147】
(塩分濃度の相違による比較)
塩分濃度の相違する4種類の発酵性調味液のサンプルを作成して状態を比較した。これらは全て同じ麹を使用している。
【0148】
結果を下記表11および図5に示す。
【0149】
【表11】

【0150】
塩分が低いものは、腐敗はしないものの、産膜性酵母による白カビが発生する。塩分濃度3.0%のものはカビの除去後4日程度で新たなカビの発生が認められ、塩分濃度6.0%のものはカビの除去後10日程度で新たなカビの発生が認められる。
【0151】
いずれも仕込み開始から45日後のpHが4.10以下となるが、そのうち塩分濃度3.0%および6.0%のものはpHが4未満となる。また、pH下降の推移によれば、塩分濃度が低いもののほうが、日数経過に伴って急激にpHが下がる傾向を示した(図5参照)。
((液体或いは固体)醤油加工品)
本発明の発酵性調味料は、ポン酢醤油、めんつゆ、醤油風味タレ等の液体醤油加工品、或いは、固形状や粉末状の固体醤油加工品として提供することができる。
(ポン酢醤油に使用した場合の減塩効果)
本発明の発酵性調味料は、塩分濃度8%以下の低塩であると共に天然のγ−アミノ酪酸及び天然の乳酸による辛みを有するため、薄めて液体醤油加工品に使用することで極めて高い減塩効果を得られる。例えばポン酢醤油に使用したとき、下記表12に示すように、一般的な塩分濃度のポン酢醤油と辛味で比較すると、(8.1−2.75〕/8.1=66.0%もの減塩効果がある。
【0152】
【表12】

【0153】
(醤油粕)
本発明の発酵性調味料を製造する際の、仕込んだ諸味液汁を絞りとることで、天然の有機酸を含有した醤油粕を得ることができる。この醤油粕は低塩でありながら多量の天然のγ−アミノ酪酸を含む。具体例として、水分27.4%、塩分濃度2.51%、TN4.06、γ−アミノ酪酸630mg/100mgの醤油粕を得ることができた。
この醤油粕は、ペットフードに混ぜて使用するほか、牛・豚・鶏等の家畜の飼料や飲用水に混ぜて使用することで、ペットや家畜の食欲を増進させたり、栄養分の高い食肉を得ることができる。
【0154】
(色度について)
仕込み開始から早期にpHが下がると、脱塩装置や脱色装置を使用しなくても、色の薄い淡色の発酵性調味料となる。例えば塩分濃度2.7%のものは、仕込み開始後45日でpH3.65、色度55番となる。少なくとも塩分濃度10%以下でアルカリ性で仕込みを開始し、仕込み開始後45日でpH4.0以下のものは、途中で過度に混ぜることがなければ45日後の色度が40番以上となる。このような45日後の色度45番以上のものは、タレや飲料に使用したとき、他の素材の色を反映させることができる。
【産業上の利用可能性】
【0155】
本発明による発酵性調味料の製造方法は、上述の実施例では醤油の製造方法に倣うものであり、減塩或いは低塩醤油に近似の辛味成分を有する調味料或いは調味液としてなる。但し上述の実施例に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で種々の変形、組み合わせ、応用、用途変更が可能である。例えば、味噌、納豆、チーズ、ヨーグルトをはじめとする発酵性食品、或いは、発酵性抽出茶、焼酎、泡盛、蒸留酒をはじめとする、発酵性飲料又はアルコール類として利用しうる。
【図面の簡単な説明】
【0156】
【図1】仕込み開始後の夏仕込みのプロテアーゼ活性度の推移を示すグラフである。
【図2】仕込み開始後の夏仕込みの乳酸菌の菌数及びpHの推移を示すグラフである。
【図3】仕込み開始後の冬仕込みの乳酸菌の菌数及びpHの推移を示すグラフである。
【図4】仕込み開始後の窒素生成量の推移を示すグラフである。
【図5】仕込み開始後の夏仕込みの乳酸菌の菌数及びpHの推移を塩分濃度の相違で比較したグラフである。
【図6】仕込み開始後の夏仕込みの乳酸量の推移を示すグラフである。
【図7】出麹のpHと、仕込み後に得られた発酵性調味料の乳酸生成量との関係を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
諸味が、仕込み初期期間において、所定期間アルカリ性に維持されるアルカリ維持過程を経ることを特徴とする発酵性調味料の製造方法。
【請求項2】
諸味が、アルカリプロテアーゼ及び乳酸菌を含有してなり、仕込み後に、アルカリプロテアーゼ活性期間と重畳して乳酸菌発酵が開始される重畳発酵過程を経る請求項1記載の発酵性調味料の製造方法。
【請求項3】
諸味を予めアルカリ性に調整しておくアルカリ予調整工程を経る請求項1または2記載の発酵性調味料の製造方法。
【請求項4】
アルカリ予調整工程が、海水からなる仕込み水にpH7.2以上の麹を加えて諸味を得るものである請求項3記載の発酵性調味料の製造方法。
【請求項5】
仕込み水が、塩分濃度3.5体積%以上まで濃縮させたアルカリ性の濃縮海水である請求項4記載の発酵性調味料の製造方法。
【請求項6】
請求項1ないし5のいずれかの発酵性調味料の製造方法によって得られ、発酵後のpHが4.5以下である発酵性調味料。
【請求項7】
発酵によって天然のγ−アミノ酪酸を150mg/100g以上自然含有する請求項6記載の発酵性調味料。
【請求項8】
一回仕込みによる請求項6記載の発酵性調味料に水を加えて得られた、塩分濃度8.8体積%以下、総窒素量1.65%以上、かつ乳酸量1.76%以上の発酵性調味料。
【請求項9】
仕込み開始後45日で40番以上の色度を有する請求項6、7、または8のいずれか記載の発酵性調味料。
【請求項10】
乳酸量を3.5重量%以上自然含有する請求項6、7、8、または9のいずれか記載の発酵性調味料。
【請求項11】
請求項1ないし5のいずれか記載の発酵性調味料の製造方法或いは請求項6ないし9のいずれか記載の発酵性調味料によって得られた、塩分濃度8体積%以下の液体醤油加工品。
【請求項12】
請求項1ないし5のいずれか記載の発酵性調味料の製造方法によって得られた醤油粕を乾燥させた固体醤油加工品。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate


【公開番号】特開2008−61583(P2008−61583A)
【公開日】平成20年3月21日(2008.3.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−243477(P2006−243477)
【出願日】平成18年9月7日(2006.9.7)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 博覧会名 FOODEX JAPAN2006(第31回国際食品・飲料展)、 主催者名 社団法人日本能率協会 ほか、 開催日 平成18年3月14日から3月17日「4日間」
【出願人】(597177507)株式会社 畠中醤油 (3)
【Fターム(参考)】