説明

目的細胞の取得方法および解析方法

【課題】目的細胞を回収用の容器に移し変えることなく、目的細胞以外の細胞を正確かつ迅速に基板上から排除し、目的細胞のみを基板上に確実に残すことができる、目的細胞の取得方法を提供すること。
【解決手段】細胞培養液を保持する親水性領域と、該親水性領域の周縁部を包囲し、細胞培養液の拡散を防止する撥水性領域とを備えた基板上において、細胞を培養液中で培養し、細胞を基板上に接着させる第一の工程と、基板上の細胞を観察し、目的細胞以外の細胞を基板上から排除し、これにより目的細胞のみを基板上に残す第二の工程とを含む目的細胞の取得方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、特定の細胞保持基板上から目的細胞以外の細胞を排除し、目的細胞のみを基板上に残す、目的細胞の取得方法に関する。また、本発明は、前記方法によって基板上に残された目的細胞に対して遺伝子発現解析などの解析を行う、目的細胞の解析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
生細胞群から必要な細胞のみを取得し、遺伝子解析をおこなう研究が近年さかんになっている。Stem-cell研究では、特定の遺伝子を発現した細胞のみを取得し、その細胞の分化の過程を追う研究がされている。また、神経分野では、脳由来組織の初代培養を行うと、神経細胞とグリア細胞が共存してしまい、培養条件によっていずれかを優勢にさせても完全に分離できない。このため、神経細胞とグリア細胞を生きたまま分離し、これらの解析、特に遺伝子解析を行いたいというニーズがある。
【0003】
生体試料のなかから目的の細胞や組織を取得する方法として、これまでに、マイクロダイセクション、マイクロマニピュレーター、フローサイトメトリー(FACS)などが知られている。
【0004】
マイクロダイセクションとは、例えば、細胞や組織切片のプレパラートなど、通常は平坦な標本に、細いレーザ光線を照射し、解析対象の細胞又は組織の小切片を切り取る方法であり、生物学及び医学の分野において汎用されている。切り取られた切片は、通常サンプルチューブに捕獲されて核酸を抽出され、引き続きDNA解析や遺伝子発現解析が行われる。この方法は、固定された組織細胞のみならず、近年、生細胞にも応用されている。
【0005】
マイクロマニピュレーターとは、解析対象である細胞の近傍に、細いガラス管の先端を配して陰圧をかけることによって、細胞や体液を吸引する方法である。捕獲対象が微小であるため、通常は顕微鏡下で、ガラス管の先端をマイクロメートル単位でXYZ軸方向にそれぞれ動かせるような構成の装置を使用する。この手法を用いて生細胞を得ることは可能であるが、一般に高度な手技を必要とする。
【0006】
フローサイトメトリーとは、細胞浮遊液を高速で流しながら、レーザ光を照射して、細胞一つずつにつき、その大きさ、細胞内構造、蛍光強度などについて解析する手法であり、レーザ光のセルソート機能により、特定の特徴をもつ細胞だけを採取することが可能である。この方法では、細胞を観察し、その形態から細胞の選択を行うことはできない。
【0007】
上述の方法を用いて目的の細胞や組織を取得し、遺伝子解析をおこなう場合、一般にこれらの方法では、細胞を培養する容器、顕微鏡下で細胞を観察する容器、取得した細胞を分取する容器、細胞から核酸を抽出する容器、核酸を増幅させる容器が別々になっていることが多い。すなわち、細胞培養と観察にはシャーレ、細胞分取と核酸抽出にはチューブ、核酸抽出にはPCR用チューブを使うことが多く、同じサンプルをそれぞれの工程で別の容器に移し替える必要がある。
【0008】
マイクロダイセクションによる細胞や組織の取得方法として、以下の方法が知られている。
【0009】
特許文献1では、ライカ社のレーザーマイクロダイセクション法が述べられている。ここでは、固定された組織切片の中の切り出したい部位(細胞集団)をレーザーパルスにより切断し、切断領域が重力による落下によりサンプルチューブに入ることで、目的の部位を得る方法が述べられている。しかし、本方法は、固定された組織のみにしか適用することができず、生細胞の取得に使用することはできない。
【0010】
特許文献2では、PALM社の非接触のレーザーマイクロダイセクション法が述べられている。ここでは、レーザーで切り出した生物学的対象が光運動論によりレーザービームの進む方向に移動する原理を応用し、回収用のチューブ等を、レーザーの進む方向の下流であって、切り出したい生物学的対象の直近に配置することで、切り出した生物学的対象を非接触に取得する方法が述べられている。
【0011】
非特許文献1では、PALM microlaser technologies社製の非接触のレーザーマイクロダイセクション法により、生細胞を生きたまま選抜し取得する技術が述べられている。この方法では、特別なポリエチレンナフタレイト(PEN)膜を配置した培養容器を用いることで、通常のプラスチック容器で起こっていたレーザービームの拡散や吸収を防ぎ、生細胞に対するレーザーのダメージを軽減し、生細胞の取得を可能としている。この方法では、PEN膜上面に生細胞を培養し接着させ、取得したい細胞の周りのPEN膜をレーザーで切り出し、切り出された細胞を含む膜を、レーザービームの進む方向に移動させる。これにより、切り出したい細胞の直近(1〜3mm離して)であって、切り出したい細胞の上部に置かれたサンプルチューブの蓋に細胞が捕獲され、生細胞を生きたまま、接着した状態で取得することができる。この方法では、取得したい生細胞を生きたまま損傷なく得ることはできるが、細胞の捕獲方法が光運動理論に基づくものであり、切り出し時のレーザーの強さや向きによっては必ずしもサンプルチューブの蓋に捕獲されるわけではなく、捕獲の成功率が低いという問題点があった。また、取得した細胞を培養容器から回収用の容器に移し変えるという工程を挟むことから、移し変えの作業の間に細胞が傷んだり、細胞を取り違えたりしてデータが得られない場合がある。
【特許文献1】特開2002−156316号公報
【特許文献2】特許第3311757号公報
【非特許文献1】Methods in Cell Biology, Volume 82, 2007, Pages 647, 649-673
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
上記事情に鑑み、本発明は、目的細胞を回収用の容器に移し変えることなく、目的細胞以外の細胞を正確かつ迅速に基板上から排除し、目的細胞のみを基板上に確実に残すことができる、目的細胞の取得方法を提供することを目的とする。また、基板上に取得された目的細胞を解析用の容器に移し変えることなく、解析反応を行う解析方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者は、特定の細胞保持基板を用いて細胞のダイセクションを行うことにより、目的細胞を回収用の容器に移し変えることなく、目的細胞以外の細胞を正確かつ迅速に基板上から排除し、目的細胞のみを基板上に確実に残すことができることを発見し、本発明を完成させるに至った。
【0014】
すなわち、本発明は、一つの側面によれば、
細胞培養液を保持する親水性領域と、該親水性領域の周縁部を包囲し、細胞培養液の拡散を防止する撥水性領域とを備えた基板上において、細胞を培養液中で培養し、細胞を基板上に接着させる第一の工程と、
基板上の細胞を観察し、目的細胞以外の細胞を基板上から排除し、これにより目的細胞のみを基板上に残す第二の工程と
を含む目的細胞の取得方法である。
【0015】
一つの態様において、前記第二の工程は、収束超音波により細胞培養液中に発生させた音響流を利用して行われる。
【0016】
また、一つの態様において、前記基板は平面状の基板である。
【0017】
また、一つの態様において、前記第一の工程において細胞は、0.2〜3μLの培養液中で培養される。
【0018】
別の側面によれば、本発明は、
細胞培養液を保持する親水性領域と、該親水性領域の周縁部を包囲し、細胞培養液の拡散を防止する撥水性領域とを備えた基板上において、細胞を培養液中で培養し、細胞を基板上に接着させる第一の工程と、
基板上の細胞を観察し、目的細胞以外の細胞を基板上から排除し、これにより目的細胞のみを基板上に残す第二の工程と、
基板上に残された目的細胞について、所定の反応液中で反応を行い解析を行う第三の工程と
を含む、目的細胞の解析方法である。
【0019】
一つの態様において、前記第三の工程における反応は、加熱反応であり、
前記基板は、細胞培養液を保持する第一親水性領域と、該第一親水性領域の周縁部を包囲し、細胞培養液の拡散を防止する第一撥水性領域と、該第一撥水性領域の周縁部を包囲し、反応液を加熱反応から保護する被覆液を保持する第二親水性領域と、該第二親水性領域の周縁部を包囲し、被覆液の拡散を防止する第二撥水性領域とを備えた基板である。
【0020】
また、一つの態様において、前記加熱反応は、核酸増幅反応である。
【0021】
また、一つの態様において、解析方法における前記第二の工程は、収束超音波により細胞培養液中に発生させた音響流を利用して行われる。
【0022】
また、一つの態様において、解析方法における前記基板は平面状の基板である。
【0023】
また、一つの態様において、解析方法における前記第三の工程において目的細胞は、0.2〜3μLの反応液中で解析される。
【発明の効果】
【0024】
本発明の目的細胞の取得方法によれば、目的細胞以外の細胞を正確かつ迅速に基板上から排除し、目的細胞のみを基板上に確実に残すことが可能である。本発明の方法は、目的細胞を回収用の容器に移し変える必要がなく、目的細胞を取得することができる。また、本発明の解析方法によれば、基板上に取得された目的細胞を解析用の容器に移し変えることなく、解析反応を行うことが可能である。このように本発明の解析方法は、目的細胞の取得から解析までを同一の基板上ですべて行うため、細胞サンプルの移し変えによる損失がなく、微量サンプルの解析も可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0025】
以下、本発明について詳細に説明するが、以下の説明は、本発明を説明するためのものであって、本発明を限定するためのものではない。
【0026】
1.目的細胞の取得方法
本発明の目的細胞の取得方法は、
細胞培養液を保持する親水性領域と、該親水性領域の周縁部を包囲し、細胞培養液の拡散を防止する撥水性領域とを備えた基板上において、細胞を培養液中で培養し、細胞を基板上に接着させる第一の工程と、
基板上の細胞を観察し、目的細胞以外の細胞を基板上から排除し、これにより目的細胞のみを基板上に残す第二の工程と
を含む。
【0027】
1−1.第一の工程
本発明において「細胞」は、任意の細胞、一般的には生細胞であり、たとえば、不死化して株化された培養細胞および生体組織からの初代培養細胞が挙げられる。
【0028】
本発明の方法の第一の工程において、細胞含有溶液を保持する親水性領域と、該親水性領域の周縁部を包囲し、細胞含有溶液の拡散を防止する撥水性領域とを備えた基板上に細胞を播き、溶液中で培養し、基板上に接着させる。
【0029】
本発明において使用される基板の一例を、以下に図1を参照して説明する。図1(a)は、基板2の斜視図、(b)は(a)のI−I線における基板2の断面図である。
【0030】
基板2は透光性の材質からなるものが好ましい。透光性の材質とは、光の透過率が高く且つ自家蛍光の少ない材質を指し、具体的にはガラス類や透明な樹脂類が例示できる。なかでも好ましいものとしては、水板ガラス、白板ガラス、ハーフホワイトガラス等のガラス類が例示できる。
【0031】
基板2は、表面21及び裏面22が平滑なものが好ましい。ここで、基板の表面21とは、後記する試料保持部である第一親水性領域が設けられている側の基板2の面を指し、基板の裏面22とは、前記表面21とは反対側の基板2の面を指す。
【0032】
基板2の大きさは特に限定されず、例えば表面21及び裏面22の大きさは、目的に応じて適宜選択し得る。ただし、基板2の厚みは、光の透過率が良好であるという観点からは薄いほど好ましく、基板2の強度も考慮して取り扱いのし易さという観点からは、0.9〜1.1mmであることが好ましい。
【0033】
図1(b)に示すように、基板の表面21には、試料保持部となる第一親水性領域211と、該第一親水性領域211の周縁部を包囲する第一撥水性領域212とが設けられている。第一親水性領域211は平面状であり、滴下した細胞培養液を保持でき、播いた細胞が接着でき、かつ核酸増幅溶液等の反応液を保持できるものである。すなわち液体20は細胞培養液または核酸増幅溶液等の反応液である。細胞を保持するための第一親水性領域211は、基板上の細胞をすべて同一平面で観察するために、平面であることが望ましい。
【0034】
液体20は、第一親水性領域211上で安定して保持される。そして、第一撥水性領域212を設けることで、液体20の移動が抑制されるので、液体20がより安定して保持される。第一親水性領域211は、その外形は特に限定されず、目的に応じて選択すればよいが、図1に示すように略円形状が好ましい。第一撥水性領域212も平面状であることが好ましい。そしてその外形は特に限定されず、目的に応じて選択すればよいが、リング状であることが好ましい。このようにすることで、液体20がより安定して保持される。
【0035】
基板の表面21においては、図1に示すように、第一撥水性領域212の外側周縁部を包囲する第二親水性領域213と、該第二親水性領域213の外側周縁部を包囲する第二撥水性領域214とが設けられていることが好ましい。このようにすることで、保持された液体20の蒸発を防ぐために、被覆液25で液体20を被覆した際に、被覆液25も安定して保持できる。第二親水性領域213及び第二撥水性領域214は平面状であることが好ましい。そして、第二親水性領域213の外形は特に限定されないが、リング状であることが好ましい。このようにすることで、被覆液25がより安定して保持される。また、第二撥水性領域214の外形はリング状でもよいし、その他の形状でもよく、特に限定されない。そして、第一親水性領域211、第一撥水性領域212及び第二親水性領域213は、同心状に設けられていることが好ましい。
【0036】
被覆液25は、核酸増幅反応等の加熱反応時における液体20の加温に耐え、液体20の主溶媒である水の蒸発を抑制するという目的から、液体20よりも比重が小さく且つ沸点が100℃以上である非水溶性の液体を使用する。このような物性を有するものであれば如何なるものも使用し得るが、好ましい市販品として、各種ミネラルオイルが例示できる。被覆液25が液体20を直接被覆することで、マイクロタイタープレートやサンプルチューブを使用した場合のように、液体20近傍に多量の空気層が存在することがなく、加熱反応中、たとえばポリメラーゼ連鎖反応(PCR)の熱サイクル中に液体20が蒸発することがない。これにより、液体20の濃度変化が抑制されるので、安定して核酸増幅反応等の加熱反応を行うことができる。
【0037】
このように、基板の表面21に、第二親水性領域213と第二撥水性領域214を設けることで、上記のような物性を有する被覆液25の移動が、第一撥水性領域212と第二撥水性領域214により抑制される。
【0038】
親水性領域及び撥水性領域の寸法は、目的に応じて適宜選択し得る。例えば、0.2〜3μL程度の極微量の液体20を保持する場合には、第一親水性領域211の直径D1は0.5mm〜6mmとすることが好ましく、第一撥水性領域212の幅L1及び第二親水性領域213の幅L2は0.2mm〜3mmとすることが好ましい。第二撥水性領域214の寸法は、基板2の大きさや試料保持部の数を考慮して、任意に選択し得る。例えば、図1に示すように、第二親水性領域213の外側全面を第二撥水性領域214としてもよい。
【0039】
第一親水性領域211の直径D1を上記サイズとすることにより、少量の液体20、細胞培養液または反応液を、第一親水性領域上に保持することができ、たとえば0.2〜3μLの液体20、細胞培養液または反応液を保持することができる。
【0040】
基板2は、図1に示すような平板状の基板であってもよいし、図2に示すような平面状の底面を有するウェル(窪み)を有する基板であってもよい。図2(a)は、基板2の斜視図、(b)は(a)のII−II線における基板2の断面図である。このように基板がウェルを有している場合、細胞培養液等の各サンプル液は各ウェル内に保持されるため、各サンプル液が、互いに隔離された状態に置かれるという利点を有する。図2に示される基板2の別の例は、図1に示される基板と同様、ウェルの底面に第一親水性領域211、第一撥水性領域212、第二親水性領域213、および第二撥水性領域214を有する。
【0041】
ただし、以後の工程において、目的細胞以外の細胞を超音波ダイセクションにより基板上から排除する場合、細胞培養液の至近距離(たとえば約0.5mmの距離)に超音波収束レンズ(音響レンズ)が配置される必要がある。したがって、超音波収束レンズ(音響レンズ)が細胞培養液の液面に接近可能なように、基板の窪みは、浅いことが好ましく、たとえば深さ0.5mm以下に設計されることが好ましい。
【0042】
親水性領域及び撥水性領域を有する基板2は、公知の方法で作製できる。具体的には、基板表面に親水処理及び撥水処理を施す方法、親水性基板表面に撥水処理を施す方法が例示できる。
【0043】
親水処理としては、水酸基、アミノ基又はカルボキシ基等の親水性の官能基を基板表面に導入するものが例示できる。撥水処理としては、アルキル基、アルケニル基、アルコキシ基又はアルケニルオキシ基等の低極性の官能基や、一つ以上の水素原子がフッ素原子で置換されたアルキル基又はアルコキシ基等の疎水性の官能基を基板表面に導入するものが例示できる。
【0044】
このような、親水性領域及び撥水性領域を有する基板2としては市販品を使用してもよく、例えば、極微量の液体20を保持する目的においては、Advalytix社製のAmpliGrid(商標)が好適である。
【0045】
細胞の培養は、細胞の種類に応じて、適切な条件下で適切な時間行うことができる。細胞の培養により、基板の親水性領域上に細胞は接着する。
【0046】
細胞を基板上で培養する時は、前記基板を、これを沈めることが可能な大きさの蓋つきの容器、たとえばシャーレ等に沈め、細胞をふくむ培養液をシャーレに満たすことにより、前記基板上の親水領域上に細胞群の一部を接着させることができる。接着した細胞は、シャーレ等の容器から基板ごととりだして次の工程に使用してもよい。あるいは、基板の親水領域を少なくとも一つ囲むように、液体が保持できるような囲いを設置し、その囲いの中に細胞を含む培養液を入れることで、親水領域に細胞を接着させ、細胞を培養することもできる。囲いは、ゴムやシリコンなど密着性のある素材で作成することが好ましい。あるいは、前記基板の親水領域に直接、細胞をふくむ培養液を滴下し、基板を湿潤条件に置くことで細胞を培養し接着させることもできる。
【0047】
一般に、細胞が培養細胞であれば、多量に増殖させることができるため、シャーレに基板を沈めて100000個程度の細胞を培養液にいれて播き、基板の親水領域に接着した細胞のみを使用することができる。初代培養細胞であれば、たとえばマウス胎児脳の黒質等は細胞の量が大変少ないため、基板の親水領域に直接播くほうが、使用する細胞数が少なくても正常な培養ができるためむだに動物を使う必要がない。また、基板が第一親水性領域および第二親水性領域の両方を備えている場合、細胞は、第一親水性領域のみに接着し、第二親水性領域に接着しないようにする必要があるため、第一親水性領域に直接細胞を播くことが好ましい。
【0048】
1−2.第二の工程
基板上に細胞が接着したら、細胞を顕微鏡下で観察し、解析対象となる目的細胞または排除対象となる細胞を選択する。基板上に残される目的細胞は、一つの細胞であってもよいし、複数の細胞であってもよい。細胞が、培養細胞であれば、ある条件で形態の変化しているものを解析対象として選択したり、あらかじめGFPなどの遺伝子を導入したのち蛍光顕微鏡下でGFPの蛍光強度が強いものを解析対象として選択したりすることができる。初代培養細胞であれば、たとえばマウスの海馬を切除しトリプシン処理して細胞をばらばらにして培養し、形態から特定の神経細胞のみを選択したり、グリア細胞のみを排除対象にしたりすることができる。
【0049】
細胞を選択したら、目的細胞以外の細胞を基板上から排除する工程に移る。この工程は、超音波ダイセクション、レーザーダイセクション、マニピュレーターによる細胞の掻きとりなど任意の方法により行うことができる。
【0050】
本発明者は、超音波の周波数を長くし、超音波の継続時間を著しく長くし、超音波の出力(パワー)を上げ、収束径を小さくしたことで、超音波によって液体中に細い水流を発生させ、これを狙った位置に当て、接着した細胞を基板上から吹き飛ばすことを可能とした。かかる超音波ダイセクションは、超音波を用いた手法であるため生細胞へのダメージが少なく、かつ高度な手技を必要としないため処理時間が短くてすみ、このため細胞が観察用光源に長い時間晒されてその性質を変化させることがないという利点を有する。
【0051】
以下、超音波ダイセクションについて説明する。超音波ダイセクションとは、担体上に広がった生物学的対象を含む液体中に、収束超音波により水流(音響流)を発生させ、この水流により複数の生物学的対象から目的の生物学的対象を切り離す技術である。本発明では、基板上に広がった細胞を含む培養液中に、収束超音波により水流(音響流)を発生させ、この水流により基板上の目的細胞と目的細胞以外の細胞を切り離し、目的細胞以外の細胞を基板上から排除する。
【0052】
「音響流」とは、収束超音波により液体中に発生する細い液体の流れを意味する。「細胞のダイセクションを行うことが可能な音響流」は、「目的の細胞の相対的な切り離しに有効な収束スポット径をもつ音響流」である。かかる音響流は、超音波の非線形効果により発生する液体の流れであり、その収束スポット径(細胞に作用する部分でとった断面における外径)は個々の細胞のサイズより小さいサイズ(20μm以下、好ましくは5μm程度)を有し、細胞を互いに切り離す圧力を有する流れである。
【0053】
超音波ダイセクションを行うための装置の一例を図3に示す。超音波ダイセクション装置は、倒立型の顕微鏡のステージ上部に、超音波を発生させる超音波発生手段と、発生した超音波を収束して液中に入射させる超音波収束手段とを設置して構成されている。
【0054】
図3において超音波発生手段は、電気信号を発生、送信する信号発生・送信機11aと、発生させた電気信号を音波に変換するZnO薄膜トランスデューサ11bと、音波を音響レンズへと伝播する超音波伝搬媒体(サファイアロッド)11cから構成される。信号発生・送信機11aは、電気信号の発生を行う信号発生機11a−1と、電気信号の長短を制御するRFスイッチ11a−2と、出力(パワー)の増幅を行うパワーアンプ11a−3と、パワーアンプ11a−3とその後段のトランスデューサ11bをつなぐコネクタ11a−4とから構成される。トランスデューサ11bは、好ましくは、音響レンズの反対面に音響レンズと同程度のサイズに形成される。図3において超音波収束手段は、その超音波出射端面が凹球面で、SiO2 ARコートされている音響レンズ12である。音響レンズ12は、駆動部14によりXYZ軸方向に駆動される。駆動部14は、超音波を所望の位置(目的細胞とそれ以外の細胞との境界部)に照射するために音響レンズ12をXY軸方向(水平方向)に駆動するとともに、超音波が細胞上の適切な高さで収束されるように音響レンズ12をZ軸方向(音波軸方向)に駆動する。このように、超音波を所望の位置で収束させるために、音響レンズ12をXYZ軸方向に駆動させてもよいし、後述のステージ15を駆動させてもよい。ダイセクションされる細胞19は、基板2上の細胞培養液20a中で培養することにより調製し、ステージ15上に置かれる。ステージ15の下方に、細胞を観察するための倒立型顕微鏡の対物レンズ17が配置される。図3は、音響レンズ12により収束された超音波を、目的の細胞とそれ以外の細胞との境界部上に照射した様子を示す。
【0055】
収束させた超音波から「細胞のダイセクションを行うことが可能な音響流」、すなわち「目的の細胞の相対的な切り離しに有効な収束スポット径をもつ音響流」を発生させるためには、上述のとおり、超音波の周波数、射出時間、および出力(パワー)等に関して適切に設定する必要がある。
【0056】
超音波の周波数は、「細胞のダイセクションを行うことが可能な音響流」を発生させるように当業者により適宜設定されるが、非特許文献1(社団法人電子情報通信学会 信学技報 US93-93, EA93-93 (1994-01))に音響流を発生させる周波数として記載される値「5 MHz」または「10 MHz」より高く設定することが好ましい。周波数は、たとえば数百MHzであり、後述の実施例では300 MHzを使用したが、これに限定されない。
【0057】
超音波の射出時間(以下、継続時間ともいう)は、「細胞のダイセクションを行うことが可能な音響流」を発生させるように当業者により適宜設定されるが、一般的には、音響流を生成させるための時間が必要であり、これは、超音波顕微鏡で使用される数マイクロ秒(たとえば約0.5マイクロ秒)より長く、一般には10マイクロ秒以上の時間が必要である。ただし、音響流を発生させた後、必要以上に超音波を射出しつづけると、音響流の流れの幅が拡大し、細胞同士を切り離すことが可能な狭小な幅の音響流ではなくなるため、射出時間を長くしすぎるのは好ましくない。射出時間は、たとえば数百マイクロ秒〜数百ミリ秒であり、後述の実施例では400マイクロ秒を使用したが、これに限定されない。
【0058】
超音波の出力(パワー)は、「細胞のダイセクションを行うことが可能な音響流」を発生させるように当業者により適宜設定されるが、一般的には、上述の音響流を発生させる高パワー、すなわち超音波の非線形効果を生じさせる高パワーが必要である。上述の音響流を発生させるために、本発明において超音波は好ましくは高パワーで用いられる。後述の実施例では、電気信号のパワーとして、0.4〜1.0Wのパワーを使用したが、これに限定されない。ただし、技術的に、0.4〜1.0Wのすべてが音響流の発生に利用されるわけではない。すなわち、超音波発生手段により発生させた電気信号は、そのすべてが音波に変換されず、一部は失われる。また、音響レンズにより収束された超音波は、反射等のため一部は失われ、そのすべてが音響流の発生に利用されるわけではない。
【0059】
本発明において、超音波発生手段の周波数(f)、超音波収束手段(音響レンズ)の開口数(NA)、水中超音波音速cw=1500m/sについて、cw/2(f NA)<20μm*の関係式を満たすとともに(*Sparrowの定義の分解能)、超音波を継続時間10μs以上かけることが好ましい。
【0060】
複数の細胞から目的の細胞を切り離すために、必要であれば、目的の細胞とそれ以外の細胞との境界部に複数回(たとえば、目的の細胞の切り離しが確認できるまで)超音波照射を行う。目的細胞以外の細胞は、超音波のパワーを上げたり、照射時間を増加させたりすることにより排除効率を高めることができる。
【0061】
以下、図3に示す超音波ダイセクション装置を用いて、基板の親水領域に接着している細胞から目的細胞以外の細胞を排除し、目的細胞を基板上に残す手法について具体的に説明する。なお、以下の説明は、本発明を限定することを意図しない。
【0062】
以下の具体例では、細胞培養液中で生育している細胞を顕微鏡下で観察しながら細胞の形状や特徴から解析対象の細胞を選び出し、対象外の細胞を超音波の水流にて基板からはがすことで、目的の細胞を取得する。まず、基板の親水領域に接着している細胞を顕微鏡下で観察して焦点をあわせる。その後、音響レンズを駆動部によりステージ側に下げて細胞に当たらない程度に培養液中に浸漬させ、視野に音響レンズの淵が見えるようにする。その後、メモリを見ながら0.3 mmレンズを上昇させる。細胞に合焦し直して300MHz、400μs、数dBm程度で試し打ちを行い、水流が目的の細胞に当たることを確認する。調整終了後、細胞(群)を選択して隣接する領域の細胞を、細胞ごとに境界部を数回超音波照射することにより基板との接着をはがす。広い領域を一括で除去するためにはパワーを上げる、音響レンズを離す方向にデフォーカスする、継続時間を増加する等の方法を用いて選択する細胞(群)以外を除去する。除去された細胞は培養液内に浮遊しているため培養液交換によりとりのぞく。
【0063】
解析対象外の細胞を基板からはがしたのち、培養液を数回変えて、排除した細胞を完全にとりのぞく。培養液の交換は、シャーレに基板を沈めて培養している場合は、シャーレの培養液をアスピレーターで吸引し、新しい培養液やPBSを加えることを何度か繰り返す。基板上でそのまま培養している場合には、培養液をアスピレーターで吸ったり、またはシャーレやビーカー内に用意した新しい培養液やPBS溶液などに漬けたり出したりすることを繰り返して洗浄することもできる。また、噴水ビンなどから新しい培養液やPBSをふりかけて基板を洗浄することもできる。培養容器にシャーレを用いる場合より、基板のみを用いたほうが、排除した細胞を積極的に洗い流すことが可能である。また、もともとの細胞数が少ないほうが洗い残しも少なく、解析対象の細胞のみを取得できる確率が高い。基板のみで行う場合には光源の熱で培養液が乾燥しないように、基板は湿潤条件に置かれることが好ましい。
【0064】
親水領域に解析対象の細胞のみが残ったことを確認したのちには、細胞をそのまま継続して培養することもできるし、その後の解析に用いることもできる。
【0065】
たとえば、導入した遺伝子の安定発現細胞をクローニングし、単一の細胞からの細胞群のみを得たい場合には、解析対象の細胞を親水領域に1つのみ残し、そののち培養を継続して細胞数が1000個程度になったのち、96 wellプレートなどに移してクローニングした細胞株を樹立することができる。
【0066】
2.目的細胞の解析方法
本発明の目的細胞の解析方法は、
細胞培養液を保持する親水性領域と、該親水性領域の周縁部を包囲し、細胞培養液の拡散を防止する撥水性領域とを備えた基板上において、細胞を培養液中で培養し、細胞を基板上に接着させる第一の工程と、
基板上の細胞を観察し、目的細胞以外の細胞を基板上から排除し、これにより目的細胞のみを基板上に残す第二の工程と、
基板上に残された目的細胞について、所定の反応液中で反応を行い解析を行う第三の工程と
を含む。
【0067】
解析方法における第一および第二の工程については、目的細胞の取得方法における第一および第二の工程の説明を参照することができる。
【0068】
第二の工程で基板上に残された目的細胞は、回収用の容器に移し変えることなく、同一基板上で任意の解析に用いることができる。解析が加熱反応を伴う場合、細胞保持基板に保持された細胞培養液の蒸発を防ぐために、基板は、細胞培養液を被覆する被覆液を更に保持することができる構成を備えていることが好ましい。すなわち、細胞保持基板は、細胞培養液を保持する第一親水性領域と、該第一親水性領域の周縁部を包囲し、細胞培養液の拡散を防止する第一撥水性領域に加えて、該第一撥水性領域の外側周縁部を包囲し、反応液を加熱反応から保護する被覆液を保持する第二親水性領域と、該第二親水性領域の外側周縁部を包囲し、被覆液の拡散を防止する第二の撥水性領域を更に備えていることが好ましい。
【0069】
解析対象の細胞の解析としては、たとえば、核酸増幅反応を伴うDNAやRNAからの遺伝子解析や、抗体を用いての免疫染色が挙げられる。核酸増幅反応を伴う遺伝子発現解析を行う場合には、たとえば、基板の親水領域の培養液を取り去り、PBSなどの溶液で培養液成分を洗い流した後、核酸増幅溶液を0.2〜3μl滴下する。さらにその上に、蒸発防止用の被覆液を1〜10μlのせる。
【0070】
核酸増幅反応は、基板の親水領域上の生体試料(細胞)を、核酸増幅を行うための液に浸漬させて、これらを保持した状態で行う。核酸増幅反応は、上述の細胞保持基板を使用すること以外は、公知の方法で行えばよく、例えば、逆転写反応、PCR法、LAMP法等の等温増幅法、whole-Genome-amplification法等が適用できる。核酸増幅反応は、例えば、生体試料(細胞)を保持した基板を、温度制御が可能な増幅装置の所定箇所に設置して反応を行えばよい。増幅装置としては、スライドサイクラーのAmpliSpeedなどを使用することができる。
【実施例】
【0071】
実施例1:基板としてAmpliGridを使用し、超音波ダイセクションで細胞を排除した例
胎仔マウス海馬の初代培養を基板上で培養し、神経細胞集団からグリア細胞を排除し、あきらかな神経細胞のみで遺伝子発現解析を行った。
【0072】
第一の工程
マウス胎仔1匹の大脳から海馬をとりだしはさみで細かく裁断したのちトリプシン処理して撹拌しながら保温し細胞をばらばらにした。10%FBD-DMEM培養液にて反応を停止させ、遠心して沈殿の細胞を無血清の高グルコース培養液で縣濁し神経細胞が増殖しやすい条件にした。血球計算版をもちいて細胞数をカウントすると2×105個の細胞が得られた。この細胞を100個/μl培養液になるように調製し、基板(AmpliGrid)の親水領域の12個のwellに1μlづつ滴下したのち湿潤を保ったチャンバーに入れ1晩培養し接着させた。
【0073】
第二の工程
基板を顕微鏡下で観察し親水領域に細胞が接着していることを確認した。細胞集団の中には神経細胞とグリア細胞が混在していた。形状からあきらかに神経細胞とおもわれる細胞を選んだ。図3の倒立型の顕微鏡にトランスデューサと音響レンズを設置した超音波ダイセクション装置のステージに基板を設置し、細胞を観察した。細胞に焦点をあて、音響レンズを下げて、音響レンズのふちが視野に入ったことを確認し、レンズを0.3μm上に上げた。排除したい細胞に合焦し直して300MHz, 400μs, 0.4〜1.0Wで試し打ちを行い、目的の細胞に水流が当たっていることを確認した。次に残したい細胞の隣接する領域の細胞を、細胞ごとに境界部を数回超音波照射することにより接着をはがした。排除にかかった時間は1 wellあたり1分であった。排除したい細胞をすべてはがしたのち、基板を、ビーカー中のPBS溶液に漬けて上下させ、排除した細胞をすべて洗い流した。細胞が乾かないようにPBSをのせた状態で解析したい神経細胞のみが残っていることを顕微鏡観察から確認した。
【0074】
この結果を図4に示す。図4は、目的の細胞が隣接する細胞と切り離されたことを示す。なお、本実施例では、複数の目的の細胞をそれ以外の細胞と切り離しているが、本発明の方法に従って、単一の目的の細胞をそれ以外の細胞と切り離すことも可能である。
【0075】
第三の工程
次に培養液を取り去った後PBSで洗浄し、逆転写酵素を含むPCR溶液(1STEP-RT-PCR溶液)QIAGEN社を基板の親水領域に1μl滴下し、5μlのミネラルオイルで覆い逆転写およびPCR反応をおこなった。プライマーには神経細胞のマーカーNMDA受容体のcDNAを増幅するためのプライマーと、グリア細胞のマーカーGFAPのcDNAを増幅するためのプライマーと、内在性コントロールとしてGAPDHのcDNAを増幅するためのプライマーをもちいた。PCR反応後に電気泳動によりそれぞれの遺伝子発現を確認した。
【0076】
使用した各プライマーの配列は以下のとおりである。
【0077】
mNMDA-R1 (F) 5’−GTAAACCAGG CCAATAAGCG ACACG−3’(配列番号1)
(R) 5’−GCTTCCAGGT CCCGGCTTCC ATC−3’(配列番号2)
mGFAP (F) 5’−CGTTTCTCCT TGTCTCGAAT GAC−3’(配列番号3)
(R) 5’−TCGCCCGTGT CTCCTTGA−3’(配列番号4)
mGAPDH (F) 5’−TTCCTACCCC CAATGTGTCC GTC−3’(配列番号5)
(R) 5’−ACCCTGTTGC TGTAGCCGTA TTCA−3’(配列番号6)。
【0078】
結果を図5に示す。図5は、12個のwellで取得された目的細胞におけるNMDA受容体遺伝子、GFAP遺伝子、GAPDH遺伝子の発現結果を示す。海馬神経細胞に発現するNMDA受容体のバンドは検出されたが、グリア細胞に発現するGFAP遺伝子のバンドはほとんど検出されなかった。この結果から、AmpliGrid上での細胞の超音波ダイセクションにより、神経細胞のみが取得され、神経細胞のみでの発現解析ができていることがわかった。内部標準としてのGAPDHの発現はみられた。細胞の排除からPCR終了までにかかった時間は2時間であった。
【0079】
比較例1(対照実験):基板の代わりにシャーレを使用し、超音波ダイセクションで細胞を排除した例
基板のかわりに3 cmシャーレをもちいて細胞培養を行った。培養にはマウス一腹の胎仔6匹を使い2×106個の海馬の細胞を使用し、一晩培養した。
【0080】
その後、前記実験と同様に超音波による水流にて神経細胞以外を排除した。排除にかかった時間は20分であった。培養液を3回置換し、解析したい神経細胞のみが残っていることを顕微鏡観察から確認した。
【0081】
その後、細胞をグアニジン溶液で溶解しRNA抽出を行った。得られたRNAのうち1μgをPCRチューブにとり前記実験と同様に逆転写およびPCR反応を行った。
【0082】
得られた結果は、図5に、対照群として示す。基板上で細胞の排除を行った場合(実施例1)と比べGAPDHに対するNMDA受容体の発現は弱かった。これは、排除にかかった時間が長かったため光源で細胞が温められ性質が変化したことが考えられた。またグリア細胞のマーカーであるGFAPもわずかながら発現が確認され、完全に排除されていないことがわかった。細胞の排除からPCRまでにかかった時間は3時間半であった。
【0083】
比較例では、親水性領域と撥水性領域を備えていないシャーレを使用しており、細胞が接着できる面積が非常に大きく(AmpliGridが直径1.6 mmに対してシャーレが直径3 cmで、面積比は約350倍)、接着している細胞数が多いため、目的細胞以外の細胞をシャーレ上から排除するのに長い時間がかかり、細胞にダメージを及ぼす結果になった。
【0084】
実施例1と比較例1の結果より、親水領域と撥水領域を備えた基板を使用することにより、目的細胞を回収用の容器に移し変えることなく、目的細胞以外の細胞を正確かつ迅速に基板上から排除し、目的細胞のみを基板上に確実に残すことができることが分かった。また、上記実施例1の結果より、解析に必要な細胞を最初に用意する細胞の量が少なくても、複数wellで再現性のある実験ができることが分かった。
【0085】
なお、実施例1のように微量の細胞含有液(たとえば1μl)を、親水性領域と撥水性領域を備えていないスライドやシャーレ上にのせた場合、かかるスライドやシャーレは、親水性領域と撥水性領域を備えていないため、微量な細胞含有液を、限定された領域に固定することができない。すなわち、かかるスライドやシャーレ上では、細胞の接着部位から培養液が移動し、細胞が乾いてしまい、細胞を生きたまま維持することができない。細胞含有液の乾燥を防ぐために湿潤条件に上記スライドやシャーレを置いたとしても、スライドやシャーレ表面に付着した水滴と細胞含有液が融合し、細胞の接着部位から培養液が移動し、細胞が乾いてしまい、細胞を生きたまま維持することができない。また、細胞排除の工程を行うために上記スライドやシャーレを物理的に移動させた際にも、細胞の接着部位から培養液が移動し、細胞が乾いてしまい、細胞を生きたまま維持することができない。かかる問題についても、本発明は、親水領域と撥水領域を備えた基板を使用して、基板上の限定された領域に微量な細胞含有液を保持することにより解決している。
【0086】
実施例2:基板としてAmpliGridを使用し、超音波ダイセクションで細胞を排除した例
HeLa細胞にGFPの融合したSurvivinのsiRNAをtransfectionし、導入された細胞のみを残し、安定発現株の樹立と遺伝子発現解析を行った。ベクターにはpsiRNA-hH1GFP(invivoGen社)をもちいた。
【0087】
第一の工程
細胞は10個/μl培養液の濃度になるように調整し、1μlづつ基板AmpliGridの親水領域12 wellに滴下し、同様のAmpliGridを2枚を作成し湿潤チャンバーにおいた。細胞が接着した後、市販のリポフェクション試薬とベクターをまぜた培養液をwell上の溶液と置換しtransfectionを行った。一晩置いて蛍光顕微鏡で観察し、GFPタンパクが発現していることを確認した。
【0088】
第二の工程
次に、前記、音響レンズをもちいた超音波ダイセクション法にて、各wellで最もGFPが強く発現している細胞1つを残して他を排除したのち培養液を置換して浮遊した細胞を取り去った。
【0089】
第三の工程
AmpliGridのうち1枚は、PBSで洗浄し、逆転写酵素を含むPCR溶液(1STEP-RT-PCR溶液)QIAGEN社を基板の親水領域に1μl滴下し、5μlのミネラルオイルで覆い逆転写およびPCR反応をおこなった。プライマーにはSurvivin遺伝子のcDNAを増幅するためのプライマーと、GAPDHのcDNAを増幅するためのプライマーを用いた。PCR後、溶液を電気泳動した。
【0090】
使用したプライマーの配列は以下のとおりである。
【0091】
hSurvivin (F) 5’−AAGGACCACC GCATCTCTAC A−3’(配列番号7)
(R) 5’−CCAAGTCTGG CTCGTTCTCA GT−3’(配列番号8)
hGAPDH (F) 5’−GAAGGTGAAG GTCGGAGTC−3’(配列番号9)
(R) 5’−GAAGATGGTG ATGGGATTTC−3’(配列番号10)。
【0092】
結果を図6に示す。図6は、12個のwellで取得された目的細胞におけるSurvivin遺伝子、GAPDH遺伝子の発現結果を示す。
【0093】
その結果、すべてのwellでPCRができ、Survivin遺伝子の発現が抑制されていた。PCRをしなかったAmpliGridでそのまま細胞の培養を続けたところ、すべてのwellで細胞が正常に生育し12 wellのうち6 wellでGFPとSurvivinのsiRNAが安定に発現した安定発現株の樹立ができた。
【0094】
比較例2(対照実験):基板の代わりにPALM DuplexDishを使用し、PALMレーザーマイクロダイセクションで細胞を排除した例
Hela細胞を、teflon(登録商標)膜とLMPC膜の2層がコートされたPALM DuplexDishで培養し、前記実験同様にGFPの融合したSurvivinのsiRNA をtransfectionしたのち、蛍光顕微鏡下でGFP発現細胞を確認した。
【0095】
次にZeiss社のPALMレーザーマイクロダイセクション装置で、GFPが発現している細胞を切り出し、PALM AdhesiveCapに受けた。
【0096】
12細胞をPCR用にRNA抽出し、12細胞を安定発現株の取得のため培養液を満たした96 wellプレートに1個/wellで移し変えた。PCRは前記実験と同様に行ったが、12細胞のうち4細胞は細胞がキャップに入らなかったためかRNAが十分に抽出できず解析できなかった。安定発現株の取得用の細胞の12細胞のうち6細胞が獲られて生育し、2細胞で安定発現株が取得できた。残りの6細胞は細胞がキャップに取得できなかった。
【0097】
図6に、生育した6細胞におけるSurvivin遺伝子、GAPDH遺伝子の発現結果を対照群として示す。この結果は、生育した6細胞のうち、2細胞でSurvivinのsiRNAが安定に発現し、Survivin遺伝子の発現が抑制されたことを示す。
【0098】
上記実施例2と比較例2の結果より、親水領域と撥水領域を備えた基板上で細胞を培養し、超音波ダイセクション法で細胞を選抜することにより、従来法のレーザーをつかった細胞の取得と比較して、目的細胞を回収用の容器に移し変えることなく、生細胞を確実に得ることができ、その後の核酸解析や安定発現株の取得に有用であることが分かった。
【図面の簡単な説明】
【0099】
【図1】細胞保持基板の一例を示す斜視図(a)、および(a)のI−I線における断面図(b)。
【図2】細胞保持基板の別の例を示す斜視図(a)、および(a)のII−II線における断面図(b)。
【図3】超音波ダイセクション装置の一例を示す図。
【図4】超音波ダイセクションの結果を示す写真。
【図5】実施例1における核酸増幅反応の結果を示す電気泳動写真。
【図6】実施例2における核酸増幅反応の結果を示す電気泳動写真。
【符号の説明】
【0100】
2・・・基板、20・・・液体、21・・・基板表面、22・・・基板裏面、25・・・被覆液、211・・・第一親水性領域、212・・・第一撥水性領域、213・・・第二親水性領域、214・・・第二撥水性領域、
11a・・・信号発生・送信機、11a−1・・・信号発生機、11a−2・・・RFスイッチと、11a−3・・・パワーアンプ、11a−4・・・コネクタ、11b・・・ZnO薄膜トランスデューサ、11c・・・サファイアロッド、12・・・音響レンズ、14・・・駆動部、15・・・ステージ、17・・・対物レンズ、19・・・細胞、20a・・・細胞培養液

【特許請求の範囲】
【請求項1】
細胞培養液を保持する親水性領域と、該親水性領域の周縁部を包囲し、細胞培養液の拡散を防止する撥水性領域とを備えた基板上において、細胞を培養液中で培養し、細胞を基板上に接着させる第一の工程と、
基板上の細胞を観察し、目的細胞以外の細胞を基板上から排除し、これにより目的細胞のみを基板上に残す第二の工程と
を含む目的細胞の取得方法。
【請求項2】
前記第二の工程が、収束超音波により細胞培養液中に発生させた音響流を利用して行われる、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記基板が平面状の基板である、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
前記第一の工程において細胞が、0.2〜3μLの培養液中で培養される、請求項1〜3の何れか1項に記載の方法。
【請求項5】
細胞培養液を保持する親水性領域と、該親水性領域の周縁部を包囲し、細胞培養液の拡散を防止する撥水性領域とを備えた基板上において、細胞を培養液中で培養し、細胞を基板上に接着させる第一の工程と、
基板上の細胞を観察し、目的細胞以外の細胞を基板上から排除し、これにより目的細胞のみを基板上に残す第二の工程と、
基板上に残された目的細胞について、所定の反応液中で反応を行い解析を行う第三の工程と
を含む、目的細胞の解析方法。
【請求項6】
前記第三の工程における反応が、加熱反応であり、
前記基板が、細胞培養液を保持する第一親水性領域と、該第一親水性領域の周縁部を包囲し、細胞培養液の拡散を防止する第一撥水性領域と、該第一撥水性領域の外側周縁部を包囲し、反応液を加熱反応から保護する被覆液を保持する第二親水性領域と、該第二親水性領域の外側周縁部を包囲し、被覆液の拡散を防止する第二の撥水性領域とを備えた基板である、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
前記加熱反応が、核酸増幅反応である、請求項6に記載の方法。
【請求項8】
前記第二の工程が、収束超音波により細胞培養液中に発生させた音響流を利用して行われる、請求項5〜7の何れか1項に記載の方法。
【請求項9】
前記基板が平面状の基板である、請求項5〜8の何れか1項に記載の方法。
【請求項10】
前記第三の工程において目的細胞が、0.2〜3μLの反応液中で解析される、請求項5〜9の何れか1項に記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2010−22227(P2010−22227A)
【公開日】平成22年2月4日(2010.2.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−184739(P2008−184739)
【出願日】平成20年7月16日(2008.7.16)
【出願人】(000000376)オリンパス株式会社 (11,466)
【Fターム(参考)】