説明

省熱延型アルミニウム合金板およびその製造方法

【課題】熱間圧延を省略して製造しても従来の製品と同等程度以上の各種特性が確保できるアルミニウム合金板の提供を基本的な課題とし、冷間圧延板として使用されるアルミニウム合金板については、その特性のうち、耐軟化性をより向上させること、また、焼鈍板として使用されるアルミニウム合金板については、その特性のうち、成形加工時の塑性異方性をより低減させること、また、これらの省熱延形アルミニウム合金板の効果的な製造方法の提供。
【解決手段】Fe:0.1〜2.5%およびSi:0.01〜0.5%を含有し、残部がAlおよび不可避の不純物であり、かつ固溶Feの量が200ppm以上であって、熱間圧延されないで冷間圧延された省熱延形アルミニウム合金板および均質化熱処理および熱間圧延をおこなうことなく冷間圧延・最終焼鈍する省熱延形アルミニウム合金板の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、包装用等の箔、化学・電気化学的エッチング処理向け板材、あるいは表面処理用板材等多種の用途に供用される冷間圧延板および焼鈍板としてのアルミニウム合金板およびその製造方法に関する。すなわち、厨房用品等日用品の素材、食品や薬剤等の包装用箔、研磨や研削あるいは化学的、電気化学的エッチング等の表面処理をして使用される印刷用支持体、その他、陽極酸化等の表面処理さらには各種成形加工をして使用される建築用内外装パネル材の素材として最適のアルミニウム合金板およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
上述した各種用途には、JIS−1100、1200あるいは1050等のアルミニウム板をベースとするAl:99.0%以上の工業純度を有するアルミニウム合金板が使用され、多種類の合金ならびに多岐にわたる製造方法が開発されている。これらのJIS系アルミニウム合金板については、各用途に対応した強度、耐軟化特性、成形加工性あるいは表面性状等の材料特性をさらに向上することが要求されているのは周知のとおりである。そして、上記諸特性に対応して冷間圧延板または焼鈍板のいずれかが選択される。
【0003】
たとえば、食品や薬剤等の包装用材料のアルミニウム箔としては、厚さが5〜200μm程度のJIS−1N30、1050あるいは1100等の軟質もしくは硬質の純アルミニウム合金板が使用される。これらの純アルミニウム合金板を本用途に供するには、170〜230℃の温度で数分間加熱してポリエチレンや塩化ビニール等の合成樹脂あるいは紙の樹脂ラミネート材に加工する必要性がある。この加熱のために、純アルミニウム合金板自体の軟化が避けられないので、この種の焼付けおよびベーキング処理後の純アルミニウム合金板の箔材としては、耐軟化強度のよい冷間圧延板が使用される。
【0004】
また、印刷版用支持体用純アルミニウム合金板の冷間圧延板のように、表面を研磨・研削し、化学・電気化学的エッチング処理する場合は、加工むらの回避が困難で、用途面からその対策が厳しく問われる。たとえば、下記特許文献1は、Fe、Si、Cu等の不純物量を規制し、表層部の結晶粒のサイズ・形状を制御することにより、電解粗面の均一性を向上させる平版印刷版用アルミニウム合金素板を提案する。
【0005】
また、90°以上の曲げ加工、張り出し加工あるいは絞り加工等を必要とする建築用パネルやある種の日用品向けのアルミニウム合金板には、すぐれた成形加工性および加工後の表面品質が要求される。これらの特性を改善するためには、板材の結晶粒径の微細化が必要であること、また絞り加工時の肌荒れは製品の再結晶粒径の粗大化に起因することが従来から知られている。このように、成形加工用には通常、焼鈍されたアルミニウム合金板が使用される。
【0006】
Al:99.0%以上の工業純度を有するアルミニウム合金板に対する強度、耐軟化特性、成形加工性ならびに表面性状等の特性は、冷間圧延板あるいは焼鈍板の両タイプに共通して、アルミニウム合金の成分、とくに不純物規制あるいは調整ならびに結晶組織に関する諸因子の両面から制御される。
【0007】
たとえば、下記特許文献2〜4は、合金中におけるFe、SiあるいはCuの固溶量を制御することにより、アルミニウム合金板の強度、加工硬化特性あるいは耐軟化特性の向上をはかっている。
【0008】
特許文献2は、アルミニウム合金中に含まれるFe:0.5〜1.1%およびCu<0.01%の固溶量を25ppm以下に抑制することにより、冷間圧延箔材のベーキング性を向上している。
【0009】
また、同じく特許文献3も、Fe:0.5〜2.5%、Si:0.01〜0.3%の固溶量を10〜200ppmとすることにより、箔の冷間圧延性および箔強度を向上するとしている。
【0010】
また、同じく特許文献4も、Fe:0.20〜0.70%、Si:0.07〜0.30%、Cu:0.005〜0.10%の固溶Fe量を5〜500ppmとすることにより、絞り加工用アルミニウム合金焼鈍板材の耳率が低下できるとする。
【0011】
ところで、この種アルミニウム合金板は、通常、アルミニウム溶湯から半連続鋳造または連続鋳造により造塊されたスラブを均質化処理および熱間圧延して製造される。そして、この熱延材を、目的の用途に応じて、冷間圧延して冷間圧延ままの板材とするか、あるいは熱間圧延後もしくは冷間圧延途中に中間焼鈍を施した冷間圧延材とするか、あるいはさらに冷間圧延後に焼鈍して焼鈍材として製品化される。
【0012】
このように、冷間圧延板と焼鈍板との二種類に分けて製造されるのは、アルミニウム合金の面からの調整と同時に、板材中の結晶における組織因子の制御により、用途に応じた要求特性を的確に確保するためである。この考え方に沿って多くの発明が先行しており、たとえば、下記特許文献5〜8は、いずれも成分調整とともに、熱間圧延、最終冷間圧延あるいは最終焼鈍条件の制御を通じて結晶粒の微細化を達成する発明を開示する。
【0013】
特許文献5の焼鈍形包装用アルミニウム合金箔は、Fe:0.7〜1.8%、Mn:0.1〜1.5%のアルミニウム合金であって、最終焼鈍後の結晶粒径を平均10〜50μmに規制する。これにより、箔の破裂強度を向上し、スプリングバックの抑制をはかっている。特許文献6も同様の考え方を示している。
【0014】
また、特許文献7は、成形用アルミニウム合金材の製造時に固溶元素を制御してその析出を促進することにより、圧延後における結晶組織の微細化を企図する。
【0015】
また、特許文献8は、Fe<0.8%、Si<0.5%の成形用アルミニウム合金材の最終冷間圧延率および焼鈍時の昇温速度を制御することにより、結晶粒の微細化を意図する。そして、表面品質、絞り加工時のリビングマーク、肌荒れ、さらに耳率の改善された成形用アルミニウム合金材を得るとする。同じく特許文献9は、Fe、Si、Cu等の調整と熱間圧延の制御を工夫している。また、特許文献10も熱間圧延および中間焼鈍なしの冷間圧延による制御を工夫している。
【0016】
最後の特許文献11は、陽極酸化処理用アルミニウム合金板の製造に関するものであるが、Fe、Si、Ti等の調整と熱間圧延の制御により、陽極酸化皮膜の色彩を均一化し、かつ加工性の向上をはかっている。
【0017】
このような特許文献に記載されている発明の各種アルミニウム合金板は多数知られているが、いずれも工程中に熱間圧延を経て製造されており、現実に商品化されている同種のアルミニウム合金板も同様である。
【特許文献1】特開平7−224339号公報
【特許文献2】特開平6−293931号公報
【特許文献3】特開2001−288524号公報
【特許文献4】特開2002−226933号公報
【特許文献5】特開昭62−250143号公報
【特許文献6】特開昭62−250144号公報
【特許文献7】特開昭64−31954号公報
【特許文献8】特開平3−204104号公報
【特許文献9】特開平5−9675号公報
【特許文献10】特開平5−9674号公報
【特許文献11】特開平5−320839号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0018】
箔等の素材や構造用材料等に広く使用される多種類のアルミニウム合金板は、既述したように、熱間圧延を経て所定の特性を有する冷間圧延板あるいは焼鈍板として供給され、用途に応じて所要の加工を施されて供用される。本発明は、熱間圧延を省略して製造しても、これら従来の製品と同等程度以上の各種特性が確保できるアルミニウム合金板の提供を基本的な課題とする。そして、冷間圧延板として使用されるアルミニウム合金板については、その特性のうち、耐軟化性をより向上させること、また、焼鈍板として使用されるアルミニウム合金板については、その特性のうち、成形加工時の塑性異方性をより低減させることを課題とする。さらに、本発明は、これらの省熱延形アルミニウム合金板の効果的な製造方法の提供も課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0019】
本発明は、以上の課題を解決するために完成された省熱延形アルミニウム合金板ならびにその製造方法であって、以下の各内容をその要旨とするものである。
(1)Fe:0.1〜2.5質量%(以下、単に%と略記する。)およびSi:0.01〜0.5%を含有し、残部がAlおよび不可避の不純物であり、かつ固溶Fe量が200ppm以上であって、熱間圧延されないで冷間圧延されたことを特徴とする省熱延形アルミニウム合金板。
(2)Fe:0.1〜2.5%およびSi:0.01〜0.5%を含有し、残部がAlおよび不可避の不純物であり、かつ固溶Fe量が200ppm以上、板面表層部の平均結晶粒径が80μm以下であって、また、集合組織のうちCube方位、回転Cube方位、Goss方位、Brass方位、S方位およびCu方位について、
・[Cube]の平均面積率が10%以下、
・[Cube]+[回転Cube]+[Goss]+[Brass]+[S]+[Cu]の平均面積率の総和が40%以下
であって、熱間圧延されないで冷間圧延および焼鈍されたことを特徴とする省熱延形アルミニウム合金板。
(3)0.1%以下のTiもしくはBまたはTiとBとを含有する上記1または2の省熱延形アルミニウム合金板。
(4)0.5%以下のCuもしくはMnまたはCuとMnとを含有する上記1、2または3の省熱延形アルミニウム合金板。
(5)0.5%以下のMgを含有する上記1、2、3または4の省熱延形アルミニウム合金板。
(6)0.3%以下のCrもしくはZrまたはCrとZrとを含有する上記1、2、3、4または5の省熱延形アルミニウム合金板。
(7)半連続鋳造法または連続鋳造法により鋳造された上記1、2、3、4、5または6のアルミニウム合金の鋳塊を、均質化熱処理および熱間圧延をおこなうことなく冷間圧延することを特徴とする省熱延形アルミニウム合金板の製造方法。
(8)半連続鋳造法または連続鋳造法により鋳造された上記1、2、3、4、5または6のアルミニウム合金の鋳塊を、均質化熱処理をおこなった後、熱間圧延をおこなうことなく冷間圧延することを特徴とする省熱延形アルミニウム合金板の製造方法。
(9)半連続鋳造法または連続鋳造法により鋳造された上記1、2、3、4、5または6のアルミニウム合金の鋳塊を、均質化熱処理をおこなった後、熱間圧延をおこなうことなく冷間圧延及び最終焼鈍をおこなうことを特徴とする省熱延形アルミニウム合金板の製造方法。
(10)前記均質化熱処理が、500〜620℃の温度で2〜20時間保持するものであることを特徴とする上記8及び9に記載の省熱延形アルミニウム合金板の製造方法。
(11)前記アルミニウム合金の鋳塊の厚さが10mm以下であることを特徴とする上記7、8、9または10に記載の省熱延形アルミニウム合金板の製造方法。
(12)前記冷間圧延の圧化率が80%以上であることを特徴とする上記7、8、9、10または11に記載の省熱延形アルミニウム合金板の製造方法。
(13)前記最終焼鈍の温度が300〜450℃であることを特徴とする上記9、10、11または12に記載の省熱延形アルミニウム合金板の製造方法。
【発明の効果】
【0020】
本発明は、従来からアルミニウム合金の鋳塊を均質加熱処理してから熱間圧延することが当然とされていたのを工程から省略し、鋳塊を冷間圧延あるいはさらに最終焼鈍するのみで、熱間圧延材と同等以上の諸特性を具備する省熱延形のアルミニウム合金板を特徴とするので、省エネルギーおよび低コストで提供できるアルミニウム合金板である。そして、熱間圧延を省くことにより、固溶Fe量を200ppm以上に増加させることを可能とし、多量の固溶Fe量により、省熱延形であっても耐軟化特性にすぐれた冷間圧延板ならびに成形加工時の塑性異方性を低減した焼鈍板が提供できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
本発明のアルミニウム合金板は、Al純度が99.0%以上のJIS−1100、1200、1050等の純アルミニウムをベースとし、Fe:0.1〜2.5質量%(以下、単に%と略称する)およびSi:0.01〜0.5%を含有し、残部が不可避の不純物を含有するアルミニウム合金を基本組成として実施される。
【0022】
Feの含有は、つぎに説明する固溶元素として、アルミニウム合金の特性向上に寄与する。すなわち、Fe:0.1〜2.5%を含有するアルミニウム合金は、その製造工程中において、いわゆる熱間圧延(事前の加熱工程を含む。)を省略し、場合によっては均熱工程をも省略して冷間圧延・焼鈍することにより、200ppm以上の固溶Fe量が確保されることが見出された。その理由は、 鋳塊時点では、添加量の大部分はAl−Fe系(Al3Fe,Al6Fe、AlxFe、Al-Fe-Siなど)の金属間化合物として晶出するが、200ppm以上の固溶Fe量は確保されているが、通常の均熱、熱延を施すと、所望の固溶量を確保できない。 また、Feが0.1%未満では、かりに鋳造方法や均質化処理の条件をどのように制御しても多くの固溶Fe量が確保できない。ただし、Feが2.5%を超えると、 Al−Fe系(Al3Fe、Al6Fe、AlxFe、Al-Fe-Siなど)のような粗大化合物が増し、これが破壊の起点となって合金板の延性を低下させる。
【0023】
固溶Fe量を200ppm以上と多くすることにより、冷間圧延・焼鈍されたアルミニウム合金板の強度および加工硬化量が確保されると同時に、耐軟化特性が向上し、板材の加熱による軟化が抑制される。この耐軟化特性は、固溶Fe量の増大に比例するが、より好ましくは、210ppm以上であって、200ppm以下では軟化抑制効果は十分に期待できない。
【0024】
また、本発明のアルミニウム合金板は、さらにSi:0.01〜0.5%を含有させることにより、合金板の強度ならびに限界絞り比(LDR)等の成形性を向上させるが、0.5%を超えてもその効果の増大が期待できず、Al−Fe−Si系の金属間化合物を発生し、またアルマイト色調等の表面処理むらを招くおそれがある。なお、Siは以上の効果を確実に発揮させるために0.01%以上の含有量を必要とする。
【0025】
本発明は、上記要件を満足した上で、熱間圧延を施すことなく冷間圧延されたアルミニウム合金板と、同じく熱間圧延を施すことなく冷間圧延および焼鈍されたアルミニウム合金板との2種を含み、要求特性に応じて使い分ける。
【0026】
前者の冷間圧延材は以上の条件を満足するものであるが、後者の冷延・焼鈍材は、固溶Fe量にかかわるこの条件に加えて、平均結晶粒ならびに集合組織にかかわる性状を付加的に特定化した合金板である。
【0027】
すなわち、上記のFe・Siを含有するアルミニウム合金板であって、板面表層部の平均結晶粒径を80μm以下とすること、ならびに合金中における集合組織のうちCube方位、回転Cube方位、Goss方位、Brass方位、S方位およびCu方位について、
・[Cube]の平均面積率が10%以下、
・[Cube]+[回転Cube]+[Goss]+[Brass]+[S]+[Cu]の平均面積率の総和が40%以下
であることを特徴とする。
【0028】
上記の板面表層部とは、最表面からの深さが500μmの領域のことであり、また、上記面積率は、各理想方位からのずれが±15°以内の方位領域の面積率とする。この部分の平均結晶粒径が80μm以下の微細なものとすることにより、成形後の板表面の性状が美麗なきめ細かいものとなる。好ましくは、70μm以下、さらに好ましくは50μm以下とする。しかし、80μmを超えると肌荒れのおそれがある。
【0029】
なお、このように平均結晶粒径が微細化されるのは、記述したように、合金中におけるFeの機能に由来するのは記述したとおりである。
【0030】
つぎに、上記集合組織の方位性は、アルミニウム合金板の成形性を左右する特性であって、[Cube]の平均面積率は10%以下、また、[Cube]+[回転Cube]+[Goss]+[Brass]+[S]+[Cu]の平均面積率総和が40%以下とすることにより、絞り加工性の向上がより一層期待できる。この2要素は、合金板の塑性異方性にかかわる性状であって、[Cube]の平均面積率を10%以上では、板面内の伸び、異方性が大きくなる。
【0031】
また、[Cube]+[回転Cube]+[Goss]+[Brass]+[S]+[Cu]の平均面積率総和が40%以下であると、すなわち、集合組織が発達していない状況で、ランダム化するため、異方性が低減する。
なお、これらの各方位と呼称される集合組織の形成されること、また、それらに応じた上記の各結晶面が存在することは、前記特許文献4にすでに開示されているとおりであり、本発明において、集合組織のこれら方位性の定義は以下のとおりである。
【0032】
・Cube方位:{001}<100>
・回転Cube方位:{001}<100>(Cube方位が板面回転した方位で、RW方位ともいう。)
・Goss方位:{001}<100>
・Brass方位:{001}<211>
・S方位:{123}<634>
・Cu方位:{112}<111>(もしくはD方位:{4411}<11118>

つぎに、本発明のアルミニウム合金板は、以上の基本的条件を満足させた上で、さらに性能を向上し、あるいは用途等により、他の元素を追加して含有させることができる。
【0033】
すなわち、TiもしくはBまたはその両者を0.1%以下で含有すると、アルミニウム合金の鋳造組織の微細化ならびに圧延板の再結晶粒の微細化に貢献する。ただし、この上限を超えると、その効果が飽和するのみでなく、粗大Al−Ti系化合物を形成して圧延板に筋状に分布し、陽極酸化処理するとき、その皮膜に欠陥を生じさせることになる。好ましくは、0.09%以下である。
【0034】
また、CuもしくはMnまたはその両者を0.5%以下で含有するときは、成形加工性とくに絞り加工性あるいは塑性異方性を安定させる効果が期待でき、Cuには強度向上効果もある。いずれもこの量以上の含有は無益であり、好ましくは0.4%以下がよい。
【0035】
また、0.5%以下のMg含有は、合金板の強度向上に有効であり、好ましくは0.4%以下である。
【0036】
CrもしくはZrまたはその両者を0.3%以下で含有するときは、結晶粒の安定化に寄与するが、好ましくは0.2%以下でよい。
【0037】
なお、本発明合金板は、不可避の不純物として、Zn、Ni、V、Be、Bi、Sn、PbあるいはGa等の含有が許容される。
【0038】
上述した本発明のアルミニウム合金板は、以下に説明するとおり、熱間圧延を施さない工程にて製造することにより、固溶Fe量が多くなるように制御できる。
【0039】
素材となる鋳塊は、通常の半連続鋳造もしくは連続鋳造により製造されるが、熱間圧延を施さないので、十分の固溶Fe量を確保するためと、熱間圧延を省略することとから、鋳塊・スラブの厚さを10mm以下の比較的薄いものとする。そのためには、厚さの薄い鋳型を使用して半連続鋳造し、表面面削あるいはスライス切断により調整する。あるいは、双ロール、ベルトキャスター、プロペルチもしくはブロックキャスター式の連続鋳造により製造することができる。
【0040】
なお、固溶Fe量は、鋳造方法あるいは得られる鋳塊の厚さによって変化する鋳塊の冷却速度により増減することが確認されており、凝固時の冷却速度が大きいほど初期の固溶Fe量が増加して都合がよい。
【0041】
本発明の実施にあたっては、鋳塊・スラブの均質化処理の有無を問わないが、実施しなければ固溶Fe量がより増加するので、アルミニウム合金板の強度、加工硬化特性および耐軟化特性が要求される用途に好都合である。また、このタイプは、表面処理あるいはエッチング処理性が要求される用途にも 集合組織がランダム化しているので、結晶方位によるエッチング性にも異方性(エッチングしやすい方位としにくい方位)がなく、適している。
【0042】
一般に、アルミニウム合金は、その鋳造凝固時に元素のミクロ的な偏析が見られるが、そこで生成するAl−FeあるいはAl−Fe−Si系の金属間化合物は準安定相であるために、表面処理を必要とする用途では、これが表面むらの原因になるおそれがある。このような場合、均質化処理を施すと、偏析の解消および金属間化合物の均一性を促してよい製品が得られる。均質化処理は、鋳塊・スラブの表面研削後に実施してもよいし、均質化処理をしてから冷間圧延する前に表面の不均一性を研削すれば、鋳塊表面の酸化皮膜が除去できる分だけ表面品質を向上する利点がある。
【0043】
ただし、均質化処理条件によっては、上記金属間化合物が析出して固溶Fe量を200ppm以下に減少させるおそれがあるので、均熱温度は500〜620℃、保持時間は2〜20時間とする。均熱温度が620℃を超えると、アルミニウム合金の融点近くとなり、部分的溶融の危険性がある。また、この温度範囲では、偏析の解消ならびに晶出物相の安定化のために、2時間以上の保持時間が必要であり、20時間を超えると晶出物が粗大化する。なお、均質化処理条件が低温側・長時間保持になるほど、固溶Fe量は減少の平衡状態に向かう。
【0044】
つぎに、アルミニウム合金の鋳塊は、そのままもしくは上述した均質化熱処理をほどこしてから80%以上の圧化率で冷間圧延して製品化される。実施にあたっては、その用途により、冷間圧延前後の板厚は異なるが、本発明では熱間圧延を省略するために、最初から厚さを意識的に薄くしておいた鋳塊を使用してよいので、総圧下率を大きくする必要はない。しかし、総圧下率を下げると、鋳塊組織が冷間圧延されても温存されて組織が不均一になりやすく、所望の結晶粒径、したがってよい成形性が得られない。このために、80%以上、好ましくは85〜90%以上の圧化率で冷間圧延するのがよい。
【0045】
本発明は、成形加工が必要な用途向けに焼鈍板としても実施される。この場合は、冷間圧延に後続して最終焼鈍することにより、アルミニウム合金板は十分な再結晶組織の軟質材に調整される。
【0046】
コイル状のアルミニウム合金板をバッチ式加熱炉で焼鈍する場合、焼鈍温度は300〜450℃の範囲がよい。300℃以下では十分な再結晶組織が得られず、また450℃を超えると再結晶組織が粗大化し、合金板の成形時に肌荒れを招く危険がある。なお、連続焼鈍方式によるときの焼鈍温度は400〜450℃の範囲がよい。
【0047】
以下、本発明の実施例および比較例を説明する。
(実施例)に本発明の実施例10種および比較例4種の鋳塊成分を示す。これらのアルミニウム合金鋳塊を冷間圧延材と焼鈍材とに分けて処理することとし、まず、冷間圧延材に仕上げる群は、表2に示すように異なる鋳造法により、厚さを7mmと10mmとの2種に分けてそれぞれ鋳塊にした。
つづいて、各鋳塊を用い、表2に示すように、そのまま冷間圧延する群と、均質化処理してから冷間圧延する群とに分け、いずれも冷間圧延前に常法により表面研削してから、90%または93%の圧化率でそれぞれ冷間圧延した。得られた板材の厚さは0.5mmと1mmであった。
【0048】
各板材の固溶Fe量は、熱フエノールによる残渣抽出法を適用し、得られた溶液中のFe量をICP発光分析法により測定した値を表3に示した。なお、この方法は、熱フエノールによる残渣抽出法により得た溶液中のFe量をICP発光分析することとし、まず、熱フエノール抽出残渣分析法により、ポアサイズ0.1μmのメッシュを用いて残渣すなわち材料中の分散粒子を抽出した。そして、濾過された溶液中のFe量をICP発光分析し、得られた分析値をとした。したがって、厳密には、0.1μm以下の粒子中のFe量をも含む値となる。
【0049】
つぎに、各試験片JIS Z 2201による引張試験を実施するために、試験片の長手方向が圧延方向と一致するようにJIS5号試験片を作成し、クロスヘッド速度を5mm/分の一定速度で、試験片が破断するまで引っ張った。その評価結果を表3に引張強度として示す。
【0050】
さらに、各試験片について耐軟化特性を測定した。まず、200℃の温度に2時間保持する焼鈍処理を施して引張り試験をおこない、上記した焼鈍処理前の引張試験と同様の引張試験を実施し、両者の差(ΔTS=冷間圧延まま強度−焼鈍軟化後強度)を求めた値を表3に示す。このΔTS値が小さいほど、試験片の耐軟化特性がすぐれていることを意味する。
【0051】
つぎに、同じく表1の組成を有する半連続鋳造もしくは連続鋳造された鋳塊を用いて焼鈍板を製造した。表4に示したように、均熱処理をおこなってから焼鈍したものと、均熱処理を省略したものとに分けて試験し、得られた各試験片について、前記冷間圧延板と同様の方法でそれぞれ固溶Fe量を測定した。さらに、各試験片について、平均結晶粒径ならびに結晶方位性を測定した。
【0052】
結晶方位性の測定は、試験片の厚さ方向1/4部の板面における集合組織分布を実測する結晶方位成分存在率の測定によった。すなわち、その部位から複数サンプリングした板断面試料の表面を機械研磨およびパフ研磨したのち、さらに電解研磨を施す。つぎに、SEM−EBSPにより、複数箇所における集合組織の組成を測定して各方位の平均面積率を算出する。
【0053】
ここで、各理想方位から±15°以内は同一方位として処理した。また、試験片の測定領域は、1000μmとし、測定ステップ間隔は3μm以下とした。
【0054】
なお、この実施例の測定機器は、日本電子社製のSEM(JEOLJSM5410)およびTSL社製のEBSP(OIM)を使用した。
【0055】
また、平均結晶粒径は、板表層部すなわち最表面部から500μm領域から、板面方向が測定面となるように試験片を調整し、上記と同様にEBSP法およびその解析装置を使用して計測した。これら平均結晶粒径および結晶方位性の測定値を表5に示す。
【0056】
また、同表に示す成形性は、各試験片から200mm角の正方形のブランク5枚を切り出し、これをプレス成形試験にかけて測定することとした。すなわち、このブランクを、機械プレスにより、中央部に一辺が60mm、高さ30mmの角筒状の張り出し部と、その四周部に平坦なフランジ部を有するハット型のパネルに張り出し成形を施した。このときのしわ押さえ力は49KN、成形速度は20mm/分とし、一般防錆油を潤滑に用いた。
【0057】
この成形性の評価は、ハットの張り出し部の四周部またはフランジ部のいずれにも割れが発生しなかったものを成形性良として○とし、一箇所でも割れが生じたものを成形性不良として×とし、また、5枚ともに割れはなかったが、肌荒れが生じたものを△として、表5に示した。
【0058】
以上の結果から、冷間圧延板については、本発明の全実施例No.1〜13は、いずれも固溶Fe量が200ppmを超えており、したがって引っ張り強度および耐軟化特性(ΔTS値)のすぐれていることがわかる。しかも、均熱処理を省略したNo.1および3は、その効果が均熱処理したものより大きくなっている。
【0059】
これに対して、比較例No.14〜21は、固溶Fe量が総じて少なく、引っ張り強度および耐軟化特性は本発明の全実施例より劣ることがわかる。
【0060】
また、焼鈍板について表4および表5を見ると、本発明の全実施例No.22〜34は、固溶Fe量がきわめて大きくなっており、平均結晶粒径は総じて微細化し、また、結晶方位性を示す面積率の値も小で、板の成形性は安定的に良好であることが明らかである。
【0061】
しかし、比較例No.35〜42は、熱間圧延もしくは均熱化処理の影響で固溶Fe量が減少し、平均結晶粒径は拡大し、結晶方位性を示す面積率は逆に増大し、板の成形性が不良化する結果となっている。
【0062】
【表1】

【0063】
【表2】

【0064】
【表3】

【0065】
【表4】

【0066】
【表5】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
Fe:0.1〜2.5質量%(以下、単に%と略記する。)およびSi:0.01〜0.5%を含有し、残部がAlおよび不可避の不純物であり、かつ固溶Fe量が200ppm以上であって、熱間圧延されないで冷間圧延されたことを特徴とする省熱延形アルミニウム合金板。
【請求項2】
Fe:0.1〜2.5%およびSi:0.01〜0.5%を含有し、残部がAlおよび不可避の不純物であり、かつ固溶Fe量が200ppm以上、板面表層部の平均結晶粒径が80μm以下であって、また、集合組織のうちCube方位、回転Cube方位、Goss方位、Brass方位、S方位およびCu方位について、
・[Cube]の平均面積率が10%以下、
・[Cube]+[回転Cube]+[Goss]+[Brass]+[S]+[Cu]の平均面積率の総和が40%以下
であって、熱間圧延されないで冷間圧延および焼鈍されたことを特徴とする省熱延形アルミニウム合金板。
【請求項3】
0.1%以下のTiもしくはBまたはTiとBとを含有する請求項1または2の省熱延形アルミニウム合金板。
【請求項4】
0.5%以下のCuもしくはMnまたはCuとMnとを含有する請求項1、2または3の省熱延形アルミニウム合金板。
【請求項5】
0.5%以下のMgを含有する請求項1、2、3または4の省熱延形アルミニウム合金板。
【請求項6】
0.3%以下のCrもしくはZrまたはCrとZrとを含有する請求項1、2、3、4または5の省熱延形アルミニウム合金板。
【請求項7】
半連続鋳造法または連続鋳造法により鋳造された請求項1、2、3、4、5または6のアルミニウム合金の鋳塊を、均質化熱処理および熱間圧延をおこなうことなく冷間圧延することを特徴とする省熱延形アルミニウム合金板の製造方法。
【請求項8】
半連続鋳造法または連続鋳造法により鋳造された請求項1、2、3、4、5または6のアルミニウム合金の鋳塊を、均質化熱処理をおこなった後、熱間圧延をおこなうことなく冷間圧延することを特徴とする省熱延形アルミニウム合金板の製造方法。
【請求項9】
半連続鋳造法または連続鋳造法により鋳造された請求項1、2、3、4、5または6のアルミニウム合金の鋳塊を、均質化熱処理をおこなった後、熱間圧延をおこなうことなく冷間圧延及び最終焼鈍をおこなうことを特徴とする省熱延形アルミニウム合金板の製造方法。
【請求項10】
前記均質化熱処理が、500〜620℃の温度で2〜20時間保持するものであることを特徴とする請求項8及び9に記載の省熱延形アルミニウム合金板の製造方法。
【請求項11】
前記アルミニウム合金の鋳塊の厚さが10mm以下であることを特徴とする請求項7、8、9または10に記載の省熱延形アルミニウム合金板の製造方法。
【請求項12】
前記冷間圧延の圧化率が80%以上であることを特徴とする請求項7、8、9、10または11に記載の省熱延形アルミニウム合金板の製造方法。
【請求項13】
前記最終焼鈍の温度が300〜450℃であることを特徴とする請求項9、10、11または12に記載の省熱延形アルミニウム合金板の製造方法。

【公開番号】特開2008−223075(P2008−223075A)
【公開日】平成20年9月25日(2008.9.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−62126(P2007−62126)
【出願日】平成19年3月12日(2007.3.12)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)
【Fターム(参考)】