説明

砒素センサー微生物及びそれを用いた砒素の測定方法

【課題】 有害な試薬を用いることなく、被検試料中の砒素を簡便に測定することが可能な、砒素の測定手段を提供すること。
【解決手段】 砒素センサーとして用いられる微生物は、砒素の存在下においてそのプロモーター活性が変化するプロモーターと、該プロモーターの下流に位置し、該プロモーターによる制御を受ける構造遺伝子とを含み、砒素の存在下において前記構造遺伝子の発現量が変化する。砒素センサー微生物構築用組換えベクターは、砒素の存在下においてそのプロモーター活性が変化するプロモーターと、該プロモーターの下流に位置し、該プロモーターによる制御を受ける構造遺伝子とを含む。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、砒素センサー微生物及びそれを用いた砒素の測定方法に関する。本発明の砒素センサー微生物は、被検試料中の砒素の検出及び/又は定量に有用である。
【背景技術】
【0002】
近年の産業活動の発展、消費量の拡大に伴い、大気中の二酸化炭素濃度増加や河川、海洋の富栄養化等、様々な汚染物質による環境負荷が深刻になってきており、より環境負荷の少ない循環型社会の構築が求められるようになってきている。第五次水質総量規制その他排水規制の強化に伴い排水中の環境汚染物質についても一層の規制強化が求められ、水質汚濁の要監視項目が増加するに至っている。
【0003】
しかしながらJISによる水質分析法では、環境保全を目的とした水質分析に環境に有害な化学物質(試薬)を多量に使うという一種のジレンマに陥っている。それに加え、砒素は地下水汚染や食品への混入により大きな事件にもつながる大変危険な物質であり、現在でも、世界中で多くの被害をもたらしている。
【0004】
【特許文献1】特開2004-301609
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の目的は、有害な試薬を用いることなく、被検試料中の砒素を簡便に測定することが可能な、砒素の測定手段を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本願発明者らは、鋭意研究の結果、酵母には、砒素の存在下においてその発現量が増大する遺伝子が存在していることを初めて見出し、該遺伝子のプロモーターの下流にレポーター遺伝子が連結された遺伝子を有する酵母を砒素センサーとして利用できることに想到し、本発明を完成した。
【0007】
すなわち、本発明は、砒素の存在下においてそのプロモーター活性が変化するプロモーターと、該プロモーターの下流に位置し、該プロモーターによる制御を受ける構造遺伝子とを含み、砒素の存在下において前記構造遺伝子の発現量が変化する、砒素センサーとして用いられる微生物を提供する。また、本発明は、砒素の存在下においてそのプロモーター活性が変化するプロモーターと、該プロモーターの下流に位置し、該プロモーターによる制御を受ける構造遺伝子とを含む、砒素センサー微生物構築用組換えベクターを提供する。また、本発明は、上記本発明の微生物を、被検試料と接触させる工程と、その後、前記構造遺伝子の発現を測定することを含む、被検試料中の砒素の測定方法を提供する。さらに、本発明は、砒素の存在下でそのプロモーター活性が増大するプロモーターをスクリーニングする工程と、スクリーニングされたプロモーターと、該プロモーターの下流に位置し、該プロモーターによる制御を受ける構造遺伝子とを含むベクターを構築する工程を含む、上記本発明の組換えベクターの構築方法を提供する。さらに本発明は、砒素の存在下でそのプロモーター活性が増大するプロモーターをスクリーニングする工程と、スクリーニングされたプロモーターと、該プロモーターの下流に位置し、該プロモーターによる制御を受ける構造遺伝子とを含む微生物を作出する工程を含む、上記本発明の微生物の作出方法を提供する。
【発明の効果】
【0008】
本発明により、有害又は高価な試薬を用いることなく、被検試料中の砒素を簡便に測定することが可能な、砒素の測定手段が初めて提供された。本発明によれば、本発明の砒素センサー微生物を、被検試料と接触させた後、レポーター遺伝子の発現を測定するだけで被検試料中の砒素を測定することができるので、有害な試薬を用いることなく簡便に砒素を測定することができる。しかも、微生物は培養すれば増殖するので、一旦砒素センサー微生物を構築すれば、その大量生産は容易にかつ安価に達成でき、産業上有利である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
上記の通り、本発明の微生物は、砒素の存在下においてそのプロモーター活性が変化するプロモーターと、該プロモーターの下流に位置し、該プロモーターによる制御を受ける構造遺伝子とを含み、砒素の存在下において前記構造遺伝子の発現量が変化するものである。
【0010】
砒素の存在下においてそのプロモーター活性が変化するプロモーターは、微生物を砒素含有培地で培養し、該培養前後のmRNAの量を比較し、培養後のmRNA量が変化する遺伝子を調べることにより見出すことができる。プロモーター活性の変化は、プロモーター活性の増大及び減少のいずれでもよいが、増大するプロモーターを用いる方がより簡便に砒素を測定することができるので好ましい。
【0011】
ここで用いる微生物としては、酵母が好ましく、さらにサッカロミセス属酵母が好ましく、特にサッカロミセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)が好ましい。
【0012】
砒素含有培地としては、その微生物の培養に通常用いられている培地に、ヒ酸(Na2HAsO4)や亜ヒ酸(NaAsO2)のような水溶性砒素化合物を添加したものを用いることができる。これらの水溶性砒素化合物の濃度は、適宜設定できるが、通常、5ppm〜150ppm程度、好ましくは10ppm〜70ppm程度である。培養温度は、その微生物の培養に通常用いられている温度でよく、酵母の場合には通常、20℃〜35℃、好ましくは28℃〜32℃程度である。培養時間も適宜設定することができ、通常、15分〜1時間程度でよい。
【0013】
培養前後のmRNA量の比較は、周知の方法により行うことができる。例えば、下記実施例において用いた方法では、微生物細胞から常法により全mRNAを抽出し、それらを鋳型として、蛍光標識等の標識を付したヌクレオシド三リン酸の存在下でcDNAを合成する。これにより、標識されたcDNAが得られる。これをプローブとして用い、予め作製された、該微生物のcDNAチップ上のcDNAとハイブリダイズさせ、洗浄後、チップに不動化された標識量を測定することにより、細胞中のmRNA量を測定することができる。この測定を、砒素含有培地で培養する前の微生物と培養後の微生物について行い、培養前後でmRNA量が変化する遺伝子を見つける。なお、ここで用いるcDNAチップは、該微生物から抽出した全mRNAを鋳型として作製したcDNAを、チップ上に不動化したものである。DNAチップ自体は周知であり、DNA不動化用に適したチップは市販されており、また、チップ上の各スポットにDNA溶液をスポットする装置も市販されているので、これらを用いて容易にcDNAチップを作製することができる。また、cDNAチップは種々の細胞について市販されており、例えば、サッカロミセス・セレビシエのcDNAチップも市販されているので、用いる微生物のcDNAチップが市販されている場合には、市販品を用いてもよい。
【0014】
なお、下記実施例においては、mRNAの測定方法として上記方法を用いたが、砒素含有培地での培養前後のmRNA量の比較は、上記方法に限定されるものではなく、サブトラクション法、ディファレンシャルディスプレイ法、ディファレンシャルハイブリダイゼーション法等の周知の他の方法によっても行うことができる。
【0015】
砒素含有培地での培養前後においてmRNA量が変化する構造遺伝子を見つければ、該構造遺伝子を制御しているプロモーターが、求めるプロモーターである。プロモーターは、構造遺伝子の上流側にほぼ隣接して存在するので、構造遺伝子の5'端からその上流約1kbp程度、通常200bp程度までの領域を取得すればその領域中にプロモーターが含まれる。該プロモーターのエンハンサーが存在する場合でも構造遺伝子の5'端からその上流約1kbp程度の領域中にはエンハンサーが通常含まれる。従って、例えば、常法によりその微生物のゲノムライブラリーを作製し、上記方法により特定された、砒素の存在下で発現が変化する構造遺伝子の一部分をプローブとして用いて該構造遺伝子を含むクローンを特定し、その上流に位置する配列を決定することにより所望のプロモーターの配列を決定することができる。配列が決定できれば、例えばゲノムDNAを鋳型としたPCR等によりプロモーター配列を増幅することにより、所望のプロモーターを得ることができる。
【0016】
なお、酵母のように既にこれまでに遺伝子工学に種々利用されてきた微生物では、ゲノムの研究が進んでおり、多くの場合、構造遺伝子が特定されれば、データベースからそのプロモーター配列を知ることができる。例えば、サッカロミセス・セレビシエは、その全ゲノム配列が決定されており、公表されている(例えば、Saccharomyces Genome Database, http://www.yeastgenome.org/)。該データベースにおいて、知りたい遺伝子名を入力しすることで、遺伝子の配列、ゲノム上の場所(地図)、プロモーター、ターミネーター部分の配列、遺伝子の機能に関する情報等々を知ることができるので、砒素の存在下で発現が変化する構造遺伝子を特定すれば、そのプロモーターの塩基配列を容易に知ることができる。配列を知ることができれば、上記のように、例えばゲノムDNAを鋳型としたPCR等によりプロモーター配列を増幅することにより、所望のプロモーターを得ることができる。
【0017】
下記実施例に具体的に記載する方法により、サッカロミセス・セレビシエについて、砒素の存在下で発現量が増大する構造遺伝子をスクリーニングしたところ、下記表1〜4に示される構造遺伝子が見出された。従って、これらの構造遺伝子のプロモーターは、砒素の存在下でそのプロモーター活性が変化するプロモーターとして本発明において利用することができる。
【0018】
【表1】

【0019】
【表2】

【0020】
【表3】

【0021】
【表4】

【0022】
これらのプロモーターの中でも、YHR055C又はYHR053Cのプロモーター(CUP1プロモーター)が特に好ましい。下記実施例で用いた、CUP1プロモーターを含むDNA断片の塩基配列を配列番号5に示す。
【0023】
前記プロモーターの下流には、該プロモーターによる制御を受ける構造遺伝子が存在する。構造遺伝子を鋳型として転写されるmRNAは、その塩基配列がわかっていれば、ノーザンブロット法やリアルタイム検出RT-PCR法等の常法により定量可能であるので、前記プロモーターの下流に位置する構造遺伝子はいかなる構造遺伝子であってもよい。従って、砒素センサーとして用いられる微生物が天然に有している、前記プロモーターに制御される構造遺伝子であってもよい。この場合、該微生物は、何らの遺伝的操作を行なうことなく、そのまま砒素センサーとして利用することが可能である。もっとも、その発現が、発色、発光、蛍光発光、遺伝子産物の生理活性(酵素活性等)等により、容易に検出又は定量可能な構造遺伝子であれば、被検試料中の砒素の測定をより簡便に行うことができるので好ましい。このような構造遺伝子は、「レポーター遺伝子」と呼ばれ、種々のものが周知である。好ましいレポーター遺伝子の例として、EGFP(enhanced green fluorescence protein)、GFP(green fluorecence protein)、β−ガラクトシダーゼ、グルクロニダーゼ及びルシフェラーゼ等の、発色、発光又は蛍光発光に基づいて測定可能なレポーター遺伝子を挙げることができる。これらのレポーター遺伝子は、いずれも周知であり、市販もされている。
【0024】
前記プロモーターの下流に、このようなレポーター遺伝子が接続され、該レポーター遺伝子が前記プロモーターの制御を受けて細胞内で発現される微生物は、前記プロモーターの下流に、このようなレポーター遺伝子が接続された組換えベクターを構築し、該組換えベクターで宿主微生物を形質転換することにより作製することができる。レポーター遺伝子が組み込まれ、その上流にクローニングのための種々の制限酵素部位を有するベクター自体は種々のものが周知であり、市販もされているので、市販のベクターを利用して、上記組換えベクターは容易に構築することができ、下記実施例にもその一例が具体的に記載されている。組換えベクターで宿主微生物を形質転換する方法もこの分野において周知であり、周知の方法により容易に行うことができる。なお、宿主微生物は、前記プロモーターが由来する微生物であることが通常好ましいが、プロモーターが機能し得るのであれば、他種微生物を宿主としてもよい。形質転換された微生物は、組換えベクターの選択マーカーに従って選択し、さらに、実際の砒素センサーとしての性能を試験して優れたものを選択することができる。
【0025】
本発明の砒素センサー微生物と、砒素を含むかもしれない被検試料とを接触させ、前記構造遺伝子、好ましくはレポーター遺伝子の発現を測定することにより被検試料中の砒素を測定することができる。本明細書において、「測定」には、文脈からそうでないことが明らかな場合を除き、検出と定量の両者が包含される。砒素センサー微生物と被検試料との接触条件は特に限定されず、その微生物の培養に通常用いられている温度、酵母の場合には通常、20℃〜35℃、好ましくは28℃〜32℃程度において行うことができる。また、接触条件も適宜設定することができ、通常、15分〜6時間程度、好ましくは15分〜1時間程度でよい。被検試料中の砒素を定量する場合には、砒素濃度が既知の複数の標準試料を用いて前記構造遺伝子の発現量を測定し、検量線を作成し、未知の試料について前記構造遺伝子の発現量を測定し、測定結果を前記検量線にあてはめることにより砒素を定量することができる。
【0026】
以下、本発明を実施例に基づきより具体的に説明する。もっとも、本発明は下記実施例に限定されるものではない。
【実施例】
【0027】
1. 材料及び方法
(1) 使用菌株と培養条件
DNAマイクロアレイ、またはノーザンハイブリダイゼーションに、Saccharomyces cerevisiae のゲノム配列の構築に用いられたS. cerevisiae S288C株を用いた。全RNA回収時には、YNB(アミノ酸を含まない0.67%酵母窒素ベース(yeast nitrogen base w/o amino acid))2% グルコース培地を使用し、30℃で培養を行った。また、S. cerevisiae YPH499(MATa、ura3、lys2、ade2、trp1、his3、and leu2)、S. cerevisiae UT-1(MATa/α、ura3/ura3、trp1/trp1)をGFP発現等の遺伝子操作に使用した。これらの菌の培養にはYPD(1%酵母抽出物、2%ペプトン、2%グルコース)培地を使用し、形質転換後の選択・経代用培地にはYNB、-trp Do supplement、2%グルコース培地を使用し、培養はすべて30℃で行った。また、培地に添加する砒素(Na2HAsO4・NaAsO2)の濃度は、すべて砒素に換算した濃度で表した。また、基本的な遺伝子操作の宿主としてはEschericha coli JM109を使用した。
【0028】
(2) 砒素の曝露により発現が変動する遺伝子検索の為の、DNAマイクロアレイ分析
S. cerevisiae S288Cを濁度(OD660)=1.0になるまでYNB2%グルコース培地で培養し、全菌体を遠心にて集菌した。集菌した菌を新たにYNB2%グルコース培地(control)と100ppm砒素(Na2HAsO4・NaAsO2)含有YNB2%グルコース培地(signal)に植え替え30分曝露させた。遠心によりそれぞれの菌体を回収し、二度洗浄を行い、使用するまでは−80℃で保存した。それぞれの全RNAは熱フェノール法にて回収し、回収した全RNAは−80℃にて保存した。
【0029】
25μgの全RNAから酵母特異的プライマーミックス(Yeast specific primer mix Eurogentec社)で、Cy3-、Cy5-dCTP(Amarsham Pharmacia Biotech)存在下、SuperScript II RNase 逆転写酵素(Life Technologies, Inc.)を使用しCy3-、Cy5-でラベルされたcDNAプローブを合成した。合成されたcDNAプローブはQia-quick PCR purification kit(QIAGEN)を用いて精製し、signalとcontrolそれぞれのcDNAプローブを混ぜ合わせた後、Amicon 30 フィルター(商品名)で濃縮した。
【0030】
Eurogene社のチップ(5803ヶのYeast ORFの特異配列が2連でガラススライドにスポットしてある。Ready-to spot PCR sets for MicroArrays: S cerevisiae)にcDNAプローブをハイブリダイズさせるために、20×SSCを加えターゲット溶液を作成した。95℃で1〜2分間変性させた後、DNAチップ上にターゲット溶液を静かにのせ、65℃で約10時間以上インキュベートした。インキュベートの後にDNAチップを洗浄し、FLA-8000(フルオロ・イメージアナライザー:FUJIFILM社)を用いDNAチップ上の蛍光量を測定し、Array Gauge(アレイ解析ソフトウェア)にて解析を行った。解析が行われたデータを、Gene Spring6.0(アレイデータ用統計解析ソフトウェア:Silicon Genetics社)にて、統計的に再解析した。
【0031】
(3) 砒素に応答する候補遺伝子絞込みの為のノーザンハイブリダイゼーション
S. cerevisiae S288CをOD660=1.0になるまでYNB2%グルコース培地で培養し、全菌体を遠心にて集菌した。集菌した菌を新たにYNB2%グルコース培地(control)と100ppm砒素(Na2HAsO4・NaAsO2)含有YNB2%グルコース培地(signal)に植え替え30分曝露させた。遠心によりそれぞれの菌体を回収し、二度洗浄を行い、使用するまでは−80℃で保存した。それぞれの全RNAは熱フェノール法にて回収し、回収したTotal RNAは−80℃にて保存した。
【0032】
GeneSpring(商品名)にて統計的に解析されたマイクロアレイデータより、砒素に一定以上の反応を示した遺伝子のORF部分約500bpを増幅するプライマーを作成し、PCRを行った。得られた断片を鋳型DNAとし、PCR DIG Probe Synthesis Kit(Roche社)を用いPCRを行い、ジゴキシゲニン(DIG)標識プローブを作成し、上記のRNAと共に用いてノーザンハイブリダイゼーションを行った。検出はLAS-1000(FUJIFILM社) を用いて行った。
【0033】
(4) 砒素に反応しGFPを発現するプラスミドの構築
TDH1遺伝子のターミネーター領域をPCRにより増幅し、pEGFPベクター(EGFP遺伝子を含むベクター、Clonetech社製)のEGFP ORFすぐ下流のNotI/EcoRIサイトに挿入した。増幅部分の遺伝子配列を配列番号1に、増幅時に用いたプライマーを配列番号2及び配列番号3に示す。挿入されたプラスミドより、EGFP ORF・TDH1ターミネーターを含む領域をBamHI/EcoRIサイトにより切り出し、pRS424ベクター(文献: Gene, 110, 119-122 (1992))のBamHI/EcoRIサイトに挿入しGFP発現用プラスミドとした。EGFP ORFの遺伝子配列を、配列番号4として示す。
【0034】
DNAマイクロアレイ、ノーザンハイブリダイゼーションの実験により、砒素に反応し発現増加する遺伝子のプロモーター領域を増幅する為のプライマーを作成した。また、プロモーター上流部分にはSacIを、下流部分にはNcoIの制限酵素サイトを付加した。S. cerevisiaeゲノムより、プロモーター増幅用のプライマーを用いてPCRを行い、得られた断片をSacI/NcoIで消化し、前記GFP発現用プラスミドのSacI/NcoIサイトに挿入した。なお、上記の通り、サッカロミセス・セレビシエの全ゲノムDNA配列は決定され、公表されているので、各プロモーター増幅用のプライマーは、公表されているプロモーター領域を増幅するように設定した。
【0035】
(5) 砒素モニタリング酵母の作成とその機能確認
上記で構築された砒素に反応しGFPを発現するプラスミドを目的酵母にOne Step法(Methods in Cell and Molecular Biology. 53, 139-145(1996))を用いて形質転換し、砒素を感知しGFPを発現する砒素モニタリング酵母を作成した。形質転換体は、YNB+2% グルコース+ -trp DO supplementの寒天培地で栄養要求性により選択し、生育したコロニーをダイレクトコロニーPCR することでプラスミドの有無を確認した。ダイレクトコロニーPCRで用いたプライマーは以下の通り。424F: tggcgaaagggggatgtg, 424R: cactaaagggaacaaaag
【0036】
機能確認の為に、濁度(OD650)=1.0になるまで培養した砒素モニタリング酵母を集菌し、リボフラビンを含まないYNB(YNB w/o Riboflabin)、-ura Do supplement、2%グルコースにOD650=2.0となるように懸濁した。YNB w/o Riboflabin、-ura Do supplement、2%グルコース培地にNa2HAsO4(砒酸)・NaAsO2(亜ヒ酸)を20ppm〜200ppmまで20ppm刻みで添加したものを用意した。菌液、砒素培地を、それぞれ96穴マイクロウェルプレートに100μlずつ分注し、10〜100ppmまで10ppm刻みの砒素培地にOD650=1.0の菌を植菌するようにした。そのプレートのGFPの蛍光強度を相対蛍光ユニット(Relative Fluorescence Unit:RFU)としてUltra Evolution(蛍光マイクロプレートリーダー:TECAN社)を使用して、30分毎12時間計測した。
【0037】
2. 結果
(1) 砒素の曝露により発現が変動する遺伝子検索
砒素に曝露させた菌体よりRNAを回収し、DNAマイクロアレイを行い統計的な解析を行った。その結果、砒素の曝露により4倍以上発現増加する遺伝子はNa2HAsO4(ヒ酸)の曝露により74、NaAsO2(亜ヒ酸)の曝露により165発現増加していた。また、Na2HAsO4(ヒ酸)、NaAsO2(亜ヒ酸)ともに共通して発現増加する遺伝子は63あった。下記の表1にNa2HAsO4(ヒ酸)、NaAsO2(亜ヒ酸)両者の曝露に共通して発現増加した遺伝子の遺伝子名、一般名(一般名があるもののみ)、GenBank Accession No.、遺伝子産物の性質等の記述を上記表1ないし表4に示す。その発現増加率が特に高かった、表1中の上位10種の遺伝子をその発現増加率と共に下記表5に表す。表5に示されるように、上位には、アリールアルコールデヒドロゲナーゼに関する遺伝子が多く発現しており、続いてメタロチオネインに関する遺伝子が発現していた。
【0038】
【表5】

【0039】
(2) 砒素に応答する遺伝子の為のノーザンハイブリダイゼーション
DNAマイクロアレイの結果を参照にし、発現増加した遺伝子の中からいくつかを選出し、ノーザンハイブリダイゼーションを行った(図1)。図1は、砒素(Na2HAsO4、NaAsO2)に曝露させた菌体より回収したRNAを対象にCUP1をプローブとしノーザンハイブリダイゼーションを行った時の露光画像である。ACT1は、比較対照として用いた。図1のように、砒素濃度が増加すると共にCUP1の発現量が高まっている事が明らかとなった。以上の結果により、砒素モニタリング酵母にはCUP1遺伝子のプロモーターを使用することにした。
【0040】
(3) CUP1プロモーターを用いた砒素モニタリング酵母
GFP発現用プラスミドへ挿入するプロモーターをCUP1プロモーター(構造遺伝子名: YHR053Cのプロモーター)と定め、CUP1プロモーターを前記GFP発現用プラスミドのGFP ORF直前に挿入しpCAG2を作成した(図5)。作成した組み換えプラスミドpCAG2をサッカロミセス・セレビシエYHP499に形質転換し、砒素モニタリング酵母を作成した。使用したCUP1プロモーター含有断片の塩基配列を配列番号5、プロモーター増幅時に使用したプライマーの塩基配列を配列番号6及び7に示す。砒素濃度10〜100ppm(10ppm刻み)の中にOD650=1.0の菌体が存在するように、培養した菌体を96穴マイクロウェルプレートに分注し、相対蛍光ユニット(RFU)の経時変化とそのODの変化を30分毎12時間計測した。また、この計測にはCUP1プロモーターへの影響を考慮して、YNB w/o Riboflabin w/o CuSO4、-ura DO supplement、2%グルコースを使用した。
【0041】
図2は、相対蛍光ユニット(RFU)を菌液のOD650で割り、菌体当たりのGFP蓄積量の経時変化を示した図である。縦軸には、RFUをOD650で割った値を、横軸には時間の経過を表している。計測1時間が経過する頃から0ppmと10ppm以上のNa2HAsO4(ヒ酸)濃度のRFUに差が見られ、4時間半以降、0ppm〜80ppmまでの間でNa2HAsO4(ヒ酸)濃度に依存したRFUの差が確認された。また、80ppm〜100ppmのNa2HAsO4(ヒ酸)濃度でのRFUに差は無く、図2では90ppm及び100ppmの場合の結果を省略している。
【0042】
また、図3は、計測開始3時間後の値を用いて砒素の定量性について検討を行った図を表している。縦軸には、RFUをOD650で割った値を、横軸にはNa2HAsO4(ヒ酸)の濃度を示している。検量線の相関係数(R2)の値からも、図からも読み取れるように、計測開始3時間後の値を計測する事により、10〜40ppmのNa2HAsO4(ヒ酸)を、精度良く計測できる。
【0043】
さらに早く砒素を検出可能にする為に、30分〜60分の値を用いて各砒素濃度の初期GFP蓄積速度について検討を行った(図4)。GFP蓄積速度を、以下の式で定義しそれぞれの値を代入し求めて、図にした。
【0044】
【数1】

【0045】
縦軸にはGFP蓄積速度、横軸にはNa2HAsO4(ヒ酸)濃度を示している。0〜40ppmまでの間は、ほぼ砒素濃度依存的にGFP蓄積速度は高まっており、40ppm以降のGFP蓄積速度に変化は見られなかった。以上により、3時間待たずとも、計測開始30分から60分という計測初期のGFP蓄積量を算出し比較する事により10ppm以上のNa2HAsO4(ヒ酸)が検出可能であった。
【図面の簡単な説明】
【0046】
【図1】本発明の実施例において見出された、砒素に曝露されるとその発現量が増大するCUP1遺伝子及び対照としてのACT1遺伝子のノーザンハイブリダイゼーションの露光画像を示す図である。
【図2】本発明の実施例において作製した、砒素センサー酵母についての、砒素との接触時間と単位菌体当りのGFPの蓄積量との関係を示す図である。
【図3】図2に示される結果から抽出した、砒素濃度と接触時間3時間における砒素濃度と単位菌体当りのGFPの蓄積量との関係を示す図である。
【図4】図2に示される結果から抽出した、接触時間30分〜60分の値を用いて計算した各砒素濃度における初期GFP蓄積速度を示す図である。
【図5】本発明の実施例において作製した、砒素センサー酵母構築用の組換えベクターの遺伝子地図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
砒素の存在下においてそのプロモーター活性が変化するプロモーターと、該プロモーターの下流に位置し、該プロモーターによる制御を受ける構造遺伝子とを含み、砒素の存在下において前記構造遺伝子の発現量が変化する、砒素センサーとして用いられる微生物。
【請求項2】
前記プロモーターは、砒素の存在下においてそのプロモーター活性が増大するプロモーターである請求項1記載の微生物。
【請求項3】
前記プロモーターは、酵母のプロモーターであり、前記微生物は酵母である請求項1又は2記載の微生物。
【請求項4】
前記プロモーターは、サッカロミセス・セレビシエのプロモーターであり、前記微生物はサッカロミセス・セレビシエである請求項3記載の微生物。
【請求項5】
前記プロモーターは、サッカロミセス・セレビシエの下記の群から選ばれる構造遺伝子のプロモーターである請求項1ないし4のいずれか1項に記載の微生物。
YOL165C、YFL057C、YCR107W、YDL243C、YJR155W、YHR055C、YPL250C、YHR053C、YPL171C、YGR055W、YLL057C、YHL036W、YML131W、YLL055W、YOL162W、YOL151W、YCR102C、YOL164W、YKR069W、YML116W、YNL134C、YBR072W、YOL118C、YLR460C、YMR090W、YHR179W、YFR030W、YHR199C、YBR294W、YJR010W、YJR137C、YPR167C、YNL036W、YGL184C、YNL276C、YGR209C、YDR011W、YJL101C、YDL168W、YKL001C、YOL163W、YNL277W、YBR085CA、YOL064C、YJL060W、YLR364W、YLR303W、YDR059C、YGR155W、YBR293W、YLL061W、YNL241C、YNL191W、YIL046W、YKL045W、YGL114W、YDR055W、YOR306C、YER052C、YGR154C、YHR112C、YHR176W、YIR016W、YAL012W
【請求項6】
前記プロモーターは、YHR055C又はYHR053Cのプロモーターである請求項5記載の微生物。
【請求項7】
前記構造遺伝子は、その発現が発色、発光又は蛍光発光に基づいて測定可能な遺伝子である請求項1ないし6のいずれか1項に記載の微生物。
【請求項8】
前記構造遺伝子は、EGFP、GFP、β−ガラクトシダーゼ、グルクロニダーゼ及びルシフェラーゼから成る群より選ばれる請求項7記載の微生物。
【請求項9】
砒素の存在下においてそのプロモーター活性が変化するプロモーターと、該プロモーターの下流に位置し、該プロモーターによる制御を受ける構造遺伝子とを含む、砒素センサー微生物構築用組換えベクター。
【請求項10】
前記プロモーターは、砒素の存在下においてそのプロモーター活性が増大するプロモーターである請求項9記載の組換えベクター。
【請求項11】
前記プロモーターは、酵母のプロモーターであり、前記微生物は酵母である請求項7又は10記載の組換えベクター。
【請求項12】
前記プロモーターは、サッカロミセス・セレビシエのプロモーターであり、前記微生物はサッカロミセス・セレビシエである請求項11記載の組換えベクター。
【請求項13】
前記プロモーターは、サッカロミセス・セレビシエの下記の群から選ばれる構造遺伝子のプロモーターである請求項9ないし12のいずれか1項に記載の組換えベクター。
YOL165C、YFL057C、YCR107W、YDL243C、YJR155W、YHR055C、YPL250C、YHR053C、YPL171C、YGR055W、YLL057C、YHL036W、YML131W、YLL055W、YOL162W、YOL151W、YCR102C、YOL164W、YKR069W、YML116W、YNL134C、YBR072W、YOL118C、YLR460C、YMR090W、YHR179W、YFR030W、YHR199C、YBR294W、YJR010W、YJR137C、YPR167C、YNL036W、YGL184C、YNL276C、YGR209C、YDR011W、YJL101C、YDL168W、YKL001C、YOL163W、YNL277W、YBR085CA、YOL064C、YJL060W、YLR364W、YLR303W、YDR059C、YGR155W、YBR293W、YLL061W、YNL241C、YNL191W、YIL046W、YKL045W、YGL114W、YDR055W、YOR306C、YER052C、YGR154C、YHR112C、YHR176W、YIR016W、YAL012W
【請求項14】
前記プロモーターは、YHR055C又はYHR053Cのプロモーターである請求項13記載の組換えベクター。
【請求項15】
前記構造遺伝子は、その発現が発色、発光又は蛍光発光に基づいて測定可能な遺伝子である請求項9ないし14のいずれか1項に記載の組換えベクター。
【請求項16】
前記構造遺伝子は、EGFP、GFP、β−ガラクトシダーゼ、グルクロニダーゼ及びルシフェラーゼから成る群より選ばれる請求項15記載の組換えベクター。
【請求項17】
請求項1ないし8のいずれか1項に記載の微生物を、被検試料と接触させる工程と、その後、前記構造遺伝子の発現を測定することを含む、被検試料中の砒素の測定方法。
【請求項18】
砒素の存在下でそのプロモーター活性が増大するプロモーターをスクリーニングする工程と、スクリーニングされたプロモーターと、該プロモーターの下流に位置し、該プロモーターによる制御を受ける構造遺伝子とを含むベクターを構築する工程を含む、請求項9記載のベクターの構築方法。
【請求項19】
砒素の存在下でそのプロモーター活性が増大するプロモーターをスクリーニングする工程と、スクリーニングされたプロモーターと、該プロモーターの下流に位置し、該プロモーターによる制御を受ける構造遺伝子とを含む微生物を作出する工程を含む、請求項1記載の微生物の作出方法。
【請求項20】
前記スクリーニング工程は、砒素を含む培地で微生物を培養する前後のmRNAの量を比較し、培養後のmRNA量が増大する遺伝子を見出すことを含む請求項18又は19記載の方法。


【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図1】
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【公開番号】特開2006−211935(P2006−211935A)
【公開日】平成18年8月17日(2006.8.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−26772(P2005−26772)
【出願日】平成17年2月2日(2005.2.2)
【出願人】(301025634)独立行政法人酒類総合研究所 (55)
【Fターム(参考)】