説明

硫化脱銅スラグからのナトリウム・硫黄成分の回収方法

【課題】硫化脱銅スラグから、NaとSをフラックスとして再利用可能な化合物として高い回収率で回収する。
【解決手段】溶融状態から固化した硫化脱銅スラグを、粒径5〜20mmの割合が50質量%以上である粒度に調整し、この粒状の硫化脱銅スラグを水に浸漬してスラグ中のNaとSを抽出し、該水溶液からNa・S成分を回収するに際して、水溶液をpH≧9に維持する。スラグを粉砕することなく所定の粒度で水等に浸漬することにより、スラグ中のSを−2価の状態に維持することができ、且つ、水溶液をpH≧9に保つことにより、Sの揮発を防止して、−2価のSを水溶液中に安定的に保つことができ、これらにより、NaとSをフラックスとして再利用可能な化合物として高い回収率で回収できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、製鋼工程において硫黄・ナトリウム含有フラックスを用いて行われる精錬処理で発生する硫化脱銅スラグから、ナトリウムと硫黄をフラックスとして再利用可能な化合物として回収するための方法に関する。
【背景技術】
【0002】
鉄源にスクラップを用いて得られた溶銑は、不純物である銅の濃度が比較的高く、このため製鋼工程で銅を取り除く方法が検討されている。製鋼工程において溶銑から銅を取り除く方法の一つとして、硫黄とナトリウムを含むフラックス(NaSなど)を用いた処理がある。このような処理では、副産物である硫化脱銅スラグが多量に発生するが、この硫化脱銅スラグを屋外で雨曝しにすると、高アルカリ水や高COD水が発生するおそれがある。また、上記フラックスは価格が高いため、処理コストの面でも課題がある。
以上のような課題を解決するには、硫化脱銅スラグからフラックス成分を回収してリサイクルする必要がある。特許文献1には、硫化脱銅スラグの成分を水溶液に抽出し、この水溶液から硫化ソーダなどを回収する方法(湿式分離)が示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開昭61−266515号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、特許文献1では、ナトリウムの揮発を抑えながら、NaS、NaSOを回収しているが、硫黄の揮発については考慮がなされていない。
また、湿式による硫化脱銅スラグからの成分回収では、水溶液からナトリウムと硫黄をフラックスとして再利用可能な化合物として回収することが必要である。硫黄は複数の酸化状態を持つため、その形態により得られる化合物が異なる。硫黄は、フラックス及びスラグ中ではNaSとして−2価の価数を持つと考えられるが、酸化状態により+2価のチオ硫酸態(S2−)、+4価の亜硫酸態(SO2−)、+6価の硫酸態(SO2−)として存在する。溶液としては価数が大きい硫酸態が安定である一方で、固体としての回収効率は低くなる。固体として回収するにはフラックスと同じ形態であるS2−が好ましいが、S2−は溶液中の水素イオン濃度(pH)によりHS,HS,S2−と形態を変え、pH5以下では硫化水素ガスとして気散する恐れがあるため回収効率が低下する。このような観点から特許文献1の方法を検討すると、特許文献1では、NaSが分解して生成したNaOやNaOHにHSOを添加し、NaSOとした後に蒸発乾固させて回収しているが、HSOを添加していることから、液中では局所的に酸性となり、NaSは分解してHS等が発生する恐れもあり、硫黄の回収率がさらに低下する問題がある。
【0005】
したがって本発明の目的は、硫黄・ナトリウム含有フラックスを用いて行われる精錬処理で発生する硫化脱銅スラグから、湿式によりナトリウムと硫黄をフラックスとして再利用可能な化合物として高い回収率で回収することができる方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記課題を解決すべく検討した結果、湿式により硫化脱銅スラグからナトリウムと硫黄をフラックスとして再利用可能な化合物として高効率に回収するには、(i)スラグを極力酸化雰囲気に曝さないようにするため、スラグを粉砕することなく、ある程度の大きさのまま水に浸漬すること、(ii)硫黄の揮発を防止して、−2価の硫黄を水溶液中に安定的に保つために、水溶液をアルカリ性に保つこと、が重要であることが判った。
【0007】
本発明はこのような知見に基づきなされたもので、以下を要旨とするものである。
[1]溶融状態から固化した硫化脱銅スラグ(但し、ナトリウムと硫黄を含有するフラックスを使用した精錬処理において生成した硫化脱銅スラグ)を、粒径5〜20mmの割合が50質量%以上である粒度に調整し、該粒状の硫化脱銅スラグを水に浸漬してスラグ中のナトリウムと硫黄を抽出し、該水溶液からナトリウム・硫黄成分を回収するに際して、水溶液をpH≧9に維持することを特徴とする、硫化脱銅スラグからのナトリウム・硫黄成分の回収方法。
[2]上記[1]の回収方法において、水溶液からナトリウム・硫黄成分を回収する工程では、水溶液を加熱して濃縮することで硫化ナトリウムを析出させ、該硫化ナトリウムを回収することを特徴とする、硫化脱銅スラグからのナトリウム・硫黄成分の回収方法。
【0008】
[3]上記[1]又は[2]の回収方法において、水溶液のpH調整のために水酸化ナトリウムを添加することを特徴とする、硫化脱銅スラグからのナトリウム・硫黄成分の回収方法。
[4]上記[1]の回収方法において、水溶液からナトリウム・硫黄成分を回収する工程では、水溶液に下記(a)、(b)の処理を順に施し、(a)の処理工程で硫化鉄を、(b)の処理工程で炭酸ナトリウムをそれぞれ回収することを特徴とする、硫化脱銅スラグからのナトリウム・硫黄成分の回収方法。
(a)水溶液に鉄イオンを添加し、硫化鉄を析出させる。
(b)水溶液に炭酸ガスを吹き込むことにより炭酸ナトリウムを析出させる。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、硫黄・ナトリウム含有フラックスを用いて行われる精錬処理で発生する硫化脱銅スラグから、湿式により、ナトリウムと硫黄をフラックスとして再利用可能な化合物として高い回収率で回収することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】本発明が規定する粒度に調整したスラグと粉砕処理したスラグについて溶解試験を行い、水溶液に抽出した硫黄の形態を分析した結果を示すグラフ
【図2】S2−イオン(硫化物イオン)平衡図
【図3】本発明法の基本的な処理フローを示す説明図
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明では、溶融状態から固化した硫化脱銅スラグを、粉砕処理せず所定の粒度とし、この粒状のスラグを水に浸漬してスラグ中のナトリウムと硫黄を抽出する。
硫化脱銅スラグは、ナトリウムと硫黄を含有するフラックスを使用した精錬処理において生成したものであり、通常、ナトリウムと硫黄を主成分とし、残部が鉄と銅などからなる組成を有する。本発明において、水に浸漬する硫化脱銅スラグは、100℃以下まで冷却したものが好ましい。
【0012】
溶融状態から固化したままの硫化脱銅スラグ中の硫黄の大部分はNaS(−2価の硫黄)として存在しているが、スラグ中の硫黄分が大気などの酸化性雰囲気に曝されると酸化されてHS等となるため、−2価の硫黄の割合が減少し、湿式での硫黄などの回収率が低下する。このため本発明では、溶融状態から固化した硫化脱銅スラグを、粉砕処理せず粒径5〜20mmの割合が50質量%以上である粒度とし、スラグ中の硫黄が極力酸化されないようにする。硫化脱銅スラグの粒径が5mm未満では、NaSが分解しやすくなるため硫黄の回収率が低下する。一方、粒径が20mm超では、内部のNaSの溶解に時間がかかり、また十分に抽出することができないため、硫黄などの回収率が低下する。このため、粒径5〜20mmのスラグ粒子の割合が多いほどよく、その割合を50質量%以上とする。
硫化脱銅スラグを、粒径5〜20mmの割合が50質量%以上である粒度に調整するには、通常、溶融状態から固化したスラグ(大塊状のスラグ)を破砕機で破砕処理し、必要に応じて、篩分により分級処理を行う。
【0013】
図1は、本発明条件を満足する粒度(粒径5〜20mmの割合が99質量%以上)のスラグAと、粉砕処理したスラグB(粒径5mm未満の割合が99質量%以上)について溶解試験を行い、水溶液に溶出した硫黄の形態を分析した結果を示している。この溶解試験は、下記(i)の条件で試料の調製を行い、この試料を用いて下記(ii)の条件で抽出を行った。
(i)試料調製
(1)スラグA:硫化脱銅スラグを20mmと5mmの篩いで順次篩い分けし、5mmの篩い分けでの篩上のスラグを用いた。
(2)スラグB:硫化脱銅スラグを5mmの篩いで篩い分けし、篩下のスラグを用いた。
(ii)抽出
(1)蒸留水500mlを入れた密閉瓶(500mlポリプロピレン製密閉瓶)にスラグA、スラグBをそれぞれ2.5g添加し、常温にて振とう速度200rpm、振幅40〜50mmで2時間往復振とう機にて振とうした(振とう時間以外は、環告46号に準じた)。
(2)pH計にてpHを測定し、pH≧9になるように必要に応じて水酸化ナトリウムを添加した。
(3)その後、保留粒子径0.45μmのろ紙でろ過し、残渣とろ液に分離した。
(4)ICPにて、ろ液の成分分析を行った。
【0014】
図1によれば、本発明条件を満足する粒度のスラグAでは、80質量%近くの硫黄が硫化物態(−2価)で存在している。これに対して粉砕処理したスラグBでは、硫化物態(−2価)で存在している硫黄は約5質量%程度に過ぎず、残りの約95質量%の硫黄は、チオ硫酸態(+2価)と硫酸態(+6価)で存在している。
【0015】
以上のような粒度を有する粒状の硫化脱銅スラグを水に浸漬して硫化脱銅スラグ中のナトリウムと硫黄を抽出し、この水溶液からナトリウム・硫黄成分を回収するが、この際、水溶液をpH≧9に維持することが必要である。水溶液がpH<9では水溶液から硫黄分が揮発し、−2価の硫黄を水溶液中に安定的に保つことができなくなる。図2は、S2−イオン(硫化物イオン)平衡図である。硫黄成分が揮発する形態はHSであるが、この図2は、pH≧9の溶液中においては、硫黄成分はHSでなく、HS若しくはS2−として溶液中に留まることを示している。
【0016】
水溶液をpH≧9に維持するのは、好ましくはスラグを浸漬した直後からであるが、水への浸漬後は速やかにpH測定を行ってpH≧9に調整する。このため、必要に応じて適宜アルカリをpH調整剤として添加すればよい。アルカリの種類は特に限定しないが、回収後に混入してもよい元素の水酸化物を用いればよく、なかでも水酸化ナトリウムが好ましい。
硫化脱銅スラグが浸漬される液は水である。水としては、例えば、蒸留水、工業用水、水酸化ナトリウム等のアルカリで予めアルカリ性にした水などを用いることができる。フラックスとして利用する際に混入していても問題のない成分が含まれた水溶液でもよい。
粒状の硫化脱銅スラグを水に浸漬してスラグ中のナトリウムと硫黄を抽出する時間に特別な制限はなく、水温などに応じて適宜選択すればよいが、通常、2時間程度の浸漬を行えばよい。
【0017】
硫化脱銅スラグ中のナトリウムと硫黄が抽出された水溶液からナトリウム・硫黄成分を回収する工程では、例えば、次のような処理が行われる。
(イ)水溶液を加熱して濃縮することで硫化ナトリウムを析出させ、この硫化ナトリウムを回収する。
(ロ)水溶液に下記(a)、(b)の処理を順に施し、(a)の処理工程で硫化鉄を、(b)の処理工程で炭酸ナトリウムをそれぞれ回収する。
(a)水溶液に鉄イオンを添加し、硫化鉄を析出させる。
(b)水溶液に炭酸ガスを吹き込むことにより炭酸ナトリウムを析出させる。
【0018】
上記(イ)の方法では、水溶液を加熱濃縮して硫化ナトリウムを析出させるが、この際、pH調整のために水溶液にアルカリを添加してもよい。アルカリとしては、他の元素の混入がない水酸化ナトリウムが特に好適であるが、フラックスとして利用する際に混入していても問題のない成分のアルカリを用いればよい。
また、上記(ロ)の方法において、(a)の処理では、通常、水溶液に鉄イオン源として金属鉄(粒鉄など)、FeOなどの1種以上が添加され、この鉄イオン源から溶出する鉄イオンと水溶液中の硫黄により硫化鉄を析出させ、これを回収する。続く(b)の処理では、水溶液中に吹き込まれた炭酸ガス(通常、炭酸ガス含有ガスとして吹き込まれる。)とナトリウムにより炭酸ナトリウムを析出させ、これを回収する。なお、鉄イオン源としては、溶解性の他の鉄化合物を添加してもよい。水溶液中に吹き込む炭酸ガスは、純粋な炭酸ガスでもよいが、高炉ガスのような炭酸ガス含有ガスでもよい。
【0019】
図3は、以上述べた本発明の回収方法の処理フローを示している。硫化脱銅スラグを水に浸漬し、ナトリウムと硫黄の抽出が完了した時点で、シックナーなどを用いた沈降分離で水溶液とスラグ固形分とが分離され、スラグ固形分はフィルタープレスなどで脱水される。この脱水で生じた水は、上記水溶液に戻される。一方、脱水後の残渣は銅源及び鉄源として回収される。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
溶融状態から固化した硫化脱銅スラグ(但し、ナトリウムと硫黄を含有するフラックスを使用した精錬処理において生成した硫化脱銅スラグ)を、粒径5〜20mmの割合が50質量%以上である粒度に調整し、該粒状の硫化脱銅スラグを水に浸漬してスラグ中のナトリウムと硫黄を抽出し、該水溶液からナトリウム・硫黄成分を回収するに際して、水溶液をpH≧9に維持することを特徴とする、硫化脱銅スラグからのナトリウム・硫黄成分の回収方法。
【請求項2】
水溶液からナトリウム・硫黄成分を回収する工程では、水溶液を加熱して濃縮することで硫化ナトリウムを析出させ、該硫化ナトリウムを回収することを特徴とする、請求項1に記載の硫化脱銅スラグからのナトリウム・硫黄成分の回収方法。
【請求項3】
水溶液のpH調整のために水酸化ナトリウムを添加することを特徴とする、請求項1または2に記載の硫化脱銅スラグからのナトリウム・硫黄成分の回収方法。
【請求項4】
水溶液からナトリウム・硫黄成分を回収する工程では、水溶液に下記(a)、(b)の処理を順に施し、(a)の処理工程で硫化鉄を、(b)の処理工程で炭酸ナトリウムをそれぞれ回収することを特徴とする、請求項1に記載の硫化脱銅スラグからのナトリウム・硫黄成分の回収方法。
(a)水溶液に鉄イオンを添加し、硫化鉄を析出させる。
(b)水溶液に炭酸ガスを吹き込むことにより炭酸ナトリウムを析出させる。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2011−207718(P2011−207718A)
【公開日】平成23年10月20日(2011.10.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−78889(P2010−78889)
【出願日】平成22年3月30日(2010.3.30)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】