説明

硬い殻内に存在する有効成分の抽出方法

【課題】アスタキサンチンのような硬い殻内に存在する有効成分を歩留まり良く取り出すために有機溶剤による抽出方法が利用されているが、安全上の問題、脂質の混入、工程の長期化、抽出前の専用の破砕装置の使用などの問題がある。
【解決手段】処理対象物を亜臨界水に接触させて、殻の破砕と有効成分の抽出とを一段階で行う。ヘマトコッカス藻からアスタキサンチンを抽出する場合には、210〜220℃且つ5〜6MPaの亜臨界水に藻を接触させれば、臨界的に高い収率でアスタキサンチンを取り出すことができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、亜臨界水を利用した有効成分の抽出方法に係り、特に硬い殻を有する植物や藻類からの有効成分の抽出に適した方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
アスタキサンチンは赤色を呈するカロチノイド色素の一種で、天然物由来のものと化学合成品とがあり、工業的に大量製造できる化学合成品は従来から養殖用の魚介類の色付けのために飼料に添加されて使用されていたが、天然物由来のものは商用に見合う製造方法が確立されていなかったこともあり、使用が限定されていた。
ところが、近年では、抗酸化作用が非常に強いことなどが明らかになるにつれ、一般食品、健康食品、医薬品などの用途への使用が期待されており、一般食品などに添加する場合には天然物由来のものしか使用が認められていないこともあって、天然物由来のものについて商用に見合う製造方法の早急な確立が求められている。
【0003】
アスタキサンチンを体内で生合成し蓄積する生物のうちヘマトコッカス・プルビアリス(Haematococcus pluvialis)緑藻(以下、「ヘマトコッカス藻」と記載する。)が高含量で蓄積することは従来から知られていたが、最近になり、ようやくそれを利用した商用に見合う純粋培養法が確立されてきた。
しかしながら、液体培養されたヘマトコッカス藻からアスタキサンチンを歩留まり良く取り出すときには、硬い細胞壁を機械的に破砕してからアセトン、エタノール、ヘキサンなどの有機溶媒を使用して抽出しなければならない。
【0004】
使用する有機溶剤は食品衛生法で許可されたものであるが、許可されたものであってもその残留溶剤量の上限は厳しく規制されており、安全上からは含まれていない方が好ましいことは言うまでもない。
また、ヘマトコッカス藻の培養時の培地、栄養剤、薬品類や藻類中のたんぱく質、クロロフィル類、ステロール・リン脂質他の脂質が一緒に抽出されてくることは避けられない。このため、アスタキサンチン純度の高い物が得られ難い。
さらに、上記した溶剤は引火性で消防法上の危険物であり抽出装置の安全性をも考慮しなければならない。
加えて、抽出工程の前処理として乾燥破砕が不可欠であり、専用の装置が必要になったり、工程が長くなったりするだけでなく、乾燥後に生じる酸化物などが一緒に抽出されていることも避けられない。
【0005】
【特許文献1】特開平9−111139号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、上記した課題を解決するものであり、アスタキサンチンのような硬い殻内に存在する有効成分を一段階でしかも有機溶媒を使用せずに抽出できる、新規かつ有用な方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、試行錯誤の結果、亜臨界水をアスタキサンチンのような硬い殻内に存在する有効成分の抽出に利用すれば、殻の破砕と有効成分の抽出を一つの装置内で行えることを見出し、それに基づいて一つの抽出方法を提案するに至った。
すなわち、本発明の植物や藻類のうち硬い殻内に存在する有効成分を抽出する方法は、亜臨界水に殻を接触させることで殻を破粉砕して有効成分を抽出することを特徴とする有効成分の抽出方法である。
【0008】
本発明の抽出方法は、緑藻、特にヘマトコッカス ・プルビアリスからアスタキサンチンを抽出するのに適している。また、ヘマトコッカス ・プルビアリスからアスタキサンチンを抽出する際には、亜臨界水を180〜230℃まで昇温し且つ内部圧力を3〜8MPaまで上げるとアスタキサンチンを歩留まり良く取り出せることが見出されている。更に亜臨界水を210〜220℃まで昇温し且つ内部圧力を5〜6MPaまで上げるとアスタキサンチンの歩留まりが一層良くなることが見出されている。
また、抽出物を油に溶かす場合には、予め亜臨界水となる水に油を添加しておくことも可能である。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、硬い殻を粉砕して、その中に存在する有効成分を分解させたり変質させたりすることなく歩留まり良く抽出できるので、アスタキサンチンのような硬い殻内に存在する有効成分を一段階でしかも有機溶媒を使用せずに抽出できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明は、植物や藻類のうち硬い殻内に存在する有効成分を抽出するのに特に適した方法である。有望な処理対象物としては、例えば、藻類としては、クロレラ、スピルリナ、ファフィア酵母が想定され、さらに、藻類ではないが花粉、きのこの胞子なども想定される。花粉などは細部が小さく機械的に破砕するのが困難であることからも有望であると想定される。
なお、処理対象物には、細胞壁やソフトカプセルのカプセル皮膜のような外殻に有効成分が封入されて内に集まって存在しているものばかりではなく、殻の中に有効成分が分散して存在しているようなものも含まれる。
【0011】
対象物がヘマトコッカス藻のような藻類の場合には、公知の方法に準拠して、適宜な培地で液体培養する。異種微生物の混入・繁殖がなく、その他の夾雑物の混入が少ない密閉型の培養方法が好ましい。
そして、培養液から株を集め、定法、例えば濾過や遠心分離でヘマトコッカス藻を分離し、水洗して付着培地や添加剤などを除去する。
ここまでの前処理は、有機溶剤を使用した場合と同じである。
【0012】
上記した前処理を終えた後、亜臨界水を利用した抽出処理を行う。
具体的には、水洗したヘマトコッカス藻を含水状態のまま、適度な量の水と共に適当な密閉耐圧容器に入れて密閉し、撹拌しながら、容器内を亜臨界雰囲気とする。
22MPa、375℃が臨界点であり、この臨界点より低いがそれに近い温度、圧力での状態を亜臨界状態という。上記した密閉耐圧容器内を加熱すると、温度上昇とともに内部圧力も上昇し、容器内の水が上記した亜臨界水となる。
【0013】
ヘマトコッカス藻は、硬い殻に覆われているが、180〜230℃で3〜8MPa程度の亜臨界水と接触させれば、好ましくは210〜220℃で5〜6MPa程度の亜臨界水と接触させれば、殻が破砕されてアスタキサンチンが速やかに抽出される。亜臨界水は加水分解作用が知られていたため、アスタキサンチンも分解される危険性が予想されたが、意外なことに殆ど分解されなかった。但し、180℃以上での保持時間は5〜15分が好ましい。それより短いと殻の破砕・アスタキサンチンの抽出が不十分となる可能性があり、一方、それ以上長くなると、今度は高熱に長時間接触されることでアスタキサンチンが変質される恐れが出てくるからである。
【0014】
最終的な製品がソフトカプセルのような場合にはアスタキサンチンを油に分散配合することになるが、予め容器内にその油を添加した上で、上記したような亜臨界水を利用した抽出を行うこともできる。
また、上記した前処理を終えた後直ちに抽出処理を行わない場合には一旦適宜な乾燥をしておいてもよい。
【0015】
亜臨界抽出は、実験室レベルでは、市販の亜臨界抽出装置を使用して行うことができる。
この抽出装置では、電熱ヒーターが密閉耐圧容器に取り付けられており、容器内の温度を上げながら圧力も上げるように構成されている。
なお、実験室レベルの装置では、容器内の温度を上げながら圧力も上げるように構成されているため、液体窒素などの不活性ガスを予め容器に入れておき初期圧を高めておくことが必要である。
【実施例】
【0016】
以下のようにして試験を行った。
<亜臨界水抽出(本発明)>
(培養)
Haematococcus pluvialis N144株を、蛍光灯照射下、25℃で以下の表1に示す組成のKBM培地を使用して10日間培養した。途中、4日目には酢酸ナトリウム三水和物(和光純薬株式会社製)を全体の濃度が45mMになるよう添加し、6日目には硫酸鉄(2)七水和物(和光純薬株式会社製)を全体の濃度が450μMになるよう添加した。
【0017】
【表1】

【0018】
(抽出)
培養後、Haematococcus pluvialis N144株を集め、6000rpmで遠心分離して、ヘマトコッカス藻を分離回収した。そして回収したヘマトコッカス藻を、市販の凍結乾燥機(TAITEC VD-250F)を用いて凍結乾燥した。
その後、乾燥したヘマトコッカス藻1g(乾燥細胞基準)を純水100mlに溶かして分散させ、上記の市販の亜臨界抽出装置に入れ抽出処理を行った。
【0019】
【表2】

【0020】
【表3】

【0021】
上記表2、3中、抽出温度は一点で記載されているが、使用する装置の温度制御の精度限界から、上記した抽出温度は常にその温度そのものに維持されているわけでなく、±3℃以内で温度変動している。
圧力の欄の左側の数値は初期圧力値である。
保持時間は、容器内が昇温されて所定の抽出温度に到達した時点から降温されるまでの間の一定の温度(±3℃以内)で保持されている時間のことである。所定の保持時間経過後は直ちに電熱ヒーターをオフにしており、冷却される。
抽出時間は、容器をセットして電熱ヒーターをオンにした時点からオフ後室温まで冷却されて装置から容器が取り出される時点までの時間である。
【0022】
(定量)
抽出温度が215℃のものは、抽出液1.5ml、0.05Mトリス緩衝液(pH7.0)1ml、コレステロールエステラーゼ100μlを褐色試験管に入れ、37℃で1時間酵素反応させた後、石油エーテルで抽出し、溶媒留去することで、脱エステル化処理をしてアスタキサンチンをフリー体にした試料を作製した。
抽出温度が181℃と198℃のものは、フリー体を得られなかったため、抽出液90mlをアセトン250mlで抽出し、吸引ろ過した後、上記の脱エステル化処理を行い、試料を作製した。
次に、その試料をジクロロメタン:メタノール1:3の混合溶媒に溶解して、HPLC分析を行い、アスタキサンチンの吸収極大波長である480nm付近にあるピークエリアから乾燥細胞重量1g当たりのアスタキサンチン量を定量した。
この結果から、抽出温度が215℃付近で且つ圧力が5〜6MPaの亜臨界水を接触させた場合に臨界的な抽出効果が得られるものと考えらえる。
【0023】
<溶剤抽出(比較用従来品)>
比較用の従来品として、ヘマトコッカス藻とグラスビーズとをディスポーザブルチューブに入れ、インキュベートし、細胞を軟化させた後、取り出してBead-beater法により物理的に細胞を破砕した。その後、遠心分離を行い、沈殿物をアセトンで洗浄し、上清を回収した。回収した上清をコレステロールエステラーゼにより脱エステル化処理し、フリー体を定量した。
【0024】
<評価>
アスタキサンチンの定量値、収率、抽出後の試料の色、抽出後の細胞数を以下の表4、5と図1、図2に示す。
なお、収率は、(本発明品の定量値/比較用従来品の定量値)×100(%)として算出した。
【0025】
【表4】

【0026】
【表5】

【0027】
上記の結果は、図1にも示している。
上記の結果から、抽出温度が215℃付近の場合に臨界的に高い抽出効果が得られるものと考えらえる。なお、保持時間が1分の場合には抽出温度が215℃の場合の180℃以上での保持時間は5〜15分の範囲内であった。高温での抽出時間が長くなると、今度は長時間暴露によりアスタキサンチンが破壊されるものと考えられる。この程度の収率が得られれば商用に見合う。
また、抽出後の試料の色が定量値に比例して変化しているので、抽出が上手く言ったか否かの簡易判定ができるものと思われる。
【0028】
【表6】

【0029】
上記の結果から、抽出温度215℃、圧力5〜6MPaに設定された亜臨界水を使用すれば、常に臨界的に高い収率を得ることができると考えられる。
【0030】
(抽出後の細胞数)
抽出後の乾燥細胞重量1g当たりの細胞数を、トーマ血球計算盤を用いてカウントした。
図2はその結果を示す。
この結果から、抽出温度が215℃付近の場合に、多くの細胞、正確には細胞壁が破砕されて中のアスタキサンチンが抽出されると考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0031】
本発明の抽出方法を、ヘマトコッカス藻からアスタキサンチンを抽出するのに利用すれば、商用に見合う収率を確保しつつ、アセトンなどの有機溶剤を使用せずに済むので、安全で且つ脂質などの不純物の混入が無く、高純度のものを得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】本発明の実施例で得られた、各試料アスタキサンチンの定量結果を示すグラフである。
【図2】本発明の実施例で得られた、幾つかの試料の細胞数である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
植物や藻類のうち硬い殻内に存在する有効成分を抽出する方法であって、亜臨界水に殻を接触させることで殻を破砕して有効成分を抽出することを特徴とする有効成分の抽出方法。
【請求項2】
請求項1に記載した植物や藻類のうち硬い殻内に存在する有効成分の抽出方法において、緑藻からアスタキサンチンを抽出することを特徴とする有効成分の抽出方法。
【請求項3】
請求項2に記載した植物や藻類のうち硬い殻内に存在する有効成分の抽出方法において、緑藻がヘマトコッカス ・プルビアリスであることを特徴とする有効成分の抽出方法。
【請求項4】
請求項3に記載した植物や藻類のうち硬い殻内に存在する有効成分の抽出方法において、180〜230℃且つ3〜8MPaの亜臨界水に緑藻を接触させて抽出することを特徴とする有効成分の抽出方法。
【請求項5】
請求項4に記載した植物や藻類のうち硬い殻内に存在する有効成分の抽出方法において、210〜220℃且つ5〜6MPaの亜臨界水に緑藻を接触させて抽出することを特徴とする有効成分の抽出方法。


【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2009−248049(P2009−248049A)
【公開日】平成21年10月29日(2009.10.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−102049(P2008−102049)
【出願日】平成20年4月10日(2008.4.10)
【出願人】(502050707)
【Fターム(参考)】