説明

磁性流体軸受

【課題】磁性流体の意図しないブリッジを防止して長期間使用しても真空性能を維持できる磁性流体軸受を提供する。
【解決手段】磁性を有し、それぞれ軸方向に間隔Dで設けられた多段の環状突部2aを有し、かつ環状突部の外径2Dが軸本体の外径とほぼ同一である回転軸2と、回転軸の外周に配置されるポールピース4と、ポールピースと回転軸との間に磁気回路を形成する磁石6と、磁気回路に沿ってポールピースと回転軸の環状突部との間に介在し、ポールピースと回転軸との間の隙間を封止する磁性流体8とを備え、最外側の環状突部に隣接する軸本体の肩部2cと、肩部に対向するポールピースの端縁4cとの軸方向距離の最大値をSmaxとしたとき、Smax≧D/2+L(Lは、軸方向における回転軸の最大ずれ量)で表される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、真空装置等に好適に使用されて真空シールを行う磁性流体軸受に関する。
【背景技術】
【0002】
真空蒸着装置等の回転機構の真空シールを行うため、磁性流体軸受が用いられている(特許文献1、2参照)。この磁性流体軸受として、上記特許文献1に記載されているように、磁性材料よりなる回転軸4に段付外周面を形成し、回転軸4の外側にポールピース11、12を配置した構成が周知である。ポールピース11、12は永久磁石13の磁場によって回転軸4の段付外周面との間に磁気回路を形成させ、磁気回路に介在する磁性流体14が真空シールを行う。
ここで、真空室と外部との圧力差に応じて、回転軸4の段付外周面の段数を調整している。
【0003】
【特許文献1】特開平9−215917号公報(図2(a))
【特許文献2】特開2000−205418号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、上記した特許文献1に記載されたように、回転軸に段付外周面を形成してシールを行う場合、以下の問題がある。図1は、周知の磁性流体軸受を示し、多段の環状突部(段付外周面)2aを備え磁性を有する回転軸2がボールベアリング10を介してリング状のケーシング12に軸支されている。ケーシング12は真空装置の壁面に固定されている。又、ボールベアリング10の止め輪10aが回転軸2の凹部に係合し、回転軸2の軸方向への変位を抑制している。
回転軸2の外周にはリング状のポールピース4が軸方向に沿って2個配置され、各ポールピース4、4の間にはリング状の永久磁石6が配置されている。そして、永久磁石6の磁場により、ポールピース4と回転軸2との間に磁気回路が形成され、磁気回路に沿ってポールピース4と回転軸の環状突部2aとの間に磁性流体8が介在し、真空シールが行われる。
【0005】
ここで、環状突部の外径と軸本体の外径はほぼ同一(2D)であるが、これは、回転軸表面を削って多数の段部を形成することで、未研削部分が環状突部となるためであり、加工コストや材料コストを考えてもこのような方法で回転軸を製造するのが実用的であるからである。従って、以下の議論では、軸本体から環状突部が突出し、軸本体の外径(2E)が環状突部の外径(2D)より小さい場合を考慮しない。これは、このような回転軸を製造するためには、環状突部を形成後に軸本体を減肉加工するか、又は、回転軸に環状突部を外嵌めする必要があり、コスト高や強度不足となる不利益があるからである。
なお、環状突部の外径と軸本体の外径をほぼ同一とすると、図1に示したように、最外側の環状突部に隣接して軸本体の肩部2cが形成され、肩部2cはポールピースの端縁4cに対向する。
【0006】
次に、図4に示すように、回転軸2が軸方向(図の矢印方向)右側にLだけずれた場合、肩部2cが対向するポールピースの端縁4cに接近し、これらの間に意図しない磁気回路が形成される。そして、この磁気回路に磁性流体が移動してブリッジ9が生じる。このブリッジ9は回転軸2が軸方向に元に戻った際に消滅し、磁性流体も定位置に復帰する。ところが、図5に示すように、回転軸2が元の位置に戻っても、ブリッジ部分の磁性流体は完全に定位置に復帰せず、残留部分9dが肩部2cや端縁4cに残ることがある。
従って、このような意図しないブリッジの発生・消滅が繰返されると、磁性流体が少しずつシール領域から散逸して磁性流体が減少するという問題がある。このため、磁性流体軸受を長期間使用すると、真空性能が低下する。
【0007】
この真空性能の低下について詳しく説明すると以下のようになる。まず、磁性流体軸受の真空漏れは真空側のシール段がバーストし、放出されたガス(空気)によって真空室の圧力が増加する事によって起きる。具体的には、プロセスに先立って磁性流体軸受けを駆動し、例えば処理対象である基板を回転させようとした瞬間にバーストが起き、圧力が増加してプロセスの継続ができなくなる。ここで、磁性流体軸受の一段の容積は0.2CCと小さいが、10,130Pa(0.1×大気圧)の圧力がかかっているため、1m3/(1×10-6Pa)の真空室でも、一気に6×10-4Paまで圧力が増大する。
また、意図しない位置でのブリッジが最初に起きた場合は、このシール段にも10,130Pa(0.1×大気圧)の圧力がかかるので、バーストによって圧力の上昇を招き真空漏れとなる。
実際の装置では、一つの基板が数台の装置を通過して連続的に処理されるため、一つの装置の真空漏れトラブルでもシステム全体の停止を招く場合がある。例えば、10基の磁性流体軸受けが5分に一回の起動・停止を1週間繰り返す場合、その間に1回のバーストも仕様上許されない。このように磁性流体軸受には非常に高い信頼性が要求される。
【0008】
本発明は上記の課題を解決するためになされたものであり、磁性流体の意図しないブリッジを防止して長期間使用しても真空性能を維持できる磁性流体軸受の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記の目的を達成するために、本発明の磁性流体軸受は、磁性を有し、それぞれ軸方向に間隔Dで設けられた多段の環状突部を有し、かつ前記環状突部の外径が軸本体の外径とほぼ同一である回転軸と、前記回転軸の外周に配置されるポールピースと、前記ポールピースと前記回転軸との間に磁気回路を形成する磁石と、前記磁気回路に沿って前記ポールピースと前記回転軸の環状突部との間に介在し、前記ポールピースと前記回転軸との間の隙間を封止する磁性流体とを備え、最外側の前記環状突部に隣接する前記軸本体の肩部と、前記肩部に対向する前記ポールピースの端縁との軸方向距離の最大値をSmaxとしたとき、Smax≧D/2+L(Lは、軸方向における前記回転軸の最大ずれ量)で表される。
このような構成とすると、軸本体の肩部とポールピースの端縁との軸方向距離を大きくすることができるので、回転軸が軸方向にずれたとしても、肩部と端縁との軸方向距離が接近し過ぎて両者間に磁気回路が形成されることがなく、磁性流体のブリッジ発生を防止することができる。つまり、回転軸が軸方向に最大ずれ量Lずれた場合であっても、肩部と端縁との軸方向距離SがD/2以上に確保される。ここで、SがD/2以上であれば、ブリッジを発生させる磁気回路が形成され難いことを本発明者らは確認している。
【0010】
Lは、前記回転軸を支持する固体軸受の軸方向の公差、前記回転軸の軸方向の公差、及び前記ポールピースの軸方向の公差を加算した最大値であってよい。
このようにすると、磁性流体軸受の設計時にLを見積もることができる。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、磁性流体の意図しないブリッジを防止して長期間使用しても真空性能を維持することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下、本発明の実施形態について、図面を参照して説明する。本発明の実施形態に係る磁性流体軸受の全体構成は、図1で既に説明したのと同様である。図1について補足すると、回転軸2の軸方向中心部2fには環状突部が形成されず、中心部2fから軸方向に沿って左右にそれぞれ5個の環状突部2aが形成され、環状突部2aより外側に、軸本体2gが形成されている。そして、最外側の環状突部2a(図1で5個並んだ環状突部のうち、1番目と5番目のもの)に隣接して軸本体の肩部2cが形成されている。つまり、肩部2cは、回転軸2の中心部2fの端縁と、軸本体2gの環状突部2a側の端縁とに形成される。
【0013】
なお、中心部2fと軸本体2gの外径は、環状突部2aの外径とほぼ同一(2D)である。又、軸本体2gのうち、環状突部2aと反対側の部分がボールベアリング10に軸支されている。又、回転軸2のうちボールベアリング10より外側の部分は、回転体との接続に応じて適宜外径が2Dより小さくなっている。
そして、2個のポールピース4、4がそれぞれ一連の(5個の)環状突部2aに対向して配置されている。なお、軸方向から見たとき、ポールピース4の端縁4cは、最外側の環状突部2aよりやや外側にはみ出して位置している。
【0014】
ここで、真空室と外部との圧力差に応じて、環状突部2aの段数(個数)を調整することができる。
【0015】
なお、本発明においては、環状突部の外径と軸本体の外径がほぼ同一のものを対象とし、軸本体の外径が環状突部の外径より小さい場合を対象としない。後者の場合、本発明の課題である、回転軸のずれによる磁性流体のブリッジがそもそも発生しないが、既に述べたようにコスト高や強度不足となる不利益があるからである。但し、ここでいう軸本体の外径とは、環状突部の近傍部分をいう。
【0016】
次に、図1の部分拡大図である図2を参照して、本発明の実施形態に係る磁性流体軸受の特徴部分について説明する。
図2において、軸本体の肩部2cと、肩部2cに対向するポールピースの端縁4cとの軸方向距離Sの最大値をSmaxとしたとき、Smax≧D/2+L(Dは環状突部2aの間隔で環状突部2aの軸方向厚みを含む、Lは、軸方向における前記回転軸の最大ずれ量)で表される。
後述する軸方向の公差等に応じて回転軸2は最大ずれ量Lの範囲で軸方向に進退し、軸方向距離Sも±Lの範囲で変動するが、その最大値Smaxを上記のように規定すると肩部2cと端縁4cとの軸方向距離を大きくすることができる。
【0017】
つまり、図3に示したように回転軸2が軸方向右側にLずれた場合、軸方向距離SはLだけ短くなる。このとき、S=Smax−L≧D/2となり、肩部2cと端縁4cとの軸方向距離SがD/2以上に確保される。ここで、SがD/2以上であれば、ブリッジを発生させる磁気回路が形成され難いことを本発明者らは確認している。
つまり、本発明においては、回転軸2が軸方向右側に最大ずれ量Lずれたとしても、肩部2cと端縁4cとの軸方向距離Sが接近し過ぎて両者間に磁気回路が形成されることがなく、磁性流体のブリッジ発生を防止することができる。なお、図3のX印は、ブリッジが生じないことを示す。
【0018】
Lに影響を与える因子としては、回転軸2を支持する固体軸受10の軸方向の公差、回転軸2の軸方向の公差、ポールピース4の軸方向の公差が挙げられ、これら3つの因子を加算した最大値をLとして算定することができる。
固体軸受10の軸方向の公差は、ボールベアリングの場合は、止め輪10aの軸方向の寸法公差で見積もることができる。
又、回転軸2の軸方向の公差、ポールピース4の軸方向の公差は、回転軸2とポールピース4の間の軸方向の寸法公差で見積もることができる。
例えば、D/2=0.5mm、ボールベアリングの止め輪10aの軸方向の寸法公差0.37mm、回転軸2とポールピース4の間の軸方向の寸法公差0.37mmの場合、S≧0.5+0.37+0.37=1.24(mm)とすれば、ブリッジ発生を抑制できる。
【0019】
又、上記した3つの因子は、磁性流体軸受の製造時に生じるずれであるが、磁性流体軸受を長期使用することによるずれをLに加算してもよい。長期使用によるずれは、例えば所定の耐久試験の条件下で試験前後の軸方向における回転軸のずれ量を測定することによって得ることができる。
【0020】
本発明は上記実施形態に限定されず、回転軸を支持する固体軸受は上記ボールベアリングに限定されず、軸受合金を用いた滑り軸受等であってもよい。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】磁性流体軸受の全体構成図である。
【図2】図1の部分拡大図であり、本発明の実施形態に係る磁性流体軸受の特徴部分を示す図である。
【図3】本発明の実施形態の磁性流体軸受において、ブリッジが発生しない状態を示す図である。
【図4】従来の磁性流体軸受にブリッジが発生した状態を示す図である。
【図5】従来の磁性流体軸受において、ブリッジが消滅した状態を示す図である。
【符号の説明】
【0022】
2 回転軸
2a 環状突部
2c 軸本体の肩部
2D 環状突部及び軸本体の外径
4 ポールピース
4c 肩部に対向するポールピースの端縁
6 磁石
8 磁性流体
9 (意図しない磁性流体の)ブリッジ
D 環状突部の軸方向間隔
S 軸本体の肩部とポールピースの端縁との軸方向距離
L 軸方向における回転軸の最大ずれ量

【特許請求の範囲】
【請求項1】
磁性を有し、それぞれ軸方向に間隔Dで設けられた多段の環状突部を有し、かつ前記環状突部の外径が軸本体の外径とほぼ同一である回転軸と、
前記回転軸の外周に配置されるポールピースと、
前記ポールピースと前記回転軸との間に磁気回路を形成する磁石と、
前記磁気回路に沿って前記ポールピースと前記回転軸の環状突部との間に介在し、前記ポールピースと前記回転軸との間の隙間を封止する磁性流体とを備え、
最外側の前記環状突部に隣接する前記軸本体の肩部と、前記肩部に対向する前記ポールピースの端縁との軸方向距離の最大値をSmaxとしたとき、Smax≧D/2+L(Lは、軸方向における前記回転軸の最大ずれ量)で表される磁性流体軸受。
【請求項2】
Lは、前記回転軸を支持する固体軸受の軸方向の公差、前記回転軸の軸方向の公差、及び前記ポールピースの軸方向の公差を加算した最大値である請求項1記載の磁性流体軸受。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2009−58037(P2009−58037A)
【公開日】平成21年3月19日(2009.3.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−225626(P2007−225626)
【出願日】平成19年8月31日(2007.8.31)
【出願人】(591065413)トッキ株式会社 (57)
【Fターム(参考)】