説明

磁気記録媒体およびその製造方法

【課題】優れた短波長記録特性と同時に化学的にも極めて安定で高い信頼性を有する磁気記録媒体を実現する。
【解決手段】少なくとも鉄および窒素を構成元素とし且つFe162 相を含む平均粒子サイズが5nm以上50nm以下の粒状ないし楕円状の磁性粉の表面にリン酸化合物を単位比表面積当たり4.6×10-4〜3.2×10-3g/m2 結合させ、得られた磁性粉を用いて磁性層を形成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高密度磁気記録に適した塗布型の磁気記録媒体とその製造方法に関し、具体的には主としてデジタルビデオテープ、コンピュータ用のバックアップテープなどの磁気テープに関する。
【背景技術】
【0002】
非磁性支持体上に磁性粉末と結合剤とを含有する磁性層を塗布形成してなる塗布型の磁気記録媒体においては、記録再生方式がアナログ方式からデジタル方式への移行に伴い、さらなる記録密度の向上が要求されている。とくに、高記録密度用のビデオテープやコンピュータ用のバックアップテープなどにおいては、この要求が、年々、高まってきている。
【0003】
記録密度の向上に不可欠な短波長記録に対応するためには記録時の厚み損失を小さくする必要があり、そのためには磁性層の厚さを薄くするのが効果的である。このような高記録密度媒体に記録されたデータや信号を読み出すための再生用磁気ヘッドとしては、従来の磁気誘導型の磁気ヘッド(MIGヘッド)に比べて高出力が得られる磁気抵抗効果型の磁気ヘッド(MRヘッド)が一般に用いられる。
【0004】
一方、磁気記録媒体におけるノイズ低減のため磁性粉においては年々微粒子化がはかられ、現在、粒子径が100nm程度の針状のメタル磁性粉が実用化されている。さらに、短波長記録時の減磁による出力低下を防止するために、年々高保磁力化がはかられ、鉄−コバルト合金化による高保磁力が実現されている(特許文献1〜3参照)。
【0005】
しかしながら、従来の針状磁性粒子を用いる磁気記録媒体では磁気特性が形状に依存するため、さらなる微粒子化は困難になってきている。すなわち、針状磁性粒子をさらに微粒子化すると、比表面積が著しく大きくなり、防食効果を担う保護膜の割合が増加することから、飽和磁化が大きく低下し、金属または合金磁性粉の最大の特徴である高飽和磁化のメリットが損なわれることとなる。このため、鉄−コバルト系磁性粉では、磁性層へ有機リン化合物を含ませたり(特許文献4参照)、磁性層へ芳香族系有機リン化合物を含ませ、且つ無機粒子を含む下層へ脂肪族系有機リン化合物を含ませる(特許文献5参照)など、防食効果の実現とともに耐久性の向上が図られている。しかし、これらの効果が得られるのは、500nm以上の比較的大きなサイズの鉄−コバルト系針状磁性粉の場合に限られており、鉄−コバルト系とは全く異なる磁性粉や、高密度記録に適した微粒子磁性粉の場合に対する効果は不明であった。したがって、更なる高密度記録を可能にするためには、更に微粒子化された磁性粉や、鉄−コバルト系とは全く異なる磁性粉についての検討が必要であった。
【0006】
上記針状の磁性粉とは全く異なる磁性粉として、希土類−遷移金属系粒状磁性粉、具体的には例えば粒状ないし楕円状の希土類−鉄−ホウ素系磁性粉を使用した磁気記録媒体が提唱されている(特許文献6〜8参照)。この媒体は磁性粉の超微粒子化が可能で、かつ高飽和磁化および高保磁力を実現でき、高記録密度化に大きく貢献するものであるといえる。
【0007】
また、粒子形状が針状でない鉄系磁性粉として、粒子形状が不定形でFe162 相を主相とした、BET比表面積が10m2 /g程度の窒化鉄系磁性粉を用いた磁気記録媒体も提案されている(特許文献9参照)。
【0008】
さらに、本発明者らも、磁気記録媒体の高記録密度化に適した磁性粉として、Fe162 相を含む粒状ないし楕円状の磁性粉を提案した(特許文献10,11参照)。この磁性粉は、粒子サイズが5〜50nmの希土類元素やアルミニウム、シリコンなどを含有させることを特徴としており、従来の磁性粉では得られない優れた短波長特性を示し、優れた高密度記録特性が得られることを可能にしたものである。
【0009】
【特許文献1】特開平3−49026号公報
【特許文献2】特開平10−83906号公報
【特許文献3】特開平10−340805号公報
【特許文献4】特開2001−134922号公報
【特許文献5】特開2001−155324号公報
【特許文献6】特開2001−181754号公報
【特許文献7】W003/079332A1パンフレット
【特許文献8】W003/079333A1パンフレット
【特許文献9】特開2000−277311号公報
【特許文献10】特開2004−273094号公報
【特許文献11】特開2005−63525号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
上記特許文献10および11記載の磁性粉、すなわちFe162 相を少なくとも含み粒子サイズが5〜50nmの粒状ないし楕円状の磁性粉は、従来の磁性粉では得られない優れた短波長特性を示すことが最大の特徴である。一方、このような磁気記録媒体を高記録密度用のビデオテープやコンピュータ用のバックアップテープなどに使用するためには、短波長特性と同時に高い信頼性が要求される。中でも高温高湿下に磁気記録媒体を保持した場合の信頼性は特に重要である。磁性粉に金属や合金あるいは金属化合物を使用した場合、本質的に高温高湿下での劣化が避けられないためである。
【0011】
本発明は、上記の事情に鑑みてなされたもので、少なくとも鉄および窒素を構成元素とし且つFe162 相を含む平均粒子サイズが5nm以上50nm以下の粒状ないし楕円状の磁性粉を使用した磁気記録媒体における保存安定性を向上させることにより、優れた短波長記録特性と同時に化学的にも極めて安定で高い信頼性を有する磁気記録媒体を実現することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、少なくとも鉄および窒素を構成元素とし且つFe162 相を含む平均粒子サイズが5nm以上50nm以下の粒状ないし楕円状の磁性粉の表面に、リン酸化合物を単位比表面積当たり4.6×10-4〜3.2×10-3g/m2 結合させることで、この種の磁性粉が本来有する優れた短波長記録特性と同時に、化学的にも極めて安定で高い信頼性を確保できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0013】
すなわち、本発明は、非磁性支持体と、この非磁性支持体の一方の面側に設けられた、磁性粉および結合剤を含有する磁性層とを有し、前記磁性粉が、少なくとも鉄および窒素を構成元素とし且つFe162 相を含む平均粒子サイズが5nm以上50nm以下の粒状ないし楕円状の磁性粉からなる磁気記録媒体において、前記磁性粉の表面にリン酸化合物を単位比表面積当たり4.6×10-4〜3.2×10-3g/m2 結合させたことを特徴とするものである。
【0014】
また、本発明に係る製造方法は、上記の磁気記録媒体を製造する方法であって、少なくとも鉄および窒素を構成元素とし且つFe162 相を含む平均粒子サイズが5nm以上50nm以下の粒状ないし楕円状の磁性粉の表面に少なくともリン酸化合物を結合させる工程と、前記リン酸化合物が表面に結合された磁性粉と少なくとも結合剤とを混合させる工程とを経て磁性塗料を調整し、これにより得られた磁性塗料を用いて非磁性支持体上の一方の面側に磁性層を塗布形成することを特徴とする。
【0015】
本発明でいう平均粒子サイズ(平均粒子径ともいう)とは、透過電子顕微鏡(TEM)にて倍率25万倍で撮影した写真から粒子サイズを実測して、500個の平均値により求められるものである。また、磁性粉について粒状ないし楕円状とは、磁性粉の短軸方向に対する長軸方向の長さの比が1以上2以下のものをいう。
【0016】
さらに、本発明でいう磁性粉表面へのリン酸化合物の結合とは、物理吸着や化学吸着など、前記磁性粉表面にリン酸化合物を存在させることをいう。
【発明の効果】
【0017】
本発明は、少なくとも鉄および窒素を構成元素とし且つFe162 相を含む平均粒子サイズが5nm以上50nm以下の粒状ないし楕円状の磁性粉を使用した磁気記録媒体を前提としている。この場合の磁性粉は優れた短波長特性を有することが確認されているものの、そのままでは化学的安定性が十分でない。しかし、上述したように当該磁性粉の表面にリン酸化合物を結合させることで、その化学的安定性を向上させることができる。したがって、このようなリン酸化合物を表面に結合させた所定の磁性粉を磁性層の構成材料として使用した本願発明によれば、優れた短波長記録特性と同時に化学的にも極めて安定で高い信頼性を有する磁気記録媒体を実現することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
本発明で使用する平均粒子サイズが5〜50nmの粒状ないし楕円状の磁性粉は、さらに鉄に対する窒素の含有量が1.0〜20.0原子%であることが好ましく、より好ましくは5.0〜18.0原子%、更に好ましくは8.0〜15.0原子%である。これより窒素の含有量が少なすぎると、Fe162 相の形成量が少なく、保磁力増加の効果が小さくなり、多すぎると、Fe4 NやFe3 N相などが形成されやすく、保磁力増加の効果が小さくなり、また飽和磁化が過度に低下するおそれがあるからである。
【0019】
この磁性粉は、鉄に対して希土類元素を0.05〜20.0原子%添加することが好ましい。希土類元素の量が少なすぎると、希土類元素による分散性の向上効果が小さくなり、還元時の粒子形状維持効果も小さくなる。逆に多すぎると、添加した希土類元素のうち未反応の部分が多くなり、分散工程や塗布工程の障害となるばかりでなく、保磁力や飽和磁化の過度な低下が生じやすい。この希土類元素としては、イットリウム、イッテルビウム、セシウム、プラセオジム、ランタン、ユーロピウム、ネオジウムなどが挙げられる。これらのうち、イットリウム、サマリウムまたはネオジウムは、とくに還元時の粒子形状の維持効果が大きいことから、これらの元素の中から少なくとも1種を選択使用するのが望ましい。また、希土類元素のみならず、ホウ素、シリコン、アルミニウムを添加すると、形状保持効果と同時に分散性の向上を図れることがわかった。これらは希土類元素に比べて安価であることから、コスト的にも有利であり、希土類元素と組み合わせて使用することがより好ましい。
【0020】
本発明で使用するリン酸化合物の結合量は、単位比表面積当たり4.6×10-4〜3.2×10-3g/m2 であり、好ましくは単位比表面積当たり7.8×10-4〜2.3×10-3g/m2 であり、より好ましくは単位比表面積当たり7.8×10-4〜1.6×10-3g/m2 である。リン酸化合物が4.6×10-4g/m2 より少なくなると磁性粉表面を被覆することが出来なくなり、高温高湿下での劣化が生じる。一方、リン酸化合物が3.2×10-3g/m2 より多くなると塗料粘度が低くなリ過ぎて塗布適性が悪くなったり、あるいは磁性層中の磁性粉密度が低くなったりすることから、磁気記録媒体の電磁変換特性が悪くなる。なお、使用するリン酸化合物の結合量についての前記の値は、比表面積64m2 /gの磁性粉の場合、磁性粉重量に対して、それぞれ約3〜20重量%、約5〜15重量%、約5〜10重量%に相当する。
【0021】
このようにリン酸化合物を磁性粉の比表面積あたり特定量添加することにより、平均粒子サイズが5〜50nmの粒状ないし楕円状の磁性粉の表面をより均一にリン酸化合物で被覆することができる。そして、このようにして得られた磁性粉を、磁気記録媒体の磁性層を構成する磁性粉として使用することで、短波長特性の向上と高温高湿下での劣化を防止することが可能となる。
【0022】
本発明で使用できるリン酸化合物としては、具体的には例えば、フェニルホスホン酸、フェニルホスホン酸ジクロリド等のアリールスルホン酸、メチルホスホン酸、エチルホスホン酸、オクチルホスホン酸、プロピルホスホン酸、などのアルキルホスホン酸、あるいは、ヒドロキシエタンジホスホン酸、ニトロトリスメチレンホスホン酸などの多官能ホスホン酸、リン酸モノエステル、ジラウリルホスフェート等のリン酸エステル、アシッドホスホキシエチルメタクリレート、3クロロ2アシッドホスホキシプロピルメタクリレート等のアシッドホスホキシメタアクリレート等が挙げられる。
【0023】
また、リン酸化合物とともに、ベンゾトリアゾール、5ニトロベンゾトリアゾール、シクロヘキシルアミンカルバメイト、p−フェノールスルホン酸、ステアリン酸、ミリスチン酸、金属塩など、低分子量の一般に用いられる防錆剤や分散剤なども好適に使用できる。この場合の防錆剤や分散剤などの使用量は、リン酸化合物が磁性粉表面へ結合する妨げとならないように、リン酸化合物と同等以下が好ましく、且つ磁性層中の磁性粉密度が低くなりすぎない範囲で、好適に使用できる。
【0024】
本発明に係る磁気記録媒体の製造方法において、磁性粉の表面に少なくともリン酸化合物を結合させる工程としては、リン酸化合物を含んだ溶液に磁性粉を浸漬するなどの湿式処理、リン酸化合物と磁性粉を混錬したり、あるいはビーズなどを添加して攪拌したりするなどの機械的応力負荷処理、あるいはこれらの組み合わせや、さらに温度や雰囲気を制御するなど、一般的な粉体処理や磁性塗料製造の手法を用いることができる。
【0025】
また、前記リン酸化合物が表面に結合した磁性粉と少なくとも結合剤とを混合する工程としては、上記の結合処理と同様に、一般的な磁性塗料の手法を用いることができる。
【0026】
磁性粉表面へリン酸化合物を結合させる前記の工程は、磁性粉を結合剤で結合する工程より優先させる必要がある。磁性粉を結合剤で結合する際に、リン酸化合物を添加して混合すると、リン酸化合物の磁性粉表面への結合が阻害され、化学的安定性向上の効果が著しく減少してしまうからである。よって、少なくとも磁性粉表面へリン酸化合物を結合させる工程を優先させることが必要であるが、この工程と、磁性粉を結合剤で結合する工程が連続しても同様の効果が得られる。
【0027】
以上のような磁性粉および磁性塗料の製造方法を用いることにより、すぐれた短波長記録特性と同時に化学的にも極めて安定で高い信頼性を有する磁気記録媒体を得ることができる。
【0028】
上記のような磁性粉の表面へのリン酸化合物の結合等の方法で、化学的安定性が大幅に向上する理由については必ずしも明らかではないが、以下のように考えられる。すなわち、ホスホン酸の水酸基は金属との親和性が非常に高く、またりん系化合物は窒素と共存しやすい等から、鉄と窒素とを主成分とし、Fe162 相を少なくとも含む磁性粉の表面へリン酸化合物が結合しやすいと考えられる。さらには、リン酸当量を300g/mol 以下とすることで、結合部位当たりの立体的障害が減少し、密に結合しやすくなると考えられる。このため、フェニルホスホン酸のような低分子で、且つフェニル基を持つリン酸化合物は、層状に緻密に結合しやすく、結果として、酸素や水分の浸入をより阻害し、化学的安定性がさらに向上すると考えられる。前記リン酸化合物とともに防錆剤などを使用する際には、低分子量の化合物を用いることにより、リン酸化合物と磁性粉との結合の妨げにならず、化学的安定性をより向上させ得ることが期待できる。さらには、磁性粉表面に結合したリン酸化合物と、このような磁性粉を結合剤で結合することにより、酸素や水分の浸入を阻害する効果がより高まり、化学的安定性がさらに向上すると考えられる。
【0029】
次に、本発明で使用する所定の窒化鉄系磁性粉の製造方法と、この磁性粉にリン酸化合物を結合させる方法について説明する。
【0030】
出発原料には、鉄系酸化物または水酸化物を使用する。たとえばヘマタイト、マグネタイト、ゲータイトなどが挙げられる。平均粒子サイズは特に限定されないが、通常5〜80nm、好ましくは5〜50nm、より好ましくは5〜30nmである。粒子サイズが小さすぎると、還元処理時に粒子間焼結が生じやすく、また大きすぎると、還元処理が不均質となりやすく、粒子径や磁気特性の制御が困難となる。
【0031】
この出発原料に対して、希土類元素を被着させることができる。この場合、通常はアルカリまたは酸の水溶液中に出発原料を分散させ、これに希土類元素の塩を溶解させ、中和反応などにより、出発原料粉末に希土類元素を含む水酸化物や水和物を沈殿析出させるようにすればよい。
【0032】
また、シリコン、ホウ素、アルミニウムなどの元素で構成された化合物を溶解させ、これに原料粉末を浸漬して、原料粉末に対して、ホウ素、シリコン、アルミニウムを被着させてもよい。これらの被着処理を効率良く行うため、還元剤、pH緩衝剤、粒径制御剤などの添加剤を混入させてもよい。これらの被着処理として、希土類元素とホウ素、シリコン、アルミニウムを同時にあるいは交互に被着させるようにしてもよい。希土類元素やシリコン、アルミニウムなどの元素は、出発原料粉末に被着させることもできるが、出発原料の合成時に同時に添加し、後述する加熱処理時に磁性粉の表面に析出させることもできる。さらに出発原料合成時に添加することと、原料合成後に被着させることとを組み合わせることもできる。
【0033】
このような原料を水素気流中で加熱還元する。還元ガスはとくに限定されず、水素ガス以外に、一酸化炭素ガスなどの還元性ガスを使用してもよい。還元温度は、300〜600℃とするのが望ましい。還元温度が300℃より低くなると還元反応が十分進まなくなり、逆に600℃を超えると粉末粒子の焼結が起こりやすくなり、いずれも好ましくない。
【0034】
このような加熱還元処理後、窒化処理を施すことにより、本発明で使用する鉄および窒素を構成元素とする磁性粉が得られる。窒化処理は、アンモニアを含むガスを用いて行うのが望ましい。アンモニアガス単体のほかに、水素ガス、ヘリウムガス、窒素ガス、アルゴンガスなどをキャリアーガスとした混合ガスを使用してもよい。窒素ガスは安価なため特に好ましい。
【0035】
窒化処理温度は、100〜300℃とするのがよい。窒化処理温度が低すぎると、窒化が十分進まず、保磁力増加の効果が少ない。逆に高すぎると、窒化が過剰に促進され、Fe4 NやFe3 N相などの割合が増加し、保磁力がむしろ低下し、さらに飽和磁化の過度な低下を引き起こしやすい。また、窒化状態を最適にするために、窒化処理と、前述の加熱還元処理を複数回組み合わせてもよい。
【0036】
このような窒化処理にあたり、得られる磁性粉中の鉄に対する窒素の含有量が1.0〜20.0原子%となるように、窒化処理の条件を選択することが望ましい。上記窒素の量が少なすぎると、Fe162 の生成量が少ないため、保磁力向上の効果が少なくなる。また上記窒素の量が多すぎると、Fe4 NやFe3 N相などが形成されやすくなり、保磁力がむしろ低下し、さらに飽和磁化の過度な低下を引き起こしやすい。
【0037】
上記の窒化鉄系磁性粉は、従来の形状磁気異方性のみに基づく針状磁性粉とは異なり、大きな結晶磁気異方性を有し、粒状形状とした場合でも、一方向に大きな保磁力を発現すると考えられる。
【0038】
この磁性材料を平均粒子サイズが5〜50nmの微粒子とすると、磁気ヘッドでの記録・消去が可能な範囲内で高い保磁力と適度な飽和磁化を示し、薄層領域の塗布型磁気記録媒体としてすぐれた電磁変換特性を発揮する。このように、本発明で使用する磁性粉は、飽和磁化、保磁力、粒子サイズ、粒子形状のすべてが薄層磁性層を得るのに本質的に適したものである。
【0039】
本発明に使用するリン酸化合物の磁性粉表面への結合方法は特に限定されるものではないが、適当量のリン酸化合物を溶解させた溶媒中に磁性粉を入れてボールミル等を用いて分散させ、この分散体を乾燥させて溶媒を除去することにより、リン酸化合物を結合させた磁性粉を得ることができる。また、このような湿式処理中に分散溶液を結合に最適な温度に制御したり、リン酸化合物と一緒に、あるいは順次、防錆剤などを加えても構わない。さらに、湿式処理でなく、乾式でリン酸化合物と磁性粉とを混錬するなど、機械的応力を負荷することにより、磁性粉表面へリン酸化合物を結合させても構わないし、乾式と湿式を組み合わせるなど、複数の手法を組み合わせても構わない。湿式処理を用いる場合は、磁性粉とリン酸化合物との結合を阻害しない溶剤を主溶剤とすることが好ましい。例えば、ケトン基を有するシクロヘキサノンなどは縮合物を形成しやすいため、結合を阻害する要因となりやすい。
【0040】
この磁性粉を用いて磁気記録媒体の構成要素である結合剤などと混合し、磁気塗料とすることができる。あるいはリン酸化合物を溶解した溶媒中で磁性粉を分散させて結合させた後、溶媒を除去することなく磁気記録媒体の構成要素である結合剤などと混合し、磁性塗料とすることもできる。
【0041】
本発明の磁気記録媒体は、非磁性支持体と、この非磁性支持体の一方の面に塗布形成された、非磁性粉末および結合剤を含有した下塗層と、この下塗層が湿潤状態にあるうちにその上層に塗布形成された、所定の磁性粉および結合剤を含有した磁性層と、非磁性支持体の他方の面に形成された、非磁性粉および結合剤を含有したバックコート層とからなる構成とするのが好ましい。これらの構成要素は特に限定されるものではなく、通常の磁気記録媒体で使用されているものを使用することができる。これらの構成要素に使用される磁性粉以外の結合剤、溶剤や研磨材などの素材や各構成要素の作製方法についても特に限定されるものではなく、通常使用されている素材や作製方法を使用できる。
【0042】
以下の実施例において述べる本発明の磁気記録媒体の作製方法は、非磁性支持体上に直接磁性層を形成する、いわゆる単層媒体であるが、非磁性支持体上に下塗層を形成し、この下塗層上に磁性層を形成するいわゆる重層媒体にも適用できることは言うまでもない。
【実施例1】
【0043】
(A)窒化鉄系磁性粉の製造:
表面にイットリウムとアルミニウムの酸化物層を形成したほぼ球状に近い平均粒子サイズが22nmのマグネタイト粒子を出発原料とした。この原料のイットリウムとアルミニウムの含有量は鉄に対して、それぞれ1.2原子%と9.7原子%であった。この原料粒子を水素気流中450℃で2時間加熱還元して、イットリウムとアルミニウムを含有する鉄系磁性粉を得た。次に、水素ガスを流した状態で約1時間かけて150℃まで降温した。150℃に到達した状態でガスをアンモニアガスに切り替え、温度を150℃に保った状態で32時間窒化処理を行った。その後、アンモニアガスを流した状態で150℃から90℃まで降温し、90℃でアンモニアガスから酸素と窒素の混合ガスに切り替え、10時間安定化処理を行った。
【0044】
ついで、混合ガスを流した状態で90℃から40℃まで降温し、40℃で約10時間保持したのち、空気中に取り出してイットリウムとアルミニウムとを含有する窒化鉄系磁性粉(イットリウム・アルミニウム含有−窒化鉄系磁性粉)を作製した。この磁性粉はX線回折より、Fe162 を主相とする磁性粉であることを確認した。
【0045】
さらに、高分解能分析透過電子顕微鏡で粒子形状を観察したところ、ほぼ球状の粒子で平均粒子サイズが20nmであり、ガス吸着により比表面積BET値を測定したところ、64m2 /gであった。また、この磁性粉について、1270kA/m(16kOe)の磁界を印加して測定した飽和磁化は138.7Am2 /kg(108.5emu/g)、保磁力は221.2kA/m(2,780エルステッド)であった。
【0046】
(B)磁性粉表面へのリン酸化合物の結合:
上述したイットリウム・アルミニウム含有−窒化鉄系磁性粉100重量部に対して、リン酸化合物としてフェニルホスホン酸(和光純薬社製、リン酸当量158g/mol )を5.0重量部(7.8×10-4g/m2 )結合処理した。
【0047】
この場合、まずリン酸化合物を500重量部のイソプロピルアルコール中に溶解した。このリン酸化合物溶液中に磁性粉100重量部を入れ、東洋精機製作所社製のペイントシェーカーにより、ジルコニアビーズを用いて5時間分散した。この処理により、溶媒中に溶解していたリン酸化合物を磁性表面へ結合させた。次にイソプロピルアルコールを乾燥除去してリン酸化合物を結合させた磁性粉を得た。
【0048】
(C)磁性塗料の作製:
上記(B)で作製したリン酸化合物を結合させた磁性粉(リン酸化合物結合磁性粉)を用いて、下記組成の磁性塗料を作製した。磁性塗料の作製にはフリッチェ社製の遊星型ボールミルにより、ジルコニアビーズを用いて10時間分散させた。
・リン酸化合物結合磁性粉 80重量部
・塩化ビニル−ヒドロキシプロピルアクリレート共重合樹脂 10重量部
(含有−SO3 Na基:0.7×10-4当量/g)
・ポリエステルポリウレタン樹脂 10重量部
(含有−SO3 Na基:1.0×10-4当量/g)
・メチルエチルケトン 133重量部
・トルエン 100重量部
【0049】
その後、ポリイソシアネート(日本ポリウレタン工業社製の「コロネートL」)を4重量部添加し、さらに15分間分散させて磁性塗料を作製した。
【0050】
この磁性塗料を、非磁性支持体である厚さ20μmのポリエチレンテレフタレート(PET)フィルム上に、強さが318.4kA/m(4,000エルステッド)の磁界を印加しながら乾燥後の厚さが約2μmとなるように塗布して磁性塗膜(磁性層)を形成した。こうして、非磁性支持体であるPETフィルム上に所定の磁性層を有する磁気記録媒体を得た。
【実施例2】
【0051】
実施例1において、リン酸化合物の添加量を5.0重量部から10.0重量部(1.6×10-3g/m2 )に変更した以外は、実施例1と同様にして磁気記録媒体を作製した。
【実施例3】
【0052】
実施例1において、リン酸化合物と一緒に防錆剤(和光純薬社製;5ニトロベンゾトリアゾール、164g/mol )を5.0重量部(7.8×10-4g/m2 )加えた以外は、実施例1と同様にして磁気記録媒体を作製した。
【実施例4】
【0053】
実施例1において、リン酸化合物をフェニルホスホン酸からメチルホスホン酸(和光純薬社製、リン酸当量96g/mol )へ変更した以外は、実施例1と同様にして磁気記録媒体を作製した。
【実施例5】
【0054】
実施例1において、リン酸化合物をフェニルホスホン酸からアシッドホスホキシメチルメタクリレート(ユニケミカル社製、ホスマーM、リン酸当量210g/mol )へ変更した以外は、実施例1と同様にして磁気記録媒体を作製した。
【0055】
[比較例1]
実施例1において、リン酸化合物を添加しないで磁性塗膜を作製した以外は、実施例1と同様にして磁気記録媒体を作製した。
【0056】
[比較例2]
実施例1において、リン酸化合物の添加量を5.0重量部から2.0重量部(3.1×10-4g/m2 )に変更した以外は、実施例1と同様にして磁気記録媒体を作製した。
【実施例6】
【0057】
実施例1において、リン酸化合物をフェニルホスホン酸からアシッドホスホキシメチルメタクリレート(ユニケミカル社製、ホスマーPP、リン酸当量460g/mol )へ変更した以外は、実施例1と同様にして磁気記録媒体を作製した。
【0058】
[比較例3]
実施例1において、工程「(B)磁性粉末表面へのリン酸化合物の結合」を経ず、工程「(C)磁性塗料の作製」において、結合剤である樹脂などと一緒にリン酸化合物を添加し、実施例1と同様にして磁気記録媒体を作製した。
【0059】
[比較例4]
実施例1において、リン酸化合物の添加量を5.0重量部から25.0重量部(3.9×10-3g/m2 )に変更した以外は、実施例1と同様にして磁気記録媒体を作製しようとしたが、塗料粘度が極端に低下し、工程「(C)磁性塗料の作製」において樹脂との混合がうまくいかず、塗料化を断念した。このため、磁気記録媒体も作製できなかった。
【0060】
《特性の評価》
上記の実施例1〜6および比較例1〜4の各磁気記録媒体から約1cm四方の矩形片(表面に磁性塗膜の形成されたPETの小片)をそれぞれ切り出してサンプルとし、VSM(東栄工業社製)を用いて、磁性塗膜(磁性層)の磁気特性である飽和磁束密度を測定した。化学的安定性については、各サンプルを、温度が60℃、相対湿度が90%の条件下で1週間保持した時の、保持前後の飽和磁束密度の変化を相対的に評価した。
【0061】
【表1】

【0062】
上記表1の結果から明らかなように、リン酸化合物の結合処理を経て得た、リン酸化合物を結合させた磁性粉を使用したサンプル(実施例1〜6)は、温度が60℃、相対湿度が90%の条件下で1週間保持しても磁気特性の変化はほとんどなく、極めて化学的安定性の良好な磁性塗膜(磁性層)であることがわかる。
【0063】
一方、リン酸化合物を結合させていない磁性粉を使用した比較例1のサンプルにおいては、温度が60℃、相対湿度が90%の条件下で1週間保持すると、飽和磁束密度が著しく低下する。また、リン酸化合物の添加量を少なくしたり、あるいはリン酸当量を大きくした比較例2のサンプルにおいては、温度が60℃、相対湿度が90%の条件下で1週間保持すると、飽和磁束密度が低下し、リン酸化合物の効果が大幅に低下した。さらに、リン酸化合物処理と結合剤との混合処理を同時に行った比較例3のサンプルにおいては、温度が60℃、相対湿度が90%の条件下で1週間保持すると、飽和磁束密度が著しく低下し、リン酸化合物の効果がほとんど認められなかった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
非磁性支持体と、
この非磁性支持体の一方の面側に設けられた、磁性粉および結合剤を含有する磁性層とを有し、
前記磁性粉が、少なくとも鉄および窒素を構成元素とし且つFe162 相を含む平均粒子サイズが5nm以上50nm以下の粒状ないし楕円状の磁性粉からなる磁気記録媒体であって、
前記磁性粉の表面にリン酸化合物を単位比表面積当たり4.6×10-4〜3.2×10-3g/m2 結合させたことを特徴とする磁気記録媒体。
【請求項2】
前記リン酸化合物のリン酸当量が300g/mol 以下である、請求項1記載の磁気記録媒体。
【請求項3】
前記磁性粉の表面に結合したリン酸化合物にはフェニルホスホン酸が含まれている、請求項1または2記載の磁気記録媒体。
【請求項4】
請求項1に記載した磁気記録媒体を製造する方法であって、
少なくとも鉄および窒素を構成元素とし且つFe162 相を含む平均粒子サイズが5nm以上50nm以下の粒状ないし楕円状の磁性粉の表面に少なくともリン酸化合物を結合させる工程と、前記リン酸化合物が表面に結合された磁性粉と少なくとも結合剤とを混合させる工程とを経て磁性塗料を調整し、これにより得られた磁性塗料を用いて非磁性支持体上の一方の面側に磁性層を塗布形成することを特徴とする磁気記録媒体の製造方法。

【公開番号】特開2008−84418(P2008−84418A)
【公開日】平成20年4月10日(2008.4.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−262348(P2006−262348)
【出願日】平成18年9月27日(2006.9.27)
【出願人】(000005810)日立マクセル株式会社 (2,366)
【Fターム(参考)】