説明

神経突起伸長組成物

【課題】 運動神経の損傷による症状を改善し、予防するために、運動神経細胞の神経突起を伸長する組成物を提供する。
【解決手段】 細胞内小器官アルカリ化剤、例えばイオノフォア及びV−ATPアーゼ阻害剤からなる群より選択された少なくともひとつを含有する運動神経細胞の神経突起を伸長するための神経突起伸長組成物を提供する。ここで細胞内小器官アルカリ化剤は、モネンシン、コンカナマイシンAなどが含まれる。本組成物によって神経突起を伸長することができる細胞は、脊髄運動神経細胞であることが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、神経突起伸長組成物に関し、特に運動神経細胞の神経突起を伸長させることができる神経突起伸長組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
外傷やアルツハイマー病及び筋萎縮性側策硬化症などの疾患によって中枢神経が障害を受けると、その治療は非常に困難であることから、生体哺乳類の中枢神経系は一度損傷すると再生は不可能であると考えられてきた。これに対して、近年、ES細胞(胚性幹細胞)や神経幹細胞による治療の開発(例えば、非特許文献1及び2)や、NOGOのようにミエリンに存在し軸策の再生を阻害するような因子の発見(例えば、非特許文献3−6)などにより、中枢神経系の再生も可能であると考えられるようになってきた。
【0003】
しかしながら、中枢神経系の再生には、神経ネットワークをより効率的に構築することが必要であり、神経細胞の増殖、分化、シナプスの成熟が重要である。ES細胞を用いて神経系の再生を試みる場合でも、神経突起の形成、シナプスの成熟過程は重要な過程の一つと考えられている。
【0004】
神経障害と伴う疾患の治療剤の開発において、神経細胞の伸長に着目したものがある。例えば、特許文献1には、神経細胞膜表面に存在するgp130を刺激することによって神経細胞の伸長を行う方法が開示されており、このような作用を有するものとして、インターロイキン6などのサイトカインのレセプターを主成分とする神経伸長剤が開示されている。
さらに神経細胞を伸長させる作用を有する特定構造の化合物についても報告されており、所定のポリアルコキシフラボノイド(特許文献2)や、環状ホスファチジン酸誘導体(特許文献3)を含む薬剤も提案されている。
【0005】
一方、神経細胞においてイオンは興奮性の調節という重要な役割を担っていることが知られている。特に、ラット運動神経の初代培養系では、神経突起の伸長と並行してナトリウムチャネルが早い時期に軸索に集積することが報告されていることから、イオンは電位の調節だけでなく、細胞の分化、成熟にも関与していると考えられている。このようなイオンの濃度変化を誘導する物質としては、イオノフォアが挙げられる。
【0006】
イオノフォアと神経細胞と神経細胞との関係については、例えば、ブレフェルジンAが海馬ニューロンの軸策形成を阻害することが報告されている(非特許文献7)。またナイジェリシンが、神経細胞のモデル細胞として周知のPC12細胞におけるNGF誘導性突起伸長形成を阻害することが報告されている(例えば非特許文献8)。
【特許文献1】特開平9−87198号公報
【特許文献2】特開2002−60340号公報
【特許文献3】特開2002−308778号公報
【非特許文献1】Neurol Res. 2004 Apr; 26(3): p.265-272
【非特許文献2】J Neurotrauma. 2004 Apr; 21(4): p.383-393.
【非特許文献3】J Biol Chem. 2004 Aug 5 [Epub ahead of print]
【非特許文献4】Nat Neurosci. 2004 Jul; 7(7): p.736-744.
【非特許文献5】Mol Cell Neurosci. 2004 May; 26(1): p.34-49.
【非特許文献6】Eur J Neurosci. 2004 Feb; 19(4): p.819-830.
【非特許文献7】J. Neurosci., 1991, 17(23), p8955-8963
【非特許文献8】Biochim Biophys Acta., 1994, 17, 1220(3), p310-314
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、神経細胞の損傷は中枢神経系に限ったことではない。特に、運動神経細胞の神経突起の伸長を誘導させることができれば、運動神経細胞の早期の再生につながり、神経損傷により運動障害が生じている場合に症状を改善できる可能性がある。
従って、本発明の目的は、運動神経細胞の神経突起を伸長することができる組成物を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の神経突起伸長組成物は、細胞内小器官アルカリ化剤を含有する運動神経細胞の神経突起を伸長するための神経突起伸長組成物であることを特徴としている。
ここで、前記細胞内小器官アルカリ化剤が、イオノフォア及びV−ATPアーゼ阻害剤からなる群より選択される少なくともひとつであることが好ましい。
また、前記神経細胞が脊髄運動神経細胞であることが好ましい。
本発明の神経特記伸長組成物は、細胞内小器官アルカリ化剤を含有するので、運動神経細胞の神経突起の伸長を促進することができる。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、小胞体アルカリ化剤の作用によって運動神経細胞の神経突起を伸長させ、又は伸長を促進することができるので、運動神経細胞の損傷などによる疾患の予防及び治療に有効に利用することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明の神経突起伸長組成物は、小胞体アルカリ化剤を含む運動神経細胞の神経突起伸長組成物である。
ここで運動神経細胞とは、中枢神経と末梢神経とに神経細胞を大別したときに末梢神経に分類される神経細胞であり、アセチルコリンを産生し、脳・脊髄と筋や腺などの効果器とを連結して神経信号を伝える有髄の細胞群をいう。本発明に適用可能な運動神経細胞には、脊髄運動神経細胞などを挙げることができる。このような運動神経細胞としては、生体内の神経細胞のみならず、生体内の神経細胞の挙動をモデル化するために作製された各種の細胞株を挙げることができ、例えばNSC−34(Dev. Dyn. (1992) 194(3), 209-221)、NSC4.1(運動神経培養細胞)を挙げることができる。
【0011】
本発明の神経突起伸長組成物は、細胞内小器官アルカリ化剤を含むものである。
ここで細胞内小器官アルカリ化剤とは、プロトン濃度勾配を変化させて細胞内小器官の酸性化を阻害する薬剤をいい、ここでいう細胞内細胞内小器官には、小胞体、リソソーム、ゴルジ装置、ミトコンドリアを挙げることができる。
このような細胞内小器官アルカリ化剤には、細胞内イオンの濃度を変更させるイオノフォアや、液胞ATPアーゼ(V−ATPアーゼ)阻害剤、細胞内小胞輸送阻害剤を挙げることができる。
【0012】
イオノフォアは、例えば、金属イオンなどの親水性陽イオンを生体膜又は人工膜などの親脂相を通して輸送する働きをもつ物質群として既知である。本発明においては、特に、金属イオンを分子内に取り込んで細胞膜を透過させるキャリア型イオノフォアを挙げることができる。
このキャリア型イオノフォアは、さらに、分子の外側に多数の疎水性基を配置して分子内にイオンを包摂するイオノフォア、即ち、中性イオノフォアと、末端にカルボン酸を有するポリエーテル化合物であって、末端のカルボン酸と他端の水酸基とが水素結合して環状構造を採ることにより金属イオンを内括するイオノフォア、即ち、カルボキシリックイオノフォアとに大別できる。
【0013】
中性イオノフォアとしては、ビスチオウレアー1などを挙げることができ、カルボキシリックイオノフォアとしては、Na+特異的イオノフォア(例えば、モネンシン、ビス(12クラウンー4))、K+特異的イオノフォア(例えば、ナイジェリシン、バリノマイシン)、Ca+特異的イオノフォア(例えば、エナラチン、カルシマイシン、イオノマイシン)、Mg+特異的イオノフォア(例えば、K22B1B5、C14−K22B5)などをあげることができる。
この中性イオノフォアとカルボキシリックイオノフォアのうち、本発明においては、カルボキシリックイオノフォアが好ましく、モネンシン及びナイジェリシンがより好ましく、生体に対する毒性が低く取り扱いが容易なモネンシンが特に好ましい。
【0014】
またV−ATPアーゼ阻害剤としては、コンカナマイシンA、バフィロマイシン、タプシガルジンを挙げることができる。
【0015】
細胞内小器官アルカリ化剤では、イオノフォア及びV−ATPアーゼ阻害剤からなる群から選択された少なくとも1種であればよく、異なる種類を複数組み合わせて使用してもよい。各薬剤の組み合わせは、既知の薬剤の特性に応じて適宜選択することができ、好適な薬剤の組み合わせは当業者にとって容易に選択することができる。
【0016】
細胞内小器官アルカリ化剤の量は、神経突起を伸長させるために有効な量で使用することができる。この使用量は、神経突起伸長組成物を適用する期間や対象細胞の種類によって異なるが、一般に、細胞106個あたり、0.01μM〜10μM、好ましくは0.1μM〜10μM、特に好ましくは0.1μM〜1μMの最終濃度となる量とすることができる。10μM以下とすることによって細胞死誘導の影響を低くすることができ、0.01μM以上とすることによって確実に神経突起を伸長させることができる。複数の細胞内小器官アルカリ化剤を使用する場合には、個々の薬剤のそれぞれがこれらの最終濃度となるように使用することが好ましい。なお、長期間にわたって本組成物を適用する場合には、細胞内小器官アルカリ化剤の使用量を低くすることが、細胞死誘導の影響を低くするために好ましい。
【0017】
本発明の神経突起伸長組成物には、細胞内小器官アルカリ化剤のほかに、通常の医薬組成物に用いられる他の成分を含むことができる。このような成分には、本組成物の投与形態に応じた剤形、例えば、錠剤、顆粒剤、カプセル剤、溶液剤などの経口投与形態や、注射剤、点滴剤、経皮吸収剤などの非経口投与形態の別によって異なるが、各剤形において一般に使用されているものをそのまま適用することができる。これらの具体的な成分は当業者であれば周知であり、当業者であれば、本組成物では特別な制限はないので周知の成分から適宜選択可能である。またこれらの他の成分の投与量も、当業者であれば適宜選択可能である。
また本発明の神経突起伸長組成物は、損傷した部位に対する経皮吸収剤として用いることが好ましく、このような経皮吸収剤の製剤形態としては、従来外用剤 として慣用されている剤型、例えばテープ剤 、パッチ剤 、パップ剤 、軟膏剤 、クリーム剤 、ローション剤 、液剤 、ゲル製剤等の剤型の外用剤 として使用できる。これらの剤型の外用剤は、通常の粘着剤、基剤 等を用いて、通常の方法で製造することができる。
【0018】
また本発明の神経突起伸長組成物を、ヒトを含む哺乳動物に投与する場合には、投与対象の種類、性別、体重、症状、年齢、投与経路及び投与形態によって異なるが、有効成分の量として、一般に体重kgあたり1μg〜1000mg、好ましくは10μg〜100mgの範囲にすることができる。この投与量は、一日一回で投与してもよく、数回に分けて投与してもよい。
【0019】
本発明の神経突起伸長組成物は、対象となる運動神経細胞(培養細胞又は生体細胞)に本組成物を組み合わせて使用することができる。神経突起伸長を目的とした治療に用いる場合には、生体内に本組成物を直接添加してもよく、或いは生体からの運動神経細胞に対して本組成物を添加した後に、処理後の運動神経細胞を生体内へ投与してもよい。この場合の運動神経細胞は、生体から直接接取された初代細胞であってもよく、初代細胞を適切な培養系で所定期間にわたって培養した培養細胞であってもよい。
また本発明の組成物は、運動障害などの症状の治療のみならず、症状が現れる前に予防的に使用することもできる。
【0020】
本組成物による運動神経細胞の神経突起伸長作用は、適当な工学的な手段を用いた形態観察や、神経突起伸長部に特異的な抗体を用いた蛍光染色法など、この目的のために用いられている周知の方法によって、容易に確認することができる。
【実施例】
【0021】
以下に本発明の実施例について説明するが、これに限定されるものではない。また実施例中の%は、特に断らない限り、重量(質量)基準である。
【0022】
[実施例1]
運動神経細胞株NSC−34に対する種々の薬剤の神経突起伸長作用について検討した。
(1)細胞の培養
NSC−34細胞及びN18TG2細胞は、臼杵靖剛氏から恵与されたものを使用し、PC12は、理化学研究所バイオリソースセンターから入手したものを使用した。各種細胞は、10%FBS,ペニシリンGカリウム(100U/l)、硫酸ストレプトマイシン(100ng/l)、グルタミン(0.584g/l)、炭酸水素ナトリウム(2g/l)を添加したダルベッコ改変イーグル培地(DMEM)中で、10%CO2、37℃の条件下で培養したものを試験に供した。
【0023】
(2)形態観察
NSC−34細胞、N18GT2細胞又はPC12細胞を、96ウェルプレートに1.0×104個/ウェルの密度で播種し、3時間後に、表1に示される濃度の各種試薬を適宜0.1mlの量で添加して、24時間後に細胞の形態観察を行った。なお、96ウェルプレートには、コラーゲンをコートしたものを適宜使用した(住友ベークライト社製)。
培養後、培地を取り除き、PBSで洗浄した後に、2%パラフォルムアルデヒド(ナカライテスク社製)のPBS溶液で30分間室温で反応させ、細胞を固定した。その後、CBB溶液(0.1%クマジー・ブリリアント・ブルー)、50%メタノール、10%酢酸)を1分間作用させ、PBSで洗浄した。その後、各ウェル中の300個の細胞に対して、細胞体の直径の2倍よりも長い突起を有する細胞の割合を測定した。結果を表1並びに図1〜3に示す。なお、図1(A)〜(C)はNSC−34細胞、図1(D)及び(E)はN18TG2細胞、図1(F)及び(G)はPC12細胞に対する各種薬剤の影響を示し、図2及び図3はNSC−34細胞に対する各種薬剤の影響を示している。
【0024】
【表1】

【0025】
図1(B)及び(C)に示されるように、モネンシン及びナイジェリンは、NSC−34細胞に対して神経突起の伸長を誘導した。このような神経突起伸長作用は、NSC−34の親細胞であるN18TG2細胞(図1(D)及び(E))、神経細胞のモデルとして現在広く使用されているPC12細胞(図1(F)及び(G))、更にはヒト神経芽細胞種SH−SY5(データ示さず)には認められなかった。このため、モネンシン及びナイジェリンによる神経突起伸長作用は、運動神経細胞株であるNSC−34細胞に特異的に誘導可能であり、他の細胞種の細胞株では見られない作用であることが確認された。
【0026】
また、図2に示されるように、NSC−34細胞に対する作用であっても、モネンシン及びナイジェリンと同様に細胞内のイオン濃度を変化させる作用を有する各種薬剤、Ca2+特異的イオノフォア;A23187(H)、K+チャネルブロッカー;4−アミノピリジン(I)、イオンチャネルアクチベータ;アコニチン(J)、チャネルフォーミング型のイオノフォアであるアルカリ金属イオノフォア;グラミシジンD(K)、Na/Kポンプインヒビター;ウワバイン(L)、イオンチャネルアクチベータ;ピナシジール(M)、Na+チャネルブロッカー;プロカイン(N)では、いずれも、NSC−34細胞の神経突起の伸長は認められなかった。
【0027】
一方、図3に示されるように、モネンシン(E)と同様に細胞内小器官アルカリ化作用を有するV−ATPアーゼ阻害剤、コンカナマイシンA(B)、バフィロマイシン(C)には、NSC−34細胞の神経突起の伸長が認められたが、糖鎖の合成阻害剤であるツニカマイシン(D)には神経突起伸長作用が認められなかった。
【0028】
従って、表1に示されるように、モネンシン、ナイジェリン、コンカナマイシンA、バフィロマイシンのみに、運動神経細胞株NSC−34株の神経突起伸長作用が認められた。これらの薬剤はいずれも細胞内小器官アルカリ化作用を有するため、細胞内小器官アルカリ化剤を使用することによって、運動神経細胞の神経突起を伸長できることが実証された。
【0029】
[実施例2]
次に、モネンシンによる神経突起伸長が神経性のものであることを、神経細胞に特異的に発現しているタンパク質、ニューロフィラメント及びMAP2に対する抗体を用いて細胞染色することによって、確認した。
NSC−34細胞を48ウェルプレートに2.5×104細胞/ウェルになるように播種し、3時間後にモネンシンを最終濃度1μMとなるように各ウェルに添加した。3時間後、培地を除き、PBSで洗浄した後に2%パラフォルムアルデヒド(ナカライタスク社製)を30分間室温で作用させて細胞を固定した。その後、PBSで洗浄し、1%BSA(ナカライタスク社製)添加0.2%Triton−XのPBS溶液を用いてブロッキングを行った。その後、抗ニューロフィラメント抗体(×100、コスモバイオ社製)、抗MAP2抗体(×100、コスモバイオ社製)を室温で作用させた。1時間後にPBSで洗浄し、抗ニューロフィラメント抗体にはAlexa 546を、抗MAP2抗体にはAlexa 488をそれぞれ使用して1時間反応させ、OLYMPUS IX7を用いて染色状態を観察した。結果を図4に示す。
【0030】
図4に示されるように、モネンシンの添加によって伸長されたNSC−34細胞の神経突起部分は、抗MAP2抗体(B)及び抗ニューロフィラメント抗体(D)によってそれぞれ染色され、神経突起部分に、神経細胞のマーカー分子であるMAP2及びニューロフィラメントが局在していることが確認された。これによりモネンシンの添加によって形成された神経突起が神経性の突起であることが示唆された。
【0031】
[実施例3]
モネンシンの濃度による神経突起の伸長作用を確認するために、モネンシンの濃度を変えた以外は実施例1と同様にして24時間反応させて、NSC−34細胞の神経突起伸長作用を誘導させた。結果を図5に示す。
図5に示されるように、0.001μMの濃度では約30%の細胞に神経突起伸長作用を誘導することができ、1μMでは80%の細胞に神経突起伸長作用を誘導でき、1μMの濃度まで濃度依存的に突起を有する細胞数が増加することがわかった。
【0032】
[実施例4]
各種モネンシン濃度によるNSC−34細胞の増殖への影響を調べるために、モネンシンの濃度を0.01μM、0.1μM、1μM、10μM及び100μMとした以外は実施例1と同様にして72時間までモネンシンを作用させた。所定時間の培養後にMTTアッセイを行った。MTTアッセイは常法に従って、テトラゾリウム塩(MTT)溶液(5mg/ml PBS)を11μl添加して、1時間反応させた。その後、プレートを1500rpmで5分間遠心して上清を捨てた後に、DMSOを100μl添加して、ホルマザンを溶解させた。ホルマザン量は、吸光度計(BioRad MDL550 READER、バイオ・ラド社製)で570nmでの吸光度によって測定した。結果を図6に示す。
【0033】
図6に示されるように、モネンシンによるNSC−34細胞の増殖への影響は、100μM濃度よりも低い濃度では、培養開始24時間までは増殖阻害が認められなかった。また0.1μM以下の濃度のモネンシンを添加した場合には、NSC−34細胞の増殖が24時間後であっても認められた。一方、1μMの濃度では24時間以降にわずかに増殖阻害が認められた。
これに対して、10μMの濃度では24時間を過ぎた時点から、また100μMの濃度では培養開始後に増殖阻害が認められた。これはモネンシンによって細胞死が誘導されたためと思われる。
従って、神経突起を伸長させるためのモネンシンの濃度は、24時間以内であれば10μM以下であることが好ましく、24時間以降であれば、1μM以下であることが好ましく、0.1μM以下であることが特に好ましいことが明らかであった。
【0034】
このように本発明の実施例では、モネンシン及びコンカナマイシンAなどの細胞内小器官アルカリ化剤によってNSC−34細胞の神経突起を伸長させることができたので、細胞内小器官アルカリ化剤を含む本発明の神経突起伸長組成物を用いることによって、運動神経細胞の神経突起を効果的に伸長させることができる。これにより、運動神経細胞の損傷に基づく症状の緩和や予防に本発明の組成物を有効に使用することができる。
【0035】
[実施例5]
神経細胞が分化する際には種々のシグナル伝達系タンパク質が活性化されることが知られている。神経細胞の分化に関与している主なシグナル伝達系としては、フォスファチジルイノシトール3−キナーゼ(PI3K)経路と、マイトジェン活性化タンパク質キナーゼ(MAPKs)経路とが知られている。
モネンシンによるNSC−34細胞の神経突起伸長に関与するシグナル伝達分子が、このPI3K経路とMAPK経路とのいずれによるものなのかについて、次に調べた。
【0036】
NSC−34細胞を96ウェルプレートに1.0×104個/ウェルで播種して、3時間後に、各種キナーゼの阻害剤を0.1μM〜1μMで添加して、1時間培養した。使用した阻害剤は、MEK1/2阻害剤(U0126;Cell Signaling社)、p38MAPK阻害剤(SB203580、フナコシ株式会社)、JNK MAPK阻害剤(SP600125、フナコシ株式会社)、PI3K阻害剤(LY294002、シグマアルドリッチジャパン株式会社)とした。
その後、1μMのモネンシンを添加して24時間後に細胞の形態観察を行った。
【0037】
その結果、図7に示されるように、PI3Kに特異的な阻害剤であるLY294002で前処理した場合、12.5μM以上の濃度(D及びE)で、モネンシンによる神経突起伸長の阻害効果が認められ、その阻害効果は、濃度依存であることが明らかとなった。
これに対して図8に示されるように、MAPKファミリーに関与する各種阻害剤のいずれも、モネンシンによる神経突起伸長を阻害しなかった。
このことから、モネンシンによる神経突起の伸長作用は、PI3K経路に関与することが示唆された。
【図面の簡単な説明】
【0038】
【図1】本実施例にかかるNSC−34細胞(A〜C)、N18TG2細胞(D及びE)、PC12細胞(F及びG)に対するモネンシン(B、D、F)及びナイジェリン(C、E、G)の影響(Aはいずれの薬剤も未添加)を示した図である。
【図2】本実施例にかかるNSC−34細胞に対するA23187(H)、4−アミノピリジン(I)、アコニチン(J)、グラミシジン(K)、クアバイン(L)、ピナシジル(M)及びプロカイン(N)並びに薬剤未添加(O)の影響を示した図である。
【図3】本実施例にかかるNSC−34細胞に対するコンカナマイシンA(B)、バフィロマイシン(D)、ツニカマイシン(D)及びモネンシン(E)並びに未添加(A)の影響を示した図である。
【図4】本実施例にかかるNSC−34細胞の神経突起伸長におけるMAP2(A及びB)とニューロフィラメント(C及びD)の局在を明らかにする免疫染色像である。
【図5】本実施例にかかるモネンシンの濃度と神経突起伸長との関係を示したグラフである。
【図6】本実施例にかかるモネンシンの濃度と細胞増殖との関係を示したグラフである。
【図7】本実施例にかかるモネンシン神経突起伸長に対する阻害剤未添加(A)、6.25μM(B)、12.5μM(C)、25μM(D)、50μM(E)の各種濃度のLY294002添加、モネンシン未添加(F)及び、モネンシン及び阻害剤双方未添加(G)の影響を示した図である。
【図8】本実施例にかかるモネンシン神経突起伸長に対する阻害剤未添加(A)、SP600125(B)、SB203580(C)、U0126(D)、阻害剤及びモネンシン双方未添加(E)の影響を示した図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
細胞内小器官アルカリ化剤を主成分とする運動神経細胞の神経突起を伸長するための神経突起伸長組成物。
【請求項2】
前記細胞内小器官アルカリ化剤が、イオノフォア及びV−ATPアーゼ阻害剤からなる群より選択される少なくともひとつであることを特徴とする請求項1記載の神経突起伸長組成物。
【請求項3】
前記イオノフォアが、カルボキシリックイオノフォアであることを特徴とする請求項2記載の神経突起伸長組成物。
【請求項4】
前記イオノフォアが、モネンシンであることを特徴とする請求項3記載の神経突起伸長組成物。
【請求項5】
前記細胞内小器官アルカリ化剤の有効量が0.1μM〜10μMであることを特徴とする請求項1記載の神経突起伸長組成物。
【請求項6】
前記神経細胞が脊髄運動神経細胞であることを特徴とする請求項1記載の神経突起伸長組成物。

【図5】
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【図6】
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【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2006−52192(P2006−52192A)
【公開日】平成18年2月23日(2006.2.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−236827(P2004−236827)
【出願日】平成16年8月16日(2004.8.16)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 
【出願人】(000125370)学校法人東京理科大学 (27)
【Fターム(参考)】