説明

窒素化合物層を有する鉄鋼部材、及びその製造方法

【課題】ギヤ歯面等の複雑な形状物(例えば機械構造部品)に対しても均一に窒素化合物層を残存させることを担保すると共に微細マルテンサイトの形成を担保することにより、高周波焼き入れ後に当該複雑な形状物に対して、優れた面圧強度、耐摩耗性、曲げ疲労強度等の機械的強度を付与可能な手段の提供。
【解決手段】鉄鋼材料に対して窒化処理と高周波焼入れ処理との組み合わせ複合熱処理を施す方法において、窒化処理後の高周波焼入れ処理前に、窒化処理により鉄鋼に形成された窒素化合物層上のその表層側に厚みとして0.1〜5μmの酸化層を600℃以下で生成させる処理工程を更に含むことに加え、硬度HV550以上かつ1μm以上の窒素化合物層を鉄鋼材料の表層に残存させる条件にて高周波焼入れ処理を実施することを特徴とする方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、面圧強度、耐摩耗性、曲げ疲労強度等の機械的強度に優れた機械構造部品として使用される焼入れ鉄鋼材料、その製造方法(複合熱処理方法)およびその処理液に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、機械的強度の向上のために、鋳鉄や鋼の機械構造部品に窒化処理(軟窒化処理を含む),浸炭焼入れ,高周波焼入れ等の表面硬化処理が施されている。
このうち、窒化処理により最表面に形成される窒化物からなる化合物層は、摺動性に優れており、摩耗に強く、焼き付き抵抗性が高いことが知られている(以下、これを窒素化合物層による効果Iと呼ぶ)。しかし、一般的に窒化処理は、浸炭焼入れ、高周波焼入れに比較して、面圧強度、疲労強度等において劣っており、例えばローラーピッチング試験を行った場合、窒素化合物層が鋼素地より剥離を生じる場合がある。その為、窒素化合物層は2GPaを越えるような高面圧における疲労試験においては、むしろ悪影響を与える存在であると広く信じられていた。本発明者等は、この要因は化合物層そのものにあるのでは無く、化合物層を支える素地の硬化層深さが浅いためであることを見出した。すなわち、窒化処理単体では、最表面の化合物層の良好な摺動性を十分に生かす為には、その直下の硬化層深さが不足していたのである。
【0003】
ところで、窒素を含有する鋼材は、窒素を含有しない鋼材よりも、焼入れ後に得られるマルテンサイト組織が微細になり、そのため硬度は高くなり、また、焼入れ性が向上することによって硬化深さが増大することが知られている。つまり、窒化処理は、焼入れ性向上のための窒素拡散層を形成するための窒素拡散前処理としても利用可能(以下、窒素化合物層を形成することによる効果IIと呼ぶ)である。すなわち、この効果IIを利用し得られる特性とは、窒素化合物層そのものの作用によるものでは無く、窒素化合物層を形成する際に生じた窒素化合物層の直下にある鋼材中の拡散窒素の作用によるものである。
焼入れによって得られた窒素含有のマルテンサイト組織は、上述の高硬度や焼入れ性向上の他に、焼き戻し軟化抵抗性、亀裂発生・成長に対する抵抗による高面圧強度、高疲労強度を有することが知られている。
【0004】
窒化処理後にそのまま高周波焼入れを行う場合、焼入れ温度は少なくともオーステナイト組織となる温度Ac3変態点以上が必要であり、通常850〜1200℃の温度範囲から選択される。窒化温度570℃で形成される窒素化合物層は、鉄と窒素の結合であり、大気雰囲気で650℃以上に再加熱されると酸化を受け分解し、窒素化合物層の窒素は、最表面では窒素ガスとして放出され窒素化合物層が消失してしまう。このことは古くから報告されている(非特許文献1)。
【0005】
窒化処理と焼入れとによる複合熱処理技術は、通常、窒化処理で得られた窒素拡散層による効果IIを利用するのみであり、窒化処理で形成される窒素化合物層の効果Iを利用していない。すなわち窒素化合物層が、窒化処理の後工程である焼入れの際に消失してしまう事を止む無しとしている。この技術に対する開示例は多く、例えば、特許文献1〜5の複合熱処理を挙げることができる。
【0006】
特許文献6には、600℃以上の温度で窒化処理を施し5μm以下の窒素化合物層を形成させた後に高周波焼入れを行い、2μm以下の窒素化合物層を有する焼入れ部材を得る複合熱処理方法が開示されている。本技術で窒化条件を600℃以上の高温とする理由は、高温ほど鋼材奥側へ高濃度の窒素拡散が期待できるためであるが、600℃を越える窒化処理温度で得られる窒素化合物層は硬度が低く、効果Iを有さない窒素化合物層である。すなわち、本技術も窒素化合物層による効果IIのみを期待するものであり、2μm以下の残留する窒素化合物層は無くても良い程度のものである。
【0007】
前述のように高面圧における疲労強度においては、窒素化合物層はむしろ悪影響を与える存在であると広く誤信されてきた為に、窒素化合物による効果I、効果IIを兼ね備えようとした技術はほぼ皆無である。このような窒化処理により表面に形成された窒化物層をそのまま高周波焼入れすることによる高温加熱での窒化物層の損傷や消失という問題を解決し、効果I、効果IIを兼ね備えようとした前例の無い技術として、窒化処理後の表面上に、酸化ケイ素を成分とするガス窒化・イオン窒化防止剤、浸炭防止剤、酸化防止剤を1〜3mmの厚みで被覆し、その後に焼入れを行う方法が、特許文献7に開示されている。
【0008】
しかし、特許文献7の方法では、仮に加熱時での酸化現象は防止できても、1mm以上の厚膜のために熱伝導性も低いことから、マルテンサイト変態に必要な焼入れ時の冷却速度が不十分となり、目的とする微細マルテンサイトを得る事は実際には困難であった。
【0009】
また、効果I、IIとも利用しようとした特許文献8には、鉄鋼材料の表面に硬質窒化物層が形成され、さらにその上層として、Ti,Zr,Hf,V,Nb,Ta,Cr,W,Mo及びAlから成る群の中から選択される少なくとも一種の金属酸化物を含む無機化合物層が形成されたことを特徴とする焼入れ鉄鋼部材が特許文献8に開示されている。
【0010】
特許文献7及び8は、窒化処理により窒素化合物層を形成した後、高周波焼入れの際に化合物層が酸化や分解しないよう保護皮膜を被覆し、深い硬化深度と窒素含有化合物層をともに兼ね備える鋼材を製造しようとする手法であるが、この両手法とも保護皮膜を処理液から塗布やディップによって被覆するものであり、ギヤ歯面等の複雑な形状物に対する均一塗布を苦手としており、その結果、高周波焼入れ後に酸化防止されずに化合物層が失われる場合があるといった課題があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特許第3193320号
【特許文献2】特許第3327386号
【特許文献3】特許第3145517号
【特許文献4】特開平7−90364号
【特許文献5】特開2007−154254号
【特許文献6】特開2007−77411号
【特許文献7】特開昭58−96815号
【非特許文献1】熱処理16巻4号 P206 昭和51年
【特許文献8】特開2008−038220号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
そこで、本発明は、ギヤ歯面等の複雑な形状物(例えば機械構造部品)に対しても均一に窒素化合物層を残存させることを担保すると共に微細マルテンサイトの形成を担保することにより、高周波焼き入れ後に当該複雑な形状物に対して、優れた面圧強度、耐摩耗性、曲げ疲労強度等の機械的強度を付与可能な手段を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明は、上記課題に鑑み、窒素化合物層を均一に残存させる手法として表層に高周波焼入れ時に生じる窒素化合物層の酸化劣化を防止する機能を有する化合物層保護膜としての緻密酸化層を予め窒素化合物上に形成させることを特徴とする。これにより、部品形状に左右されずに酸化防止能を有する酸化層が窒素化合物層上に均一に形成され、その結果、高周波加熱後に得られる窒素含有化合物層が均一に残存することを担保することができる。更には、形成された酸化層の膜厚が0.1〜5μmであるため、焼入れ時にて十分な冷却速度を達成できる結果、微細マルテンサイトの形成を担保することができる。更には、酸化層を600℃以下で形成させるため、酸化と同時に起こる窒素化合物層の熱分解による窒素の気相雰囲気中への脱離や窒素化合物層の結晶構造への影響も防止することができる。その結果、当該手法によれば、窒化処理によって形成された硬度HV550以上かつ1μm以上の窒素化合物層が表層に残存し、その層の下部に窒素を含有する微細マルテンサイト組織を含むHV550を越える硬度分布領域が表面からの距離で200μm以上存在する鉄鋼材料を得ることが可能となる。具体的には、下記の発明である。
【0014】
本発明(1)は、鉄鋼材料に対して窒化処理と高周波焼入れ処理との組み合わせ複合熱処理を施す方法において、窒化処理後の高周波焼入れ処理前に、窒化処理により鉄鋼に形成された窒素化合物層上のその表層側に厚みとして0.1〜5μmの酸化層を600℃以下で生成させる処理工程を更に含むことに加えて、硬度HV550以上かつ1μm以上の窒素化合物層を鉄鋼材料の表層に残存させる条件にて高周波焼入れ処理を実施することを特徴とする方法である。
【0015】
本発明(2)は、高周波焼き入れ処理での処理時間が5秒以下でありかつその最高到達温度が750〜860℃であることを特徴とする前記発明(1)の方法である。尚、当該条件で特に好適な鋼材は、機械構造用炭素鋼鋼材(S20C〜S58C、特にS45C、S40C、S50C)やクロムモリブデン鋼鋼材(SCM415〜445、822、特にSCM435、SCM440、SCM445)である。
【0016】
本発明(3)は、前記酸化層が、水溶液中での酸化処理、酸化性の溶融塩浴での浸漬処理、酸化性ガス雰囲気中での酸化処理、窒素化合物層と酸化層とが同時形成される酸窒化処理、からなる群から選択される少なくとも1種の酸化処理によって形成されるマグネタイト及び/又はリチウム鉄酸化物を含有することを特徴とする前記発明(1)又は(2)の方法である。
【0017】
本発明(4)は、前記発明(1)〜(3)のいずれか一つの方法によって得られる、硬度HV550以上かつ1μm以上の窒素化合物層が表層に残存し、その層の下部に窒素を含有する微細マルテンサイト組織を含むHV550を越える硬度分布領域が表面からの距離で200μm以上存在することを特徴とする鉄鋼部材である。
【発明の効果】
【0018】
本発明(1)によれば、窒素化合物層を均一に残存させる手法として表層に高周波焼入れ時に生じる化合物層の酸化劣化を防止する機能を有する化合物層保護膜としての緻密酸化層を予め窒素化合物上に形成させることによって、その後の高周波焼入れによる窒素化合物層の酸化分解を効果的に抑制可能であるという効果を奏する。更には、本発明(1)によれば、形成された酸化層の膜厚が0.1〜5μmであるため、焼入れ時にて十分な冷却速度を達成できる結果、微細マルテンサイトの形成を担保することができる。更には、本発明(1)によれば、酸化層を600℃以下で形成させるため、酸化と同時に起こる窒素化合物層の熱分解による窒素の気相雰囲気中への脱離や窒素化合物層の結晶構造への影響も防止することができる。
【0019】
本発明(2)によれば、窒素化合物層の表層に形成された酸化層の保護層としての作用と、750〜860℃という処理温度に加えて5秒を越えない加熱時間による高周波焼入れ時の窒素化合物層の分解抑制によって、窒化処理によって形成された硬度HV550以上かつ1μm以上の厚さの窒素化合物層が表層に残存し、その層の下部に窒素を含有する微細マルテンサイト組織を含むHV550を越える硬度分布領域が表面からの距離で200μm以上存在する鉄鋼材料を得ることができるという効果を奏する。更に、処理温度(焼き入れ温度)が低いため、熱変形や焼き割れにおいて極めて有利であり、一般的な高周波焼入れや浸炭焼入れ後に行う寸法精度調整の為の後切削工程の大幅な低減が可能となる。
【0020】
本発明(3)によれば、さらに前記酸化層を形成させる処理方法として、窒化処理後に水溶液中での酸化処理、酸化性の溶融塩浴での浸漬処理、酸化性ガス雰囲気中での酸化処理、窒素化合物層と酸化層とが同時形成される酸窒化窒化酸化同時処理、
からなる群からなる酸化処理が選択されると、窒素化合物層の表層側がマグネタイト及び/又はリチウム鉄酸化物を含有する酸化層へ転層する。このマグネタイト及び/又はリチウム鉄酸化物を含有する酸化層は、熱的安定性が高く、窒素化合物層上への密着性が良好で、緻密かつ均一である結果、その後に行われる高周波焼入れ時の窒素化合物の酸化を防止する効果を奏する。
【0021】
本発明(4)によれば、良好な摺動特性を有する窒素化合物層が残存する結果、窒素化合物層の特性に基づく機械的強度や耐摺動性,耐摩耗性等が維持された鉄鋼部材を提供することができるという効果を奏する。さらに、拡散した窒素により焼入れ性が向上している鉄鋼部材は、高周波焼入れにより深い硬化深さ、及び高い硬度を得ることができるため、面圧強度、耐摩耗性、曲げ疲労強度について高い機械的強度を要求する機械構造部品用途に対し好適に利用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】実施例2の鋼材の焼入れ後の窒素化合物層の断面写真
【図2】実施例6の鋼材の焼入れ後の窒素化合物層の断面写真
【図3】比較例1の鋼材の焼入れ後の窒素化合物層の断面写真
【図4】実施例4の断面硬度分布
【発明を実施するための形態】
【0023】
本発明の適用対象となる鉄鋼材料は、特に限定されず、例えば、炭素鋼、低合金鋼、中合金鋼、高合金鋼、鋳鉄等を挙げることができる。コストの点から好ましい材料は、炭素鋼や低合金鋼等である。例えば、炭素鋼としては機械構造用炭素鋼鋼材(S20C〜S58C)が好適であり、低合金鋼としては、ニッケルクロム鋼鋼材(SNC236〜836)、ニッケルクロムモリブデン鋼鋼材(SNCM220〜815)、クロムモリブデン鋼鋼材(SCM415〜445、822)、クロム鋼鋼材(SCr415〜445)、機械構造用マンガン鋼鋼材(SMn420〜443)、マンガンクロム鋼鋼材(SMnC420、443)等が好適である。これらの鋼材は、必ずしも調質を行うことによって焼入れ性を保証した調質鋼材(H材)を用いる必要は無く、調質されていないフェライト−パーライト組織ままのならし鋼材を用いてもよい。また、本発明では合金鋼の方が高い表面硬度が得られる傾向はあるものの、窒素による効果IIの焼入れ性向上作用の為、炭素鋼であっても十分に深い硬化深さが得られる。さらに本発明では窒素による効果IIにより、必ずしも調質鋼を用いる必要は無く、非調質鋼であるフェライト−パーライト組織の鋼でも十分な機械強度を得られる。
【0024】
本発明における鉄鋼材料表面の窒素化合物層は、鉄鋼材料の表面に活性窒素を拡散させ、硬質で安定な窒化物を生成する表面硬化処理によって得られる。窒素化合物層である限り特に限定されないが、通常は母材成分であるFeを主体とし、Ti、Zr、Mo、W、Cr、Mn、Al、Ni、C、B、Si等を含む窒化物からなる層であることが好ましい。窒素化合物層の形成方法としては、タフトライド処理、イソナイト処理、パルソナイト処理等の塩浴窒化処理、ガス窒化、ガス軟窒化処理、プラズマ窒化処理等、効果Iを有する窒素化合物層およびその直下に窒素が拡散した領域が形成される手法であれば何れの窒化方法でも用いることができる。効果Iを有するための窒素化合物層が形成されるための窒化熱処理温度として、600℃以下であることが好ましく、さらに好ましくは580℃以下、さらに好ましくは570℃以下であることが好ましい。600℃を上回る処理温度で得られる窒素化合物層の厚さは増すが、硬度が低下するため効果Iがもはや期待できなくなる。尚、下限は特に限定されないが、例えば350℃である。
高周波焼入れ前の窒化処理により得られる窒素化合物層の厚さは特に限定されないが、通常は1〜30μmの厚さで形成されていれば良く、さらに好ましくは3〜20μmであり、さらに好ましくは5〜15μmである。ここで、窒化処理後に、窒素化合物層の一部を酸化処理により酸化層に転化させる場合には、その後に行う酸化処理の工法や条件に応じて、酸化処理後に残存する窒素化合物層の厚みが1μm以上、より好ましくは2μm以上、さらに好ましくは3μm以上となる窒化条件を選択し、窒素化合物層を形成させる。尚、酸窒化処理の場合、酸窒化処理後に形成された窒素化合物層の厚みが、上記と同じ範囲(1μm以上、より好ましくは2μm以上、さらに好ましくは3μm以上)となる酸窒化条件を選択し、窒素化合物層を形成させる。
【0025】
本発明では、鋼材に窒素化合物層を形成後に、高周波焼入れ時に生じる窒素化合物層の酸化劣化を防止する機能を有する窒素化合物層保護膜としての緻密な酸化層を、高周波焼入れに先んじ、予め窒素化合物の表層側に形成させる。本発明者等は鋭意検討した結果、本発明の窒素化合物層上に600℃以下で形成されたマグネタイト及び/又はリチウム鉄酸化物を主体とする0.1〜5μmの酸化層は、その後の5秒以内の加熱により600℃を越える、より好ましくは750℃を上回る温度で行う高周波焼入れ時に、窒素化合物層の酸化分解を抑制する保護層として効果的に機能することを見出した。
窒化処理により形成された鉄窒素化合物層に対し、その後の高周波焼入れによる酸化を防止するためには、高周波焼入れ前に行う窒素化合物層の酸化処理としての温度を600℃以下、より好ましくは590℃以下(下限値は特に限定されないが、例えば400℃)で、かつ、酸化皮膜の厚みを0.1〜5μm、より好ましくは0.5〜3μmとするのが好ましい。酸化皮膜の厚みが0.1μmを下回る場合は、その後の高周波焼入れによる酸化防止能が不十分となる。酸化皮膜の厚みが5μmを上回ると、高周波焼入れによる鋼素地の焼入れ性を阻害してしまうので好ましくない。また、本発明の600℃を越えた温度での酸化皮膜の形成は、鉄-窒素2元合金系における共析温度(Ac1変態点)590℃を上回ることにより、酸化と同時に生じる窒素化合物層の熱分解による窒素の気相雰囲気中への脱離が著しくなる上、窒素化合物層の結晶構造にも影響を与える結果、窒素化合物層の硬度低下を生じるため好ましく無い。
通常、酸化時間の経過とともに酸化皮膜は厚くなり、皮膜中に発生する内部応力が高くなるが、酸化皮膜の内部応力が酸化物の破断応力を越えると、酸化皮膜が割れや剥離に至る。また本発明では、保護皮膜としての酸化処理時からの冷却、また後の高周波焼入れ時の加熱と冷却といった急激な温度変化に保護皮膜としての酸化皮膜はさらされるが、厚い皮膜ほど割れや剥離を生じやすいため、この点からも酸化皮膜の厚さの上限として膜厚を5μm以内とすることが好ましい。
【0026】
この酸化層は、窒化処理後に、例えば、水溶液中での酸化処理、酸化性ガス雰囲気中での酸化処理、酸化性の溶融塩浴での浸漬処理、によって窒素化合物層上に形成される。何れの方法とも、鉄酸化物はマグネタイト(Fe3O4)を主体とする黒色酸化皮膜であり、窒化処理によって得られた鉄窒素化合物層上に、その表層側の窒化物が酸化物となることによって形成される。
水溶液中での酸化処理とは、酸化剤(例えば、硝酸ソーダ、亜硝酸ソーダ、重クロム酸ソーダ、過酸化ソーダ)を含む水溶液中での浸漬による酸化や、電気化学的なアノード方向での電位操作による酸化が挙げられる。例えば、鉄の黒染めとして知られている代表的な苛性ソーダと硝酸ソーダを主成分とする130〜150℃のアルカリ化成酸化処理によって、窒素化合物上に0.1〜2μm程度の緻密なマグネタイトを主体とした酸化層が形成されるが、この酸化層は窒素化合物層上にも形成可能であり、本発明における高周波焼入れから化合物層の酸化分解を防止する保護皮膜として有効に作用する。
酸化性ガス雰囲気中での酸化処理としては、ホモ処理(水蒸気酸化処理)、炭酸ガスを含む酸化性ガス中での酸化処理などが適用可能であり、例えばホモ処理の場合、450〜550℃に加熱した加熱水蒸気を処理品に0.1〜1.5時間接触させることで、その酸化力によって窒素化合物層上にマグネタイトを主体とした0.1〜3μmの緻密な酸化層が得られる。
酸化性の溶融塩浴とは、例えば硝酸ソーダ、亜硝酸ソーダを酸化剤として含むAB1塩浴(日本パーカライジング技報1992年発行19ページ)を用いれば良く、350〜450℃で30秒〜60分間の浸漬によって窒素化合物上に0.1〜1μmの範囲内である均一で緻密な黒色外観を有するマグネタイトを主体とした酸化層が得られる。
上記の酸化手法は、鋼の耐食性や耐摩耗性を向上させる手法としても用いられる手法であり、得られるマグネタイトからなる酸化皮膜は鋼素地に対する密着性が良好で緻密かつ均一であることが特徴である。これら手法を用いて、窒素化合物層上に酸化皮膜を形成させることも可能であり、600℃以下の温度で形成させた場合、酸化処理時に残された窒素化合物層内の窒素濃度は低下すること無く、窒素化合物上に密着性が良好で緻密かつ均一な酸化皮膜が形成されるが、得られた酸化皮膜は、本発明での600℃を超える温度(例えば750〜860℃)での高周波焼入れ時の窒素化合物層の酸化を防止する有効な保護皮膜として作用することを本発明者等は見出した。
【0027】
窒素化合物層を形成後、大気雰囲気中で加熱保持することにより、窒素化合物層の表層を酸化させること自体は可能であるが、600℃以下での酸化速度は遅く、得られる酸化皮膜の膜厚の制御が難しい上、
密着性に乏しく急速冷却時に酸化皮膜が脱落するなど、本発明での高周波焼入れ時の保護層として不十分である。
【0028】
得られた酸化皮膜中のマグネタイトの存在は、例えば、X線回折による結晶構造解析よって調査できる。また、酸化皮膜の厚さは、その断面観察から測定できる。
【0029】
上記の他、高周波焼入れ時の窒素化合物層の酸化劣化を防止するための酸化層として、特定の窒化処理時に生じる窒化処理と同時に形成される窒素化合物上の酸化層も用いることができる。例えば、塩浴軟窒化に用いる塩浴の1つであるイソナイトLS(日本パーカライジング技報2003年39ページ)を用いることによって、リチウムを含有する鉄酸化物が窒素化合物層の上層に0.5〜5μmほど形成される。この酸化層はマグネタイトとは異なるが、リチウムを含有する鉄酸化物はマグネタイト同等の酸化防止能を有しており、後の高周波焼入れによる窒素化合物層の酸化を効果的に防止する化合物層保護膜として機能する。
また、ガス窒化に、さらに酸化性ガスとして空気、水蒸気、炭酸ガス等を添加して500〜570℃で数時間の処理を行う、いわゆる「酸窒化」と呼ばれる処理を行うことによって、最表面にマグネタイト酸化層を有する窒素化合物層が得られるが、この酸化層も、後の高周波焼入れによる窒素化合物層の酸化を防止する化合物層保護膜として機能する。
【0030】
本発明の窒素化合物層保護膜としての酸化層は、マグネタイト及び/又はリチウム鉄酸化物を主成分とし、緻密で密着性良く形成された、断面での厚さとして0.1〜5μmであることを特徴とする。0.1μm未満の場合には、その効果が十分に発現せず、また5μmを越える酸化層の場合は、その酸化防止効果が飽和する上、過剰に窒素化合物層を緻密酸化層への転層により失うため好ましくない。その厚さの下限は0.2μmがより好ましく、0.5μmがさらにより好ましい。酸化層の厚さの上限は3μmがより好ましく、1.5μmがさらにより好ましい。
【0031】
窒素化合物層の保護のために酸化層を形成する手法の最大のメリットは、簡便な手段で安価に保護皮膜を均一に形成させることが可能となることであり、これによって各部位による酸化防止皮膜の膜厚ムラが生じにくく、その結果、高周波加熱後に得られる窒素含有化合物層は均一に残存することが可能となる。ただし、窒化処理後の酸化処理は、酸化層が形成される分の窒素化合物層が減肉するため、酸化処理によって失われる皮膜厚以上の窒素化合物層を予め窒化処理によって形成させておくことが必要となる。
【0032】
本発明では、窒素化合物層の保護のための酸化層を形成した後に、高周波焼入れを行う。通常、最適な焼入れ加熱条件は鋼材種、焼入れ前の組織や質量効果によって異なることが知られているが、本発明の窒素化合物層を形成後に高周波焼入れを行う場合でも、その最適な焼入れ加熱温度は鋼材種によってやや異なる。本発明では窒素化合物層の直下には窒素の拡散した鋼領域(窒素拡散層)があり、その窒素拡散の程度には鋼材種による差はあるものの、その窒素拡散層は焼入れ性が向上しているため、通常の高周波焼入れ(事前に窒化処理無し)に比べて焼入れ温度を下げることができるが、その下限温度は例えば750℃である。焼入れ温度の適用上限温度は、加熱によって鋼材の組織がオーステナイト化できる温度以上であって、なおかつ、酸化防止皮膜が窒素化合物層を保護できる上限温度以下(例えば860℃以下)から選択する。酸化物からなる酸化防止皮膜の適用可能な上限温度は、鋼材種によって異なり、Cr、Al、Mo、V等のNと安定した化合物をつくる元素が窒素化合物層に多く含まれているほど、高く設定できる。以上のように、用いる鋼材部品の鋼材種、焼入れ前の組織、そのサイズ、さらに窒化処理条件ごとに異なる窒素拡散層の窒素濃度に応じて最適な焼入れ温度を選択する。いずれの鋼材種、焼入れ前の組織や部材自身の大きさにも係わらず、高周波焼入れ時の加熱時間は、最大でも5秒を上回るのは好ましくない。好ましい加熱時間は0.3〜3秒間で、さらに好ましくは1〜2秒間である。
例えば、S45C鋼では常用される高周波焼入れ温度は900℃を上回るが、本発明での焼入れ時の加熱温度は860℃以下とすることが可能であり、本発明の窒化処理後に行う高周波焼入れ加熱温度は750〜860℃が好ましく、さらに好ましくは780〜830℃である。また、加熱時間について、より好ましい加熱時間は0.3〜3秒間で、さらに好ましくは1〜2秒間である。高周波焼入れ温度が750℃以下の加熱では窒素拡散層があるとは言え、この温度では十分にオーステナイト化されないため焼入れ不十分となる。S45C鋼においては高周波焼入れ時の加熱が860℃を上回る温度では、もはや本鋼種においては窒素化合物層上の酸化層による保護効果が低下し、窒素化合物層の分解が生じるため好ましく無い。加熱時間が0.3秒未満の加熱では窒素が拡散しているとは言え、十分にオーステナイト化されないため焼入れ不十分となる。5秒を上回る加熱時間では、化合物層保護膜の作用が低下するため好ましく無い。以上は本発明をS45Cに実施する場合についての好ましい高周波焼入れ条件を述べたが、S45Cと同程度の高周波焼入れ温度(事前に窒化処理無し)が常用されているS40C、S50C、SCM435、SCM440、SCM445といった鋼材についても、S45Cとほぼ同じ高周波焼入れ温度条件が適用できる。
所定の焼入れ温度に到達後は、冷却剤によって直ちに冷却されることによって、窒素を含有する微細なマルテンサイト組織を窒素化合物層の直下に得ることができる。本発明の化合物層保護膜を用いることにより、高周波加熱時の雰囲気が大気中であっても、窒素化合物層は酸化や分解から十分に抑制される。また、設備導入が可能であれば、高周波加熱時の雰囲気は、真空雰囲気、アルゴンガスや窒素ガスによる不活性雰囲気、低酸素雰囲気、炭化水素系の還元性雰囲気、アンモニアガス雰囲気等で行うこともできる。この場合は酸化しにくい状況となるため、本発明に適用可能な加熱温度はより高く、また、加熱時間はより長く設定できる場合がある。
高周波加熱時、処理物が大きい場合などは、予備加熱を含めた多段の昇温法を適宜行うことができる。高周波加熱による焼入れ後は、通常の焼入れ手法と同様に適当な条件にて焼き戻し処理を行っても良い。
【0033】
一連の熱処理終了後、本発明による処理品を機械部品として組み込む際、化合物層保護目的の酸化層は除去しても除去しなくても良く、必要に応じて選定することができる。酸化層の除去は、化合物層に比べ硬度が低いため容易にでき、例えばラッピング処理、エメリー紙研磨、バフ研磨、ショットブラスト、ショットピニング、グラインディング研磨、等によって適宜行うことができる。
【0034】
高周波加熱後、本発明の酸化層による化合物層保護膜によって窒素化合物層は残存するが、窒素化合物層は高周波加熱前の化合物層状態に対し必ずしも100%残存する必要は無く、最低膜厚として1μm以上の化合物層厚さが確保されていれば良い。より好ましくは2μm以上の残存であり、さらに好ましくは3μm以上である(上限は特に限定されないが、例えば30μm)。高周波加熱時に窒素化合物層の一部が酸化を受けた場合、そこは脆く硬度が低いため、前述の化合物層保護膜の除去作業工程を行った際に、保護膜とともに除去されることになる。
【0035】
本発明では、鋼材種や処理条件によっては、高周波焼入れ時に窒素化合物層と微細マルテンサイト層との間に、もう1層、未変態オーステナイトが残留する帯状の層が形成される場合がある。この残留オーステナイト含有層は、高周波焼入れ温度が高いほど厚くなる傾向があるが、例えば、S45C鋼で高周波焼入れ加熱温度を750〜860℃とした場合において、0〜5μmの厚さの残留オーステナイト含有層が現れる。特に、鋼材として、機械構造用炭素鋼鋼材(S20C〜S58C、特にS45C、S40C、S50C)やクロムモリブデン鋼鋼材(SCM415〜445、822、特にSCM435、SCM440、SCM445)を用いた場合、0.1〜5μmの厚さの残さの残留オーステナイト含有層が現れやすい。この残留オーステナイト含有層の硬度はHV550を下回る場合もあるが、この層の存在によって鋼部材の機械特性が劣るようなことは無い。その理由は、そもそも薄い上に、高い面圧や200℃を越える温度領域での厳しい負荷状況においては組織変態を容易に生じ、ベイナイト組織、あるいはマルテンサイト組織へと変わることによって、硬度がHV550を上回るようになるためである。尚、硬度については硬ければ硬い程良いので上限は特に限定されないが、例えばHV900である。
【0036】
以上のような複合熱処理によって、表面に1〜30μmの厚みを有する窒素化合物層を有し、その直下から内部に向かって漸減する硬度分布を有する窒素を含有する微細マルテンサイト組織を含む硬質層を兼ね備え、窒素化合物層の硬度がビッカーズ硬度換算でHV630以上であり(尚、当該硬度については硬ければ硬い程良いので上限は特に限定されないが、例えばHV1300である)、微細マルテンサイト組織を含む硬質層のHV550を越える硬度領域(硬化層深さ)が表面からの距離で200μm以上、好ましくは400μm以上、さらに好ましくは600μm以上存在する硬度分布を持つ鉄鋼材料を得ることができる(尚、硬度についても硬ければ硬い程良いので上限は特に限定されないが、例えばHV1100である)。尚、上限は特に限定されないが、例えば5.0mmである。例えば、S45C鋼で高周波焼入れ加熱温度を750〜860℃とした場合において、その部材形状や大きさによってやや異なるものの、通常は0.2〜1.5mmの硬化層深さが得られる。
【0037】
以上の本発明の処理によって、窒素化合物層の効果I、IIを兼ね備える機械部品が得られる。すなわち、本発明の処理が施された機械部品は、最表面に形成された窒素化合物層による高い摺動性、耐焼付き性を有し、かつ、窒素含有微細マルテンサイト組織による高い焼き戻し軟化抵抗、亀裂発生・亀裂成長抵抗性、耐面圧強度、高疲労強度、深い硬化深さを有している。
【0038】
本発明による複合熱処理による高周波焼入れ時は、効果IIによって、前述のように焼入れ温度を下げることができる。これは熱変形や焼き割れにおいて極めて有利であり、一般的な高周波焼入れや浸炭焼入れ後に行う寸法精度調整の為の後切削工程の大幅な低減を可能とするものである。
先に述べたように本発明の適用対象となる鉄鋼材料は、窒素による効果IIの焼入れ性向上作用の為、必ずしも調質鋼を用いる必要は無く、非調質鋼であるフェライト−パーライト組織の鋼でも十分な機械強度を得られる。また合金鋼の方がやや高い表面硬度が得られる傾向はあるものの、窒素による効果IIにより、安価な炭素鋼であっても十分に深い硬化深さが得られる。例えば、S45Cなどの機械構造用炭素鋼においても、十分な硬度、かつ十分な深さの硬度プロファイルを持つ熱処理材となる。また、そのS45Cでさえ、必ずしも調質材である必要は無く、非調質のフェライト−パーライト組織の鋼部材に本発明の熱処理を適用しても、十分なマルテンサイト変態を生じ、十分な機械的強度を有する熱処理機械部品となりえる。
以上のように本発明の適用により、部品の機械強度の向上、切削工程の低減や安価な材料への切り替えによって、部品の小型化による機械部品全体の小型・軽量化、および窒化処理と高周波焼入れとの複合処理によるコスト増を補って余るだけの実質コストの低減が可能となる。
【0039】
本発明の高周波焼入れによる焼入れ手法の置き換えとして、例えば長くとも数秒の短時間加熱によるレーザー焼入れ、あるいは数ミリ秒の短時間加熱となる衝撃焼入れによって、窒化処理後に本発明の酸化層による化合物層保護皮膜を形成した部品に焼入れを行った場合は、窒化物層は十分に保護され、その層の下の鋼素地部分は用いた焼入れ手法に応じた焼入れ組織を得ることができる。
【0040】
次に、本発明に係る焼入れ鉄鋼材料の用途について説明する。本発明に係る焼入れ鉄鋼部材は、高負荷・高面圧領域で使用されるものに好適である。鉄鋼部材の形状、部品種は特に限定されず、例えば、軸、歯車、ピストン、シャフト、カム、エンジンバルブ、バルブリフター、プランジャー等を挙げることができ、自動車や建機のミッション関連部品、パワートレイン用部品にも好適である。
【実施例】
【0041】
以下に本発明の実施形態について実施例を挙げて説明するが、本発明の範囲は、以下の実施例に限定されるものでは無い
【0042】
<実施例1>
基材として、十分に脱脂洗浄された直径8mm、長さ50mmのSCM440調質材を用いた。溶融塩浴中において560℃で1時間塩浴軟窒化処理(イソナイトNS-2処理:日本パーカライジング(株))を行った。後、酸化処理として400℃のAB1塩浴(日本パーカライジング(株)製)中で30分間の処理をした。こうして処理した鋼材には、最表面に0.7μmの緻密なマグネタイト層が形成され、その直下には厚さ6.3μmの窒化鉄を主体とする窒素化合物層を形成されていた。これに対し、大気雰囲気中で高周波焼入れ装置を使用して、0.8秒の加熱によって860℃に到達後、直ちに水冷して焼入れを行った。
【0043】
<実施例2>
基材として、十分に脱脂洗浄された直径8mm、長さ50mmのS45C調質材を用いた。溶融塩浴中において560℃で2時間塩浴軟窒化処理(イソナイトNS-2処理:日本パーカライジング(株))を行った。後、酸化処理として400℃のAB1塩浴(日本パーカライジング(株)製)中で30分間の処理をした。こうして処理した鋼材には、最表面に1.0μmの緻密なマグネタイト層が形成され、その直下には厚さ12.4μmの窒化鉄を主体とする窒素化合物層を形成されていた。これに対し、大気雰囲気中で高周波焼入れ装置を使用して、1.0秒の加熱によって820℃に到達後、直ちに水冷して焼入れを行った。
【0044】
<実施例3>
基材として、十分に脱脂洗浄された直径8mm、長さ50mmのS45C調質材を用いた。溶融塩浴中において570℃で1時間塩浴軟窒化処理(イソナイトTF-1処理:日本パーカライジング(株))を行った。後、酸化処理として400℃のAB1塩浴(日本パーカライジング(株)製)中で30分間の処理をした。こうして処理した鋼材には、最表面に0.8μmの緻密なマグネタイト層が形成され、その直下には厚さ7.5μmの窒化鉄を主体とする窒素化合物層を形成されていた。これに対し、大気雰囲気中で高周波焼入れ装置を使用して、1.0秒の加熱によって800℃に到達後、直ちに水冷して焼入れを行った。
【0045】
<実施例4>
基材として、十分に脱脂洗浄された直径8mm、長さ50mmのS45C非調質材(フェライト・パーライト組織)を用いた。溶融塩浴中において560℃で1時間塩浴軟窒化処理(イソナイトNS-2処理:日本パーカライジング(株))を行った後、酸化処理として500℃の水蒸気雰囲気中で60分間の処理をした。こうして処理した鋼材には、最表面に1.5μmの緻密なマグネタイト層が形成され、その直下には厚さ11.5μmの窒化鉄を主体とする窒素化合物層を形成されていた。これに対し、大気雰囲気中で高周波焼入れ装置を使用して、1秒の加熱によって820℃に到達後、直ちに水冷して焼入れを行った。
【0046】
<実施例5>
基材として、十分に脱脂洗浄された直径8mm、長さ50mmのSCM435調質材を用いた。溶融塩浴中において570℃で1時間塩浴軟窒化処理(イソナイトNS-2処理:日本パーカライジング(株))を行った後、酸化処理として140℃の黒染め用のアルカリ化成処理液中で15分間の処理をした。こうして処理した鋼材には、最表面に0.5μmの緻密なマグネタイト層が形成され、その直下には厚さ8.2μmの窒化鉄を主体とする窒素化合物層を形成されていた。これに対し、大気雰囲気中で高周波焼入れ装置を使用して、1秒の加熱によって830℃に到達後、直ちに水冷して焼入れを行った。
【0047】
<実施例6>
基材として、十分に脱脂洗浄された直径8mm、長さ50mmのS45C調質材を用いた。窒化処理と酸化処理を同時に行うことができる塩浴(イソナイトLS処理:日本パーカライジング(株))を用い、560℃で2時間塩浴軟窒化酸化処理を行った。こうして処理した鋼材には、最表面に3.5μmの緻密なリチウム含有マグネタイト層が形成され、その直下には厚さ8.6μmの窒化鉄を主体とする窒素化合物層を形成されていた。これに対し、大気雰囲気中で高周波焼入れ装置を使用して、1秒の加熱によって820℃に到達後、直ちに水冷して焼入れを行った。
【0048】
<比較例1>
基材として直径8mm、長さ50mmのSCM440調質材を使用し、この表面を脱脂洗浄したのち、溶融塩浴中において560℃で1時間塩浴軟窒化処理(イソナイトNS-2処理:日本パーカライジング(株))して油冷し、鋼材表面に厚さ約7μmの窒化鉄を主体とする窒素化合物層を形成した。これに大気雰囲気中で高周波焼入れ装置を使用して、0.8秒の加熱によって860℃に到達後、直ちに水冷して焼入れを行った。
【0049】
(評価試験)
これらの処理を行った鋼材をマイクロカッターで切断し、樹脂中に埋め込み、金属顕微鏡により断面観察を行った。また、この埋め込みサンプルを用いて、マイクロビッカース硬度計を用いて断面硬度測定を行った。
【0050】
表1に評価の結果一覧を示す。表中の有効硬化深さとは、Hv550以上の硬度を有する部分の表面からの深さ(mm)である。例として図1、図2、図3に実施例2、実施例6、比較例1の断面写真をそれぞれ示す。また、図4に実施例4の断面硬度分布を示す。
【表1】

【0051】
表1より、本発明の実施例1〜6においては、図1、図2のように高周波焼入れ後においても表面の窒素化合物層が大きくダメージを受けることなく残存していた。化合物層保護のための酸化皮膜の無い比較例1においては、図3のように全面が酸化している様子が観察された。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
鉄鋼材料に対して窒化処理と高周波焼入れ処理との組み合わせ複合熱処理を施す方法において、窒化処理後の高周波焼入れ処理前に、窒化処理により鉄鋼に形成された窒素化合物層上のその表層側に厚みとして0.1〜5μmの酸化層を600℃以下で生成させる処理工程を更に含むことに加え、硬度HV550以上かつ1μm以上の窒素化合物層を鉄鋼材料の表層に残存させる条件にて高周波焼入れ処理を実施することを特徴とする方法。
【請求項2】
高周波焼き入れ処理での処理時間が5秒以下でありかつその最高到達温度が750〜860℃であることを特徴とする請求項1記載の方法。
【請求項3】
前記酸化層が、水溶液中での酸化処理、酸化性の溶融塩浴での浸漬処理、酸化性ガス雰囲気中での酸化処理、窒素化合物層とその上に酸化物層が同時形成される酸窒化処理、からなる群から選択される少なくとも1種の酸化処理によって形成されるマグネタイト及び/又はリチウム鉄酸化物を含有することを特徴とする請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか一項に記載の方法によって得られる、硬度HV550以上かつ1μm以上の窒素化合物層が表層に残存し、その層の下部に窒素を含有する微細マルテンサイト組織を含むHV550を越える硬度分布領域が表面からの距離で200μm以上存在することを特徴とする鉄鋼部材。

【図4】
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【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2012−62494(P2012−62494A)
【公開日】平成24年3月29日(2012.3.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−205145(P2010−205145)
【出願日】平成22年9月14日(2010.9.14)
【出願人】(000229597)日本パーカライジング株式会社 (198)
【Fターム(参考)】