説明

糖類の分析方法

【課題】マンノース−6−リン酸の分析が可能なポストカラム蛍光検出−ホウ酸錯体陰イオン交換法の提供。
【解決手段】還元糖のカラムクロマトグラフィーを用いた分離分析方法であって,試料を陰イオン交換樹脂カラムに負荷し,水溶性無機塩を含有するホウ酸水溶液よりなる第1の移動相の十分量を該カラムに通すことによりカラムを洗浄し,該塩の濃度を高めた第2の移動相を供給して還元糖を溶離させ,溶出液に塩基性アミノ酸を添加し,加熱し,励起光を照射して放射される蛍光の強度を連続的に測定し記録すること,を含んでなるものである,分離分析方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は,糖類の分析方法に関し,特にポストカラム蛍光検出−ホウ酸錯体陰イオン交換法を用いた還元糖及びマンノース−6−リン酸の分析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
還元糖の分析法として,水を移動相として用いて試料を液体クロマトグラフィーに付して得た溶出液に,アルギニン等の塩基性アミノ酸を含有するホウ酸水溶液を加え,加熱反応を行った後冷却し,この反応液に励起光を照射し蛍光強度または吸光度を測定する方法が知られている(特許文献1)。ここで用いられる装置は,液体クロマトグラフィーの流出路を延長し,この流路に塩基性アミノ酸を含有するホウ酸水溶液の供給経路を接続し,次いで加熱装置,冷却装置,励起光の照射装置,及び蛍光強度等の測定装置を取り付けたものである。この方法では,液体クロマトグラフィーに付して得た溶離液に,塩基性アミノ酸を含有するホウ酸水溶液を加えて反応させるための供給経路を設ける必要がある。
【0003】
また,上記方法の改良型として,試料を反応試薬であるアルギニン等の塩基性アミノ酸及びホウ酸を含有する移動相を用いる液体クロマトグラフィーに付して溶離し,得られた溶出液を加熱して反応試薬と糖類を反応(加熱反応)させた後冷却し,この反応液に励起光を照射し蛍光強度または吸光度を測定する方法が知られている(特許文献2)。この方法では,液体クロマトグラフィーの移動相として塩基性アミノ酸を含有するホウ酸水溶液が用いられることから,塩基性アミノ酸を含有するホウ酸水溶液を加えて反応させるための供給経路を設ける必要がない。上記の還元糖分析法は,ポストカラム蛍光検出−ホウ酸錯体陰イオン交換法と呼ばれている。
【0004】
上記の還元糖分析法は共に,還元糖が,ホウ酸存在下にアルギニン等の塩基性アミノ酸と加熱反応により強い発蛍光誘導体を生成することを検出に利用している(非特許文献1)。この発蛍光誘導体は,還元糖とアミノ化合物である塩基性アミノ酸との加熱反応(メイラード反応)により生じた褐色を呈するメイラノジンであり,これは,励起光として波長320nmの光の照射を受けると,波長430nmの光を放射する。またこれらの還元糖分析法は,還元糖がホウ酸と容易に結合してアニオン性錯イオンを生成する性質を有すること,及びこのアニオン性錯イオンが陰イオン交換カラムクロマトグラフィーに保持されることを利用している。
【0005】
ポストカラム蛍光検出−ホウ酸錯体陰イオン交換法では,移動相として,0.01〜5%の濃度の塩基性アミノ酸と0.05〜0.5Mの濃度のホウ酸とを含有する水溶液(pH7〜10)が用いられる。このとき使用される塩基性アミノ酸は,アルギニン,リジン,ヒスチジン等である。更に,最近では,液体クロマトグラフィーの移動相として,0.1Mホウ緩衝液及び0.4Mホウ酸緩衝液によるグラジエントを用いて糖の分離を行うことも知られている(特許文献3,4)。
【0006】
ポストカラム蛍光検出−ホウ酸錯体陰イオン交換法では,液体クロマトグラフィーにおける試料の溶離は,室温〜70℃の温度で行われ,また加熱反応(メイラード反応)は140〜180℃で行われる(特許文献2)。溶離と反応をこのような高温下に高いホウ酸濃度で行うことから,移動相に含まれるホウ酸が析出して配管を詰まらせることがある。配管が詰まったときは,もはや分析不能であるため,配管の交換や洗浄といったコストや手間の掛かる作業を経て,分析をやり直さなければならないこととなる。このことはポストカラム蛍光検出−ホウ酸錯体陰イオン交換法における未解決の大きな問題点の一つである。
【0007】
また,ポストカラム蛍光検出−ホウ酸錯体陰イオン交換法で分析できる還元糖には,グルコース,マンノース,ガラクトース,果糖,ラムノース等の単糖,マルトース,マルトトリオース等のオリゴ糖,グルコサミン,ガラクトサミン等のアミノ糖,グルクロン酸等のウロン糖がある。
【0008】
同法の分析対象として,糖タンパク質の糖鎖が挙げられる。糖タンパク質の糖鎖を構成する還元糖には,マンノース,ガラクトース,フコース糖の中性糖,ガラクトサミン等のアミノ糖等がある。糖鎖にはまた,マンノースが1分子のリン酸で修飾を受けたマンノース−6−リン酸(M6P)が含まれる場合がある。
【0009】
糖タンパク質の糖鎖に含まれるM6Pは,タンパク質が細胞内に取り込まれる際に,細胞膜上のマンノース−6−リン酸受容体と結合してその取り込みを促進する,という重要な機能を有する。M6Pを糖鎖に含む糖タンパク質として,リソソームに局在するイズロネート−2−サルファターゼ(I2S)等のリソソーム酵素が知られている(非特許文献2)。リソソーム酵素の中には組換え技術を用いて製造され,その酵素を遺伝的に欠損する患者の治療薬として使用されているものがある。例えば,α-ガラクトシダーゼA,及びグルコセレブロシダーゼである。リソソーム酵素は細胞内で機能を発揮するものであるため,静脈注射等の方法により患者に投与されたリソソーム酵素が薬効を発揮するためには,患者の細胞内に取り込まれる必要があり,そのためには,リソソーム酵素の糖鎖にM6Pが含まれている必要がある。従って,このような酵素の糖鎖を構成する糖類を分析する場合には,M6Pを分析することが特に重要である。ポストカラム蛍光検出−ホウ酸錯体陰イオン交換法は,様々な糖類の分析技術として用いることができるが,この方法を用いたM6Pの分析技術は確立されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開昭58−216953号公報
【特許文献2】特開昭61−25059号公報
【特許文献3】特開2006−184131号公報
【特許文献4】特開2008−245550号公報
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】Mikami H. et. Al., Bunseki Kagaku (1983) 32, E207
【非特許文献2】Bielicki J. et. Al., Biochem J. (1993) 289, 241-246
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
上記背景の下で,本発明の一目的は,ポストカラム蛍光検出−ホウ酸錯体陰イオン交換法で用いられる,アニオン性錯イオンの陰イオン交換樹脂への保持力を調整し,M6Pの分析を可能にするとともに,同法におけるマンノース,フコース,グルコース等の中性還元糖に対する分析力を高めることである。
また,本発明の別の一目的は,移動相中に含まれるホウ酸の析出により配管が詰まるという同法の問題を実質的に解消することである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記目的に向けた研究において,本発明者らは,ポストカラム蛍光検出−ホウ酸錯体陰イオン交換法において,移動相としてホウ酸及び水溶性の塩化ナトリウムのような中性無機塩の水溶液を用いることを試みた。その結果,そのような移動相では,水溶性の中性無機塩の濃度によってアニオン性錯イオンの陰イオン交換樹脂への保持力を調節することができ,しかも驚くべきことに,従来法では分析が不可能だったM6Pが分析できるようになることを見出した。また従来法に比べて,マンノース,フコース,グルコース等の中性還元糖の分析力を格段に改善できることを見出した。更には,塩化ナトリウムを添加することにより,移動相に含まれるホウ酸の濃度を下げることができることも見出し,ホウ酸の析出により配管が詰まるというポストカラム蛍光検出−ホウ酸錯体陰イオン交換法の問題点を実質的に解消できることをも見出した。
本発明は,これらの発見に基づいて完成されたものである。
【0014】
すなわち,本発明は以下を提供する。
1.試料中に含まれる還元糖のカラムクロマトグラフィーを用いた分離分析方法であって,試料を陰イオン交換樹脂カラムに負荷し,所定濃度の水溶性無機塩を含有する所定濃度のホウ酸水溶液よりなる第1の移動相の十分量を該カラムに通すことによりカラムを洗浄し,
該カラムに,該第1の移動相に比して該塩の濃度を高めたものである第2の移動相を,所定の流速で連続的に供給して還元糖をこれにより溶離させ,
該カラムからの溶出液を連続的に流路中に導き,
該流路の所定位置で該溶出液に少なくとも1種の塩基性アミノ酸を所定速度で連続的に添加することにより,該流路中を連続的に流れる混合溶液とし,
該混合溶液をして,該流路の所定温度の加熱区域を所定時間かけて通過させることにより,該混合溶液を加熱し,
加熱後の,該流路中を流れる該混合溶液に,該流路の所定位置で励起光を連続的に照射しつつ該混合溶液から放射される蛍光の強度を連続的に測定し記録すること,
を含んでなるものである,分離分析方法。
2.試料中に含まれる還元糖のカラムクロマトグラフィーを用いた分離分析方法であって,試料を陰イオン交換樹脂カラムに負荷し,所定濃度の少なくとも1種の塩基性アミノ酸と所定濃度の水溶性無機塩とを含有する所定濃度のホウ酸水溶液よりなる第1の移動相の十分量を該カラムに通すことによりカラムを洗浄し,
該カラムに,該第1の移動相に比して該塩の濃度を高めたものである第2の移動相を,所定の流速で連続的に供給して還元糖をこれにより溶離させ,
該カラムからの溶出液を連続的に流路中に導き,
該流路の所定温度の加熱区域を所定時間かけて通過させることにより,該溶出液を加熱し,
加熱後の,該流路中を流れる該溶出液に,該流路の所定位置で励起光を連続的に照射しつつ該溶出液から放射される蛍光の強度を連続的に測定し記録すること,
を含んでなるものである,分離分析方法。
3.該第1の移動相のホウ酸濃度が,50〜150mM,該水溶性無機塩の濃度が10〜30mMである,上記1又は2の分離分析方法。
4,該第1及び第2の移動相のホウ酸濃度が75〜125mMである,上記3の分離分析方法。
5.該第1及び第2の移動相のpHが7.5〜9.5である,上記1ないし4の何れかの分離分析方法。
6.該水溶性無機塩が塩化ナトリウムである,上記1ないし5の何れかの分離分析方法。
7.該カラムを70℃までの温度に加熱した状態で還元糖の分離を行うものである,上記1ないし6の何れかの分離分析方法。
8.該塩基性アミノ酸が,該混合溶液中で0.1〜2w/v%の濃度となるように添加され又は0.1〜2w/v%の濃度となるように該第1及び第2の移動相に含有されるものである,上記1ないし7の何れかの分離分析方法。
9.該塩基性アミノ酸が,アルギニン,リジン及びヒスチジンよりなる群より選ばれるものである,上記1ないし8の何れかの分離分析方法。
10.該所定温度の加熱区域の温度が,140〜180℃である,上記1ないし9の何れかの分離分析方法。
11.該第2の移動相の該塩の濃度が少なくとも200mMまで高められるものである,上記1ないし10の何れかの分離分析方法。
12.還元糖が中性糖を含むものである,上記1ないし11の何れかの分離分析方法。
13.還元糖がマンノース,グルコース,又はフコースを含むものである,上記1ないし12の何れかの分離分析方法。
14.還元糖がマンノース−6−リン酸を含むものである,上記1ないし13の何れかの分離分析方法。
15.上記1ないし14の何れかにおいて該第1の移動相として使用するための,ホウ酸50〜150mM及び塩化ナトリウム10〜30mMを含有してなる水溶液。
16.上記1ないし14の何れかにおいて,該第1の移動相と混合して該第2の移動相を調製するために使用するための,ホウ酸50〜150mM及び塩化ナトリウム200〜250mMを含有してなる水溶液。
17.水に溶解させて上記15の水溶液を調製するための,ホウ酸と塩化ナトリウムとを1:0.1〜1:0.5のモル比で含有してなる,固形組成物。
18.水に溶解させて上記16の水溶液を調製するための,ホウ酸と塩化ナトリウムとを1:1.5〜1:2.5のモル比で含有してなる,固形組成物。
【発明の効果】
【0015】
本発明は,ポストカラム蛍光検出−ホウ酸錯体陰イオン交換法において,M6Pの分析を可能とし,且つ還元糖の分析力を高める。また,従来のポストカラム蛍光検出−ホウ酸錯体陰イオン交換法に比してホウ酸の使用濃度が低いため,配管の詰まりという同法の問題点をも,実質的に解消することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】装置の配置及び流路を模式的に示す図。
【図2−1】新法による中性還元糖混合物標準溶液の分析結果を示すクロマトグラム。
【図2−2】従来法による中性還元糖混合物標準溶液の分析結果を示すクロマトグラム。
【図3−1】新法によるM6P標準溶液の分析結果を示すクロマトグラム。
【図3−2】従来法によるM6P標準溶液の分析結果を示すクロマトグラム。
【図4−1】新法による中性糖混合物標準溶液とM6P標準溶液の混合液の分析結果を示すクロマトグラム。
【図4−2】従来法による中性糖混合物標準溶液とM6P標準溶液の混合液の分析結果を示すクロマトグラム。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明において,「ホウ酸水溶液」の語は,pHを適宜調整するために水酸化ナトリウム(又はホウ酸ナトリウム)等のような,少量のpH調整剤としての塩基が添加されたものも包含する。
【0018】
本発明おいて,ホウ酸水溶液について,「ホウ酸濃度」というときは,当該水溶液中のホウ素をホウ酸(H3BO3)に換算したときの濃度をいう。従って,(ホウ酸ナトリウム等のような)塩の形で添加されたホウ酸も含む。
【0019】
本発明において,第2の移動相に含有される塩の濃度を高めるには,例えば,第1の移動相に,塩濃度を高めた別のホウ酸水溶液を,その配合比率を高めつつ加えればよい。このとき,当該配合比率は,連続的に高めても,断続的に高めてもよいが,好ましくは連続的に高められ,また特に好ましくは,直線的に(すなわち,一定の速度で連続的に)高められる。第2の移動相における塩濃度の上昇は,分析の対象である還元糖が溶出するまで行なえばよい。通常は200mM付近になるまで塩濃度を上昇させれば十分であるが,更に高めてもよく,例えば塩濃度が250mMに達するまで行ってもよい。
本発明において,移動相に含有される塩は,水溶性の無機塩(但しホウ酸塩は除く)であれば特に限定はないが,水に溶解したときに中性を示す中性塩が好ましく,特に塩化ナトリウム,塩化カリウムが好ましい。
【0020】
本発明において,移動相のホウ酸濃度は,糖類の分析,特に,目的に応じ中性還元糖又はM6Pの分析ができる限り限定はないが,好ましくは50〜150mMの範囲であり,より好ましくは75〜125mMであり,特に好ましくは約100mMである。
【0021】
本発明において,移動相のpHは,好ましくは7.5〜9.5の範囲であり,特に好ましくは約9である。
【0022】
本発明における陰イオン交換カラムクロマトグラフィーに用いる陰イオン交換樹脂としては,弱陰イオン交換樹脂及び強陰イオン交換樹脂のいずれをも用いることができるが,好ましくは強陰イオン交換樹脂が用いられる。また,陰イオン交換カラムクロマトグラフィーによる溶離は,室温で行ってもよいが,カラムを加熱して行うことが好ましい。但し,その場合の加熱温度は約70℃までであり,好ましくは約65℃である。
【0023】
本発明において使用する塩基性アミノ酸としては,特に限定はないが,好ましくはアルギニン,リジン,ヒスチジンであり,特に好ましくはアルギニンである。また,塩基性アミノ酸は何れかを単独で用いても,複数のアミノ酸を混合物として用いてもよい。また,このときの塩基性アミノ酸の添加は,これを含有する水溶液を,流路中を流れるカラムからの溶出液に注入することによって行われる。塩基性アミノ酸の注入速度は,一回の分析の間一定に保たれる限り適宜であってよい。通常は,流路内でカラムからの溶出液と混合した後の濃度(終濃度)が0.1〜2w/v%となるように注入すればよく,0.5〜1.8w/v%となるように注入するのが好ましく,1.0〜1.5w/v%となるように行うのがより好ましい。塩基性アミノ酸の添加は,例えば,これを含有するホウ酸水溶液の形で流路に注入する方法により行うことが好ましい。その場合,ホウ酸濃度は,移動相のホウ酸濃度と一致させてもよいが,ある程度異なっていても差し支えない。塩基性アミノ酸はまた、予め所定濃度の塩基性アミノ酸を移動相に溶解させておくことによって添加される。塩基性アミノ酸の濃度は0.1〜2w/v%に調整すればよく、0.5〜1.8w/v%となるように調整するのが好ましく、1.0〜1.5w/v%となるように調整するのがより好ましい。この場合、塩基性アミノ酸を含有するホウ酸水溶液を加えて反応させるための供給経路を設ける必要がない。
【0024】
本発明において,溶出液を塩基性アミノ酸とともに加熱して反応(加熱反応)させるときの反応温度は140〜180℃とすることができ,好ましくは約150℃である。またこのときの反応は,糖分子中の還元基と塩基性アミノ酸が反応して褐色物質(メラノイジン)を生ずるメイラード反応である。
【0025】
本発明において,蛍光強度の測定は,加熱反応後の反応液に,励起光として波長約320nmの紫外線を照射し,それにより放射される波長約430nmの蛍光について行われる。これに際し,ノイズの発生を防止するために,蛍光強度の測定に先立って冷却装置等により反応液を室温程度にまで冷却しておくことが好ましい。
【0026】
本発明で分析することのできる糖類は,塩基性アミノ酸とメイラード反応を起こす還元糖である。例としては,グルコース,マンノース,ガラクトース,果糖,ラムノース等の単糖類,マルトース,マルトトリオース等のオリゴ糖,グルコサミン,ガラクトサミン等のアミノ糖,グルクロン酸等のウロン酸,及びリン酸化糖等が挙げられ,特に,マンノース,グルコース,フコース等の中性糖及びマンノース−6−リン酸等のリン酸化糖が挙げられる。
【0027】
また,本発明の方法で使用される移動相が試薬として予め準備されていることが,分析操作の利便性を高める点で有利である。試薬の形態は,水溶液でもよく,また純水で溶解させることにより移動相となる固形組成物(粉末,顆粒等)でもよい。水溶液の場合,第1の移動相として用いられる試薬は,好ましくは50〜150mM,より好ましくは75〜125mM,例えば約100mMのホウ酸と,10〜30mMの塩化ナトリウムを含有するpH7.5〜9.5
のものである。pHの調整は,例えば水酸化ナトリウムの添加によっても,またホウ酸の一部をホウ酸ナトリウム(例えばホウ砂)に置換することによっても可能であり,これらの何れによっても得られる水溶液は,同一組成である。
【0028】
また第1の移動相に添加,混合して第2の移動相を調製するための,水溶液の形の試薬は,例えば,好ましくは50〜150mM,より好ましくは75〜125mM,例えば約100mMのホウ酸と,好ましくは200〜250mM,例えば約200mMの塩化ナトリウムとを含むpH7.5〜9.5の水溶液である。
【0029】
純粋で溶解させて第1の移動相を調製するための試薬としての固形組成物の場合は,水に溶解させてホウ酸濃度が50〜150mM,75〜125mM,例えば約100mM,且つ塩化ナトリウム濃度10〜30mMとすることができる比率でホウ酸及び塩化ナトリウムを配合したものである。従って,例えば,ホウ酸と塩化ナトリウムとを1:0.1〜1:0.5のモル比で含有してなる,固形組成物とすればよい。このとき一部ホウ酸の代わりに適宜の量のホウ酸ナトリウムを配合することにより,水溶液としたときのpHを予め調整しておくことができる。
【0030】
この場合,所定量の水に溶解したときそのようなpHが得られるように調合するには,例えば,予め目的の水溶液の少量を調製して,当該範囲内のpHとするために要するホウ酸量及びホウ酸ナトリウム(ホウ砂等)量を測定し,以後それらの量に基づき,調製すべき液量に応じて,ホウ酸及びホウ酸ナトリウム(ホウ砂等)の適正量を調合するようにすればよい。また水溶液のpHの調製を水酸化ナトリウムの添加により行った場合,要した水酸化ナトリウムのNaイオンのモル数と同一モル数のNaイオンに対応するホウ酸ナトリウム量が,pH調整を水酸化ナトリウムの代わりにホウ酸ナトリウム量で行う場合におけるホウ酸ナトリウムの必要量である。またホウ酸の使用量は,添加されるホウ酸ナトリウムに由来するホウ素のモル数相当分だけ減少される。
【0031】
第1の移動相に添加,混合して第2の移動相を調製するための高濃度の塩化ナトリウムを含有する水溶液を調製するために水に溶解させるための試薬としての固形組成物は,水溶液としたときにホウ酸の濃度が,好ましくは50〜150mM,より好ましくは75〜125mM,例えば約100mM,且つ塩化ナトリウムの濃度が200〜250mM,pHが7.5〜9.5となるように調合されたものである。従って例えば,ホウ酸と塩化ナトリウムとを1:1.5〜1:2.5のモル比で含有してなる,固形組成物とすればよい。
【実施例】
【0032】
以下,実施例を参照して本発明を更に詳細に説明するが,本発明が実施例に限定されることは意図しない。
【0033】
〔標準溶液の作成〕
30mgのD(+)−マンノース,10mgのL(−)−フコース,30mgのD(+)−ガラクトースを純水に溶かして100mLとした。この水溶液18mLに純水を加えて50mLとしたものを中性還元糖混合物標準溶液とした。また,20mgのマンノース−6−リン酸ナトリウム塩を純水に溶かして100mLとしたものをM6P標準原液とした。M6P標準原液は1mLずつ分注して−20℃にて保存し,用時溶解し,純水で2倍希釈したものをM6P標準溶液とした。
【0034】
〔移動相用の溶液の作成(新法用)〕
ホウ酸6.2gを純水に加えて溶かし,2N水酸化ナトリウムを用いてpH9.0に調整した後,純水を加えて全量を1000mLとし,0.22μmのメンブレンフィルターを用いて吸引ろ過した。得られた溶液を溶液A(100mMホウ酸溶液(pH9.0))とした。またホウ酸6.2g及び塩化ナトリウム11.7gを純水に加えて溶かし,2N水酸化ナトリウムを用いてpH9.0に調整した後,純水を加えて全量を1000mLとし,0.22μmのメンブレンフィルターを用いて吸引ろ過した。得られた溶液を溶液B(100mMホウ酸−200mM塩化ナトリウム溶液(pH9.0))とした。
【0035】
〔移動相用の溶液の作成(従来法用)〕
ホウ酸6.2gを純水に加えて溶かし,2N水酸化ナトリウムを用いてpH8.0に調整した後,純水を加えて全量を1000mLとし,0.22μmのメンブレンフィルターを用いて吸引ろ過した。得られた溶液を溶液A’(100mMホウ酸溶液(pH8.0))とした。ホウ酸24.8gを純水に加えて溶かし,2N水酸化ナトリウムを用いてpH9.0に調整した後,純水を加えて全量を1000mLとし,0.22μmのメンブレンフィルターを用いて吸引ろ過した。この溶液を溶液B’(400mMホウ酸水溶液(pH9.0))とした。
【0036】
〔反応試液の作成〕
L−アルギニン10gとホウ酸30gを純水に加えて溶かし,全量を1000mLとし,0.22μm以下のメンブレンフィルターを用いて吸引ろ過し,得られた溶液を反応試液とした。
【0037】
〔ポストカラム蛍光検出−ホウ酸錯体陰イオン交換法による糖分析(1)〕
(1)装置
島津HPLCシステムLC-10Avp(還元糖分析システム)に陰イオン交換カラムであるShim-pack ISA-07/S2504(4.0mmI.D.×250mm)(基材:ポリスチレンゲル,固定相:第4級アンモニウム基)をセットし,更にこのカラムを加熱するカラムオーブンとしてShim-pack ガードカラムISA(4.0mmI.D.×50mm)をセットした。また,カラムの流出口の下流に加熱反応用のヒートブロック(ALB-221,旭テクノグラス製)をセットした。カラムオーブンでカラムを65℃に加熱するとともに,ヒートブロックを150℃にセットした。また,ヒートブロックの下流に蛍光検出器を設置し,励起光として波長320nmの紫外線を照射し,波長430nmの蛍光を検出するようにセットした。装置の配置及び流路を模式的に図1に示した。
【0038】
(2)操作手順
還元糖分析システムのオートサンプラーに,溶液Aと溶液Bをセットし,更に,カラムの流出口の下流(ヒートブロックの上流)から,反応試液が供給されるようにセットした。クロマトグラフィー開始時の移動相(溶液A)でカラムを平衡化した後,中性還元糖混合物標準溶液,及びM6P標準溶液,またはこれらの混合溶液をカラムに負荷した。
【0039】
新法においては,カラムに糖類の標準溶液を負荷した後,溶液Aと溶液Bを90:10の体積比率で混合して製した第1の移動相(従って,ホウ酸100mM,塩化ナトリウム20mM)を,0.3mL/分の流速で35分間カラムに流した後,同一流速で25分かけて溶液Aと溶液Bの体積比率を25:75まで直線的に変え(従って,ホウ酸100mM,塩化ナトリウムは150mMまで高まる),更に10分間溶液Bの体積比率を100%(従って,ホウ酸は100mM,塩化ナトリウムは200mM)として同一流速で流し,その後は,第1の移動相の場合と同様に溶液Aと溶液Bを90:10の体積比率(従って,ホウ酸は100mM,塩化ナトリウムは20mM)で同一流速で流した。また,反応試液は,カラムの流出口の下流において,0.2mL/分の流速で流路に供給した。従って,反応混合液中におけるアルギニン濃度は,3×0.2/(0.3 + 0.2)=1.2w/v%であった。
従来法においては,カラムに糖類の標準溶液を負荷した後,溶液A’と溶液B’の体積比率を100:0から0:100まで50分かけて連続的に変えつつ(従って,ホウ酸100mMから400mMまで高まる),0.6mL/分の流速でカラムに流した後,溶液B’(400mMホウ酸)のみを同一流速で20分間,その後は溶液A’(100mM)のみを同一流速で流した。また反応試液は,カラムの流出口の下流において0.5mL/分の流速で流路に供給した。従って,反応混合液中におけるアルギニン濃度は,3×0.5/(0.6 + 0.5)=1.36w/v%であった。
【0040】
新法及び従来法における各溶液の組成及びクロマトグラフィーの条件を表1に,溶液B,B’の比率を表2にそれぞれ示した。
【0041】
【表1】


【0042】
【表2】


【0043】
〔中性糖混合物標準溶液の分析〕
新法で中性糖混合物標準溶液を分析したところ,マンノース,フコース及びガラクトースに由来する蛍光の強度を表す各ピークが完全に分離して得られた(図2−1)。一方,従来法で中性糖混合物標準溶液を分析したところ,マンノース,フコース及びガラクトースに由来する各ピークは完全には分離せず,特にフコースとガラクトースに由来するピークが重なって得られた(図2−2)。これらの結果から,新法は,中性糖の分析方法,特に定量的な分析方法として従来法と比較して優れていることがわかった。
【0044】
〔M6P標準溶液の分析〕
新法でM6P標準溶液を分析したところ,M6Pに由来するピークが得られた(図3−1)。一方,従来法でM6P標準溶液を分析したところ,M6Pに由来するピークは得られなかった(図3−2)。これらのことは,移動相への塩化ナトリウムの配合が,他の還元等の同時分析を可能にしつつ,しかも従来法では陰イオン交換樹脂に強く結合したまま容易には溶離させ得なかったM6Pに対する保持力を低下させるよう,陰イオン交換樹脂への保持力に対し調整的に作用したものと考えられる。なお新法の上記実施例において,M6Pは,移動相中の塩化ナトリウム濃度を一旦200mMに高めた10分間中にて中性糖と共には溶出せず,その後塩化ナトリウム濃度を20mMに低下させた後に見られているが,実施例全体の結果から塩化ナトリウム濃度が高い方がM6Pの溶離が起こりやすいことが明らかであるから,移動相の塩化ナトリウムの濃度を200mMから低下させることなくそのまま維持カラムに流しても,M6Pの分離が得られることは明らかである。
【0045】
〔中性糖混合物標準溶液とM6P標準溶液の混合液〕
新法で中性糖混合物標準溶液とM6P標準溶液の混合液を分析したところ,マンノース,フコース,ガラクトース及びM6Pに由来するピークが完全に分離して得られた(図4−1)。一方,従来法で中性糖混合物標準溶液とM6P標準溶液の混合液を分析したところ,マンノース,フコース及びガラクトースに由来する各ピークは完全には分離せず,また,M6Pに由来するピークも得られなかった(図4−2)。これらの結果は,新法が,マンノース,フコース,ガラクトース等の中性糖の分析技術として,またM6Pの分析技術として,特にこれらの定量的な分析方法として,従来法と比較して極めて優れていることを示した。また,新法によれば,M6Pとマンノースを同時に分析することが可能であるため,M6Pが分解して生じるマンノースを定量することにより,糖鎖,糖タンパク質を構成するM6Pの安定性を評価することができることがわかった。
【産業上の利用可能性】
【0046】
本発明は,ポストカラム蛍光検出−ホウ酸錯体陰イオン交換法において,M6Pの分析を可能とし,且つ中性糖間の分離能を高め,更には配管詰まりという同法の問題点を解消した,還元糖の新たな分析法として使用することができる。
【符号の説明】
【0047】
1:オートサンプラー
2:カラムオーブン
3:カラム
4:ヒートブロック
5:蛍光検出器
A:溶液A(A’)
B:溶液B(B’)
C:反応試液

【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料中に含まれる還元糖のカラムクロマトグラフィーを用いた分離分析方法であって,試料を陰イオン交換樹脂カラムに負荷し,所定濃度の水溶性無機塩を含有する所定濃度のホウ酸水溶液よりなる第1の移動相の十分量を該カラムに通すことによりカラムを洗浄し,
該カラムに,該第1の移動相に比して該塩の濃度を高めたものである第2の移動相を,所定の流速で連続的に供給して還元糖をこれにより溶離させ,
該カラムからの溶出液を連続的に流路中に導き,
該流路の所定位置で該溶出液に少なくとも1種の塩基性アミノ酸を所定速度で連続的に添加することにより,該流路中を連続的に流れる混合溶液とし,
該混合溶液をして,該流路の所定温度の加熱区域を所定時間かけて通過させることにより,該混合溶液を加熱し,
加熱後の,該流路中を流れる該混合溶液に,該流路の所定位置で励起光を連続的に照射しつつ該混合溶液から放射される蛍光の強度を連続的に測定し記録すること,
を含んでなるものである,分離分析方法。
【請求項2】
試料中に含まれる還元糖のカラムクロマトグラフィーを用いた分離分析方法であって,試料を陰イオン交換樹脂カラムに負荷し,所定濃度の少なくとも1種の塩基性アミノ酸と所定濃度の水溶性無機塩とを含有する所定濃度のホウ酸水溶液よりなる第1の移動相の十分量を該カラムに通すことによりカラムを洗浄し,
該カラムに,該第1の移動相に比して該塩の濃度を高めたものである第2の移動相を,所定の流速で連続的に供給して還元糖をこれにより溶離させ,
該カラムからの溶出液を連続的に流路中に導き,
該流路の所定温度の加熱区域を所定時間かけて通過させることにより,該溶出液を加熱し,
加熱後の,該流路中を流れる該溶出液に,該流路の所定位置で励起光を連続的に照射しつつ該溶出液から放射される蛍光の強度を連続的に測定し記録すること,
を含んでなるものである,分離分析方法。
【請求項3】
該第1の移動相のホウ酸濃度が,50〜150mM,該水溶性無機塩の濃度が10〜30mMである,請求項1又は2の分離分析方法。
【請求項4】
該第1及び第2の移動相のホウ酸濃度が75〜125mMである,請求項3の分離分析方法。
【請求項5】
該第1及び第2の移動相のpHが7.5〜9.5である,請求項1ないし4の何れかの分離分析方法。
【請求項6】
該水溶性無機塩が塩化ナトリウムである,請求項1ないし5の何れかの分離分析方法。
【請求項7】
該カラムを70℃までの温度に加熱した状態で還元糖の分離を行うものである,請求項1ないし6の何れかの分離分析方法。
【請求項8】
該塩基性アミノ酸が,該混合溶液中で0.1〜2w/v%の濃度となるように添加され又は0.1〜2w/v%の濃度となるように該第1及び第2の移動相に含有されるものである,請求項1ないし7の何れかの分離分析方法。
【請求項9】
該塩基性アミノ酸が,アルギニン,リジン及びヒスチジンよりなる群より選ばれるものである,請求項1ないし8の何れかの分離分析方法。
【請求項10】
該所定温度の加熱区域の温度が,140〜180℃である,請求項1ないし9の何れかの分離分析方法。
【請求項11】
該第2の移動相の該塩の濃度が少なくとも200mMまで高められるものである,請求項1ないし10の何れかの分離分析方法。
【請求項12】
還元糖が中性糖を含むものである,請求項1ないし11の何れかの分離分析方法。
【請求項13】
還元糖がマンノース,グルコース,又はフコースを含むものである,請求項1ないし12の何れかの分離分析方法。
【請求項14】
還元糖がマンノース−6−リン酸を含むものである,請求項1ないし13の何れかの分離分析方法。
【請求項15】
請求項1ないし14の何れかにおいて該第1の移動相として使用するための,ホウ酸50〜150mM及び塩化ナトリウム10〜30mMを含有してなる水溶液。
【請求項16】
請求項1ないし14の何れかにおいて,該第1の移動相と混合して該第2の移動相を調製するために使用するための,ホウ酸50〜150mM及び塩化ナトリウム200〜250mMを含有してなる水溶液。
【請求項17】
水に溶解させて請求項15の水溶液を調製するための,ホウ酸と塩化ナトリウムとを1:0.1〜1:0.5のモル比で含有してなる,固形組成物。
【請求項18】
水に溶解させて請求項16の水溶液を調製するための,ホウ酸と塩化ナトリウムとを1:1.5〜1:2.5のモル比で含有してなる,固形組成物。

【図1】
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【図2−1】
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【図2−2】
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【図3−1】
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【図3−2】
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【図4−1】
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【図4−2】
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【公開番号】特開2010−237199(P2010−237199A)
【公開日】平成22年10月21日(2010.10.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−54203(P2010−54203)
【出願日】平成22年3月11日(2010.3.11)
【出願人】(000228545)日本ケミカルリサーチ株式会社 (27)
【Fターム(参考)】