説明

純チタン−チタン合金クラッド刃物、およびその製造方法

【課題】 軽量にして切れ味と永切れ性に富み、しかも折損や刃毀れも起こしにくく、そのうえ金属イオンに起因した弊害もない純チタン、チタン合金クラッド刃物と、その製造方法を提供すること。
【解決手段】 構造的には、刃先部に連なる芯材層をα+β型チタン合金にて組成し、この芯材層の少なくとも一方の側面にα型純チタンをクラッドさせるという手段を採用し、また方法的にはα+β型チタンとα型純チタンとを熱間圧延法で接合して中間圧延板を得る一方、この中間圧延板を 40%以上の圧下率で冷間圧延して必要な刃物厚みにまで圧下して Hv520以上の素材板を作り、これに所定の加工を施して刃物に成形するという手段を採用した。

【発明の詳細な説明】
【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は、破壊靱性と引張延性に富んで、しかも非常に高い硬度を付与できるα+β型チタン合金と六方稠密格子結晶形で比較的軟性のα型純チタンとを巧みに組み合わせた軽量で切れ味に優れた不銹性の純チタン−チタン合金クラッド刃物ならびにその製造方法に関するものである。
【0002】
【従来の技術】周知のとおり、一般に庖丁やナイフ、斧や鋏などの刃物類は刃物鋼材の少なくとも一方の側面に軟鋼材を冶金的に接合し、これに必要な形状に成形して刃付加工により刃先部を形成して作られる。ところが、かゝる鉄鋼材料によって作製された刃物類は、重くて扱い難いうえに、錆び易くて絶えず入念に手入れをしていないと赤錆になって衛生上好ましくなく、また切れ味も鈍ってしまう。
【0003】そこで、最近の刃物類にはステンレス鋼を用いたステンレス刃物が多くなってきた。なるほど、不銹性鋼材であるステンレス鋼を用いて刃物類を作製する場合には錆は生じ難い。しかし、重量は少しも軽くならず、却って重くなることさえある。
【0004】このようなことから、最近、軽くて耐蝕性に富み、しかも必要な硬度と靱性を帯有させることができるチタンやチタン合金で刃物を作製しようという試みが為されるようになってきた。例えば、特開平5-51628号公報に開示される「チタン製刃物及びその製造方法」は、チタン又はチタン合金の素材の刃先形成予定領域にシールドガス雰囲気下においてレーザビームを照射することによって当該部分を溶融凝固させて硬化処理を施し、刃先を成形しようという試みである。
【0005】ところで、刃物の素材としてチタンを利用する場合には、鋭い切れ味を持続させる必要上、ある程度の硬度と破壊靱性とが求められる。このため、Tiに加えてAl,Mn,Fe,Cr,V などの金属元素を添加したチタン合金が用いられることになる。しかして、この種のチタン合金には、稠密六方晶のα相を構成相とするα型チタン合金と、体心立方晶のβ相を構成相とするβ型チタン合金と、前記α相とβ相の2相を構成相として含むα+β型チタン合金の3種類がある。
【0006】しかしながら、上記した従来のα型チタン合金、ベータ型チタン合金、およびα+β型チタン合金の何れも、硬度が Hv 460 〜 470(HRC 46 〜 47)程度であって、刃物として満足できる切れ味および永切れ性を呈させるには十分なものとは云えなかった。しかも、これら従来のチタン合金は、時効処理により硬化させても、硬度が十分満足できないのに靱性が乏しくて歪取り処理をする際には折損し易く、作業性の面でも不十分であった。
【0007】
【発明が解決しようとする課題】本発明は、従来のチタン合金を素材とした刃物に前述のごとき不満があったのに鑑みて為されたものであり、軽量にして切れ味と永切れ性に優れ、しかも破壊靱性に優れて折損や刃毀れも起し難くい純チタン−チタン合金クラッド刃物と、その製造方法を提供することを目的とする。
【0008】また、本発明の他の目的は、不銹性で衛生的であり、しかも金属アレルギーも起す惧れのない手入れに神経質にならなくとも錆などを生ずることのない実用的な刃物と、その製造方法を提供するにある。
【0009】さらに、本発明の他の目的は、高価なα+β型チタン合金の使用量が少なくて全体としての製造コストが安価な刃物を提供するにある。
【0010】
【課題を解決するために採用した手段】本発明者が上記目的を達成するために採用した手段を説明すれば、次のとおりである。
【0011】まず、刃物そのものとして上記目的を達成するため本発明が採用した手段は、刃先部に連なる芯材層を組成する金属材料としてα+β型チタン合金を採用し、この芯材層の少なくとも一方の側面を被覆する金属材料としてα型純チタンを採用し、これをクラッドしたという点に存する。
【0012】芯材層としてα+β型チタン合金を採用したのは、α+β型チタン合金は 40%の加工率で冷間で圧下すると硬度が Hv 520 〜 530になり、刃物の切刃部を構成する素材として十分の硬度が得られることが分かったからである。この点、β型チタン合金の場合は、溶体化して冷間加工を 60%に加工しても、得られる硬度は445 〜 455までであり、刃物の切刃部に要求される硬度としては不十分であったからである。また、β型チタン合金の場合、溶体化処理をせずに冷間加工を施すと、β型チタン合金の亀裂進展抵抗が低いために加工率 26.5%の加工率で割れが発生して硬度も Hv 200 〜 240程度しか出せず、十分な切れ味を出すことはできない。
【0013】また、本発明の刃物にあっては、α+β型チタン合金にて組成される芯材層の少なくとも一方の側面にα型純チタンをクラッドするのは、α型純チタンは六方稠密晶で比較的軟質で研ぎ易く、しかもα+β型チタン合金の芯材層の破壊靱性を側面から補完強化できるからである。したがって、α型純チタンはα+β型チタン合金の芯材層の両面にクラッドさせることも有効である。
【0014】次に、上掲の技術的課題を方法的に解決するために本発明が採用した手段は、α+β型チタン合金板を芯材として、その少なくとも一方の面にα型純チタン板を密封状態に積み重ねて熱間圧延することにより所要厚の中間圧延板を得る圧延クラッド加工手段と;この中間圧延板を 40%以上の圧下率で冷間圧延することによって刃物厚に必要な厚みまで圧下して素材板を作製する冷間加工手段と;この素材板を所定の刃物外形に打ち抜く打抜き加工手段と;当該素材板に時効処理を施して Hv520以上の硬度を帯有せしめる時効処理手段と;最終の研ぎ加工を施すことによって、刀身の少なくとも一面にはα型純チタンからなる皮層部を有し、当該刀身の少なくとも一方の側縁にはα+β型チタン合金からなる刃先部を備えた刃物とする仕上げ加工手段とを採用した点に特徴がある。
【0015】
【発明の実施の形態】以下、本発明を添附図面を参照しながら、好ましい実施形態を例示して説明するものとする。
【0016】図1は、本発明を適用して構成された庖丁刀身の拡大断面図であり、具体的には後出図8のA−A線で指示する断面を拡大して表わしたものである。
【0017】〔本発明の実施の形態〕図1において、符号Nは本発明庖丁の刀身を示し、符号10は芯材層、符号11は切刃部、符号20は皮層部である。
【0018】本発明の庖丁における芯材層10および切刃部11は、Ti-10V-2Fe-3Alの組成から成るα+β型チタン合金で構成されており、硬度は Hv 530 を呈する。本発明の庖丁における皮層部20はα型純チタンにて組成されており、その硬度は Hv 210を呈し、前記切刃部11の半分以下の硬度である。
【0019】図1の庖丁の刀身Nは、全長が24cm、幅が 4.7cm、平均肉厚が 1.8mmであり、上記の如く、芯材層10および切刃部11はα+β型チタン合金(Ti-10V-2Fe-3Al)、皮層部20はα型純チタンで構成してあるので、刀身Nの重量が61.6gと同じサイズの従来ステンレス庖丁の約1.75分の1(57%) と頗る軽く、しかも優れた破壊靱性を発揮するので折損や刃毀れも起し難くい。そのうえ、皮層部20も芯材層10・11も耐蝕性が非常に高いので、神経質に手入れをしなくとも錆等が発生することもなく衛生的であるうえに、NiイオンやFeイオンも出ないので、金気の嗅いもなく、さらに金属アレルギーを起こすこともなくて人体にも優しい。
【0020】〔実施形態に係る庖丁の製造工程〕図2は、図1の庖丁を製造に用いる材料の組み合わせを説明する斜視説明図である。図中の符号1はα+β型チタン合金(Ti-10V-2Fe-3Al)の板材であり、厚さ15mm、幅 170mm、長さ 645mmである。図中の符号2はα型純チタン(JIS:TP 340A)の板材であって、厚さ20mm、幅 175mm、長さ 650mmである。本実施形態においては、前記α+β型チタン合金1の板材1枚の上下面に前記α型純チタン2の板材2枚を重ね合せて配置する。なお、この際、各材1と2との重合面は清浄な状態に表面処理をしておくものとする。
【0021】ついで、図3に示すように、上記α+β型チタン合金1とα型純チタン2との重ね部の側縁を純チタンを溶着して密封して積重スラブAとなす。
【0022】そして、図3の積重スラブAを850〜860 ℃の温度に加熱して、図4に示される厚さ 6.5mm、幅185mm 、長さ≒5200mmまで熱間圧延して中間圧延板Bを得る。
【0023】つぎに、上記中間圧延板Bを、室温下で圧下率 52.3%に冷間圧延して、各長さが2000mmとなるように切断して、厚さ3.1 mm、幅 185mmの刃物用素材板Cを5枚を得る(図5)。
【0024】そして、この素材板Cから庖丁の刀身となるべき刀身素型Dを打ち抜いて取り出す(図6)。
【0025】こうして打抜き成形によって得られた刀身素型Dに荒仕上げ加工を施して、素刃先部11′と止め孔3・3を形成する(図7)。
【0026】そして最後に、図7のように荒仕上げされた刀身素型Dに対し450℃で20時間の時効処理を施したうえ、柄付・研出しを施すならば図8に示すごとき庖丁が出来上がるのである。
【0027】
【実施例】次に、図3に示した積重スラブAに対する加工条件を色々と変更して実験した結果を実施例として示せば、次表の表1に示すとおりである。なお、表中の■は溶体化処理して冷圧加工し、また■は溶体化処理を施さずに冷圧加工したものであるが、時効による硬度の差異はない。これは熱圧温度(850〜860 ℃)に起因しているものと思われる。
【表1】


【0028】本明細書および図面に具体例として挙げた本発明の実施形態は概ね上記のとおりであるが、本発明は前述の実施形態に限定されるものでは決してなく、「特許請求の範囲」の記載内において種々の変更実施が可能であって、例えば本発明において採用するα+β型チタン合金はTi-10V-2Fe-3Alに限られず、従来公知の種々の成分系のものを採用することが可能である。
【0029】
【発明の効果】以上、具体例を挙げて説明したとおり、本発明にあっては刃先部に連なる芯材層としてα+β型チタン合金を、この芯材層の側面にはα型純チタンをクラッドさせるという手段を採用したので、軽量にして切れ味と永切れ性に優れ、しかも破壊靱性に優れて折損や刃毀れも起さず、しかも不銹性であるため手入れに神経質にならなくとも錆などを生ずることもなく頗る衛生的にして金属アレルギーも起す惧れのない実用的な純チタン−チタン合金クラッド刃物を提供することが可能になった。
【0030】また、本発明にあっては、純チタン−チタン合金クラッド構造を採用したために、高価な材料部分を極力少なくて全体としてコストダウンを測ることが可能になった
【0031】さらに、本発明刃物は、熱間圧延法によって中間圧延板を作製し、ついで冷間圧延法によって刃物用の素材板を得、この素材板を打抜き成形して刀身素型を作製して時効処理、最終の仕上げを施すという簡素な工程で量産することができるのであって、本発明方法は頗る量産性に優れている。
【0032】このように本発明によれば、従来のα+ベータ型チタン合金を素材として用いた刃物およびその製造方法には期待することのできない大きなメリットが得られるのであり、その産業上の利用価値は大変大きい。
【図面の簡単な説明】
【図1】図1は、本発明を適用して構成された庖丁刀身の拡大断面図である。
【図2】図2は、図1の庖丁を製造に用いる材料の組み合わせを説明する斜視説明図である。
【図3】図3は、α+β型チタン合金の板材とα型純チタン2とを積み重ねた重ね部の側縁を溶着密封して積重スラブを作った斜視説明図である。
【図4】図4は、積重スラブを熱間圧延して中間圧延板を作製した斜視説明図である。
【図5】図5は、図4の中間圧延板を冷間圧延して刃物用の素材板を作製した部分斜視説明図である。
【図6】図6は、図5の中間圧延板から刀身素型を打抜き成形した斜視説明図である。
【図7】図7は、図6の刀身素型に荒仕上げ加工を施した斜視説明図である。
【図8】図8は、図7の荒仕上げ刀身素型に時効処理を施したうえ、柄付・研出しの最終加工を施して庖丁として完成させた状態を表わす斜視説明図である。
【符号の説明】
1 α+β型チタン合金
10 芯材層
11 刃先部
11′ (荒仕上げ刀身素型の)刃先部
2 α型純チタン
20 皮層部
3 止め孔
A 積重スラブ
B 中間圧延板
C (刃物用の)素材板
D 刀身素型
N 庖丁の刀身

【特許請求の範囲】
【請求項1】 刃先部に連なる芯材層がα+β型チタン合金にて組成されており、かつ、この芯材層の少なくとも一方の側面にはα型純チタンがクラッドされていることを特徴とする純チタン−チタン合金クラッド刃物。
【請求項2】 α+β型チタン合金の芯材層によって形成される刃先部の硬度が Hv520以上である請求項1記載の純チタン−チタン合金クラッド刃物。
【請求項3】 芯材層を組成するα+β型チタン合金が、Ti-10V-2Fe-3Alの成分系から成る請求項1または2記載の純チタン−チタン合金クラッド刃物。
【請求項4】 α+β型チタン合金板を芯材として、その少なくとも一方の面にα型純チタン板を密封状態に積み重ねて熱間圧延することによって所要厚の中間圧延板を得た後、この圧延板を 40%以上の圧下率で冷間圧延することによって刃物厚に必要な厚みにまで圧下して素材板となし、ついで、この素材板を所定の刃物外形に打ち抜くと共に当該素材板に時効処理を施して Hv520以上の硬度を帯有せしめ、しかる後、最終の研ぎ加工を施すことにより、刀身の少なくとも一面にはα型純チタンからなる皮層部を有し、当該刀身の少なくとも一方の側縁にはα+β型チタン合金からなる刃先部を備えた刃物を製することを特徴とした純チタン−チタン合金クラッド刃物の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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