説明

紫外線吸収剤及びこれを用いた化粧料

【課題】UV−A及びUV−Bに対し十分な遮断効果を有し、肌に塗布した際に当該肌の色に合った自然な着色が可能であり、肌の色が濃い人種に対しても好適に適用可能な紫外線吸収剤及びこれを用いた化粧料を提供する。
【解決手段】一般式ABO(但し、AはIn,Bi,GaまたはGd、BはTa,NbまたはV)で示される化合物のAまたはBのそれぞれ一方または双方に、Sc、Ti、V、Cr、Mn、Fe、Co、Ni、Cu、Zn、Ga、Ge、As、Y、Zr、Nb、Mo、Tc、Ru、Rh、Pd、Ag、Cd、Sn、Sb、Hf、W、Re、Os、Ir、Pt、Au、Hg、La、Inからなる群のうちの少なくとも1つを10%以下で導入してなる紫外線吸収剤である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、紫外線吸収特性を有する化粧料及び該化粧料の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、紫外線は、皮膚に様々な変化をもたらすことが知られている。皮膚科学的には、紫外線の作用波長を、400nm〜320nmの長波長紫外線、320nm〜290nmの中波長紫外線、及び290nm以下の短波長紫外線に分類し、これらはそれぞれ、UV−A、UV−B及びUV−Cと呼ばれている。
【0003】
通常、人間が晒される紫外線の大部分は太陽光線であるが、この紫外線のうち、地上に届く紫外線は、UV−A及びUV−Bであり、UV−Cは、オゾン層において吸収されるので地上にほとんど到達しない。地上まで到達する紫外線の中で、UV−A及びUV−Bは、ある一定以上の光量が皮膚に照射されると紅斑や水泡を形成し、またメラニンの形成が促進され、色素沈着を生じる等の変化をもたらす。したがって、UV−A及びUV−Bから皮膚を保護することは、皮膚の老化促進を予防し、シミ、ソバカスの発生を防ぐ意味においてきわめて重要であり、かかる観点から、これまでに、種々のUV−A及びUV−B吸収剤が開発されてきた。
【0004】
既存のUV−A吸収剤としては、ジベンゾイルメタン誘導体が知られている。(例えば、特許文献1参照)。
【0005】
また、UV−B吸収剤としては、PABA誘導体、桂皮酸誘導体、サリチル酸誘導体、カンファー誘導体、ウロカニン酸誘導体、ベンゾフェノン誘導体及び複素環誘導体が知られている。(例えば、特許文献2参照)。
【0006】
これらのUV−A及びUV−B吸収剤は、化粧料、医薬部外品等の皮膚外用剤に配合され、利用されている。
【0007】
一方、微粒子酸化チタンは、その紫外線遮蔽力を利用し、UV防御を目的とした化粧料等に配合されているが、その防御効果は、同様な目的で使用されている有機紫外線吸収剤に比較すると弱く、高い紫外線防御効果を持たせるためには配合量を多くする必要がある。このため、従来から市販されている微粒子酸化チタンを配合した紫外線防御化粧料を肌に塗布すると、不自然な青白さを生じる等の虞がある。また、従来の微粒子酸化チタンは、UV−B領域(320nm〜290nm)の波長は遮蔽するものの、UV−A領域(400nm〜320nm)の遮蔽は不十分である。
【0008】
そこで、紫外線遮蔽効果に優れ、不自然な白さを与えない酸化チタンとして、例えば、鉄含有超微粒子ルチル型酸化チタンや、鉄含有二酸化チタン等が提案されている。(例えば、特許文献3及び4参照)。
【0009】
また、酸化チタンと酸化セリウムとの組み合わせとして酸化チタン−酸化セリウム複合系ゾルも提案されている。(例えば、特許文献5参照)。
【0010】
そしてまた、低次酸化チタン顔料に酸化チタンとセリウム酸化物との組み合わせも提案されている。(例えば、特許文献6参照)。
【0011】
さらにまた、シリコンクラスターまたはゲルマニウムクラスターによる紫外線吸収剤も提案されている。(例えば、特許文献7参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】特開平5−247063号公報
【特許文献2】特開2003−212711号公報
【特許文献3】特開平5−330825号公報
【特許文献4】特開平7−69636号公報
【特許文献5】特公平6−650号公報
【特許文献6】特開昭60−245671号公報
【特許文献7】特開2005−314408号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
しかしながら、鉄含有酸化チタンは、酸化チタンの白浮きの抑えやUV−A領域の遮蔽性には優れているものの、酸化鉄による赤みが強く、色調の調整が困難である。化粧料に配合するとオレンジ色となり、一般的な乳液よりもファンデーションに色調が近く、化粧下地として使用すると、ファンデーションの色調に影響を与えたり、化粧時に重苦しさを感じさせる等の虞がある。
【0014】
また、酸化チタン−酸化セリウム複合系ゾルは、形態がゾルであるため、化粧料への配合に制約があり、耐久性の点でも改良の余地がある。
【0015】
そしてまた、酸化チタンとセリウム酸化物との組み合わせは、低次酸化チタンが黒色顔料であり、シリコンクラスターまたはゲルマニウムクラスターによる紫外線吸収剤は、シリコンクラスター及びゲルマニウムクラスターが黒色顔料でるため、着色を目的としない化粧料には使用されていないのが実情である。また、これら黒色顔料は、光の吸収スペクトルをみると、UV−A領域(400nm〜320nm)の光の吸収は十分ではない。
【0016】
本発明は、このような事情に鑑みなされたものであり、UV−A及びUV−Bに対し十分な遮断効果を有し、肌に塗布した際に当該肌の色に合った自然な着色が可能であり、肌の色が濃い人種に対しても好適に適用可能な紫外線吸収剤及びこれを用いた化粧料を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0017】
この目的を達成するため本発明は、一般式ABO(但し、AはIn(インジウム),Bi(ビスマス),Ga(ガリウム)またはGd(ガドリニウム)、BはTa(タンタル),Nb(ニオブ)またはV(バナジウム))で示される化合物のAまたはBのそれぞれ一方または双方に、Sc(スカンジウム)、Ti(チタン)、V、Cr(クロム)、Mn(マンガン)、Co(コバルト)、Cu(銅)、Ga、Ge(ゲルマニウム)、As(砒素)、Y(イットリウム)、Zr(ジルコニウム)、Nb、Mo(モリブデン)、Tc(テクネチウム)、Ru(ルビジウム)、Rh(ロジウム)、Pd(パラジウム)、Ag(銀)、Cd(カドミウム)、Sn(スズ)、Sb(アンチモン)、Hf(ハフニウム)、W(タングステン)、Re(レニウム)、Os(オスミウム)、Ir(イリジウム)、Pt(白金)、Au(金)、及びHg(水銀)、La(ランタン)からなる群のうちの少なくとも1つを10%以下で導入してなる紫外線吸収剤を提供するものである。
【0018】
このように、前述した一般式ABOで示される化合物のAまたはBのそれぞれ一方または双方に、前記群のうちの少なくとも1つを10%以下で導入することで、白色の化合物を着色することができるため、UV−A及びUV−Bに対し十分な遮断効果を有すると共に、肌に塗布した際に当該肌の色に合った自然な着色が可能な紫外線吸収剤を提供することができる。
【0019】
また、本発明に係る紫外線吸収剤は、前記群のうちの少なくとも1つを1%以上導入することができる。
【0020】
そしてまた、本発明は、一般式ABO(但し、AはIn,Bi,GaまたはGd、BはTa,NbまたはV)で示される化合物のAまたはBのそれぞれ一方または双方に、Fe(鉄)を1%以上、10%以下、Znを1%以上、10%以下で導入してなる紫外線吸収剤を提供するものである。この紫外線吸収剤は、白色の化合物が茶色になるため、UV−A及びUV−Bに対し十分な遮断効果を有すると共に、茶色の肌の色に合った自然な着色が可能となる。また、この紫外線吸収剤は、Feを5%、Znを5%導入することがより好ましい。
【0021】
また、本発明は、一般式ABO(但し、AはIn,Bi,GaまたはGd、BはTa,NbまたはV)で示される化合物のAまたはBのそれぞれ一方または双方に、Feを1%以上、10%以下で導入してなる紫外線吸収剤を提供するものである。この紫外線吸収剤は、白色の化合物が薄茶色になるため、UV−A及びUV−Bに対し十分な遮断効果を有すると共に、薄茶色の肌の色に合った自然な着色が可能となる。また、この紫外線吸収剤は、Feを10%導入することがより好ましい。
【0022】
さらにまた、本発明は、一般式ABO(但し、AはIn,Bi,GaまたはGd、BはTa,NbまたはV)で示される化合物のAまたはBのそれぞれ一方または双方に、Zn(亜鉛)を1%以上、10%以下で導入してなる紫外線吸収剤を提供するものである。この紫外線吸収剤は、白色の化合物が黄色になるため、UV−A及びUV−Bに対し十分な遮断効果を有すると共に、黄色の肌の色に合った自然な着色が可能となる。また、この紫外線吸収剤は、Znを10%導入することがより好ましい。
【0023】
また、本発明は、一般式ABO(但し、AはIn,Bi,GaまたはGd、BはTa,NbまたはV)で示される化合物のAまたはBのそれぞれ一方または双方に、Ni(ニッケル)を1%以上、10%以下で導入してなる紫外線吸収剤を提供するものである。この紫外線吸収剤は、白色の化合物が薄い黄色になるため、UV−A及びUV−Bに対し十分な遮断効果を有すると共に、薄い黄色の肌の色に合った自然な着色が可能となる。また、この紫外線吸収剤は、Niを10%導入することがより好ましい。
【0024】
そしてまた、本発明は、一般式ABO(但し、AはIn,Bi,GaまたはGd、BはTa,NbまたはV)で示される化合物にInを1%以上、10%以下で過剰に導入してなる紫外線吸収剤を提供するものである。この紫外線吸収剤は、白色の化合物が黄色になるため、UV−A及びUV−Bに対し十分な遮断効果を有すると共に、黄色の肌の色に合った自然な着色が可能となる。また、この紫外線吸収剤は、Inを10%過剰に導入することがより好ましい。
【0025】
さらにまた、本発明は、前述した紫外線吸収剤を含有してなる化粧料を提供することができる。
【0026】
なお、一般式ABO(但し、AはIn(インジウム),Bi(ビスマス),Ga(ガリウム)またはGd(ガドリニウム)、BはTa(タンタル),Nb(ニオブ)またはV(バナジウム))で示される化合物としては、例えば、InTaO(インジウムタンタルオキサイド)、InNbO(インジウムニオブオキサイド)、BiTaO(ビスマスタンタルオキサイド)、BiNbO(ビスマスニオブオキサイド)、BiVO(ビスマスバナジウムオキサイド)、GaTaO(ガリウムタンタルオキサイド)、GdTaO(ガドリニウムタンタルオキサイド)等が挙げられる。
【発明の効果】
【0027】
本発明に係る紫外線吸収剤及び化粧料は、UV−A及びUV−Bを効果的に吸収することができるため、UV−A及びUV−Bに対し十分な遮断効果を発揮することができる。また、肌に塗布した際に当該肌の色に合った自然な着色が可能であり、肌の色が濃い人種に対しても好適に適用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】本発明の実施形態において、第1原理計算に基づいて導出したドービング元素(置換可能な元素)と結合エネルギーとの関係を示す図である。
【図2】本発明の実施形態において、InTaOの一部をドーピング元素で置換したときの電子エネルギーと電子密度との関係を示す図である。
【図3】本発明の実施形態において、InTaOの一部をドーピング元素で置換したときの電子エネルギーと電子密度との関係を示す図である。
【図4】本発明の実施形態において、InTaOの一部をドーピング元素で置換したときの電子エネルギーと電子密度との関係を示す図である。
【図5】本発明の実施形態において、InTaOの一部をドーピング元素で置換したときの電子エネルギーと電子密度との関係を示す図である。
【図6】本発明の実施形態における実施例1で作成した紫外線吸収剤(サンプル)の拡散反射分光法による吸収スペクトルを示す図である。
【図7】本発明の実施形態において、InTaOの一部をドーピング元素で置換したときの電子エネルギーと電子密度との関係を示す図である。
【図8】本発明の実施形態における実施例2で作成した紫外線吸収剤(サンプル)の拡散反射分光法による吸収スペクトルを示す図である。
【図9】本発明の紫外線吸収剤をゾルゲル法により製造する際の工程を示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0029】
次に、本発明の実施形態に係る紫外線吸収剤について詳細に説明する。なお、本実施形態では、一般式ABO(但し、AはIn,Bi,GaまたはGd、BはTa,NbまたはV)で示される化合物として、InTaOを用いた場合について説明する。また、本実施形態では、InTaOに元素を導入してInTaOのInまたはTaのそれぞれ一方または双方の一部を置換することを、「ドープする」と称し、InTaOの少なくとも一部を置換する元素を「ドーピング元素」と称することがある。
【0030】
<化粧料>
本発明の実施形態に係る紫外線吸収剤は、InTaOのInまたはTaのそれぞれ一方または双方の一部に、Sc、Ti、V、Cr、Mn、Co、Cu、Ga、Ge、As、Y、Zr、Nb、Mo、Tc、Ru、Rh、Pd、Ag、Cd、Sn、Sb、Hf、W、Re、Os、Ir、Pt、Au、Hg、La、Fe、Zn、Niからなる群のうちの少なくとも1つの元素を導入し、当該元素(ドーピング元素)で置換されたものである。この紫外線吸収剤は、InTaOのうち、Inの一部のみが、前記ドーピング元素で置換されたものでもよいし、Taの一部のみがドーピング元素で置換されたものでもよい。更には、In及びTaの双方の一部が前記ドーピング元素で置換されたものでもよい。また、InTaOの一部を置換するドーピング元素は、1種類であってもよく、複数種類であってもよい。
【0031】
また、本発明に係る紫外線吸収剤は、InTaOにInを過剰に導入し、Taの一部がInで置換されたものである。
【0032】
<ドーピング元素の選定>
本実施形態においては、地球上に存在する多数の元素のうちから、第1原理計算に基づくシミュレーションを行って、ドーピング元素を選定した。本解析で用いた解析方法は、全て密度汎関数法によるものである。電子とイオンの相互作用には、Kleinman-Bylander形式(L. Kleinmanand D. M. Bylander, Phys. Rev. Lett. 48 (1982) 425)を用いたノルム保存型擬ポテンシャルを用いている。擬波動関数と擬ポテンシャルは、TroullierとMartins(N. Troullierand J. L. Martins, Phys. Rev. B. 43 (1991) 1993)の方法を用い、交換相互エネルギーは、PerdewとZunger(J. P. Perdewand A. Zunger, Phys. Rev. B. 23 (1981) 5048)によるものを用いている。
【0033】
平面波エネルギーによるカットオフエネルギーは、格子定数を関数にして電子系の全エネルギーを計算したときの全エネルギーの最小値に相当する格子定数の値が実験値と比較してその誤差が5%以内になるように設定している。ドーピング元素を選定するにあたり、サンプル作成及び評価実験を繰り返し行って試行錯誤的に選定する方法も考えられる。しかしながら、InTaOの少なくとも一部を置換可能なドーピング元素、及びそれらドーピング元素の組み合わせは非常に多数存在すると考えられるため、ドーピング元素を選定するにあたり、サンプル作成及び評価試験を繰り返す方法は非常に効率が低い。そこで本実施形態においては、ドーピング元素を選定するにあたり、主に以下の2つの工程(第1の工程及び第2の工程)を含む方法で選定を行った。
【0034】
(第1の工程)
先ず、InTaOにドープするドービング元素として使用可能と考えられる多数の元素のうちから、InTaOにドープした後に形成される分子が、分子として成立するか否か(安定分子であるか否か)を、第1原理計算に基づいて判別した。そして、その判別結果に基づいて、ドーピング元素として使用可能な元素を選定(スクリーニング)した。ドープした後に形成される分子が安定分子であるか否かの判別は、形成された分子の結合エネルギーを考慮して行った。具体的には、結合エネルギーについての許容値を予め設定しておき、InTaOの少なくとも一部を所定の元素で置換したときに生成された分子の結合エネルギーが、前記許容値以下となるか否かを判断した。この結合エネルギーの導出に第1原理計算が使用されている。そして、第1原理計算に基づくシミュレーション結果に基づいて、導出した結合エネルギーが上記許容値以下の場合、分子として成立する(安定分子である)と判断し、許容値以上の場合、分子として成立しない(不安定分子である)と判断した。即ち、地球上に多数存在する元素のうち、InTaOにドープした後の分子が安定分子となる元素を、InTaOにドープ可能な元素(ドーピング元素)として選定した。
【0035】
図1は、第1原理計算に基づいて導出したドービング元素と結合エネルギーとの関係を示す図である。図1に示すグラフの横軸には、InTaOにドープされる元素が示されており、縦軸には、横軸に示した元素をInTaOにドープした後に生成される分子の結合エネルギー値を、ドープされていないInTaOの結合エネルギー値で規格化したものが示されている。なお、これらの結合エネルギー値は、第1原理計算に基づいて導出したものである。また、図1において「In site」として示すデータは、InTaOのうち、In原子をドーピング元素で置換したときのシミュレーション結果、「Ta site」として示すデータは、InTaOのうち、Ta原子をドーピング元素で置換したときのシミュレーション結果である。
【0036】
図1から、Sc、Ti、V、Cr、Mn、Fe、Co、Ni、Cu、Zn、Ga、Ge、As、Y、Zr、Nb、Mo、Tc、Ru、Rh、Pd、Ag、Cd、Sn、Sb、Hf、W、Re、Os、Ir、Pt、Au、Hgのいずれの元素をInTaOにドープした場合においても、出発材料であるInTaO(ドープされていないInTaO)と同等、もしくはそれ以上の結合エネルギーを有していることが分かる。また、InTaOのうちIn原子をドーピング元素で置換したときと、Ta原子をドーピング元素で置換したときとで、結合エネルギーに大きな差が生じないことも分かる。そしてまた、La、Inについても同様に、第1原理計算に基づいて結合エネルギー値を導出したところ、出発材料であるInTaO(ドープされていないInTaO)と同等、もしくはそれ以上の結合エネルギーを有していることが確認された。これより、InTaOに、Sc、Ti、V、Cr、Mn、Fe、Co、Ni、Cu、Zn、Ga、Ge、As、Y、Zr、Nb、Mo、Tc、Ru、Rh、Pd、Ag、Cd、Sn、Sb、Hf、W、Re、Os、Ir、Pt、Au、Hg、La、Inのそれぞれをドープした場合においても、ドープ後に形成される分子は安定分子となり、これら元素がInTaOにドープ可能なドーピング元素であることが分かる。
【0037】
(第2の工程)
次いで、第1の工程において選定したInTaOにドープ可能なドービング元素のそれぞれについて、そのドービング元素をInTaOにドープした後に形成される分子が紫外線吸収剤として成立するか否かを、第1原理計算に基づいて判別した。そして、その判別結果に基づいて、紫外線吸収剤として使用可能なドーピング元素を選定した。具体的には、第1の工程において選定した複数のドービング元素のうち、ある特定のドーピング元素をInTaOにドープしたとき、そのドープ後に形成される分子が、紫外光を吸収するか否かを、バンドギャップを考慮して選定した。なお、この選定にも第1原理計算を使用した。
【0038】
図2〜図5は、InTaOの一部をドーピング元素で置換したときの電子エネルギーと電子密度との関係を示す図である。図2〜図5のそれぞれのグラフにおいて、横軸は電子エネルギーを示し、縦軸は電子密度を示している。
【0039】
具体的には、図2(a)には、ドーピング元素がドープされていないInTaOについてのデータが示されている。図2(b)〜図2(e)には、InTaOのうち、6.25%のInが、Cu、Ni、Fe、Znのそれぞれで置換された場合のデータが示されている。また、図3(a)及び図3(b)には、InTaOのうち、1%のInがV、Crのぞれぞれで置換された場合のデータが示されている。さらにまた、図4(a)及び図4(b)には、InTaOのうち、1%のInがMn、Coのぞれぞれで置換された場合のデータが示されている。そしてまた、図5(a)及び図5(b)には、InTaOのうち、1%のInがTi、Gaのぞれぞれで置換された場合のデータが示されている。
【0040】
図2(c)〜図2(e)から、InTaOにNi、Fe、Znをそれぞれドープすることで、伝導帯が低エネルギー側にシフトし、バンドギャップが縮小したことが分かる。また、伝導帯の電子密度が増加していることが分かる。この結果から、InTaOにNi、Fe、Znをそれぞれドープすることで、効率の良い光吸収を得ることができることが分かる。
【0041】
また、特に、図2(e)から、ドーピング元素がZnの場合、価電子帯近傍に新しい電子順位(不純物順位)が形成されていないことが分かる。即ち、ドーピング元素がZnの場合、バンドギャップがドーピング元素をドープしたことによって縮小することに加え、不純物準位が形成されないため、さらに効率の良い光吸収を得ることができることが分かる。そしてまた、図5(a)及び図5(b)から、ドーピング元素としてTi、Ga等を使用した場合にも、Znと同様の結果が得られたことが分かる。
【0042】
このように、図2〜図5から、InTaOの一部を置換するドーピング元素の種類に応じて、光吸収特性を左右するバンドギャップの大きさ、及び電子密度等が大幅に変化することが分かる。そして、紫外光を吸収するためには、ドーピング元素として、Sc、Ti、V、Cr、Mn、Fe、Co、Ni、Cu、Zn、Ga、Ge、As、Y、Zr、Nb、Mo、Tc、Ru、Rh、Pd、Ag、Cd、Sn、Sb、Hf、W、Re、Os、Ir、Pt、Au、Hg、La、Inのそれぞれが使用可能であり、特に、紫外線吸収剤としては、ドーピング元素として、Ni、Fe、Zn、Ti、Gaを使用することが好ましく、その中でも、Zn、Ti、Gaを使用することが好ましいことが分かる。
【0043】
(実施例1)
上述した第1の工程と第2の工程を含む第1原理計算に基づいて選定した複数のドーピング元素のうち、Zn、Fe、Niについて実験を行った。即ち、InTaOに、Zn、Fe、Niのそれぞれをドープしたものを実験対象とし、以下に示す実験を行った。また、比較として、ドープされていないInTaO及びTiOついて、同様の実験を行った。
【0044】
本実施形態に係る紫外線吸収剤は、通常の固相反応法、即ち、原料となる各金属成分を目的組成の比率で混合し、空気中常気圧下で焼成することで合成することができる。また、金属アルコキシドや金属塩を原料とした各種ゾルゲル法、錯体重合法など様々な方法も用いられる。ここでは、紫外線吸収剤のサンプル作成に固相反応法を用いた。ドーピング元素の量は、In、Taに対して10%置換となるように設定し、1150℃にて48時間焼成した。
【0045】
図6は、実施例1で作成した紫外線吸収剤(サンプル)の拡散反射分光法による吸収スペクトルを示す図である。これより、ドーピング元素としてFeを用いた場合には、紫外線吸収剤は紫外光領域で特に大きな吸光度を示すことが分かる。なお、本発明に係る紫外線吸収剤の形状としては、光を有効に吸収するために微粒子で且つ表面積が大きいことが望ましい。固相反応法で調製した酸化物は粒子が大きく表面積が小さいが、ボールミルなどの粉砕を行うことで粒子径を小さくできる。また、微粒子を所望の形状に成型して使用することもできる。
【0046】
また、図6において、「non」はドーピング元素がドープされていないInTaOのサンプル、「TiO」はアナターゼ構造の酸化チタンのサンプル、「Fe」はInTaOにFeを置換元素として10%導入したサンプル、「Zn」はInTaOにZnを置換元素として10%導入したサンプル、「Ni」はInTaOにNiを置換元素として10%導入したサンプルである。
【0047】
図6から、「non」及び「TiO」は400nm以下の波長の光を吸収しているが、400nm以上の波長の光は殆ど吸収していないことが分かる。これに対し、「Fe」、「Zn」、「Ni」については、400nm以下の波長の光と、着色の原因となる400nm以上の波長の光の両方を吸収していることが分かる。なお、「Fe」は薄茶色、「Zn」は黄色、「Ni」は薄い黄色であった。
【0048】
また、図7は、「non」、「Ni」、「Fe」、「Zn」に対応する第1原理計算による電子状態密度と電子エネルギーとの関係を示す図である。「non」はInTaOにドーピング元素を入れていないため広いバンドギャップをもっているが、「Ni」、「Fe」、「Zn」についてはサンプルが着色した結果、バンドギャップが狭くなっていることが分かる。
【0049】
(実施例2)
次に、実施例1と同様の方法で、InTaOにMo、Laを各々ドープしたもの、InTaOにZn及びFeをドープしたもの、InTaOにZn及びInをドープしたものを実験対象とした実験を行った。また、比較として、ドープされていないInTaOついて同様の実験を行った。なお、ドーピング元素は10%導入した。
【0050】
図8は、実施例2で作成した紫外線吸収剤(サンプル)の拡散反射分光法による吸収スペクトルを示す図である。図8において、「non」はドーピング元素がドープされていないInTaOのサンプル、「Mo」はInTaOにMoを置換元素として10%導入したサンプル、「La」はInTaOにLaを置換元素として10%導入したサンプル、「Zn+Fe」はInTaOにZn及びFeを置換元素として各々5%導入したサンプル、「Zn+In」はInTaOにZn及びInを置換元素として各々5%導入したサンプルである。
【0051】
図8から、「non」は400nm以下の波長の光を吸収しているが、400nm以上の波長の光は殆ど吸収していないことが分かる。これに対し、「Mo」、「La」、「Zn+Fe」、「Zn+In」については、400nm以下の波長の光及び400nm以上の波長の光の両方を吸収していることが分かる。なお、「Mo」は薄茶色、「La」は灰色、「Zn+Fe」は灰色、「Zn+In」は薄灰色であった。
【0052】
また、実施例1及び実施例2と同様の方法で、InTaOにInをドープしたもの(10%過剰に導入したもの)を実験対象とした実験を行ったところ、400nm以下の波長の光及び400nm以上の波長の光の両方を吸収していることが分かった。なお、このサンプルは、薄黄色であった。
【0053】
次に、本発明に係る紫外線吸収剤としてInTaOにFeを置換元素として10%導入したサンプルを用いた化粧料の一例として、日焼け止めクリームの配合例を以下に示す。
<日焼け止めクリームの配合例>
セタノール 1.0重量%
ステアリン酸 2.0重量%
コレステロール 1.0重量%
スクワラン 5.0重量%
ホホバ油 4.0重量%
パラメトキシ桂皮酸オクチル 4.0重量%
ポリオキシエチレン(40)硬化ヒマシ油 1.0重量%
モノステアリン酸ソルビタン 2.0重量%
本発明品 7.0重量%
ブチルパラベン 0.1重量%
メチルパラベン 0.1重量%
エタノール 3.0重量%
グリセリン 10.0重量%
牛胎盤抽出液 1.0重量%
香料 0.05重量%
精製水 バランス
【0054】
この化粧料についても、400nm以下の波長の光及び400nm以上の波長の光の両方を吸収し、日焼け止めクリームとしてUV−A及びUV−Bに対し十分な遮断効果を有し、且つ、比較的肌の色が黒い人種に使用すると当該肌の色に合った自然な着色がなされた。
【0055】
なお、前述したように、本実施形態に係る紫外線吸収剤は、各種ゾルゲル法により製造することもできる。このゾルゲル法としては、例えば、図9に示すように、タンタルゾル形成ステップS1、インジウムゾル形成ステップS2、ドーピング元素ドープステップS3、混合液形成ステップS4、PH調整ステップS5、ゲル形成ステップS6、加熱・乾燥ステップS7、酸化反応ステップS8からなるものが挙げられる。
【0056】
タンタルゾル形成ステップS1では、化学反応により微細なタンタル粒子をコロイド状態で含むタンタルゾルを合成する。このタンタルゾル合成ステップS1において、タンタル粒子源として、例えば、タンタルエトキシド(Ta(OC)、タンタルメトキシド(Ta(OCH)、又はタンタルアルコキシド(Ta(OC2n+1,n=1〜6)を用いる。また、このタンタルゾル形成ステップS1において、タンタル1モルに対し、0〜10モルのアセチルアセトンと、0〜10モルの酢酸を混合する。より具体的には、最初に酸化タンタルのゾル(タンタルエトキシド0.005mol+酢酸10ml+アセチルアセトン10ml)を一晩スターラーで攪拌して準備した。
【0057】
次に、インジウムゾル形成ステップS2では、化学反応により微細なインジウム粒子をコロイド状態で含むインジウムゾルを合成する。このインジウムゾル形成ステップS2において、インジウム粒子源として、硝酸インジウム(In(NO・nHO,n=0〜6)、又はインジウムアルコキシド(In(OC2n+1,n=1〜6)を用いる。また、このインジウムゾル形成ステップS2において、インジウム1モルに対し、0.1〜10モルの無水エタノールと、0.1〜10モルの硝酸と、0.1〜10モルのアンモニアとを混合する。より具体的には、硝酸インジウム0.005mol+無水エタノール20mlを用意し、次に掻き混ぜながらゆっくり1.5mlの 25% NH−HO(約0.01mol)を加えた後、HNO溶液(約0.2ml)を加え透明なゾルを合成した。
【0058】
次いで、ドーピング元素ドープステップS3では、Sc、Ti、V、Cr、Mn、Fe、Co、Ni、Cu、Zn、Ga、Ge、As、Y、Zr、Nb、Mo、Tc、Ru、Rh、Pd、Ag、Cd、Sn、Sb、Hf、W、Re、Os、Ir、Pt、Au、Hg、La、Inの少なくとも1つの元素をドープする。
【0059】
次に、混合液形成ステップS4では、タンタルゾル、インジウムゾル、ドーピング元素を混合し混合液を形成する。
【0060】
次いで、PH調整ステップS5では、混合液形成ステップS4で得られた混合液に硝酸を適宜加え、混合液のPHが6〜7となるように調整する。
【0061】
次に、ゲル形成ステップS6では、PH調整ステップS5で得られた混合液を50〜70℃で保温しながら一晩スターラーで攪拌させ、徐々に蒸発させゲルの状態にする。
【0062】
次いで、加熱・乾燥ステップS7では、ゲル形成ステップS6で得られたゲル状の前駆体をさらに120℃で一晩乾燥させる。
【0063】
その後、酸化反応ステップS8では、加熱・乾燥ステップS7で乾燥されたゲルに対し酸化反応を500〜1000℃の間で行い、固形のInTaOを形成する。このようにして紫外線吸収剤を得る。
【0064】
このように、タンタル粒子をコロイド状態で含むタンタルゾルと、微細なインジウム粒子をコロイド状態で含むインジウムゾルと、ドーピング元素とからゾルゲル法で粒子を微粒化することにより、粒子の比表面積を大きくすることができ、ナノオーダーの粒径の化粧料を製造(合成)することができる。ゾルゲル法を用いて得られた化粧料も、紫外光を良好に吸収することができた。また、この化粧料は、粒径が均一であり、素肌に付けた(フィットさせた)際に、肌のきめが細かく、透明感があり、自然で美しく見えるという効果も有する。
【0065】
なお、本発明に係る紫外線吸収剤は、ドーピング元素及びその置換率(導入率)を選択することで、全人種の肌色に対応する色調を呈することができる。例えば、InTaOのInまたはTaのそれぞれ一方または双方にFeを1%〜10%の範囲で導入する(置換する)ことで、オークル、褐色系、黒に近い色調を呈することができる。
【0066】
また、本実施形態では、InTaOに、Cu、Ni、Fe、Zn、V、Cr、Ti、Ga、Mn、Co、Mo、La、Zn+Fe、Zn+Inを導入したサンプルについて評価を行った場合について説明したが、InTaOに、Sc、Ge、As、Y、Zr、Nb、Tc、Ru、Rh、Pd、Ag、Cd、Sn、Sb、Hf、W、Re、Os、Ir、Pt、Au、Hg、Inからなる群のうちの少なくとも1つを、1%以上、10%以下の範囲で導入したサンプルも同様に評価したところ、400nm以下の波長の光及び400nm以上の波長の光の両方を吸収し、且つ、これらのサンプルは、ドーピング元素の種類及びその配合量により着色がなされていた。
【0067】
また、本実施形態では、一般式ABOで示される化合物として、InTaOを用いた場合について説明したが、これに限らず、一般式ABOで示される化合物として、InNbO、BiTaO、BiNbO、BiVO、GaTaO、GdTaO等を用いて、これらの各々に、Sc、Ti、V、Cr、Mn、Fe、Co、Ni、Cu、Zn、Ga、Ge、As、Y、Zr、Nb、Mo、Tc、Ru、Rh、Pd、Ag、Cd、Sn、Sb、Hf、W、Re、Os、Ir、Pt、Au、Hg、La、Inからなる群のうちの少なくとも1つを、1%以上、10%以下の範囲で導入したサンプルも同様に評価したところ、400nm以下の波長の光及び400nm以上の波長の光の両方を吸収し、且つ、これらのサンプルは、ドーピング元素の種類及びその配合量により着色がなされていた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
一般式ABO(但し、AはIn,Bi,GaまたはGd、BはTa,NbまたはV)で示される化合物のAまたはBのそれぞれ一方または双方に、Sc、Ti、V、Cr、Mn、Co、Cu、Ga、Ge、As、Y、Zr、Nb、Mo、Tc、Ru、Rh、Pd、Ag、Cd、Sn、Sb、Hf、W、Re、Os、Ir、Pt、Au、Hg、Laからなる群のうちの少なくとも1つを10%以下で導入してなる紫外線吸収剤。
【請求項2】
前記群のうちの少なくとも1つを1%以上で導入してなる請求項1記載の紫外線吸収剤。
【請求項3】
一般式ABO(但し、AはIn,Bi,GaまたはGd、BはTa,NbまたはV)で示される化合物のAまたはBのそれぞれ一方または双方に、Feを1%以上、10%以下、Znを1%以上、10%以下で導入してなる紫外線吸収剤。
【請求項4】
Feを5%、Znを5%で導入してなる請求項3記載の紫外線吸収剤。
【請求項5】
一般式ABO(但し、AはIn,Bi,GaまたはGd、BはTa,NbまたはV)で示される化合物のAまたはBのそれぞれ一方または双方に、Feを1%以上、10%以下で導入してなる紫外線吸収剤。
【請求項6】
Feを10%導入してなる請求項5記載の紫外線吸収剤。
【請求項7】
一般式ABO(但し、AはIn,Bi,GaまたはGd、BはTa,NbまたはV)で示される化合物のAまたはBのそれぞれ一方または双方に、Znを1%以上、10%以下で導入してなる紫外線吸収剤。
【請求項8】
Znを10%導入してなる請求項7記載の紫外線吸収剤。
【請求項9】
一般式ABO(但し、AはIn,Bi,GaまたはGd、BはTa,NbまたはV)で示される化合物のAまたはBのそれぞれ一方または双方に、Niを1%以上、10%以下で導入してなる紫外線吸収剤。
【請求項10】
Niを10%導入してなる請求項9記載の紫外線吸収剤。
【請求項11】
一般式ABO(但し、AはIn,Bi,GaまたはGd、BはTa,NbまたはV)で示される化合物にInを1%以上、10%以下で過剰に導入してなる紫外線吸収剤。
【請求項12】
Inを10%過剰に導入してなる請求項11記載の紫外線吸収剤。
【請求項13】
請求項1ないし請求項12のいずれか一項に記載された紫外線吸収剤を含有してなる化粧料。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2012−197255(P2012−197255A)
【公開日】平成24年10月18日(2012.10.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−63542(P2011−63542)
【出願日】平成23年3月23日(2011.3.23)
【出願人】(000000099)株式会社IHI (5,014)
【Fターム(参考)】