説明

累積損傷を受けた部材の損傷評価方法

【課題】累積損傷を受けた部材の損傷評価を適切に行うことができる方法を提供する。
【解決手段】本発明の損傷評価方法は、累積損傷を受けた部材の損傷評価方法であって、評価対象部材に対して電子後方散乱回折像法による結晶方位角度差を測定する工程と、測定された前記結晶方位角度差と、予め前記評価対象部材と同一成分系の部材に対して電子後方散乱回折像法による結晶方位角度差の測定と累積損傷試験とを行うことにより作成された前記結晶方位角度差と前記累積損傷との検量曲線とを用いて、前記評価対象部材の累積損傷を評価する工程と、を有することを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、累積損傷を受けた部材の損傷評価方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
電子後方散乱回折像法(EBSD;Electron Back-Scatter Diffraction Pattern)を用いて金属材料の特性評価を行う方法が知られている(特許文献1参照)。同文献に記載の方法は、評価したい金属材料についてEBSDにより測定した結晶方位角度差と材料特性値の対応図を作成しておき、評価したい部位の結晶方位角度差の測定結果を求め、結晶方位角度差と材料特性値の相関図から測定部位の材料特性値を推定するものであった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特許第4202281号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、ラチェット疲労などの繰り返し毎にひずみが蓄積していく累積損傷については、従来、非破壊によって精度よく評価する方法は提供されていなかった。つまり、金属材料のひずみ評価は、通常、静的強度(一方向引張試験の測定値)に基づいて議論されていた。特許文献1記載の方法も上記静的強度に基づくものであり、累積損傷については考慮されていなかった。
【0005】
本発明は、上記従来技術の問題点に鑑み成されたものであって、累積損傷を受けた部材の損傷評価を適切に行うことができる方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の損傷評価方法は、上記課題を解決するために、累積損傷を受けた部材の損傷評価方法であって、評価対象部材に対して電子後方散乱回折像法による結晶方位角度差を測定する工程と、測定された前記結晶方位角度差と、予め前記評価対象部材と同一成分系の部材に対して電子後方散乱回折像法による結晶方位角度差の測定と累積損傷試験とを行うことにより作成された前記結晶方位角度差と前記累積損傷との検量曲線とを用いて、前記評価対象部材の累積損傷を評価する工程と、を有することを特徴とする。
【0007】
この損傷評価方法では、評価対象部材に対して電子後方散乱回折像法による測定を行うことで結晶方位角度差の情報を取得する。そして、予め結晶方位角度差の測定と累積損傷試験とを行うことにより作成された検量曲線を用いて、評価対象部材の損傷量を評価する。これにより、従来なされていなかった累積損傷を含む損傷評価を簡便に行うことができる。
【0008】
前記累積損傷を評価する工程において、前記結晶方位角度差の最頻値を用いることが好ましい。
上記最頻値は結晶方位角度差の分布から煩雑な計算を行うことなく極めて容易に取得することができるため、より簡便に損傷評価を行うことができる。
【0009】
前記検量曲線を作成する工程において、前記累積損傷試験における延性消耗のパラメータDと疲労損傷のパラメータDを、非線形エネルギー消耗則を用いて換算することにより累積損傷量を算出し、前記累積損傷量と前記結晶方位角度差との検量曲線を作成することが好ましい。
非線形エネルギー消耗則を用いることで、累積ひずみが存在する場合における低サイクル寿命の低下が取り込まれた検量曲線を作成することができ、より高い精度で損傷評価を行うことが可能になる。
【0010】
前記非線形エネルギー消耗則として、D+3D=1(D>0.25)なる式を用いることが好ましい。
また、前記非線形エネルギー消耗則として、前記評価対象部材と同一材質の部材を用いた累積損傷試験の結果に基づいて作成された式を用いることもできる。
非線形エネルギー消耗則としては、評価対象部材の特性に合致したものであれば公知、非公知を問わず採用することができる。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、累積損傷を受けた部材の損傷評価を、電子後方散乱回折像法を用いて簡便に行うことができる。
【発明を実施するための形態】
【0012】
図1は、本発明の一実施形態である損傷評価方法を示すフローチャートである。図1に示すように、本実施形態の損傷評価方法は、図1左側に示される工程S10〜S13からなる検量曲線作成工程と、図1右側に示す工程S1〜S3からなる損傷評価工程とを含む。
【0013】
まず、図1左側の検量曲線作成工程について説明する。
検量曲線作成工程は、検量曲線作成用部材を用意する工程S10と、用意した検量曲線作成用部材について累積損傷試験を行う工程S11と、累積損傷試験後の検量曲線作成用部材について電子後方散乱回折像法による結晶方位角度差測定を行う工程S12と、得られた結晶方位角度差と累積損傷試験によって付与された損傷量との対応関係を示す検量曲線を作成する工程S13と、を含む。
【0014】
工程S10において用意される検量曲線作成用部材は、本実施形態の損傷評価方法によって累積損傷を評価したい評価対象部材と同一成分系(同一組成又は類似組成の材料)の金属材料である。例えば、評価対象部材がオーステナイト系のSUS316Lである場合には、検量曲線作成用部材として同一成分のSUS316Lを用いることが望ましいが、同じオーステナイト系のうち比較的組成が近いSUS304(SUS304L)やSUS316、SUS317等であってもよい。
【0015】
工程S11における累積損傷試験では、検量曲線作成用部材に対して図2(a)に示すような累積予ひずみが付与される。つまり、一定の振幅Δε、Nサイクルの繰り返しひずみと、累積ひずみεを重畳させる。これにより、ひずみ振幅に延性消耗を加えた累積ひずみが与えられた検量曲線作成用部材を得る。
【0016】
工程S12における結晶方位角度差の測定は、電子後方散乱回折像法(EBSD)を用いて行われる。EBSDは、図3に示すように、検量曲線作成用部材の測定対象領域XをSEM(走査型電子顕微鏡)によりビーム走査し、測定対象領域Xの表面における結晶方位情報を網羅的に収集し、これをマッピングする解析手法である。より詳細には、測定対象領域の任意の点Aにおける結晶方位角度差LMは、下記式(1)に示すように、点Aに隣接する測定点1〜8との結晶方位の角度差の平均として定義され、得られた結晶方位角度差LMをマッピングすることで結晶粒内の微小なひずみ状態を検出することができる。
【0017】
なお、図3に示す複数の結晶粒Gを含んだ測定対象領域Xは一例を示したものであり、測定対象領域Xは検量曲線作成用部材において任意に設定可能である。また、測定点1〜8は、ビーム走査ピッチやサンプリングレートなどの測定条件に応じて設定される点Aの隣に配置された測定点である。さらに、式(1)における関数β(A,i)は、測定点Aの結晶方位のベクトルaと、測定点i(i=1〜8)の結晶方位のベクトルaとの交差角度を返す関数である。
【0018】
【数1】

【0019】
工程S13における検量曲線の作成では、工程S11で検量曲線作成用部材に付与された累積損傷量と、工程S12においてEBSDにより測定された結晶方位角度差の情報とを用いて、両者を対応づける検量曲線が作成される。
本実施形態の場合、工程S11で付与された累積損傷量は、ひずみ振幅から求められる疲労損傷のパラメータDと、累積ひずみの存在に伴う延性消耗を考慮したパラメータDとを、下記式(2)に示す非線形エネルギー消耗則(下記参考文献参照)を用いて換算する。すなわち、式(2)の左辺から得られる値をUF(Usage Factor)として定義し、UF値によって疲労損傷量を表現する。
【0020】
【数2】

【0021】
(参考文献) Asada.Y, et al. "Failure Criterion on Low-Cycle Fatigue with Excessive Progressive Deformation", Proceedings of 3rd German-Japanese Joint Seminar, II2.2(1985)
【0022】
式(2)における疲労損傷のパラメータDは下記式(3)(4)で示される。式(3)において、乗数αは、実験的に求められる定数であり、例えば後述する実施例(SUS316L)の場合には0.6である。式(4)において、Nは累積疲労試験における疲労寿命(破損繰り返し数)であり、Nf0はひずみ増分がない場合の疲労寿命(破損繰り返し数)である。
一方、延性消耗のパラメータDdは、式(5)で示される。式(5)においてεは累積ひずみ量、εf0は検量曲線作成用部材の真破断延性を表す。εf0は式(6)で表され、式(5)におけるφ(%)は一方向引張試験で得られる破断絞り値である。
したがって、式(3)及び式(5)から、式(2)に示した非線形エネルギー消耗則により換算されるUF値(UFpre-cum)は、式(7)のように表される。
【0023】
【数3】

【0024】
また本実施形態では、工程S12で測定された結晶方位角度差LMの分布から得られる結晶方位角度差LMの最頻値を結晶方位角度差の情報として検量曲線の作成に用いる。図4には、5種類の検量曲線作成用部材についての結晶方位角度差LMの分布が示されており、P1〜P5はそれぞれの分布における最頻値の位置を示している。なお、ピークP1が属する曲線は損傷を受けていない新材における結晶方位角度差の分布であり、ピークP2、P3、P4、P5の順に損傷量が大きい部材に対応する。つまり、損傷量が大きくなるほど結晶方位角度差の分布がブロードになり、最頻値(ピークの頂点)が高角側へ移動する。
【0025】
そして、式(7)から算出されるUF値と、結晶方位角度差の最頻値とをプロットすることで、検量曲線作成用部材における損傷量(UF値)と結晶方位角度差との相関を反映した検量曲線が得られる。
【0026】
なお、本実施形態では、非線形エネルギー消耗則として朝田の実験式の一つを用いているが、下記式(8)に示す朝田の実験式の他の一つを用いてもよい。
また、公知の実験式を用いない方法も採用できる。つまり、検量曲線作成用部材に対する累積損傷試験を複数の条件について検量曲線作成用部材が破断するまで行うことで、試験に供した検量曲線作成用部材に固有の非線形エネルギー消耗則を導出することができる。このようにして導出した非線形エネルギー消耗則を用いてUF値を算出することとしてもよい。
【0027】
【数4】

【0028】
次に、図1右側の損傷評価工程について説明する。
損傷評価工程は、評価対象部材を用意する工程S1と、用意した評価対象部材について電子後方散乱回折像法による結晶方位角度差測定を行う工程S2と、得られた結晶方位角度差の情報と、先の工程S10〜S13により予め作成された検量曲線とを用いて累積損傷量を評価する工程S3と、を含む。
【0029】
工程S1における評価対象部材は、例えば発電プラント等を構成する金属部材の評価部位から採取された測定試料であり、後述する工程S2において実機の金属部材に対して直接にEBSD測定が可能である場合には測定試料として採取しなくてもよい。
【0030】
工程S2では、先の工程S12と同様のEBSD測定を実施する。すなわち、図3に示したように、評価対象部材の測定対象領域をSEMによりビーム走査し、測定対象領域の表面における結晶方位情報を網羅的に収集し、これをマッピングする。そして、図4に示したような結晶方位角度差の分布を得る。
【0031】
工程S3では、工程S2で得られた結晶方位角度差の分布における最頻値と、先の工程S10〜S13により作成された検量曲線とを用いて、評価対象部材の累積損傷量を評価する。工程S13において作成された検量曲線によれば、結晶方位角度差の最頻値からUF値を取得することができ、かかるUF値によって評価対象部材の疲労損傷量を評価することが可能である。
【0032】
以上詳細に説明したように、本発明の損傷評価方法によれば、評価対象部材のEBSD測定から得られる結晶方位角度差の最頻値を検量曲線を用いてUF値に変換することで、評価対象部材の疲労損傷量の評価を簡便に実施することができる。特に本発明では、累積ひずみの存在を考慮して検量曲線を作成しているため、評価対象部材が累積損傷を受けているような場合であっても、精度よく損傷評価を行うことができる。
【実施例】
【0033】
以下、実施例により本発明をさらに詳細に説明する。
本実施例では、ステンレス鋼に3種類のひずみ(繰り返し予ひずみ、引張り予ひずみ、累積予ひずみ)を付与した試験片のEBSD測定を行い、検量曲線の作成を行った。
下記表1は、実験に用いたステンレス鋼の組成と機械特性を示したものである。
【0034】
【表1】

【0035】
表1に示した試験片(砂時計型;長さ160mm、断面直径20mm、最小断面直径11mm)に対して、疲労試験装置(インストロン社製8862型)を用いて、下記の表2に示す条件の各種ひずみを付与した。
【0036】
【表2】

【0037】
また、表2に示す各条件について、備考欄に示す式を用いて疲労損傷量に対応するUF値を算出し、表2に併記した。上記各条件におけるΔε、ε、ε’、及びサイクル数Nは、図2の各図に示すパラメータとして定義した。また、累積予ひずみについては、図5に示すように、繰り返し条件(Δε:4%、N:60Cycle)から算出されるパラメータDが0.25を超えていたことから、UFpre-cum=D+3Dなる式を用いた。
【0038】
次に、疲労試験に供した各試験片から測定試料を採取し、EBSD測定を行った。
測定試料は、砂時計型試験片の中央部(最小断面直径11mmの部位周辺)を長手方向に切断して採取した。また切り出した測定試料について、EBSD測定に先立って、測定面を機械的研磨(0.05μmアルミナ研磨)、及び電解研磨(酢酸+過塩素酸(19:1)、20V)により処理した。
そして、SEM(日本電子社製JEM−7000F)及びEBSD装置(HKL社製)並びに解析ソフト(HKL社製CHANEL5)を用い、ビーム加速電圧15kV、ステップサイズ1μmの条件でEBSD測定を行った。
【0039】
図6は、上記EBSD測定から得られた結晶方位角度差LMの最頻値と、表2に示したUF値とをプロットしたグラフ(検量曲線)である。同グラフに示すように、累積予ひずみを与えた試験片のUF値と結晶方位角度差LMの最頻値には良好な相関があり、実機から採取した評価対象部材のEBSD測定を行うことで得られる結晶方位角度差LMの情報と上記検量曲線とを用いることで、当該評価対象部材のUF値を算出することができ、評価対象部材の損傷量を推定することができる。
【0040】
さらに、図6に示すように、累積予ひずみを付与した条件と、繰り返し予ひずみ及び引張り予ひずみを付与した条件とが1つの検量曲線に載っている。このことから、累積予ひずみを付与した累積損傷試験の結果が不足あるいは存在しない場合であっても、繰り返し予ひずみを付与する損傷試験や引張り予ひずみを付与する損傷試験の結果があれば、それらの結果を用いて検量曲線を補完することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0041】
【図1】実施形態に係る損傷評価方法を示すフローチャート。
【図2】損傷試験におけるひずみ付与形態を示す説明図。
【図3】EBSDによる結晶方位角度差測定の説明図。
【図4】結晶方位角度差の分布の形態を示す説明図。
【図5】実施例で用いた非線形エネルギー消耗則の説明図。
【図6】結晶方位角度差の最頻値とUF値との関係を示すグラフ。
【符号の説明】
【0042】
S1 評価対象部材を用意する工程、
S2 電子後方散乱回折像法による結晶方位角度差測定を行う工程
S3 結晶方位角度差の情報と検量曲線とを用いて累積損傷量を評価する工程
S10 検量曲線作成用部材を用意する工程
S11 検量曲線作成用部材について累積損傷試験を行う工程
S12 電子後方散乱回折像法による結晶方位角度差測定を行う工程
S13 結晶方位角度差と損傷量との対応関係を示す検量曲線を作成する工程

【特許請求の範囲】
【請求項1】
累積損傷を受けた部材の損傷評価方法であって、
評価対象部材に対して電子後方散乱回折像法による結晶方位角度差を測定する工程と、
測定された前記結晶方位角度差と、予め前記評価対象部材と同一成分系の部材に対して電子後方散乱回折像法による結晶方位角度差の測定と累積損傷試験とを行うことにより作成された前記結晶方位角度差と前記累積損傷との検量曲線とを用いて、前記評価対象部材の累積損傷を評価する工程と、
を有することを特徴とする損傷評価方法。
【請求項2】
前記累積損傷を評価する工程において、前記結晶方位角度差の最頻値を用いることを特徴とする請求項1に記載の損傷評価方法。
【請求項3】
前記検量曲線を作成する工程において、
前記累積損傷試験における延性消耗のパラメータDと疲労損傷のパラメータDを、非線形エネルギー消耗則を用いて換算することにより累積損傷量を算出し、前記累積損傷量と前記結晶方位角度差との検量曲線を作成することを特徴とする請求項1又は2に記載の損傷評価方法。
【請求項4】
前記非線形エネルギー消耗則として、D+3D=1(D>0.25)なる式を用いることを特徴とする請求項3に記載の損傷評価方法。
【請求項5】
前記非線形エネルギー消耗則として、前記評価対象部材と同一材質の部材を用いた累積損傷試験の結果に基づいて作成された式を用いることを特徴とする請求項3に記載の損傷評価方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2011−179879(P2011−179879A)
【公開日】平成23年9月15日(2011.9.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−42363(P2010−42363)
【出願日】平成22年2月26日(2010.2.26)
【出願人】(000003687)東京電力株式会社 (2,580)
【Fターム(参考)】