説明

細胞に対して物質を導入する方法

【課題】 細胞に対する侵襲性が低く、効率良く細胞内に被導入物質を導入する方法。
【解決手段】ナノスケールの超極細針状材料を使用することで、細胞に対するダメージを極めて小さくすることができ、細胞への遺伝子、タンパク質等の導入を確実に行うことができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、超極細の針状材料を用いた被導入物質を細胞内に導入する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、細胞内への遺伝子、タンパク質等の導入には、マイクロインジェクション法、エレクトロポレーション法、パーティクルガン法等の物理学的方法が利用されてきた。例えば、マイクロインジェクション法であれば、ガラス針を細胞に穿刺して被導入物質を注入することができる。しかしながら、例えば、動物細胞にマイクロインジェクション法を用いて導入操作を行った場合、操作後およそ90%の確率で細胞が死に至る。すなわち3種の遺伝子を連続的に導入した場合、成功する確率はわずか0.1%である。このように、これらの既存の代表的な細胞操作技術は、細胞に多大なダメージを与えるため、被導入物質が導入されても細胞が死んでしまい、導入された細胞の生存状態及び生理状態が悪いことが問題となっていた。
【0003】
また、例えば、特許文献1には、針状物に遺伝子又は遺伝子発現に関与する物質を固定化して細胞内に導入し、針状物に固定化状態で細胞内に保持して機能発現を行う方法が開示されている。しかしながら、この方法では、遺伝子又は遺伝子発現に関与する物質は針状物に固定されたままであり、針を抜去しても遺伝子等は細胞内に恒常的に保持されないため、遺伝子組換体を作製することができない。
【0004】
このような背景から、標的細胞にダメージを与えることなく、細胞内に被導入物質を残留させることが可能な導入方法が望まれている。
【特許文献1】特開2003−325161
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、被導入物質を中間的な結合力で針状材料に結合し、この針状材料を細胞内に穿刺した際に、被導入物質が残留することを特徴とする、被導入物質を細胞内に導入する方法を提供することを主な目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、針状材料に中間的な結合力で被導入物質を結合させることによって、針状材料を細胞に穿刺し、抜去る際に被導入物質を針状材料から分離させて細胞内に残留させることが可能なことを見出し本発明を完成するに至った。ここで、中間的な結合力とは、被導入物質を結合させた針状材料を細胞に穿刺した際、少なくとも針状材料が細胞内に入るまでは保持され、細胞内において細胞内に存在する物質との相互作用又は、針状材料を細胞から抜去する際の抵抗によって針状材料から分離する、細胞内の環境変化、細胞内物質との反応によって分離する、外部からの間接的刺激によって分離する程度の結合力を意味する。
【0007】
本発明は、以下の、被導入物質を細胞内に導入する方法を提供する。
項1.針状材料に被導入物質を結合する工程、該針状材料を細胞に穿刺する工程、針状材料を細胞から抜去して該被導入物質を細胞内に残留させる工程を含む、細胞内に該被導入物質を導入する方法。
項2.2以上の被導入物質を連続して又は一定の時間間隔をおいて細胞内に導入することを特徴とする項1に記載の方法。
項3.針状材料の直径が、800nm以下である項1又は2に記載の方法。
項4.針状材料と被導入物質間の結合が、静電気的結合、疎水性相互作用による結合、キレート結合、細胞内で切断され得る共有結合、光切断リンカーを介した結合、酵素切断リンカーを介した結合及び特異的結合からなる群より選択される少なくとも1種である、項1〜3に記載の方法。
項5.被導入物質が、遺伝子、タンパク質、糖類、多糖、脂肪酸、コレステロール、脂質、シグナル伝達物質、リガンド物質、ホルモン物質、サイトカイン、イオン、金属粒子、磁性微粒子、無機化合物、量子ドット、有機化合物及び薬剤からなる群より選択される少なくとも1種、ないしこれらの複合体である、項1〜4に記載の方法。
項6.遺伝子が、核酸、核酸様物質、DNA、RNA、プラスミド、ウイルス粒子、染色体である項1〜4に記載の方法。
項7.タンパク質が、アミノ酸、オリゴペプチド、ポリペプチド、マルチサブユニットタンパク質である項1〜4に記載の方法。
項8.被導入物質が、リポソーム封入体、シクロデキストリン包接体又はゲルに内包もしくは包埋される形態である請求項1〜7に記載の方法。
項9.被導入物質を、細胞内で分離可能に結合してなる針状材料。
項10.針状材料と被導入物質間の結合が、静電気的結合、疎水性相互作用による結合、キレート結合、細胞内で切断され得る共有結合、光切断リンカーを介した結合、酵素切断リンカーを介した結合及び特異的結合からなる群より選択される少なくとも1種である、項9に記載の針状材料。
項11.被導入物質を、必要に応じてスペーサー物質を介して細胞内で分離可能な結合により針状材料に結合させる工程を含む、被導入物質を結合させた針状材料の製造方法。
項12.針状材料と被導入物質間の結合が、静電気的結合、疎水性相互作用による結合、キレート結合、細胞内で切断され得る共有結合、光切断リンカーを介した結合、酵素切断リンカーを介した結合及び特異的結合からなる群より選択される少なくとも1種である、項11に記載の方法。
【0008】
(1)針状材料
本発明において超極細の針状材料とは、細長い形状を有するものを指し、細胞に対する侵襲性が低いものであれば特に限定されない。本発明の針状材料には、例えば、円柱形、円錐形等、細胞に穿刺することが可能なものであれば、先端が鋭利でないものも含まれる。また、支持体(例えば、原子間力顕微鏡の探針等)と本発明の針状材料が一体化されたものも含まれる。針状材料は、先端部と根本側で直径に差がない円柱形の方が細胞に対する侵襲性がより低く、導入効率を高められることから好ましい。
【0009】
針状材料の材質としては、酸化ニッケル、石英、シリカ、ダイヤモンド等の無機物;金、銀、銅、白金、アルミニウム等の金属;シリコン結晶、ジルコニウム、チタン、タングステン等の金属結晶;酸化亜鉛等の金属酸化物;シリコン、窒化シリコン、ガラス、プラスチック等、細胞に毒性のない物質であればいずれも使用でき、針状の固体材料であることが好ましい。
【0010】
針状材料が円柱形である場合、その直径は、約800nm以下、好ましくは約600nm以下、より好ましくは約400nm以下である。針状材料が円柱形でない場合は、円に換算した直径に従って製造することができる。この様な針状材料は、細胞に対して充分小さいため、穿刺時に細胞にダメージを与えることがない。また、直径400nm以下の針状材料であれば、約1時間の穿刺に、ほぼ全ての動物細胞は耐えることが可能である。導入する細胞、細胞内に針状材料を穿刺している時間等によっては、針状材料の直径が、およそ800nmまでであれば細胞を傷つけることなく導入操作を行うことができ、1000nm程度であっても細胞の生存に影響を与えない場合がある。針状材料は、細すぎると被導入物質を充分量結合させることが困難であるため、100nm程度、好ましくは200nm程度を下回らないことが望ましい。
【0011】
また、針状材料のアスペクト比は、2:1〜50:1程度、好ましくは5:1〜50:1程度、より好ましくは10:1〜50:1程度、さらに好ましくは20:1〜40:1程度である。
【0012】
針状材料の強度は、細胞に穿刺した際に十分維持される程度の強度を有していればよい。
【0013】
上記に針状材料の材質として例示される物質を、集束イオンビーム加工装置等を用いたビーム照射によるエッチング、成型時に使用する型の窪み部分を針状の構造にする等の従来公知の方法によって加工し、本発明の針状材料とすることができる。
【0014】
また、針状材料は、表面を化学的に修飾できるものが好ましい。化学修飾としては、例えば、アミノ基等の官能基を針状材料の表面に出すようにシラン化剤等を用いることによって修飾することで、親水化することができる。また、チオール基を導入することによって、アミノ基との架橋剤を用い、スペーサー物質を針状材料に結合することもできる。これらの化学修飾は、従来公知の方法に従って行うことができる。
【0015】
(2)被導入物質の針状材料上への固定
本発明の方法では、必要に応じて針状材料の針表面上に被導入物質と結合する物質(以下、スペーサー物質と呼ぶことがある)を結合させ、さらに、これに被導入物質を結合させることによって、針状材料上に被導入物質を固定する。また、先に被導入物質とスペーサー物質を結合させておき、それを針状材料上に固定化してもよい。可能であれば、被導入物質と針状材料を直接結合してもよい。針状材料上のスペーサー物質と被導入物質の結合は、穿刺操作に伴う物理的な力によって細胞外で容易に分離しない程度の結合を意味する。
【0016】
被導入物質を針状材料状に固定した態様のモデルを、図1に示す。図1中(i)は被導入物質、(ii)はスペーサー物質、(iii)は結合を表す。図中、被導入物質とスペーサー物質との比は、1:1で表記しているが、組み合わせによって変動する。多数のスペーサー物質に導入物質が1分子結合する場合もあれば、1分子のスペーサー物質に、被導入物質が多数結合する場合もある。図1(a)は、被導入物質を直接、針状材料に固定した場合を示す。図中スペーサー物質は、1種(b)2種(c)の場合を示しており、その数は細胞内に導入が可能であれば特に限定されないが、好ましくは0〜5、より好ましくは0〜2である。
【0017】
(i)被導入物質
被導入物質は、生理活性を有する物質(細胞に影響を与える可能性がある物質)であれば特に限定されず、核酸、核酸様物質、DNA、RNA、プラスミド、ウイルス粒子、染色体等の天然遺伝子又は非天然の遺伝子;アミノ酸、オリゴペプチド、ポリペプチド、マルチサブユニットタンパク質等の天然又は非天然タンパク質;糖類、多糖、脂肪酸、コレステロール、脂質、シグナル伝達物質、リガンド物質、ホルモン物質、サイトカイン、イオン、金属粒子、磁性微粒子、無機化合物、量子ドット、有機化合物、薬剤等の少なくとも1種ないしこれらの複合体等、本発明の針状材料にスペーサー物質を介して又は直接結合することが可能であり、細胞内に導入され得る程度に充分小さいものであれば、あらゆる物質が考えられる。また、核酸を構成する塩基又はタンパク質を構成するアミノ酸は、天然、非天然、修飾の有無を問わず、使用することができる。さらに、例えば、毒物等の細胞内に入りにくいと考えられている物質でも、導入することが可能である。
【0018】
また、複数種の被導入物質を1つの針状材料に結合させる、あるいは、被導入物質を混合して針状材料に結合させることによって、単一細胞に対して一度に多数の物質を導入することが可能である。
【0019】
また、下記(ii)に述べるスペーサー物質である、リポソーム封入体等の内部に溶液相を内包させることができる構造物、シクロデキストリン包接体等の包接化合物、あるいは外部刺激によって容易にゾル化が可能なゲル材料等、内包型のスペーサー物質に1分子以上の被導入物質を内包させて、針状材料の表面に固定化し、導入操作を行ってもよい。例えば、リポソーム封入体等の場合は、細胞内に導入後、破壊刺激を外部より与えることによって、膜の擾乱により内容物を放出させることができる。また、シクロデキストリン包接体等の包接化合物を用いた場合は、外部刺激に応答する開閉機構を利用して内容物を放出させることができる。また、ゲルを用いた場合は外部刺激によりゾル化させ、包埋した内容物を放出させることが出来る。図1(d)に示すように内包型スペーサー物質直接針状材料表面に結合するものと、図1(e)に示すように、他の1種ないし複数種のスペーサー物質を介して針状材料にこれら内包型スペーサー物質が針状材料へ固定化するものがある。
【0020】
(ii)スペーサー物質
本発明において、スペーサー物質は、被導入物質又は別のスペーサー物質を特異的又は非特異的に結合する物質、あるいはリポソーム、シクロデキストリン、ゲル等の被導入物質を結合せず中に閉じこめる物質を指す。また、針状材料とスペーサー物質を結合する物質もスペーサー物質に含まれるものとする。スペーサー物質を介さずに被導入物質を直接、針状材料に固定する場合もあり、複数個を必要とする場合もある。スペーサー物質の種類は、被導入物質の種類に応じて適宜選択され得る。
【0021】
スペーサー物質としては、例えば、ポリアルギニン、ポリリジン等のカチオン性ペプチド;ポリエチレンイミン、ポリプロピレンイミン、ポリ(アミドアミン)、イミダゾールポリペプチド等のカチオン性ポリマー等のカチオン性被覆材料;ジンクフィンガー等の特異的に遺伝子配列を認識するタンパク質モチーフ等;ジチオスレイトール、システイン、チオール基含有ペプチド等のジスルフィド結合を形成し得るスペーサー物質;光切断リンカー、酵素切断リンカ−等があげられる。
【0022】
特異的に遺伝子配列を認識するタンパク質モチーフをスペーサー物質とする際に、被導入物質(DNA断片、プラスミド等)が結合配列を有さない場合は、従来公知の遺伝子に従って、タンパク質モチーフが認識する配列を挿入して用いればよい。
【0023】
また、特異的に被導入物質等を結合する場合は、被導入物質を認識する抗体、ペプチド抗体、単鎖抗体、ファージ抗体等ならびに、これらの抗体の派生物等の抗体様物質がスペーサー物質として利用できる。また、スペーサー物質の組み合わせとして、例えば、アビジン−ビオチン、プロテインA−IgG、レセプター−リガンド等を用いることができる。
【0024】
以下に、シリコン結晶製の針状材料にスペーサー物質を結合する場合を例にとり、説明する。他の材質の針状材料を用いる場合であっても、当業者であれば、以下の例を参考に被導入物質を結合させた針状材料を調製することができる。
【0025】
2%シラン化剤3−Mercaptopropyltrimethoxysilane(MPTES)、2% HOを含むエタノール溶液を1時間接触させることによって針状材料表面にチオール基を導入し、チオール基とアミノ基の架橋剤であるEMCS(N−(6−Maleimidocaproyloxy)succinimide)を使用して、抗体、ペプチド等のアミノ基を針状材料表面のチオール基に結合させる。次に、1μM EMCSを含むジメチルホルムアミドに30分間接触させることにより、スクシンイミド基を表面に提示させる。続いて、別のスペーサー物質であるポリリジン、抗体等を含む溶液を1時間程度接触させる。
【0026】
(iii)結合
針状材料上におけるスペーサー物質と被導入物質間の結合の種類は、被導入物質を細胞内に残留させることができれば、任意のものを用いることができ、例えば、静電気的結合、疎水性相互作用による結合、キレート結合、細胞内で切断され得る共有結合、光切断リンカーを介した結合、酵素切断リンカーを介した結合、固有の物質の組み合わせによる特異的結合(アビジン−ビオチン、抗原−抗体、プロテインA−抗体、レセプター−リガンド等)、細胞内で切断されない共有結合、(疎水性又は親水性の)吸着等があげられ、被導入物質の種類によって適宜選択することができる。
【0027】
また、細胞内において被導入物質の分離が可能であるならば、これらの結合の複数を任意に組み合わせて、針状材料上に被導入物質を固定してもよい。さらに、被導入物質の量、結合の種類等に応じて、被導入物質が細胞内において針状材料から分離・残留するように、適宜、結合の強弱を調節することが好ましい。例えば、抗原−抗体による特異的結合を利用する場合には、抗体の結合力を弱くしておき、抗原(被導入物質)が細胞内で分離されやすいようにしておくことが好ましい。
【0028】
本発明において好ましい結合の種類としては、例えば、静電気的結合、キレート結合、疎水性相互作用による結合、細胞内で切断され得る共有結合、光切断リンカーを介した結合、酵素切断リンカーを介した結合等があげられる。
【0029】
(a)静電気的結合(図6参照)
静電気的結合は、弱い結合であるため、細胞内で容易に被導入物質を分離することができる。
【0030】
一般的に、静電気的結合にはカチオン性ポリマーを使用する。フリーな状態のカチオン性ポリマーを、単純に細胞と混合させた場合は、細胞膜の表面(通常、負電荷を帯びている)に正電荷物質が吸着し、膜構造の擾乱によって、物質を導入することができる。この時、膜構造の擾乱は、すなわち、膜電位を維持できないことを意味し、結果として細胞死を招く。しかしながら、針状材料にカチオン性ポリマーを結合させて穿刺する場合には、針表面にカチオン性ポリマー(正電荷物質)が固定化されているため、膜との相互作用は局所的にしか起こらないものと考えられる。また、負電荷物質がさらにその表面に結合している場合には、電荷的に中和、もしくは負電荷よりになっている。従って、カチオン性ポリマーをスペーサー物質として用いても、細胞に対する悪影響は極めて小さいものと期待される。これは、疎水性相互作用による結合の場合も同様である。
【0031】
(b)キレート結合(図2の1.参照)
キレート結合を用いた場合、例えば、図2の1.に示されるものであれば、細胞内に存在するキレート物質で容易に置換され、被導入物質が分離する。
【0032】
(c)細胞内で切断され得る共有結合(図2の2.参照)
ジスルフィド結合(S−S結合)等の細胞内で切断され得る共有結合によって針状材料上に被導入物質を固定化した場合、細胞内が還元状態であることから、共有結合は容易に還元され被導入物質が針状材料から分離する。
【0033】
(d)光切断リンカーを介した結合(図2の3.参照)
光切断リンカーを介した結合の場合、被導入物質を固定化した針状材料を細胞内に穿刺した後、リンカーと被導入物質間の結合を切断することが可能であって細胞に悪影響を与えない程度の光を照射することにより、リンカーと被導入物質間の結合を切断することができる。
【0034】
(e)酵素切断リンカーを介した結合(図2の4.参照)
酵素切断リンカーを介した結合の場合、細胞内には、例えばエステラーゼ等の酵素が豊富に存在するため、エステラーゼが認識する配列を有する公知のリンカーを使用することで、リンカーと被導入物質間の結合は容易に切断され得る。
【0035】
被導入物質が本来目的とする生理活性を有している限り、被導入物質が分離される部位は特に限定されず、被導入物質にスペーサー物質が結合された状態で針状材料から分離され、細胞内に残留してもよい。
【0036】
針状材料に結合させる被導入物質の量は、特に限定されず、その種類及び結合力(付着力)、針状材料の材質、導入する細胞種等によって異なる。例えば、遺伝子、タンパク質等の高分子であれば1〜10分子程度、好ましくは10〜10分子程度である。また、低分子であれば、その分子量に応じて、より多くの分子を結合させることができる。
【0037】
(3)細胞
本発明の針状材料を用いて被導入物質を導入する細胞としては、動物、植物を問わず真核生物由来のものがあげられ、細胞の種類は特に限定されない。また、細胞の直径は、10〜100μm程度、好ましくは10〜50μm程度、より好ましくは20〜30μm程度であることが望ましい。酵母等の細胞分裂が活発な細胞であれば、短時間で大量の遺伝子組換え体を作製することが可能である。
【0038】
本発明によれば、例えば、in vitroで維持されている組織片の単一細胞に対して導入操作を行い、被導入物質が導入された細胞が、周囲の細胞又は組織全体に対してどのような影響を及ぼすのかを観察することも可能である。
【0039】
(4)細胞に被導入物質を導入する方法
本発明の方法は、被導入物質を結合した針状材料を細胞に穿刺し、細胞内で被導入物質が針状材料から分離し、残留させることによって導入を達成するものである。本発明において、被導入物質を針状材料から分離するとは、被導入物質が針状材料から分かれること、又は細胞内で放出されることを指し、切断、解離等の分離に至る過程は問わない。
【0040】
(i)標的細胞の固定
針状材料の穿刺操作を行うに当たり、標的となる細胞を動かないように固定することが好ましい。このような手段としては、例えば、付着性の細胞の場合はポリリジン、コラーゲン等で被覆した基板表面で培養又は該基板に吸着させる等の方法があげられる。
【0041】
吸着性に乏しい細胞であれば、細胞膜結合性の高い両親媒性ポリマー等で被覆した基板に接触させることで固定化することが可能である。また、細胞の大きさによってはキャピラリによる吸引によって固定することもできる。
【0042】
さらに、針状材料の貫通できる薄さの厚みを有し、貫通用の小孔を有した薄膜材料と基板によって細胞懸濁液を挟み、細胞位置を固定することも可能である。薄膜材料には、例えば、ミリング、エッチングにより加工されたシリコン等のウエハや、薄く劈開したマイカ、伝導性薄膜Highly Oriented Pyrolytic Graphite等を使用することができる。小孔は集束イオンビームや光リソグラフィによって、1〜15μm程度、好ましくは1〜10μm程度の大きさに調整したものが望ましい。
【0043】
また、in vitroで維持されている組織片の単一細胞に対して導入操作を行う場合、使用する組織片として、生物体から取り出したもの(初代細胞)又は培養したものを使用することができる。初代細胞を用いる場合は、適当な基板上に組織片のスライスを乗せて導入操作を行うことができる。培養組織の場合は組織状になるように、例えば、ポリマー材料等の専用のスキャホールド(足場材料)を使用して固定することができる。
【0044】
(ii)針状材料の穿刺/抜去
針状材料の穿刺は、細胞に位置を合わせ、針状材料を機械的に移動させることによって行う。光学顕微鏡により視認可能なサイズ、形状、材質の針状材料であれば、例えば、機械式、電気駆動式の微作動可能なマニピュレーター等によって穿刺操作を行い、顕微鏡観察によって針状材料の穿刺を確認することができる。
【0045】
また、細胞内への針状材料の穿刺を確認する他の方法としては、例えば、原子間力顕微鏡(AFM)を使用した針状材料の穿刺検知方法があげられ、針状材料の細胞への接触、穿刺及び引き抜きの各状態における微小な力の変化を測定することで確認してもよい。
細胞に針状材料を穿刺する場合、穿刺の深さは、針状材料の先端から1〜50μm程度、好ましくは1〜20μm程度である。また、針状材料を穿刺する場所は、導入物質の種類や目的に応じて選択することが好ましく、例えば、mRNAを導入する場合には、細胞質中に残留するように、穿刺場所を調節することが好ましい。
【0046】
細胞に針状材料を穿刺する際には、37℃、5%COの細胞培養環境を維持して操作することが好ましい。穿刺時間が短い場合には、室温、大気環境下で操作することが可能である。
【0047】
細胞内に針状物を穿刺した後、被導入物質が針状材料から分離して細胞内に残留するように、約1秒以上、好ましくは約10秒以上、針状物を細胞内に保持する。本発明の方法であれば、細胞に与えるダメージが極めて小さく、細胞を殺すことがないため、保持時間の上限は特に限定されないが、5分程度、好ましくは3分程度である。細胞内に針状材料を保持する時間は、被導入物質と固定化材料間の結合の種類に応じて、当業者が適宜設定することができる。
【0048】
針状材料を細胞内に穿刺し、一定時間おいた後、必要に応じて、針状材料上のスペーサー物質と被導入物質の結合を切断する処理を行う。具体的な切断処理は、上記(2)に記載の通りである。
【0049】
その後、針状物を細胞から針状材料を抜去することによって、被導入物質が細胞内に残留し、目的の導入細胞を得ることができる。本発明の方法によれば、物質の導入に使用される針状材料が極めて細く、標的細胞に与えるダメージが極めて小さいため、導入後の細胞の生存状態及び生理状態を良好に保つことができる。従って、被導入物質を複数回にわたり、連続して又は一定の時間間隔をおいて同一の細胞内に導入することも可能である。また、複数の針状材料を用いて、同時に複数の細胞に物質を導入することも可能である。
【0050】
本発明の方法によれば、標的細胞にダメージを与えることがなく、100%の確率で確実に目的の物質を細胞内に導入することが可能である。また、本発明の方法によれば、針状材料が細胞に対して充分小さいことから、細胞を殺さず、その生理状態等に影響を与えないため、確実に被導入物質が導入された細胞を得ることができる。
【0051】
(5)導入装置
導入装置は、被導入物質を結合させた針状材料を固定する手段、該針状材料の移動手段、標的細胞を固定する手段を有する。
【0052】
さらに、本発明の導入装置は、細胞内に針状材料が穿刺されたことを検知する手段を併せ持つことが好ましく、例えば、原子間力顕微鏡等があげられる。
【0053】
このような装置としては、例えば、特開2003−325161に記載される細胞操作装置があげられ、該細胞走査装置に上記(1)の針状材料を適用すればよい。原子間力顕微鏡(AFM)を用いる場合は、探針(プローブ)をエッチングし、針状材料として用いることができる。
【発明の効果】
【0054】
本発明の方法によれば、標的細胞にダメージを与えることなく、100%の確率で確実に目的の物質を細胞内に導入することが可能である。また、物質を導入した後の細胞の生理状態も良好である。さらに、本発明の方法によれば、組織中の単一細胞に被導入物質を導入し、周囲の細胞及びその細胞を含む組織が、どのような影響を受けるかを観察することもできる。
【0055】
加えて、本発明の方法によれば、複数種の被導入物質を結合した針状材料を用いることによって、複数の被導入物質を、単一の細胞に対して同時に導入することや、単一細胞に対して連続的又は一定の時間間隔で複数回にわたって導入することが可能である。
【0056】
また、幹細胞の分化における制御機構が解明されれば、本発明の方法を用いて適切なタイミングで遺伝子導入等を行い、分化を制御することによって、幹細胞を目的の細胞、組織又は器官に分化させることも可能となる。
【0057】
本発明の方法は、細胞を殺すことなく目的の物質を確実に導入することが可能であるため、遺伝子治療、細胞治療等においても有用な手段である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0058】
以下、参考例及び実施例をあげて本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は、これらに限定されない。
【参考例1】
【0059】
細胞に対して低侵襲な針の直径を確認するため、AFM探針を集束イオンビームでエッチングした針状材料を用意した。針状材料を用いた細胞穿刺操作を、図3に図示されるように行った。針状材料の直径は、それぞれ200nm、400nm、600nm及び800nmであった(図4参照)。
【0060】
DAPIを添加した培地中で穿刺操作を行い、針抜去後の蛍光強度経時変化を測定した。死細胞はDAPIにより染色され蛍光強度が上昇する。図5に示すように、ヒトメラニン細胞、ヒト乳ガン細胞等で1時間以上の穿刺操作を行い、DAPI染色による死細胞判定試験を行った。針状材料を穿刺しない細胞を、コントロール(control)として用いた。
【0061】
直径400nmの針では1時間以上の穿刺行ってもいずれの細胞もDAPI染色されなかった。刺激に敏感な新生児ヒトメラニン細胞では、600nmの針を50分間穿刺することにより、蛍光強度の上昇が見られる。このような傾向は、動物細胞の種類を変更しても変わらないことから、細胞の穿刺には600nm未満、400nm以下程度の直径の針状材料であれば、いかなる動物細胞に対しても侵襲性は低いことが判明した。
【0062】
これに対して、既存の外径1μm程度のキャピラリを用いたマイクロインジェクションを用いて試験した結果、1秒以下の穿刺時間であっても、穿刺された細胞の40%が染色され、死に至ることが判明した。従って、細胞に穿刺操作を行う場合には至適な材料直径が存在することが示された。
【実施例1】
【0063】
〔遺伝子の導入〕
図6の模式図に示すように、シリコン製AFM探針をエッチングにより先鋭化した針状材料に対して、MPTES(3−Mercaptopropyltrimethoxysilane)により、チオール基を導入する。さらに2価性カップリング試薬であるEMCS(N−(6−Maleimidocaproyloxy)succinimide)を用いてスクシンイミド活性エステルを表面に提示させる。最後に、スペーサー物質として30merのペプチド、ポリリジンを表面に接触させ、共有結合により針状材料表面にポリリジンを固定化した。固定化修飾した針に、プラスミドphrGFPを吸着(静電気的に結合)させ、HEK293に3分間穿刺し、抜去した。
【0064】
針状材料を抜去した後、2時間程度から穿刺操作した細胞はGFPの緑色蛍光が発現し始め、図7に示すように、24時間で細胞は明らかなGFPの緑色蛍光が観察された。また、36時間後の細胞は活発に移動している。細胞は活性が高いと移動し、死んでしまうと、動かなくなるか、基板等から剥離する。得られた結果より、短時間の穿刺操作によって細胞を傷つけることなくDNAを導入することができることが示された。
【実施例2】
【0065】
〔リポソームによる物質導入〕
図8の模式図に示すように、シリコン製AFM探針をエッチングにより先鋭化した針状材料に対して、MPTESによりチオール基を導入する。さらにbiotinylated maleimideを用いてビオチンを表面に提示させる。ストレプトアビジンを表面に接触させ、アビジン−ビオチン結合により針状材料表面にストレプトアビジンを固定化した。続いて、蛍光物質封入ビオチン化リポソームをegg yolk phosphatidylcholine(EPC)と1,2−dioleoyl−phosphatidylethanolamine−N−(cap biotinyl)(biotin−cPE)をモル比50:1で作製した。EPC、biotin−cPEはクロロホルムに溶解させ、混合液を40℃、170rpmで遠心エバポレーターにかけ、クロロホルムで洗浄を行った後、完全に乾燥した脂質薄膜を調製した。
【0066】
脂質薄膜100μmolに対して100mMのカルセイン溶液(pH7.4)4mlを添加し、カルセイン内包多層膜リポソームを作製した。この多層膜リポソームは孔径200nmのフィルターを用いてエクストルーダーにより処理し、粒径のそろった単層膜リポソームを作製し、カルセイン封入ビオチン化リポソームとした。これに対して、アビジン修飾した針に、カルセイン封入ビオチン化リポソームを4℃、4時間で結合させた。
【0067】
DsRED2を発現させたHeLa細胞に対してこのリポソーム針状材料を穿刺し、レーザー共焦点顕微鏡で観察した垂直断面像が図9である。穿刺直後の断面像が図10A、穿刺状態を維持して1時間後に撮影した断面像が図10Bであり、抜去した後に撮影した断面像が図10Cである。穿刺後、核内にカルセインが漏出し、核内も蛍光色素が存在していることが、図10Bより確認出来る。図10Cではカルセインが退色したために核内の蛍光は見られない。
【0068】
このことから、リポソーム内に物質を封入し、これを固定化した針状材料を細胞に導入することにより、目的の物質を導入できることが示された。
【図面の簡単な説明】
【0069】
【図1】被導入物質を固定化した針状材料のモデル図を示す。
【図2】被導入物質の針状材料への結合を、結合の種類ごとに具体例を図示する。
【図3】針状材料を用いた細胞穿刺技術を図示する。
【図4】各直径の針状材料の電子顕微鏡写真を示す。
【図5】各直径の針状材料の穿刺によってDAPI染色された細胞の蛍光強度変化を示す。
【図6】ポリリジン修飾した針に静電吸着させたプラスミドGFP遺伝子を図示する。
【図7】プラスミドGFP遺伝子を導入したHEK293の遺伝子発現を示す。
【図8】カルセイン封入リポソームを固定化した針を図示する。
【図9】DsRED2を発現させたHeLa細胞に対して、カルセイン封入リポソーム結合針状材料を穿刺した際のレーザー共焦点顕微鏡による垂直断面写真を示す。
【図10】DsRED2を発現させたHeLa細胞にカルセイン封入リポソーム結合針状材料を、(A)穿刺直後、(B)穿刺状態維持1時間後、(C)抜去後のレーザー共焦点顕微鏡による水平断面写真を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
針状材料に被導入物質を結合する工程、該針状材料を細胞に穿刺する工程、針状材料を細胞から抜去して該被導入物質を細胞内に残留させる工程を含む、細胞内に該被導入物質を導入する方法。
【請求項2】
2以上の被導入物質を連続して又は一定の時間間隔をおいて細胞内に導入することを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項3】
針状材料の直径が、800nm以下である請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
針状材料と被導入物質間の結合が、静電気的結合、疎水性相互作用による結合、キレート結合、細胞内で切断され得る共有結合、光切断リンカーを介した結合、酵素切断リンカーを介した結合及び特異的結合からなる群より選択される少なくとも1種である、請求項1〜3に記載の方法。
【請求項5】
被導入物質が、遺伝子、タンパク質、糖類、多糖、脂肪酸、コレステロール、脂質、シグナル伝達物質、リガンド物質、ホルモン物質、サイトカイン、イオン、金属粒子、磁性微粒子、無機化合物、量子ドット、有機化合物及び薬剤からなる群より選択される少なくとも1種、ないしこれらの複合体である、請求項1〜4に記載の方法。
【請求項6】
遺伝子が、核酸、核酸様物質、DNA、RNA、プラスミド、ウイルス粒子、染色体である請求項1〜4に記載の方法。
【請求項7】
タンパク質が、アミノ酸、オリゴペプチド、ポリペプチド、マルチサブユニットタンパク質である請求項1〜4に記載の方法。
【請求項8】
被導入物質が、リポソーム封入体、シクロデキストリン包接体又はゲルに内包もしくは包埋される形態である請求項1〜7に記載の方法。
【請求項9】
被導入物質を、細胞内で分離可能に結合してなる針状材料。
【請求項10】
針状材料と被導入物質間の結合が、静電気的結合、疎水性相互作用による結合、キレート結合、細胞内で切断され得る共有結合、光切断リンカーを介した結合、酵素切断リンカーを介した結合及び特異的結合からなる群より選択される少なくとも1種である、請求項9に記載の針状材料。
【請求項11】
被導入物質を、必要に応じてスペーサー物質を介して細胞内で分離可能な結合により針状材料に結合させる工程を含む、被導入物質を結合させた針状材料の製造方法。
【請求項12】
針状材料と被導入物質間の結合が、静電気的結合、疎水性相互作用による結合、キレート結合、細胞内で切断され得る共有結合、光切断リンカーを介した結合、酵素切断リンカーを介した結合及び特異的結合からなる群より選択される少なくとも1種である、請求項11に記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2006−166884(P2006−166884A)
【公開日】平成18年6月29日(2006.6.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−382462(P2004−382462)
【出願日】平成16年12月10日(2004.12.10)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】