説明

細胞の培養方法及び細胞培養装置

【課題】筒状部材の表面に対する細胞等の付着を防止することで、効率的に細胞を培養する培養方法、及び培養装置を提供する。
【解決手段】培養槽1内に対して、筒状部材2の一方端部が外方へ露出するように細胞を培養するための培地が張り込められ細胞を培養する方法であって、酸素含有ガスを、筒状部材の内部を上下方向に分割する気泡として供給する培養方法、及び培養装置。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、培養液に筒状部材を配置し、当該筒状部材内部に酸素含有ガスを供給しながら当該筒状部材外部において細胞を培養する細胞培養方法及び細胞培養装置に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、動物細胞や、植物細胞、細菌などを対象として培養槽内に張り込んだ培養液で培養することで細胞自体或いは細胞が産生する物質を製造することが行われており、特に培養規模を大きくしてより生産性を高めることが望まれている。このような細胞培養においては、嫌気性の細胞を対象とする以外、培地中に酸素を供給する必要がある。例えば、特許文献1には、コイル状に整形した多孔質チューブの表面から酸素供給を行うことを特徴とする培養装置に関する記載がある。また、特許文献2には,撹拌翼にガス透過膜を固定して回転させる培養槽に関する記載がある。
【0003】
生体細胞の培養では、目的生産物の生産性向上のために生体細胞を高密度で培養することが望まれている。しかし、高密度で細胞を培養した場合など、細胞や細胞塊が酸素供給を行うガス透過膜や上記多孔質チューブ等に付着してしまい、効率的な酸素供給を行えないといった問題が生じることがある。
【0004】
細胞のなかでも、付着依存性を有する細胞の場合には、表面または内部に細胞が付着して増殖することが可能な培養面を有するマイクロキャリアと称される微細な粒子が使用される。非特許文献1には、マイクロキャリア培養において、培養に好適なマイクロキャリア密度があること、及び過剰な撹拌は大きな増殖阻害を引き起こすことが記載されている。
【0005】
マイクロキャリア培養において培養液に酸素を供給するシステムとしては以下のような特許文献3〜6が挙げられる。特許文献3には、培養槽外に酸素供給槽を設け、培養槽内に設置した振動スクリーンによってマイクロキャリアを除いた培養液を酸素供給槽に導き、酸素供給槽内で液中通気法によって酸素を溶解させた後、培養槽に循環させることを特徴とする培養装置に関する記載がある。特許文献4には、培養槽外に酸素供給用の循環管路を設け,培養槽内に設置したスクリーンによって生体細胞を含む固形粒子を除いた培養液を循環させ、循環管路の途中に酸素含有ガスを注入して酸素を溶解させることを特徴とする生体触媒反応装置に関する記載がある。特許文献5には、細胞増殖用の充填ボデイを充填した円筒カラム型培養装置において、培養装置底部に接する部分に前記の充填ボデイの侵入を防止しかつ培養液を通過せしめる穴を設けた空気拡散管を配し、該空気拡散菅内部に空気入り口を設けて酸素供給と培養液の循環を行わせることを特徴とする培養装置に関する記載がある。特許文献6には、培養槽内にマイクロキャリアの通過を阻止し培養液を通過せしめる微細な孔を有する部材で囲まれ、撹拌軸の回転によって振動する酸素供給ゾーンを設け、マイクロキャリアの存在しない酸素供給ゾーンに酸素含有ガスを液中通気することを特徴とする培養装置に関する記載がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平3-272678公報
【特許文献2】特開平5-304943公報
【特許文献3】特開平6-269274公報
【特許文献4】特開平3-43070公報
【特許文献5】特開平5-276926公報
【特許文献6】特開平5-252933公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】バイオテクノロジー アンド バイオエンジニアリング(Biotechnology and Bioengineering)第32巻975頁〜982頁(1988年発行)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
ところが、上述した従来の手法は、細胞やマイクロキャリア等の密度を高密度化するために必要となる酸素の供給方法に主眼がおかれて開発されたものであるが、酸素供給手段の表面や、酸素供給ゾーンを区画する微細な孔を有する部材の表面に細胞やマイクロキャリア等が付着してしまうといった問題があった。このような問題が生じると、培養液中の溶存酸素濃度を適切に制御することが困難となり、効率的な細胞培養を達成できないといった問題が生じる。
【0009】
そこで、本発明は、上述したような実情に鑑み、培養液に筒状部材を配置し、当該筒状部材内部に酸素含有ガスを供給しながら当該筒状部材外部において細胞を培養するに際して、当該筒状部材の表面に対する細胞等の付着を防止することで、効率的に細胞を培養することができる細胞の培養方法及び細胞培養装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記の目的を達成する本発明は、以下の内容を包含する。
【0011】
すなわち、本発明に係る細胞の培養方法は、側面に細孔を有し、長手方向の一方端部が開放されるとともに他方端部が封止された筒状部材と、上記他方端部側から上記筒状部材の内部に酸素含有ガスを供給する散気手段と、上記筒状部材の長手方向が鉛直下方向と略平行かつ、上記他方端部が下方になるように配設した培養槽とを備える細胞培養装置を使用する。また、本発明に係る細胞培養方法は、上記培養槽内に対して、上記筒状部材の一方端部が液外方へ露出するように細胞を培養するための培地が張り込められ、細胞を培養する方法であって、上記酸素含有ガスを、上記筒状部材の内部を上下方向に分割する気泡として上記散気手段から供給することを特徴とするものである。
【0012】
本発明に係る細胞培養法では、上記散気手段から供給された気泡が上記筒状部材の内部を上方向に移動することによって、当該気泡より下側の部分が陰圧となり細孔を介して筒状部材の内部に培養液が流入することとなる。また、当該気泡より上側の部分では、圧力が高まり、筒状内部の培養液が細孔を介して外側に流出する。このように、本発明に係る細胞培養方法においては、筒状部材の内部と外部との間で細孔を介して培養液の流入及び流出が繰り返されることとなる。これにより、筒状部材の側面に対する細胞等の付着を防止することができる。
【0013】
特に、本発明に係る細胞培養法においては、上記散気手段は、上記気泡が上記筒状部材の内部を通って上記一方端部側で消泡したタイミングで次の気泡を供給することが好ましい。
【0014】
また、本発明に係る細胞培養法においては、培養対象の細胞が付着依存性を有する生体細胞であって、当該生体細胞の足場となる培養面を有するマイクロキャリアとともに当該生体細胞を培養する方法にも適用することができる。
【0015】
さらに、本発明に係る細胞培養方法においては、上記筒状部材の側面における細孔は、培養対象の細胞又は当該細胞の足場となるマイクロキャリアよりも小径であることが好ましく、上記筒状部材の側面における細孔を50〜150μmの直径を有する貫通孔とすることがより好ましい。
【0016】
さらにまた、上記筒状部材の少なくとも側面は可撓性を有する材質から形成されることが好ましく、上記気泡の通過に伴って当該側面が変形することが好ましい。
【0017】
なお、本発明に係る細胞培養方法において、上記培養装置は、培養槽内に複数の上記筒状部材を配設したものを使用することがより好ましい。
【0018】
また、本発明に係る細胞培養装置は、側面に細孔を有し、長手方向の一方端部が開放されるとともに他方端部が封止された筒状部材と、上記他方端部側から上記筒状部材の内部に酸素含有ガスを供給する散気手段と、上記筒状部材の長手方向が鉛直下方向と略平行かつ、上記他方端部が下方になるように配設した培養槽とを備える。本発明に係る細胞培養装置において、上記散気手段は、上記筒状部材の内部に培養液が張り込まれた状態において、上記酸素含有ガスを、上記筒状部材の内部を上下方向に分割する気泡として供給するものである。
【0019】
本発明に係る細胞培養装置では、上記散気手段から供給された気泡が上記筒状部材の内部を上方向に移動することによって、当該気泡より下側の部分が陰圧となり細孔を介して筒状部材の内部に培養液が流入することとなる。また、当該気泡より上側の部分では、圧力が高まり、筒状内部の培養液が細孔を介して外側に流出する。このように、本発明に係る細胞培養装置においては、筒状部材の内部と外部との間で細孔を介して培養液の流入及び流出が繰り返されることとなる。これにより、筒状部材の側面に対する細胞等の付着を防止することができる。
【0020】
また、本発明に係る細胞培養装置は、上記気泡が上記筒状部材の内部を通って上記一方端部側で消泡したタイミングで次の気泡を供給するように、上記散気手段を制御する制御装置を更に備えることが好ましい。
【0021】
さらに、本発明に係る細胞培養装置においては、培養対象の細胞が付着依存性を有する生体細胞であって、当該生体細胞の足場となる培養面を有するマイクロキャリアとともに当該生体細胞を培養することができる。
【0022】
さらにまた、本発明に係る細胞培養装置において、上記筒状部材の側面における細孔は、培養対象の細胞又は当該細胞の足場となるマイクロキャリアよりも小径であることが好ましく、上記筒状部材の側面における細孔は、50〜150μmの直径を有する貫通孔であることがより好ましい。
【0023】
さらにまた、本発明に係る細胞培養装置において、上記筒状部材の少なくとも側面は可撓性を有する材質から形成されることが好ましく、上記気泡の通過に伴って当該側面が変形することが好ましい。
【0024】
なお、本発明に係る細胞培養装置は、上記培養槽内に複数の上記筒状部材を配設したもとすることが好ましい。
【発明の効果】
【0025】
本発明に係る細胞培養方法及び細胞培養装置によれば、筒状部材の内部を分割する気泡を当該筒状部材内部に通過させることで、筒状部材の側面に対する細胞やマイクロキャリア等の付着を防止することができ、より効率的に細胞を培養することができる。したがって、本発明に係る細胞培養方法及び細胞培養装置によれば、細胞自体或いは細胞が産生する物質を製造する際の生産性を大幅に向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】本発明を適用した細胞培養装置の一例を示す概略構成図である。
【図2】本発明の酸素供給方法の作用メカニズムを説明する概要図である。
【図3】本発明を適用した細胞培養装置における酸素供給能力を示す特性図である。
【図4】本発明を適用した細胞培養装置における培養特性を示す特性図である。
【図5】本発明を適用した細胞培養装置の他の例を示す概略構成図である。
【発明を実施するための形態】
【0027】
以下、本発明に係る細胞培養方法及び細胞培養装置について、図面を用いて詳細に説明する。
【0028】
本発明において、培養対象の細胞としては、特に限定されず、例えば医薬品等の主原料となる物質を生産する細胞の培養に適用することができる。生産対象の物質としては、培養した細胞自体、細胞が産生する抗体や酵素等のタンパク質、低分子化合物若しくは高分子化合物等の生理活性物質及びウイルスを挙げることができる。また、培養対象の細胞としては、動物細胞、植物細胞、昆虫細胞、細菌、酵母、真菌及び藻類等を挙げることができる。特に、抗体や酵素等のタンパク質、ウイルスを生産する動物細胞を培養対象とすることが好ましい。また、培養対象の細胞は、表面及び/又は内部に細胞が付着して増殖することが可能な培養面を有するマイクロキャリアを使用して培養するものであっても良い。マイクロキャリアを用いた培養は、特に、付着依存性を有する動物培養に適用することが好ましい。
【0029】
本発明を適用した細胞培養装置の一例を図1に示す。細胞培養装置は、培養液を張り込むことができる培養槽1と、側面に細孔を有し、長手方向の一方端部が開放されるとともに他方端部が封止された筒状部材2とを備えている。筒状部材2は、培養槽1の内部に配設されている。筒状部材2は、培養槽1の内部において、その長手方向が鉛直下方向と略平行かつ、封止されている上記他方端部が下方になるように配設されている。ここで、筒状部材2は、その長手方向が鉛直下方向に対して厳密に平行な方向となるように配設しても良い。また、詳細を後述するように、筒状部材2の内部に供給した気泡が上昇することが可能であれば、筒状部材2は、その長手方向が鉛直下方向に対してやや傾斜するように配設しても良い。上述した「鉛直下方向と略平行」とは、このように、筒状部材2の長手方向が鉛直下方向に対してやや傾斜した形態を包含する意味である。
【0030】
また、細胞培養装置は、培養槽1内の培養液に含まれる溶存酸素を測定するためのセンサー3と、センサー3からのシグナルを入力し溶存酸素濃度を算出する溶存酸素濃度計測手段4とを備えていても良い。センサー3は、培養槽1の底部近傍(例えば、底部から50mmの位置)に配置されていることが望ましい。
【0031】
さらに、細胞培養装置は、溶存酸素濃度計測手段4で測定した溶存酸素濃度値を入力する第1の制御装置5、第2の制御装置6及び第3の制御装置7と、第1の制御装置5により動作制御されるガス分圧調節装置8と、第2の制御装置6により動作制御される撹拌機駆動モータ9と、第3の制御装置7により動作制御される通気ガス調節装置10と、撹拌機駆動モータ9に接続された撹拌軸11、撹拌翼12a及び12bとを備えていてもよい。なお、この場合、細胞培養装置は、図示しないが、ガス分圧調節装置8及び通気ガス調節装置10に接続され、これらガス分圧調節装置8及び通気ガス調節装置10に酸素含有ガス(通気ガス)を供給するガス供給装置を備えている。なお、撹拌翼12a及び12bとしては、例えば回転直径100mmのパドル形のものを使用することができる。
【0032】
さらにまた、細胞培養装置は、通気ガス調節装置10が筒状部材2の封止された他方端部に接続されている。通気ガス調節装置10は、酸素含有ガス(通気ガス)を排出するノズル(図示せず)を有している。このノズルは、封止された他方端部を介して筒状部材2の内部に臨んでいる。
【0033】
特に、筒状部材2は、側面に細孔が形成されており、細孔を介して培養液が内部へ流入したり、内部の培養液が外部へ流出したりすることができる。ここで、細孔としては、培養液の流出入が可能であり、且つ、細胞又はマイクロキャリアの通過が阻止できる大きさ及び形状であればよい。例えば、培養対象の細胞をマイクロキャリアに担持させて培養する場合、筒状部材2の側面における細孔は50〜150μmの直径を有する貫通孔とすることが好ましい。
【0034】
また、筒状部材2の少なくとも側面は可撓性を有する材質から形成されることが好ましい。可塑性を有する材質としては、例えばポリプロピレン等の樹脂を挙げることができる。このような樹脂を使用したメッシュシートを筒状に加工することで、筒状部材2の側面を形成することができる。また、筒状部材2は、メッシュシートを筒状に加工した後、一方の端部を封止部材2sによって封止することで作製することができる。例えば、ガラス製で直径240mm、培養液張り込み高さ230mm、培養容積10Lの培養槽1を使用してマイクロキャリアを使用した細胞培養を行う場合、100×100μmの細孔を有するポリプロピレン製メッシュシートで構成された内径30mm、高さ250mmの形状を有する筒状部材2を使用することができる。この筒状部材2を、その長手方向を鉛直下方向に対して略平行とし、且つ、封止された端部を培養槽1の底部近傍に位置するように、培養槽1に設置することで、筒状部材における開放された一方端部が培養液入り込み高さを超える位置となる。
【0035】
また、筒状部材2の材質としては、ポリプロピレン樹脂のほかに、ステンレス材、四フッ化エチレン樹脂、ポリエチレンテレフタレート樹脂など、スチーム殺菌に耐え、酸及びアルカリ性の洗浄剤を用いた洗浄操作に安定で、細胞への毒性を示さない材料からなるメッシュシートを使用することができる。
【0036】
以上のように構成された本発明に係る細胞培養装置を用いることで、上述した細胞を培養することができる。以下では、マイクロキャリアを使用して動物細胞を培養する形態について説明するが、本発明の技術的範囲はこの形態に限定されるものではない。
【0037】
培養槽1内に張り込まれた培養液13中には、微細粒子であるマイクロキャリア14が浮遊している。マイクロキャリア14には、付着依存性を有する細胞が増殖するための培養面が設けられている。細胞はマイクロキャリア14に接触することにより培養面に付着し、増殖を開始する。マイクロキャリア14は、培養液13よりもわずかに比重が大きく、細胞が増殖するとさらに比重が大きくなる。このため、マイクロキャリア14は、静置状態では培養槽1の底部に沈降する。細胞培養装置では、第2の制御装置6が撹拌機駆動モータ9の回転速度を制御して、撹拌翼12a及び12bを回転させて培養液13を流動させることにより、マイクロキャリア14を浮遊させている。特に、培養期間が長くなるほど、細胞の増殖によってマイクロキャリアを含む微粒子の比重が大きくなり、より沈降しやすくなる。この場合、撹拌回転数を増加させるように制御することで、マイクロキャリアを良好に培養液13中に浮遊させることができる。
【0038】
細胞培養装置を使用した細胞培養においては、培養液13を所望の溶存酸素濃度となるように適宜、調節を行いながら培養を継続する。細胞培養装置においては、溶存酸素濃度計測手段4を備えており、センサー3及び溶存酸素濃度計測手段4で測定した溶存酸素濃度値を基に、撹拌機の回転数を増減する方法、気相部の酸素濃度を増減する方法、及び筒状部材2へ酸素含有ガスを吹き込む方法のいずれか又はこれらの3つの方法を併用することによって、培養液13中の溶存酸素濃度を制御することができる。
【0039】
撹拌機の回転数を増減する方法は、溶存酸素濃度計測手段4で測定した培養液13中の溶存酸素濃度値に基づいて、上述したように、第2の制御装置6が撹拌機駆動モータ9の回転速度を制御する方法である。撹拌回転数が増加すると混合が強化され、酸素溶解量が増加する。
【0040】
また、気相部の酸素濃度を増減する方法は、第1の制御装置5がガス分圧調節装置8を制御し、培養液13上方の気相部に対する酸素含有ガス(通気ガス)の供給量を調整する方法である。また、第1の制御装置5及びガス分圧調節装置8により、培養液13のpHの変化に対応して炭酸ガス分圧の増減を行うようにしてもよい。なお、第1の制御装置5及びガス分圧調節装置8による溶存酸素濃度のコントロールは、細胞播種後の低細胞密度の時期に主に使用することが好ましい。
【0041】
さらに、筒状部材2へ酸素含有ガスを吹き込む方法は、筒状部材2、第3の制御装置7及び通気ガス調節装置10により、培養液13の溶存酸素濃度を調整する方法である。具体的には、図2に模式的に示すように、封止部材2sに設けられたノズルより通気ガスが筒状部材2の内部に供給されると気泡2bが形成され、気泡2bより培養液13へ酸素が供給される。このとき、気泡2bは、筒状部材2の内部に張り込んだ培養液13を上下に分割することとなる。また、気泡2bは液面に向かって上昇する。気泡2bは、いわばプラグとして機能することとなる。気泡2bが筒状部材2内部を上昇するとき、筒状部材2に細孔が無いと仮定すると、内部では気泡2bが入ることによって見かけの培養液13の比重が減少して液面が上昇し、ΔPに相当する負の圧力差が生じる。このときの筒状部材2内部の圧力は外部に比べて、気泡2bより下では−ΔP、気泡2bより上ではΔPとなる。細孔を有する筒状部材2においても同様な関係が生じるため、気泡2bより下では培養液13が内部に流入し、気泡2bより上では内部の培養液13が外部に流出する。また、筒状部材2の側面において、気泡2bの上昇に伴って、培養液13が流入する部分と流出する部分が変化する。
【0042】
これによって、筒状部材2の細孔部分に付着したマイクロキャリア等を剥離することができる。以上のように、本発明に係る細胞培養装置において、筒状部材2の内部を上下方向に分割するような気泡2bを筒状部材2に通過させることによって、筒状部材2の側面に対して細胞やマイクロキャリア等が付着することを防止できる。このため、筒状部材2内部において、培養槽1に張り込まれた培養液13の溶存酸素濃度を所期の値に制御することが可能となる。
【0043】
特に、上述したように筒状部材2内部に対して培養液を流出入させるには、気泡2bを介して上記圧力差を形成することが必要であるため通気ガスは間歇的に供給される。なお、1回あたりの通気時間は0.5〜1.5sの短時間とすることで、上述したようにプラグ状の気泡2bを形成することができる。また、1回あたりの通気ガス吹き込み量V(ml)は下記の式1によって決定される。なお、式1は筒状部材2が円筒状である場合に適用される。
【0044】
〔式1〕 V=β・D・π/4
ここで、β:通気計数(−)
D:円筒直径(cm)
【0045】
通気計数βの値は、筒状部材2の長さによって経験的に決定されるもので、長さ0.2m〜1.5mの範囲では1〜5となる。
【0046】
そして、筒状部材2内部を通過した気泡2bは、筒状部材2における開放された一方端部付近で破裂し、消泡する。このとき、筒状部材2における一方端部は、培養液13の液面より外方に露出しているため、気泡2bは筒状部材2の内部で破裂することとなる。このため、気泡2bの破裂に伴う衝撃により、培養液13に浮遊する細胞やマイクロキャリアが損傷されることを防止できる。
【0047】
また、筒状部材2内部に通気ガスを吹き込むタイミングとしては、前回の吹き込みで生じた気泡2bが液面上に達した後とすることが好ましい。若しくは、筒状部材2内部に通気ガスを吹き込むタイミングとしては、前回の吹き込みで生じた気泡2bが液面付近で消泡した後とすることが好ましい。筒状部材2の内部において、上下方向に複数の気泡2bを生じさせた場合、気泡と気泡の間に上述したような圧力差が形成されず、培養液13の流出入が達成できないからである。
【0048】
さらに、細胞培養装置において筒状部材2を可撓性の材質で構成した場合には、気泡2bの移動によって筒状部材2の側面に揺動と伸縮する動きが生じ、これらの動きがマイクロキャリア等を剥離させる作用として働く。このため、筒状部材2を可撓性の材質で構成した場合には、筒状部材2の側面に対するマイクロキャリア等の付着をより効果的に除去することができる。
【0049】
また、図1や図2に示すように、単一の気泡2bが筒状部材2内部をプラグフロー状態で上昇することがもっとも好ましい。筒状部材2の内径を大きくすることによって単一気泡によるプラグフローを実現し得ない場合は、前記の式1にて決定した容積のガスを1〜1.5秒の短時間に供給することで得られる気泡群によって筒状部材2の内部を分割しても良い。
【0050】
図1及び2に示した細胞培養装置を用いて実際に計測した酸素溶解経過を図3に示す。図1に示す培養槽1に、マイクロキャリア(サイトデックス1、GEヘルスケア製)を乾燥重量で5%の濃度になるよう分散させた生理的リン酸緩衝液2Lを張り込み、30rpmで撹拌しながら37℃に加温した。ついで、生理的リン酸緩衝液中に窒素を注入して溶存酸素濃度がほぼ0%まで低下させた。つぎに筒状部材2内に10秒間隔で25ml/回の空気を1秒間で注入して溶存酸素濃度の変化を計測した。計測結果を図3中にAで示す。比較として、図3中Bは筒状部材2から円筒部分を取り外して封止部材2sから空気を150ml/分で直接通気した場合の溶存酸素濃度の変化をしめす。また、図中Cは筒状部材2内に空気を150ml/分で連続して通気した場合の溶存酸素濃度の変化を示す。図3中のAに示すように、筒状部材2を使用した場合、直接液中に通気したBに比較して酸素溶解速度が劣ることは否めないが、気泡が培養細胞と接触しない状況下で酸素供給を行うことができることを示す。また筒状部材2を使用した場合においても、連続的に通気したCに比べると、気泡2bを形成するように供給したAのほうがより大きな酸素供給速度が得られることがわかる。この結果から、気泡2bを筒状部材2の内部に形成することによって、細孔の目詰まりが少なくなっていることが理解できる。
【0051】
また、図1に示した細胞培養装置を用いて実際に動物細胞の培養を行った結果を図4に示す。図4に結果を示す実験例において、動物細胞としてはCHO-K1細胞を使用した。また、培地としては、CD-CHO培地(インビトロジェン製)を使用した。マイクロキャリアとしては、サイトデックス1(GEヘルスケア製)を乾燥重量で5%の比率で培地に加えた。培養中の酸素の通気は、溶存酸素濃度が制御値を下回ったときに筒状部材2中に酸素を断続的に通気した。通気は25ml/回の酸素を1秒間で噴出させるもので、これを10秒間隔で行った。培養を開始するに当たっては、あらかじめ別容器にて調製したCHO-K1細胞をトリプシン処理で剥離させ、細胞密度が2×10-5(個/ml)となるように播種して培養を開始した。なお、溶存酸素濃度計測手段4による溶存酸素濃度の制御値は3.0mg/Lに設定した。また、本培養装置の場合、撹拌回転数が20rpm以下ではマイクロキャリアの一部が培養槽底に沈積するため、培養開始持の回転数を30rpmとした。培養期間中、1日に1回の頻度で培養液を採取し、マイクロキャリア上で増殖した細胞量を計測した。なお、培養液採取の際は、マイクロキャリアが均一に培養液中に分散するよう、手動にて回転数を50rpmに増加させた。マイクロキャリア上の細胞の計測はトリプシン処理によって細胞を剥離させて計測した。結果、図4にAで示すように最高細胞到達密度は、培養6日目の6.6×106(個/ml)であった。培養6日目のマイクロキャリアを光学顕微鏡で観察すると、その表面の全面が細胞によって覆われたいわゆるコンフルエントの状態であり、マイクロキャリアの損傷もほとんど認められなかった。
【0052】
比較として、筒状部材2の筒状部を取り外した封止部材2sから空気を直接通気した場合の培養結果を図4中のBで示した。なお、通気は溶存酸素濃度が制御値を下回ったときに150ml/分で行った。実験装置としては前記の実験と同じ装置を使用し、培養手法も上記のとおりである。この場合、撹拌速度は全期間を通じて25rpmとした。最高細胞到達密度は、培養7日目の5.8×106(個/ml)であった。培養7日目のマイクロキャリアの表面には細胞の増殖していない部分が残されていた。
【0053】
図4に示した結果から、筒状部材2の内部に対して気泡2bを生じさせることで、筒状部材2の側面に対するマイクロキャリア等の付着を防止することができ、より効率的に細胞培養を行えることが明らかとなった。
【0054】
ところで、細胞培養装置は、図1に示したような構成に限定されず、例えば図5に示すように、複数の筒状部材2を培養槽1内に設置したような構成であってもよい。なお、図5に示した細胞培養装置は、追加供給用の培地16を収容する培地槽15と、使用済みの培養液18を収容する廃液槽17とを備え、培養中に培地の交換を実施できるタイプの培養装置である。培地槽15は移送管路21、廃液槽17は移送管路22によって培養槽1と連通している。移送管路21には弁31,移送管路22には弁32が設置されている。なお、図5中には図示していないが、図5に示す細胞培養装置は、空気、酸素、窒素及び炭酸ガス等のガス供給設備、温水冷水供給設備、蒸気供給設備、給排水設備及び各種の計測手段を具備している。
【0055】
また、図5示す細胞培養装置は培養槽1内に4基の筒状部材2を備えている。これら4基の筒状部材2に対する通気ガスの供給は、それぞれ独立して制御しても良い、全て同時となるように制御しても良い。
【0056】
さらに、細胞培養装置は、培養槽1の内圧を測定する圧力計25を備え、圧力計25による計測結果をもとに、圧力調整弁26によって一定の圧力に保持することができる。通常、外部からの細菌等の侵入を防ぐため、培養槽1内部を0.01〜0.05MPaに加圧している。
なお、使用されるガス類はあらかじめ細菌等の微粒子を除去したものを使用する。
【0057】
図5に示した細胞培養装置においても、図1に示した細胞培養装置と同様に、筒状部材2内部を上下方向に分割する気泡として通気ガスを供給することで、筒状部材2の側面に対する細胞やマイクロキャリア等の付着を防止して細胞培養、培地交換等の作業を行うことができる。また、細胞培養装置によれば、筒状部材2に形成された気泡が培養細胞と非接触の状態となる。このため、培養細胞が高濃度の酸素と接触することを防止するとともに、気泡の破裂の衝撃による損傷を防止することができる。したがって、培養細胞が直接高濃度の酸素ガスと接触することによる増殖阻害、気泡に同伴されたマイクロキャリアに付着した細胞が泡沫槽内に長時間閉じ込められることによる増殖阻害、及び気泡の破裂の衝撃による損傷などを原因とする培養への悪影響を防止でき、マイクロキャリアでの培養を良好に実施できる。
【符号の説明】
【0058】
1…培養槽、2…筒状部材、4…溶存酸素濃度計測手段、5…第1の制御装置、6…第2の制御装置、7…第3の制御装置、13…培養液、14・・・マイクロキャリア

【特許請求の範囲】
【請求項1】
側面に細孔を有し、長手方向の一方端部が開放されるとともに他方端部が封止された筒状部材と、
上記他方端部側から上記筒状部材の内部に酸素含有ガスを供給する散気手段と、
上記筒状部材の長手方向が鉛直下方向と略平行かつ、上記他方端部が下方になるように配設した培養槽とを備える細胞培養装置を使用し、上記培養槽内に対して、上記筒状部材の一方端部が液外方へ露出するように細胞を培養するための培地が張り込められ、細胞を培養する方法であって、
上記酸素含有ガスを、上記筒状部材の内部を上下方向に分割する気泡として上記散気手段から供給することを特徴とする細胞の培養方法。
【請求項2】
上記散気手段は、上記気泡が上記筒状部材の内部を通って上記一方端部側で消泡したタイミングで次の気泡を供給することを特徴とする請求項1記載の細胞の培養方法。
【請求項3】
培養対象の細胞が付着依存性を有する生体細胞であって、当該生体細胞の足場となる培養面を有するマイクロキャリアとともに当該生体細胞を培養することを特徴とする請求項1記載の細胞の培養方法。
【請求項4】
上記筒状部材の側面における細孔は、培養対象の細胞又は当該細胞の足場となるマイクロキャリアよりも小径であることを特徴とする請求項1記載の細胞の培養方法。
【請求項5】
上記筒状部材の側面における細孔は、50〜150μmの直径を有する貫通孔であることを特徴とする請求項1記載の細胞の培養方法。
【請求項6】
上記筒状部材の少なくとも側面は可撓性を有する材質から形成され、上記気泡の通過に伴って当該側面が変形することを特徴とする請求項1記載の細胞の培養方法。
【請求項7】
上記培養装置は、培養槽内に複数の上記筒状部材を配設したものであることを特徴とする請求項1記載の細胞の培養方法。
【請求項8】
側面に細孔を有し、長手方向の一方端部が開放されるとともに他方端部が封止された筒状部材と、
上記他方端部側から上記筒状部材の内部に酸素含有ガスを供給する散気手段と、
上記筒状部材の長手方向が鉛直下方向と略平行かつ、上記他方端部が下方になるように配設した培養槽とを備え、
上記散気手段は、上記筒状部材の内部に培養液が張り込まれた状態において、上記酸素含有ガスを、上記筒状部材の内部を上下方向に分割する気泡として供給するものであることを特徴とする細胞培養装置。
【請求項9】
上記気泡が上記筒状部材の内部を通って上記一方端部側で消泡したタイミングで次の気泡を供給するように、上記散気手段を制御する制御装置を更に備えることを特徴とする請求項8記載の細胞培養装置。
【請求項10】
培養対象の細胞が付着依存性を有する生体細胞であって、当該生体細胞の足場となる培養面を有するマイクロキャリアとともに当該生体細胞を培養することを特徴とする請求項8記載の細胞培養装置。
【請求項11】
上記筒状部材の側面における細孔は、培養対象の細胞又は当該細胞の足場となるマイクロキャリアよりも小径であることを特徴とする請求項8記載の細胞培養装置。
【請求項12】
上記筒状部材の側面における細孔は、50〜150μmの直径を有する貫通孔であることを特徴とする請求項8記載の細胞培養装置。
【請求項13】
上記筒状部材の少なくとも側面は可撓性を有する材質から形成され、上記気泡の通過に伴って当該側面が変形することを特徴とする請求項8記載の細胞培養装置。
【請求項14】
上記培養槽内に複数の上記筒状部材を配設したものであることを特徴とする請求項8記載の細胞の細胞培養装置。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2011−177046(P2011−177046A)
【公開日】平成23年9月15日(2011.9.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−42076(P2010−42076)
【出願日】平成22年2月26日(2010.2.26)
【出願人】(000005452)株式会社日立プラントテクノロジー (1,767)
【Fターム(参考)】