説明

細胞観察方法および走査型顕微鏡装置

【課題】刺激に対する細胞の膜電位応答を高い空間自由度および時間分解能で観察する。
【解決手段】光を受けると細胞を活性させて膜電位活動を誘発させるケージドグルタミン酸および細胞の膜電位の大きさに応じて発生する光強度が変化する膜電位感受性色素を導入した生体試料の参照画像を取得する参照画像取得工程SA1と、参照画像に対して刺激領域および観察領域を参照画像の視野範囲より小さい範囲で指定する領域指定工程SA2と、刺激領域にレーザ光を照射し、ケージドグルタミン酸により細胞を刺激して膜電位活動を誘発させる刺激工程SA3と、刺激工程SA3後に、観察領域にレーザ光を照射し、その集光位置を走査させて膜電位感受性色素を励起し、膜電位感受性色素から発せられる蛍光の光強度を検出して観察領域の観察画像を取得する観察画像取得工程SA4とを含む細胞観察方法を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞観察方法および走査型顕微鏡装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、生細胞の膜電位活動を観察する方法が知られている(例えば、特許文献1および特許文献2参照。)。特許文献1に記載の膜電位の測定方法は、膜電位感受性色素により染色した生細胞に励起光を照射し、フォトダイオードアレイやCCD等の2次元光センサにより膜電位感受性色素の吸光反応または蛍光反応を撮影する。膜電位感受性色素の吸光強度または蛍光強度は膜電位感受性色素が付着している細胞の膜電位に依存して変化するので、膜電位感受性色素の吸光強度または蛍光強度を測定することにより、間接的に細胞の膜電位活動を観察することができる。また、特許文献2に記載の多点同時計測方法は、ニポウディスク方式の共焦点顕微鏡とCCDとを組み合わせて、速い膜電位応答を共焦点イメージ像として捕えることとしている。
【0003】
ここで、生細胞の膜電位活動の観察においては、パッチクランプ等の刺入電極により細胞を電気刺激して膜電位変化を生じさせる方法が一般的に用いられている。しかしながら、刺入電極による細胞の電気刺激は、複数の細胞を刺激したい場合に試料に対して多数の電極を刺入しなければならず現実的ではない。また、刺激点を変更するには電極を他の位置に刺し直す必要があり、手間と時間がかかるうえに生細胞へのダメージとなってしまうというデメリットがある。
【0004】
これに対し、細胞に刺激を与える方法として電極による電気刺激以外の方法も知られている(例えば、特許文献3参照。)。特許文献3に記載の走査型共焦点顕微鏡装置は、ケージドコンパウンド試薬を使用して生細胞に刺激を与えることとしている。具体的には、特許文献3に記載の走査型共焦点顕微鏡装置は、ガルバノミラー走査方式によってケージドコンパウンドに紫外レーザ光を照射することにより、ケージドコンパウンドから神経伝達物質を放出させて細胞の活動電位を誘発するようになっている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2004−115693号公報
【特許文献2】特開2004−212132号公報
【特許文献3】特開平7−333515号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献3に記載の走査型共焦点顕微鏡装置では、膜電位のイメージングを行うには時間分解能が足りず、高い時間分解能で細胞の膜電位を測定することができないという不都合がある。このように、従来は、細胞への刺激と膜電位の測定について、それぞれ一方のみを高い空間自由度および時間分解能で行うことはできたが、これら両方を高い空間自由度および時間分解能で両立して行うことはできなかった。
【0007】
本発明は上述した事情に鑑みてなされたものであって、刺激に対する細胞の膜電位応答を高い空間自由度および時間分解能で観察することができる細胞観察方法および走査型顕微鏡装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するために、本発明は以下の手段を採用する。
本発明は、光を受けると細胞を活性させて膜電位活動を誘発させる生理活性物質および前記細胞の膜電位の大きさに応じて発生する光強度が変化する膜電位感受性色素を導入した生体試料の参照画像を取得する参照画像取得工程と、該参照画像取得工程により取得された前記参照画像に対して、レーザ照射により前記細胞に刺激を与える刺激領域およびレーザ照射により前記膜電位感受性色素を励起する観察領域を前記参照画像の視野範囲より小さい範囲で指定する領域指定工程と、該領域指定工程により指定された前記刺激領域にレーザ光を照射し、前記生理活性物質により前記細胞を刺激して膜電位活動を誘発させる刺激工程と、前記観察領域にレーザ光を照射し、その集光位置を走査させて前記膜電位感受性色素を励起し、該膜電位感受性色素から発せられるシグナル光の光強度を検出して前記観察領域の観察画像を取得する観察画像取得工程とを含む細胞観察方法を提供する。
【0009】
本発明によれば、参照画像取得工程により取得された生体試料の参照画像に対して刺激領域および観察領域を指定することで、刺激工程および観察画像取得工程により所望の細胞を簡易に刺激したりその観察画像を取得したりすることができる。また、観察領域を参照画像の視野範囲より小さい範囲で指定することにより、観察画像取得工程において走査にかかる時間を短縮し迅速に観察領域を観察することができる。
【0010】
この場合において、刺激工程において刺激領域の生理活性物質により細胞の膜電位活動が誘発されると、刺激領域から観察領域にその膜電位活動が伝播される。また、膜電位感受性色素の光強度は膜電位感受性色素が付着している細胞の膜電位に依存して変化するので、観察領域に細胞の膜電位活動が伝播されると膜電位感受性色素の光強度が変化する。
【0011】
したがって、膜電位感受性色素から発せられるシグナル光の光強度を検出して得られる観察領域の観察画像を観察すれば、刺激した部位(刺激領域)に生じた膜電位応答の伝播に伴う観察部位(観察領域)での膜電位の経時変化を間接的に観察することができる。これにより、刺激に対する細胞の膜電位応答を高い空間自由度および時間分解能で観察することができる。
【0012】
観察画像取得工程においては、観察領域に照射するレーザ光の集光位置を深さ方向に変化させつつ深さ方向に交差する方向に走査させることとしてもよい。このようにすることで、3次元的に観察領域を観察することができ空間自由度の向上を図ることができる。なお、刺激工程と観察画像取得工程は、どちらの工程を先に始めてもよいし、両工程を同時に始めてもよい。
【0013】
上記発明においては、前記領域指定工程がライン状の前記観察領域を指定することとしてもよい。
このように構成することで、立体状や平面状の観察領域を走査する場合と比較して走査範囲を一方向に制限することができ、刺激に対する細胞の膜電位応答をより高い時間分解能で観察することができる。
【0014】
また、上記発明においては、前記領域指定工程がポイント状の前記観察領域を指定することとしてもよい。
このように構成することで、ライン状の観察領域を走査する場合より走査範囲をさらに狭い範囲に制限することができ、刺激に対する細胞の膜電位応答をより高い時間分解能で観察することができる。
【0015】
また、上記発明においては、前記刺激工程による前記刺激領域へのレーザ照射と前記観察画像取得工程による前記観察領域へのレーザ照射を異なる光学系により行うこととしてもよい。
このように構成することで、刺激領域へのレーザ照射と観察領域へのレーザ照射を時間的および空間的に独立して制御することができる。したがって、細胞の刺激と細胞の観察との時間的および空間的な自由度を高めることができる。
【0016】
また、上記発明においては、前記観察画像取得工程が、同一の前記観察領域の観察画像を時間間隔をあけて複数回取得することとしてもよい。
このように構成することで、時間経過とともに細胞の膜電位上昇部位が移動する様子を観察することができる。
【0017】
また、上記発明においては、前記刺激工程後に前記観察画像取得工程が所定の取得タイミングで前記観察画像を取得する観察パターンを同一のタイミングで複数回行い、前記観察画像取得工程により取得された前記観察画像の光強度を各前記観察パターンの前記取得タイミングごとに加算して平均を算出する平均算出工程を含むこととしてもよい。
このように構成することで、平均算出工程により時間経過ごとの観察画像における光強度のノイズ成分を低減し、刺激に対する細胞の膜電位応答の時系列変化を高S/Nで観察することができる。
【0018】
また、上記発明においては、前記刺激工程後に前記観察画像取得工程が所定の取得タイミングで前記観察画像を取得する観察パターンを、前記細胞を刺激してから最初の前記観察画像を取得するまでのタイミングを1回の前記走査にかかる時間よりも短い時間間隔で前記観察パターンごとにずらして複数回行うこととしてもよい。
このように構成することで、1回の走査にかかる時間よりも速い膜電位の変化を補完して検出することができ、刺激に対する細胞の膜電位応答をより高い時間分解能で観察することができる。
【0019】
また、上記発明においては、前記観察画像取得工程により取得された複数の前記観察画像に基づいて、前記観察領域の各点における光強度の時間変化を算出する時間変化算出工程を含むこととしてもよい。
このように構成することで、観察領域の各点における光強度の時間変化に基づいて、観察領域の各点における細胞の膜電位応答の時系列変化を間接的に簡易に観察することができる。
【0020】
本発明は、生体試料に照射する光の集光位置を深さ方向に変化させつつ深さ方向に交差する方向に走査させ、前記生体試料の3次元的な参照画像および観察画像を取得可能な観察光学系と、前記生体試料に光を照射して細胞を刺激する刺激光学系と、前記観察光学系により取得された前記参照画像に対して、前記刺激光学系により前記細胞を刺激する刺激領域および前記観察画像を取得する観察領域を前記参照画像の視野範囲より小さい範囲で指定する領域指定部と、該領域指定部により指定された細胞の刺激領域に対する前記刺激光学系による刺激後に、前記領域指定部により指定された細胞の観察領域を前記観察光学系により複数回にわたって走査して異なる時刻に取得された複数の観察画像から、走査経路上の位置と光強度との関係を示す複数の光強度の位置特性を算出する位置特性算出部と、該位置特性算出部により算出された複数の光強度の位置特性から走査経路上の所望の位置における光強度の時間変化を算出する時間特性算出部とを備える走査型顕微鏡装置を提供する。
【0021】
本発明によれば、観察光学系により取得された生体試料の3次元的な参照画像上で領域指定部により指定された刺激領域の細胞に対し刺激光学系により刺激が与えられ、また、同様に領域指定部により指定された観察領域の3次元的な観察画像が観察光学系により取得される。
【0022】
ここで、光を受けると細胞を活性させて膜電位活動を誘発させる生理活性物質と細胞の膜電位の大きさに応じて発生する光強度が変化する膜電位感受性色素を導入した生体試料に対し、領域指定部により刺激領域および観察領域を指定し、刺激光学系により刺激領域に光を照射し生理活性物質により細胞の膜電位活動を誘発させると、刺激領域から観察領域にその膜電位活動が伝播される。また、膜電位感受性色素の光強度は膜電位感受性色素が付着している細胞の膜電位に依存して変化するので、観察領域に細胞の膜電位活動が伝播されると膜電位感受性色素の光強度が変化する。したがって、刺激光学系による刺激領域の細胞の刺激後に観察光学系により観察領域の観察画像を取得すれば、刺激領域における刺激に対する細胞の膜電位の変化を観察領域における光強度の変化に反映させて間接的に観察することができる。
【0023】
また、刺激光学系による刺激領域の細胞の刺激後に観察光学系により観察領域を複数回にわたって走査して異なる時刻に取得される複数の観察画像から、位置特性算出部により走査経路上の所望の位置における光強度の位置特性を算出し、時間特性算出部によりその位置における光強度の時間変化を算出することで、刺激に対する細胞の膜電位応答の時間変化を高い空間自由度および時間分解能で簡易に観察することができる。
【発明の効果】
【0024】
本発明によれば、刺激に対する細胞の膜電位応答を高い空間自由度および時間分解能で観察することができるという効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】本発明の第1の実施形態に係る細胞観察方法のフローチャートである。
【図2】本発明の第1の実施形態に係る走査型レーザ顕微鏡の概略構成図である。
【図3】参照画像取得工程により取得される参照画像を示す図である。
【図4】領域指定工程により参照画像に刺激領域および観察領域が指定された様子を示す図である。
【図5】観察画像取得工程により観察画像を複数回取得する動作を示す図である。
【図6】各観察画像における取得タイミングごとのライン方向と蛍光強度との関係を示す図である。
【図7】観察領域に膜電位の経時変化を観察するための各点を示した図である。
【図8】各観察画像における取得タイミングごとのライン方向と蛍光強度との関係を示す図である。
【図9】細胞を刺激してからの時間と観察画像の蛍光強度との関係を示した図である。
【図10】(a)は本実施形態の第1の変形例に係る細胞観察方法による各観察パターンを示す図であり、(b)は平均算出工程により(a)を各観察パターンの平均に置き換えた図である。
【図11】本実施形態の第2の変形例に係る細胞観察方法による各観察パターンを示す図である。
【図12】本実施形態の第3の変形例に係る細胞観察方法により、参照画像に刺激領域および観察領域が指定された様子を示す図である。
【図13】図12の観察領域の拡大図である。
【図14】(a)は刺激から12ms経過後の観察画像を示し、(b)は刺激から14ms経過後の観察画像を示し、(c)は刺激から16ms経過後の観察画像を示し、(d)は刺激から18ms経過後の観察画像を示し、(e)は刺激から20ms経過後の観察画像を示し、(f)は刺激から22ms経過後の観察画像を示す図である。
【図15】(a)は観察領域に観察位置(A点〜D点)を指定した様子を示し、(b)は(a)の各観察位置での膜電位の経時変化を示した図である。
【図16】本発明の第2の実施形態に係る走査型レーザ顕微鏡の概略構成図である。
【図17】本発明の第3の実施形態に係る走査型レーザ顕微鏡の概略構成図である。
【発明を実施するための形態】
【0026】
〔第1の実施形態〕
以下、本発明の第1の実施形態に係る細胞観察方法および走査型顕微鏡装置について、図面を参照して説明する。
まず、本実施形態に係る細胞観察方法は、図1のフローチャートに示されるように、標本(生体試料)の参照画像を取得する参照画像取得工程SA1と、取得された参照画像上で刺激領域および観察領域を指定する領域指定工程SA2と、指定された刺激領域にレーザ光を照射し細胞を刺激する刺激工程SA3と、刺激工程SA3後に観察領域にレーザ光を照射し細胞から発せられる蛍光(シグナル光)を検出して観察画像を取得する観察画像取得工程SA4と、取得された複数の観察画像に基づいて観察領域の各位置における光強度の時間変化を算出する時間変化算出工程SA5とを含んでいる。
【0027】
この細胞観察方法により細胞の刺激および細胞の観察を行う場合は、光を受けると細胞を活性させて膜電位活動を誘発させる生理活性物質と、細胞の膜電位の大きさに応じて発生する光強度が変化する膜電位感受性色素を予め標本に導入しておく。
【0028】
参照画像取得工程SA1は、参照画像として標本の3次元的な蛍光画像を取得するようになっている(プリスキャン)。
領域指定工程SA2は、参照画像の視野範囲より小さい範囲で3次元空間の任意の領域を刺激領域および観察領域として指定するようになっている。刺激領域および観察領域としては、例えば、立体状の領域、平面状の領域、ポイント状の領域(点領域)、または、ライン状の領域(線領域)等が挙げられる。
【0029】
刺激工程SA3および観察画像取得工程SA4は、刺激領域および観察領域に照射するレーザ光の集光位置を深さ方向に変化させつつ深さ方向に交差する方向に走査させるようになっている。刺激工程SA3は、例えば、刺激領域に対して所定のタイミングで所定の波長の刺激用UVレーザ光を照射するようになっている。また、観察画像取得工程SA4は、同一の観察領域の観察画像を所定の時間間隔をあけて所定の取得タイミングで複数回取得するようになっている。
【0030】
次に、本実施形態に係る走査型レーザ顕微鏡(走査型顕微鏡装置)1について図2を参照して説明する。
本実施形態に係る走査型レーザ顕微鏡1は、例えば、図2に示すように、レーザ光を発する光源ユニット10と、光源ユニット10から発せられたレーザ光を標本A上で走査するスキャナユニット20と、スキャナユニット20により走査されるレーザ光を標本Aに照射する一方、標本Aから戻る蛍光を集光する照射ユニット30と、標本Aからの蛍光を検出する検出ユニット40と、これらの各ユニットを制御する制御部51を有するコンピュータ50とを備えている。
【0031】
光源ユニット10は、標本Aに照射して生理活性物質により細胞を刺激する刺激光(レーザ光)を発する刺激用光源ユニット12と、標本Aに照射して膜電位感受性色素を励起する励起光(レーザ光)を発する観察用光源ユニット16と、刺激用光源ユニット12からの刺激光の光路と観察用光源ユニット16からの励起光の光路とを合成する光路合成ユニット19とを備えている。
【0032】
刺激用光源ユニット12は、波長351nmのUVレーザ11と、UVレーザ11から発せられる刺激光の光強度を0%〜100%まで変調可能な音響光学素子13とを備えている。音響光学素子13は、コンピュータ50の制御部51の制御により、刺激光の透過率を0%にして刺激光を遮断したり所定の光強度の刺激光を透過したりするようになっている。
【0033】
観察用光源ユニット16は、波長515nmのアルゴンレーザ15と、アルゴンレーザ15から発せられる励起光の光強度を0%〜100%まで変調可能な音響光学素子17とを備えている。音響光学素子17は、制御部51の制御により、励起光の透過率を0%にして励起光を遮断したり所定の光強度の励起光を透過したりするようになっている。
【0034】
光路合成ユニット19は、波長351nmの刺激光を反射し、波長515nmの励起光を透過する特性を有している。
スキャナユニット20は、制御部51の制御により、標本Aに照射するレーザ光(刺激光および励起光)のスポット位置が光軸に交差する方向、すなわち、X、Yの2次元方向に走査することができるようになっている。
【0035】
照射ユニット30は、スキャナユニット20から射出されたレーザ光を中間像として結像させる瞳投影レンズ31と、瞳投影レンズ31により結像された中間像を反射するミラー33と、ミラー33により反射された中間像からの光束を集光し平行光にする結像レンズ35と、結像レンズ35により平行光とされたレーザ光を標本Aに照射する一方、標本Aの照射位置において発生した蛍光を集光する対物レンズ37と、対物レンズ37から射出されるレーザ光の光軸方向(Z方向)に標本Aを移動可能な準焦部39とを備えている。
【0036】
準焦部39は、標本Aが載置されるステージ38を備えている。この準焦部39は、制御部51の制御により、標本Aに集光するレーザ光の集光面Fが光軸方向に対して任意の位置になるようにステージ38を移動させることができるようになっている。
【0037】
検出ユニット40は、光路合成ユニット19により合成されたレーザ光を透過する一方、標本Aで発生し照射ユニット30およびスキャナユニット20を経由して戻る蛍光を反射するダイクロイックミラー41と、ダイクロイックミラー41により反射された蛍光から不必要な波長の光を除去する波長分離フィルタ43と、波長分離フィルタ43から射出された蛍光を集光する集光レンズ45と、集光レンズ45により集光された蛍光を部分的に通過させる共焦点ピンホール47と、共焦点ピンホールを通過した蛍光を検出する光検出器49とを備えている。
【0038】
ダイクロイックミラー41は、波長351nmの刺激光および波長515nmの励起光を透過する一方、励起光の波長より長波長側の光を反射する特性を有している。
光検出器49は、検出した蛍光を電気信号に変換してコンピュータ50に出力するようになっている。
【0039】
コンピュータ50は、制御部51の他、光検出器49から出力される出力信号に基づき参照画像および観察画像を構築する画像構築部53と、観察光学系5により取得された参照画像上に刺激領域および観察領域を指定する領域指定部55と、観察光学系5により取得された観察画像から走査経路上の所定の観察位置と光強度との関係を示す光強度の位置特性を算出する位置特性算出部57と、位置特性算出部57により算出された光強度の位置特性から観察位置における光強度の時間変化を算出する時間特性算出部59とを備えている。これら画像構築部53、領域指定部55、位置特性算出部57および時間特性算出部59は制御部51を介して各種処理を行うようになっている。
【0040】
このように構成された刺激用光学ユニット12、スキャナユニット20および照射ユニット30は刺激光学系3を構成し、標本Aの細胞を刺激することができるようになっている。また、観察用光学ユニット16、スキャナユニット20、照射ユニット30、検出ユニット40、および、コンピュータ50は観察光学系5を構成し、標本Aの参照画像および観察画像を取得することができるようになっている。
【0041】
次に、本実施形態に係る細胞観察方法において用いる試薬について説明する。
本実施形態においては、光を受けると細胞を活性させて膜電位活動を誘発させる生理活性物質として、例えば、生理活性物質であるグルタミン酸に、グルタミン酸の生理活性を不活化させる側鎖(ケージドコンパウンド)がついたケージドグルタミン酸を用いる。このケージドグルタミン酸は、普段は不活性であるが、紫外線を照射するとそのコンパウンドが開裂しグルタミン酸が解離して生理活性を誘導する。また、膜電位感受性色素として、例えば、膜電位感受性色素RH−795を用いる。
【0042】
ケージドグルタミン酸が注入された生体組織にUVレーザ光を照射すると、照射された部位のケージドグルタミン酸のケージドコンパウンドが開裂し、活性化したグルタミン酸が放出される。放出されたグルタミン酸はその近傍にある神経細胞のシナプスに対して興奮性伝達物質として作用し、シナプス後電位を引き起こす。シナプス後電位が蓄積されてシナプス発火閾値を超えると、シナプスは活動電位を発生する。したがって、ケージドグルタミン酸を導入した標本Aの刺激領域に刺激光(UVレーザ光)を照射すると、刺激領域の細胞に興奮性の刺激を与え細胞の活動電位を誘発することができる。
【0043】
一方、膜電位感受性色素RH−795(以下、単に「膜電位感受性色素」という。)は、最大励起波長530nm、蛍光波長712nmの蛍光色素である。この膜電位感受性色素は細胞の膜電位の大きさによって蛍光強度が最大で1%程度変化する特性を有している。また、膜電位感受性色素は、細胞が興奮性の刺激を受けて脱分極が起こり細胞の膜電位が上昇するほど蛍光の光強度も大きくなる。
【0044】
以下、このように構成された細胞観察方法および走査型レーザ顕微鏡1の作用について説明する。
まず、本実施形態に係る細胞観察方法および走査型レーザ顕微鏡1により標本Aの細胞を刺激する場合について説明する。
細胞を刺激する場合は刺激光学系3により細胞を刺激する。具体的には、まず、UVレーザ11から波長351nmの刺激光を射出し、音響光学素子13を通過させて出射パワーを変調する。音響光学素子13により変調された刺激光は、光路合成ユニット19により反射された後、ダイクロイックミラー41を透過してスキャナユニット20によりXYの2次元方向に偏向される。
【0045】
スキャナユニット20により偏向された刺激光は、瞳投影レンズ31で中間像を結ぶように集光され、ミラー33で反射される。ミラー33により反射された刺激光は、結像レンズ35で再び集光されて平行光になり、対物レンズ37により標本A上の集光面Fに集光される。
【0046】
この場合において、制御部51により準焦部39を制御し、標本A上の集光面Fが光軸方向に対して任意の位置になるように対物レンズ37と標本Aとの距離を調整することにより、所定のタイミングで標本A上のXYZの3次元空間の任意の領域に刺激光を照射することができる。
【0047】
標本Aの任意の領域に刺激光が照射されると、照射された部位のケージドグルタミン酸のケージドコンパウンドが開裂してグルタミン酸が放出され、近傍にある神経細胞の興奮性活動電位が誘発される。これにより、所望の細胞を刺激することができる。
【0048】
次に、本実施形態に係る細胞観察方法および走査型レーザ顕微鏡1により標本Aの細胞を観察する場合について説明する。
細胞を観察する場合は、観察光学系5により標本Aの観察画像を取得する。具体的には、まず、アルゴンレーザ15から波長515nmの励起光を射出し、音響光学素子17を通過させて出射パワーを変調する。音響光学素子17より変調された励起光は、光路合成ユニット19およびダイクロイックミラー41を透過した後、スキャナユニット20によりXYの2次元方向に偏向される。
【0049】
スキャナユニット20により偏向された励起光は、瞳投影レンズ31により中間像を結ぶように集光され、ミラー33で反射される。ミラー33により反射された励起光は、結像レンズ35により再び集光されて平行光となり、対物レンズ37により標本A上の集光面Fに集光される。そして、刺激光と同様に、制御部51により準焦部39を制御し、所定のタイミングで標本A上のXYZの3次元空間の任意の領域に励起光を照射することができる。
【0050】
この場合において、スキャナユニット20により標本Aの集光面F上で励起光が走査されると、膜電位感受性色素が励起されて蛍光が発生する。発生した蛍光は、対物レンズ37により集光されて励起光と同じ光路を逆方向に進み、結像レンズ35、ミラー33、瞳投影レンズ31、スキャナユニット20を介してダイクロイックミラー41により反射される。
【0051】
ダイクロイックミラー41により反射された蛍光は波長分離フィルタ43に入射し、特定の波長の光が選択的に透過される。そして、波長分離フィルタ43を透過した光は集光レンズ45により集光されて共焦点ピンホール47に入射し、標本Aの集光面Fからの光のみが選択的に通過して光検出器49により検出される。
【0052】
光検出器49により光が検出されるとその出力信号がA/Dインターフェース(図示略)によりスキャナユニット20の走査制御に同期したデジタル信号に変換され、コンピュータ50に取り込まれる。コンピュータ50に取り込まれたデジタル信号は、画像構築部53によりスキャナユニット20の走査位置に対応してディスプレイ(図示略)に表示される。これにより、標本Aの集光面Fにおける蛍光画像(蛍光輝度の2次元分布)が取得される。
【0053】
例えば、同一の観察領域の蛍光画像を繰り返し取得するように制御部51にプログラムすることにより、標本Aの観察領域の蛍光強度の経時変化を観察することができる。この場合において、観察領域に存在する細胞の膜電位に変化が生じていない場合には、蛍光強度の経時変化は生じない。一方、刺激光の照射により生じたシナプスの興奮活動が観察領域の細胞に伝播されて細胞の膜電位が上昇した場合は、蛍光強度の経時変化にもその膜電位の上昇が反映され、蛍光強度の上昇変化となって観察される。
【0054】
次に、本実施形態に係る細胞観察方法および走査型レーザ顕微鏡1により、刺激による標本Aの膜電位の変化を観察する方法について説明する。
まず、参照画像取得工程SA1において、観察光学系5により、図3に示すような標本Aの参照画像を取得する(プリスキャン)。ここでは、参照画像をXYの平面画像として説明する。符合Cは細胞を示している。
【0055】
続いて、領域指定工程SA2において、領域指定部55により、参照画像に対して刺激領域と観察領域の2つのROIを指定する。これら2つのROIは、スキャナユニット20の走査および準焦部39の作動により、XYZの3次元空間で任意の立体図形として指定することができる。ROIの次元が高くそのボリューム(容積、面積、長さ)が大きいほど、レーザ光でROIを満遍なく走査するのに要する時間が長くなる。逆に、ROIの次元が低いほど、また、同じ次元であればボリュームが小さいほど、レーザ光でROIを満遍なく走査するのに要する時間が短くなる。
【0056】
したがって、ROIは必要十分な範囲でできるだけ次元を低くし、また、ボリュームを小さくすることで、刺激と観察の時間分解能を最大限向上することができる。本実施形態においては、例えば、図4に示すように、参照画像上にポイント状の刺激領域Pとライン状の観察領域Lを指定する。
【0057】
ポイント状の刺激領域Pは、例えば、神経細胞の樹状突起の単一スパインを刺激する場合などにおいて適用することが考えられる。また、ライン状の観察領域Lは、例えば、神経細胞の軸索に沿うように指定することで、細胞の活動電位が軸索を伝播していく様子を観察することができる。
【0058】
次に、刺激工程SA3において、刺激光学系3により、刺激領域Pに対して所定のタイミングで刺激光を照射する(ポイントスキャン)。また、観察画像取得工程SA4において、観察光学系5により、刺激領域Pに対する刺激光の照射後に観察領域Lにおいて走査(ラインスキャン)を繰り返し実行し、観察領域Lの観察画像を所定の時間間隔をあけて所定の取得タイミングで複数回取得する。
【0059】
例えば、観察領域Lにおける1ラインのラインスキャンに要する時間を1msとすると、図5に示すように、刺激光の照射から1ms後に1回目のラインスキャン(L−1)を行い、刺激光の照射から2ms後に2回目のラインスキャン(L−2)を行う。以下、1ms間隔の取得タイミングで同様の動作が繰り返される。
【0060】
なお、観察領域Lのラインスキャンは刺激光を照射する前から行ってもよいが、ラインスキャンによる励起光の照射は膜電位感受性色素の蛍光退色を引き起こすため、観察に不必要な刺激前はラインスキャンをしない方が、すなわち、励起光の照射をしない方が望ましい。
【0061】
各取得タイミングにより検出される蛍光の光強度は、ラインスキャンの走査制御に同期して光検出器49からコンピュータ50に取り込まれ、画像構築部53により観察領域Lにおけるラインの始点から終点までの各走査位置に対する蛍光強度のプロットとしてディスプレイに表示される。
【0062】
例えば、刺激光の照射から1ms後に観察領域Lの始点で活動電位、すなわち、膜電位の上昇が発生し、観察領域Lの終点に向けて6msかけて移動伝播していくとすると、各取得タイミングで観察される蛍光強度のプロットは図6のLine1〜Line6のようになる。
【0063】
次に、時間変化算出工程SA5において、観察領域Lの各点における光強度の時間変化が算出される。観察者が観察領域Lの各位置における膜電位の経時変化を求める場合、それを表すプロットは時間軸に対する蛍光強度のプロットである。図6は観察位置に対する蛍光強度のプロットであるので、これを時間軸に対する蛍光強度のプロットに変換する方法を図7および図8を用いて説明する。
【0064】
例えば、図7に示すように、膜電位の経時変化を観察する走査経路上の観察位置をA点、B点、C点、D点とすると、位置特性算出部57の作動により、各観察位置A点、B点、C点、D点と光強度との関係を示す複数の光強度の位置特性が算出される。この時点では、算出された光強度の位置特性をディスプレイに表示しなくてもよいし、あるいは、図8に示すように算出された光強度の位置特性をディスプレイに表示することとしてもよい。図8はA点〜D点の位置をプロットの横軸に図示している。
【0065】
次に、時間特性算出部59の作動により、位置特性算出部57により算出された光強度の位置特性から各観察位置A点、B点、C点、D点における光強度の時間変化が算出される。例えば、A点の光強度の経時変化を算出すると、図8のA点におけるLine1〜Line6の蛍光強度を、横軸に時間(ms)を取り縦軸にそれらの蛍光強度を取ったものでプロットし直すことができる。
【0066】
厳密には、観察領域Lの始点から終点まで励起光を走査している間にも時間は経過しているため、時間特性算出部59により、1回目のラインスキャン開始から励起光の走査点がA点に至るまでの時間を計算し、A点での蛍光検出を行った時間を忠実に時間軸上にとる。
【0067】
また、2回目のラインスキャン〜6回目のラインスキャンについても同様に忠実にA点での蛍光検出を行った時間を計算し、それぞれの時間での蛍光強度をプロットする。これにより、図9に示すような膜電位の経時変化をあらわすプロットが求められる。このプロットをディスプレイに表示することで、観察者はA点における膜電位の経時変化を知ることができる。
【0068】
なお、本実施形態においてはA点〜D点の4点のみの膜電位の経時変化をプロットする過程を説明したが、これを観察領域Lの全ての位置において行えば、観察領域Lの全ての画素点における膜電位の経時変化プロットを求めることができる。
【0069】
以上説明したように本実施形態に係る細胞観察方法および走査型レーザ顕微鏡1によれば、参照画像の視野範囲より小さい範囲の刺激領域Pおよび観察領域Lを指定することで、観察画像取得工程SA4において走査にかかる時間を短縮し3次元的に迅速に観察領域Lを観察することができる。また、ケージドグルタミン酸および膜電位感受性色素を用いて観察領域Lの観察画像を観察することにより、刺激した刺激領域Pの細胞Cの膜電位の経時変化を間接的に観察することができる。これにより、刺激に対する膜電位応答の時間変化を高い空間自由度および時間分解能で簡易に観察することができる。
【0070】
本実施形態においては、刺激工程後に観察画像取得工程を始めることとしたが、これに代えて、例えば、観察画像取得工程を先に始めておいてから刺激工程を行うこととしてもよいし、刺激工程と観察画像取得工程とを同時に始めることとしてもよい。
【0071】
また、本実施形態においては、参照画像取得工程SA1において3次元的な蛍光画像を取得し、領域指定工程SA2において3次元空間の任意の領域を刺激領域および観察領域と指定し、刺激工程SA3および観察画像取得工程SA4によりこれらの3次元的な刺激領域および観察領域に刺激光を照射したり励起光を照射したりすることとしたが、これに代えて、参照画像取得工程SA1において2次元的な蛍光画像を取得し、領域指定工程SA2において2次元空間の任意の領域を刺激領域および観察領域と指定し、刺激工程SA3および観察画像取得工程SA4によりこれらの2次元的な刺激領域および観察領域に刺激光を照射したり励起光を照射したりすることとしてもよい。
【0072】
また、本実施形態においては、参照画像上に刺激領域Pおよび観察領域Lをそれぞれ1箇所ずつ指定することとしたが、これに代えて、例えば、参照画像上に刺激領域Pおよび観察領域Lをそれぞれ複数箇所指定し、各刺激領域Pおよび観察領域Lを時系列で走査することとしてもよい。例えば、参照画像上に刺激領域Pを1箇所指定し、観察領域Pを複数箇所指定することとしてもよいし、また、参照画像上に刺激領域Pを複数箇所指定し、観察領域Pも複数箇所指定することとしてもよい。
【0073】
また、本実施形態は以下のように変形することができる。
例えば、第1の変形例として、標本Aの刺激に対する膜電位の変化に繰り返し再現性が認められるような場合には、観察画像取得工程SA4により複数回取得された観察画像の光強度の平均を算出する平均算出工程を含むこととしてもよい。
【0074】
この場合、刺激工程SA3後に観察画像取得工程SA4が所定の取得タイミングで観察画像を複数回取得する観察パターンを同一のタイミングで複数回行い、平均算出工程により、観察画像取得工程SA4により取得された複数の観察画像の光強度を各観察パターンの取得タイミングごとに加算して平均を算出することとすればよい。
【0075】
具体的には、図10(a)に示すように、刺激領域Pへの刺激後、所定の時間間隔を空けた後、観察領域Lにて一定のタイミングでラインスキャンを複数回取得する一連の動作を1トライアルとし、この1回のトライアル終了後、細胞が再び活性化できるだけの時間間隔をあけた後、次のトライアルを実施するということを繰り返し行う。
【0076】
そして、平均算出工程により、各トライアルの1回目のラインスキャン(L1−1,L2−1,L3−1・・)の蛍光強度を加算平均し、図10(b)に示すように、刺激後1回目のラインスキャンの蛍光強度分布AveL−1を算出する。同様に、各トライアルの2回目のラインスキャン(L1−2,L2−2,L3−2・・)の蛍光強度についても加算平均し、刺激後2回目のラインスキャンの蛍光強度分布AveL−2を算出する。以下同様にして、膜電位の経時変化プロットを各トライアルを加算平均した強度で置き換えることとすればよい。
【0077】
このようにすることで、平均算出工程により時間経過ごとの観察画像における光強度のノイズ成分を低減し、精度のよい膜電位の経時変化プロットを得ることができる。これにより、刺激に対する細胞の膜電位応答の時系列変化を高S/Nで観察することができる。
【0078】
また、第2の変形例としては、例えば、刺激工程SA3後に観察画像取得工程SA4が所定の取得タイミングで観察画像を複数回取得する観察パターンを、細胞を刺激してから最初の観察画像を取得するまでのタイミングを1回の走査にかかる時間よりも短い時間間隔で観察パターンごとにずらして複数回行うこととしてもよい。
【0079】
具体的には、図11に示すように、刺激してからラインスキャンを開始するまでのタイミングをラインスキャン1回ごとにかかる時間より細かい時間刻みで少しずつずらしながら観察画像を取得し、それらの結果を刺激からラインスキャン開始までのタイミングの順に並べたものを蛍光強度の時系列変化として置き変えることとすればよい。
このようにすることで、1回の走査にかかる時間よりも速い膜電位の変化を補完して検出することができ、刺激に対する細胞の膜電位応答をより高い時間分解能で観察することができる。
【0080】
また、本実施形態においては、領域指定工程SA2においてポイント状の刺激領域Pとライン状の観察領域Lを指定することとしたが、例えば、第3の変形例として、図12および図13に示すように、領域指定工程SA2において、領域指定部55により、ある細胞Cの細胞体を模る形状の刺激領域Mと、正方形(クリップスキャン領域)の観察領域Sを指定することとしてもよい。図13は、図12の観察領域Sを拡大した画像である。
【0081】
図14(a)は、図13に示す観察領域Sにおいて、刺激領域Mへの刺激から12ms後に観察領域Sの樹状突起に膜電位の上昇が伝播してきた様子を示している。刺激から12ms後に観察領域Sまで伝播してきた膜電位の上昇部位は、図14(b)〜(f)に示すように、刺激から22msかけて観察領域S内の細胞Cの細胞膜を伝播していく。本変形例においては、観察領域Sの1回の画像取得にかかる時間を2msとしている。
【0082】
図15(a)は観察領域SにおいてA点〜D点の4つの観察位置を指定した様子を示し、図15(b)は各観察位置での膜電位の経時変化を示した図である。例えば、図15(a)に示すA点での膜電位の経時変化は、図14(a)〜(f)に示すような刺激から12ms後〜22ms後までの各蛍光画像で励起光がA点を走査している時間を時間特性算出部59により算出し、刺激光を照射した時間を時間原点として時間軸上にそれらの輝度をプロットし直すことで、図15(b)に示すように再現することができる。点B〜点Dについても同様である。ここでは観察領域の蛍光画像取得にかかる時間を2msとしている。
【0083】
なお、本変形例において、刺激に対する膜電位の伝播の様子に繰り返し再現性がある場合には、複数トライアルの加算平均を取ることとしてもよい。このようにすることで、得られる膜電位経時変化の精度を向上することができる。また、刺激開始から蛍光画像の取得開始までのタイミングを1回の走査にかかる時間より細かい時間刻みで少しずつずらしながら蛍光画像を取得し、コンピュータ50でそれらの蛍光画像を時間順に並べ替えることとしてもよい。このようにすることで、1回の走査にかかる時間より細かい時間分解能で膜電位の経時変化を測定することが可能となる。
【0084】
また、第4の変形例としては、例えば、蛍光画像を表示したディスプレイに使用者が蛍光画像内のある位置を指定すると、指定した位置の膜電位の経時変化プロットがディスプレイ上に表示されるようにコンピュータ50の制御部51にプログラムしてもよい。このようにすることで、使用者がより直感的に標本Aの各位置とその各位置での膜電位経時変化の様子とを認識することができる。
【0085】
〔第2の実施形態〕
次に、本発明の第2の実施形態に係る細胞観察方法および走査型顕微鏡装置について説明する。
本実施形態に係る細胞観察方法は、刺激工程SA3による刺激領域へのレーザ照射と観察画像取得工程SA4による観察領域へのレーザ照射とを異なる光学系により行う点で第1の実施形態と異なる。
以下、第1の実施形態に係る細胞観察方法および走査型レーザ顕微鏡1と構成を共通する箇所には、同一符号を付して説明を省略する。
【0086】
まず、本実施形態に係る走査型レーザ顕微鏡(走査型顕微鏡装置)100は、図16に示すように、励起光を走査するスキャナユニット20とは別に刺激光を走査するスキャナユニット120を備え、さらに、スキャナユニット120により走査される刺激光を中間像として結像させる瞳投影レンズ131と、瞳投影レンズ131により結像した中間像からの光の光路と励起光の光路とを合成するダイクロイックミラー133とを備えている。
【0087】
本実施形態に係る細胞観察方法においては、UVレーザ11から射出された刺激光は、制御部51の制御により、音響光学素子13において遮断/透過の制御を受けた後、スキャナユニット120により標本Aの集光面F上でXYの2次元方向に走査される。そして、スキャナユニット120により偏向された刺激光は、瞳投影レンズ131により中間像を結像するよう集光され、ダイクロイックミラー133で励起光の光路と合成された後、結像レンズ35により平行光にもどされて対物レンズ37により標本Aの集光面Fに焦点を結ぶよう集光される。以下、第1の実施形態と同様に、標本Aにおいて発生した蛍光が検出器49により検出され、コンピュータ50で処理されて膜電位の経時変化として観察される。
【0088】
以上説明したように、本実施形態に係る細胞観察方法および走査型レーザ顕微鏡100によれば、刺激光と励起光とを互いに独立した別々のスキャナユニット20、120により走査することで、刺激領域へのレーザ照射と観察領域へのレーザ照射を時間的および空間的に独立して制御することができる。したがって、第1の実施形態では、細胞を刺激した後、スキャナユニット20の観察領域に偏向する動作が完了してからでないと観察領域に励起光を照射することができなかったが、本実施形態では、スキャナユニット20、120により、例えば、刺激領域に刺激光を照射しながら同時に観察領域に励起光を照射することができる。これにより、細胞の刺激と細胞の観察との時間的および空間的な自由度を高めることができる。
【0089】
〔第3の実施形態〕
次に、本発明の第3の実施形態に係る細胞観察方法および走査型顕微鏡装置について説明する。
本実施形態に係る細胞観察方法は、図17に示すように、多光子励起観察が可能な走査型レーザ顕微鏡(走査型顕微鏡装置)200を用いて細胞観察を行う点で第1の実施形態および第2の実施形態と異なる。
以下、また、第1の実施形態または第2の実施形態に係る細胞観察方法および走査型レーザ顕微鏡1,100と構成を共通する箇所には、同一符号を付して説明を省略する。
【0090】
まず、本実施形態に係る細胞観察方法において用いる試薬について説明する。
本実施形態においては、例えば、生理活性物質としてケージドグルタミン酸を用い、膜電位感受性色素として蛍光色素FM4−64を用いる。蛍光色素FM4−64(以下、単に「蛍光色素」という。)は、例えば、レンズにより赤外超短パルスレーザを集光したような光子密度が非常に高い環境におかれると、非線形光学効果により、入射した光の波長の半分の波長をもつ第二高調波(Second Harmonic Generation、以下「SHG」という。)シグナル光を出すことが知られている。
【0091】
この蛍光色素(蛍光色素FM4−64)が発するSHGシグナル光の光強度は細胞膜の膜電位に依存して変化する。例えば、細胞膜の膜電位が100mV変化した場合には、SHGシグナル光の光強度は約10%程度変化する。一般的な膜電位感受性色素により発せられる蛍光の光強度は、細胞の膜電位が100mV変化した場合に0.1%〜1%変化することに比べると、非常に大きな光強度の変化率である。
【0092】
本実施形態に係る細胞観察方法においては、このSHGシグナル光の膜電位感受性による光強度の変化を膜電位の光学測定法として用いることで、従来の数倍〜数十倍の信号強度で測定することが可能になる。したがって、ケージドグルタミン酸と蛍光色素を導入した標本Bに対して超短パルスレーザ光源を用いてSHGシグナル光を発生させることにより、細胞の膜電位の経時変化をSHGシグナル光の経時変化として間接的に観察することができる。
【0093】
次に、本実施形態に係る走査型レーザ顕微鏡200について説明する。
走査型レーザ顕微鏡200は、アルゴンレーザ15に代えて赤外パルスレーザ光源215を備えている。赤外パルスレーザ光源215は、波長950nmのフェムト秒パルスレーザ光源である。また、光検出器49が標本Bの透過側に配置され、標本Bと光検出器49との間には、標本Bにおいて発生したSHGシグナル光を集光する集光レンズ242、245と、目的のSHGシグナル光の波長だけを選択的に透過させる波長選択フィルタ243とが配置されている。
【0094】
以下、このように構成された細胞観察方法および走査型レーザ顕微鏡200の作用について説明する。
刺激工程SA2において、UVレーザ11から射出された刺激光は、標本Bの集光面F上で刺激領域に所定のタイミングで照射される。一方、観察画像取得工程SA4において、赤外パルスレーザ光源215から射出された励起用赤外パルスレーザ光は、標本Bの集光面F上で焦点を結んだポイントがXYの2次元方向に走査される。
【0095】
ここで、標本Bの集光面F上で集光した赤外パルスレーザが時間的、空間的に非常に高い光子密度を有することにより、標本Bに導入された蛍光色素に対して非線形光学効果をもたらす。これにより、蛍光色素から波長475nmのSHGシグナル光Sが、赤外パルスレーザが進行する方向と同方向に発生する。標本B上でSHG光が発生する部位は、赤外パルスレーザ光の空間密度が非常に高くなる対物レンズ37の集光面F上である。
【0096】
このSHGシグナル光は集光レンズ242により集光され、波長分離フィルタ243でSHG光以外の波長の光が遮断されて集光レンズ245により検出器49の検出部分に集光される。これにより、検出器49において、標本Bの集光面Fで発生したSHG光シグナルのみを検出することができる。したがって、本実施形態に係る細胞観察方法および走査型レーザ顕微鏡200によれば、検出器49の手前に共焦点ピンホールがなくても擬似的に共焦点観察を行っていることになる。
【0097】
光検出器49によりSHGシグナル光が検出されるとその出力信号がA/Dインターフェースによりスキャナユニット20の走査制御に同期したデジタル信号に変換され、コンピュータ50に取り込まれる。コンピュータ50に取り込まれたデジタル信号は、画像構築部53によりスキャナユニット20の走査位置に対応してディスプレイに表示される。これにより、標本Bの集光面FにおけるSHG光画像(SHG光輝度の2次元分布)が取得される。
【0098】
このようにして取得されたSHG光画像は、試料Bの集光面F上に存在する細胞の膜電位に依存してSHG光強度が変化するので、UVレーザ11による標本Bの刺激後、SHG光画像を繰り返し取得するように制御部51をプログラムしておくと、取得されたSHG光画像のある位置の光強度の経時変化は、標本Bのその位置における膜電位の経時変化を反映したものとして置き変えて観察することができる。
【0099】
以上説明したように、本実施形態に係る細胞観察方法および走査型レーザ顕微鏡200によれば、膜電位依存の光強度変化媒体として膜電位変化に対する光強度変化の大きいSHG光シグナルを用いることにより、高S/Nで膜電位の経時変化を観察することができる。
【0100】
以上、本発明の実施形態について図面を参照して詳述してきたが、具体的な構成はこの実施形態に限られるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲の設計変更等も含まれる。例えば、本発明を上記の各実施形態および各変形例に適用したものに限定されることなく、これらの実施形態および変形例を適宜組み合わせた実施形態に適用してもよく、特に限定されるものではない。
【0101】
また、例えば、上記各実施形態および各変形例においては、光を受けると細胞を活性させて膜電位活動を誘発させる生理活性物質としてケージドグルタミン酸を例示して説明したが、これに代えて、例えば、チャネルロドプシン2のような光感受性を有するタンパク質を遺伝子導入した標本を用いてもよい。遺伝子導入によりチャネルロドプシン2を神経細胞に発現させ、そこに波長400nm〜500nmの光を照射すると、チャネルロドプシン2は陽イオンを透過するようになり、神経細胞の脱分極(興奮性の膜電位の上昇)をもたらす。
【0102】
したがって、光源として波長400nm〜500nmの刺激用レーザ光を発するレーザ光源を用い、チャネルロドプシン2を一様に発現させた生細胞標本に400nm〜500nmの刺激用レーザ光を照射すると、刺激用レーザ光を照射した位置にだけ膜電位の上昇をもたらす刺激を細胞に加えることができる。
【0103】
また、上記各実施形態および各変形例においては、ケージドコンパウンドにグルタミン酸を結びつけたケージドグルタミン酸に代えて、例えば、生理活性を誘導するアミノ酸、環状ヌクレオチド(cNMPs)、または、カルシウム等をケージドコンパウンドに結びつけたケージド試薬を採用することとしてもよい。
また、膜電位感受性色素としては、RH−795以外にも、例えば、色素分子構造、励起波長、蛍光波長、または、光強度変化の度合いなどが異なる多種多様な色素が多数開発されている。本発明の励起・観察が可能なものであれば、観察の目的や標本に応じて適切な色素を採用することとしてもよい。
【符号の説明】
【0104】
1,100 走査型顕微鏡装置
3 刺激光学系
5 観察光学系
55 領域指定部
57 位置特性算出部
59 時間特性算出部
200 走査型レーザ顕微鏡(走査型顕微鏡装置)
SA1 参照画像取得工程
SA2 領域指定工程
SA3 刺激工程
SA4 観察画像取得工程
SA5 時間変化算出工程
C 細胞
L,S 観察領域
P,M 刺激領域

【特許請求の範囲】
【請求項1】
光を受けると細胞を活性させて膜電位活動を誘発させる生理活性物質および前記細胞の膜電位の大きさに応じて発生する光強度が変化する膜電位感受性色素を導入した生体試料の参照画像を取得する参照画像取得工程と、
該参照画像取得工程により取得された前記参照画像に対して、レーザ照射により前記細胞に刺激を与える刺激領域およびレーザ照射により前記膜電位感受性色素を励起する観察領域を前記参照画像の視野範囲より小さい範囲で指定する領域指定工程と、
該領域指定工程により指定された前記刺激領域にレーザ光を照射し、前記生理活性物質により前記細胞を刺激して膜電位活動を誘発させる刺激工程と、
前記観察領域にレーザ光を照射し、その集光位置を走査させて前記膜電位感受性色素を励起し、該膜電位感受性色素から発せられるシグナル光の光強度を検出して前記観察領域の観察画像を取得する観察画像取得工程とを含む細胞観察方法。
【請求項2】
前記領域指定工程が、ライン状の前記観察領域を指定する請求項1に記載の細胞観察方法。
【請求項3】
前記領域指定工程が、ポイント状の前記観察領域を指定する請求項1に記載の細胞観察方法。
【請求項4】
前記刺激工程による前記刺激領域へのレーザ照射と前記観察画像取得工程による前記観察領域へのレーザ照射を異なる光学系により行う請求項1から請求項3のいずれかに記載の細胞観察方法。
【請求項5】
前記観察画像取得工程が、同一の前記観察領域の観察画像を時間間隔をあけて複数回取得する請求項1から請求項4のいずれかに記載の細胞観察方法。
【請求項6】
前記刺激工程後に前記観察画像取得工程が所定の取得タイミングで前記観察画像を取得する観察パターンを同一のタイミングで複数回行い、
前記観察画像取得工程により取得された前記観察画像の光強度を各前記観察パターンの前記取得タイミングごとに加算して平均を算出する平均算出工程を含む請求項5に記載の細胞観察方法。
【請求項7】
前記刺激工程後に前記観察画像取得工程が所定の取得タイミングで前記観察画像を取得する観察パターンを、前記細胞を刺激してから最初の前記観察画像を取得するまでのタイミングを1回の前記走査にかかる時間よりも短い時間間隔で前記観察パターンごとにずらして複数回行う請求項6に記載の細胞観察方法。
【請求項8】
前記観察画像取得工程により取得された複数の前記観察画像に基づいて、前記観察領域の各点における光強度の時間変化を算出する時間変化算出工程を含む請求項6または請求項7に記載の細胞観察方法。
【請求項9】
生体試料に照射する光の集光位置を深さ方向に変化させつつ深さ方向に交差する方向に走査させ、前記生体試料の3次元的な参照画像および観察画像を取得可能な観察光学系と、
前記生体試料に光を照射して細胞を刺激する刺激光学系と、
前記観察光学系により取得された前記参照画像に対して、前記刺激光学系により前記細胞を刺激する刺激領域および前記観察画像を取得する観察領域を前記参照画像の視野範囲より小さい範囲で指定する領域指定部と、
該領域指定部により指定された細胞の刺激領域に対する前記刺激光学系による刺激後に、前記領域指定部により指定された細胞の観察領域を前記観察光学系により複数回にわたって走査して異なる時刻に取得された複数の観察画像から、走査経路上の位置と光強度との関係を示す複数の光強度の位置特性を算出する位置特性算出部と、
該位置特性算出部により算出された複数の光強度の位置特性から走査経路上の所望の位置における光強度の時間変化を算出する時間特性算出部とを備える走査型顕微鏡装置。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図10】
image rotate

【図11】
image rotate

【図12】
image rotate

【図13】
image rotate

【図14】
image rotate

【図15】
image rotate

【図16】
image rotate

【図17】
image rotate


【公開番号】特開2012−14066(P2012−14066A)
【公開日】平成24年1月19日(2012.1.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−152206(P2010−152206)
【出願日】平成22年7月2日(2010.7.2)
【出願人】(000000376)オリンパス株式会社 (11,466)
【Fターム(参考)】