説明

結像計算方法

【課題】部分偏光を含む照明光や、偏光を発生させ又は解消させる性質を有する投影光学系によって結像される像を正確に計算する。
【解決手段】本実施の形態は投影光学系によって結像される像を計算によって予測する結像計算方法に関する。この方法では、まず、入射光の特性を示すストークスベクトルを取得する。次いで、このストークスベクトルを、偏光成分ベクトルと非偏光成分ベクトルとに分離する。偏光成分ベクトルは、第1の可干渉成分ベクトルと、第1の非可干渉性ベクトルとに分離され、非偏光成分ベクトルは、第2の可干渉成分ベクトルと、第2の非可干渉性ベクトルとに分離される。そして、第1の可干渉成分ベクトル、第1の非可干渉性ベクトル、第2の可干渉成分ベクトル、及び第2の非可干渉性ベクトルのそれぞれについて結像計算を行う。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
以下に記載された実施の形態は、投影光学系によって結像される像を計算によって予測する結像計算方法に関する。
【背景技術】
【0002】
例えば半導体露光装置等の光学系の特性を示すためには、一般的にジョーンズ行列やミュラー行列が使用される。
【0003】
ジョーンズ行列は、完全偏光を通過させる光学素子の光学特性を表現する2行2列の行列である。ジョーンズベクトルで表現され得る完全偏光の光が、光学素子を通過して何らかの変換を受ける場合において、その光学素子の特性を表したものがジョーンズ行列である。
【0004】
ジョーンズ行列は、一般的な光学シミュレータにおいては、電場ベクトルを用いて計算が行うことができる点で有利であるが、完全偏光(非偏光成分を含まない光)のみを取り扱うことができ、非偏光成分を含む部分偏光を取り扱うことができない。また、ジョーンズ行列は、偏光成分を発生させるか、逆に偏光成分を解消させる性質を有する光学系を取り扱うこともできない。
【0005】
部分偏光の照明光、及び偏光成分を発生又は解消させる性質を有する光学系の特性を表現するため、ストークスパラメータ及びミュラー行列が一般的に用いられている。ミュラー行列は、ストークスパラメータで表現された部分偏光が通過する光学素子の光学特性を表現する4行4列の行列である。ストークスパラメータは、光の全強度、0°直線偏光成分の強度、45°直線偏光成分の強度、円偏光成分の強度をパラメータとした表現したものであるため、非偏光成分を含む部分偏光をも表現することができる。そして、ストークスパラメータで表現される部分偏光の光が、光学素子を通過して何らかの変換を受ける場合において、その光学素子の特性を表したものがミュラー行列である。
【0006】
半導体露光装置では、近年、マスクパターンの結像状態を向上させる等の目的で、照明光の偏光状態を積極的に制御することが行われており、このため、例えばマスクパターンを通過した照明光等の偏光状態を計測することが求められている。照明光の偏光状態を測定する装置、及び露光装置の光学系のミュラー行列を測定する方法は、本発明者によっても既に提案されている。
【0007】
一方、ある光学系による結像状態を計算し、疑似的に再現するためのシミュレーション装置においては、演算の容易性に鑑み、ジョーンズベクトル及びジョーンズ行列が用いられる。従って、ストークスパラメータとして測定された光学系の特性を、シミュレーション装置に取り込むためには、測定されたストークスパラメータをジョーンズベクトルに変換する必要がある。しかし、ジョーンズベクトルは完全偏光の光のみを取り扱うことができ、部分偏光を取り扱うことができないため、部分偏光を表現したストークスパラメータが得られたとしても、そのストークスパラメータをそのままシミュレーション装置に取り込むことができない。このように、現在の技術では、部分偏光を含む照明光や、偏光成分を発生させ又は解消させる性質を有する光学系について、正確な結像計算を提供することができない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2005−116732号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本実施の形態は、部分偏光を含む照明光や、偏光を発生させ又は解消させる性質を有する投影光学系によって結像される像を正確に計算する方法を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
以下に説明する実施の形態は、投影光学系によって結像される像を計算によって予測する結像計算方法に関するものである。この方法は、この方法では、まず、入射光の特性を示すストークスベクトルを取得する。次いで、このストークスベクトルを、偏光成分ベクトルと非偏光成分ベクトルとに分離する。偏光成分ベクトルは、第1の可干渉成分ベクトルと、第1の非可干渉性ベクトルとに分離され、非偏光成分ベクトルは、第2の可干渉成分ベクトルと、第2の非可干渉性ベクトルとに分離される。そして、少なくとも第1の可干渉成分ベクトル、及び第2の可干渉成分ベクトルのそれぞれについて結像計算を行う。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】第1の実施の形態に係る結像光学系の構成を示す概略図である。
【図2】第1の実施の形態に係る結像光学系の結像計算方法の実行手順を示すフローチャートである。
【図3】ポアンカレ球を示す。
【図4】ポアンカレ球の表面に散らばる偏光状態がミュラー行列によって投影された楕円体面の図である。
【図5】第1の実施の形態の結像計算方法で用いる6つの偏光状態を表す図である。
【図6】ポアンカレ球上のs−s面に散らばる偏光状態がミュラー行列によって投影された楕円の図である。
【図7】第2の実施の形態の結像計算方法で用いる4つの偏光状態を表す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
次に、本発明の実施の形態を、図面を参照して説明する。具体的な実施の形態の説明に入る前に、本実施の形態の意義を以下で説明する。
【0013】
近年、フォトリソグラフィ技術では、ウエハの直上の最下レンズとウエハの間を純水で満たし、NA=1の超える超高NA投影レンズを実現した液浸露光装置が実用化されている。ただし、NAが1を超えると、レジスト中での光の最大入射角が45°を超えるため、レジスト中で2つの光線がそれぞれ直交する場合が発生する。光の電場ベクトルは、入射面に対して平行な成分(P偏光)と垂直な成分(S偏光)に分けることができるが、2つの光線が直交する場合、P偏光成分同士は十分に干渉できず、迷光となって像コントラストを下げてしまう。従って、液侵露光装置では、P偏光成分よりもS偏光成分を増やすなど、照明光の偏光状態を任意に制御する偏光制御法が重要である。このような偏光制御方法は、液浸露光装置に限らず、ArF露光装置やF2レーザ露光装置などにおいても重要である。
【0014】
ところで、光学系は、多かれ少なかれ通過する光の偏光状態を変える特性を有している。すなわち、光学系は一般的に非偏光を偏光に変化させる特性(偏光発生効果)を少なからず有しており、特に、液浸露光装置のようなNAの大きい装置では、偏光発生効果が大きい。逆に、これら光学系が、照明光の偏光状態を解消して偏光を非偏光に変化させる特性(偏光解消効果)を有する場合もある。偏光解消効果は、良好な光学設計を行うことによりある程度まで抑制することは可能であるが、完全に無くすことは困難である。また、偏光発生効果は無くすことは、特に高NAの光学系においては不可能である。
【0015】
このような状況から、露光装置の照明光は多くの場合部分偏光であるということができ、また露光装置の光学系は少なくとも偏光発生効果又は偏光解消効果の一方を有していることが多いと想定される。従って、露光装置の結像を計算する場合には、部分偏光の照明光や偏光特性を有する光学系を考慮に入れる必要がある。
【0016】
しかし、従来の光学シミュレータでは、部分偏光を取り扱うことができないジョーンズベクトル及びジョーンズ行列が一般的に用いられている。従って、照明光が部分偏光であり、また光学系が偏光発生効果又は偏光解消効果を有している露光装置は、たとえ測定によりストークスパラメータやミュラー行列が得られたとしても、このようなジョーンズベクトル及びジョーンズ行列を用いた光学シミュレータによる結像計算は不可能になってしまうという問題がある。
【0017】
ここで、ジョーンズベクトル及びジョーンズ行列、並びにストークスパラメータ及びミュラー行列の概要を説明する。
完全偏光の光は一般に[数1]に示すジョーンズベクトルεで表される。
【0018】
【数1】

【0019】
[数1]において、axおよびayは光の振幅を表し、φxおよびφyは位相を表す。
【0020】
また、ある光学系の偏光特性は[数2]に示す2×2行列のジョーンズ行列Jで表現される。
【0021】
【数2】


入射光と出射光の偏光状態をそれぞれジョーンズベクトルε、εとすると、ジョーンズベクトルεは光学系の偏光特性を示すジョーンズ行列Jを用いて、次に示す[数3]で表すことができる。
【0022】
【数3】

【0023】
ジョーンズベクトルJの各要素Jxx、Jxy、Jyx、Jyyは複素数であり、ジョーンズ行列εの各要素axφxおよびayφyも複素数である。このように、ジョーンズベクトルとジョーンズ行列は、ミュラー行列とは異なり、各要素が複素数であるため、直接計測することができない。直接計測できる量は、光強度のような実数である。また、ジョーンズベクトルが表現することができる偏光は完全偏光のみで、非偏光を含む部分偏光を表現することができない。
【0024】
これに対して、非偏光を含む部分偏光を表現する方法として、ストークパラメータとミュラー行列がある。
【0025】
ストークスパラメータは、一般的なベクトルのように[数4]で表されることから、ストークスベクトルとも呼ばれる。ただし、ストークスベクトルは数学的な意味におけるベクトルではないため、演算には特別の注意が必要である。
【0026】
【数4】

【0027】
ストークパラメータは、s〜sの4つの要素により表現される。各要素の意味は次の通りである。
s0:光の全強度
s1:0°直線偏光成分の強度差
s:±45°直線偏光成分の強度差
s:右周り/左周りの円偏光成分の強度差
【0028】
、Eは、x方向、y方向の電場ベクトルの振幅を表しており、E、Eは、E、Eの複素共役の関係にある振幅を表している。また、<>は振幅の積の時間平均を表す。
光の周波数は数十THzもあり、現存する測定装置では光の波形(振幅、位相)を直接測定することは不可能であり、所定の時間内での振幅(光強度)の平均値しか測定することができない。このため、測定装置の1信号あたりの最小の積算時間内における時間平均を算出し、その揺らぎを特定することにより、光の強度を測定する。一般的な光には揺らぎが存在し、部分偏光の光では、s>s+s+sの関係が成り立つ。
この揺らぎが測定装置の性能に対して無視できる程度に小さい場合は、概ねs=s+s+sの関係が成り立ち、この場合、その光は完全偏光とみなすことができる。逆に、規則性が見出せないほど揺らぎが大きい状態ではs>s+s+s=0となり、この場合、その光は完全な非偏光とみなすことができる。光の偏光状態をストークスベクトルで表現する場合、光学系の偏光特性は[数5]に示す4×4行列のミュラー行列で表現される。
【0029】
【数5】

【0030】
また、入射光と出射光の偏光状態をそれぞれストークスベクトルS、Sとで表す場合、出射光のストークスベクトルSは、ミュラー行列Mを用いて下記のように表すことができる。
【0031】
【数6】

【0032】
ストークスベクトルSの各要素s〜sは実数であり、従ってミュラー行列Mの各要素mijも実数で表される。また、これらの各要素は、上述のようにして、光の強度の時間平均を測定することにより測定することが出来る。
【0033】
しかし、ジョーンズベクトルとジョーンズ行列の方が、結像状態を計算する目的のための計算が容易である。このため、一般の光学シミュレータでは、ミュラー行列やストークスパラメータではなく、ジョーンズベクトルとジョーンズ行列が用いられている。
本実施の形態は、露光装置の照明光の光強度を測定することにより得られたストークスパラメータを、ジョーンズベクトルに変換し、これによりストークスパラメータの測定結果を光学シミュレータで活用できるようにする方法を提供するものである。換言すれば、本実施の形態は、測定により得られたストークスベクトルをジョーンズベクトルに変換し、このジョーンズベクトルをシミュレーション装置50で使用して露光装置の結像計算を実行することを意図したものである。
【0034】
[第1の実施の形態]
次に、第1の実施の形態に係る結像計算方法を、図1を参照しつつ説明する。
図1は、この結像計算方法の対象となる半導体露光装置の概略構成を示している。この半導体露光装置は、一例として、光源10と、照明光源面21と、フォトマスク22と、フォトマスクステージ23と、偏光評価マスク24と、投影光学系25と、ウエハステージ26と、光検出器27と、A/D変換器30と、演算装置40と、シミュレーション装置50を備えている。光源10は、例えば例えばレーザ光源装置である。照明光源面21は、光源10からの光に基づく2次光源面である。なお、光源10と照明光源面21との間に、状況に応じて偏光解消板や偏光板を配置してもよい。
【0035】
フォトマスク22は、ウエハに投影すべきマスクパターンを形成されたマスク板である。フォトマスク22は、フォトマスクステージ23上に載置・固定される。露光動作を実行する場合には、フォトマスク22を照明光源面21の光で照明し、このフォトマスク22を通過した光を、投影光学系25を介して、ウエハステージ26上に載置されたウエハ(図1には図示せず)にフォトマスク22のマスクパターンを投影する。
【0036】
照明光源面21からの照明光の偏光特性を測定して、照明光のストークスベクトルを得る場合には、このフォトマスク22に代えて、偏光評価マスク24がフォトマスクステージ23上に載置される。照明光源面21からの照明光が、この偏光評価マスク24及び投影光学系25を通って光検出器27に到達する。演算装置40は、光検出器27の出力信号をA/D変換器30によってデジタル信号に変換させた後、このデジタル信号に基づいて、照明光のストークスベクトルを測定する。偏光評価マスク24の構造は、例えば本発明者が先に出願した特願2007−179003公報などに記載されており、ここでは省略する。ストークスベクトルの測定方法自体は本実施の形態の主眼ではなく、上記公報に記載以外の様々な公知の方法により、照明光のストークスベクトルを演算することができるので、ここでは詳しい説明は省略する。
【0037】
また、投影光学系25のミュラー行列の測定方法は、例えば本発明者が先に出願した特開2005−116732号公報にも詳しく記載されている。その他、照明光のストークスベクトルとミュラー行列の測定については、例えば「H.Nomura and Y.Furutono、Proc.SPIE6924、69241T(2008)」や「H.Nomura and I.Higashikawa、Proc. SPIE7640、76400Q(2010)」にも記載されている。ミュラー行列の測定方法は、本実施形態の主眼ではなく、様々な方法を採用することができる。
【0038】
本実施の形態に係る結像計算方法の概略の手順を、図2のフローチャートを参照して説明する。
まず、上述のような測定を実行することにより、照明光源面2からの照明光のストークスベクトルを取得する(S1)。続いて取得したストークスベクトルを、偏光成分ベクトルと非偏光成分ベクトルとに分離する(S2)。
【0039】
偏光成分ベクトルは、可干渉成分ベクトルと非可干渉成分ベクトルに分離される(S3)。一方、非偏光成分ベクトルも、可干渉成分ベクトルと非可干渉成分ベクトルに分離される(S4)。そして、これら可干渉成分ベクトル、非可干渉成分ベクトルの各々について、個別に結像計算を行った後(S4)、これらの計算結果を合成する(S6)。
以下、各ステップの詳細について説明する。
【0040】
ステップS1については、上述の通りである。続いて、ステップS2を説明する。一般論として、任意のストークスベクトルSは、[数7]を用いて、完全な偏光成分と完全な非偏光成分に分けることができる。
【0041】
【数7】

【0042】
[数7]中の符号の意味は、[数8]に示す通りである。
【0043】
【数8】



【0044】
[数7]において、^sはベクトル→sに沿った単位ベクトルであり、sはベクトル→sのノルム(s=|→s|)即ち偏光度(Degree of Polarization:DOP)を表す。また、→0は零ベクトル(0、0、0)を表す。
【0045】
[数7]の第1項は完全偏光成分に対するストークスベクトルで、第2項は非偏光成分に対するストークスベクトルである。完全偏光成分のストークスベクトルは、以下の[数9]の第1式のように規格化することができ、その後、[数9]の第2式のようにしてジョーンズベクトルに変換することができる。
【0046】
【数9】




ただし、





【0047】
次に、図1の装置における1つの光線に着目して、このストークスパ1ラメータの分離について検討する。通常、照明光源面1は点ではなく、面で発光しているが、説明を解り易くするため、照明光源面1内の1点のみで発光しているものとして説明する。実際の結像計算では、照明光源の形状や輝度分布に合わせて積分すれば良い。
【0048】
例えば、図1に示すように、照明光源面1より発する1つの光線100が、フォトマスク22のマスクパターンによって回折し、回折光(a)と回折光(b)に分裂したとする。回折光(a)は、光線110、光線111、光線112と進み、ウエハ4に到達する。一方、回折光(b)は、光線120、光線121、光線122と進み、ウエハ4に到達する。照明光源面21から発する光強度1の光線100のストークスベクトルSを、次の[数10]のように定義した場合を考える。この場合、上述の[数7]に従い、光線100のストークスベクトルは、[数11]の如く、偏光成分ベクトルSと、非偏光成分ベクトルSnpに分けることができる。
【0049】
【数10】


【数11】



【0050】
フォトマスク2のパターンによる回折では偏光度は維持されるため、回折光(a)と回折光(b)のストークスベクトルは、光線100のストークスベクトルに回折効率を掛け合わせた形で表される。
【0051】
上記[数11]のストークスベクトル(偏光成分ベクトルSと、非偏光成分ベクトルSnp)表される回折光は、投影光学系25の内部を通過する過程で、光行路に応じたミュラー行列Mの影響を受け、次のような形に変化する。
【0052】
【数12】

【0053】
ここで、ミュラー行列Mは、次のように書き換えることができる。
【0054】
【数13】

【0055】
ただし、mは3×3の行列、→Dは二色性ベクトル、→Pは偏光能ベクトルで、それぞれ次の[数14]のように表現される。
【0056】
【数14】

【0057】
[数12]を再度検討する。[数12]において係数を無視すると、[数12]の第1項(すなわち偏光成分ベクトル)は、[数13]の表現を用いて、次のように書き換えることができる。
【0058】
【数15】

【0059】
この[数15]の第1項は、偏光の形は変化するが、光線110の偏光成分の一部が完全偏光のままウエハステージ26に到達する成分を表している。すなわち、第1項は、投影光学系25を通過した後においても、干渉性を失っていない、干渉光成分を示している(以下、これを可干渉成分ベクトルと称する)。一方、第2項は、投影光学系25を通過する過程で非偏光化した成分を表す。すなわち、第2項は、投影光学系25を通過することで干渉性を失った成分を示している(以下、これを非干渉成分ベクトルと称する)。
【0060】
回折光(a)と回折光(b)は、それぞれ異なる光路を通過し、異なるミュラー行列Mの影響を受ける。しかし、回折光(a)、回折光(b)それぞれについて得られた[数15]の第1項同士は、互いに可干渉性を維持し、且つジョーンズベクトルへの変換が可能な完全偏光成分である。従って、[数15]の第1項は、ジョーンズベクトル及びジョーンズ行列を用いたシミュレーション装置において結像計算の対象とすることができる。
【0061】
一方、回折光(a)、回折光(b)それぞれについて得られた[数15]の第2項同士は、非偏光化によって位相を特定できないため、回折光(a)と回折光(b)の可干渉性は失われていると考えられる。即ち、迷光と同様に扱う必要がある。[数15]の第2項も、完全な非偏光成分であり、ジョーンズベクトル及びジョーンズ行列を用いたシミュレーション装置において結像計算の対象とすることができる。
以上要するに、[数10]で表現されるストークスベクトルSを偏光成分ベクトルSと、非偏光成分ベクトルSnpに分けた後の偏光成分ベクトルSは、次の[数16][数17]で表現される可干渉性ベクトルと、非可干渉性ベクトルとに更に分離することができる。
【0062】
【数16】

【0063】
【数17】

【0064】
次に、[数12]の第2項、即ち非偏光成分ベクトルの取り扱いについて説明する。非偏光成分ベクトルは、それぞれ直交関係にあるインコヒーレントな2つの完全偏光の和として扱うことができる。これをストークスベクトルで表すと、次の[数18]で表すことができる。
【0065】
【数18】

【0066】
ただし^Sは任意の単位ベクトルである。この[数18]を用いると、[数12]の第2項は、次の[数19]で表すことができる。
【0067】
【数19】

【0068】
上記[数19]の第1項は、インコヒーレントな2つの直線偏光の和で表されるため、可干渉性が維持されている(可干渉性ベクトル)。ただし、クロストークは無いとする。
一方、[数19]の第2項は、投影光学系25を通過する過程で非偏光化した成分であるため(非可干渉性ベクトル)、干渉性は失われている。
【0069】
しかし、非偏光成分ベクトルを[数19]に従って2つのインコヒーレントな完全偏光の和として扱うと、単位ベクトル^Sをどのように定めるかによって演算結果が変わり、現実と矛盾する結果となる。
[数19]のの第2項は、投影光学系25の偏光解消効果によって発生する迷光を表しているが、この第2項中の下記[数20]は、下記の[数21][数22]のベクトルの長さの平均である。
【0070】
【数20】

【0071】
【数21】

【0072】
【数22】

【0073】
この[数20]の値は、ベクトル→Pとベクトルm・^Sが平行か直交かによって変わるため、ベクトル^Sの選び方によって上記平均値は変わってしまう。しかし、本来はベクトル^Siの選び方に依らず、上記平均値は一定値でなければならない。
【0074】
図3に示すように、半径1のポアンカレ球を用いて偏光状態を視覚的に表現する。ポアンカレ球の表面上の点は完全偏光を表す。赤道上の点は直線偏光を表し、緯度が高くなるほど、偏光の形は楕円偏光から真円偏光に近づく。
【0075】
ポアンカレ球の内部の点(原点を除く)は部分偏光を表す。完全な非偏光は原点により示される。一方、完全な非偏光は、複数の様々な完全偏光の光の集合と見做すこともできる。即ち、ポアンカレ球の表面上に複数の完全偏光が散らばっている場合、重心点(合成ベクトル)が全体としての偏光状態を表す点となる。従って、ポアンカレ球の表面にまんべんなく完全偏光の光が均質に散らばっていると、重心点(合成ベクトル)は原点と一致し、その光は完全非偏光となる。しかし、散らばり方に偏りがあると、重心点が原点からずれる場合がある。すなわち部分偏光となる。
【0076】
同様な視点から、完全な非偏光は、原点対称の2つの完全偏光により表現することも可能である。すなわち、[数18]のように表現することができる。しかし複数の均質な完全偏光の合成により表現する場合に比べ、表現としては正確とはいえない。したがって、[数19]の第2項は、均質な複数の完全偏光の集合の形式により、次の[数23]のように書き換えるのが適当である。
【0077】
【数23】

【0078】
しかし、残念ながら、この[数23]は、初等関数では表すことができない楕円積分の二重積分に帰着するため、解析的には解くことが困難である。従って、現実的には[数24]のような近似式を想定し、重心点をポワンカレ球の原点に維持しつつ、最少の偏光状態の数kで、十分に[数20]に近づく^sの選び方を考えなければならない。
【0079】
【数24】

【0080】
図4に示すように、完全な非偏光を表現する複数の完全偏光の単位ベクトル^Sは、半径1のポアンカレ球の表面に散らばっており、この単位ベクトル^Sは、投影光学系25を通過することで、次の式[数25]で示されるような楕円球に変換される。
【0081】
【数25】

【0082】
[数21]で表わされるベクトルは、原点Oから[数25]で示される楕円球の表面上の1点へのベクトルとなる。このため、下記の[数26]は、ポワンカレ球の原点Oから[数25]の楕円球上の点への距離の平均値となる。
【0083】
【数26】

【0084】
これを幾何学的に考えると、ベクトル^Siは次の6つを選択するのが対称性から見て妥当であることが判る。
【0085】
【数27】

【0086】
特に便宜上、次の[数28]、および図5に示すベクトルを定義し、[数29]のような表現とするのが好ましい。
【0087】
【数28】





【0088】
【数29】

【0089】
この[数29]を用いて、[数12]の第2項を計算し直すと、次のように書き換えることができる。
【0090】
【数30】

【0091】
以上要するに、[数10]で表現されるストークスベクトルSを偏光成分ベクトルSと、非偏光成分ベクトルSnpに分けた後の非偏光成分ベクトルSnpは、次の[数31][数32]で表現される可干渉性ベクトルと、非可干渉性ベクトルとに更に分離することができる。
【0092】
【数31】

【0093】
【数32】

【0094】
以上説明したように、本実施の形態では、測定により得られたストークスベクトルSを、偏光成分ベクトルSと非偏向成分ベクトルSnpに分離し、さらにそれぞれを可干渉成分ベクトルと非可干渉成分ベクトルに分離し、[数16]、[数17]、[数31]、[数32]を得る。
そして、これら4つのストークスベクトルをジョーンズベクトルに変換して独立に結像計算を行った後、4つの結像計算の結果を合成することで所望の計算結果が得られる。尚、[数17]と[数32]は干渉に寄与しない成分であるため、実際には、[数16]と[数31]についてのみ結像計算を行い、[数17]と[数32]に関しては、背景光として一律の強度を全体に加算するのみとしてもよい。勿論、[数17]と[数32]について同様の結像計算を行うことも可能である。
【0095】
次に、[数16]と[数31]のストークススベクトルを、ジョーンズベクトルへ変換する方法について説明する。
まず、説明の簡単のために、次のような書き換えを行う。
【0096】
【数33】

【0097】
すると、[数16]は、係数を無視すると次のように書き換えることができる。
【0098】
【数34】

【0099】
このような完全偏光に対応するストークスベクトルは、次に示す[数35]の定義の下、[数36]のようなジョーンズベクトルに変換することができる。
【0100】
【数35】







【0101】
【数36】

【0102】
この変換ではX方向の位相δを基準にしているが、この基準位相はストークスベクトルからは特定することができない。一方、通常の波面収差の計測では、非偏光を光源とした干渉計測を行っており、この場合、X方向とY方向の平均位相面を波面収差としている、と解釈して問題無い。従って、次のように変換を行うことが可能である。
【0103】
【数37】

【0104】
基準位相/δは、投影光学系25を透過した直後の光線の平均位相であるため、基準位相/δを図1中の波面収差WAと一致させるべく、[数38]のように定義すれば、変換後のジョーンズベクトルに収差を取り込むことができる。
【数38】

【0105】
以上説明したように、本実施の形態によれば、露光装置の照明光の光強度を測定することにより得られたストークスパラメータを、ジョーンズベクトルに変換し、これによりストークスパラメータの測定結果を光学シミュレータで活用できるようになる。
【0106】
なお、ジョーンズ行列Jからミュラー行列Mへの変換は、次の[数39]を用いて簡単に行うことができる。
【0107】
【数39】

【0108】
ただし、丸印の中に×を書いた符号はクロネッカー積、行列Jはジョーンズ行列Jの随伴行列である。また、行列Uは次の[数40]で表される。更に、行列U−1は行列Uの逆行列である。
【0109】
【数40】

【0110】
なお、ミュラー行列Mからジョーンズ行列Jへの変換は、ジョーンズ行列が部分偏光や非偏光に対応していないため、ミュラー行列Mが偏光解消効果を持たない場合に限り、[数41]によって行うことができる。
【0111】
【数41】


ただし、この変換においては、Jxxのみが実数(偏角は0)となるように位相が調整されていることに注意を要する。
【0112】
[第2の実施の形態]
次に、第2の実施の形態に係る結像計算方法を、図6及び図7を参照して説明する。本実施の形態は、フォトマスク22に非偏光の照明光を照射する露光装置に関するものである。
【0113】
半導体露光装置では、例えば光源装置であるエキシマレーザから照射された水平方向に偏光した直線偏光の光を、ハンレ偏光解消板等を用いて擬似的な非偏光の光に変換した後、フォトマスクをその非偏光の照明光で照明することが行われることがある。
【0114】
ポアンカレ球を用いてハンレ偏光解消板の機能を説明する。1枚のハンレ偏光解消板は、設定方位を中心軸として、ポアンカレ球を回転させるように、偏光状態を分散させる機能を有している。入射光の偏光状態が水平方向の直線偏光、即ち+s軸上の点で表される場合を考える。この場合においてハンレ偏光解消板を±45°方向に設定すれば、出射光の偏光状態は、図6のように、s−s面上の円周上に偏って分散される。このような分散偏りのある非偏光の照明光は、図7に示す4つの偏光状態により表現可能である。即ち、次の式で表すことができる。
【0115】
【数42】

【0116】
また、[数12]の第2項は、次のように表現することができる。
【0117】
【数43】

【0118】
すなわち、本実施の形態によれば、ストークスベクトルSを偏光成分ベクトルSと非偏光成分ベクトルSnpに分けた後の非偏光成分ベクトルSnpは、次の[数44][数45]で表現される可干渉性ベクトルと、非可干渉性ベクトルとに更に分離することができる。
【0119】
【数44】


【数45】

【0120】
以上、本発明のいくつかの実施の形態を説明したが、これらの実施の形態は、例として提示したものであり、発明の範囲を限定することは意図していない。これら新規な実施の形態は、その他の様々な形態で実施されることが可能であり、発明の要旨を逸脱しない範囲で、種々の省略、置き換え、変更を行うことができる。これら実施の形態やその変形は、発明の範囲や要旨に含まれるとともに、特許請求の範囲に記載された発明とその均等の範囲に含まれる。
【符号の説明】
【0121】
1・・・照明光源面、 2・・・フォトマスク、 3・・・投影光学系、 4・・・ウエハ、 5・・・波面収差。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
投影光学系によって結像される像を計算によって予測する結像計算方法において、
照明光の特性を示すストークスベクトルを取得するステップと、
前記ストークスベクトルを、偏光成分ベクトルと非偏光成分ベクトルとに分離するステップと、
前記偏光成分ベクトルを、第1の可干渉成分ベクトルと、第1の非可干渉性ベクトルとに分離するステップと、
前記非偏光成分ベクトルを、第2の可干渉成分ベクトルと、第2の非可干渉性ベクトルとに分離するステップと、
少なくとも前記第1の可干渉成分ベクトル、及び第2の可干渉性ベクトルのそれぞれについて結像計算を行うステップと
を備えたことを特徴とする結像計算方法。
【請求項2】
前記非偏光成分ベクトルは、ポアンカレ球上でそれぞれ直交する第1乃至第3の完全偏光のベクトルと、前記第1乃至第3の完全偏光のベクトルのそれぞれに対して対角関係にある第4乃至第6の完全偏光のベクトルの6つの和により表現されることを特徴とする請求項1記載の結像計算方法。
【請求項3】
前記第1乃至第6の完全偏光のベクトルは、ストークスベクトル(1、1、0、0)、(1、0、1、0)、(1、0、0、1)、(1、−1、0、0)、(1、0、−1、0)、及び(1、0、0、−1)であることを特徴とする請求項2記載の結像計算方法。
【請求項4】
前記非偏光成分ベクトルは、ポアンカレ球上でそれぞれ直交する第1乃至第2の完全偏光のベクトルと、前記第1乃至第2の完全偏光のベクトルのそれぞれに対して対角関係にある第3乃至第4の完全偏光のベクトルの6つの和により表現されることを特徴とする請求項1記載の結像計算方法。
【請求項5】
前記第1乃至第4の完全偏光のベクトルは、ストークスベクトル(1、1、0、0)、(1、0、0、1)、(1、−1、0、0)、及び(1、0、0、−1)であることを特徴とする請求項4記載の結像計算方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate